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新しいふれあい社会 認定NPO法人東葛市民後見人の会 「淳風美俗

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新しいふれあい社会 認定NPO法人東葛市民後見人の会 「淳風美俗
新しいふれあい社会
認定NPO法人東葛市民後見人の会
情報誌(毎月 2500 部発行)
事務局 我孫子市湖北台 6-5-20
平成 29 年 1 月発行(第 34 号)
「淳風美俗」
Tel/Fax 04-7187-5657
榧場
雅子
(臨床心理士・精神保健福祉士)
新しい年を迎えて、改めて睦月という呼び名の美しさを覚えました。いかにも新しい年の第一月
にふさわしい温かさがあります。それに応えるかのような、或る家族の睦み物語をお届けします。
11 月の始め、Oさんと名乗る男性から、
「10 年来の認知症で現在は寝たきり状態の老父の介護を
めぐって、相談というより、愚痴を聞いてください」との電話が入りました。
父は 92 歳になるが、10 年前に妻に先立たれてから認知症になり、現在は寝たきりの状態です。
しかし、病院に入院させたり施設に入所させることは考えていません。介護をひき受けているのは
私の妻ですが、父は実の娘と信じ込み身の回りのこと一切を任せきりにして、他を寄せつけません。
私は一人息子で、父は女の子を育てたことは全くありません。それにもかかわらず、息子の妻を
実の娘と思い込んでしまった父の心情を思うと、不憫でなりません。父をそこまで追い込んだのは、
他ならない息子の私であると、責められてなりません。
実は今朝のこと、少しは妻の手助けをしようとエプロンまでつけて、父の部屋に入っていくと、
「すまないが、はずしてくれないか」と他人行儀な言葉づかいで断られてしまいました。ちょうど
おむつ替えのときで、恥ずかしいのは分かりますが、息子としては虚しさを拭いようがありません。
それは、私ばかりでなく私の一人息子、父から見れば一人きりの孫を「遠慮してくれ」と部屋にも
入れてくれません。父は日本古代史を専門として、大学教授だったのですが、孫をこよなく愛し、
由緒ある神社仏閣の見学にも連れ歩いていました。息子も父親の私より祖父に懐き、尊敬していて、
大学で考古学を学び、現在は父と同じ大学の助手として研究に携わっています。そんな孫の顔すら
忘れてしまっているのです。57 歳の息子と 27 歳の孫の役どころといえば、スーパーの袋にためて
ある、汚れた紙おむつを燃えるごみとして、所定のごみ置き場に捨てに行くだけになっています。
皮肉にもそれが、私と息子の共通した悩みであり、話題ともなっています。それが何とも切なくて、
誰かに聞いてもらいたくて電話しました、と 40 分にもおよぶ長い訴えでした。
認知症の高齢者を自宅で介護するに当たって、介護する人、介護される人を最後まで悩ませるの
が排泄の問題です。そのなかにあって、現におむつを使用し、全面的に介護を受けているお父さん
の尊厳に関するデリケートな問題として、真正面から取り組んでおられる姿勢に感動しました。
お父さんが、排泄(おむつがえ)に際して、頑なまでに我が子や孫を遠ざけるのは、人としての
恥じらい、プライドを失っていない証ではないでしょうか?
そのお父さんにとって、一人きりの息子と孫がふたりして、かつては真摯で矍鑠としていた姿を
色褪せずに思い起こして、年老いて寝たきり状態の姿に心を痛め、介護の一端を担いたいと願うお
気持ちを美しいと思いました。汚れたおむつを、決められたとおりに出すことも、家族ならではの
役わりです。奥さんもお二人の気持がわかっているからこそ、お任せしているのだと思います。
高齢のお父さんをめぐり、ご家族の優しさと絆、美しいと思いました。お父さんはお幸せだとも、
思いました。「どうぞ、ご自分を責めないでください」と伝えました。
それから 1 カ月後、Oさんから 2 度めの電話がありました。
先日、父の介護をめぐって、家族としての役割が、汚れた紙おむつを燃えるごみとして、所定の
場所へ出すだけの役割になっている虚しさを聞いて頂き、優しく褒め言葉に変えてのアドバイスを
頂きながら、父親の主治医にも同じ悩みを話してしまいました。その先生は保健所の嘱託も受けて
いて、看護学校の講師もされています。私の話を最後まで聞いてからの第一声が、「後見人の会の
相談員のアドバイスは 120 点」と言い、「私の場合、高齢者の介護の相談のなかで、排泄の問題が
大半を占めています。具体的には失禁、弄便、不潔行為などで、おむつ使用の是非などに始まり、
介護する毎日の生活のなかで心身ともに疲れ果てたと言い、病院への入院、施設入所などを希望し、
果ては家族の同一性が崩れていくような経験を、細々と聞かされ胸が痛みます。それに較べると、
Oさんの悩みは、むしろ救いでした。後見人の会の相談員さんは、「介護を受けているお父さんの
尊厳に関するデリケートな問題」と表現されたことに、120 点と評価させてもらいましたと言って、
先生が看護学校でテキストにしている、自作の冊子を下さいました。そこには、「認知症高齢者の
プライド」と題し、「介護を受ける者にとって、排泄の世話を受けることは辛いことです。その点
を考えて、患者さんの自尊心を傷つけないように、配慮したいものです」と記し、行を変えて、
⦿ 排便のとき 娘らを遠ざける父尊しよ 紙おむつの父 (小島ゆかり『さくら』
)という短歌を
紹介していました。先生は言葉を続け、小島ゆかりさんは現代歌壇の重鎮で、いわば有名人ですが、
身近なOさんの実体験の話に真実性と親和性を覚えました。また後見人の会の相談員さんの言葉に
は説得力があります。私のこれからの講義には、この一連の話を使わせてください、と言いました。
私(Oさん)は、思わず「はい」と答えてしまいました。私の身勝手な行動をお許しください、と
受けた私の方が恐縮してしまうような話でした。
最後まで話を聞いて、私は思わず、「ありがとうございます」と言いました。それというのも、
主治医の先生のお話の奥深さと、それを余すところなく話してくださったOさんの思いのほどが、
ひしひしと伝わってきたために他なりません。
当初、
「私の愚痴ともつかない話を聞いてください」と言っていたOさんですが、家族を含めて、
ここに至るまでの 10 年の間には、互いに混乱と動揺の時期も何回かあっただろうと察せられます。
しかし、それらには全く触れることのない現在の二世代の父と子、夫と妻、舅と嫁のありのままの
姿は、長い間かけて築いてきたであろう家族の睦み合い、家族の絆に気づかせてくれたのでした。
そして、高齢で認知症の寝たきり状態とは言え、人として失うことない恥らいとプライドを含め、
介護する人と介護される人の心情を、お父さんから教えられた思いがしました。
唐突にも、人情にあふれて素直であり、好ましい慣習を意味する「淳風美俗」という四字熟語を
思い起こしました。「家族制度が日本の淳風美俗として力説されることによっても知られる」とい
う、和辻哲郎の『風土』の一節を思い浮かべたのでした。
〈こころの電話相談室〉
心の悩み、心のケア、心の健康に関する電話相談室をご利用下さい。
相談日
毎週木曜日
午前 9 時~午後 9 時
相談担当
榧場主任相談員 電話番号 04-7100-8369
個人情報は厳正に取り扱います。
〈当事者意識が大切〉★相談室に寄せられる相談の大半は子供の養育と親の介護の問題です。12 月、1 月と介護
の相談が続き、相談室も小さな支援ができました。でも、相談室はあくまで助言者、脇役にすぎません。★大切
なことは相談者自身の愛情と熱意、当事者意識を持って臨めば、あらかたの心の悩みは自助努力で解決できるは
ずです。★10 回もの相談を重ねても解決できない困難な事例も稀にありますが、いつか明るい道筋が見つかりま
す。
〈相談室〉はいつでも良き支援者になります(h)。
(独立行政法人福祉医療機構社会福祉振興助成事業)
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