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配布資料 - 福山大学
昔話から学ぶ人生の知恵 ー生涯を通じて人は学ぶー 福山大学人間文化学部心理学科 赤澤 淳子 1 昔話研究(大野木,2015) 昔話の構成や語法研究 『昔話の形態学』(Propp,1928/1968) 『民話の構造』(Dundes, 1964) 昔話の生態学的研究 (1)文化人類学的・民俗学的な研究 (2)文学的な研究 (3)教育的な研究 (4)心理学的研究 2 生涯発達心理学とは? (life-span development) 生涯発達 心理学 乳児期 幼児期 児童期 青年期 成人期 高齢期 3 2つの発達概念 1.子どもの発達・・・古典的な発達概念 (child development) ①発達は子どもが誕生から大人になるまでのプロセス ②質的、量的な増大への変化を発達として捉える ③老化という現象は、発達と全く逆方向 例:ピアジェ、フロイトの発達理論 4 2.生涯発達・・・1970年代ころから定着してきた (life-span development) ①人間の生涯にわたる変化のプロセス ②受胎の瞬間から死に至るまでの心身の変化のプロ セス(加齢のプロセスも発達に組み込まれる) ③人生の様々な時期での発達が問題となる 例:エリクソン、ユング、バルテス 5 生涯発達研究が定着した背景 1.医療の進歩 胎児の診断技術の進歩、平均寿命の延長 2.成人期の発達 職業発達、親性発達などの研究が進んできた 3.価値の多様化 大人も向上の可能性を秘めている、 自覚的な生き方が求められるようになった 6 エリクソンの発達段階理論 発達段階 1.乳児期 (1歳頃) 発達課題と危機 信頼 対 不信 2.幼児前期(1~3歳) 自律性 対 疑惑 3.幼児後期(4~5歳) 積極性 対 罪悪感 4.児童期(6~11歳) 勤勉 対 劣等感 5.青年期(12~18歳) 同一性 対 同一性拡散 6.成人前期 親密性 対 孤独 7.成人後期 世代性 対 停滞 8.老年期 統合性 対 絶望 7 昔話を心理学的に読み解く 2つの山姥のお話から成人期以降の発達に ついて考えてみましょう!! ケース1:山姥の錦 ケース2:山姥の餅つき 8 ケース1:山姥の錦 高齢者の知恵 成人期後期の発達課題 9 山姥の錦 あらすじ むかしむかし、あるところに、ちょうふく山という高い山 がありました。夏のよく晴れた日でも、てっぺんに雲が かかって、晴れるということがなく、恐ろしい山姥が住 んでいるとも言われていました。 ある年の秋のこと、麓の村で村中の者が月見をしてい た時、空がにわかに曇ってきて、風は吹き出す、雨は 降り出す、しまいには氷までも降ってきました。そのう ちに、風がごうっと吹いたかと思うと、屋根をどろどろと 踏み鳴らして叫ぶ声がしました。 10 「ちょうふく山の山姥が子ども産んだで、餅ついてこ う。ついてこねば人も馬もみな食い殺すどお。」なに やらしれん暴れ者は、そう叫んで村中の屋根を飛び 歩き踏み鳴らしましたが、やがてその声は遠くなりま した。 夜が明けると、村中が大騒ぎになって、「餅ついて 来ねば、人も馬も皆食い殺すと言っていたな。どうす るべ。」と、青くなって相談しました。そして、食い殺さ れてはたまらないから、なんとしても餅を持って行か ねばならんということになりました。 11 そこで、村中が一軒いくらと米を出して餅をつくこと になりました。ところが、ついた餅は平たい桶二つに 入れましたが、山姥のところまで持って行く者がいま せんでした。すると、誰言うとなく「だだはちと、ねぎ そべの二人に行かせべ。いつもいばっているもの。 」と言い出しました。 12 「だだはち」と「ねぎそべ」という、この二人の変な名 前の若者は村中きっての暴れん坊で、いつもいばっ てばかりいました。二人はいつもいばってるもので、 嫌だとも言えず、顔見合わせて「でも、おら、道知ら んし・・・・」「んだ、道案内いねばなあ」と言いました。 すると、「あかざばんば」と呼ばれている七十いくつ のばあさまが出てきて「それならおらが一緒に行っ てやるべ、なに行こうと思えば道なんぞいくらもある もんだ。」そう言って案内かってでました。話が決ま ったので、三人は いよいよ ちょうふく 山へ登ることになりました。 13 三人が山を登っていくと、急にごおっと気味の悪い 風が吹いてきました。「だだはち」と「ねぎそべ」は、 がたがたと力も抜けて、「あかざばんば」にしがみつ きました。 「あかざばんば」に励まされ、また山を登っていくと、 しばらくして、さっきの何倍も強い風が吹いてきまし た。「あかざばんば」は、木の根にしがみつき、風を やりすごしました。 ようやくほっとして、「あかざばんば」が、後ろを振り 返ってみると、二人の姿は見えず、餅を入れた桶が 二つ、重ねて置いてありました。 14 あかざばんばは、力も抜けてぺったりそこへ座ったま ま、どうすべと考え込みました。しかし、 「おらまで村 へ逃げ帰れば、村中の人も馬も皆 食い殺されるか もしれね、それでは村の人たち に申し訳ねえ。おら が食い殺されればすむこんだ」と心に決めて、また山 を登っていきました。 ようやく山のてっぺん近くへ着くと、小屋が見えてきて 、その前で、赤ん坊が一人自分の頭ほどもある石を おもちゃにして遊んでいました。(あそこが山姥の小屋 だべな)あかざばんばは、そう思って、「ごめんくださ れ、麓の村から餅持ってきたす」と言いました。 15 すると入口のこもがあがって、山姥が顔を出し「よう 来た、よう来た。ゆんべ、この子を産んでな。餅が 食いたくなったもので、この子を使いに出したが、 村の人たちに迷惑をかけなかったかと案じていた とこだ。」 あかざばんばが、餅が重くて山の途中に置いてき たと話すと、山姥は赤ん坊に言いつけて、取りに行 かせた。赤ん坊がとってきた餅と熊のすまし汁をこ さえ、皆で腹いっぱい食べました。 16 「おら、これで村へ帰りたいども。」ばんばが言うと、 山姥は「なに、そんなに急ぐことはねえ。ここには手 伝いもいねから、二十一日ほど手伝ってくれや。」と 言いました。 仕方なくあきらめて、あかざばんばは水汲んだり、 山姥の足もんだり、今日食われるか、明日こそ食わ れるかと思いながら、早いもので二十一日経ちまし た。 そこで、ばんばは、「うちでも心配してるべから帰り たいども。」と言うと、山姥は見事な錦をくれました。 その錦は、使っても使っても次の日には元通りにな っている不思議な錦でした。 17 あかざばんばが村に帰り、家の中へ入ろうとすると、 お経をあげる声や泣く声もしました。ばんばは、たま げて「誰か死んだかえや」と声をかけて入って行きま した。すると、「ひえ、幽霊だ。魂が帰ってきたど。」と 集まっていた村中のもんが、大騒ぎになりました。 あかざばんばが無事に戻ってきたことがわかると、村 の衆は泣いて喜びました。ばんばは、村中に山姥の 錦を切って分け、自分の手元には少ししか残しませ んでしたが、次の日になってみると、元通りになって いたそうです。村の人たちは、見たこともない錦を袋 にして下げたり、はんてんにしたり、大喜びで家の宝 にしたそうです。そして、それからというもの、村の人 たちは風邪もひかず、楽に暮らしたということです。 18 昔話を心理学で読み解く 「あかざばんば」が発揮した高齢者の知恵と は? 19 高齢者の知恵 知恵 その1 山道の案内役 高齢者の知恵 知恵 その2 強風をやりすごす 山姥に無事 餅を届ける 村人の命を救う 20 知 能 結晶性知能 ・これまでの経験や知識の 豊かさと結びついてい る能力 おじいちゃん、おば ・学校教育や社会経験の 中で育っていく能力 あちゃんの知恵袋 ・60歳くらいまで上昇し、 それ以降の低下も急で はない。 流動性知能 ・新しいことを学習した り、新しい環境に適応 するために必要な能力 ・生まれつきの能力と関 連している ・30~40歳くらいまで上 昇し、それ以降は低下 し始め、70歳代で急激 21 に低下する 高齢者の知恵の特徴(盧,2001) 知的能力を「知恵」という観点から、高齢者と 大学生の知恵を「人生設計課題」の解決の観 点から比較検討した。 読書や 新聞購読 優れた知恵を 発揮する 地域への 参加 難題解決 22 昔話を心理学で読み解く 「あかざばんば」の行動と、先程のエリクソン の成人期、高齢期の発達課題との関連につ いて考えてみましょう 23 成人後期の課題:世代性 次の世代を支えていく子どもを産み育てたり、 社会的に役立つアイディアを生み育てていく。 24 世代性(次世代との関係) (generativity) ・山道で取り残された時 に、村人のために一人で 山姥の家に行こうと決心 した 次世代のことを 考えて行動する ・山姥からもらった錦を 村人に分け与え、村人 はそれを家宝とした 次世代に伝える 25 老年期:統合性 対 絶望 今までの人生の肯定的な部分も、 否定的な部分も受け容れていく。 自分の人生は無意味だったと 考える。 人類,私のようなもの 26 柴田トヨさん 私の人生の頁を めくってみると みんな色あせて いるけれど それぞれの頁 懸命に生きてきたのよ 破きたくなった 頁もあったわ でも今ふりかえると みんな なつかしい (百歳、柴田トヨ) 27 ケース2:山姥の餅つき 居場所 主観的幸福感 28 山姥の餅つき あらすじ むかしむかしあるところに、ものすごく貧乏な 家があり、その家のおじいさんとおばあさん は百姓をしていましたが、その収穫はすべて お上に取り上げられてしまうので、もう何も食 べるものがなくなってしまいました。 29 正月が来て餅をつこうと思っても餅米がない ので、粟米を一臼つくことにしましたが、昼間 についていたらご近所に恥ずかしいので、二 人は夜になって餅をつくことにしました。 30 夜になって二人が粟餅をつこうとしていると、 誰かの「こんばんは」という声がしました。戸を あけてみると、そこにはよぼよぼになったみず ぼらしい姿の白髪頭のおばあさんが立ってい ました。中に入れ、火にあたらせてあげると、 そのおばあさんは粟粉をみて「わしゃ粟餅がも のすごう好きじゃ」と言い、餅つきの手伝いま ですると言いました。 31 その途端、よぼよぼのおばあさんは、腰が しゃんと伸びて元気そうになりました。しかも、 そのおばあさんが餅の手返しをすると、餅が どんどん増えていき、つきあがった餅を食べ ると、色は粟餅でしたが、味は餅米の餅と同 じ味がしました。 32 よぼよぼのおばあさんは夫婦に「わしは、ここの山 奥の山姥じゃが、貧乏人なので長い間ご飯を食べ ていなかった。でも、今こうして餅をいっぱい食べた ので、こんなに元気になった」と言いました。そして、 「来年も手伝いにくるから29日に餅をつきなさい。 餅米は26日の朝に私が、おじいさんとおばあさんと わし、そして年神さんの分を入れて四臼分持ってく る」と言いました。 そして、翌年の12月26日の朝、山姥が言った通り に餅米が置いてあり、29日に山姥と一緒に餅をつ きました。 33 そうして、2・3年一緒に餅つきをして、山姥は いつも一臼分持って帰りました。ところが、ど うせ山姥が持って帰るならと、夫婦は山姥と の約束の29日でなく、28日に餅をついて、 山姥の一臼分残しておきました。 29日に二人がくつろいでいると、山姥が29 日の朝にやってきました。 34 おじいさんとおばあさんが、「あんたの分を一臼ここ に置いてあるから、持って帰りなさい」と言うと、山姥 は怒り出し「お前らだけがついた餅はいらん。わしは 餅をつくのは好きじゃが、嘘をつくのは嫌いじゃ。お 前のところにはもう来ないから、元どおりの貧乏人 になれ」と帰っていってしまいました。 それ以来、その家は元のとおり貧乏になりました。 (出典:「語りによる岡山むかし話101選(上)立石憲利より) 35 山姥は何故怒ったのでしょうか? 老夫婦と一緒に餅つきをすることは、山姥に とって、どんな意味があったのでしょうか? 36 高齢者の主観的幸福感 主観的幸福感とは 自らの人生や生活に抱いている主 観的な充足感のことで、サクセスフ ル・エイジング(幸福な老い)を測定 する概念として生まれた(東,1999) 37 主観的幸福感獲得の条件 環境の中に自分の居場所があるという感覚 をもっていること。 自分の出会う他者や物事から何らかの満足 を得ることができ、欲求と環境から得るものが 一致していること。 38 Q1.山姥にとって「餅つき」は、 どのような意味をもっていたのだろうか? 餅をつくという場所 山姥の居場所 他者の役に立つ 餅をつくという行為 他者と集う 食欲の充足 主観的幸福感 39 高齢者の生きがい 40 三世代家族の祖母が認知した家族成員間の コミュニケーションと主観的幸福感 孫が共感的 依存的 (全国) 主観的幸福感 孫が退避的でない (福井県内) 祖父母の「有用感」は,孫から懐かれ,必要とされる ことによって高められ,また「生活満足感」も同様に 増すことが明らかとなっている(杉井ら,1994)。 41 コンボイ-個人のネットワーク コンボイとは 護衛隊を意味するが、個人のネット ワークの概念をさし、その成員間で 社会的支えが与えられたり、受けと られたりする構造(Kahn & Antonucci,1980) 42 コンボイの一例 私 同僚 長期にわたり安定 親戚 役割の変化に最も 影響を受けやすい 親友 配偶者 時間の経過に伴っ て変化する 友人 隣人 43 加齢に伴うコンボイの変化 私 同僚 親戚 長期にわたり安定 役割の変化に最も 影響を受けやすい 親友 配偶者 時間の経過に伴っ て変化する 友人 隣人 44 演習課題 あなたの現在のコンボイを書いてみてください。5~ 10年後、その構造はどのように変わっていると思い ますか? 思い出深い昔話はありますか? その話のどのような点が印象に残っていますか? その話は、どんなことを私たちに伝えようと しているのでしょうか? 45 引用・参考文献 東清和 1999 エイジングと生きがい 東清和編 エイジングの心理学 早稲 田大学出版部 pp.131-168 カーン,R.L. & アントヌッチ,T.C. 1993 生涯にわたる「コンボイ」-愛着 ・役 割・社会的支え 東洋・柏木惠子・高橋惠子編・監訳 生涯発達の 心理学 2巻 気質・自己・パーソナリティ Pp33-70 Lawton, M.P. 1972 The dimensions of morale Kent, D.P., Kastenbaum, R., Sherwood, S.(Ed.) Research planning and action for the elderly : The power and potential science. Behavioral Publications. Lawton, M.P. 1975 The Philadelphia geriatric center morale scale : A revision Journal of Gerontology, 30, 85-89. 松谷みよ子 2008 やまんばのにしき ポプラ社 盧怡慧 2001 高齢者の「人生設計課題」における知恵 教育心理学研 究,49,198-208 立石憲利 1990 語りによる岡山むかし話101選(上) 山陽新聞社 46 47