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第8章 人の健康 - 国立環境研究所 地球環境研究センター

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第8章 人の健康 - 国立環境研究所 地球環境研究センター
第8章
人の健康
総括執筆責任者:
Ulisses Confalonieri (Brazil), Bettina Menne (WHO Regional Office for Europe/Germany)
執筆責任者:
Rais Akhtar (India), Kristie L. Ebi (USA), Maria Hauengue (Mozambique), R. Sari Kovats (UK), Boris Revich
(Russia), Alistair Woodward (New Zealand)
執筆協力者:
Tarakegn Abeku (Ethiopia), Mozaharul Alam (Bangladesh), Paul Beggs (Australia), Bernard Clot (Switzerland),
Chris Furgal (Canada), Simon Hales (New Zealand), Guy Hutton (UK), Sirajul Islam (Bangladesh), Tord
Kjellstrom (New Zealand/Sweden), Nancy Lewis (USA), Anil Markandya (UK), Glenn McGregor (New Zealand),
Kirk R. Smith (USA), Christina Tirado (Spain), Madeleine Thomson (UK), Tanja Wolf (WHO Regional Office for
Europe/Germany)
査読編集者:
Susanna Curto (Argentina), Anthony McMichael (Australia)
本章の<原文>引用時の表記方法:
Confalonieri, U., B. Menne, R. Akhtar, K.L. Ebi, M. Hauengue, R.S. Kovats, B. Revich and A. Woodward, 2007:
Human health. Climate Change 2007: Impacts, Adaptation and Vulnerability. Contribution of Working Group II
to the Fourth Assessment Report of theIntergovernmental Panel on Climate Change, M.L. Parry, O.F. Canziani,
J.P. Palutikof, P.J. van der Linden and C.E. Hanson, Eds., Cambridge University Press, Cambridge, UK, 391431.
本章の翻訳引用時の表記方法:
小野雅司、長谷川安代 訳、2009: 気候変動 2007:影響、適応と脆弱性 、気候変動に関する政府間
パネルの第 4 次評価報告書に対する第 2 作業部会の報告、第 8 章 人の健康、
(独)国立環境研究所(http://
www-cger.nies.go.jp/index-j.html)
第8章
人の健康
目次
概要 ........................................................................347
8.1 はじめに....................................................... 347
8.1.1 世界の健康の現状 ................................. 347
8.1.2
8.1.3
第 3 次評価報告書による結論 ............. 348
第 3 次評価報告書以後の主要な進展 .. 348
8.3.2
気候変動に対する将来の脆弱性 ......... 359
8.4 主要な将来の影響と脆弱性....................... 360
8.4.1 気候変動に関連した健康影響の予測 ... 360
8.4.2
脆弱な人々と地域 ................................. 363
使用される手法と知識の空白 ............. 349
8.5 コスト............................................................ 366
8.2 現在の感度と脆弱性.................................... 349
8.2.1 暑熱と寒気が健康に及ぼす影響 ......... 349
8.6 適応:実践、オプション、制約................ 366
8.6.1 さまざまなスケールでのアプローチ ....... 367
8.1.4
8.2.2
8.2.3
8.2.4
8.2.5
8.2.6
8.2.7
風、暴風雨、洪水 ................................. 350
干ばつ、栄養、食料安全保障 ............. 352
食品安全性 ............................................. 352
水と病気 ................................................. 353
大気の質と病気 ..................................... 354
空気中のアレルゲンと病気 .................... 355
8.6.2
8.6.3
8.6.4
スケール横断的対応の統合 ................. 368
適応の限界 ............................................. 368
適応戦略、政策、対策が健康に及ぼす影響 ... 369
8.7 結論:持続可能な開発への含意................ 369
8.7.1 健康と気候保護:クリーンエネルギー.... 370
動物媒介性感染症、
げっ歯類媒介性感染症、
およびその他の感染症 .......................... 356
8.8 主要な不確実性と優先的研究課題............ 370
8.2.10 紫外線と健康 ......................................... 358
【図、表、Box】...................................................... 372
8.3 将来トレンドに関する想定........................ 359
8.3.1 シナリオにおける健康 ......................... 359
【第 8 章 訳注】..................................................... 383
8.2.8
8.2.9
労働衛生 ................................................. 358
訳 :長谷川安代((独)国立環境研究所 地球環境研究センター)
監訳:小野雅司((独)国立環境研究所 環境健康研究領域)
346
第8章
人の健康
概要
あらゆる場所で適応能力が改善される必要がある。近
年のハリケーンや熱波の影響は、所得の高い国々でさ
気候変動は現在、地球規模の疾病と早死の負担に寄与
えも極端な気象現象への対処の備えが十分ではないこ
している。(確信度が非常に高い)
とを示している(確信度が高い)[8.2.1, 8.2.2]。
人類は気象パターンの変化(気温、降水、海面上昇、
およびより頻繁な極端現象)をとおして、また間接的
健康への悪影響は低所得国で最大になるであろう。す
には、水・大気・食料の質の変化、生態系、農業、産業、
べての国において、より高いリスクにさらされる人々
居住や経済の変化をとおして気候変動にさらされてい
には、都市の貧困者、高齢者と子ども、伝統的社会、
る。この初期の段階では影響は小さいが、すべての国
自給農家、沿岸域の住民が含まれる(確信度が高い)
と地域でしだいに増大すると予測される[8.4.1]。
[8.1.1, 8.4.2, 8.6.1.3, 8.7]。
人間の健康に対する気候変動の影響に関する新たな証
経済開発は適応の重要な構成要素であるが、それ自体
拠は、気候変動が以下の状況をもたらしたことを示し
は世界の人々を気候変動による疾病や傷害から遮断す
ている。
ることはできないだろう(確信度が非常に高い)。
・いくつかの感染症媒介動物の分布の変化(確信度が
中程度)[8.2.8]
経済成長がどのように起きるかということ、経済成長
がもたらす便益の分配、そして、教育・保健医療・公
・アレルギーの原因となるいくつかの花粉種の季節的
共医療施設などの、人々の健康を直接的に形作る諸要
因がきわめて重要になるであろう[8.3.2]。
分布の変化(確信度が高い)[8.2.7]
・熱波に関連した死亡の増加(確信度が中程度)
[8.2.1]
人間の健康にとって重要な気候変動に関連する曝露の
8.1 はじめに
予測されるトレンドは以下のとおりである。
本章では、気候変動が健康に及ぼす既に観測され
・子どもの成長と発育に関係するものを含む、栄養不
た影響と今後予測される影響、現在および将来のリ
良およびその結果として生じる疾患の増加(確信度
スクにさらされる人々、さらには影響軽減のために
が高い)[8.2.3, 8.4.1]
これまで取られてきたあるいは今後とられうる戦略、
・熱波、洪水、暴風雨、火災、干ばつによる死亡、疾
政策および対策に関して説明する。本章では第 3 次
病、傷害を被る人数の増加(確信度が高い)[8.2.2,
評 価 報 告 書(TAR)(McMichael et al., 2001) 以 降 に
8.4.1]
発表された知見を再検討する。公表された研究では
・いくつかの感染症媒介動物の分布域の継続的な変化
(確信度が高い)[8.2, 8.4]
引き続き高所得国での影響に焦点が当てられ、中・
低所得国のより脆弱な人々に関する情報は依然とし
・マラリアに関するさまざまな影響。地理的流行範囲
て相当に欠如している。
が減少するであろうところもあれば、地理的流行範
囲が拡大する、あるいは流行期間が変化するかもし
れないところもある(確信度が非常に高い)
[8.4.1.2]
・下痢性疾患による負担の増加(確信度が中程度)
[8.2,
8.1.1 世界の健康の現状
健康には、肉体的、社会的、精神的な福利が含まれる。
人々の健康は持続可能な開発の最も重要な目標であ
8.4]
・地表面オゾンによる心臓・呼吸器系疾患の罹患およ
る。人類は、変化する気象パターン(例えば極端現象
の強度と頻度の増大)をとおして、そして間接的には
び死亡の増加(確信度が高い)[8.2.6, 8.4.1.4]
・デング熱のリスクにさらされる人数の増加(確信度
水、大気、食料の質と量、生態系、農業、生活、イン
フラの変化をとおして気候変動にさらされている(図
が低い)[8.2.8, 8.4.1]
・寒冷曝露による死亡の減少など、いくつかの便益を
8.1)。このような直接的および間接的な曝露は死亡や
もたらす。しかしながら、世界全体の、特に開発途
障害、苦痛を引き起こしうる。不健康は脆弱性を増大
上国における、気温上昇による悪影響が、これらを
し、個人と集団の気候変動への適応能力を減退させる。
上回るであろうと予想される。
疾病・衰弱率の高い集団は、気候変動に関連するスト
レスを含むあらゆる種類のストレスに対してあまりう
347
第8章
人の健康
まく対処できない。
人々の健康はこの 50 年間で多くの点において著し
8.1.2 第 3 次評価報告書による結論
く改善してきている。例えば、平均寿命は 1950 年代
IPCC 第 3 次評価報告書(McMichael et al., 2001)の
以降世界中で延びている(WHO, 2003b, 2004b)。しか
主な結論は次のとおりであった。
し、すべての場所で改善が明らかなわけではなく、同
・熱波の頻度や強度の増大により、主に高齢者集団と
一国内においても、また各国間においても健康の相
都市貧困層の死亡と罹病のリスクが増大するであろ
当 な 格 差 が 依 然 と し て 存 在 し て い る(Casas-Zamora
う。
and Ibrahim, 2004; McMichael et al., 2004; Marmot, 2005;
・気候変動に伴う気候の極端現象(例えば、暴風雨、
People s Health Movement et al., 2005)。アフリカの一部
洪水、サイクロン、干ばつ)の地域的な増加はいか
では、主に HIV/AIDS による影響のため、この 20 年
なるものであれ、死亡と負傷、人口移動、食料の生
で平均寿命が短くなってきた。20%を超える成人が感
産および淡水の利用可能量と質への悪影響を引き起
染している国もある(UNDP, 2005)。地球規模では、
こし、特に低所得国で感染症リスクを増大させるで
1970 年から 2002 年に子どもの死亡率は出生 1,000 人
あろう。
当たり 147 人から 80 人に減少した(WHO, 2002b)。こ
・状況によっては、気候変動の影響が社会の混乱、経
の減少が最も大きかったのは、世界保健機関(WHO)
済の衰退、人口移動を引き起こすかもしれない。こ
地域区分でいうところの地中海東部、東南アジア、ラ
のような社会経済的混乱と人口移動に伴う健康影響
テンアメリカの国々である。16 か国(このうち 14 か
は相当なものである。
国はアフリカの国々)では、現在の 5 歳未満児の死亡
・気候変動性の変化を含む気候の変化は、動物媒介性
率は 1990 年に観測された率より高くなっている
(Anand
の多くの感染症に影響を及ぼすであろう。現在疾病
and Barnighausen, 2004)。これらの国々においては、5
分布の境界域で暮らす人々が特に影響を受けるかも
歳未満児の死亡率を 2015 年までに 3 分の 2 削減する
しれない。
というミレニアム開発目標(MDGs)が達成される可
・気候変動は世界の食料供給システムにさらなる圧力
を与え、高緯度地域では収量の増加が、低緯度地域
能性が低い。
(すべての年齢において、)心疾患、糖尿病、脳卒中、
では収量の減少が予想される。そのため、世界中で
癌などの非伝染性疾患が全世界の疾病負担のほぼ半分
食料の大幅な再分配が行われない限り、低所得国の
を占めており、この負担は中・低所得国で最も急速に
栄養不良者の人数は増加するであろう。
増大している(Mascie-Taylor and Karim, 2003)。予防接
・現在の排出レベルが続くと想定すると、多くの大都
種プログラムやかつて蔓延していたヒトへの感染の抑
市部で大気の質が悪化するだろう。オゾンとほかの
制を改善させた多くの措置にもかかわらず、伝染性疾
大気汚染物質(例えば、微粒子)への曝露の増加は、
患は依然として世界の多くの地域で人々の健康にとっ
罹患率と死亡率を上昇させうる。
て深刻な脅威である(WHO, 2003a)
。年間ほぼ 200 万
人−ほとんどが幼児−が、下痢性疾患や不衛生な水と
基本的衛生設備の欠如に起因するその他の健康状況が
8.1.3 第 3 次評価報告書以後の主要な進展
原因で死亡している(Ezzati et al., 2003)。マラリアも
全体として、過去 6 年の研究は、TAR の結論を拡
また地理的分布範囲が気候変動の影響を受けるかもし
大する新しい証拠を提供してきた。実証的研究によっ
れないありふれた疾病であるが、現在この病気で年間
て熱波が健康に及ぼす影響の定量化が進められてきた
約 100 万人の子どもが死亡している(WHO, 2003b)。 (8.2.1 節参照)。ほかの極端な気象現象が健康に及ぼす
1998 から 2000 年にかけて、世界中で 8 億 4,000 万人
影響についての研究はほとんどない。気候変動が健康
が栄養不良であった(FAO, 2002)。飢餓克服の進展状
に関連した曝露に及ぼす早期影響は、大気の質と動植
況は非常にばらつきが大きい。現在の傾向に基づくと、
物の生物季節の変化との関連で調査されてきた(第 1
2015 年までに飢餓に苦しむ人々を半減させるという
章と 8.2.7 および 8.2.8 節参照)。食品安全性と水に関
MDGs の目標を達成するのはラテンアメリカとカリブ
連した感染症を含む幅広い健康問題に関して研究が行
海諸国だけであろう(FAO, 2005; UN, 2006a)。
われてきた。全体的な疾病負担に対する気候変動の寄
与度が推定されてきた(8.4.1 節を参照)(McMichael,
2004)。数カ国が、多分野研究の一環として、あるい
348
第8章
人の健康
は独立プロジェクトとして、気候変動が健康に及ぼす
困難である。
影響の評価を実施してきた(表 8.1、8.3、および 8.4
・健康予測に含まれる開発シナリオが限られている。
参照)。これらの評価は気候変動に対する人々の脆弱
・人々の健康に関して気候に関連した閾値を特定する
性についてさらに詳しい情報を提供している(8.4.2 節
参照)。気候の影響が、健康アウトカム(転帰)に及
のは困難である。
・気候変動への人間の適応の程度、速度、抑制力、主
ぼすその他の社会的決定因子と環境的決定因子との関
な動因についての理解が限られている。
連で調査された(McMichael et al., 2003a; Izmerov et al.,
2005)。将来的な健康への影響を予測する気候の健康
影響モデルの開発はほとんど進んでいない。現在、気
8.2 現在の感度と脆弱性
候変動は多くの国々で保健政策の懸案事項である。気
実証的研究を系統的に再検討すると、健康と気象ま
候の変動性に特化したいくつかの適応策が、保健分野
たは気候要因との関係の最良の証拠が得られるが、こ
の範囲内、あるいはこの範囲を越えて開発、実施され
のような形式的な再検討は稀である。本節では、図
てきた(8.6 節参照)。気候と健康影響および適応の研
8.1 であらましを示しているように、対象集団に関す
究には多くの課題が残っている。その中で最も重要な
る気象/気候要因と健康アウトカムとの直接的な関連
のは中・低所得国の研究能力と適応能力が限られてい
性または複数の経路をとおした関連性に関する知識の
ることである。
現状を評価する。この図は、健康が気候変動によって
影響を受けうる経路のみならず、同時に存在する環境
要因、社会的要因、保健医療システム要因が直接作用
8.1.4 使用される手法と知識の空白
するあるいは修飾する影響も示している。
気象と気候に対する人々の健康の現在の感度を示す
これまでに公表された証拠は次のことを示している:
証拠は次の主要な 5 種類の実証的研究に基づいている:
・気候変動は一部のアレルギー種の季節性(第 1 章参
・個々の極端現象(例えば、熱波、洪水、暴風雨、干ばつ、
照)と一部の疾病媒介動物の季節的活動と分布に影
極端な寒さ)が健康に及ぼす影響。
響を及ぼしている(8.2.8 節参照)。
・気候が疾病または疾病媒介動物の分布の説明変数で
・気候はマラリア、デング熱、ダニ媒介性脳炎、コレ
ある場合における面的(空間的)研究。
ラ、その他の下痢性疾患の季節的パターンや時間的
・気候の経年変動性、気温や降雨の短期的(1日、1 週
分布において重要な役割を果たしている(8.2.5 およ
間)な変化、より長期的な変化が健康に及ぼす影響
を、気候変動の早期影響の検出との関連で評価する
び 8.2.8 節参照)。
・熱波と洪水は長期間続く深刻な影響を及ぼしうる。
経時的研究。
・疾病媒介動物、病原体、植物(アレルゲン)生物学
の(実験室)実験研究と野外調査。
・人々を気候ハザードから保護する公衆衛生対策の有
8.2.1 暑熱と寒気が健康に及ぼす影響
環境温度の影響は、持続的な極端な気温(定義上、
熱波と寒波)の単一の発現との関連で、そして大気温
効性を調べる介入研究。
度の幅に対する人々の反応として研究されてきた(生
気候変動による潜在的な将来の健康影響に関するこ
態学的時系列研究)。
の評価は次のような状況で実施される:
・人間の健康にとって重要な曝露の変化の予測は限ら
8.2.1.1 熱波
暑い日中、暑い夜、および熱波の頻度が増えてきて
れた地域に固有のものである。
・複数の原因による相互に作用を及ぼす複合的な健康
アウトカムが考慮される。
いる(IPCC, 2007a)。熱波は死亡率の顕著な短期的上
昇と関連している(Box 8.1)。第 3 次評価報告書以降、
・健康アウトカムを気候または気候変動そのものに原
因特定するのは難しい。
北アメリカ(Basu and Samet, 2002)
、ヨーロッパ(Koppe
et al., 2004)、 東 ア ジ ア(Qiu et al., 2002; Ando et al.,
・多くの疾病(マラリアなど)が単純な関係では容易
2004; Choi et al., 2005; Kabuto et al., 2005)では熱波と健
に表しにくい重要な地方的伝染メカニズムを持つ場
康についての研究が増加してきている。
合、個々の環境における健康アウトカムの一般化は
熱波の間に起きる死亡の相当程度は短期的な死亡率
349
第8章
人の健康
の置き換え【訳注 8-1】 によるものである(Hajat et al.,
が重要である(Curriero et al., 2002; Hajat, 2006)。ヨー
2005; Kysely, 2005)。いくつかの研究は、この割合が熱
ロッパでは高温が高齢者集団の年間死亡のほぼ 0.5 ∼
波の厳しさと影響を受ける人々の健康状態に左右され
2%に寄与しているが、この<暑さによる>負担を損
ることを示している(Hemon and Jougla, 2004; Hajat et
失余命で定量化することには大きな不確実性が残って
al., 2005)。2003 年の熱波は非常に厳しかったため、短
いる。
期的な死亡率の置き換えは熱波による全死亡にほとん
両極端な気温に対する人々の感度は 10 年以上の時間
ど影響しなかった(Le Tertre et al., 2006)
。
スケールで変化する(Honda et al., 1998)
。米国では人々
インドでは 1980 から 1998 年までの間に 18 回の熱
の高温に対する感度が 1964 から 1988 年にかけて低下
波が報告された。1988 年の熱波は 10 州に影響を及ぼ
した徴候がある(特定の集団と期間の死亡反応の閾値
し、 死 者 は 1,300 人 で あ っ た(De and Mukhopadhyay,
によって、不正確に測られた)(Davis et al., 2002, 2003,
1998; Mohanty and Panda, 2003; De et al., 2004)
。インド
2004)。米国のサウスカロライナや南フィンランドで
のオリッサでは 1998 年、1999 年、2000 年の熱波によ
は 1970 年代以降暑熱に関連した死亡率は低下してき
って、それぞれ 2,000 人、91 人、29 人が死亡したと
ているが、イングランドの南部ではこの傾向はあまり
推定され(Mohanty and Panda, 2003)、アンドラプラデ
明確でなかった(Donaldson et al., 2003)。ヨーロッパ
ーシュでは、2003 年の熱波で 3,000 人以上が死亡した
の人々の寒気に関連した死亡率も 1950 年代以降低下
(Government of Andhra Pradesh, 2004)。南アジアの熱波
してきている(Kunst et al., 1991; Lerchl, 1998; Carson et
は農村住民や高齢者、屋外労働者の高い死亡率と関連
al., 2006)。寒い日中、寒い夜、霜の降りる日が少なく
している(Chaudhury et al., 2000)
(8.2.9 節参照)。死亡
なってきているが、これは冬の死亡率低下のごく小さ
数はおそらく報告された熱中症による死亡を参考にし
な理由に過ぎない。屋内暖房の改善、全体的健康状態
ており、これは熱波の全体的影響を過小評価している。
の改善、冬季感染症の予防と処置の改善の方がより重
要な役割を果たしてきた(Carson et al., 2006)
。一般に、
寒冷な気象に対する人々の感度は冬が穏やかな温帯諸
8.2.1.2 寒波
北半球では寒波は依然として問題であり、数時間の
国の方が大きい。というのは、人々が寒気にそれほど
間に気温が非常に低くなり、この低温が長期にわたっ
上手に適応していないからである(Eurowinter Group,
て継続しうる。温帯気候と寒冷気候では、社会的に恵
1997; Healy, 2003)。
まれない人々(アルコール依存症の患者、ホームレス)、
労働者、高齢者の間で、予期しない寒冷曝露が主に戸
外で発生する(Ranhoff, 2000)。極域の寒冷環 境での
8.2.2 風、暴風雨、洪水
生活は、凍傷と低体温による急性リスクだけでなく、
発生確率は低いが、洪水は大きな影響を及ぼす事象
先住民ではない人々の一連の慢性症状(Sorogin et al.,
であり、物的インフラ、人間の回復力、社会的組織を
1993)とも関連している。住民が寒冷な状況に十分適
押しつぶしうる。洪水は最も頻度の高い自然の気象災
応している国々でも、電力や暖房システムが機能しな
害である(EM-DAT, 2006)。洪水は、降雨、地表流出
ければ寒波は死亡率の大幅な上昇を引き起こしうる。
量、蒸発、風、海面、その土地の地形の相互作用の結
寒波は東南アジアなどのもっと暖かい気候の地域でも
果起きる。内陸地では、洪水レジームは集水域の大き
健康に影響を及ぼす(EM-DAT, 2006)。
さ、地形、気候によって相当に異なる。水管理の慣行、
都市化、土地利用の激化、森林管理は洪水リスクを相
当に変化させうる(EEA, 2005)。暴風はしばしば洪水
8.2.1.3 暑熱と寒気の影響の推定値
気温と死亡率の関係を修飾する医学的要因、社会
を伴う。
的要因、環境要因、およびその他の要因の特定を含
この 20 年に大規模な暴風雨災害と洪水災害が起き
む(Basu and Samet, 2002; Koppe et al., 2004)、暑熱と寒
ている。2003 年の中国の洪水では 1 億 3,000 万人が被
気の影響を定量化する方法は急速に発達してきている
害を受けた(EM-DAT, 2006)。1999 年には、ベネズエ
(Braga et al., 2002; Curriero et al., 2002; Armstrong et al.,
ラの暴風雨とその後の洪水、地滑りで 30,000 人が死亡
2004)。ある集団における気温と死亡率との基本的関
した。2000/2001 年にはモザンビークの洪水で 1,813 人
係を明らかにする場合、気候、地形、ヒートアイラン
が死亡した(IFRC, 2002; Guha-Sapir et al., 2004)。構造
ド現象の規模、所得、高齢者の割合などの地方的要因
的対策と非構造的対策の改善、特に警報の改善によっ
350
第8章
人の健康
てこの 30 年間で洪水と高潮による死亡率が大幅に減
属、有害廃棄物などがあった(Manuel, 2006)。一部
少してきている(EEA, 2005)。しかし、気象災害が及
の地域の鉛と揮発性有機化合物(VOC)を除き、大
ぼす社会と健康への影響は依然として非常に大きく、
半の汚染物質の濃度は短期的許容レベル以内であっ
その分布は偏っている(Box 8.2 参照)。洪水が健康に
た(Pardue et al., 2005)。また、土壌や土砂の長期汚染
及ぼす影響は、死亡、傷害、感染症、毒物汚染から
に関連した健康リスクもあるが(Manuel, 2006)、化学
精神衛生上の問題まで幅広い(Greenough et al., 2001;
汚染が結果として洪水現象後の罹病率と死亡率のパタ
Ahern et al., 2005)
。
ーンに影響を及ぼすことを証明する公表された証拠は
死者と被害人口に関しては、南アジアとラテンア
ほとんどない(Euripidou and Murray, 2004; Ahern et al.,
メリカでは、洪水と熱帯低気圧が最大の影響を及ぼ
2005)。自然災害の影響を受けやすい地域での人口密
す(Guha-Sapir et al., 2004; Schultz et al., 2005)。災害デ
度の上昇や工業開発の加速は、将来災害が起きる確率
ータベースに記録された死因は溺死と重度の傷害であ
と災害時に放出される危険物質に多数の人々が曝露す
る。極端現象の後の危険な状況や不健康な状況による
る可能性を上昇させる(Young et al., 2004)
。
死亡も健康への影響であるが、このような情報が災
災害の影響として精神障害が重要であることの証拠
害統計に含まれることは稀である(Combs et al., 1998;
が増えている(Mollica et al., 2004; Ahern et al., 2005)。
Jonkman and Kelman, 2005)。高潮による溺死は、多数
一般的な精神障害(不安と憂鬱)に起因する長期に
の死者を出す沿岸の暴風の主な死因である。過去 100
及ぶ機能障害は注目に値するかもしれない。低所得国
年の高潮を評価した結果、大規模な事象は少数の地域
での研究も高所得国での研究もともに、洪水に関連
に限定されており、多くの事象がベンガル湾、特にバ
する精神衛生面での影響の精査が不十分であったこ
ングラデシュで起きていることがわかった(Nicholls,
とを示している(Ko et al., 1999; Ohl and Tapsell, 2000;
2003)。
Bokszczanin, 2002; Tapsell et al., 2002; Assanarigkornchai
十分な公衆衛生インフラを持たず、感染症の負担の
et al., 2004; Norris et al., 2004; North et al., 2004; Ahern et
高い人々の間では、洪水が起きた後、しばしば下痢性
al., 2005; Kohn et al., 2005; Maltais et al., 2005)。高所得
疾患の増加を経験する。中・低所得国ではコレラ(Sur
国における外傷後ストレス障害の系統的な再検討によ
et al., 2000; Gabastou et al., 2002)、クリプトスポリジウ
り、災害後の影響は小さいが重要であることがわかっ
ム症(Katsumata et al., 1998)、腸チフス(Vollaard et al.,
た(Galea et al., 2005)。また、幼児の行動障害への中
2004)の増加が報告されている。洪水に関連した下痢
長期的影響の証拠もある(Durkin et al., 1993; Becht et
性疾患の増加もまたインド(Mondal et al., 2001)
、ブ
al., 1998; Bokszczanin, 2000, 2002)
。
ラ ジ ル(Heller et al., 2003)、 バ ン グ ラ デ シ ュ(Kunii
気象災害への脆弱性はリスクにさらされている人の
et al., 2002; Schwartz et al., 2006) で 報 告 さ れ て い る。
特性(居住場所、年齢、所得、教育、障害を含む)と
2001 年のモザンビークでの洪水により下痢性疾患の症
より幅広い社会的および環境的要因(災害準備レベル、
例は 8,000 件以上増加し、その後数か月のうちに 447
保健分野の対応、環境の劣化)に左右される(Blaikie
人が下痢性疾患で死亡した(Cairncross and Alvarinho,
et al., 1994; Menne, 2000; Olmos, 2001; Adger et al., 2005;
2006)。
Few and Matthies, 2006)。より貧しいコミュニティ、特
高所得国では洪水後の呼吸器疾患と下痢性疾患の増
にスラムの住人は洪水の起きやすい地域に居住する可
加が報告されてきているが、洪水の後の感染症のリ
能性がより高い。米国では、低所得グループがハリケ
スクは一般に低い(Miettinen et al., 2001; Reacher et al.,
ーン・カトリーナの最も大きな影響を受け、低所得者
2004; Wade et al., 2004)。この重大な例外が 2005 年の
の学校が洪水に遭うリスクは参照グループの 2 倍であ
米国のハリケーン・カトリーナとリタであり、供給水
った(Guidry and Margolis, 2005)。
が大腸菌に汚染されたことで多くの下痢性疾患の症例
北西ヨーロッパの北海沿岸の居住地、セイシェル、
と、死亡を引き起こした(CDC, 2005; Manuel, 2006)。
ミクロネシアの一部、米国とメキシコの湾岸、ナイル
洪水は、貯蔵庫や既に周囲に存在していた化学物質
のデルタ、ギニア湾、ベンガル湾など、低平な海岸地
(例えば農薬)からの危険な化学物質、重金属、その
域にある人口密度が高いところの住民は気象災害によ
他の有害物質による水の汚染を引き起こすかもしれな
る高い健康負担を経験している(第 6 章参照)。特に
い。米国のハリケーン・カトリーナの後の化学汚染物
環境が劣化した地域は、現在の気候条件下での熱帯低
質には精製所と貯蔵タンクからの石油漏れ、農薬、金
気圧と沿岸洪水に対して脆弱である。
351
第8章
人の健康
膜炎の地理的分布、強度、季節性は、気候と環境の
8.2.3 干ばつ、栄養、食料安全保障
要因、特に干ばつと強く結び付いていると思われる
気候変動性と極端な気象が人の栄養に影響を及ぼす
(Molesworth et al., 2001, 2002a, b, 2003)。気候は、病気
因果連鎖は複雑で、さまざまな経路(地域的水不足、
の季節的発現の時期を含む伝播の経年変動性におい
農地の塩性化、洪水現象による収穫破壊、災害による
て重要な役割を果たしている(Molesworth et al., 2001;
食品流通の破壊、植物の感染症または害虫の負担増加)
Sultan et al., 2005)。髄膜炎の地理的分布は近年西アフ
が関わっている(第 5 章参照)。栄養問題は、急性の
リカで拡大している。この拡大は土地利用の変化と地
ものも慢性のものも気候変動性と気候変化に関連して
域的気候変動の両方によって引き起こされる環境変化
いる。干ばつが健康に及ぼす影響には、死亡、栄養不
が原因であるかもしれない(Molesworth et al., 2003)
。
良(低栄養、たんぱく質エネルギー低栄養および/ま
カが媒介する病気の流行は干ばつ現象の影響を受け
たは微量栄養素不足)、感染症、呼吸器系疾患がある
る。干ばつの間、カの活動は抑制され、その結果非
(Menne and Bertollini, 2000)
。
免疫人口が増加する。干ばつが終わると、感受性の高
干ばつは食事の多様性を縮小し、全体的な食品消費
い宿主の感染率ははるかに高くなり、その結果感染が
を減少させ、その結果微量栄養素不足をまねくかもし
増える可能性がある(Bouma and Dye, 1997; Woodruff
れない。インドのグジャラートでは、2000 年の干ばつ
et al., 2002)。ほかの地域では、干ばつは、カの捕食者
の間に食事で摂取されるエネルギーと数種類のビタミ
の減少によりカの個体数の増加を促進するかもしれな
ンの不足が判明した。この地域の人々の場合、干ばつ
い(Chase and Knight, 2003)。感染症発生リスクの短期
が身体計測指標に及ぼす深刻な影響は公衆衛生対策に
的増大を引き起こすかもしれない干ばつに関連したそ
よって防止されてきたかもしれない(Hari Kumar et al.,
の他の要因には、排水路と小さな河川のよどみと汚染
2005)。アフリカ南部の研究は、HIV/AIDS が干ばつ
がある。長期的には、マラリアなどカが媒介する疾病
が栄養に及ぼす影響を増幅させることを示唆している
の発生率は低下する。媒介するカの繁殖に必要な湿気
(Mason et al., 2005)。栄養不良は感染症にかかるリスク
と水が不足するからである。アフリカの Plasmodium
と感染症で死亡するリスクの両方を増大させる。バン
falciparum (熱帯熱マラリア原虫)によるマラリアの
グラデシュの研究では、干ばつと食料不足は下痢性疾
北限はサヘルであり、ここでは降雨が重要な流行制限
患による死亡のリスク増大と関連していることがわか
要因である(Ndiaye et al., 2001)。セネガルとニジェー
った(Aziz et al., 1990)
。
ルではマラリアが年間降雨量の長期的減少に伴い減少
干ばつとその結果である生計手段の喪失もまた、人
してきている(Mouchet et al., 1996; Julvez et al., 1997)。
口移動、特に農村から都市への移住を誘発する主な要
干ばつ事象は砂塵嵐と呼吸器系の健康への影響とも関
因である。人口移動は、過密や安全な水、食料、およ
連している(8.2.6 節参照)。干ばつはまた水不足にも
び避難所の不足により生じる伝染病と栄養不良状態増
関連している。水の供給不足による衛生状態の悪化が
加 を ま ね き う る(Choudhury and Bhuiya, 1993; Menne
もたらす病気のリスクについては 8.2.5 節で取り上げ
。最近、
and Bertollini, 2000; del Ninno and Lundberg, 2005)
る。
農村から都市への移住は HIV 伝播の動因であると指摘
されてきている(White, 2003; Coffee et al., 2005)
。また、
オーストラリアの農業従事者は干ばつ期間に自殺のリ
スクが増大するようである。ブラジルでの干ばつに伴
8.2.4 食品安全性
いくつかの研究で、高温がサルモネラ中毒などのあ
りふれた食中毒に及ぼす影響が確認され、定量化され
う健康への一連の影響を Box 8.3 で述べる。
た(D Souza et al., 2004; Kovats et al., 2004; Fleury et al.,
2006)。これらの研究では、週間気温や月間気温が 1
8.2.3.1 干ばつと感染症
リフトバレー、グレート・レーク、およびアフリカ
℃上がるごとに報告事例はほぼ直線的に増加すること
南部のほかの場所も影響を受けるものの、半乾燥サハ
が分かった。<これに対し> Campylobacter (カンピ
ラ以南のアフリカの「髄膜炎ベルト」に位置する国々
は、アフリカで最も高い頻度で髄膜炎菌性髄膜炎の
ロバクター)の伝染では気温の重要性ははるかに低い
(Kovats et al., 2005; Louis et al., 2005; Tam et al., 2006)
。
地方的流行と蔓延を経験している。因果メカニズムは
食品と害虫、特にハエ、げっ歯類、ゴキブリとの接
はっきり分かっていないが、髄膜炎菌性(流行性)髄
触も気温に敏感である。ハエの活動を促進する要因は
352
第8章
人の健康
主として生物的因子よりも気温である(Goulson et al.,
・水道または地表水をとおした水媒介性疾患の発生の
2005)。温帯諸国では、気象がさらに温暖になって冬
助長に極端な降雨(激しい降雨または干ばつ)が果
が穏やかになれば、夏季にハエやその他の害虫の数が
たす役割。
増加する可能性が高く、春に害虫が現れる時期が早ま
・気温と流出量が微生物と化学物質による沿岸水、レ
クリエーション水域、地表水の汚染に及ぼす影響。
る。
有害藻類(HAB)(第 1 章 1.3.4.2 節を参照)は、主
・気温が下痢性疾患の発生率に及ぼす直接的影響。
として汚染された貝類の摂取によって人の病気を引き
起こしうる毒素を作り出す。ゆえに、海水温度の上昇
安全な水へのアクセスは依然としてきわめて重要な地
は、貝類とサンゴ礁にすむ魚類による人間の食中毒(シ
球規模での健康問題である。20 億を超える人々が世界
ガテラ)の増加とこの病気の分布の極方向への拡大の
の乾燥地域に居住し、栄養不良、乳幼児の死亡率、汚
原因となる(Kohler and Kohler, 1992; Lehane and Lewis,
染された水や水不足に関連した疾病に不相応に苦しん
2000; Hall et al., 2002; Hunter, 2003; Korenberg, 2004)。
でいる(WHO, 2005)。この負担のうち、わずかで定量
例えば、海面温度は Gambierdiscus (有毒渦鞭毛藻)種
化できない割合のみが気候変動性あるいは気候の極端
の成長に影響を及ぼす。このことは、フランス領ポリ
現象に起因しうる。水不足が食料の入手可能性と栄養
ネシアでのシガテラの報告と関連している(Chateau-
不良に及ぼす影響については 8.2.3 節で、降雨がカと
Degat et al., 2005)。第 3 次評価報告書以降、気候変動
げっ歯類によって媒介される病気の発生に及ぼす影響
が貝類の毒に及ぼす影響のさらなる評価は実施されて
については 8.2.8 節で、論じられる。
いない。
低所得国、特にサハラ以南のアフリカでの下痢に起
Vibrio Parahaemolyticus ( 腸 炎 ビ ブ リ オ ) と Vibrio
因する子どもの死亡率は、医療ケアの改善と経口補
Vulnificus (ビブリオバルニフィカス)は米国、日本、
水療法の利用にもかかわらず、相変わらず高いままで
東南アジアでの貝類の摂取に関連した非ウイルス性
ある(Kosek et al., 2003)。子どもは急性病からは生き
の感染の原因である(Wittmann and Flick, 1995; Tuyet
残るかもしれないが、その後に長引く下痢や栄養不良
et al., 2002)。発生量は沿岸の海水の塩分と温度に左右
で死亡するかもしれない。貧しい農村や都市スラムの
される。汚染されたカキの摂取に起因する 2004 年の
子どもは下痢性疾患による死亡率と罹病率のリスクが
大発生(Vibrio Parahaemolyticus) はアラスカ沿岸の異
高い。雨季における腸内病原菌の伝染がより高いこと
常に高い海水温度と関連していた(McLaughlin et al.,
を示している研究もいくつかある(Nchito et al., 1998;
2005)。
Kang et al., 2001)。排水の詰まりは病気の伝染の増加の
気候変動が食品安全性に対して持ちうる関連性のも
一因であるため、低所得都市コミュニティでは排水・
う一つの例として、フェロー諸島で観察されているよ
雨水管理が重要である(Parkinson and Butler, 2005)。
うな水銀のメチル化とその魚や人への取り込みがある
管理の行き届いた公共給水システムなら気候の極
(Booth and Zeller, 2005; McMichael et al., 2006)
。
端現象に対処できるはずであるが、極端な気候は給
水システムに物理的ストレスと管理上のストレスの
8.2.5 水と病気
両方を及ぼす(第 3 章および第 7 章参照)(Nicholls,
降雨、地表水利用可能量、水質の気候変動に関連し
が減って廃水の希釈度が低下し、病原体負荷は上昇す
た変化は水に関連した病気の負担に影響を及ぼしうる
る。このことは、水処理工場に対するさらなる課題と
(第 3 章参照)。水に関係した疾病は伝染経路によって
なりうる。2003 年の乾燥した夏に、オランダでは河
分類され、水媒介性疾患(摂取)と水の供給不足によ
川の流量が少なかったため水質が目に見えて変化した
2003; Wilby et al., 2005)。降雨が減少すると河川の流量
(衛
る衛生状態の悪化によりもたらされる疾患【訳注 8-2】
(Senhorst and Zwolsman, 2005)。
生の欠如に起因)とに分けられる。健康アウトカムと
降雨と流出量の極端な現象によって水路と飲料
降雨、水利用可能量、および水質の変化への曝露との
水タンクの総微生物負荷が増加するかもしれない
関係を評価する場合、次の四つの重要な点を考慮しな
(Kistemann et al., 2002)。ただし、人の病気との関連性
ければならない:
はそれほどはっきりしていない(Schwartz and Levin,
・水利用可能性、世帯の改善された水へのアクセス、
1999; Aramini et al., 2000; Schwartz et al., 2000; Lim et
および下痢性疾患に起因する健康負担の間の連関。
al., 2002)。米国での研究で、極端な降雨現象と水媒介
353
第8章
人の健康
性疾患の月間報告数との間に関連性があることがわか
2003; Jonsson et al., 2004)。
った(Curriero et al., 2001)。北アメリカとヨーロッパ
での早春の地表水の季節的汚染は、クリプトスポリジ
ウム症やカンピロバクター感染症などの水媒介性疾患
8.2.6.1 地表面のオゾン
地表面のオゾンは自然にも発生するが、都市スモッ
の散発的な症例の季節性を説明できるかもしれない
グの主要構成要素として、気温が高いときに窒素酸化
(Clark et al., 2003; Lake et al., 2005)。アマゾンでのコレ
物と揮発性有機化合物などが明るい太陽光を浴びて光
ラ発生の顕著な季節性は、乾季の河川流量が少ないこ
化学反応を起こすことで形成される二次汚染物質でも
とと関連しており(Gerolomo and Penna, 1999)、おそ
ある。都市部では、輸送車両が窒素酸化物と揮発性有
らく、貯蔵水の病原体濃度に起因している。
機化合物の主要発生源である。気温、風、太陽放射、
ペルーでは、気温の上昇が成人と子どもの下痢性
大気中水分、放出、混合はオゾン前駆物質の排出と
疾患発症の増加と強く関連していることがわかった
ともにオゾンの生成にも影響を及ぼす(Nilsson et al.,
(Checkley et al., 2000; Speelmon et al., 2000; Checkley et
2001a, b; Mott et al., 2005)。オゾンの形成は太陽光に左
al., 2004; Lama et al., 2004)。月間気温と下痢発症との
右されるため、濃度は概して夏季に高くなる。ただし、
関連性は太平洋諸島、オーストラリア、イスラエルで
オゾン濃度の季節性はどの都市でもみられるわけでは
も報告されてきている(Singh et al., 2001; McMichael et
ない(Bates, 2005)。オゾンの地表面濃度は大半の地域
al., 2003b; Vasilev, 2003)。
で上昇している(Wu and Chan, 2001; Chen et al., 2004)
。
バングラデシュのコレラの二峰性の季節パターンは
高濃度のオゾンへの曝露は、肺炎や慢性閉塞性肺疾
ベンガル湾の海面温度と季節的なプランクトン(コ
患、喘息、アレルギー性鼻炎、その他の呼吸器疾患に
レラ菌 Vibrio Cholerae
のリザーバー【訳注 8-3】 の可能
よる入院増加、そして早期死亡と関連している(例え
性)の多さと相関関係があるという証拠があるが、よ
ば、Mudway and Kelly, 2000; Gryparis et al., 2004; Bell et
り内陸での冬季の病気のピークは海面温度と関係がな
al., 2005, 2006; Ito et al., 2005; Levy et al., 2005)。屋外の
い(Bouma and Pascual, 2001)。多くの国で、コレラの
オゾン濃度、行動パターン、および断熱の程度などの
伝染は主に不衛生と関連している。海面温度がコレラ
住宅の特徴がオゾン曝露の主要な決定因子である(Suh
の流行に及ぼす影響はベンガル湾で最も研究されてき
et al., 2000; Levy et al., 2005)。ヨーロッパと北アメリカ
ている(Pascual et al., 2000; Lipp et al., 2002; Rodo et al.,
ではオゾンが健康に及ぼす影響についてかなりのこと
2002; Koelle et al., 2005)。サハラ以南のアフリカでは、
がわかっているが、ほかの地域ではこれまでに実施さ
コレラの発生は洪水事象と給水の大腸菌汚染と関連し
れた研究がほとんどない。
ていることが多い。
8.2.6 大気の質と病気
8.2.6.2 気象がほかの大気汚染物質の濃度に
及ぼす影響
気象はすべての時間スケールで、大気汚染物質の発
の濃度は気候変動に応じて変化するかもしれない。な
一般に大気汚染物質濃度、特に微小粒子状物質(PM)
達、輸送、拡散、降下を決定づけ、前線、低気圧・高
ぜなら、これらの物質の形成は気温と湿度にも左右さ
気圧システムとそれに伴う気団の通過が特に重要であ
れるからである。大気汚染濃度は、大気の物理的特性
る。大気汚染エピソードは、汚染の分散と拡散を弱め
と動態特性の数時間から数日までの時間スケールで
る高気圧システムの停滞やゆっくりした移動と関連し
の変動、大気循環の特徴、風、地形、エネルギー利用
ていることが多い(Schichtel and Husar, 2001; Rao et al.,
の相互作用の結果である(McGregor, 1999; Hartley and
2003)。高気圧システムの側面に沿った気流はオゾン
Robinson, 2000; Pal Arya, 2000)。一部の大気汚染物質
前駆物質を運び、高濃度オゾン事象の条件をつくりだ
は気象と関連した季節的周期を示している(Alvarez et
しうる。(Lennartson and Schwartz, 1999; Scott and Diab,
al., 2000; Kassomenos et al., 2001; Hazenkamp-von Arx et
2000; Yarnal et al., 2001; Tanner and Law, 2002)。都市の
al., 2003; Nagendra and Khare, 2003; Eiguren-Fernandez et
ヒートアイランドの発達を助長する気象パターンもあ
al., 2004)。メキシコシティやロサンゼルスなど一部の
る。その強度は一部の汚染物質レベルを引き上げる都
場所は、質の悪い大気にさらされやすい。なぜなら、
市大気中の二次化学反応にとって重要な要素となる
地方的な気象パターンが化学反応をおこし排出を変化
か も し れ な い(Morris and Simmonds, 2000; Junk et al.,
させる、また地形によって汚染物質の拡散が抑制され
354
第8章
人の健康
るからである。
人の健康に影響を及ぼしうる微量元素、真菌胞子、お
PM の健康への影響についての証拠はオゾンについ
よびバクテリアを運ぶことができる(Claiborn et al.,
ての証拠よりも強固である。PM が罹病率と死亡率に
2000; Fan et al., 2002; Shinn et al., 2003; Cook et al., 2005;
影響することは知られており(例えば、Ibald-Mulli et
Prospero et al., 2005; Xie et al., 2005; Kellogg and Griffin,
al., 2002; Pope et al., 2002; Kappos et al., 2004; Dominici
2006)。しかし、最近の研究では、アジアの砂塵嵐と
et al., 2006)、濃度の上昇は健康に多大な悪影響を及ぼ
カナダと台湾での入院数との間の統計的に有意な関連
すであろう。
性 は み つ か っ て い な い(Chen and Tang, 2005; Yang et
al., 2005a; Bennett et al., 2006)
。証拠は、地方的な死亡率、
8.2.6.3 森林火災による大気汚染
特に心血管系疾患と呼吸器系疾患による死亡率が砂塵
一部の地域では、気温と降雨の変化が火災事象の頻
嵐の後の数日間に増加することを示唆している(Kwon
度と深刻さを増大させると予測されている(第 5 章参
et al., 2002; Chen et al., 2004)
。
照)。森林火災と山火事は火傷、煙の吸入による被害、
その他の傷害を引き起こす。大規模火災では救急サー
ビスを求める患者の数も増加する(Hoyt and Gerhart,
8.2.7 空気中のアレルゲンと病気
2004)。有毒ガス状大気汚染物質と粒子状大気汚染物
気候変動は北半球で春の花粉シーズンの始まりを
質は大気中に放出され、肺炎、上気道疾患、喘息、慢
早めてきている(第 1 章 1.3.7.4 節 ; D Amato et al., 2002;
性閉塞性肺疾患を含む、子どもを中心とする急性およ
Weber, 2002; Beggs, 2004 参照)。これに付随して、ア
び慢性の呼吸器系疾患の重要な要因となりうる(WHO,
レルギー性鼻炎など、花粉によって引き起こされるア
2002a; Bowman and Johnston, 2005; Moore et al., 2006)。
レルギー性疾患の季節性が変化したという結論を引き
例えば、1997 年のインドネシアの火災では、心血管系
出すのは妥当である(Emberlin et al., 2002; Burr et al.,
疾患と呼吸器系疾患による入院と死亡が増加し、東南
2003)。一部の種については花粉シーズンの期間も長
アジアでの日常生活の活動に悪影響が及んだ(Sastry,
くなったという限られた証拠もある。花粉を飛散させ
2002; Frankenberg et al., 2005; Mott et al., 2005)。森林火
る植物のうち数種類の植物の数が気候変動によって増
災による汚染物質は数千キロにわたって大気の質に影
えたと示唆されているが、これらのタイプの花粉のア
響を及ぼしうる。
レルギー物質含有量が変化したかどうかは定かではな
い(花粉の含有量が変化しないまたは増加することは、
8.2.6.4 大気汚染物質の長距離輸送
曝露の増大を意味するであろう)(Huynen and Menne,
風のパターンの変化と砂漠化の増大によって大気汚
2003; Beggs and Bambrick, 2005)。アレルギー性真菌胞
染物質の長距離輸送が増えるかもしれない。一定の大
子やバクテリアへの曝露増大のパターンを示す研究は
気循環条件下では、エアロゾル、一酸化炭素、オゾン、
ほとんどない(Corden et al., 2003; Harrison et al., 2005)。
砂漠の砂塵、糸状胞子、殺虫剤を含む汚染物質の輸送
ある場所への新しい空気中のアレルゲンの移入といっ
が、長距離でかつ一般に 4 ∼ 6 日の時間スケールで起
た、自然の植生の空間的分布の変化は<アレルギー>
こるかもしれず、このことは健康に悪影響を及ぼしう
感作を増大させる(Voltolini et al., 2000; Asero, 2002)。
る(Gangoiti et al., 2001; Stohl et al., 2001; Buchanan et
アレルギーを引き起こす花粉が多い新しい侵入植物
al., 2002; Chan et al., 2002; Martin et al., 2002; Ryall et al.,
種、特にブタクサ(Ambrosia artemisiifolia) の導入は
2002; Ansmann et al., 2003; He et al., 2003; Helmis et al.,
重大な健康リスクである。ブタクサは世界のいくつ
2003; Moore et al., 2003; Shinn et al., 2003; Unsworth et al.,
か の 地 域 に 広 が っ て い る(Rybnicek and Jaeger, 2001;
2003; Kato et al., 2004; Liang et al., 2004; Tu et al., 2004)。
Huynen and Menne, 2003; Taramarcaz et al., 2005; Cecchi
工業や自動車だけでなく、バイオマスの燃焼もこのよ
et al., 2006)。いくつかの実験室での研究は、CO2 濃度
うな汚染物質の発生源である(Murano et al., 2000; Koe
の上昇と気温の上昇はブタクサの花粉の生成を増大さ
。
et al., 2001; Jaffe et al., 2003, 2004; Moore et al., 2003)
せ、ブタクサの花粉シーズンを長期化し(Wan et al.,
アフリカ、モンゴル、中央アジア、中国の砂漠地域
2002; Wayne et al., 2002; Singer et al., 2005; Ziska et al.,
から風に吹かれて飛んでくる粉塵は遠隔地域の大気の
2005; Rogers et al., 2006a)、人の健康に影響を及ぼしう
質と人々の健康に影響を及ぼしうる。粉塵のない気象
る一部の植物代謝産物を増大させることを示してい
状況と比較すると、粉塵は、高い濃度の吸入性粒子、
る。
355
第8章
人の健康
8.2.8 動物媒介性感染症、げっ歯類媒介性
感染症、およびその他の感染症
つで収穫を得られなかった自給農業者の農村から都
市への移動により引き起こされた(Franke et al., 2002;
Confalonieri, 2003)
。
動物媒介性疾患(VBD)は、カ、ダニ、サシガメ、
サシチョウバエ、ブヨなど、感染した節足動物に刺さ
れることによって伝染する感染症である。VBD は広範
8.2.8.1 デング熱
デング熱は世界で最も重要な動物が媒介するウイル
囲で発生し、気候要因に対する感度が高いため、気候
ス性疾患である。デング熱と気候の空間的パターン
変動に関連した疾患としては最もよく研究されている
(Hales et al., 2002)、時間的パターン(Hales et al., 1999;
ものの一つである。媒介ダニ、ヨーロッパと北アメリ
Corwin et al., 2001; Gagnon et al., 2001)、または時空間
カの一部の(マラリア以外の)媒介カの分布と保菌鳥
パターン(Hales et al., 1999; Corwin et al., 2001; Gagnon
類の生物季節は気候変動に関連して変化するという証
et al., 2001; Cazelles et al., 2005)の関連性を報告して
拠がある(第 1 章および Box 8.4 参照)。
いる調査がいくつかある。しかし、こういった報告さ
スウェーデン(Lindgren and Talleklint, 2000; Lindgren
れた関連性は必ずしも一貫しているわけではなく、こ
and Gustafson, 2001)とカナダ(Barker and Lindsay,
のことはおそらく気候が伝染に及ぼす影響の複雑さ
2000)では、ダニ分布の北部または高地への移動が観
および/または競合する要因の存在を反映している
測されてきており、チェコ共和国では高地への移動が
(Cummings, 2004)。降雨量が多かったり気温が高かっ
観測されている(Daniel et al., 2004)。デンマークで
たりすると伝染の増加をまねきうるが、干ばつもまた、
はダニ媒介性感染症の地理的変化が観測されている
家庭での貯水がカの繁殖に適した場所を増加させた場
(Skarphedinsson et al., 2005)。ヨーロッパと北アメ
合、<伝染の増加の>原因になりうることを研究は示
リカでみられるダニ媒介性疾患の最近の発生率の上昇
している(Pontes et al., 2000; Depradine and Lovell, 2004;
は気候変動だけで説明できる可能性は低い。ダニ媒介
Guang et al., 2005)
。
性脳炎の増加の程度は、例えば同じような気候変動レ
デング熱の主要媒介動物である Stegomyia (以前は
ベルを経験した可能性が高いヨーロッパの諸地域内
Aedes と呼ばれていた)aegypti (ネッタイシマカ)の
においても、空間的違いは非常に大きい(Patz, 2002;
気候(気温、降雨、雲量)に基づく密度分布図は観測
Randolph, 2004; Sumilo et al., 2006)。ダニの生息地と
された疾病分布とぴったり一致する(Hopp and Foley,
宿主となる野生生物の両方を増加させる景観に対する
2003)。 媒 介 動 物 量 の モ デ ル は、 コ ロ ン ビ ア、 ハ イ
人間の影響、感染したダニと人間との接触を増大させ
チ、ホンジュラス、インドネシア、タイ、ベトナムの
るかもしれない人間の行動の変化など、気候変動以外
デング熱の報告された症例の分布によく一致してい
の要因も除外することはできない(Randolph, 2001)。
。世界の人口のほぼ 3 分の 1
る(Hopp and Foley, 2003)
最近北アメリカ北東部では、Wyeomyia smithii とい
が、気候がデング熱流行に適した地域に居住している
うカの種が過去 20 年の平均地上気温の上昇と春の早
(Hales et al., 2002; Rogers et al., 2006b)
。
期到来にミクロ進化的(遺伝的)応答をしていること
の証拠がある(Bradshaw and Holzapfel, 2001)。このカ
は人の病気は媒介しないが、同じような進化的変化を
8.2.8.2 マラリア
サハラ以南のアフリカでは、マラリアの空間的分
しているかもしれない重要なアルボウィルス媒介種と
布、伝染力の強さ、季節性は気候の影響を受けており、
密接な関係がある。
社会経済開発がこの病気の分布の縮小に及ぼしてき
ヨーロッパではさらに北部で犬(保有宿主)の皮膚
た影響はわずかであった(Hay et al., 2002a; Craig et al.,
リーシュマニア症が報告された。ただし、それ以前に
2004)。
は過小報告されていた可能性は排除できない(Lindgren
降雨はカ集団の制限要因になりうる。10 年間の降
and Naucke, 2006)。サシチョウバエの地理的分布の変
雨量の減少に伴い流行が減少したことを証明するある
化がヨーロッパ南部で報告されてきている(Aransay
程度の証拠がある。特定の生態学的特徴をもった流行
et al., 2004; Afonso et al., 2005)。 し か し、 こ の 変 化 の
地域では、マラリアの経年変動は気候と関連している
原因を調べた調査はない。1980 年代と 1990 年代の初
(Julvez et al., 1992; Ndiaye et al., 2001; Singh and Sharma,
めの半乾燥のブラジル北東地域の都市におけるカラア
2002; Bouma, 2003; Thomson et al., 2005)。エルニーニ
ザール(内臓リーシュマニア症)は、長期化する干ば
ョ南方振動(ENSO)とマラリアに関する研究の系統
356
第8章
人の健康
的再検討の結果、エルニーニョがマラリア流行のリス
重要な役割を果たしていることを報告した(Zhou et
クに及ぼす影響は、南アジアと南アメリカの諸地域で
al., 2004, 2005)。ただし、この仮定を検証するために
十分証明されていると結論づけられた(Kovats et al.,
用いられた方法には異議が差し挟まれている(Hay et
2003)。ボツワナの海面温度(Thomson et al., 2005)と
al., 2005b)。
マルチモデルアンサンブルによる季節的な気候予報
南アメリカ(Benitez et al., 2004)
(第 1 章参照)やロ
(Thomson et al., 2006)の両方から、マラリアの通常と
シア連邦の大陸域(Semenov et al., 2002)では気候変
は異なる異常に高い発生や低い発生を予測できるとい
動がマラリアに影響を及ぼしているという明らかな証
う証拠が、南アフリカでのマラリア予防対策としての
拠はない。人間の病気の変化の気候変動への原因特定
季節的予測の実用的かつ日常的な使用を裏づけている
には、まず、報告、監視、疾病対策措置の大幅な変更、
(DaSilva et al., 2004)
。
人口の変化、および土地利用の変化などその他の要因
観測された気候変動がマラリアの地理的分布と高原
を考慮しなければならない(Kovats et al., 2001; Rogers
地方での感染強度に及ぼす影響については依然として
and Randolph, 2006)。
意見がわかれている。東アフリカの一部の場所での時
気候とマラリア流行動態の間に因果関係があること
系列データの分析は、明らかな気候トレンドがない場
は知られているが、気候変動が地方スケール、全球ス
合にもマラリアの発生率が上昇していることを示して
ケールでマラリアに及ぼしうる影響についてはまだ不
。マラリア
いる(Hay et al., 2002a, b; Shanks et al., 2002)
確実性が大きい(8.4.1 節も参照)。というのは、気候
の再流行を後押しする駆動力として提案されたものと
とマラリアについて同時期の詳細な歴史的観測は少な
しては、マラリア原虫の薬剤耐性と媒介動物対策活動
く、マラリアという病気の動態は複雑であり、社会経
の減少がある。しかし、この結論は、気候データを不
済開発、免疫、薬剤耐性を含む非気候要因が感染と感
適切に用いて引き出されたかもしれないため、その妥
染の結果を決定するうえで重要であるからである。東
当性には疑問が呈されている(Patz, 2002)。これらの
アフリカ高地の人口が非常に多いこと、実施された分
地域に関する気温の最新データの分析によって、1970
析が限られていること、流行性マラリアの重大な健康
年代末以降かなりの温暖化トレンドがあり、流行の潜
リスクを考えると、さらなる研究をすべきである。
在性に影響を及ぼすほどの変化の規模であることがわ
かってきている(Pascual et al., 2006)。アフリカ南部で
は、症例件数の季節変化は多くの気候変数とかなりの
8.2.8.3 その他の感染症
気候変数、人間の疾病症例(Enscore et al., 2002)
、お
関連性があったが、マラリアの長期的トレンドは気候
よび病原体保有動物(Stapp et al., 2004; Stenseth, 2006)
と大した関連性はなかった(Craig et al., 2004)
。薬剤耐
との関係に関する北アメリカとアジアの伝染病多発地
性と HIV 感染は同じ地域のマラリアの長期的トレンド
域の最近の調査は、伝染病リスクの一時的変動は主要
。
と関係があった(Craig et al., 2004)
な気候変数を監視することで推定されうることを示唆
さらに多くの研究が、アフリカ高地での気温の経年
している。
変動とマラリア流行との関係を報告してきている。マ
げっ歯類によって伝染する疾病は、人と病原体とげ
ダガスカルのトレンドを除去したマラリア時系列デー
っ歯類の接触パターンが変化するため、降雨が多い時
タ【訳注 8-4】の分析は、人間と媒介動物の接触が最大
と洪水の期間中に増加するということの十分な証拠が
になる月と一致する感染シーズン開始時の最低気温が
ある。洪水に関連したレプトスピラ症(ワイル病)の
年度間の変動の主な理由であることを示した(Bouma,
発生は中央アメリカ、南アメリカと南アジアの幅広い
2003)。ケニア高地では、マラリアによる入院は 3 か
国々から報告されてきている(Ko et al., 1999; Vanasco
月から 4 か月前の降雨および異常に高い最高気温と関
et al., 2002; Confalonieri, 2003; Ahern et al., 2005)。低所
連していた(Githeko and Ndegwa, 2001)。エチオピア
得国の都市周辺住民のレプトスピラ症のリスク要因に
全土にわたる 50 箇所の 1980 年代末から 1990 年代初
は、雨季の下水溝と通りの洪水が含まれる(Sarkar et
めまでの期間のマラリア罹患率のデータ分析では、流
al., 2002)。
行は直前の数か月間の高い最低気温と関連しているこ
ハンタウイルス肺症候群(HPS)の症例はまず 2000
とがわかった(Abeku et al., 2003)。東アフリカの高地
年に中央アメリカ(パナマ)で報告され、降雨の増加
の 7 箇所のデータ分析は、マラリア流行の引き金とし
と周辺地域の洪水の後の家ネズミの増加が原因
(Bayard
ては長期的トレンドよりも短期的な気候変動性の方が
et al., 2000)だと示唆された。ただし、さらに調査が
357
第8章
人の健康
必要である。ハンタウイルスの動態にはヨーロッパ北
暑い労働環境は快適さの問題だけではなく、健康の
部と中央部の間で気候に関連した違いがある(Vapalahti
保護と作業遂行能力も懸念される。暑い環境での労
et al., 2003; Pejoch and Kriz, 2006)
。
働は、肉体作業の遂行能力を低下させるリスクを増
ほかの感染症の分布と発生は気象と気候変動性の影
大させ(Kerslake, 1972)、精神的作業能力を低下させ
響を受けてきている。ENSO を動因とする山火事と干
(Ramsey, 1995)、事故のリスクを増大させ(Ramsey et
ばつ、土地利用と土地被覆の変化は、ニパウイルスの
al., 1983)、さらに、長期に及んだ場合、熱による熱疲
自然宿主である一部のコウモリの生息地に大規模な変
労(熱疲弊)や熱中症をまねくかもしれない(Hales
化を引き起こしてきた。コウモリは食べ物(果物)を
and Richards, 1987)(8.5 節参照)。
探しに農地に行かざるを得ず、その結果ウイルスを撒
き散らし、マレーシアと近隣諸国で流行が起きた(Chua
et al., 2000)
。
8.2.10 紫外線と健康
水生巻貝を中間宿主とする水に関連した寄生虫性疾
太陽紫外線(UVR)への曝露は健康に対してさまざ
患である住血吸虫症の分布は気候要因の影響を受ける
まな影響を与える。太陽 UVR への過度な曝露によっ
かもしれない。ブラジルのある場所では、乾季の長さ
て、2000 年には全球でほぼ 150 万の障害調整生存年
と人口密度が住血吸虫症の分布と数を制限する最も重
(全球の疾病負担の 0.1%)が失わ
(DALY)【訳注 8-5】
要な要因であった(Bavia et al., 1999)。もっと広い範
れ、早期死亡は 60,000 件に及んだ。最も大きい負担は
囲では、罹患率と乾期の長さとの間に負の相関関係が
UVR によって引き起こされる皮質白内障、皮膚悪性黒
みられた(Bavia et al., 2001)。中国の最近の研究は、
色腫、日焼け(日焼けの推定値はデータ不足のため不
過去 10 年の住血吸虫症の発生率上昇は、最近の温暖
確実性が高い)によりもたらされる(Prüss-Üstün et al.,
化傾向を一部反映しているかもしれないことを示して
2006)。UVR への曝露はある種のワクチン接種におけ
いる。臨界凍結(活動停止)線が中間宿主(Oncomelania
る免疫反応を弱めるかもしれず、そのためにワクチン
(カタヤマガイ)水生巻貝)の生存を制限し、従って
接種の効果が低減される。しかし、健康への重要な便
寄生虫である Sehistosoma japonicum (日本住血吸虫)
益もある。体内でのビタミン D の生成には紫外線 B 波
の流行を制限する。凍結線が北方に移動したため、住
への曝露が必要である。太陽光を十分に浴びないと骨
血吸虫症のリスクにさらされる人々がさらに 2,070 万
軟化症(くる病)とビタミン D 不足により引き起こさ
人増加した(Yang et al., 2005b)
。
れるその他の異常をきたすかもしれない。
気候変動は UVR への人の曝露をいくつかの点で変
えるであろう。ただし、<正と負の>効果のバランス
8.2.9 労働衛生
の推測は困難であり、場所と現在の UVR への曝露に
気候の変化は労働衛生と安全に影響を及ぼす。高
応じて異なるであろう。温室効果ガスにより誘発され
温多湿による暑熱ストレスは、熱中症の後遺症によ
る成層圏の冷却はオゾン層破壊ガスの効果を長引かせ
る死亡や慢性的な不健康を引き起こしうる労働上の
ると予想される。このことは地球上の一部の地域にお
危険である(Wyndham, 1965; Afanas eva et al., 1997;
いて地表到達 UVR レベルを高めるであろう(Beggs,
Adelakun et al., 1999)。屋外労働者も屋内労働者も
2005; IPCC/TEAP, 2005)。気候変動は雲の分布を変え
熱中症のリスクにさらされている(Leithead and Lind,
るであろう。このことは結果として地表の UVR レベ
1964; Samarasinghe, 2001; Shanks and Papworth, 2001)。
ルに影響を及ぼすであろう。大気温度の上昇は衣服の
米国のデータに基づくと、熱中症のリスクが最も高い
選択と戸外で過ごす時間に影響を及ぼし、地域により
職業としては、建設と農業/林業/漁業などがある
UVR 曝露を増大させたり減少させたりするであろう。
(Adelakun et al., 1999; Krake et al., 2003)。バングラデ
免疫機能とワクチンの効果が低下すると、気候に関
シュの金属工場労働者(Ahasan et al., 1999)と南アジ
連した感染の変化の影響は UVR レベルが高くない場
アの人力車引き(Ahasan et al., 1999)の間での熱中症
合よりも大きくなるかもしれない(Zwander, 2002; de
の発生が証明しているように、熱帯環境における順応
Gruijl et al., 2003; Holick, 2004; Gallagher and Lee, 2006;
はリスクを排除しない。2003年と2006年のパリの熱波
Samanek et al., 2006)
。
で報告された熱中症による死者の一部は職業上の曝露
と関連していた(Senat, 2004)。
358
第8章
人の健康
ることが必要とされるであろうことも考察されている
8.3 将来トレンドに関する想定
(Goklany, 2002)。
開発シナリオ、気候シナリオ、環境シナリオが人々
の健康に及ぼす影響は保健システムの立案プロセスに
とって重要である。また、将来の健康のトレンドは気
8.3.2 気候変動に対する将来の脆弱性
候変動に関係がある。人々の健康は適応能力の重要な
人々の健康は適応能力の重要な要素である。疾病と
要素だからである。
障害の負担が大きい場合には、そうでない場合よりも
気候変動の影響はより深刻になる可能性が高い。例え
8.3.1 シナリオにおける健康
ば、アフリカとアジアでは、HIV/AIDS の流行が将来
気候変動が将来人の健康に及ぼす影響を調べるため
介性のものや水媒介性のもの)、食料不足、暴風雨・
のシナリオの利用は、まだ開発の初期段階である(8.4.1
洪水・干ばつの頻度の増大などの難問に人々がどのよ
節参照)。公表されているシナリオは観測されたトレン
うにうまく対処できるかにはっきりと影響を及ぼすで
ドや明示的な筋書きに基づいて将来起こりうる経路を
あろう(Dixon et al., 2002)
。
どのようになるかが、気候に関連した感染症(動物媒
描いている。これらのシナリオは、ミレニアム生態系
リスクにさらされている人の合計、集団の年齢構成、
評価(Millennium Ecosystem Assessment, 2005)、排出シ
居住密度は気候変動の影響のどの予測でも重要な変数
ナリオに関する IPCC 特別報告(SRES, Nakićenović and
である。多くの集団が今後 50 年で目に見えて高齢化
Swart, 2000)、GEO3(UNEP, 2002)、世界水開発レポー
するであろう。このことは気候変動にとって重要であ
ト(United Nations World Water Assessment Programme,
る。なぜなら、高齢者は若い年齢群に比べて熱波、暴
2003; Ebi and Gamble, 2005)を含むさまざまな目的の
風雨、洪水などの極端な気象に起因する傷害に対して
ために開発されてきた。これまで説明されてきた多く
より脆弱だからである。21 世紀のうちに、世界の多く
の起こりうる将来の例には、感染症パターン、医療技
の最貧国で人口は大幅に増加し、高所得国では同水準
術、および健康と社会の不平等さの起こりうる変化
を維持するか減少するであろうと(非常に高い確信度
が含まれる(Olshansky et al., 1998; IPCC, 2000; Martens
で)想定されている。21 世紀半ばまでに世界の人口は
and Hilderink, 2001; Martens and Huynen, 2003)。公衆衛
現在の 64 億人から 90 億人をわずかに下回るレベルま
生システムが崩壊したり、現行の疾病対策方法に対し
で増加するであろう(Lutz et al., 2000)が、地域的なパ
て抵抗力のある新しい病原体が現れたりすれば、感染
ターンは大きくばらつくであろう。例えば、ヨーロッ
症がいっそう顕著になり、その結果平均寿命は短くな
パの人口密度は 1 平方キロメートル当たり 32 人から
り、経済生産性が低くなりうる(Barrett et al., 1998)。
27 人に低下すると予測されるが、アフリカでは 26 人
経済がさらに成長し、技術が改善すると、医療技術拡
から 60 人に増加しうる(Cohen, 2003)。現在、世界の
大時代になりうる。これによって物理的・社会的環境
臨床診断された Plasmodium falciparum によるマラリア
の劣化は一部相殺されるかもしれないが、現在みられ
の症例全体の 70%がアフリカで発生しており、この割
る健康の不平等さが拡大する危険性がある(Martens
合は将来相当に上昇するであろう(World Bank et al.,
and Hilderink, 2001)。あるいは、社会 ・ 医療サービス
2004)。気候変動の影響に関連して考慮すべきものと
への投資の幅が広がれば、健康持続の時代になりうる。
して、ほかには都市化がある。なぜなら、気温の上昇
これによって、疾病の発生率が低下し、ほとんどの人
と降雨パターンの変化の影響はその土地の環境によっ
口区分に便益がもたらされる。
て大幅に変わるからである。例えば、暑い気象期間に
これらのシナリオに共通しているのは、世界の比較
は、都市のヒートアイランド効果のため建物密集地域
的豊かな地域が経験している成長と開発を最貧国が共
では気温が高くなる傾向がある。今後 50 年間の人口
有しない限り、健康に対する大きなリスクが続くであ
増加のほぼすべてが都市(特に、貧しい国々の都市)
ろうとする見方である。移動の拡大および世界中への
で起きると予想されている(Cohen, 2003)。人口のこ
アイディアと技術の広まるスピードの加速が健康に対
のような傾向は気候変動が及ぼしうる影響の予測の重
する正の影響と負の影響の両方をもたらすであろうこ
要な部分を占める。その例として沿岸洪水の影響を受
と、また人間の活動が気候、水、食料資源に及ぼす影
ける人数の予測とマラリアの蔓延の二つを挙げること
響を削減するには、持続可能性に意図的に焦点を当て
ができる。これらは、気候変動モデルの選択よりも将
359
第8章
人の健康
来の人口推移に関する想定に対する感度の方がより高
りした場合には、栄養不良による疾病と不健康のリス
い(Nicholls, 2004; van Lieshout et al., 2004)
。
クは、より包括的な経済秩序が達成される場合より、
世界の多くの人々が、健康な生活を送る能力を貧困
はるかに大きくなるであろう。穀物やほかの食用作物
によってもたらされる直接的および間接的影響によっ
に代わってバイオ燃料を生産するようになる土地利用
て制限されている(World Bank et al., 2004)。1 米ドル
慣行の変化は温室効果ガス排出削減には利益をもたら
/日未満で生活する人々の比率は 1990 年以降アジア
すであろうが、燃料がどのように燃焼されるかもまた
とラテンアメリカでは減少してきているが、サハラ以
重要である(8.7.1 節を参照)。
南の地域では現在も人口の 46%が 1 米ドル/日未満で
生活し、短中期的には改善はほとんど予想されていな
い。ヨーロッパと中央アジアの貧困レベルは改善の兆
8.4 主要な将来の影響と脆弱性
しをほとんど示していない(World Bank, 2004; World
気候変動が及ぼす影響は、十分な疫学的証拠が展開
Bank et al., 2004)。最も豊かな地域の経済成長は世界の
された限られた範囲の健康決定因子とアウトカムに関
ほかの地域の進歩をはるかに上回っている。すなわち、
して予測されてきている。8.4.1 節で再検討された研
この 20 年で地球規模での所得格差が拡大してきてい
究では、さまざまな気候と社会経済シナリオのもとで
。
るということである(UNEP and WCMC, 2002)
健康アウトカムの発生率と地理的分布範囲を予測する
将来的には、気候に対する脆弱性は社会経済的変化
ために、定量的かつ定性的アプローチが用いられた。
の度合いだけでなく、便益とコストがどれほど均等に
8.4.2 節では気候変動に関連した健康への影響が、今後
分配されるか、また変化がどのように起きるかに左右
数十年間に特に脆弱な人々と地域に及ぼしうる影響を
されるであろう(McKee and Suhrcke, 2005)。経済成長
評価している。
は諸刃の剣である。成長によって社会が変わり、この
全体として、気候変動は、寒気に関連した死亡率の
変化によって富が創出されるかもしれないが、他方で
低下、一部の汚染に関連した死亡率の低下、気温や降
は、少なくとも短期的には、相当な社会的ストレスと
雨が<病気の>媒介動物や寄生虫の<生存>上限閾値
環境ダメージをを引き起こすかもしれない。19 世紀の
を超えた場合の病気の分布範囲の縮小を含む、ある程
ヨーロッパ西部の急速な都市化(住民の健康の急激な
度の健康への便益をもたらすと予測されている。しか
低下につながった)と 20 世紀の南アメリカと東南ア
し、影響は圧倒的にマイナス超過となるであろう(8.7
ジアの大規模な土地開墾(広い範囲で生態系のダメー
節参照)。ほとんどの予測は、気候感度の高い健康ア
ジをもたらした)は、急速な経済成長の悪影響の二つ
ウトカムの負担は今後数十年間にわずかに変化し、世
の例である(Szreter, 2004)。社会不安、紛争、効果的
紀半ばに増加拡大が始まると示唆している。健康への
な市民制度の欠如もまた気候変動に起因する健康リス
影響が正味で正になるか負になるかは場所により異な
クに対する脆弱性を増大させるであろう。
り、気温上昇の継続に伴い経時的に変化するであろう。
保健医療サービスは気候変動性と変化の危険を緩和
する。例えば、安価で効果的なマラリア防止用の防虫
剤処理済みの蚊帳と屋内噴霧プログラムへのアクセス
8.4.1 気候変動に関連した健康影響の予測
がマラリアの将来トレンドにとって重要になるであろ
気候変動に関連した健康への影響の予測では、気候
う。救急医療サービスは、熱波やほかの極端な気候現
感度の高い健康の決定因子とアウトカムのリスクを分
象による超過死亡の抑制において役割(主な役割では
類するためにさまざまなアプローチが用いられる。マ
ないが)を果たす。
ラリアとデング熱の場合、一般に予測結果は分布域の
これ以外にも特定の脅威や特定の環境と関連した脆
起こりうる移行の地図として表される。健康影響モデ
弱性の決定因子がある。例えば、熱波は都市のヒート
ルはたいてい媒介動物および/または寄生虫の成長に
アイランド効果によっていっそう悪化するため、高温
対する気候の制約に基づいており、限られた人口予測
が及ぼす影響は将来の都市の規模と設計によって変わ
と気候以外の想定が含まれる。しかし、疾病リスク(気
るであろう(Meehl and Tebaldi, 2004)。気候変動に起
候と昆虫学の考慮事項に基づいたリスク)と経験され
因する食料生産の変化が及ぼす影響は、国際市場への
た罹患率および死亡率には大きな差がある。疾病媒介
アクセスと貿易条件に左右されるであろう。このよう
動物の可能な分布からみると、ヨーロッパと米国の広
な条件によって貧困国が排除されたり、不利になった
い範囲が、マラリアの潜在的リスク地域であるかもし
360
第8章
人の健康
れないが、媒介動物対策や疾病対策を一因として、地
担を経験している低所得集団での下痢性疾患と栄養不
方的に得られる症例は実際には撲滅されてきている。
良の増加に起因する、主としてマイナスのものである
ほかの健康アウトカムについての予測は、しばしばリ
(Campbell-Lendrum et al., 2003; McMichael, 2004)
。絶対
スクにさらされている人数やリスクにさらされている
的疾病負担は、人口増加、将来の基準疾病発生率、適
人月を推定している。
応の程度についての想定により左右される。
国内総生産(GDP)と気候感度の高い疾病の負担
この分析は、気候変動により、温帯域での寒気に関
との関係は社会的要因、環境要因、気候要因によっ
連した死亡率の低下や作物収量増加などの健康便益が
て攪乱されるため、経済シナリオを直接的に疾病負担
もたらされるであろうことを示したが、ほかの疾病、
に関連づけることはできない(Arnell et al., 2004; van
特に低所得国での感染症と栄養不良の割合の増加はこ
Lieshout et al., 2004; Pitcher et al., 2007)。一人当たり所
の便益をはるかに上回るであろう。熱帯地域では極端
得の増加により集団の健康が改善するという想定は、
な気候に起因する心血管系疾患による死亡率の上昇が
健康は所得以外の要因で決まるという事実、集団の健
予測され、温帯地域ではわずかな便益が予測されてい
康それ自体が経済成長と長期的な経済開発に不可欠な
る。気候変動は低所得地域の下痢性疾患負担を 2020 年
インプットであるという事実、さらには開発への絶え
に 2 から 5%増大させると予測されている。年間の一
ざる挑戦が多くの国の現実であり、比較的抑制しやす
人当たり GDP が 6,000 米ドル以上の国々では下痢のリ
い疾病による高い負担が続いているという事実を無視
スクは増えないと想定されている。排出が緩和されな
している(Goklany, 2002; Pitcher et al., 2007)
。
い場合には沿岸洪水により死亡率が大幅に上昇すると
予測されているが、この予測は負担の小さい疾病に適
8.4.1.1 地球規模での疾病負担研究
用されるため、総計としての影響は小さい【訳注 8-6】。
に起因する早期罹患と早期死亡を定量化し、このリス
ると予測される。現在の分布範囲の境界にあたる国々
ク要因を排除または削減する介入の便益を推定するた
では Plasmodium falciparum のリスクは大幅に変化する
め地域的および世界規模での比較リスク評価を実施し
と予測されるが、現在マラリアが高度に流行している
た。2000 年には、気候変動により 150,000 人以上の命
地域では相対的変化ははるかに小さくなる(McMichael
世界保健機関は、気候変動を含む幅広いリスク要因
(死亡の 0.3%)と 5,500,000DALY(DALY の 0.4%)が
相対的リスクは高所得国でも低所得国と同程度上昇す
et al., 2004; Haines et al., 2006)
。
失われたと推定されている(Campbell-Lendrum et al.,
2003; Ezzati et al., 2004; McMichael, 2004)。評価は、温
室効果ガスの排出を安定させることで将来的な気候変
8.4.1.2 マラリア、デング熱、その他の感染症
第 3 次評価報告書(TAR)以降発表された研究は、気
動による負担をどれだけ回避されうるかもとり上げた
候変動がマラリアの発生率と地理的分布範囲を変えうる
(Campbell-Lendrum et al., 2003)。<評価に>含まれた
という、以前の予測を裏づけている。リスク分類が進展
<以下の>健康アウトカムは、気候変動性に対する既
したことを一因として、予測される影響は TAR で報告
知の感度、推測される将来の重要性、定量的全球モデ
された規模よりも小さくなるかもしれない。公衆衛生イ
ルの利用可能性(またはモデル構築の実現可能性)に
ンフラの現状を含む、人間の罹患と死亡に影響を及ぼす
基づいて選択された:
気候以外の要因のトレンドについて不確実性があるた
・下痢性疾患の発病
め、媒介動物の地理的分布範囲の予測される変化の確信
・Plasmodium falciparum
度は疾病発生率の変化の確信度より高い。
・沿岸洪水と内陸洪水/地滑りでの致命的な事故によ
表 8.2 は気候変動がマラリア、デング熱、ほかの感
る負傷
染症の発生率と地理的分布範囲に及ぼす影響を予測す
・1 日の推奨カロリー摂取量を得られないこと(栄養
不良の広がりの指標)
る研究をまとめている。気温、媒介動物、寄生虫の間
の生物学的関係のパラメータ化が不完全なモデルは、
絶対リスクが小さい場合でさえ、リスクの相対的変
推定値には適応に関するわずかな調整が含まれた。
化を強調し過ぎることが多い。SRES 気候シナリオを
気候変動を原因とする 2030 年の予測される相対的
利用したモデル研究がいくつかあるが、人口シナリオ
リスクは、健康アウトカムと地域により異なり、予測
を利用したものはほとんどなく、経済シナリオを組み
された疾病負担のほとんどが、主に既に大きな疾病負
込んだものは一つもない。適応能力に関する十分な想
361
第8章
人の健康
定を組み込んだ研究はほとんどなかった。利用された
た。2080 年代には、デング熱のリスクにさらされるで
主なアプローチは、観測された気候−健康関数に現在
あろう人口は気候変動と人口増加の結果 50 億から 60
の「対策能力(control capacity)」を含め(Rogers and
億人になると推定された。これに対して、気候が変化
Randolph, 2000; Hales et al., 2002)
、かつモデルのアウト
しない場合には 35 億人である(Hales et al., 2002)
。
プットを適応能力によって分類するものであり、それ
ダニ媒介性脳炎とライム病を含むマラリア以外の動
によって気候変動の影響と公衆衛生の改善の影響とが
物媒介性疾患に対する気候変動の予測される影響につ
切り離される(van Lieshout et al., 2004)
。
いては、ヨーロッパ(第 12 章)と北アメリカ(第 14 章)
マラリアはモデル化するには複雑な病気であり、公
を扱う章で論じる。
表されているモデルはどれもマラリア伝播の地理的
分布範囲と感染強度に影響を及ぼす主要な要素の一部
のパラメータ化が制限されている。この<パラメータ
8.4.1.3 暑熱と寒気に関連した死亡率
第 3 次評価報告書以降、大気温度と死亡率の関係の
化の>制限を考慮したうえで、モデルは、特にアフ
証拠が補強され、熱波が健康に及ぼす影響はますます
リカにおいて、気候変動に伴い定常的な Plasmodium
強調されている。表 8.3 は気候変動が暑熱と寒気に関
falciparum <の流行>に適した場所が地理的に拡大す
連した死亡率に及ぼす影響の予測をまとめている。先
る地域もあれば、縮小する地域もあるだろうと予測
進国以外では熱ストレスが死亡率に及ぼす影響につい
し て い る(Tanser et al., 2003; Thomas et al., 2004; van
ての情報は不足している。
Lieshout et al., 2004; Ebi et al., 2005)。予測はまた流行シ
気候変動に起因する寒気に関連した死亡の減少は、
ーズンが長期化する地域があることも示唆している。
英国では暑熱に関連した死亡の増加を上回ると予測さ
このことは、<マラリアを>原因とする疾病負担にと
れている(Donaldson et al., 2001)
。しかし、寒気に関
って地理的拡大に劣らず重要であるかもしれない。1
連した死亡の予測と冬が暖かくなることによる寒気
年当たりの流行月の増加はマラリア負担の増大に直接
に関連した死亡の減少の可能性は、インフルエンザと
つながるわけではないが(Reiter et al., 2004)、媒介動
流行期の影響を考慮しないと、過大評価になりうる
物対策には重要な影響を及ぼすであろう。
(Armstrong et al., 2004)
。
気候変動がアフリカ以外でマラリアに及ぼす影響を
暑熱に関連した罹患率と死亡率は上昇すると予測さ
予測するモデルはほとんどない。ポルトガルでの評
れている。暑熱への曝露はばらつきが大きく、既存の
価は、マラリアの流行に適した年間日数の増加を予測
研究では高温により失われる生存年数は定量化されて
した。しかし、感染した媒介動物がいなければ、実際
いない。モデルに順応と適応に関する想定が組み込ま
の感染は低いかごくわずかであろう(Casimiro et al.,
れている場合、気候変動に起因する暑熱に関連した死
2006)。中央アジアの一部の地域ではマラリアのリス
亡率の負担の推定値は減少するが、完全になくなるわ
クが増大すると予測され、中央アメリカとアマゾン周
けではない。一方、高齢者人口の増加によりリスクに
辺の地域は降雨の減少により流行が減少すると予測さ
曝される人口の比率は上昇するであろう。というのは、
れている(van Lieshout et al., 2004)
。インドでの評価は、
通常高齢になると体温調節能力が低下するからであ
Plasmodium falciparum による マラリアと P.vivax (三日
る。全体として、温帯諸国でのあまりひどくない程度
熱マラリア原虫)によるマラリアの地理的分布範囲と
の熱波では健康負担は比較的小さくなりうる。なぜな
流行期間の長さの変化を予測した(Bhattacharya et al.,
ら、死亡するのは主に影響を受けやすい人々だからで
2006)。主な媒介動物であるハマダラカについての気
ある。さまざまな社会経済シナリオと気候予測のもと
候適合性に基づくオーストラリアでの評価は、生息地
で暑熱に関連した死亡率と寒気に関連した死亡率の差
が南に拡大する可能性が高いと予測した。ただし、対
し引きがどのように変化しうるかを理解するにはさら
応能力があるため将来地方的流行が起きるリスクは低
なる研究が必要である。
いままであろう(McMichael et al., 2003a)
。
デング熱は都市部にほぼ限定される気候感度の高い
重要な疾病である。オーストラリアとニュージーラン
8.4.1.4 都市の大気の質
地表面オゾンのバックグラウンドレベルは、メタン、
ドの一部でデング熱を媒介しうる種の拡大が予測され
一酸化炭素、窒素酸化物の排出増加により、工業化以
て い る(Hales et al., 2002; Woodruff, 2005)。 蒸 気 圧 に
前の時代から上昇してきた。このトレンドは今後 50 年
基づく実証的モデルは緯度分布が広がることを予測し
にわたり継続すると予想されている(Fusco and Logan,
362
第8章
人の健康
2003; Prather et al., 2003)。ヨーロッパと北アメリカに
気候変動に関連した曝露、適応能力のトレンドを含む、
関して、地表面オゾン濃度の変化が、将来の排出お
さまざまな科学的証拠に基づいて評価された。Box 8.5
よび/または気象パターンのシナリオによって予測
では人の健康にとって重要な気候変動に関連した曝露
されてきた(Stevenson et al., 2000; Derwent et al., 2001;
のトレンドを論じている。以下の節で強調されている
Johnson et al., 2001; Taha, 2001; Hogrefe et al., 2004)。も
ように、とりわけ脆弱な集団と地域は、危害を被り、
ちろん、将来の排出は不確かであり、人口増加、経済
気候変動性と変化によって課されるストレスへの対応
開発、規制措置、エネルギー利用についての想定に左
能力がより小さく、かつ現在の脆弱性の軽減に関して
右される(Syri et al., 2002; Webster et al., 2002a)。オゾ
限られた進歩しかしていない可能性がより高い。例え
ン前駆物質の排出が変化しないと想定すると、気候変
ば、氾濫原に居住している者は皆、洪水の間リスクに
動が将来的な「<高濃度>オゾンの発生」の頻度に及
さらされるが、洪水の水と洪水の結果から逃れる能力
ぼす影響の度合いは、気象学的な必要条件の存在に左
の低い者(子どもと虚弱な人々や基準に満たない住宅
右される(Jones and Davies, 2000; Sousounis et al., 2002;
に居住する者など)はリスクがより高い。
Hogrefe et al., 2004; Laurila et al., 2004; Mickley et al.,
2004)。表 8.4 は、予測されるオゾン濃度に適用した現
在の曝露−死亡関係に基づいた将来的な罹患率と死亡
8.4.2.1 脆弱な都市住民
都市化と気候変動は相乗的に作用して疾病負担を
率の予測をまとめている。オゾン濃度の上昇は地域の
増大させるかもしれない。都市人口の増加速度は低
大気の質に関する目標を達成する能力に影響を及ぼす
所得国が高所得国を上回る。都市人口は 1900 年の 2
であろう。中・低所得国の都市に関しては、住民の汚
億 2,000 万人から 1950 年には 7 億 3,200 万人になり、
染負担はより大きいにもかかわらず、予測はない。
2005 年には 32 億人に達したと推定されている(UN,
気候変動がほかの汚染物質に及ぼす影響のモデルは
2006b)。2005 年には、高開発地域の人口の 74%が都
ほとんどない。これら<のモデル>は、主に粒子状
市住民であったのに対し、低開発地域では 43%であっ
物質の将来レベルの決定で地方的な軽減戦略が果たす
た。2030 年にはほぼ 49 億人が都市住民になると予測
役割を重視し、絶対濃度ではなく大気の質の基準を
されている。これは全球人口の約 60%であり、高開発
超える確率を予測する傾向がある(Jensen et al., 2001;
地域の人口の 81%、低開発地域の人口の 56%が都市
Guttikunda et al., 2003; Hicks, 2003; Slanina and Zhang,
住民となる。
2004)。結果は地域によってばらつきがある。夏季の
都市化は、例えば、安全な水と改善された衛生設備
地域的な大気汚染発生の深刻さと持続期間(燃焼一酸
の提供を容易にすることによって、住民の健康にプ
化炭素と黒色炭素の追跡によって診断される)は、気
ラスの影響を及ぼしうる。しかし、急速に進む無計画
候変動によって引き起こされる地上の低気圧の頻度の
な都市化はマイナスの健康アウトカムを伴うことが多
減少により、2045 ∼ 2052 年までに米国北東部と中西
い。都市スラムと無断居住者の居住地は、地滑り、洪
部で増大すると予測される(Mickley et al., 2004)。英
水、その他の自然災害がおきやすい地域にあることが
国のある研究は、気候変動の結果、気象条件の変化に
多い。こういった居住地で水と衛生設備がないこと
より微粒子濃度の高い日が大幅に減少するであろうと
は、それ自体が問題であるだけでなく、病気の宿主と
予測した(Anderson et al., 2001)。汚染物質の国境を越
媒介動物の制御をさらに困難にし、水を介した疾病や
えた輸送は地方的範囲から地域的範囲にわたる大気の
その他の疾病の発生と再発を助長する(Obiri-Danso et
質の決定に重要な役割を果たすため(Holloway et al.,
al., 2001; Akhtar, 2002; Hay et al., 2005a)。無計画な都市
2003; Bergin et al., 2005)
、将来の地方的な大気の質にと
化は経済の衰退と結び付いてマラリアの負担と対策に
って、半球レベルから全球レベルの大気循環パターン
影響を及ぼし、都市住民の間で疾病負担を増大させる
の変化が地域的パターンと同じくらい重要になる可能
かもしれない(Keiser et al., 2004)。現在、アフリカで
性が高い(Takemura et al., 2001; Langmann et al., 2003)
。
はほぼ 2 億人(全人口の 24.6%)が都市居住地で暮ら
し、マラリアのリスクにさらされている。インドでは、
無計画な都市化が Plasmodium vivax によるマラリア
8.4.2 脆弱な人々と地域
(Akhtar et al., 2002)とデング熱の広がりを助長してき
気候変動に対する人の健康の脆弱性が、気候感度の
ている。さらに、騒音、過密、無計画な都市化によっ
高い健康の決定要因とアウトカムの負担、予測される
て起こりうるその他の特徴は、鬱、不安、慢性ストレス、
363
第8章
人の健康
統合失調症、自殺といった精神障害の罹患率を上昇さ
題が多い。影響を受けるかもしれない人が非常に多い
せるかもしれない(WHO, 2001)
。急速で無計画な都市
ため、極端な気候現象と関連した栄養不良は、気候変
化に伴う問題が今後数十年にわたり、特に低所得国で
動の最も重要な影響の一つであるかもしれない。例え
増加すると予想される。
ば、気候変動はマリの飢餓リスクにさらされる人口比
気温上昇と都市のヒートアイランド効果との相互作
率を 34%から 2050 年代までに 64 ∼ 72%に上昇させ
用を一因とする熱波の頻度と強度の増大に伴い、粗末
ると予測される。ただし、さまざまな適応戦略の効果
な住宅に住む人口密度の高い都市地域の人々のリスク
的実施によってこの比率は相当に低下させうる(Butt
は増大するであろう(Wilby, 2003)。適応は、建物環
et al., 2005)。気候変動モデルは、悪影響を受ける可能
境の物理的変更と住宅および建築基準の改善を含みう
性が高いのは、既に食料不安に最も脆弱な地域、特に
るさまざまな戦略を必要とするだろう(Koppe et al.,
アフリカであり、この地域は相当な農業用地を失うか
2004)。
もしれないことを予測している。全体として、気候変
動は飢餓のリスクにさらされる人数を増加させると予
8.4.2.2 脆弱な農村住民
測されている。
を及ぼしうる。この悪影響には、最適な作物生育条件
8.4.2.4 沿岸域および低平な地域の住民
気候変動は一部の農村の住民と地域に広範な悪影響
の地理的移行と作物の収量の変化に起因する食料不安
世界の人口の 4 分の 1 が海岸から 100 km 以内、海
の増大、農業用水資源と人による消費用水資源の減少、
抜 100 m 以下に居住している。この地域の人口は今
洪水と暴風雨による被害、洪水、干ばつ、および海面
後数十年に増加する可能性が高い(Small and Nicholls,
上昇による耕作地の喪失、ならびに気候に敏感な健康
2003)。気候変動は、海面上昇の加速、海面温度のさ
アウトカムの割合の増加などがある。水不足は、大腸
らなる上昇、熱帯低気圧の強大化、波と高潮の特徴の
菌やその他の有害物質(寄生虫を含む)に汚染された
変化、降雨/流出量の変化、海洋酸性化によって沿岸
水に関連した疾患、貯水システムに関連した動物媒介
域に影響を及ぼしうる(第 6 章を参照)。こういった
性疾患、栄養不良を含む、複数の負の健康アウトカム
変化は、沿岸洪水と沿岸のインフラへの被害、海岸の
と関連している(第 3 章参照)。水不足は、特に世界
淡水資源への塩水の浸入、沿岸生態系やサンゴ礁、沿
の土地面積の約 40%を占めるサバンナ地域で、持続可
岸漁業への被害、住民の移動、気候感度の高い健康ア
能な開発に重大な制約を及ぼす(Rockstrom, 2003)
。
ウトカムの分布範囲と流行の変化などをとおして人の
健康に影響を及ぼしうる。一部の小島嶼国とほかの低
平な地域は著しい危険にさらされているが、気候変動
8.4.2.3 食料不安
国 際 食 糧 政 策 研 究 所(International Food Policy
性と変化が健康に及ぼす影響についての予測はほとん
Research Institute)の農産物と貿易の政策分析のため
どない。小島嶼国で懸念される気候感度の高い健康ア
の国際モデル(International Model for Policy Analysis of
ウトカムとしては、マラリア、デング熱、下痢性疾患、
Agricultural Commodities and Trade) は、 全 球 の 穀 物 生
暑熱ストレス、皮膚病、急性呼吸器感染症、喘息が挙
産は 1997 から 2050 年にかけて特に温帯地域で 56%増
げられる(WHO, 2004a)。
加し、畜産生産は 90%増加しうると予測しているが
2100 年にオランダで夏季最高温度が 4℃上昇するモ
(Rosegrant and Cline, 2003)
、将来の食料安全保障に関す
デルは、<表層と深層の>水柱の成層化と組み合さる
る専門家の評価は一般に中期的には悲観的である。世
ことで、北海で害を及ぼしうる一部の植物性プランク
界の飢餓を 2015 年までに半減させるという 2002 年世
トン種の成長速度が倍になると予測しており、人の健
界食料サミットの目標を達するにはあと 35 年ほどか
康に悪影響を及ぼしうる藻の発生頻度と強度を増大さ
かるであろうとする指摘がある(Rosegrant and Cline,
せる(Peperzak, 2005)。人の健康に有害な植物性プラ
2003; UN Millennium Project, 2005)
。気候変動の影響を
ンクトンの海洋温度上昇に対する感度はかなり多様で
度外視すれば、全球の<飢餓の>負担は低下すると予
あるため、影響の予測は複雑である。
想されるが、子どもの栄養不良は低所得国地域で続く
21 世紀をとおして高潮による洪水のリスクにさらさ
と予測されている。
れる人口が全球の平均海面上昇の幅と社会経済シナリ
栄養不良の決定因子は複雑であるため、現在と将来
オに基づいて予測されてきている(Nicholls, 2004)。基
の気候変動に関連した栄養不良負担の原因特定には問
準条件下では、1990 年には約 2 億人が 1,000 年に 1 度
364
第8章
人の健康
起こりうる高潮の波高より低い場所に住んでおり(例
は、山岳から平野まで、淡水の流出量に頼っているコ
えば、危険地区の住民)、1,000 万人 / 年が洪水を経験
ミュニティに多大な影響を及ぼしうる。例えば中国で
した。4 つの SRES シナリオ(A1FI、A2、B1、B2)で、
は、人口の 23%が、氷河の融解が主な乾季の水源にな
すべての時間断面に関して、人口増加により危険区域
っている西部で暮らしている(Barnett et al., 2005)。年
の居住者数は増加した。国が豊かになるにつれて既存
間の氷河の雪の融解の長期的減少によって、結果とし
のリスクに対する防御手段は改善されると想定し、海
て一部の地域では水不足になりうる。
面上昇を考慮しない場合、洪水の影響を受ける人数は
山岳地域での気候変動が健康に及ぼしうる影響につ
A1FI、B1、および B2 シナリオで 2080 年代までに減
いて入手できる公表された情報はほとんどない。し
少する。A2 シナリオのもとでは、2080 年代に 1 年間
かし、動物が媒介する病原体が、以前なら生存に適さ
に洪水に見舞われる人数は 1990 年の 2 から 3 倍にな
なかった高地での新しい生息地で生きることができる
ると予測されている。とりわけ島嶼地域、特に東南ア
ようになり、また淡水の質と利用可能量の変化に伴
ジア、南アジア、アフリカのインド洋沿岸、アフリカ
い下痢性疾患がより広がりうる可能性が高い(WHO
の大西洋沿岸、地中海南部の島嶼地域は脆弱であり、
Regional Office for South-East Asia, 2006)。 よ り 極 端 な
A1FI シナリオで顕著である(Nicholls, 2004)
。
降雨現象によって洪水と地滑りは増加する可能性が高
低平な地域の人口密度の高い地域は気候変動に対し
い。氷河湖の決壊による洪水は山岳地域に特有のリス
て脆弱である。気温が 2℃上昇し、海面水位が 30 cm
クである。これに伴う罹患率と死亡率は高く、氷河の
上昇し、モンスーンによる降雨が 18%増加し、モンス
融解の速度が増すにつれて、<この洪水は>増加する
ーンによる主要河川への流入が 5%増加するという想
と予測されている。
定では、バングラデシュでは無防備な乾燥地域の居住
者の 4.8%が水深 30 から 90 cm の浸水に直面しうると
予測されている(BCAS/RA/Approtech, 1994)
。気温が
8.4.2.6 極域の住民
極付近の住民の約 10%は先住民であり、気候変動
4℃上昇し、海面水位が 100 cm 上昇し、モンスーンに
。その脆弱性
に対して特に脆弱である(ACIA, 2005)
よる降雨が 33%増加し、モンスーンによる主要河川へ
への寄与要因としては、土地との関係が密接であるこ
の流入が 10%増加するという想定ではこの比率が 57
と、コミュニティが沿岸地域にあること、食べ物と経
%に上昇しうる。より深い水深の浸水(90 から 180 cm)
済面に関してその土地の環境に頼っていること、社会
に直面しうる場所もある。
経済的要因およびその他の要因などがある(Berner and
先進国での研究は、人口密度の高い都市部が海面
Furgal, 2005)。気候変動と基調を成す社会、文化、経済、
上昇によるリスクにさらされていることを示してい
政治的傾向との交互作用は、北極地方の住民に多大な
る(第 6 章参照)。ハリケーン・カトリーナが証明し
影響を及ぼすと予測されている(Curtis et al., 2005)
。
たようにニューオリンズ(米国)とその周辺は海面よ
北極域での冬季の気温上昇により、主に心血管系疾
り 1.5 から 3 m 低い(Burkett et al., 2003)。沈下率を考
患と呼吸器系疾患による死亡が減少し、冬季の超過死
慮し、2100 年までに海面水位が 480 mm 上昇するとい
亡が減少すると予測されている。人間の行動要因を含
う第 3 次評価報告書の推定幅の中間値を用いると、こ
む防寒が変化しないと想定すると、寒気に関連する傷
の地域は 2100 年までに平均海面水位より 2.5 から 4.0 m
害は減少すると予測されている(Nayha, 2005)。カナ
以上低くなり、カテゴリー 3 のハリケーンによる高潮
ダ北部の先住民コミュニティでの観測は、海氷が薄く
(波を除き高さ 3 から 4 m と推定)は 2004 年に人口過
なり崩壊が早まるといった不測の環境条件に関連した
密だった地域で 6 から 7 m になりうると予測される
陸上の事故と傷害の件数が増える可能性が高いことを
示唆している(例えば、Furgal et al., 2002a, b)。野生動
(Manuel, 2006)。
物と昆虫によって伝播する疾病は、北アメリカの北極
地方の北西など一部の地域で<流行期が>長期化する
8.4.2.5 山岳地域の住民
気候の変化は多くの山岳地域の氷河に影響を及ぼし
と予測され、その結果、人に伝染しうる主要な動物種
ており、ヒマラヤ、グリーンランド、ヨーロッパアル
(例えば海洋ほ乳類、鳥類、魚類、貝類)の疾病負担が
プス、アンデス山脈、東アフリカでは氷河の急速な後
高まる(Bradley et al., 2005; Parkinson and Butler, 2005)。
退が文書で立証されている(WWF, 2005)。山岳地域
極付近の住民の伝統的な食べ物は、気温の上昇が氷雪
の雪塊と氷河の深さの変化とその季節的な融解の変化
の時期と分布に及ぼす影響を一因とする動物の移動と
365
第8章
人の健康
分布の変化および人間の動物へのアクセスの変化によ
って悪影響を受ける可能性が高い。さらに、気温上昇
8.6 適応:実践、オプション、制約
は一部の食物(例えば、海洋ほ乳類の脂肪)内の環境
これまでに既に起きている気候変動に対する現在の
汚染物質への人間の曝露に間接的影響を及ぼすかもし
脆弱性を減少させるには現時点での適応が必要であ
れない。北大西洋の気温上昇は魚類と海洋ほ乳類の中
り、今後数十年間に起きると予測される健康リスクに
での水銀のメチル化率を増大させ、その摂取によって
対処するにはさらなる適応が必要である。現在の脆弱
人間の曝露を増大させると予測されている(Booth and
性レベルは、一部には気候感度の高い健康の決定因子
Zeller, 2005)
。
とアウトカムの負担を低減するために実施されている
プログラムや対策と相関関係にあり、また一部には、
8.5 コスト
下痢性疾患を減らすための安全な水と改善された衛生
気候変動の影響の厚生コスト(および便益)に焦点
生をつきとめて対応する監視プログラムの実施を含
を当てた研究は、気候変動の「ダメージ」コストを集
む、従来の公衆衛生活動の成功の結果でもある。公衆
計するか(Tol, 1995, 1996, 2002a, b; Fankhauser and Tol,
衛生システムが不十分であることと一次医療へのアク
設備の提供、およびマラリアとその他の感染症の大発
1997; Fankhauser et al., 1997)、気候変動削減措置のコ
セスが限られることは、数億人の人々の高い脆弱性と
ストと便益を見積もっている(Nordhaus, 1991; Cline,
低い適応能力の要因となっている。
1992, 2004; Nordhaus and Boyer, 2000)。気候変動により
気候感度の高い健康の決定因子とアウトカムの負担
失われる命の全球での経済的価値は、1990 年のドル額
削減を目指して現在実施されている各国および国際的
で 60 億から 880 億と幅がある(Tol, 1995, 1996, 2002a,
プログラムと対策は、気候変動の圧力増大に対処する
b; Fankhauser and Tol, 1997; Fankhauser et al., 1997)。厚
ために、見直される、方向転換される、また地域によ
生コスト(および便益)を見積もる経済学的方法には
っては拡大される必要があるかもしれない。プログラ
いくつかの欠点がある。つまり、研究に含まれている
ムをどの程度増やす必要があるかは、気候感度の高い
のは、一般に暑熱と寒気に関連した死亡とマラリアと
健康アウトカムの現在の負担、現在の介入の効果、気
いったわずかな健康アウトカムのみである。国レベル
候の変化と気候変動性に伴い負担がどこで、いつ、ど
での健康への影響の直接コストの評価も実施されてい
のように変化しうるかという予測、活動の実施に必要
るが、健康への影響を見積もる証拠基盤が比較的弱い
な人的資源と財的資源へのアクセス、影響に対する回
(IGCI, 2000; Turpie et al., 2002; Woodruff et al., 2005)。
復力を増減しうるストレス要因、介入が実施される社
健康影響が見積もられた場合、健康影響の厚生コスト
会的、経済的、政治的背景といった要因に左右される
は気候変動の総コストの相当な部分を占める(Cline,
であろう(Yohe and Ebi, 2005; Ebi et al., 2006a)。気候
1992; Tol, 2002a)。このようなタイプの評価の重要性を
変動性と変化に対処するために最近実施されたプログ
考えると、さらなる研究が必要である。
ラムと対策を以下の事例では明らかにしている。
気候変動に起因する死亡は、経済学者が従来から命
公衆衛生の意思決定者が計画の対象とする期間は、
の価値をより低く設けている低所得国で最大になると
気候変動の予測される影響と比較すると短い。このこ
予測されている(van der Pligt et al., 1998; Hammitt and
とは、短期リスクにしか焦点を当てていない現行のリ
Graham, 1999; Viscusi and Aldy, 2003)。一部の見積りは
スク管理アプローチの変更を必要 とするだろう(Ebi
各国の価値を「全球平均価値」で置き換えると死亡
et al., 2006b)。二段階の取組みが必要とされるかもし
コストが 5 倍も増加するであろうことを示唆している
れない。予測される気候リスクへ対処するプログラム
(Fankhauser et al., 1997)。気候変動はまた労働者の暑熱
の可能性が高い有効性を判断する定期的評価と、現在
ストレスへの曝露をとおして生産性に重大な直接的影
の気候変動に関する懸念事項を実施中のプログラムと
響を及ぼす可能性が高い(8.2.9 節参照)。生産性の変
対策に組み込むための変更である。例えば、マラリア
化による経済的影響の見積りは、子どもと高齢者への
の流行はアフリカのほとんどの地域で公衆衛生の問題
重大な健康影響を考慮していない。生産性コストを見
であり、この伝染病に関連した罹患率と死亡率を低下
積もるにはさらなる研究が必要である。
させるプログラムが実施されている。気候変動はマラ
リアのさらに高地への拡大を容易にするかもしれない
ことを示唆する予測もある(8.4.1.2 節参照)。従って、
366
第8章
人の健康
プログラムは、現在焦点になっている点を継続するだ
た(Hamnett, 1998)。公教育や啓発キャンペーンなど、
けでなく、媒介動物である Anopheles (ハマダラカ)
開始された介入は下痢性疾患と動物媒介性疾患のリス
が分布範囲を変える場合に流行を特定して防止するた
ク削減に効果的であった。例えば、ポーンペイでは水
めのさらなる監視をいつ、どこで実施するかも考慮す
不足にも関わらず重症の下痢性疾患で入院した子ども
べきである。
は通常よりも少なかったが、これは水の安全性につい
どのように公衆衛生とその他のインフラが発展して
ての公衆衛生メッセージが頻繁に出されたからであ
いくかも、一人当たり GDP だけからは決まらない主
る。しかし、介入によって健康への悪影響がすべて排
要な不確実性である(8.3 節を参照)。気候変動のため
除されたわけではなく、フィジーの妊婦の微量栄養素
に結集し、備えるためには、大衆の啓発、その土地の
欠乏などが残った。
資源の効果的利用、適切なガバナンス取り決めとコミ
気候に関連した健康への影響と適応オプションにつ
ュニティの参加が必要である(McMichael, 2004)。こ
いての意識を高め、その土地の知識と考え方を活用す
ういったことは低所得国では特に難題である。さらに、
るため、政府や研究者、コミュニティの住民を取り込
ほかの分野の状況と傾向が公衆衛生、とりわけ水の量、
む参加型アプローチの利用度が高まってきている(Box
質、および衛生(第 3 章参照)、食料の質と量(第 5
8.6 参照)。
章参照)、都市環境(第 7 章参照)、および生態系(第
4 章参照)に影響を及ぼす。これらの分野もまた気候
変動の影響も受け、特に低所得国で、人々の脆弱性を
高めたり低下させたりしうるフィードバックループを
生み出すであろう(図 8.1)。
8.6.1.2 国際機関の対応
国際監視システムの改善は、国レベルと地域レベル
の備えを促進し、伝染性疾患に対する将来の脆弱性を
低減させる。現在、世界の多くの地域の監視システム
は不完全で、疾病の大発生に対する対応が遅い。この
状況は国際保健規則(International Health Regulations)
8.6.1 さまざまなスケールでのアプローチ
の実施によって改善されるであろうと予想されてい
事前的戦略、政策、対策を、保健省を含む地方政府
る。気候変動によって生じることが予測される疾病対
と中央政府、世界保健機関などの国際機関、個人が実
策プログラムに対する圧力増大を説明し、また予期す
施しなければならない。気候変動が健康に及ぼしうる
るためには、空間的・時間的限界への対処を含む現行
影響は範囲が広く、地方的状況が多様であるため、以
監視プログラムの対応力と精度の改善が必要である。
下に挙げるのは一例であり、包括的なものではない。
リモートセンシングとバイオセンサーなど、地球観測
8.6.1.1 全国レベルと地方レベルでの対応
と精度を向上させるかもしれない(Maynard, 2006)。
気候と環境の予報に基づき病気の大発生が予想され
ドナー、国際および各国援助機関、緊急救援機関、
うることを住民と関係当局に警告するために、熱波
さまざまな非政府組織は、直接支援や研究開発の支援、
とマラリアの大発生に関する気候に基づいた早期警戒
さらには各国の保健省と協力して開発された現行の公
やモニタリング、監視はこういった活動の一部の確度
システムが国レベルと地方レベルで実施されてきた
衆衛生対応を改善し、気候変動に関連したリスクを疾
(Abeku et al., 2004; Teklehaimanot et al., 2004; Thomson et
病対策政策や措置の設計、実施、評価にいっそう効果
al., 2005; Kovats and Ebi, 2006)。健康への影響を効果的
的に組み込むためのその他のアプローチをとおして、
に低減させるには、この警戒システムに具体的な介入
重要な役割を果たす。
計画が組み合わされなければならず、またシステムと
マイナスの健康アウトカムとその動因が国境を越え
その構成要素に関する継続的評価がなければならない
る場合には 2 か国以上が共同して国際的な対応を展開
(Woodruff et al., 2005; Kovats and Ebi, 2006)
。
させることができる。例えば、人為的環境変化のた
気象災害を含む気候変動性に対する回復力を増強
めに洪水が激しくなっているエルベ川、ドナウ川、ラ
するため、季節予報が使用されうる。例えば、太平
イン川、およびその他の国境を越えて流れる川に沿っ
洋 ENSO ア プ リ ケ ー シ ョ ン セ ン タ ー(PEAC) は、
た国々のために国連ヨーロッパ経済委員会をとおして
1997/1998 年に強大なエルニーニョが起きているとき、
洪水防止指針が策定された(UN, 2000)。この指針は、
酷い干ばつが起きうること、一部の島嶼で熱帯低気圧
現在の影響を縮小し、将来の回復力を増大させるには、
のリスクが異常に高くなっていることを政府に警告し
<それぞれの>川岸諸国内および川岸諸国間の両方で
367
第8章
人の健康
協力が必要とされることを認めている。
Koppe, 2005)。さらに、国家エネルギー効率プログラ
ムと輸送政策は都市ヒートアイランド効果とオゾンお
8.6.1.3 個人レベルの対応
よびほかの大気汚染物質の排出の両方を低減するアプ
極端現象の警戒システムの有効性は、暑熱に対する
ローチを採り入れうる。
警報や洪水警報などに対応して個人が適切な行動をと
コミュニティと地域の適応能力を増大させるために
るかどうかに左右される。個人は高い周囲温度に応じ
設計された介入は温室効果ガス緩和目標の達成も促進
て衣服と活動レベルを調節することによって、また暑
しうる。例えば、植林、屋上庭園、都市ヒートアイラ
熱の負荷を低減させるために扇風機を用いるなど建物
ンド効果を低減させるために計画された茂み、および
環境を変えることによって、<リスクへの>個人的な
その他の対策など、都市ヒートアイランド効果低減策
曝露を縮小しうる(Davis et al., 2004; Kovats and Koppe,
は、エネルギー需要を減らしながら、熱波に対するコ
2005)。気象は曝露に影響を及ぼすかもしれない文化
ミュニティの回復力を増大させる。太陽、風、および
的慣行をある程度決定しうる。
その他の再生可能資源によるエネルギーの割合を高め
ることで、温室効果ガスと化石燃料の燃焼によって発
生するほかの大気汚染物質の排出が削減されるであろ
8.6.1.4 保健医療システムの適応
保健医療システムは、気候変動に関して計画を立
う。
て、対応する必要がある(Menne and Bertollini, 2005)。
健康不良の最も一般的原因の多くに関して効果的な介
入があるが、この介入はしばしば最も便益を受けうる
8.6.3 適応の限界
人々に到達していない。気候変動への適応を促進し、
問題があるという認識、その問題は重要だという意
脆弱性を低減させる一つの方法は、世界のニーズの高
識、その問題の原因についての理解、影響力、および
い都市と地域における効果的な臨床的公衆衛生介入へ
その問題に影響を及ぼす政治的意思といった公衆衛生
の理解を促進することである。例えば、アフリカの健
面での予防の必要条件が一つ以上満たされていない場
康は国際開発ポートフォリオの最優先投資事項として
合に適応の制約が生じる(Last, 1998)。意思決定者は
扱わなければならない(Sachs, 2001)。保健医療プログ
競合する優先事項間のバランスの評価に基づいて、ど
ラムへの出資は脆弱性の削減に必要なステップである
の適応をどこで、いつ、どのように実施するかを選択
が、これだけでは十分ではない(Brewer and Heymann,
するであろう(Scheraga et al., 2003)。例えば、地域が
2004; Regidor, 2004a, b; de Vogli et al., 2005; Macintyre et
異なれば、媒介動物の繁殖地を縮小するための湿地の
al., 2005)。<脆弱性削減の>進展は公共機関の強化、
排水の生態学的影響が公衆衛生と環境福祉に与える影
人々を公平に扱い普遍的な一次医療を提供する上手く
響の評価が異なるかもしれない。その土地の法律と社
機能する医療保険システムの構築、より利用しやすい
会習慣が適応オプションの制約となるかもしれない。
よりよいサービスに対する需要をもたらす十分な教育
例えば、媒介動物制御に農薬を使用することが効果的
の提供、必要な作業を実施する十分なスタッフの確保
な適応措置になるかもしれないが、適切な使用を確保
によっても左右される(Haines and Cassels, 2004)。保
するための規制があるコミュニティであっても、住民
健医療サービスのインフラには極端現象に対する回復
が散布に反対するかもしれない。よりよい意思決定に
力がなければならない(EEA, 2005)。気候変動によっ
は、気候変動に関連した健康への影響についての認識
てもたらされる脅威を理解するように保健医療専門家
を高め、適応オプションに関する知識を普及すること
の訓練に尽力する必要がある。
が根本的に重要である。
具体的な限界は健康アウトカムと地域によって異な
るであろうが、低所得国には根本的な制約が存在し、
8.6.2 スケール横断的対応の統合
これらの国々での適応は一部には公衆衛生、水、農業、
特定の健康リスクに対する適応対応はしばしばスケ
運輸、エネルギー、住宅分野での開発経路に左右さ
ールごとに区切られたものになるであろう。例えば、
れるであろう。貧困が効果的な適応への最も深刻な障
熱波に対する統合的対応には、前述の対策に加え、新
害である。経済成長にかかわらず、低所得国は中期的
しい建物の設計と建設および新しい都市部の計画で気
には貧しく脆弱なままで、気候変動への適応オプショ
候変動予測を考慮することが含まれうる(Kovats and
ンは高所得国より少ない可能性が高い。従って、適応
368
第8章
人の健康
戦略は、開発、環境、および保健政策との関連で設計
されなければならない。将来の脆弱性を低減するため
8.7 結論:持続可能な開発への含意
に利用されうるオプションの多くは、現在の気候への
気候変動は既に全球の疾病負担と早期死亡の一因に
適応で価値があり、ほかの環境目標と社会的目標の達
なっているという証拠が浮かんできている。気候変動
成に利用されうる。しかし、適応に利用される資源は
はマラリア、デング熱、ダニ媒介性疾患、コレラ、な
社会のほかの懸念問題と共有されるであろうため、優
らびにその他の下痢性疾患の空間的および時間的分布
先事項が異なるステークホルダー間で衝突が起きる可
において重要な役割を果たし、また一部のアレルギー
能性がある。衡平性(すなわち、異なる人口集団間で
を引き起す花粉種の季節的な分布と濃度に影響を及ぼ
異なる健康影響をもたらす決定)、効率性(すなわち、
しており、さらには暑熱に関連した死亡率を上昇させ
公衆衛生の最大の改善をもたらすであろうプログラム
てきた。影響の分布には偏りがあり、サハラ以南のア
を対象とすること)、および政治的実現可能性につい
フリカやアジアなど、既に疾病負担が高い国々が特に
ての疑問も生じるであろう(McMichael et al., 2003a)
。
深刻である。
気候変動が健康に及ぼすと予測される影響は主に負
8.6.4 適応戦略、政策、対策が健康に及ぼ
す影響
の影響であり、影響が最も深刻なのは適応能力が最も
弱い低所得国である。先進国の脆弱な人々もまた影響
を受けるだろう(Haines et al., 2006)。予測される気温
適応戦略、政策、対策は短期的、長期的に健康に意
上昇と降雨パターンの変化は、栄養不良、熱波、洪水、
図しない悪影響を及ぼしうるが、実施の前に潜在的リ
暴風雨、火災、干ばつに起因する疾病と傷害、下痢性
スクを評価すべきである。例えば、飢餓に対する回復
疾患、および地表面オゾンの濃度上昇による心臓・呼
力を増大させるために策定されたエチオピアの小型ダ
吸器系疾患を増大させうる。寒気への曝露に起因する
ムと灌漑プログラムは地方的なマラリア死亡率を 7.3
死亡の減少と一部地域の動物媒介性疾患に関する気候
倍増加させた(Ghebreyesus et al., 1999)。気候変動に
適合性の低下など、健康への便益もいくらかはあると
起因する周囲温度の上昇が問題をいっそう悪化させう
予想されている。図 8.3 は、リスクにさらされる可能
る。別の例として、私的な場と公的な場でのエアコン
性が高い人数と潜在的な適応能力を考慮した、予測さ
の使用は、暑熱に関連した罹患率と死亡率を低下させ
れる健康影響の方向と大きさをまとめている。
るために米国で用いられている主な対策である(Davis
健康は直接的にも(子どもの死亡率、妊婦の健康、
et al., 2003)が、発電に使用されるエネルギー源次第
HIV/AIDS、マラリア、およびその他の疾患の場合)、
では、エアコンの使用増加は温室効果ガスの排出、大
間接的にも(不健康は極度な貧困、飢餓、低い学業成
気汚染、および都市のヒートアイランドを増大させう
績の一因となる)、ミレニアム開発目標の達成と持続
る。
可能な開発の中心となる(Haines and Cassels, 2004)
。
廃水の灌漑への再利用などの水不足対策は、人間
急速で激しい気候変動は一部の地域で開発目標の達成
の健康に影響を及ぼす(第 3 章参照)。現在、灌漑は
に向けた進展を遅らせる可能性が高い。最近起きた事
マラリアや住血吸虫症などの感染症の拡大の重要な
象は、人々と保健医療システムは極端現象の頻度と強
決定因子になっている(Sutherst, 2004)。病原生物に
度の増大に対処できないかもしれないことを実証して
よる健康リスクを防止し、作物の質を保証するため、
いる。このような極端現象は、コミュニティの回復力
廃水による灌漑の厳密な水質指針が策定されている
を低減させ、脆弱な地域や場所に影響を及ぼし、大半
(Steenvoorden and Endreny, 2004)
。しかし、大半の低所
の社会の対処能力を打ち負かしうる。
得国の農村と都市周辺部では、下水と廃水を灌漑に利
さまざまなレベルとスケールで適応の戦略、政策、
用するという一般的慣行が糞口感染疾患の感染源にな
対策を策定し、実施する必要がある。気候感度の高い
っている。廃水の灌漑利用は気候変動に伴い増える可
健康の決定因子とアウトカムの負担削減を目指して現
能性が高いが、低所得の住民にとって廃水処理はまだ
在実施されている各国および国際的プログラムと対策
高嶺の花である(Buechler and Scott, 2000)
。
は、気候変動の圧力増大に対処するために、見直され
る、方向転換される、また地域によっては拡大される
必要があるかもしれない。これには、疾病のモニタリ
ングと監視のシステム、保健医療システムの計画、お
369
第8章
人の健康
よび対応準備において気候変動に関連したリスクを考
慮することが含まれる。健康アウトカムの多くは、環
8.8 主要な不確実性と優先的研究課題
境の変化を介して生じている。水、農業、食料、建設
TAR 以降、気候変動が健康に及ぼす観測された影
の分野で実施される対策は、人間の健康に便益をもた
響に関する実証的な疫学的研究がさらに公表されてき
らすように設計されるべきである。しかし、適応は十
ており、これまで実施された各国の健康影響評価の中
分ではない。
には人々の脆弱性に関して価値ある情報を提供してき
たものもいくつかある。しかし、適切な長期的健康デ
ータが不足しているため、負の健康アウトカムの原因
8.7.1 健康と気候保護:クリーンエネルギー
を観測された気候トレンドに特定するのは難しい。さ
GHG 排出削減行動の結果もたらされる大気汚染低下
らに、ほとんどの研究は中高所得国に焦点を当ててき
により健康が受ける副次的便益はかなり大きく、緩和
ている。低所得国の気候、健康、および環境のトレン
コストの相当な部分を相殺するかもしれない(Barker
ドに関する情報は依然として欠落しており、これらの
et al., 2001, 2007; Cifuentes et al., 2001; West et al., 2004)。
国々ではデータが限られているうえに、研究と政策策
さらに、メタンの排出を削減する行動によって、全球
定では健康に関するほかの優先事項が優先されてい
の地表面オゾン濃度が低下するであろう。これらの削
る。中・低所得国での気候変動に関連した健康影響の
減を達成するには、エネルギー効率、再生可能エネル
評価は適応プロジェクトと投資の指針として役立つで
ギー、輸送手段などを含む行動のポートフォリオが必
あろう。
要である(IPCC, 2007c 参照)。
さまざまな気候シナリオと社会経済シナリオのもと
多くの低所得国では、電力へのアクセスは限られて
で気候変動が健康に及ぼす影響を予測する気候−健康
いる。世界の人口の過半数がエネルギー需要を賄う
影響モデルの開発が進んできている。モデルはまだい
ため、依然としてバイオマス燃料と石炭に頼っている
くつかの感染症、異常な暑さ、大気汚染に限られてい
(WHO, 2006)。バイオマス燃料は燃料効率が低く、未
る。回避可能な健康不良を防ぐことに対する責任のレ
確認ではあるが、そのかなりの部分が再生可能でない
ベル、技術開発、経済成長、およびその他の要因の変
形で採取されているため、正味の炭素放出の一因とな
化に基づいて人々の健康がどのように推移する可能性
っている。小規模なバイオマスの不完全燃焼の生成物
が高いかに関する不確実性、将来の気候変動の速度と
には、微小粒子、一酸化炭素、多環芳香族炭化水素、
強度、時間とともに気候と健康の関係がどのように変
さまざまな毒性揮発性有機化合物を含む、健康に損害
化しうるかに関する不確実性、適応の範囲、速度、制
を与える多くの汚染物質が含まれている(Bruce et al.,
限要因、および主要な動因に関する不確実性など、予
2000)。こういった汚染物質への屋内での曝露は、戸
測の周りにはかなりの不確実性がある(McMichael et
外の大気汚染物質への曝露と比べて大きい。公表され
al., 2004)。不確実性には、本章で述べた主要な健康ア
ている疫学研究に基づく現在の最良の推定値は、家庭
ウトカムが単に改善するかどうかだけでなく、どのぐ
のバイオマス燃料が低所得国での毎年約 70 万から 210
らいの速度で、どこで、いつ、どれだけのコストで改
万の早期死亡(下部呼吸器感染、慢性閉塞性肺疾患、
善するのか、すべての人口集団がこれらの開発の恩恵
および肺癌の組合せによる)の原因であることを示し
にあずかることができるのかも含まれる。社会経済開
ている。その 3 分の 2 が 5 歳以下の子ども、残りの大
発、ガバナンス、および資源を改善することで大きな
半が女性である(Smith et al., 2004)
。
進展が生じるであろう。こういった問題は数十年以上
クリーン開発およびその他のメカニズムは、代替燃
の時間を通じて、初めて解決されるであろうことは明
料源の開発を含むエネルギープロジェクトに関して決
らかである。
定を下す際、健康への副次的便益の計算を必要としう
意思決定者にとって関係がある地理的スケールと時
る(Smith et al., 2000, 2005)。低所得者の副次的便益を
間的スケールで予測される気候変動についてはかなり
促進するプロジェクトは、持続可能な開発の当面の目
の不確実性が残るであろう。そのため気候リスクに対
標の推進とともに、気候の影響からのコスト効率のよ
するリスク管理アプローチの重要性が増大する。しか
い長期的保護の達成にも役立つものとして有望である
しながら、予測は、どの程度の備えをしようとも、将
(Smith et al., 2000)
。
来の極端現象の中には、その不測の強度と影響を受け
る人々の根本的な脆弱性のために、壊滅的影響を及ぼ
370
第8章
人の健康
すであろうものがあることを示唆している。2003 年の
ヨーロッパの熱波とハリケーン・カトリーナがその例
である。とりわけ激しい極端現象が及ぼす影響は低所
得国においてより大きくなるであろう。人々を熱波、
洪水、および暴風雨から守るには、脆弱性をもたらす
要因と、さらに重要なことには、保健医療、救急サー
ビス、土地利用、都市設計、および居住パターンにお
いてなされるべき変化をよりよく理解することが必要
である。
重要な優先的研究課題には、気候変動と健康に関す
る研究の主な課題への次のような方法での取り組みが
含まれる。
・とりわけ中・低所得国で、気候と気象がさまざまな
健康アウトカムに現在及ぼしている影響を定量化す
る方法の開発。
・さまざまな気候シナリオと社会経済シナリオのもと
で気候変動に関連した影響を予測する健康影響モデ
ルの開発。
・気候変動が健康に及ぼすと予測される影響のコスト、
適応の有効性、ならびに抑制力と主な動因、適応コ
ストに関する調査。
低所得国は、主要な問題を特定する能力、データの収
集と分析能力、および適応オプションの設計、実施、
監視能力が限られていることを含む、さらに多くの難
問に直面している。気候が何をもたらすかに関係なく、
人々の健康を守るためには研究の知見が政策決定に適
切に取り込まれやすくなるよう、研究者、政策策定者、
およびその他のステークホルダー間の相互作用をより
系統的に促進することができる制度と仕組みを強化す
る必要がある(Haines et al., 2004)
。
371
第8章
人の健康
【図、表、Box】
表 8.1 TAR 以降に公表された国別の気候変動による健康影響評価。
国
オーストラリア
(McMichael et al., 2003b)
主な結論
適応勧告
熱波に関連した死亡の増加、洪水による溺死、 考慮されていない。
先住民コミュニティでの下痢性疾患、デング熱
とマラリアの潜在的流行地域範囲の変化、可能
性が高い太平洋諸島からの環境移民の増加。
ボリビア
マラリアとリーシュマニア症流行の激化。先住 考慮されていない。
(Programa Nacional de Cambios 民が感染症増大の影響を最も大きく受けるかも
Climaticos Componente Salud et al., しれない。
2000)
ブータン
頻繁な鉄砲水による人命の喪失、氷河湖の急な 安全な飲料水の確保、定期的な媒介動物
(National Environment Commission 増水による洪水、地滑り、飢餓と栄養不良、動 対策とワクチン接種プログラム、大気と
et al., 2006)
物媒介性疾患の高地への拡大、水資源の喪失、 飲料水の質の監視、緊急医療サービスの
水系感染症のリスク。
確立。
カナダ
(Riedel, 2004)
熱波関連の死亡の増加、大気汚染関連疾患の増
加、動物・げっ歯類媒介疾患の拡大、国産お
よび輸入貝類の汚染に伴う問題の増加、アレル
ギー性疾患の増加、カナダ北部の特定の住民に
対する影響。
新興感染症のモニタリング、緊急管理計
画、早期警戒システム、土地利用規制、
上下水処理施設の改良、ヒートアイラン
ド効果の低減措置。
フィンランド
(Hassi and Rytkonen, 2005)
暑熱に関連した死亡率のわずかな上昇、生物季 医師の意識高揚と訓練。
節の変化とアレルギー性疾患リスクの増大、冬
季死亡率のわずかな減少。
ドイツ
(Zebisch et al., 2005)
熱波による過剰死亡の観測、ダニ媒介性脳炎の 人々への情報の拡大、早期警戒、緊急計
分布範囲の変化、保健医療への影響。
画と建物の冷房、保険と準備基金。
インド
伝染病の増加。インドではマラリアが高緯度、 監視システム、媒介動物対策、一般への
(Ministry of Environment and 高地に移動すると予測されている。
啓発。
Forest and Government of India,
2004)
日本
(Koike, 2006)
暑熱に関連した救急受診、スギ花粉症患者、食 暑熱に関連した救急受診の監視。
中毒のリスクの増加。睡眠障害。
オランダ
(Bresser, 2006)
暑熱に関連した死亡率と大気汚染の増大、ライ 考慮されていない。
ム病、食中毒、アレルギー性疾患のリスク。
ニュージーランド
(Woodward et al., 2001)
腸管感染症(食中毒)の増大、一部のアレルギー 食品の品質を確保するシステム。住民お
状態の変化、激しさを増した洪水と暴風による よび保健医療提供者への情報、洪水保護、
傷害、暑熱に関連した死亡のわずかな増加。
媒介動物対策。
パナマ
動物媒介性疾患およびその他の伝染病の増加、 考慮されていない。
(Autoridad Nacional del Ambiente, 都市部での高レベルオゾンによる健康問題、栄
2000)
養不良の増加。
ポルトガル
暑熱に関連した死亡とマラリア(表 8.2、表 8.3)、 熱的快適性への取り組み、暑い期間に関
(Casimiro and Calheiros, 2002; 食品および水媒介性疾患、ウエストナイル熱、 する教育、情報、および早期警戒、感染
Calheiros and Casimiro, 2006)
ライム病および地中海斑点熱の増加、一部の地 症の早期発見。
域でのリーシュマニア症リスクの軽減。
スペイン
(Moreno, 2005)
暑熱に関連した 死亡と大気汚染の増加、動物・ 意識喚起、熱波の早期警戒システム、監
げっ歯類媒介性疾患の分布範囲が変化する可能 視とモニタリング、保健政策の見直し。
性。
タジキスタン
暑熱に関連した死亡の増加。
(Kaumov and Muchmadeliev, 2002)
スイス
(Thommen Dombois and
Braun-Fahrlaender, 2004)
考慮されていない。
暑熱に関連した死亡率の上昇。動物原性感染症 暑熱情報、早期警戒、二次的大気汚染物
の変化、ダニ媒介性脳炎の症例の増加。
質削減のための温室効果ガス排出削減戦
略、気候と健康に関する作業グループの
立ち上げ。
英国
洪水発生の増加による健康影響、熱波に関係し 意識喚起。
(Department of Health and Expert た死亡リスクの増大、オゾンに関連した曝露の
Group on Climate Change and 増大。
Health in the UK, 2001)
372
8.2.1
Heat and cold health effects
The effects
第 8 章of environmental temperature have been studied
in the context of single episodes of sustained extreme
1998, 1999 and 2000 caused an estimated 2,000, 91 and 29
deaths, respectively (Mohanty and Panda, 2003) and heatwaves
in 2003 in Andhra Pradesh, India, caused more than 3000 deaths
(Government of Andhra Pradesh, 2004). Heatwaves
人の健康in South
Asia are associated with high mortality in rural populations, and
④
③
②
⑤
⑥
⑧
①
⑦
⑨
Figure 8.1.①気候変動
Schematic diagram of pathways by which climate change affects health, and concurrent direct-acting and modifying (conditioning)
influences of environmental, social and health-system factors.
②環境条件
396
③社会条件(「上流にある」健康の決定要因)
④保健医療システム条件
⑤直接的曝露
⑥間接的曝露(水、大気、食品の質の変化、媒介動物の生態、生態系、農業、産業、居住)
⑦社会経済的混乱
⑧健康影響
⑨修飾する影響
図 8.1 気候変動が健康に影響を及ぼす経路と、同時に存在する環境要因、社会的要因、保健医療システム要因が直接作用す
るあるいは修飾する(条件づける)影響の概念図
373
Chapter 8
第8章
Human Health
人の健康
among the elderly and outdoor workers (Chaudhury et al., 2000)
(see Section 8.2.9). The mortality figures probably refer to
reported deaths from heatstroke and are therefore an
underestimate of the total impact of these events.
extend over long periods. Accidental cold exposure occurs
mainly outdoors, among socially deprived people (alcoholics,
the homeless), workers, and the elderly in temperate and cold
climates (Ranhoff, 2000). Living in cold environments in polar
regions is associated with a range of chronic conditions in the
8.2.1.2 Cold-waves
non-indigenous population (Sorogin et al, 1993) as well as with
Cold-waves continue toBox
be a problem
in northern
latitudes,
acute risk from frostbite and hypothermia (Hassi et al., 2005). In
8.1 2003
年のヨーロッパの熱波:影響と適応
where very low temperatures can be reached in a few hours and
countries with populations well adapted to cold conditions, cold-
2003 年 8 月、フランスでは熱波で 14,800 人以上が死亡した(図 8.2)。ベルギー、チェコ共和国、ドイツ、イ
タリア、ポルトガル、スペイン、スイス、オランダ、英国はいずれも熱波期間中の超過死亡率を報告し、死
8.1. The European
2003:
impacts andetadaptation
者は合わせて 35,000Box
人に及んだ(Hemon
and heatwave
Jougla, 2004;
Martinez-Navarro
al., 2004; Michelozzi et al., 2004;
Vandentorren
et al.,
2004;
ContiinetFrance
al., 2005;
et al.,
2005;
Johnson
al.,Belgium,
2005)。フランスでは、熱波による死
In August
2003,
a heatwave
causedGrize
more than
14,800
deaths
(Figureet8.2).
the Czech Republic, Germany,
Italy,
Portugal,
Switzerland, the Netherlandsand
and Jougla,
the UK all2004)
reported
excess mortality during the heatwave period, with
亡のほぼ
60%が
75Spain,
歳以上であった(Hemon
。ほかにも、戸外の大気汚染物質(対流圏オゾ
total deaths in the range of 35,000 (Hemon and Jougla, 2004; Martinez-Navarro et al., 2004; Michelozzi et al., 2004;
Vandentorren(EEA,
et al., 2004;
Conti
et al., 2005; Grize et al., 2005; Johnson et al., 2005). In France, around 60% of the heatwave
ンと粒子状物質)
2003)
、森林火災による汚染など、極端な気象によって有害な曝露が引き起こされた
deaths occurred in persons aged 75 and over (Hemon and Jougla, 2004). Other harmful exposures were also caused or
り、いっそう悪化したりした。
exacerbated by the extreme weather, such as outdoor air pollutants (tropospheric ozone and particulate matter) (EEA, 2003),
and pollution from forest fires.
(a)
(b)
Figure 8.2. (a) The distribution of excess mortality in France from 1 to 15 August 2003, by region, compared with the previous three years
(INVS, 2003); (b) the increase in daily mortality in Paris during the heatwave in early August (Vandentorren and Empereur-Bissonnet, 2005).
(a)
Mortality in excess(%):超過死亡率(%)
(b)
A French parliamentary inquiry concluded that the health impact was ‘unforeseen’, surveillance for heatwave deaths was
inadequate, and the
limited public-health
response
横軸:日付 June:6
月、Jul:7
月、Aug:8
月 was due to a lack of experts, limited strength of public-health agencies,
and
poor exchange
of information between
public:日死亡(死亡者数)
organisations (Lagadec, 2004; Sénat, 2004).
縦軸(左)
:Daily
Mortality(number
of deaths)
縦軸(右)
:Temperature(℃)
:気温(℃)
In 2004, the French authorities implemented local and national action plans that included heat health-warning systems, health
凡例:Mean
Daily Mortality
1999-2002:1999
年の平均日死亡
and environmental
surveillance,
re-evaluation of care~
of2002
the elderly,
and structural improvements to residential institutions (such
【訳注
as adding
a 8-7】
cool room)
et al., 2004;
Michelon et 年の日死亡
al., 2005). Across Europe, many other governments (local and national)
Daily(Laaidi
Mortality
2003:2003
Mean
have implemented
heat health-prevention
(Michelozzi et al., 2005;
WHO Regional
Office for Europe, 2006).
Mean
Daily Summer
Temperature plans
1999-2002:1999
~ 2002
年の<平均の>夏の日平均気温
Mean Daily Summer Temperature 2003:2003 年の夏の日平均気温
Since the observed higher frequency of heatwaves is likely to have occurred due to human influence on the climate system
(Hegerl et al., 2007), the excess deaths of the 2003 heatwave in Europe are likely to be linked to climate change.
図 8.2 (a)2003 年 8 月 1 日から 15 日までの期間のフランスにおける前 3 年間と比較した超過死亡率の地
方別分布(INVS, 2003)。(b)8 月初旬の熱波期間中のパリにおける日単位の死亡者の増加。
397
フランス国会の喚問は、健康への影響は「予期せぬもの」であり、熱波による死亡の監視が不十分で、専門
家の不足や、公衆衛生機関の力不足、公共機関間の不十分な情報交換のため公衆衛生面での対応は限られて
いた、と結論づけた(Lagadec, 2004; Sénat, 2004)
。
2004 年に、フランスの当局は、暑熱に対する健康警戒システム、健康と環境の監視、高齢者ケアの再評価、
養護施設の構造的改善(涼しい部屋の増設など)を含む地方および国家行動計画を実施した(Laaidi et al.,
2004; Michelon et al., 2005)。ヨーロッパ全体ではほかの多くの政府(地方および国)も暑熱に対する健康予
防計画を実施してきている(Michelozzi et al., 2005; WHO Regional Office for Europe, 2006)
。
観測された熱波頻度の増大は気候システムに対する人為的影響により起きている可能性が高いため(Hegerl
et al., 2007)
、ヨーロッパの 2003 年の熱波の超過死亡は気候変動と関連がある可能性が高い。
374
第8章
人の健康
Box 8.2 ジェンダーと自然災害
リスクへの曝露やリスクの認識から、準備行動、警報の伝達と対応、物理的・精神的・社会的・経済的影響、
緊急対応、そして最終的には回復と再建まで、あらゆる段階で、男性が受ける影響と女性が受ける影響は異
なる(Fothergill, 1998)。自然災害の結果、女性に対する家庭内暴力と女性の外傷後のストレス症状が増加す
ることが証明されてきている(Anderson and Manuel, 1994; Garrison et al., 1995; Wilson et al., 1998; Ariyabandu
and Wickramasinghe, 2003; Galea et al., 2005)。女性は、災害管理への参加と社会変化をもたらす主体として
の行動によって、表立っていないことが多いが、災害軽減に多大な貢献をしている。女性の回復力とネッ
トワークは家庭とコミュニティの復旧において非常に重要である(Enarson and Morrow, 1998; Ariyabandu and
Wickramasinghe, 2003)
。1999 年のオリッサのサイクロンの後、救済努力のほとんどは女性を対象としていたか、
あるいは女性をとおしたものであり、女性に資源の管理を任せた。女性は、住宅建設の贈与・融資を含む救
済キットを受け取り、その結果、女性の自尊心と社会的地位を向上させた(Briceño, 2002)。同様に、パキス
タンのサルゴーダ地区を襲った 1992 年の悲惨な洪水の後、女性は再建設計に従事し、家の共同所有権を与
えられ、それによって女性の地位向上が促進された。
Box 8.3 アマゾンの干ばつ
2005 年の乾季に、厳しい干ばつがアマゾンの中西部、特にボリビア、ペルー、ブラジルに影響を及ぼした。
ブラジルだけで、28 万から 30 万人が影響を受けた(例えば、Folha, 2006; Socioambiental, 2006 参照)。この
干ばつは通常とは異なるものであった。というのは、エルニーニョ現象により引き起こされたものではなく、
大西洋の暖かい海を原動力とする循環パターン−この現象は大西洋の激しいハリケーン・シーズンの原因で
もある−と関連したものであったからである(CPTEC, 2005)。水不足、食料不足、森林火災の煙により、健
康リスクが増大した。被害者はほとんど、緊急時に動員できる余分な資源が限られている農村住民と河岸の
伝統的な自給農業者であった。ブラジルの地方政府と中央政府は、河川が干上がったために自らが生活する
コミュニティ内に孤立した数千人に安全な飲料水、食料の供給、医療、交通手段を提供するための財政支援を
行った(World Bank, 2005)。
Box 8.4 気候変動、渡り鳥および感染症
一部の種の野鳥は、感染因子の媒介動物と同様に、ヒト病原体の生物学的または機械的な運搬役になりうる
(Olsen et al., 1995; Klich et al., 1996; Gylfe et al., 2000; Friend et al., 2001; Pereira et al., 2001; Broman et al., 2002;
Moore et al., 2002; Niskanen et al., 2003; Rappole and Hubalek, 2003; Reed et al., 2003; Fallacara et al., 2004; Hubalek,
2004; Krauss et al., 2004)。こういった鳥の多くは、季節ごとに大陸間を長距離移動する渡り鳥である(de
Graaf and Rappole, 1995; Webster et al., 2002b)。気候変動は一部の鳥類の移動と繁殖の生物季節(繁殖と移動
の時期の早期化)、発生量、個体群動態の変化、およびヨーロッパでの地理的な分布範囲の北への拡大に関
係してきた(Sillett et al., 2000; Barbraud and Weimerskirch, 2001; Parmesan and Yohe, 2003; Brommer, 2004; Visser
et al., 2004; Both and Visser, 2005)。鳥類のこれらの生物気候学的変化は病原体とその媒介動物の分散に次の 2
つの結果をもたらしうる:
1. 鳥個体群の分布と移動パターンの変化による媒介動物と病原体の地理的分布の変更。
2. 鳥の繁殖時期とカなどの媒介動物の繁殖時期のずれに起因する鳥に関連した病原体のライフサイクルの
変化。この一例として、セントルイス脳炎ウイルスの伝播がある。この伝播は、病原体、媒介動物、寄
生宿主(ひな鳥)のサイクルを時間的に一致させるのに気象上の誘因(例えば降雨)に依存する。時間
的に一致させることによって、カと野鳥の間でのウイルスの増殖に必要なサイクルを引き起こし、また
それを促進することが可能になる。
375
376
COSMIC か ら の 16
の 気 候 予 測。1.4 ℃
と 4.5℃の気候感度 ;
2100 年 の CO2 換 算
<濃度> 350ppm と
750ppm
なし
高地で流行の適合性が高まる。低地と降雨量 Ebi et al.,
の少ない地域では、気候感度、排出シナリオ、 2005
GCM に応じて変化にばらつきがある。
2040 年 代 は 1981 ∼ 媒介動物の分布およ マラリア媒介カの生存に適した日数は大幅に増 Casimiro
1990 年 よ り 3.3 ℃、 び/または移入に関 加する。ただし、感染した媒介カがいない場合 and
2090 年 代 は 2006 ∼ するいくつかの想定 には、vivax (三日熱マラリア原虫)によるマラ Calheiros,
2036 年より 5.8℃平
リア流行リスクは非常に低く、falciparum によ 2002
均年間気温が上昇。
る流行リスクはごくわずかである。
マ ラ リ ア、 媒介動物の生存に適 主なマラリア媒介カ C S I R O M k 2 と 1990 年 と 比 較 し 適 応 能 力 を 想 定 ; 「マラリア受容区域」は南に拡大し、2050 年ま McMichael
オーストラ した/適していない の現在の分布、相対 ECHAM4。SRES て 年 間 平 均 気 温 が オーストラリアの人 でに一部の地方都市が含まれる。再移入の絶対 et al., 2003b
的リスクは非常に低い。
的量、生物季節に基 排出シナリオ B1, 2030 年代には 0.4 ∼ 口予測を利用
地理的範囲
リア
づく経験的・統計的 A1B, A1FI で 実 験。 2.0 ℃。2070 年 代 に
は 1.0 ∼ 6.0 ℃ 上 昇
モデル(CLIMEX) 2020 年、2050 年
(CSIRO)
マ ラ リ ア、 疾 病 の 流 行 に 適 し 公表された閾値に基 2040 年 代 に 関 し て
は PROMES。2090
ポルトガル た 気 温 の 年 間 日 数 づく流行リスク
年代に関しては
の割合
HadRM2。
The Mapping Malaria Risk in Africa/Atlas du Risque de la Malaria en Afrique Project(アフリカにおけるマラリアリスク地図プロジェクト)
a
定 常 的 な falciparum
の流行の気候適合性
に つ い て の MARA/
ARMAa モデル
気候要因のみ(月間 南東アフリカでは 2020 年代に流行が減少。2050 Thomas et
平 均 気 温 と 月 間 最 年代と 2080 年代までに、高地と台地では地方的 al., 2004
低 気 温 お よ び 月 間 に増加し、サヘルと南中アフリカ周辺では減少。
降雨量)
すべてのシナリオにまたがる曝露の人月は、5 ∼ Tanser et al.,
7%の(主に高地への)分布の拡大など、2100 年 2003
までに 16 ∼ 28%増大するが、緯度範囲の拡大は
限られる。流行の気候閾値に近い地域が広い国は
すべてのシナリオにおいて大きく増大しうる。
流行期間が 1 か月を超える場合のリスクにさら VanLieshout
される人口増加の推定値は、気候と人口増加が et al., 2004
組み込まれている場合、2 億 2,000 万超(A1FI)
∼ 4 億超(A2)。年間継続 3 か月以上の流行リ
スクを考慮すると、全球の推定値は大幅に低下
し、A2 シナリオと B1 シナリオでは全球のリス
クにさらされる人口は正味マイナスになる。
SRES 人口シナリオ ;
現在のマラリア対
策の状況が適応能
力の指標として用
いられた
参考文献
主な結果
人口予測と
その他の想定
2020 年 代 に 1.1 ∼ 1995 年 の 人 口 に 基
1.3 ℃ ; 2050 年 代 に づく推定値
1.9 ∼ 3.0℃ ;
2080 年 代 に 2.6 ∼
5.3℃
気温上昇と基準
マ ラ リ ア、 マラリア流行の確率 歴史的分布、土地の 2050 年 代 に 平 均 気 1 ∼ 2.5 ℃ の 平 均 気 なし。土地被覆と農 地方的なマラリア流行リスクは 8 ∼ 15%上昇す Kuhn et al.,
被覆、農業要因、気 温が 1 ∼ 2.5℃上昇 温上昇
業要因は変化なし。 る ; 土着マラリアが再定着するであろう可能性 2002
ブリテン島
候決定因子に基づく、
がかなり低い。
統計的多変量回帰
マラリア、 流行の気候適合性
ジンバブエ、
アフリカ
排 出 が 中・ 高 程 度
の HadCM2 の ア ン
サンブル平均。2020
年 代、2050 年 代、
2080 年代
マ ラ リ ア、 定 常 的 な falciparum
の流行に関する気候
アフリカ
適合性地図[年間で
最低 4 か月が適合し
ている]
定 常 的 な falciparum
の流行の気候適合性
に つ い て の MARA/
ARMAa モデル
HadCM3。SRES
A1FI, A2a, B1 シ ナ
リ オ で 実 験。2020
年 代、2050 年 代、
2080 年代
気候シナリオと
時間断面
マラリア、 定 常 的 な falciparum 定 常 的 な falciparum
の流行のリスクにさ の流行の気候適合性
アフリカ
らされている人月
に つ い て の MARA/
ARMAa モデル
モデル
HadCM3。SRES
A1FI, A2, B1シナリオ
で実験。2020 年代、
2050 年 代、2080 年
代
測定基準
マ ラ リ ア、 気候条件がマラリア falciparum ( 熱 帯 性
全球と地域 の流行に適した地域 マラリア原虫)によ
におけるリスクに曝 る マ ラ リ ア に 関 し
される人数
て、実験室データと
フィールドデータか
ら構築された生物学
的モデル
健康への
影響
表 8.2 気候変動がマラリア、デング熱、その他の感染症に及ぼす影響の予測。
第8章
人の健康
測定基準
気候シナリオと
時間断面
人口予測と
その他の想定
参考文献
377
デング熱の流行に適 経験モデル
した気候の地域地図 (Hales et al., 2002)
CSIROMk2、
ECHAM4、GFDL。
高排出シナリオ
(A2)、低排出シナ
リオ(B2)、2100 年
に 450ppm で安定化
のシナリオで実験
ダニ媒介性
脳炎、ヨー
ロッパ
地理的分布範囲
現在の分布に基づく HadCM2。小程度、
統計モデル
中の小程度、中の大
程度および大程度
(それ以上は定めら
れていない)で実験。
2020 年代、2050 年
代、2080 年代
ライム病、 ライム病を媒介する 観測された関係に基 CGCM2 と
カナダ
Ixodes scapularis (鹿 づく統計モデル ; ダ HADCM2。排出シ
ダニ)の地理的分布 ニ存在数モデル
ナリオ SRES A2 と
範囲と存在数
B2 で実験。2020
年代、2050 年代、
2080 年代
デング熱、
オーストラ
リア
程度が大きいシナリ なし
オ 下 で 2050 年 代 に
平均気温が 3.45℃上
昇、基準は定められ
ていない
なし
1961 ∼ 1990 年 よ り なし
全球の平均気温が
1.8 ∼ 2.8℃上昇
小程度から大程度までの気候変動で、ダニ媒介 Randolph
性脳炎の分布範囲は現在よりもさらに北東に広 and Rogers,
がる。西方には南スカンディナビアまでのみの 2000
移動。小程度シナリオと中の小程度シナリオの
場合のみ、ダニ媒介性脳炎は 2050 年代までヨー
ロッパ中央部とヨーロッパ東部に留まる。
両 方 の シ ナ リ オ で 2020 年 代 ま で に 北 に ほ ぼ Ogden et at.,
200km 拡 大 し、A2 で 2080 年 代 ま で に ほ ぼ 2006
1,000km 拡大する。A2 シナリオのもとでは、ダ
ニの存在数は 2020 年代までに 30 ∼ 100%増加
し、2080 年代までに 2 ∼ 4 倍になる。季節性が
変化する。
気候が適した地域が南に拡大する ; 適した地域 Woodruff et
の大きさはシナリオにより異なる。高排出シナ al., 2005
リオでは、南はシドニーまで気候が適した地域
となりうる。
現在の気候下で一部の地域でデング熱の急激な De Wet et
発生の潜在リスクがある。気候変動により、よ al., 2001
り多くの地域でデング熱のリスクが増大すると
予測される。
なし
媒 介 カ「 ホ ッ ト ス 降雨と気温に基づく DARLAM GCM。排
ポット」地図 ; 現在 閾値モデル
出シナリオ A2 およ
ニュージーランドに
び B2 で実験。2050
デング熱はない
年、2010 年
デング熱、
ニュージー
ランド
2050 年代までに、地理的分布範囲は中央地域か Bhattachary
ら南西と北部の州に移動すると予測される。流 a et al., 2006
行期間の長さは、北部と西部の州では長くなり、
南部の州では短くなる可能性が高い。
主な結果
特定地域予測に基づ 人口増加と気候変動の両方が起きる場合、2085 Hales et al.,
く人口増加
年までに全球のリスクにさらされる人口は 50 億 2002
から 60 億人になる。気候変動のみが起きる場合
には 35 億人になる。
現在の気候より 2 ∼ なし
4℃上昇
気温上昇と基準
リスクにさらされる 蒸気圧に基づく統計 ECHAM4、
人口
モデル。リスクにさ HadCM2、CCSR/
らされる基準人口は NIES、CGCMA2、
15 億人。
CGCMA1。排出シ
ナリオ IS92a で実験
気温とマラリア症例 HadRM2。排出シナ
数との観測された関 リオ IS92a で実験。
連性に基づく流行至
適期間
モデル
デング熱、
全球
マラリア、 falciparum (熱帯熱マ
インド、全州 ラリア原虫)によるマ
ラリアと vivax (三日
熱マラリア原虫)によ
るマラリアの流行に
対する気 候適合 性
健康への
影響
表 8.2 続き。
第8章
人の健康
測定基準
モデル
気候シナリオと
時間断面
参考文献
1961 ∼ 1990 年 の なし
基 準 よ り 2020 年 代
に は 0.57 ∼ 1.38 ℃、
2050 年 代 に は 0.89
∼ 2.44 ℃、2080 年
代には 1.13 ∼ 3.47℃
気温が上昇
食中毒の届け出件数は気温が 1℃上昇すると約 Department
4,000 件、2℃上昇すると約 9,000 件、3℃上昇す of Health
ると約 14,000 件絶対数が増加する。
and Expert
Group on
Climate
Change and
Health in the
UK, 2001s
結果は地域とシナリオにより異なる。一般に、 Hijioka et
下痢性疾患は気温上昇とともに増加する。
al., 2002
主な結果
食中毒、イ 食中毒の届け出件数 観測された気温との UKCIP シナリオ。
ングランド (不特定)
関係に基づく統計モ 2020 年代、2050 年
とウェール
デル
代、2080 年代
ズ
SRES 人口増加
人口予測と
その他の想定
基準と比較して、2020 年までには顕著な増加は McMichael
なく、2050 年までの年間増加率は 5 ∼ 18%。
et al. 2003b
気温上昇と基準
下 痢 性 疾 10 歳 未 満 の 子 ど も 公表された研究に基 CSIROMk2 と
1990 年 と 比 較 し なし
患、 アボリ の入院
づく曝露・反応関係 ECHAM4。排出シ
て年間平均気温が
ジニ・コミュ
ナリオ SRES B1、
2030 年代には 0.4 ∼
ニティ、中
A1B、A1FI で実験。 2.0 ℃、2070 年 代 に
央オースト
2020 年、2050 年
は 1.0 ∼ 6.0 ℃ 上 昇
ラリア(ア
(CSIRO)
リススプリ
ングス)
下痢性疾患、 下 痢 性 疾 患 の 発 生 年平均気温、給水・ 排出シナリオ SRES
全球、世界 (死亡)
衛生設備の範囲、一 A1B、A2、B1、B2。
の 14 の地域
人 当 た り GDP を 含 2025 年、2055 年
む、分野横断的研究
による統計モデル
健康への
影響
<表 8.2 続き。 >
第8章
人の健康
378
第8章
人の健康
表 8.3 気候変動が暑熱と寒気に関連した死亡率に及ぼす影響の予測。
場所
健康への
影響
モデル
気候シナリオ、 気温上昇と
時間断面
基準
人口予測と
主な結果
その他の想定
人口は 1996
年レベルを
維持。いか
なる順応も
想定されて
いない。
中の高シナリオのもと Donaldson
では暑熱に関連した年 et al., 2001
間死亡者は 1990 年代の
798 人 か ら 2050 年 に は
2,793 人、2080 年 代 に
は 3,519 人 に 増 加 す る。
中の高シナリオのもと
では寒気に関連した年
間死亡者は 1990 年代の
80,313 人から 2050 年代
に は 60,021 人、2080 年
代 に は 51,243 人 に 減 少
する。
人口増加と
高齢化およ
び短期的な
適応と順応
暑熱に関連した死亡率 Koppe, 2005
の約 20%上昇。この上
昇は寒気に関連した死
亡率の減少によって相
殺されない可能性が高
い。
1961 ∼ 1990
年の基準よ
り 2020 年
代には 0.57
∼ 1.38℃、
2050 年代
には 0.89
∼ 2.44℃、
2080 年代に
は 1.13 ∼
3.47℃上昇
参考文献
英国
暑熱と寒気 観測された
に関連した 死亡率から
死亡率
導かれた経
験・ 統 計 モ
デル
UKCIP シナ
リオ。2020
年代、2050
年代、2080
年代
ドイツ、バー
デンビュルテ
ンベルグ
暑熱と寒気 適応の概念
に関連した モデルと組
死亡率
み合わせた
熱・ 生 理 学
的モデル
ECHAM4OPYC3。排
出シナリ
オ SRES A1B で実験。
1951 ∼ 2001
年と比較し
た 2001 ∼
2055 年
リスボン、
ポルトガル
暑熱に関連 観測された
した死亡率 夏 季 の 死 亡
率から導か
れ た 経 験
的・ 統 計 的
モデル
PROMES
および
HadRM2。
2020 年代、
2050 年代、
2080 年代
1968 ∼ 1998
年の基準よ
り 2020 年代
に は 1.4 ∼
1.8 ℃、2050
年代には 2.8
∼ 3.5 ℃、
2080 年 代
に は 5.6 ∼
7.1℃上昇
SRES 人 口
シ ナ リ オ。
ある程度の
順応を想
定。
暑熱に関連した死亡率 Dessai, 2003
が 基 準 の 5.4 ∼ 6 人 /10
万人から 2020 年代まで
に 5.8 ∼ 15.1 人 /10 万人
2050 年 代 ま で に 7.3 ∼
35.9 人 /10 万 人、2080
年代までに 19.5 ∼ 248.4
人 /10 万人に増加
米国のカリ
フォルニアの
4 都 市( ロ サ
ン ゼ ル ス、 サ
ク ラ メ ン ト、
フレズノ、シャ
スタダム)
熱波の年間
日 数、 熱 波
シーズンの
長 さ、 暑 熱
に関連した
死亡率
観測された
夏季の死亡
率から導か
れ た 経 験
的・ 統 計 的
モデル
PCM と
HadCM3。
排出シナリ
オ SRES B1
および A1FI
で実験。
2030 年代、
2080 年代
1961 ∼ 1990
年の基準よ
り 2030 年代
に は 1.35 ∼
2.0 ℃、2080
年代には 2.3
∼ 5.8℃上昇
SRES 人 口
シ ナ リ オ。
ある程度の
適応を想
定。
熱波条件として分類さ Hayhoe,
れ た 年 間 日 数 の 増 加。 2004
2080 年 代 ま で に ロ サ
ン ゼ ル ス で、 熱 波 日 数
は B1 の も と で は 4 倍、
A1FI のもとでは 8 倍に
増 加 す る。 ロ サ ン ゼ ル
スの暑熱に関連した年
間 死 亡 者 は 1990 年 代
の 約 165 人 か ら、 シ ナ
リ オ に 応 じ て 319 か ら
1,182 人に増加する。
オーストラリア 65 歳以上の
の主要な都市
(ア 暑 熱 に 関 連
デレード、ブリ した死亡率
スベーン、キャ
ンベラ、
ダーウィ
ン、ホバート、
メルボルン、
パー
ス、シドニー)
観測された
日死亡率か
ら導かれた
経 験 的・ 統
計的モデル
CSIROMk2、
ECHAM4、
HADCM2。
排出シナリ
オ SRES A2
および B2
と 2100 年に
450ppm で安
定化のシナ
リオで実験。
主要な都市
の年間最高
気 温 が 1961
∼ 1990 年の
基準より 0.8
∼ 5.5℃上昇
人口の増加
と人口の高
齢化。順応
はなし。
すべての都市で気温に McMichael
起因する死亡率が現在 et al., 2003b
の気候のもとでの 82 人
/10 万 人 か ら 2100 年 に
は 246 人 /10 万人に増加 ;
GHG 緩和政策が実施さ
れると死亡率は低下す
る。
379
第8章
人の健康
表 8.4 気候変動がオゾンに関連した健康に及ぼす影響の予測。
場所
健康への
影響
モデル
ニューヨー 郡ごとのオ 公表された疫学文
ク 都 市 部、 ゾンに関連 献からの濃度応答
米国
した死亡
関数。
CMAQ(Community
Multiscale Air Quality
Model)による格
子に区切られたオ
ゾン濃度。
50 都市、
米国東部
気候シナリオ、 気温上昇と
時間断面
基準
1990 年代と比
較 し て 2050
年 代 に は 1.6
∼ 3.2℃上昇
人口と年齢構
造 は 2000 年
のままで維持
される。米国
環境保護庁
(USEPA) の
1996 年の国別
排出目録から
変 化 が な く、
2050 年代まで
に NOx と 揮
発性有機化合
物が一貫して
増 加 す る A2
シナリオを想
定。
オゾンに関 公表された疫学文 SRES A2 排出 1990 年代と比
連した入院 献からの濃度影響 シナリオで実 較 し て 2050
と死亡
関数、CMAQ によ 行した GISS
年 代 に は 1.6
る格子に区切られ MM5 を 用 い ∼ 3.2℃上昇
たオゾン濃度。
てダウンス
ケ ー ル。2050
年代
人口と年齢
構 造 は 2000
年のままで
維 持 さ れ る。
U S E PA の
1996 年の国別
排出目録から
変 化 が な く、
2050 年代まで
に NOx と 揮
発性有機化合
物が一貫して
増 加 す る A2
シナリオを想
定。
イングラン 超過日数
ドとウェー (オゾン、
ルズ
微粒子、
NOx)
高汚染物質の日に
関する気象上の要
因に基づいた統計
的 モ デ ル( 気 温、
風速)。
SRES A2 排出
シナリオで実
行した GISS
MM5 を 用 い
てダウンス
ケ ー ル。2050
年代
人口予測とそ 主な結果
の他の想定
UKCIP シナリ
オ。
2020 年代、
2050 年代、
2080 年代
1961 ∼ 1990
年の基準と比
較して 2020
年代には 0.57
∼ 1.38℃、
2050 年代
には 0.89 ∼
2.44℃、2080
年代には 1.13
∼ 3.47℃上昇
380
参考文献
A2 気候のみ: Knowlton et
オ ゾ ン に 関 al., 2004
連した死亡の
4.5 % の 増 加。
すべての郡で
オゾンが上
昇。A2 気 候
および前駆物
質 ; オゾンに
関連した死亡
の 4.4 % の 上
昇。(NOx 相
互作用により
いずれの場所
でもオゾンは
上昇しない。)
すべての都市 Bell et al.,
で最大オゾン 2007
濃度が上昇
し、現在濃度
がより高い都
市 に お い て、
最も大きく上
昇 す る。8 時
間規制値を超
えるひと夏の
平均日数の増
加は、事故以
外の死亡率を
0.11 ∼ 0.27%
上昇させ、心
血管系疾患に
よる死亡率を
平 均 0.31% 上
昇させる。
排出は変わら 期間全体をと Anderson et
ない。
おして、高微 al., 2001
粒 子、 高 SO2
の日が大幅に
減少する。オ
ゾンを除くそ
の他の汚染物
質はわずかに
減少する。オ
ゾンは上昇す
るかもしれな
い。
第8章
人の健康
Box 8.5 気候変動に関連した人の健康にとって重要な曝露の予測されるトレンド
熱波、洪水、干ばつ、その他の極端現象:IPCC(2007b)は、中から低緯度では熱波が増加し、寒い日が減少し、
変化の空間的分布にばらつきはあるが、強い降雨現象の割合が上昇するであろう(ただし、強い降雨現象の
絶対件数の減少が予測される場所も数箇所ある)と結論づけており、このことは確信度が高い(Meehl et al.,
2007)。雨季と乾季が変わることで流出量が変化し、水利用可能量が影響を受けるであろう。
大気の質 :気候変動は、前駆物質の排出、化学的性質、輸送を変化させることによって対流圏オゾンに影響
を及ぼしうるが、このそれぞれが気候変動にプラスやマイナスのフィードバックを引き起こしうる。将来の
気候変動は、水蒸気の増大と成層圏からの流入の増大の競合する効果によって、バックグラウンド対流圏オ
ゾンの増加を引き起こすかもしれないし、減少を引き起こすかもしれない。気温の上昇と循環の弱まりによ
り、地域的なオゾン汚染の増大が予想される。将来の気候変動は、汚染物質の拡散率の変化、オゾンとエア
ロゾルを生成する化学的環境の変化、生物圏、火災、粉塵からの排出の強度の変化によって、大気の質を大
幅に劣化させるかもしれない。これらの影響の微候と規模はかなり不確実で、地域によってばらつきがある
だろう(Denman et al., 2007)
。
作物収量:第 5 章の結論は、作物の生産性は、中から高緯度で、地方的な平均気温上昇が 1 ∼ 3℃までであれば、
農作物の種類に応じてわずかに上昇するが、それ以上上昇すると、地域によっては低下すると予測されると
いうものであった。低緯度、とりわけ季節的な乾燥、および熱帯地域では、作物の生産性は、地方的気温の
小幅な上昇(1 ∼ 2℃)の場合でさえ低下し、飢餓のリスクが増大すると予測され、サハラ以南のアフリカ
に多大な悪影響が及ぼされる。小規模農家と自給農家、牧畜民と零細漁民は、気候変動が及ぼす複雑で地方
的な影響を被るであろう。
Box 8.6 分野横断的事例研究:先住民と適応
カナダの全国イヌイット機関(Inuit Tapiriit Kantami)が開催した一連のワークショップは、気候に関連し
た変化と影響を文書で立証し、地方的対応に利用できる適応策を特定し、開発した(Furgal et al., 2002a, b;
Nickels et al., 2003)
。イヌイット・コミュニティ住民の積極的な関与は、生息範囲が拡大してきているカやそ
の他の虫に刺されないようにするために窓と家の入り口にネットやスクリーンを取り付けるといった特定さ
れた適応策の良好な適応を促進するであろう。
もう一つの例は、ケニアのムエア地区の農業コミュニティからの参加とインプットを取り込んだマラリアと
農業とのつながりについての研究である(Mutero et al., 2004)。このアプローチは、持続する畜産システムを
目指す農業生態系慣行をより幅広い農村開発戦略に組み込むことによって、灌漑稲作地における長期的なマ
ラリア対策の機会の特定を促進した。
381
第8章
人の健康
Chapter 8
programme in Ethiopia
famine increased local
ebreyesus et al., 1999).①
①-1
to climate change could
another example, airces is a primary measure②
②-1
d morbidity and mortality
②-2
ing on the energy source
ed use of air conditioning
ns, air pollution and the
②-3
Negative impact:マイナスの影響
Positive impact:プラスの影響
②-4
y, such as the re-use of
cations for human health
②-5
an important determinant
es such as malaria and③
③-1
t water-quality guidelines
d to prevent health risks
Figure 8.3. Direction and magnitude of change of selected health
guarantee crop quality
impacts of climate change (confidence levels are assigned based on
IPCC guidelines on uncertainty, see
図 8.3the
気候変動の健康への影響例の変化の方向と大きさ
owever, in rural and perihttp://www.ipcc.ch/activity/uncertaintyguidancenote.pdf).
ntries, the use of sewage
(確信度は不確実性に関する IPCC 指針に基づいて割り当てた
on practice, is a source http://www.ipcc.ch/activity/uncertaintyguidancenote.pdf
of
参照)。
e use of wastewater for
climate change, and the
ffordable for low-income
HIV/AIDS, malaria and other diseases) and indirectly (ill-health
0).
contributes to extreme poverty, hunger and lower educational
achievements) (Haines and Cassels, 2004). Rapid and intense
climate change is likely to delay progress towards achieving
development targets in some regions. Recent events demonstrate
lications for
that populations and health systems may be unable to cope with
lopment
increases in the frequency and intensity of extreme events. These
events can reduce the resilience of communities, affect
vulnerable regions and localities, and overwhelm the coping
hange already contributes
capacities of most societies.
remature deaths. Climate
There is a need to develop and implement adaptation
he spatial and temporal
strategies, policies and measures at different levels and scales.
orne diseases, cholera and
Current national and international programmes and measures
the seasonal distribution
that aim to reduce the burdens of climate-sensitive health
c pollen species; and has
determinants and outcomes may need to be revised, reoriented
e effects are unequally
and, in some regions, expanded to address the additional
in countries with already
pressures of climate change. This includes the consideration of
aran Africa and Asia.
climate-change-related risks in disease monitoring and
of climate change are
surveillance systems, health system planning, and preparedness.
severe impacts being seen
Many of the health outcomes are mediated through changes in
pacity to adapt is weakest.
the environment. Measures implemented in the water,
tries will also be affected
agriculture, food, and construction sectors should be designed
eases in temperature and
ase malnutrition; disease
to benefit human health. However, adaptation is not enough.
orms, fires and droughts;
cy of cardio-respiratory
8.7.1 Health and climate protection: clean energy
s of ground-level ozone.
There is general agreement that health co-benefits from
to health, including fewer
reduced air pollution as a result of actions to reduce GHG
nd reductions in climate
emissions can be substantial and may offset a substantial fraction
some regions. Figure 8.3
of mitigation costs (Barker et al., 2001, 2007; Cifuentes et al.,
d magnitude of projected
likely numbers of people
2001; West et al., 2004). In addition, actions to reduce methane
.
emissions will decrease global concentrations of surface ozone.
A portfolio of actions, including energy efficiency, renewable
ment of the Millennium
energy, and transport measures, is needed in order to achieve
able development, both
these reductions (see IPCC, 2007c).
rtality, maternal health,
①確信度が非常に高い
①- 1 マラリア:縮小と拡大、感染時期の変化
②確信度が高い
②- 1 栄養不良の増加
②- 2 極端な気象現象による死亡、疾病、傷害を被る人
の数の増加
②- 3 大気の質の変化による心臓・呼吸器系疾患の頻度
の増加
②- 4 感染症媒介動物の分布域の変化
②- 5 寒気に関連する死亡者の減少
③確信度が中程度
③- 1 下痢性疾患による負担の増加
382
第8章
人の健康
【第 8 章 訳注】
【訳注 8-1】原文の英語は mortality displacement。ここでの意味は、近いうちに死亡するはずであった人の死亡時
期が熱波により早まること。健康な人が死亡する場合と比較して影響は小さい(死亡時期が早まっ
ただけ)と考えられる。
【訳注 8-2】原文は water-washed disease。
【訳注 8-3】原文の英語は environmental reservoir。自然界で病原菌(ここではコレラ菌)を保有し、増殖の場となっ
ている生物のこと。
【訳注 8-4】原文の英語は de-trended time-series malaria data。de-trended time-series data とは既知の要因によるトレ
ンド(例えば、季節変動など)を取り除いた後の時系列データのことを意味する。
【訳注 8-5】WHO(世界保健機関)によって開発された指標で Disability-Adjusted Life Year の略語。生命損失年数
(Years of Life Lost: YLL)と障害生存年数(Years Lived with a Disability: YLD)の和で求められる。
【訳注 8-6】ここでは、
沿岸洪水が起きた場合の死亡率の増加割合は大きいが、
ベースラインの死亡率が小さいため、
絶対値としては小さくなることを意味している。
【訳注 8-7】原文の英語は Mean Daily Mortality 2003。原文は Mean が付いているが、ここでの Mean は不要と思わ
れる。
383
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