Comments
Description
Transcript
監修 岡田 正 - 患者・一般の皆様
2005年 第6巻第2号(通巻16号) ISSN 1345-7497 監修 大阪府立母子保健総合医療センター 総長 大阪大学名誉教授 岡田 正 巻頭言 NSTが自然消滅する日.............................................................. p.2 大阪府立母子保健総合医療センター 総長 大阪大学名誉教授 岡田 正 NST/ASSESSMENT NETWORK NST専任医師を中心に栄養サポートを展開, やがてNSTが自然消滅する日を願って…...................... p.3 ─6 エンシュア ®・Hによる栄養管理が有効であった1症例 東邦大学医学部外科学講座 講師 東邦大学医療センター大森病院 栄養サポートチーム専任医師 鷲澤 尚宏 岐阜市民病院 管理栄養士 若山 桂子 ほか NUTRITION CASE REPORT ―特発性細菌性腹膜炎を併発した原発性胆汁性肝硬変症―.................... p.20─21 NS PHARMACIST 薬と栄養障害.................................................................................... p.7─10 強化栄養療法にグルセルナ®を使用した1症例............ p.22─23 医薬情報研究所/株式会社エス・アイ・シー医薬情報部門 責任者 堀 美智子 ほか 長期人工呼吸器装着患者の離脱への援助 津軽保健生活協同組合健生病院栄養科 科長 佐々木 弘子 CURRENT TOPICS ―プルモケア®を用いて―.......................................................................... p.24─25 日本人の食事摂取基準(2005年版)............................................ p.11─13 埼玉医科大学病院本館7階病棟 看護師 笹川 亜依 ほか 神奈川県立保健福祉大学保健福祉学部 栄養学科長・教授 中村 丁次 エンシュア ®・Hによる栄養管理が 病態の改善に寄与した重症心不全患者の1例............... p.26─27 REVIEW NUTRITION & DISEASE 幽門後栄養チューブ留置における工夫............................. p.14─17 横浜市立大学医学部附属市民総合医療センター集中治療部 速水 元 県西部浜松医療センター外科・NSTチェアマン 黒田 宏昭 ほか MEETING REPORT 亜鉛欠乏と肝線維化..................................................................... p.18─19 アジアが一丸となっての栄養サポートの夢 大阪市立大学大学院生活科学研究科 食・健康科学講座 栄養機能科学分野 助教授 湯浅(小島)明子 ―第10回アジア静脈経腸栄養学会(PENSA)印象記―............................ p.28─29 茨城県立こども病院小児外科 部長 雨海 照祥 巻 頭 言 NSTが自然消滅する日 大阪府立母子保健総合医療センター総長 大阪大学名誉教授 岡田 正 近年,わが国においてもNutrition Support Team(NST) なる言葉が随分一般 化したと思われる。この2月,名古屋市で行われた第20回日本静脈経腸栄養学 会での発表演題を見ても,すでに多くの施設がNSTを備えており,または設 立を計画中であった。とは云えNSTのあるべき姿・機能がいまだ明確にはさ れていない現在,NSTと呼ばれるものの中にピンからキリまである事は止む を得ないであろう。 さて,今回本誌に掲載の論文の中で目を引くのは,東邦大学医療センター大 森病院外科講師 鷲澤尚宏先生による「やがてNSTが自然消滅する日を願っ て…」なる副題を有する訪問記事である。同施設では病院長がいち早くNST の重要性を認識し,米国(アトランタ)帰りの鷲澤先生に白羽の矢を立て,唯一 の専任医師として任じ,院長直属のNSTを2004年9月より発足させている。こ こでは鷲澤先生をチェアマンとするNSTにおける栄養診断・治療の実際が紹 介されている。その基本方針は,施設全体を見ながら決して無理をせず常に患 者・主治医の間で十分なインフォームド・コンセントを取りながら対応枠を広 げることとされ,好感が持てる。「NSTが自然消滅する日」とは逆説な表現で はあるが,すべてのスタッフが栄養法に堪能と云い得るレベルに達した場合, NSTの維持にかかる労力が著しく軽減されるであろう事は自明の理である。た だし,現在におけるNSTの存在意義の一つとして,輸液事故の軽減が挙げら れる。最近輸液事故が多発しており,これが医療事故あるいはインシデントの 大きな部分を占めている事に留意されなければならない。 このほか,今号において「幽門後栄養チューブ留置における工夫」なる論文 が横浜市立大学附属市民総合医療センター集中治療部 速水元先生によって紹 介されている。近年早期経腸栄養の意義が注目されており,その意味からして も,誰でもが身につけているべき手段として注目される。 2 Nutrition Support Journal 16 NS T/A S S ES S MENT NETWORK NST専任医師を中心に 栄養サポートを展開, やがてNSTが自然消滅する日を願って… 東邦大学医学部外科学講座 講師 東邦大学医療センター大森病院 栄養サポートチーム専任医師 鷲澤 Profile わしざわ なおひろ ’86年東邦大学医学部卒業,同大学 第1外科入局。一般外科医として諸 病院に勤務し,’02年よりエモリー 大学に留学。’04年帰国後,東邦大学 医学部外科学講座 (大森) 一般消化器 外科助手を経て同年8月より現職。 尚宏 2004年9月,東邦大学医療センター大森病院(写真1)に,院長直属の組織として栄養サポートチーム (Nutrition Support Team;NST) が正式に発足・稼動した。日本では,多くのNSTがPotluck Party Method (PPM;持ち寄りパーティ方式)により運営されている。しかし,大森病院では,NSTに日本で始めて専任医 師を配属し,栄養サポートを展開している。 今回は,NST専任医師である鷲澤尚宏先生に,大森病院におけるNSTの設立の経緯と活動の実際,今後の 展望のほか,日本初NST専任医師としての意気込みをお伺いした。 2000年5月より毎月1回,休むことなく ニュートリションサポートサービス勉強会を開催 澤先生が帰国する2004年2月までの18ヵ月間,休む ことなく続けられていたそうだ。 その甲斐あってか,鷲澤先生は帰国後すぐ,院長 鷲澤尚宏先生の専門は消化器外科。したがって, から「院長直属の組織としてNSTを発足させたいの もともと患者の栄養管理には興味があったという。 で,君がNSTの専任医師になってくれないか」と打 実際,同先生は,栄養状態と非特異的免疫能の関係 診を受けたという。これを快諾して以後,鷲澤先生 を研究するなど,栄養学と深く関わってきた。この は,同好会的NSTに積極的に参加していた医療スタ ようななか,2000年の春先,米国エモリー大学のNST ッフとともに,病院組織としてのNSTの発足・稼働 を見学し,帰国後の同年5月より大森病院で月1回 に向けた準備―NSTの機構 (図1),NSTの業務手順 のニュートリションサポートサービス勉強会を有志 (図2)などの確立―を進めた。ようやく2004年の9 とともに発足させた。同年秋ごろより,院長には院 月に,大森病院のNSTが正式に発足した。 長直属の組織としてNSTを発足させる必要性と有用 性を訴える一方で,同好会的NSTにより,脳神経外 科病棟および整形外科病棟での病棟スクリーニング を開始し,2001年より,その活動を消化器外科およ び消化器内科の病棟に拡大させた。 ところが, 「院長直属の組織としてNSTを本格的 に発足・稼働させるぞ」と意気込んでいた矢先の 2002年夏,鷲澤先生はリサーチのために渡米するこ とになる。有志トップが抜けた大森病院の同好会的 NSTはこのまま自然消滅かと思われたが,その心配 をよそに,月1回のニュートリションサポートサー ビス勉強会は各診療科の医師の協力を得ながら,鷲 写真1 東邦大学医療センター大森病院 3 病院長 栄養委員会 栄養支援委員会 各診療科のリンクドクター 図1 NST(各職種計24名) 監視,チェック 各部署のリンクナース 各部署のリンク薬剤師 その他の部署のリンクメンバー NSTにまつわる機構 それぞれのリンクメンバーはNSTメンバーとは異なる。 入院時,スクリーニングシー トを使ったスクリーニング 患者抽出 検査技師による血清アルブミン 値を使ったスクリーニング 表1 栄養サポート経過記録 栄養サポート経過記録 日付 内容 各部署からの依頼 BW BMI %AMC サイン コンピュータ上のデータを 用いた栄養アセスメント サイン サイン 主治医の承諾 NST介入 全職種メン バーで行う サイン サイン 回診による栄養アセスメント サイン 栄養療法の実践(主治医による) サイン 必要があればNSTが直接タッチ する(栄養ルートの造設など) コンピュータのデータと翌週の 回診によるリアセスメント 図2 NSTの業務手順 サイン ( / )終了 or 継続 理由 その他 専任医師を中心としたNSTメンバーと リンクメンバーで入院患者の栄養サポートを展開 同病院での栄養サポートは,病院長直属の組織で いて,NSTは,リンクドクターの助言などを得なが あるNSTのメンバー (24名;専任医師含む医師4名, ら,主治医の許可を得たうえでアセスメント(図3) 看護師7名,薬剤師4名,管理栄養士3名,医事課 を実施し,栄養サポートの介入を行い,その後は, 2名,臨床検査技師4名)と105名のリンクメンバー 週1回の回診(写真2,3) でのリアセスメントに基 (リンクドクター,リンクナース,リンク薬剤師,リ づいて経過観察(介入方法の見直し・継続/改善)を ンクソーシャルワーカー,リンク臨床工学士など) 4 行う(表1)。 を中心に行われる。同病院の栄養サポートの手順と リンクドクターは,NSTの介入がマイナスに作用 しては,まず,栄養サポートが必要と考えられる患 する患者を選び出す役割を担っている。リンクナー 者が,主治医のほか病棟看護師や病棟服薬指導担当 ス,リンク薬剤師は,自らも患者スクリーニング (表 薬剤師によるスクリーニング,あるいは検査部(基 2)を行うが,病棟看護師や病棟服薬指導担当薬剤 準:採血検査でアルブミン値3.0mg/dL以下)により 師がスクリーニングを確実に行えるように指導する 抽出される。次に,このように抽出された患者につ という役割を担っている。鷲澤先生は,「栄養状態 Nutritional Support Unit 8/03/2004 改訂 氏名 性別 (カナ: M, F )IDNo. 年齢 このシートを作成した日付 診療科1 / / 診療科2 診療科3 病棟、外来 身長 病室 No. kg、BMI=体重/(身長)2= cm、体重 kg IBW=身長(m)×身長(m)×22= (M;20-25、F;19-24) 、 %IBW= % SGA(スクリーニングの範囲内で): A B C スクリーニングにより を理由にアセスメントが必要になった。 前回と比べて なので、再アセスメントが必要になった。 kcal》 《簡易式によるBEE[M:14. 1W+620、F:10.8W+620] H-BによるBEE [M:66. 47+13. 75W+5. 0H(cm)-6. 76A、F:655. 1+9. 56W+1. 85H(cm)-4. 68A] (活動) × = × × = kcal kcal 簡易計算による必要エネルギー(25-30kcal/kg) まず、設定する投与カロリー Protein: g/kg Fat: 総カロリーの kcal (ストレス) 必要エネルギー:BEE (H-B) × 投与蛋白 kcal kcal(A) g= % = kcal(B) kcal(C) − − (A) (B) (C)= 炭水化物によるエネルギー: kcal = = g g ml/day 水分量:(30ml/kg×BWなど) 電解質、ビタミン投与についての特記事項 : 疾患、病態 本症例に関する栄養法の特殊性 現在の栄養法 特記 身長 体重 (cm) BMI 年齢 AC上腕周囲長 TSF上腕三頭筋 皮下脂肪厚(mm) (cm) 男 女 図3 #DIV/0! #DIV/0! IBW %IBW H-B BEE 0 0 #DIV/0! #DIV/0! 66.47 655.1 簡易式必要 AMA上腕筋 簡易式 簡易式必要 (cm2) BEE エネルギー(小)エネルギー(大) 面積 620 620 0 0 0 0 0 0 アセスメントシートと必要カロリーの計算 数値を入力すれば,自動的に算出される。誰でもアセスメントができるように工夫されている。 写真2 回診風景 患者さんを訪問する前に,病室外で簡単な検討会を 実施 が悪いからといって,何でもかんでもNSTが介入す れば良いというものではありません。患者さんの性 格や背景因子,インフォームドコンセント,主治医 ―患者関係などの問題から,NSTの介入でトラブル が生じることもあります。そこで当院ではそのよう 写真3 リアセスメント 上腕三頭筋部皮下脂肪厚を測定 病院スタッフ全員の協力を得ながらNSTを全病棟に 地域医療関係者の協力を得ながら NSTのノウハウを地域に 現在,NSTは脳神経外科,整形外科,消化器外科, なトラブルを未然に防ぐために,リンクドクターを 消化器内科の病棟のほかに,泌尿器科,婦人科,神 設けました」と話す。 経内科,眼科の病棟で活動している。NSTとして週 2回の回診を行い,1回の回診で平均12∼13名のリ 5 表2 スクリーニングシート 開放しているほか,地域医療関係者が栄養サポート 栄養スクリーニングシート スクリーニング日 ID No. 診療科 / / の問題を解決できるようにとメーリングリスト『城 南地区栄養サポート連絡会』の運営を行 う な ど, NSTの栄養サポートノウハウを地域に広めていくこ 氏名 とにも積極的に取り組んでいる。 病棟 部屋No. 病棟 部屋No. 入院日 / / 手術予定 なし あり 体重変動 ほとんど変わらない 1か月以内に5k!以上やせた 現在、食欲は ある ない 3分の2以上食べられる 3分の2未満である 現在の食事は 常食や治療食を普通に 経口摂取できる 噛んで食べられない。 経管栄養。 静脈栄養。 最近、嘔吐は ない あった 最近、下痢は ない あった 体温は 37℃未満 37℃以上 むくみは ない ある 健康時と比べて 食事摂取量は スクリーニング 結果 → 栄養アセスメントに回す 栄養アセスメントに回さない 上記の特別な理由 これは, 「地域に戻りたいのに,地域が“胃瘻,腸 瘻の管理はできない”,“静脈栄養管理は支援できな い”など,うまく栄養サポートを行えないなどで, 当院に長期入院を余儀なくされている患者さんが少 なからずいます。そのような患者さんを1人でも少 なくしたい」という鷲澤先生の思いからだ。 目標は自分が職―NSTの専任医師―を失うこと つまり,医療関係者すべてが栄養サポートを あたりまえに実践すること 最後に鷲澤先生は,同病院NSTの最終目標につい て,こう述べた。「私が職―NSTの専任医師―を失 うことですよ」。 備考欄(基礎疾患、合併症など) 一般的には,NST介入により,“平均在院日数の 短縮”,“感染症や褥創の発生の減少”といった効果 が報告されている。しかし,鷲澤先生に言わせれば, すでにクリニカルパスが導入されたり,感染対策チ ームや褥創対策チームなどが稼働していたりする病 アセスメントを実施中だという。「これまで,1人 院では,NST介入以前から上限に近い状態でそのよ の患者さんを週2回,回診でリアセスメントしてい うな効果が得られていることから,NSTが介入した ましたが,1回の回診人数が30名以上となったため, からといって有意差がみられるほどの効果を挙げる やむをえず,週1回にしました。それでも1回の回 ことはできないという。したがって,鷲澤先生は, 診が2時間半ほどかかります。私は専任ですが,他 「NSTの専任医師の職を失い,NSTを消滅させるこ のスタッフは兼任。人手不足の負担問題から,NST と,すなわち,医療関係者すべてが栄養サポートを が活動する病棟を増やすことができないこと,リア あたりまえに実践できるようになること」がNSTの セスメントを自分たちが思うように十分に行えない 本当の成果なのだと強調する。 ことなど,なかなか克服できない課題があります」 (鷲澤先生)。 散を試みた病院もあるそうだ。ところがその後,合 それでも,今後,全病棟にNSTを導入していきた 併症が増加したことから,再びNSTをつくる動きが いという。集中治療を専攻していた麻酔科医(高橋 みられ,今のところNSTを導入したのちそれを完全 宏行先生) が今回NSTメンバーに加入したことで,現 に消滅させた病院はないようだが,一時期のように 在,スタッフだけで行われている救命救急センター 大人数のNSTは少なくなってきている。 の栄養管理にNSTのサポートを取り入れていく準備 が整ったと感じているとか。 6 栄養サポートで一歩先をゆく米国では,NSTの解 米国はともかく,日本において,NST導入病院の なかで,いち早くNSTを解散できる病院はどこなの また,月1回の勉強会は,地域の医療関係者(開 か―。病院,地域の誰もがあたりまえの栄養サポー 業医,調剤薬局薬剤師,訪問看護ステーションの看 トを行える・受けられる日を心待ちに,大森病院の 護師,在宅ヘルパー,ケアマネージャーなど)にも NSTの今後に期待したい。 Nutrition Support Journal 16 NS PHARMACIST 薬と栄養障害 医薬情報研究所/株式会社エス・アイ・シー医薬情報部門 責任者* 堀 はじめに 美智子*,寒河江和子 このような説明をすると,薬を食後に服用する場合 「食事中のカルシウム(ミネラル) はどうすればいいのか」 内服薬は,胃や腸で溶け,小腸で吸収され,おもに肝 という質問を受けることもある。しかし,多くの薬剤は, 臓で代謝(解毒) を受けた後,血液によって全身に運ばれ, 食後に服用することを考えて用量が設定されているた 一般的には,代謝をまぬがれたものがその効果を発揮す め,普通の食事であれば,あまり気にしなくてもよいと る。そして,再度,肝臓で代謝を受け,腎臓でろ過され 思われる。すなわち用量設定時,薬はある程度食事中の た後,体外へと排泄される。ビタミンやミネラルなどの ミネラルと反応して排泄されるものであることが,あら 栄養素も,体内では,内服薬と同様の体内動態を示す。 かじめ考慮されているわけである。 すなわち,「吸収,代謝,分布,排泄」という流れの カルシウムや鉄は,日本人に不足しがちな栄養素の代 なかで,薬物と栄養素が互いに何らかの影響を及ぼし合 表選手である。最近は,サプリメントで補給する人も増 うのは,ごく当然のことともいえるわけである。同時に えている。また,先に記したような薬の服用が長期に及 摂取することによって,薬物や栄養素の吸収,排泄,ま ぶ場合には,食事中のミネラルの吸収の減弱がひき起こ たは薬理作用が減少(あるいは増大) するケースは,決し される可能性があり,ミネラルの補給を検討すべきケー て少なくない。 「健康のために」と摂取する食事やサプリメントと, 「健康を取り戻したり,疾病の進行を抑えたり,疾病の スも出てくるだろう。もちろんこのときの注意は,「薬 を飲むときは,水で。ミネラルの補給をしたいときは, 服薬後,2時間ほど間をあけてから」ということになる。 症状を改善してQOLの向上をもたらすため」の薬剤。そ れぞれの有効な成分が,本来の働きを十分に発揮できる ように,それらの化学的な性質を知っておくことも大切 である。 キレート形成 キレートとは, 「カニのはさみ」という意味である。教 2.吸収増大 「キレート」という名を冠したクエン酸飲料もあるよ うに,クエン酸は,キレート形成によってミネラルの吸 収が増大することが知られている。クエン酸は,カルシ ウムや鉄,亜鉛,マグネシウム,アルミニウムなどと易 吸収性のキレートを作り,吸収されやすくなる。一見, 科書的にいえば,有機分子(配位子) が金属イオンを取り 良いことだけのように思えるが,注意したいのがアルミ 囲むような環構造をもつ安定した化合物をつくること。 ニウムである。 キレートの形成により,難溶性や易溶性となり,吸収が 低下したり,増加したりする可能性がある。 ある年代以上の方にとっては,懐かしい“日の丸弁当” だが,アルマイトの弁当箱に穴があいてしまうことがあ った。これは,梅干のクエン酸がアルミニウムと結びつ 1.吸収低下 「この薬は,牛乳で飲まないように」と薬局で注意を 喚起する薬剤があるが,その原因の1つが,キレート形 成である。牛乳中のカルシウムと薬剤がキレートを作り, 両者の吸収が低下してしまうのである。 代表的な薬剤としては,テトラサイクリン系抗生物質, き,溶けやすくなったことが原因である (金属加工技術 の発達した現在では,そういうことは起こらなくなった ようだが) 。 弁当箱ばかりでなく,私たちの体にとっても,アルミ ニウムとクエン酸を同時に摂取することは避けたほうが よい。アルミニウムを長期間摂り続けると,体内に蓄積 ニューキノロン系抗菌薬,セフジニル (セフェム系抗生 し,アルミニウム骨症や脳症をひき起こしてしまうこと 物質) ,アジスロマイシン水和物(マクロライド系抗生物 があるためである。 質) ,ビスフォスフォネート系骨代謝改善薬,甲状腺ホ アルミニウムを配合した薬剤は減少しているが,胃腸 ルモン剤などがある。これらの薬剤は,カルシウムだけ 薬などに配合されている制酸薬には,現在でもアルミニ でなく,鉄,亜鉛,マグネシウムなど,他の金属とも難 ウムを含むものが少なくない。 吸収性のキレートを作ることが知られている。そのため, ミネラルとの同時摂取は避ける必要がある(表1) 。 クエン酸も「疲労回復に良い」と注目され,健康食品 コーナーなどで見かけることが多くなった。ふだんから 7 表1 ミネラルとの併用で吸収が減少する薬剤 を消化できるのであれば,たん白質でできている胃も溶 かすことができるはず,と考えるのはごく自然な疑問と !テトラサイクリン系抗生物質 !ニューキノロン系抗菌薬 !セフジニル !アジスロマイシン水和物 !ビスフォスフォネート系骨代謝改善薬 !甲状腺ホルモン剤 など いえる。 たん白質消化酵素であるペプシンは,胃腺内では活性 をもたないペプシノーゲンという形で存在し,胃内腔に 分泌され,胃酸と触れてはじめてペプシンとなる。胃酸 と胃壁の間には粘液が存在し,両者が直接,触れないよ うに胃壁を保護しているのである。このことから,たん 白質を消化するためにはペプシンが必要で,そのために よく摂るサプリメントや飲食物,常備薬として用いるこ とが多い薬剤などについて,何を摂取しているのか,今 一度確認してみる必要がある。 は胃酸の存在が不可欠であることがわかる。 胃酸を抑えるプロトンポンプインヒビターやH2ブロッ カー,胃酸を中和する制酸薬などを服用していると,胃 酸の量は減少する。その結果,ペプシノーゲンからペプ 3.化学構造とキレート キレート形成は,消化管のなかで起こるだけではない。 ビタミンB12は,おもに肉類などに付着する形で存在 たとえば,薬物の化学構造のなかに,チオール基(−SH), している。そのままでは吸収されないが,ペプシンや膵 を有し, カルボキシル基(−COOH),アミノ基(−NH2) 液のプロテアーゼの作用を受け,たん白質から切り離さ 五員環あるいは六員環のキレートを作る構造をもつもの れ,内因子と結合して吸収される。内因子の結合のため は,亜鉛とキレートを形成する可能性が高いといわれる。 には塩酸が必要であることから,長期にわたって胃酸の このような構造をもつ薬物は,血液中で亜鉛とキレート 分泌を抑制することは,ビタミンB12の不足も懸念され を作り,その排泄を促進し,亜鉛欠乏をひき起こす可能 るわけである。 性が指摘されている。キレート形成に関しては,構造式 をみて,その可能性に気づくことも求められる。 ストレス性や神経性の胃炎などで,とかく悪者扱いさ れがちの胃酸ではあるが,殺菌作用や食べ物の消化に関 臨床上,亜鉛の欠乏は,味覚障害をひき起こすことが する作用など,体にとって必要な存在であることを忘れ よく知られているが,亜鉛は,細胞の成長,発育,生殖 てはならない。そして,そこから胃酸が分泌されないと 器への影響,傷の治癒などさまざまな生体反応に関係し き,あるいは胃酸がその働きを抑制されたとき,いった ている。また,亜鉛欠乏は褥瘡の治癒遅延をもたらすこ い生体にどのような影響が出てくる可能性があるのかを とも知られており,積極的な亜鉛の補給の必要性が指摘 考えることも大切である。 されている。 ただ,ミネラルの補給の場合は,ミネラルバランスを 考えることが大切である。特に銅と亜鉛は,吸収時に拮 骨粗鬆症とカルシウム 言うまでもなく,骨粗鬆症の予防と治療において,カ 抗することが知られている。通常の食事では問題ないが, ルシウムは不可欠である。しかし,薬物による治療を受 サプリメントによる過剰な亜鉛の摂取により,銅の吸収 けている場合,必ずしもそうとはいえないケースもある が阻害され,貧血の症状をきたすこともある。亜鉛と銅 ので注意しなければならない。 の摂取バランスについては,第六次改訂栄養所要量(18 たとえば活性型ビタミンD3製剤の場合,腸管からのカ ∼69歳) において,銅の所要量は男性1.8mg,女性1.6mg, ルシウムの吸収を促進させる働きをもち,血中のカルシ 亜鉛は男性11∼12mg,女性9∼6mgとされ,銅と亜鉛 ウム濃度を増加させる。つまり,この薬剤を服用してい の関係はほぼ1:6であった。しかし,「日本人の食事 るとき,普通の食事がきちんとできていれば,あえてカ 摂取基準(2005年版)」の推奨量をみると,銅は男性0.8 ルシウムをサプリメントなどで摂取する必要はない。 mg,女性0.7mgと半分以下の量が示され,亜鉛も男性 しかし,健康人のなかには,少しでも良くなりたいと 9mg,女性6mgと少なく設定されている。銅と亜鉛の いう思いからか,市販のカルシウム・サプリメントやカ 比率は1:11,1:8.6となっている。 ルシウム強化食品などを積極的に摂ってしまう人もみら 亜鉛も銅も生体にとって不可欠なミネラルであるが, れる。その結果,血中のカルシウム濃度が上昇し,食欲 サプリメントなどで補給する場合はそのバランスも考え 不振や吐き気,イライラ,皮膚の痒みなどの高カルシウ ることが大切で,単体のミネラルのサプリメントの長期 ム血症の症状が出てしまうことがある。マグネシウムに 摂取は注意が必要である。 ついても,同様のことがいえる。 胃酸とビタミンB12 8 シンへの変化も抑制されることになる。 冒頭の「キレート形成」のところでも触れたように, ビスフォスフォネート系製剤はカルシウムをはじめ,マ 「胃液で,自分の胃が溶けないのはどうして?」と グネシウム,アルミニウム,鉄,亜鉛など,多くの金属 子どもに質問されて困ったことはないだろうか。肉や魚 イオンとキレートを作り,その吸収が低下する。同時に 摂取することは避けなくてはならない。 しかし,この薬は骨吸収を抑制することから,食事か 1.抗生物質 腸内細菌は,ビタミンB1,B2,葉酸,パントテン酸, らのカルシウムの摂取が十分でなく低カルシウム血症と ビタミンKなどを産生することも知られている。抗生物 なっても,この薬を服用していると,骨からカルシウム 質の服用によって,腸内細菌が減少したり,バランスが を補うこと(骨吸収) が抑制されているため,副作用とし 崩れたりすると,これらの栄養素が不足する可能性があ て舌の先や指の先などがしびれるといった低カルシウム る。抗生物質の服用が長期に及ぶ場合は,腸内細菌への 血症をひき起こす可能性がある。そこでビスフォスフォ 影響も考えなくてはならない。下痢が長引いているとき ネート系製剤服用時には,積極的なカルシウムの摂取を にも,同様のことがいえる。 勧めるべきである。 なお,カルシウムなどのミネラルを摂る場合は,キレ 2.配糖体 ート形成による薬物吸収の抑制を避けるために,ビスフ 水酸基(−OH)を有する有機化合物と糖類が結合した ォスフォネート系製剤を服用してから3∼4時間後に摂 ものを,配糖体という。一般的に,配糖体はそのままで るように指導するとよい(時間のずれは,薬剤の種類に は吸収されにくいのだが,腸内細菌によって糖の部分が よって若干異なる)。 はずされ,その糖を細菌が利用する。そして薬は糖がは その人が今,どんな薬を服用しているかをきちんと確 ずれた,アグリコン型になり体内に吸収されやすくなる。 認しないと,薬の作用が十分に発揮されないばかりでな 植物には配糖体を含むものが多く,よく知られている く,健康を害してしまうことにもなりかねないことに注 ものとしては,ジギタリスなどの強心配糖体,アンズな 意すべきである。 どの種子に含まれている青酸配糖体,センブリなどの苦 葉酸とホモシステイン 味配糖体といったものが挙げられる。 痙攣性の筋肉痛 (いわゆる“こむらがえり”) などに用 2000年12月に,当時の厚生省からこのような発表がな いられる芍薬甘草湯,更年期症状の緩和などに用いられ された。「妊娠の1ヵ月以上前から妊娠3ヵ月ごろまで る当帰芍薬散。いずれもシャクヤクを含む漢方処方であ に,1日400µgの葉酸を摂ると,神経管閉鎖障害の発症 るが,このシャクヤクやカンゾウも配糖体として存在し, リスクを低減できる」 。妊娠中の女性,妊娠を希望する 腸内細菌によってアグリコン型となって吸収される。そ 女性には葉酸の積極的な摂取が有効であるという考え方 のため,抗生物質の服用などによって十分な腸内細菌の は,定着しつつあるようだ。 働きが得られないと,配糖体がアグリコン型になれず, しかし,葉酸は,若い女性だけでなく,中年以降の方 にも摂ってもらいたい栄養素でもある。 近年,ホモシステインという物質が,動脈硬化の危険 有効成分の吸収が低下することが知られている。抗生物 質などのいわゆる西洋薬と,漢方薬の間にも相互作用の 可能性があるというわけである。 因子であることが明らかになってきた。この物質が増え ただし,ジギタリス製剤は配糖体のまま吸収され,配 ると,動脈硬化のリスクが高まるといわれる。ホモシス 糖体が薬理作用を示し,アグリコン型となったものは薬 テインは,メチオニンがシステインに代謝されるときに 理作用を示さないとされている。そのため,ジギタリス できる物質だが,その過程には,葉酸とビタミンB6,B12 配糖体は抗生物質を併用することで,アグリコン型にな が関与している。葉酸などが不足すると,この代謝が滞 るものが少なくなり,作用が増強することになる。 り,ホモシステインの量が増えてしまうのである。 先に記したように,植物に含まれているものは,配糖 葉酸は,12歳以上の男女では1日に200µg摂ることが 体が多く,最近,話題となっている大豆イソフラボンも 推奨されている(妊婦は400µg,授乳婦は300µg) 。しか 配糖体として存在する。サプリメントも配糖体かアグリ し,H2ブロッカーや制酸薬,抗てんかん薬などの薬剤に コン型かによって,腸内細菌との関係も考慮する必要が よって,血中濃度が低下することも知られている。栄養 ある。 面の指導をする場合も,服用中の薬剤の確認が必要なの である。ただし,抗てんかん薬と葉酸の併用は,抗てん 3.ワルファリンカリウムとビタミンK かん薬の血中濃度にも影響を及ぼすので,安易なサプリ ビタミンKは腸内細菌によって作られており,特に高 メントでの補給は避け,医師の指示に従うことが原則で 齢者の場合,抗生物質の使用による腸内細菌への影響か ある。 ら,ビタミンKが不足し,出血傾向などの副作用の報告 腸内細菌 がある。 は,心 ワルファリンカリウム(商品名:ワーファリン!) 腸内細菌は,食物の消化・吸収を高める,腸の蠕動運 筋梗塞症や脳塞栓症といった血栓塞栓症の予防や治療に 動を活発化する,感染を防御するなど,実に多彩な働き 用いられる薬剤である。肝臓で,ビタミンK依存性凝固 をしている。最近は,免疫機構にも関与しているとされ, 因子(プロトロンビンなど) の生合成を阻害することによ さまざまな研究も進められている。 って,抗凝固作用,血栓形成予防作用を発揮する。 9 ビタミンKの作用に拮抗する働きをするわけであるか NS PHARMACIST ら,ビタミンK含有製剤との併用で,本剤の作用が減弱 することが考えられる。ビタミンKの単独製剤以外にも, 経腸栄養剤や総合ビタミン剤のなかには,ビタミンKを 含むものもあり,注意が必要である。 また,本剤服用中,納豆やクロレラあるいは青汁など の摂取は避けるべきとされている。いずれもビタミンK れとこれは,一緒に摂ってはいけない」という情報が日 本中を駆け巡る。 を多量に含む食品であり,特に納豆は,納豆菌によって 以前,塩酸フェキソフェナジン(アレグラ!)という抗 腸内でビタミンKが合成されるため,「厳重な注意が必 アレルギー薬について, 「アップルジュースなどで飲む 要」とする意見もある。 と,吸収が低下する」という報告がされたことがあった。 ビタミンKを含む食物としては,ほうれん草やブロッ その研究の詳細を見てみると,ジュースを総量1.2Lも飲 コリー,小松菜などの緑色野菜が多く,栄養学的な面か んでいたことがわかった(服用時300mL,以後30分ごと らみても,それらを制限する必要はないとされている。 3時間後まで150mLずつ飲用) 。あまりにも,現実的で ただし,ワルファリンカリウム服用中のこれらの食品の はない実験の条件である。 急激な摂取量の変化は問題となることがある。一度にた また昨年,「ビタミンEの過剰摂取で副作用のおそれ くさん摂取することは避け,多くの食品をバランスよく も」という情報が飛び込んできた。しかし,その報告に 食べるようにアドバイスしたい。 対しては,サンプルの集め方,統計のとり方,評価の仕 トランスポーター これまで,薬物や栄養素の吸収や作用については,pH 方などには問題があるとの指摘も多い。 最近の日本人は,体に良い・悪いという情報に振り回 されすぎているのではないか,という指摘をよく耳にす や化学的反応,代謝酵素,受容体などの観点から論じら る。それだけに,薬の専門家,栄養の専門家としては, れることが多かったが,現在,関心が集まっているのが, 何が本当なのか,冷静に見極めることがますます重要と トランスポーター(運び屋) の存在である。 なってくる。表面に出ている結果だけで判断するのは, どんなにすぐれた薬物でも,吸収されなければ,その 非常に危険なことである。どのような条件で行われた研 効果を発揮しない。 「吸収」とは,「生体膜を通過して, 究なのか,どのような統計処理をしているのか,オリジ 物質が体内に入ってくること」と表現することもでき ナルのデータや論文にきちんとあたったうえで,しっか る。体内にくみ上げる(運んでくる) 役割を担っているの りと見極めなくてはならない。 が,トランスポーターである。また,吸収とは逆に, 「生 体膜を通過して,体外に出す」場合も,トランスポータ ーの存在が必要なのである。 おわりに 入院患者の食事の食べ残し,その量が多いとき,今ま このトランスポーターは,栄養素やある種の薬物の吸 でどんな検証がされてきただろうか。薬の影響によって 収,排泄にも関与している。たとえば,パーキンソン病 唾液分泌が抑制され,パンが食べにくくて残した可能性 の治療に用いられるL-ドーパ製剤は,たん白質と同時に はないか。薬の影響による味覚障害から,食事を残した 摂取することにより,吸収が低下することが知られてい 可能性は。薬の影響による消化管運動の抑制で,お腹が る。L-ドーパの吸収には,アミノ酸トランスポーターが 張った感じから食事を残した可能性は。薬の影響でひき 関与している。そのため,同時に摂取したたん白質(ア 起こされたうつ症状のために食欲がなく,残した可能性 ミノ酸) の摂取量が多いとトランスポーターの数が不足 は…。 し,吸収が阻害されてしまうのである。アミノ酸は健康 薬物は,生体にさまざまな影響を与える。時には唾液 ブームに乗ってサプリメントで利用している人も多く, の分泌,胃酸の分泌,消化管運動にと。そしてそれらの 注意が必要となる。 影響は,味覚障害や食欲の低下,腹部膨満感をひき起こ 現在まで,トランスポーターとしては,ペプチドトラ すなどして,患者の栄養状態に少なからず影響を与える。 ンスポーター,有機イオン(アニオン・カチオン) トラン 薬物の栄養素への影響は,これまで記してきたように, スポーター,ABCトランスポーターなどの存在が明ら さまざまな角度から,検討する必要がある。薬と栄養障 かになっているが,栄養素と薬とへの影響の解明は今後 害,この分野に関する情報はまだまだ少ない。薬剤師と の課題といえる。 栄養士の連携によって,新しい情報が医療現場から発信 情報を“検証”する目を 毎日のように放送される健康情報番組。最近は,イン 10 ターネットの発達もあいまって,「あれが体に良い」 「こ されてくることを願っている。 Nutrition Support Journal 14 16 CURRENT TOPICS 日本人の食事摂取基準(2005年版) 神奈川県立保健福祉大学保健福祉学部 栄養学科長・教授 中村 食事摂取基準とは 人が,どのような食事をすれば健康で長生きができる かの指標を示すことは,栄養学の重要なテーマである。 丁次 が最も小さくなる摂取量が示されている。 2.栄養素 健康の維持・増進と欠乏症予防のために,「推定平均 その指標の根幹をなすものが,従来,策定されてきた栄 必要量」と「推奨量」の2つの値が設定され,この指標 養所要量であった。しかし食生活や栄養状態の多様化, が設定できない栄養素については, 「目安量」が設定さ さらに栄養問題の変化に伴い,前回の第6次改定から新 れている。また,生活習慣病の一次予防については, 「目 たに食事摂取基準の概念が導入された。今回の改正では, 標量」が設定され,過剰摂取による健康障害を防ぐこと その概念が継承され,さらに各数値に関してはできるか を目的として「上限量」が設定された(図1) 。 ぎりの論拠が揃えられ,全体として体系化されてきた。 1)推定平均必要量 食事摂取基準は,健康な個人または集団を対象として, (estimated average requirement;EAR) ①国民の健康の維持・増進,②エネルギー・栄養素欠乏 特定の集団を対象として,実験的に測定された必要量 症の予防,③生活習慣病の予防,さらに④過剰摂取によ から,性・年齢階級別に日本人の必要量の平均値を推定 る健康障害の予防,を目的にエネルギーおよび栄養素の した値であり,当該性・年齢階級に属する人々の50%が 摂取量の基準を示したものであるとされている。 必要量を満たすと推定される1日の摂取量。 今回の策定方針は,科学的根拠に基づいたものにする ために,国内外の学術論文ならびに入手可能な学術資料 を活用したこと,さらに次の3つの基本的な考え方に基 2)推奨量 (recommended dietary allowance;RDA) ある性・年齢階級に属する人々のほとんど(97∼98%) づいていることに特徴がある。第1は,健康の維持・増 が1日の必要量を満たすと推定される1日の摂取量。原 進と欠乏症予防にとって「真」の望ましい栄養摂取量は 則として「推定平均必要量+標準偏差の2倍(2SD) 」 測定することが非常に困難であるので,望ましい摂取量 で示されている。 の算定においても,活用においても確率論的な考え方が 3)目安量(adequate intake;AI) 用いられたこと。第2は,「摂取量の範囲」を示し,そ 推定平均必要量・推奨量を算定するのに十分な科学的 の範囲に摂取量がある場合には生活習慣病のリスクが低 根拠が得られない場合に,ある性・年齢階級に属する いとする考え方を導入したこと。第3は,過剰摂取によ 人々が,良好な栄養状態を維持するのに十分な量。 る健康障害のリスクが高くなってくることが明らかにさ 4)目標量 (tentative dietary goal for preventing れたこと,である。 life-style related diseases;DG) 生活習慣病の一次予防のために現在の日本人が当面の 各種の指標 目標とすべき摂取量(または,その範囲) 。 食事摂取基準(dietary reference intakes)として,エ ネルギーについては1種類,栄養素については5種類の 1) 指標が設定されている 。 5)上限量(tolerable upper intake level;UL) ある性・年齢階級に属するほとんどすべての人々が, 過剰摂取による健康障害を起こすことのない栄養素摂取 量の最大限の量。 1.エネルギー 1)推定エネルギー必要量 (estimated energy requirement;EER) エネルギーの不足のリスクおよび過剰のリスクの両者 臨床分野においてどのように適用するのか 「食事摂取基準を適用する対象は,おもに健康な個人 11 不足のリスク 1.0 上限量 1.0 目安量 0.5 0.5 0.025 0 図1 習慣的な摂取量 過剰摂取による健康障害のリスク 推定平均 必要量 推奨量 0 食事摂取基準の各指標 (推定平均必要量,推奨量,目安量,上限量) を理 解するための模式図 不足のリスクが推定平均必要量では0.5(50%) あり,推奨量では0.02∼0.03 (中間値として0.025) (2∼3%または2.5%) あることを示す。上限量以上を摂取した場合には過剰摂取による健康障害が 生じる潜在的なリスクが存在することを示す。そして,推奨量と上限量との間の摂取量では,不足の リスク,過剰摂取による健康障害が生じるリスクともにゼロ(0) に近いことを示す。 目安量については,推定平均必要量ならびに推奨量と一定の関係をもたない。しかし,推奨量と目安 量を同時に算定することが可能であれば,目安量は推奨量よりも大きい(図では右方) と考えられるた め,参考として付記した。 目標量については,推奨量または目安量と,現在の摂取量中央値から決められるため,ここには図示 できない。 (厚生労働省ホームページより) ならびに健康人を中心として構成されている集団とする 活用されるべきである」と述べている。臨床分野で,栄 が,何らかの軽度な疾患(たとえば,高血圧,高脂血症, 養アセスメントやプランニングを作成するために食事摂 糖尿病) を有していても日常生活を営み,当該疾患に特 取基準を活用するには,身体計測や血液生化学検査,臨 有の食事指導,食事療法,食事制限が適用されたり,推 床審査などのバイオマーカーを参考にすべきである。 奨されたりしていない者を含むこととする」とされてい たとえば,エネルギー摂取量は推定エネルギー必要量 る。完全な健康者のみではなく,健康診断や人間ドッグ を身体活動レベル×基礎代謝量で算定できるが,評価は などで,生活習慣病の境界域や移行期にあり,そのリス BMI(body mass index) を指標とし,体重,体脂肪量,体 クを軽減する目的で栄養の介入する指標には活用でき 水分量などの状態や変化を把握しながら行うことが重要 る。 である。また,たとえばたん白質の場合,成人の推奨量 2) また,佐々木 は,入院患者や在宅で療養生活を営み, 栄養・食事療法により特別にエネルギーや栄養素の調整 を行っている傷病者においても,食事摂取基準がまった く使われないのではなく,参考資料の一部として用いる のが良いと述べている。つまり,糖尿病における摂取エ ネルギーや糖質,高脂血症のエネルギー,脂質,糖質, は下記の方法が考えられる。 推定平均必要量=窒素平衡維持量×消化吸収率 =0.67×100/90=0.74g/kg体重 鶏卵,ミルク,魚肉などをたん白質源として行われた 腎臓病のたん白質やミネラルのように,疾患により栄養 窒素出納実験で測定された窒素平衡維持量の平均値が 素の特異的代謝が起こっている場合は,各疾患のガイド 0.67g/kg体重であり,これに日常の混合たん白質の消化 ラインに従って食事療法の内容を決定する必要がある。 吸収率が90%として算定されている。推奨量は,必要量 また,経管・経腸栄養や静脈栄養のように,摂食,消化, の変動係数12.5%が考慮されている。 吸収を介さない栄養補給の場合の基準値には活用できな い。 推奨量=0.74×1.25=0.93g/kg体重 しかし,病態の悪化や治療に直接関係しない栄養素の たん白質の摂取量が推奨量を超えていれば,必要量を 場合や,疾患により食欲や咀嚼・嚥下能力が低下し,摂 満たしていない確率は2∼3%(2.5%) と低く,不足を 取量が減少し,さらに侵襲により必要量が増大して,単 心配する確率はほとんどないということになる。摂取量 に栄養状態が悪化している場合は,栄養状態や侵襲程度 が推定平均必要量と同じであれば,不足する確率は50% を考慮して,食事摂取基準を参考値として活用すること だということになる。つまり,摂取量を推奨量と比較す 3) 12 は下記の方法で決定され,この値を用いた摂取量の評価 は可能だと考える。由田 は,「食事摂取基準は,栄養指 るのは,必要量に対してどの程度栄養素が不足している 導や給食管理には,点ではなく幅の概念として,柔軟に かを示しているのではなく,真の必要量を設定すること 表1 栄養素摂取量の評価(アセスメント)を目的として食事摂取基準を用いる場合の概念 (エネルギーは除 1 ‐ 3 く) 個人を対象とする場合 集団を対象とする場合 推定平均 必要量 (EAR) 習慣的な摂取量が推定平均必要量以下の者は不足している 習慣的な摂取量が推定平均必要量以下の者の割合は不足者 確率が50%以上であり,習慣的な摂取量が推定平均必要量 の割合とほぼ一致する より低くなるにつれて不足している確率が高くなっていく 推奨量 (RDA) 習慣的な摂取量が推定平均必要量以上となり推奨量に近づ 用いない くにつれて不足している確率は低くなり,推奨量になれば, 不足している確率は低い (2.5%) 目安量 (AI) 習慣的な摂取量が目安量以上の者は,不足している確率は 集団における摂取量の中央値が目安量以上の場合は不足者 非常に低い の割合は少ない。摂取量の中央値が目安量未満の場合には 判断できない 目標量 4 (DG) 習慣的な摂取量が目標量に達しているか,示された範囲内 目標量に達していない者の割合,あるいは,示された範囲 にあれば,当該生活習慣病のリスク6は低い 外にある者の割合は,当該生活習慣病のリスク6が高い者 の割合と一致する 上限量 5 (UL) 習慣的な摂取量が上限量以上になり,高くなるにつれて,過 習慣的な摂取量が上限量を上回っている者の割合は,過剰 剰摂取に由来する健康障害のリスク6が高くなる 摂取による健康障害のリスク6をもっている者の割合と一 致する 1摂取量に基づいた評価(アセスメント) はスクリーニング的な意味をもっている。真の栄養状態を把握するためには,臨床情報,生化学的測定値,身 体計測値が必要である。 2調査法や対象者によって程度は異なるが,エネルギーでは5∼15%程度の過小申告が生じやすいことが欧米の研究で報告されている。日本人でも集 団平均値として8%程度の過小申告が存在することが報告されている。また,特に,肥満者で過小申告の傾向が強いが,その量的関係は明らかでは ない。栄養素についてもエネルギーと類似の申告誤差の存在が推定されるが詳細は明らかではない。 3習慣的な摂取量をできるだけ正しく推定することが望まれる。 4栄養素摂取量と生活習慣病のリスクは,連続的であるので,注意して用いるべきである。「リスクが高い」 「リスクが低い」とは,相対的な概念であ る。 5上限量が設定されていない栄養素が存在する。これは,数値を決定するための科学的根拠が十分に存在していないことを示すものであって,多量に 摂取しても健康障害が発生しないことを保障するものではない。 6ここでいう「リスク」とは,生活習慣病や過剰摂取によって健康障害が発生する確率のことを指している。 (厚生労働省ホームページより) ができないから,不足する確率を示していることになる 4) (表1) 。横山 は,一般的表現として次のような方法を の摂取量を推奨量と比較しても,摂取状態の良否は評価 できない。 提案している。 推定平均必要量以下:かなり不足が心配される 推定平均必要量から推奨量の間:不足が心配される 具体的な数値に関しては,各種文献や厚生労働省のホ ー ム ペ ー ジ(http://www.mhlw.go.jp/houdou/2004/11/ h1122-2.html) を参考にするとよい。 推奨量以上:不足はほとんどない 目安量のみで示されている栄養素もあり,この量以上 であれば不足している確率はきわめて少ないことにな る。 以上のような方法で,各栄養素の摂取状態を評価,判 定する。なお,食事摂取基準として用いられている単位 は「1日あたり」であるが,これは習慣的な摂取量を1 日あたりに換算したものである。入院期間中の1日のみ 文 献 1)田中平三:食事摂取基準の概念と活用.臨床栄養 105:706711,2004 2)佐々木敏:「日本人の摂取基準(2005年版)」―その考え方と 解釈のポイント―.栄養日本 48:4-16,2005 3)由田克士:「日本人の摂取基準(2005年版)」活用へのアドバ イス.食生活 99:34-38,2005 4)岸 恭一:たんぱく質.臨床栄養 105:825-831,2004 5)横山徹爾:食事摂取の評価.臨床栄養 105:715-717,2004 13 Nutrition Support Journal 16 REVIEW N U T R IT ION & D IS E AS E 幽門後栄養チューブ留置に おける工夫 Profile 横浜市立大学医学部附属市民総合医療センター集中治療部 速水 Key Words 元 はやみ はじめ ’92年横浜市立大学医学部卒業,麻 酔科入局。以後,小田原市立病院, 国立循環器病センターレジデント, 横浜市立大学医学部附属病院,横須 賀北部共済病院,埼玉県立小児医療 センター,大和市立病院を経て現在 に至る。 ........ ........ ......................................................................................................................................................................... 経腸栄養 幽門後栄養 幽門後栄養チューブ ....................................................................................................................................... エコー法 内視鏡 聴診法 ........................................... 重症例,術後急性期の症例での,経腸栄養は栄養補充療法としても,またbacterial translocation予防の面からも重要であるが,このような時期における 胃の動きは不良であり,経胃的な経腸栄養法は施行困難なことが多く,幽門以 遠に栄養チューブを留置する幽門後栄養の適応と考えられる。幽門以遠にチュ ーブを留置することは一般的には困難と考えられているが,少しの工夫で,比 較的簡便に成功率を上げることが可能である。 ................................... ................................... Summary ....................................................................................................................................... ........................................................................................................................................ はじめに 3.栄養路の決定法 (図1) 幽門後栄養の適応疾患あるいは病態として意識レベル 消化管は機能しているが栄養必要量を経口摂取できな 低下例(鎮静薬使用時を含む) ,嚥下機能低下例,胃食道 い重症患者の場合,早期に経腸栄養を開始することは, 逆流例,誤嚥既往例,胃蠕動低下例(全身状態不良例,術 栄養欠乏や異化亢進の予防に加え,bacterial transloca- 後急性期) ,幽門狭窄のある症例,急性膵炎などで膵外 tionの予防など,感染症発症のリスクを抑えることにも 分泌刺激をできるだけ避けたい場合などが挙げられる。 有用である。 4.幽門後栄養チューブの実際の挿入に際して 1.消化管アクセス部位 これまで報告されている挿入方法には,ブラインド法, 重症患者の経腸栄養を行うには経腸栄養チューブの挿 透視下法,Drug法,ガイドワイヤー法,エコー法,pH 入が必要となるが,アクセス部位は消化管の機能,患者 センサー法,マグネット法,メトクロプラミド法などが の病態,全身状態,経腸栄養の実施期間などを総合的に ある。 評価して決定する。 チューブの挿入法は,合併症が少なくかつ成功率が高 い方法が好ましい。術者の慣れた方法が最も良いが,普 2.経胃的経路と幽門後経路の比較 一般には,経鼻胃管を利用した経胃的経路で経腸栄養 を開始することが多いと思われる。この方法は生理的な ルートであること,また留置が容易であることが利点で 表1 経胃的経路と幽門後経路の比較 ある。しかし欠点として,栄養剤の逆流による誤嚥性肺 14 経胃的経路 幽門後経路 アクセス 容易 やや難 投与法 間歇的に投与可 緩徐投与が望ましい 早期の栄養投与 必ずしも可能でない 可能 能性があることより,幽門以遠にチューブ先端を先進さ 膵臓刺激 あり 少ない せた幽門後栄養の適応と考えられる(表1) 。 誤嚥のリスク あり 少ない 炎のリスクがある。また,全身状態不良時や術後急性期 には胃の機能は低下しており,栄養素の吸収効率も低い こと,栄養剤によるpH上昇により細菌増殖をきたす可 消化管が使えるか? yes no 静脈栄養法 経管栄養が4週以上必要か? yes no 経鼻経腸栄養法 胃瘻造設 誤嚥のリスク no 経鼻胃管 図1 yes no 経鼻十二指腸,空腸 胃瘻 yes 空腸瘻 栄養路の決定法 段から複数の方法について習熟し,患者の病態,合併症 などを考慮し,方法を選択することが望ましい。たとえ 拡張した 幽門部と EDチューブ ば,透視下法で慣れていても重症患者では透視室に搬送 すること自体がリスクを伴う場合があり,このような場 肝臓 合,ベッドサイドにて行える方法が望ましいと考える。 また,ブラインド法で胃内に挿入しておき,時間をお 膵臓 いて胃内から先進するのを待つのも選択肢の1つである が,早期経腸栄養(36時間以内に経腸栄養を開始するこ 脾静脈 と) を確立するという観点からは,挿入したらなるべく 早期に栄養投与を開始するのが理想的であると考える。 図2 エコー法 幽門後栄養チューブ挿入の実際 本稿では,ベッドサイドで簡便に行うことができる, 成功率を上げるための工夫を4つ紹介する。 確認する。 エコーガイド下の留置法では,EDチューブの先端は 1.腹部超音波診断装置を利用した幽門後経腸 栄養チューブ留置法1) 胃 内2例(13%),球 部10例 (62%) ,下 行 脚1例(6%) , 使用チューブなど:エンテラルフィーディングチューブ できた症例は87%であった(図3) 。欠点としては,比較 (アーガイル社製,6.5Fr,120cmなど) ,ガイドワイヤ 的多量の水分の注入が必要となるため,水分制限の必要 ー(チューブにあったもので可。例:ラジフォーカス社 製,0.89mm,150cm) 。ビルゾンスプレー,オリーブオ トライツ靱帯付近3例(19%) であり,幽門を越えて留置 な患者で問題となる。 では,より成功率を上げる方法はないだろうか? イルなどでガイドワイヤーがよく滑るようにしておく。 方法: ①患者の体位をsemi-Fowler体位(上半身を30度挙上)あ るいは右側臥位とする。 2.上部消化管内視鏡を利用した幽門後経腸栄 養チューブ留置法2) 方法: ②胃管を挿入し,胃内容物を除去,点滴ラインに接続し ①あらかじめ栄養チューブに先端から10cm毎に30cm位 た生理食塩水を注入(約150∼500mL)し,胃を拡張し までマーキングしておく。経鼻胃管が入っている症例 幽門付近のエコーの描出を良くする。 では抜去する。 ③生理食塩水を150mL程度注入し,幽門付近の描出が良 くなったところで,エコーで幽門輪付近を描出する(図 2) 。 ④ガイドワイヤーを内腔に通したEDチューブを挿入,エ コーガイド下に幽門を越えた位置に先進させる。 ⑤ガイドワイヤーを抜去,造影剤注入やX線写真で位置 ②ガイドワイヤーを通した栄養チューブを鼻腔より胃内 に先進させる。 ③内視鏡を口腔内より挿入,栄養チューブが食道内を通 過しているのを確認しながら胃内へ到達する。 ④送気により胃内の観察を容易にし,チューブと幽門を 確認する。 15 成功率:87% 噴門 胃内 2 例 (13%) 球部10例 (62%) 幽門 下行脚 1 例 ( 6 %) トライツ靭帯 付近 3 例(19%) 図3 エコーガイド下による EDチューブの留置結果 ⑤直視下にチューブ先端を幽門内へ誘導し,マーキング を参考に20cm以上先進させる。入りづらいときはチ ューブに糸を数本固定しておき,鉗子でつまんで進め ると上手くいくことがある(図4) 。 ,日本シャー “アーガイルTM” ここでW-EDチューブ( ウッド株式会社) (図5) を用いると,1本で栄養投与, 胃内ドレナージが可能であり便利である。このチューブ の欠点は,口径が太いため長期留置の際,圧迫などによ り潰瘍形成,出血などの合併症が懸念される点である。 図4 内視鏡法 右:糸を結んでおけば鉗子で先進させることが可能(ド ラッグ法) 内視鏡法の利点は成功率が非常に高い (各種の報告で 90%以上)こと,チューブ迷入もすぐ発見できること(図 6) ,胃内の情報(出血,潰瘍形成の有無,蠕動の程度) も得られることなどである。栄養製剤を,胃内残量を多 くの場合,気にすることなく増量可能(いわゆる“X-Y 法”が必要ない) である。合併症として歯牙損傷,咽頭 食道損傷,出血,胃穿孔,誤飲などが考えられるが,ブ ラインド法と異なり,逆にこれらの合併症を早期に発見 できるという点で有利である。器具が一度揃えばコスト も増えることはないと思われる。 図5 エコーも内視鏡も手に入らないとき,それでも幽門後 W-EDチューブ(“アーガイルTM”日本シャー ウッド株式会社) 1本で栄養投与,胃内ドレナージが可能。欠点は,口径 が太いため長期留置の際,圧迫などにより潰瘍形成,出 血などの合併症が懸念されること。 栄養チューブ留置は可能である。 3.聴診器とシリンジのみによる幽門後経腸栄 養チューブ留置法 使用チューブ:アーガイルTMニューエンテラルフィーデ ィングチューブ,特に10Fr (スタイレット付き) が適度 なコシがあり,ガイドワイヤーが入ったまま空気,水を 注入でき(後述) 使いやすい。 方法:体位は右側臥位にこだわらなくてもよい。 ①あらかじめ経鼻胃管を入れておく。次に栄養チューブ を経鼻的に胃内に挿入する。 ②さらに幽門に向かう際は,2∼3cm進める毎に手を 離し,跳ね返りがなければさらに進め,あれば数cm 引き抜く。チューブから空気注入し胃内での空気注入 16 噴門直上 図6 噴門直下 噴門部粘膜下迷入の1例 直視下のため早期(直後)に発見可能だった。 レントゲンでは確認不可能だったと考えられる。 EDチューブから ①注入した空気が胃管から吸引されない ②注入した水が胃管から吸引されない J チューブ先端は幽門を越えた可能性が高い 幽門を越えると空気注入音は 高調な音に変化する 胃管から水が引けているため, まだ栄養チューブ先端は胃内 であると予想できる 図7 聴診法 音をよく聴く。チューブ先端が胃内の場合は胃管から 空気を注入したときと同じく低調な音だが,幽門を越 結語 幽門後栄養法を開始するにあたってチューブ挿入法の えると独特な(キュルキュル,ビューといった) 高調音 に変化する。 工夫を何点か挙げてみた。幽門後栄養チューブの実際の ③幽門を越えた可能性が高くなれば確認方法へ移る。ま 挿入に際しては,①まず1つの方法を身につける,②次 ず胃管を完全に脱気しておく。EDチューブから空気 に,できれば普段から複数の方法について習熟し,1つ を注入し,この空気が胃管から吸引されればチューブ 目の方法が無理であれば,それにこだわらず方法を変更 はまだ胃内にある。吸引されなければチューブ先端は する,ことである。 目標はあくまで早期経腸栄養を確立することである。 幽門を越えた可能性が高いので,今度はEDチューブ から水を注入し,この水が胃管から吸引されなければ 幽門遠位にチューブを留置すること自体はそれほど難し 幽門を越えた可能性が高い(図7) 。 いことではない。今日から1つ,挿入法を身につけ,さ にて幽門 結果:この方法にて施行した38例中32例(84%) らに工夫をしてみていただきたい。 以遠にチューブ留置が可能であった。低侵襲であり,合 併症は非常に少ないものと思われる。大体15∼20分で留 置が可能であるが,時に非常に時間を要する例があるの が欠点である。 本法のポイント:難所は,「椎体をまたぐ」 「幽門をくぐ る」の2ヵ所である。胃蠕動が良好なら入りやすい印象 がある。慣れてくると,幽門を越えると挿入抵抗が変化 文 献 1)谷口英喜,山口 修,速水 元,他:エコーガイドによるenteral feeding tube留置法の検討.ICUとCCU 25, 2001 2)Patrick PG, Marulendra S, Kirby DF, et al:Endoscopic nasogastric-jejunal feeding tube placement in critically ill patients. Gastrointest Endosc 45:72-76,1997 し,空気注入音が変わるのがわかるようになる。水を注 入して吸引されないことが,最も重要なサインと思われ る。 17 REVIEW NUTRITION & DISEASE Profile ゆあさ(こじま) あきこ 亜鉛欠乏と肝線維化 大阪市立大学大学院生活科学研究科食・健康科学講座 (小島)明子 栄養機能科学分野 助教授 湯浅 Key Words 博士 (学術),管理栄養士。 ’93年大阪 市立大学大学院生活科学研究科後期 博士課程修了後,同大学院医学研究 科研究生を経て’97年大阪市立大学 生活科学部助手となる。 ’04年より現 職。専門は栄養病理学,病態栄養学, 栄養機能科学。 ........ ........ ......................................................................................................................................................................... 亜鉛 肝線維化 ....................................................................................................................................... グルタチオン 活性酸素 肝星細胞 ........................................... 肝線維化に重要な役割を示す肝星細胞は,亜鉛欠乏状態では活性酸素種の急 激な産生増加とそれに伴う細胞内グルタチオン量の低下によって活性化が誘導 されることから,亜鉛欠乏と肝線維化の進展との関連性が明らかとなった。 ......................... ......................... Summary ....................................................................................................................................... ........................................................................................................................................ 肝星細胞の活性化メカニズムに及ぼす亜鉛の影響につい はじめに て検討した。 肝臓を構成する細胞には,肝細胞のほかに4種類の肝 類洞壁細胞(肝類洞内皮細胞,Kupffer細胞,肝星細胞, pit細胞) がある。これらの肝類洞壁細胞は,さまざまな 機能を有するとともに生理活性物質やサイトカインを産 ラット肝から得た分離肝星細胞に,亜鉛欠乏群として 生し,細胞間相互作用によって肝機能を維持している。 亜鉛のキレート剤である細胞膜非透過性のdiethylene- 肝類洞壁細胞の1つである肝星細胞は,通常ビタミンA triamine penta-acetic acid (DTPA) を添加して24時間培 を豊富に含む脂肪滴を有する細胞であるが,ウィルス, 養したところ,タイプⅠコラーゲン (CoⅠ)の発現強度 薬物,過剰のアルコールなどの種々の刺激によって活性 はコントロール群に比べて有意に亢進したが,亜鉛を再 化し,コラーゲン線維などの細胞外基質を多量に産生す 添加することによってCo Iの発現強度はコントロールレ る筋線維芽細胞に形質変換する。このことから,肝星細 ベルにまで低下した(図1) 。さらに,亜鉛欠乏によって 胞の活性化は肝線維化さらには肝硬変の原因となること 誘導される肝星細胞の活性化メカニズムについて検討す が示唆されている。 るため,細胞の酸化還元を調節する細胞内グルタチオン 近年,肝硬変患者では血清亜鉛濃度が低いことが報告 1) (GSH)の挙動を調べたところ,肝星細胞内のGSH量は, され ,亜鉛と肝硬変の病態形成との関連性が示唆され 培養開始後8時間で亜鉛欠乏群において有意に低下した ている。これまで,われわれの研究室では,培養肝細胞 が,亜鉛を再添加することによってコントロールレベル を用いて亜鉛が肝細胞増殖に必須の要素であること,さ にまで回復した(図2) 。そこで,亜鉛欠乏による細胞内 らに亜鉛欠乏によって肝細胞のアポトーシスが誘導され GSH量の低下が肝星細胞の活性化に関与することを確か 2) 18 実験および結果 ることをすでに明らかにしている 。このことは,亜鉛 め る た め に,GSHの 前 駆 体 で あ るN-acetylcysteine 欠乏が肝再生を妨げる要因となっていることを示唆して (NAC) やGSHのエステル型(glutathione ethyl ester; いる。肝再生は,肝細胞のみが再生するのではなく,同 GEE) をDTPAと同時に添加すると,亜鉛欠乏群で亢進 時に肝類洞壁細胞の増殖を伴わなければならない。この したCoⅠの発現強度は,コントロールレベルにまで低 ため,肝類洞壁細胞の機能や亜鉛に対する効果にも着目 下した。さらに,亜鉛欠乏によって細胞内GSH量が有意 する必要がある。しかし,これまで肝線維化において重 に低下する時間(培養開始後8時間) より以前の培養開始 要な役割を示す肝星細胞の活性化と亜鉛との関連性に対 6時間後にNACまたはGEEを亜鉛欠乏群に添加すると する研究はほとんど見当たらない。そこで,本研究では CoⅠの発現強度はコントロール群と同程度であったが, コントロール群 図1 亜鉛欠乏群 亜鉛再添加群 肝星細胞のタイプⅠコラーゲン発現量に及ぼす亜鉛欠乏の影響 (文献3)より引用) 400 ** 1 0 コントロール群 図2 亜鉛欠乏群 亜鉛再添加群 活性酸素種産生量 (pmol/hour/7.5×105cells) 細胞内グルタチオン量 (nmol/7.5×105cells) 2 :p<0.05 (文献3)より引用) コントロール群 亜鉛欠乏群 亜鉛再添加群 300 ** ** 200 100 0 細胞内グルタチオン量に及ぼす亜鉛欠乏の 影響 ** ** 0 3 4 5 6 培養時間(時間) 図3 活性酸素種産生量の経時的変化に及ぼす亜鉛欠 乏の影響 ** :p<0.05 (文献4) より引用) 培養開始8時間後にNACまたはGEEを添加してもCoⅠ の発現強度は亢進したままであったことから,亜鉛欠乏 によって細胞内GSH量の低下が誘導されたことが引き金 となって,CoⅠ産生能が亢進したことが示唆された。 次に,亜鉛欠乏によって亢進したCoⅠの発現強度は, H2O2の消去酵素であるカタラーゼを添加することによっ てコントロールレベルにまで低下した。このことから, 肝星細胞のCoⅠ発現には活性酸素種が関与することが 示唆された。そこで,肝星細胞から培地中に遊離された 活性酸素種量を定量すると,亜鉛欠乏群における活性酸 素種量は培養開始4時間後から急激に増加したが,亜鉛 添加群ではコントロールレベルを維持したままであった (図3) 。 文 献 1)Rodriguez-Moreno F, Gonzalez-Reimers E, SantolariaFernandez F, et al:Zinc, copper, manganese, and iron in chronic alcoholic liver disease. Alcohol 14:39-44, 1997 2)Nakatani T, Tawaramoto M, Kennedy DO, et al:Apoptosis induced by chelation of intracellular zinc is associated with depletion of cellular reduced glutathione level in rat hepatocytes. Chemico-Biological Interactions 125:151-163, 2000 3)Kojima-Yuasa A, Ohkita T, Yukami K, et al:Involvement of intracellular glutathione in zinc deficiency-induced activation of hepatic stellate cells. Chemico-Biological Interactions 146: 89-99, 2003 4)Kojima-Yuasa A, Umeda K, Ohkita T, et al:Role of reactive oxygen species in zinc deficiency-induced hepatic stellate cell activation. Free Radical Biology & Medicine(submitted) 考察 亜鉛欠乏による肝星細胞の活性化メカニズムとして, 活性酸素種の急激な産生増加とそれに伴う細胞内GSH量 の低下によって,肝星細胞の活性化が誘導されたことが 示唆された。 19 Nutrition Support Journal 16 NUTRITION CASE REPORT エンシュア!・Hによる栄養管理が有効であった1症例 ―特発性細菌性腹膜炎を併発した原発性胆汁性肝硬変症― 岐阜市民病院管理栄養士,岐阜市民病院消化器内科*,岐阜大学第一内科** 若山 桂子,三輪 佳行**,杉原 潤一*,西垣 洋一* 冨田 栄一*,福島 秀樹**,白木 亮**,森脇 久隆** はじめに 入院後経過(図1) 特発性細菌性腹膜炎(spontaneous bacterial peritoni- 平成15年5月7日(入院時) ,白血球数14210/µL,CRP tis;SBP) は,腹水を有する非代償性肝硬変患者におい 19.8mg/dL,総ビリルビン4.6mg/dLであり,腹水所見(た て,網内系機能の低下ならびに肝内門脈−体循環シャン ん白濃度1.8g/dL,白血球数2690/µL) によりSBPと診断 トの形成による腸管由来の細菌の血行性感染から起こる した。腹水の細菌培養ではstreptococcus sangiusが検出さ 腹膜炎をいう。SBPはさらに消化管出血や肝腎症候群, れた。このため絶飲食とし,末梢静脈からの輸液による DIC (disseminated intravascular coagulation,播種性血 栄養療法とともに,抗生剤,γ-グロブリン製剤,アルブ 管内凝固) などを併発し,予後は一般に不良のことが多 ミン製剤,利尿薬の投与を開始した。これにより,発熱 い。一方,肝硬変患者は,たん白とエネルギーが不足す はみられるものの腹痛はほぼ軽快し,5月9日(入院3 る,いわゆるたん白・エネルギー低栄養状態(protein en- 日 目) に は,白 血 球 数8170/µL,CRP17.3mg/dLと 改 善 ergy malnutrition;PEM)にあり,このことが患者の易 し,腸雑音も正常となり排便も認められた。まだ腹水貯 感染状態を惹起し,SBPなどを併発することとなるが, 留が認められるため,水分負荷の軽減を考慮し,5月10 腹水の存在は,患者の食事摂取量のさらなる低下をきた 日(入院4日目) より輸液量を減らすとともに,エンシュ し,PEM,ついで感染状態の増悪を招くという悪循環 ア!・H1缶(375kcal,250mL)の経口摂取を開始 し た。 に陥ることが知られている。こうした患者に対する栄養 エンシュア!・Hの経口摂取開始後も,嘔気,嘔吐,腹 管理は最重要課題であるが,実際には経口摂取が困難で 痛などの症状の出現はなく,5月12日(入院6日目) には あることにより中心静脈栄養などの輸液管理にならざる 白血球数5650/µL,CRP11.4mg/dLと検査所見も改善し, をえず,水分負荷による腹水管理の困難というジレンマ 腹水所見 (たん白1.7g/dL,白血球数100/µL,細菌培養 に陥ることとなる。今回われわれは,SBPを併発した原 陰性) でも,腹膜炎の増悪はみられなかった。 5月13日(入 発性胆汁性肝硬変症(primary biliary cirrhosis;PBC) 患 院7日目) にはエンシュア!・H3缶の経口摂取が可能と 者の栄養管理において,エンシュア!・Hが有効であっ なり,さらに5月26日(入院20日目)には白血球数4310/ た症例を経験したので報告する。 µL,CRP8.4mg/dL,総ビリルビン1.9mg/dL,血清アル ブミン値3.1g/dLと改善を示したため,5分粥の食事を 症例 開始した。 このように,難治性腹水とSBPの患者に対して,早期 54歳,女性,原発性胆汁性肝硬変症 にエンシュア!・Hの経口投与を開始することにより,病 既往歴:平成13年1月,食道静脈瘤に対し内視鏡的食道 状の悪化をきたすことなく,中心静脈栄養を行わずに末 静脈瘤結紮術施行 梢からの輸液による栄養療法から食事の経口摂取に移行 現病歴:PBCにて外来で内服薬を投与されていたが,平 させることが可能であった。 成15年2月頃より腹水による腹部膨満感が出現。血清ア ルブミン値は2.5g/dLと低下しており,5月には38℃台 の発熱,および腹部全体に及ぶ腹痛,ならびに食欲不振 が認められるようになったため入院となる。 考察 肝硬変症患者における難治性腹水に対しては,漏出性 の腹水であっても従来の保存療法ではコントロールが困 難なことが多く,腹水濃縮再静注やデンバーシャントと いったP-Vシャント術などの特殊療法が用いられること 20 アルブミン12.5ç投与 (kcal) 2100 1800 1500 1200 900 600 300 末梢輸液熱量 エンシュアÑ・H摂取量 食事摂取量 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 (病日) (℃) (kç) 39 50 48 38 46 体 37 体 温 重 44 36 42 35 40 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 (病日) (mL) 2500 2000 1500 1000 500 0 (cm) 95 90 腹 85 囲 80 75 70 負 荷 水 分 量 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 (病日) (入院時) 平成15年5月7日 8日 9日 12日 14日 15日 18日 μ 14.2 11.6 8.2 白血球(血液) ×103/ L 5.7 7.4 6.9 6.8 μ 腹水中白血球 / L 100 2690 2200 23日 5.0 26日 29日 6月2日 5日 4.3 3.4 5.4 4.7 100 200 9日 10日 5.8 CRP mç/dL 19.8 17.9 17.3 11.4 7.7 8.1 7.4 7.1 8.4 7.9 8.2 6.2 4.8 ALB ç/dL 2.7 2.8 2.9 3.1 3.2 3.1 3.0 2.9 2.8 2.9 図1 3.1 2.3 2.6 3.6 2.9 臨床経過 もあるが,いずれにせよそのコントロールは容易ではな 改善,ならびに腸管粘膜のバリアーの修復による腸管よ い。さらにSBPなど感染を伴う腹水においては一層困難 りの持続感染状態からの離脱をみた可能性が考えられ ! となる。今回の症例ではエンシュア ・Hの経口投与に る。 より,SBPといった感染に伴う腹水合併肝硬変症症例に もかかわらず,腹水,ならびに全身状態の改善が認めら れた。腸管は24時間の絶食により粘膜の萎縮をきたし, いわゆるbacterial translocationにより患者の感染状態を 結語 肝硬変症患者におけるSBPなどの難治性腹水に対し, 惹起,増悪するといわれるが,こうした高濃度の栄養剤 病初期からの輸液と組み合わせた高カロリー経口栄養剤 により,水分負荷の軽減を図ることが可能であるのみな の投与は,血糖などの代謝状態に留意しながら試みられ らず,高カロリー経口栄養剤投与による細胞性免疫能の るべき栄養療法の選択肢の1つと考える。 21 NUTRITION CASE REPORT 強化栄養療法にグルセルナ!を使用した1症例 津軽保健生活協同組合 健生病院栄養科 科長 佐々木弘子 一般に,生体の免疫能は加齢とともに低下し,またき OT (作業療法士) ・PT (理学療法士) で機能訓練と評価を わめて短期間の栄養状態の低下によっても悪化するとい 行う。 われている。高齢者の栄養管理とケアにおいて大切なこ 2001年1月12日,上肢は体幹部分で固定不良。下肢グ とは,可能なかぎり早期から栄養状態を正確に評価し栄 レードに変化なく端座位も軽介助レベル。 養療法を行うことや,その内容を判断することである。 16日,発熱(ヘルペスウイルス) 。 また高齢者の栄養補給は,静脈栄養より消化管を使うほ 2月5日,筋力訓練。座位再開。発熱などによる消耗 うが,免疫能をはじめとする生体の防御機能が増強され のため気力・自発力の低下。筋萎縮,両膝関節痛がみら るため有用である。 れる。ADLは食事を除きほぼ全介助。家族は妻と2人 一見健康のようにみえる高齢者においても,長年の食 暮しで,妻は膝が悪く歩くのが精一杯。息子は都心部で 生活での嗜好の偏りや基礎疾患により,栄養が偏ったり 仕事に就いている。 不足している場合がしばしばみられる。われわれは1992 16日転院。 2.当院入院後の経過 (図1,2) ∼2000年までの8年間に,経口摂取可能であるが,十分 2001年2月16日 (入院1病日目) 。 には食が進まない患者への栄養介入をしてきた。さらに 2000年8月からは,70歳以上の高齢者(500名)の栄養ア 治療目的:脳出血後のリハビリテーション。 セスメントを行い,低栄養の患者に対して強化栄養療法 身体状況:全身筋力低下著明でベッド上レベル,低栄養。 を行ってきた。 臨床検査成績:総たん白質4.6g/dL,血清アルブミン2.6 ! そのなかで,境界型糖尿病患者にグルセルナ を使用 し血糖改善をみた1症例を経験したので,報告する。 (mç/dL) 160 140 120 血 100 糖 80 値 60 40 20 0 2/16 症例 77歳,男性。 病名:脳出血(左片麻痺) ,高血圧症,境界型糖尿病。 主訴:左下肢不全麻痺。 生活歴:飲酒歴 ときどき日本酒少量,喫煙歴なし。輸 血歴なし。薬剤副作用歴なし。アレルギー歴なし。 図1 1.当院入院までの経過 2/21 2/25 2/27 3/1 3.5 3.5 3/6 3/23 3.7 3.7 血糖値の推移 2000年12月13日 午 前7時 頃,突 然 左 足が動かなくなり左踵を滑らせるように 転倒,他施設受診。 18日, 大学病院脳外科紹介入院となる。 入院時, 左片麻痺は,上肢MMT4-5,下 血 清 ア ル ブ ミ ン 値 肢0。頭部CTでは右前頭葉皮質下出血 を認め,診断する。 25日 リ ハ ビ リ 初 診,意 識 レ ベ ル1-1 (JCS) 。麻痺回復グレードは上肢8-9/12, 摂 取 栄 養 量 下肢0。端座位悪く,ADL(日常生活動 (ç/dL) 3.8 3.6 3.4 3.2 3.0 2.8 2.6 2.4 (kcal) 1800 1500 1200 900 600 300 0 3.0 2.6 3.5 3.0 2.6 静脈栄養 ムース 強 化 栄 養 軟 菜 食 主 食 2/3 量 1 5 10 全 15 20 25 量 摂 30 作) は30点(失禁なし) 。移動ゴールを車 椅子動作自立から屋内歩行レベルとし, 22 図2 血清アルブミンの変化(上)と摂取栄養量(下) 取 35 39 (病日) グルセルナムース (左) 材 料 グルセルナ 125!,とろみ調整食品 2.7! 作り方 ①グルセルナ125!をボウルに入れる。 とろみ調整食品2.7!を加えしっかり攪拌する ②器に入れて冷蔵庫で冷やす 抹茶味 (右) 基本のグルセルナムースに抹茶5! (スプーン1杯) 入れ攪拌する 基本のグルセルナムースにココア5! (スプーン1杯) 入れ攪拌する ココア味 グルセルナ寒 材 料 グルセルナ 125!,水 75!,寒天 1! 作り方 ①鍋に分量の水と寒天を入れて1∼2分煮る ②火から下ろしてグルセルナを入れてよく攪拌する ③バットまたは器に入れて冷やす グルセルナ寒コーヒー味 グルセルナ寒にインスタントコーヒーの粉末を5! (スプーン1杯) 入れる グルセルナポンチ 材 料 いちご 1個,キーウィフルーツ 1/2個,オレンジ 2房,りんご 1/5 作り方 個,ブドウ 4∼5粒,グルセルナ寒 基本の作り方の1/2,リンゴジュ ース 100! フルーツをカットし,グルセルナ寒と一緒に器に盛りつけて,りんご ジュースを注ぐ g/dL,空腹時血糖123mg/dL 図3 グ ル セ ル ナ!の 調理例 食べられるようになる。 身体計測:BMI 18.5,皮下脂肪厚(39%TSF),上腕筋囲 11日(23病日) 臨床検査値:血清アルブミン値は3.5g/dL。空腹時血糖81 (84%AMC)。 栄養:経口摂取可能で嚥下困難食C食(栄養量1200kcal mg/dL たん白質66g) 。 リハビリ:屋外杖歩行のレベル。ADLもアップ。 栄養:摂取栄養量1800kcal,たん白質70g,糖質250g。 管理栄養士ベッドサイド訪問。 在宅での食生活は食が細く朝食はパンとコーヒー。昼 食は麺類。夕食に和食とときどき日本酒1合弱くらいで ある。肉類嫌い。魚介類,野菜類など好みのものを食べ ていた。 17日,むせもなく飲み込みにも困難がないことで糖尿 粥食の軟菜食となる。エネルギー1500kcal,たん白質65g。 26日(38病日) 歩行自由自在で患者自身が荷物を整理 して退院となる。 考察 患者はこれまで,食生活については,食べたいものを 自由に食べればよいと考えていたが,栄養がすべての体 19日(3病日) リハビリ開始。 力の基礎になると理解しはじめた日から,闘病意欲も増 26日(10病日) 病棟カンファレンス。 しリハビリも進み,ADLもアップした。 臨床検査成績:血清アルブミン値3.0g/dL,と検査値は さらには患者の嗜好を聞き入れて,コーヒー・ココ 改善傾向。 ア・抹茶味などのムースや,寒天を利用したグルセルナ! 栄養:摂取状況は主食量が2/3程度,副食全量摂取で栄 寒や,これをフルーツと盛り合わせたものを食事に付加 養量1300kcal,たん白質60g程度で強化栄養療法適応と したことで食欲も増したものと考えられる。栄養指標と なる。 しての血清アルブミン値の改善がみられ,境界型を示し リハビリ:上肢・手指機能はゴール達成。下肢筋力低下 た血糖値も正常値にまで回復した。 にて歩行安定せず。ゴールは筋力アップで歩行安定。 27日(11病日) 栄養:境界型の糖尿病が合併している ! 入院時のベッド上生活から自由歩行レベルへと回復 し,退院時の栄養指導においても,バランスのとれた糖 ことから,糖質の少ない半消化態栄養剤グルセルナ を 尿病食を在宅で実行することをわれわれに約束してくれ 使用し,とろみをつけた「ムース」や,患者が好む「コ た。 ーヒー寒」などを昼食,夕食に1日300kcal付加した (図 高齢者の栄養アセスメントを実施するなかで,境界型 3) 。栄養がリハビリのエネルギー源になることや,筋 糖尿病を合併する脳卒中の後遺症で低栄養の患者に,脂 力回復に効果があることを患者が理解することから,食 肪・炭水化物調整食品であるグルセルナ!を使用し成功 欲アップと同時にリハビリも順調になった。 した症例である。 3月1日(13病日) リハビリ:トイレはじめて独歩。 7日(19病日) リハビリ:リハビリ室内杖をついて20 m歩く。 9日(21病日) リハビリ:杖つき歩行と階段昇降。 栄養:リハビリが順調に進んでいることに患者は喜びと 自信をもち,食事についても前向きに捉え,嫌いな肉も 参考文献 1)大荷満生:高齢者の免疫能.臨栄 (臨時増刊号)93:366-369, 1998 2)宗像恒次:新行動変容のヘルスカウンセリング;自己成長へ の支援.東京,医療タイムス社,1-53,1997 23 NUTRITION CASE REPORT 長期人工呼吸器装着患者の離脱への援助 ―プルモケア!を用いて― 埼玉医科大学病院本館7階病棟看護師,南館11階病棟看護師* 笹川 亜依,和田 雅子,鈴木 彦太,深谷 圭秀* 川田 礼子,吉田 美和,内間 光 ルにぎり) はじめに 呼吸器離脱方法(On and Off法): 長谷部は「呼吸不全にはさまざまな因子が複合的に関 与しており,それらの因子は低栄養,とりわけprotein ON (装着時) :人工呼吸器モードSIMV+PS OFF (非装着時) :酸素3Lトラキマスク energy malnutrition (PEM) と密接な関係にある」と述 プルモケア!投与方法:経鼻カテーテルより3回/日 べている。長期人工呼吸器(以後,呼吸器) 管理の患者は, データ収集項目: 低栄養に起因する呼吸筋の筋力低下がみられ,呼吸器か ・血液ガスデータ(以後,BGA)採取 らの離脱が困難になる。当病棟でも離脱が困難であった ・生化学検査:アルブミン(ALB) ,総たん白(TP) ,コ 1) 症例に対し,脂質・炭水化物調整栄養食品(以後プルモ ! リンエステラーゼ(CHE) ケア )を使用し呼吸訓練,栄養面からの改善を図るこ ・1日のカロリー摂取量 とで,呼吸筋力の拡大,低栄養の改善ができ,呼吸器よ 倫理的配慮: り離脱することができたので報告する。 検討開始時,患者は意思疎通困難であったため,家族 に説明し承諾を得た。患者本人に対しては,改めて意思 疎通可能となった時点で承諾を得ている。 症例 74歳,男性。 結果 病名:左肺癌術後右肺癌 術式:2002年5月14日右上葉切除術 呼吸訓練は,呼吸器再装着2日目より開始した。離脱 臨床経過: 2時間/日から始め,徐々に時間延長した。夜間のみの 術後感染により膿胸併発,既往に慢性閉塞性肺疾患 呼吸器使用を経て,訓練開始80日目(プルモケア!投与31 あり,CO2ナルコーシスによる意識消失発作を起こし, 日目) 呼吸器より完全離脱した。PaO2は,プルモケア! 緊急挿管,呼吸器管理となった。各種治療行うが,二酸 開始時91.2mmHgより離脱時116mmHgに上昇し,PaCO 貯留,炎症所見高値で経過した。 化炭素(以後,PaCO ) は,プルモケア!開始時76.8mmHgより離脱時46.8mmHg また,誤嚥性の肺炎もあり,高カロリー輸液 (1680kcal/ に低下した(図1) 。離脱後は,呼吸器再装着することな 日) にて管理。 呼吸器装着から131日目より呼吸訓練開始。 く,酸素投与3Lトラキマスクにて経過した。 2 2 装着後250日目で呼吸器から離脱した。しかし,離脱5 ! 投与は,呼吸器再装着後50 プルモケア(1.5kcal/mL) 日目に呼吸困難出現,PaCO の貯留あり呼吸器再装着と 日目,675kcal (450mL) /日より開始。徐々に増量〔最大 なる。装着後,諸治療行うが改善なし。高炭酸ガス血症 量1125kcal (750mL) /日〕 し,経口摂取への移行のため, 2 ! と低たん白血症の改善目的で,プルモケア 投与開始と 最終投与量450mL/日で終了となった。 (開始時2.4g プルモケア!開始後の生化学検査は,ALB なった。 呼吸訓練期間:2002年12月31日∼2003年3月6日 (66日 /dL離脱時3.1g/dL),TP (開始時6.3g/dLより離脱時6.9g 間) /dL) ,CHE(開始時3085IU/Lより離脱時4018IU/L) とい ! プルモケア 投与期間:2003年2月18日∼2003年5月6 ずれの項目も上昇した(図2,3) 。 日(78日間) 呼吸訓練方法(胸郭可動域訓練) : 徒手的呼吸介助(離脱後15分) 上肢の可動域訓練:筋力アップトレーニング (ゴムボー 24 考察 プルモケア!非投与時は呼吸器離脱まで250日を要し, 離脱後も5日目で再装着となった。しかし,プルモケア! 呼吸器再装着 (mmHç) 120 た。またプルモケア!非投与時は,高カロリー輸液だけ 100 で栄養管理を行っていたが,低栄養状態の改善は得られ 80 なかった。その後,プルモケア!投与と高カロリー輸液 を併用することにより,徐々にALB,TP,CHE値の上 60 昇がみられた。また,PaCO も減少した。さらに患者自 2 40 R プルモケア 開始 身元気さを増し,意欲的となり,呼吸器の離脱をスムー 20 呼吸器離脱 ズに進めることができた。 0 平成14年 8月4日 6月4日 図1 開始後は離脱までの期間が約1/3の82日間に短縮でき 10月4日 12月4日 平成15年 4月4日 2月4日 6月4日 プルモケア!投与前後のPaCO の推移 2 プルモケア!は,代謝性の二酸化炭素の産生を抑え,高 濃度(1.5kcal/mL)に調整されているため,効率の良い 栄養摂取・水分摂取制限が可能である。米田らは「栄養 治療により最大呼吸筋力が改善され,QOL,DOE(dyspnea on exertion,労作時呼吸困難)も改善されるととも 2) と に,筋たん白量の増大により呼吸筋力が改善される」 述べている。栄養状態の改善は,呼吸筋力の増大による (mç/dL) 8 ALB TP 換気効率の改善,PaCO の減少につながったといえる。 2 7 6 5 呼吸器離脱 R プルモケア 開始 4 呼吸訓練だけでは呼吸器より離脱ができなかった患者 3 2 に対し,呼吸訓練と栄養の管理を行い,離脱へと進むこ 1 とができた。 0 平成14年 6月4日 図2 おわりに 8月4日 10月4日 12月4日 平成15年 2月4日 4月4日 プルモケア!投与前後のALB,TPの推移 引用文献 1)長谷部正晴:栄養管理.救急医 22:1204-1207,1998 2)米田尚弘:慢性呼吸不全患者の栄養指導.日医師会誌 117: 709-713,1997 参考文献 (IU/L) 5000 1)日野原重明:呼吸ケアマニュアル(ナーシングマニュアル16). 東京,学習研究社,202,1993 2)鈴木宏昌,他:栄養管理.救急医 17:1181-1186,1993 4000 3000 呼吸器離脱 2000 1000 R プルモケア 開始 0 平成14年 6月4日 図3 8月4日 10月4日 12月4日 平成15年 2月4日 4月4日 プルモケア!投与前後のCHEの推移 25 NUTRITION CASE REPORT エンシュア!・Hによる栄養管理が 病態の改善に寄与した重症心不全患者の1例 県西部浜松医療センター外科・NSTチェアマン,同 薬剤科・NST* 黒田 はじめに 宏昭,芦川 直也* /日にて心不全増悪 し 中 止。こ の 時 点(5月30日) での BNP値は5000pg/mLであった。その後,水分負荷を軽 重症の心不全患者においては,経口および経静脈的に 減する目的でハイカリック!RF+アミノ酸製剤トータル 水分制限を余儀なくされるため, 「食べられない」患者 700mL/日の投与に変更した。この頃,血糖コントロー の栄養管理に苦慮することがある。このような患者の栄 ルが困難となり,速効型インスリンの持続静注を開始。 養状態が悪化すると,浮腫が増悪し,利尿薬も奏効しに 6月12日より,経鼻胃管による経腸栄養法に移行した。 くくなるため,よりいっそう全身状態を悪化させること しかし,1kcal/mLの経腸栄養剤900mL/日の投与を継 となる。このため,心不全をコントロールするうえでは, 続したところ心不全増悪し減量,経腸栄養剤600mL/日 水分負荷を軽減することと,必要エネルギーを摂取させ より容量増加を図れない状態が続いていた。この時点で ることを両立しなければならない。今回われわれは,濃 NSTの介入を得て,経腸栄養剤の容量を減少させ,か 縮タイプの経腸栄養剤エンシュア!・Hにて栄養管理を行 つ投与エネルギー量を増加させる目的で, エンシュア!・H うことにより,重症心不全患者の病態の改善に寄与でき 250mL×3/日による栄養管理 (表1) を主治医に提案し た症例を経験したので報告する。 た。このとき,すでに経管栄養を始めていたため8月1 日よりStep3のエンシュア・リキッド! 250mL×3/日2 症例 81歳,女性。 日間の慣らし期間を経て,8月3日よりエンシュア!・H 250mL×3/日の投与を施行。同時に,水分負荷をさらに 減少させるため,速効型インスリンの持続静注を中間型 既往歴:膀胱炎(入院歴あり) ,糖尿病(インスリン治療 インスリンの皮下注に変更することも提案した。エンシ 中) 。 ュア!・Hによる経腸栄養法への移行後,負の水分バラン 現病歴:平成16年4月19日突然の呼吸困難にて来院。胸 スが維持でき,患者の投与総エネルギー量も増加できた 部レントゲン上,肺うっ血著明であり(図1) ,急性心不 (図2) 。次第に心不全が軽快し,全身状態改善。8月11 全の診断にて入院となった。 入院時現症:身長153cm,体重53kg。血圧180/90mmHg, 脈拍110/分,聴診にてcoarse crackle(水泡音) を聴取,皮 膚に浮腫を認めた。 臨床経過:入院時,呼吸状態悪く挿管呼吸管理とした。 心不全の原因は, 心電図で虚血性心筋障害を示唆するSTT異常を認め,心エコーにて下壁を中心に広範な壁運動 障害があり,さらにCPK値が430IU/Lまで上昇したこと より慢性虚血性心筋障害に非Q波心筋梗塞を発症しての 急性増悪と判断された。その後,強心薬・利尿薬の投与 により心不全は軽快し,一旦人工呼吸器から離脱したが, 再び呼吸状態が悪化。離脱困難なため,5月7日気管切 開を施行した。心不全は軽快悪化を繰り返し,尿路感染 症を併発したため,適宜抗生剤投与とした。 栄 養 管 理 に つ い て は,入 院 時 よ りTPN (total parenteral nutrition)管理としたが,PNツイン!2号1100mL 26 図1 入院時胸部レントゲン写真 Step1 Step2 Step3 Step4 表1 白湯100mL×3 (エンシュア・リキッド!0.5缶+白湯100mL)×3 (エンシュア・リキッド!1缶)×3 (エンシュア!・H1缶)×3 1日間 2∼3日間 2∼3日間 経鼻胃管を用いた水分制限経管栄養導入プロトコール(1125 kcal/日) 絶食期間に応じてステップアップの日数を決める。 ため,経静脈的に栄養を投与せざるをえない。しかし, 1400 病態が安定すれば,bacterial translocationを予防するた N S T 介 入 1200 1000 800 めにも経口摂取への移行が望ましい。しかし, 嚥下機能・ 意欲の低下などにより経口摂取が不十分であったり,食 600 事が心負荷となるようであれば,静脈栄養法に比べ重篤 400 な合併症の少ない経腸栄養法を施行する3)のがよいと思 200 (375 われる。今回使用したエンシュア!・Hは,1缶250mL 0 -200 kcal) 中の水分含有量が194mLと,1kcal/mLの経腸栄 総エネルギー量(kcal) 水分出納(mL) -400 -600 7月25日 27日 29日 31日 8月2日 4日 図2 養剤で同エネルギー量を投与した場合に比べ水分量を約 6日 8日 10日 総エネルギー量と水分出納の変化 40%減らすことができ,さらに,塩分含有量も1缶あた り0.76gと少ないため,心不全患者における水分・塩分 制限の許容範囲内で,摂取エネルギー量を増加させるこ とが可能な経腸栄養剤であると考えられる。 この症例では,栄養状態を改善する目的で経腸栄養法 日には嚥下食Ⅰに移行し,喫食率は良好であった。8月 を開始したが,水分負荷により心不全が増悪したため, 12日時点でのBNP値は1730pg/mLまで改善していた。こ 必要エネルギー量の摂取に至らない状況であった。この の後,8月19日に嚥下食Ⅱ,8月25日に嚥下食Ⅲへ段階 時点でNSTが介入し,エンシュア!・Hを使用する独自の 的に移行。9月上旬,徐々に呼吸状態が安定し,9月25 「経管栄養導入プロトコール」(表1) を提示して,水分 日より人工呼吸器から離脱。11月30日には普通食(1400 負荷を最小限に抑えつつ投与エネルギー量の増加を図っ kcal/日) に移行し,12月21日リハビリ目的にて2次病院 た。また,血糖コントロール法の変更により,水分負荷 に転院となった。 のさらなる減少を試みた。エンシュア!・Hの投与は短期 間であったが,負の水分バランスを維持したまま必要エ 考察 心不全の治療では,低心拍出状態とうっ血を改善させ ネルギーを摂取させることにより,患者の栄養状態だけ でなく全身状態も改善し,食事を経口摂取に移行させる ことが可能となった。 る必要があるため,栄養管理を行う際には,水分出納を 最優先に考慮しなければならない。心不全が改善しなけ れば,いくら栄養素を補っても栄養状態は改善しない1) からである。心不全の急性期では,腸管浮腫を生じてい ることがあるため,この時点で経腸栄養を施行しても下 痢を生じることとなり,栄養素の吸収は期待できない2)。 また,水分・電解質の出納を厳密に管理する必要がある 文 献 1)畠山勝義:静脈経腸栄養ハンドブック.各種病態における実 際.東京,中外医学社,2003 2)Medical Practice編集委員会 編:静脈栄養・経腸栄養ガイ ド;その実際・知識のすべて.東京,文光堂,1995 3)福井康三,福田幾夫:うっ血性心不全患者に対する栄養療法. 静脈経腸栄養 18:3-9,2003 27 Nutrition Support Journal 16 MEETING REPORT アジアが一丸となっての栄養サポートの夢 ―第10回アジア静脈経腸栄養学会(PENSA)印象記― 茨城県立こども病院小児外科 部長 雨海 照祥 今回10回目を迎えたアジア静脈経腸栄養学 会 (Par- いうことである。同じ内容の進行でも,メンバーが常に enteral and Enteral Nutrition Society of Asia;PENSA, 異なり,新たな発見がいつもある。構成の見事さに加え, ペンサ) 。2回前,第8回が小越章平 高知医科大学副学 メンバー構成もTNTの財産といえる。同じ印象をタイ 長(当時) のもと,はじめて日本で開催されてからのお付 のTNT参加者も感じ取ったに違いない。 き合いである。2003年にはインド洋に面した西インドの さていよいよ学会。PENSAの特徴の1つ,第9回よ ゴア(旧ポルトガル領) で第9回が開催された。2004年, り栄養サポート4職種,つまり医師,看護師,栄養士, 第10回の記念学会は,PENSA誕生の地,タイに戻った。 薬剤師から各1名が選出され,それぞれの職種のPENSA 第1回,第4回が首都バンコクでの開催であったのに対 への参加と活躍の労を担うメンバーとして理事会に参加 し,今回はじめてバンコクを離れ,バンコクから車で3 することとなった。私は医師代表。その関係で今回, 時間の移動,パタヤビーチが開催地に選ばれた。 PENSAの理事長であり今回の会長でもあられるチョム PENSAに先立ち,日本でも好評のTNT (Total Nutri- チャック・チャントラサクール教授から,プログラム作 tion Therapy) プロジェクトが船出した。評判を聞いて 成に携わるよう依頼の電子メールをいただいた。はなか みれば,主催者だけでなく,参加者もおおいに楽しんだ ら,この私にそのような大役をまともにこなせるわけが という。確かにTNTのプログラムは2日間ビッシリで, ないと思い,当初お断りした。しかし再三のご依頼をい ハードワークであることは違いない。しかしその構成は ただき,お断りし続けるわけにもいかず,いくらかのお 万国共通のはず。午前に講義,お昼前にワークショップ, 役を果たさせていただいた。その内容はおおまかに3つ。 昼食を挟んで,眠くならない症例でのディスカッション。 ①日本できわめて評価の高い栄養教育プログラム いずれも前の内容を生かして次へ形式を変え,進んでい 「TNT」が医師だけを対象としており,せっかく自分の く。特に症例検討,これが楽しい。特筆すべきは,普段 病院に帰ってコメディカルに伝えたくても,その版権の あまり交流のない他科の先生方の生のお声や意見で目か ためにテキストをコピーして配布,利用できない。そこ ら鱗がぽろぽろ落ちて,進行役の私はいつも楽しい,と で主催のアボットジャパンがその意を汲んで,コメディ 写真1 会場となったタイ,パタヤビーチのリゾート ホテル Dusit Resort Pattayaのレストランからプールとイ ンド洋を望む。 28 写真2 井上善文先生のご講演スナップ 写真3 いつもながらの名調子。つい聞き入ってしまう。 カル向けのプログラムが作成された1)。できればこのコ TM ティーンブーン教授のご講演スナップ 小児期のBMIの重要さを再認識させていただいた。司 会進行しながら,その場から撮影した。 催にご尽力されたランボー教授が,引き続き参加されて メディカル用教育ツールTNT.C の英語版ができ,アジ おり,彼の出番が目立った。ただし決してその名のとお ア各地のコメディカルの方々のためになればと願う。ま り「乱暴」ではなくて,スマートで控えめにディスカッ ずはPENSAでこのプログラムをご紹介したいと願い, ションをリードするお姿は心に沁みた。 TNTでも多大のご貢献,ご経験のある井上先生に,ご 最後に,初日の夕方に行われた理事会の印象をご紹介 多忙を押してご講演をお願いした。会場の反響は大きか する。司会の労は,理事長であるチャントラサクール教 ったと感じている。 授が取られたのは例年どおり。参加人数の概要(総数480 ②「エビデンスに基づく栄養サポートとその応用」 。 名,外国からの参加者180名)が報告されて,私を含め栄 このタイトル自体は,チャントラサクール会長の作であ 養サポート4職種からの活動報告があり,次回開催国で り,私はそれを宿題講演として1時間の基調講演をさせ ある韓国のリー教授の挨拶があり…と進んだところで, ていただいた。医療はエビデンス・パワーの大きなエビ 私の隣に座り,顔を合わせれば何度か言葉を交わした台 デンスに基づいた医療行為と,しかしそのパワー獲得の 湾の薬剤師代表のリー先生と,私の基調講演の進行を務 途中はいずれも新治験であり,患者さんとの共同作業で めてくださったアメリカ帰り,いま北京で働く大御所教 あること。EBM (evidence based medicine)と患者さん 授との間の大きな亀裂が発覚。議論の主旨は,台湾の名 中心の医療,PCM (patient-centered medicine) 。この2 称にまつわり,きわめて政治的色彩が強い。私としては 本柱が21世紀の医療を支える屋台骨であること。さらに どちらも個人的に敬愛する方々である。学問と政治,全 EBM自体の弱点をもいくつかをレビューした。 く違うものに思えるが,実は遠くて近い関係なのかもし ③「小児の栄養サポート」の進行役。内容はハーバー れないことをはじめて知った。会長がまとめて議論は切 ド大学ウィンター先生,タイのティーンブーン小児科教 れた。いずれの時も人が財産であり,参加するすべての 授の栄養アセスメント関連の講演。特にティーンブーン 方々がPENSAの貴重な財産である。もちろん北京も台 教授には,米国CDC(Centers for Disease Control and 湾も,学問の土俵の上ではこれからも堂々の勝負をする Prevention)が2000年 に 発 表 し た 小 児 領 域 で のbody に違いない。それこそがPENSAの目的の1つであるこ mass index (BMI) の意義をご自分のデータを中心にご発 とを,このとき再認識した次第である。 表いただいた。その主旨は,小児期のBMIが高い群が, 次回開催はいまや近くて近い関係となった韓国。もち いかに高率に,成人期に生活習慣病へ移行するか。小児 ろん「冬ソナ」ツアーもあると聞く。日本からの参加の 期のBMIが,成人期のBMI予測に大きな威力を発揮する 多からんことを期待している。 こと。BMIは成人専用とばかり思いこんでいた私にとっ て,彼の講演はきわめて示唆に富む教育的な内容である ばかりか,今後の臨床現場でもおおいに利用したいと思 うものだった。 さて,その他の内容では,特に今回タイでのTNT開 文 献 1)井上善文,雨海照祥,佐々木雅也,他:TNT.CTMの意義と使 い方.臨栄 105(臨時増刊号):489-493,2004 29 栄養状態の適切な評価・判定のために・・・ 実用的な2つの身体計測資材です。 定価 2,800円 【アボット栄養アセスメントキット】 (消費税込、 送料別) JARD2001 対応 定価 12,000円 【膝高計測器】(消費税込、 送料別) ご購入希望の方は、下記までお問い合わせください。 お問い合わせ先 株式会社 医科学出版社 栄養アセスメントキット販売係 〒103-0007 東京都中央区日本橋浜町2-31-1 浜町センタービル9階 TEL 03-3663-5393 FAX 03-3663-5975 2004 年 12 月作成 グルセルナのご用命は医薬品卸店に、お問い合わせは、直接アボットジャパン (株) くすり相談室までお願いいたします。 TEL(06)6942-2065 第二 六○ 巻○ 第五 二年 号 発 行 株 式 会 社 メ デ ィ カ ル レ ビ ュ ー 社 - 〒 541 0046 大 阪 市 中 央 区 平 野 町 1 7 3 吉 田 ビ ル 06 6 2 2 3 1 4 6 8 - - ● 本 誌 の 内 容 を 無 断 で 複 製 ま た は 転 載 す る と 、 出 版 権 ・ 著 作 権 の 侵 害 に な る こ と が あ り ま す 。