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留学生と日本人学生との合同授業の試み −コメントから見えて

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留学生と日本人学生との合同授業の試み −コメントから見えて
〔実践報告〕
留学生と日本人学生との合同授業の試み
−コメントから見えてくるもの−
安井朱美
要旨
本稿は、2007 年秋学期に行なった中上級レベルの留学生 20 名と日本人学生 10 名による合同授
業実践の報告を目的としている。通常の日本語集中コースに8回にわたり組み込まれた本実践
は、留学生にも日本人学生にも大変好意的に受け止められた。各回のコメントと質問紙調査の
分析結果から、留学生が合同授業に求めているのは①日本人学生との定期的な交流機会、②日
本語練習の機会、③異文化間教育の3点に集約された。他方、日本人学生が求めるものは①留
学生との定期的な交流機会、②日本や日本語を再認識することでの視野拡大の機会、③異文化
体験であった。本学の現行制度では、留学生と日本人学生が共に履修できる科目は数が限られ
ている上、留学生別科と学部間での学期設定の相違、単位認定の問題等、課題は多い。しかし、
異なる文化背景を持つ貴重な人材同士の交流から生まれる利点の大きさを考え、まずその交流
機会から提供していく必要性は高いと考える。
【キーワード】
:合同授業、交流機会、異文化間教育、留学生、日本人学生
1.はじめに
(1)
ホームページで公開されている『南山大学概要 2007』
によると、2007 年 5 月 1 日現在、南
山大学外国人留学生別科に在籍する正規の留学生数は113 名であり留学生の出身国は22 カ国に
も及ぶ。そのうちの過半数強はアメリカからの学生が占めており、新学期開始が9月からと学
期設定が通常の日本の大学とは異なる特徴を持つ。
またもう1つの特徴として、日本の私立大学・短期大学が設置する留学生別科の多くが大学
や大学院進学を目的とする「予備教育型」であるのに対し、本別科は「スタディ・アブロード
型」と呼ばれる日本語教育を行なっている点が挙げられる。そのため日本留学試験や日本語能
力試験を意識する必要が特になく、日本語のみならず日本文化や日本事情にも比較的多くの時
間を割くことができるのも長所と言える。
『授業科目履修案内 FALL 2007』によると 2007 年秋
学期には、
「日本語コース」以外にも日本の歴史、経済などが学べる「レクチャーコース」
、さ
らなる日本語力の向上をめざす「セミナーコース」
、日本人学部生向けの「オープンコース」
、
書道、茶道などの「プラクティカルコース」と合計 43 もの多種多様なコースが開講されていた。
しかし、前述のコースの中で留学生が日本人学生と一緒に履修できる科目(2)は、唯一「オープ
ンコース」のみであり、町田(2000)の報告があるものの、授業が日本語のみで行なわれてい
たものに限るとわずか3つしかない。日本の大学に留学しているとはいえ、キャンパスに日本
人が全くいない時期もあり、留学生達は日本人学生との交流や日本語を使用する機会に恵まれ
ているとは必ずしも言えない状況にある。
そこで、2007 年秋学期に留学生と日本人学生による合同授業を試みた。本稿では、彼らがそ
の合同授業でどんなことを感じ、何を求めていたのかを報告することを目的とする。
2.合同授業概要
2.1 実施時期及び形態
本実践は、2007 年 10 月2日から 2007 年 11 月 20 日までの毎週火曜日に8週連続で行なわれ
た。1回の授業時間は 90 分である。この授業は留学生別科における「日本語コース」に組み込ま
れる形で行なわれた。このため、日本人学生に単位は与えられなかった。
2.2 留学生
留学生は IJ500 と呼ばれる日本語中級後半レベルに属する 20 名(男性 11 名、女性 9 名)で
ある。国籍は、アメリカ、オランダ、韓国、台湾、中国、ラトビア、セルビア、インドネシア
と8カ国にわたり、20 名中 13 人がアメリカ出身であった。ほとんどの学生が 2007 年9月に来
日しており、日本人家庭でのホームステイまたは日本人学生も住む寮に暮らしていた。
2.2 日本人学生
メーリングリストでボランティアの日本人学生を広く募集し、留学生との8週連続の合同授
業であること、単位が与えられないことを伝えた。また授業開始前に筆者と面談を行い、その
際に①授業での英語使用禁止、②授業への積極的参加、③原則8回出席必須、④留学生を子供
扱いしないこと、⑤毎回授業の最後にコメントを書くことの5点へも協力と理解を求めた。
参加者 10 名の詳細は、以下、表1の通りである。
表1 日本人学生に関する詳細事項
性別
学部
学年
主な参加動機
海外経験の有無
女
外国語
2年
留学生との交流を増やし
台湾、中国、韓国、
たい
タイへの旅行
留学生が好き、留学経験
中国、
豪州への旅行、 比較的多い
があり、恩返ししたい
カナダでの語学留学
男
外国語
4年
留学生との交流
メール等の交流有り
男
経済
4年
新しいことをしてみたい
米国への旅行
ほとんどない
男
経済
4年
留学経験があり、恩返し
英国への交換留学、
比較的多い
したい
海外旅行経験多
女
人文
3年
もっと視野を広げたい
なし
ほとんどない
女
人文
3年
自分自身を変えたい
なし
ほとんどない
女
人文
3年
留学生の授業に興味を持
豪州でのホームステ
あるが、少ない
ったから
イ経験有
女
人文
3年
もっと視野を広げたい
なし
比較的多い
男
人文
3年
もっと視野を広げたい
豪州、カンボジア、
ほとんどない
中国への旅行
男
人文
3年
楽しそうだから
なし
ほとんどない
2.3 目的及びシラバス
本合同授業の目的は、以下の5点である。
1) 留学生と日本人学生が定期的に交流する機会を提供すること
2) 異なる文化背景を持つ者と接触することで異文化理解を深めること
3) 留学生と日本人学生が共に学び合うこと
4) 日本語教科書の内容補強及び IJ500 が独自に掲げる「4技能目標」の達成補助
5) 教科書だけでは学ぶことが難しい自然な日本語を学ぶ機会を提供すること
この合同授業が、特に留学生にとって大きな負担にならないようにするため、基本的に活動
内容は IJ500 の日本語コースの授業内容に沿ったものを取り上げるようにした。同時に、この
授業が留学生にとっても日本人学生にとっても「日本」と「日本語」を学べるものになるよう
心掛けた。以下、表2が合同授業8回分のシラバスである。
表2 シラバス
回
月/日
1
10/2
主な活動内容
オリエンテーション、自己紹介等
留学生から日本人学生への質問①/日本人学生から留学生への質問①
2
10/9
留学生から日本人学生への質問②/日本人学生から留学生への質問②
外来語(カタカナ語)①/日本で使われている 変な 英語
3
10/16
(3)
外来語②:
「バナナは『バナーナ』では?」
(新聞記事)
(4)
日本の印象:
「来日前と来日後のイメージ変化」
①(新聞記事)
4
10/23
日本の印象:
「来日前と来日後のイメージ変化」②(新聞記事)
ディベート:「大学生のうちに敬語を勉強しておくべきか否か」
5
10/30
(5)
教科書読み物:『女の三重苦』
要約及びディスカッション
ディベート:
「結婚したら、女性は専業主婦になるべきか否か」
6
11/6
WEB 記事:
「私が紹介したい日本」
プロジェクトワーク:
「もっと日本を知ろう!」アンケートフィードバック
(6)
異文化クイズ:
「会話の順番の取り方」
7
11/13
主張のスピーチ及びディスカッション
(6)
異文化クイズ:
「約束に遅れたら」
8
11/20
(7)
『デューク』
要約説明、
「それからのデューク」について
(8)
ディスカッション:言う?言わない?「好きです!」
(6)
異文化クイズ:
「感情を傷つけられたら」
3.コメント分析結果及び考察
3.1 コメント収集及び分析方法
各授業の最後に5分程度時間をとり、白紙を配布し無記名でコメントを書くように求めた。
合同授業1回目から7回目までは、上記方法によりコメントを収集した。また最後の8回目は
留学生には質問紙調査を実施、日本人学生には詳細にわたる自由記述コメントを求めた。
コメントは、すべて文字化された後、その内容の類似性や関連性を考慮しグループ化された。
以下、1回目から7回目までのコメント分析結果、及び8回目のコメント分析結果を考察と共
に記す。なお日本人が書いたコメントは原文のまま提示し、留学生が書いたコメントは日本語
に間違いがあった場合、原文を尊重しながら修正を行なった。
3.2
合同授業 1 回目から 7 回目までのコメント分析
3.2.1 留学生のコメントから
留学生の全コメントは、以下の7つに大別された。
A. 日本人学生との接触機会に対する切望
B. 日本語練習機会に対する喜び
C. 日本語力の限界に対する葛藤
D. 日本語インフォーマントに対する憧れ・感謝
E. 日本人学生の意見を直接聞けることに対する喜び
F. 異文化理解促進に対する喜び
G. ディベートに対する好意的な意識
以下、それぞれ具体的なコメント例を紹介する。
A. 日本人学生との接触機会に対する切望
(1)
「日本に留学していても、日本人といろいろなことについて話す機会がなかった」
(2)「南山大学では留学生と日本人は別々の授業をとっている」
(3)「ホストファミリー以外の日本人と話す機会はあまりない」
(4)「日本人の友達を作るために必要」
留学生の全コメント中、最も大きな割合を占めた上記コメント類は、1 回目の合同授業の際
に特に多く見られたものである。日本に留学しているから、あるいはホームステイをしている
からといって、日本人との接触や日本語を使う機会が多いとは限らない現状が浮き彫りになっ
ている。留学生が日本留学に求めているものの1つとして確実に挙げられるもの、それは日本
人との交流機会、特に自分と同じ世代である日本人学生との交流だと断言できる。
B. 日本語練習機会に対する喜び
(5)「日本人と色々なことについて、たくさんしゃべれるチャンスがあってうれしい」
(6)「普通日本人と話す時は、浅い話題だけだが、この状態が続けばもっと深いこと
をきちんと説明する機会がある」
(7)「3人の小さなグループになって、話せる時間がいっぱい増えた」
(8)「新聞記事についてまとめて説明するのは大事な練習になったので、このような
ものをもう1回やりたい」
これらのコメント類は、2回目の授業以降継続して多く観察された。日本人学生との日本語
での交流に飢えていた留学生には、授業で行われるあらゆる活動が「いい日本語の練習になる」
と捉えられていた。教室での「授業」という状況下で、日本人学生と様々な話題について深く、
また少人数グループの親密な雰囲気のなか気軽に日本語で語り合うことに大きな満足感を覚え
ていたと推察される。留学生が切望しているものは、A.で前述した日本人学生との交流に加え、
日本語の練習の機会であると言えよう。
C.日本語力の限界に対する葛藤
(9)「たくさん話したかったが、なかなか思うように言葉が出なかった」
(10)「楽しかったけれど、はっきり自分を表現できなかった」
これらは、合同授業3回目の終了後に初めて観察された種類のコメントである。初回及び2
回目までは、 日本人と話せる という事実にのみ満足していた留学生達の心の葛藤が見て取れ
る。留学生にとって目標言語である日本語は、母語での会話とは異なり、自分が表現したいこ
とを常に 100%伝えられるわけではない。その限界を感じるのは、相手の日本人学生とより深
い話をしたいと思っているからこそ感じてしまうのである。
D. 日本語インフォーマントに対する憧れ・感謝
(11)「日本人が自己紹介してくれた時、私もあんな風に話せるようになれるかなと思
いました」
(12)「日本人は親切な人だった。いろいろな言葉を教えてもらってうれしかった」
(13)「ロールプレイの練習は役に立ちました。間違えた言葉を日本人が直してくれた
からです」
(14)「日本人とアンケートについて話したのは、すごくよかった。私達は日本語の
Native speaker ではないから、私達が書いた質問が日本人にとってわかりやす
いものかどうかわからないから」
日本人は留学生にとって目標言語を話すインフォーマントであり最終的な目標そのものでも
ある。その理想像であるインフォーマントに憧れ、彼らが日本語補助をしてくれることを素直
に感謝している様子がうかがえる。通常の日本語クラスには、教師は1人しかいないが学生は
多数いる。そのため、ある一個人に対するその場での日本語訂正は時間的にも物理的にもなか
なか難しい。しかし、少数グループでの活動ではそれが実現可能となるのである。
E. 日本人学生の意見を直接聞けることに対する喜び
(15)「口答試験のためのロールプレイにも、日本人からいっぱい意見がもらえてうれ
しかった」
(16)「私達の記事に関して日本人の意見を聞けたから面白かった」
(17)「日本人の意見が聞けて本当に役に立った。いいアンケートが書けると思う」
(18)「主張スピーチを発表するのは、楽しかった。日本人が意見を言ってくれて、面
白かった」
上記コメント類は、普段接する機会が少ない日本人学生から教科書とは異なる「生」の意見を
もらったことについての喜びを示すものである。留学生は、上述した D.のように「日本語訂正」
を直接の目的とはしていない。文法的に正しい日本語そのものを求めているのではなく、むし
ろ日本人学生を通じて日本語に隠れた日本や日本文化を感じ喜んでいるように推察される。
F. 異文化理解促進に対する喜び
(19)「欧米人の意見もアジア人の意見も聞けて興味深かった」
(20)「日本人と話すと、もう自分が知っていると思っていたことが本当かどうか確認
できるから、すごくいい勉強になっている」
(21)「日本人のことをもっと理解できるようになってきました」
(22)「自分の国と日本の文化の違いが知れて面白かった」
(23)「国の違いを勉強するのは、とてもいい勉強になる。もっとしたい」
この F.についてのコメント類は、特に「異文化クイズ」を行なった回に多くみられた。ある
事例について多国籍メンバーで構成されるグループで自由に話し合う活動に対し、留学生は皆
強い興味、関心を示して特に意欲的に取り組んでいた。日本という異文化に毎日接している留
学生だからこそ、異文化に関するテーマは興味の対象そのものであり、互いが互いにとって「生
きた教材」になるという例であろう。
G. ディベートに対する好意的な意識
(24)「深く考えながら話すから、いい経験になる」
(25)「自分の考えや意見を早くはっきり述べる効率的な練習だ」
(26)「日本語で自分の意見をちゃんと述べるのは私にはすごく難しい。だから、決ま
り文句を習って練習するのは絶対に必要なことだと思う」
(27)「ディベートの専門用語を勉強するのは、面白かったです。ちゃんとディベート
をするためには、必要だと思います。今度はもっと使えるようにがんばります。
」
母国でのディベートに慣れている留学生が多いせいか、
「面白かった」
「楽しかった」の肯定
的コメントが圧倒的に多かった。ディベートに必要な新しい日本語表現を学び実際に使えるこ
とに喜びを感じていたことから、日本語力をさらに伸ばそうという意欲と積極的姿勢が感じら
れる。
3.2.2 日本人学生のコメントから
一方、日本人学生のコメントは、大別して以下の5つに分類された。
H. 留学生に対する驚き ・尊敬
I. 日本語及び日本再認識に対する喜び
J. インフォーマントとしての葛藤・不安
K. 異文化理解促進に対する喜び
L. ディベートに対する苦手意識
以下、それぞれ具体的なコメントを紹介する。
H. 留学生に対する驚き ・尊敬
(28)「思っていたより留学生の日本語が上手」
(29)「日本人の女の子のファッション(化粧)についての質問も多くて、留学生は
日常の生活の中で、細かなところまで見ている」
(30)「ジャンケンの仕方がわからない留学生がいた」
(31)「留学生の子もけっこうシャイな子が多くて意外」
(32)「留学生が作ってきた案のレベルがとても高くてびっくり」
(33)「書道についてあまり気にしたことがなかったけど、伝統的文化だということを
アンケートの話をしながら考えてみた。日本文化をそうやって知ろうとする外
国人をすばらしいと思った。外国人だからこそ、そのよさに気がつくのかな」
日本人参加者の半分強は、留学生との交流がほとんどない。そのため頭の中にある留学生像
と目の前にいる留学生比較し、驚くコメントが特に合同授業前半に多く観察された。しかし、
合同授業の回数を重ねるにつれ、上記(32)や(33)のコメントに見られるように留学生に対する
驚きが尊敬の念に変化していっている。
I. 日本語及び日本再認識に対する喜び
(34)「カタカナで絶対英語だと思っていたものも、実は和製英語だというのを知って
びっくり」
(35)「普段使っているカタカナ語が英語じゃなかったり、全く違う意味だったりと、
お互いにびっくりし合って楽しかった」
(36)「日本語として完全になじんでしまった外来語の意味を今更説明するのは、難し
かった」
(37)「普段意識していないこと(例:日本の風呂は小さい)を質問されると、今まで
頭の中でかたまっていた意識が壊れ、柔らかくなっていることを実感」
(38)「留学生の記事はとても面白かったです。私達が「普通」と思っていることが、
他の国の人達には不思議なことなんですね」
(39)「留学生が日本に対して不思議に思っていることが知れた」
生まれ育った日本や母語である日本語等、当たり前だと感じ普段は全く意識することがない
ことを留学生の指摘によって改めて見つめなおしたことを示すコメント類である。このような
気づきは、異なる言語や文化背景を持つものとの接触によって誘発されることが多く、日本人
だけのクラスでは得られにくいものである。日本語をテーマとした授業は、外国語として日本
語を学ぶ留学生のみならず、日本語を母語とする日本人にとっても興味深いものと言えよう。
J. インフォーマントとしての葛藤・不安
(40)「日本の社会問題について質問された時、少し戸惑ってしまった。自分の意見が
日本人代表の意見になってしまうのではと不安」
(41)「アンケートを作る際に、敬語のレベルをどこに設定するかが難しかった」
(42)「おかしな敬語があったけど、何がおかしいのかわからなかった」
日本の文化背景を持ち日本語を母語とする日本人学生は、留学生にとっては日本語インフォ
ーマントでもある。その意味の大きさにはじめて気づき、戸惑い不安を抱える日本人学生の姿
である。日本語母語話者だからといって、日本語を客観的に捉えられるとは限らないという事
実に直面している様子が見える。
K. 異文化理解促進に対する喜び
(43)「留学生のスピーチは、とても興味深かった。銃規制の話題、外国人への日本人
の見方の話題など、留学生ならではの視点、説明など議論できてよかった」
(44)「ディスカッションは、今まで気づいていなかった新しい視点を獲得するチャン
スの場であることを体感できた」
(45)「今日扱ったトピックは、まさに今日本が直面している問題だったので、世界各
国でその問題がどのように考えられているかということが知れた」
(46)「本場アメリカのハロウィーンについて教えてもらえて、自分もやってみたいと
思った」
(47)「アメリカ人は日本のような三重苦を夫が妻に負わせないと聞いて、女性ももっ
と楽に働くことができる平等な社会をうらやましく思った」
「K. 異文化理解促進に対する喜び」のコメント類は数多く観察され、特にこれまで一度も海
外経験がない学生から、及び自らの視野を広げる目的でこの合同授業に参加していた日本人か
らのものが多かった。インターネットやガイドブック等からの情報ではなく目の前にいる留学
生から直接話を聞くことで、これまではマスメディアでしか知らなかった遠い国を近くに感じ、
かつ知識や複眼的な視点を得られたことを喜んでいるのがわかる。日本人だけのクラスでは学
ぶことが難しいものであるからこそ、その喜びがより大きくなると推察される。
L. ディベートに対する苦手意識
(48)「ディベートは初めてだったので、1分で自分の意見を言うのが難しかった」
(49)「ディベートは苦手だと思った。相手を納得させる意見を言うのは、難しい」
(50)「ディベートは相手の意見を理解することで精一杯で反論する余裕がない」
アメリカを中心とする留学生の母国事情とは異なり、日本の教育現場ではこれまでディベー
トはあまり必要とされてこなかった。このため、ディベート自体が初めてという者が多く、デ
ィベートが母語で行なわれているのにも関わらず苦手だと感じる日本人が続出した。このディ
ベート活動に対する日本人学生のコメントは留学生とは対照的であり、そのコメント通り実際
に筆者の目にも日本人の劣勢が明らかに感じられたものであった。
3.3
3.3.1
合同授業8回目のコメント分析
留学生への質問紙調査結果から
8回目のコメントは、各回の授業内容に対するコメントを求める従来の方法ではなく、8回
にわたる合同授業の まとめ として留学生に質問紙調査を行なった。その質問紙は、5段階
評価の質問項目部分と自由記述部分から構成されている。
質問項目は、計 10 項目あり 1)日本人との合同授業に満足しているか(
「満足度」
)
、2)楽しか
ったか(
「楽しさ」
)
、3)役に立つものだったか(
「有用性」
)
、4)日本語が上手になったと思うか
(
「日本語力の向上」
)
、5)日本語で話すことに自信がついたか(
「日本語力への自信」
)
、6)これ
からも日本人と一緒に学べるクラスがあったほうがいいか(
「合同授業の必要性」
)
、7)普通の授
業とは違うことが学べたと思うか(
「合同授業の異質性」
)
、8)異文化理解がもっとできるように
なったと思うか(
「異文化理解促進」
)
、9)異文化理解は留学に必要だと思うか(
「異文化理解必
要性」
)
、10)日本人と知り合えるいい機会になったか(
「友達作り」
)である。次ページの図1
に各項目についての平均値結果を示す。
図1の調査結果より、この合同授業が留学生に比較的高い評価を受けていたと言える。特
に、質問項目 6)の平均値が 4.5 と最も高いことから「合同授業の必要性」を感じ、今後も合同
授業が継続して行なわれることを望んでいる留学生が極めて多いことがわかる。また3.2.
1で前述したように、留学生は合同授業に日本語練習の有用性を高く感じていることが質問項
目 3)の結果からも改めて裏付けられている。同様に、特記すべきは質問項目 9)「異文化教育の
必要性」の平均値が 4.4 と3番目に高いことである。日本語集中コースではどうしても日本語
力を伸ばすことのみに焦点が当てられがちである。また教師側も異文化間教育や異文化コミュ
ニケーションは 専門外 だと感じて教えることに躊躇してしまいがちなため、これまで異文
化理解教育がなおざりにされてきた感は否めない。しかし、留学生のニーズがこれほど高いこ
とが明らかになった以上、教師側も提供できる範囲で積極的に日本語の授業の中に組み込んで
いく必要があると思われる。
1)満足度
4.4
2)楽しさ
4.35
3)有用性
4.45
4)日本語力の向上
3.6
5)日本語力への自信
3.35
4.5
6)合同授業の必要性
4.35
7)合同授業の異質性
4.15
8)異文化理解促進
9)異文化教育必要性
4.4
10)友達作り
3
3.5
3.85
4
4.5
5
図1 留学生による合同授業評価
一方で、質問項目 4)と 5)の平均値は他の評価に比べると低い。この理由として考えられるの
は、合同授業が全8回と短かったこと、その短期間では自らの日本語力が高くなったと実感で
きるには至らないという点が挙げられよう。さらに「生」の日本語を操る日本人学生は、留学
生がこれまでに学んだ教科書通りには話してくれない。それがかえって留学生の自信を失わせ
るような面もあったのではないか。また質問項目 10)の平均値もやや低い理由については、日
本人学生との交流が授業時間に限られ、授業以外にはその日本人学生との接触点がほとんどな
かったことが考えられる。
自由記述は、
「もし今後も合同授業があったら、何がしたいか」という質問に対するものであ
った。最も多かったものは、
「異文化」に関するものであり、その他日本人と共に行なうプロジ
ェクトワークや日本の時事問題について討論したいというものもあった。また日本語の間違い
を直してほしい、宿題を見てほしい等、日本人に日本語インフォーマントとしての役割を求め
るものも目立った。
3.3.2 日本人学生のコメントから
一方、日本人学生には質問紙調査は行なわず、この合同授業に参加した感想、コメント、意
見、要望等を自由に記述してもらった。以下、①「合同授業という機会」
、②「授業という形態」
、
③「日本や日本語の再認識から得たもの」
、④「異文化体験」
、⑤「担当教員」
、⑥「単位」
、⑦
「要望」の順に参加者の声を紹介したい。
まず、①「合同授業という機会」そのものに対するコメントとしては、
「南山にはたくさんの
留学生がいるのに知り合う機会があまりない」
「パーティーなどがあっても『はじめまして…』
から始まり、自己紹介などだけで終わってしまう」
「たとえ留学生と知り合う機会があっても、
真剣に文化のことを議論する機会は少ない」
「普通に交流するだけでは遊びで終わってしまう」
というものが目立ち、留学生側のコメントと同様のものが見られた。大学で日本人学生と留学
生の交流が比較的浅いものに過ぎないことを日本人も留学生も残念に感じているのである。
また8週連続して行なわれた②「授業という形態」については、
「授業でやることで本音で語
れる」
「深い話をするためには、授業という場が必要」
「表面的ではない同じ『学生』という関
係で様々なことを話し合うのは、とても有意義」
「講師から、というよりは留学生全員と『学び
あう』授業だった」と、パーティー等による交流ではなく授業という形態を高く評価していた。
また③「日本や日本語の再認識」から視野が広がったというコメントは多い。合同授業にお
いて日本人は普段なかなか接することがない留学生から直接話を聞けるばかりではなく、時に
は疑問も投げかけられる。
「留学生に説明しているうちに自分自身も日本・日本語についての理
解が深まる」
「
『日本を日本語で伝える難しさ』を痛感した。自分自身にとって、コミュニケー
ション能力(説明する力、理解する力)を身につけられるいい練習になった」
「日本文化につい
ての知識のなさ、日本人であることの自覚のなさなどを痛感し、もっと日本への知識を深めて
いきたいと感じた」など、留学生との接触が「日本人が普段気づかない 日本 を気づかせて
くれ」
、
「自分の視野を広げる絶好のチャンス」や「日本に対する見方、日本人であること、世
界の中の日本について、ありとあらゆるところから考えさせ」るきっかけになっているのがわ
かる。
④の「異文化体験」に関しても同様である。
「留学生が日本で何を見て、何を感じているのか、
1 人 1 人の言葉で生の体験として聞くことができた」ことから、
「日本にいながら、異文化を体
験できることはすばらしい」
「
『異文化理解』をテーマとした本の意味を留学生達は体験として、
何気なく教えてくれる。まさに『擬似留学』
」と留学生と同じ体験を実は日本人も日本でしてい
たのである。
「今まで狭いところでこり固まっていた自分に気づかされたのは、このクラスのお
かげ」
「異文化理解はその国の文化がしみついた人間と接することで理解できるもの」などのコ
メントからも日本人学生が異文化理解・異文化体験を望んでいるのがうかがえる。
この合同授業を⑤「担当する教員」については、コメントに記載があった6名全員が「別科
の講師が適任」であると述べていた。その理由はほぼ一致しており、
「留学生の話をわかりやす
く日本人学生に、また日本人の少し難しい話を簡単に留学生に伝えることができるのは、別科
講師であると思う」ということであった。
⑥の「単位」について記載していたものは5名おり、そのうちの4名が「単位以上のものを
得られるので、単位がなくても満足」と答えていたが、
「単位がないと、まだあまり単位を取得
していない1、2年生がこの授業を取りづらくなるので単位は必要だと思う」との意見もあっ
た。また残りの 1 名は「単位がないと参加する学生を集めるのが難しいと思う」と答えていた。
⑦「要望」に関して最も多かったものは、
「南山には世界に興味を持っている学生が多いと思
うので、ぜひこのような合同授業を開講してほしい」というものであった。その合同授業に対
する意欲は「日本人学生向けにシラバスがあると、日本人も準備ができてよい」
「留学生の名前
が覚えにくいので、一人一人にネームカードがほしい」というコメントからも感じられた。ま
た「完全に『授業』としてしまうと単位数などで取れない人がでてくるので、ボランティアも
受け入れ可にしてほしい」というものもあった。
4.まとめ
以上、留学生と日本人学生のそれぞれが合同授業で感じ求めていたものをコメント分析及び
質問紙調査結果から見てきた。これらをまとめると、留学生が合同授業に求めているのは①日
本人学生との定期的な交流機会、②日本語練習の機会、③異文化間教育の3点であり、日本人
学生は①留学生との定期的な交流機会、②日本や日本語を再認識することでの視野拡大の機会、
③異文化体験を求めていると言える。
つまり、留学生と日本人学生との共通点は「交流機会」と「異文化間教育及び異文化体験」
にあり、この2つを互いに強く求めているということである。これらに加え、留学生は「日本
人学生との交流」から副次的に「日本語練習の機会」も得、一方の日本人は「留学生との異文
化体験」から母国や母国語を見直し「視野拡大」という副産物を得ていると言えよう。
5.おわりに
ある日本人学生のコメントに「日本について日本語についてあらゆる文化について、そして
自分自身について様々なことを知ろうと思うきっかけが、この授業にはある」というものがあ
った。これは、徳井(2007:136)の「異文化学習とは新たな世界との出会いの中で自己を問い
直し、再構築していくプロセス」という言葉をそのまま裏付けるものであろう。
残念ながら、本学の現行制度では、留学生と日本人学生が共に日本語で履修できる科目は数
が限られている上、現在、留学生が「異文化」そのものを学ぶ科目は開講されていない(9)。こ
れまで日本語教育における「異文化理解・異文化教育」は、日本語学習者がより効率的に日本語
を学ぶ一手段としての扱いに過ぎなかった。しかし、細川(1999)
、角田(2001)が指摘するよ
うに「異文化教育」というのは、むしろ異なる文化背景を持つ者同士が互いの言語文化への理
解を深めるところにあると思われる。そのためにもまず彼らが日常的に接触し、異文化を体験
できる場所や機会へのお膳立てをすることから始める必要があるのではないだろうか。その際、
本別科での日本語教育そのものを再考する余地もあろう。また異文化間コミュニケーションや
心理学の専門家と日本語教師がチームワークを組んでやっていくことも考えられる。
「多文化共
生時代」と言われる現代、大学内部から実現できることは多い。
謝辞
本稿をまとめるにあたり、貴重なコメントをくださった留学生及び日本人学生の皆さんに心
より感謝の意を表します。
(注)
1)http://www.nanzan-u.ac.jp/Menu/gaiyo/2007/2007.pdf
2)一部の科目には、履修する際に日本語力レベルによる制限がある。
3)出典:朝日新聞(2007 年 10 月 8 日)
4)出典:朝日新聞(2005 年7月 14 日)
5)出典:三浦昭、マグロイン花岡直美(1994)
『中級の日本語』
(The Japan Times)収録
6)異文化クイズは、3つとも文化庁編(2007)
『漫画 異文化手習い帳 日本語で紡ぐコミュニケーショ
ン』を出典とする。①「会話の順番の取り方」の内容は、共通語として英語が使われている状況下で、
日本人だけが全く発言しない理由を考えるもの、②「約束に遅れたら」は、友人との待ち合わせに
10 分遅れた時の対応を、③「仕事中に感情を傷つけられたら」は、同僚の前で上司に叱責された場
合の対応を考えさせるものである。
『つめたいよるに』
(新潮文庫)収録
7)出典:江國香織(1996)
8)出典:清ルミ(2007)
『優しい日本語』
(太陽出版)収録
9)2004 年の秋学期までは「Intercultural Communication」という科目がオープンコースにおいて開講
されていたが、現在は開講されていない。
<参考文献>
・角田三枝(2001)
『日本語クラスの異文化理解−日本語教育の新たな視点』くろしお出版
・徳井厚子(2007)
『日本語教師の「衣」再考−多文化共生への課題−』くろしお出版
・細川英雄(1999)
『日本語教育と日本事情』明石書店
・町田奈々子(2000)
「留学生と日本人の共同プロジェクトの試み−オープンコース『日本語と社会』から
の報告」南山大学国際教育センター紀要 Vol.1(2000)pp.208-217
The Joint Class between Japanese Learners and Japanese
Students
−What we can see from the Comments−
Akemi YASUI
Abstract
The purpose of this paper is to report the results of the joint class between 20
intermediate-advanced level Japanese learners and 10 Japanese students held in
fall semester of 2007. This class took place 8 times, and both Japanese learners
and Japanese students considered the joint class very favorable.
From the comments of each class and the results of the survey, it was found
that Japanese learners seek from the class: periodic chances to meet Japanese
students, opportunities for Japanese practice, and intercultural education. On
the other hand, Japanese students seek: periodic chances to meet Japanese
learners, a different perspective on Japan and Japanese culture experiencing a
different culture.
Unfortunately, the number of subjects in the class, including both Japanese
learners and Japanese students, is limited due to the regulations of Nanzan
University. Furthermore, there are also other problems, including the difference
in the semester calendar between Japanese learners studying in CJS and
Japanese students studying in other departments, as well as the difference in
credits received by each for the course.
However, there are many positive aspects involved in conducting the
exchanges among the students from different cultural backgrounds. We should
consider the importance of offering the chances for students to interact with other
cultures.
Keywords:joint class, chances to interact with other cultures, intercultural education,
Japanese learners, Japanese students
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