...

技研における立体テレビの研究成果

by user

on
Category: Documents
16

views

Report

Comments

Transcript

技研における立体テレビの研究成果
特別発表 1
技研における立体テレビの研究成果
NHK放送技術研究所
次長
伊藤崇之
Research on 3D TV at NHK STRL
Takayuki Ito,
Deputy Director­General, NHK Science&Technology Research Laboratories
概要
映画産業や家電業界を中心に2眼式の立体映像に対する注目が集まってきている。大手メー
カーから立体テレビの発売がアナウンスされたり有料放送事業者を中心に立体映像サービスの
開始が発表されたりしている。一方,立体映像を視聴したときの疲労の課題や目に対する影響
を懸念する声もあり,立体映像の安全性にかかわるガイドライン等の検討も各方面で行われて
いる。技研では,長年にわたって立体テレビの研究を推進しており,2眼式の立体映像につい
ても,表示装置,撮像装置,立体映像の見え方に関するヒューマンファクターの研究などを進
めてきた。特に,将来の放送の可能性を探るために,2眼式の立体映像の見やすさや視覚疲労
の課題について集中的に研究に取り組んだ。ここでは,技研で蓄積してきた2眼式の立体テレ
ビの研究成果を示し,見やすい立体映像の条件や立体映像の視聴に伴う視覚疲労,生体安全性
などの観点から考察し,2眼式の立体映像の放送メディアとしての可能性を検討する。
ABSTRACT
48
NHK技研 R&D/No.123/2010.9
The movie and home appliance industries have been focusing a lot of attention lately on the
possibilities of stereoscopic television ( 3 D TV ). 3 D TV sets made by commercial
manufacturers are now on the market, and the pay­TV industry has begun a foray into 3D
broadcasting. However, there are concerns about eye fatigue and possible effect to the eye
caused by viewing stereoscopic television. Safety guidelines for 3D TV therefore need to be
drawn up. STRL has been researching stereoscopic television for many years and has
conducted research into human factors such as the appearance of 3D images as well as
research on image capturing and display equipment. To scrutinize the full potential of this form
of broadcasting, STRL has concentrated on the issues of viewing fatigue and the extent to
which 3D images can be viewed easily. In this paper, we show the results of STRL s research
on 3D TV and investigate the potential of 3D TV as a broadcasting medium. We look at its
potential from the viewpoint of safety and fatigue accompanying the viewing of 3D images, and
we address the conditions under which 3D images are easy to view.
現在
1960
1980
1985
1990
1995
立体ハイビジョン,
眼鏡無し立体,
多視点撮影・表示システム
原理検討
2000
2005
2010
見づらさ・見やすさ,
自然さ・不自然さ,
視覚疲労
立体視やシステム要件
第1期
パララックスバリア方式
第2期
視差分布,
視差制御
(2003-2005)
第3期
研究成果展示
技研公開
(2003)
立体ハイビジョン技研公開(1989)
NAB展示
(1991)
多眼立体ハイビジョン
(1995)
「かぐや」撮影映像を立体化
像再生型
1995年頃から
第4期
電子ホログ
ラフィー
スリット式立体テレビの試作
インテグラル立体テレビ
1図 技研における立体映像の研究の歴史
1.はじめに
映画業界,デジタルシネマ業界では立体映画に注目
が集まっている。特に,最近,
「アバター」という映画
わるヒューマンファクターの研究を行った。これらの
研究は2003年に区切りを付け,それ以降は眼鏡が不要
でより自然な将来の立体テレビの研究に移行した。
でたくさんの方が立体映画を目にした。Blu­rayディス
1図は技研における立体映像の研究の歴史である。
クの国際業界団体は立体映像規格の策定を既に終了し
実は,1985年以前の1960年代にも立体映像の研究を行っ
ており,大手家電メーカーは立体テレビを発売し始め
ていた。当時はアナログのブラウン管の時代であり,
ている。放送業界においてもBS,CS,ケーブル局の有
原理の検討が中心であったが,パララックスバリア方
料放送事業者を中心に一部の局で放送を開始したり,
式*1の眼鏡無し立体テレビを試作しスリット式立体テ
開始すると発表したりしている。
レビと呼んだ。その後,立体テレビの研究は一時中断
一方,立体映像の安全性について見てみると「目が
し,先述のとおりポストハイビジョンの位置づけで立
痛い」
,「目が疲れる」という話は以前からあり,立体
体ハイビジョンの研究を開始した。1991年にはNAB
映像に関する視覚疲労が課題になっている。日本では,
(National Association of Broadcasters:全米放送事業
2008年に3Dコンソーシアムが立体映像に対する安全ガ
者協会)で眼鏡を用いた立体ハイビジョンを展示した。
イドラインを一般に公表した。この改訂版が2009年12
眼鏡無しの裸眼の立体ハイビジョンの研究も同時に行
月と2010年4月に出ている。立体ディスプレーに関す
い,1995年には渋谷の放送センターにあるスタジオパー
る安全性も日本では議論されており,日本のメーカー
クに眼鏡無し2眼立体ハイビジョンを導入した。この
と
(独)
産業技術総合研究所がISOやIECなどの国際規格
システムは現在でも展示されている。立体ハイビジョ
への働きかけを行っている。総務省でも立体映像の安
ン用の一体型カメラの研究も行い,1998年に試作機が
全性に関する議論を開始する動きがある。そこで,こ
完成した。このカメラはズームやフォーカスを左右で
こでは,技研における立体ハイビジョンの研究成果と
連動して行うものであった。
立体視のヒューマンファクターについて紹介する。
ポストハイビジョンを考えるとき,視覚疲労や見づ
らさ,不自然さなどというヒューマンファクターは避
2.技研における立体映像の研究の歴史
技研では2眼式の立体映像の研究をポストハイビジョ
ンの研究課題の1つとして,1985年ごろから2003年ご
けて通ることのできない課題であった。そのため,1995
年からの約10年間は立体視にかかわるヒューマンファ
クターの研究を進めた。
ろまで行い,多くの成果を得ている。この期間には,
立体テレビシステムの研究,立体に見える仕組みの研
究,視覚疲労や自然さ・不自然さなどの立体視にかか
*1 視差(parallax)バリア方式。垂直方向の細かいスリットを通して,
左右の目に別々の映像を提示する方式。
NHK技研 R&D/No.123/2010.9
49
特別発表 1
1表に立体テレビの方式と奥行きを感じる主要な視
3.立体視の手がかりと立体表示方式
覚の手がかりの関係をまとめた。例えば,究極の立体
2図に奥行きを感じる視覚手がかりをまとめた。主
テレビと言われる像再生型の立体テレビは被写体から
ふくそう
要な手がかりは次の4つである。第1は輻輳角である。
出てくる光そのものをそっくり再現するもので,奥行
人間の目は近くを見るときには寄り目になり,遠くを
きを感じるための4つの視覚の手がかりをすべて提示
見るときは平行になる。このような動きを輻輳と言い,
することができる。像再生型の立体テレビを実現する
その角度を輻輳角と言う。第2は両眼視差である。人
方法としては,ホログラフィーや技研で研究を進めて
間の2つの目は異なる位置にあり,網膜に映る像は異
いるインテグラル方式*2がある。
なっている。その像の違いを両眼視差と言う。奥行き
一方,最近の映画で話題になっている立体映像の方
の手がかりとしては非常に強力である。第3は調節で
式は2眼式である。左右の目に相当する2台のカメラ
ある。カメラでいうと,焦点あるいはフォーカスに相
で撮った映像をそれぞれ左右の目に提示している。2
当し,その量によって人間は対象物が手前にあるのか
眼式では,輻輳と両眼視差の2つの手がかりを与える
遠くにあるのかを知ることができる。第4は運動視差
ことができる。
像再生型と2眼式を比較すると,
主要な
である。体を動かして視点を変えれば,違った側面が
手がかりをすべて提示できる像再生型の方がより自然
見えてくる。通常のテレビ番組でも運動視差をよく利
用しており,カメラを動かしながら被写体を撮ること
*2 IP(Integral Photography)方式。複眼レンズを用いて,多くの方
向からの画像を撮影し,表示する方式。
によって,奥行き感を強調している。
ふくそう
輻輳角:1点を注視
したときの視線の角度
両眼視差:両眼の位置で観察
される像の違い
調節:被写体までの距離に
応じて変化する眼球レンズ
のフォーカス量 運動視差:視点を変えること
によって生じる映像の変化量
2図 奥行きを感じる主要な視覚の手がかり
1表
立体テレビの方式と視覚の手がかり
立体テレビの方式
視覚の手がかり
輻輳
両眼視差
運動視差
調節
2眼式
2台のカメラ,ディスプレーを並べる
○
○
×
×
多眼式
多数のカメラ,ディスプレーを並べる
○
○
○
×
体積表示型
奥行き方向に表示面を配置する
○
○
×
○
像再生型
被写体の光群を再現
○
○
○
○
脳内効果
(心理的)
光・工学的
(物理的)
50
NHK技研 R&D/No.123/2010.9
4.1 自然さ・不自然さ1)
な見え方に近いが,光・工学的に大きな仕掛けが必要
である。一方,2眼式の場合には,光・工学的な仕掛
立体テレビは被写体が置かれた実空間を撮影して,
けは簡単であるが,提示できる手がかりが限られてい
それを立体ディスプレーで奥行きも含めて再現するも
るので,脳の中で左右の像を融合させて立体感を得る
のである。4図は撮影空間上での実際の距離と2眼式
という心理的な現象を利用する必要がある。従って,
の立体映像で心理的に再現されると想定される距離の
立体視のヒューマンファクターを調べることは重要で
関係を計算した結果である。4図(a)は2台のカメラ
ある。
の光軸を平行に設置して撮影する場合(平行法)で,4
図(b)は2台のカメラの光軸を交差させて設置する場
4.立体視のヒューマンファクター
合(交差法)である。実際の距離と再現された距離が
2眼式の立体テレビのヒューマンファクターを研究
完全に一致している条件を無歪み条件といい,図では
するにあたって,3図に示すように,自然さ・不自然
黒線で示している。無歪み条件で撮影するためにはレ
さ,見やすさ・見づらさ,視覚疲労の3つの課題を設
ンズの焦点距離,カメラの間隔,表示画角,視距離な
定した。2眼式の立体の研究を始めたころ,撮影した
どを適切に設定する必要がある。
立体映像が薄っぺらに見えると言われた。また,ミニ
4図(a)に示すように平行法の場合,無歪み条件と
チュアが映っているように見えるとも言われた。薄っ
比較して,例えば,望遠レンズを使用した場合やカメ
*3
効果」といい,小さ
ラの間隔を広げた場合には,実際の距離よりも再現距
く見える効果を「箱庭効果」と呼ぶ。この不自然さの原
離が短くなる。逆に,広角レンズを使用した場合やカ
因を検討した結果,これには奥行き知覚が関係してい
メラの間隔を狭めた場合には,実際の距離よりも再現
ぺらに見える効果を「書き割り
ひず
て,立体映像を見たときに知覚される奥行きの歪みが
距離が長くなり奥行きが強調される。平行法では実際
その原因であることが明らかになった。また,見やすさ・
の距離と再現距離は線形な関係にあり,直線の傾きが
見づらさについては左右の像の融合のしやすさ・しに
変わるだけなので違和感はあまり感じられない。
くさに依存することが明らかになった。先に述べたよ
実際に立体番組を撮影する場合には交差法で撮影す
うに2眼式の立体システムでは,左右の像を左右の目
ることが多い。4図(b)に示すように交差法の場合に
に別々に提示して,頭の中でそれが1つの像に融合す
は,実際の距離と再現距離は非線形な関係になり,以
る現象を利用している。しかし,左右の映像を提示す
下に述べるような不自然な現象を生じることがある。
る装置に特性差がある場合や,飛び出した映像を提示
第1に奥行きの歪みである。5図(a)に示すように
するために過度に大きな視差を付けた場合には,融合
実際の距離と再現距離の関係が上に凸の非線形な関係
しにくくなる。また,視覚疲労は輻輳点と目のピント
にある場合には,実際の距離が圧縮されて知覚され,
調節の位置の不一致によって起こることが明らかになっ
た。以下,この3つの課題について詳細を述べる。
*3 建物や風景などを紙や布に描いたもので,芝居の背景に使う。
要因
課題
(立体視の知覚)
自然さ・
不自然さ
奥行き知覚
(物理パラメーター)
ひず
奥行きの歪み
左右の映像の特性差
見やすさ・ 見づらさ
左右の像の融合
大きい視差
視覚疲労
撮影条件などで生じる奥行きの歪み要因と,
※1
※2
「箱庭効果 」
「書き割り効果 」などの
不自然さとの関係を解明
輻輳点とピント
調節の位置の
不一致
※1 前景の人や物が不自然に小さく見える現象。 ※2 人や物が奥行きの乏しい薄っぺらな映像に見える現象。
※3 視差の角度差。1′
(分)
は1/60°
。
視差の時間変化
左右の特性差の許容値
幾何学的な差
2.9%(サイズ)
明るさ 2%
(黒)
,60%(白)
クロストーク 5%∼10% ... など
見やすい条件
※3
視差の画面内分布 (1°以下 )
※3
文字スーパー位置
(10′
-15′手前 )
※3
など
カットチェンジでの変化 (1°以下 )
視覚疲労
輻輳点と目のピント調節の位置の不一致が視機能
に影響すること,時間変化の要因がこの傾向を加
速することを確認
3図 2眼式の立体テレビのヒューマンファクター
NHK技研 R&D/No.123/2010.9
51
特別発表 1
被写体が薄っぺらに見える「書き割り効果」を生じる。
影した立体映像では,車よりずいぶん手前に人物が立っ
第2に大きさの歪みである。これも奥行きの歪みに
ているように見え,その人物が非常に小さく見える。
よって生じる現象である。同じ物体でも近くにある場
4.2 見やすさ・見づらさ
見やすさ・見づらさは左右の像の融合のしやすさに
合は大きく,遠くにある場合は小さく見えるので,ス
クリーン上で2つの物体が同じ大きさである場合には,
関係している。見づらい映像,すなわち,融合しにく
両眼視差によって近くに見える方は遠くに見える方よ
い映像を長時間見続ければ視覚疲労はそれだけ大きく
り小さく感じられる。このような心理効果によって「箱
なる。見やすさ・見づらさについては,以下の2つの
庭効果」が生じる。例えば,5図(b)に示すように実
観点を調べた。
際の距離と再現距離の関係が下に凸の非線形な関係に
1つは撮像・表示装置の性能や特性の左右差に関す
ある場合には,実空間上で車の直前に立った人物を撮
る観点である。2表は左右の映像の差,すなわち,左
100
100
無歪み
80
広角レンズ
60
望遠レンズ
40
カメラ間隔広
再現距離
(m)
再現距離
(m)
80
無歪み
60
交差角大
40
カメラ間隔狭
20
20
カメラ間隔狭
0
0
0
50
100
0
実際の距離
(m)
50
100
実際の距離
(m)
(a)平行法
(b)
交差法
4図 実際の距離と2眼式の立体映像での再現距離
再現距離
(m)
(a)
書き割り効果
奥行きが非線形に圧
縮されて再現される
再現距離
(m)
奥行きの歪み無し
実際の距離(m)
(b)
箱庭効果
背景に対して前景が
手前に再現され小さ
く感じられる
再現距離
(m)
実際の距離
(m)
実際の距離
(m)
5図 「箱庭効果」と「書き割り効果」
52
NHK技研 R&D/No.123/2010.9
右の撮像カメラまたは表示ディスプレーの特性の差が
た。また,カットつなぎの前後に大きな視差の変化が
2)
どのように知覚されるのかを調べた結果である 。例え
ある場合には見づらくなり,注視点の視差の変化の許
ば,ズームレンズが付いている2台のカメラでズーム
容限も1°
であった。つまり,過大な両眼視差分布や急
の量が左右でずれている場合には,撮像された像のサ
激な視差の変化は見づらさや視覚疲労の原因となるこ
イズに差が生じる。このサイズの差が1.2%以上になる
とがわかった。視差はコンテンツと視聴条件で決まる
と検知でき,差が2.9%までは許容できるということを
ので,立体映像の制作を行う場合には,表示画面のサ
示している。また,2つのカメラが完全に水平ではな
イズや視距離を想定し,見やすい視差の範囲になるよ
く,垂直方向にずれて設置される場合がある。画面の
うに留意して制作する必要がある。
高さを100%として,ずれの検知限は0.7%,許容限は1.5
4.3 視覚疲労5)
%である。そのほか,明るさのずれやクロストークに
6図は実際に物を見ているときと2眼式の立体視の
ついても,それぞれ検知限と許容限を測定している。
差異を説明する図である。実際に物を見ているときに
なお,クロストークとは左右の像が混じる度合いであ
は,6図(a)に示すように位置Aにある物体を見るた
る。2表の結果は撮像装置や表示装置の調整が重要で
めにそこに視点が集中するので輻輳点はAである。目の
あることを示している。2表の許容限の条件を満たす
レンズのピント調節の位置もAとなり両者は一致してい
だけでも,かなり厳密に調整する必要がある。左右の
る。
ところが,
2眼式の立体視の場合には,6図(b)に
映像のずれは立体映像を見る姿勢によっても引き起こ
示すようにスクリーンに表示された映像を見るために,
される。例えば,2眼式の立体テレビを見るときに頭
目のレンズのピント調節の位置はBになる。一方,図の
が傾いていると,垂直視差が生じて見づらくなる。
場合には飛び出した映像として見るために寄り目にな
り,
輻輳点はAになる。このように,
2眼式では輻輳点と
他の1つは視差の分布や視差の時間変化に関する観
点である。3表は視差の画面内での分布およびカット
目のレンズのピント調節の位置は原理的に一致しない。
つなぎの前後での視差の変化と見やすさを調べた結果
輻輳点とピント調節の位置が一致しない条件を特殊
3)
4)
。フレーム内視差分布は画像の1番遠い部分
な眼鏡を用いて再現し,それを1時間視聴する前と後
と1番近い部分の距離の差がどの程度であるかという
で視覚疲労を客観的に測定した。結果を7図に示す。
量である。数多くの立体画像で,フレーム内視差分布
縦軸は融合幅比*4であり,疲労の程度を客観的に表す
である
とその見やすさの関係を調べた。その結果,視差の分
布が1°
以下である場合には見やすいということがわかっ
2表
*4 映像が融合する視差の範囲。視聴前を1.0とした相対値。
撮像・表示装置の性能や特性の左右差に対する主観評価結果
要因
実験結果
画像の特徴
幾何学的なずれ
左右の映像の差
明るさのずれ
(クリップレベル)
検知限
許容限
サイズ
1.2%
2.9%
垂直ずれ
0.7%
1.5%
傾き
0.5°
1.1°
白レベル
70%
60%
黒レベル
1%
2%
1%∼2%
5%∼10%
クロストーク
3表
要因
視差
視差の分布や視差の時間変化に対する主観評価結果
画像の特徴
フレーム内
視差分布
視差分布の
時間変化
実験結果
見やすい視差分布
画面上部が奥
下部が手前
見やすい視差分布範囲
1°
以下
見やすい
文字スーパー位置
背景画像より
10′
∼15′
手前
見やすい
カットチェンジ
注視点の視差の変化が
1°
以下
NHK技研 R&D/No.123/2010.9
53
特別発表 1
指標の1つである。この値が小さいほど疲労が大きい
深度を深く(大きく)することで不一致の程度を許容
ことを意味する。左から,2次元の平面画像を1時間見
範囲に収めることができる。被写界深度とは,レンズ
た場合,それに一定の視差を付けて立体で見た場合,
の焦点の位置の前後でピントの合っている幅であり,
視差を時間的に変化させた場合,視差の時間的な変動
レンズの絞りを絞ったり,遠くのものを撮影したりす
幅を大きくした場合の結果である。視聴直後の疲労の
ることでその幅を広げることができる。2眼式の立体
程度を比較すると,平面画像を見た場合よりも立体画
で輻輳点とディスプレーの表示面が目の被写界深度内
像を見た場合の方が疲労が大きい。また,視差に時間変
に収まるような視聴条件にすることで,不一致による
動がある場合には時間変動が大きい方が疲労が大きい。
疲労の問題が回避できる。そのためには,明るいディ
また,休憩を取ることによって疲労が回復することが
スプレーを離れて見るようにすると良い。
わかる。この実験から,輻輳点とピント調節の位置の
視聴者への配慮という観点では,子供への配慮が必
不一致が視覚疲労の原因であることが明らかになった。
要である。乳幼児を含め小さい子供は成長過程にあり,
目の機能も脳の機能も成長とともに固まっていく。特
5.視覚疲労の要因と対策
に,成長過程でこのような立体映像を体験した場合の
大きな視差と視差の時間変化による視覚疲労につい
長期的な影響を調べた研究はほとんどない。今後,疫
ては,撮影・表示・視聴条件を管理することで,ある
学的な側面からの研究が必要である。また,立体視機
程度回避できる。輻輳点とピント調節の位置の不一致
能の弱者への配慮が必要である。立体視機能の弱者は
については原理的に避けられないが,人の目の被写界
2眼式の立体映像を見ても,うまく融合できずに立体
スクリーン
B
輻輳点
(A)
と
ピント位置(A)
が一致
A
A
輻輳点
(A)
と
ピント位置(B)
が不一致
(a)実際に物を見るとき
(b)
2眼式の立体視
6図 実際に物を見るときと2眼式の立体視の差異
平面画像
両眼視差が
一定で大
両眼視差の
時間変動が小
両眼視差の
時間変動が大
融合幅比
1.2
1.0
0.8
NHK技研 R&D/No.123/2010.9
2回休憩後
54
1回休憩後
7図 輻輳点とピント調節の位置の不一致に伴なう視覚疲労
視聴直後
視聴前
2回休憩後
1回休憩後
視聴直後
視聴前
2回休憩後
1回休憩後
視聴直後
視聴前
2回休憩後
1回休憩後
視聴直後
視聴前
0.6
的に見えない,あるいは,見えたとしても非常に疲れ
ある。アメリカでは既にステレオグラファーという職
やすい人で,人口の7%∼10%いると言われている。更
種が生まれている。
に,立体視の視機能への影響や疲労感は個人差が大き
いことにも留意する必要がある。
コンテンツを制作する場合には,あらかじめ,表示・
視聴条件のパラメーターを想定する必要があるが,標
視聴者の立場でいうと,疲労に注意し,長時間見続
けないなど視聴時間を適切に管理する必要がある。特
に,子供に対しては,立体が強調されて見えているこ
とに注意する必要がある。
準とされる視聴条件とその実態はかけ離れていること
には留意する必要がある。ハイビジョンの場合,標準
6.おわりに
視距離は画面の高さの3倍の距離である。しかし,実
まとめに代えて,放送の視点で立体映像を考える。
際の家庭ではリビングの大きさで視距離が決まること
まず,安全性について十分な注意が必要である。映画
が多く,画面の大きさによらず2m∼3mの距離で視聴
館での鑑賞とは異なり,家庭での視聴では視聴環境や
される傾向がある。また,両眼の距離は大人で65mm,
視聴時間の管理,視聴者を特定したサービス,機器の
子供で50mmである。両眼の距離が短いと視差が強調さ
保守や適切な調整ができないことに留意すべきである。
れるので,この差にも配慮する必要がある。同時に,両
例えば,子供が横になって調整不良のディスプレーを
眼の距離は無限遠点の物体を見るときの視差であり,2
何時間も見続けるようなことがないようにしなければ
眼式の立体の場合には,この無限遠点の視差は視距離
ならない。
とは無関係に画面サイズによって変化する。小さい画
次に,立体的に見えない人への対応や,既存の2次
面を想定して制作した番組に無限遠点の映像が含まれ
元の受信機との両立性を考慮する必要がある。また,
ていると,大画面で見た場合に,両眼の距離よりも大
眼鏡を掛けてテレビを見ることが日常生活にどの程度
きな視差となり非常に見にくい映像になるので,注意
受け入れられるのかなどの社会的受容性も検討する必
が必要である。
要がある。
想定する表示・視聴条件およびプロデューサーの演
技研では,これまでの研究成果を生かして,より安
出意図を考慮して,コンテンツを管理し,制作するた
全で見やすい立体映像のあり方の検討を進めていく。
めには,立体設計・管理・撮影を行う専門家が必要で
参考文献
1) 山之上,奥井,岡野,湯山:
“2眼式立体像における箱庭・書き割り効果の幾何学的考察,
”映情学誌,Vol.56, No.4,
pp.575­582(2002)
2) 山之上,永山,尾藤,棚田,元木,三橋,羽鳥:
“立体ハイビジョン撮像における左右画像間の幾何学的ひずみの検知限・
許容限の検討,
”信学論D­II, Vol.J80­D­II, No.9, pp.2522­2531(1997)
3) 野尻,山之上,花里,岡野:
“位相相関法を用いた立体ハイビジョン映像の視差量測定と見やすさについて,
”映情学誌,
Vol.57, No.9, pp.1125­1134(2003)
4) Y. Nojiri, H. Yamanoue, A. Hanazato, M. Emoto, F. Okano:
“Visual comfort/discomfort and visual fatigue caused by
stereoscopic HDTV viewing,
”Proc. SPIE, Vol.5291, pp.303­313(2004)
5) M. Emoto, T. Niida,and F. Okano:“Repeated vergence adaptation causes the decline of visual functions in
watching stereoscopic television,
”J. Display Technology, Vol.1, No.2, pp.328­340(2005)
い と う たかゆき
伊藤崇之
1979年NHK入 局。長 野 放 送 局 を 経 て,
1981年より放送技術研究所において視聴科
学,画像認識,ヒューマンインターフェース,
情報バリアフリー,認知科学の研究に従事。
2003年同所ヒューマンサイエンス部長,
2006年同所人間・情報部長,2008年同所次
長を経て,現在,同所研究主幹。2008年度
映像情報メディア学会丹羽高柳賞業績賞を受
賞。IEEE,映像情報メディア学会,電子情報
通信学会,日本認知科学会,ヒューマンイン
タフェース学会,日本神経回路学会各会員。
博士(工学)
。
NHK技研 R&D/No.123/2010.9
55
Fly UP