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内視鏡下に摘出し得た副鼻腔神経鞘腫の 1 例
松仁会医学誌 54 ⑴:28 ~ 32,2015 症例報告 内視鏡下に摘出し得た副鼻腔神経鞘腫の 1 例 渡邉大樹,足立直子,大西俊範*,柴田敏章*,四ノ宮隆* 松下記念病院 耳鼻咽喉科 * 地域医療機能推進機構神戸中央病院 耳鼻咽喉科 要旨:今回我々は副鼻腔神経鞘腫の 1 例を経験したので報告する.症例は 46 歳女性.頭痛があり, 脳ドックを受診したところ頭部MRIで右篩骨洞から蝶形骨洞にかけて陰影を指摘された.初回内視鏡 下副鼻腔手術にて右後篩骨洞に充実性の腫瘍を認めた.病理検査結果は神経鞘腫であった.ナビゲー ションシステムを併用した再手術で残存腫瘍を完全摘出し,術中所見から由来神経を後篩骨神経と同 定できた.副鼻腔神経鞘腫は手術による神経脱落症状の可能性は低く,積極的に全摘出を目指すべき と考える. キーワード:神経鞘腫,副鼻腔,内視鏡下副鼻腔手術,ナビゲーションシステム はじめに 初診時鼻腔内所見:右中鼻甲介がやや外側に圧 排されていたものの,粘膜は正常に保たれていた. 神経鞘腫はschwann細胞由来の良性腫瘍であ その他,耳,咽頭,喉頭に異常所見は認めず,頚 り,頭頸部領域では聴神経由来が多く,鼻副鼻腔 部リンパ節も触知しなかった.全身皮膚に色素斑 に発生することはまれである.また,鼻副鼻腔神 や腫瘤は認めなかった.また,視力障害,眼球運 経鞘腫では由来神経を同定することが困難であ 動障害,三叉神経障害は認めなかった. り,摘出手術を行う際に審美的な面や機能障害を 画像所見:副鼻腔CT(図 1 )では,右篩骨洞, 防ぐ上で,慎重に術式を選択する必要がある.今 蝶形骨洞に軟部組織陰影を認めた.鼻中隔は圧排 回われわれは,後部篩骨洞原発の神経鞘腫でナビ され,蝶形骨洞外側壁に一部骨破壊を認めた.脳 ゲーションシステムを用いて内視鏡下に完全摘出 ドック時に撮影された頭部単純MRIでは,T 1 強 し,由来神経を同定し得た症例を経験したので, 調軸位断像(図 2 a)で,右篩骨洞に低信号,右蝶 若干の文献的考察を加えて報告する. 形骨洞に高信号を示した.T 2 強調軸位断像(図 2 b)で右篩骨洞に不均一な高信号,右蝶形骨洞 症 例 に筋肉と等信号を示した.頭蓋内には病変は認め なかった. 症 例:46 歳,女性. 臨床経過:良性腫瘍あるいは嚢胞性病変を疑い, 主 訴:頭痛. 初診から 3 カ月後,確定診断目的に局所麻酔下に 既往症・家族歴:特記事項なし. 右内視鏡下鼻副鼻腔手術を施行した.第三基板を 現病歴:数カ月前から頭痛あり,脳ドックを受 開放したところで弾性軟で充実性の腫瘍を認め, 診した.頭部MRIで右篩骨洞・蝶形骨洞に陰影を 組織生検を行ったところ神経鞘腫あるいは神経線 指摘され,耳鼻咽喉科を受診した. 維腫の疑いであった.初回手術後,右蝶形骨洞か 2015 年 3 月 2 日受付 連絡先:〒570 - 8540 大阪府守口市外島町 5 番 55 号 松下記念病院 耳鼻咽喉科(渡邉大樹) ら排膿を認め頭痛は軽快したが,後部篩骨洞に腫 瘍は残存していた(図 3 ).初診から 10 カ月後, 全身麻酔下にナビゲーションシステムを併用の 上,右内視鏡下副鼻腔手術を施行した. 内視鏡下に摘出し得た副鼻腔神経鞘腫の 1 例 a a b b 29 図 1 CT所見 図 2 MRI所見 a:骨条件,軸位断で後部篩骨洞,蝶形骨洞に陰影を認めた. 鼻中隔は圧排され変形をきたしていたが骨破壊は認めな かった. b:冠状断で,蝶形骨洞外側壁に骨破壊を認めた (矢印) . a:T 1 強調軸位断像で右篩骨洞に低信号,右蝶形骨洞に高 信号を示した. b:T 2 強調軸位断像で右篩骨洞に不均一な高信号,右蝶形 骨洞に筋肉と等信号を示した. 手術所見:腫瘍は白色の被膜で全周性に覆わ れ,副鼻腔粘膜との癒着は認めなかった.腫瘍か らは出血が少量あり,サクション付き剥離子が剥 離操作に有用であった.剥離ができたところから マイクロデブリッダーで腫瘍を徐々に減量し,視 野を確保した.後篩骨孔付近(図 4 )に腫瘍の基部 を認め,バイポーラ凝固止血装置で焼灼後切離し, 腫瘍を摘出した.他には明らかな基部は認めな かった. 病理所見:schwann細胞由来の紡錐形細胞の束 が錯綜する病変を認めた(図 5 ).免疫染色で腫瘍 細胞はS- 100 蛋白とvimentinが強陽性に反応し た.以上より神経鞘腫と確定診断した. 術後経過:腫瘍はほぼ全摘出されたと考えら 図 3 初回手術後のCT所見 右後部篩骨洞に腫瘍の残存を認める (矢印) .蝶形骨洞の陰影 は消失しており,腫瘍による閉塞によりmucoceleとなってい たことが分かる. れ,また悪性所見もなかったため,術後 3 日目に 退院した.以後は外来通院で定期的に経過を観察 している.現在,術後 8 カ月が経過し,明らかな 再発は認めていない. 30 渡 邉 大 樹 図 4 術中ナビゲーションシステム画面 後篩骨孔に腫瘍の基部を認め,後篩骨神経由来と同定できた. ており,わが国では約 100 例が報告されている 3). 発生部位は鼻前庭,鼻腔,上顎洞,篩骨洞,蝶形 骨洞などである.好発年齢は特になく,性別では やや女性に多い 4). 画像検査ではCT,MRIが腫瘍の拡がり,周辺 臓器との関連,骨破壊などを見る上で重要である. MRIでは,T 1 強調画像で低信号,T 2 強調画像 で高信号,ガドリニウムで造影効果を受ける腫瘍 として描出される 5).画像上,血管腫や嗅神経芽 細胞腫などとの鑑別が困難な事があり,術前には 図 5 病理所見 schwann細胞由来の紡錐形細胞の束が錯綜する病変を認めた. 血管造影を勧める報告もある 6,7). 治療は外科的に摘出手術を行うことが第 1 選択 である.大きな腫瘍に対してはDenker法や鼻外 法が行われるが,小さなものでは,手術の侵襲に よる審美的な観点や機能障害をきたす可能性など 考 察 も考慮して,非侵襲的な手術が好まれる傾向にあ り内視鏡下鼻内手術の適応とされる報告も多い. すべての頭頸部腫瘍の 3 ~ 4 %が神経原性腫瘍 ナビゲーションシステムを用いることで頭蓋底に であり,そのうち神経鞘腫の頭頸部領域での発生 近接し眼窩内側壁の骨破壊を伴う篩骨洞の残存腫 で比較的多い.その中では 瘍に対して安全に切除し得たとの報告もある 8). 聴神経由来のものが最多であるが,鼻副鼻腔に発 神経鞘腫は手術の際に由来神経の損傷による神 生した神経鞘腫例は頭頸部全体の約 2 . 9 %を占め 経脱落症状の可能性に気を配る必要性がある.し 頻度は 25 ~ 45 % 1, 2) 内視鏡下に摘出し得た副鼻腔神経鞘腫の 1 例 31 かし,鼻副鼻腔神経鞘腫では由来神経を同定する 経原性腫瘍の画像診断.臨放 1993;38: ことは困難であることが多い.一方で,神経鞘腫 1091 - 1098. はSchwann細胞を持たない視神経,嗅神経から は発生することはなく,鼻副鼻腔神経鞘腫は三叉 神経第 1 枝,第 2 枝あるいは副交感神経の末梢 枝 4,9,10) 由来のことが多い.術後の神経脱落症状 が起きることも少ない 11) とされる.本症例では 術中にナビゲーションシステムを利用することで 6 )山田浩二,愛場庸雅,久保武志,他.鼻腔神経 鞘腫例.耳鼻臨床 2002;95:1121 - 1126. 7 )戸田潤二,田中宏明,畠山直登.鼻副鼻腔内 神経鞘腫の一例.西尾記念病院紀要 1998; 9:68 - 70. 8 )堀池 修,今手祐二,田原哲也,他.ナビゲー 後篩骨神経由来と同定することが可能であった. ションシステムが有用であった鼻・副鼻腔神 術後の神経脱落症状の出現もみられなかった. 経 鞘 腫 の 1 例. 耳 喉 頭 頸 2002;74:473 - 本疾患は良性腫瘍であり,初回手術後,腫瘍が 477. 残存しても無症状であれば経過観察とされること 9 )堀江理恵,佐藤進一,松永忠彦,他.上顎洞 がある.しかし,篩骨洞由来の神経鞘腫が頭蓋内 に発生した神経鞘腫例.耳鼻臨床 2004; 進展をきたし,再手術を要した症例も報告されて 97:313 - 318. いる 12) .また術後に再発を繰り返したり 13) ,ま 10) Hegazy HM, Snyderman CH, Fan CY, et al. れに悪性変化を起こしたりすることもあるとされ Neurilemmomas of the paranasal sinuses. 1) る .手術による神経脱落症状の可能性は低く, 積極的に全摘出を目指すべきと考える. Am J Otolaryngol 2001 ; 22 : 215 - 218 . 11)田代 亨,渡部 浩,杉本一郎,他.動眼神 経の単独麻痺で発症した蝶形骨洞神経鞘腫の 結 語 一例.日鼻誌 2001;40:106 - 110. 12)田中英一,平出文久,井上鐵三,他.頭蓋内 副鼻腔神経鞘腫の 1 例を報告した.ナビゲー ションシステムを併用した内視鏡下副鼻腔手術で 完全摘出が可能であった.後篩骨神経由来と考え 進展を認めた篩骨洞神経鞘腫の 1 例.耳鼻臨 床 1984;77:749 - 755. 13)永井大介,赤池清美,窪田哲昭,他.左上顎 られた.副鼻腔神経鞘腫は手術による神経脱落症 洞 に 発 生 し た 神 経 鞘 腫 の 一 症 例. 日 鼻 誌 状の可能性は低く,積極的に全摘出を目指すべき 1981;21:213. と考える. 文 献 1) Das Gputa TK, Brasfield RD, Strong EW, et al. Benign solitary schwannomas (neurilem� momas). Cancer 1969 ; 24 : 355 - 366 . 2) Robitaille Y, Seemayer TA and El Deiry A. Peripheral nerve tumors involving parana� sal sinuses; a case report and review of the literature. Cancer 1975 ; 35 : 1254 - 1258 . 3) 犬塚一男,兵 行彦,森本高弘,他.鼻副鼻 腔神経鞘腫の 1 例.耳鼻臨床 1987;16(補) : 79 - 86. 4) 佐藤慎太郎,高木誠治,深津橋基広,他.鼻 腔原発の神経鞘腫の 1 症例.耳鼻 1999; 45:234 - 238. 5) 黒崎喜久,海老原玲子,倉本憲明.頭頸部神 32 渡 邉 大 樹 A Case of Schwannoma in the Paranasal Sinus Resected via Endoscopic Surger y Hiroki Watanabe, Naoko Adachi, Toshinori Onishi*, Tosiaki Shibata*, Takashi Shinomiya* Department of Otorhinolaryngology, Matsushita Memorial Hospital *Department of Otorhinolaryngology, Shakaihoken Kobe Central Hospital We report a case of paranasal schwannoma. A 46-year-old female presented with headache. Magnetic resonance imaging conducted as part of a periodic health examination demonstrated a shadow in the right ethmoidal sinus and sphenoid sinus. First endoscopic sinus surgery revealed a tumor in the posterior ethmoidal sinus. The resected tumor was diagnosed as a schwannoma. The remainder of the tumor was removed completely by a second surgery with a navigation system. The nerve of origin was estimated to be the posterior ethmoidal nerve from the surgical findings. Paranasal schwannomas should be actively resected, because there is no risk of postoperative neurological deficit. Key Words: schwannoma, paranasal sinus, endoscopic sinus surgery, navigation system