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親の気持ちのわかる小児歯科医になろう

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親の気持ちのわかる小児歯科医になろう
親の気持ちのわかる小児歯科医になろう
演題1.乳幼児期からのスタート
鹿児島大学大学院医歯学総合研究科
小児歯科学分野 長谷川大子
はじめて小児歯科を訪れる子どもたちの年齢は様々ですが、ほとんどの場合
は保護者と共に来院されます。小児歯科の臨床においては、治療やその後の管
理の対象である子どもたちはもちろんですが、保護者とのコミュニケーション
は医療者側と患者側の信頼関係を確立する上でとても重要です。コミュニケー
ションを円滑に図るためには、保護者すなわち親の気持ちを理解することが必
要です。
“生まれてきてくれてありがとう”、この言葉は絵本にもなっていますが、親
になった瞬間から自然に湧いてくる感情です。私は、不妊治療や流産を経験し
ました。自分自身や周囲の方の経験を通して、ひとりの赤ちゃんが十月十日を
何事もなくお母さんのお腹の中で過ごし、無事に誕生することはとても奇跡的
なことだと感じています。国立社会保障・人口問題研究所の第 14 回出生動向基
本調査によると、不妊を心配したことのある夫婦は全体の 3 割、子どものいな
い夫婦では半数を占め、さらに近年では、不妊の心配経験や治療経験は増加傾
向にあり、
6 組に 1 組の夫婦が過去に流死産を経験していると報告されています。
“生まれてきてくれてありがとう”、そんな思いを抱きながら、親は生まれて
きた子どもに愛情をたっぷり注いで育てています。親にとって子どもはかけが
えのない、とても大切な存在なのです。前出の調査では、一組の夫婦が持つ子
どもの数は減少傾向にあるとし、夫婦の最終的な平均出生子ども数は、1972 年
の 2.20 人から 30 年間一定水準で安定していましたが、2005 年の調査で 2.09 人
へと減少し、2010 年の調査ではさらに 1.96 人へと低下したと報告しています。
私たち小児歯科医はそんな貴重な、大切なお子さんたちと向き合っているので
す。
治療や保健指導の際に、どのような声かけや指導をしているでしょうか。
「甘
いものはむし歯になりやすいからやめましょう」、「歯みがきは毎日してくださ
い」と小児歯科医なら誰でも伝えることだと思います。私もたくさんの方に伝
えてきました。しかし、子育てをする中で、無理な時もあるということを、身
をもって経験しました。そんな無理な環境にある方に、いくら正論をお話して
も実効してはもらえません。
それなら無理な時はどうしたらいいか、まずは親の気持ちを理解することが
大切です。お母さんやお父さんの話をよく聴くようにしましょう。相手の話を
あいづちやうなづきなどの合いの手を入れながら聴くことで、たくさんの情報
を得ることができ、子どもたちの生活背景やご両親の気持ちを理解することが
できます。それと同時に、相手の立場に立って共感的に理解する、すなわち相
手を肯定的に受け止めるようにすると、相手に安心感を与えコミュニケーショ
ンをスムーズにすることができます。親の気持ちを受け止めた上で、改善策の
アドバイス(提案)を、押し付けにならないようにいくつかの選択肢を与えな
がら提示すると改善されることが多いようです。
今回は、子どもをもつ親として、また小児歯科医として、親の気持ちを少し
でも理解していただけるように経験を交えながらお話しました。親の気持ちを
理解しながら、小児歯科医として親や子どもの健やかな育ちを支援していただ
けたらと思います。
親の気持ちがわかる歯科医になろう!
演題 2.もう一人の育ての親
庄内こどもの歯科
庄内
喜久子
2007 年の経済協力開発機構(OECD)の参加国における 15 歳以上
で肥満度(BMI)30 以上の人間の割合では、アメリカが 31%と群を
抜いて 1 位となっており、日本と韓国の肥満人口の割合は同率で
3%と最も低い割合となっています(図 1)。しかし、日本は年々肥
満の割合が増加しているのが現状です。
日本では成人のみならず、小児の肥満率も増加傾向にあります。
小学 6 年生においては、2000 年文部科学省の学校保健統計調査報
告書によると、1970 年代の子供の肥満率は 3%でしたが、1990 年代以降
図 1 OECD 参加国における肥満度
は約 10%と、この 30 年間で約 3 倍に増加しました。さらには、平成 23 年度の報告書では、12.3%
と高い値を示しています。
そのため、厚生労働省が小児のメタボリックシンドロームの診断基準を作製しており、小児メタ
ボリックシンドロームに小中学生の肥満児において 5〜20%、一般の子供の 0.5〜3%があてはまる可
能性があり、予備軍は肥満児の 70〜80%、一般の子供の 7〜8%を占めているとの報告が出されてい
ます(厚生労働省研究班 2010.3)。さらには、肥満に伴う合併症を予防するため、平成 4 年度から、
学校の健康診断で尿糖検査も行われています。
現在問題となっている肥満やそれに伴う糖尿病などの生活習慣
病を改善するため等の理由から、2005 年に食育基本法という法律
ができました。それ以来、幼稚園・保育園・小中学校などでも食
育の教育が始まってきています。
現代の食生活の問題点として、①肥満傾向②朝食の欠食③孤食
が挙げられます(図2)。
図 2 食生活の問題点
問題点のひとつである肥満傾向の原因としては、過食や運動不
足、両親の影響、ストレス、不規則な食事があります(図3)。こ
れらの項目は、中学生くらいになると当てはまりやすくなります。
とくに幼少期に増えた脂肪細胞の数は変わらないため、成人にな
ったあとのダイエットでリバウンドしやすいと言われています。
また、朝食の欠食および孤食については、平成 22 年度の厚生労
働省の国民健康•栄養調査において欠食率は、7〜14 歳の男性で
図 3 肥満の原因
図 4 朝食の欠食率
5.6%、女性で 5.2%、15〜19 歳では男性 14.5%、女性で 14%との調査結果も出ています(図 4)。朝
食の欠食は、1回の食事の摂取量が多くなり、過食につながる可能性があることから、肥満等の生
活習慣病の発症を助長する報告もあります。更に理解力においても平成 22 年度全国学力学習状況
調査において、朝食を毎日摂取する子供はテストの正答率が高いとの報告もあります。
北海道において、孤食は小学 3 年生 15.3%、小学 5 年生で 20.8%、中学 2 年生では 50.8%と過半数
を越えています。そのため、午前中のエネルギー供給が不十分となり体調が悪くなることなどの問
題点が多く、小児期から朝食をとる習慣づけが必要です。
近年の、カゴメの研究では、母親が野菜嫌いの場合、子供も同
様に野菜が嫌いであるという結果もでています。逆に母親が野菜
好であるなら、子供も野菜が多いという結果や、海外では両親と
も肥満(BMI>30 以上) では、子供の肥満のリスクは 12 倍、また両
親とも重度肥満(BMI>40 以上)である場合は、子供の肥満のリス
クは 22.3 倍との報告もあります(図 5)。このような報告から、母
親に対する食育の教育も行う必要性があります。そのため、歯科医師
図 5 両親による子供へ影響
は保護者の状態も考慮した指導が必要となっていきます。
肥満以外の食と健康問題としては①痩身②アレルギー体質③過
食症•拒食症④歯周病•不正咬合•歯ぎしり•口臭などが挙げられま
す(図 6)。
痩身は平成 23 年では約 3%との報告があります。それに伴い、貧
血や骨粗鬆症などの更年期障害も子供に起きているのも事実です。
過食症は、短い時間での大量摂取後、体重増加を防ぐために、嘔
吐、過度の運動などの行為を繰り返します。その後、無力感、抑
鬱気分などを伴い、日常生活に支障をきたすことになってしまうので
図 6 肥満以外の食と健康問題
す。また、拒食症は、摂食障害の一つで食物の摂取を拒否する症状です。若年層、特に思春期から
青年期の女性に非常に多いとの特徴があります。
現在、う蝕は減少傾向を示しており、小児歯科においては、歯並びや口臭の相談が増加してきて
います。口臭の主な原因物質は揮発性硫黄化合物であり、舌苔から最も多く産生され、食物残渣や
口腔粘膜細胞の残骸を口腔内の嫌気性菌が代謝・分解することにより産生されます。したがって歯
周病罹患率が高い成人は嫌気性菌数が当然多く、口臭が発生しやすくなっています。しかし、子供
の口臭が増えてきた要因として、より清潔なものを求める社会的風潮などにより、臭いに対して世
間が敏感になってきたことが挙げられます。起床時や空腹時にみられる生理的口臭を心配して相談
にみえる保護者も増加してきました。食育と口臭は関係があり、普段から軟らかい物ばかり食べて
いると、咬むことによる自浄作用が低下し、更に口腔周囲筋の筋力低下により口呼吸になりやすく
なり、口臭発生の原因ともなります。
そのため我々、小児歯科医は子供の口腔内環境および成長を管理•誘導することを基盤とし、保
護者に対して正しい知識および問題点の解決法を供給すべきであります。
小児歯科医は、これらのことを包括的に見守ることができる唯一の分野であり、子と保護者のも
う一人の親であるべきだと考えられます。
親の気持ちが分かる歯科医になろう!
演題 3.思春期を考える
ルミエール小児歯科
吉田 敦子
思春期は、身体も心も大人ではないけれど、全くの子どもではない。どう接したらよいのか、時として
戸惑うこともあります。小児歯科専門医院では中高生になると、「まだ診てもらえますか?」と質問を受けるこ
ともよくあります。歯科医療の中でも、あるいは小児保健の中でも、誰が対応するのかがはっきりしていないよ
うにも思われます。今回、
「親の気持ちが分かる歯科医になろう」というテーマのもと思春期の子どもに小児歯
科医としてどう向き合っていくかについて、思春期のこどもの特性を知り、さらに当医院で行った思春期の子ど
もを持つ親へのアンケートを踏まえ考察してみました。
人は、誰もが思春期を通って大人になります。思春期は子ども時代の総決算であり、大人になるための点検、
調整試行の時であると言われます。この時期の心と行動の特徴としては、(埼玉県警ホームページより)①自我
の目覚め
②自他の比較
立と依存の葛藤
③自己概念の揺らぎ
⑧依存対象の変化
④自我同一性の拡散
⑨接近と回避の葛藤
⑤自己拡大感
⑥第2次反抗期
⑩理性と感情のアンバランス
⑦自
⑪敏感と鈍感のア
ンバランス ⑫純粋性と活力 が挙げられます。
では、今の思春期の子どもたちはどのように生きているのか。東京都教育相談センターでは、思春期の子ども
たちがどのような思いで毎日を過ごし、悩んだ時にどのように乗り越えるかについて、都内の公立中高校生 3494
名を対象に実態調査をしまとめています。調査結果から 1.日常的に不安・抑うつ感は高く自己肯定感は低い 2.
自暴自棄感は低く、攻撃性が強いとは言えない 3.支えになっているのは家族や友達である また、思春期の子
どもたちが悩みをかかえた時の対処法としては 1.おしゃべりやメールで発散する子供は6割強、誰かに相談す
る子どもは5割であった。2.がまんしたり、あきらめたりする子どもは、5割。3割の子どもが体調をくずし、
2割の子どもは、危惧される対処法を行う。とまとめています。歯科医院に来院される普通の中高生にも、この
ような現実があるということを常に心にとめて接しなければいけないと考えます。
では、思春期の子どもを持つ親の現状は、どのようなものでしょうか。子どもが思春期を迎える頃、多くの親
は「中年」という人生の過渡期を迎えています。子どもを支える親、親子関係、家庭環境にも大きな変化が出て
きます。この時期の親や家族の現状を知るために当医院に来院された中高生の親350名にアンケートを行い
分析、検討しました。
アンケートによると、父親63%、母親84%
に不安・ストレスがあると答えています。その内容は父親は
自身の健康や老後、次いで仕事に関してが多く、母親は、自身のことと子どものことがほぼ同じでした。
また、両親とも親の健康、介護への不安も出てきます。
(図1)
(図1)
(図2)
親から見た思春期の子どもの変化として最も多かったのが、外見を気にするようになったことです。次いで
「毎日楽しそうだ」と「反抗的になった」が同数でした。また「自分の部屋にいることが増えた」や「一人で外
出することが増えた」が多くみられました。負の変化としては、「精神的に不安定になった」「暗くなった」「心
配な行動がある」も人数が少ないもののいました。
(図2)
家族がどのように変化したかという質問で最も特徴的なのは、子どもと
一緒に食事をしたり、外出をすること、家族が集まることが減り、親の
みでの外出が増えたことです。しかし、子どもと話をする時間が減った
と感じる人は増えたと感じる人よりわずかに少ない程度でした。子ども
への対応の変化を聞いてみると、子どもの1日の行動や友人関係をほぼ
把握している親は約80%と高く、子どもの気持ちを把握していると答
えている親も70%と意外に高い結果でした。(図3)この変化の理由
としては、子どもが部活や塾で忙しくなったことが多く挙げられました。
(図3)
歯科治療に保護者が求めることは、正確で丁寧な治療をして欲しいが半数で、待ち時間を少なく、希望の時間
にして欲しい、通院回数を少なくが合わせて3割あり子ども達の生活の忙しさが伺えました。又、むし歯の治療
以外に保護者が歯科医に求めることとして、歯磨きの重要性と方法を教えて欲しいが多くいらっしゃいました。
子どもが一人で来院した時の歯科治療後の保護者への説明については、問題があれば伝えて欲しいが6割、毎回
伝えて欲しいは2割に満たない結果でした。思春期になると、自分のことは自分で考えて欲しいという親からの
自立を期待する気持ちが表れていると思います。
思春期の子どもの口腔の問題としては、第2大臼歯
のカリエス、歯頸部カリエス、歯列不正、歯肉炎
顎関節症などがあげられます。もちろん歯科医とし
てこれらの問題に適切な対応が必要であることは
当然です。しかし、ただ口腔の問題を解決すれば
よいのでしょうか?
多感な思春期を迎えた子どもが、来院した時
口の中だけを診るのではなく、その子どもの家族
環境、状況を思いやり一人ひとりの生活力や発達段
階に注意を払い、子どもと向き合う必要を感じます。
私が、歯科医としてこの時期の子どもに接する時
常に心にとめ気を付けていることを(図4)に
(図4)
まとめました。
思春期を迎えた子どもは、身体の大きな変化に心がついていけず不安定になります。しかしそれは、
親から離れ大人への階段を登り大人として自立していくための通過点です。価値観が多様化している現代に
おいて大人になったという基準は、複雑で難しいものがあります。
私たち小児歯科医は、家族とともに子どもの成長に継続して関わって
います。全ての子ども達が、自分らしく大人のステップを踏んで
進んでいけるように小児歯科医として、また成長を見守り応援してい
る身近な大人として、子ども達とその家族を支援したいと思います。
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