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王太子様Lv - タテ書き小説ネット

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王太子様Lv - タテ書き小説ネット
王太子様Lv∞!?
北野皇海
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
http://pdfnovels.net/
注意事項
このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ
テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ
ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範
囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し
ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
王太子様Lv∞!?
︻Nコード︼
N9471CI
︻作者名︼
北野皇海
︻あらすじ︼
事故で死んだ俺は、気がついたら不思議な場所にいて、どういう
訳か転生する事になった。
努力して結果を出すぜ!をスローガンに周りを巻き込みチート主人
公は進む。
王道テンプレ異世界転生物です。まったり更新。
1
※ふと思い立って小説賞のタグ追加しました。応募規定にそぐわな
いよ、と思ったらコッソリ教えてください。
2
Lv.00 東堂蔵人︵前書き︶
王道テンプレ異世界転生物です。サクッと終わると良いな。
3
Lv.00 東堂蔵人
昔話を、しようと思う。
昔と言っても然程昔でもない。俺が俺で無かった頃、今の俺が如
何に俺となったか、その原因と過程を話そうと思う。
︱︱あ、死んだな。
大雨降りしきる中、帰宅すべく愛車で家路を急いでいた俺。宵闇
プラス大雨で視界の悪い中、更に運の悪い事にフロントガラスの撥
水加工も弱っていた。
そんな中で当たり前だが、視界認識が低下していた折も折、脇か
ら小さな傘が出て来たのに気付くのが遅れ、ハッと気付いた時には
目前に傘を差した幼い子供。その背後で青くなって走り寄ろうとし
ていた母親らしき女性が見えた。
全てがスローモーションの様で、俺はと言えばハンドルを逆に切
り、子供を轢かない様に他人を巻き込まない様にとそればかりを考
えていて。気付いたら目の前には壁が立ちはだかり、流石にそれを
回避することは叶わず、急ブレーキも間に合わずにそのまま壁に突
っ込んだ。
ドガシャンと派手に突っ込んで、エアバッグに護られたが衝撃は
大き過ぎた。車は前の部分が大破し、足が挟まれて動けない。
体のあちこちに怪我をしたのか、痛みが物凄い。しかも意識が朦
朧としてきて思うのは、もしかして出血がかなり酷いんじゃ無いか、
と言う事。足が挟まれただけでは無く、切断されてるんじゃ無いか
な、等と薄れていく意識の中で思った。
4
ブレーキをかけた筈なのに、これ程酷い状況と言う事は、アクセ
ルと間違えたか、雨のせいでハイドロプレーニング現象︱︱路面と
タイヤの間に水が入り込み、ハンドルやブレーキ操作が効かなくな
る現象︱︱とやらが起きたのか、そんな事をぼんやりと考えた。
窓の外に目をやれば、泣きながら何処かに電話している女性の姿
と、泣いている子供。
救急車か警察でも呼んでいるんだろうな、と思ったが、ゴメン、
多分間に合わない。救助が来る前にたぶん俺は死ぬだろう。
だから、泣くな。
俺は最後の力を振り絞って窓を叩き、外の二人に合図して。
ニコリと微笑んだ。
良かったね、と言う気持ちも込めて。
幸いと言って良いのか、顔面付近は殆ど損傷が無い。だから傍目
からは普通に微笑んだ様に見える筈。
笑いながら手を振れば、子供は泣き止み笑ってくれて。俺は安心
して目を閉じた。
最期に見たのが子供の笑顔だなんて。結構マシな最期じゃないか?
それが、俺の最後の記憶。
︱︱だった筈なんだけどなー。
何処よ、此処?
5
・・
・・
事故の自爆で死んだ筈の俺は、気が付いたら見知らぬ場所に浮か
んでいた。
﹃浮かんで﹄、これ重要。
ふよふよと頼りなく浮かぶ俺は、どうやら魂だけの存在らしい。
手も足も頭も体もなく、意識だけの状態のようで、何とも頼り無い。
目が無いのに周囲が見えると言うのも変な話だが、見えるだけで
は無く音も聞こえるし、吹く風や暖かい日差しなど、どうやら五感
が有るらしい、と気付く。
改めて周囲を見渡せば、何とも不思議な場所だった。
あのよ
キラキラと輝く水面。其処此処で流れ落ちる水。浮かぶ雫と水晶。
何とも綺麗で幻想的で、これが所謂彼の世かと考えたが、どうもイ
メージにそぐわない。
彼の世と言えば、花咲き乱れる光の世界、と言うのがある。⋮い
や、これは死後の世界と言うより、三途の川の手前か? まぁ、そ
れはさて置き、綺麗ではあるが妙に現実味も無く、有り余る存在感
なのに、幻想的が故にその存在が偽りのようで。
うーん、何だこれ。素直に天国だー! と喜んで良いのか、どう
なんだ?
俺がクルクル回りながら悩んでいると、ヒョイといきなり持ち上
げられた感覚、と言うか実際持ち上げられた。そして涼やかな声が
降ってきた。
﹁おや、珍しい。魂だけのお客様とは。⋮迷子ですか?﹂
﹁⋮⋮ハイ﹂
素直に返事をしたのは、俺をぶら下げて話しかけてきた男に、逆
らうな、と本能が告げてきたからだ。そっと見上げて、俺を掌に持
ち直した男の顔をポカンと見つめる。
⋮何だ、この美形。
イケメン、と言う単語では余りにも軽い、﹃美形﹄の言葉が似合
6
いすぎる男が俺を見つめて微笑んでいた。
水色の光を映し輝く銀の髪、水色の瞳。すっきりとした鼻梁に形
良い唇。若干女性的な美では有るものの、充分男性に見える端正な
美しさ。
何だ、これ。同じ人間か? と思わず膝をつきたくなった。
俺の折れかけた心情を知ってか知らずか、美形は微笑み愉しそう
に歩き出した。
オイ、何処へ連れて行く気だ!?
慌ててもがく俺を気にもとめず、愉しそうに歩く美形は、歩きな
がら自己紹介を始めた。
あるじ
﹁遅まきながら、私はラディン・ラル・ディーン=ラディン。此の
水の杜の主です。貴方は?﹂
﹁水の杜? 何だ、ソレ。何処の国に在るんだ? て言うか何だ、
此処?﹂
矢継ぎ早の俺の質問に、美形︱︱ラディンは呆れたように口元を
歪ませる。
﹁質問したのは私なんですけれどねぇ。まぁ良いでしょう。大方の
予想通り、此処は貴方の知る世界では有りません。所謂異世界、と
言う所です﹂
予想していたとは言えラディンのその言葉に暫し茫然とする。
それで貴方のお名前は? と訊かれて、慌てて俺も自己紹介をす
る。
﹁俺は東堂蔵人。あ、コッチ風に言うならクラウド・トウドウ?﹂
﹁蔵人ですね。それで貴方は魂だけの存在となって、此の水の杜に
迷い込んで来たと。⋮事故にでも遭われましたか? それとも自殺
? 通り魔?﹂
死んだ事前提で原因を訊ねるラディンに、俺も隠す必要は無いの
で素直に事故だったと答える。一応子供を庇った故の自爆だと説明
して。
俺の説明をラディンは頷きながら聞き、﹁それでは事故後どうな
7
ったか確認してみますか?﹂と、とんでも無い事を言い出した。
﹁はぁ? そんな事出来るのか!?﹂
俺の質問にラディンは笑って右手を動かした。
ポウ、と掌に光が集まり、ほんの少し上に雫が集まり水球が創ら
れる。そしてその中に揺れる映像が現れた。
﹁⋮ッ!﹂
其処にあった映像に思わず息をのむ。
花で飾られた祭壇、喪服の集団。泣いているのは︱︱母だ。
泣く母に寄り添い支えるのは、涙目の従姉妹。弔問客に挨拶する
弟、厳しい顔付きで立つ親父の前で頭を下げているのは、あの時の
母親だ。子供の姿も見えるが、葬式なんて初めてなんだろう。訳も
分からず連れて来られた、って顔をしている。
責められてるのかな。お前等のせいで俺が、って? そんな事無
いのに。強いて挙げるなら、多分俺の方が悪かった。幼い子供に注
意力を求めるのは酷だし、視界が悪かったとは言え注意力に欠けて
いたのは俺だ。
寧ろ、俺が死んでまで護ろうとした命だ。助かって良かった、と
言って欲しい。
映像だけで音声が無いと、何が行われているかサッパリ判らない。
俺の不満を感じ取ったのか、ラディンがそっと俺を撫でた。
﹁⋮貴方の御家族は強いですね。貴方が亡くなった事は哀しんでい
ますが、遠因を作った彼女等を責める事無く受け入れている﹂
ラディンの言葉に肩の力が抜ける。そうか、泣いているのは責め
られているからじゃ無いのか。
ホッと息を吐く俺に、ラディンは尚も続ける。
﹁貴方が最期の瞬間、微笑んでいたのなら、後悔など無い、満足し
て逝ったのだろう、と。謝罪をされるより、息子が助けた生命、ど
うか大事にしてくれ、と言っています﹂
よし、流石親父殿! 俺の意を汲んでくれるぜ。
8
実体があれば思わずガッツポーズしていただろう。そんな俺を余
所に、ラディンはもうお終い、とばかりに掌に有った水球を霧散さ
せた。
﹁話が判った所で、立ち話も何ですから。私の館に行きましょうか。
お茶くらい出しますよ﹂
⋮それは有り難いが。今の俺の状態で茶なんか飲めるんだろうか?
取り敢えず俺はそのまま、ラディンについて行く、と言うか拉致
られたのだった。
結論から言おう。
お茶飲めたよ。凄ぇな。
ラディンに連れられて着いた先、水の館はやはりと言うか何と言
うか、キラキラしい不思議な場所だった。
其処で説明されたのは、ラディンは彼の属する異世界の、傍観者、
らしい。
世界が恙無く回っているか、見守るのが仕事だそうだ。
神様か? と訊いてみた所、そんな大それた存在ではない、と言
った。
が。
世界が破滅に向かいそうになった時、それとなく介入するとか、
異世界間の転生や召還、移動が出来るとか、加護やスキルとか言う
特殊能力を与えられるとか、充分神様じゃね? とか思ったんだが、
彼はやっぱり涼しい顔で否定した。
﹁覗き見が趣味と実益を兼ねた仕事、時々占い師、偶に魔王、です﹂
⋮いや、もう何も言うまい。
ラディンと言う男はどうやら相当な物好きらしい。
魂だけの存在で、水の杜に辿り着いた俺を大層気に入り、何と此
9
方の世界に転生させてくれると言う。
﹁普通はね、自分の世界で転生を重ねたり世界に同化したりするん
ですよ。魂だけの存在で界を渡って私の元に辿り着いた貴方に敬意
を表して、融通利かせて差し上げますよ?﹂
未練が全く無いなら別ですが、と笑うラディンに、俺も暫く考え
込む。
未練が無い訳では無い。ただ、他人からしたら何言ってやがる、
こん畜生、と言われかねない未練だ。
実は俺、東堂蔵人は傍から見たら結構なスペックの持ち主だった。
学力は常に学年五位以内に収まり、運動も出来た。特に祖父が武
道の師範だった為、剣道は全国にも行けた。顔はイケメンでは無か
ったが、ブサメンでも無かった為、流行りの髪型やファッションに
乗っかれば、そこそこ見れた。
後は清潔感と話題、女子へのそれと無い気遣いで、全くモテない
訳でも無かった。⋮お友達でいましょう? が多かったがな。
で、何が言いたいかと言えば、俺は結局ソコソコ止まりだった、
と言う事だ。
どれもこれも上には上が居る。俺より運動が出来なくても、模試
では全国一の奴とか、バカだけどサッカーでプロになった奴とか。
一芸に秀でている奴にはどうしても勝てなかった。
贅沢な悩みと言われても仕方ないが、努力しても努力しても、俺
より上の奴が居る、と言うのが心残りだった。
その旨を伝えると、ラディンは暫く考えてから、俺に言った。
﹁では、努力すればするだけ結果が残るような、新しいスキルでも
作りますか。努力すればしただけ、身に付いて更に上を目指せるス
キル、と言う事になりますが宜しいですか?﹂
この世界、体力とか魔力とかレベルなんて言う目に見えて判るも
のは無いらしい。流石に冒険者や軍属の人間は判らないのは拙い、
10
と言う事でタグに凡その表示がされるそうだ。
レベルが有るのはスキルの方で、熟練度、が示されるそう。
とは言え、スキルが無いと何も出来ないと言う訳では無い。それ
では日常生活に困る。
例えば料理をするとして、スキルを持っている者と持たない者、
両者を比べた場合熟練度が低い内は両者に差は無い。だが熟練度が
高いとその差は歴然となる。らしい。そしてスキルは初めから付与
されているもの、後から習熟度に応じて付与されるもの、と誰かに
とって特別では無く、当たり前に身に付いていく物だそうだ。
俺が大きく頷いたのは言うまでもない。
﹁後、サービスで色々付けときましょう。努力を惜しまない人間は
好きですよ﹂
グ
そんな言葉と共に俺に贈られたスキルと加護は、以下の通り。
グレーカス
限界無限︵限界無くスキルや体力、魔力等を上げられる︶、脳内
情報検索閲覧︵思い浮かべた情報を、脳内で検索閲覧出来、古今東
西、全ての媒体に記されたものなら何でも調べられる︶、水の杜の
客人︵隠し加護、水の杜の関係者に便宜を図って貰える︶
以上三つの特殊スキルと加護を貰い、尚且つ。
転生先は両親が美男美女の、国 王 夫 妻、だそうだ。
⋮オイ、盛り過ぎじゃね?
思わず突っ込んだ俺は悪くない。そしてそれに対するラディンの
返答だが。
﹁最初から低いハードルで甘く生きるか、努力するかは貴方自身の
選択です。私としては是非、努力の道を歩んで欲しいですね﹂
ニコリと笑うラディンに、ハイと答えるしか無かったのは言うま
でもない。
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そして俺は俺となった。
12
Lv.00 東堂蔵人︵後書き︶
次回から異世界転生人生の始まり。
13
Lv.01︵前書き︶
異世界生活の始まり∼
14
Lv.01
エーデルシュタイン王国。
小さな島国ではあるが、世界でも有数の宝石の産地であり、加工・
輸出をしている豊かな国である。風光明媚でも知られ、豊かな自然
と穏やかな気候により、観光も盛んな国。
そんな豊かな小国の待望の第一王子として生まれたのがこの俺、
クラウド・アルマース=エーデルリヒトである。
因みに﹃名前・家名=爵名﹄となっている。あと数年経つと、成
人名も付けられ、人によっては真名と呼ばれる、魔法使いが秘する
名を付けられる。何でも大きな力を使う魔法使いは、真名を捧げる
事に拠って魔力を行使するそうな。逆に言うと、真名を持たないヤ
ツは、大きな魔法は使えないらしい。成る程、良く判らん!
前世と同じ名前になったのは、単なる偶然か作為的な物なのか、
判別が付け辛いが愛着の有った名前なので良しとしよう。
因みに前世の俺の名前、蔵人は母の趣味である。
武道を嗜む一族のくせに、中身は夫婦揃ってオタクだった。親父
は萌え豚でお袋は貴腐人だ。
えいと
名前の由来は、某国民的RPGの主人公から。余計な情報だが、
弟は英人で、これも某国民的以下略。
俺の名前を知った祖父は大層喜んだ。名前の由来を訊ねられ、咄
嗟に祖父の名前、内蔵助から一文字貰った、と言う両親の言い訳を
信じたからだ。まぁそのお陰か、祖父からは大層可愛がられ、厳し
く躾られ修行させられたのも今となっては良い思い出だ。⋮多分。
転生して、そのまま第二の人生を送るのかと思ったらそうでは無
かった様で、俺の前世の記憶が蘇ったのは一歳になるかならずやの
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頃だった。
恐らく転生して直ぐに記憶が蘇ったら逆に前世の記憶が邪魔をし
て、記憶の混乱は無かっただろうが、言葉の習得は遅くなったので
は無いだろうか。
乳児期から膨大な量の異世界言語を浴びせられ、少しずつ脳内で
言語の整理が行われたのだろう。記憶を取り戻した時、俺の中で言
語に対する齟齬は一切無かった。そして自我も余り確立されていな
かったからか、記憶の融合は恐ろしくスムーズだった。
と言うか元々俺自身として転生したのだから、生まれ落ちた時か
ら俺は俺だった訳なのだが。
そう言えばその際、脳内に﹃︻語学堪能︼のスキルを得ました﹄
と音声と共にフリップが流れた。真っ先に思ったのは、何のゲーム
効果音だよ! だったが、これ以降何かスキルを得る度に流れる様
になった。
他人からそんな話は聞いた事が無いので、もしかするとラディン
︱︱俺の転生に干渉した人物︱︱からのサービスなのかもしれない。
さて、そんな俺の容姿はと言えば、毛先に行く程淡い金色に輝く
髪は根元は金褐色で、父親と同じ色だった。瞳は青灰色で、此方は
母親譲り。
顔立ちは両親どちらにも似ていたが、何故か凡庸な雰囲気で、少
々ガッカリされたらしい。何故あの美男美女から? と言う事だろ
う。
だが待って欲しい。今の俺は三歳だが、自分の顔を見て思うのは、
将来有望、と言う事だった。
確かに見かけは凡庸だが、良く見れば両親に似ていると言われる
だけ有って、造作の一つ一つは整っている。この顔は成長期の過ご
し方次第で、幾らでも化ける、と俺の前世からの知識と経験が訴え
ている。
それに、美形の顔を何種類も用意し合成すると、平均化されて普
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通の顔になると聞く。要はパーツと配置の問題だ。
怠惰に過ごせば凡庸どころかボンクラだろうが、理知的にも精悍
にもなれそうだ。そして俺は、これからの人生、努力すると誓った
のだ。ならば精進あるのみ。男に磨きをかけてやる。
所で今俺は両親と共に神殿に来ている。
産まれて三年、無事成長した事を報告する為だ。六歳の時にも同
様に神殿を参詣するらしい。
ねぇ、それ何て七五三? と訊きたくなった。⋮まぁ異世界でも
子供の成長の無事を祈るのは変わらない、と言う事だろう。
因みに生後七日の時にも訪れたらしい。その時に、名付けとスキ
ルや加護の確認をするそうだ。
当時俺の持つスキルの確認をした時は、結構な騒ぎになったそう
だ。何せ今までに見た事も聞いた事も無いスキルだったからだ。
謎のスキルに周囲は困惑したものの、流石は司祭長の年の功と言
うべきか、彼の一声で騒ぎは収まった。
﹁殿下に与えられたスキルは、嘗て見た事の無いものでは有ります
が、努力を惜しまず、知識を探求する、と言う意味が見て取れます。
地位や身分に慢心する事無く、努力を怠らない人物とあらば、次代
の王として素晴らしき才能かと存じます﹂
もうね、こんな事言われたとなっちゃ努力有るのみだろ?
この言葉が無かったら、俺は第二子以降男児が生まれたら、王位
継承権を外される所だったらしいデス。要は役立たずそうなのはイ
ラネって事だよね。
あ、この継承権を外す発言は、両親が言った訳では無い。何処ぞ
の阿呆貴族たちだ。
聞いた所に因ると、結婚して五年、子宝に恵まれなかった王妃の
代わりに新たに側妃を宛がって、世継ぎを、と言う動きが有ったそ
うだ。まぁその側妃の父親が権力を握りたい、と言う構図だろう。
両親は政略結婚だが相思相愛の鴛鴦夫婦だ。側妃を宛がった所で見
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向きもされないと思うんだが、欲の有る奴はそう思わないらしい。
莫迦な話だ。
この発言を聞いた、俺を溺愛し始めていた父は激怒して、ソイツ
等に暫く出仕しなくて良いって言ったそうな。要は謹慎しろ、と。
蒼くなって発言を撤回したらしいが、受け入れて貰えず、結局ソ
イツ等は王の不興を買った莫迦、と言う事で出世コースから外され、
肩身の狭い思いをしている。はい、絶賛現在進行形なう。
別に王位が欲しい訳じゃ無いが、最初から選択肢から外されるの
は納得いかない。なので、この司祭長の言葉には感謝してもしきれ
ない。未だこの神殿の最高責任者として在籍しているそうなので、
出来る事なら礼の一つも言っておきたい。
言いたいのだが。
﹁父上、司祭さまはお忙しいのでしょうか。先ほどからかなり待た
せ
されています﹂
﹁⋮そう急くな。もしかすると、また何やら珍しいスキルが有った
やも知れぬぞ?﹂
父の言葉に一応頷き、引き下がる。⋮そう言う事なら、多分、新
しいスキルの確認に時間が掛かっているのでは無く、今までに俺が
入手したスキルの数に、時間が掛かっているのだろう、と思ったか
らだ。
何だかんだで初スキルをゲットしてから現在まで、俺の入手スキ
ルは30を超えている。⋮だって事有る毎にゲットするんだもん。
しかも複合スキル︵似た系統のスキルを合体させたもの。例えば﹃
プラス
よわい
体力上昇﹄と﹃魔力上昇﹄﹃知力上昇﹄等上昇系スキル五つで﹃上
昇効率+﹄など︶も有ったりして、何だか齢三歳にして凄いチート
予備軍だな、と思う。
取り敢えず待ち時間暇なので、護衛騎士たちに纏わりついて剣の
稽古の真似事を強請ったり、母に甘えて父に妬きもちやかせてみた
18
り。何と言うか護衛騎士の視線が生温かいぜ。
そんなこんなで暫くして、漸く司祭長がやって来た。
﹁大変お待たせ致しました。御無礼お許し下され﹂
﹁構わぬ。今も王子の成長ぶりを楽しんでいた所。待たされたとは
思わぬよ﹂
二人の遣り取りの間に、俺は身嗜みを整える。ピシッと背筋を伸
ばした所で、司祭長が此方を向いた。
﹁妃殿下も御機嫌麗しゅう存じます。王子殿下も、覚えてはおられ
ぬでしょうが、三年前殿下の御名を付けさせて頂きました、この神
殿の司祭長、セガールと申します。お見知り置きを﹂
﹁クラウド・アルマースです。ぼくの初参詣には大変お世話になっ
たと、伺っています。その節は有り難うございました﹂
一気に言うと、司祭長は目を丸くした後、笑い出した。
﹁これはこれは御丁寧に。殿下におかれましては健やかに利発に御
成長なられたようで、一臣下として喜ばしく存じます﹂
﹁そうであろう? 王子は才気煥発、好奇心旺盛でな。其方が言っ
た通り、なかなかに将来有望だ﹂
﹁その様ですな。幼くして此ほどのスキルを習得しているのも、頷
けます﹂
司祭長はそう言って、俺の持っているスキルの数と、種類を挙げ
ていった。つらつら挙げられるスキルに、両親も護衛騎士も驚いて
いる。
﹁御存知の通り、スキルはただ持っていれば良いと言う訳では御座
いません。活用し、初めて意味を為します﹂
更なる一層の努力と修練を、と言われ、俺は勿論﹁はい﹂と返事
をした。
その後型通りの儀式を行い、城に戻るか、と言う所で司祭長に呼
び止められる。
﹁殿下の御名は私が付けたと言いましたが、実はそれは建て前で、
19
実際は神託により下されたものです﹂
﹁それはどういう意味だ?﹂
初耳らしく、父が聞き咎める。
﹁御存知の通りこの神殿はこの国の主祭殿として、信仰される全て
の神や聖霊を祀っております。そして主祭神として祀られているの
が、翠晶館の主様で、其方からの御神託で御座います﹂
司祭長は其処まで言って、俺と目の高さを合わせるように跪き、
手を握る。
﹁クラウド殿下、貴方様に神託で名前が下された時、何故と疑問に
思いましたが、本日判りました。殿下の秘された加護、﹃水の杜の
客人﹄に因り、神殿は何時でも殿下を歓迎致します。困った時は何
なりと、この年寄りをお頼り下さいませ﹂
そう言って握った手をそのまま額につける。
あれ、この動作って何か意味が有った筈。戸惑って父を見上げる
と、頷かれた。
わ か ん ね ぇ よ !!
仕方無しに頷きかけ、コレじゃ司祭長が判らないので﹁頼む﹂と
一言。顔を上げた所で微笑んでみた。
中身は兎も角、見かけは幼児の無邪気な笑顔に、司祭長も笑顔を
返してくれた。
父を見上げると、微笑みながら頭を撫でられた。うん、間違って
はいないようだ。それにしても美形の微笑み、見慣れてきたが目が
眩むな!
その後、何故か神殿を出るまで司祭長と手を繋ぎながら歩き、別
れ際には﹁次にお会いする時は、是非﹃爺﹄と呼んでくだされ﹂と
言われた。
﹁⋮セガールじいさま?﹂
首を傾げてそう言ってみたらば、物凄く喜ばれた。
20
それはまぁ良いんだが、俺コレで三人目だぞ? 宰相と将軍にも、
爺さんと呼べと強請られたんだが。俺もしかして爺さんキラーか?
そう思った瞬間、馴染みの効果音と共に﹃︻好々爺の親愛︼の加
護を得ました﹄と流れた。
⋮いらねぇよ! と言い掛けたが、一応内容を確認する。
読んで字の如く、爺さん婆さんからの親愛と協力を受けやすくな
る、と言うモノだった⋮⋮。うん、まぁ、アレだ。大臣とか貴族の
当主とか、一応40代が多いが、実質権力を握っているのは、その
父親、つまりは引退した爺さん共だったりするし。彼等の受けが良
いって言うのは、ある意味強味かも知れない。
でも何か、何だか、微妙だなー、と言う感は拭えない。そう思う
のは俺だけでしょうか?
それにしても、すっかり流していたが翠晶館の主ってアレだよな
? 水の杜の客人って言ってたし。
ラディン・ラル・ディーン=ラディン。
神殿の主祭神に祀られてるって、やっぱり神じゃねぇか!
あと、神託で決まったって、ラディンが俺の前世の名前をそのま
ま伝えただけじゃん! 思い切り作為的だったな!!
納得いかないまま、馬車に揺られ城に戻った俺は、昼寝もそこそ
こにストレス発散の為、騎士団の訓練所にお邪魔し、素振り・打ち
込み・走り込みをしたのだった。
途中で将軍に見つかり、有無を言わさず執務室に連れ込まれ、お
菓子とミルクをご馳走になり、昼寝をした。後で将軍の補佐官に礼
を言われたが、何でも俺が寝ている間、将軍が大人しく執務室に籠
もって書類を片付けてくれたお陰で、大分仕事が捗ったとの事。
礼を言われる様な事では無い筈だが、爺ちゃんどれだけ仕事を溜
め込んで居たんだよ⋮⋮。補佐官の日頃の苦労が偲ばれるな。
21
訓練所を後にした俺は、そのまま自分の部屋に戻り、侍女と遊ん
だり本を読んだりと充実した時間を過ごした。
後で聞いた話によると、俺とおやつとお昼寝の時間を一緒に過ご
ジジィ
したと、将軍がわざわざ宰相を訪ねて自慢して、一触即発の状態だ
ったそうだ。
父が笑って教えてくれたが、何やってるんだよ、爺どもは⋮⋮。
思わず頭が痛くなった俺は悪くないと思う。
22
Lv.01︵後書き︶
閲覧ありがとうございましたwww
補足
複合スキルは同系統3∼5種入手した時に統合され、+が付いた状
態で表示される様になります。この時入手していないスキルも同系
統であれば認識され、対象となります。
主人公の場合、この時点で敏捷や魅力など、持っていなかった上昇
系スキルも、複合スキルを得たことにより、何か上昇するようなア
クションを起こした場合上がっていきます。
ステータス表示に関しては、現時点では主人公に関係ないので出て
ませんが、冒険者や騎士、兵士たちが持つタグに表示されます。
因みにこのタグに表示されるのは、持ち主の持っているレベルの高
修正−−−−−−−−
いスキル5種程度と、3種以内の加護となります。
隠すことも出来ます。
−−−−−−−−−−'14/11/04
−−
主人公の瞳の色を訂正しました。
※補足説明
某国民的ゲームの発売年は其々1997年、2004年で年齢設定
が若干おかしいですが、気にしないで下さい⋮⋮。
23
Lv.02︵前書き︶
ちょっと日常編。
24
Lv.02
ふあぁぁぁ、と欠伸と伸びを一つして、ヨイショと跳ね起き、カ
ーテンを開ける。青空と朝日が眩しい。
クロゼットを開け、中から今日着る予定の服を選び、釦に四苦八
苦しながらも何とか着替える。今日は茶色のベストと半ズボン、白
のシャツと言う出で立ちだ。
三歳に成ったのを機に、幼児服から子供服に変えて貰った。何せ
19世紀から20世紀初めのヨーロッパの様な服飾事情の為、幼児
服は見た目ほぼ女物だった。
頭からスッポリと被るヒラヒラのレースとリボンの付いたワンピ
ースの様な上着、腰にサッシュ。そんなモノを着せられた日には動
くに動けない。
そんな訳で、子供服に替えたい! と訴えた所、まだ早いと却下
されたが︱︱普通は5歳∼6歳らしい︱︱一人で着替える事を条件
に、許してもらった。
普通貴族の子弟は使用人に身の回りの世話を全て任せる。少しず
つ覚えさせ、成人するまでに一通り出来るようになる、らしい。⋮
甘やかされたヤツの中には、成人しても釦どころかシャツも着られ
ないのが居るらしいが、本当だろうか?
俺はそうならないとは思うが⋮⋮気をつけよう。
着替え終わる頃、ノックの音と共に俺の専属侍女が入室して来た。
本来なら許可を得てから入室するのだが、俺がまだ幼児であり何
をしでかすか判らない、と言う事で﹁入るな﹂、と言われない限り
は自由に出入り出来る様になっている。
⋮そもそも国王である父も、執務室と公式行事の場以外は拘って
25
いない。作法に煩いのは、成り上がりの新興貴族の三代目位、と何
時か教えてくれた事が有った。
古くからの家柄は鷹揚で、新興貴族は二代目位はそんな事言える
立場で無いのが理由だ。
昔の言い回しで、初代が興し二代目で波に乗り三代目が潰す、っ
バカ
て祖父さんから聞いた気がする。この祖父とは前世の祖父、内蔵助
の事だ。時代劇でも大店の三代目は身上を潰す若様と相場は決まっ
ているしな。
⋮話が逸れた。
専属侍女のマーシャが、俺の姿を見て溜め息を吐いた。
﹁クラウド様⋮⋮本当にお一人でお召し替え出来る様になったので
すね⋮⋮。喜ばしい事ですが、寂しいです⋮⋮﹂
上から下まで俺の姿をチェックし、ブラシを手に取り髪のブラッ
シングを始める。
つい先日まで俺の身の回りの世話一切を行っていたマーシャには、
着替え一つでも関われないのは寂しいのだろう。だからと言う訳で
は無いが、髪を梳くのは任せている。
俺自身としては髪なんか二、三度梳かせば充分だと思うのだが、
それだとワサワサのバサバサだ。しかしマーシャに任せると何度も
ブラッシングして、仕上がりはツルツルのサラサラだ。
仕上がりもさる事ながら、ブラッシングの時間は俺の体調等を確
認する時間でもある。
熱が無いか、怪我をしていないか、服は小さく無いか等、確認す
る事は多岐にわたる。
その細々した事をこの時間で行うのだから、俺に不服は無い。⋮
無いよ、本当に。面倒臭いとか思ってないからな!
閑話休題。
俺が何をしでかすか判らない、と言うのは、一度窓からシーツを
26
使って脱け出した事が有ったからだ。シーツの長さが足りず、宙吊
りになった所を発見され、大騒ぎになった。
何故脱け出そうとしたかと言えば、体を鍛える為に外に出たかっ
たからだ。
鍛える為に、何をしたら良いか考えた俺は、幼児の頃は無理に鍛
えるより、基礎体力を付けた方が良いと考え、それこそ庭を縦横無
尽に駆け回り、木に登り、転げ回ったり何だりと色々とやった。子
供の遊びは基本全身運動だ。そっと訓練所に忍び込み、隅で棒切れ
を振り回して素振りもしてみた。将軍とはその時知り合った。
しかし余りの俺のヤンチャ振りに手を焼いた当時の侍女の一人が、
俺を部屋に閉じ込めた。多分彼女は余り仕事に熱心では無かったん
だろう。
当時は専属侍女等無く、当番で俺の世話をしていたが、その彼女
以外は文句は言うものの閉じ込めるまではしなかった。因みに当の
彼女は俺が宙吊りになっている間、何処ぞの貴族の侍従としっぽり
していた。⋮意味は知らないよ? 俺は当時二歳半だったし、カッ
コ笑い。
兎に角、部屋から脱け出た挙げ句宙吊りになり、大騒ぎになった
ものの、その時は、振り子の原理で近くのバルコニーに飛び降りて
事なきを得た。盛大に叱られ、心配されたがその結果騎士団の訓練
所に顔を出しても良いと許可が出たのも良い思い出だ。
放置するより監視した方がマシと言う思惑なのは容易に想像出来
るがな。
そして侍女も当番制を見直し、信頼出来る人物を選んで専属にし
た。侍従のサージェント、侍女のマーシャとメイアである。三人と
言うのが多いのか少ないのかは判らないが、俺は満足している。余
り多過ぎても気が張るし、少なければ逆に彼等の心労が気に掛かる。
心労を気にするなら、大人しくしとけ、って話だが、それでは俺に
都合が悪い。
こうして着替え一つでも彼等の手間を少なくし、最終的には専属
27
も無くしたい、と思っている。幼いうちは仕方ないが、もう少し成
長すれば何とかなるだろう。
身嗜みを調えたのを確認した後、私室を飛び出し何時もの様に訓
練所に向かう。広い場内で走り、跳び、素振りをして朝食までの時
間を潰す。
今日の走り込みは、途中途中で宙返りや側転、バック転を何回か
入れてみた。勢いがついていたからか、そこそこの成功率で、朝の
鍛錬に来ていた兵士や騎士に拍手された。ちょっと嬉しい。
その後食堂へ向かうと、既に父が座っていた。
慌てて駆け寄り挨拶する。
﹁お早うございます、父上! ⋮母上は?﹂
見ると母の姿が見当たらない。
俺の挨拶に、にこやかに返事を返す父だったが、最後の問いにバ
ツの悪そうな顔をする。
﹁王妃は部屋で寝ている⋮⋮。食事は部屋で済ませるから、気にせ
ず食べよ﹂
﹁部屋で? 病気ですか?﹂
﹁いや、その、俺⋮余が⋮⋮抱⋮⋮⋮⋮昼には会える、食事にする
ぞ!﹂
耳まで赤くして思い切り話を逸らされた。
⋮⋮つまりアレか。昼まで起きられない様なコトを致していた、
と。で、それを息子の俺に言えない、と。
⋮夫婦仲が良くて大変結構ですね。この分では近い内に弟か妹が
出来そうで何よりです。二人とも若いしね。こんな事しょっちゅう
有るのに、何故か初々しい反応をする、可愛い父である。
パンを齧じりながら、赤い顔の美丈夫を生温かい目で見ていたの
は秘密だ。
28
今更ながら、両親の話をしよう。
父はミクローシュ・レフ・アルマース=エーデルリヒト、26歳。
18歳の成人と同時に結婚し、王位も継いだ。俺と同じ色の金髪に
榛色の瞳の美丈夫だ。降嫁した妹が一人、相手は他国からの留学生
で、今は爵位を賜り騎士団で近衛の隊長をしている。コネではない、
実力だ。
母はソフィア・グレイス・アルマース=エーデルリヒカ、24歳。
亜麻色の髪に俺と同じ青灰色の瞳の美女だ。元は侯爵家の出で、弟
が一人いる。領地から出て、王都の学校に通っている。
因みに王家では男子はエーデルリヒト、女子はエーデルリヒカを
名乗る事になっている。
元々人気の有る王家だが、特にこの二人の場合、政略結婚にも関
わらず熱愛中の鴛鴦夫婦として知られ、女性に人気が有る。なかな
か子宝に恵まれず、一部の貴族から王妃が疎まれた時期等は、国民
の神殿詣でが盛んに行われたらしい。
祈りの内容は、﹃早く子宝に恵まれます様に、あと暴言吐いた貴
族はもげろ﹄要約するとこんな感じ。国民の信頼を勝ち得ていて、
何よりである。
そんな訳で俺が産まれた時は、国中が盛大に祝ってくれたが、特
に王家のお膝元、王都と直轄領地では物凄いお祭り騒ぎだったそう
だ。見てみたかった!
待望の子宝、つまり俺が産まれてからは二人の仲は更に深まった
と評判である。公式行事では常に寄り添い、仲睦まじさを見せつけ、
プライベートではそれ以上。砂を吐きそうな甘さである。然し二人
とも決して仕事を疎かにせず、以前よりも精力的に仕事をすると専
らの噂だ。
福祉や公共事業、教育、医療様々な分野で、貴族も平民も分け隔
て無く利益を享受出来るとあって、国民からの人気は絶大克つ確固
たるものとなっている。
29
そんな両親に、俺は既に前世の記憶が有ると、秘密を打ち明けて
いる。何故かと言えば、その方が後腐れ無いだろう、と判断したか
らだ。
確かに俺は前世の成人男性、東堂蔵人の記憶を持っている。だが、
今は彼等の息子クラウドであり、三歳の幼児だ。
正直な事を言えば前世の年齢等、今世の年齢に引き摺られて、有
って無きが如し。精々精神年齢が二、三歳上がっている程度だ。前
世年齢+今世年齢=精神年齢、なんて事は無い。
だからと言って黙っていても、俺が前世の記憶から引っ張り出し
た知識を、突然言い出したりしたら困惑するだけだろう。
早い段階でカミングアウトした方が双方の為になると判断して、
宙吊り事件の時に告白した。
そうしたら、どうも俺は記憶が戻る前にも色々やらかしていたら
しく、既に両親は俺が前世持ちだと知っていた。何だか物凄い負け
た気分である。
だが告白した事で気分は軽くなった。両親の方も俺は俺と言うか
前世は前世、今は今、と聞いて安心したそうだ。
どちらかと言うと、以前より可愛がられている気がするし、会話
も弾む。無理に子供向けに掻い摘んだ話をしないで済む分、気楽に
話せるって事だろうか。避けられるよりずっと良いので、俺として
も難しい話もドンと来い、である。ただ、機密事項っぽい話は勘弁
して欲しい。俺、三歳だから。忘れられがちだが。
食事も終わる頃、父が話し掛けて来た。
﹁今日は何をする予定だ?﹂
﹁騎士団で遊ばせてもらってから、魔術院で魔法を見せて貰おうと
思ってます。後、お邪魔でなければ父上とお話がしたいです﹂
訳。騎士団で鍛錬後、魔術院で魔法の勉強、父に帝王学を学びた
い。
﹁午後からなら多少時間に余裕がある。その頃に来なさい﹂
30
﹁はい!﹂
元気に返事をした所で食事が終わる。椅子から立ち上がり、食堂
を出ようとした所で父に尋ねる。
﹁そうだ、父上! 母上のお見舞いは午後からの方が良いですか?﹂
﹁いやっ、び、病気ではないから、見舞い等気にするな! そうだ
な、余と話し終えたら妃と茶でも飲もう﹂
俺の言葉を聞くなり、父はあからさまに挙動不審になったが、や
ばい、マジに父が可愛い。
明らかに子供には聞かせられない話を誤魔化す体なんだが。俺が
前世では成人してたって知っている筈なのに、何だこの可愛い反応。
くそう、美形は何しても許されるって本当かも。
その後予定通り過ごした後、今母の部屋で優雅にティータイムで
ある。
目の前では見目麗しい男女が寄り添いながら甘い雰囲気を醸し出
し、お茶を飲んでいる。砂糖入れてないのに茶が甘い甘い。
チラリと傍に控えている侍女の顔を見れば、一様に生温かい目を
していた。慣れてるんだなー⋮⋮。
母は午前中寝て過ごしたからか、ゆったりとしたドレスを身に着
けていた。華奢な細い腰を見るにつけ、良く子供を産めたな、と思
う。その癖豊満な胸は、確かに母親の持つものだと思う。
父はそんな母の腰から手を離さず、茶を飲んでいる。見た所、ち
ょっと母の顔が赤いので腰を抱き寄せるだけでなく色々やらかして
いるのかもしれない。テーブルの反対からはこれ以上判らないけど
ね。
﹁クラウド、お菓子はもう要らないのかしら? もう眠い?﹂
優しく問われ、俺は自分が舟を漕ぎ始めていたのに気がついた。
何だか目がショボショボする。
﹁お母様と一緒にお昼寝しましょうか?﹂
﹁は⋮﹁ダメだ。そなたの寝室に余以外の男が入るのは許さん。寝
31
台など以ての外だ﹂⋮遠慮します﹂
父上、息子に嫉妬してどうするよ⋮⋮。
舟を漕ぎ始めた俺の目の前で、痴話喧嘩を始める両親。瞼がくっ
つき始めた頃、何だか妖しい雰囲気になり始め、ふと目を向けたら
ディープキスかましてやがった。更に頭がテーブルに突っ伏した辺
りで、母の甘い声しか聞こえなくなって、俺は誰かに抱えられて何
時の間にか自分の部屋で寝ていた。
⋮何だか凄いカオス。
父が母を溺愛しているのが良く判った。
我が親ながら、いちゃつき過ぎだろう、と思う。
だがコレはコレで良いのかな? と思う辺り、俺もこの世界、家
族に慣れたんだな、と思うのだった。
32
Lv.02︵後書き︶
閲覧ありがとうございましたwww
補足
専属侍従・侍女は三人ですが、三人だけで全てをしているわけでは
有りません。彼等はあくまで身の回りの世話をするのが仕事であり、
掃除などは別に召使いが居ます。
福利厚生はしっかりしているので三人がローテーションを組んで休
暇を取っています。
尚しっぽり侍女は当然処罰されてます。
−−−−−'15/05/11−−−−−
文章修正しました。
弟が一人いる。領地から出て、王都の学校に通っている。
兄が父の側近だった。今は家督を継ぐ為領地に戻っているそうだ。
↓
−−−−−'14/11/14−−−−−
↓
だが
誤字を修正しました。
たが
些細ですが、大きい間違いでした⋮⋮。
−−−−−'14/11/08−−−−−
↓
サッシュ
誤字を修正しました。
サシェ
サシェは匂い袋です。すみません。
33
Lv.03︵前書き︶
新キャラ登場。
タグ詐欺にならない保険です。
34
Lv.03
木刀を構え、精神統一。瞑った目の前には、敵をイメージする。
実際には動かない木偶が在るだけだが、動く敵だと認識する。ヤツ
が右に動くか左に行くか、予測して構えを低くし、今だ、と感じた
瞬間、足を蹴って前に出る。鞘は無いが抜いた積もりで木偶を一閃。
﹁いってえぇぇぇ!!﹂
物凄く痛い。俺の力では反動の方が大き過ぎた。
木刀を取り落としてピョンピョン跳んでいると、周囲から笑いが
漏れる。
﹁殿下、大丈夫ですかー?﹂
﹁未だ木偶相手は早いでしょう。素振りにしておいた方が良いです
よー。﹂
笑いながら声を掛けてくるのは、すっかり馴染みになった騎士達
だ。
例に因って俺は、朝食後の遊びと称して騎士団の訓練所にお邪魔
している。
初めの内は、子供どころか幼児がチョロチョロと彷徨いているの
が邪魔くさい、と思って居ただろうに、今では俺が鍛練の邪魔をし
ない事が判ったからか、気軽に声を掛けてくる様になった。人間関
係は大事なので、これからも気を付けようと思う。
痺れた手を振りながら、取り落とした木刀を拾って、再度構える。
今度は木偶相手の打ち込みではなく、単なる素振りだ。
因みにこの木刀は俺の手作りである。訓練所に置いてあるのは、
当たり前の話だが、木剣や木斧、木槍ばかりで初めの内は其れ等を
35
使っては見たもののどうにも馴染めず、結局手作りとなった。
苦労して丁度良い重さ、長さの何の変鉄もない木の棒を削り、握
りや反りを確認しながら作ったのだ。刃物を持たせるのは危険と、
最初は俺の要望を聞きながら作って貰う筈だったが、どうにもこの
﹃反り﹄と言うものが中々理解されず、自分で作った方が早い、と
なった。折角協力してくれたのに申し訳ない事をした、と思ってい
る。だが今後新たな木刀が必要になったら、その時はお願いしよう
と思って居る。と言うか既に俺が使用して居ない時に持ち出して、
形や重さ等を確認しながら予備を作り始めて居る様だ。
正眼に構えて、下に振り下ろす。一、ニ、と数えながら振ってい
ると、周囲でも其々訓練を始める。真面目だなー、と感心している
と、突然脇から腕が回り、そのままひょいと持ち上げられた。
﹁うわっ!?﹂
高く掲げられ、思わず声を上げると、下から愉しそうな笑い声が
した。
﹁クラウド殿下! 遊びに来ましたか?! 爺と遊びましょうか!﹂
﹁ヤーデ将軍⋮⋮﹂
下に目をやれば、ニコニコした顔に大きな古傷の有る、ゴツい爺
さんが笑っていた。
俺の呟きに、下唇をつき出して異を唱える。
﹁違いますでしょう! フォルティス爺、フォル爺ですぞ!!﹂
ブンブン振り回しながら、俺に愛称呼びを強要するのは、この国
の軍の最高幹部、ヘルムート・フォルティス・ヤーデ将軍である。
60を過ぎて尚、筋骨隆々とした立派な体躯の持ち主で、昔の古
傷として身体のあちこちに傷がある。顔にも大きな傷が残っている
が、存外似合って、味のある顔と言っても良い。
尤もそう思う俺は珍しい様で、大概の子供に顔を見られた瞬間、
泣き出される事が多いらしい。俺は一歳に成ったばかりの頃に将軍
を紹介され︵何故紹介に至ったかは記憶に無い。恐らく庭を散歩し
ていた時に偶然出会ったのだろう︶、傷の余りの見事さに逆に食い
36
付き、失礼ながら笑いながら傷に触っていたらしい。⋮この時の事
は余り良く覚えて居ないんだよな。ただ其れがあって、フォル爺に
気に入られたのは事実だ。其れ以来俺を見ると直ぐ寄って来て、こ
うして振り回す。ただこの扱いが雑な事を見るにつけ、顔の傷ばか
りが原因では無いと俺は睨んでいる。
ヽヽヽヽヽヽヽ
傷と言えば噂では、一番目立つ顔の傷は、若い頃の夫婦喧嘩で嫁
に机を投げられた時の傷だと言うが本当だろうか。若しそうなら、
嫁さんを見てみたいものである。
それにしても、幾ら何でも振り回し過ぎだ。何だか目が回ってき
て気持ちが悪い⋮⋮。
俺が目を白黒させていると、フォル爺の後ろから救いの手が差し
伸べられた。
﹁閣下、その様に振り回していては殿下が目を回されます。降ろし
て差し上げた方が宜しいかと﹂
低めの甘い美声の持ち主に諭され、実際俺がフラフラになりかけ
ているのに気付いて、慌てて地面に降ろされる。
﹁それと、補佐官殿が探して居られました。会議がそろそろ始まる
とか。お時間なのでは?﹂
﹁おお、そうだった! 遅刻等したらまた奴に嫌味を言われるわい
! 急がねば﹂
将軍はそう言うと挨拶もそこそこに訓練場を後にした。残された
俺は救いの主に礼を言う。
﹁サーペンタイン隊長、有り難う御座いました﹂
﹁いいえ、殿下こそ御気分は?﹂
にこりと微笑むのは、俺の叔父、ナイトハルト・ヴォルフォード・
サーペンタイン=ブラウシュタイン侯爵である。笑顔が眩し過ぎる。
低めの甘い美声を持ち、豪奢な黄金色の髪に、紫紺の瞳。端正且
つ男らしい容貌の物凄い美形である。俺の父も美形だが、更に上を
37
行く。初めて会った時は男とは言え見惚れてしまった。しかも腰に
響く様な美声。
そんな超美形な叔父に俺の叔母、つまり父の妹が一目惚れをして
留学生だった叔父に迫りまくり、5年を費やしてモノにしたらしい。
出来婚デス。
まぁ父より美形なんて早々居ない筈なので、一目惚れした叔母の
気持ちも判らないでは無い。初対面は13歳と10歳だったそうだ
から。
当時は相当騒がれたが、叔母の方が積極的だったのは周知の事実
であり、酒に酔わせて叔母の方が襲った事もあり︵ここ重要︶、叔
父に罪は無いが醜聞は醜聞と言う事で二人は結婚した。とは言え、
流石に5年も好きだと言われ続けたので、叔父も憎からずは想って
居たのだろう。夫婦仲は良好らしい。
他国からの留学生、と言う事で身分を確認した所、西の大陸ヘス
ペリア帝国の有力貴族の子息だった。サーペンタイン公爵と言えば
有名らしく、名前を出したらすぐ判ったそうだ。元の身分が公爵子
息なら身分としては問題ないと言う事で、結婚許可が出され、序で
にこの国での爵位も叙爵された。
留学中だった為、無爵だが成人したら侯爵だか伯爵だったらしい。
で、王女の降嫁先だし偶々王家で預かっていた領地と爵位が有った
のでそれが与えられた。領地自体は小さいが、侯爵位である。名誉
爵、と言う奴か。
叔父はと言えば、爵位を賜るならと、母国に連絡して爵位と継承
権の放棄を願い出て、エーデルシュタイン王家に臣下として仕える
事に決めたそうだ。いさぎ良い人だな、おい。と言うか良いのか、
公爵子息がそんなに簡単に物事を決めて。そして其れをアッサリ認
めて良いのか。
出来婚、と言う事は俺には従兄弟が居る筈なのだが、実は未だに
会った事は無い。まぁ俺は未だ三歳だし、向こうは四歳と聞いた。
38
子供は五歳になるまでは領地から出る事は余り無いので、仕方ない
だろう。年の近い子供には会った事が無いので、会うのが楽しみだ
ったりする。
それにしても、とチラリと隣を見上げる。
見れば見るほど美形である。22歳の若さで近衛の一隊を任され
る実力の持ち主で、真面目で勤勉、寡黙だが言うべき事は言い、部
下の信頼も篤い。女性に対して、冷たい訳では無いが、思わせ振り
な態度を取る事も無く誠実である。そのせいか既婚者にも関わらず、
非常にモテる。
⋮何か凄いチートな人間じゃね? と思ったのは内緒である。た
だ、これは誰しもが思う事らしく、些か残念な人だな、とも思う。
貴族の慣習として既婚者同士でも大人のお付き合い、つまりは情
事、浮気で有るが、お互い責任持てるなら許されると言うか、目を
瞑られる。その為叔父に対しての秋波が物凄いらしいが、其れ等全
てを無視している。と言うか気付いて居ない。
差し入れをされても、感謝の言葉は述べるが其れ以上の事は無く、
折角の差し入れも部下に分け与え、自分は少々かじる程度。侯爵と
言う地位の為、夜会に招待される事も多いが、騎士団の仕事を優先
させ滅多に出ない。その上出たとしても当然夫人である叔母を伴っ
て居る上に、寄せられるあからさまな秋波でさえ気付かない。
王城に勤めている若い娘さんたちは、ソコが良いと言う。禁欲的
で硬派で格好良いと言うフィルターがかかっているらしい。男から
見れば単に鈍いだけなんだが。
大層恋愛に鈍い人だな、と思うと同時に5年も迫りまくった叔母
は正しいな、と思う。其れ位しないと気が付かないよ、この人。
俺がじっと見詰めているのに気付いたのか、不思議そうに首を傾
げる叔父に、素直に言ってみる。
﹁サーペンタイン隊長は凄い美男子なので、母国でも人気と言うか、
39
モテたんだろうな、と思ったんですけど、どうだったんですか?﹂
どうせそんな事無い、と言う気付かない発言が来るんだろうな、
と思っていた俺に、意外な返事が返ってきた。
﹁いえ、確かに五歳上の兄は非常に美男子で、女性に人気が有りま
したが。自分は全く﹂
﹁え、隊長より美男子ですか?﹂
﹁多少は兄弟ですから似ていますが、兄は自分の目から見ても﹃美
丈夫﹄と言う言葉がピッタリですね﹂
⋮マジか。
俺と叔父の会話をコッソリ聞いていた連中が、﹁嘘だろ?﹂と絶
望した顔をしていたが、気持ちは判る。
ただ良く話を聞くと、と言うか良く考えれば此方に留学当時は未
だ13歳だ。叔父の兄が五歳上と言う事は当時18歳。思春期の少
女にとって憧れるには丁度良い存在だ。モテるとか其れ以前の問題
かもしれない。
取り敢えず、顔面偏差値を上げる目標は叔父で良いだろうか。そ
れとも親子と言う事で父か、見た事もない叔父の兄か。
何だか非常に叔父の兄に興味が湧いたが、見た瞬間、世界を呪っ
たらどうしよう。
叔父が部下を伴い仕事に向かったので、俺も鍛練を再開する。
大分余計な事に時間が取られたので、走り込みからやり直す。や
り直しとは言え、身体を温める程度なので訓練所を三周もすれば充
分だろう。
初めの内は一周すら出来なかったが、毎日コツコツ続けたお陰か、
今では十周も余裕である。
ただ、余りやり過ぎて身体を壊したり、妙な筋肉を付けたりして
背が伸びなくなるのも厭なので、余り極端に周回を延ばすのは止め
ようと思う。
目標の三周が終わった所でストレッチを始める。足を大きく開い
40
て、左右に身体を傾ける。その後、腕を伸ばして前に倒れる。ゆっ
くり息を吐きながら前へ倒れると、胸と腹が地面に着いた。更に両
腕を左右に広げて開いた足に付ける。付けた所で周囲からどよめき。
﹁身体柔らかいなー﹂
﹁オレ足開くのも無理だ﹂
何だか情けない呟きが聞こえたが、無視する。
立ち上がって木刀を握り、素振りを始める。素振りを始めると直
ぐに感覚が研ぎ澄まされ、周囲の気配が感じ取れる。剣を打ち合う
音、歩き、走る音、鳥の声、風の音。
木刀を振る時の風を切る音が鋭く澄んだ音になり、振り切る力も
軽くなる。
その内俺は一歩、二歩と踏み出し、木刀も上からだけで無く、返
す刀で下から、横からと振り抜き、踊る様に木刀を振る。
前世の師範、祖父内蔵助から叩き込まれた剣舞だ。
何だかんだで俺は祖父から習った剣術が性に合うらしい。何しろ
今の俺と同じ位の歳から習っていたのだ。今世で長剣の扱いも習っ
たが、今一つピンと来ない。結局前世でやっていた事を思い出しな
がら自主練である。
剣道で全国に出た事が有ると話したが、俺が祖父に叩き込まれた
のは居合い術だ。抜刀する時の緊張感が堪らなく恋しい。ピンと張
り詰めた緊張感の中、一瞬の間を見極め抜刀する。藁で作った的が
音も無く一刀両断される様は何とも言えず気持ち良い。
だが長剣も扱えなければ、いざと言う時困るかも知れないので、
そろそろ習った方が良いだろう。居合いは習ったが長剣は無い。自
己流で始めたら余計なクセが付くのが目に見えて判る。
そんな事を思いつつ、最後に振り抜き、刀を鞘に収める動作をす
る。
うーん、やっぱり木刀じゃなく刀が欲しいなー。竹光で良いから、
鞘が付いているヤツ。自分で作っても良いんだけど、鞘を作るのが
面倒臭い。でもまさか本物が欲しいとは言えないし。武器屋に刀っ
41
て売ってるのかな。今度誰かに訊いてみよう。
その後暫く素振りを続けた所で、侍従のサージェントが迎えに来
た。時間を忘れて素振りをしていたが、もう昼時だ。気が付いた途
端お腹がぐう、と鳴る。
周囲を片付け訓練所を出る前に、﹁有り難う御座いました﹂と一
礼する。最初は戸惑っていた騎士たちも、もう慣れたもので俺に挨
拶してくる。最近では俺に感化されたのか、訓練所を出る時に一礼
するヤツが増えたらしい。良いけど。
訓練所を出た俺は、空腹を訴える腹を宥めつつ、食堂へ向かった。
今日も何か美味しいものが有ると良いな。でも最近無性に日本食
が喰いたい。こってりクリームとか、旨味の無いスープとか、飽き
た。出汁の効いた味噌汁とか薄味の煮物とか食べてえええええぇぇ
ぇぇ。
42
Lv.03︵後書き︶
タグ﹃残念な美形﹄です。
−−−−−
中々友人が出せません。展開ゆっくり過ぎるか。
!!
'16/02/13
閲覧有り難う御座いましたwww
修正情報
↓
−−−−−
‼
43
Lv.04︵前書き︶
日常編。と言うか日常しかないな。
44
Lv.04
突然だが、何だか物凄く日本食が食べたくなり、料理長に色々訊
いてみた。
ラノベの転生モノで良く有る、転生者が日本食を作って、異世界
の食事情を変える。そんなのを自分がやる事になるんだろうか、と
若干不安だったのだが、そもそも別に食事情自体に不服は無い。
普通に洋食だと思って喰えば、美味い。ただ単に俺がアッサリ淡
白で有りつつ、旨味のある日本食が食べたいだけだ。UMAMI万
歳。
祖父母との同居生活、その上作り手が祖母となると自然、内容は
昔ながらの和食となる。母が偶に作るハンバーグなどは、偶だから
良いのであって、毎日は飽きる。反論は受け付けよう。俺がそうだ、
と言うだけだ。
それで料理長に根掘り葉掘り訊いてみたところ、アキツシマと言
う島国の食事情がどうやら俺の希望と一致するらしい。⋮アキツシ
マって、日本の古い名前だよな? 秋津洲とはトンボの古名で、日
本列島の形がトンボに似ているから付けられた名前だと記憶してい
る。
何だか微妙に此の世界と前世の世界がリンクしている気がする。
まぁ俺以前に転生なりトリップなりした奴等が、俺と同じ様に和食
恋しさで試行錯誤した結果だと思おう。
料理長は流石に王宮専属料理人だけあって、俺の曖昧な説明にも
めげずしっかり答えてくれたのは有り難い。アキツシマの特殊な食
事情は、少なからず需要が有る様で、細々と調味料などが出回って
45
たか
いるそうだ。但し高価い。
エスタニア
其れも当たり前の話だが、アキツシマは広大な東大陸の更に東に
位置する小さな島国だ。其処から海を越え大陸を渡り、東大陸の西
の果て迄運ぶとなれば相当な労力がかかる。輸送費が値段の半分以
上を占めると思われる。
ゲート
因みに、実は転移門と言う、ファンタジーに有りがちな、遠い場
所を繋ぐ魔法陣が有る。旅の○とか言われる所謂アレ。
其れを使えば輸送費も然程かからないのでは? と思われがちだ
が、実は制限がある。余り大量の物は短い距離しか転送出来ないの
だ。
手荷物程度なら問題ないが、其れだと個人の土産程度の量しか持
ち運べない。しかも量に応じて利用料金も変わるので︱︱転移門は
有料である。王族ですら例外ではない︱︱余りに大量の荷物は逆に
金が嵩んで普通に船便、陸便で運ぶのと代わり無い所か高くなる。
飛龍便と言うのも有るが、其れも飛龍に載せられる程度の量とな
るとたかが知れる。
そんな訳でアキツシマからの調味料や食材等は、非常に珍しい幻
の食材となっている。
余談だが、そんな王族ですら例外ではない転移門を無料で利用出
来る場合がある。緊急依頼で呼び寄せられる冒険者だ。
滅多に有る事では無いが、突然魔物等に襲われて対応出来る人間
が居ない時等、見合ったランクの冒険者が呼び寄せられる。緊急事
態は仕方無いと言う事だろう。
そう言えば、俺の産まれる少し前に、冒険者として最高ランクの
六ツ星︱︱一ツ星から始まって、冒険者ランクの最高は基本、六ツ
星である︱︱が、活躍が目覚ましく他の追随を許さないとかで、七
ツ星を名乗る事を許されたそうだ。
⋮何だか格好良い。
46
逢う事が出来るなら、どんな修行をしたら其処まで強くなれるの
か、訊いてみたいものである。
冒険者の魔道具として有名なのがアイテムボックスであるが︱︱
形は問わないらしい。袋状でも箱でも、洋服のポケットですらアイ
テムを仕舞うことが出来れば、アイテムボックスと呼ばれる。容量
は個人に因って千差万別、有象無象。例え容量が一つでも、アイテ
ムボックスはアイテムボックスである︱︱、其れは例の容量制限に
引っ掛からない様だ。
だとすれば冒険者に依頼を出して食材を運んで貰えば良いだろう、
と思ったが、大概の冒険者は余計な物を入れられる程、容量は多く
ないし、精算品や素材と呼ばれる魔物のドロップアイテムで埋まっ
ている。しかもそちらの方が高値で取引されるだろう。依頼を出す
方としては大赤字になる恐れがある。
それでまぁ何が言いたいかと言うと。
﹁それではそのアキツシマからの食材はこの国では手に入らないの
ですね⋮⋮﹂
﹁殿下⋮⋮力及ばず申し訳御座いません﹂
俺があからさまにしょんぼりしたからか、料理長まで悲し気な顔
になる。あ、ゴメン。料理長のせいじゃないのに落ち込ませた?
慌てて料理長に謝る。
﹁そんな事無いです! ぼくのワガママで色々教えてくれたのに⋮
⋮謝るのはコッチです!﹂
﹁殿下⋮⋮何とお優しい⋮⋮不肖此のマゲイロス、殿下の為にも尽
力致します!﹂
あれ、何か決意を新たにされた。そんなつもりは無かったんだが。
取り敢えず厨房を後にして、図書室に行ってみる。
王城の図書室は、街中に有る図書館とは蔵書量が比べ物にならな
47
い位多い。古い書物も多く、管理に細心の注意が必要な為、司書が
常駐し修復師も兼ねている。勿論俺は街の図書館には行った事は無
い。話に聞いただけだ。
識字率は低くないし、図書館の利用者も其れなり所かかなり多い。
それなのに蔵書量が違うのは、実は街の図書館の蔵書の大半は王城
の図書室の物だからだ。専門書は王城の図書室から貸し出し、娯楽
系の本は街の図書館が独自に仕入れている。常に入れ替え、少しず
つ蔵書を揃えて居るそうだ。街の図書館に娯楽本が多いのは、先ず
娯楽系から興味を持って貰い、色々と手に取って欲しいからだ。
兎も角、王城の図書室の蔵書の中には、稀覯本もかなり有り、城
に勤める文官や魔術師などに、頻繁に利用されている。司書が常駐
し管理されているのも借り手の多い理由だろう。
薄暗い図書室は静かで人の気配が無かった。だが居ない訳は無い
ので、扉を開けて直ぐの場所でキョロキョロと辺りを見回す。する
と静かなカウンターの中に司書らしき人を見つける。
ホテホテと寄って行き、声を掛けるが、カウンターに背が届かな
いので気付いて貰えない。必死になって飛び跳ねてカウンターを叩
いて存在を知らせ、何とか用件を伝える。
判ってるよ、煩くしちゃいけない事位は。今度、足踏み用の台で
も設置して貰おう。
司書に植物図鑑が見たい、と言った所、絵本を渡された。これじ
ゃない、と訴え植物図鑑と序でに魚類図鑑も手に入れた。
それで判った事。
絵本を渡されたのは仕方無い。あんな分厚い本、三歳児が持つも
んじゃない。
と言うのはさておき。
分厚い図鑑を端から端まで読み進め、エーデルシュタイン周辺で
見られる海草と魚を調べた。勿論伊達や酔狂ではない。立派な目的、
昆布と煮干しを手に入れる為だ。
48
買えないものなら、採れば良い。
幸い此の国も島国で、周囲はぐるりと海である。そんな訳で普段
の食卓にも魚料理が良く並ぶ。
探せばウルメイワシに似た魚が居るかもしれない。北部の港町に
は昆布に似た海草が生えているかも知れない。
そんな期待を胸に、図鑑を捲れば⋮⋮有りました! カツオみた
いな大きさのイワシ擬きと、イソギンチャクみたいな昆布擬きが。
⋮旨いのかな、これ。と言う疑問はさておき、見つかったなら手に
入れない理由は無い。
幸い二つとも、普通に食材として流通していたので、再び厨房に
戻り料理長に事の次第を伝える。
暫くして届けられた昆布擬きとイワシ擬きを嬉々として天日干し
する。何時の間にか料理長がすっかり協力者として細々と手伝って
くれた。
イワシ擬きは大き過ぎて上手く干せそうに無かったので、料理長
に頼んで三枚下ろしの後、俺が覚えている限り一番メジャーな大き
さに切り分け、干す。
昆布擬きは小さいから悩んだものの、一枚一枚干す事にした。風
に飛ばされない様に、一応網を被せる。
﹁殿下、これはどの位天日干しするのですか?﹂
料理長に訊ねられ、俺は暫く考え込んだ。面倒なので﹃擬き﹄は
外すが、昆布は通常三日ほど、イワシは一日もあれば良かった気が
する。
だけど用心の為に取り込む時に確認するか。
俺がその旨伝えると、料理長は頷いてもう一度天日干しした昆布
グ
たちを確認しに行った。どうやら最後まで付き合ってくれるらしい。
グレーカス
所で多分疑問に思われているだろうが、俺の特殊スキル、﹃脳内
49
情報検索閲覧﹄だが。実は現段階では使い物にならない。経験が足
りないのだ。
どうやらある程度実生活に於いて調べものをしたりしないと、基
礎力が足りなくて、使えないようだ。そんな訳で図鑑である。その
内、薬草とか歴史とか、手当たり次第に調べて見ようと思う。
案外こう言う地道な作業は好きだったりする。⋮ラディンに最初
からチート能力を貰っていたら、楽かもしれないが、楽しくは無い
かも知れない、等とちょっと思う。いや、まぁチート能力を貰った
と言えば貰ったんだけどさ。途中経過が有るか無いかの違いだけで。
ただその違いが俺には大きかったりする。
努力好きってどんなマゾだよ、とも思ったりするが、好きなもの
は仕方無い。頑張るよ? 俺。
幸い好天続きで天日干しは順調である。みるみるカラカラに乾い
ていくイワシ、縮んでいく昆布。出来上がりが楽しみである。
俺が妙な事を始めたと聞いて、両親や将軍閣下や宰相閣下まで様
子を見に来たが、見て面白いものでも無いので、早々にお引き取り
頂いた。
結果は干物が出来てからである。
本当は鰹節も作りたかったが、あれは手間暇掛かりすぎる。⋮味
噌が手に入ったら、味噌汁作りたいんだけどな。未だ無理か。
俺のスキルがレベルアップして、味噌や醤油の作り方が判ると良
いなぁ。ぼんやりとなら判るが、その状態で作ったら、ただのお腐
れ様を作る気がする。止めておいた方が無難。
数日後、念願叶って煮干しと乾燥昆布が出来た。
ホクホクと嬉しそうに干物を仕舞う俺に、料理長が訊ねる。
﹁殿下、これ等はどうやって使うものですか?﹂
﹁水で戻して出汁を取って、後は細かく刻んで他の野菜や肉と混ぜ
50
て焼いたり煮たり? 色々かなぁ﹂
折角乾かしたものをまた水で戻すと聞いて、料理長は首を傾げた
が、食べて驚け。天日干し舐めんな。旨味が凝縮されるんだぞ。
煮干しと昆布の他に、実は野菜も少々干してみた。良い具合に乾
燥して、これ等も甘味と旨味が増えている筈。と言う事で、これも
料理長に渡す。
一応念の為、其々相性の良い食材の組み合わせを教えておく。
その後料理長が旨味に目覚めたのは言うまでもない。
結構大量に出来たので、瓶に詰めて保存しようと思ったが、乾燥
剤を入れた方が良いかな、と思い付く。しかしシリカゲル等無い。
何か上手い代用品は無いだろうか、と考え、思い付かないので、
また料理長に相談してみる。すっかり俺の相談役と化しているな。
食材限定だが。
俺の相談に快く応じてくれた料理長だが、暫く考え込んだ。野菜
を干したりするのは今までも有ったが、長期保存する事は余り無か
ったらしく、やや暫くしてから、茶葉の保存に使用する魔石の事を
教えてくれた。成る程、そんな便利な物があるのか、と思ったと同
時に魔石何でも有りだな、と思う。
余っている魔石等無いので︵魔石は高価なのだ︶、一旦借りて魔
術院に向かう。自分の部屋に隠しておいた魔石の元、魔法陣も何も
組み込まれていない水晶も忘れずに。この水晶は確か外出先で拾っ
た物だ。
魔石の元は魔力が籠めやすい物なら何でも良い。一般には魔晶石
と呼ばれる魔法によって作られた石。その他、水晶や青金石︱︱瑠
璃とも言う︱︱等の宝石が良いとされている。
無いなら作れば以下略、と言う事で、その辺に居た魔術師を捕ま
えて、借りた魔石を見せて此れと同じ機能の魔石を作ってくれ、又
は作り方を教えろ、と強請る。俺に教えるより自分がやった方が早
い、と言うか楽なんだろう。﹁忙しいんだがなぁ﹂と言いつつも、
51
水晶に乾燥剤の魔法陣を組み込んでくれた。
﹁有り難う御座います﹂
ニッコリ笑って礼を述べたら、頭をグシャグシャにされた。何で
だ。
瓶に乾物を詰めて、保存。
漸くこれで出汁が作れる。
今度は、牛蒡の金平とか教えようかな。⋮俺が食べたいだけだが
な!
さて、今日はトマトでも干そう。
すっかり干し野菜に嵌まった俺であった。
そして良く良く考えて見れば、アレ? 俺、結局異世界の食事情
に干渉してね? と今更気付いた。⋮まぁやってしまった事は仕方
無いと言うか、これも一種の様式美の様なもの、と諦めた。
諦めて開き直れば、やはり色々思う所は有り、アキツシマの食材
を何とか手に入れるか、作ることが出来ないか、考える事になった。
どうせなら漬け物も作るか。発酵食品万歳。⋮なんてね。
52
Lv.04︵後書き︶
閲覧有り難う御座いましたwww
−−−−−'14/11/17−−−−−
↓
魔法陣
誤字修正しました。
魔方陣
誤字とは厳密には言わないですが、何となく⋮⋮
53
Lv.05 ディラン=セイリオス︵前書き︶
別視点による殿下語り。
侍女でも侍従でも、国王でも王妃でもありません。
ましてや叔父さん、将軍閣下でもない人。誰だ、こいつ。と思って
ください。
54
Lv.05 ディラン=セイリオス
オレがクラウド殿下を知ったのは、彼が二歳半の頃、部屋から脱
け出しシーツにぶら下がり、宙吊りで発見された時だろうか。
エーデルシュタイン
勿論此の国の国民として誕生時よりその存在は知っていた。だが
其れは敬愛する王家に新たに加わった王族と言う認識で、個人とし
ての認識では無かった。
当時、殿下が宙吊りで外壁にぶら下がって居た、と連絡が入った
時は騎士団と魔術師団を巻き込み大変な騒ぎとなった。どうやって
助けたら良いか、早く引き揚げろ、魔術で降ろせないか、等々、焦
って話し合う大人達を尻目に、当の殿下はシーツに掴まり体を揺ら
して反動を付けて、実に上手に階下のバルコニーに飛び降りた。二
歳半の幼児としては驚きの身体能力であった。
きつく叱られたであろう殿下は、その後騎士団と魔術院に出入り
する様になった。騎士団には剣術の稽古に、魔術院には魔術の勉強
に。
めぐ
特に誰かに師事している訳では無い。魔術院に来て殿下が先ず行
うのは、瞑想である。自分の中に廻る魔力を感じ取る訓練。彼は誰
に訊く事も無く自然と始めた。恐らく魔術師が瞑想している姿を見
た事が有るのだろう。見様見真似でも中々に様になっていた。実際
僅かながらも魔力が増えている。
瞑想の後は、魔術院に有る魔術書を読み漁る。利発な殿下は既に
読み書きが出来る様で、初めは絵本の様な教本から始め、最近では
つか
中級魔術書を読み始めた様だ。⋮あれは大体魔法学園に行く様な年
齢、つまりは13歳頃に読む本なのだが。閊えながらも読み進め、
判らない事は素直に訊ねる。其の姿には好感が持てる。
55
そもそも殿下は、とても愛らしい。
凡庸な顔付きでガッカリした、と言われた、産まれたばかりの頃
の噂と全く違い、殿下は両陛下に良く似ておられる。
陛下譲りの金髪は何時もサラサラとして艶があり、妃殿下譲りの
烟る青灰色の瞳は好奇心に溢れ何時も輝いている。何時も元気に駆
け回り、会う人毎に挨拶を交わす。貴族も使用人も変わり無く。
勿論身分を問わず、見境無くと言うのでは無い。貴族には正式な
作法に則った礼を取り、使用人には気さくながらも一定の距離を保
つ。身分をキチンと弁えた態度。自然に其れをやってのける殿下に
は感心するばかりである。
快活にして聡明。将来が楽しみな殿下が、毎日魔術院を訪れるの
を楽しみにしているのは長老ばかりでは無い。初めは煩い子供だと
疎んじていた連中ですら、今では顔には出さないが楽しみに待って
いる。オレも其の一人だ。
煩く騒がず、大人しく本を読み、魔術について真剣に意見を求め
る其の姿を、好意を持つことは有れど疎むのは、相当捻ねくれた奴
だろう。魔術師は捻ねくれた者が多いが、魔術と真剣に向き合って
いる者なら話は別だ。
今日もコッソリと長老は茶菓子を用意して、殿下が現れるのを待
って居る。
﹁こんにちは。お邪魔します﹂
何時も通りの挨拶をして殿下がやって来た。可愛らしい其の姿に、
皆の顔が和む。
何時も通り部屋の片隅に椅子を持ち込み、瞑想を始めると思った
が、今日は珍しく室内をキョロキョロと見回した。
他の連中が視線を合わすのを避け目を逸らす中、何を、若しくは
誰を探しているのか気になって見詰めていたオレとバッチリ視線が
56
合うと、殿下はニッコリ笑い、オレに近付いた。
﹁こんにちは、ディ⋮⋮ディランさん?﹂
恐る恐る、と言った風にオレの名を口にする殿下の、其の様子が
可愛らし過ぎて内心悶えてしまったが、平静を装い返事をする。
﹁こんにちは、クラウド殿下。ディランで間違いないです、良く御
存じで﹂
正式に名乗り合った事は無いので、殿下がオレの名を朧気にでも
知っていた事に驚く。
平民出身なのでオレに家名は無い。只のディランである。魔術師
として正式に名乗るので有れば、ディラン=セイリオス。しかしセ
イリオスは真名で有る為、余程の事が無い限り名乗る事は無いだろ
う。
オレの返事に照れ臭そうに殿下が笑う。
﹁未だ若いのに、筆頭魔導師候補だと聞いて、凄いなぁって思った
ので、気になってました﹂
そんな話を知っている殿下に此方の方が吃驚である。長老にでも
聞いたのか。
十五歳で魔法学園を卒業し、そろそろ三年になろうとしていた。
首席で卒業したオレは当然の様に王立魔術院に招かれ、魔術の研鑽
と研究に明け暮れている。
そして幾つかの研究が認められ、魔術院でもかなり上の地位にな
った。このまま行けば、史上最年少の筆頭魔導師になるだろう、と
言われている。
その事を殿下が知っていた事に、驚きと嬉しさが胸を擽る。
そんな内心を隠し、殿下に尋ねる。
﹁何かお知りになりたい事がお有りですか?﹂
﹁はい! えぇと、コレなんですけど﹂
そう言って殿下が差し出したのは、水晶の欠片だった。
欠片とはいえ純度が高く、小さな殿下の掌にスッポリ収まる大き
57
さは、魔石の材料として申し分無い、と魔術師としての頭が考える。
﹁これは?﹂
﹁以前、父上と一緒に鉱山の視察に行った時に拾ったものです。其
処の監督官に何か記念に、と言われて、それなら折角拾ったこれが
良いと言って貰いました﹂
屈託無く告げる殿下だが、こんなに純度の高い水晶を拾うなど、
滅多に有る事ではない。瞠目して見詰めると、何を勘違いしたのか
更に説明を重ねる。
﹁あ、水晶のまま拾ったんじゃ無くて、その時は未だ石の、中で。
宝探しのつもりで、割ったら何が出るかなって⋮⋮﹂
それこそ驚きの話だ。偶々拾った只の石の中に、水晶が隠れ、殆
ど欠ける事無く出てくるなど。かなりの幸運である。
オレの反応が何か悪いものと勘違いしたのか、殿下は面白い程に
悲愴な顔になる。そんな表情も可愛らしく微笑ましいが、周囲から
の視線が痛いので、安心させるように微笑む。
﹁大丈夫です、監督官が認めたのなら、この水晶は殿下の物です。
少々、純度が高いので驚いただけですから、お気になさらないで下
さい﹂
オレの言葉にあからさまにホッとしてはにかむ殿下。
拙い、少年趣味は無いのだが、新しい扉を開きそうだ。何だこの
可愛さ。
﹁⋮それで、殿下はこの水晶で何をなさりたいのですか? 良い魔
石になると思いますが?﹂
﹁乾燥剤を作りたいんです!﹂
﹁カンソウザイ?﹂
聞き慣れない単語に問い返すと、殿下は頷いて説明をした。
﹁食べ物とか、えぇと、湿気に弱い物と一緒に密閉した容器に入れ
るんです。そうすると、乾燥剤が湿気を吸ってくれて、湿気を防い
でくれるんです﹂
﹁熱を与えて乾かす、ではなく、元々乾いている物をそのまま保存
58
する、と言う事ですか?﹂
だったら保管の魔法と言う物がある。しかしオレの問いに殿下は
首を振った。
﹁保管の魔法だと、出来た物がそのままの状態で保管されるでしょ
う? それだと乾燥が不十分だと、不十分のまま保管されちゃうの
で、ダメなんです﹂
﹁つまり、保存中も乾燥を進めたいと?﹂
コクコクと頷く殿下。⋮可愛い。
いや、そうでなく。
﹁乾燥もそうなんですけど、ある程度乾いたらそれ以上乾かない様
にもしたいんです。それって可能ですか?﹂
乾燥が進みすぎてもいけないのか。確かに過度に乾燥したものは
簡単にその形を崩す事もある。だからこその状態保存の魔法なのだ
が。
となると、乾燥と保存、二つの魔法を組み込めば良いのか? し
かしそれでは術式が複雑になる。
頭の中で目まぐるしく術式を考え始めたオレに、殿下が声をかけ
た。
﹁一応、見本なんですがコレが一番近いかな、と思ってマグ料理長
に借りて来ました﹂
そう言って見せてくれたのは、茶葉を保存する時に使う魔石。組
み込まれた魔法陣を確認すると、状態保存の魔法だった。これは殿
下の希望するものと少し違うだろう。
﹁あ、そうか。商品として完成されたものだから、加工する必要が
無いんだ⋮⋮﹂
あからさまにガッカリする殿下が可愛くも気の毒になり、朧気な
がら思い付いた術式を提案してみる。
考えたのは、湿度を一定に保つもの。其れならば湿気ていれば乾
燥するし、乾燥しているならそれ以上乾燥する事も無いだろう。
﹁勿論、湿度をどの程度保てば良いのか、調べなくてはなりません
59
が。如何ですか?﹂
﹁それってぼくにも出来ますか?﹂
キラキラした瞳で訊かれたが、まさか自分で魔法陣を組み込もう
と言うのだろうか。いや、まさか。そんな筈はない。
⋮と思っていたのに。そのまさかだった。
流石に誰にも師事していない、しかも僅か三歳の幼児に魔術式の
組み立て、魔法陣の書き込み等出来る筈がないし、許される事では
ない。万が一術式が暴走する様な事にでもなれば、どんな惨事が待
っている事か。
そもそも可愛らしい殿下に危険な事などさせられないだろう。
﹁殿下、魔法陣の書き込みは大変危険なのです。勉強したと言いた
いのでしょうが、師事する師匠もいない殿下に許す事は、魔術師団
の一員として看過する事は出来ません﹂
自分に任せてください、と続けて殿下から水晶を受け取る。
利発な殿下だからこそ言葉で諭せば理解してくれる。普通ならこ
うは行かないだろう。理解出来ず泣き喚いているかもしれない。半
端な知識で術式を組み、暴走させたかも知れない。
そんな若しかしたら有り得た事、を想像し、オレは魔法陣を書き
込むべく、殿下を伴い自分の研究室へ向かった。
魔法書や様々なハーブ、胡散臭い魔道具で一杯のオレの研究室を
珍しそうに眺める殿下に声を掛ける。
﹁どの位時間が掛かるか判りませんから、付き合わなくても宜しい
ですよ?﹂
長老も茶菓子を用意して待って居るし。
﹁いいえ、ぼくのワガママでお願いするのですから、見学させてく
ださい﹂
それとも迷惑ですか? と心細そうに尋ねる殿下に迷惑ですと言
える筈が無い。
60
見られて落ち着かないと言うのはあるが、好奇心一杯に目を輝か
せる殿下にそんな事を言える筈も無いし、殿下に迷惑を掛けられる
事も考えられない。
これが殿下で無かったら。そもそも話し掛けられる前に逃げてい
ただろう。子供は煩い邪魔な存在だと、近付きすらしない。研究室
に連れて来るなど以ての外だ。
︱︱︱其処まで考えて、殿下が王子で良かった、と思った。幾ら
可愛くても男児だからこそ、子どもを可愛がる大人程度にしか見ら
ロリ
れないだろう。これが王女、女児であったなら、邪推されても仕方
コン
の無い扱いだ。怪しげな部屋に連れ込んで、二人きり。幼女趣味の
変態、と呼ばれても可笑しくはない。
さっさと用件を済ませてしまおうと、オレは預かった水晶を取り
だし、最適な術式を計算し魔法陣を編み始めた。
予想通り大人しく待っていた殿下に、出来上がった魔石を渡す。
﹁うわぁ、キレイ⋮⋮﹂
その言葉に少し驚き、水晶が綺麗な事に喜んだのだろう、と勝手
ながら推測する。だが殿下はオレの予想を超える存在だった様だ。
﹁スゴい、水晶の中、模様がキラキラ⋮⋮﹂
うっとりと魔石を見つめる殿下だが、模様がキラキラ、と言う事
は編み上げ組み込んだ魔法陣が見えていると言う事か? ある程度
魔法を習い、簡単な魔法陣を組める様になって、やっと見える魔術
師も多いと言うのに。
驚き見つめるオレに気付かず、殿下は嬉しそうに笑って礼を述べ
る。
﹁ディランさん、ありがとうございました! おかげで保存が楽に
なります!!﹂
何の保存かは聞けなかったが、その嬉しそうにはしゃぐ姿に、思
わずグシャグシャと頭を撫で回してしまった。目を丸くして戸惑う
殿下だが、オレの方も殿下の髪の手触りの良さに驚いて、必要以上
61
に撫で回してしまった。⋮不敬罪にならない⋮⋮よな?
その後、ニコニコ笑って帰ろうとする殿下を掴まえて、オレは或
る提案をした。
﹁殿下、独学も良いですが、本格的に学んでみませんか?﹂
殿下には魔術の才能が有る。それは自力で魔力を高める方法を見
付け出した事から明らかだ。今のまま独学でも少しは魔術が使える
ようになるだろう。だがそこそこ、程度だ。本格的に使いたいので
あれば、やはり誰かに師事した方が良い。
殿下は王族だから、恐らく他の貴族子弟の様に学園には通わず、
家庭教師がつく筈だ。本格的に勉強を始める前に、基礎的な事だけ
でも教えておかないと、いざ魔術を習おうとした時には時間が無い
かも知れない。早くに教えれば、魔力も更に高まるし時間も取れる。
今の殿下は騎士団と魔術院に通う以外では、目立って何かしてい
る様子は無い。⋮先日は何やら変わった事をしていた様だが。余り
関係無いだろう。
オレの提案に殿下は目を丸くしたが、直ぐに頷いた。
﹁良いんですか?!﹂
キラキラと目を耀かせ、はしゃぐ殿下にオレも頷く。
﹁長老や他の魔術師にも話は通しておきます。今までは本を読んで
判らない事を訊く程度でしたが、これからは誰かに師事して本だけ
でなく、あらゆる魔法について学んでください﹂
協力は惜しみません。そう言うと、殿下は暫く考え込んでから、
はにかみながら言った。
﹁だったらディランさんが教えてくれますか?﹂
﹁オレ⋮⋮私が?﹂
思わず聞き返すとコクンと頷く。
﹁今日ディランさんに魔石を作ってもらって、沢山話して。話しや
すい人だなって思ったんです。だから⋮⋮ダメですか?﹂
駄目と言う事は無い。無いが、受けたら恐らく長老に恨まれる。
62
あの方は、宰相閣下、将軍閣下に加え、神殿の司祭長まで殿下に﹃
爺﹄と呼ばれていると聞いて以来、自分もそうに呼んで欲しいと訴
える機会を狙っている。それなのにオレが殿下の魔術の師匠になる
と知ったらどうなる事か。被害は最小限に食い止めたい。
と言う訳で。
﹁殿下、お気持ちは嬉しいですが、私も研究を重ねて忙しい身。何
時でも殿下に時間を取る事は叶いません﹂
これは本当だ。研究が佳境に入ったり調子が良ければ、二、三日
の徹夜など当たり前だ。
﹁ですから師事は長老にお願いしましょう。あの方なら時間の融通
は幾らでも利きますし、知識量から言っても師事するには最高の人
です﹂
惜しむらくは語り始めると長くなり、此方の理解が追い付かない
事が有る事だ。
﹁長老のお話が難しいので有れば、其処は私が判り易く説明します﹂
どうですか? と問う。
﹁じゃあ父上とおじい⋮⋮宰相閣下に許可を貰ったら、宜しくお願
いします!﹂
ペコリとお辞儀して、はしゃいで魔術院を去る殿下を見送る。
何とも微笑ましい、と思っていると、背後から恨みがましい声が
した。
⋮⋮ヤバい。長老の所に寄らせるのを忘れていた。
その後、オレは長老から大量の仕事を押し付けられ、殿下がキチ
ンと許可を得て長老に師事を乞うまでそれが続いた。
最近美味くなった食堂の料理と元気そうな殿下の姿が、疲れたオ
レの慰めだったかも知れない。
63
Lv.05 ディラン=セイリオス︵後書き︶
閲覧有り難うございましたwww
前話で出た魔術師視点でした。
BLではありません。
魔術と魔法の違い、魔法使いと魔術師、魔導師の違いについては作
中にて主人公が説明する予定です。
補足※
ムーンストーン ラピスラズリ
魔石は魔晶石とも呼ばれ、原料は魔法による媒介の作製、若しくは
魔力を通しやすい石になります。水晶や月長石、青金石がこれに当
たります。
用途は様々で、中に組み込んだ魔法陣により用途が変わります。
最も使用されているのが火の魔法を組み込んだもので、所謂IHコ
ンロの代わり。他には光の魔法を組み込んだ照明など、生活用品と
して使われる以外では、冒険者や魔術師、騎士などが戦闘時の補助、
!!
↓
−−−−−
−−−−−
学んでください﹂
'16/02/13
野営等、必要と思われる術式を組み込み使用します。
修正情報
↓
−−−−−
‼
︱︱
'14/11/14
学んでください。﹂
↓
−−−−−
ーー
誤字と言うか、誤記号?
64
Lv.06︵前書き︶
一つ年を重ねました。
65
Lv.06
朝のルーチンを一通り済ませ、侍女のマーシャに手伝って貰い着
替える。
何故手伝って貰うか。飾り釦が沢山付いた金の刺繍も美しい、白
の正装に着替える為である。流石に正装ともなると、ぞんざいな着
方など出来ない。
久し振りの着替えの手伝いとあって、マーシャはニッコニコであ
る。その後ろでは、やはり満面の笑みを湛えたメイアがブラシを携
え控えている。
﹁クラウド様のお召し物も、そろそろ新調しないといけませんね。
春物はもう一回り大きく致しましょうね﹂
子供の成長は早いからな。俺が頷くと、好みの色やデザインを訊
いてくる。
特にこれと言って無いので、兎に角動きやすい物が良いと伝えて
おく。
俺が毎日騎士団の訓練所に入り浸っているのを知っているので、
反対される心配は全く無いのだが、どうにもこの﹃動きやすさ﹄と
言う曖昧な表現がいけないのか、今一つピンと来る服が用意されな
い。⋮騎士達が訓練の時に着ている服で良い、と言った筈なのに、
仕立て上がって渡されるのは、上等な絹のシャツだったりする。コ
レジャナイ感が満載である。
いっそ、体操服でも提案しようか。木綿布は有るし、天竺織りも
出来る。技術的に木綿地のジャージーが出来ない筈が無い。布地が
有れば、体操服なぞ簡単に出来る筈だ、いや出来る。
後でデザイン画も付けて具体的に提案しよう、と決心している間
66
に何時の間にか着替えが終わり、ブラッシングが始まった。
おぐし
﹁あぁん、クラウド様の御髪を梳くのも久し振りですぅ。はぁ、相
変わらずサラッサラですねぇ﹂
メイアがうっとりと俺の髪を梳る。そう言えば自分で着替える様
になってから、俺の髪を梳くのはマーシャかサージェントだ。メイ
アに梳かれるのは本当に久し振りだ。
﹁メイア、語尾を延ばして話すのは止めなさい。品格が問われます
よ﹂
﹁申し訳有りません、マーシャさん。以後気を付けます﹂
言葉遣いを注意されて、ピシッと背筋を伸ばすメイア。マーシャ
はメイアの指導役も兼ねているからな。
マーシャは21歳。三人の中では一番年上で、子爵家の三女と聞
いた。準成人の十五歳から侍女を務め、適齢期まっただ中の筈だが、
浮いた噂一つ聞かない。栗色の髪に焦茶色の瞳で見た目地味な印象
だが、割と美人だと俺は思う。誰か好い人が居れば、幸せになって
欲しいと思う反面、もう暫くは俺の専属侍女でいて欲しい、と思う。
メイアは16歳。王都の商家の娘だ。本来なら身分的に俺の専属
侍女になれる筈が無いのだが、例の宙吊り事件以降、身分や家柄よ
り、本人の資質が重視される様になった。メイアは資質もそうだが、
兄弟姉妹が多く、幼い子供の扱いに長けていたのが大きい。行儀見
習いのつもりで侍女になったら、王族の専属って何じゃこりゃー?
な筈だが、本人は箔が付いて良いと喜んでいる。マーシャから礼
儀作法や言葉遣いを教わるのも、将来的に若し玉の輿に乗ることが
きゃん
有ったら役に立つ、と言う認識らしい。赤銅色の髪に緑の瞳、ソバ
カスが可愛いお侠な娘である。
最後にサージェント。19歳。無口で地味で存在感が無い。⋮様
に見せ掛け俺の護衛をしている。元々騎士見習いだったのだが、騎
士より侍従の方が向いていると言われ、騎士団所属の侍従だった筈
67
が、例の宙吊り事件以下略。穏やかな顔で糸目。前世の俺を彷彿さ
せる顔である。
さて、正装する理由だが。
本日初めて従兄弟に会うのだ。
この世界では新年を迎えると一つ年をとる。明治以前の日本の様
だと思って貰えれば判りやすい。違うのは数え年と違い、誕生年は
0歳とし、翌新年から一歳ずつ数える事だろうか。
新年を迎えて先ず行われるのが新年祭。国王による新年の祝辞、
神殿での御祓、名だたる貴族を集めた晩餐会と舞踏会。其れが三日
間行われ、その後その年に十八歳になった新成人を祝福する成人の
儀。これも国を挙げての行事なので国王が祝辞を述べる。十五歳の
準成人は国ではなく各家で祝われる。
最後に5歳になった貴族子弟を集めた園遊会が行われて新年の一
連の行事が終了する。父上大忙しである。
園遊会はズバリ貴族子弟のお披露目会である。無事5歳迄育ちま
した、と国王に報告する訳だ。但し其処はやはり五歳児。大人しく
出来るヤツも居れば騒ぐヤツもいる。一人一人の紹介など出来っこ
ないので、昼間パーティーを開いて、其処で親子の確認をする。若
し挨拶できれば覚えめでたい、と言う訳で何とか初めの30分は子
供を大人しくさせるのに躍起になる親で溢れる。
園遊会と言っても庭園で行う訳では無い。このくそ寒い真冬に庭
で何時間も、等と風邪をひくだけだ。なので会場は室内である。一
応温室に繋がる場所なので園遊会と言えなくもない。
その園遊会に今年五歳になった我が従兄弟殿も勿論参加する。其
処で従兄弟同士顔合わせを行おう、と言う事になった。
但し俺は四歳なので︱︱新年を迎え、年をとる、と言う事は当然
68
俺も一つ年を重ねて今は四歳である。つい先日までは三歳だったん
だけどねぇ︱︱園遊会には参加出来ない。別室を設けて、との事だ。
別に其処まで厳密にしなくても、と思ったが王子と繋がりを持ちた
い側からしたら、ウッカリ俺が顔を出そうものなら途端に奴等の餌
食である。知らない内に、俺の知らない親友だの御学友だのが出来
てしまうかもしれない。触らぬ神に祟り無し。
そんな訳で園遊会当日。俺は未だ見ぬ従兄弟殿との顔合わせを楽
しみにしていた。
何せ﹃あの﹄叔父、サーペンタイン隊長の息子である。いや、こ
の場合ブラウシュタイン侯爵か。
俺の中での美形ランキングぶっちぎり第一位、しかも性格も良い
ときた叔父の息子だ。顔どころか人となりにも期待をしても仕方無
いだろう。
因みに美形ランキング第二位は言いたかないが、ラディン・ラル・
ディーン=ラディン。第三位は俺の父である。
園遊会は昼食を挟んで行われる。
大体四時間。
とは言っても午前中一時間は集合時間に充てられ、昼食迄の一時
間で国王に拝謁、と言うか子供二の次で親同士で腹の探り合い。そ
の間に自分の子供が国王の目に引っ掛かれば幸いである。留まれば、
では決して無い。多分期待もされていない。
そして約一時間か二時間かけて昼食。その後解散となる。余り時
間は子供は遊びに費やされたり、昼寝をしたり、と言う感じだろう
か。親は引き続き腹の探り合い、若しくは人脈作り。
俺と従兄弟殿の顔合わせは、昼食前となっている。国王との拝謁
は身内と言う事で、30分程会場に顔を出したらそのまま俺との顔
合わせになると言う話だ。
69
そんな訳でそろそろ時間でドキドキしている。
待ち時間の間に判った事だが、実はもう一人、会う予定になって
いる。ヤーデ将軍の孫で、やはり今年五歳。所謂俺の側近候補らし
い。
この話を聞いた宰相閣下は、自分の孫も! と思ったらしいが、
生憎存在していない者が側近候補になれる訳がない。見切り発車過
ぎる。
しかしこの二人の張り合い方を見るにつけ、若し孫娘でも居たら、
即行婚約者候補にされかねない。出来れば俺は自分の相手は自分で
見付けたいんだが。王族の自由恋愛はやっぱり無理か?
そんな事を考えている内に時間が来たようで。
母に手を引かれ、顔合わせをすべく用意された部屋に入った。
部屋の中には二人の少年⋮⋮て言うか、未だ幼児だよな。うん。
それでも一歳の年の差は大きいのか、二人とも俺より背が高く、手
足が長かった。
二人とも俺同様、母親が傍に控えている。
一目見て、銀髪の女性が叔母だと判った。父に顔が似ていたし、
菫色の瞳だと聞いていたし。若いし。確かまだ二十歳だった気がす
る。もう一人、小麦色の髪の女性がヤーデ将軍の娘か嫁だろう。二
人の前に居るのが、其々の息子、と。
へりくだ
挨拶をしようとして、ふと立ち止まる。この場合、彼等の方が臣
下だ。あちらから挨拶をするのが正しい。俺が遜る必要は全く無い。
だが俺は四歳の幼児な訳で、感情のまま突っ走って俺から先でも
良い訳だ。但し相手が其れを由としない場合、悪手な訳で。
さて、どうしよう。と悩んだ所で俺が恥ずかしがっていると思っ
たのか、ヤーデ将軍の孫が一歩進み出た。
﹁お初にお目にかかります。ルフト・ヤーデと申します。お見知り
おきを﹂
そう言って一礼。
70
うおぉ、何か真面目そう。口上も礼も最小限だが礼儀に則ってる
し、年齢を考えたら上出来だろう。
続けて従兄弟殿が挨拶する。
﹁ラインハルト・サーペンタインです。⋮殿下の従兄弟となります。
初めまして﹂
此方も一礼。
ゴメン、ラインハルトって名前聞いた途端、脳内にボレロが流れ
た。某金髪の銀河帝国皇帝を思い出す。
﹁クラウド・アルマースです。二人とも楽にしてください。園遊会
の参加を中断させて申し訳有りません﹂
俺がこう言うと二人とも戸惑った様だ。あぁ、うん。臣下に対す
ヽヽヽ
る言葉遣いじゃ無いかも知れない。だけど一つ違いとは言え年上だ
し、基本敬語、丁寧語が建前上の俺の地の言葉遣いだし。本来は脳
内で使ってるコッチだけどさ。
あともう何年かしたらコッチ寄りにスライドさせる予定。口の悪
い友人に感化されたってパターンを予定してるが、この二人のどっ
ちかが口が悪ければ、もう少し予定を早められる。猫被ってないで
地を出してくれないかな。
取り敢えず挨拶はしたので、昼食を、と言う事になった。食事の
間、会話が弾めば良いんだが。
それにしても意外だ。
何が意外って、従兄弟殿だ。予想していたのと全然違う。性格は
何となく物静かだろう、と予想していた通りの様だが、見掛けが。
あの叔父とやっぱり父の妹だけあって美人の叔母の息子の割りに、
普通である。凡庸と言われる俺に言われたくは無いだろうが、普通
すぎる。
普通でないのは叔母譲りの銀髪と、叔父の家系に出るらしい、瑠
璃色に金の星が踊る青金石の様な瞳か。
だが顔立ちが普通だ。目鼻のパーツ一つ一つは二人に良く似てい
71
るのに、何故か全体的に見ると普通。⋮他人事ではないか。俺もそ
う言われているんだった。
でも何だか違和感が有るんだよなぁ? 何だろう。
考え事をしつつも無難な会話は進み、食事も食べ終わった。後は
若い二人で⋮⋮では無く、子供同士で遊んでいらっしゃい、と言わ
れたのには少しホッとした。何だかルフトの母親が、どうも気に入
らないと言うか、権力思考の貴族っぽくてヤーデ将軍の身内とは思
えないんだよな。あんまり付き合いたいタイプでは無いから、離れ
られるのは有り難い。
温室に行っても良いが、親が側に居ると面倒臭いな。白の上着だ
けならまだしも、腰に巻いた紫のサッシュで俺が王子だとバレてし
まう。
ティリアン・パープルと呼ばれる紫色は、王家の人間しか身に付
けられないので、直ぐに判るのだ。
妙な連中に目を付けられるのも遠慮したいので、俺は二人を誘っ
て騎士団の訓練所に行く事にした。然程遠くないし、サージェント
も控えているし大丈夫だろう。
訓練所に行くと聞いて、二人のテンションが上がった様だ。二人
とも騎士の家系だし、興味が有るんだろう。ホテホテと歩いて訓練
所に向かう。
途中、ルフトから話し掛けられる。
﹁クラウド殿下、訓練所には良く行かれるのですか?﹂
﹁クラウドで良いよ。ぼくたちしか居ないし、堅苦しいのは止めよ
う?﹂
俺がこう言うと、ルフトは目を丸くして⋮⋮笑った。
﹁良かった。クラウド様と仲良くしてくれってお祖父様から言われ
てたけど、いばりちらして命令する様なイヤなヤツなら、適当に相
手をして逃げようと思ってたんだ。そうじゃなさそうで良かった﹂
﹁ぼくもルフトがイヤなヤツでなくて良かった。フォルじいちゃん
の孫だから大丈夫とは思っていたけどね﹂
72
クスクス笑って言うと、ルフトは少しだけ口をへの字に歪めた。
﹁クラウド様はお祖父様と仲が良いんだな。俺もお祖父様と仲良く
なりたいけど、母上がなー⋮⋮﹂
﹁仲良くしちゃダメって言われた?﹂
﹁怖いんだって、顔が。だからお祖父様とは離れて暮らしてるし、
あんまり会わせてもらえない﹂
おや。一家の当主がその孫に会えないとは、ルフトの母親は随分
とヤーデ将軍を嫌ったものだ。幾ら自分が怖いからって、子供にま
で押し付けちゃダメだろ。
若しかして父親もそうかな、と思って訊いてみると、やっぱりそ
うだった。ルフトの父親はどうやら文官らしい。筋肉バカの父親と
頭でっかちの息子、って構図だ。自分が親を苦手だからって、子供
にまで押し付けちゃダメだろ。ルフトの方は将軍と仲良くしたそう
なのに。
﹁ルフトは若しかして騎士になりたいの?﹂
﹁うん。俺の家は代々騎士として王家に仕えてるし、俺も勉強より
剣術の方が好きだしね﹂
﹁ラインハルトは? やっぱり騎士になりたいの?﹂
後ろを振り返って、大人しくついて来ている従兄弟殿に話を振る。
何だか話すのは苦手なのか、黙って聞いている所は寡黙な叔父に似
ているかも知れない。
﹁まだ決めてないけど⋮⋮騎士か魔法使いになりたいかな⋮⋮﹂
﹁そう言えば叔母上は元魔術師だっけ?﹂
俺の質問にコクりと頷く。
叔父に猛烈なアプローチをかける傍ら、魔法学園に通い魔法使い
になった叔母は、そのまま王宮魔術院に入り、叔父を落とすまでそ
こで働いていたそうだ。⋮王女なのに。
結構素質は有って、特に護符作りに長けていたと、魔術師のディ
ランさんが教えてくれた。妊娠出産を機に辞めてしまったが、時々
魔術院を訪ねては護符を作っているらしい。
73
﹁そうかー、二人ともなれると良いね。ぼくは未だ判らないや﹂
﹁クラウド様は王様になるんだろう?﹂
俺の言葉にキョトンとする二人。まぁそう思われても無理は無い
か。今は王子は俺一人だし。
﹁んー、立太子して、王太子って言うのにならないと、王位は継げ
ないよ? ぼく以外に王太子に相応しい王族が現れたら判らないか
な﹂
そう言えばラインハルトに王位継承権は無いのだろうか。降嫁し
たとは言え、叔母にも継承権は有る筈。それとも降嫁すると継承権
が無くなるとか? その辺りは今度父に訊いてみよう。
話しながらなので、あっという間に訓練所に着いた。
二人とも訓練所は初めてなのか、珍しそうにキョロキョロしてい
る。俺は何時も通り入る前に一礼して、ちょっと準備運動。
﹁殿下、珍しいですね? 友人連れですか?﹂
顔馴染みの騎士が声を掛けてきた。確か、リシャールさんだった
かな? 時々俺の打ち込みの相手をしてくれる、叔父の隊の一人。
つまり近衛騎士だ。
﹁はい。今日紹介されて、友人になりました﹂
﹁側近候補か⋮⋮﹂
聞こえない様に呟いているつもりだろうが、バッチリ聞こえてい
る。間違ってはいないので、知らない振りを決め込む。
﹁クラウド様、友人って⋮⋮﹂
﹁あれ、ダメ? 違った?﹂
ルフトが戸惑う様に訊くが、友人になる為に紹介された訳だし、
友人で良いと思うんだが。
俺が訊き返すと、ルフトは恥ずかしそうに笑って答えた。
﹁ダメじゃ無いよ。でもクラウド様がこんなに早く友人と言ってく
れるとは思わなかったから﹂
﹁ぼくはルフトとラインハルトを気に入ったし、友人になりたいっ
74
て思ったよ? 早いとか遅いは、関係無いよ﹂
俺の言葉に二人とも嬉しそうに笑い、何故かリシャールさんは俺
の頭を撫でた。
その後は俺が訓練所で毎日何をしているか訊かれ、一通り教えが
てら一緒に走り込みから素振りまでやってみた。二人とも初めての
せいか、途中で息が上がってリシャールさんからストップがかかっ
た。
﹁ク、クラウド様⋮⋮毎日これって⋮⋮半端無い⋮⋮﹂
﹁?﹂
ルフトが何やら呟いているが、聞こえない。けろりとした俺を見
て、リシャールさんが何故か苦笑していた。
結局、途中でリタイアしたのが悔しいのか、二人とも俺の訓練に
付き合うと言い出したので、俺としては仲間が増えて嬉しいが、家
族や騎士団に許可を貰ったら、と言う事になった。
多分ラインハルトは大丈夫だろう。叔父と一緒に来れると思う。
問題はルフトだ。ヤーデ将軍は喜んで連れて来るだろうが、その将
軍に会いたくなさそうな彼の両親がどう思うか。作戦を考えねば。
﹁ルフトは騎士になるのを反対されたりして無い?﹂
﹁元々騎士の家系だから、父上は反対して無いかな。母上は、反対
ヽヽ
はして無いけど、父上みたいな文官になって欲しいみたい﹂
じゃあやっぱりネックは母親か。
暫く考えて、一つ案を思い付く。
﹁じゃあルフトの母上には、ぼくがルフトと色々勉強したいから、
王宮に来て欲しいって言ってたって、伝えて貰える?﹂
﹁え、勉強⋮⋮?﹂
不満そうなルフトだが、俺が言ったのは、﹃色々勉強したい﹄で
有って、別に歴史だの数学だのと限定している訳では無い。飽くま
で色々、だ。
俺の意図を読み取ったリシャールさんが、離れた場所で噴き出し
75
ていた。盗み聞きすんな。
﹁ぼくと勉強しよう? 色々な事を。本で学ぶ事だけじゃなくて、
音楽もそうだし、ダンスや礼儀作法もそうだし、馬術や剣術も⋮⋮
ね?﹂
最後の言葉に、ルフトも漸く俺の意図に気付き破顔して頷いた。
所で。暫く一緒に遊んで︵訓練して︶、やっとラインハルトの違
和感に気が付いた。
彼の耳のピアスと、胸に付けられたブローチ。コレが違和感の原
因で、何の効果かは判らないが、魔法陣が刻まれた護符だった。護
符だから外しちゃ駄目だと言われているらしいが、どうしても気に
なるので、無理を言って外して貰い、手に取って確かめた。
未だ不勉強な俺にも判る、美しい魔法陣。複雑に絡み合い、様々
な術式が刻まれていて、どんな効果がこの護符に籠められているの
か、俺にはサッパリ判らないのが何とも悔しい。
そして、俺が護符に夢中になっている間、俺は全く気が付かなか
ったのだが、ルフトとリシャールさんが真っ赤になってラインハル
トから目を逸らしていた。
そして俺も、護符から目を外しラインハルトに返そうと彼の顔を
見て、固まった。
銀髪がキラキラとプリズムの様に虹色の光を放ち、僅かな風の動
きに揺れる軽やかさ。
普通だと思っていたその顔は、面差しがすっかり変わっていた。
丸切り変わった訳では無い。目の形、鼻の形、口の形。全く変わっ
ていないのに、配置が少し変わっただけで。
何 だ こ の 美 少 年 。
キラキラ眩しいこの美少年は誰だ。今まで話していた筈の、俺の
76
従兄弟ラインハルトは何処に消えた!! 思わず叫びたくなる変化
である。
そして気が付く。俺が握り締めた護符。あの複雑な術式が刻まれ
た護符が、彼の姿を惑わせていたに違いない。だが、何の為に姿を
誤魔化す必要が有ったのか。丸で判らない。
﹁⋮この護符、幻視の魔法陣が刻まれてるよね⋮⋮? 何で⋮⋮?﹂
恐る恐る訊ねる。これだけの美少年の姿を、幻視の護符を使って
でも惑わそうと言う意図が判らない。世の中見た目が全て、とは言
わないが、見目良い方が印象は良い筈。
俺の質問に、ラインハルトは悲しそうに答えた。くそぅ、そんな
顔まで絵になるってどう言う事だ。
ヽヽ
﹁ボクが産まれた時に母様が、この顔はダメだって⋮⋮。迂闊に晒
したらダメになるから、少しマシにするって⋮⋮﹂
いやいやいやいや、違うだろ。
マシって、逆だろ。どう見たって素顔美少年、普段フツメンだろ。
どう言う思考で美少年をグレードダウンするんだよ。
ションボリ顔もキラキラ麗しいラインハルトは俺から護符を受け
取り身に付けた。途端に安心感満載の普通顔。あ、何か判ったかも。
多分、恐らくだが。叔母は彼の美少年振りを心配したのだ。傾国
の美女ならぬ傾国の美少年が、無事に成長出来る様に、護符に願い
を託し普通の顔に見える様にしたのだ。多分。
しかしあの様子だと、ラインハルトは自分の容姿が規格外に良い
と判って居ないんじゃないか?
そう思って訊いてみたら案の定。ラインハルトは護符を着けた時
しか、自分の顔を見ていなかった。それどころか、素顔は不細工だ
と思い込んでいた。いや、違うから。そう言っても信じない。慰め
てると思う始末。
叔母さーん! アンタ自分の息子に何を吹き込んでるんだー!
そんなこんなで、若干疲れた俺達は、保護者の待つ部屋に戻り、
77
本日はこれにて、と別れる事になった。
別れ際、一緒にお勉強云々をそれとなく聞こえる様に約束するの
も忘れない。
これでルフトが無事剣術の稽古が出来ると良いんだが。
折角だから、体操服の件も決めてしまおう。勉強しに来ているの
に、服が汚れていたら不審に思われる。
訓練の事は追々知らせれば良い。
部屋に戻った俺は、ベッドに直行して泥の様に眠った。体力より
も精神疲労の方が大きい⋮⋮。
俺の疲れ振りにマーシャとメイアが一部始終を見ていた筈のサー
ジェントに理由を問い質したそうだが、彼は頑として口を割らなか
った。うん、余り説明したくないよね⋮⋮。
俺の側近候補との顔合わせは、こうして終わった。
78
Lv.06︵後書き︶
閲覧有り難う御座いましたwww
なかなか話が進みません。でも側近候補出せたから少しは進むかな?
ルフトの母親は普通の貴族の夫人です。ヤーデ将軍が苦手なだけで。
補足※
ティリアン・パープルはロイヤル・パープルとも言われる赤みのあ
る紫です。和名は貝紫。
ただ、自分が思い描いていたのはどちらかと言えばラベンダー色で
'15/07/17
!!
'16/02/13
ピンと
−−−−−
−−−−−
した。単にティリアン・パープルと言う名前の響きが好きなだけと
言う⋮⋮。
修正情報
↓
−−−−−
‼
−−−−−
➡
誤字修整しました。
ピント
強調点を﹃・﹄から﹃ヽ﹄に変更しました。
79
Lv.07︵前書き︶
相変わらず日常編。
今回は馬。
80
Lv.07
ファラス
ヒサギール
今日はルフトとライを伴って厩舎に来ている。乗馬に初挑戦する
為だ。
一応、子供用にポニーより更に小さい小馬︵ミニホース︶を用意
してくれているらしい。初心者にいきなり馬は確かに辛い。
あ、ライと言うのは俺の従兄弟ラインハルトの事だ。いちいちラ
インハルトと言うのも面倒なので、ライと呼ぶ事にした。ルフトは
短いのでそのまま。⋮愛称呼びをされないと知って、少しばかり拗
ねていたが、ご愛嬌と言うやつだろう。
二人も乗馬は初めてらしく、ちょっと緊張している。
今日乗馬を習うと言うのは予め伝えてあったので、二人とも乗馬
服を身に着けている。ライは兎も角、ルフトはどうかと思ったが、
乗馬は貴族の嗜みだからか、反対はされなかった様だ。
若し反対されていたら、先日作らせた体操服を着せようと思って
いたので、反対されなくて何よりである。⋮同じ年頃の子供三人が
乗馬の練習をしていて、二人は乗馬服を着ているのに、一人だけ見
た事も無い簡素な服を着ていたら、可笑しいだろ、と言うかどんな
虐めだよ、と思う。
なので若し反対されていたら、俺も体操服を着るつもりは有った。
勿論ライにも。既に訓練所では体操服を着て鍛練を始めているので、
厭がりはしないだろう。
しかし圧巻である。
厩舎は思っていた以上に大きく、馬も多かった。馬一頭一頭にス
トレスを与えない為か、広い馬房に清潔な寝床。手入れが行き届い
ているからか、毛並みは艶々である。
81
俺も今は小馬だが、将来は普通の馬に跨がる事になる。やはり此
処は白馬の王子様、と言う事で白毛だろうか。青毛も格好良いと思
うが。
だが今は乗れない馬よりこれから乗る馬である。
騎士団では馬に乗れることが必須であり、自分達の乗る馬を世話
するのも業務の一環である。流石に全員に一頭ずつ馬が配備される
訳は無いので、何人かで分担して世話をしている。
中には自分ではなく、侍従や実家から連れて来た馬丁に世話をさ
せる貴族子弟も居たりするが、そう言うヤツは大抵途中で脱落し、
騎士団を辞めていく。早々甘い考えで騎士、しかも聖騎士や近衛騎
士に等なれる訳がない。
因みに、近衛騎士と聖騎士は一人一頭で、正騎士は三人で一頭。
朝勤、昼勤、夜勤で担当していると思ってくれれば宜しい。
見習い騎士に馬は無いが、騎乗の練習に使わせて貰う、と言う建
前で近衛以下正騎士の馬の世話を手伝う。
自分で馬が用意出来るヤツでも、他のヤツと違うのは、帰宅時に
連れ帰る事だけで、それ以外は何も変わらない。
訓練や夜間等で人手が手薄な場合用に、専属で馬の世話をする馬
丁も勿論居る。
飼い葉を与え、ブラッシングして、適度な運動をさせ、馬房を綺
麗に保つ。馬とのコミュニケーションは大切な為、何はともあれブ
ラッシングだけは、と、どんなに忙しくてもそれだけは欠かさない
騎士は多い。
何人かで分担して世話をしているとは言え、それでも結構な頭数
になる為、厩舎は何棟にも及び、馬房の数も半端無い。
いちいちこれを綺麗にするのも大変だなー、と口を開けて見てい
ると、小馬を連れて今日の講師、フィルさんが現れた。
﹁殿下、御子息方、お待たせ致しました。早速ですが始めましょう﹂
フィルさんはそう言うと俺達の前に小馬を並べた。キチンと訓練
82
されているからか、大人しくされるがままだ。
﹁先ずは馬に慣れる事から始めましょう。この小馬ならサイズも扱
い易さも問題無いと思われます﹂
確かに。目の前に佇む小馬はじっと大人しく動かない。
声を掛けながら背中を撫でて下さい、と言われ、その通りにやっ
てみる。
滑らかな毛並みの下から伝わる体温が思った以上に熱く、ゆっく
り撫でて小馬の様子を窺う。ハサハサと尻尾が揺れているのは、気
持ち良いのか威嚇なのか、今一つ判らない。
横目で二人を窺うと、おっかなびっくり触れるライと、少々雑だ
が首や鼻を撫でて嬉しそうなルフトの姿があった。二人の性格が良
く判るな、と思う扱いだ。
言われるまま背中を撫でていたが、他も触って良いと許可が出た
ので、話し掛けながら首を撫で、耳の辺りを擽った。パタパタと耳
が動くが、厭がって居る様には見えないので暫く続けていると、小
馬は俺に鼻面を押し付けてグリグリと擦り付けてきた。︱︱これは
甘えているのか? もっと撫でろと強請っているのか?
馬の気持ちは流石に判らないなー、と思っていると、何時もの効
果音が流れた。
﹃︻ふれあい! 動物王国︼のスキルを得ました﹄
﹃︻獣使い︼のスキルを得ました﹄
﹃︻整体師︼のスキルを得ました﹄
⋮⋮⋮⋮何コレ。
小馬を撫でつつ、取得したスキルを確認する。
⋮へー、ふれあい何ちゃらは動物と触れ合う事で仲良く慣れるの
ネ。レベルが上がると動物の気持ちも判るどころか、︻語学堪能︼
のスキルと合わせて話す事も出来るのかー、スゴいスゴイ。
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獣使いと整体師はそのまんま、獣を使役出来るのと、整体か⋮⋮。
アレか、耳を擽ったのがマッサージと見做されたのか。レベルが上
がると⋮⋮あらまぁ、竜も使役出来るんですか、ス・ゴ・イ・デス
ネー。
もう最近は、スキルを取得する度に遠い眼をするようになった俺
である。意味があるのか、使い所は有るのか、誰かに訊きたい。問
い質したい。
誰かって、勿論ラディン・ラル・ディーン=ラディンだけどな。
遠い眼をしつつ、フィルさんに言われた通り撫でたりブラッシン
グしたりして小馬に慣れた後、漸く跨ぐ事を許された。
小馬とは言え落馬しては大変なので、キチンと鞍と鐙、轡を着け
る。
﹁鐙に足を掛けたら、腿に力を入れて反対側の足を蹴りだして下さ
い。勢いで背中を跨いで、鞍に⋮⋮﹂
説明通りにしてみるが、力の入れ加減が悪いのか、足を蹴って体
を鞍まで持ち上げようとしたが、直ぐに体が下がり足が地面に着く。
二人を見ると、何度か失敗はしたようだが跨がる事に成功してい
た。後は俺だけだ。
俺だけ出来ないのも悔しいので、躍起になって挑戦する。何だか
逆上がりが出来なくて居残りさせられている気分になってきた。
妙な所に力が入り過ぎて体が上がらないのは理解してるんだ。た
だ、何処に力を入れ過ぎているのかが判らない。
ふぅ、と息を吐き出し、精神集中。タイミングを見計らって、え
い、と地を蹴り。
小馬に跨がった。
おお、出来た! パアッと表情が明るくなるのが自分でも判った。
84
明るい表情そのままに、フィルさんに﹁出来ました!﹂と告げた
ら、何故か片手で顔を覆っていた。
あ、中々出来なかった俺が漸く跨がる事が出来て、感慨無量、っ
て奴ですね、判ります。
そのままライとルフトにも笑い掛けたら、二人とも拍手してくれ
た。
しかし何故三人とも耳が赤いのだろうか。そんなに寒くもないと
思うんだが。まぁ良い。小馬に跨がれ、俺は機嫌が良いのだ。細か
い事は気にしない。
三人とも小馬に乗れる様になったので、いよいよ手綱を握って歩
く訓練である。
先ずは自分で轡を取り、馬場を一回りする。小馬の歩くペースと
自分の歩くペースを確認しながら呼吸を合わせていく。
ポクポクと小さな蹄の音が馬場に響く。強く曳かず、付かず離れ
ウォーク
ず歩いている内に、何となくお互いのペースが掴めてきた。
一周した所で、今度は跨がっての常歩である。初めから一人では
出来ないので、フィルさんの他、厩舎で馬の世話をしていた見習い
騎士二人にお願いして轡を曳いて貰う事になった。
鞍に跨がり、ピンと背筋を伸ばして、鐙で小馬に合図する。ゆっ
くりと歩き出すと、軽く体が跳ねる。緩く握った手綱が、歩く度に
揺れて、リズムを刻む。
間違った指示を出さない様に緊張していた体も、馬場を半周する
頃には慣れ始め、周囲を見回す余裕が出てきた。
トロット
ライもルフトも器用と言うか、そつがないと言うか。少し教わっ
ただけでコツを掴んだのか、速歩を始めていた。
楽しそうに速歩で馬場を周る二人だったが、フィルさんに見咎め
られた。
﹁未だ基本もしっかりしない内に、次の段階に進ませるな! 事故
が起きたらどうする!!﹂
85
﹁す、すみません!!﹂
フィルさんに怒鳴られて︱︱馬が驚くので小声だが︱︱慌てて謝
罪する見習い騎士。馬上のライたちも不服そうだったが、間違って
はいないので、頭を下げる。
取り敢えず曳かれながら馬場を二周し、三周目からは一人で回る。
俺は常歩しか習って無いので、とにかく教わった通りに手綱を操り、
小馬を歩かせた。
一周回った所でフィルさんが俺の手綱に手をかけた。
﹁大分慣れた様ですから、殿下も速歩を始めましょうか﹂
望む所である。
先程習った常歩よりも軽いリズムで体が跳ね、上下に動くのをし
っかりと太股で固定するが、なかなか辛い。乗馬は全身運動と言う
が、その通りだと思う。
既に速歩を習っていた二人は、軽く説明を受けた後、早速駆け出
していた。
俺も負けてはいられない。フィルさんの指示通り手綱を操り、鐙
を蹴る。二周程した所でフィルさんが手綱を離し、速歩をする俺と
並走した。
﹁殿下! 手綱はそのまま、馬に合わせて! 余計な力を入れない
で馬に任せて下さい!﹂
言われた通りにしているつもりだが、フィルさんにはそう見えな
いのだろう。俺と並走しつつ指示を出す。彼の息が切れる前に、何
とか乗りこなせば。
焦るな、身を任せろ。
小馬への指示が混乱しないように、手綱と鐙に余計な力が伝わら
ない様に注意する。
少し首を振りながら常歩と速歩の中間位の速さだった小馬が、次
第に落ち着き軽やかな蹄の音を響かせ始めた。
暫く並走していたフィルさんは、俺がちゃんと乗り熟しているの
86
を確認した所で並走を止めた。流石に息が上がっている様だ。
それにしても、小馬でしかも速歩とは言え、乗馬は気持ちが良い。
キャンター ギャロップ
軽快に走る馬との一体感とか、頬を撫でる風の気持ち良さとか。速
歩でこれなら、駈歩や襲歩だとどれだけ気持ち良いんだろう。
未だ経験していない速さに、心が弾む。自然と微笑んでしまうが、
可笑しくは無いよな? 何だかもう、にやけて仕方ないんだが。
そして暫く馬場を速歩で走らせていると、再び効果音。
﹃︻馬術︼のスキルを得ました﹄
⋮うん、来ると思った。
馬術に関するスキルですね。レベルが上がると、どんな荒馬でも
ドラゴンナイト
乗りこなせて⋮⋮へえぇぇぇ、レベル50になると騎竜術ってスキ
ルにランクアップですか⋮⋮騎竜って、竜騎士になれるって事?
俺、何かフラグ立てたか? 何でいきなり竜騎士とか出るんだよ。
おかしいだろ。確かになれるならなってみたいとは思うけどさ! 竜騎士になるスキルを得るのに馬術レベル50だろ? そこに使い
物になれるだけのレベルってプラス幾つだ?
確かに俺は努力すると言いました。でもそんな次々と努力するネ
ラディン
タを振らなくても良いと思うんだけど。
マジ、あの男勘弁して欲しい。
三人揃って速歩で乗馬を終えると、小馬は見習い騎士が連れて行
ってしまった。⋮別に俺達が使わせて貰ったんだから、最後まで世
話をしても良かったんだけどな。まぁ良いや。
フィルさんは今回限りの講師では無いので、また次回、駈歩を教
えてくれる約束を取り付けた。
87
Lv.07︵後書き︶
閲覧有り難うございましたwww
作中、耳が赤かったのは主人公の笑顔が可愛かったからです。
しつこいようですが、BLではありません。
作者、乗馬したことアリマセン。全て想像です。
なので、何か間違っていても余り気にしないで下さい。フィクショ
ンですから。
どうしても見過ごせない、看過できない方のみ、理由と共に御指摘
御指南下さい。お願いします。
補足※
スキル︻ふれあい! 動物王国︼は、ムツゴ■ウさん状態になると
!!
'16/02/13
−−−−−
思って頂ければ⋮⋮。モテます。動物に無茶苦茶モテます。
修正情報
↓
−−−−−
‼
88
Lv.08︵前書き︶
前話の続きです。
済みません。実は予定より長かったので、分割して2話に分けまし
た。
89
Lv.08
帰る前に、厩舎を案内してくれると言うので、お言葉に甘え案内
して貰う。朝、良く見えなかったから、不満だったんだよな。
フィルさんについて厩舎を見学。
近くで見ると、小馬と違いやたら迫力がある。それも当たり前だ。
大人が見上げる大きさの生き物が、四歳児から見たら巨大で無い訳
が無い。恐らく、今の俺が見ている馬のサイズは、大人からしてみ
れば象くらいにあたるのではないだろうか。アジア象ではない。ア
フリカ象だ。その位デカい。
棟毎に所属が決められているらしく、一般兵が乗る馬と、聖騎士
が乗る馬はかなり違いがあった。一般兵の方は頑丈そうで荒々しく、
聖騎士が乗る馬は強靭ながら優美でもあった。如何にも騎士団の馬、
と言う感じである。
幾つか棟を見せて貰ったが、少し離れた場所に厩舎より更に大き
い建物があるのに気が付いた。何だろう、と思って訊ねる。
﹁フィルさん、あの建物は何ですか?﹂
﹁あれは、今は使われて居ませんが、竜舎です。この国に竜騎士が
いた時に使われたもので、これからまた現れた時と、国外からのお
客様が騎竜してきた時の為に残してあります﹂
あらら。此処へ来てフラグ立ったか? 何だか竜騎士になれと言
う無言の圧力を感じるのは俺だけですかー?
そんな話は捨て置き、そろそろ見学も終盤である。
どうも見慣れない大きさの人間に戸惑っているのか、馬たちの様
子に落ち着きがなくなってきた。興奮させて怪我でもされたら困る
ので、フィルさんに耳打ちする。
﹁フィルさん、馬が騒ぎだしたので、帰った方が良いですよね?﹂
﹁そうですね、残念ながら⋮⋮﹂
90
フィルさんが心底残念そうに、俺達を厩舎の外に連れ出そうとし
た時、それは起こった。
バキィッ、と言う破壊音が厩舎に響き、蹄の音が近付いてきた。
あっという間に蹄の主が俺達の前に姿を表した。
﹁コラ! 戻らないか!﹂
追いかけてきた騎士の一人が、制止の声を掛けるが聞く訳が無い。
そいつは目の前、少し先で止まり、ゆっくりと近付いてきた。
︱︱︱デカい。
第一印象はデカい、の一言だった。兎に角デカい。他の馬と比べ
たら一回りは違うんじゃなかろうか。
見事な青毛。鬣から尻尾まで、艶やかな青毛は黒光りし、発達し
た筋肉を覆っていた。一歩進む毎にその見事な筋肉が動き、黒い毛
が艶を放つ。
ポカンと見ていた俺達だったが、目の前に来てやっとフィルさん
が正気を取り戻した。
﹁殿下、危険です! 此方に!!﹂
俺の手を引き、近付く馬から離そうとしたが、それより先に馬が
一声嘶き、駆け寄った。そしてそのままの勢いで、俺の服の襟と言
うか、首根っこ? を口で掴むと、グイと俺の体が持ち上げられて
そいつの背中に載せられた、と気付いた時には既に遅く、大きな黒
馬は俺を背に乗せたまま走り出した。
﹁殿下! ⋮誰か、馬を寄越せ!! 追うぞ!!﹂
﹁クラウド!﹂
﹁待てーっ!﹂
遠去かるフィルさんの声とライとルフトの呼ぶ声。
振り落とされない様にしっかり鬣を握り締め、鞍も着けられてい
ない背中に必死にしがみついていると、フワリと体が浮いた感覚と、
91
直ぐに地に落ちた様な衝撃。チラリと後ろに目を遣ると、柵越えし
たのが判った。
無茶すんなよ!! 速歩がやっとの俺に柵越えとか有り得ないだ
ろ! と心の中で馬に突っ込む。
俺を拉致った馬は兎に角速かった。騎士団に併設されていた馬場
を飛び出し、追い縋る兵士や騎士を撒いて城から脱出すると、森に
向かって駈けていった。
初めの内こそただしがみつくだけの俺だったが、次第に速度に慣
れ落ち着いてきた。
落ち着けば周りを見る余裕も生まれる。
下手に体を起こして落ちるのも怖かったので、首だけ動かして流
れていく景色を楽しむ。小馬に跨がっていた時と全く違う高さに興
奮し感動する。大人になって馬に乗ったら、此の風景が何時でも見
られるんだ。
草原は夏になったら青々と繁った草が風に揺れているだろう。そ
の中を走り抜けたら、さぞかし気持ち良いだろう。
半ばうっとりと妄想する俺が気付いた時には、何時の間にか森の
中、泉の湧く開けた場所に来ていた。
ゆっくり歩いて泉の水を飲みだした馬が大人しいので、俺はそろ
そろと身動ぎして馬から降りようと試みた。
⋮高い。地面がかなり遠い所にある。だが此処で躊躇ってまた何
処とも知れぬ場所に連れて行かれては堪らない。深呼吸してから、
意を決して飛び降りる。
多少ふらついたものの、何とか無事に着地出来た。うん、足も捻
って無さそうだ。
ホッと一息つくと、安心して緊張が解けたからか、足がガクガク
と震えだした。あ、これって足が笑うってヤツだ。兎に角震えが止
まらないので、腰を落として座り込んだ。
震える足を丹念にマッサージする。⋮先刻整体師のスキルを得て
92
良かったかも知れない。指導された訳ではないから的確かどうかは
判らないが、それなりには効いているようで足の震えと強張りが取
れてきた。
ほーっと息を吐き出しリラックスすると、俺を拉致した青毛が鼻
を寄せて擦り寄ってきた。
甘えてるのかな、と思い鼻面を撫でてやる。満足そうに嘶くと、
俺の髪を食み始める。⋮えーと、確かこれって毛繕いだよな。毛繕
いされるって事は、コイツに気に入られているって認識で良いのか
な?
取り敢えず軽く甘咬みされるだけで抜かれている訳ではないので、
暫く青毛の好きにさせて自分はマッサージを続行した。
良い具合に体も解れた所で、未だに髪を食み続ける青毛に話し掛
ける。
﹁お前、俺の事好きなの? 何でこんな場所に連れて来たんだ?﹂
話し掛けた所で返事が返る訳が無い。馬の言葉が判るほどスキル
レベルは高くない。
俺の言葉に、青毛はグリグリと鼻を押し付け、転がされるように
倒された。
いや待て。倒された瞬間、何か前世の妙に腐った知識が頭を過っ
てしまったではないか。ケモノと××とか。言っておくが俺にお前
の立派なイチモツは入らないからな? てか阻止するからな?
そんな冗談は捨て置き、グイグイ鼻面で転がされて、何時の間に
か泉の前で転がっていた。飲めって事かな。確かに喉は渇いている
し。
よいしょと立ち上がろうとしたところで、泉の方から笑い声が聞
こえた。
え? と思って顔を上げると、泉の中に精霊らしきモノが居た。
何故﹃らしき﹄かと言えば、泉の中に立っているにも関わらず着て
いる服は濡れていなかったし、先程まで誰の気配も無く、突然現れ
93
たとしか思えなかった。こうなると、人ならざる者、精霊かと思う
のだが、再び俺の妙な知識が邪魔をする。
目の前で佇むのは、藍色の光を放つ黒髪の少年だった。
普通さ、泉の精霊と言えば、見目麗しい女性若しくは少女だと思
うだろ? 何で少年? しかも着ているのは何故か狩衣だか直衣に
しか見えない平安装束で。
誰か、責任者連れて来い! 何でいきなりヴィクトリア調から平
安調になるんだよ、おかしいだろ!
おさなご
われ
俺の心の叫びに気が付いたのか、泉の少年はクツクツと笑った。
﹁済まぬの、幼子よ。その者に頼んで其方を此処まで呼んだのは吾
よ。許せ﹂
許せと言われても。未だ状況が掴めてないので、詳しい説明を求
めたい。てか、聞き捨てならん言葉が聞こえたよな? 青毛に頼ん
だ?
俺の困惑しきった顔に、再び少年は笑う。
それ
﹁先頃より此の海域を通る度に馴染んだ気配がした故な、吾の眷属
に連なるものに頼んで連れて来て貰うた﹂
﹁眷属?﹂
﹁地を駆る馬も吾の眷属。吾が一番仮生し易い姿が馬よ﹂
言うなり、少年は白馬となって、また直ぐに人の姿に戻った。
﹁えーと、泉の精霊⋮⋮じゃ、無い、よな?﹂
何か凄い、魔力とはまた違う、とにかく不思議な力が彼から伝わ
り、俺は恐る恐る訊ねた。
厭な予感がする。馴染んだ気配って、まさか。
﹁吾は四天の守護者、東天を司る青龍。其方から吾の主、水の杜の
王の気配がした故、参った﹂
責任者ーっ! 青龍って何だよ!
水の精霊とかならまだしも、青龍って?! 東天て事は西とか南
とか北も居るんだよね? ⋮四神じゃん! 何でいきなり東洋の神
様が出て来るんだよ!! しかもやっぱりラディンの関係者かよ!
94
俺の心の叫びを聞き取ったのか、青龍は苦笑して言った。
﹁いきなりで混乱するのも判らぬでは無いが、吾も覚えの無い場所
に主の気配が在ったのじゃ、不審に思うても仕方あるまい﹂
まぁ判らないではない。
﹁然し其方、水の杜の客人と言う加護を持っているが⋮⋮主に気に
入られたか? 珍しい事も有るよの﹂
﹁あぁ、俺が魂のまま水の杜に迷いこんだからかな?﹂
開き直って青龍に俺のラディンとの一件を話すと、納得したのか
頷いた。
﹁成る程、彼の世界の者であったか。其れならば主に気に入られる
のも無理はない。彼の世界の、特に日本人は中々面白い事を仕出か
すのでな、主の御気に入りぞ﹂
今、何か凄いぶっちゃけられた気がする。そうか、日本人お気に
入りなのか、じゃあ仕方無い⋮⋮って、なるわけ無いだろー!
うん、でも判った。ラディンに関する事は仕方無いと思った方が
良いって事が良く判った。きっと俺、この先も水の杜の関係者に振
り回されるに違いない。
その後、青龍と一頻り話した後、漸く解放され、城に戻る事とな
った。
城まで送ると言われたが、それは断った。その方が早く帰れるの
は判っていたが、青毛に連れ去られた俺を、追っている人々が居る
のだ。フィルさんとか、騎士団の人達とか。
ライとルフトは流石に追っては来れないだろうが、心配して待っ
ている筈なのだ。それなのにちゃっかり涼しい顔で城に戻るのは嫌
だ。
俺は、探しに来てくれた人達と一緒に城に戻りたい。
俺がそう言うと、青龍は﹁そうか﹂と笑って、一番近くに追って
来た騎士︱︱やっぱりフィルさんだった︱︱の方向を教えてくれた。
﹁有り難う﹂
95
﹁なに、元は此方の我儘故、此の位はさせて貰うぞ﹂
﹁それでも、青龍さん? ⋮有り難う﹂
何と呼んだら良いか判らず、そう言うと、青龍はクスリと笑って
消えた。
現れるのもいきなりだが、居なくなるのも急だな。
青毛は俺を背に乗せるのは抵抗無いのか、俺が歩いて帰ろうとす
ると、再び服を衡えて背中に乗せると、今度はゆっくり歩きだした。
ゆっくりとは言え、速歩だ。落ちないように、でも今度はキチン
と背筋を伸ばして馬に身を任せた。
やや暫く行くと、馬の姿と俺の名を叫ぶ声が聞こえた。
﹁フィルさーん!﹂
﹁殿下! 御無事で!!﹂
半ば泣きそうなフィルさんは、青毛から俺を奪う様に抱き抱えて、
城に戻った。青毛は不満そうだったが、俺が我慢してついて来いと
言うと、大人しく従った。それにはフィルさんも驚いていたが、俺
が青毛を処分しないでくれ、と言うと更に驚いた。
幾ら馬でも、王子を拉致したのだから、処分されるだろう、と思
ったのだ。実際このまま戻ったら、そうなっていたらしい。だが青
毛は青龍に言われるまま俺を連れ去ったのだ。コイツのせいでは無
い。
難しい顔をしていたフィルさんだったが、良い馬だし勿体無い、
連れ去られて皆に心配掛けたのは悪いが、それ以外では寧ろ俺は乗
馬を楽しませて貰った。また青毛と走りたい、と言って処分はやめ
て貰った。
﹁殿下が無事で良かった⋮⋮。落馬などしていたら、どうしようか
と思いました﹂
﹁ごめんなさい。でも本当に心配掛けたのは申し訳ないけど、ぼく
は楽しかったんです⋮⋮ごめんなさい⋮⋮﹂
﹁お謝りする必要は御座いません。楽しかったのなら、⋮⋮何より
でした﹂
96
本当に心配してくれたのだろう。一瞬切なそうな表情をしたもの
の、その後フィルさんは柔らかく微笑んでくれた。
城へ戻る間、俺は青毛に乗っていた時の高揚感や楽しさを延々語
り、俺を探していた騎士たちと合流しながら、城に戻った。
両親には心配掛けたが、俺のやんちゃぶりを知っていたからか、
有り難いことに誰も処分される事は無かった。フィルさんは監督不
行き届きで厳罰が下ると思ったらしいが、あれはフィルさんのせい
じゃ無いし、寧ろ早く発見されたのはフィルさんのお陰と言える。
そんな訳で乗馬の練習も続けられる事となり、青毛もいきなりあ
んな事をしたのは運動量が足りないからだろう、と頻繁に馬場や外
へ連れ出されるようになり、幸せそうである。
ただ、俺を見付けると一目散に駈けてきて、髪の毛を食むのはや
めて欲しい。
97
Lv.08︵後書き︶
閲覧有り難うございましたwww
−−−−−
そこはかとなく腐臭いですが、しつこいようですがBLではありま
せん。
!!
'16/02/13
青毛の名前決めてない⋮⋮。
修正情報
↓
−−−−−
‼
98
Lv.09︵前書き︶
そろそろ学園編に進めようかと思いますが、未だ先です。
少々補足説明編。
99
Lv.09
新年明け早々、ライとルフトと言う俺にとって将来の腹心とも言
うべき存在と出会い、ほぼ毎日のように遊び⋮⋮元い、勉強をして
いる。
一歳違いと言うのは幼児期には結構な差があるのか、何をするに
しても二人の方が先に出来るのが、何とも悔しい。
剣術と魔術は俺の方が上だと慰めてくれるが、それはただ単に俺
の方が先に訓練を始めたからであって、同時に始めていればどうだ
かな、と思う。取り敢えず此方は二人に抜かされない様に、他は追
い付けるように頑張る所存である。
剣術は最近では近衛のリシャールさんが教えてくれる。⋮と言う
か、ルフトの祖父、ヤーデ将軍がやたらと俺達を構いたがり、ライ
の父、サーペンタイン隊長がそれを回収、序でにリシャールさんに
リシャールさん
指導を頼むと言う構図だ。何だかかなり迷惑を掛けているのだが、
本人は然程気にしていない様でホッとしている。
俺としても、そろそろ前世の記憶頼りの自主練よりも、此の世界
での剣術を覚えるべきだと思ったので、良い機会である。メインは
居合いになってしまうだろうが、余り変な癖が付かない内に本格的
に始めるべきだろう。
朝一番の走り込みや柔軟体操、打ち込みと素振りは相変わらず行
っているが、三人で訓練する時はリシャールさん指導のもと、地道
に長剣を振っている。後は馬上ではやはり槍が有利なので、槍も少
々教わっている。
馬と言えば、つい先日俺を拐って連れ回した青毛だが、その後何
故か俺の事が御気に召したらしく、姿を見掛ける度に寄って来ては
100
ヒサギール
俺の髪を食んでいく。しかも馬術の訓練で小馬に乗ろうとすると、
必ず邪魔をする。
どうも俺が他の馬に乗るのが気に入らない様で、かと言って練習
に使うには青毛は俺には大き過ぎる。仕方が無いので馬術の訓練を
する時は、青毛には違う馬場に行って貰っている。
⋮この話が示す通り、青毛には決まった主人は居ない。
実はあの時、青毛は未だ騎士団に来たばかりで、慣らしている最
中だったそうだ。立派な体躯の青毛は見映えが良く、近衛か聖騎士
アイツ
の隊長の騎馬にしようかと話が進んでいた所にあの騒ぎ。
どうやら青毛は俺を主人に選んだらしい。
だが待て。俺はアイツを乗りこなす自信は全く無い。大き過ぎる。
幾ら努力するとは言っても限度と言うものがある。
なので、此処は引き下がって貰おうと、訓練が終わった後、フィ
ルさんに頼んで青毛に会わせて貰った。
言葉は通じないが、青毛は頭が良い。此方の言う事は何となく理
解しているだろう、と言う前提で撫でながら言い聞かせてみた。⋮
その間、髪の毛は食まれっぱなしである。
﹁お前、俺が好きか?﹂
食みながら鼻を鳴らす。⋮是と判断して続ける。
﹁俺は見ての通り未だ小さくて、お前に乗るのは難しいんだ⋮⋮痛
ッ、ちょ、話は最後まで聞けッ!﹂
途中でへそを曲げたのか、俺の毛を引っ張って抜かれそうになっ
たので、慌てて宥める。後ろで見守ってくれているフィルさんが、
身を乗り出してきたが手出し無用と制する。
﹁⋮俺が小さいのはお前だって判るだろう? 俺を選んでくれるの
は嬉しいけど、それだとお前も思うように運動出来なくてストレス
が溜まるだけだから⋮⋮って、だから咬むな、引っ張るな!﹂
俺の言う事が相当気に入らないのか、青毛は頭まで咬みだした。
加減はしてくれている様だがマジで痛い。
101
トロット
﹁だからな、サイズを考えろ、と言ってるんだ。今すぐは無理だけ
ど、もう少し俺が大きくなったら乗るから! 後、速歩くらいなら
時々で良ければ付き合うから! 今は騎士団の人達の言う事を聞い
て大人しくしてくれーーッ!﹂
途中から咬むのを止めた青毛は、俺にグイグイ鼻面を押し付けて
きた。その勢いで転がった俺に更に鼻面を押し付け、身動きが取れ
ない。流石にこれはマズイと判断したフィルさんが、俺を救出して
くれた。
取り敢えず俺の言う事が理解出来たのか、これ以降訓練の邪魔は
しなくなったが、終わる頃には鞍と轡と鐙を前に、﹁さぁ、乗れ﹂
と言わんばかりに待ち構えるようになった。⋮乗ってやると言った
手前、無視は出来ない。だが﹃時々﹄と言った筈なんだが。
そう言えば馬の寿命って何歳なんだろう。俺が成人するまで元気
なんだろうか。そして待つつもりが有るのだろうか。
そんな疑問を後でこっそりフィルさんに訊いてみれば。
﹁20年から30年位ですから、殿下が成人なさる頃まで元気です
よ。訓練次第では、繁殖用種牡馬にして、優秀な仔を殿下の馬にす
るのも宜しいのでは無いですか?﹂
と、そんな答が返ってきた。
⋮まぁ其れまで青毛が俺に厭きていなければ考えようと思う。
さて、そんな最近の俺の心配事は、学校についてだ。
実は俺は、この世界に学校は有るのだろうかと疑問に思っていた。
魔法学園が有るのは知っている。士官学校も知っている。だが俺
の言う﹃学校﹄は、特殊な技能や才能を必要とする特殊学校ではな
く、万民が通える、普通学校の事だ。はっきり言えば、小学校は有
るのか、と言う事。
何故そんな事を気にするかと言えば、俺が通いたいからに決まっ
ている。
102
学校が特別好きだった訳では無いが、今のまま、ライとルフト二
人としか友人、と言うより人間関係を築けないのは如何なものか、
と思う。
あの二人が嫌いな訳では無い。寧ろあの二人が腹心候補で良かっ
たと思っている。それに実際、あの二人だけでなく騎士団や魔術師
団の人々とも関わりはある。だが同世代となると⋮⋮限られる訳だ。
然し人間と言うのは色々居るわけで。俺としては色々なタイプの
人間と付き合ってみたい。話してみたい。喧嘩もしたい。
それが、ライとルフト二人しか知らないのでは、やり合うパター
ンも限られる。出来れば学校と言う大きな空間の中、色々やってみ
たいと思っていたのだ。
幸いな事に、学校自体は有った。六歳から十一歳迄の六年間、平
民から貴族まで分け隔てなく教育を受けさせてくれる、義務教育だ。
義務なので当然国費で運営され、授業料は掛からない。教科書代
リユース
は掛かるが、これは内容が余り変わらなければ以前の物が使えるの
で、再利用が主流だ。
そしてこれが俺にとって一番心惹かれた点だが、学校内では一切
身分の上下を問わない、と言う事だ。
まぁ実際にはそんな事は無いだろう、とは思っている。だが例え
建前だろうが、身分を問わないと言う事は、学校にいる間は俺はク
ラウド・アルマース=エーデルリヒトでは無く、ただのクラウドと
言う事で。傅かれる事も無く、対等な付き合いが出来るかも知れな
いではないか。はっきり言ってそれはかなり魅力的な話だった。
そんな訳で就学年齢になれば学校に通える、と楽しみにしていた
俺だったが、それに待ったを掛けたのはルフトだった。
﹁下位なら兎も角、伯爵以上の貴族は家庭教師を付けるのがほとん
どだよ? 男爵位でも付けられれば付けるそうだし、貴族子弟が学
校に通うのは珍しいと思う﹂
何ィ? と思いライに視線を向けると頷かれた。
103
﹁ボクは母様の意向で学校に通う予定だけど、クラウドは⋮⋮王族
だから難しいと思う﹂
何と。貴賤を問わず通える筈の学校に、王族だから通えないとは
そんな莫迦な話があるか。
思わずそう叫ぼうとして︱︱︱堪えた。
考える迄も無く、確かに王族がそう簡単に外出なぞ出来る訳が無
い。護衛だって必要だし、先触れだって必要だ。学校に通うともな
れば、常に護衛を控えさせる必要が有るだろう。俺の我儘で余計な
人員を割いて良いのか? 良い訳が無い。
ノブレスオブリージュ︱︱身分の高い者はそれに応じて果たさね
ばならぬ社会的責任と義務がある︱︱と言う言葉がある通り、俺は
王族として相応しい振る舞いをしなければならない。
平民の中には貴族は搾取する存在で、贅沢な暮らしをしていると
誤解している者も少なくない。実際、そう言う領主が居るのも事実
だ。
だが実際に多いのは、領民からの少なくはないが多くもない税で、
ギリギリの領地運営をしているものが殆どだ。贅沢に見える暮らし
も、必要に迫られて、だ。自領の産物をアピールし、流通させ益を
得る。その最大のアピール出来る場所が社交界であり、利用しない
手は無い。
其れを贅沢と非難するのなら、非難すれば良い。だが領民の生産
したもの︱︱農産物でも加工品でも︱︱を消費し内外に知らしめる
のは領主の役目だ。消費し流通させ雇用を産む。大事な仕事だ、言
いたい奴には言わせておけば良い。
そしてそんな貴族としての役目を、王族が無視してはならない。
エーデルシュタインは宝石の産出国だ。王族は煌めく宝石を身に
付け、外国の賓客や大使をもてなす。国の顔だ。身に付けた物が見
事なら、加工が素晴らしければ、それだけ取引がしやすくなる。宝
石の取引が多ければそれだけ国が豊かになる。国が豊かならば⋮⋮
104
後は言わずもがなだ。
俺が学校に行きたいと言うのは簡単だ。だがその為に他人を巻き
込むのは本意ではない。
大人しく退くべきだ、と頭では理解している。だがこの程度の事
なら少し位我儘を言っても大丈夫だ、とも思っている。
何だかんだ言った所で、俺は未だ四歳なのだ。王族としての義務
やら矜持など、知らないふりをしても問題は無い。無いが、前世で
経験した社会人としての常識が、責任を放り投げるなと訴える。
いっそ記憶など無ければ、悩まず学校に行きたいと言えただろう
か。
贅沢な悩みだとは思う。あと二年の間に結論が出ると良いのだが。
俺の悩みは先送りにするとして、ライは学校に通い、ルフトは家
庭教師が就くようだ。
正直な話、逆だろ、と思う。それはルフトも感じていた様で。
﹁侯爵家のライが学校に通って、伯爵家のオレが家庭教師って変だ
ろ﹂
﹁そうかな?﹂
﹁そうだよ。だいたい、伯爵家だって家庭教師は最近つけなくなっ
ているって聞いたよ﹂
﹁え、どうして?﹂
二人の会話に思わず割って入る。
﹁義務なのに入学しないのはおかしいって話が有るみたいですよ﹂
個別に家庭教師が就くとはいえ、上位貴族が子供を学校に通わせ
ないのなら、平民の、しかも子供を働き手として必要とする家は、
学校に通わせるより働かせる事を選ぶだろう。
そんな話もあって、義務教育が形骸化するのなら、いっそ王都だ
けでも全寮制にしてしまうか、とか、身分毎に学校を分けるか、と
言う話が出ているらしい。
流石に全寮制はやり過ぎだが、身分毎に分けるのは一つの手では
105
ある。公立と私立と考えれば判りやすい。
伯爵家以上の貴族が家庭教師をつける、逆に言うなら学校に通わ
せないのは、平民、つまり身分卑しい者と同列に扱われたくないと
言外に言っている訳だ。後は無料の学校に等通わせなくても、同等
の教育を受けさせる財産が有るとも。
そう言った連中は貴族子弟しか通わない学校が有れば、そちらに
通わせるだろう。
ふむ、と腕組みをして考える。
俺は確かに学校に通いたい。だが其れは現状難しいと言う。特に
例え俺が身分を偽って通ったとしても、護衛が付けられてしまうで
あろう時点で、それなりの身分だとバレる訳で。身分の上下を問わ
ないと言っても、平民は遠巻きにするだろうし、貴族は身分を確認
しようとする。バレたら要らぬ取り巻きが出来る。
︱︱︱これは避けたい。ただの予測で考え過ぎと言われるかも知
れないが、不安要素はなるべく取り除きたい。学校に通って妙な取
り巻きが出来るなら、家庭教師の方が未だマシだ。
二年先送りにしようと思った話だが、既に何らかの話が出ている
なら話は別だ。
此処はもしかすると俺が我儘を言った方が話が進むかもしれない。
こう言った事は即断即決が良い。
俺は直ぐに執務中の父の所に赴き訴えた。
﹁父上、俺もライやルフトと一緒に学校に通いたい!﹂
⋮初めは俺の我儘と思い、諫めようとしていた父だったが、義務
教育云々を言ってみた所、話を聞いてくれる気になったようだ。父
は俺が前世持ちな事を知っている訳だし、何か思う所が有ったのだ
ろう。
宰相も交えて話し合った結果、新たに私立学校を設立する事にな
った。私立と言っても、実際は公費で建てられる。違うのは、此方
は入学金の他、授業料や施設運営費など徴収される点だ。金の無い
106
ヤツお断り︱︱︱庶民は公立へ、金持ちや貴族は私立へと言う構図
だ。
これ等は差別化を図りつつも、等しく教育を受けさせる為の手段
だ。貴族には、公立よりも良い環境で更に高度な教育を受ける事が
出来るとアピールし、庶民には教育を受けるのは義務である事を知
らしめる。
上手く行くかは判らないが、現状よりはマシになると俺は踏んで
いる。聞いたところでは義務教育はかなり前から行っていたようだ
し、その割に通わせない家庭が多いのも問題になりつつあった。読
み書きや基本的な計算など、教えることは山ほどあると言うのに、
妙なプライドや働き手の確保などと言う理由で子供の権利を奪って
はならない。
貴族の方は通わせる事がステータスだと思わせれば簡単だろう。
庶民も少なからず教育の大切さは浸透しつつ有るようだし、此処は
子供を働かせるより学校に通わせる方が得だと思わせれば良い。
公立は給食を支給し、ある一定の収入以下の家庭にはその家族の
一食分のパンを、出席すると支給したらどうかと提案してみた。
パン一食にも事欠く家庭なら飛び付く話だと思う。幾ら子供を働
かせても、家族全員のパン代にはならないだろう。それを考えての
提案である。
初めは公費が掛かりすぎると渋っていた宰相も、どうせどちらも
運営するのは国だ、と俺が言ったら気が付いたようだ。
無いなら、有るところから回せば良いのだ。
私立から徴収する運営費や学費、給食費から回せば良い。元の世
界と違って、経費の使い途が関係無い所に回っても、予め了承され
つもり
ていれば問題は無い。どうせ学費も運営費も、公立の運営費に回す
心算で高めに設定されている。
知らぬ事とは言え、貴族が享受している利益を還元する。これこ
そノブレスオブリージュじゃね? と言ったら、父も宰相も笑って
いた。
107
そんな訳で俺は私立に通うことにした。貴族子弟が中心の学校な
ので、最初から警備は厳重だし、公立同様、身分の上下を問わない
のが前提となる。其れならば下手に公立に通うより、私立の方がバ
レにくい。
さて、これで二年先には楽しい⋮かどうかは判らないが、学校生
活が待っている。其れまで頑張って勉強するか。
⋮⋮と思っていたんだが。
一年早まりました。
俺が王子とバレたく無いなら、年齢誤魔化しちゃえよ、と宰相が
言い出し、ライとルフトが一緒なら安心だよね、と父も言い出す。
その為にも勉強しっかりな、と笑って執務室から出されました⋮
⋮。
確かに二人と一緒なのは心強いけど、何か。何だか上手く言いく
るめられた気がするのは、俺だけでしょうか?
108
Lv.09︵後書き︶
閲覧有り難うございましたwww
若干失敗したなーと思うのは、一人称小説にしたことです。
これから出そうと思っているキャラが居るのですが、ソイツの一人
称が思い付かない。と言うか、アノヒト何考えてるかわかんない︵
︱︱︱
'16/02/13
−−−−−
笑︶まぁ出るのはかなり先なので追々考えることにします。
修正情報
↓
−−−−−
︱︱
109
Lv.10 セバス・グラウクス・バーンスタイン=ヴェジール
︵前書き︶
別視点です。
かなり難産でした⋮⋮
110
Lv.10 セバス・グラウクス・バーンスタイン=ヴェジール
エーデルシュタイン王国の若き王、ミクローシュ陛下が即位した
のは成人したその年で、即位と同時に婚儀も行われた。
前王から戴冠され、妃殿下と二人並んでバルコニーに立ち、民に
挨拶する姿は見目麗しいお似合いの一対であった。
仲睦まじく支え合うお二人ならば、直ぐに御世継ぎに恵まれるだ
ろう、との大方の予想を裏切り中々御子には恵まれず、妃殿下は悩
み、側妃を召し上げ様と言う動きすらもあった。
新興貴族の中には年若い陛下を侮っているのか、平気でその様な
進言をしてくるが、両陛下の仲睦まじさを見ていれば、その様な事
を簡単に言える筈がない。
老臣、つまりは昔からの忠臣たちは未だ若い二人、もう暫くは様
子を見るべき、と言っているにも関わらず婚儀を挙げてから未だや
っと二年と言うのに、己の息女を側妃にと薦めてくる。
勿論その様な事を言う者の息女など程度が知れている。調べてみ
ればとてもではないが、側妃どころか一夜の伽にすら選ばれぬだろ
う御粗末さ。
レイディ
妃殿下は元々侯爵家の御息女として幼い頃より教育された生粋の
淑女であった。そして陛下の婚約者候補の中でも、一際美しく︱︱
当時は未だ可愛らしいと言う言葉がピッタリであった︱︱身分も申
し分無い為、当時未だ立太子すらしていなかった陛下と引き合わせ
たところ、一目でお互いを気に入り、婚約の運びとなった。
以降、未来の王妃として更に努力して自分を磨きあげた︱︱外面
ではない。内面や国を背負う者としての覚悟などだ︱︱妃殿下が、
己の外面にしか興味の無い頭の空っぽな令嬢に劣る筈もない。
陛下の寵愛は妃殿下一人に向けられ、そんな中、待望の御懐妊。
国中に祝福され、そして無事に男児を出産なされた時の喜びは、
111
今後も忘れる事は無いだろう。
宰相として仕えてもう何年になるか。
そろそろ引退でも、と思っていたが若き王を支える為にも、また
新興貴族の莫迦げた野心を潰す為にも、もう暫くは後進を育てると
言う名目で宰相を続けていた。
そんな私を王も信頼してくれたのか、産まれて間もない王子を身
内以外では私に真っ先に会わせて頂いた。
初めてお会いした殿下は、失礼ながらパッとしない、普通の赤子
であった。その前年、降嫁された王女殿下の御子息の素顔を知って
いただけに、もしやこの王子も幻視の術が掛けられたのかと疑った
くらいだ。
王女殿下︱︱ラファール・フィアルカ・サーペンタイン侯爵婦人
︱︱は妃殿下に勝るとも劣らない美少女であったが、少々⋮⋮いや、
かなり思い込みの激しい方であった。自らの伴侶と決めた青年︱︱
ナイトハルト・ヴォルフォード・サーペンタイン、後に叙爵されブ
ラウシュタイン侯爵となる︱︱は外国からの留学生で、その青年を
一途に思い続けて五年、最後には強引にも酔い潰し、既成事実を作
って降嫁に至った経緯がある。
既成事実と言う事で、婚姻後直ぐに産み月になり、御子息が誕生
となった。その時の衝撃は言い表せない。
ラインハルトと名付けられた赤子は、見た事も無い程美しかった。
それなのに王女殿下は、何故かその姿を幻視の護符を使用してまで
御隠しになり、一見すると何の特徴もない、美男美女の御二人の御
子息としては残念な程の凡庸な容姿にしてしまわれた。
そして拝謁を許された王子殿下は、彼の幻視の術を施された従兄
弟と良く似たパッとしない容姿であった。
さぞ
正直、ガッカリしたのは否定できない。心のどこかで、御二人の
子供なら嘸や美形だろうと、前例が有っただけに︱︱王女殿下とブ
112
ラウシュタイン侯爵の事だ︱︱勝手に想像していた。
然し待望の御継嗣誕生で喜ぶ陛下に水を差す様な事が言える訳も
無い。
未だ壊れそうな程小さな命が握る拳を恐る恐るつつくと、僅かに
開いてそのまま私の指を握り締めた。握る強さに驚いていると、殿
下はそのままフニャリと笑い︱︱︱
その瞬間に、私は殿下の虜となった。
産まれて間もない為、碌に見えていない瞳は妃殿下譲りの烟る青
灰色で、淡く生えた頭髪は金褐色。この色は陛下の幼い頃と同じだ。
そしてしみじみ良く見てみれば、両陛下に良く似た目鼻立ち。
笑顔一つで私を魅了した殿下が凡庸な訳が無い。
私はこの時に改めてもう暫くは宰相職を続ける事を決意した。殿
下の将来に何の愁いも無い様にする為だ。後進も各部署に育てなけ
れば。そして殿下の優秀な側近も忘れずに選ぶ事。無駄に諂い遜る
事無く、然し身分を弁え国と殿下に忠誠を誓う、同じ年頃の子供を
探す。
出来れば早い内に選出し、側近と出来れば護衛も兼ねて教育した
い。そうなると此処はやはり騎士の家系が良いか。
そんな事を目まぐるしく考えながら両陛下の御前を辞したのだっ
た。
生後七日、神殿にて殿下のスキルが確認され、その特殊さに戸惑
い、また得体の知れぬスキル持ちの王子は廃嫡し、新たに側妃を、
等と言う意見を一蹴し、クラウドと名付けられた殿下は健やかにお
育ちになった。
そして現在。
私の目の前には、得意気な顔をした男が悠々と椅子に座って自慢
113
話をしていた。
﹁⋮そしてな、あの小さい体で儂に挑みかかってきてな、その剣筋
の良さと来たら! 新人に爪の垢でも飲ませたかったわ!﹂
﹁⋮新人では無く、貴方の息子に飲ませれば良いでしょう﹂
私の言葉に目の前の男、ヘルムート・フォルティス・ヤーデ将軍
がうっと黙りこむ。
代々優秀な騎士や軍人を輩出してきたカヴァリエレ伯爵家現当主
が、荒事には全く向かず、文官として出仕して来たのは記憶に新し
い。父親、つまり私の目の前にいるヤーデ将軍は、勇猛果敢で剛胆
な軍人として名を馳せていたと言うのに、だ。
尤も私も他人の事は言えない。
ヤーデ将軍とは逆に優秀な文官を輩出してきた我が家からは、家
督を継ぐ長男の補佐をすべき次男が、騎士団に入り近衛騎士にまで
なってしまった。なまじ優秀だっただけに残念だが、クラウド殿下
の剣術を指南していると聞いて、溜飲を下げた。
﹁⋮そう言えば知っておるか。神殿の司祭長。あやつ殿下にセザー
ルじいさまと呼ばれているらしいぞ﹂
﹁⋮何? 私が知っているのは、筆頭魔導師が殿下の魔術師範にな
って、色々餌付けしているらしいと言う事だが?﹂
﹁これ以上殿下の教師が増えたら、儂と遊んで貰えんな⋮⋮﹂
しょんぼりとする爺ィの図は気持ち悪いが同感だ。最近は専属の
家庭教師がついたこともあり、以前の様に気軽に私や陛下の執務室
を訪れる事も無くなった。執務の邪魔をするのは申し訳無いと言う
殿下だが、殿下との時間は大体休憩時間に当たり、少しも邪魔では
ない。寧ろ殿下との語らいが良い刺激になるのか、その後の執務が
捗ったりする。
そしてこの事は公にはされていないが、殿下は前世持ちだ。少々
と言うか、かなり大人びた意見を述べる事が有ると思ったが、其れ
を聞いて納得した。その記憶は鮮明らしいが、前世の人格と今は別、
とはっきり断言した殿下にホッとした。
114
前世の記憶を持つ者は、人格に破綻を来す者が多い。前世との文
化や習慣の違いに馴染めない事が原因と言われている。
幸い殿下はその辺りの事を完璧に割り切っているらしく、今のと
ころ前世の影響は見られない。いや、影響はある。ただ其れは悪い
ものではなく、良い方に出ているので問題は無い。
先日も、突然殿下が訪ねて来られたが、兼ねてから懸案の学校に
ついてを話し合う事になった。
就学率が低い事への対応策を話し合い、煮詰め実行する手筈を整
える。僅か四歳の子供とは思えない提案に、私も陛下も内心では唸
っていた。
いつ頃からかは判らないが、貴族も平民も変わり無く教育を受け
る権利があると言われ、初めはバカバカしいと一笑に付していた国
々も、試しにやってみるかと動いた、小さな国の辺境の村がみるみ
る豊かになっていったと聞くに及び、少しずつではあるが教育と言
う物は広がって行った。
我が国も早い内から試したからか、識字率はかなり高い。だが選
民意識の抜けない貴族が多く残っているせいか、折角増やした識字
率も最近では下がる傾向にあった。
国民の手本であるべき貴族が、その義務を怠り好き勝手に家庭教
師をつけているせいで、働き手の足りない家庭も、やはり好き勝手
に子供を働かせるようになったからだ。折角教育の大切さを説いて
居たと言うのに元の木阿弥である。
所詮貴族は貴族で固めるしかないかと諦めていたところ、殿下か
らの打診である。話を聞かない選択肢は無かった。そして実際とて
も有意義であった。
前世の記憶が有るとはいえ、殿下は同じ年頃の子供と比べてかな
り優秀である。家庭教師に訊いた所によれば、既に初等教育の三年
生程の勉強をしているそうだ。
単純に前世の記憶のお陰で勉強が出来るのではない。歴史等は却
115
って知識が邪魔をするであろうし、私や陛下と会話すると言う名目
での帝王学は、学んでいなかった筈。
努力家の殿下だからこその結果だろう。
フォルティス
従兄弟のラインハルト、目の前の男の孫のルフトは、殿下の腹心
として厳選した子供である。性格や能力、家格等、殿下よりも優秀
で尚且つ然程差がない程度を選んだ。切磋琢磨するには余り能力に
開きが有っては拙い。努力する気も起きなくなる。
三歳の神殿参詣にて、殿下はかなりのスキルを取得していた事が
判明した。それらは全て殿下の努力の賜物であろう。
毎日騎士団に通い、遊びながら剣術を学び、体を鍛えていた。魔
法院︱︱正式には王立魔法研究院だ︱︱にも通い、魔力を高めてい
たと言う。
何もそんなに頑張る必要はないと言いたいところだが、殿下は特
に無理はしていない。楽しんでさえいるように見える。楽しんでい
るのなら良いか、と思ってしまう。
殿下が楽しいのなら、此方もやれることはやらなくては。
﹁然し良いのか、一年繰り上げて殿下を学校に通わせるとは﹂
フォルティスが不安そうに訊いて来たので、此方も書類から顔を
上げて答える。
﹁殿下の希望通り、身分を隠すと言うならその方が良い。体格は他
の子供に比べて劣るだろうが、体力も知力も何の問題も無い﹂
﹁⋮そうだなぁ。大体殿下の名前や容姿はある程度広まっているん
だしな。誤魔化すなら一年繰り上げた方がバレにくいか﹂
﹁その通り。それに親なら兎も角、子供なら尚更気付きにくいだろ
う﹂
それに王族は家庭教師がつくと言う先入観も有る。自分たちが行
きたくない、行かせたくない場所に王族が来るとは思わないだろう。
殿下を学校に通わせる準備は着々と進んでいる。
116
新たな学校を最初から作るのでは間に合わないので、跡継ぎの無
いまま没落した男爵家の屋敷が国に納められているのを利用する事
にした。
商売で成り上がった男爵家だったからか、屋敷はかなり大きく、
庭の広さも申し分無い。下手をしたら離宮並みの大きさかも知れな
い。まぁそのせいで商売感覚が無くなった三代目で没落した訳だが。
屋敷は少し手を入れれば、学校としての体裁を整えられるだろう。
そもそも殿下が通う事を想定しての学校だ。規模は多少小さくても
良いだろう。小さいとは言っても、今ある学校と大きさは然程変わ
らない。貴族特有の見栄の為に少々大きさが必要なだけだ。貴族子
弟が通う事を考えて、多少豪華に見えるようにしておけば良い。
トンと申請書を纏める。
﹁終わったのか?﹂
﹁未だですよ。此れから他の大臣と折衝して問題点やら何やら確認
して⋮⋮体が幾つ有っても足りませんよ﹂
﹁では儂の方も護衛をどうするか決めてくるか﹂
﹁未だ決めてなかったんですか。⋮近衛でなくても問題は有りませ
ん。騎士ではなく、兵卒でも充分護衛になります﹂
﹁おお、そうか。ならそれも確認して書類作らせるわ﹂
ひょいと立ち上がり扉へと向かい、出掛けて振り返る。
﹁そうだ、お前のトコの次男坊、何か伝言は有るか?﹂
﹁特には⋮⋮あぁ、では殿下の訓練に遠慮は要らないと。御願いし
ます﹂
次男のリシャールは下手をしたら孫に思われる程若いが、剣の腕
は騎士団の中でもトップクラスだ。恐らく五指に入るのでは無いだ
ろうか。そのお陰で殿下の剣術を指南出来るのだから、是が非でも
頑張ってもらいたい。
私の言葉にフォルティスは苦笑しながらも頷き、出ていった。
さて、私も少々油を売り過ぎた。
立ち上がり執務室を出る。
117
会議場
どんな舌戦をしようかと、ほくそ笑みつつ私の戦場に向かった。
118
Lv.10 セバス・グラウクス・バーンスタイン=ヴェジール
︵後書き︶
閲覧有り難うございましたwww
今回の主人公は名前の出ていなかった宰相閣下です。てか、名前は
決めてませんでした。性格も決めてなかったので、今回ので決まっ
た感じです。
それにしても、予定より年齢が若そう⋮⋮そして作者もビックリな
血縁関係。
補足※
↓
六歳から十一歳︵六年間︶義務教育。読み書き計算、
学校教育について
初等学校
↓
十二歳から十四歳まで︵三年間︶専門教
歴史や初歩魔法︵生活魔法︶を教える
魔法学校・士官学校
育。因みに成績優秀者はスキップが認められているので、入学即卒
業、上級へ進学何て事もある。これ以外の職種につく場合は、各工
↓
十五歳から十七歳︵三年間︶専門教育。卒業即
房や店舗に見習いとして就職することになる。見習い期間中は、別
の職に変更可
上級魔法学校
王立魔法研究院コース。因みに成績優秀者はスキップが認められて
いるので、以下略
基本的に、成人十八歳迄に職種を決める感じ。15歳までは見習い
期間。
冒険者は十二歳から登録できる。但し15歳までは見習い期間。必
ず上位冒険者と組まないといけない。自分のレベルより下位の依頼
または安全の確認されている依頼なら一人でも受けられる。六歳か
119
−−−−−
ら十一歳までは仮登録で街の中に限り依頼を受けられる。
修正情報
︱︱︱
'16/02/13
↓
−−−−−
︱︱︱︱
120
Lv.11︵前書き︶
新キャラ投入&ちょっと説明回。
遅くてスミマセン⋮⋮︵´・ω・`︶
121
Lv.11
驚くべき事が起きた。
いや、予感はしていたし、ある意味当たり前っちゃあ当たり前の
事なんだが、俺にとっては急な事だったので、驚天動地と言うか、
青天の霹靂と言うか、兎に角驚いた。
気が付いたら、弟が出来てましたー。
⋮何で気が付かなかった、俺!!
何か城が慌ただしいなー、とは思ってたんだよ! いきなり呼ば
れて、緊張顔の父が﹁大丈夫だ﹂とか言ってて、何が大丈夫なのか
ポカーンとしてて。気が付いたら目の前に赤ん坊が差し出された。
﹁弟君です﹂
ほーら、可愛いだろう∼? と、メロメロな表情の父の顔と、目
の前の赤ん坊の顔を見比べ、固まる事数秒。
﹁はあぁぁぁぁぁっ?﹂
︱︱︱叫んだ俺は悪くない。
どうも俺が朝も早くから騎士団に入り浸り、魔法院に出掛け、作
法やらダンスやら読み書き計算ほにゃららら、と忙しくしている間
に、両親も忙しくって言うかリア充爆発しろな展開になっていたら
しく。
元々公務で忙しい両親とは食事時と、予め約束を取り付けてから
122
の面会位しか顔を会わせられなかったし、俺が個人的に忙しくなっ
てからは更にすれ違いが増えたし。
父とはそれでも時々執務室を訪ねて色々話す事は有ったが、母は
主に父のせいで朝から顔を合わせる事は多くは無かった。動ける時
は王妃としての公務が忙しくて、俺と過ごす時間は余り無い。それ
でも一応毎日会ってくれて居たのだから、愛されてるなぁ、と思う。
最近は会うのが減って、忙しいのかな、と思っていた。体型も然程
変化が見られなかったし、まさか妊娠していたとは思いもしなかっ
た。
父は俺の事を溺愛しているが、母は更に溺愛しており、夜の営み
はそれはもう⋮⋮俺から言う事では無いので割愛するが、正直五年
も子供が出来なかったのが可笑しいくらいの二人なのだ。
それが第二子誕生ですって。然も王子様ですよ、奥様!
⋮んー、これで俺に若し何か有ったとしても大丈夫だな。⋮と言
う冗談は扨措き、弟の顔をじっと見る。
⋮うん、美乳児だ。顔は皺くちゃだし未だ目も開いていないから
何とも言えないが、多分将来美形。そうか。やっぱり美形は産まれ
た時から美形なんだな、フフフ⋮⋮等とちょっと遠い目をしてみた
り。
あー、でも赤ん坊ってやっぱり可愛いわー。和む。
俺が弟に和んでいたら、産婆代わりなのか神殿から派遣された治
療師のお姉さんと侍女のメイアが、肩を震わせ俯いていた。あれ、
俺そんなに笑いを堪えなきゃならない程みっともない顔してた? ちょっと落ち込むぞ。
その後、俺は父と一緒に母を見舞い、疲労の色の濃い母は父に任
せるとして、もう一度弟に会いに行った。⋮っても隣の部屋だが。
⋮父よ、産後疲れてる母に無体をするなよ。言われなくても判る
だろうけど。人目もあるし大丈夫だと思⋮⋮あ、人目気にしないな、
主に父。
123
んー⋮⋮まぁキス以上っつーか、ヤバそうになったらドクタース
トップが掛かるだろう、多分、うん。
俺の内心の葛藤とか心配は放っておいて、今は弟だ。設えられた
小さな寝台で眠る弟を、そっと覗きこむ。
良く眠っていて、両手を確りと握り締めている。その小さな手に
指を近付けると赤ん坊の習性で、俺の指を握り締めて放さない。把
握反射ってヤツ。多分。結構力強いが、我慢出来ない程でも無いの
で放っておく。
うん、可愛い。やっぱ赤ん坊って偉大だ。癒される。
自分の事にかまけて弟に忘れられるのも嫌なので、適度に構おう。
でも構い過ぎるのは良く無い。前世でも弟がいたし、祖父の構えて
いた道場で師範代みたいな事もやっていたから、子供の扱いには慣
れている筈。
それにしても、と、ふと思う。
ラノベ何かだとこういう場合、産まれるのは妹じゃね? ツンデ
レの。でなきゃ双子の男女でさ、妹ツンデレ弟反抗期、みたいな?
反抗期は構わないが、嫌われるのは勘弁なので、構いつつ甘やか
し、良い兄貴でいる事に徹しよう。出来れば立ち位置としては、熱
血主人公を脇で見守る優しく厳しい兄貴的なナニか。主人公は弟に
任せて良い。俺は自分磨き⋮⋮って言うとスイーツな人みたいなの
で、修行と言い直す。修行で忙しい。
指を握らせたまま、反対の手で柔らかい頬をぷにぷにとつつく。
やっぱり和む。
余り弄り過ぎたら泣くかな、と思い程々で止めてはまたつつく、
みたいな事をしていたら、付き添っていた治療師のお姉さんが、﹁
抱いてみますか?﹂と言ってきた。
産まれたばかりの嬰児を四歳児に抱かせる⋮だと⋮⋮?
﹁抱きます﹂
124
即答である。
流石に立って抱くのは危ないので、座ってから渡してもらう。恐
る恐る抱いた弟は、柔らかくてふにゃふにゃしてて、思ったよりも
重かった。未だ首が据わっていないので、動かない様に上手く体を
傾かせ、軽く揺する。
ゆらゆら揺すられて気持ち良いのだろうか? 泣く事も無く大人
しく俺に抱かれている。少し抱くのに慣れたので、慎重に片手で抱
えて、頭をそっと撫でると、弟はにぱあっと笑ってくれた。新生児
微笑だと言うのは判っている。だが、だが⋮⋮。
﹁笑った! ね、笑いました!﹂
嬉しくて俺まで全開で笑って叫ぶと、治療師のお姉さんとメイア
が二人して俯いていた。⋮だから何故俯く。凹むぞ。
あ、因みに当然ながら﹃育児﹄スキル頂きました。
その後は一応両親に挨拶してから自室に戻った。
気にしません。父の目が泳いでたとか、母の顔が妙に赤かったと
か。襟元がかなり乱れて、釦がかけ違ってたとか。気にしたら敗け
だ。
でも父上、少し遠慮しよう?
自室に戻った俺は、体操服に着替えて訓練所に向かった。今日は
ライもルフトも休みの日なので、待たせたと言う事は無い。リシャ
ールさんは居るだろうが、二人が居ない時は自分の訓練を優先して
貰っている。俺は元々一人で訓練していたから、自主練はお手のも
のである。
何時も通り進めたいと、一礼してから準備運動を始める。
何だかんだ言いつつも、ラジオ体操︱︱夏休みのお友達、掛け声
が何年経っても変わらない、日本人なら誰しもが習うアレだ︱︱が
125
ブートキャンプ
一番準備運動には向いている。何と言っても全身運動。前世の俺は
ダイエット
某軍隊式訓練法は厳し過ぎて慣れる前にリタイアした。その他の運
動は何故か女性向けの物ばかりで試す気にもならなかった。なので
敢えてラジオ体操。気分が乗れば第二までやっちゃうよ。第三はシ
ラネ。
心の中でBGMを奏でつつ、深呼吸して終わり。二∼三度ジャン
プしてから駆け出す。
一人の時は自由に走る。緩急つけて大地を踏みこみ、壁を蹴って
宙を跳んだり。最近は十回連続で前転側転出来る様になった。で、
着地と同時にまたダッシュ。其れを何周かして、ゆっくり流して走
るのは終わり。軽く息が上がる程度で止めた方が続けられるので、
余り無茶はしない。かと言ってそれに慣れ過ぎても、鍛える事には
ならないので、軽く負荷をかけてもいる。
ロングソード
ラディンが言っていた通り、俺の身体は鍛えれば鍛える程強くな
っているらしく、以前は持つ事も難しかった長剣が最近やっと持て
る様になった。未だ持てると言うだけなので、振るう位にはなりた
い。それと、やはり俺としては刀が欲しいので、何処かからでも情
報が欲しい。此処はやはりギルドか?
ギルドは実は三種類ある。
冒険者ギルド、商工ギルド、魔術師ギルドだ。役割は各々その名
の通りだが、冒険者ギルドに登録すると、もれなく他のギルドにも
自動登録となる。逆は無い。
何故なら、登録した街から離れない冒険者は居ないが、その逆︱
︱店舗や研究所を構えておいて街から離れる商売人や魔術師︱︱は
ゲート
少ないからだ。居ない訳でも無い。各ギルドでネットワークが発達
しているし、転移門︱︱規模とか役割を考えると、空港と思ってく
れれば良い︱︱のお陰で国を跨いでの移動も出来る。冒険者になら
なくても良いなら、ならずに済まして街の中で商売なり研究なりに
没頭する者は多い。
126
街中でしか活動しないなら、冒険者ギルドに登録する必要は無い。
各々の所属するギルドに登録すれば良い。商人や職人なら商工ギル
ド、魔術師なら魔術師ギルドと言う風に。
各々特化したギルドを纏めるのが冒険者ギルドなのは、単に冒険
者になる魔術師や職人がいるからだけでは無い。彼等が冒険中に得
た新たな技術や研究結果等を、ギルドを通じて広める役目も担って
いるし、逆に不在がちな冒険者に新たな知識を伝える役目も有る。
いちいち各ギルドに赴かなくては確認出来ないなど、愚の骨頂だ、
と昔誰かが言ったそうだ。全くその通りだと思う。
冒険者は世界を股に掛けて各地を探検したり、魔物を討伐したり
忙しい。時には緊急依頼で東西の大陸を往き来したりもする過酷な
職業でもある。そんな彼等の中に少なからず居る、魔術師や職人た
ち。魔術師は攻撃魔法や治癒魔法等を必要とされる他に、自らの力
を試す為にも、冒険する。職人はより良い素材を得るために。様々
な思惑が絡み冒険者家業は成り立っている。
ア
話が長くなったが、ギルドにはあらゆる情報が集まっている。だ
から若しかしたら俺の欲しい情報が有るかもしれない。
キツシマ
オリエストール
出来れば刀が手に入れば良い。でなければ流通している地域。秋
ググレーカス
津洲か、果ての東皇国が怪しいと思っている。最悪何処にも存在し
ていなかったら、俺のスキルを駆使して、鍛造させても良いと思っ
ている。その時はドワーフの鍛冶屋を頼ろうと思う。見た事は無い
が、存在はしているそうだ。エルフや獣人も居るらしいが、そちら
も見た事は無い。⋮彼等の存在を知った時、キタコレファンタジー
! と思ったんだが、魔法が有る時点で既に立派なファンタジーだ
と言うのに、何だか当たり前過ぎて麻痺していたらしい。ちょっと
反省。
ドワーフの鍛冶屋が何処まで刀を鍛造出来るか、そもそも玉鋼と
か折り返し鍛錬とか技術的に可能か等々、疑問は尽きない。
そんな事を考えながら何時も通り柔軟体操をしていたら、笑い声
127
が降ってきた。
見上げたら、また端正な顔だよ。叔父、サーペンタイン隊長が微
笑みながら俺を見ていた。
﹁⋮何時もながら柔らかい体ですね。良く其処まで曲げられるもの
かと感心致します﹂
言われて気が付いたが、俯せの筈なのに目の前に足首があった。
背後から、﹁殿下、怖っ!﹂﹁折れる、背骨折れる!!﹂と声がす
る。⋮うん、俺も客観的に見たら怖い。
そんな訳でススス、と腰を上げて上体を起こす。良し、これで元
通り。振り返ると、二人程涙目で抱き合ってる騎士が居た。⋮正直
済まんかった。ホラーなポーズ見せて。
視線を泳がせつつ叔父に挨拶をする。
﹁サーペンタイン隊長、こんにちは。今日は執務は無いんですか?﹂
﹁御機嫌よう、クラウド殿下。はい、偶には体を動かしませんと鈍
りますので﹂
にこりと微笑む叔父の姿が眩しい。
そう言えば俺の事を気に入っている例の青毛だが、どうやら叔父
の事も気に入ったらしく、普段は叔父の騎馬になる事に落ち着いた
らしい。馬場に俺が現れると、一目散に駆けて来るのは変わらない
が、落ち着き先が決まって良かった。
見事な青毛に跨がる金髪の騎士。絵になり過ぎる。嘸かし人気が
出るだろう。
そんな事を漫然と考えていたら、叔父からまた話し掛けられた。
﹁それはそうと、弟御がお生まれになったそうですね。おめでとう
ございます﹂
﹁有難う御座います、もう弟には会いましたか?﹂
﹁いいえ、今は勤務中ですので、それは。非番になりましたら妻子
を連れて伺います。﹂
父の妹である叔母を差し置いて、会うわけには行かないってヤツ
かな? 何とも義理堅い。
128
やや暫く叔父と話し、また訓練を再開した。
今日も良く眠れそうである。
訓練後、また弟に癒されるべく会いに行ったら、宰相が来ていた。
弟を見てトロンと蕩けた顔をしていた。そうだろう、可愛かろう、
俺の弟は! ちょっと誇らしい気分になったので、声を掛けてみた。
﹁セバスじいちゃん、こんにちは!﹂
﹁ク、ククク、クラウド殿下! ち、ちち違います! こ、ここ此
れはですな、決して殿下が⋮⋮﹂
何故だか酷くキョドられた。何か知らんが少し落ち着け。
﹁セバスじいちゃん、しーーっ! 弟が起きちゃうでしょ?﹂
口に指を当ててそう言うと、宰相も慌てて口を閉ざす。弟を見る
と︱︱︱良し、泣いてない。良く眠っている。結構大物かもしれん、
俺の弟は。
先程と同じ様に小さな手に指を握らせて、宰相に話し掛ける。
﹁可愛いでしょ、俺の弟∼。早くお七夜になって名付けの儀式しな
いかなぁ。﹂
うっとりとそう呟き、同意を得ようと顔を上げたら何故か。治療
師のお姉さんとメイア、宰相の三人が固まって悶えていた。何なん
だ一体。
それから暫くは、俺の日課に弟と触れ合うことが追加されたので
あった。
129
Lv.11︵後書き︶
閲覧有難う御座いましたwww
例によって、治療師のお姉さん、メイア、宰相の三人は、
﹁クラウド殿下ーー! 可愛すぎますーー!﹂
と悶えていました。
エルフとかドワーフ、獣人は名前だけは出ましたが、出るかどうか
↓
追加された
'14/11/26
!!
'16/02/13
−−−−−
−−−−−
は微妙⋮⋮主人公が目指す職に依りますかねぇ。
修正情報
↓
−−−−−
‼
−−−−−
追加さへのれた
130
Lv.12︵前書き︶
少しばかり話を進めますが、未だ入学しません。
暫くサーペンタイン家のお話が続く予定。
131
Lv.12
今日は珍しく父から呼び出しがかかった。何の用だろう、と疑問
に思いつつ父の執務室に向かう。
俺が近付いたのが判ると、扉に控えていた騎士が侍従を呼び、中
に招き入れられる。会釈して確認すれば、中には父の他、宰相と将
軍、叔父が居た。
宰相は兎も角、騎士団関係者が二人も居るってどう言う事だろう
? 頭に疑問符を浮かべつつ、全員に挨拶する。
﹁遅くなりまして申し訳有りません。父上、並びに宰相閣下、将軍
閣下、サーペンタイン卿﹂
﹁楽にしなさい。何故呼んだか、説明するから座りなさい﹂
﹁はい﹂
勧められるままに部屋に据えられたソファーに座る。⋮勿論父が
座ってからだ。俺の後を宰相と将軍が座り、叔父は立っていたが再
度勧められて漸く腰を下ろす。
このメンバーで何を話し合うんだろう? と不思議に思っている
ヘスペリア
間、目の前には茶菓子が用意されていく。⋮早速ヤーデ将軍が手を
伸ばして摘まむ。
﹁急な話だが、クラウド。其方、余と共に西六邦聖帝国に行かない
か?﹂
﹁ヘスペリア⋮⋮ですか?﹂
意外な話に、思わず訊き返す。
頷いた父の代わりに宰相から説明を受ける。
どうやらヘスペリアの皇帝陛下が結婚するらしく、招待を受けた
のだが、母の妊娠出産により遠出が出来なくなった。その為一旦断
ったものの、外交的な話の兼ね合い等も有り、父だけでも出席して
欲しいと再度打診があったそうだ。
132
流石に其処まで言われて断るのも、それこそ外交問題だろうと言
う事で父が出席する事になったのだが。
﹁⋮若しかして一人じゃ寂しいから連れて行きたいとか言いません
よね?﹂
まさかねー、と思いつつも訊いてみると、父は目を泳がせ、叔父
は苦笑し、将軍はニヤニヤ。そして宰相が一言。
﹁そのまさかだ﹂
⋮⋮父上⋮⋮。
寂しがり屋の父について行くのは良いとして、何故このメンバー
かと言えば。
先ず宰相は説明役としてこの場に居るが、ヘスペリアには行けな
い。父不在の王城で色々目を光らせなければならないから、らしい。
まぁ執務も溜まるしね。
将軍は護衛として参加。あと俺がヘスペリア訪問中に寂しく無い
様に、ルフトも行くそうだ。息子夫婦、つまりカヴァリエレ伯爵夫
ルフト
妻も行くかと思いきや、不参加。こっそりヤーデ将軍が教えてくれ
たが、息子の世話より将軍と一緒、なのが嫌らしい。その代わりヤ
ーデ将軍の奥方が随行。
そしてサーペンタイン隊長即ち叔父だが、元々ヘスペリア出身で
十年も帰国していない上、この婚儀に合わせて領地に居る叔父の父
親が王都に来るので、久し振りに帰国しろ、と連絡が有ったそうな。
なので護衛としてついてくる傍ら、里帰りするらしい。そんな訳で
ライと叔母も一緒。
ライとルフトが一緒なら暇をもて余す事は無さそうだ。ああ、で
もライは初めてお祖父様や伯父上に会うんだ、余り暇は無いかも知
れない。
それにしても本当に十年も帰国していないとは驚いた。てっきり
結婚した時にでも、報告しに行ったかと思っていた。
俺がそう呟くと、将軍が笑って否定した。
133
﹁いいや、クラウド殿下。この男はこの見てくれで皆騙されますが、
実際はかなりの面倒臭がりですぞ。結婚の報告とて、儂に言われて
やっと手紙を出した程ですからな! 下手をしたら三行で済ませて
るかも知れませんぞ﹂
まさか、そんな。と叔父を見たら、苦笑して首を振っていた。⋮
だよな、幾らなんでも⋮⋮と思ったんだが。
﹁流石に五行は使いましたよ﹂
⋮⋮叔父さん、アンタそれで良いのか!? あと叔父さんの実家
も放置し過ぎじゃね? 確か公爵家だよね?
⋮⋮⋮⋮冗談だよな⋮⋮⋮⋮⋮⋮。
余談はさておき、俺が了承した事により初の外交先が決まった。
ヘスペリア
初公務である。緊張する⋮⋮。
﹁そう緊張する物でもない。彼方は大国だが、愚帝と知られる初代
皇帝が国力を低下させたせいで、続く二代、三代は苦労したらしい。
今は漸く落ち着いて、外交に力を入れ始めたと聞いた。今回の婚儀
の招待もその一貫だろう﹂
フロリオン
ドラコナ
俺の緊張を感じ取った父が、安心させる様に俺に語りかける。
﹁既に花薫国と微睡竜国が招待に応じて居ると聞く。ヘスペリアと
国交を結ぶのはどの国にとっても益になるから、恐らく各国から使
者が立てられるだろう。皇帝の婚儀は外交の絶好の機会だからな﹂
成る程、婚儀に託つけ外交合戦をする訳だ。然しそれだとすると、
父以外にも外交を担える大臣なり大使なりが居た方が良いと思うの
だが、誰が行くのだろう。
今回、国主が行くが随行員は最低限に抑えるそうで、人数は調整
中との事だ。参列を一度断った時に、調整していた予定を白紙に戻
した為、再調整が難しいらしい。そりゃそうだ、と納得する。
所で何故ヘスペリアと国交を結ぶのが益になるかと言えば、あの
国の特殊性に有る。いや、国と言うより、場所だ。
134
ヘスペリア
トゥマ
元々ヘスペリアはほんの20年程前までは西邦六連合王国と名乗
ヘスペリア
っていた。六つの国が持ち回りで国主を務め、聖王国と呼ばれた小
さな国を冠と仰いでいた。
トゥマの様な小さな国が、西大陸の冠とされたのには訳がある。
彼の国は創世の時代と言われた遥か昔から存在する旧い国で、存
在し続けた理由は今でも世界各地で謳われる﹃竜の友﹄の伝説によ
る。昔、世界が崩壊しかけた時に、六人の仲間と共に世界を救った
と言う伝説だ。仲間の中には精霊や竜、更には魔族も居たと言われ
ているが定かではない。
ただ言えるのは、竜の友は確かに実在し、それまで人間が使用出
来なかった不思議な力、魔法を竜や精霊たちに託され使えるように
した。魔法使いの始祖と言える伝説の人だ。
その伝説の竜の友の生地であり、終焉の地がヘスペリアの皇都ト
ウィザード
ゥマと言われている。其処には竜の友を奉る神殿の他、魔法使いの
最高位﹃賢者﹄を目指す者達が学び研究を重ねる賢者の塔が有る。
神殿は聖王国の王が祭祀を務める。王の系譜は遡れば竜の友に行き
着くと言う。ヴァチカン市国の様なもの、と思って貰えれば良いだ
ろうか? 人々の尊敬と信仰の対象、それが聖王国だった。
それが20年前にたった一人の欲深い男に壊された。王は幽閉さ
れ直ぐに身罷られ、当時妊娠中だった王妃は出産後、産褥で亡くな
ったとされる。男は産まれたばかりの姫の後見に名乗りをあげ、己
を皇帝とした。
男の在位中は国が乱れに乱れ、国力は低下する一方だったが、当
時心有る貴族たちは力を削がれ、潜伏して機会を待つしかなかった
と言われている。そして十年前、力を蓄え反旗を翻して初代皇帝を
討ったのが、現在帝位を正式に聖王家から任された皇帝一族である。
聖王家の姫は長年神殿に軟禁されていて、政治など全く判らない
自分よりも、彼等の方が国主に相応しいと考え、更に国力の低下に
より元の連合国体制より、このまま帝国とした方が国が纏まると訴
えた。元々聖王家の復権の為に反旗を翻した彼等は、当然の如く辞
135
退したが姫の最初で最後の強権により、ヘスペリア全土に新皇帝の
即位が発表されて、今に至る。
つまり何が言いたいかと言うと。
魔法発祥の地であり、神殿の総本山でもあるトゥマと関われなか
った十年を取り返すべく、ヘスペリアと国交を回復したい国は多い
と言う事だ。
身を持ち崩すのは呆気ないが、建て直すには時間がかかる。その
言葉通り、未だにヘスペリアの中央はゴタゴタしているらしい。だ
が今回、皇帝が結婚すると言うなら多少はマシになったんだろう。
あ、因みに叔父が留学してきたのは、この一連の騒動が原因だと
思って間違いない。当時、結構な数の貴族子弟が外国に留学や亡命
をしてきたそうだ。其等は全て成人前の子供で、恐らく革命が失敗
した時に、処罰を受ける事の無い様に先手を打ったと言う事だろう。
⋮叔父の場合、成功してもそのまま留学を続けた上、結婚までした
のは先方にとっては思いもよらなかっただろうな、とは思う。
その後は少ない随行員の内、護衛を何人にするかとか、外交に明
るい役人は誰かとか、話し合いを始め、俺が手持ち無沙汰なのに気
が付いた叔父が、俺を連れて退室してくれた。正直暇だったので有
り難い。将軍は恨めしそうに見ていたが、せいぜい護衛の調整をし
て欲しい。
部屋に戻ると既にライとルフトが待っていた。そう言えば今日は
ダンスの日だ。二人とも練習用の服を着ている。待たせた事を詫び
つつ俺も着替える。
﹁クラウドには今日話が行ったんだ?﹂
ダンス用の練習着は礼服に近いので、マーシャに袖の釦やクラバ
ットを手伝って貰っていると、ルフトが話し掛けてきた。
﹁うん、母上の代わりにね。ルフトも行くって聞いたけど、いつ頃
知った?﹂
136
﹁俺も聞いたのは昨日。お祖父様が護衛で暫く不在になるって言う
のは、随分前に聞いたけど、結局無しになったって言ってたのに、
やっぱり行くことになったって。殿下も行くから俺も連れて行くぞ
って言ったら、母上が﹃それではわたくし達はお留守をお守り致し
ます﹄ってさ﹂
そう言って溜め息を吐くルフトを見ると何とも言えない気分にな
る。話を聞いていると、どうもルフトの母は悪い人では無い様なん
だが、気の使い方が間違っている気がする。もう少し歩み寄れない
ものかね、と余計な事を考えてしまう。
﹁ライは? 初めてお祖父様や伯父上に会うんだろう? 何か聞い
た?﹂
﹁ん? あー、何だか従兄弟が多いから、覚えるのが大変だろうっ
て言われたかな?﹂
﹁へぇ、従兄弟? 何人か聞いた?﹂
この場合、従兄弟と言うのはライの従兄弟ではなく、叔父の従兄
弟だろう。ああ、でも叔父の兄の子供かも知れない。確か五歳上と
言っていた筈だから、一人か二人は居ても可笑しくない。
俺の質問にライは指を折って答えた。
﹁確か、六人、かな? 父様と仲の良かったディオって人は、冒険
者をやった後、騎士になったって言ってた﹂
﹁へー、珍しい。冒険者と騎士って余り相性が良くないって聞いた
けど﹂
﹁何だか伯父上に引き抜かれたって聞いた﹂
成る程。ライの伯父は騎士団関係者なのかも知れない。公爵家の
血筋ならその従兄弟もそれなりの血筋なんだろう。
﹁それじゃあ若しかしたら、ヘスペリアに行ったら向こうの護衛に
伯父上達が居るかもね﹂
﹁そうだね。ボクも父様の親族には初めて会うから、どんな人か楽
しみだよ﹂
はにかみ笑うライに、俺とルフトは顔を見合わせる。
137
⋮言っちゃ何だが、ライの素顔と叔父の顔、それと以前叔父が言
っていた﹃自分よりも美青年﹄の言葉を信じるなら、彼の一族は美
形揃いなんでは無いだろうか。
⋮⋮あ、何かちょっと泣きそう。俺、努力してイケメンになれる
かな⋮⋮てか、努力しなくてもイケメンが何でこんなに多いんだ。
若しソイツ等が努力したら、どんな顔になるんだ。想像つかない。
﹁クラウド?﹂
﹁⋮何でもない。練習、行こうか﹂
ライが不思議そうに俺を見るので、にっこり笑ってやった。凹ん
だ顔は見せたくない。特にライには。
ライは元々美少年なのに、何故か普通の顔に見られる護符を付け
られて、自分の素顔が不細工だと思い込んでいる。だから、努力し
て色々な事を勉強している。護符を外しても恥ずかしく無い様に、
不細工でも胸を張れる様に頑張っている。⋮全然見当違いだけど!
寧ろこのまま進んだら、超絶美形の完璧王子様が出来る気がする。
王子俺だけど。
頭の中にぐるぐると色々な感情が渦巻くが、取り敢えずもっと色
々と頑張ろう、と心の中で誓った。
︱︱︱途端、何時もの効果音。
﹃︻不屈の闘志︼のスキルを得ました﹄
あら? 今の決意ってスキル得る程の事だった? 相変わらずス
キルと加護の貰える条件が判らない。と言うか緩すぎる気がする。
その内スキルの整理でもするか。
そんな事を考えながら、音楽室へ向かう。
ダンスの練習と言ってもソコは流石の四歳児と五歳児。相手は居
ない。先生から基本のステップを習ったら、後はひたすら反復練習。
先生の手拍子に合わせて前後左右に足を動かし、クルリとターン。
138
相手が必要な時は、先生からくたくたのぬいぐるみが手渡される。
白いウサギと黒いウサギ、茶色のクマ。柔らかさも手触りも申し分
無いが、何故ぬいぐるみ。軽いから良いけど。
一度先生に訊いてみたんだが、にっこり笑って﹁コレが萌えです
よ﹂と言いやがった。因みに念の為確認したが、先生は転生者でも
何でもなかった。⋮つまりこの世界に﹃萌え﹄を広めたヤツが居た
って事だ。
⋮まぁ他人に迷惑かけなければ良いですよ。うん。
139
Lv.12︵後書き︶
閲覧有難う御座いましたwww
次回、初外国編です。
ちょこちょこ出してた伏線を少々回収します。
補足※
竜の友の伝説について
お伽噺ではなく実際の話として、世界各地に知られている。英雄譚
として吟遊詩人が好んで謳うのは、竜の友が如何にして竜の友と呼
ばれるようになったか、その場面。
然し竜の友の容姿や年齢については一切語られないので、話によっ
ては男だったり女だったり子供や老人だったりする。
尚、伝説と呼ばれ、世界各地に名を知られる存在は竜の友の他に、
−−−−−
手持ち無沙汰なのに
−−−−−
'16/02/13
伝説の勇者がいる。此方は男と判っている。
修正情報
−−−−−
!!
↓
‼
↓
さておき
扨置き
↓
−−−−−'14/12/03
誤字修正しました
手持ち無沙汰になのに
140
Lv.13︵前書き︶
遅くなりました。
初外交編です。別名ヘスペリア無双編。
詳しくは本文中にて。
141
Lv.13
今、俺の前には母に抱かれて、きゃっきゃと笑う弟がいる。俺と
認識して笑っている訳では無いと判っている。判っているが⋮⋮辛
い。
﹁クラウド殿下。お時間です﹂
﹁⋮⋮判っている﹂
サージェントに促されたが、未だ俺は弟から目が離せなかった。
だってこんなに可愛いのに。暫く会えないんだ、もう少し堪能さ
せて欲しい。別れが辛い。
そう思い、弟のふっくらとした頬にそっと指を当てて、つつく。
ぷにぷに。ふにふに。⋮癒される。
﹁⋮⋮お時間です﹂
﹁⋮⋮じゃあ行ってくるからな。俺の事、忘れるんじゃ無いぞ?﹂
ゲート
ぷにぷにの柔らかい頬にキスして別れを惜しみ、サージェントに
引き摺られる様に父達の待つ転移門に向かう。と言っても直ぐ目の
前なんだが。
苦笑する父の脇に立ち、ゲートが繋がるのを待つ。暖かい光の魔
法陣が現れ、俺達を包んでいくにつれ、柵の外で俺達を見送る母と
弟の姿がぼんやりと薄れていった。
エーデルシュタイン
ヘスペリアの皇帝陛下が結婚する、と言う事で各国に招待状が送
られ、我が国も参列する事になった。参列するのは国王である父、
そして初外交の王子の俺だ。本来は母だったのだが先日出産したば
かりなので、代わりに俺が行く事になった。行くのは良いが、半月
近く留守にするため弟に忘れられるんじゃ無いかと、戦々恐々とし
ている。
未だ五歳にもなっていない俺が、外国、しかも大国の公式行事に
142
随行する事になったのは、父が一人で行きたくない等と可愛らしい
ヘスペリア
トゥマ
事を言ったのもそうだが、行先がヘスペリアだった事も理由の一つ
にある。
ヘスペリア︱︱西大陸全土を纏める大帝国に在る、皇都。そこに
在る大神殿に俺が参詣する、と言うのがその理由だ。
世界各地に点在する神殿の総本山に、一生に一度は参詣する、と
言うのはこの世界の人間にとっては憧れなんだそうだ。⋮⋮メッカ
に巡礼、みたいなものだろうか。
本来なら拝謁の儀も済ませていない俺が、わざわざ外国まで行っ
て外交の手助けをするなんて事は先ず有り得ないのだが、行先がヘ
スペリアなら話は別。大神殿に参詣してその場で祭司から祝福を与
えられる。俺的には此方の方がメインだったりする。
所で今回のヘスペリア訪問。最小人数で行く事が決まっていたが、
結局かなりの大人数になってしまった。
恐らく父は婚儀の方がメインになって、外交には手が回らないだ
ろう、と外務大臣が同行。それに秘書官と記録係が三名ずつ。これ
は公式な場以外で、いきなり重要な話を始めた場合の保険。
護衛騎士が数人。身の回りの世話をする侍従と侍女。尤もヘスペ
リア側からも、身の回りの世話は任せて欲しいと言われているので、
少数精鋭にした。
俺の世話は、サージェントだ。彼は元騎士見習いだったので、俺
の世話の他護衛も出来るので丁度良い。
父の護衛は将軍と叔父がつく筈だったのだが、叔父は実家の都合
とやらで参列者に加わるそうだ。
そう言えば実家は公爵家だった。その関係かな?
だがなるべく父の近くになる様にする、と言っていたのは流石真
面目な叔父である。⋮と思うと同時に、席順に口が挟める程の家格
なのか、とも思う。
確かに公爵家ともなれば、王家に繋がる程の家も有るが、叔父の
143
家もそうなんだろうか? 流石に他国の歴史くらいは学んだが、貴
族同士の姻戚関係までは把握していない。時間は有ったのだから、
その辺も勉強しておくんだった、と思っても後の祭りである。
叔父の代わりと言う訳でも無いが、近衛から護衛が五名ほど選ば
れたが、その中にリシャールさんが居たのは良かった。顔見知りが
多い方が緊張が解れる。
他の四名も名前は朧気だが顔は見た事のある騎士ばかりだった。
俺が、知っている、と言う事は訓練所に通い詰めている、と言う事
だ。騎士とは名ばかりの貴族子弟とは違う、本物の騎士がつくのは
大変悦ばしい。
ヘスペリア滞在中は、子供の俺にやれる事はほぼ無いので、退屈
凌ぎにもライとルフトと言う友人が同行するのは嬉しい限りだ。出
来れば帝国の騎士団も見学してみたい。序でにちょっとでも良いか
ら、訓練所を使わせて貰えると良いな、等と考えて居る内に、訪問
する日を迎え俺達一行はヘスペリアへと向かうべく、転移門に移動
し、あっという間に帝国の地を踏んだ。
淡い転位の魔法の光が薄れて、真っ先に目の前に飛び込んで来た
のは、深緑色の光だった。正確に言うと、深緑色の艶を放つ鳶色の
モノクル
髪の青年の姿、だった。
片眼鏡を掛けて真っ直ぐとした立ち姿は凛として、穏やかで理知
的な瞳も好感の持てるものであった。
かなり若く見えるが、こうして外国からの賓客を真っ先に迎える
立場なら、結構重要な役職なのかも知れない。
ふと視線を巡らせば、この場に迎え出ているのは五人ほど。騎士
が二人、文官が二人、後の一人は︱︱︱と考えた所で片眼鏡の男が
口を開いた。
﹁海を越え遠き国からヘスペリアへようこそ、歓迎致します。私は
この国の宰相を務めさせて頂いております、イシュトヴァーン・エ
リク・カレシュと申します。お見知り置きを﹂
144
挨拶の言葉に驚いた。未だ若い︱︱︱三十になるかならずだろう、
若々しい青年が宰相と言うのに驚く。だが、もっと驚いたのは、一
番後ろに立っていた男がいきなり此方に進み、俺達の前を塞いだ事
だ。
突然の事に動揺が走るが、その半分以上は目の前の男の容貌のせ
いだろう。父も将軍も目を丸くし、後ろの方に控えていた女性陣か
ら溜め息が漏れた。
高い背に鍛えられた体躯、漆黒の髪に縁取られた顔には、スッと
通った鼻梁にキリリとした目。その瞳は金の星が踊る瑠璃色。
尋常ではない程の美形であった。端正且つ男らしさ溢れるその容
貌に、ある種の憧れさえ抱いてしまう。俺はゲイではないんだが。
思わず今回の同行者の中で一番の美形と、どちらが上か比べたく
なり、恐る恐る該当者に目を走らせようとした時、黒髪の男が声を
発した。
﹁ナハト。何か言う事は無いか﹂
バタリ、と侍女の一人が倒れた。
気持ちは判る。何だ、この声。殺人的な美声。
尋常ではない美丈夫を前に、呆然とする俺達だが、ただ一人﹃ナ
ハト﹄と呼ばれた人物が前に進み出て、彼の問いに答えた。
ヽヽ
﹁︱︱︱御無沙汰しております。ご健勝そうで何より︱︱︱︱ッ!﹂
叔父の言葉は最後まで発せられなかった。美丈夫が前に進み出た
叔父の襟首を掴み、自分の胸元に引き寄せると同時に片腕で首を締
め上げ、頭にグリグリと拳を押し付けたからだ。
﹁何が、ご健勝そうで、だっ! この莫迦者が!! どれだけ心配
したと思っている!!﹂
﹁も、申し訳ございません⋮⋮﹂
謝る叔父だが、顔は笑っている。そして相手も笑っているが、何
だこの展開。そして、ふと気付く。彼等二人が良く似ている事に。
そして男の瞳が、俺の従兄弟と同じ色と言う事に。
若しかして、と思っていると慌てた様子で叔母が二人に近付いて
145
叫んだ。
﹁お止めください!! 私の夫に何と無体な!!﹂
キッと睨む叔母は叔父を庇おうとしたのだろうが、その剣幕に男
の方は面白そうな表情をしただけだった。
﹁ほう、では其方が此れを酔い潰して、既成事実を作ったとか言う
押し掛け女房か﹂
﹁なっ⋮⋮?﹂
事実とは言え、改めて言われるとは思っていなかったのだろう、
叔母が真っ赤になって再度男を睨み付けた。だが男の方は気にする
でも無く、叔母に話し掛けた。
﹁まぁ其れが正解だな。コレは鈍いから、押して押して引き摺り倒
してやっと判る位だ。苦労したろう?﹂
﹁えぇ、まぁ⋮⋮って、あの、貴方は⋮⋮?﹂
笑いかけられてやっと叔母も落ち着いたのか、恐る恐る相手の素
性を訊ねる。⋮⋮この間、俺達は全くの放置状態である。一同目の
前のやり取りにポカーンとしている。
叔母の問いに男は姿勢を正して、俺達を見た。
﹁弟が世話になった。礼を言う﹂
今までのやり取りからやはり、と思った俺達だが、更に爆弾発言
が落ちた。
ヽ
﹁帝国へようこそ。俺はレオハルト・クルーガー・サーペンタイン
=ヘスペリダス。⋮余の婚儀までは未だ日にちも有る。ゆるりと休
まれよ﹂
⋮⋮⋮⋮ゑ? 今何て言った、この人? ヘスペリダス? 婚儀?
ポカン、とする俺達の中で真っ先に復帰した父が、慌てて挨拶を
返す。
﹁御気遣い有り難く受け取る。余はミクローシュ・レフ・アルマー
ス=エーデルリヒト、此方が余の息子⋮⋮﹂
﹁クラウド・アルマース=エーデルリヒトです。お初にお目に掛か
ります⋮⋮皇帝陛下﹂
146
俺の付け加えた敬称に、ヘスペリア皇帝はニヤリと笑っただけだ
った。
その後、積もり過ぎる程に話が有るからと、皇帝は引き摺る様に
アースィマ
叔父を連れ去り、俺達一行は若干の混乱を抱えつつ、宰相に連れら
れ移動した。
案内されたのは王都にある王城。その一角に有る離宮だった。何
でも、初代皇帝が作った後宮の跡地らしい。
側室を百人程抱えた初代皇帝の後宮は、広大な敷地に瀟灑な佇ま
いの本館の他、幾つかのコテージが点在する美しい建物だった。た
だこの様になったのは、ここ数年の話で、始めはもっとけばけばし
い建物だった、と案内してくれた宰相が説明してくれた。
側室を順次下賜してどんどん部屋を空にして、すっかり空になっ
た後宮をそのままにしておくのも、壊すのも勿体無いと、賓客を持
て成す宿泊施設に改築したそうだ。言われてみれば、確かに改築し
たらしき跡が見える。
部屋に着いて落ち着いた所で、父が宰相に話し掛けた。
﹁訊ねたい事が有るのだが、宜しいか?﹂
父の質問を予想していたのだろう、宰相は﹁何なりと﹂と返す。
﹁ブラウシュタイン侯爵⋮⋮貴殿方がナハトと呼んでいた彼は、サ
ーペンタイン公爵の御子息だと聞いたのだが⋮⋮?﹂
﹁サーペンタイン家は二つ御座います。レクス大公家とエーレ公爵
家。レクス大公家が現ヘスペリダス皇家となります。ナハト様⋮⋮
ナイトハルト様はレクス大公家のご出身で、陛下の実弟⋮⋮皇弟殿
下であらせられます﹂
﹁⋮彼は何もそんな事は言っていなかったが⋮⋮﹂
﹁説明が面倒だったのでしょうね。継承権もあっさり放棄して、煩
わしい国政に関わらなくて済んでホッとしていると思いますよ﹂
にこやかに言っているが、コレは若しかして、相当怒っているの
では無いだろうか。
147
部屋に通されてから、荷物の整理をしたり護衛の調整をしたりし
ながら、侍女や騎士達が俺達の会話に聞き耳を立てている。叔父の
出自が始めに聞いたのとかなり違うので、皆興味津々なのだろう。
特に同じ騎士団の、しかも叔父の部下には聞きたいことが相当有る
と見た。リシャールさんなど、先程からずっとチラチラ此方を見て
いる。
﹁あの、何故叔父は継承権の放棄を願い出たんですか? 皇弟のま
までも、叔母は王女でしたし、身分は問題無かったと思うのですが
?﹂
﹁其れは勿論、放棄しなければ継承権第一位、然も第二位の皇子も
居るとなったら、我等が皇帝陛下がとっとと譲位するからに決まっ
ていますよ。﹂
思い切って訊いてみたら、さらっと重要な事を言われた。継承権
第二位の皇子って⋮⋮ライ?
ライを見ると、初耳なのか目を丸くしている。叔母は真っ青だ。
﹁心配しなくても、ナハト様の継承権は消滅しています。ただ、御
子息は⋮⋮その瞳はサーペンタイン本家独自の色です。陛下に実子
が無い現状では、継承権第一位は免れ無い所だったのですが⋮⋮﹂
﹁そんな! この子は⋮⋮﹂
﹁ご心配無く。陛下もやっと伴侶が出来ましたし、遠からず御子も
出来ましょうから、その時には継承権の事など忘れられていますよ﹂
事も無げに言う宰相だったが、子供が出来るかどうかなんて判ら
ないだろうに。実際、俺の両親は妊娠するのに五年かかっている。
弟も四歳離れている。そんなに簡単に行くのか? 他人事ながら不
安になるが、それこそ俺の心配など余計な御世話だろう。
それではごゆっくり、と宰相が退室した所で父が苦笑しながら将
軍と話しだした。
﹁此方が勝手に勘違いしたとは言え、ナイトハルトも人が悪い⋮⋮。
皇弟と一言有れば、フィアとの婚儀も揉めずに済んだものを﹂
﹁左様ですな、実力も有り人柄も申し分無いとは言え、他国の人間
148
でしたからな⋮⋮﹂
幾ら叔母が襲ったとは言え、自国の王女を他国からの留学生に嫁
がせるなんてとんでもない、と言う意見が当時はかなり有ったそう
だ。其れが許されたのは、叔父が帝国出身で公爵家の人間だと判明
したからだ。その上、エーデルシュタインに帰化し、侯爵位も叙爵
された。人柄も申し分無いとなれば、反対する理由は無くなる。
意外と苦労していたんだな、等と思ったのは許して欲しい。
149
Lv.13︵後書き︶
閲覧有り難う御座いましたwww
サーペンタイン隊長の実家が判りました。予想していた方もいらっ
しゃるかと。
サーペンタイン隊長
≧
ラディン
>
父上
これから暫く隊長の実家の方々と主人公が関わったり、色々有りま
す。
>
美形度︵笑︶
皇帝陛下
瀟灑な佇まいの本館の他
−−−−−
−−−−−
−−−−−
越えられない壁は父上の向こうに。
'16/04/24
正直、皇帝陛下は描きたくない。
修正情報
−−−−−
意外と
↓
以外と
↓
'15/06/07
!!
'16/02/13
↓
−−−−−
‼
−−−−−
瀟灑な佇まいの←本館の他
150
Lv.14︵前書き︶
ヘスペリア無双編。誰が無双かは⋮⋮
王子の存在感が無い。主人公なのに。オカシイデスネ。
151
Lv.14
顔に陽が当たり、その暖かさと眩しさに目が覚めた。
とは言え未だ早朝らしく、シンと静まり返った部屋からは、父の
健やかな︱︱大の大人に言うべき言葉で無いのは判っているが、そ
うとしか言い様が無い︱︱寝息と、遠くで誰かが働いている音、鳥
の囀りが聞こえるのみだった。
寝台の中で暫く考え、思い切って起き上がる。静かに音をたて無
い様に着替えると、部屋をそっと抜け出した。
︱︱︱冒険だ。
浮き立つ気分に、苦笑する。
知らぬ土地、見知らぬ人々、その中で誰も供を連れずに歩く解放
感。
最近は、何処に行くにも誰かしらと一緒で、一人きりになるなん
て久し振りな気がする。⋮多分他国の王子とか普通の貴族から見た
ら、これでもかなり自由なんだろうな、とは思うが、何せ前世の記
憶持ちとしては、四六時中誰かが居る環境が落ち着かない。そう言
えば朝の鍛練も、そんな気分で歩き回ったのが原因だった気がする。
ヘスペリアに来て二日目。
ゲート
初日は着いた早々お疲れでしょう、と軽く顔合わせをしたのみで、
特に歓迎の宴なども無く、身内だけで食事をとった。確かに転移門
での移動は楽だが、転移門に行くまでの移動、そしてヘスペリアに
着いてから、王城への移動は同じ王都内とは言えかなり距離があり、
疲れていたので、その気遣いは有り難かった。
他国の使者や招待客も続々と到着している様で、俺達一行は早い
152
方。恐らく正式な晩餐は招待客が揃ってからだろう。
夕食に、と饗された内容は豪華だった。前菜から始まり、肉料理、
魚料理、スープにデザート、味も然る事ながら盛付けが見事だった。
舌も目も楽しませる、正におもてなし、と言うものだろう。
案内された部屋も、賓客用に改築したと言うだけあって、快適に
過ごせそうで、自由に散策して良いと言われた庭も美しく整えられ
ていた。俺としては騎士団の場所を知りたかったのだが、流石に着
いて直ぐに訊くのは躊躇われた。
到着早々、皇帝陛下に拉致られ、実は皇弟と判明した叔父は夜に
は戻ったが、その頃にはすっかり酒が入った男達による、叔父への
愚痴大会が始まっていた。曰く、何故もっと早く出自を教えてくれ
なかったのか、水くさい、等々父と将軍に責められ、部下に泣かれ、
それを宥める叔父の姿が大変印象的だった。
女達は女達で、叔父の兄、つまりは皇帝陛下の美丈夫振りに、話
あれこれ
の花が咲いていた。紹介こそされなかったが、同伴していた騎士も
中々のイケメンで、目の保養だとはしゃいで彼是噂する。
そんな大人を眺めつつ、子供と言うか未だ幼児の俺達三人は、何
処か面白い場所は有るのかねぇ、等と語り合う内に眠りに着いたの
だった。
庭を歩き出して一時間程。未だ後宮の庭の中と言う事に愕然とす
る。なんちゅう広さだ。流石帝国。
ウチも広いが、此処まで広くは無い。島国だからだろうか? 自
国が豊かなのは知っているから、国力の差とは思わない。
冬だと言うのに花が咲く庭園は見応えが有る。途中には迷路を模
した生垣があり、迷いかけたが何とか脱出できた。⋮と思ったら、
全く違う場所に出て、慌てて戻ろうとしたら本気で迷った。ヤバイ、
何処だ此処。
キョロキョロと辺りを見回し、見覚えの有る場所を探す。
遠くに有る木は見覚えがある。建物は⋮⋮何だか離宮では無い気
153
がする。若しかして、王城か? だとすると随分見当違いの所に出
たものだ。
だが王城に行けば、誰かしら見付かるだろう。このだだっ広い庭
園で人を探すのは、帰り道を探すのと一緒だ。当てが無い。だった
ら少しでも当ての有る方が良い。
そう思い目標に向かって歩き出すと、間も無く開けた場所に出た。
かぐわ
低い木立に花が咲いていた。椿とか山茶花に似ている。尚も進む
と嗅いだ覚えの有る匂い。甘く芳しい香りに、惹かれて進むと薔薇
ローズガーデン
だらけの庭園に出た。そうか、この香り、バラだ。
薔薇庭園の入口に佇み周囲を見回すと、人影が見えた。
良かった、これで戻れる。そう思い近付いて⋮⋮固まった。
︱︱︱何で。
彼女が、此処に?
頭の中が真っ白になった。
真っ白になった頭のまま、ふらりと彼女に近付く。後ろ姿で顔が
判らないが、立ち姿は確かに彼女だ。
冬薔薇を軽く手で撫で、揺れる様を楽しむかの様に歩く姿は、記
憶の通り真っ直ぐ姿勢正しい。俯いて猫背になりがちだった彼女に、
何度も真っ直ぐ立てと言ったのは何時頃だったろう。
直ぐ近くまで寄った所で、漸く彼女が俺の気配に気が付いて振り
返る。
真っ直ぐな立ち姿に、ジーンズを穿いてデニムのジャケットを着
た姿は、少年の様で、長い髪も一括りにしているせいで色気など全
く無い。何よりその戸惑った顔は少年そのもので︱︱︱記憶よりも
少しだけ成長した姿だったが、確かに彼女だ。
懐かしさの余り、思わず声を掛ける。
154
こんな所
﹁センちゃん、お前何で異世界に居るんだ?﹂
呆れた様に呟いた俺だが、彼女からは戸惑いしか返らない。
﹁えぇっと、坊や⋮⋮ダレ?﹂
︱︱︱忘れてた。俺は転生して姿も年齢も変わっていたんだった。
彼女は然程変わっていないから、転生では無いんだろう。そして転
生していたとしても、それではお互い姿が判らない。
姿が違う事を失念していた俺は、少しだけ溜め息を吐き、彼女を
もう一度見詰める。信じてくれるかは判らないが、彼女自身もこう
して異世界に来ているのだ。きちんと説明すれば判る筈。
ヽヽヽヽ
困惑する彼女にもう一度、今度は笑いながら話し掛ける。
﹁千里、莫迦弟子。お前、何でこんな所に居るんだ?﹂
﹁えぇっと、ダ、レ? ⋮﹃私の名を知る貴方は誰? 我が名は千
里、遠き道を目指す者﹄﹂
﹁東堂蔵人﹂
名乗った途端彼女の目が大きく開く。聞こえない程の小さな声で
﹁まさか﹂と呟く。
﹁まさか⋮⋮師匠?﹂
﹁そのまさかだ﹂
笑って応じると同時に﹁ええぇぇぇぇっ?!﹂と叫ばれ、抱き付
かれて揺さぶられた。
﹁嘘だっ! 師匠がこんなに可愛くなってる筈無いでしょうがさ!﹂
ココ
﹁お前、師匠に向かって何と言う口のきき方だ。それより何でお前
が異世界に居るんだ?﹂
取り敢えず抱き付いた弟子の頭をよしよしと撫でる。傍から見た
どうや
らシュールだろうな。一見幼児が一見少年の頭を撫でてるって。然
も抱き合って。
そんな事を考えながら弟子の話を聞いてみれば、彼女は
ら所謂異世界トリップ、とやらの様で。崖から落ちて気が付いたら
此処に、然もこの世界は実は二度目とかで、その時見知った人の所
に転がり出たそうだ。
155
ヘスペリア
幸い衣食住に不便は無いらしいので、何故王城に︱︱然も後宮に
︱︱居るのかはおいといて、俺がこの国に居る理由を説明する。転
生した先が王子で、今回この国の皇帝の婚儀に参列しに来たと言う
と、何故か微妙な顔をした。そしてしみじみと溜め息。
﹁師匠の、お葬式にも出たんですよ⋮⋮もう二度と会えないんだ、
と思ってたんですが、こんな所で会えるなんて⋮⋮﹂
ホロリ、と涙を零して俺の肩に顔を埋める。よしよしと頭を撫で
て落ち着かせ様とした所で、背後から物凄い不機嫌な気配が伝わっ
ガキ
た、と思うと同時に弟子が俺から引き剥がされる。
﹁センリ! 何故泣いている?! この坊主に何かされたのか!?﹂
怒気を孕んだ声で俺を睨み付けるのは、皇帝陛下その人であった。
えーと、スミマセン。今の状況にちょっとついていけません。
先程、前世の弟子と感動の再会を果たしたと思ったら、いきなり
皇帝が出てきて目の前で口論を始めました。あ、皇帝殴られた。⋮
しかし負けてない。すかさず腰を引き寄せ羽交い締め⋮⋮じゃない、
抱き締め⋮⋮って、おいこら、幼児の前でそんなディープなキスを
かましてるんじゃねえ。弟子が必死に抵抗しているが、段々力が抜
けていっている。
⋮て言うか、センちゃん何だって皇帝陛下とこんな事になってる
んだ?
﹁⋮御取り込み中、申し訳有りませんが。俺の存在もそろそろ思い
出してくれませんか?﹂
﹁⋮⋮あぁ、クソガキ未だ居たのか﹂
中々終わらないキスに堪えかねて声を掛けると、皇帝が漸く此方
を見てキスを止めた。聞こえてませんよ、チッと舌打ちしたのなん
か。
⋮大人気無いな、皇帝。
皇帝に濃すぎるキスをされてグッタリしていた弟子は、俺の声に
ハッと気が付いたのか、皇帝の腕から無理矢理脱け出し、俺の前に
156
膝を付いて叫んだ。
﹁へーか! 師匠との感動の再会を邪魔すんな!! 済みません、
師匠。エロハルトのせいで放置してしまって﹂
﹁あぁ、うん、お前たちの力関係は良く判ったから、も少し説明し
てくれるかな?﹂
弟子よ、もう少し雰囲気を読んでくれないだろうか。お前が俺に
抱き付いてるせいで、この辺の空気が氷点下になっているんだが?
何かもう、聞く前から判ってしまったが、俺の弟子は、異世界で
皇帝陛下の伴侶になってました。然も温度差酷ェ。皇帝ベタ惚れな
のに、弟子の反応薄ッ! オブラートより薄ッ!
センリ
そうか、俺は弟子の結婚式に参列するのか⋮⋮。何だか感慨深い
物がある。
﹁それで? このガキとお前との関係は? 師匠とか言っていたが
?﹂
憮然と皇帝が訊ねる。言いながら弟子を立たせ、さりげに腰を引
き寄せて体を密着させているのは、俺を警戒しているのか? 幼児
に嫉妬してどうするんだ。そしてもう既に慣れきっているのか、何
の反応も示さない弟子。
﹁言った通りですよ? ⋮王子? の前世が、私の剣術の師匠だっ
た人です﹂
そう。俺は前世で彼女とその兄に剣術を教えていた。時代劇が好
きで、チャンバラがしたかった妹と、忍者になりたかった兄。近所
の道場に入門して、剣術を習い始めるのは自然な流れだった。初め
ふてぶて
は祖父に、次に父。その後俺も加わり剣術を教えたのだった。
﹁転生者か⋮⋮。成る程、その記憶のせいでやたら太太しく見える
のだな?﹂
﹁メッソウモゴザイマセン⋮⋮﹂
棒読みで答えたら、何故か爆笑された。何で? と思ったら、誤
魔化し方が弟子とそっくりだと言われた。
その後、漸く俺が何故離宮から離れた薔薇庭園に居たか︱︱知ら
157
ない場所を探検したかったのと、騎士団の訓練所を探していた事も
含めて︱︱説明し、また爆笑された。
﹁迷子になる辺りは年相応だな﹂
﹁初めての場所だし、仕方無いと思います﹂
何となく面白くなくてそう答えると、頬を抓られ、﹁膨れるな﹂
と言われた。⋮あれ、俺拗ねてた? と言うか眩しいよ、皇帝陛下、
笑顔が眩しすぎる。此の笑顔をスルー出来る弟子は、案外大物かも
しれない。
畏れ多くも皇帝陛下に抱き上げられて、そのまま離宮に戻される
かと思いきや、意外にも連れて行かれたのは何と、俺が行きたかっ
た騎士団の訓練所だった。
大勢の騎士が鍛練しているのを見て、おお、と思わず興奮したが、
何故此処に連れて来られたのか判らず皇帝を仰ぎ見る。確かに探し
ていたと言ったが、場所さえ教えて貰えればそれで良かったんだが。
俺の不審そうな表情に苦笑しつつ、皇帝が連れて来た理由を説明
する。
﹁センリの師匠と言うなら、剣は握れるな? それとも幼くて今生
ヽヽヽヽ
では未だ握っていないか? ⋮俺は三歳から剣を握っていたと言わ
れたが﹂
﹁軽い木刀なら二歳過ぎには振るっていました﹂
﹁⋮ただ握っていただけでは無いと言うか、面白い﹂
皇帝はそう呟くと、俺を片手で抱いたまま壁際へと向かい、其処
で下ろした。
目の前にはズラリと木剣や木槍が並んでいた。中には刃を潰した
模擬剣も有り、並ぶ武器の種類の多さについ面白くなってじっくり
眺めてしまう。
ごく一般的な片手剣から、両手剣、長剣、短剣、双剣、大剣、三
日月刀、曲刀⋮⋮と来て、太刀が目に入った。思わず手に取り振っ
てみると、サイズが合っていない為、若干の抵抗と重さでふらつく
158
が握った感じは悪くない。
﹁お前なら此方だろう﹂
皇帝がそう言って、太刀の隣から小太刀を取り出し渡される。所
謂脇差しだ。
模擬刀だから期待はしていなかったが、握った瞬間それが手に馴
染むのに気が付いた。一振りして風を斬る音を確かめた後、一旦腰
ヽヽヽヽ
に当て居合いの構えをとる。鞘は無いが鯉口を切るつもりで鍔を押
し、腰を低くしてその瞬間を待つ。
カサリ、と誰か︱︱皇帝が目線だけで呼び寄せた誰か、だ︱︱が
動いたと同時に無い鞘を抜いて小太刀を振り抜く。ピタリ、とその
動いた人物の目の前で寸止めし、そのまま腰に刀を戻す。僅かな時
間での動作に、誰も動かず⋮⋮俺が息を吐いたと同時に、止まって
いた時間が流れた。
﹁成る程な、師匠と言うだけあって、剣筋が似ているな﹂
感心した様に皇帝が呟くが、俺に刃を向けられた騎士は堪ったも
のでは無いだろう。心の中で謝罪すると同時に、彼が昨日の出迎え
に来た一人と気付く。
﹁陛下、彼は?﹂
俺の質問に皇帝では無く、本人が答えた。
﹁ディオノルト・イェーガー・サーペンタインと申します。お見事
でした、クラウド殿下﹂
しゃく
﹁従兄弟だ﹂
顎で刳って説明される。何処と無く似ていると思ったら、やはり
身内か。挨拶されたので此方も、と思ったが、既に昨日の内に俺の
名前も身分も知られているので、会釈するに止めておいた。
さて、彼は何の為に此処に呼ばれたのか?
その疑問は直ぐに解消された。
﹁ディオ。これから暫く、この王子が滞在中は、自由に訓練所を使
わせてやれ。その間の監督はお前に任せる﹂
﹁御意﹂
159
え、何その厚待遇。実は皇帝良い人?
思わずキラキラした目で皇帝陛下を見詰めた所で、弟子が後ろか
らコッソリ耳打ちしてきた。
﹁騙されないで下さい。アレ単に師匠が訓練に夢中になれば、私と
関わる時間が無くなるって思っているだけですから﹂
﹁⋮あぁ、純粋に自分の為?﹂
コクリと頷く弟子。
ヽヽ
セコい、セコいぞ皇帝陛下! 何だか残念な人だ、と思うと同時
にやはりあの叔父の兄なんだな、と納得した。
序でなので、弟子と皇帝の関係が判明してから、ずっと気になっ
ていた事を訊いてみた。
﹁⋮⋮所で、皇帝陛下ってゲイか?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮違うらしいですよ?﹂
﹁何で疑問型なんだよ。自分の彼氏って言うか、旦那になる男の事
だろ﹂
﹁いや、だってどう考えてもオカシイですよね? 私と陛下の組み
合わせ。同性愛者なら何とか判りますけど⋮⋮﹂
ああ、自分でもやっぱり疑問に思ってたんだ。そうだよな、どう
見ても男同士のカップルなんだよ、この二人⋮⋮。背も高いし、胸
も無い⋮⋮少しは有るが、ジャケットを着ていたら丸きり判らない。
それでも俺の覚えていた頃のセンちゃんよりも少しは女っぽくなっ
た⋮⋮のかな⋮⋮?
ボソボソと弟子と話し合っていると、背後から冷気が漂ってきた。
﹁センリ⋮⋮お前、未だそんな下らん事を言うのか。俺があれだけ
毎晩可愛がっていると言うのに⋮⋮。俺にとって、お前以上の女は
居ないと、何時も言っているだろう? 俺の愛を疑うのか?﹂
色気駄々漏れの声が背後から響き、腕が俺の頭を素通りして弟子
を掴むと、そのまま弟子の体が持ち上がり背後に消えた。慌てて振
り返ると、皇帝に抱き上げられて必死にもがいている弟子の姿があ
った。
160
何だかんだと抵抗する弟子だったが、終いには皇帝陛下の熱いキ
スと抱擁に力を無くしていた。
﹁師匠ー!! また今度ー!!﹂
何処に行くのか知らないが︱︱予測は出来るが断言したくない︱
︱そう叫びながらガッチリ抱かれて拘束された弟子と皇帝は立ち去
り、後にはポカンとした俺と苦笑するディオノルトさんが残された。
﹁⋮⋮ディオノルトさん、あの二人は何時もあんな感じですか?﹂
﹁ディオで良いですよ、殿下。そうですね、あんな感じです﹂
ディオさんから乾いた笑いと、聞きたくなかった返事。そうか、
何時もか⋮⋮。
﹁あー、でもああなって居ない時は、センリさんが陛下を振り回し
てる感じです。陛下はセンリさんが絡んでいなければ、基本、有能
な為政者ですから﹂
うん、それ以上は良いです、お腹いっぱい。
あっま。甘過ぎ。何で俺、他国に来てまで誰かのいちゃつき見な
きゃならないんだよ。両親だけでお腹いっぱいなのに。理不尽な。
その後、ディオさんに離宮まで送って貰い、俺の早朝の冒険は終
わった。幸い未だ朝食前だったので、俺の不在はごく少数にしかバ
レては居なかった。心配かけて済みません。
⋮とっくに起きていた父には、ガッツリ怒られたが、あの二人の
甘さに当てられていた俺の元気の無さに、余計な心配を掛けたのは、
申し訳無いと思う。
161
Lv.14︵後書き︶
閲覧有り難う御座いましたwww
文中で出ませんでしたが、王子の弟子は、杷木千里さんと言います。
王子は前世で彼女の事をセンちゃんと呼んでいました。
※彼女はヒロインではありません。陛下が怖い。
この話は当分ヒロイン不在で進みます。
剣の名称を漢字表記にしましたが、片仮名だと字数が嵩張るからで
−−−−−
す。あと、どう読んでも良いように。グレートソードだろうがバス
!!
'16/02/13
タードソードだろうが適当に。
修正情報
↓
−−−−−
‼
162
Lv.15 レオハルト・クルーガー・サーペンタイン=ヘス
ペリダス︵前書き︶
遅くなりました。
名前が長い⋮⋮。
この話の王子は空気です。
163
Lv.15 レオハルト・クルーガー・サーペンタイン=ヘス
ペリダス
冗談では無い。
センリ
何だ、この状況は。
俺の、伴侶が。他の男の腕の中で泣いている。
俺にすら滅多に縋らず、泣き顔も見せない、見せたがらないセン
リが、他の男の腕の中で泣いている。
腹が立った。
其処は俺の場所だ。
ガキ
︱︱︱例えそれが幼児だろうと、男は男だ。迷わず近寄り、二人
を引き剥がして叫んだ。
﹁センリ! 何故泣いている?! この坊主に何かされたのか!?﹂
ヘ
俺が伴侶に選んだセンリ︱︱杷木千里と言う、異世界人だ︱︱と
スペリア
の婚儀の為、各国から使者や公使、親しい国ならば元首が続々と我
が国に到着していた。その中で、俺が到着を待ち侘びていた国があ
エーデルシュタイン
った。
輝石光国。風光明媚で知られ、宝石の一大産出国でもある。他国
と比べ質の良い宝石に高い加工技術。繊細で優雅に仕上げられた宝
飾品は高値で取引され、彼の国を潤していた。
連絡の有った到着日、他国の一行は宰相や大臣に任せて居たが、
その国だけは俺自ら迎えに出ていた。何故ならば、この十年、一度
たりとも戻らなかった弟が戻って来る事になっていたからだ。
五年前、年に一度、新年の挨拶しか便りを寄越さなかった弟が、
時期外れに便りを寄越し、どうしたのかと確認すれば、仰天する事
が書いてあった。
164
曰く、子供が出来ました、結婚します、継承権は放棄します、叙
爵されます、移住します。
こんな事を手紙だけで済まそうとした弟に腹が立ち︱︱︱弟らし
かかず
い、と諦めた。それに当時は俺の方も色々と忙しく、正直に言うな
ら、弟の事に拘らっている暇は無かった。
だからと言って、まさかその後も国に顔を出す事も無く、五年も
過ぎるとは思っても見なかったが。流石に俺自身の婚儀を報せたら、
帰国する気になったようだ。隠居して元の領地に引っ込んだ両親も
参列する、と言う脅し文句も効いたのかも知れない。
そして帰国当日、国王一行の中に、弟の姿を認めた俺は直ぐ様行
動に出た。呆気に取られる国王一行も、従兄弟や幼馴染みも無視し
て弟を構い、嫁らしき女と少し話し、有無を言わさず弟を連れて城
に戻った。
戻って両親に会わせた時、初めて弟の嫁と息子を置き去りにした
事に気付き、慌てて一行を案内させた離宮に使いを遣り、二人とも
無事に合流する事が出来た。
その後は男同士積もる話も有るからと、嫁と息子は先に離宮に帰
し、従兄弟と幼馴染みを含めて飲み会をした。
流石に十年も会わずに居たからか、寡黙な弟からは色々と話が聞
けた。嫁との馴れ初めやらその後現在に至るまでを、淡々としかし
熱く語る様は正にサーペンタイン家の男だと思った。
我が一族、特に男子はこれと伴侶を定めたら、ただ一人を愛する。
弟の嫁は、若しかしたら罠にかけたつもりで、罠に捕らわれたのか
も知れない。
ヽヽ
その後弟を離宮に戻した後も飲み続け、ハッと気付いて寝室に行
けばセンリは既に眠っていた。
ガッカリして︱︱センリと、彼女が夜中眠っている間は手を出さ
ない、無理に起こさないと約束した為︱︱渋々抱き締めるだけに止
めたのが昨夜の事。目が覚めたら昨夜の分も含めて思い切り可愛が
165
ろうと思っていたら、思いのほか酒が残っていたらしく、俺が目覚
めた時には既に腕の中は空っぽだった。
腕の中の温もりがすっかり無くなっている事にガッカリし、逃げ
られた、との思いが強くなる。だが早朝に居なくなったセンリの行
ローズガーデン
き先に心当たりが有ったので、直ぐに着替えて迎えに行く。
恐らく彼女は薔薇庭園に居るだろう、と思い其処へ向かえば、案
の定遠目にセンリの姿を認めた。声を掛けようとして、ふと気付く。
センリの様子がおかしい事に。どうしたのかと急ぎ足で近寄る間に、
彼女は何やら叫び声をあげ、近寄るまで植え込みに隠れてさっぱり
見えなかった子供に抱き付いていた。
︱︱︱俺ですら数える程しかセンリから抱き付かれないと言うの
に。
腹が立って仕方が無かったので、無理矢理引き剥がしたが、其処
は理解して欲しい、と思う。
﹁陛下! いきなり何するんですかさ!﹂
﹁何故泣いていたんだ! 俺に言えない事か?! あんなガキに抱
き付いて泣く程俺との婚儀が厭か?﹂
﹁はぁ? 何訳の判らん事を⋮⋮﹂
クソガキはそっちのけでお互い怒鳴りあい、俺が何か禁句を言っ
たのか、センリが殴り付けてきた。︱︱︱蹴りで無いだけ上等だ。
あいつが本気で怒ったら、手よりも先ず足が出る。
先に手を出したのはセンリだ。我慢する謂れは無い。
怒るセンリの腰を引き寄せ、身動きが出来ない様にしてから、唇
を貪る。腕の中で無駄な足掻きをしているが、無視して尚も味わっ
ていると、段々と力が抜けていっているのが判る。よし、このまま
抱き上げて寝室へ、と思った所で声が掛かる。
﹁⋮御取り込み中、申し訳有りませんが。俺の存在もそろそろ思い
出してくれませんか?﹂
166
﹁⋮⋮あぁ、クソガキ未だ居たのか﹂
思わず舌打ちしたが、呆れた様に俺達を⋮⋮特に俺を見る子供は
良く見れば、昨日挨拶したばかりのエーデルシュタインの王子だっ
た。
センリの人脈の広さと多様さは知っているが、こんな小さな子供
まで? と疑問に思う。特にセンリはこの五年、この世界に居なか
った。弟の話では王子は甥の一つ下、との事だったからますます計
算が合わない。
気が付けばセンリは俺の腕から抜け出し、またもやあの王子の傍
に駆け寄る。腹は立つがキスも堪能したので、話だけは聞いてやろ
うと思ったのだが、聞いている内に自分が不機嫌になりつつある事
に気付いた。
王子の前世が、センリの剣の師匠などと言われて、ハイそうです
か、と直ぐに納得出来るものでは無い。だが二人で示し合わせた様
に嘘を言う筈も無い。
これ以上不機嫌になりたくは無かったので、話の最中ずっとセン
リを抱き寄せて腕の中に囲っていたが、正解だった。師匠、師匠と
懐かしそうに俺の知らない世界での二人の過去を聞くにつけ、疎外
感が増していく。それでもセンリを抱き寄せていたお陰か、次第に
ささくれていた心が癒されていき、落ち着いて話を聞ける様にはな
った。
唯一救いだったのは、王子が幼児だと言う事と、センリに対して
牡の反応をしない事だろうか。純粋に師匠と弟子の間柄だと判り、
ホッとする。寧ろ幼児の外見に対し、素なのかざっくりとした物言
ふてぶて
いは、センリと似ている気がして微笑ましく思えてきた。
﹁転生者か⋮⋮。成る程、その記憶のせいでやたら太太しく見える
のだな?﹂
﹁メッソウモゴザイマセン⋮⋮﹂
呟いた言葉に棒読みで反応するのも、師弟らしくそっくりで思わ
167
ず爆笑した。キョトンとした表情も、何故か似ている気がして面白
い。
うろつ
然し例え王子が幼児だろうが、師であろうが、センリの側を彷徨
くのは気に入らない。
俺は此処暫くは公務で忙しい。対してセンリは表立った公務も無
く、婚礼衣装や宝飾品の用意等もとっくに済ませて暇を持て余して
いる。退屈凌ぎにこの王子と関わろうとするのは目に見えていたの
で、王子の方に﹃餌﹄を用意する事にした。
全くこんな事ならセンリを隠す様な真似をせず、初めから一緒に
公務に臨むべきだった。俺としてはセンリはなるべく隠しておきた
かっただけなのだが。その為、婚姻の儀とそれに続くパレードや晩
餐会や舞踏会。必要最低限しか予定を入れさせなかった。それが裏
目に出るとは、と溜め息を隠して王子を案内する事にした。
抱いて運ぶのは王子の足だと遠いのと、ちょっとした意趣返しだ。
こうしておけばセンリも黙ってついて来るしかない。⋮本当はセン
リの方を抱き上げたいのだが。
薔薇庭園を後にして、騎士団の訓練所に向かう。
先程の話の中で、王子が訓練所を探していたと聞いたが、其処に
突っ込む。
剣術を教えていたと言うなら、今も幼いとは言え鍛練しているだ
ろう。実力は判らないが、放置してセンリと遊ばれるよりはましだ。
だが危険な事もさせる訳にはいかない。
念の為どの程度剣を扱えるか確認する為、訓練用の武器を見せて
みた。興奮して上気した顔は子供らしく可愛らしい。端から順に見
ていく内に、ある武器の前でピタリと視線と足が止まる。
やはり、と思う。
センリの師であるなら確実に止まるであろう武器。彼女もそれを
168
使うが、余り扱う者は居ない。
カタナ
片刃の剣で独特の反りと光沢を持つ﹃刀﹄と呼ばれる其れは、扱
う者を非常に選ぶ。普通に片手剣でも両手剣でも、叩き斬るタイプ
の剣術を学んだ者にはその武器は扱い辛いのだ。迂闊に使えば折れ
てしまう。其れを敢えて選ぶと言うのなら︱︱︱面白い。
じっと見ていると、大振りな刀を手に取り、握りを確かめていた。
そして一振りしてみたが、足下が多少ふらついた様だ。アレはあの
王子には大きいだろう。
ディオノルト
どうやら目に入っていなかった様なので、もう少し小振りの刀を
渡してみる。今度は問題無い様だ。
王子が刀の具合を確かめている間に、奥に控えていた従兄弟を目
配せで此方に呼ぶ。ディオならば俺の考えている事は言わずとも判
る。厭そうな顔ではあったが、既に気配を殺して居た。
一方で刀の検分を終えた王子が、ゆっくりと刀を左の腰に佩く様
に手で固定し構えた瞬間に、其れまで王子の纏っていた雰囲気が変
わる。可愛いだけの子供から、老獪な将の様な油断ならざる相手と
して。凄烈な実力者が敢えて醸す静謐な時間がゆっくりと作られる。
しまった、これなら俺が相手をしても良かった。遊びと思わず、
真剣勝負の相手として対峙しても良かった。そう思っても後の祭り
だ。既にディオは元冒険者としての勘で、王子を油断ならざる相手
として見ているし、王子もディオを見ては居ないが気配で認識して
いる。
恐らくほんの僅かな時間だろうが、長くも感じた王子の構えがカ
サリ、とディオが動いた瞬間に次の動作へと移った。
佩いた刀を一瞬で抜き、流れる様に振り抜きかけて、止まる。刃
先にはディオの顔。後僅かの所で止められる技量は凄まじい。惜し
むらくは身長差か。彼が若し青年で有るなら、いや、少年で有るな
ら、もう少し剣筋は上に来ていた筈だ。見せる為の行動だから、わ
ざとディオの顔に刃先を持って行ったが、実戦ならば喉か腹を掻き
169
斬る所だ。
流れる一連の動作の続きは、刀を収めた王子が息を吐いた所で終
わった。ディオが恨みがましい視線を向けたが、気にせず王子に話
しかける。これだけの技量を持つなら、何ら問題は無い。
改めてディオを紹介し、用件を話す。
﹁ディオ。これから暫く、この王子が滞在中は、自由に訓練所を使
わせてやれ。その間の監督はお前に任せる﹂
一瞬目を瞠ったが直ぐに﹁御意﹂と従う。王子が何者か知らなく
とも、俺とセンリが同席してこの発言だ。何か察する所が有るのだ
ろう。苦笑気味のディオとは対照的に、王子は俺の申し出に何も含
こめかみ
む所が無いからか、目を輝かせて俺を見ていた。少々後ろめたい、
と思ったが︱︱︱。
漏れ聞こえるセンリとの会話に、顳顬に青筋が立つのが判った。
俺の事を同性愛者と何故当のセンリが言うのか⋮⋮。お前は自分
の性別を何だと思っているのだ、と問い質したい。
﹁センリ⋮⋮お前、未だそんな下らん事を言うのか。俺があれだけ
毎晩可愛がっていると言うのに⋮⋮。俺にとって、お前以上の女は
居ないと、何時も言っているだろう? 俺の愛を疑うのか?﹂
イヤ、そんな、滅相もない、と後退るセンリを掴まえて抱き締め
もが
て、口付ける。じっくりと咥内を味わい、舌を絡めて堪能していく
内に、腕の中で無駄な足掻きをしていたセンリも、何時しか踠くの
を止めて俺に体を預けていた。
それでも暫く濃厚な口付けと、耳や首筋を舐りながら、センリの
抵抗が無くなったのを確認して抱き上げたが、未だ理性が残ってい
たらしく、王子に別れの挨拶をしていた。ちら、と振り返るとポカ
ンとした表情で俺達を見送る王子が居た。
廊下を早足で進みながらセンリに宣言する。
﹁お前⋮⋮俺の腕の中で他の男の名を呼ぶとは良い度胸だな。⋮覚
悟は良いな?﹂
170
﹁⋮イヤ、挨拶は基本でしょ﹂
﹁煩い、黙れ。昨夜の分も併せてたっぷり可愛がってやるから、覚
悟しろ﹂
何か反論しようとしたその唇を歩きながら貪り、寝室に着いた後
は朝食前の運動をたっぷりと堪能させて貰う。うっかり楽しみ過ぎ
て朝議に遅れそうになったが、間に合ったので良しとする。
多少、いや、かなりやり過ぎたのは否めない。
イシュト
だが他の男の話を聞かされて、黙っていられる程俺は出来た男で
ヴァーン
は無い。朝議の後そう言ったら、その場に居た全員︱︱センリと宰
相と従兄弟達︱︱に憐れまれたのは解せない。
それよりも、とセンリが言い出した。
﹁陛下には悪いけど、私は私のやりたい様にやりますよ? それが
元々の約束ですよね?﹂
センリが俺の伴侶となるのを受け入れたのは、彼女が傅かれる事
を厭い断っていたのを、自由に行動して良いと言ったからだ。流石
にそれだって拙いだろう、とセンリの方が言った︱︱センリは元々
責任感が強い。出来ないのなら初めから受けるな、受けるからには
全うしろ、とは口癖の様に言う︱︱のだが、此方がやれと言わなけ
れば構わない、と言ってやっと承けて貰えたのだ。
﹁そうですね。何処かの誰かさんのお陰でセンリ様の予定はがら空
きですから、ご自由にどうぞ﹂
意外なイシュトの言葉に焦る。てっきり今回ばかりは、とセンリ
の行動を制限するかと思ったのだが、違った様だ。⋮と思ったが。
﹁⋮ですがやはりこの期間中は無闇矢鱈と出歩かれるのは危険です
ので、行き先の確認と護衛はお願いします﹂
続く言葉にホッとする。俺達の婚儀の期間中、他国からの賓客も
そうだが、ならず者も稼ぎ時と見て集まって来ている。そんな中、
フラフラ歩かれては此方の心臓がもたない。⋮主にセンリへの心配
が少々、ならず者がセンリに難癖をつけた場合彼等が返り討ちに遭
171
ヽヽ
う事への不安が大半だ。彼女には既に強烈な護衛が付いている。イ
シュトがわざわざ﹃護衛﹄と言うのは普通に護衛を﹃見せて﹄歩き
回れと言っているのだ。
だが俺の心配を余所にセンリは肩を竦めつつも頷き、俺に舌を出
してきたので、絶対に何処かで時間を作ってセンリの外出に付き合
うと決意した。
センリが退室した後、イシュトにその旨伝えると、良い笑顔で﹁
それでは外交は予定を変更出来ませんから、執務の方で時間を調整
して下さい﹂と未決裁の書類を山の様に出してきた。
⋮⋮⋮⋮どうも上手く乗せられた気がするのは⋮⋮。気のせいだ
と思いたい。
172
Lv.15 レオハルト・クルーガー・サーペンタイン=ヘス
ペリダス︵後書き︶
閲覧有り難う御座いましたwww
エロハルトさん本領発揮出来ていませんが、こんなもんで。
基本この話の中でタイトルが人名なのは、如何に王子︵主人公︶が
賢くて可愛い︵格好良い︶かを別視点で垂れ流す話です。ぶっちゃ
けます。
ただ今回の話に限り、主人公以外が愛でられます。
因みに今回の話は本来﹃皇帝陛下とその伴侶﹄というタイトルで二
人の視点で王子を語る予定だったのですが、思った以上に陛下が勝
−−−−−
−−−−−
手に動いたので、陛下視点にしました。
'17/03/12
陛下はエロと妄想が担当です。
修正情報
−−−−−
輝石光国
↓
輝石国
︱︱︱
'16/02/13
↓
−−−−−
︱︱︱︱
173
Lv.16︵前書き︶
お久し振りです。
未だ続くヘスペリア編。キリが悪くて長めですが更に続きます。
174
Lv.16
さて。先日皇帝陛下より直々に、騎士団の訓練所の使用許可を頂
いたのだが、其れを父に伝える前に正式な文書として使用許可が回
された。
仕事早いな、皇帝陛下。⋮⋮エロい癖に。
其れは扨置き﹃俺に対して﹄訓練所の使用許可が出た、と言う事
で今度は我がエーデルシュタイン護衛騎士一行から我々も是非、と
要望が出た。
其れは当たり前だ。今此方に同行して来た騎士達は、普段から自
己鍛練を欠かさない真面目且つ有能な者達だ。
他国に来たとは言え、目立たぬ様に庭でひっそりと己を鍛えてい
た彼等︱︱何せ到着早々何処か訓練出来る場所が無いか探し、見付
けた場所で小一時間剣を振り、翌朝も早々に訓練していた様な奴等
だ︱︱に、訓練所を使わせないのは酷だろう。
だがちょっと待て。
他国からの護衛は他にも居る訳で。我が国だけ訓練所を使用して
も良いのか。ちょっと不公平では無いか、と思われるのも面倒臭い。
だが騎士達の希望も理解出来る訳で。
うーん、と俺が唸っていると、ヤーデ将軍が一先ず俺達三人︱︱
当然、ライとルフトの事だ︱︱の護衛兼教官として交代で一人付い
て行けば良い、と言ってきた。
それも考えたが、ヘスペリアに滞在するのは約二週間。その内三
日程は皇帝陛下の婚儀に充てられ、残りは皇都の神殿参詣と移動、
後は折角なので視察と言う名の観光だ。結構移動が激しいし、離宮
に滞在している間なら兎も角、それ以外ではどうなんだろう? 第
175
一、交代で一人ずつでは余り訓練所を使う意味が無いんじゃないか?
色々と余計な事を考えているのは判っている。もっと単純に考え
れば良い、と言うのも。
暫く考えていた俺に、意外な所から救いの手が差し伸べられた。
朝一番に来客が告げられ、現れたのはヘスペリアの騎士、ディオ
さんだった。⋮皇帝陛下の従兄弟、と言う事は俺の叔父の従兄弟で
も有る訳だ。
ディオさんの顔を見るなり、叔父が立ち上がり︱︱今回の滞在で
叔父はヘスペリアとエーデルシュタイン両国の、予定の隙間を縫う
様に動いている。参列者、親族として打ち合わせ、護衛騎士として
警備を確認し、と忙しい限りである︱︱近寄ろうとしたが、何故か
慌ててディオさんが其れを押し止める。
﹁いや、ナハトはそのままで。⋮入室しても?﹂
少し焦る様に廊下を一瞥し、改めて自己紹介したディオさんに、
父や将軍達が顔を見合わせながら許可する。
﹁⋮ご用件は?﹂
いきなりヘスペリアの騎士が訪ねて来たのだ、不思議に思うのも
無理は無い。だがディオさんがチラリと俺を見たので、用件は俺の
事だ、と確信した。アレか、また訓練所に案内してくれるのか。
そう思ったのだが、ディオさんは俺を半日程借りたいと申し出た。
然も行き先は王都。街に連れ出したい、と言う。
﹁クラウドを⋮⋮? 視察と言う事か?﹂
戸惑う父だが無理もない。いきなり王をすっ飛ばして王子に視察
の誘い等おかしいに決まっている。
俺自身は街に出るのに異存は無い。寧ろ案内してくれると言うな
ら、是非して欲しい。
父の質問に、ディオさんは苦笑混じりに答えたが、捗々しいもの
では無かった。
176
﹁その、自分も皇帝陛下より命を承けての事ですので、詳しくは陛
下よりお願い致します⋮⋮﹂
そんな説明で﹁はい、判りました﹂と言う奴が居たら見てみたい。
案の定父も将軍も、叔父ですら渋面をしている。
正直、俺は今日は、と言うか今日も何も予定は無い。父は懇意に
しているフロリオンとの会談に、大臣もその付き合いで同行。叔父
夫婦は実家に、女性陣もヘスペリア側が退屈凌ぎに、と呼んでくれ
た宝石商や小間物屋、クチュリエに会いに行く、と言うか見に行く
とやらで予定が入っているが、その中に俺は入っていない。せいぜ
い女性陣に付いて行く位だが、俺としては女物のドレスや宝石に興
味は無いので、早速訓練所でも使わせて貰おうか、と思っていた所
にこの話だ。出来れば飛び付きたいが、この説明では無理か? 頑
張れ、ディオさん。
然しディオさんはどうやら口下手の様で、巧い説明も出来ず困っ
ている。そして此方側もそんな説明で納得出来る訳も無いので困っ
ている。
さてどうしようか、と言う所で扉が叩かれた。
真っ先に反応したのはディオさんで、﹁ヤバッ﹂と呟いて慌てて
扉に駆け寄り、応対していた侍従を退けて廊下に居たらしき人物と
話し始めた。
はっきり言ってかなり失礼な態度である。だがそれ以上に彼が誰
と話しているのかが気に掛かる。俺達に対して丁寧な受け答えをし
ていたディオさんが、かなりぞんざいな言葉遣いになっている。そ
れにも関わらず時折敬語が混じると言うのはどう言う事か。
好奇心に負けてそろそろと扉から廊下を確認する。誰も俺の行動
を咎めないと言う事は、皆気になっている、と言う事で。将軍など
はホレ行けやれ行け、とばかりに手で指示してきた。
そっと覗くと、其処にはディオさんと、先日再会したばかりの弟
子と皇帝陛下の姿が有った。
177
結論から言う。
弟子凄ェ。
口八丁で俺を街に連れ出すのに成功した。然も自分の身分を明か
さずに。
何故秘密にしたのか訊いてみた所、﹁この格好で陛下の伴侶って
言う方が無理じゃ無いですかさー﹂と言われた。
そう言う弟子の姿は、先日逢った時と然程変わらない。デニムの
ヽヽ
ジャケットにジーンズ、何故か安全靴にマントを纏っていた。まる
っきり少年である。
うん、納得した! あの皇帝の伴侶には全然見えない。
序でに言うなら、皇帝もディオさんの説明では埒があかないと見
たのか、弟子の説明の直ぐ後に突然現れ、自分の暇潰しに付き合え、
と言い放って俺を拐う様に連れ出した。その際確りと護衛も指名し
て。随分とフットワークが軽いが、良いんだろうか。
因みにこの外出のメンバーは弟子と皇帝陛下とディオさん。俺と
ルフトと将軍である。ライは叔父夫婦と一緒に祖父母と語らう予定
が既に有る。恨みがましい目で見られたが、こればかりは仕方無い
と思う。
もう一人二人、護衛を付けた方が良いのでは? と言われたが、
ディオさんが必死になって、目立たない方が良いので、この人数で、
と押し切った。
その時ディオさんが、チラリとウチの騎士の顔ぶれを確認したの
は、別に実力を不安視したとか、そんなんじゃ無い、と思う。何せ
実力は他国への護衛に抜擢される位なのだ、折紙付き、疑い様も無
い。それなのに、確認した。と言う事は。
﹁なぁセンちゃん。ウチの護衛、フォル爺ちゃんだけで良かったの
か? ⋮若い方が動きが良いぞ?﹂
178
﹁判ってて訊きますか。良いんですよ、私もそれなりに動けますし、
陛下も下手な護衛より腕はたちますし。何より煩いですしねぇ﹂
﹁足手まといは要らん﹂
繋いだ手を両方からギュッと握られる。因みに俺の両手は弟子と
皇帝が握っている。そして弟子は軽かったが、皇帝にはかなり強く
握られた。
痛いよ。
楽し気に答えられたが、内容は予想通り。
つまりナンだ。若い男を弟子に近寄らせたく無い、と。一応ウチ
の近衛騎士で出自も実力も、ハッキリしているんですけど。立派な
嫉妬ですね、陛下。
まぁ溺愛しているらしい弟子の周りに、若いイケメンを付けたく
ない、と言う気持ちは判らないでも無い。
⋮近衛騎士と言うのは、実力も然る事ながら身分や見映えも結構
重要視されるのだ。別に美男子で無くても良い。﹃騎士としての見
映え﹄これ重要だから。そうでなければ、見るからに武骨なヤーデ
将軍が近衛騎士に成れる訳が無い。軍属で実力が有るから将軍職ま
で上り詰めたが、騎士として恥ずかしく無い立ち居振舞い、此れが
出来るからこその近衛だ。
それでもその辺の一般人に比べたら、格段に良い男なのは間違い
無い訳で、皇帝が警戒するのも判る。判るが、相手がセンちゃんだ
と思うと複雑な気分である。
皇帝自身物凄い美丈夫な癖に、何でこんなに嫉妬深いんだ、おか
しいだろ、と思う。皇帝の警戒ぶりと弟子の態度の温度差に笑いが
込み上げてくるのはどうしてくれようか。くそぅ。
俺達の後ろにはヤーデ将軍とルフトが並んで歩き、その後ろをデ
ィオさんがついてきている。気配を探ると、更に後方にリシャール
さんとサージェントがコッソリついている様で、恐らくルフト以外
は気付いて居るんだろうな、と思う。
ヘスペリア側は余程ディオさんの腕を信用しているのか、治安が
179
良いのか、誰も付いて来ている様には見えない。時々ディオさんの
同僚なのか部下なのか、ギョッとした後同情する様な表情になるの
は、うん、考えないでおこう。
王都は皇帝陛下の婚儀に併せて、街全体が祝賀ムードに包まれお
祭りの様だった。屋台が立ち並び、大道芸人が其処彼処で芸を披露
している。
楽しそうな雰囲気に釣られて、俺もかなり浮かれていたらしい。
隣で弟子が笑っていた。
﹁楽しそうですね、師匠﹂
﹁そうだな、こんな賑やかなのは初めてだ。⋮それともヘスペリア
じゃコレが普通か?﹂
﹁いいえ、何時もの二倍か三倍は賑やかですかね?﹂
言いながら屋台を冷やかしつつ連れて行かれたのは、恐らく王都
の中央広場だろう。
中央に噴水が据えられ、其処から一際目を引く飾り付けに多い屋
台。人の往来も半端無い。この人の多さには、流石のヤーデ将軍も
目を丸くしていた。
﹁此れは⋮⋮凄いですな。其の割に混乱は無さそうじゃが﹂
誰にともなく呟いた言葉を皇帝陛下が拾う。
﹁各要所に警備兵を配置している。特に期間中は増員して目を光ら
せては居るが、それでも取り零しは有るな。客人に頼む事では無い
が、不審者を見掛けたら教えてくれ。其方で対応してくれても構わ
ん﹂
﹁判り申した﹂
一瞬で将軍の顔付きが厳しいものに変わるが、爺ちゃん、ソレは
無い。其の顔でそんな態度じゃ将軍が不審者に見える。て言うか裏
家業の親玉みたいな?
﹁ミッフィーさん、そんなに目を光らせなくても良いですよ。寧ろ
180
警戒されますって。私達はお上りさんの観光客ですから、お気楽に﹂
弟子の言葉に将軍が困った顔になる。
弟子は何故か将軍をミッフィーさんと呼ぶ。理由を問うたら、﹁
将軍と言えば世界のミフネかな、と思いまして﹂と良く判らない返
事。いや、そう言うタイトルのアメリカのドラマが有ったのも知っ
ているし、それに日本人俳優が出演していたのも知っている。だが
ソレで何故ミッフィー?
因みに皇帝はハルさん、ディオさんはカトルくん、ルフトはタフ
ィーくんと呼ばれている。混乱するから止せ。
今更な説明だが、俺達の格好は割と簡素だ。それでも一般庶民か
ら見たら、多分良いところのお坊っちゃま風では有ると思う。そし
て目立つこと間違いない筈の皇帝陛下は、魔法で受ける印象を変え
ているとかで、素顔を曝している筈なのに特に目立った混乱はない。
何となく、此処にイケメンが居るぞー!! と叫んでみたい。
さておき。
中央広場の賑わいを堪能してから、連れて行かれたのは大きな建
物だった。
一階は二つ入口が分かれ、右の入口はどうやら酒場兼食堂の様だ。
左は、と言うと。
﹁⋮冒険者ギルド⋮⋮?﹂
カオス
戸惑う俺とヤーデ将軍を後目に、さっさと扉を潜る弟子を慌てて
追いかける。
入った途端、其処は異世界⋮⋮ではなく、何と言うか混沌だった。
﹁はーい、西地区ひったくり発生、一ツ星回してくださーい!﹂
﹁誰か魔族耐性有る人紹介してー!!﹂
﹁七ツ星何処行きやがった! このクソ忙がしい時に!!﹂
181
﹁ちょ、それ俺のタグー!!﹂
﹁採集依頼は今有りません。常駐依頼は定刻に精算しますから今は
お引き取りください﹂
﹁陛下結婚しちゃいやぁぁ﹂
エスタニア
﹁南地区清掃依頼入りましたー!﹂
﹁東大陸から喚べよ!!﹂
﹁中央広場、掏摸二名捕獲。継続警邏連絡有り﹂
﹁騎士団より最新警備予定入りましたー!﹂
⋮⋮うん、何だか凄いカオス。
俺の目の前には、カウンターの中で右往左往して依頼を捌く職員
と、外で依頼を受けたり完了したりする冒険者でごった返していた。
﹁⋮何時もこう?﹂
﹁⋮⋮何時もの四割増し、ですかね?﹂
﹁活気が有りますなぁ﹂
﹁何か仕事と関係無い叫びが有ったよね?﹂
﹁何故男に叫ばれたのか判らん⋮⋮﹂
﹁クラウド、此処ナニ?﹂
各自呆然と呟く。因みに俺、弟子、将軍、ディオさん、皇帝陛下、
ルフトの順だ。
ルフトの問いに、冒険者ギルドだと答える。へえ、と目を丸くす
るルフトだが、多分良く判っていない。
だがそう言う俺も、何故此処に連れて来られたのか、全く判らな
い。ただ、﹃冒険者﹄と言うものを初めて見たので物凄く興味はそ
そられる。
見た限りでは屈強な男が多い。老若男女居るが、大体が長剣を装
備し、中には戦斧や槍、弓等もちらほらと見られる。杖を持つのは
魔術師だろうか? だがこの世界、魔法の媒体は杖で無くても構わ
ないので、レアな魔導武器の可能性もある。
キョロキョロと目を彷徨わせていると、カウンターから声が掛け
182
られた。
﹁おう、センちゃん! どうした、今日はまた随分と大人数じゃ無
ェか?﹂
うえ
﹁カールおじさん、こんにちは。ちょっとお願いが有りまして、お
時間宜しいですか?﹂
﹁おう、良いぞ? じゃあ二階に行くか﹂
二つ返事でそう答えた禿げのオッサンの背後から、﹁所長ー! 逃げないで下さいよーッ!﹂と言う叫びが聞こえた⋮⋮。
俺達が案内された二階の部屋は、ギルドマスターの部屋だった。
どうやらカールおじさんと呼ばれたオッサンは、此処王都のギル
ドマスターだったらしい。確か世界各地に有る冒険者ギルドの本部
は、ヘスペリアに有る筈だが。﹃王都﹄のギルドと言う事は、此処
が冒険者ギルドの総本部で、目の前のオッサンが其の最高責任者、
と言う事か。
何でだろう。偉い人だと言うのは判るのだが、それと同時に物凄
い苦労性な気がする⋮⋮。
いそいそと自らお茶の用意をするギルドマスターの姿を目で追い
つつ、そんな事を考える。
どうやら忙しすぎて全職員総出で業務を行っていたと思われる。
した
カウンター
どう考えても、﹃長﹄と呼ばれる立場の人間に、秘書やら補佐官が
付いて居ないとは思えない。恐らく一階の戦場に駆り出されている
のだろう。
全員に茶が振る舞われた所で︱︱俺とルフトはミルクだった。気
遣いが細やかである︱︱ギルマス、カールさんが訊ねる。
﹁んで? 皇帝陛下まで連れてきてどうした?﹂
吃驚である。視覚認識阻害の魔法を掛けてあるのに、皇帝陛下と
判るのか。いや、確かこの魔法は一度認識してしまうと掛かりが悪
くなると魔法書に書いてあった気がする。そうすると既にこの姿で
一、二度見掛けた事が有るのか。⋮⋮お忍び好きの皇帝陛下? 何
183
だか何処ぞの暴れん坊ナントカの様な⋮⋮。それに弟子の事を知っ
アイテムボックス
ている様だが、彼女が皇妃になる事は知っているんだろうか。随分
と親しげだが。
カールさんの問いに、弟子が答える。
﹁鍛冶屋を紹介して欲しいんですよ。あと道具袋のスキルの使用許
可。それと多分ユキちゃんの装備品を預かっていると思うので、其
れを出して欲しいな、と﹂
﹁⋮前二つは兎も角、三つ目は⋮⋮ああ、だがセンちゃんならアイ
ツも気にしないか⋮⋮と言うか預けている事すら忘れているな、ア
イツは﹂
誰の事を言っているかは判らないが、カールさんは大きく溜め息
を吐いた後、苦笑しながら机に向かい、何やら作業を始めた。
どうでも良い事だが、カールさんの作業の様子を見る限り、まる
でパソコン、と言うよりタブレットを使っている様に見える。そう
言えば一階のカウンターで使っていたのもタブレットぽかった。魔
導具なんだろうが、妙に親近感を覚える。だがこんな便利そうなモ
ノ、今まで見た事が無い。ウチの城にもコレが有れば、仕事が楽に
なるだろうに。そんな事をふと思う。
俺が余程興味津々に見えたのか、皇帝陛下が教えてくれた。
﹁アレはこの五年ほどの間に我が国で開発したものだ。巷にはそう
出回っていない。今現在は試験的にギルドで使って貰って使い勝手
を確認している所だ﹂
皇帝の言葉に、作業しながらカールさんが言う。
﹁かなり便利になりましたよ。効率は良いし、倉庫の管理も依頼の
セキュリティ
状況も一目で判る。全職員が情報を共有出来るのも良い﹂
﹁後は情報の保護と使う側の認識の問題ですかねぇ?﹂
弟子が引き継いで言う間に、カールさんの調べ物は終わった様だ。
184
何を調べて居たんだろう? と思っていると、カールさんは弟子
を呼んで内容の確認をさせていた。
﹁⋮⋮うん、コレで良いです。出して貰っても良いですか?﹂
何かに納得した弟子に頷いて、カールさんは背後の棚の抽斗らし
きものを開ける。
ゴトリ、と重い音がした抽斗から取り出したソレが、俺達が座っ
ている目の前のテーブルに置かれた。布で包まれたソレは細長く、
何だろう、と、若しかして、との思いが過る。
黙ってソレを手に取った弟子が、布を取り去り出てきた物は、俺
の予想通り、日本刀、だった。
チキリと僅かに鞘をずらすと、波打つ見事な刃文の刀身が現れる。
ヤーデ将軍が息をのみ、皇帝陛下が片眉を上げた。
弟子がゆっくりと笑い、再びその美しい刀身が鞘に収まり、布に
よって包まれそのまま俺に手渡された。
﹁師匠、再会できたお祝いです。差し上げます、その刀﹂
﹁⋮⋮良いのか? 本来の持ち主が居るんじゃ無いのか?﹂
先程の弟子とカールさんの話から察するに、この刀はユキとか言
う人の持ち物の筈だ。勝手に譲渡して良いものか? と思う。
だが俺の質問に弟子もカールさんも、皇帝陛下とディオさんまで
苦笑していた。そして答えが返る。
﹁良いんですよ。ユキちゃんはどうせ持っている事すら忘れてます
し。使ってくれる人が居るなら、仕舞い込まれるよりその人に渡し
た方がずっと良いじゃ無いですかさ? 若しどうしても気になる、
と言うならユキちゃんに逢った時に御礼でもして下さいな﹂
へらりと笑う弟子と包まれた刀を交互に見て、俺は強く頷いた。
立派な刀を貰い、嬉しすぎて言葉が出ない。例え今現在は使えなく
ても、数年もすれば体も大きくなるし、サイズ的に問題は無い筈。
⋮と、折角俺がそう思って居たのに。弟子の続く一言で、俺は机
に突っ伏した。
﹁因みにソレ、魔剣ですから。持ち主の思う通りの大きさになりま
185
すから、師匠がその気になれば何時でも使えますからさ﹂
なかご
銘を知る事により持ち主かどうか、判断されるそうです。銘は茎
を見れば判るからって⋮⋮俺の覚悟を返せ。
そして更に言うなら、ユキちゃんもカールおじさんも、本名は別
にあるんだと。ややこしいわ、弟子!
﹁ラーシュ・エンゲルブレクト・ハゲリンと申します。冒険者ギル
ドの本部長を務めております、お見知りおきを⋮⋮殿下﹂
どうやらカールさん改めラーシュさんは、俺の事を知っていた様
だ。道理で紹介もなく話が進むと思った。
だが折角自己紹介してくれたのだ、此方もすべきだろう。
改めて俺達も自己紹介したところで、弟子が﹁さて﹂と切り出し
た。
﹁それじゃ残り二つ。お願い出来ます?﹂
﹁鍛冶屋は紹介状を書いてやるからチョイと待て。職人通りを歩い
ていれば直ぐ見つかる。道具袋は⋮⋮誰が使うんだ?﹂
﹁そりゃ勿論、師匠⋮⋮この子ですよ?﹂
弟子の返事にラーシュさんは渋い顔をした。
﹁其れは⋮⋮難しいな。冒険者以外に道具袋のスキル解放はしてい
ないし、殿下は冒険者登録も出来ない年齢だろう?﹂
﹁あれ? お使いクエストで小さい子が道具袋を使っているのを見
た事が有ったけど、アレは?﹂
﹁使用枠限定の簡易道具袋だ。其れは一階でも売っているし、貸し
出しもしている。街の魔導具屋でも売っているぞ﹂
話によると、道具袋は二種類有り、魔法の使えない人でも使える
様にしたのが、一般に売っている簡易道具袋。使用枠が決められて
いて、一枠に十個アイテムが入れられて、それが十枠。固定なので
誰でも使用する事が出来る。スキルとしての道具袋は、冒険者登録
をした時に与えられて、使用枠はその人の魔力次第。魔力の多さと
質の高さで、枠と容量が決まるらしい。指定したアイテムを道具袋
186
として使えるが、本人しか使えない、と。
しょしんしゃ
﹁それって、冒険者になっても魔力が低いと道具袋も満足に使えな
いって事ですか?﹂
﹁そうだな、だから一ツ星の内は簡易道具袋を利用している奴も多
い。ランクが上がると、ボーナスで枠と容量が増えるから、魔力の
少ない戦士系の連中でもそれなりに使える様になる﹂
﹁だから冒険者によっては、道具袋を複数持っている場合も有りま
すよ。複数持ちによるペナルティは有りませんから。ただ、簡易と
言えども高価なので、そう沢山は持てませんけどね﹂
元冒険者らしくディオさんが説明を重ねてくれた。
成る程。道具袋自体は普及していても、高価だから冒険者や金持
ち以外は余り使わないのか。だから街中で大荷物を抱えている人が
居るんだな。便利そうなのに何でだろうと思っていたが、そう言う
事なら納得だ。
因みに現在確認出来る最大容量は、七ツ星の冒険者が持つ、一枠
256の256枠だそうだ。一般の中級冒険者で一枠99の50枠。
六ツ星でも一枠99の99枠。⋮⋮⋮⋮七ツ星凄ェ。
ともあれ、その後特にこれと言って常時持ち歩く物も無いので、
ヽヽヽヽヽ
簡易道具袋で良いじゃないか、と言う事になり、一階で幾つか見せ
て貰いベルトに付けるタイプの物を皇帝陛下に買って貰った。後で
絶対何か御礼しよう。そうでないと、父が恐ろしい。
ただ、道具袋自体は将来的に便利そうなので欲しいな、と思う。
なので入手方法を訊くと、やはり冒険者登録をしないと駄目らしい。
確か十二歳を過ぎなければ冒険者登録は出来なかった筈だ。後八
年は長いが、仕方無いか。今買って貰った簡易版でも、充分容量は
有る事だし、気長に待つとしよう。
ついでだが、ルフトとライにも道具袋を買って貰った。色違いの
お揃いなのは嬉しいが、何かこれって女子っぽいな、と一寸だけ思
187
ったのは秘密だ。ルフトが素直に喜んでいるだけに、そう思う。
それから俺達はラーシュさんから紹介状を貰い、鍛冶屋へと向か
う事になった。
因みに貰った刀だが、試しに持ってみたが大きさは変わらなかっ
た。やはり銘が判らないのがネックの様で、道具袋に入れて見た所、
﹃布に包まれた名刀﹄と表示された。
早く銘が判らないかな、と鍛冶屋へ向かおうとした時、ふと弟子
が訊ねた。
﹁そう言えば、師匠。離宮には何時まで滞在する予定ですか?﹂
﹁一週間くらいかな? 後は皇都の神殿に行ったり、周辺の視察と
かで移動するから、宿も予約していた筈だが﹂
婚儀の関係で宿の予約は難しかったが、幸い婚儀の期間中は離宮
に滞在する事が決まっていたし、その後も婚儀が終わって滞在客が
減る時期と重なった為、何とか宿を取る事が出来た。其れを弟子に
伝えると、少し考えてから、ラーシュさんに声を掛けた。
﹁カールおじさん、お願いが有るんですけど?﹂
﹁何だよ、センちゃんのお願いは聞かない訳にいかないだろう。言
ってみな﹂
﹁ギルドの訓練所、使用許可下さい。どうせだから師匠の連れ全員
分!﹂
﹁何人だ? どうせこの期間中は警備やら何やらで、訓練所も空き
が多い。空いてる時間だったら、何時でも貸してやる﹂
苦笑しつつも了承するラーシュさんに、思わず飛び付いて礼を言
う。
﹁うわぁぁぁ! 有難うございますッ! 皆喜びます!!﹂
凄ェ。ギルドの訓練所なら騎士団の訓練所とも遜色が無い。それ
に立地的に走り込みすると思えば、距離的に問題も無いし、離宮を
離れても気にせず訓練が出来るじゃないか。
ニコニコ笑ってラーシュさんにお礼を言うと、ヤーデ将軍の手を
取って笑う。
188
﹁フォル爺、フォル爺! 訓練所を貸してくれるそうですよ!﹂
大喜びで跳び跳ねる俺を、将軍が何とも言えない表情で見守る。
よくよく考えてみれば、他国の人間にこれだけ甘えてしまうのは良
くない事だったか。ふと思い至り、再度将軍の顔を見るが、その時
は既にただの甘い顔をしたジジイに成り下がっていた。背後ではラ
ーシュさんと弟子がヒソヒソと話していた。
﹁何だ、あの可愛い生き物。センちゃんの知り合いにしちゃ有り得
ねェな﹂
﹁そですねー、あのまま真っ直ぐ育ってほしいですねェ﹂
何かヒソヒソ言ってるけど。良いや、気にしない。
浮かれ序でに、ルフトの手を取り、くるくる回って目を回した。
後悔はしてない。
189
Lv.16︵後書き︶
閲覧有り難うございましたwww
思い付くまま書いているので、だんだん以前書いたものと齟齬が出
始めています。その内修正しますが、何か気になる事があればお知
らせください。
因みに更新に間が開いたのは、進みが悪かったからです。後、エロ
ハルトのせい。悩まず陛下の話を書けば良かったと後悔しています。
※補足
冒険者ギルドは各国王都に本部が設けられ、各々にギルドマスター
が常駐しています。ヘスペリア王都のギルドが総本部であり、ヘス
ペリアのギルドマスターは総本部長を兼任しています。
本文中で説明していませんが、千里が他人の名前を勝手な愛称で呼
思い至り
−−−−−
−−−−−
ぶのは仕様です。その内説明するつもりなので、現段階ではスルー
'14/12/30
!!
'16/02/13
してください。
↓
−−−−−
‼
−−−−−
↓
誤字修正しました
重い至り
190
Lv.17︵前書き︶
お待たせしました。
引き続きヘスペリア編です。
前回の続き、ギルドを出てからの話です。
191
Lv.17
アイテムボックス
冒険者ギルドで刀を貰い、道具袋を買って貰い、尚且つギルドの
訓練所の使用許可まで貰ってしまった。
序でに言うと、俺ばかりに色々やるのも不公平だよね、との弟子
の主張により、ライとルフトにもユキさん︵仮名︶とか言う弟子の
知り合いだか友人だかの持ち物から、武器では無く魔導具が贈られ
た。装備していると、体力や魔力の回復が少しだけ早くなるそうだ。
⋮ちょっと羨ましい。
何だかもう、弟子に足を向けて眠れない気分である。
気分だけだけどな。
俺は北枕は絶対しない。⋮⋮寝相次第では仕方無い、とは思うが。
尤もヘスペリアはエーデルシュタインの南西に有るので、そもそも
足を向けて寝る事の方が難しいのだが。
気分だ、気分。
そんな訳で弟子と皇帝陛下に連れられ、また街中を歩いている。
今度は鍛冶屋に行くと言う事で、職人通りである。表通りとはま
た違い、専門店が立ち並ぶ様は結構面白い。
鍛冶屋も幾つか過ぎているのだが、ギルドマスターのラーシュさ
んが紹介してくれた店とは違う様で、全て素通りしている。まぁ店
先に並んでいるのが鍋やらフライパンやら鎌や鋤なので、これから
行くのは武具専門店なんだろうな、と言うのは察せられる。
それにしても圧巻である。
細やかな彫金細工や、魔法薬しか並ばない店。錬金術師の店は何
を売っているのかさっぱり判らないし、魔石が並ぶ店は魔法使いだ
192
けでなく、普通の人も出入りして品物を選んでいた。多分自宅に置
いてある魔導具の動力を補給しに来たんだろう。
三種の魔具、とか言って、冷蔵庫とエアコン、照明が魔導具とし
て一般に流通して久しい。何処かで聞いた様なネーミングだが、最
近はそれに洗濯機も加えられそうだ。それら全て動力源は電気、で
はなく魔石なのだから、魔石屋はそりゃ繁盛するだろう。
それにしても結構歩いた気がするが、未だ着かないのだろうか。
そう思いかけた途端に弟子の足が止まる。
﹁此処だ﹂と言う弟子の声に店を見ると、店の中から鎚打つ音。見
上げた看板には盾と剣、それと炎と鎚の意匠が施されていた。
カランコロン、と扉を開けると意外と軽やかな鈴の音が鳴り響い
た。店に入ると同時にフワリと熱気が肌を包む。だが目の前には無
人のカウンターと、雑多に置かれた鉄の塊や折れた剣、武器で埋め
尽くされた壁が有るだけだった。
店主は何処だろう、と思ったが鎚の音が止まないと言う事は、作
業中か、と理解する。
それにしても客が来たのに出て来ないとは、佳境なのか商売っ気
ひしひし
が無いのか。何と無く後者な気がする。店番を置いて居ない所から
して、そんな気が犇々とする。
鎚音が止まない限り、誰も出て来ないのか、と思った所で突然店
の奥から叫び声が聞こえた。
﹁うおあっちいぃ! 何だいきなり!? えぇ? 客ぅ?﹂
野太い男の声がしたと同時に、棚の脇から声の主が現れた。その
男を見て俺は目を丸くしたと同時に興奮した。
ドワーフだ。ドワーフの鍛冶屋。
ファンタジーの定番である。初めての遭遇に興奮するな、と言う
方がおかしい。
193
それにしても作業中らしかったのに、何故急に終わらせて店に出
て来たのだろう。叫び声と関係有るのか?
ね
そんな疑問を抱いていると、ドワーフの鍛冶屋は俺達をジロリと
睨め付け、吐き捨てるように言った。
﹁お前等、どんな魔法を使ったか知らねェが、鍛冶師の作業を中断
させるなんざ、随分と良い度胸してるじゃねェか。あァ?﹂
機嫌悪く一気にそこまで言った鍛冶師は、次の瞬間小さな炎に攻
撃されていた。
﹁うおッ!? 何だよ、そうじゃねェのか?﹂
頭や顔、腕や服に小さな炎が幾つも付いては消えていく。多少焦
げた臭いはするものの、火傷をする程では無いらしい。
其の様子を見て、弟子が済まなそうに声を掛けた。
﹁え∼と、火の仔? そろそろ止めてあげて。話が出来ない﹂
ひとがた
其の言葉にピタリと鍛冶師への攻撃が止み、代わりに小さな炎は
クルリと回って人形になると弟子の肩にフワリと止まった。炎を纏
っているが、弟子に変わった︱︱火傷をしたり、服を焦がしたりし
た︱︱様子は無い。
何だこれ。今度は火の精霊だ。立て続けにファンタジー世界の住
人が出て来て、驚くより呆れてしまう。
しかもどうやら鍛冶師の方も、小さな炎には話し掛けていたが、
人形になった途端目を剥いて凝視している。彼方もかなり驚いてい
る様だ。
﹁どうもすみません。別に作業を中断させるつもりは無かったんで
すが、この仔が私の用事を優先させようとした様です。その、私は
﹃精霊の愛し子﹄なモノですから﹂
弟子の告白に俺を始め一同がギョッとする。いや、皇帝陛下とデ
ィオさんは驚いていないので、知っていたのか。
精霊の愛し子、と言うのは加護の一つだ。程度はどうあれ、この
世界に存在する精霊から、守護や贈り物が与えられる。時には主従
194
の契約すらも。
精霊との契約は、無くても問題は無いが、魔法使いなら誰でも望
む事︱︱精霊の力を借りる魔法が多いから︱︱だが、力有る精霊で
有れば有る程契約は難しいとされる。だから﹃精霊の愛し子﹄とい
う加護は、魔法使いにとっては喉から手が出る程欲しいものとなっ
ている。加護の強さにも因るが、有ればそれだけ高位の精霊と契約
がしやすくなるからだ。
あれ、若しかして皇帝陛下の伴侶になったのって、それが理由?
センリ
思わず見上げて視線で問い掛けると、皇帝が俺を抱き上げ耳打ち
した。
﹁言っておくが、俺はアレに加護が有ろうと無かろうと、伴侶に選
んでいたからな? ⋮寧ろセンリの守護精霊は強烈過ぎる。居ない
方がマシだと本当は言いたい所だ﹂
物凄い美声で耳元で囁かれた。俺が女ならイチコロだな。内容は
扨置き。
﹁ん、んんんんー。お前さんが精霊の愛し子ってなら、頼みたい事
がある。叶えてくれるなら、仕事の邪魔をしたのはチャラにしてや
らァ﹂
鍛冶師のオッサンはそう言うと、ついて来い、と俺達を作業場へ
と案内した。
火を扱う神聖な現場なのに、良いのかな? と思うものの、当の
本人が連れて来た訳だし、願い事も気にかかる。ゾロゾロとついて
行くと、ムワ、と店より更に強い熱気が肌を刺す。
炉の前に俺達を案内した鍛冶師のオッサンは、漸く自己紹介した。
﹁この工房の主、オシアン・ユハ・カレヴァ・イルマリネンだ。見
ての通りドワーフ族だ﹂
﹁杷木千里です。︱︱︱他の方々の紹介は省きまして、お願いは?﹂
俺達を紹介しない辺り、弟子にも思う所が有るのか、すう、とオ
シアンさんを眇めて見る。それに気付いていないのか、オシアンさ
195
んは炉を掻き回して火を熾すと振り返って弟子に言う。
﹁今鍛えている最中の剣なんだが、火と金属の相性が悪い。多分火
が弱いせいだと思うんだが、生憎この工房じゃこれ以上の火力は出
ねぇ。お前さんが若し火精と契約しているなら、この剣を鍛えるだ
けの火を熾しちゃ貰えねェか?﹂
﹁⋮その仔じゃ力が足りないって事ですか。因みにその剣は誰かの
依頼? 自分の趣味?﹂
﹁趣味だな。俺の工房じゃこの金属は鍛えられないのが判ったから、
扱わないか、炉を強化するか、燃料を研究するか、何れか選らばに
ゃならんが、今鍛え始めたのは仕上げてやりてぇ﹂
﹁其処まで判って居るなら⋮⋮フェンちゃん?﹂
薄く笑った弟子が呟くと同時に、熾火が揺れた。
忽ち炉の中一杯に焔が立ち上り、室内の温度がグンと上昇する。
先程とは比べ物にならない程の熱気に、汗が噴き出る。
﹁こりゃ⋮⋮期待以上だッ!﹂
オシアンさんが呆れた様に叫び、今の内に、と思ったのだろう。
慌てて鍛えかけの塊を炉に入れ、熱く真っ赤になった所で鎚で叩く。
弟子の肩に居た小さな精霊も、炎に惹かれる様に飛び込み光を放ち
煌めき同化する。みるみる成形されていく剣が、何度も炉に焼べら
れ叩かれ、やがて一つの形となった。
焼き鋳れた剣が冷やされ熱を失いつつあるのを見届け、納得した
のかオシアンさんが満面の笑みで振り返り弟子の手を握りブンブン
と振った。
﹁センリとか言ったな! 有り難ェ、お陰で仕上げる事が出来そう
だ! 助かったぜ。このまま使って大丈夫か?﹂
﹁其れは良かった。仕上がるまでは、炉を消さなければ大丈夫です
よ。⋮で、此方の用件ですが﹂
ゴソゴソと懐から、ラーシュさんからの紹介状をオシアンさんに
ひょいと渡す。軽く渡されたからか、そのまま封を切り内容を確認
196
してから、俺と弟子を二度見して⋮⋮叫んだ。
﹁はあっ? ラーシュの冗談か? そうだな? そうと言ってくれ
!!﹂
﹁何て書いてありました?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮お前ェが皇帝陛下の伴侶で、金髪のボウズがエーデルシ
ュタインの王子だと⋮⋮﹂
﹁事実ですがそれが何か?﹂
にこりと笑う弟子の笑顔が黒い気がするのは俺の気のせいだろう
か。
弟子の言葉にガクリと項垂れたオシアンさんは、直ぐに顔を上げ
弟子に縋り付いた。
﹁頼むッ! 俺の態度が悪かったのは謝る!! だから投獄は⋮⋮
いや、精霊の力を失くすのは止めてくれ!!﹂
いきなり叫んだ内容に驚いたが、直ぐに思い至る。普通に考えれ
ば、今までのオシアンさんの態度は、普通の貴族ならば不敬に当た
る。
皇帝陛下の伴侶を怒鳴り付け、精霊を利用する。投獄されてもお
かしくは無い。尤もオシアンさんは皇帝陛下の伴侶云々よりも、弟
子の契約精霊の方が重要な様だ。
弟子の契約精霊はあの炉の炎の強さから察するに、かなり高位の
精霊の様だ。オシアンさんが使役している精霊を﹃消す﹄事など容
易いだろう。精霊の力を利用して鍛冶師をしていたなら、その協力
を得られないのは、利き腕を捥がれたも同じなのかも知れない。そ
もそも最初の願い事、炉の炎の強化を今更止められても困る、と言
う事か。
其処まで考え、先程弟子が俺達を紹介しなかった理由に気付く。
試したのだ。オシアンさんが、鍛冶師としてどれだけの力を持っ
ているのかを。
始めに弟子が訊いた、依頼か趣味か、と言うのは依頼ならば断る
197
つもりだったのだろうと思う。
出来ない筈の依頼が成功したなら、再び似た依頼が来ないとも限
らない。その時オシアンさんは依頼を断れるのか?
断れなかった場合、自力で炉や燃料をどうにかするなら良い。出
来ずに弟子を頼るなら問題だ。
そんな甘い考えを持つ鍛冶師をラーシュさんが紹介するとは思え
ないが、無いとも言い切れない。
趣味の場合、オシアンさん次第だろう。やはり造る度に頼られる
のは問題だし、自力で何とかすると言うなら、弟子の事だ。寧ろ逆
に協力を申し出るだろう。たった今そうだった様に。
俺達の名や身分を明かさなかったのは、オシアンさんと関わりを
持つべきか否かを弟子なりに考えた結果だと思う。で、弟子の中で
は紹介しても良い、と言う事になったんだろう。
⋮紹介の仕方に若干の悪意が感じられるのは、気にしないでおこ
う⋮⋮。
その後、縋り付いて懇願していたオシアンさんを宥め賺して落ち
着かせ、やっと本題に入る事が出来た。
最初どう見ても少年な弟子が皇帝の伴侶と信じられなかった︱︱
ヽヽヽヽヽヽ
俺が王子だと言う事は信じたが、弟子の事は精霊と契約している俺
の護衛と思いたかった様だ︱︱オシアンさんだが、縋り付いて懇願
していた所を引き剥がされて、怒鳴り付けようとした相手が皇帝陛
下なのに気付いて蒼くなったのは、最早ご愛嬌と言って良い気がす
る。
、刀が魔剣で鍛え直す必要
弟子が俺達を鍛冶屋へ連れて来たのは、俺が貰った刀を研ぎ直し
て貰う為だった。打ち直しで無いのは
が無いから、らしい。だったら研ぎ直しも必要無いんじゃ、と思っ
たのだが、其方は必要らしく、オシアンさんも直ぐに作業に取り掛
かってくれた。
鍛冶師が研師も兼ねていると聞いて、妙な感心をしてしまった。
198
日本で生きていた頃、刀鍛冶を訪ねた事が有ったが、彼等は完全な
分業を行っていた。簡単な研ぎなら刀工も行っていたが、仕上げの
磨き研ぎには研師に渡してから実に一ヶ月は有していた。其れを此
方の世界では鍛冶師が行うのだから、処変われば、と思う。尤もヨ
ーロッパじゃどうだか知らないし、ドワーフの拘りだからこそ、と
言うのも有るかも知れないが。
拵えを外し、刀身のみになった刀をオシアンさんが研ぐと、波打
つ刃文が更に引き立った。シャッシャッと言う規則正しい音が止ん
で、オシアンさんが自分の髭を一本抜く。そのまま刃を上にした刀
の上に落とすと、プツリと髭の重さだけで切れた。その切れ味の良
さに、今までのやり取りを黙認していたフォル爺が待ったをかけた。
﹁此れは⋮⋮余りに切れ味が良すぎる。クラウド様には未だ早かろ
う?﹂
﹁ミッフィーさんは、王子殿下が無闇矢鱈に刀を振り回すお莫迦さ
んと言いますか?﹂
フォル爺の言葉に弟子が平然と言い返すと、俺大好きなフォル爺
がうッと黙り込む。余りの切れ味に心配が先に立った様だが、フォ
ル爺もどちらかと言えば﹃男は無茶して大きくなれ﹄と言う考えな
なかご
ので、俺の普段の行動を思い返したのか渋々だが引き下がった。
茎には、月と龍の意匠が施されていた。よく見ると其の回りにも
何か模様が刻まれていて、光にも雷にも見える。銘を探すと小さな
文字が見付かった。
どうしよう。どう見ても日本語って言うか、漢字なんだが? 前
世持ちな事はカミングアウトしたが、異世界の文字を読めるって、
変な事か当たり前なのか判らない。
戸惑っている間に、オシアンさんは拵えを戻して、刀を鞘に納め
て俺に渡す。
﹁王子様よォ、コレが魔剣だって言うのは知っているな? 銘は読
めたか? 持ち主になれるヤツには自然と読めると言われている。
199
ボウズが読めるなら、剣に選ばれたって事だ﹂
成る程、判った。漢字とか関係無いのか。オシアンさんの問い掛
けに頷く。
﹁魔剣には二種類有る。誰にでも使えるものと、ソイツにしか使え
ルーン
ねェものと。ソレは所有者にしか扱えねェヤツだ。使いたいなら、
所有権を主張しな﹂
﹁どうすれば良いんですか?﹂
﹁物にも因るがソレは名前を読めば良いヤツだ。魔語は唱えられる
か? 出来るなら﹃我が欲する、剣よ。我が物となりて我を助けよ﹄
その後、書いてある銘を読め﹂
言われた通り、魔語を唱える。
﹁︱︱︱我が欲する、剣よ。我が物となりて我を助けよ。﹃月光龍
雷﹄﹂
捧げ持つようにしていた刀から、淡い光が放たれ、俺の頭から全
身を包むとまた元の刀に戻っていった。キラキラした光に気を取ら
れ、気付くと握っていた柄が手に馴染む太さに変わり、太刀が脇差
し程の大きさになっていた。
﹁う∼ん⋮⋮名前から察するに、結構面白い刀ですね、ソレ。効果
とかは鑑定すれば判ると思いますが、使っていれば何れ判りますよ﹂
﹁今すぐ使いたい訳じゃ無いから、直ぐには良いよ。でも名前から
って何でだ?﹂
弟子の呟きが気になり、貰った道具袋に元通りに布に包んで刀を
納めて訊き返す。因みに表示は﹃名刀:月光龍雷﹄になっていた。
⋮妖刀じゃなくて良かった。
﹁月光龍雷、字は違いますが﹃亢竜﹄、栄華を極めたって意味が入
っていますから、相当良い刀かと﹂
﹁⋮亢竜悔いあり、にならないようにするよ﹂
200
そんな訳で研ぎ直された刀を受け取り、ホクホクしていた俺だが、
現在何をして居るかと言うと。
絶賛鍛冶体験中なう。
余程俺が興味津々で見ていたのか、研ぎが終わってから再び鉄を
鍛え始めたオシアンさんが少しやってみるか、と声を掛けてくれた。
勿論やると即答したが、多分今までの流れが後ろめたかったんだ
ろうな、と思う。一応此方も刀を研いで貰ったから、気にしなくて
も良いと思うのだが。教えて貰うのは吝かでない。
流石に始めからまともに作れる訳は無いので、叩く真似だけ、と
思ったのだが一打ちして火花が飛んだと同時に、お馴染みの効果音
が流れた。
﹃︻打撃術︼のスキルを得ました﹄
﹃︻鍛造︼のスキルを得ました﹄
﹃︻鍛冶師︼のスキルを得ました﹄
⋮うん、だからスキルを得るのは構わないんだけどさぁ。一叩き
しただけで取れるって、どんだけ⋮⋮。
結局スキルを得たお陰か、初心者なのに叩き方が巧いと褒められ、
一つ作ってみるか、と小さなナイフを作らせて貰った。そんなに上
手い出来では無いが、一つ仕上げられたと言う事に満足している。
で、このままでも良かったのだが、折角だから研いでみた。ペー
パーナイフにしては切れ味が良すぎるが、ちょっとした細工をする
のには向いているかもしれない、と言う出来だ。
当然の事ながら、︻研磨︼スキルを貰いましたが、何か?
201
ギルドにも行ったし、鍛冶屋にも行った。街中は既に冷やかした
後なので、特にこれと言って行きたい場所も無いのでそろそろ城に
戻ろうか、と工房を出て帰路に向かう。
すっかり弟子には甘えてしまったが、どうも皇帝陛下が俺をダシ
にして弟子とデートを楽しみたかったんじゃ無いか、と言う疑惑が
浮かんで消えないので、この件に関しては気にしない事にする。
ほぼ丸一日出歩いて居たので、眠い。よく考えなくても俺は幼児
だ。寝るのが仕事、みたいな所も有ると言うのに、興奮しっぱなし
だったからか、疲れがどっと出ているんだと思う。
そんな訳で皇帝陛下に抱っこされてマス。片手で抱き上げられ、
反対の手は確り弟子と手を繋いでいマス。然も恋人繋ぎだよ。やだ、
もうこの皇帝。
ルフトもフォル爺に抱えられて夢現だ。今日一日振り回して悪い
なー、と思うが楽しそうだったから良いか。
船を漕ぎつつ、気付けば離宮の宛がわれた部屋で寝ていた。
起きて父に挨拶すると、皇帝に迷惑を掛けるな、と一頻り小言を
言われたが想定内だ。それよりライに土産があるのに父には忘れて
いた。
どう誤魔化そうか考えたが、誤魔化しようが無いので、泣く泣く
ペーパーナイフを渡すと、思っていた以上に喜んでくれて、逆に心
が痛い。
すまん、父。其れは父の為にって訳じゃ無かったんだ。単なる試
しなんだ。
⋮⋮帰国するまでに、母上と弟への土産を父と選ぼう。その位の
時間は作れると思う。
202
Lv.17︵後書き︶
読了有り難う御座いましたwww
王子にやっとマトモな武器を手に入れる事が出来ました。
長剣も使いますが、彼のメインは刀です。
新キャラ、オシアンさんの名前はフィンランド系の名前です。
ファンタジー好きな人には直ぐ判ることですが、イルマリネンは有
名な鍛冶師の名前。考えるのが面倒になった。
↓
︵
天に昇りつめた竜は、あとは下るだけになるの
いっそユハ・カンクネンにしようかと思った程度には。
※補足
亢竜悔いあり
−−−−−
で悔いがある。栄華を極めた者は、必ず衰えるというたとえ。
!!
'16/02/13
﹁デジタル大辞泉﹂より︶
修正情報
↓
−−−−−
‼
203
Lv.18︵前書き︶
お久し振りです。毎度遅くなってすみません。
漸く神殿にお参りです。
204
Lv.18
俺は呆然としていた。
多分フォル爺も呆然としている。
ルフトは⋮⋮多分判っていない。
本日はヘスペリア皇帝陛下の婚儀当日である。
実は叔父が皇弟殿下だったとか、皇帝陛下が美丈夫過ぎてウチの
女性陣の仕事が手につかなくて大変だったとか、前世の俺の弟子が
その皇帝の伴侶になってたとか、色々有ったが婚儀当日。
粛々と進む儀式と司祭の言葉に感動していると、言祝ぎを享けて
現れた皇帝陛下の姿に歓声が上がった。
白の正装に身を包んだ皇帝は、端整な顔を幸せそうに綻ばせてい
て、尚更男振りが上がっているせいか、歓声の他に黄色い悲鳴も混
じっている。
そして何故俺が呆然としていたかと言えば、幸せそうな皇帝の隣
で、ガッツリ腰をホールドされて密着されている、弟子の姿のせい
だ。
厳かに始まった式は、祭壇の前で待つ皇帝陛下の元へ、弟子が父
親の代理人に連れられ、引き渡されると言う、お馴染みの形式から
だった。身内が居ないとは言ったが、何やかやで他国の高位貴族の
養女となっていたらしいので、てっきり父親役は其方の義父が行う
ヘスペリア
かと思ったが、其れは其れで問題の有った縁組みだったらしい。父
親役は自国の高位貴族、皇帝陛下の従兄弟が行う事となった。
⋮噂ではフロリオンの王家の養女になっていたと言うが、本当だ
205
ろうか。
定番の白いドレスはデザインが斬新︱︱俺から見ると、振袖をド
レスにアレンジしたんだなと判る︱︱で、レースをあしらったシフ
ォンのヴェールは透ける程に薄い。弟子の姿を知っている此方とし
ては、ドレスとヴェールで誤魔化す気だな、と始め思っていたのだ
が。
皇帝に連れられ司祭の前に立った弟子が、婚姻のサインをして祝
福を享け、誓いのキスとなり皇帝がヴェールをゆっくりと上げた時、
俺は目を疑った。
︱︱︱誰だ、アレ。
ガッツリと、誓いのキスにしては激しすぎて長過ぎるキスの間、
弟子の姿をまじまじと見てしまった。遠目なので細部までは判らな
いが、化粧をした弟子はほぼと言うか完全に別人だった。
長い睫毛とか、ほんのり赤く染まった頬とか、紅を引いた唇とか。
何処を取っても美少女だった。
あれ、センちゃんの少年成分何処に行った?
然も彼女は結構背が高かった筈なのだが︱︱確か百七十は有った
筈︱︱皇帝が更に背が高いせいか、華奢に見える。あれぇぇぇ?
俺の周囲の参列者からは、可憐だのお似合いだの、好意的な言葉
が漏れている。⋮年頃の令嬢が居る辺りからは、悔しいと言うか憎
々しげな視線が送られているが、概ね好意的、だと思う。
何だか今見た光景が信じられずに呆然としていると、先日一緒に
街に出掛けたフォル爺も呆然としていた。
街に出掛けた時、弟子は少年然としていた上名乗らなかった為、
フォル爺は始め皇帝陛下の侍従だと思ったそうだ。
それにしては弟子が結構皇帝をぞんざいに扱っていたり、皇帝が
206
ヽヽヽヽ
やたら弟子に引っ付いてベタベタ甘やかしていたりしていて、稚児
ヽヽ
趣味も疑った︱︱なので、俺とルフトを連れ出したのは、そういう
趣味かと疑って警戒していたらしい︱︱そうだが、ギルドに着く辺
りで弟子の性別とか立場が判ったとの事だった。
それ等を踏まえてフォル爺が一言。
﹁いやはや⋮⋮女は変わるものですなぁ⋮⋮﹂
うん、アレはちょっと変わり過ぎだと思うけど。化粧一つであそ
こまで変われるのか。
⋮⋮⋮⋮⋮⋮女ってコワイ。
何時の間にか皇帝が弟子を横抱きにして祭壇を離れ、歓声と祝福
を受けながら手を振り、腕の中に居る弟子にキスしたりして花道を
歩いていた。⋮爆発すれば良いのに。
呆然としている内に、用意されていた馬車に乗り込みパレードが
始まった。ゆっくり進む馬車の中で、手を振ったり会釈する二人に、
沿道で待っていた人々から祝福の言葉と花束が投げられており、こ
のまま二人は王都を一周する。招待客達は次の予定の準備をする為
ヽヽ
に、三々五々散り始め、俺達も祭場を後にする。
皇帝陛下夫妻が乗った馬車が王城に戻ったら、舞踏会と晩餐会が
控えている。が、お子様の俺は不参加である。父は寂しそうだった
が、時間を考えて欲しい。善い子は寝る時間だ。
そんな事を懇々と諭し、父を晩餐会へ送り出して漸く人心地つい
た。
﹁パレード凄かったね﹂
留守番組の一人、ルフトが呟く。
﹁伯父上のお嫁さん⋮⋮顔が⋮⋮﹂
納得いかない顔のライ。そう言えば皇家の席、云わば特等席で参
207
列していたライ達一家は、俺達に負けず劣らずポカンとして居た。
多分面識が有ったのは、普段の少年風センちゃんだったに違いない。
先日のギルド訪問から鍛冶屋への流れは、大層面白かったのだが、
ウチの護衛陣からは少々不満が出ている。キチンと護衛に付かして
くれれば良かったのにと、未だに言ってくるが、しっかりギルドの
エーデルシュタイン
訓練所を使って居るので強くは言ってこない。
ヘスペリア
ウチの国では、冒険者と騎士は仲が良くない、と言う程では無い
が、お互い距離を置いている感じだ。然し此方の国では、ギルドと
騎士団が協力しあって中々良好な関係を築いている。早々にその有
効性に気付いたフォル爺や、訓練所でその事を肌で感じたリシャー
ルさん達は、帰国したら関係の見直しを考えているらしい。まぁ、
その事は良い。
何が言いたいかと言えば、あの日護衛を増やした所で、皇帝に近
寄らせては貰えなかっただろう、と言う事だ。そうと思っては居な
くても、弟子に近付く男︱︱年頃の見目も良い男︱︱を排除しよう
とする皇帝の行動は、嫉妬以外の何者でもない。
そしてその行動は、身内、つまり皇帝の弟である叔父に対しても、
適用されたらしい。ライが教えてくれたのだが、皇帝の伴侶と紹介
されたのは一度きりで、それも顔も覚えられない位、短い時間だっ
たそうだ。印象としては﹃少年の様﹄。
そのせいで、式の間中記憶と違う皇帝陛下の伴侶の姿に呆然とし
ていた訳だ。
改めて言う。
女ってコワイ。
式も終わり外交も滞りなく行っていたので、残る予定は皇都の本
神殿への参詣と、観光もとい視察だけである。
晩餐会と舞踏会をこなしてきた父は少々お疲れ気味だったが、日
にちも無い事だしとっとと行くぞ! と檄を飛ばし皇都へと向かっ
た。勿論行く前に帝国側に挨拶はした。離宮で世話になったのだ、
208
それくらいは当然である。
⋮本当は弟子にも挨拶をしたかったのだが、体調不良とやらで会
えなかった。一応言伝てはしておいたのだが、皇帝の目の泳ぎ方と
か周りの重臣達の生温い視線とか、婚儀翌日だと言う事を鑑みて、
どんな体調不良やら、と俺まで生温い視線を皇帝に送ってしまった
のは、仕方無い事だと思って欲しい。
皇都に向かう馬車に揺られている間は、窓の外を流れる風景を楽
しんだり、父と語らったりしていた。そう言えば普段公務で忙しい
父と、こんなに長時間一緒に居た事は無い。母とも弟が生まれてか
らは余り構われて居ない気がする。いや、一応時間は取って貰って
いるのだが。
何とは無しに寂しさを覚え父にすり寄ると、ぽふぽふと頭を撫で
叩かれ、そのまま肩を抱かれた。
ソレだけで嬉しくなる俺も現金だが、父も珍しく甘える俺が嬉し
いのか、微笑んでいた。
うん、まぁ前世の記憶のせいで、どうしても年相応に甘えたりす
るのは気恥ずかしいんだ。精神年齢は身体に引き摺られてかなり落
ちているが、元々成人していたし。
前世は前世、今は今、と割り切って居たつもりだったが、殊﹃甘
える﹄と言う事に関しては一歩引いていた様だ。こうして﹃親に甘
える﹄と言う懐かしい感覚が甦ると、今まで勿体無い事をしていた
アレコレ
な、と思う。これ迄やりたい様にやってきたが、主に俺自身の能力
向上の為の彼是だった。これからはもうちょっと甘えても良いかも
しれない。
﹁父上。偶にこうして甘えても良いですか﹂
﹁⋮聞かずとも甘えなさい。其方はしっかりしているとはいえ未だ
子供だ。子供は甘えるのが仕事であろう?﹂
﹁そうですね⋮⋮﹂
209
父に凭れ掛かり会話を続ける。
弟が生まれて驚いた事や、ヘスペリアに来てからの彼れや此れや。
ギルドや鍛冶屋の件はフォル爺や隠れて護衛していたサージェント
達から聞いていただろうが、俺から直接聞くのはまた違うらしい。
驚きも交えて愉しそうに聞いてくれる。
神殿までの道程は、こうして和やかに過ごして行き、到着して馬
カンバセイション・ピース
車を降りる頃、父が俺の手を握り呟いた。
﹁帰国したら﹃家族の肖像﹄を創らせようか﹂
﹁良いですね。丁度父上達の即位十周年の記念になります﹂
確か即位五周年の記念に肖像画が創られた筈。それを踏まえて言
うと、父は笑って言った。
﹁其方の五歳の記念にもなるだろう?﹂
﹁それでは五年毎の行事にしましょうか﹂
クスクス笑いながら言うと、父は真面目に頷いた。馬車を降りな
がらの会話だったので、それを聞いた侍従がすかさず帰国後の予定
アースィマ
をメモしていたのが、ちょっと笑えた。
トゥマ
皇都は王都とは雰囲気がガラリと変わっていた。
総本山の神殿を構えているせいか、魔法使いの塔が在るからか、
世界最古の図書館が在るからか、その全てか。王都の賑やかさとは
打って変わって、静謐とも言える閑静な佇まいを見せていた。
神殿は創始の時代の英雄、竜の友の子孫が聯綿と続くその系譜を
護っている筈だ。王家の姫が代々神殿の祭祀を受け持っていると教
わった。
二十年前にその子孫である王を廃し、自らを皇帝とした初代皇帝
でも神殿を潰し、系譜を途絶えさせる事は出来なかったのだから、
その影響力は推して知るべしである。
神殿に着いて先ず驚いたのは、その質素とも言える造りだった。
古い様式をそのまま受け継いでいる様で、時代毎に増築はされてい
210
る様だが、華美さは無い。正直、各国に在る支社の方が豪華だろう。
だが神殿の中は毎日の掃除や信徒の奉仕のお陰か、驚く程快適な
空間になっていた。静かなエントランスを抜け、祈りの間に行くと、
待っていたのは光の洪水だった。
ステンドグラスが絶妙な角度で配置され、鏡や水晶などに反射さ
れて室内全体が柔らかな光に溢れていた。
綺麗だな、と素直に思う。と同時に外観と内観の違いに驚いた。
ハーブ
中庭を覗くと噴水が有り、植物が生い茂る憩いの空間となってい
た。花壇で作業をしている人が居るが、薬草を採って居るのだろう
か。華美ではないが見窄らしい訳でも無い、落ち着いた空間に和ん
でいると父に呼ばれた。
﹁クラウド、見学は後で出来る。参拝を先にしなさい﹂
﹁はい、父上﹂
慌てて父の元に駆け寄り、後を付いていく。
着いた先には司祭だろうか、一人の老人と若い女性、護衛らしき
男性が待っていた。
俺達が前に立ち、拝礼すると︱︱他国では神殿の、特に司祭クラ
スは此方が王族とは言え、身分は同等かそれ以上である。従って此
方が願って参詣しに来た以上、此方から礼を取る事になる。ただし
名乗りはしない。一種の決まり事だ︱︱向こうも同じく礼を取り挨
拶を口にした。
﹁ようこそいらっしゃいました。私は神殿の責任者、クレルスと申
します﹂
穏やかに微笑む老人は、隣に立つ女性を紹介する。
﹁此方は当代の巫女姫、リディミルア様です。仕来りにより、禊か
ら儀式までの間はお声を発するのは禁ぜられております故、老輩よ
りの紹介になる由、御了承下され﹂
軽く会釈する巫女姫に、慌ててもう一度礼をする。
巫女姫と言えば、件の竜の友の子孫、帝国になる前のヘスペリア
211
の聖王家の血筋である。噂では普段は神殿の奥で祈りを捧げ、滅多
に人前には出ないと聞いた。
出生時に初代皇帝に視力を奪われ、神殿に監禁されていたのを助
けられて、その後は神託の巫女として過ごして居るそうだ。そう思
い改めて巫女姫を見上げると、閉じた瞼にうっすらと傷が見える。
⋮⋮嬰児に傷を付けるなんて鬼だな。滅びろ⋮⋮って、もう滅ぼ
された後か。
明後日の方向で俺が憤って居ると、巫女姫と司祭は頷きあって祝
詞を唱え始めた。男声と女声が混じり合う不思議な響きの其れは、
此の場所の神聖な空気と相成って、心に染み入る様だった。
跪いて祝福を受け、そろそろ終わりかと言う頃、司祭が俺達に向
かって木の枝に掬った水を降り掛けた。
まじな
榊で聖水を撒いたみたいだな、と思ったら、邪気を追い払い守護
する呪いだそうな。因みに聖水は神殿の奥で涌く泉の水と朝露を集
めたもの。榊は神聖樹と言う御神木の枝だそうです。此方も神殿の
奥に以下略。
あ、神聖樹の枝は見た目は葉裏が銀色の柊っぽい。冬には赤と青
の実が生るそうで。西洋柊と日本柊を掛け合わせた感じだ⋮⋮。そ
う言えば株分けされた神聖樹が各国の神殿に有るらしいが、セガー
ルじい様の所に秋口に良い匂いのする樹があったが、あれがそうだ
ったんだろうか。
取り敢えず参拝も終わり、祝福も受けたので俺の用事は終わり。
大人達が寄進やら神殿関係者への伝言などを頼まれている間、中庭
の散策でもさせてもらおう。御婦人方は休憩室でお茶を頂くそうだ。
ライとルフトを誘い父に断って中庭に向かうと、巫女姫が立って
いた。
﹁御機嫌よう、クラウド殿下﹂
にこりと微笑み挨拶をされたので、此方も慌てて挨拶を反す。
﹁そんなに畏まらなくても良くてよ? 中庭に遊びに来たのね。今
212
はお勤めの時間でも無いし、薬草園を荒らさないでくれれば、どう
ぞ幾らでも遊んで頂戴﹂
﹁良いんですか?﹂
てっきり駆け回るなとか騒ぐなとか言われるかと思ったのだが。
頷いた巫女姫に訊いた所、今日は俺達が来る事になっていたから
遠慮して貰ったが、普段は孤児院や近所の子供たちが奉仕活動つい
でに遊んでいるそうだ。文字や計算の仕方も教えているそうだから、
寺子屋みたいなものだろうか、と考える。
然しソレを言う為にわざわざ待っていたとも思えないので、一応
訊く。
﹁何か俺⋮⋮僕に用事でしょうか?﹂
﹁ええ、ちょっと確認したい事が有って。⋮手を貸して?﹂
言われて素直に両手を出すと、そのまま握られた。
何か弱い力が体を巡る感じがする。以前スキルを調べた時と似た
感覚。若しかして巫女姫は他人のスキルを調べられるんだろうか?
まじまじと見詰めていると、気が済んだのか手を離された。
﹁結構スキルを持っているのね⋮⋮驚いたわ﹂
﹁えぇと、あんまり他人のスキルを覗き見するのは良くない事かと
思いますが?﹂
﹁御免なさいね、どうしても確認したくて。貴方が︻水の杜の客人︼
かどうか﹂
﹁は、あっ?﹂
久々に聞いた加護の名前に、素っ頓狂な声を出した俺は悪くない
と思う。
213
Lv.18︵後書き︶
閲覧有り難う御座いましたwww
また続きます。
神殿関係者と王家と他国との力関係と言うか、上下関係は余り気に
しないで下さい。
割と此の世界、身分とか礼法とか緩い設定です。少なくとも此方の
−−−−−
世界のマナーをかじっている人から見ると、何じゃこりゃーな感じ
です。
陛下が残念な人なのは仕様です。
修正情報
︱︱︱
'16/02/13
↓
−−−−−
︱︱︱︱
214
Lv.19︵前書き︶
この回でヘスペリア編を終わらせようとしたのですが、ちょっと詰
め込みすぎたので、キリの良いところで分割しました。
それでも普段通りの文字数なのは何故だろう⋮⋮
215
Lv.19
そもそも俺が此の世界に転生したのは、勿論元の世界で事故死し
たからと言うのも有るが、最大の原因は水の杜の主、ラディン・ラ
ホームグラウンド
ル・ディーン=ラディンのせいだと思う。
彼の棲み家に勝手に上がり込んだ俺も悪い︱︱とは言え無意識で
やった事なので、悪いと言えるかどうか疑問だ︱︱が、面白がって
ラディン
もてなしたラディンも相当問題だと思う。面白がった挙げ句、此の
世界に転生させたのは間違いなく彼だ。
何故こんな事を今更訴えるのかと言えば、目の前に居る巫女姫、
リディミルア様が俺の持つ加護をペロッとばらしたからだ。
幸いと言って良いのか、ライもルフトも離れた場所に居た為、加
護については聞かれていない。
ググレーカス
彼奴等なら聞かれても良いとは思うが、︻水の杜の客人︼は余り
聞かれたくない。ああ、後スキルの︻脳内情報検索閲覧︼も知られ
たくない。特殊すぎる。
いきなりの暴露に俺が警戒して一歩下がると、気配が伝わったの
か、巫女姫は慌てて取り成した。
﹁ご免なさい、いきなり言う事では無かったわ。あのね、貴殿方が
来る前に神託が有ったのよ﹂
﹁神託?﹂
﹁ええ、水の杜の客人が訪れるから遊⋮⋮相手をする様に、と﹂
巫女姫、今絶対﹃遊んで﹄って言おうとした。
﹁ソレは、その、ラディンから?﹂
俺の問いに巫女姫は曖昧な微笑みを浮かべた。要するにソレが返
事だって事だ。
216
だがしかし。
﹁其れと俺の加護やスキルを調べるのと、どう言う関係が?﹂
︱︱︱無いだろ。
思わず地が出たがもう知らね。
巫女姫は相変わらず曖昧に微笑み、俺の質問に答えてくれた。
﹁不思議だったのよ。貴殿方は朝早くに王都を出た筈なのに、此方
には昼過ぎに着いたでしょう? ︻水の杜の客人︼ならもっと早く
着くかと思っていたのよ﹂
﹁どう言う事だ?﹂
﹁迷いの森を抜ければ早く着いたのに、迂回したから遅くなったの
でしょう?﹂
﹁? 迷いの森は迂闊に入ると迷うから、迂回した方が良いと王都
で聞いたぞ?﹂
勿論俺も地図を見せて貰った時、疑問に思ったさ。
王都と皇都の間を結ぶ街道の途中、大きな森が有り、その手前で
道は二つに分かれていた。森を直接抜けるルートと、少し迂回する
ルート。
当然森を抜けると思っていたが、馭者の選んだルートは迂回する
方だった。
どうして遠回りを選んだのか訊ねると、馭者は迷いの森は迂闊に
入ると絶対に迷う。急ぐ旅なら迂回した方が早い、と言い切った。
地元民がそう言うのならそうなんだろう、と敢えて迂回路を選ん
だのだが、それが間違っていたと言う事か?
俺の疑問に困った様に巫女姫が頷く。
﹁確かに普通ならそれが当たり前なのだけど⋮⋮ああ、そうなのね。
クラウド殿下は他国の方だから御存知無いのかしら?﹂
﹁何をですか?﹂
何となく厭な予感がする。
﹁︱︱迷いの森は魔宵の森。旅人を迷わせる。悪意を持つ者を閉じ
217
込め彷徨わせ、善意の者は追い返される。森の深淵には何人たりと
も辿り着けず︱︱伝承ではこう言われているわ﹂
それは馭者からも聞いた。誰が入っても迷うなら、迂回しようと
言う事になったのだから間違いない。
俺が聞いているのを確認し、巫女姫は続けた。
﹁伝承には続きがあるの。聖王家と神殿にしか伝えられて居ない話
よ。︱︱昼と夜と竜と、雨と大地と風と炎と。彼等に愛されし者は
迎えられるだろう、森の主に︱︱﹂
ラル・ディーン ラディン
迷いの森の深淵を越えた場所、水の杜に迎えられる、と。
ラディン
﹁水の、杜の⋮⋮主⋮⋮?﹂
またか!!
ココ
あの人ちょいちょい俺の前に存在を匂わすと言うか、名前が出て
くるな!
然も本拠地、ヘスペリアかよ!! 確か水の杜って此の世界の何
処にも存在しない、何処にでも繋がる場所に在るって言ってなかっ
たか? そんな事は知らね? まぁ良い。
⋮⋮何か、脱力した。
つまりアレか。わざわざ迂回して皇都まで来たけど、俺の加護が
有れば迷いの森を簡単に通り抜けられたって事か。時間を無駄にし
たって事か。
落ち込む俺の気配に、巫女姫が気の毒そうな顔になっていたが、
ふと思い直す。
いや、時間は無駄にしていない。行きの馬車の中、俺と父は有意
義に過ごしていた。普段しない会話もしたし、何と言うか親子の絆
ポジティブ
みたいなものは高まったと思う。
⋮⋮無理矢理にでも肯定的に考えないと、ラディンの掌の上で転
がされている感が拭えない。
218
はぁ、と溜め息を一つ吐いてから、俺は巫女姫に訊ねた。
﹁⋮つまり水の杜は迷いの森と繋がって、迷いの森は選ばれた人し
か入れない、と言う事ですかそうですか﹂
いかん、自己完結してしまった。
幸い巫女姫は気付かなかった様で、俺の言葉に黙って頷くだけだ
った。
俺が落ち込んだのは、この方が悪い訳では無い。そしてラディン
も特別悪い訳では無い。俺が勝手に憤り、落ち込んだだけだ。
⋮⋮自分でも判っているが、ソレにしても何と言うか、遣る瀬無
さと言うか諦感と言うか、押し寄せる虚脱感は何なんだろう。多分
一生ラディンの掌の上だと気付いたからか。今も覗き見されて楽し
まれていると思うからか。
何時か再会する事が有ったら⋮⋮殴りたいな。
ライとルフト
俺と巫女姫の何とも言えない気まずい雰囲気を破ったのは、離れ
て待っていた友人二人だった。
﹁クラウド、巫女姫様と何を話しているの?﹂
﹁なぁ、陛下とお祖父様達が戻られるまで時間が有るんだろ? も
う少しこの辺の探険しようよ﹂
巫女姫に気を遣っているのか、恐る恐ると言う感じで話し掛ける
ライに対し、ルフトはすっかり飽きたのか、キョロキョロと周りを
見ながら話す。
二人の声に、巫女姫がハッとした表情をし、微笑みながら言った。
﹁気が付かなくて御免なさいね。御茶の用意がしてあるの、是非付
き合って、ね?﹂
正直取り繕わされた感が否めないが、丁度小腹も空いたので誤魔
化されてやろう、と思う。決して異国の菓子に目が眩んだ訳では無
い。
嘘です。目が眩んでました。
219
ヘスペリアに来てから驚いたのは、食事、特にデザート関連の豊
富さだった。
転生してから此方、特に食事関連で困った事は余り無い。
いや、和食派の俺には洋食ばかりの生活は少々厳しかったが、慣
れも有ったし味付けが悪い訳でも無いので、我慢出来ない程でも無
い。
⋮暴走して昆布だの煮干等の乾物を作ったりもしたが、アレは許
容範囲だ。出汁は文化だ。料理長も喜んでいたし!
だがデザート、甘味に関しては不満がある。
砂糖も生クリームも有るのに、何故ケーキが出ないのか。焼菓子
は有ったが、素朴な味わいの物ばかりで物足りない。素朴なのは嫌
いじゃない、寧ろ大好物です! だが食べられないとなると、逆に
食べたくなるのが人情と言うもので。
煎餅とか白玉団子は作ったが、ケーキ、特にデコレーションケー
キ等作った事は無い。
俺のスキル、︻脳内情報検索閲覧︼も未だ使い熟せていないので、
ケーキの作り方を調べても材料やら工程の部分がハッキリしない。
以前と言うか転生前に親しかった女友達から、洋菓子作りは理科
の実験の様な物だと聞いた事が有る。分量や工程を一つでも間違え
れば、失敗する。適当︵根拠の無い自信︶、目分量︵暴挙︶、余計
な一工夫︵愛情と言う名のテロ︶、其れ等全てが失敗の元だと教わ
ったので、俺は洋菓子に手を出すつもりは今の所無い。
煎餅と団子は偶々米粉が手に入ったので作っただけだ。作った事
も有ったし。
何時か小豆を手に入れて鯛焼きを作りたい。和菓子は味の調整が
俺でもなんとかなりそうなので、食材が手に入ったら挑戦するつも
りだ。
閑話休題。
220
エーデルシュタインでは素朴な味わいの焼菓子ばかり食べていた
俺にとって、ヘスペリアで饗されたイチゴと生クリームたっぷりの
スポンジケーキは驚きだった。俺だけでなく、父やフォル爺や他の
面々も驚きを隠していなかったので、初めて食べる味だったのだろ
う。
何故斯くも二つの国で食文化に違いが有るのかと言えば、ヘスペ
リアはやはり魔法発祥の地であった、と言う事だろうか。
今現在かなり普及している魔導具の殆どは、ヘスペリアが開発し
ウインディア
ている。各国で風土に有った魔導具を開発しているので、ウチでは
例えば鉱山で使用する掘削機がそうだし、風待国は風を利用した農
耕具がそうだ。
そしてヘスペリアはほぼ全ての魔導具を研究していたが、特に生
活用品を得意としていた。然も王立魔法研究院だけでなく、魔法使
センちゃん
いの塔やギルドとも連携し活用していたので、幅広く研究出来たそ
うだ。︱︱︱この辺は弟子からの請け売りである。
俺が思うに、他国よりも多くの魔導具を開発したのは、恐らく俺
の様な前世の記憶が残る転生者や、弟子の様に異世界から迷い込ん
だ者が手伝ったからなのでは無いだろうか。
その知識を生かし、手伝った若しくは中心になって開発に携わっ
たのだと思う。そしてかなりの確率でソレには日本人が関わってい
たと思われる。
だってさ、日本人の道具や食の拘りって半端無いし。若しも此の
世界の過去に、現代日本の便利さや知識を持った奴が居たら、少な
くとも自分の出来る事から変えていくと思う。
それは外国人でもそうなんだろうけれど、逆境時の日本人の開き
直りとタフさは他の追随を許さない⋮⋮と思う。
あと和を重んじて協調する所も有るしね。郷に入っては郷に従え
と言うか。
其れと、ラディンが日本人を気に入っている、と言う発言が有っ
221
た事も忘れてはならないと思う。
話が逸れたが、ヘスペリアでは他国に先駆けて最新の魔導具が出
回っている。
大国である事と魔法発祥の地であると言う利を生かし、様々な研
究開発が成され、それを知った研究者が集うと言う正のスパイラル
が起きている。其れに伴い魔導具を使いこなす人も多い訳で、自然
それらの恩恵を受け様々な技術やら何やらが他国よりも発展してい
るのだと思う。
砂糖と生クリーム自体が一般に出回っているのに、ホイップクリ
ームが出回らないのは、冷やす技術がそこまで無いからだ。
魔導具製の冷蔵庫が出回る前は、貴族等特権階級が氷室を使って
居たのが精々だろうか。庶民には先ず手に入らない。
その後、氷を使用した冷蔵庫が開発され、氷屋と呼ばれる専門業
者が出て漸く冷やす文化が生まれた。今も魔導具では無い、氷を使
用した冷蔵庫は庶民の間に流通している。
其れにとって変わろうとしているのが、魔石を動力源とした冷蔵
庫である。
今でこそかなり広まった冷蔵庫で有るが、元々魔石が高価だった
為、多くは出回っていなかった。其処で開発を重ね、少ない魔力で
も使える様にして、庶民にも漸く出回る様になった。多分その内電
子レンジ擬きが出回る様になるだろうな、と言うのは想像に難くな
い。
他国に先駆けて冷蔵庫が一般に普及し始めたヘスペリアで、冷や
して泡立てて作るホイップクリームが作られたのは、かなり早い段
階だと俺は睨んでいる。下手をしたらその為に冷蔵庫を開発したの
では? とまで疑ってしまうのは、仕方の無い事だと思う。
恐らくだが、俺の様な﹃元異世界人﹄が食文化に貢献したのは疑
い様の無い事だと思うが、保存する技術がその時々で追い付いて居
なかったのだろう。
222
搾りたての牛乳から生クリームを取り出す事は出来る。其処から
バターも作れるだろう。だが冷やす事が出来なければ長期保存は難
しいし、調理人が氷を用意したり魔法を使わなければ、泡立てて固
めるなんて事も出来ないと思うのだ。冬場の寒い時期なら可能かも
しれないが、季節限定の調理法等広まらないだろう。⋮⋮売る分に
は限定品は魅力的なんだが。
それが今は魔導具の冷蔵庫が普及し始め、調理法も幅が広がった。
そんな中、いち早く魔導具が広まったヘスペリアで、ホイップクリ
ームを使った洋菓子が作られるのも、無理がないと言うか自然な流
れと言うか、当たり前だろうと思う。
今回皇帝陛下の婚儀に合わせ、各国から使者や観光客が来て、魔
導具のみならず最新の料理を知ったからには、近い内に似た様な物
が食卓に並ぶだろう。いや、なってください。
エーデルシュタインで洋生菓子を食べる日は何時になる事だろう。
目の前に並べられたケーキやタルトを見て、俺はそんな事を考え
ていたのだった。
因みに食材やら魔導具が普及しているヘスペリアでも、日本人の
アキツシマ
心の友、味噌酒醤油は余り出回っていない。
秋津洲で作られ、それが僅かばかりも流通しているので、逆に積
極的に作る理由にならないらしい。
そもそも自家製造が可能なので、どうしても食べたければ自分で
作れば良い訳だし。⋮⋮俺もそうしようかな。
そんなこんなで巫女姫におやつを御馳走になり、中庭で暫く遊ん
でいると、父達が戻ってきた。
俺達の面倒を巫女姫が見ていたと気付き、恐縮する俺達の保護者
に対し、巫女姫はコロコロと笑い楽しかったと言って去っていった。
﹁クラウド、其方に限って無いとは思うが、巫女姫に失礼は無かっ
たか?﹂
223
尊敬すべき竜の友の末裔で、然も日々世界の安寧を願い、祈りを
捧げ信仰の対象でもある巫女姫に、敬意を表すのは当然である。
﹁⋮⋮ナカッタデスヨ?﹂
父の問いにカタコトで答えたが、別に嘘では無いと思うので、態
々サージェントに確認しなくても良いと思うんだ。
サージェントは俺の侍従兼護衛なので、当然側に控えてましたよ
? 他人の目が有るのに、そんなに失礼な事をする訳無いじゃない
か。
今一つ信用されないのは、普段の行いのせいだろうか。
224
Lv.19︵後書き︶
閲覧有り難う御座いましたwww
今の所、世界観とか各種設定の説明をしつつ、王子の成長を書いて
います。スロー展開で申し訳無い。
もう少ししたら、皆のお兄さんクラウドくん、に移行するかと⋮⋮
多分。
!!
'16/02/13
−−−−−
次回、他者視点はお休みでこのまま話が続きます。
修正情報
↓
−−−−−
‼
225
Lv.20︵前書き︶
人外再登場&初登場。
そして未だ続く⋮⋮。
226
Lv.20
神殿での用事も終わり、皇都で一泊した翌日。
渋る馭者を説き伏せ、迷いの森を抜けるルートを選んでみた。
木立に囲まれた森を通る道は、人通りが少ない割には整備され、
轍や草や石ころ等に悩まされる事もなく進んでいた。
キチンと道として機能しているのが不思議で、父に訊ねる。
﹁父上。人通りが少ない割に、道が綺麗ですが何故ですか?﹂
﹁ああ、この道は作られた当時は街道として機能していたそうだ。
だが迷いの森が範囲を広げて、街道を飲み込んでしまったと言う事
だ﹂
迷いの森の一部になる前は、頻繁に使われて居た為、踏み固めら
れた道が劣化しないように、状態維持の魔法陣が組み込まれている
そうだ。その為に魔法陣が壊されない限り、半永久的に使えるらし
い。
因みにこの魔法、王都の道にも使われている。馬車道は細かい砂
利が敷き詰められ踏み固められ、瀝青らしき物が使われていて、歩
道は石畳である。メンテナンスは魔法陣の確認と修復なので、所謂
土木系現場にも魔法使いは必要とされている。魔法使いの就職先が
結構雑多なのは吃驚だ。
流れる風景を良く見ると、丁度道の両端に当たる部分から草が生
い茂っている。逆に言うと、道に当たる部分のみが剥き出しの地面
が出ている。
真っ直ぐに延びた道を草が覆い隠さなかったのは、魔法陣のお陰
と言うが、どの位の年月を掛けて森が広がったのだろう。
これからも森は広がり続けるのかと不安に思ったが、森が広がる
原因が有ったらしく、原因が取り除かれた現在は森の侵食は無くな
ったそうだ。だが旅人を迷わせるのは続いている様で、迷いの森を
227
避ける道が現在の街道だそうだ。
其れにしてもこんなにハッキリと森と道が分かれていると言うの
に、迷うなんて有り得るのだろうか? 道に沿って行けば、迷い様
が無いと思うのだが。
俺の疑問に答えたのは、サージェントだった。迷いの森の噂は既
に耳にしていたらしく、危険が無い様に対処法を考える為、色々訊
いて回っていたらしい。侍従の鑑だ。
﹁我々が現在目にしている街道は、真っ直ぐ一本に延びていますが、
ひたすら
迷った者から話を聞いた所に拠ると、道を進むに連れ脇道や三叉路
が現れるそうです。然も誤った道を戻る事も出来ず、一向先へ進む
ただびと
しか出来ず、気が付いたら元の入口に戻っていたそうで御座います﹂
﹁徒人は元に戻され、悪人は森の中で迷い続ける、と言う事か⋮⋮﹂
俺の呟きに応じ、元の位置に控える。
結構えげつない呪いだな。
どう考えてもこれは﹃呪い﹄だ。誰が何の為に行ったかは知らな
いが、閉じ込める為か追い出す為か。迷いの森の中に何かが隠され
ている?
ラディンが居る筈の水の杜は迷いの森に在るそうだが、周知の事
実で隠されている訳では無い。第一水の杜に繋がる路は世界中に幾
つも在るらしいから、此処が特別と言う訳でも無いだろう。
ぐるぐると思考が廻るが、正解は呪いを掛けた本人にしか判らな
い。
考える事を放棄して、溜め息を吐いた瞬間、馬車がゴトンと揺れ
た。
﹁何事か!?﹂
今まで殆ど揺れを感じなかった馬車が、揺れたと同時に停まった
事に、同乗していた侍従二人が馭者に叫んだ。俺も気になり、閉ざ
228
していた窓を大きく開けて身を乗り出して前方を確認した。
﹁殿下! 危険です、御身を馬車の中に!!﹂
騎乗して並走していた護衛が、慌てて制止したので俺も直ぐ様体
を引っ込める。キッチリ何が起きたのか確認して。
先導していた二頭の騎馬を、一人の男が止めていた。手に剣を持
っていたが、冒険者には見えなかった。もっと野卑た雰囲気の、ギ
ラついた瞳をした男で、一言で言えば盗賊、の類いだと思う。
何故盗賊らしき男が独りで、迷いの森に居るのか。そんな疑問が
浮かぶ中で男が叫んだ。
﹁てッ、手前等その馬置いていきやがれッ!! 金もだ!﹂
⋮⋮何を言っているのだ、コイツは。
思わず父と顔を見合わせた。
盗賊が俺達を襲撃した事は判る。だが、たった独りで複数の馬車
が連なり、騎士が護衛について居る集団を選ぶ意味が解らない。
こんな人が通らない様な、然も一度踏み込んだら二度と出られな
いかもしれない森で襲う理由が思い付かない。
困惑する俺達だったが、男が闇雲に剣を振り回した所で護衛騎士
も漸く反応した。
正直盗賊風情に引けを取る訳が無いので、簡単にあしらっている
が、困惑しているらしいのは馬車からも判る。これが単純に多勢で
襲って来ていたなら、騎士達もあっさり返り討ちにしただろう。だ
が相手が一人となると、何故こんな事をしているのか、と言う事が
先立ち、対応も甘くなる。
それでも殺られるつもりは無いので、キッチリ反撃はしているの
だが。
必死になる男が焦れば焦る程、剣の扱いは疎かになっていき、終
いには剣を弾き返され飛ばされていた。
﹁クソッ! 何なんだよ!! 折角森から出られると思ったのにッ
229
! このままじゃアイツ等が来ちまう!﹂
狂った様に男が叫んだ。
︱︱︱アイツ等って何だ?
戸惑う俺達を余所に、男は訊きもしないのに次々と経緯を話し出
した。勿論その間に僅かに暴れる男を捕獲し、縛り上げる為に鞍か
ら荷物を取り出す。
この頃には危険が無いと判断したのか、馬車が進んで先導隊に追
い付いた。近くなったので男の呟きが良く聞こえる。
﹁⋮騎士団に追われて森に隠れたら、追って来なくて喜んだって言
うのに、今度は森から出られねェ⋮⋮。もう一週間も彷徨っている
内に、仲間は減っていくし⋮⋮何なんだよ、ココはあッ!﹂
最後に叫んで逃げ出そうとした所を、再度取り押さえる。
つまりコイツは他国から出稼ぎに来た盗賊団の一味って事か? はぐ
王都で犯罪を犯していた所を警備隊に追い立てられて、迷いの森に
知らずに入り込んで仲間と逸れて独りになった、って事だ。
﹁王都まで連れて行って、警備隊に引き渡しましょうか﹂
﹁悪意の有る者、だ。此方に被害が被らないか?﹂
﹁然し此のままでは⋮⋮﹂
男の処遇について意見が交わされる。
ぶっちゃけ俺の加護がどの程度効くのか判らないので、男を連れ
て行った場合でも迷わないとは限らない。その気持ちは判るが、置
いて行った所で寝覚めが悪い。
此処は意見が別れるだろうが、縛り上げているなら、昏倒させて
俺の馬車の荷台にでも積んで置けば良いんじゃないか? 意識の無
い者にまで影響する呪いなのか?
︱︱︱等と考えていると、何処からか咆哮が聞こえた。複数の獣
の叫び。
ビクリと周囲を見回して間も無く、藪から獣が飛び出した。
獣では無い、魔獣だ! と気が付くと同時に騎士達が動き、注意
230
が魔獣に逸れた事で男への拘束が緩んだ。
﹁ヒイイィィ! 出たあッ!!﹂
﹁バッ、バカか!﹂
縛られたまま男が走り出し、逃げ様としたが数歩も行かない内に
転ぶ。其れを見計らったかの様に、魔獣の一匹が飛び出した。
﹁ギャアアアアッ?!﹂
一匹が男を追い掛け、残りは俺達をぐるりと取り囲んでいた。馭
者は真っ青に震えていたが、魔獣に囲まれ暴れる馬を上手く手綱を
握り落ち着かせていた。
悲鳴を上げた男の方に視線を向けると、何時の間にかもう何匹か
増え、一匹は口に何か棒の様な物を咥えて居た。足下にはどす黒い
染み。
﹁⋮⋮ッ!﹂
目を逸らしたくなる惨状に声を失う。父が抱き締め、目を塞いで
くれたが遅い。
魔獣が咥えて居たのは男の腕だった。
既に肉塊となった男の体の下には血溜まりが有った。其れを魔獣
共が貪るように舐めとり、肉塊に齧り付いている。ゴリゴリと骨が
削られ、折れる音がする。
睨み合う騎士と魔獣が動かない事を確認し、後ろに付いていた筈
の馬車と騎馬を確認する。
見ると既に其方でも睨み合いは始まり、叔父とフォル爺や他の護
衛も武器を構えていた。見ると淡く光の魔法陣が描かれている。一
行に加わっていた魔法使いが結界を張ったのだろう。惜しい事に、
此方までは届いて居ない。
結界が張られていれば、彼方は暫く無事だろう。結界の周りをグ
ルグルと回りながら中を窺っているが、諦めたのか何匹かが此方に
駆けてくる。フォル爺が慌てて追おうとしたが、結界に阻まれて動
けない。彼方は彼方で何とかして貰おう。
231
︱︱︱問題は此方だ。
﹁グガアッ!﹂
一匹が飛び出した。
リシャールさんが薙いで吹き飛ばすが、クルリと回って着地する
と再び牙を剥いて襲い掛かる。
魔獣とは言えどうやら知能も低く、単純な攻撃しか出来ない様で、
今の所何とか凌げている。だが多勢に無勢と言うか、血の臭いに惹
かれて居るのだろう、次々と藪の向こうから新手が現れキリが無い。
このままでは此方の方が先に参ってしまう。いや、更に強力な魔獣
が出てきたらこのままでは一溜まりも無い。
何とかしないと、と思うが、何をすれば良い?
俺が出て何とかなるのなら、今直ぐにでも馬車から飛び出す。だ
が父に抱えられ護られている時点でそれは無理だ。余計に邪魔にな
ってしまう。
それでも何とかしたくて、リシャールさん達が傷付く度に、覚え
て間も無い回復魔法を唱える。
﹁クラウドッ、無理はするな! いざと言う時の為に力は温存しな
さい!!﹂
そうは言われても、出来る限りの事はしたい! 早く決着を着け
なければ、ライやルフトも危ない目に遭う。
何とかならないか?
目の前でまた一人傷付き、回復させる。有り難そうな、心配そう
な視線を向けられ、俺が足手まといだと気付かされる。こんなチマ
チマした回復魔法じゃ間に合わない。其れに先に魔力が尽きそうだ。
だけど。
やらなきゃもっとダメじゃないか!!
232
ふらつき始めた頭が考えたのは、ラディンの事で。
そうだ。今もどうせ俺を見て居るんだろう? 少し位⋮⋮。
グイ、と父の腕から抜け出し制止する声も聞かず、俺は窓から身
を乗り出して叫んだ。
﹁ラディン・ラル・ディーン=ラディン! 俺の事を覗き見してい
るんだったら、少しは手伝えッ! 其れともコレが、﹃客人﹄に対
する態度なのか!?﹂
俺の加護、︻水の杜の客人︼が機能しているのなら。俺は迷いの
森に客人としている筈だ。此処は水の杜に繋がる道、庭先なのだか
ら。
水の杜の関係者に便宜を図って貰えると言うなら、今、直ぐ! そうしてくれ!
思い切り叫ぶと、俺を狙って魔獣が唸りながら飛び込んできた。
食い千切られる、と思った瞬間、目端に白い影が映った。
それと同時に咆哮。
先程聞いた禍々しいものでは無く、力強い勇気の沸く叫び。
白い影が動いた方向に目を走らせると、俺に襲い掛かろうとして
居た魔獣が、引き倒されて絶命していた。その傍らには真白な獣。
金に光る双眸をチラリと俺に向けてから、空に吼えた。
︱︱︱オオォォォン
﹁ギャイン!﹂
﹁ギャアアアアッ!﹂
咆哮に脅えた魔獣が後退り逃げ様とした所で、白い獣が跳んだ。
233
喉笛を噛み、魔獣の体を振り回す。まるで猫が遊んでいる様で︱
︱︱
咄嗟に思ったのは、以前出逢った青龍の事。此の世界に四神が存
在するなら、白い毛並に縞模様。どう見てもアレは虎だ。
﹁⋮⋮白虎?﹂
白い虎は白虎に違い無いだろう。只の獣にしては、醸す雰囲気が
神々し過ぎる。
大きな躰で魔獣を次々と倒していく様を目で追い掛ける。
新たな敵が現れたと思った護衛の者達は、俺達に一切手を出さず
魔獣だけを狙う姿を呆気に取られて見詰めていた。
﹁⋮⋮やれやれ、西の虎め。遊び始めたか﹂
いきなり近くで聞き慣れない、だが聞いた覚えの有る声がしてぎ
ょっとする。慌てて振り返ると、何時の間にか一人の少年が馬車に
乗り込んでいた。
見覚えの有る水干姿。
﹁せ、青龍?﹂
﹁また逢うたの、幼子﹂
苦笑気味の神獣が俺に挨拶した。
234
Lv.20︵後書き︶
閲覧有り難う御座いましたwww
おかしいなぁ、何で続くんだろう?
!!
'16/02/13
−−−−−
取り敢えず世界観やら何やらの説明が先なので、後暫くお付き合い
ください。
修正情報
↓
−−−−−
‼
235
Lv.21︵前書き︶
色々説明するよー。
236
Lv.21
いきなり現れた青龍に戸惑っていたのは俺だけでは無かったが、
不審者として攻撃される事は無かった。
敵と認識するには青龍の持つ気が清浄過ぎたし、彼が現れた途端、
馬車に結界が張られ、それと同時にパタパタと父やサージェント、
更には表で戦っていた筈の護衛たちまで眠る様に倒れたからだ。
驚く俺を尻目に、青龍は俺の減ってしまった体力を︱︱魔力を使
い過ぎると防御反応として体力が減る。体力が減り過ぎると、今度
は昏倒して無理矢理体を休ませる︱︱倒れない程度に回復させた。
﹁扨も。斯様な状況で再会するとは思わなんだが、客人に仇為す者
共はそろそろ片付いたであろうよ。幼子の叫びは吾の主にも響いた
と見える。珍しくも吾等二神を寄越す程度にはの﹂
クツクツと笑う青龍が馬車の外を顎で指す。見れば確かに魔獣は
一匹残らず居なくなっていた。残された白い虎がゆっくりと此方に
まろうど
近付く。
﹁客人よ、怪我は無いか?﹂
低い唸り声にも似た問い掛け。
思わず背筋をピンと伸ばし、助けてくれた礼を言うと、喉を鳴ら
して目を細める。
⋮うん、やっぱり只の獣じゃ無い。仕種が人間的だ。
﹁色々問われるのも、煩わしい故、仲間を眠らせたが悪かったの。
説明は後で其れと流して貰えるか﹂
﹁それは構いませんが、どの位で気が付きますか?﹂
﹁吾等が去れば直ぐにでも。何なら王都近くまで送ろうか?﹂
意外と太っ腹な申し出に頷きかけたが、辞退した。気が付いたら
知らない場所に居た、では父達が驚くだろう。⋮第一かなり早い段
階で眠らされた父達が、白虎や青龍を認識していたかどうか怪しい。
237
敵では無い程度には認識していただろうが、神獣だと判ったかどう
だか。
四神と言う存在は、俺に前世の知識が残っていたから知る事であ
エレメンタル
って、此の世界にそもそも四神なんて認識されてるのか? と思う。
四精霊ならまぁ判る。
ノーム
ウンディーネシルフ
西洋文明そのままの様な異世界で、魔法も存在する此の世界、精
サラマンダー
霊の存在は当たり前に認められている。当然﹃地﹄﹃水﹄﹃風﹄﹃
火﹄そのままの名前では無いが、魔法を使う者には重要な存在でも
ある。契約精霊ともなれば、強力な魔法を使う事も出来るので、よ
り強い精霊と契約を希う魔法使いは跡を絶たないが、気紛れな彼等、
特に高位精霊ともなると契約は難しい。
そう言えば俺の弟子、センちゃんは精霊と契約していた。︻精霊
の愛し子︼と言う加護を持っているらしいが、どんな精霊と契約し
ているか、一度訊いてみるか。
そんな事をボンヤリ考えていると、青龍が﹁訊かぬのか﹂と訊い
てきた。
何の事やら判らないので、素直にそう問うと何故か笑われる。
﹁豪気な事よな。だから主に気に入られる。訊かぬと言うのは、何
故主の庭先、迷いの森に魔獣が現れるのか、と言う事よ﹂
﹁⋮魔宵の森だから?﹂
﹁ブフォ!﹂
誰かが噴いた。この場で誰かと言ったら、青龍か白虎なんだが、
ひとがた
窓の外から此方を覗く青年は誰だ。⋮状況から考えて白虎だろうと
は思うが、いきなり人形にならないで欲しい。吃驚した。
青龍と違って白虎は中華風の衣装だった。だが、簡易的な騎士服、
と言われればそう見えない事も無いので、人形ならば余り目立たな
いだろう。服だけなら。
何で此の世界、美形ばかりなんだ。白虎も例に漏れず美形だった。
238
野性的で逞しい、精悍な美青年。そう言えば青龍も美少年だ。ちょ
っと某神隠しなアニメの神様みたいな感じ。
うぬ
﹁⋮⋮四神の皆さんて美男子ばっかりデスカ?﹂
﹁訊くに事欠いて其れか。面白いな、汝は﹂
にょしょう
豪快に笑われたが、気になったのだ、仕方無い。
﹁⋮⋮朱雀と玄武は女性の姿よ。美形なのは違い無い﹂
若干呆れられた気もするが、青龍が答えてくれた。⋮美人のオネ
エサマなら、俺も野郎よりはソッチが良かった。
俺の考えを読み取ったのか、軌道修正を図りたいのか、先程の話
を続ける。
﹁迷いの森は、水の杜に繋がっておる。だが、それ以外にも色々と
繋がっているが、その一つが魔獣が産み出される魔界よ。時折繋が
っては、こうして魔獣が溢れ出る﹂
﹁世界中に点在する迷宮は、魔界と繋がる道。魔界の王も増える魔
獣は減らそうとしているが、其れも限度が有る。溢れた分は人界で
何とかしてくれ、と言うのが彼方の言い分だ﹂
驚いた。魔界の王って事は魔王、だよな? だけど今の言い方だ
と敵対している感じは無い⋮⋮?
俺が余程不思議そうな顔をして居たのか、補足が入った。
﹁魔族は人族には敵と捉えられて居る様だが、其はごく一部の悪堕
ちした者共よ。低級魔族程悪堕ちし易い。時偶に王自身が悪堕ちす
るが、滅多に有る事では無い。魔族の多くは魔界で暮らし、産み出
される魔獣と闘う事を生業としている、魔力が人族よりも多い、其
れだけの存在よ﹂
あれら
﹁悪堕ちした一部と言いますが、魔族に襲われる話は結構聞きます
よ?﹂
﹁魔族が一体どの位居ると思っている? 確かに彼等は人界で悪さ
をするが、同じ程度には人族も魔界で魔族を蹂躙する。同じ事よ﹂
其れを言われると。
討伐目的で魔族を倒しに行く冒険者の話は、物語としても語り継
239
がれるが、魔族側から見れば勝手に仲間を殺す悪人かもしれない。
いや、魔族が何もしていなければ確実に悪人だ、コレ。
良く聞けば、魔族=悪、と言う図式は冒険者の間では一般的では
無いらしい。魔族を仲間にする冒険者も居るとかで、俺の中の常識
が覆される。
ただ、敵対していた事も確かに有るので、為政者にとっても明確
な悪が有れば、其れを理由に国民の視線を貴族や王族から逸らす事
つくづく
が出来る為、噂は修正されない様だった。
熟残念な話だ。
そもそも魔族は青龍も説明していたが、魔力が多い。その原因は
魔界に生じる魔素と呼ばれる魔力の源みたいな物を、常に体内に取
り込んでいるからだ。但し魔界の魔素は非常に濃密で、瘴気とも呼
メタモルフォーゼ
ばれる通り、普通の人間であれば瘴気に当たって命を落とすか、魔
に侵されて人外に変身する。瘴気に当たらない様にするには、初め
から守りの護符を持つか、魔力耐性を高くするか、そもそも近付か
ないか、だ。
魔界と繋がる場所に魔獣が涌くのは、勿論魔界から来るものも少
なく無いが、此方の生き物が魔界から漏れてくる瘴気に当てられて、
と言うのが一番である。
因みに魔界の住人は魔王以下、公爵やら伯爵やらと魔力の高い連
中が貴族として魔界を治めているそうだ。人界の貴族制と然程変わ
らない。変わるのは、純粋に魔力の多さ、純度の高さが爵位と同義
で地位も変わる事。爵位は血統では無く魔力による。だから爵位を
持つ魔族の後継者は魔力の高い者が集められ、その中から選ばれる。
魔力が多ければ多い程、純度が高い程、瘴気に対する耐性が強い。
そして一番重要な点は、決して魔族は好き好んで人間と対立する
存在では無い、と言う事。人間を糧とする淫魔や吸血鬼なんてのも
居るが、ほぼ大多数の魔族は魔界で魔獣との闘いに明け暮れている。
闘う事を至上の悦びとする魔族は、際限無く瘴気に因って産み出さ
240
れる魔獣との闘いで手一杯で、そもそも彼等より弱い存在の人間等
歯牙にも掛けない。
人間を襲う魔族は少なく無いが、彼等は瘴気に当てられて理性を
無くした、言わば魔獣の様な存在だ。
︱︱︱と言うのは、帰国してから知った事実である。二神から一
応軽く説明はされたが、この時は理解が追い付かなかった。魔法院
で色々聞き回って知った話なのは余談である。
﹁所で幼子。汝は客人、森での不始末の詫びをせねばなるまい。何
を求む?﹂
﹁ゑ、助けてくれて其れで充分だが?﹂
思わず地が出たが、気にしていない様だ。⋮⋮だったら俺も敬語
いとけな
とか気にしないで話した方が楽か。
﹁欲が無いのぅ? まあ稚き子供では無理からぬ事か?﹂
フム、と二神が顔を見合わせる。
今言った通り、呼び掛けに応じ此の場を助けてくれたので、特に
希望は無いのだが、向こうから言って来たのなら無い事も無い。
﹁なあ、ラディンの関係者なら俺が転生した理由を聞いてるだろう
?﹂
俺が転生した理由。
︱︱︱努力した結果が欲しい。頑張れば頑張っただけ、見合う力
や能力が欲しい。そんな願いを承けてラディンが呉れたスキルや加
護。
今まで其れなりに頑張ったつもりだが、今回初めて魔獣と対峙し
て思ったのは、俺には未だ力が全然身に付いていない、と言う事だ。
何も出来ず︱︱回復魔法位は出来たが、魔力が足りずに倒れそうに
こまね
なった︱︱役に立たないのを肌で感じた。
弟子から貰った魔剣も使えず、手を拱いて見ているだけなのは悔
しすぎる。体格的に護衛の邪魔になるだろう事は想像出来たが、魔
法も協力出来る程の力が無い事が残念で。
241
だから願った。
﹁誰かを護れる力が欲しい。大切な人を、この手で護りたい。教え
て欲しい、どうしたらもっと強くなれる?﹂
﹁︱︱︱ならば対価を﹂
口角を上げた二神から凄まじいまでの魔力が噴き出る。
対価? 俺が彼等に与えられる物? 何が、有る?
俺自身が捧げられる、対価となるもの。彼等が満足する対価って、
何だ?
グルグル思考が廻るが何も思い付かない。だって、今の俺の持っ
ている力は対価にはならない。其れ以上の力を求めているのだから。
だが、俺の身分は更に対価に相応しくない。俺は王子に産まれただ
けで、努力して就いた身分では無いのだから。
何を以て対価とするか?
そんな事を考えて、相当情けない顔をしていたのだろうか? ま
たもや白虎が噴き出した。
﹁意外と真面目よな。汝の年齢で対価など、大したもの等無い事は
知っておるわ。有るとしたら、汝の記憶と言いたい所だが、さすれ
ば汝では無くなるわ﹂
﹁済まぬ、試した﹂
ヽヽヽヽ
悪びれもせず謝られても却って困るが、と言う事は、どう言う事
だ?
﹁其方は客人、客はもてなすが礼儀よの。見た所其方やっとうはそ
こそこいける様だが、魔法は未だ未だの様だの?﹂
﹁剣術は前世で叩き込まれたからな。魔法は国の筆頭魔導師に教わ
っているが、其れだけでは駄目なのか?﹂
242
﹁筆頭か。ならば焦らずとも教わる内に力は身に付く。其方が望む
のは努力の結果であって、今直ぐの事では無かろう﹂
少し考えて頷く。
確かに力が欲しいと願いはしたが、身に剰る程の、傲りかねない
力は要らない。少しづつ、実力を実感してこそ価値が有ると思う。
俺がそう告げると、二神は微笑んで俺の頭を撫で回した。
﹁汝は既に充分強い。同じ年頃の子供では歯が立たぬ程にな。だが
其処で傲れば其れまでよ。努力を忘れねば、未だ強くなる。それこ
そ望み通りにな﹂
﹁今力を渡すのは容易い。だが其れは今の其方の身に剰る。だから
力そのものでは無く、元となるものを其方に贈ろう﹂
青龍の掌にフワリと小さな光が浮かぶ。蛍の様な細やかに明滅す
る光は、そのまま俺の許に漂いスルリと胸の中に入って消えた。
驚いて光が消えた場所を押さえると、温かい何かが胸に広がる。
﹃何か﹄が何かは判らないが、厭なもので無い事は確かだ。
﹃特殊スキル︻龍王の癒し︼を得ました﹄
﹃︻折れない心︼を得ました﹄
さき
何時もの間の抜けた効果音と共に、脳内に流れた獲得スキル。
あれ? コレ今の光のせいか?
戸惑う俺に青龍が説明してくれた。
﹁其方に必要なのは、強い心よ。この将来挫ける事も多々有ろうが、
心さえ強く持っていれば迷う事も無い。⋮尤も元々かなり精神は強
い様だがの﹂
﹁ありがとう⋮⋮。所でこの特殊スキルって⋮⋮?﹂
﹁同等とはいかぬが、吾の癒しの力を使える。人の子の使う癒しの
術とは違う故、バレぬ様にな?﹂
悪戯っぽく笑う青龍だが、それってひょっとしなくても、俺の身
に剰る能力なんじゃ無いか?
243
いま
﹁何、大事無い。使い所を間違えねば善い話よ。其れに現在は未だ
ろくぼう
使えぬ。其れこそ努力せねば、な?﹂
﹁何だ緑芒、随分と客人を気に入っているな? 珍しい﹂
﹁西の虎、余計な事を言うで無い。其れよりお主も詫びの代わりに
何かせい﹂
﹁照れる緑芒も珍しいな。では我からはその珍しいものを見せて貰
うた礼も兼ねて、コレでも遣ろう﹂
そう言った白虎から、懐から取り出した物が渡された。
何だコレ? と見るとどうやら魔法書の様だった。
ルーン
パラパラページを捲ると、始めの方は結構呪文の解説やら詠唱の
仕方、魔法陣の組み方等が魔法語で書かれていたが、途中からは白
紙だった。透かして見ても、何も書かれていない。厚さの割に薄い
内容である。
不思議そうな俺の顔が面白いのか、白虎はニヤニヤしながら言う。
﹁其れは今の其方の能力に併せて読む魔法書よ。読む頁が少ないの
は、能力が足りていない証。力が着けば自ずと読める様になる﹂
﹁ありがとうございます⋮⋮﹂
うはぁ、自己管理キター。マジに有り難いが、全部のページが埋
まる日は来るのだろうか?
然し何だかんだで嬉しいのは確かだ。その証拠に俺は貰った魔法
書を抱き締めているし、頬がどうやら弛みっ放しの様だ。二神が微
笑ましそうに俺を見ている。
と、突然白虎が笑いながら俺の頭を撫で回した。
﹁何だコレ、可愛いな! 主が気に入るのも判るわ!﹂
﹁西虎、その様に乱暴に扱うては、幼子の頸が捥げる。程ほどにせ
い﹂
⋮どうもこの二神の関係も微妙だ。見掛けだけなら白虎の方が年
嵩だが、立場は青龍の方が上と言う事か? 良く判らない。
﹁さてと。そろそろ我は往くぞ。緑芒、伝言は有るか?﹂
244
俺への詫びとやらは終わったのだろう。突然白虎が神獣の姿に戻
り、青龍に話し掛けた。と言うか先程から気になっていたのだが、
﹃緑芒﹄って青龍の名前だろうか。
﹁特には。⋮蒼き狼星に余り無体はするな、とだけ﹂
﹁其は無理であろうて。二度目の蜜月、浮かれておるに決まってお
るわ。まぁだからこそ邪魔をしに行くのだがな﹂
﹁幾ら吾等が契約主とは言え、そう頻繁に行くものでは無いぞ? 吾等四神、本来ならば契約どころか、人界に顕現するのも稀だと言
うに、其方はしょっちゅうセンに逢いに行く。自重せい﹂
﹁火の二人よりはマシよ。ではな。縁があればまた逢おう﹂
最後の台詞は俺に向けたらしい。慌てて再度礼を言って別れる。
何とも慌ただしい事で。
然し今の会話で看過出来ない事が有った。
初め気が付かなかったが、コレから白虎は誰かに会いに行くらし
い。青龍が言った、﹃蒼き狼星﹄がヒトなのか獣なのか、彼等の仲
間なのかは判らないが、二度目の蜜月︱︱ハネムーンと同義だが、
旅行するより家で閉じ籠る方が一般的だ。日がな一日ベッドで過ご
していても、許される期間である。新婚だから、と言う理由で︱︱
で浮かれていて、どうやらそれが青龍達には面白く無い様だ。更に
言うなら、四神は誰かと契約を交わしている様で︱︱︱センって、
まさか、えーと?
﹁青龍、契約主ってラディンとは違う⋮⋮の、か?﹂
ラディンラディン
恐る恐る訊いてみる。
﹁主は主よ、隠した所で何れ判る話か。吾等四神、そして四精霊の
王の契約主は吾等が愛し子、千里よ﹂
さらりと重大発言かましました、青龍サン! て言うか、弟子ー
ー! お前、何ちゅう存在と主従契約交わしている!! 四神だぞ
? 神様の眷族だぞ?! 四精霊って、おい。⋮そう言えば鍛冶屋
で精霊の力を借りた時、やたらと炎の勢いが凄かったが、ソウイウ
事?
245
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮。
二度目の蜜月、の意味は判らないが、蒼き狼星が皇帝陛下の事だ
ろう、と言うのは何となく判った。うん、無体はするなとか、邪魔
しに行くって言う気持ち判るわー。皇帝陛下ってば弟子にメロメロ
︵死語︶だったもんね。ハハハ。
︱︱︱って、現実逃避したくなる俺の気持ちはどうしてくれよう。
何だろう、直接チートを望まなかった俺の周りがチート過ぎる。
若しかして、初めからチート貰って更に上を目指した方が良かった
んでは。
⋮⋮いや、人間初めから楽しちゃ駄目だ。堕落する。そう思おう。
その後。
青龍も去って父達が意識を取り戻した時、魔獣から助かった理由
は韜晦していた俺からでは無く、四神の存在を知っていた馭者から
説明された。何でも暫く前に皇帝陛下の伴侶が決まった時に、王都
に現れ反対勢力に対して色々やらかしたらしい。主に悪辣貴族に対
して。
勿論普通に平和に暮らしていた庶民には何の影響も無く、寧ろ﹁
八聖様と契約している皇妃様スゲー﹂ってなった様である。因みに
八聖とは、四神と四精霊の事らしい。
で。
俺はと言えば王都に戻った後、弟子の所に押し掛け︱︱実は未だ
離宮に滞在していた︱︱寛ぐ皇帝陛下を無視して弟子に一頻り文句
を言い、疾うに到着していた白虎にも愚痴り、お詫びにとモフらせ
て貰った。
246
そして緑芒とは青龍の名前かと確認した所、白虎がそう呼んでい
るだけで、どうやら各々好き勝手に名前を付けていた様だった。
精霊との契約も、名前を付ける事から始めるので、それと似た様
なモノか、と納得する。
俺も喚びたければ好きな様に呼べ、と言われたので絶賛考え中で
ある。
247
Lv.21︵後書き︶
閲覧有り難う御座いましたwww
魔族についてちょっと説明したかった。未だ説明しきれて無いが。
人間を糧とする魔族は、糧が無くなっては大変なので滅ぼそうとか
思っていません。養殖は過去に行った事が有りましたが、品質に問
題が起きたため、天然物が一番と言う結果に落ち着きました。
余談ですけどね。
Lv.0にてチラッとラディンが言ったと思いますが、彼自身が魔
王だったりその補佐だったりして、世界に干渉する事は有ります。
皇帝陛下は結婚前に一度蜜月を過ごしています。消化不良で不満が
!!
'16/02/13
−−−−−
有ったので、もう一度やるぞ! と言って決行しました。更に余談、
でした。
修正情報
↓
−−−−−
‼
248
Lv.22︵前書き︶
漸く帰国しました。
少々幼児としては不適切な発言があります。
249
Lv.22
さて、何やかやで俺も五歳である。月日の経つのは早いもので、
百代の過客何チャラ、と詠った俳人が居たが、そんな心境にならな
くもない今日この頃である。
おこな
ヘスペリアから帰国して、真っ先に俺が行ったのは、可愛い弟に
会いに行く事であった。勿論母にも会いに行った。
二週間ぶりの母は二児の親とは思えない可憐さで、やはり久し振
りで色々溜め込んでいたらしい父に捕まり、早々に寝室へ消えてい
った。
父上、余り無体はなさいません様に。
仲善き事は美しき哉、と言う訳で両親の事はさておいて弟だ。
二週間ぶりの弟は昼寝中、と言うかまぁ何時も寝ているのだが、
肩透かしを喰らった気分である。
しかし寝顔も可愛いので、まあ良いか、とじっくり見ていたら、
パッチリと目を開け、俺を見た。
おお、久し振りの対面! と喜んだのも束の間、弟はみるみる表
情を曇らせ泣き出してしまった。
人見知り、されてしまった。
ショックで肩を落とす俺を周囲は慰めてくれたが、考えてみれば
当たり前だ。
日々成長する弟が、二週間も離れていた俺を忘れても無理はない。
250
寧ろ覚えていたら褒め称え、崇め奉るぞ俺は。
だがそう思って気を取り直した俺に、無慈悲な鉄槌が下る。
な、ん、で、父上の事は覚えてるんだよ!
俺の時の様なギャン泣きではなく、僅かに眉根を寄せて瞳を潤ま
ナニー
せたが、抱き上げあやされれば直ぐに機嫌を直して笑いやがった。
何だこの差。顔か、顔の差か?
余程俺が不満げな顔をしていたのか、乳母が種明かししてくれた。
俺達が不在の間、弟をあやす度に父の肖像画を見せていたそうだ。
肖像画。と聞いた途端、父の執務室に突撃した。
カンバセイション・ピース
﹁父上! 家族の肖像、直ぐに取り掛かりましょう!﹂
突然の事に驚いた父と宰相に宥められたが、無事家族の肖像の手
配は出来た。これで俺が不在の間、少しはマシになる。筈。
何故俺が弟に覚えて貰おうと必死かと言えば、五歳になったら前
倒しで学校に通う事になっているからだ。
本来ならば六歳からの入学なのだが、王族が学校に通うとなると
警備の問題やら講師陣やら、果ては学友関係まで色々調整しなくて
はならないらしく、それならいっそ身分を隠して一年前倒しで入学
させちゃえよ、と言う事になったのは記憶に新しい。それにそうす
れば調度俺の腹心候補と言うか、既に友人だがライとルフトと同じ
学年になり都合も良い。
俺としても普通に庶民として、とは言わないまでも王族としてで
おもね へつら
は無く学校に行きたかったので、断るつもりは無かった。正直に言
うなら身分に阿り諂う様な奴より、喧嘩を吹っ掛けてくる様な奴が
良い。勿論身分を嵩に懸かっての喧嘩は駄目だ。好敵手としての喧
嘩である。
251
そうして前倒しの入学は納得したが、此処に来て弟である。
たかが二週間、会わずにいたら人見知りした弟だ。今はしょっち
ゅう会えるお陰で、再び俺に懐いてくれたが、学校に通い始めたら
どうなる事か。また忘れられては堪らない。
そんな訳で肖像画だ。それを見て少しでも俺の事を覚えていて欲
しい兄心を、誰か判ってくれ頼む。
何故俺が此処までするかと言えば、察しているだろうが、新たに
作られた学校は、警備の観点から全寮制となってしまったからだ。
身分を隠して入学する俺も当然入寮する。
寮に入ったら帰れるのは週末や長期休暇位で、会わない期間の方
が多いのだ。俺が必死になるのも無理は無いと判って欲しい。
まあ貴族子弟が通う事を前提としているので、幼い子供が親元を
離れるのは教育上どうこう、と言う話は出ない。
基本貴族は親子関係が希薄になりがちだ。何せ政略結婚が多い為、
結婚後は後継ぎさえ出来れば不干渉、と言う夫婦も多い。当然その
子供も乳母や家庭教師に任せきり、と言うのも多いので、寧ろ六歳
にもなって一人で寝られない等と言う奴は居ない。
⋮⋮多分。
一人で着替えられない奴は居るので、使用人は連れて行ける、ら
しい。
家族関係に否定的な事を言ったが、勿論そう言う冷えた家族ばか
りでは無い。俺の両親の様に、熱愛中な夫婦も居るし、夫婦仲はと
もかく、子供とは良い関係、と言うのも有る。
それでも子供は幼い頃から一人寝が基本だ。個人主義と言うか自
主性を重んじると言うか、この辺りは西洋っぽいなー、と思う。因
みに庶民は家が狭いせいも有るからか、川の字になって寝たりする
らしい。勿論この﹃川の字﹄は日本語的比喩だ。此方の世界では、
枝を並べた様に、と言う。見たまんまだ。
ともあれ学校の事に話を戻せば、何せ出来たばかりの学校で、不
252
確定要素は多い。若しかすると一年運営して無理だと判断されて閉
校、と言うのも考えられる。そうならない為にも、不祥事は起こし
たくない。出来るだけ静かに過ごそうとは思う次第だ。
聞いた所によれば、学校は週五日、所謂月曜から金曜まで午前二
時間、午後三時間。昼休憩に二時間を挟み計七時間が充てられ、六
日目土曜は午前三時間のみ授業がある。七日目日曜は休み。六日目
の午後から一日半休みとなる訳だ。
出来ればその日は城に戻って弟と遊びたい⋮⋮と思っていたら、
強制的に城で学校では教われない、帝王学やら王家の仕来りなんか
を学ばなければならなくなった。俺の体が保つだろうか? 心配で
ある。
ヴェスペロディマ
フラィメディマアクヴォディマヴェントディマトンドルォデテ
ィッ
マルォディマルゥモディマ
因みに曜日の事を所謂、と前置いたのは呼び名が違うからだ。
リディミルア
月曜は闇竜、以下順に、炎竜、水竜、風竜、雷竜、地竜、光竜と
なっている。
ヘスペリアで巫女姫様に、迷いの森の伝承について教えて貰った
が、その時に出たフレーズ。
︱︱昼と夜と竜と、雨と大地と風と炎と。彼等に愛されし者は迎
えられるだろう、森の主に、迷いの森の深淵を越えた場所、水の杜
に迎えられる︱︱
つまりは四精霊と、光と闇の眷族、つまり神族と魔族だろうか。
それに竜。彼等に認められた者が、迷いの森を抜け水の杜に行ける
と詠っている。
そんな存在がそのまま曜日の名称の元となっている。多分創始の
竜の友の伝説、其処からだろう。
それを考えると、ひょっとしたらその頃からラディンと言う存在
は有ったのだろうか、と思う。見た感じは二十代半ばだが、あの人
253
年齢不詳過ぎる。⋮⋮四神と四精霊の主だって言ってたしなぁ⋮⋮。
余り深く考えるのは止めておこう。うん。
閑話休題。
帰国してからはかなり忙しかった。何せ行事が目白押しだ。
冬至を祝う降雪祭は魔法研究院総出で天候の確認をし、当日に雪
をベストタイミングで降らせ、新年祭に向けての準備に取り掛かる。
降雪祭は冬至の祭なのだが、何故かクリスマスの様な飾り付けが
されている。常若の緑、生命の赤、希望の星。其れ等を自由にアレ
クリスマス
ンジしてリースを作ったり、家の飾り付けをしている。
初めて知った時は、﹁くいしゅましゅか!﹂と回らない舌で叫ん
で、どうもテーブルに並んでいたご馳走に興奮していたと思われた
のか、にこにこ笑う両親と乳母に給仕された覚えがある。
ひとつき
騎士団の方は閏日の調整で出来た休日︱︱一週間は七日、四週で
一月なので普通に考えれば一ヶ月は二十八日なのだが、実は三十日
だ。そして十二ヶ月で一年だが、一年は約365日。余った日数は
年末に閏日として換算され、その日は休日とされている。新年に向
けての予備日で、閏日晦日迄に新年の買い出しや掃除などをする︱
リ
︱で浮かれる街の警備に駆り出され、死ぬほど忙しい。一般騎士ど
ビングデッド
ころか、近衛騎士まで駆り出された。お陰でリシャールさん達が生
ける屍みたいになっていた。
そして新年明けて、王族は更に忙しい。
新年祭で全ての国民に向けて言祝ぎ、出仕した貴族達と挨拶を交
わし、三日連続で舞踏会。三日間全て出席するのは王族と公爵、幾
つかの名門の伯爵家位である。その他は会場の都合上、交代で出席
している。
そして俺は五歳になった、と言う事で初めて⋮⋮では無いが、公
式行事に王子として参加する。
五歳になった貴族子弟を集めての園遊会、昨年はこれでライとル
254
フトに会ったんだよなぁ、と感慨深く思う俺は、何故か今現在ベッ
ドの中である。
⋮⋮風邪を引いたんだよ、悪いか。
ああ、これで自己管理の出来ないダメ王子の烙印を捺される⋮⋮。
熱に浮かされながらションボリする俺を、マーシャやメイアが看
病してくれているが、気分は一向に浮上しない。
水分を補給し汗をかいたら着替える、と言う事を繰り返して漸く
熱が下がり、料理長が作ってくれたお粥を現在啜っている。
以前昆布と煮干しを渡して以来、すっかり出汁の虜になった料理
長から、食欲が無くなった俺に何か食べたい物は無いかと訊かれ、
リクエストした。勿論レシピ付きだ。
米は実はヘスペリアから帰国する際、弟子が餞別にと渡してくれ
た。味噌と醤油も、である。流石同郷。察しが良くて何よりである。
喜びの余り抱き付こうとしたら、皇帝陛下に阻まれた。本当にアノ
ヒト嫉妬深くて大人げない。
ああ、それにしてもお粥が旨い。弱った胃に染み渡る。
ポリッジはダメだった。胃に来た。何で病人食なのにあんなにく
どいんだよ。⋮⋮元気な時なら旨いんだが。
取り敢えず俺も快方に向かい、ベッドの中で入学する準備を進め
る事にした。まあ準備するのはマーシャ達であって、俺はその確認
だけなんだがな。
余談だが、治癒魔法は風邪には効かない。と言うか、悪化する。
基本、治癒魔法は細胞を活性化させて治癒力を高めるので、傷や
痛みには非常に効く。高位術者であれば失った体の一部も再生出来
るらしい。⋮⋮非常に言いにくいが、オンナノコのイチバン大切な
モノ、なんかは事後直ぐに治癒魔法を施すと、簡単に再生するらし
い。それどんな乙女詐欺だよ。
﹁初めてなの、優しくしてね?﹂なんて言われても、実はユルユル
255
で初めて所か達人だったりするんだよな? それなのに男ってバカ
だから、コロリと騙されるんだよね?
⋮⋮⋮⋮オンナノコ怖い。
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ではなく。
とにかく細胞を活性化させて再生までする治癒魔法だが、風邪や
食中りには効果が無い。食中りは腹痛を和らげる事は出来るが、其
れは治療と言うより、痛みの感覚を取り除く方だし、熱に至っては
全くである。
どうやら細胞を活性化させる、と言う行為はウイルスや細菌にも
当てはまるらしく、体力の無くなっている状態ではウイルスの方を
元気にさせてしまう様だ。つまり悪化の一途を辿る。
そんな訳で風邪ッぴきの俺は、大人しく医師︱︱魔法を使わない
医師と言う職業もちゃんと有る。魔法を使えない環境でも治療出来
る様にする為だ。どんな環境なんだ、ソレ、と思わない事も無い︱
︱の処方した効くんだか効かないんだか判らない、怪しげな薬を飲
んで凌いだ。
ハーヴェスタ
⋮怪しげって言ったけど、ちゃんとした薬だ。て言うか、薬草。
薬草を専門に扱う、薬草師と言うのが魔術師の位で有る。薬剤師
みたいなもんか。
大体市井で魔法店を営んでいる魔法使いは、この薬草師の資格を
持っている。或いは錬金術師。
攻撃魔法だの召喚魔法だの、そんなものは一般人には関係無い。
彼等が欲するのは、便利な魔導具若しくは安い治療薬・常備薬なの
だ。
神殿や教会の治療師を頼るのは、余程の事だったりする。
あくまで余談だが念の為。
256
いい加減寝ているのも飽きた。
とは言え過保護気味な俺の侍従たちは、外に出るのを許してくれ
ひもと
ないので、未だベッドの中だ。しかしただ安静にしているのも退屈
なので、先日白虎から貰った魔導書を繙いていたりする。
今まで魔法研究院の長老から色々教わっていたのだが、その教わ
ったレベルに合った魔法のみ読む事が出来るので、自分の魔法レベ
ルが何となく知る事が出来たのは、良かったと思う。結果としては、
未だ未だ精進しろ、ってレベルかな?
この魔導書、書いてある内容は初心者向けから始まっているが、
結構知らない内容も多い。と言うか、応用魔法がかなり有り、初心
者でも術の組み合わせでかなり強力な魔法をかける事が出来る様だ。
面白いなー、と読んでいたら、気になる魔法が有った。少しレベ
ルが高い様だが、読めると言う事は俺にも使える魔法と言う事だ。
これは試してみるしか無いだろう。
幸い危険な魔法では無いので、俺の部屋でも試すのに問題は無い。
必要なのは魔法を掛ける対象だ。
﹁マーシャ、俺のヘスペリア土産、取って貰って良い?﹂
﹁畏まりました、クラウド様。⋮此方の鞄ですね?﹂
﹁うん、そう。有り難う﹂
ヘスペリアから帰国して、漸く言葉遣いと一人称を変えられた。
皇帝陛下が格好良かった! 憧れる!! ⋮⋮と、心にも無い事
を言ったが、納得はされた。あの人、弟子さえ絡まなければ確かに
凄い。顔とか仕事ぶりとか、色々。国一番の美形のナイトハルト叔
父上よりも美形だった、と侍女仲間から聞いたマーシャとメイアが、
何で絵姿くらい買ってこないの!! とサージェントを締め上げて
アイテムボックス
いたのを止めに入った俺まで巻き込まれそうになったのは良い思い
出⋮⋮なのか?。
受け取った鞄︱︱ヘスペリアで買って貰った道具袋である︱︱を
上掛けの上から膝に置いて、魔導書を確認する。未だ読む事の出来
ない白紙ページの直ぐ手前、目当ての魔法の呪文と解説が有る。
257
俺が試そうと思ったのは、道具袋の魔法である。今持っているの
は、使用制限の有る簡易道具袋だ。それを使用制限の無い、使用者
の魔力量に応じて容量が変わる道具袋にしたいと思っている。
出来れば入学前に。
何だか色々考えてみたら、貰った魔剣とか、この魔導書とか、い
ざと言う時、俺の身分を証す物とか、必要だけど隠しておきたい物
が結構あった。序でに言うなら、寮生活をするに辺り自炊は無いと
思うが、俺自身が寮の食事に我慢ならなくなる可能性がある。⋮い
や、だって絶対寮の食事ってコッテリ系だよな? 何か最近料理長
が出汁に目覚めてから、俺好みの味付けを追求して、旨味の有る薄
味になりつつある。俺は嬉しいが、周りの反応は⋮⋮特に未だ育ち
盛り、体力勝負の騎士団の皆、ゴメンって感じだ。なので肉系のガ
ッツリしたレシピも教えておいた。
そんな訳で城の食事に問題は無いが、学校の食事にまで俺の好み
を反映させるのはどうかと思うし、然りとて俺が我慢出来るかと言
うのはまた別の話だ。そこで道具袋。
偶に調理室を借りるのは問題無い筈だ。自炊は無理でも、どうし
ても食べたくなったら、借りて作ろうと思っている。そこで必要な
のが、俺の心の友、昆布と煮干。その他色々作った乾物やら貰った
調味料。道具袋の中は亜空間に繋がっていて、時間の流れが無い。
作りたての食事を入れておけば、次に出した時出来立てのまま頂け
る、と言う訳で、容量は有れば有るだけ良い。
そうなると最大十枠×十個の簡易道具袋ではとても足りない。つ
いこの前買って貰ったばかりで、その時はこれで充分、と喜んだの
だが色々考えるとそう言う結果になった。
そこで魔法である。
本来道具袋の魔法は、冒険者ギルドが管理し、冒険者に配布して
いるスキル魔法だ。ギルドカードと連携している様で、ギルドカー
ドに﹃道具袋﹄と記載されて初めて使用出来る。使用する際、形は
258
問わないのは以前言ったと思う。其れこそ鞄型から指輪やピアスな
どの装身具、自分の好きな物を道具袋として使える様になる。冒険
者以外は、簡易道具袋で済まし、これにはスキルは関係無い。
そのギルドで配布される魔法が載っているのだ、試さない手は無
い。
必要なのは、道具袋にしたい物。俺の場合、簡易道具袋になる。
⋮別の物でも良いんだが、寧ろ失敗した時の事を考えると、別の物
の方が絶対に良いのだが、ライとルフトと色違いのお揃いなのだ。
女の子じゃ無いんだから、お揃いで浮かれるな、とか言われそうだ
が、それでも折角のお揃いを、俺から止めてしまうってどうよ。
べ、別に暇だったからつい刺繍して愛着が湧いたからじゃないか
らな!
それに実はまっ更の物に魔法を掛けるより、重ね掛けの方が成功
するらしい。一度魔法を掛けると、その時の魔力で容量が決まるら
しく、ある程度魔力が多くなったと感じたら、重ね掛けをして更新
する、みたいな事が書いてあった。
あと、単純に二つも三つも道具袋を持っていたくない、と言うの
も有る。だって邪魔だろ?
ギルドカードも必要なのだが、俺はギルドに所属していない。だ
が良く良く読めば、自分の身分を証す物なら何でも良い様で、そう
エーデルシュタイン
言う事なら先日作って貰った身分証がある。クラウド・アルマース
=エーデルリヒト、輝石国第一王子、としっかり書かれている。こ
れに道具袋を使う為の魔法を施せば良い訳だ。
失敗しても道具袋が単なる鞄に変わるだけだ。⋮⋮あ、ちょっと
勿体無いかも、と思わなくもないが決行する。
魔導書に書いてある呪文を間違えない様に、正確に魔法陣として
刻む。魔導師長やディランさんに教わった通り、正確に美しく、を
心掛け仕上げに呪文を唱える。
体から魔力が呪文と共に零れていく。それと共に刻んだ魔法陣が
259
淡く光りだす。ふわり、と魔法陣が浮き上がりくるくると回りだし、
一瞬強く光った、と思うと同時に急速に収縮と回転を始めた魔法陣
は、ゆっくりと鞄と身分証に光の粉を振り撒きながら消えていった。
⋮⋮成功、なのか? これ。
見た目は丸っきり変わっていない鞄と、記載項目が一つ増えた身
分証をじっと見る。
見ていても仕方無いので、恐る恐る鞄に手を伸ばし、矯めつ眇め
つ調べてから蓋を開けて中も確認する。魔法を掛ける前に中身は全
部出したので空っぽだが、容量はどうなったのか、と言うか成功し
たのか。中に手を突っ込むと、覚えの有る何とも言えない違和感。
そして小さい鞄に肘まで入った俺の腕。
うん、道具袋化は成功だ。後は容量だが、頭の中に流れ込んでく
る情報を確認する。
⋮⋮⋮⋮⋮⋮ん?
あれ? 128枠に最大500? 何だこの数字。多いの少ない
の? 確か七ツ星の冒険者が256×256だった気がする。一般
的中級冒険者が99個×50枠だったから⋮⋮。
あ、かなり多い。と言うか、総数で言うと七ツ星と遜色無い⋮⋮?
⋮⋮⋮⋮⋮⋮。いやいやいやいや、待て落ち着け俺。
はい、深呼吸ー。
何度確認しても、数字は変わらなかった。
どうも俺は魔力の多さはそこそこ、でも質は高いらしい。それこ
そ中級冒険者すら軽く越える程。
はっきり言って物凄く嬉しい。だが、浮かれちゃダメだ、と思い
直した。俺は限界を越えたその向こうを目指しているのだ。どうせ
なら、256枠目指したい。越えたい。
無理矢理気分を落ち着けた俺は、粛々と荷物の整理を始める事に
260
した。勿論ベッドの上で。
所で。この後改めて弟子に連絡を取って、先日のヘスペリア訪問
の御礼と結婚の祝いを述べた。通信用魔導具、俺の国にも勿論有る
のだ。今まで俺は使う機会が無かったから使わなかっただけで。父
ゲート
とか宰相とか、他国に連絡を取りたい時は使っていた。ただこれも
転移門と同じく、結構お金が掛かるので滅多に使われないのだが。
お金って言うか、使うのは魔石なんだけど。結果的にお金か。
その時つい話の序でに、治癒魔法でオンナノコの大事なモノ、の
話をしちゃったんだが、盛大に呆れられて怒られた。
曰く、普通の娘さんなら、そんな経験一度で沢山。そんな事言う
のは頭の沸いた処女厨だ、と。
ゴメン、センちゃん。悪かった。
だけどそうキッパリ言い切るって、お前どんな初体験したんだよ
⋮⋮と、疑問が湧いた俺は悪くないと思う。うん。
261
Lv.22︵後書き︶
閲覧有り難う御座いましたwww
やっと帰国しました。
相変わらず設定の説明が多くて申し訳無い。
因みに。園遊会を欠席した主人公は幻の王子と呼ばれ⋮⋮たりはし
−−−−−
ません。この年欠席者が多かったので、後日改めて場を設けられま
!!
'16/02/13
した。多分インフルです。
修正情報
↓
−−−−−
‼
262
Lv.23︵前書き︶
やっと入学です。長かった。
263
Lv.23
さて。漸く風邪も治り、俺の学園生活第一歩、の準備が始まった。
はっきり言うと入寮の準備の為の作業、着替えや持ち物を選んで
寮に送る、と言う作業なのだが。
﹁そんな上質な服を持ち込んでも着ないぞ? 普段は制服なんだか
ら﹂
﹁でもこの程度は⋮⋮。御休みの日とか自由時間に⋮⋮﹂
﹁身分を隠すんだぞ?﹂
先程からずっとこのやり取りである。
学園に入学するにあたり、俺は一年前倒しになったのは以前伝え
たかと思うが、寮生活を行うにあたり侍女たちを連れて行くかどう
か、で少々⋮⋮結構侃々諤々の話し合いになった。
俺は身分を隠して行く訳だし、良い機会なので侍女も侍従も連れ
て行かない、と言ったのだが、俺の専属三人ともが拒否をした。ど
うしてもついて行く、と言ってきかない。
末端貴族でも最低一人は付いている、と言うのがマーシャたちの
言い分なのだが、俺は既に着替えは一人で行っている。日常生活に
おいてマーシャたちの手を借りなければ出来ない事は、実は既にほ
ぼ無い。
掃除や洗濯は寮の管理人に申請をすれば手配されると言う事だし、
身の回りの事が一人で出来るとなれば、何人も侍女を付ける必要も
無い。
俺の専属と言うプライドが、寮でも世話をしたいと訴えるので有
れば、ここは寧ろ俺の成長を喜び、見守っていて欲しい。
そう思い、懇々切々と訴えたら何とか引き下がってくれた。
264
⋮⋮週に一度は部屋の掃除や洗濯物の回収、補充に来る事は約束
させられた。
幾ら末端とは言え、プライドの高い貴族がそう毎回管理費や手間
のかかる掃除や洗濯をお願いするとは思えないし、通いの者なら何
とか説明はつくか、と思う。貧乏で無くても使用人はギリギリと言
う設定にしようと思っている。
一応授業の有る時間帯に来なさい、と言ったところ、物凄く不服
そうな顔をされた。何故だ。
﹁⋮⋮週末は城に戻るから、その時世話を焼いてくれ⋮⋮﹂
仕方無く、本っ当∼に仕方無くそう言ったら、三人が三人とも﹁
何当たり前の事言ってるんだ﹂的な顔をした。だから何で。
入学の準備と言ってもそう多くは無い。学用品はとっくに用意さ
れていたし、生活に必要なものも俺が寝込んでいる間に着々と準備
が進められていた。
俺がした事は揃えられた普段着から華美だと判断したものをそっ
と抜き取り、増やしていた体操服と入れ替えたり、料理長から食材
を貰ったり一緒に作ったり、城に出入りして俺と面識の有る人々に
極力知らない振りをして欲しいと願ったくらいだ。
⋮あれ、ちょっと多い?
俺の知り合いで学園に通う様な年齢の子供が居るのは、そう多く
ない。どちらかと言えば孫か。なので願うのは簡単だ。
それに俺の知り合い、と言う事は確実に文官か騎士、魔導師とな
るので、彼等は昼間城勤めの為滅多に遭遇する事は無いだろう。う
っかり彼等の口から王子と身元が割れる事は少ないと思われる。
⋮⋮何だか隠す労力が大変だなぁ、と思うのと同時に、良く考え
たら子供の内からそんなに深刻に考えなくても良いんじゃないか?
と言う気がしなくも無いが、此処は念には念を入れて、と思おう。
265
身分を隠すにあたり、名前はどうするのか気になったが、どうや
ら入学時に爵位は勿論、家名は完全に無くす方針らしい。これは全
生徒共通だ。
卒業時にのみ、校長から卒業証書と共に知らされるらしい。それ
までは喩えどんな身分であろうとも、名前のみで呼ばれる事となる。
おもね
校長と数人の理事以外に生徒の情報は与えられない。これは教師
側が身分に阿る事を防ぐ為だ。とは言え、育ちから察する身分もあ
るので、その辺は教師の度量に拠るだろう。生徒が勝手に身分を明
かす事も考えられる。
願わくば、身分で態度を変える教師が居ない事、身分を嵩に懸か
る奴が居ない事を願うばかりである。
まぁそんな訳で俺はただのクラウドとして通う事となった。
実は俺の名前は公表されていない。名前や容姿は多少は知られて
いるが、それは公式の発表では無い。あくまでも噂でしかない。た
だの﹃第一王子﹄としてしか国民には知らされていないので、本名
を名乗る事が可能なのだ。
城に出仕している人間は流石に俺の名前や顔は知っているが、そ
れぞれの家庭で俺の話題が出たとしても、名前は出さないらしい。
大概﹃殿下﹄か﹃王子﹄で通じるからだ。
今は弟も居るので、どうしているのかと思ったら、どうやら第一、
第二と呼び分けている様だった。
ソコまでするならいっそもう名前でも良いんじゃないかと思うの
だが。身分の高い人間を名前呼びするのは不敬、と言う事だろう。
そう言えば人見知りしていた弟︱︱名前はデューに決まった︱︱
カンバセイション・ピース
だが、俺の毎日の努力によりすっかり元通り、俺に懐く様になった。
素直で可愛い限りだ。
毎日会えなくなるのは辛いが、家族の肖像で補って貰い、俺と言
う存在を覚えていて欲しい。
266
寒気が居座る中、遂に俺の入学する日がやって来た。
既に荷物は寮に送ってあり、俺が持って行くのは少しばかりの着
替えや日用品だけである。
入学式を終えてから、各々割り振られた教室で担任やクラスメイ
トたちが紹介され、学園の事を幾つか教わる事となる。その後寮に
案内され、発表された部屋割りに従い順次部屋へと向かい、荷物を
受け取ったら荷解きをする。
従者や使用人を連れて来ていれば、彼等に先に部屋へ行って貰い
荷解きと整理をする。まぁ大抵の生徒は此方のパターンだろう。
俺は使用人も付けないので、一人でコツコツと部屋の整理をする
事となる。
相部屋か一人部屋かは知らないが、身分を問わないと言うからに
は、相部屋も考えられる。貴族子弟ばかりで一人部屋しか無いかも、
とも考えたが、元々然る男爵家の私邸だ。いくら広いとは言え限度
がある。校舎の他に寮まで有るとなると、此処はやはり相部屋と思
うのが妥当だろう。
となると一人でコツコツと整理するのも相手に迷惑が掛かる。あ
る程度片付くまでは、道具袋に荷物を仕舞っておいた方が良いだろ
うか。⋮卒業まで仕舞いっ放し、なんて事にならない様に気を付け
よう。
学園に一人で行くのは流石に止められたが、幸い辻馬車が城近く
から件の男爵邸、つまり学園近くを通っていたのでそれを利用した。
サージェントが通行人を装い護衛として、メイアが使用人として
俺を学園まで送ってくれた。父は理事の一人なので、後から馬車で
来る事になっていた。
﹁クラウド、本当に一緒に行かなくて良いのか?﹂
既に何回も繰り返した会話だが、キッパリと断る。
267
﹁父上、何処に他人の目が有るか判らないのです。迂闊に俺が父上
と同じ馬車から出た所を見られたら、そこから何を憶測されるか判
りません。ですから父上は予定通り後からいらして下さい﹂
念には念を、だ。
ショボンとする父と今生の別れでも無いのに涙ぐむ母に挨拶し、
やはり理事として入学式に来る宰相に父の事を宜しく頼むとお願い
する。
辻馬車は初めてだったが、乗客がほぼ身内で固められていて笑え
た。俺が乗り込むと同時に満員となり、馭者が何時もと違う乗客の
顔ぶれに、首を傾げながら学園へと向かった。途中乗車したそうな
客がいたが、満員だと断り学園へ着くと降りたのは俺を含めて三人
ほど。馬車に残った人達は用も無いのにこの先の停車場で一人、二
人と降りて行く事になっている。
学園近くは既に沢山の馬車が犇めいて身動きが取れない状態だっ
た。
⋮⋮良いのか、コレ。どの馬車も確りと車体に各家の紋章があし
らわれている。おまけに馭者の着ている物も制服だ、どの家か一発
で判ってしまう。
何かコレ、身分を問わないなんて有って無きが如しって奴だな。
入学時から身バレしてるじゃないか。
そんな事を思いつつ、混雑する馬車を横目に、俺はメイアと共に
門を潜ったのだった。
この﹃徒歩で登校﹄と言う事実が、俺の身分を誤解させるのに時
間は掛からなかった様だ。
止まっている馬車からは、歩く俺の姿が良く見えた様で。どうや
ら俺は、馬車も用意出来ない貧乏貴族、若しくは無理して貴族と繋
がりを持とうとしている商人の息子、と思われた様デス。
268
﹁クラウド! 良かった、間に合ったのか﹂
ルフトが俺の姿を見つけるなり、駆け寄ってきた。後ろからはラ
イも付いてくる。
入学式の会場は、保護者と生徒は完璧に分けられている。保護者
席は貴族の他、ちらほらと平民も混じっている。多分商人だろう。
彼等は貴族に対して商売をする為、繋がりを重視する。あわよく
ばここで新しい顧客を、と思っているのだろう。
それにしても保護者席がカラフル︱︱御婦人方のドレスが色とり
どりなのだ︱︱なのに対し、生徒の方は地味だ。制服のせいか。
制服は俺の趣味で詰襟を推させて貰った。本当は黒一色に金釦が
おくみ
良かったのだが、余りに地味だろう、と言う事で金釦はそのまま、
紺青色の身頃と袖に、衽に当たる部分より少し広い範囲と袖口を白
で切り返す事で色を添えた。
低学年は半ズボン、高学年は長ズボンだ。
因みに夏服は半袖の白シャツ、冬の外套はインバネスを採用した。
勿論俺の趣味だ。
女子に関しては全く考えていなかった。と言うか、流石に女子は
来ないだろう、と思っていた。
義務なので来て欲しい思いは有ったが、淑女教育なら兎も角、男
子と同じ内容︱︱算数や社会、体育等︱︱を学ばせるのは、親世代
には未だ馴染まないだろう、と思ったからだ。
然し蓋を開けてみれば、あら吃驚。かなりの数の女子が入学申請
していた。どうやら幼い内から顔を売って、将来の結婚相手を見付
けさせよう、と言う思惑が絡んでいた様だ。
まあ低学年の内なら体格差も無いし、運動する時だけ男女別にす
れば問題無いか、と方針が決まり、制服は男子の上着の裾部分を少
し長めにして広げ、前身頃の切り返しの幅部分をそのままダブルに
してみた。当然スカートだが、子供だしタイツを穿けば良いか、と
膝下10㎝。
269
淑女が足首を見せるなんて! と言われる様な服飾事情だ。膝上
は流石に無い。だが貴族階級はそうだが、一般庶民は肌を見せなけ
れば、動きやすいと言う理由で膝下10㎝は普通になってきている。
酒場等は膝上の短いスカートも穿かれて居る様だし、貴族階級にも
そろそろ広がるかもしれない。
そんな話は兎も角として、目の前には紺青が広がっている。幼い
子供だと言うのに、大人しく椅子に座り入学式を粛々と進めていた。
貴族って凄ェなー。と感心。
壇上では校長の有難いお話から、来賓や理事からの祝辞等が贈ら
れ、そろそろ子供の注意力も切れ掛かる頃、国王陛下のお出ましで
ある。父上、頑張れー。
壇上に父︱︱︱国王陛下が上がり、大人たちは臣下の礼をとった
が、子供はまちまちである。綺羅綺羅しい父の姿に、ポカーンとし
ている子が大半だが、お前ら去年の園遊会で会わなかったか? と
思った。一年も前の事等記憶の彼方にすっ飛んだか。
一方で父はと言えば既に生徒が限界に来ているらしい事を見て取
ったのか、非常に判りやすい言葉で祝辞を述べ、予定よりも早目に
壇上から去った。去り際俺の方に視線を向け、軽く微笑んでいたが、
多分気が付いたのは宰相位だと思う。
滞り無く式が終わり、各々保護者と挨拶を交わしてから教室に散
る。
俺は保護者代わりのメイアに挨拶し、ライとルフトも簡単に挨拶
を済ませていた。⋮ライも母が王女で父が有名な騎士隊長だからか、
直接の挨拶は家令にしていた様だ。良く見ると壁際に父と叔父が知
らぬ振りで佇んでいた。⋮⋮仕方無い。
﹁ライ、挨拶は終わったか?﹂
﹁クラウド。うん、家の者に伝言を頼んだ﹂
ニコニコ笑うライの近くに寄り、父に聞こえる様に話す。
﹁俺も伝言を頼んだ。確り仕事をして、母上や弟の事を見守ってく
270
れって。俺も頑張るから、父上も頑張れ、って﹂
﹁そっか﹂
ライも父と叔父が近くに居るのを知っているので、チラリと視線
を向けてから俺に笑い掛ける。
行こうか、と誘いルフトの方に向かうと、視線を感じそちらに目
を向ける。と、何処の御婦人か知らないが、顔を顰めて俺を見てい
た。隣に立つ夫君らしき男性に耳打ちし、クスクスと笑う。⋮⋮何
だか感じが悪い。
そう思っているとやはりと言うか、通りすがり際に俺に対してだ
ろう、﹁礼儀知らずな子だ事﹂と言ってきた。
はあ? と思い立ち止まると、更に畳み掛ける様に言い募る。
﹁見た事の無い子と言う事は、庶子か平民かしら? 礼儀作法も学
んでいないのね。陛下の御側であの様に声を上げて話す等⋮⋮お家
が知れる事﹂
扇を口に当ててホホホ、と笑うが。奥様、後ろ、後ろー! 父が、
ヽヽ
父上が物凄く睨んでますよー! 大体そんな聞こえよがしに嫌みを
言うって、そっちの方が御里が知れるって奴だぞー!
俺が何も言わないで居るのをどう取ったのか、蔑む様な視線と莫
迦にしきった表情で俺に尚言い募ろうとしていたが、背後からの声
に硬直した。
﹁礼法を言うのであれば、余の前でその様に幼き子供に悪言を吐き
散らす其方の方が、余程無礼であるが⋮⋮この場に居ると言う事は、
わたくし
同じ年の子を持つ親と言うことであろう? 元気で微笑ましいと何
故思わぬ?﹂
﹁へ、陛下! そんな、私はその様な⋮⋮!!﹂
﹁言っておらぬと? ナイトハルト、其方余が聞き違いをしたと思
うか?﹂
﹁さて、自分の前には礼儀知らずは居りませぬ。陛下と御子様方の
みしか見えませんが?﹂
﹁⋮!﹂
271
言外に礼儀知らずは手前だ、とっとと去れ! と言う叔父が酷い
と思う。いや、優しい⋮⋮のか?
慌てて夫君の腕を取って逃げる様に立ち去った御婦人だが⋮⋮結
局何処の誰だったんだろう?
ぼんやりと見送る俺に﹁息災でな﹂と小さく呟き、父も立ち去っ
た。
どうやら身分を問わない、と言うのはやはり建前だと思っている
人間が多いんだな、と思い知った件だった。
教室の前には掲示板があった。どうやらクラスはこれを見て調べ
ろ、と言う事らしい。
クラスは三組有り、俺は1組。ライもルフトも同じクラスだった
のでホッとする。
教室に入ると大学の講義室の様な机の列びで、結構大きい部屋な
のに驚いた。と思ったが、どうやらこの教室は三組全部が収まる作
りの様で、これから始まる説明は合同でやるようだ。全体を見渡す
と、一クラス辺り20人位の様だ。今は一期生の俺達しか居ないか
ら良いが、六学年全て埋まったらどうするんだろう? 増築でもす
るのかな?、
椅子に座って暫く待つと、教壇に三人教師らしき人が並んだ。
老人、男性、女性とバランスは良い気がするが、教師としてはど
うだろう。⋮出来ればあのお爺さんが良いな。俺の加護︻好々爺の
親愛︼が有れば、若い二人よりも親身になってくれる気がする。
﹁さて皆さん入学おめでとう。今日から君たち生徒を教え導く、1
組担任のヘンドリクセンと申します。担当は魔術、算術、歴史学と
なっております﹂
軽く会釈したのは、お爺さんで、希望通り俺の担任だった。
﹁2組担任のデュオだ。担当は体育全般で、学年が上がれば剣術等
272
も教える事になる。元は冒険者だ、課外実習の時は護衛も兼ねる事
になるが、宜しく頼む﹂
何を宜しくかは、まあアレか。俺の手を煩わすんじゃ無いぞ、っ
て事か。三十半ばか四十に近い、元冒険者らしい立派な体躯の持ち
主だ。
﹁3組担任のトリスティアよ。言語学と礼法、それに芸術を教える
事になっているわ﹂
二十代前半だろうか? 中々の美人さんだが、表情に乏しい気が
する。教壇まで遠くて良く見えないのも有るが、もう少し愛想良く
ても良いと思う。
三人の自己紹介が終わり、学園生活の説明が始まる。
前期・後期の二期制で、長期休暇は夏休みと冬休み。その他春と
秋に一週間程度休みがある。これは各領地にて収穫祭や春祭をやる
のに合わせている様だ。領主的には祭だが、農家的には種蒔き時と
収穫時のお手伝いとして、実家に手伝いに行くと言う意味合いがあ
ったりする。
一般庶民の通う公立校は、農家的事情を汲んで春と秋の休みはも
う少し取り、その代わり夏と冬が少し短いらしい。俺が通う私立は
貴族や富裕層が対象で、農家の手伝いと言うより祭に参加する期間
と移動時間を考えて、一週間、らしい。王都近くなら兎も角、遠い
領地は移動で丸一日潰れるのも有り得る。妥当な線だろう。
後は以前聞いた通り、一週間のうち五日半は授業、一日半休みだ
そうだ。
スケジュールを聞いて思ったが、上手く遣り繰りすれば、毎日騎
士団で鍛練くらい出来るんじゃないか? と言う事。馬車で移動し
たから距離感が掴めないが、王都の端と端程離れていないのなら、
走れない距離では無い筈。
素振りは出来なくても、王城まで走り込みをしたら結構良い運動
になるかもしれない。学園の運動場がどの程度使えるか判らない内
273
は、素振りは諦めて走るのに専念するか。
こんな取留めの無い事を考えつつ、俺の学園生活は弛く始まった。
さて、どんな奴等と会えるかなー。楽しみだ!
274
Lv.23︵後書き︶
閲覧有り難うございましたwww
やっと入学出来ましたが、相変わらず説明が多いです。しかも余計
な話で︵笑︶
お家が知れる、は誤用です。確か。
誤用を平気で使う御婦人の教養の方がどうなんだ? と言外で言っ
てるんですが、気づかない方のためと言うか、不親切設計だったの
でここで解説。
あと、衽は着物の用語なんですが、他に言い回しが思い付かなくて
⋮⋮何て言うんだ? ボタン留めるあの辺り?
サーペンタイン隊長は陛下の護衛として来ています。建前は。彼は
!!
'16/02/13
−−−−−
寡黙な質ですが、言う事は言います。兄や従兄弟に鍛えられて。
修正情報
↓
−−−−−
‼
275
Lv.24︵前書き︶
毎度の事ながら遅くなりました。そして説明文ばかりです。
276
Lv.24
ひとつき
初等学校に入学して、はや一ヶ月が過ぎた。
一月も経てば生活サイクルも決まるもので、俺は朝は寮の裏で軽
く体操をし、王宮まで走って騎士団の訓練所にお邪魔して、素振り
をしてまた走って帰り、授業を受けて放課後は勉強や運動をライた
ちとする、と言う事を日課にしていた。
朝早く起きるのは苦痛では無い。
その分夜は早めに寝て、睡眠時間は足りている。いや、昼休みが
二時間も有るので、そこで昼寝もしているから足りている様なもの
か?
既に俺の眠りッぷりは有名らしく、陰では眠り姫ならぬ眠り王子
なる渾名で呼ばれているらしい。⋮⋮此処で本当に王子なんです、
とは言えない。知らないからこそ、の﹃王子﹄呼びだ。
だが他人をせせら笑う呼び名が王子なのは解せない。
因みに。朝の鍛練は体操だけはライとルフトも参加している。正
直早すぎる時間帯なのだが、二人とも初日に俺の走るペースについ
て来れなかったので、渋々体操だけは、と一緒に行い、その後は二
人で素振りや走り込みをしている。
凄い、真面目だなぁ、と呟いた俺をルフトがジト目で見て、﹁凄
いのはどっちか判ってないだろ﹂と呟いていた。
俺の事を指すのは判るが、俺の場合、体を鍛えるのは最早趣味だ
し、楽しいし。ルフトとライは俺に付き合わされて居る様なモノだ
しなぁ? それなのにキッチリ鍛練を続けるって、やっぱり凄いと
思うんだが、どうなの?
⋮と言ったら溜め息吐かれた。何故だ。
勉強については問題無かった。元々算術は前世で大学まで出てい
277
た俺だ。多少の公式を忘れていた所で、小学校低学年の問題にそう
そう躓く筈も無く、入学前には父や宰相とお話と言う名の勉強もし
ていた。その甲斐有ってか? 懸念していた歴史や地理も、他の生
徒より頭ひとつ以上抜きん出ていたらしく、成績はかなり良い。と
言うか、トップだ。後は順位を落とさない様、努力するのみ。結構
楽しい。
運動の方も物心ついた時から走り回り、計画的に運動していたか
らか、身体能力は同じ年頃の子供と比べてかなり、いや元い格段に
良い。体育担当のデュオ先生が驚いていた。
こな
しかし何でもそつ無く熟していそうな俺にも、如何ともし難いジ
ャンルが有った。
﹁クラウド君はどうしてこう⋮⋮﹂
﹁何ででしょう?﹂
トリスティア先生と二人で首を捻る。目の前には画用紙。
どうやら俺は芸術的センスが無いらしい。いや、それだと語弊が
ある。﹃止め時﹄を見極められない。
例えば絵を描くとする。下書きは良い。凄く良い。これは誉めら
れる位だ。
だが色を付け始めると途端に変わる。薄く塗り始めた色が、次第
に濃くなり出来上がりに近付く。だが何となく気に入らず、此処に
もう少し色を足したら。此方も、と加筆し続け、気が付けば何とも
残念な仕上がりになっている。
何処がどう、とは言えない。ただパッと見ると残念感が漂う。
不器用と言う訳では無い。
木工細工なんかは、誰よりも上手い自信がある。子供にしては、
278
だが。
勿論本職には敵わないが、結構良いレベルだと思う。だがこれも
実は教えられた通りの事をなぞれば、で有って。一から自分で考え
て作ると、途端に残念になる。
仕上がりは完璧だろう。ヤスリも掛けニスも塗り、角の処理など、
此処まで気を配るか! と言う位に美しい。
だが残念。
選んだ色が悪いのか、創意工夫で付けた飾り彫りが悪いのか、何
だかこう⋮⋮残念。何故だ。
今も目の前に有る机には、俺が二時間掛けて描いた絵が置かれて
いる。題材は花瓶に生けられた花。スッと延びた茎の先に今にも開
きそうな蕾、開ききらない花弁の重なり、そんなものが下書きでは
絶妙に表現出来ていた。だが色を入れ始めてから少しずつ絵が変化
する。薄い花弁が重そうに垂れ、淡い色合いだった筈の蕾は鈍い色
に。何処をどう良くしようとしたらこうなるのか、サッパリ判らな
い。
﹁クラウド君は⋮⋮完成前に一度絵を見せに来る事を勧めるわ。い
え、来なさい﹂
﹁はい⋮⋮⋮⋮﹂
トリスティア先生の断言に、しょんぼりと頷く俺。
何でだろうなー。あれか、俺のスキル︻限界無限︼が仇になって
いるのか? 体力とか魔力とか、限界無く増やせる良いスキルだと
思っていたんだが⋮⋮若しかして目の前の絵も、未だ未だ先が⋮⋮
? ってそんな事は無い。多分。
それにしても俺の創意工夫が残念な結果になるなら、折角有る鍛
冶師スキルで剣を打ったとしても、創作武器は造らない方が良さそ
うだ。神剣を造るつもりで魔剣ならまだしも、呪剣を造りそうで恐
279
い。
授業が終わり、道具を片付けてから残念な絵を仕舞おうと手を伸
ばすと、脇から別の手が伸びて取り上げられた。
﹁へぇ、先生と話しているから、どんな絵かと思ったら、大した⋮
⋮くっらい絵∼!﹂
﹁こんなんで先生の気を引こうとしてんの? ムリムリ!﹂
あはは、と笑いながら俺の絵を取り上げて逃げようとする二人組
は、多分トリスティア先生が好きなんだろう。俺が下書きの段階で
真っ先に誉められてから、何かと目の敵の様に突っ掛かってくる。
因みに色付けした後は特に誉められて居ないのだが、最初が肝心、
と言う奴だろうか? まぁ子供のする事なので、特に被害も無いか
ら気にしては居ない。取られた物は取り返せば良いだけの話だ。
しかし悔しい事にこの二人、俺より背が高いので持ち物を取り上
げられて腕を高くされたら普通にしていては届かない。仕方無く振
り上げられた腕の先に向かい、思いきりジャンプする。
ギョッとした表情で俺を見る二人に構わず、アッサリと絵を取り
返す。俺の手に戻った絵と、それが自分の手から消えたモノだと確
認すると、二人は喚きだした。
﹁このっ! なまいきだぞ!﹂
﹁貴族にさからうのか!?﹂
ドン、と突き飛ばされて尻餅をつく。その様子を見ていたライと
ルフトが慌てて駆け寄る。
﹁クラウドに何するんだ!﹂
﹁こんなヤツ何でかばうんだよ! 園遊会にも出ていなかった、ど
このだれともわからないヤツだぞ!﹂
﹁二人は見たおぼえがあるから貴族だろ? 何で貴族でもないコイ
ツをかまうんだよ!!﹂
﹁ッ、クラウドはっ!﹂
280
俺を莫迦にされてルフトが叫ぶ。だがその先の言葉は言わせられ
ない。ルフトの腕に手を掛け、首を振る。
俺が身分を隠して居るのを思い出したのか、気まずそうにルフト
が項垂れ、そこへ別の声が割り込んだ。
﹁いい加減にしろ。次の授業に遅れる﹂
﹁﹁ザハリアーシュさま﹂﹂
彼が出てきた途端、チップとデール⋮⋮じゃない、シールとラー
クが大人しくなる。
どうやら二人の勝手な自己申告と態度から察するに、二人とも子
爵家の子供らしい。二人でつるんでザハリアーシュの腰巾着をして
居る。面倒なのでザックと呼ばせて貰うが、彼は侯爵か伯爵家の子
供で、俺に対して特にこれと言って何かする訳では無いが、二人を
止めるでも無い。
勿論今の様に間に入る事は有るが、二人を諌める為、と言うより
俺の事はどうでも良く、単純に次の授業の事を考えての事だ。何だ
かんだで自分を慕う? 二人を気に入っているのだろう。
チラリと俺を見てザックは言う。
﹁クラウド、きみはこの学校には身分の上下が無いと信じて居るよ
うだが、確実に身分差はある。それをわきまえることだ﹂
言って振り返りもせず二人を従え立ち去る。
俺としては言う事は別に無い。ホントの事だし。面白いなぁ、と
思うだけだ。
⋮⋮俺は無いが、俺の友人二人は有る様で、三人の後ろ姿を睨ん
でいた。
⋮⋮⋮⋮良くないなぁ、コレ。
溜め息を吐いて二人を軽く小突く。
﹁気にすんな。アレ位なら可愛いもんだし、別に絵は取り返せたし、
俺は気にしないぞ?﹂
﹁いや、でもアイツ等クラウドの事⋮⋮﹂
﹁貴族でも無いって、強ち嘘でも無いしなぁ?﹂
281
王族だし。
王族は貴族と思われがちだが厳密には貴族では無い。実際、王家
に嫁す女性は貴族籍から抹消され、王籍に入る。入れ替わりの有る
側妃やら寵妃はこの限りでは無い。正妃のみの話だ。
貴族でなければ何なんだよ、と言う話になるが、王族は王族だ。
それ以外の何者でも無い。国を治め、貴族を支配し、民を護る。そ
れが、王族。
王に仕えるのが貴族なら、貴族に仕えるのが民だ。だから貴族は
民より尊い存在だと思う連中は多い。しかし王は民に仕えるのだ。
此処で三つ巴と言うか、三角関係が出来上がる。
国民が幸福である様に尽力し、政務をする王を補佐するのが貴族
であり、その貴族を支えるのが国民だ。農業も工業も、商業も大多
数の庶民が居て成り立つ産業であり、貴族やひいては王族の大事な
収入源でもある。
その事に気付いた者だけが、王の側近となれる。国の重鎮として
その地位に就けるのだ。
古くからの名家や高位貴族はその辺りを理解しているが、下位の
貴族や新興貴族は余り理解していない。
だから民を虐げて重税を課したり、傍若無人に振る舞ったり出来
るのだが、それを知って要職に取り立てようとは誰も思わない。ひ
っそりと静かに、処分する。
領民を保護出来れば良いが、大抵の領地は領民の移動を制限して
いる。だから政を行う側は不当に利益を享受し領民から搾取する領
主が居れば、直ちに調べて注意勧告し、改善が見られなければ当主
を廃し、適当な者︱︱いい加減、と言う意味では無く、適した者と
言う意味だ︱︱を封爵するか、そもそも廃爵するか、だ。
今までの印象からすると、シールとラークの両親は、身分に特権
階級的意識が有る様だ。親の価値観は子供に反映されやすい。庶民
282
は貴族に逆らうな、と建前とは言え身分の上下が無いと謳っている
学校内で平気で言えるのだから、筋金入りだろう。
ザックの方は良く判らない。先程の言い方だと、シール達の様な
考え方をするヤツが居るから気を付けろ、とも取れるし、単純に身
分差を弁えろと言われた様な気もする。
個人的には前者が良い。庶民と思っている相手に積極的に関わろ
うとは思わないが、護るべき相手を蔑ろにはしない。そうなら良い
な、と思う。
でもまぁ、シールとラークの教育はザックに暫く任せよう。どう
しても改善しないなら︱︱︱説教だな。
俺とザック達のやり取りを遠巻きに眺めていたクラスメイトが話
し掛ける。
﹁クラウドってやっぱり貴族じゃないの?﹂
﹁ちょっと、げせんな子に話しかけるのはおやめなさいまし﹂
﹁げせんってなーにー?﹂
口々に話し掛けてくるが、ここは先ず教室に移動だろう、と歩き
ながら始めと最後の質問に答える。
﹁父上は貴族じゃ無いよ。︵王族だけど︶母上は貴族の出だけれど
ね。下賤って言うのは、身分が低いって事﹂
本当の事だ。だからと言って言葉通りに取るかどうかは、受けと
る側の自由だ。大概こう言うと、父は裕福な商人で、爵位目当てで
母と結婚、または母が金目当てで結婚、と勝手に思うヤツが多い。
裕福なのに侍女の一人も居ないのか、と不審に思われるかと思いき
や、其処はまた勝手に物語が作られる様で、特にこれと言って突っ
込みもない。
﹁ふーん、ここでは身分なんか関係ないのに、ねえ?﹂
不思議そうに言うのは、レイフ。ちょっとボンヤリしているが、
莫迦ではない。寮の隣の部屋の住人だ。
寮で俺に宛がわれたのは一人部屋だ。最初は二人部屋だったのだ
283
が、諸事情によりこうなった。基本は二人部屋なのだが、中には一
人部屋を希望する生徒も居て、組み合わせていたら一人余り俺が入
る事になった訳だ。因みに一人部屋については事前申請だ。
ルフトとライは同室。本当は違ったんだが、ライの素顔を知る俺
とルフトで決めた。護符がうっかり外れて下手に素顔を見られて騒
がれるのも困るな、と思い俺かルフトのどちらかと同室になれない
か聞きに行った。その時、朝の寝起きが悪くて親に頼まれていると
寮監に訴え、偶々其処へやはり部屋の変更を願い出に来たシールと
ラークの部屋と交換した。
諸事情とはこの事で、本当は俺とラークが同室だった様なのだが、
庶民と同室など我慢ならん、と言う事だった。その理由に寮監も思
う所有ったのか、俺に一人部屋を勧めてきたのだが、その時巻き込
まれたのがレイフとサシャだ。シールと同室だったライとラークが
入れ替わり、俺は一人部屋だったレイフと入れ替わり、更にレイフ
はルフトと入れ替わりサシャと同室になり今に至る。何ともややこ
しい。素直に俺とシールが入れ替わるだけで済んだのに、俺を一人
部屋にする為に他人まで巻き込んだ。迷惑千万とはこの事だ。
折角割り振られた部屋を勝手に変更するのもどうかと思ったが、
其処は致し方無いと諦めて貰いたい。
優秀
まぁそんな事が有ってか、元々の素質か、レイフとサシャは俺に
人材
愚
対して割りと同情的且つ友好的だ。サシャなんかは﹁ゆうしゅうな
じんざいを身分で捨て置くなどおろか者のする事ですよ﹂と言って
憚らない。何か腹黒眼鏡って感じだ。
二人とも頑として爵位をバラさないが、それはこちらも同様なの
で構わない。詮索されなければそれで良いのだ。
歩きながら二人は先程の騒動の元、俺の渾身の残念な作を見て首
を捻っていた。
⋮うん、判るよ。下手とも言えないし上手い方だけど、何か違う、
って感じがするんだよな?
﹁⋮⋮言っておくけど、その絵は俺の家族に見せれば国宝級に大事
284
にしてくれるからな? て言うか国宝指定されるから﹂
いやマジで。
俺の言葉はライとルフト以外には冗談と受け止められた様だ。う
ん、判ってた!
あぁ、そうそう。冷たそうな印象だったトリスティア先生だが、
エルフ族だった。エルフに有りがちな絶世の美女、と言う訳では無
かったが、美人ではある。
そして表情が乏しくて冷たそうな割に、ドジッ娘属性が有る様だ。
教材を忘れては取りに戻っているのを良く見かける。
休み時間中なのでバレて無いと思っている様だが、先生方と俺に
はバレてる。澄ました顔で取り繕っているが、何時バレている事に
気が付くかなー、と内心楽しみにしている。
実はトトカルチョをしているのはナイショだ。
胴元はデュオ先生。掛け金はお金以外に食券だったり軽作業の肩
代わりだったり色々だ。
俺の掛け金は、以前作って好評だった果実酒。味醂代わりになら
ないもんかと思って持っていたが、純粋に酒として目を付けられた。
誰ってヘンドリクセン先生と校長先生だ。
校長先生は俺の事を最初から知っていたが、どうもヘンドリクセ
アイ
ン先生は魔法研究院の長老経由で知ったらしい。バラすなって言っ
たのに爺ちゃんめ。
テムボックス
入学式の数日後、個人面談中に突然言われて吃驚したよ。で、道
具袋の話になって、何が入っているのかとか根掘り葉掘り訊かれ、
果実酒が出てきた。⋮⋮多分果実酒目当てに話を振ったと思われる。
道具袋に関しては完全に簡易版と見分けがつかないので、バレな
いようにね、と言われた。使わないのにこした事は無いとも。
俺としても目立つ事はしたくないので、果実酒の一つや二つで諸
々を黙っていて貰えるなら安いものだ、と了承した。
そんな訳で今の所、俺の身分を知っているのはライとルフト、校
285
長先生とヘンドリクセン先生の四人となっている。
何だかんだで学校生活は結構楽しい。目下の悩みは、俺の残念過
ぎる芸術センスと、学年一背が低い事だろうか。
芸術センスは兎も角、背については将来に期待したい。歳を誤魔
化した結果が、こんな所で出るもんなんだなー、と染々思う。
286
Lv.24︵後書き︶
閲覧有り難う御座いましたwww
苛めっこって書くの難しいよ。みんな良く書けるな、と感心しきり。
個人的に良家の子息女は苛めとは無縁じゃね?と思っているのです
⋮⋮。成り上がりは別ですが。良家であれば有るほど、自分の立場
を考えて行動する筈だよな、と。
なので盛大なネタばらしになりますが、良家の子息女は苛めとは無
関係です。はい。
この世界に於いての王族の考え方は文中通り。判って居ない人が王
族も貴族だと思っています。
更なる余談ですが、芸術センスは有る上、技術もありとんでもなく
上手なのに、仕上がる作品がそこはかとなく残念な仕上がりになる
−−−−−
−−−−−
人は実在します。て言うか私の姉だ。何故あの下書きがああなる。
!!
↓
︱︱︱
'16/02/13
修正しました
↓
−−−−−
‼
︱︱︱︱
置かれている
'15/03/08
机
−−−−−
画用紙
↓
↓
置いてある
287
Lv.25 ザハリアーシュ・グラナート=クロイツェル︵前書
き︶
大変遅くなりました!
毎回説明文ですみません。今回も説明文ですヨ⋮⋮
288
Lv.25 ザハリアーシュ・グラナート=クロイツェル
今日も彼︱︱クラウド︱︱は自分に対して、何も言ってこなかっ
た。
日々エスカレートしていく自分の取り巻き、シールとラークの振
る舞いを何故止めないのか、と言い出すのを期待して暫く様子を見
るのだが、毎回それは裏切られ、結局自分が折れて二人を引き取る
のだが⋮⋮。
あれは結局何なのだろう?
クラウドは時折自分達に物問いた気な視線を寄越す。それが怒り
を含めた視線なら未だ判る。相応の事をこの愚かな取り巻きはして
いるのだから。
だが彼の視線はそうでは無い。どちらかと言えば慈愛とも言うべ
き視線だ。大人が子供を微笑ましく思う、その様な視線。そんな事
が有り得るのか? 彼は自分と同じ歳、然も産まれ月は遅いのだろ
う、学年の誰よりも︱︱︱女子を含めてすら一番小さい。それが歳
上の、大人の様な表情をする。
その事が決まり悪く、つい素っ気なく対応し、そそくさと離れて
しまう原因となっている。
自分︱︱ザハリアーシュ・グラナート︱︱が、クロイツェル伯爵
家の者と知っているのか、その為に何も言わないのか? それとも
言う程の事でも無いと思っているのか? 彼が何者か判らない以上、
自分からは何をしようとも思わない。
ただ、シールとラークの振る舞いをこれ以上エスカレートさせな
い為にも、二人は自分の手元に置かなくては、と思う。
289
クラウドの事が気になったのはかなり早い。入学準備の時に、学
力の確認と言う事で幾つかテストが有った。算術、歴史、語学と簡
単な体力テストと魔力の確認。
自分で言うのも何だが、成績には自信があった。伯爵家子息とし
て恥ずかしく無い様教育を受け、文武に秀でる様努力した。
その甲斐あって、侯爵家嫡嗣の側近となった七歳違いの兄とも、
然程会話に不都合は無い。少々出来過ぎ、と苦笑される程度には優
秀になれたらしい。
つて
だから当然首席で入学した、と思っていたのに、自分よりも高得
点の︱︱さんざん伝を頼りに調べ、満点だと知った︱︱人間が居た
事に衝撃を受けた。
何処の誰とまでは判らなかったが、そこまで優秀ならば入学後直
ぐに判るだろう、と思い、それは叶う事となる。
最初に気が付いたのは、入学式の時。気になる髪色があった。
祝辞を述べていた国王陛下と良く似た色合いの金髪。後ろ姿なの
で顔は見えなかったが、あの色合いは王家の血筋か、と思ったのだ
が直ぐにそれは気のせいだ、と思い直した。
ある程度の高位貴族、名家には王家の姫が降嫁されるのは良く有
る話で、そう言った名家の方々にもあの髪色は良く出る。
それに一番の候補である第一王子殿下は、自分より一つ下。漸く
今年に正式な御披露目がされたばかり。入学出来る年齢ではないし、
そもそも次期国王と成られる殿下が、そうそう貴族ばかりとは言え
有象無象の集まる場所に、修学が目的でも入学されるとは思えない。
優秀な博士や講師陣を募り、王宮で勉学に励む筈だ。
⋮ただ、今年の園遊会は軒並み流行性感冒にやられて、王子も病
に臥していたと言う。その為、未だに公式行事には参加されて居ら
ず、娘を持つ貴族たちはガッカリしたそうだ。
噂では王子は大変聡明で、武にも優れていると言う。何でも国王
290
陛下や宰相閣下と政務に関し議論を戦わせたり、見習い騎士程度で
は相手にならない程剣の腕が立つとか。
この辺りは第一王子の信望者の祖父の言う事なので眉唾物だが、
贔屓目を差し引いたとしても優秀な事は想像出来る。
殿下の事はさておき、昨年の園遊会、つまりは国王陛下への顔合
わせの時にクラウドを見掛ける事は無かった。と言う事は、彼は貴
族の庶子か平民である可能性が高い。
見掛ける度に傍に居る二人︱︱ラインハルトとルフト︱︱は、園
遊会の折に見た事がある。ただ、話す間も無く場を辞してしまった
為に、家名も爵位も判然としない。
あの仲の良さからすると、二人は彼の主人かもしかすると父親が
主従関係なのか、と思うがそれにしてはクラウドが気安いように思
う。
幼馴染みの友人同士、と言うのが一番しっくり来るのだが、果た
して貴族の正嫡と庶子でそれは可能なのか? と疑問に思う。本人
達は可能だろうが、親の方が拘るだろう。
彼等の立ち居振舞いから判断し、騎士の家系だろう、と結論付け
クラウド
た。騎士同士の知り合いならば、多少の気安さは頷ける。︱︱︱そ
う、自分を納得させて。
その後に流れた噂では、彼は入学式当日、侍女らしき女性を伴い
徒歩で学校まで来たそうだ。
何人もの生徒が馬車で混雑する正門を歩き去る姿を目撃していた。
徒歩で来た、ただそれだけで彼が貴族では無いと判断するのは早
計だ。
然し実際の所この学校はある程度の資産が無いと、入学は出来て
も通い続ける事は難しい。授業料や教材費、食費や寮費等全てに支
払い義務が生ずるからだ。
これが平民の通う公立学校となると話は変わる。義務教育として
通わせる為に、かかる費用全てが国費と寄付で賄われている。
実際、無料でないと通えない子供も多く居て、更に言うならたと
291
え義務とは言え、貴重な労働力を半日も拘束させられない、と学校
に通わせる事を渋る親もいた。
それが今現在就学率はかなり上がっている。
第一王子殿下が提案した、﹃給食﹄制度が功を奏したのだ。
食費にも事欠く貧しい者にとって、一食でも費用が浮くのは助か
る上に、給食は栄養を考えバランスの良い食事となっている。
更に言うなら有る一定の条件を満たしている家庭には、家族の人
数分のパンが一食分、帰宅時に配られると言う。
一日働いたとして、その日の食事にも事欠く様な家庭に於いて、
子供の持ち帰るパンは貴重なのだろう。次第に子供を学校に送り出
す家庭が増えたと言う。
そして子供自身毎日一食必ず美味しい食事が摂れる学校に行くの
は楽しいのだろう。就学率は軒並み上がったと聞いた。
この制度を導入するように提案した王子は、どの様な少年なのだ
ろう、と興味が湧く。それと共に、側近として仕えてみたい、とも。
然し祖父の話では側近候補は既に選ばれた後だと言う。残念でなら
ない。
それは兎も角として、クラウドだ。彼ほど謎な少年も居ない。
今までの授業中の態度や発言から、彼が首席で入学したのは間違
い無い。首席と言う事は、多分奨学生の筈だ。
子供に教育を受けさせる義務が国の方針で決められているからか、
この学校には奨学制度がある。
高い授業料が求められる私立であるが、貴族を対象とする為、そ
カリキュラム
れなりの見返り、つまり社交界で将来必要とされる作法や社交術を
学ぶ事が出来る。公立には無い教育課程なので、貴族を繋がりに持
ちたいと願う富裕層や、下級貴族も入学に前向きになった。
逆に言うなら貴族であるにも関わらず、公立に通うのはその受け
292
られる筈の教育を棄てると言う事だ。勿論金銭的に無理だと言う家
も有るだろう。その救済措置として取られているのが奨学制度だ。
奨学生になるには二つ方法がある。
支払い能力に難が有る為、予め申請して補助を受ける場合。これ
は将来掛かった金額を返済する必要が有るが、在学中に優秀な成績
を修めていれば返済金は軽減されるか免除される。成績次第だ。
もう一つはやはり成績次第だが、首席から五位以内で合格する事。
この場合公立と同じく授業料や教材費全てに於いて支払いが免除さ
れる。当然その後も成績優秀でなければならないが、此方の場合は
辞退出来る。
自分も成績優秀だった為、奨学生の打診があった。だが我が家に
支払い能力の問題は無く、謹んで辞退した。
貴族としての慈善活動の一貫として、寄付金を渡した上での辞退。
自分を特別待遇にしてくれ、と言う意味では無い。この金で必要な
物を賄ってくれ、と言うのと、国経由で公立校への支援をしてくれ、
と言う意味だ。
流石に我が家の細やかな寄付金程度で資金が潤沢になる訳では無
いが、しないよりはマシだろう。これ等の寄付金は寮や教室の設備
投資に一役買っている。
特に寮は寄付金の恩恵の最たるものだ。
個人的に連れて行く使用人は雇い主の為に仕事をする。個室なり
相部屋なりを調え不備の無い様にしてくれるが、それ以外には手は
出さない。精々扉の前が見苦しく無い様にする程度か。
共用スペースには一切関わらないので、其処を掃除したり花を生
けたりとした事は、学校側が雇い入れた使用人の仕事となる。
食堂の料理人も学校側が用意している。共用スペースの全ての設
備も、なので経費はかなりの物になり、そこに寄付金が充てられる、
と言った次第だ。
寮生活をするにあたり、自分は一人部屋を希望した。
正直な所、他人と同室で寝られるか自信が無い。自分が同じ年頃
293
の他の子供達と比べて、浮いてはいないと思うが、考え方や行動が
少々出来すぎているのは自覚している。
兄の影響だろうか。
年相応の子供と長時間一緒に過ごせる自信は無い。授業中だけな
ら兎も角、私的な時間まで囚われて居たくない。
ステイタス
そう思っての一人部屋だが、そんな理由は自分くらいだろう。他
にも何人か一人部屋の者が居るが、彼等は身分としてそれを望んで
いた。
クラウドも一人部屋を与えられている様だが、それは個人の希望
ではなく、単純に部屋割りで余る人員が居た為だ。
普段の様子を取り巻き二人が教えてくれるが、身の回りの事は全
て独りでこなし、週に一度か二度ほどの頻度で、通いの使用人が部
屋の片付けや洗濯をしているそうだ。その事についてシールとラー
クは、平民だから使用人も満足に使えない等と言っているが、自分
はそうは思わない。
下手な貧乏貴族に比べたら、平民でも富裕層であれば貴族として
の矜持が無い分、貴族以上の豪奢な暮らしをして居る。貴族の為の
私学と謳っている学校にわざわざ通うのだ、貴族、若しくは富裕層
の出だろう、と想像出来る。そして彼は絵の事で揉めた日、自分達
と別れた直後に貴族では無いと断言したそうだ。
その意味する所は平民であると皆は考えた様だが、自分は違うと
思う。恐らく初めの考え通り、彼は騎士の家系だろう。それも一代
限りの、平民の出の。だから彼は貴族の出では無いと言ったのでは
無いだろうか。
平民が通うにはこの学校は敷居が高過ぎる。ある程度貴族社会の
事を理解していなければやっていけない。富裕層ならある程度は対
応出来るだろうが。
自分が思うクラウド像は、騎士爵の嫡子で困窮はしていないが、
余裕も無いと言った所か。見た所、持ち物や衣服等高価では無いが
294
良い物を使っている。普段は制服で気が付かないが、休日や寮内で
見掛ける私服は、着倒されているが仕立ては良い。
身分の差により結婚を反対され、母方の親族から援助を受けられ
無いが、騎士としての収入で困窮する事無く生活が出来ていた。し
かも貴族としての教育を受けさせたくてこの学校を選んだものの、
学費が高い為に専属の使用人を付かせる事も出来ず、成績が優秀だ
ったので何とか奨学制度を利用して事なきを得ている、のでは無い
だろうか。
背筋をピンと伸ばし、颯爽と歩く様は小さな騎士の様だし、凛と
した佇まいや優雅な仕草など、作法をこれでもかと教え込まれたか、
周りの環境が元々そうであった為に自然と身に付いたのか、兎に角
自然だ。言っては悪いが、下位貴族、特に叙爵されて三代にしかな
らない様な新興貴族の子息と比べたら雲泥の差がある。
貴族の出と言う母から行儀作法や立ち居振舞いを学んだのか。彼
の金髪が母から受け継いだものなら、彼の母は高位貴族かも知れな
い。
﹁ザハリアーシュ、考え事か?﹂
声を掛けられハッとする。
目の前には侯爵家の嫡嗣、ミクローシュ様が苦笑していた。
かぶり
﹁申し訳御座いません、余所事を考えておりました﹂
慌てて謝ると、ミクローシュ様は頭を振って気にしない様にと伝
えてくれた。
か
ミクローシュ・アルジェント=エステルハージ様は、兄の友人で
あり主人でもある。侯爵家嗣子であり、彼の方の姉君は畏れ多くも
王妃様であった。
侯爵と言う高貴な家柄の嫡嗣であるにも拘わらず、御本人は必要
以上に偉ぶる事無く、気さくであり然りとて嘗められる様な事も無
く、尊敬できる方である。
295
おとな
今日は偶々兄がミクローシュ様を訪うのに、休みで実家に戻って
ひととき
いた自分を誘ってくれた。久し振りにお会い出来たのが嬉しく、つ
い何時に無く話し込んでしまい、一時の休憩を、とお茶を用意され
て改めてはしゃぎ過ぎていた自分を反省していたのがつい先程。話
した内容を反芻し、思いの外クラウドの事ばかり語っていた事に気
が付いた。
大人しく香茶を飲んでいると、ミクローシュ様がくつくつと笑い、
話し掛けた。
﹁なかなか楽しい学校生活を送っている様だね。私達は君の年頃に
は学校など通わず、家庭教師についていたからね。大勢の仲間と幼
い頃から学びあうのは少々羨ましいかな?﹂
﹁そうですね、この年齢になると腹の探り合いが出来てしまうので、
本音でぶつかるのはなかなか⋮⋮﹂
兄の言葉に﹁全くだ﹂と同意するミクローシュ様。
兄とミクローシュ様が通われている上級学校は、生徒の殆どが貴
族だ。それも男子ばかり。教育は多岐にわたるが、多くは将来政界
で能力が発揮出来る様に、政治・経済を重点的に学ぶ。女子は女子
で集まり、一般教養の他、淑女教育を受け社交界について学ぶ。夫
人同士の繋がりが思わぬ益を生んだり情報を得る事になるので、必
須である。
嫡子以外の子息はと言えば、平民と並び騎士を目指す者は士官学
校に、魔導師なら魔法学校、職人であれば専門の訓練校か職人の下
に弟子入りする。或いは冒険者となるか。
準成人の15歳になるまでに一人前になり、18歳で独り立ちを
目指すのが普通だ。斯く言う自分も初等学校を卒業後は上級校に進
み、成人するまでに兄の補佐か、仕える主人を見付けるか、自分が
主人となって他人を従え国に尽くす様な人間になりたいと思ってい
る。
⋮自分が主人となるなら、部下はやはりシールとラークだろうか。
彼等二人は愚かな振る舞いはするが、基本的には素直だ。成人する
296
ライバル
までの長い間に少しずつ矯正させれば良い。
クラウドは部下と言うより、好敵手、だろうか。いや、素直な感
情に任せれば、彼こそ部下にしたい。身分は兎も角、資質は最高だ。
だが幼馴染みらしき二人の様子を見れば、彼等のどちらかに仕える
か、彼等と共に別の主人を仰ぐのか。自分では無いだろう。
ほんの少し残念に思いため息を吐く。と、そんな自分をミクロー
シュ様が見つめて笑っていらっしゃった。
﹁ザハリアーシュ、君の言っていた⋮⋮クラウド? 彼は敵かい?
味方かい?﹂
アドバイス
﹁⋮判りません。敵対はしたくない、と思いますが﹂
﹁私からの小さな助言だが、で⋮⋮クラウド君は、敵としても味方
まわり
としても、上手く付き合えれば君にとって益になる。だけれども反
目はしない方が良い。周囲が見えなくなってはいけないよ?﹂
味方は兎も角、敵でも益になる、と言う意味は正直判らないが、
反目して目を曇らせるな、と言うのには﹁はい﹂と頷く。
自分の返事に微笑むミクローシュ様は、自分の話のお返しに、と
兄の失敗談やら上級学校での彼是を教えてくれた。
楽しい時間はあっという間に過ぎる。
名残惜しくもエステルハージ家を辞去し、兄と自宅へ戻ると、寮
に戻る準備はすっかり整っていた。
荷物を馬車に積み込み、別れの挨拶をして寮へ向かう。普段の門
限は6時だが、休みの日は8時まで許される。自宅で過ごす生徒が
多い為、移動時間を当て込んでいるからだ。
何気無く窓の外を見ると、走るクラウドの姿があった。彼も出掛
けていたのか。正門を軽やかに駆け抜けて行く姿を見送り、ミクロ
ーシュ様に言われた事を思い返す。
彼と友宜を結ぶのに否やは無い。だが、彼の方が渋るだろう。シ
ールとラークの態度が改まらない限りは。ゆっくりと二人の態度を
矯正させつつ、クラウドとは︱︱︱彼が一目置く程の優秀な人物に
297
成れば、敵も味方も関係無いだろう。
そう遠くない将来、自分と彼がどの様な関係に成っているか、楽
しみだな、と思いながら寮の自室へと戻っていった。
298
Lv.25 ザハリアーシュ・グラナート=クロイツェル︵後書
き︶
閲覧有り難うございましたwww
ザックは基本良い子です。そして年相応ではなく、優秀です。王子
のように前世の記憶が無いのに、優秀です。︵大事なことなので二
回言いました︶
⋮⋮単に、作者がひらがなばかりの文章が苦痛になったからです。
この内容を、ひらがな文はキツイ︵笑︶
−−−−−
ザックの兄の主人、ミクローシュ様は失言しかけています。さて何
処だ︵笑︶
︱︱︱
'16/02/13
↓
−−−−−
微修正
︱︱︱︱
299
Lv.26︵前書き︶
もう少し更新ペースを上げたいです⋮⋮orz
300
Lv.26
初等学校に入学して何ヵ月か過ぎ、初夏が来た。
転生して良かった、と思うものの一つがこの国の気候に関してだ。
島国であるエーデルシュタインは海流や気流の影響か、四季があ
る。元日本人としては四季の有る生活は馴染みがあり、必須とも言
えるべきものだと思う。四季を感じられる生活は、潤いがある。風
情がある。⋮⋮爺臭いなんて言うな、判ってる。
で、だ。
サンディナ
基本的にどの国にも四季があるが、魔法も有るこの世界、そのお
陰か環境問題とは無縁である。
因みに二季や一季の国も有るが、正確には違う。砂巌国は雨季と
アルビオン
乾季の他はほぼ年間通して夏だが、短いながらも春秋冬が有るし、
雪白国も冬は長いが春夏秋が有る。
明確な差は無くとも四季は存在し、俺達この世界に生きる人間は
その恩恵を受けている。
恩恵即ち精霊の加護。
四季を司る精霊の采配如何で、過ごし易い季節や厳しい季節が有
ったりする。大気に魔力を纒らせ循環させるのは精霊の役目。人間
はその魔力を利用し、魔法を行使する。
魔法使い達が魔法を使うのは当たり前として、一般人、魔法を使
えない者達はどうなのかと言えば、多かれ少なかれ誰もが魔力を持
っているので、小さな生活魔法を知らず使っている。魔石を用いた
魔導具は、スイッチに触れた瞬間にその人が持つ魔力に反応し作動
する。仕組みは電化製品と変わらない。電気の代わりに魔力を使う
だけだ。
301
そんな訳で電力が必要と思われる品々は、魔力がそれに取って変
わられている為、発電施設等を必要としていない。環境を破壊する、
巨大な施設も公害を撒き散らす原因も無い。
ひたすらクリーンな空気。
殆どの都市で完備されている上下水道も、都市に隣接した処理施
設により、上水は蛇口を捻れば直ぐに飲める綺麗な水だし、各家庭
から排水される下水も、一旦各家庭の排水管や浄化槽を通る際に濾
過され、更に処理施設にて完全に浄化される。
空気や水を綺麗にする、と言う行為は風や水の精霊たちに歓迎さ
れるものだった様で、処理施設は魔導師達と精霊たちの管轄で徹底
的に管理されている、らしい。
因みに農村部や小規模集落は、個々の家庭に浄水器や汚水処理用
の魔導具が設置されている様で、井戸や川、天水桶から水を汲み出
す事を必要とするものの、濾過して飲用水にする事は簡単だし、排
水された汚水は、浄化槽で綺麗にされた後、田畑や果樹園などの水
源に利用されている。
初めて知った時、俺の生きていた時代よりも未来か、少なくとも
環境問題が深刻化し取り沙汰されるようになった世代が、この世界
での過去にトリップしたんだろうなー、と思った。
だって浄水施設を視察しに行った事が有るが、テレビで紹介され
ていた様な仕組みがあちこちで使われて、それを更に精霊が強化し
魔導具に力を与えていたりしたのを目の当たりにしたら、そう思わ
ざるを得ない。水道局とか発電所の、現役バリバリ現場の職員が頑
張ったんだろう。
そんな事が実際に有ったかどうかは兎も角として、環境に配慮し
つつ生活が豊かになる取り組みのお陰で、日常生活は快適である。
けむた
再度言わせて貰うが、環境に配慮したお陰でこの世界、公害問題
がほぼ無い。せいぜい野焼きをした時の煙が煙いだの、火が燃え移
って火事になっただの、嵐で木が倒れて家が潰されたとか窓が飛ん
だとか桶屋が儲かるとか、個人の問題若しくは自然災害による問題
302
で、公害由来では無い。
公害が無いとどうなるか。
世界規模での温暖化や寒冷化の様な、環境問題が無い、と言う事
で。前世の俺が体感した地獄の様な暑さとは無縁の世界である、と
言う事だ。
茹だる様に蒸し暑く異常に気温が高かった日本の夏を記憶として
持っている俺にはこの世界、この国の夏は素晴らしく過ごしやすい。
カラリとした空気、爽やかな風、それでいて肌を射すのは夏らし
い熱い陽射し。
今は未だ初夏で、然程暑くはない。
だが例え猛暑の時季となったとしても、蒸し暑さもなく、木陰に
入れば爽やかな風がそよぐ、前世の俺が生きていた頃に体感してみ
五月
六月
たかった、理想の夏が待っている。
四月
花残月から夏初月にかけては風待月の長雨の前、晴れ間の続く農
耕にうってつけの月で有る為、一週間程休みが取られ、農家は種蒔
レント
きや苗付け、秋蒔き麦の収穫に追われ、領主や商売人等は祭の準備
に忙しい。
祭と言うのは一年で四回有る四旬節に合わせた祭の事だ。⋮四季
の区切りに合わせた祭と思って良い。
キリスト教的に言うなら、復活祭の前を指すのだが、この世界で
は季節の区切りと言う意味合いが強い。丁度農繁期に合うのでお祭
り騒ぎになり、屋台や露店、大道芸人が集まり賑やかに祝われる。
そんな農繁期を過ぎて一休み出来るのが、風待ちの雨である。
とは言え長雨と言っても日本の梅雨の様に長期間の雨ではなく、
凡そ二週間ほど、昼間は霧雨、夜は小夜時雨程度である。こんなん
で水源は大丈夫なのだろうか、と心配するが何とかなるらしい。精
霊様のお陰ってヤツだ。
そして現在、俺は一週間の休暇で城に戻っている。寮に居た所で
303
誰も残って居ない︱︱職員も休暇で居ない︱︱し、実は新年早々俺
が寝込んで出席出来なかった園遊会の予定が入った。
どうやら俺以外にも流行性感冒にヤられた子供が多かったらしく、
仕切り直しとなった。
だが実を言うと出席するのは気が進まない。面倒臭いと言うのが
最たる理由だが、学校に通い始めた現在、余り顔を晒したくない。
何処から身バレするか判らないからだ。
新年明け早々なら、直後に学校と言う隔離された世界に行く事が
決まっていたから、気にはしていなかった。ほんの半日程度しか顔
を会わせない人間の顔を︱︱王子と言う肩書が有ったとしても︱︱、
覚えられるとは思えなかったからだ。それを今更、と思わないでも
無い。
第一幾ら社交デビューとは言え正式なものでは無いし、俺は兎も
角、他家の子息女が夜会や茶会などの行事に参加するのはもっと先
の話だ。多分十歳から十二歳くらいだと思う。
ラ
本来なら俺の側近と成るべき子息たちも、この頃に選ばれる筈だ
イとルフト
った。しかし俺が少々⋮⋮かなり異端で早熟だった為、前倒しであ
の二人を選んでしまった訳だ。二人にはこんなに早くから将来を決
めてしまい、申し訳無い事をしたと思っている。今更変える気は更
々無いけどな!
それはさておき、どうやって顔見せの園遊会を回避しようか、絶
賛考え中である。仮病を使ってもバレるだろうし。
どうしたもんかなー、と既に小一時間、悩みながら剣を研いでい
たりする。お陰で研磨スキルのレベルがかなり上がった。
﹁殿下。そろそろお時間です﹂
﹁もうか。⋮判った﹂
サージェントの呼び掛けに、渋々頷き砥石や剣を片付ける。
俺の作業が終わったのに気付いたのか、騎士団の面々がわらわら
304
と寄って来た。
﹁うお、凄い! 新品同様ですね?﹂
﹁有難うございます、殿下!﹂
﹁また何かあったら言って下さい。良い気分転換になるので﹂
口々に礼を述べる騎士達に、にこりと笑って訓練所を後にする。
初めの内は俺に剣を研がせる事に躊躇いを持っていた様だったが、
実際に研ぎ上がった剣を見てからは我も我もと頼まれる様になった。
流石に鍛練の邪魔になるのでは意味が無いので、俺の鍛練が終わり
時間があったら、と言う事で落ち着いている。
今日は鍛練よりも考え事を優先させたので、何時もの倍は研いだ
と思う。立ち去った方向から、﹁遅かったかー!!﹂と何人かの叫
び声が上がったが気にしない。気にしないったら気にしない。
因みに。
最近の俺の暇潰し及び考え事の友は、研ぎ仕事と編物だ。無心に
なれて尚且つ結果が見えるのが良い。以前は干物作りだった。
魔法陣や魔石の作製も良いのだが、あれは頭を使う。考え事には
向かないので、早々に諦めて他の物を模索して研磨と編物に辿り着
いた。
編物に関してはマーシャとメイアに教わった。腕前は御他聞に漏
れずと言うか何と言うか。かなり上達し、先日は何故だか身体を動
かす気がしなかったので、編物に没頭してたらかなりの大作が出来
上がった。丁度良いので隠居している祖父母に贈ったら大層喜ばれ
た。
レース編みはこの世界にも有るのだが、結構大雑把で、繊細な物
ググレーカス
はかなり高価だ。俺が贈ったのはどちらかと言えば繊細な方。編み
ミスリル
図は俺の隠しスキルで調べた。
ちょっと思い付いたのは、魔法銀を編み糸にして魔法陣を組み込
みつつ編んだら、結構良い装備が出来るんじゃ無いか、と言う事。
問題は魔法銀を細く長く加工する事で、それはまた研究の余地有り、
305
つらつら
と思っている。
そんな事を倩考えている内に、待ち合わせの場所まで辿り着いた。
﹁やぁ甥っ子。元気だったかい?﹂
﹁ミク兄様、ご無沙汰しております。お元気そうで何よりです﹂
キラキラとした笑顔を振り撒くのは俺のもう一人の叔父、ミクロ
ーシュ・アルジェント=エステルハージ侯爵子息である。母の弟で、
現在十三歳。銀髪に紫瞳の見た目だけだと丸きり王子様だ。
俺の挨拶にミク兄は苦笑する。
﹁こらこら、君がそんなに畏まっては、臣下の立場が無いじゃない
か? ⋮殿下にはご機嫌麗しく、御前での無礼何卒御容赦を願いま
す﹂
﹁あー、もう、判りましたよ。俺もミク兄に慇懃にされたらうすら
寒い﹂
﹁酷いな、殿下は﹂
はっはっは、と笑うミク兄は外面王子様だ。内面は愉快狂と言っ
て良いと思う。愉しい事が大好きで、俺が幼い頃から色々やらかし
ていたのを嬉々として眺めていた。⋮何処ぞの杜の主に似ている気
がしないでもない。
今日は久し振りに叔父と甥の語り合いをしようと申し出があり、
席を設けた。新年明けから此方、全く会っていなかったので久し振
りと言えば確かだが、ミク兄自身中等学校に通い始めてから会う機
会がめっきり減ったので、俺が学校に通い始めたせいでは断じて無
い。
ニコニコと他人からしたら優しげな王子様スマイル、俺からした
ら胡散臭い事この上無い笑顔のミク兄が今回こんな席を設けたのは
近況報告と忠告、だと思う。近況報告に関しては、想像通りだ。学
校での彼是を面白可笑しく話してくれた。⋮うん、貴族子息で準成
306
人間近でも、アホな事はするんだなー、と言うのが良く判った。そ
してミク兄の外面に皆騙されてるな、と。
多分側近のクロイツェル伯爵子息位しかミク兄の実態に気付いて
いない。次代の社交界の貴公子なんて言われている様だが、俺から
すれば御令嬢方逃げて超逃げて、と言いたい。
勝利
因みにミク兄と俺の父は同じ名前だが、これにはちょっと拗れた
理由がある。
父はレフと言う名の他に、成人名として﹃ミクローシュ﹄を神殿
から賜った。本来なら上位貴族の嫡嗣の名前は採用されない筈なの
光輝
だが、当時の神官は何を考えていたのか下調べが足りないのか。祖
父が﹃ルカーシュ﹄と言う名前なので、見合った名前を、と考えた
のかもしれない。それに当時はミク兄は産まれていなかった。
然しエステルハージ家は代々嫡嗣にミクローシュと名付けている。
それを知っていればおいそれと付けない名前の筈なのだが⋮⋮。
お陰で侯爵家と王家と神殿で一悶着有った様だが、母も嫁ぎ、後
日ミク兄が産まれた際に、わざわざヘスペリア本神殿から神官を呼
び命名式を行ったのだから、何れだけ名前に固執しているんだよ、
と思う。ミク兄本人は成人したら別の名を名乗る事だし、と気にし
てはいない。エステルハージ侯爵家と言う爵位に付随する称号と言
う認識だ。
俺の方からも授業の事やら先生や、同級生の事等を思い付くまま
話す。
ニコニコ聞くミク兄だが、ふと気になって訊ねる。
﹁所でミク兄の側近の方は今日は居ないのですか?﹂
﹁ああ、イクセルは遠慮してもらった。クラウドに会わせたくは無
かったからね﹂
成る程。と言う事はやっぱり。
﹁イクセル殿は、ザハリアーシュの兄上ですね﹂
307
断定してみると、何も言わず微笑まれた。答え合わせくらいして
欲しいのだが、まぁこの微笑みが答えなんだろう。
そう顔を合わせた事は無かったが、イクセル殿はザックに似てい
た気がする。髪や瞳の色もそうだが、眉の形なんかそっくりだと思
う。ザックに会ってから、どうも何処かで見た事が有るんだよなー、
と考えていたのだが、ミク兄の顔を見て思い出した。うん、スッキ
リ。
イクセル殿は俺の顔は覚えていないと思う。いや、会う度に包帯
巻いてたり絆創膏を貼っていたりしていた筈なので、そちらの方が
印象に残っていると思う。これに関しては、俺が怪我をした時にば
かり見舞いと称してイクセル殿を伴って俺を弄りに来たミク兄が悪
い。
しかしザックの事をシールとラークの事も含めて色々言ったのだ
が、不味かっただろうか。一応悪口では無かったと思うのだが。側
近の、多分面識も有るであろう弟の悪い話なんか聞きたく無いだろ
うしなぁ。
そんな風に思っていたのだが。
﹁あの子の事は虐めない程度に鍛えて貰えないかな? どうも私も
イクセルも弟分として見るせいか甘くてね﹂
下手に優秀な為、特に問題も無く諌める事も無く。自分の限界を
見極められなそうで不安だと言う。
﹁俺は良いんですか。図に乗るとか思わないんですか﹂
﹁え、誰が?﹂
﹁俺が、です﹂
優秀な人間は得てして傲慢になりがちで、そんな危機感は無いの
かと問うてみれば、ミク兄は一頻り笑い言葉を返す。
﹁そんな可愛い性格をしていたら、私もこんな風には付き合わない
よ?﹂
おくび
ただの臣下として、叔父としての立場を崩さず、自身の内面など
噯にも出さず完璧な貴公子として振る舞うだけ、と語るミク兄。
308
自覚有るのか。
コテンと首を傾げて言うミク兄に、溜め息を吐いた。
その後はまた普通に話をしてお茶を飲んで。また今度、と挨拶を
交わしてミク兄と別れた。
ミク兄からの頼まれ事は吝かでない。ザックの事は嫌いでは無い
のだ、本当に。ただ取り巻きの二人が鬱陶しいだけで。
今現在、俺を取り巻く状況は三つに分かれている。
味方と敵と傍観者。
中立、と言わないのは彼等が本当にただ傍観しているだけだから
だ。
シールとラークの二人が俺に嫌がらせをし、ザックがそれをそれ
となく止める。その繰り返しで、何時の間にかザックが黙認してい
る、と言う認識の下二人に加わり俺に嫌がらせをする奴が出てきた
が、それは敵。
反対に、ザックは止めているし、俺が学業優秀な事を認め友誼を
結ぶ方が良いと言う奴も居て、そちらは味方と言って間違い無い。
どちらも採らず傍観しているのは、結果次第でどちらかに付こう
としている日和見か、紛う事無き中立者、だろう。齢六歳にしてそ
んな冷静な子供もどうかと思うが、自分やザックを思えば棚上げす
んな、と一応自分を戒めてみる。
幸い俺と言う対象が居るからか、子供同士の諍いは表立っては見
られない。あれだけ身分は関係無い、と言われているのにも関わら
ず、庶子やら平民やらと言う理由で嫌がらせをするのだ、俺より弱
い立場の子供が居たら、標的になるだろう。
何で下位貴族に限って、選民意識が高いんだろうなぁ? 正直、
学校の方針である身分に関係無く自由に学べる環境、と言うのが選
民意識の高い彼等には理解し難いものの様だが、俺に言わせれば、
そんなに身分に拘るなら其れらしく振る舞えよ、と言いたい。
309
宴会で今日は無礼講だ、と言われて本当に無礼に振る舞ったら降
格された、等と嘆く輩の話を聞いた事があるが、莫迦だとしか言い
様が無い。普段言えない真摯な意見を忌憚無く言いなさい、と言っ
ているだけで、部長その頭鬘ですか、等と訊けと言った訳では無い。
貴族なら貴族らしく、己を律し矜持を持てと言っている筈なのだ
が⋮⋮そろそろ手を打った方が良いかな?
結局その後は考え事を優先させたので、また大作のレース編みが
仕上がった。⋮俺は将来レース編み職人になった方が良いのだろう
か。
310
Lv.26︵後書き︶
閲覧有り難う御座いましたwww
前話に引続き登場のミクローシュくんですが、印象がかなり違うと
思います。どうしてこうなったし!!
正直に言うと、父上と同じ名前なのは指摘されて気付きました。
友誼
−−−−−
−−−−−
ミクローシュ・エステルハージって名前を使いたかっただけです。
'15/05/11
!!
'16/02/13
すみません。
−−−−−
↓
誤字修正
‼
−−−−−
↓
誤字修正しました。
友宜
311
Lv.27︵前書き︶
それなりに早めにお届け出来た⋮⋮かと⋮⋮。|・ω・`︶
312
Lv.27
きゃっきゃっと賑やかで楽し気な子供達の声が庭に響く。
庭は初夏の花が咲き乱れ、梢は新緑の葉が風に揺れる。
さて園遊会真っ最中である。
結局逃げられるものでも無かったので、諦めて正面から向き合う
事にした。全力で。
朝早くからマーシャたちに頼み、服のコーディネートから身嗜み
まで、一切合切全て任した。
﹁ああ、クラウド様ったら!! ブラッシングは毎日朝晩キチンと
行って下さいと申し上げましたのに!﹂
﹁どうしましょうか、予定していた礼服が小さいですぅ!﹂
﹁此方の礼服を。少し寸法を手直しすれば良いでしょう﹂
ブラッシングをサボっていたせいで縺れていた髪はマーシャの手
により、サラサラツヤツヤな髪となり︵序でに少し切られて整えら
れた︶、小さかった礼服は大きめの物を手直しして着られる様にし、
靴やら何やら、俺の三人の侍従たちが漸く満足出来る仕上がりとな
った所で時間となった。
鏡で姿を確認したら、ダレコレ、な状態だった。化け過ぎてて俺
じゃないみたいだ。
天使の輪が光る金髪に、白に金の刺繍を施した礼服︱︱因みに今
回も王家の証、ティリアン・パープルのサッシュを腰に巻いている。
ただ今回は布が薄いので、ラベンダー色に見えなくも無い︱︱を着
けた俺は、何処からどう見ても王子様だった。いや、本当に王子な
んだけど、コレジャナイ感が半端無い。
良く見たら顔も結構イケテる気がする。まぁ顔なんてこれから幾
313
らでも変わるわけだし、マイナス方面に変わらない様に努力すれば
良い話だ。今イケテると思うなら、このまま鋭意努力すれば良い。
大事なのは、今日の俺と学校に通っている俺が同一人物だと判ら
ない様にする事だ。
気にし過ぎと言われ様と、それだけは譲らない。折角自由に過ご
しているのに、変な取り巻きが出来るのは避けたい。
幸い一年前倒しで入学したから、今日会う予定の子息たちとは同
学年にはならない、筈。⋮飛び級とかされたら判らないけど。
王子様然とした俺を半年以上先まで覚えて居るかは不明だが、サ
ラツヤ王子様と、ボサワサ平民を同一視出来るのは余程注意力が有
るか、何か目的有っての事だろう。危険を犯して不穏な学校生活を
送りたくは無い。
嫌がらせは充分不穏だ、と言うのは却下で。
初めは宰相のセバス爺ちゃんの挨拶から始まり、父の挨拶が来て、
俺の紹介。
ざわ
﹁クラウド・アルマースです。本年五歳となり、若輩ながら皆様と
誼を結べたら、と思います﹂
壇上で父の横に立ち、教わった通りに礼を取ると、会場が騒めい
た。
あれ? 何か変な事言ったか?
こう言う時は必殺! 愛想笑い!
にこりと微笑んでみたら、更に騒がしくなった。何でだ。
立食形式のガーデンパーティーなので、日傘を手にした貴婦人が
あちこちに立ち、日陰で談笑していた。
紳士方も情報交換に余念が無い様で、集団が幾つか出来ている。
男性が領地や経営の事なら、女性は社交らしく、恐らくそれらの
情報を元に何処の家が将来有望か、娘の嫁ぎ先や婿入り、縁談相手
を探っていると思われる。⋮俺の方をチラチラ見るのは、俺も候補
314
の一人だからだろう。ただ面と向かってアピールしないのは、王族
に嫁ぐには身分も然る事ながら、教育が充分で無いと気付いたから
か。今現在の礼儀作法で俺と対面しても、無礼者と思われる、と勘
繰っているのだろう。
全然そんな事は無いんだが。寧ろ年齢相応で微笑ましい。どちら
かと言うと、俺の方が出来過ぎてて可笑しいから。
初めの内は借りてきた猫の様に大人しかった子息令嬢達だったが、
次第に厭きてきたのか落ち着きが無くなり始め、その内一人、二人
とお菓子に群がり食べ始め、庭を駆け回り始めた。
慌てて止め様とした親を制止したのは父上だ。曰く、子供は元気
が一番。俺が三歳の頃はヤンチャで城中大騒ぎだった事も有り、此
の程度なら微笑ましいもの、と傍観される事となった。
駆け回る男の子たちは既に幾つかグループが出来ていて、女の子
も数人単位で固まっていた。こうして見ると、男女比では男の方が
多い気がする。聞いた話だと、俺の産まれた翌年は空前のベビーラ
ッシュで、男女比は半々か少し女の子が多いらしい。上手い事男女
比が均等になっている様で何よりである。
チラリとテーブルの周囲を見れば、口の回りに食べかすを付けた
り、服を汚したり、子供らしいと言えば子供らしいが、御行儀が良
いとは言えない子がチラホラ見受けられる。
それを見て見下す様な視線を投げる子が居るが、俺としてはそち
らの方が残念だ。年齢相応だから仕方無いと思うのは俺だけか?
視線に気付き、自分が無作法だと気付いたのか、涙目になった子
が居たのでソッと近寄る。
﹁楽しんで居ますか?﹂
にっこり笑って問い掛けると、吃驚したのかポカンとした顔で固
まる。固まったのでこれ幸いと、口元の汚れをソッと拭ってやる。
チョッと気になったもんで。目を瞬かせて驚いていたが、返事をし
ないのは失礼に当たると気付いたのか、俺の問いに答える。
﹁は、はい! お、おいしいおかしがたくさんあってうれしいです
315
!!﹂
﹁良かった。厨房の者たちが喜びます。最近外国から採り入れたレ
シピのお菓子も有りますから、どんどん食べて下さいね﹂
最近こんな言葉遣いをしていなかったので、自分でも気持ちが悪
い。でも王子様っぽく、と思うと普段通りだと拙いだろ、と思うの
で我慢。
﹁それでは楽しんでください﹂
﹁は、はいぃ!!﹂
緊張のせいか真っ赤になって返事をする姿が可愛いな、と思わず
笑みが溢れる。⋮男児でも可愛いは可愛いんだよ。
何故だか更に赤くなっていたが、陽気のせいだろうか?
外国から採り入れた新しいレシピ、は勿論ヘスペリアで食べた生
クリームをふんだんに使ったケーキの事だ。帰国して直ぐに料理長
に話して、試作して貰った。
ふわふわのスポンジは作るのが難しかった様で、何度も失敗しな
がらも試行錯誤の末、温度調整とかヘスペリアからレシピを取り寄
せたりして成功した。試食した時は厨房の皆で涙しながら食べた。
その後もう一度作り、ヘスペリアに同行出来なかった母に差し入れ
たら、とても喜んでくれたのだが、その背後で恨めし⋮⋮羨ましそ
うに見る侍女たちがちょっと怖かった。
フラフラと庭園を歩いて、出会った子供たちと挨拶を交わしてい
たが、出席者が多過ぎて誰が誰やらサッパリ判らない。て言うか特
に女の子たちは似た様なドレスに髪型、然も薄化粧までしているの
で見分けがつかない。
俺の婚約者候補もこの中に居るのだろうか、と予め訊いた所に因
ると、身分的に釣り合う令嬢は同い年には居ないらしい。一応伯爵
令嬢は何人か居る様だが、政治的思惑で婚約するにはどの令嬢も似
たり寄ったりなので、もう少し成長して恋愛感情が有れば考える、
316
と言われた。
俺の意思を尊重してくれるのは有り難いが、どうしよう。全く見
分けが付かない令嬢方に恋愛感情等持てるのだろうか。不安だ。
庭園を一回りした所で喉が渇いたのでテーブルに近付こうとした
ら、止められた。誰だ、と思い顔を見れば、リシャールさん。警護
に当たっていたらしい。
﹁? 水が飲みたいのですが?﹂
﹁直ぐお持ちします。殿下は今暫くテーブル近くには近寄らないで
下さい﹂
そう言って近くに控えていた給仕に合図し、水が用意された。勿
論ただの水では無く、ハーブの風味爽やかな水だ。
礼を言って受け取り飲みつつ、何故止められたのか訊ねる。
﹁俺、何かしましたっけ?﹂
﹁無自覚ですか⋮⋮。いえ、今近寄りますと少々服を汚された御子
息、御令嬢方が多く溜まっていますので。服を整える時間をお作り
するまで、お待ち頂ければ、と﹂
言われて見れば、侍女たちが胸元や襟や袖の汚れを拭っていた。
成る程、生クリームなんか食べた事が無いだろうからな。ただでさ
え子供で注意力散漫な所で、初めての食べ物じゃ汚しても仕方無い
か。
俺の白の礼服も、うっかり汚されそうだし事前にトラブルは防ご
うと言う事か。
﹁違いますが、もう其れで良いです﹂
俺が自己完結して頷いていたら、リシャールさんが溜め息を吐い
ていた。何でだ。
はしゃ
ある程度顔も見せたし、時間も来た所で再び集められて挨拶。既
に眠ってしまった子供も居るが、大体は燥いでいたからか、頬を真
っ赤に染めて元気そうだ。これだけ大人数の同世代の子供と遊ぶな
ど、普段出来ないだろうから良い機会だったろう。
317
これで家庭教師ではなく、学校に進学する事に前向きになってく
れれば良いと思う。⋮⋮あ、そう言う目的も有って就学前に集めら
れるのか?
一人で勝手に頷いている間に閉会になったらしい。父に手を引か
れ退室しようとした所で、背後から声が掛かる。
﹁おーじさま、ごきげんよー!﹂
﹁ズルい! わたしもあいさつする!﹂
﹁ごきげんよう﹂
口々に挨拶されて驚いたが、振り返って笑いながら手を振れば、
何故か悲鳴が上がった。⋮⋮子供って興奮すると奇声を上げるから
な⋮⋮余程楽しかったのか。
そんな感想を父に言えば、何故か父だけでなく後ろで警護してい
た騎士たちにまで笑われた。
何が可笑しかったんだろう?
デュー
長かった様な短かった様な休暇が終わり、学校に戻る日となった。
シ
弟も充分可愛がり倒したし、料理長に許可を貰い厨房を借りて食
材も追加した。城でやり残した事は無い筈。
そんな訳で気分一新して寮に戻ってみれば、だ。
﹁こ、んの、バカたれどもがーー!!﹂
もう怒った。許せない。
誰が、と言えばシールとラークだ。連帯責任でザックも緊める。
監督不行届きだ。
何が許せないか、と言えば事の起こりは寮に戻って直ぐ。
部屋に荷物を置き一息つけよう、とした所で扉の下に封筒が落ち
ていた事に気が付いた。俺の部屋の中に落ちていたのだから俺宛だ
318
ろう、と思いつつも宛名を確認し、封を開けた。
﹃クラウドさま
だいじなおはなしがあります
4時にしょくどうのうらにわでまっています
おひとりで来てください﹄
辿々しい文字で書かれたその内容は、怪しすぎた。
差出人の名前が無いとか、食堂の裏って硝子張りのテラスの庭の
アクション
事かよ、とか突っ込みどころはかなり有るが、此処等で一つ、俺の
方からも行動を起こさないといけないな、と思っていた所だ。此処
は一先ず素直に乗ってやろう。
時計を確認すれば既に3時半を過ぎていた。指定の時間までは直
ぐなので、荷解きは後にして指定場所に向かう。
途中で帰寮したルフトに会ったが、一人で来いと書いてあったし、
思うところ有って食堂に行くよう伝えた。
多分呼び出したのは十中八九、シールかラークだ。手段は知らん
が、目的は俺に恥をかかせたい、と言う所だろう。人気の無さそう
な所を指定しつつ、実はテラスから丸見え、と言う場所から察する
に、何か細工をしているんだろうな、と思う。
まぁ若しも万が一、本当に俺に用事があって呼び出したのなら、
指示通り一人で行くのが筋だろう。その場合、場所のチョイスに問
題が有る気がするが、本人が気が付いていなくて気にしない、と言
うなら俺が気にする事でも無い。
廊下をすれ違う同級生たちに挨拶をしつつ指定場所に向かえば、
誰も居なかった。気配を探ると、テラスの中に幾人か人の気配。カ
ーテンに隠れて覗いているらしい。
コレはアレか。まんまと呼び出された俺を笑うと言う作戦か?
319
⋮此処までだったら俺もキレたりはしない。問題はこの後だ。
﹁誰も居ないのか?﹂
辺りを見回しつつ、庭に足を踏み入れた。一応騙されたフリはし
てやる。多分テラスの正面に来た辺りで、テラスの中から﹁だまさ
れたなー!﹂とか囃し立てる寸法だろう、と思うので思惑通りにし
てやるべく歩いていくと、急に足下に浮遊感。
え、と思う間も無く、俺は急に無くなった地面から穴に落ちた。
落ちたと同時に、テラスからワッと歓声と悲鳴が上がった。それ
とバタバタと言う足音が俺に近付く。
﹁クラウド! 大丈夫か?!﹂
﹁ばーか、だまされてんのー!﹂
心配する声、莫迦にする声が頭上から聞こえるが、それ所では無
い。
俺が落ちたのは、恐らく魔法で作られた落とし穴。つい先日魔法
授業の際に習った土を抉る魔法の応用だ。直径60㎝、高さは僅か
30㎝程の穴に落とされ、腰をついている所だ。咄嗟に受け身をと
ったので、怪我はないが地味に腰が痛い。
︱︱︱︱若しも俺以外がこの穴に落ちたら。
そう思ったと同時に、立ち上がり、叫んだ。
﹁こ、んの、バカたれどもがーー!!﹂
穴から出たと同時に首謀者と思しき二人に詰め寄る。掴み掛かり
はしない。そんな事をしたら次の攻撃の良い口実を与えてしまう。
しかしそんな俺の配慮も悪戯小僧二人には通じない。莫迦にした
様に鼻を鳴らす。
﹁なんだよ、おまえがかってに落とし穴におちたんだ。ぼくがやっ
320
たショーコでもあるのか﹂
よし、しらばくれるなら遠慮はしない。
ヽヽヽヽ
﹁たった今、俺に対して騙されている、と言った口でそれを言うの
か、子爵子息。何故俺が騙されたと判る?﹂
﹁そ、それは⋮⋮﹂
ヽヽヽ
﹁確かにお前たちがやったと言う証拠は無い。だが俺を呼び出すの
に使われたこの封筒と便箋、シンプルトン子爵家の物だ。コレの入
手経路は何処だろうな?﹂
ヒラヒラと俺の部屋に有った封筒を翳して見せると、ラークが慌
てて取り返そうとした。よし、ラークがシンプルトン家の方か。
ヽヽヽヽヽヽヽヽ
﹁盗まれた、と言うならその証を出せ。それと、この手紙を書いた
人物がお前たちでは無い証拠を見せろ﹂
﹁なっ、なまいきだぞ!! 平民のクセにッ!!﹂
﹁身分など関係有るか! 俺が言っているのは事実のみだ。封筒の
入手経路、筆跡の確認、指定場所に掘られていた落とし穴、都合良
く囃し立てに現れた理由。全て関係無いと言うなら、説明して見せ
ろ﹂
俺が詰め寄ると、涙目になりつつ悔しそうに顔を歪ませ、後退り
する二人。他の子達はポカンとしている。
そりゃそうだ。俺は今までこの二人に色々やられた︱︱教科書を
隠されたり、突き飛ばされたり︱︱が、特にコレと言って反撃はし
ていなかった。精々その都度対応していただけだ。それが却って二
人の行動をエスカレートさせたのは否めない。
それが今までされるがままにしか見えなかった俺が、怒り狂って
詰め寄っているのだ、目を丸くするのも仕方無い。
﹁な、なんだよ! このくらいの穴に落ちたくらいで、おおげさな
!!﹂
涙目になりつつも謝る気配の無い二人に半ば呆れ感心し、俺は再
度、息を吸い込んでから、叫ぶ。
﹁莫迦たれがーッ!! こんな中途半端な落とし穴をこんな場所に
321
作る奴が居るかーッ!!﹂
え、そっち? とルフトが呟いた。
俺が何故怒ったかと言えば。
別に俺に対して悪戯を仕掛けるのは良いのだ。落とし穴、上等。
寧ろもっと深く掘ってあっても良かった。だが。
﹁こんな誰でも出入り出来る様な場所に、中途半端な罠を仕掛ける
な! 間違って他の人間が落ちたらどうするつもりだ!?﹂
俺の指摘にその可能性を考えて居なかったであろう二人が顔を見
合わせる。
﹁特にこの庭は花壇が有るから、女の子たちが良く来るんだぞ? 彼女たちが誤って落ちて、怪我でもしたらどうするつもりだ?!﹂
たかが30㎝と言うなかれ。実際受け身を取っても痛かったのだ、
訳も判らず落ちて足でも挫いたら。下手をして骨折でもしたらどう
するんだ。女の子は恐いんだぞ。
俺の指摘に漸く自分達の行いが無関係な人間にも影響を及ぼす、
と理解したのか二人の顔色が悪くなる。
﹁な⋮何だよ、女にこびうって、味方にしようって言うのかよ!﹂
それでも未だ謝らないのは、意地なのか何なのか。ただ二人の旗
色が悪いのは事実だ。
﹁媚とかじゃ無い。事実を述べているだけだ﹂
俺が言い返すと唇を噛みしめて俯く。恐らく拙い事をしたのは理
解出来たが、平民と莫迦にしている俺に謝罪をするのは悔しいのだ
ろう。気持ちは判らないでも無い。
だがソレはソレ、コレはコレ、だ。
謝罪待ちの俺と、悪戯の首謀者二人が向き合い黙っている所へ声
が掛かる。
﹁こんな所で何を騒いでいる?﹂
突然俺達に割って入ったのはザックだ。騒ぎを聞き付け様子を見
322
に来たらしい。俺達の様子を一瞥し、状況を察した様だ。
﹁﹁ザハリアーシュさま﹂﹂
味方が来たと思ったのか、あからさまにホッとした二人。然し眉
を寄せたザックの表情に、忽ち動きが固まる。
﹁⋮クラウド、何が有ったかは知らないが、この二人が君に迷惑を
掛けた様だ。代わって謝罪⋮⋮﹂
﹁ザックは無関係だろう。謝罪はその二人がすべきだ﹂
ザックの言葉を途中で遮る。俺の言葉に二人は顔を歪め、ザック
は溜め息を吐いた。
﹁⋮⋮二人とも。彼に何か言うべきだろう?﹂
﹁⋮⋮ッ!﹂
ザックが味方にならない事に気付いた二人だったが。
﹁謝罪は要らない﹂
俺の言葉に再度、三人が信じられない様な顔になる。
だが良く考えて欲しい。言わされた謝罪なんか貰って何になる?
心からの謝罪でなくては意味が無い。そうでなければまた繰り返
されるのが目に見えて判るのに、上辺だけの謝罪など必要無い。
﹁俺が欲しいのは心の底からの反省だ。口先だけの謝罪なら要らな
い﹂
反省も理解もせずに謝罪された所で、忘れた頃にまた同じ事を繰
ザック
り返すだろう。今まではザックも居たし、様子見で何もしなかった
が、結局彼も年相応の子供だ。二人に対して有効な抑制は出来てい
なかった。
俺も一応年相応の子供で居るつもりは有るが、前世の記憶が有る
が故に、どうしても年齢以上の行動や思考をしてしまう。だから、
その差故に放置してしまった⋮⋮って、あれ。二人が図に乗ったの
は結局俺のせいか。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
うん。ちょっと気まずい。
説教しようとしたら、相手が違っていた。俺だよ。それはかなり
323
気まずい。
どうしようか、とは思うが。まぁ彼等が仕様の無い悪戯をしたの
は事実だし。
俺がいきなり怒りを治めたので、訝しそうに此方を見る。⋮怒っ
ては居ないが、やった事に責任は取って貰おう。
﹁とにかく。謝罪は要らないし、今後またこんな事をされるのも困
る。どうせやるなら、正々堂々ぶつかって欲しい﹂
俺がそう言うと、信じられない様に目を丸くした。
﹁ふ、ふざけるなよ! 正々堂々って、お前のほうがべんきょうも
うんどうもできるじゃないか!!﹂
﹁平民のクセにッ! ボクたちよりもゆうしゅうなんてなまいきな
んだよ!!﹂
ぎゃんぎゃんと噛み付くように文句を言う二人だが、成る程、劣
等感が余計に行動をエスカレートさせた、と。
ソレより一応俺の事を優秀だと認めてはいるんだな。意外だ。
﹁別に俺と成績で勝負しろと言った訳じゃ無い。こんな厭がらせを
するより、建設的な事をしようと言っているだけだ﹂
何だかすっかり怒りが削げてしまったので、淡々と言えば、ザッ
クが溜め息を吐いた。
﹁君の言い分は判った。確かに気に入らないと言う理由だけで厭が
らせをするのは良くないが、それを黙認していた自分にも責任は有
る。だから一先ず自分の謝罪は受け取って欲しい﹂
済まなかった、と言うザックに慌てるシールとラーク。まさか推
定伯爵子息︱︱実際彼は伯爵家の人間だ︱︱が平民に頭を下げると
は思わなかったのだろう。
﹁⋮それで、正々堂々と勝負しろと言うが、彼等二人では碌な勝負
にならないだろう。自分が相手で良いか?﹂
ザックさん、結構酷い事言ってますが。その通りだと思うので何
も言いませんよ、俺は。
﹁ザハリアーシュとシール、ラークがそれで良いなら。⋮二度と他
324
人を巻き込みかねない悪戯はしないで欲しい﹂
﹁それは約束する﹂
頷くザックと詰まらなそうな二人だが、彼等はあれでザックには
心酔している様だから、言い付けは守るだろう。
真面目な話、俺だけが標的なら幾らでも仕掛けてきて良いんだが、
他人が巻き込まれるなら止めさせなくては。ザックも落とし穴の場
所と状態を見て、その危険性に気付いた様だからこれからは注意し
てくれるだろう。
﹁じゃあ早速だけどこの場所の後始末、宜しくな?﹂
にっこり笑ってそう言うと、再度ザックが溜め息を吐いた。
﹁クラウドって変な所で怒るのな?﹂
﹁カッコいい⋮⋮﹂
﹁怒りポイントが判らない⋮⋮﹂
何か後ろの方でコソコソ同級生たちが言っているが、気にしない。
誰だ、もう少し背が高ければとか言ってるの。未だ成長期前なんだ
よ、成長期を待て。
それにしても、どうやら誰も気が付いて居なかったのか、思い付
きもしなかったのか。
別に俺は正々堂々と勝負しろと言っただけで、何で勝負するとは
言ってないのだが。何故皆俺が有利だと思っているのだろう?
⋮⋮図画工作で勝負、とか言われたら、正直勝つ自信は余り無い
のだが。やればやる程残念な作品にしかならないのだが?
芸術面に於いて特に絵画は自信が無い。音楽は多少は嗜んだが、
やりこんでいないからなぁ。一応ちょっと試した時に、例によって
スキルを取得した。だからやりこめば何とかなると思うが、つい剣
術やら魔法やら料理やらの方に力が入って、芸術方面は伸ばしてい
ない。
325
⋮⋮授業を真面目に受けよう。
心密かにそう決意し、俺は部屋に戻って荷物の整理を始めた。
何故か隣室の掃除まで手伝ったのは、単純にレイフの部屋が片付
ショー
いていなかったからだ。別にカッコいいと言われて恥ずかしくなっ
たからじゃ無い。
トケーキ
だがこの後、掃除が終わってお茶にしよう、と俺が用意したお茶
菓子がどうやらレイフのお気に召した様で、心の友宣言をされたの
は意外だった。
レイフ
確かに未だエーデルシュタインでは流通していないお菓子だがな
? お前、何人心の友が居るんだ? と突っ込んだ俺は悪くないと
思う。
326
Lv.27︵後書き︶
閲覧有り難う御座いましたwww
一人称だと、他人の心情とか様子が上手く表現できないです。うー
ん、文章力が欲しい。
王子は回りのスペックが高いので、自分が結構美少年になりつつあ
るのに気付いていません。
園遊会で周囲が騒いでいたのは、王子が初めの噂︵両親に似ず平凡
な顔︶と違い、賢そうな美少年だったからです。
リシャールさんが王子がテーブルに近付くのを止めたのは、王子に
近付きたい子供たちがわざと顔や服を汚していたので。
!!
'16/02/13
−−−−−
⋮この辺をキチンと本文で説明できれば⋮⋮ッ!!
−−−−−
↓
誤字修正
‼
327
Lv.28︵前書き︶
お待たせしました。
もはや説明文過多なのは、そう言う仕様だと開き直ります。
328
Lv.28
﹁⋮ここで精霊による魔法と魔術師たちが編み出した魔術に違いが
表れます。使用する魔法が高度である程、力の強い精霊の協力が必
要となり、魔術であれば本人の⋮⋮﹂
魔法授業の座学である。
必要最低限の知識を教える、と言う名目で行われているのだが、
何と言うか⋮⋮子供相手にしては専門的な気がする。理解が追い付
かないのでは? と言う俺の危惧そのままに、教室内は半数以上が
夢の国に旅立っていそうだ。まともに聞いているのは数人、他は飽
きてこっそり遊んでいるか寝ているか。
俺は魔導師長に教えを受けていたので、この程度の話なら何とか
理解出来る。復習になって良いな、と思うし、最近どうも伸び悩ん
でいるので、何か良い対策が浮かぶかも、と思って聞いている。身
長では無い、魔法だ。
ただ、頭打ちと言う事は無い筈だ。俺のスキル、︻限界無限︼は
限界レベルを更に越えて先へ行けるのだから、何か他の理由が有る
筈だ。
それも有って、何かヒントは無いかな、と大人しく授業を受けて
いるのだが⋮⋮。
ヘンドリクセン先生は気付いている筈なのに、淡々と授業を続け
ていて、一人、また一人と脱落者が出る。
結果。恐らく最後の牙城で有っただろう、ザックが陥落した事に
より、先生は俺の目の前に立ち苦笑した。
﹁やれやれ手強いですね、クラウド氏は﹂
﹁あ、やっぱりわざとですか?﹂
﹁わざと、とは?﹂
329
﹁小難しい事を言って退屈させて、生徒を眠らせる⋮⋮かな?﹂
俺の答に先生はニンマリと口角を上げる。
どうやら俺の答は正解だった様だ。正解でなくては俺も困る。何
せ授業が始まる前、先生はわざとらしくも、﹁集中力を高める為に﹂
と香を薫いた。それも有りかと思ったのだが、薫かれた香は甘く落
ち着いた匂いで、おかしいな、と思っていたのだ。昼も過ぎお腹が
くちくなった子供が、座って小難しい話を聞かされ、沈静効果の有
りそうな香を嗅いで⋮⋮寝るなと言う方が難しいと思う。
先生は誰も起きていないから、と言う理由で俺を教卓近くに呼び、
向かい合って座る。
教卓の上には、先程まで子守唄代わりに読まれていた魔法書。表
ピカピカのいちねんせい
紙を見ると⋮⋮。
﹁先生、何故初等教育課程の俺達に高等魔術書を読んでるんですか﹂
思わずジト目で睨むが、効果は無い様だ。愉しげに笑われてしま
った。
﹁なに、眠らせる事が目的だからして。子供達が眠れる内容なら何
でも良かったのですよ﹂
そう言ってヘンドリクセン先生は、ひょいと脇に在った本を取る。
そちらは表紙に、﹃やさしいまほうのはなし∼はじめてのせいれい
まほう∼﹄と書かれていた。⋮あからさまに子供向けの入門書、と
言うより絵本の域だ。
見た事が無い本なので、頼んで見せてもらう。パラパラと流し読
みだが、見る限り子供向けに易しく書かれた入門書だ。精霊魔法、
と謳ってある様に火水風土の属性について判りやすく説明されてい
て、初めてでも無理無く理解できる内容だと思う。
︱︱︱︱そう思って本を閉じて返そうとしたら。
﹃︻精霊魔法︼の基礎を習得しました。新たな魔法を習得するこ
とが可能になりました﹄
330
ピコーンと何時ものアレだ。だがその内容に﹁ん?﹂と思う。
説明をよくよく読んでみれば、どうも俺は精霊魔法に関して基礎
が出来ていなかったらしい。そのせいで魔法知識や技術が片寄って
いたらしく、中途半端に精霊魔法を理解したつもりでいたが為に、
ここ最近伸び悩んでいた、と言う事だ。
確かに魔法陣を構築するのに、時々詰まっていたりした。基礎が
出来ていなかったなら、そりゃ当たり前だ。
良く考えれば、白虎から貰った魔導書。あれは初級魔法の組み合
わせでも、効果の高い結果が得られる呪文が結構有った。基礎さえ
押さえればある程度は何とかなる、と言う証左じゃ無いか。
初級魔法の頁に幾つか白紙が有ったが、あれはつまり俺のレベル
云々より、基礎が無いから見せられない、と言う事か。
⋮⋮白紙が有った時に気が付けよ、俺!
はぁ、と溜め息を吐いたが直ぐに思い直す。今回、精霊魔法の基
礎を習得して新たな魔法を習得出来る様になった、と言う事は白紙
の頁も読める様になったと言う事じゃ無いか?
うん、俄然気になる。
アイテムボックス
﹁先生、自習していて良いですか?﹂
片手を道具袋に触れながら訊ねると、快く了承された。
﹁では私は予定通り読み聞かせでもしますかねぇ﹂
先生はそう言うと、先程まで読んでいた高等魔術書︱︱︱︱では
なく、絵本の方を読み始めた。
ゆっくりと落ち着いた声で、何度も繰り返し読み聞かせる。その
傍らで俺は静かに魔導書を読み耽る。
331
思っていた通り、幾つか落丁みたいに抜けていた頁が埋まってい
た。それらは全て精霊魔法に関する物で、成る程、基礎は大切だな、
と思い知らされる。
そう言えば俺が魔法の勉強を始めた頃は、独学だった。一応基本
は押さたつもりだったが、読み飛ばしていたのかも知れない。
面白い様に吸収し蓄積される魔法の知識に、次々と本の内容を難
しい物に変えていって⋮⋮。長老に教わる頃は、とっくに上級魔導
書に手を着けていたので、基礎が歯抜けだった事に気付かれなかっ
たのだろう。
パラリパラリと頁を捲る俺と、先生の足音と本を読み上げる声。
生徒は皆夢の中で⋮⋮ああ、そうか。コレ睡眠学習だ。判りやすい
内容を繰り返して、無意識下に記憶させる。
確か情報や知識は覚醒時には雑多な情報として脳に残り、そのま
までは何れ忘れられる情報なのだが、眠る事により情報が整理され
蓄積される、と聞いた事がある。勿論此れは前世知識で。それを利
用したのが睡眠学習法だ。
実際は効果が無いとされたが、半覚醒状態で覚えた事を深い睡眠
時に記憶させれば効果が期待出来るとか何とか。前世の俺が生きて
いた頃は、未だ明確な結論は出ていなかった様に思う。
俺が思うに、ヘンドリクセン先生は俺達生徒を意図的に眠らせて、
睡眠学習を行っている。理由は推測でしかないが、俺達の年齢的に
昼寝の時間が必要だと思ったのが一つ、魔法の基礎知識を繰り返し
深層心理に叩き込む事に因って、土台となる基礎を習得させようと
しているのでは無いか、と言うのがもう一つの理由だ。若しかして
前世ではハッキリとした効果の結論が出ていなかった睡眠学習だが、
この世界では確立された手法なのかな、と思う。効果的な香を薫い
たり、読み手がそう言う意図を持っているなら、記憶に刻み込む、
なんて魔法も有るのかも知れないし。⋮今度調べてみよう。
静かに時間が流れて、魔導書を読んでいた筈の俺も、何時しか意
332
識がぐらつき気が付いたら眠っていた。
ヘンドリクセン先生恐るべし。
魔法学の授業が終わる頃、俺は爽やかな目覚めを迎えた。
周囲を見回すと、未だ殆どの生徒が夢の中だ。クン、と鼻を嗅ぐ
と、寝入り端に薫かれていた香とはまた違った香り。此れは多分寝
過ぎ防止の為に、時間に合わせて自然に目が覚める様に薫いたんだ
な、と思う。寝落ちしていたが、香の効果か俺の睡眠のタイミング
が合っていたのか、スッキリ爽やかな目覚めだった。
落ちる直前まで読んでいた魔導書の内容も、頭の中で整理され落
ち着いている気がする。
取り敢えず欠伸一つしてから、伸びをしてみた。本の少し凝って
いるのか、ミシミシと軋む感じがしたので、軽くストレッチをして
体を解す。
そんな事をしている間に、次々と生徒が起き出した。ボンヤリし
た様子の子供が大半で、状況把握が出来ていないらしい。目が覚め
たら部屋では無く、教室だった事に驚いているみたいだ。
﹁クラウド、起きてた?﹂
﹁いや、俺も寝てて、今起きたところ﹂
ルフト
コッソリ訊ねるルフトに答えると、あからさまにホッとしていた。
ざわ
うんまぁお前真っ先に撃沈してたものな。
静かだった教室が騒めき始め、全員が起きた所でヘンドリクセン
先生がパンと手を打ち鳴らした。
ハッと教卓に注目が集まったと同時に、先生が授業の終了を宣言
する。そして引き続き、休憩を挟んでからの毎日行われている学級
会。要は日々の問題点とか学校からの伝達事項とか、ちょっと学力
に差が有る様なら補講とか。
今回は学校からの行事のお知らせだった。
333
結構目白押しと言うか、夏休み前に予定が立て続けに組まれてい
る。
直近の予定は、運動会だ。
夏初月の最後の週。風待月、つまり雨期の前に日頃の成果、成長
を家族に見せよう、と言う⋮⋮勿論発案者は俺だ。だって小学校の
楽しみと言ったら、運動会と遠足だろう? 開校前に学校行事を色
々考え、コレは入れといてくれ、と頼んだものだ。
入学してから約半年、子供の成長を見るには良い機会だと思う。
なにがし
⋮つい先日、一週間休みがあったがそれはノーカンで。
後は学習発表会。⋮って何だ?
配られたプリントで確認すると、どうやら某かの研究をしてそれ
を発表すると言う事らしいが⋮⋮文化祭みたいなものかな? 初級
学校の内は必要無いと思って特に推して居なかったんだが、若しか
すると中級学校や上級学校での行事を取り入れたのかも知れない。
一年生しか居ないのに、学習発表も何も無いと思うんだが、これも
子供の成長を見るって事かな? これは俺も経験が無い事だし、行
き当たりばったりの試行錯誤で良いか。
その他では夏休み直前に基礎テスト、二回ほど地域学習見学。行
先は市場と鉱山。⋮鉱山は以前父と行った事が有る。同じ場所だと
顔が知られていて不味いだろうか? それとももう二年前の事だし、
顔なんか忘れているか?
まぁ我が国の鉱山は数え切れない程有るし、学校から日帰りで行
ける距離なら高が知れているだろう。気にする事も無いか。
関係無くも無い話だが、実はこの世界、移動手段は結構多彩だ。
長距離なら転移門、海や川は船が有り、空は飛空船か飛龍。陸上は
個人なら徒歩か馬か竜や魔獣に単騎で、集団なら箱形の乗り物を馬
達に繋げて移動する。所謂馬車だが、定員は結構多い。二十人くら
いは余裕で運べる上に、魔石を組み込む事に因って軽量化され、更
334
に定員が増えている。多分一学年丸々運ぶのも余裕だろう。収容す
る箱が有れば、であるが。
キャリ
一クラス位は魔石が無くても余裕なので、見学には馬車を使う事
になるだろう。
ッジ
ヘスペリアで皇都と王都を往き来するのに使った馬車は、四輪箱
馬車で辻馬車より少し小さめだった。だからこそ盗賊に襲われ掛け
たのだが、小さめとはいえそれでも結構な大きさはある。大人四人
が定員でも馭者は含まれないし、無理矢理詰めれば八人はいける気
がする。て言うか実際俺と父の乗っていた馬車以外はもう少し大型
で、十人程は乗っていたと思う。護衛は馬だったし。だから随行者
全員での移動でも三台の馬車で済んだ訳だ。
多頭立ての馬車なら、八人どころか大型の車輌が使えるので一台
で済んだだろう。使わなかったのは単に空きが無かったのと、やは
り貴族がすし詰め状態で馬車に乗るのは外聞が悪いと思ったからだ。
要は優雅に見えない。面倒臭いよな、貴族って。
他に目ぼしい予定は無いかとプリントを確認していると、プリン
トに影が射した。顔を上げるとシールとラークである。後ろには苦
笑したザック。
﹁おい、クラウド! お前みたいななまいきなヤツ、ほんとうは声
もかけたくないんだけどな!﹂
﹁しかたなくだぞ! しかたなく声をかけてやってるんだからな!﹂
⋮何だコイツら、どんなツンデレだ。ちょっと可愛いと思っちゃ
ったじゃないか、このお坊っちゃまどもめ。⋮ほら見ろ、後ろでザ
ックが頭を抱えている。
先日の落とし穴の一件以来、面白いくらい二人の態度は激変した。
ザックに釘を刺されたのも勿論有るんだろうが、俺が反撃したの
も堪えたんだろう。基本お坊っちゃまだからな。
逆らわないと思っていた相手に逆らわれたのだ、普通なら面白く
335
なく更に虐めって言うか風当たり? が強くなるんだろうが、釘を
刺された上、此方の方が実力が上だ。どうにもならない。素直に歩
み寄るのも出来ないし、ついこの態度になるんだろうなぁ⋮⋮。
ついニマニマしてしまう頬を引き締め、何の用かと訊ねる。する
と二人ではなく、後ろにいたザックが前に出て話し始めた。
﹁クラウド、君と正々堂々勝負すると言う話だが、今の所自分は君
に勝っていない。違うか?﹂
﹁⋮⋮負けてもいないんじゃ無いか?﹂
これは本当。
何せザックは非常に優秀だ。それこそどんなチートだよ、と言う
位には。
俺みたいに前世補正が有るなら兎も角、優秀過ぎてちょっと吃驚。
単純な小テストならお互い満点で勝敗がつかなかったりする。
あ、因みにライもかなりチートだ。彼も俺並みに努力すれば結果
が身に付くみたいだ。そう言うスキルじゃ無くて、本当に努力の結
ラディン
果で知力体力その他諸々上昇系スキルを得て、そうなったらしい。
転生直前水の杜の主が﹁努力を惜しまない人間は好きですよ﹂と
言っていたが、この世界そのものがそう言う傾向らしい。努力すれ
ば報われる⋮⋮って素晴らしいな、おい。
ちょっと思考がずれたが、目の前のザックは俺の言葉には余り納
得していない様だ。
﹁勉強は確かに表面上は差が有る様には見えないかも知れないが、
運動は確実に君の方が上だろう。正直ルフトやラインハルトにも負
けていると思う﹂
﹁⋮じゃあ一緒に朝の鍛練でもするか?﹂
﹁⋮⋮いや、それは逆に足手まといだろうから止めておく。そうで
はなくてだな、その⋮⋮﹂
俺の誘いに一瞬目を輝かせたが、首を振って断る。
言い澱むザックの次の言葉を待つと、焦れたのかラークが代わり
336
に言った。
﹁今度ある運動会と学習発表会。それで勝負しよう!﹂
﹁どちらが父兄の評価が高いか、で比べるのはどうだろうか?﹂
ラークの言葉を引き継ぎ、ザックが提案する。
﹁俺は良いけど、発表会は班単位だろう? 評価は個人になるのか
? それとも班か?﹂
﹁ああ、そうか⋮⋮単純に評価は出来ないか⋮⋮﹂
少し困った表情のザックだが、俺は、と言えば。
気分が高揚している。
楽しい、と言う気分がピッタリだ。
身分を問わない好敵手が欲しいと願った俺の︱︱︱︱
多分俺は満面の笑みを浮かべて居るんだろう。ザックが驚いた顔
で俺を見詰めていた。
﹁良いよ、やろう。学習発表会が班単位なら、運動会も同じメンバ
ーでやった方が良いよな? 人数はどうする? 三人? 班まるご
とでやるか?﹂
矢継ぎ早に提案する俺を、戸惑いながら﹁良いのか?﹂と呟くザ
ックだが、良いに決まっている。
別にルールは決めていなかったんだ。団体だろうが個人だろうが、
いま
勝負は勝負。それに団体の方が個人のレベルの違いで実力が均等に
出来る⋮⋮よな?
それに慢心するなと言われそうだが、﹃現在﹄でないとザックは
俺に勝てないと思う。
体格的に俺の方が小さい今現在、運動能力は鍛練していた分俺の
方が有利だが、体格で差が出る競技の場合はその限りでは無い。勉
強に至ってはテストの結果を見るだけなら同等である。
勿論ザックは此れからも努力して実力を上げていくだろうが、限
337
さき
界が有る筈。翻って俺に限界は無い。将来に行けば行く程、実力に
差が出てしまうと思うのだ。だからタイミングとしては今が丁度良
い筈。
﹁学習発表会は班割で一クラス五班程度、って規定が有るみたいだ
な。だったらそれに合わせるか﹂
﹁では六人で?﹂
﹁⋮実力差を無くすって言うなら、成績で割り振るべきか?﹂
﹁﹁ザハリアーシュさまと同じ班が良い!﹂﹂
﹁⋮ソコは変えないから。コッチもライとルフトは決定だから、残
り三人、だな﹂
ああでもないこうでもないと言い続け、結局は先生に頼る事とな
った。何せ埒が明かない。
ザックチームは人選に問題が無ければ、直ぐにメンバーは決まる
だろう。問題は俺だ。何せクラスの半分はつい先日まで俺の事を平
民だと莫迦にして蔑んでいた奴等だ。誘った所で乗ってこないだろ
う。
まぁその内の何人かは、俺の怒り様に驚いて、後ザックの対応を
見て多少は態度を改めてくれたが、それとこれとは話が違うだろう
し。
どうするか、と思いつつもなるようにしかならないな、と取り敢
えず先生に頼る。
結果。
割と良い人選になったのは、何だ。運が良いのか、人徳かカッコ
笑い。
ザックチームは運動も勉強も実力派揃いとなったらしい。
意外な、と言うか考えてみれば当たり前だが、シールとラークは
結構成績が良かったらしい。そうでなくてはザックも側に居る事を
許さなかっただろうしな。
338
俺の方は運動が突出しているのでそれのハンデとなるべく人物を
選出したら、何とレイフとサシャだった。何と言うミラクル。仲の
良い相手で良かった。
残る一人も順当に決まるかに思えたのだが⋮⋮発表会のメンバー
と同じにするとなると、一班に一人は必ず女の子を入れなければな
らなかったらしい。
一応成績とか鑑みて誘ったが、恥ずかしいとか言って断られた。
男ばっかりの班だからかと思ったんだが、どう考えても女の子二人
以上の班なんてそう幾つも作れない。だから断られたって事は、や
っぱり俺のせいかな? ザックの方は割合すんなり決まったみたい
だし。ちょっと凹む。
それでも候補の何人かに聞いてみたら、一人引き受けてくれた。
聞いたらレイフの幼馴染みらしい。何かホンワカ癒し系で、可愛い
と思ったんだが、レイフの婚約者なんだと⋮⋮けっ。お似合いだよ、
爆発しろ。
﹁クラウドさま、よろしくお願いいたしますわね?﹂
﹁こちらこそ、宜しく。えーと、レティシア嬢?﹂
﹁どうぞレティとお呼びくださいませ﹂
にこにこほんわか。うん、癒し系だ。おっとりレイフとはお似合
いかも知れない。
﹁悪いな、勝手に巻き込んでしまって﹂
﹁いいえ、レイフさまと同じ班になれましたもの、光栄ですわ﹂
﹁がんばろうね∼、レティ﹂
﹁はい、レイフさま﹂
⋮二人の世界だな。仲善き事は美しき哉。善哉善哉⋮⋮って、何
だろう俺の周囲はバカップルホイホイでも有るのか。
ふと見ると俺以外は甘い雰囲気の二人をニコニコと見ている。何
だ、羨む俺が悪いのか。ああ違う、単に恋愛と友情の線引きが甘い
だけだ。子供だもんな。こんな時だけ前世年齢を持ち出す俺もどう
339
かと思うが、勝手にやさぐれるよりは建設的になろう。
その後。
話し合いの結果、学習発表会の結果はやはり父兄の評価が高い方
が勝ち。運動会は個人競技と団体競技が有るので、各々の成績をポ
イントにして合計した結果を比べる事にした。
一位なら五ポイント、二位なら四ポイント、と言った具合だ。
クラス対抗なので、団体戦は同じチームになる。だからポイント
は均等に割り振る競技が多いだろうが、玉入れなんかは︱︱すまん、
運動会と言えばコレだ! と構想段階で捩じ込んだ。他は綱引きと
リレー、ムカデ競争を行う予定だ︱︱入れた玉の数でポイントを振
れると思う。
何だかんだで細かい決め事も纏まり、じゃあ正々堂々とな、と握
手して別れた。⋮⋮のだが。
﹁な、クラウド良いだろ?﹂
﹁ダメです、聖職者が何を言っているんですか﹂
﹁いや、俺は神官じゃ無ェぞ?﹂
﹁教職に在る人間は聖職者なんです﹂
﹁いやいやいや、兎に角良いだろ? 稼がせてやるぞ?﹂
⋮⋮デュオ先生である。あろう事か、俺とザックの勝負を知り︱
︱知った経緯は当然、メンバーを決める為に成績を確認しに行った
事からだ︱︱トトカルチョを持ち掛けてきた。確かに以前トリステ
ィア先生のウッカリが何時バレるか、賭けに参加したがデュオ先生
は何時もこんな事をしているんだろうか? と言うか、生徒に持ち
掛けるなよ、と言いたい。
金銭が絡んでる訳じゃ無いから良いだろう? と言われたが、そ
う言う問題じゃ無い。
﹁六・四﹂
﹁え?﹂
340
﹁俺の取り分六で。負かりません﹂
﹁いや、そりゃ暴利だろ? 精々二・八だろ!﹂
﹁良いですよ、校長先生に言いましょうか? 生徒を賭けの対象に
しようとしているって?﹂
﹁う∼、じゃあ三では?﹂
﹁こーちょーせんせー、お話が∼﹂
﹁四! お前が四だ‼﹂
﹁六で﹂
﹁五⋮⋮﹂
﹁六﹂
﹁ご⋮⋮ろ、六⋮⋮﹂
﹁では確りと、今後とも御指導御鞭撻の程、宜しく御願い申し上げ
ます﹂
にっこりと言ったら、泣かれた。良い大人が情け無い。
別に俺は暴利を貪りたかったのでは無く、単に生徒で賭け事は止
めて欲しいと思って言っただけだ。だから無茶な配分を言ったのに
⋮⋮受けちゃうんだもんなぁ。余程好きなのか、賭け事。
俺に話を振らず、勝手にやれば良いのに、とも思ったが言わない
なかまうち
でおく。何時か気が付いた時に、どんな反応をするのか見ものであ
る。
今回も職員や護衛などの学校関係者でトトカルチョを行う様だが、
校長先生には話を通さない様だ。⋮拗ねるぞ?
理由としては当日は来賓や父兄の対応に追われて賭けどころでは
無いだろう、との事だが、其処まで配慮するなら賭けそのものを止
めたら良いのに、と思う。止めないのがデュオ先生なんだろうな⋮
⋮。
まぁ取り敢えず、勝つ為にもサシャとレイフを鍛えるか。
341
Lv.28︵後書き︶
閲覧有り難う御座いましたwww
やっと女の子が出ましたが、ヒロインではありません。て言うか、
居るのか、ヒロイン?
あ。方言だと思うので解説。﹁お腹がくちくなる﹂は、﹁満腹にな
る﹂と同義です。私は良く﹁腹がくちい﹂と言います。
342
Lv.29︵前書き︶
閑話休題的なナニか。
343
Lv.29
﹁肉が食いたい﹂
﹁突然だなぁ!﹂
いきなりの俺の発言に速攻突っ込んだのはルフトである。流石に
一年以上付き合いがあるだけに、打てば響く返しが来る。後は内容
とノリツッコミを、ってそんな事はさておき。
きた
来る運動会での勝負の為、少々運動能力に心許ないレイフとサシ
ャを鍛えるべく、朝の鍛練に誘った訳だが。
一緒のメニューをこなすと、想像以上に差があって吃驚した。
始めのラジオ体操。⋮ラジオなんて無いので、掛け声体操と言っ
てやらせている。勿論掛け声は俺で、例の号令から音楽まで声を出
してやっている。最近は曲を覚えたらしいライも一緒に口ずさんで
いる。
変な動き、と笑っていた二人だったが、終わる頃には何故か息が
上がっていた。どれだけ運動不足か! とツッコミかけたが、全身
運動で普段使わない筋肉を使ったせいかも知れない、と思い直す。
運動会は女子も参加だが、流石貴族と言うか、走ったり跳ねたり、
と言う事はしない。女子の競技は玉入れとダンスだ。ダンスと言っ
ても貴族の嗜み、ワルツである。何せスカートで出来る競技など限
られる。
実は体育の授業だが、男子は俺推奨の体操服が採用されたのだが
︱︱初めは見栄えが悪いだの何だのと文句を言っていたが、騎士団
の訓練時にも採用されている︵成人男性だ、勿論長ズボンに決まっ
ている︶上、やはり動きやすさと汚れても直ぐに洗濯出来るのが決
344
ヽヽヽヽヽ
定的となった︱︱女子は体操服にプラス、スカート着用となった。
やはり足が出るのが不味かったらしい。はしたない、と言う事だ。
ただ足が出ると言っても素足が見える訳では無い。女子の体操着、
下は騎士と同じ長ズボンで、ちゃんと隠されている。それでも足の
形が解ってしまうのは拙いらしい。特に膝から上。難しいなぁ、本
当に!
今回のザックとの勝負の件で協力を仰ぐ事となったレティシア嬢
に因ると、女子の体育の授業は男子と然程変わらない様だが、男子
が武術を習っている時は女子はほぼダンスと言う事だ。
実際貴族令嬢ともなると、余程の事が無ければ全力疾走等しない
だろう。それでも体育の授業を行うのは、基礎体力をつけさせる為
だ。基礎無くして身にはつかない、と言う事である。
着々と運動会の準備を進める中、俺はと言えばレティシア嬢とダ
パートナー
ンスの真っ最中である。取り敢えず、特訓?
本来彼女の相手はレイフなのだが、レイフには基礎体力をつけさ
せるべく走り込みの真っ最中だ。ただ今運動場を周回八周目。⋮そ
ろそろ休ませた方が良いかもしれない。
初めは三周がやっとだった二人だが、今は五周くらいなら余裕で
ある。が、それ以上となるとどうも配分が判らないのか、息が上が
りやすい。
尤も長距離走は俺が出る予定なので、二人には短距離で頑張って
欲しい。早く走る方法が有った筈なので、調べ次第教えてやりたい。
だが今は兎に角基礎体力だ。
﹁クラウドさまはダンスがおじょうずですのね﹂
何回かステップを踏んでお互いのタイミングが掴めた辺りで、レ
ティシア嬢が呟いた。
﹁⋮レイフだって上手いだろ?﹂
345
﹁レイフさまは3回に1回はわたくしの足を踏みますのよ?﹂
﹁あー、⋮⋮悪い﹂
何か適当に言ったら、墓穴を掘った感が半端無いので、素直に謝
る。するところころと楽し気に笑われた。
﹁良いのですわ、わたくしが上達してレイフさまをリードすれば良
いのですもの﹂
﹁そうか。でも一先ず此れで仕舞いにしよう。息が乱れてる﹂
﹁あら⋮⋮﹂
もう少し踊りたそうでは有ったが、休ませる事にする。無理に踊
って変な癖を付けても仕方が無いし、多少靴擦れをしているのか、
足捌きがぎこちないのが気になる。
因みに。ダンスの練習に音楽は欠かせないのだが、初めは口でリ
ズムを取りながら踊っていた。ワンツースリー、アンドゥトロワ、
ってヤツだ。だが其れだと正確なリズムはなかなか刻めない。
かと言ってピアノなんぞ持ち込めないのでどうしようか、と思っ
ていたら、サシャが魔導具を持ってきた。魔石を使った蓄音機の試
作品だ。
元々オルゴールは有ったのだが、其れを応用して何曲か自由に録
音・再生出来る様にしたもので、目下鋭意開発中らしい。
何故そんなものをサシャが、と思ったら、どうやら彼の母親の実
家が商家だと言う。結構大きな商会を営んでいるとかで、伯父に当
たる人が時々開発中または新作をサシャの家に持ち込み、貴族社会
でそれとなく宣伝してくれと頼んでいるそうだ。
その話を聞いて、成る程な、と思った。
サシャもレイフも俺に対して尊大に振る舞った事も無ければ︱︱
或る意味俺の方が尊大だと思う︱︱蔑んだ事も無い。憐れんだ様子
も無い。ごく普通の対応で、此方としては有り難かったが、何故だ
ろうとも思っていた。どちらかと言えばシールやラークの対応の方
346
が普通なのだ。我関せず、傍観を決め込むのも大半だが、好き好ん
で仲良くなろうとはならない。
今現在クラスの中で俺が孤立していないのは、勿論ルフトやライ
もそうだが、レイフとサシャの存在も大きい。彼等が俺に対して普
通に接してくれて居るので、周囲もそれなりの対応にシフトして行
ったのだ。
平民を肉親に持つサシャと、その幼馴染みのレイフとレティシア
嬢。幼い頃から交流が有ったからこそ、偏見も無く公然と貴族では
無いと言い切った俺と普通に接する事が出来た訳だ。
俺とレティシア嬢がダンスを終わらせると、丁度ライ達四人も十
周走り終わった様だった。
ケロリとしたルフトとライに対し、サシャとレイフは疲労困憊で
声も出ない。
﹁頑張ったな、お疲れ﹂
そう言って俺が差し出したのは、スポーツドリンク。以前騎士団
で訓練に紛れ込んでいた時に作ったものだ。
初めはただのハーブ水だったのだが、やはり失った汗の分は補っ
た方が良いだろう、と経口補水液を作ってみた。が、案外コレが評
判が悪く、意地になって改良したら結局スポーツドリンクに落ち着
いた。
うん、熱中症とか下痢とかじゃ無いからな。経口補水液は大袈裟
スポーツドリンク
だった。そっちはそっちで何処かに需要が有るだろう、と城の医療
班に預けた。
一応飲み口爽やか後味スッキリ、を目指したので此方の方は受け
が良かった。余り飲みすぎない様に、と釘も刺しておいたし水中毒
にはならないだろう⋮⋮多分。
渡した飲み物を︱︱初めての時はちょっとクセの有る味だからか、
一口飲んで驚いていた︱︱一気に飲み切った二人は、以前俺が指示
した通り柔軟体操を始めた。疲れて倒れそうでも、立てるなら少し
347
でも良いから柔軟はしておけ、と言い含めたからだ。いきなり身体
を休めるよりも、ゆっくりと体調を整えた方が、早く回復するから
な。
﹁どんな感じだ? 最初の頃よりは辛くなさそうだけど、未だ辛い
か?﹂
俺が訊ねると、かなり落ち着いたのか、二人とも首を振る。
﹁だいぶ慣れたよ∼。体力もけっこうついたんじゃないかなぁ?﹂
﹁ぼくはまだ少々キツいですが、いぜんほどではありませんね﹂
﹁そうか。持久力が付けば短距離なんか苦にはならないだろうから、
其れまでに効率の良い短距離の走り方を調べて教えるから、頑張ろ
うな﹂
俺の言葉に頷く二人。早く調べておかないとな。
そう思っていると、ライから素朴な疑問。
﹁ボク思うんだけど、レイフは長距離の方が向いているんじゃ無い
かな?﹂
﹁あ、オレもそれは思った。何で短距離にしたの?﹂
ルフトまで言い出したので、理由を答える。別に大した意味は無
い。
﹁単純に時間が無いからな。運動会までの限られた時間で、鍛えら
れる事と言ったら限られるだろう? それに短距離走は必ず一回は
全員が走る事になっているし、団体でリレーも有るし。先ずは短距
離で息切れしない体力を付けて、後の話は其れから、って事だ﹂
勿論二人が運動会が終わっても、俺達の鍛練に付き合うって言う
なら、歓迎する。
そう言うと二人とも顔を見合わせ、﹁終わってから考える﹂と苦
笑していた。
⋮まぁ今現在の練習がキツいと感じる二人だ。普段の俺達の鍛練
の内容を聞いて、引き攣っていたし強くは誘うまい。
運動会のメニューだが、短距離は五十メートル走、百メートル走、
348
借り物競争が有り、長距離は千メートル。団体としてリレー︵四〇
〇メートルを五人で走る︶とムカデ競争が有る。その他のメニュー
は、綱引きと玉入れ。此れはクラス対抗。後はダンス。
女子の参加出来る競技が少ないが、此れは来年以降の課題となる
だろう。今年は様子見だ。若しかしたら来年は、競技に参加出来な
かった女子が抗議して、もう少し参加種目が増えるかもしれない。
一学年しか居なくて、然も三クラス。百人に満たない人数での競
技なので、当然重複参加の競技も有るが、基本団体以外は一人最低
二種目以上参加となっている。
俺は個人競技には長距離と百メートル、借り物競争に参加だ。
一応俺が三種目出場する事はザックに伝えてある。なので俺と直
接対決すべく種目をぶつけて来るか、回避するかはザックの自由だ。
班対抗、と言ってあるのでポイント優先にするか、俺と﹃正々堂々
と﹄勝負するか。ザックの今迄の言動から、直接じゃないかなー、
と思ってはいる。多分それは精々二種目だろうけれど。俺の予想で
は、百メートル走と借り物競争かな?
自慢になってしまうが、長距離は日頃の鍛練のお陰か、瞬発力も
持久力も同学年に於いて俺の敵はほぼ居ない。辛うじてルフトとラ
イが対抗馬となる訳だが、それだって実はハンデ付きでの事だ。
初めての体育の授業で、俺は同年代の子供との差に愕然とした。
それまでライとルフト二人としか関わっていなかったので、気が付
かなかったのだ。彼ら二人も充分過ぎる程チートだった事に。
芍薬
牡丹
百合の
兎に角レベルが違い過ぎた。走れば遅い体力は無い直ぐにへこた
花
よぎ
れる。何故か脳裏に、立てばビヤ樽座ればタライ歩く姿はブタのケ
ツ、と美人を讃える慣用句を揶揄した冗句が過った。別に太った奴
ばかりだった訳では無い。いや、少しは、何人かはその通りだった
んだけれども!
幸いと言うか、全員がそうだったのでは無く、何人かは結構良い
349
感じだった。後で聞いた所に因ると、身内に騎士団関係者が居た。
で、嫌々ながらも家で鍛えられていたらしい。ゴメン多分それ俺の
せい。
それにしても余りの走る遅さに、ライ達と顔を見合わせ考えた。
手を抜く事は本意では無いが、俺が全力でやったら多分引かれる。
ライとルフトはすっかり慣れたので何とも思っていないが、他人は
違う。下手をしたら引かれて遠巻きにされてしまう。ただでさえ貴
族では無いと思われて距離を空けられているのに、それは避けたい。
そんな訳で初めての体育の授業、その時から俺は自分に負荷を掛
けつつ授業を受けている。余り無理に負荷を掛けて成長に悪影響が
出たら困ると思い、今迄軽い負荷しか掛けて居なかったが、そんな
悠長な事は言っていられない。どうせ一時間程の間だ。誰かと比較
される様な時だけで良いだろう、と開き直った。
そのお陰で今の所俺の実力はバレていない。デュオ先生が多少怪
しんでいる位だ。
皆の認識も多少⋮⋮いやかなり、運動神経が良いだけと思われて
いる筈。引かれない程度に力加減を調節するのは結構神経を使うが、
これも鍛練の内、と思って行っている。
土曜日
実家
言っていなかったが、今日は地竜曜日で授業は半日で終わる。何
時もなら寮に戻って着替えてから直ぐに王城へ帰るのだが、運動会
前は特訓の為、帰るのは夕方にした。
で、特訓も終わらせてちょっと空き時間が出来た。
此処で冒頭の台詞である。
肉は食いたいが、城に帰れば夕飯が待っている。正確には俺と夕
飯を摂るのを楽しみにしている両親が待っている。
一瞬考えてから、俺は皆に声を掛けた。
﹁ミートパイが有るんだけど、食べないか?﹂
350
結果、現在俺の部屋でおやつタイム、である。
おもんばか
初めは躊躇っていたレティシア嬢だったが、甘いのも有るよ、の
一言でアッサリとついてきた。
まぁこの歳で淑女の嗜み云々言われてもな、と思うが一応慮って
部屋の扉は開けてある。
道具袋に入れておいたミートパイの他、フルーツタルトを出して
各々に渡す。レイフは痩せの大食いで、二つ位ならペロリと行ける
だろうが、夕飯の事を考えて一つに決めろ、と言っておく。
簡易厨房で飲み物を作って部屋に戻ると、全員が皿を見つめて﹃
待て﹄の状態だった。ちょっと、と言うかかなり笑える状況だった
のは否めない。
﹁悪い、待たせた﹂
用意した飲み物を渡しながら床に座る。
俺の部屋は土足禁止だ。床座り推奨。だが流石に令嬢には辛いだ
ろうから、レティシア嬢には勉強用の椅子に座って貰った。
人前で靴を脱ぐなんてはしたない、と抵抗されたが既に俺の部屋
に入り浸り始めている奴等ばかりだ。既に靴を脱ぐのも床に座るの
も平気で、レティシア嬢の説得に協力してくれた。
長いドレスで足下なんか見えないとか、足が楽になるよ、とか色
々言ったが、結局決め手になったのはレイフの﹁ぼくのパイと半分
こにしよう?﹂だった。⋮食いしん坊カップルめ。⋮⋮本の少しだ
け大きめに切り渡してやった。
全員に飲み物が行き渡った所でいただきます、と食べ始める。う
ん、美味い。塩味甘味が程好く馴染んでいる。
﹁美味しい⋮⋮クラウドさま、このパイは何方でお求めになりまし
たの?﹂
﹁ん? ああ、有り難う、俺が作った﹂
﹁え?﹂
事も無げに答えた俺の顔を凝視し、パイと見比べる彼女だが、も
351
うこの反応は慣れた。レイフとサシャは言うに及ばず、ルフトとラ
イでさえ初めて俺の手料理を食べた時は驚いていた。まぁ貴族の嫡
男が料理に現を抜かすのは問題が有ると言うか、それ以前の話だろ
うが、俺だって切実だったんだ。和食が食いたくて食いたくて。だ
からこそ暴走して昆布やら煮干しやら作っちゃった訳ですよ。
最新のやらかしは、今皆に配った飲み物の材料だろうか。ミルク
に、と或る食材を入れてみた。因みに俺の分はミルクは入れてない。
﹁このミルク、甘くて美味しいけどこの色は⋮⋮?﹂
﹁ああ、それ抹茶ミルク﹂
﹁マッチャ⋮⋮って何?﹂
﹁緑茶の一種だよ。挽いて粉末状にした茶葉をお湯に溶かして飲む
んだ﹂
正しくは無いが、どうせ緑茶も判らないんだし、適当に濁す。
実はかなり前だが、城の庭園の一角の植え込みが茶ノ木だと気付
き、上手く加工出来ればお茶が飲める! と色めき立った俺だが、
当時は加工法があやふやだった。茶ノ木が判ったのは前世でも実家
に生えていたからだ。
あやふやな加工で折角の茶葉を台無しにしたくなかったので、グ
グレーカスで調べられる様になってから、とその時は泣く泣く諦め
た。
そして今年、漸く加工法が調べられ、先だっての休暇中に茶摘み
をして作ったのだ。これも料理長が協力してくれて、休暇が終わっ
た後は料理長が率先して茶摘みから加工まで引き受けてくれた。
料理長はどうも俺と舌が似ている様で、俺の勧める物に間違いは
無いと思っている節がある。緑茶も気に入り、何でだか城の一角に
有る野菜畑の隣に、茶ノ木を植えようと目論んでいるらしい。
多分その内緑茶が騎士団の食堂に常備されるだろう。
その後解散となって、洗濯物やら何やらを道具袋に詰め込み城に
352
戻る。すっかり暮れて暗くなっていたので直ぐに夕食。当たり障り
の無い会話の後、一週間ぶりに弟を構おうと部屋を訪ねれば、悲し
い事に弟はおねむでグズり、仕方無く遊ぶのは諦めた。
そして一晩寝て、目覚めた俺が見たのは、何処からかき集めたの
か、野菜畑の隣に広がる茶畑、だった。
おいこら一、二本て話じゃ無かったのか? 畑ってどう言う事だ?
料理長が厳選したらしき茶摘み娘が一芯二葉の新茶を摘む傍らで、
俺は遠い目をしながら料理長の新作を食べたのだった。
353
Lv.29︵後書き︶
閲覧有り難う御座いました♪
354
Lv.30 レティシア・エマィユ=シーモア︵前書き︶
初! 女の子視点です。
355
Lv.30 レティシア・エマィユ=シーモア
﹁ただいま戻りました﹂
寮の部屋に戻ると、同室のフェリシティーさまがむかえてくれま
す。
﹁おかえりなさい、早かったのね﹂
﹁ええ、家にいては勉強できませんもの﹂
わたくしがそう言うと、心当たりがあるのかフェリシティーさま
は苦笑なさいました。
そうしてフェリシティーさま付きの侍女が二人分のお茶を用意し、
二人きりのお茶会が始まります。
家で勉強できないと言うのは、弟が産まれたためです。古くから
続く名家であっても、高位貴族ではないわが家、嫡男の兄と家の結
び付きを強くするために他家へ嫁ぐ娘のわたくし、二人いれば充分
なのですが、もう一人、となったのは、先年お産まれになった第二
王子殿下に関係があります。
王妃さま第二子ご懐妊の発表がされてから、社交界では次々と同
様の報告があげられたそうです。これはすべて次にお産まれになる
お子の、伴侶もしくは側近に、というオトナの事情がありますの。
さすがにわが家は男爵家、名家とはいえ身分が釣り合いませんので、
婚約者に、などと思いはしませんが、男児であれば側近か騎士とな
って護衛になれれば、という思惑があったようです。それに兄に万
が一の事があった時の保険にもなりますしね。もちろん第一王子殿
下の婚約者に、と娘を望む貴族もたくさんいらっしゃいます。
噂に聞く第一王子殿下はとにかく優秀の一言で、聡明で思慮深く、
剣にも優れ魔法も極められ、その上お優しく素晴らしい方だと誰も
がおっしゃるそうです。
356
正直わたくしとしてはそんな夢のような方がいらっしゃるわけが
ない、と思っておりました。昨年までは。
それを覆したのが、今年初等学校に入学して知り合った、クラウ
ドさま、という存在です。
クラウドさまは口調こそ平民よりですが、人当たりもよく成績も
良く、かなり、というより大変に優秀な方です。貴族ではないとお
っしゃっていましたが、それを差し引いても未来のだんな様候補と
考えるのはおかしな事ではありません。下位貴族であれば充分対象
ですし、婿として迎えるなら子爵家くらいならば問題はないでしょ
う。養子と言う手もありますし。
わたくしはレイフさまという婚約者がおりますので、そんなこと
は考えませんが、他の方、たとえばフェリシティーさまやチャリテ
ィーさま、婚約者の決まっていないご令嬢方は、クラウドさまを婿
がねとして見きわめようと情報を集めている真っ最中です。
何人かは身分が低い平民なんて、とバカにしているようですが、
わたくしに言わせればそれこそ愚者の極みです。
身分だけで頭の空っぽなご子息など、没落を招いているようなも
のでは無いですか。たとえ優秀な側近や家臣がいたとして、当主の
決定を無視するなどありえません。諫言や箴言をして当主の意向を
変えさせ、道理を通すのが優秀な家臣というものですから。それを
してなお愚かな決定を下すようなら、その家は没落の一途をたどる
のみでしょう。
フェリシティーさまはその辺りをキチンと理解し、クラウドさま
を見きわめようとなさっています。そしてその情報源はわたくし。
こうしてお茶を飲みながら世間話をしている体を装い、情報収集
の真っ最中です。
﹁そう⋮⋮ダンスがお上手なんて意外だわ﹂
﹁でも普段のご様子も良く見れば洗練されていますわよ? あの口
調がそう感じさせないだけではないかしら?﹂
357
﹁そうですわね、騎士の家系とザハリアーシュさまが見立てていま
したけれど、そのせいかもしれませんわ﹂
フェリシティーさまはザハリアーシュさまと同じ班で活動してい
ますので、良くお話しされているようです。
﹁ザハリアーシュさまは⋮⋮クラウドさまをどう思っていらっしゃ
るのかしら?﹂
ポツリと呟くと、さあ? とご返事。
ヽヽ
﹁好敵手として見てはいらっしゃいますけれど、嫌ってはいないよ
うですわ。シールさまもラークさまもあの一件以来、一目おいてい
らっしゃるようですし、ね?﹂
あの一件、と言うのはクラウドさまが落とし穴に嵌まられた時の
事です。
ただの平民が自分たちよりも優秀だと立腹され、クラウドさまと
何かにつけて対立していらっしゃったシールさまとラークさま。ザ
ハリアーシュさまは我関せず、とよほどの事が無い限り諌めもせず
三人のやり取りを見守っていらっしゃいました。
多分ですけれど、クラウドさまがお困りになられたら助けるつも
りはあったように思われます。
ですがそんな思惑もクラウドさまには必要ありませんでした。
乱暴されそうになればサッとかわし、持ち物を隠されてもすぐに
見つけて騒ぎにもならず。悔しがるシールさまとラークさまをしり
目に、飄々とにこやかにしていたクラウドさま。そんな態度に、彼
は貴族と対立する気は無いのだな、とみんなが思いだしたころ⋮⋮
事件は起こりました。
シールさまとラークさまが作った落とし穴に、クラウドさまが落
ちたのです。
たまたま食堂にいたわたくしも、この時一部始終を見ていたので
すが、落ちて呆然としていたクラウドさまを囃し立ててバカにする
358
男の子たちには心底呆れてしまいました。
そしてクラウドさまは、と言えば。
呆然としていたのは一瞬でした。
﹁こ、んの、バカたれどもがーー!!﹂
叫ぶと同時に主犯二人に詰め寄ったクラウドさまは、淡々と落と
し穴を掘って人を落とすと言う事が、どれだけ危険かと言うことを
わかりやすく語られました。特にわたくしたち女の子が誤って落ち
る可能性を指摘したときのシールさまたちの真っ青なお顔。それと
比べてキリリとしたクラウドさまの騎士のようなお姿に、それまで
中立、または無視を決め込んでいた令嬢たちが、あっという間にク
ラウドさまの味方となりました。
しかもその後、この話を聞いた他のクラスの方々もクラウドさま
に興味を持たれ、何人かは恋心を抱いたご様子でした。ですが身分
違い、と言うことですし、まだわたくしたちは子供です。気持ちが
変わることもありますし、ここは恋とか言うよりも友情をとり、仲
良くなることを目的としましょうとなりました。
そしてコッソリとファンクラブが作られ、クラウドさまの動向を
見守り情報を集め。わたくしは仲良くなったことで、情報の提供を
求められています。
実を言うとファンクラブを作ったのはレイフさまです。何でも寮
の部屋を変更する事になった時、色々お世話になった上、クラウド
さまの持ってくるお菓子が美味だとかで⋮⋮。わたくしも今回班を
ご一緒になって、行動を共にすることが多くなって知りましたが、
確かに時折差し入れられるお菓子は美味しゅうございました。その
大半がクラウドさまの手作り、というのには驚きましたけれども。
今フェリシティーさまといただいている焼菓子も、クラウドさま
の手作りです。
﹁この位なら簡単だぞ?﹂
そうおっしゃられて、卵や小麦粉、砂糖にバターなど必要な材料
359
をそろえてあっという間に完成させ、まるで魔法を見ているようで
した。⋮そういえばつい先日いただいたミートパイとタルトもおい
しくて⋮⋮。
わたくしがうっとりとケーキのお味を思い出していると、フェリ
シティーさまが焼菓子を食べ終えられていました。
﹁ハァ、それにしても先日いただいたビスケットもそうですけれど、
今日いただいたものも美味しいですわね⋮⋮。これもクラウドさま
が?﹂
﹁ええ。実はあんまりにも美味しいので、レシピをいただきました
の。なので次に帰宅するときは、いつでも食べられますわ!﹂
家で両親や兄に食べさせたときのお顔を思い出すと、今も笑えま
す。何の飾りもない素朴な焼菓子があんなに美味しいなんて、ビッ
クリです。
ふふふ、と笑うわたくしに、フェリシティーさまは羨ましそうで
⋮⋮でもレシピをねだるのは、はしたないと思っていらっしゃるの
か何も言ってきません。ですからここはわたくしから申し出るべき
でしょう。
すっと差し出した紙片に、フェリシティーさまは目を丸くなさい
ました。
﹁この焼菓子のレシピですわ。どうぞフェリシティーさまもお試し
になられて?﹂
﹁⋮⋮良いのかしら?﹂
﹁秘密でも何でもないそうですわよ?﹂
ヘスペリア
クスクス笑いながら言うと、フェリシティーさまも笑って受け取
られました。
﹁そういえばご存じかしら? 最近西の帝国から新しいお菓子のレ
シピがもたらされたそうですわよ﹂
フェリシティーさまが思いだしたようにおっしゃった事は、わた
くしも聞いたことがあります。
何でも今年の初謁見園遊会、参加者のほとんど、今年五歳になら
360
れて初めて公の場に姿を現すはずだった第一王子殿下までが流行性
感冒にかかり、延期されたのです。そして日をあらためて行われた
園遊会で振る舞われたお菓子が、最新の流行となっているそうです。
何でもクリームやフルーツをふんだんに使った、とても美味しいケ
ーキだそうで⋮⋮わたくしも食べてみたいです。
それから二人であれこれとおしゃべりしましたが、話題はどうし
ても偏ります。近く開催される運動会のこと、その練習について。
わたくしたち女の子は出場する競技が限られています。体育の授
業では男の子たちに混じることは無いですが、一緒に授業を受けて
走ったり跳んだりしています。ですが父兄や来賓が迎えられる運動
会では、男女同じは難しいらしく⋮⋮クラウドさまが言うには、オ
トナの事情、だそうです。
わたくしたちも思いきり走り、優劣を競ってみたいと思わなくも
無いですが、それは淑女としてはしたない事ですし、ダンスで頑張
るしかないです。
ダンスと言えば。
﹁フェリシティーさま、わたくし用事を思い出しましたわ。失礼し
てよろしいかしら?﹂
﹁あら、構いませんけれど⋮⋮うかがってもよろしくて?﹂
﹁寮に戻ったら、クラウドさまを訪ねるように言われていましたの﹂
地竜曜日、週一回の帰宅の際にクラウドさまはわたくしを呼び止
め、寮に戻ったら渡したいものが有るから寄ってほしい、とおっし
ゃられました。今は無理ですかと尋ねたら、手元に無いとかで。ダ
ンスの時に使って欲しいとか何とか。良くわかりませんが、一応確
認しませんと。
ちょうどレイフさまとサシャさまのお部屋のお隣ですし、レイフ
さまのお届け物のついでに寄れば問題はないでしょう。
わたくしがそう言うと、フェリシティーさまは少しお考えになら
れてから、﹁ご一緒させてもらってよろしいかしら?﹂とおっしゃ
361
いました。
もちろん一人でとは言われていませんし、否やは無いのですが何
か理由があるのでしょうか? 首をかしげるわたくしに、フェリシ
ティーさまは事も無げに﹁レシピのお礼をしたいだけよ﹂とおっし
ゃいました。
それなら納得です。
⋮あとはやはり直接お話しをして、クラウドさまの人となりを確
かめたい、と言うところでしょうか?
二人で会話を楽しみながら、まずはレイフさまのお部屋へ。
幼馴染みでもあるわたくしたちは行き帰り同じ馬車で移動するこ
とが良く有りますが、今回はわたくしの方が先に寮に戻りました。
なので両親からレイフさまへ渡すように申し付けられているもの、
それとサシャさまにも。
婚約者のレイフさまには贈り物ですが、サシャさまには彼の母君
のご実家、商会で取り扱われている商品の注文や試作品の使い心地
の感想などを伝えます。
フェリシティーさまも交えて四人でお話ししていると、どうやら
クラウドさまも戻られたようで、扉の方からどなたかと挨拶を交わ
す声が聞こえます。
﹁クラウドさまが戻られたようですわね﹂
﹁ボクも行くよー﹂
﹁では皆さまで参りましょう?﹂
ゾロゾロと四人でクラウドさまの部屋を訪ねると、扉を開けた瞬
間ビックリした顔になりましたが、直ぐに笑顔で出迎えてください
ました。
⋮何だかクラウドさまがキラキラして見えます。髪が何時もより
もサラサラしているせいでしょうか? 見るとフェリシティーさま
がほんのり頬を染めていらっしゃいます。
﹁レティ嬢、わざわざ来てもらって済まない。直ぐ持ってくるから、
362
待っていて⋮⋮﹂
クラウドさまはそこまで言って、フェリシティーさまを不思議そ
うに見つめました。そうだわ、紹介して差し上げなければ!
﹁クラウドさま、こちらはわたくしと同室のフェリシティーさまで
すわ。クラスも同じですからお顔はご存じかと思いますけれど⋮⋮﹂
﹁ああ、うん。話すのはこれが初めて、なのかな? 宜しく、フェ
リシティー嬢﹂
にこりと笑って挨拶をするクラウドさまに、フェリシティーさま
も優雅に膝を折って挨拶を返します。
﹁ご機嫌よう、クラウドさま。わたくしの事はフェリスとお呼びく
ださいませ﹂
﹁⋮フェリス嬢は確かザックの班だったと思うけど、俺に何か伝言
でも?﹂ ﹁いいえ。先ほどレティさまから、クラウドさまのお宅で使われて
いる焼菓子のレシピをいただきましたので、お礼に、と思ったので
参りました﹂
﹁気にしなくても良いのに。でもわざわざ有り難う﹂
爽やかに笑うクラウドさまに、フェリシティーさまの目が釘付け
です。これはもしかして⋮⋮?
わたくしがよこしまな事を考えていると、クラウドさまはちょっ
と待って、とわたくしたちを部屋に招き入れ、何やらごそごそと取
り出して持って来られました。
部屋にはすでにラインハルトさまとルフトさまがおられました。
先ほどのご挨拶は彼らにだったのですね。会釈して座ります。
﹁これを渡そうと思って。先週家に帰った時、洗濯を頼んでいたん
だ﹂
そう言って渡されたものは、繊細なレースのリボンでした。細い
ものから幅広のものまで、何種類もあり、その繊細さに目を奪われ
ます。
でもこんなに繊細なレースは、かなり高級です。何故わたくしに
363
? と思っていると、驚きの発言が。
﹁暇潰しに俺が編んだものだから、高級って訳じゃ無い。気にしな
いで良いから、今度の運動会のダンスの時に飾りにでも使ってくれ
るか? フェリス嬢も何だったらどうぞ?﹂
﹁え、わたくしまで良いのですか?﹂
﹁? ああ。ザックとの事は知っているだろう? 対等に勝負する
なら、ドレスの装飾で優劣付けられても困るしな﹂
驚きです。この繊細なレースのリボンを、クラウドさまが⋮⋮。
侍女に言えばすぐに着る予定のドレスの装飾に加えてくれるでしょ
う。髪飾りにも出来るはず。
頭の中でこのレースを使った髪型や装飾を色々と考えていると、
サシャさまがレースをじっくりご覧になって一言。
﹁クラウド⋮⋮これ、売る気ない?﹂
驚きの発言に目を丸くしたクラウドさまでしたが、手を振ってお
断りになりました。
﹁素人の暇潰しなんて売れる訳無いだろ? そりゃあ俺だって結構
上手に編めたとは思うけど、売るとなったら話は別だ﹂
﹁いや、これはかなり上質だよ! 高級レースとして売れる!﹂
食い下がるサシャさまでしたが⋮⋮。
﹁そう言って貰えると嬉しいけど無理。暇潰しに編んだって言った
ろ? 売るほど無いよ﹂
アッサリそう仰っるクラウドさまでしたが、ガックリとうなだれ
パターン
るサシャさまを可哀想に思われたのか、仕方無さそうに提案します。
﹁現物じゃ無くて、編型はどうだ? 貴婦人の嗜みは刺繍か編物な
んだろ? 需要は有ると思うぞ?﹂
﹁編型ってナニ?﹂
﹁えっ?﹂
﹁えっ?﹂
聞き慣れない単語に質問するサシャさまと、意外そうなクラウド
さま。ぱちくりと目を瞬かせてお互いを見やり⋮⋮わたくしたちを
364
見ますので、首をかしげました。
編型ってなんですか? 初耳です。
クラウドさまの説明によれば、編型は編物をするときに使うもの
で、刺繍の図案のようなものだそうです。一目編むごとの記号を図
案にすることで、誰でも同じ模様を編めるとか。びっくりです。
淑女の嗜みで教わる編物は、母から子へと引き継がれるもので、
直接編み方を教わるので編型と言うものは有りません。職人もその
工房独自の編み方は師匠から教わります。ですので、工房ごとの特
色があるのですが⋮⋮。
編型はそれに使われている記号を覚えれば、どんな編み方も出来
るそうです。それはスゴい! とクラウドさまが見せてくれた編型
は⋮⋮何がなんだかわからない、複雑なものでした。
成績優秀で運動神経抜群で、優しくて⋮⋮お菓子作りが上手で編
物もお上手で、他にも気が付かないだけで色々とお出来になるかも
しれませんが。
クラウドさまって不思議な方だなぁ、という印象が強くなった日
でした。
365
Lv.30 レティシア・エマィユ=シーモア︵後書き︶
閲覧有り難う御座いましたwww
新キャラ女の子が登場しましたが、彼女もヒロインでは有りません。
今後出るかも微妙。ごめんフェリシティー。
作中王子が作っていたのは、フィナンシェをイメージしております。
尚、彼自身は食べるならフィナンシェより雁月派です。胡桃と胡麻
!!
'16/02/13
−−−−−
たっぷりの雁月を時々コッソリ作って食べている設定。
−−−−−
↓
誤字修正
‼
➡
地竜曜日
−−−−−'15/07/05−−−−−
誤字修正
闇竜曜日
366
Lv.31︵前書き︶
運動会です。
367
Lv.31
テッルォディマ
スカーンと晴れた地竜曜日、本日とうとう待ちに待った運動会で
ある。
もうね、面白かったのは、ちょっと澄まして貴族の嗜みがどうこ
う、運動会なんて下らない、なんて言っていた子供らが、開催日が
近付くにつれソワソワしだして、挙げ句には俺達の班に混じって特
訓を始めた事だろうか。ツンデレだ、と思った俺は悪くない。うん。
俺達一年生しか居ないとはいえ、学年合わせて約百人は在籍して
いる。そんな訳で、その父兄及び貴族で有るが故に従者や護衛、侍
女なんて者まで観覧しに来ているので、観覧席はかなりごった返し
ていると言うか、すし詰め状態だ。貴婦人方の色とりどりの日傘が
更に場を狭くしている気がしなくもない。
とは言っても其れは﹃観覧席﹄に限った事で、席に拘らなければ
結構余裕はある。実際俺の応援に来ているマーシャやメイア、サー
ヤーデ将軍
ジェントは確り木陰の特等席とも言える場所にシートを広げ、席を
確保している。⋮良く見ると、フォル爺ちゃんやリシャールさん、
フィルさんにディランさん等、知った顔触れも同席していてちょっ
と驚いた。関係者以外は入場出来ない筈なんだが、どうやって入っ
たんだろう? 謎だ。
父は国王として来賓席に居る。サーペンタイン隊長は今回も父の
護衛、と称して︱︱実際そうなんだが︱︱ライの応援に来ている。
ヽヽ
美形二人が揃った来賓席は、其処彼処から熱い視線が注がれている
が、慣れているのか二人ともガン無視である。珍しい事にあの表情
の変わらないトリスティア先生まで、頬を染めて来賓席をチラチラ
見ている。美形って凄い。
368
式の流れは俺の前世の記憶と大差無い。
開会の挨拶、来賓の祝辞、選手宣誓。無いのは校歌斉唱位か。あ、
あと準備体操も無い。
選手宣誓はザックが行った。俺は校長先生から打診されたが、謹
んで辞退した。平民と目されている俺より、高位貴族と認識されて
いるザックの方が反発は少ないだろう、と言う理由だ。先生は平民
でもこうして代表になれる、としたかったようだが⋮⋮今は未だ早
い、周りの認識を変えてからだ、と言って納得して貰った。
まとも
式の進行は先生方が行っている。そりゃそうだ、幾ら子供の自主
性に任せようとしたって、俺達⋮⋮俺以外は六歳児だ。真面な式進
行など出来る訳が無い。これが高学年、いや、せめて中学年にでも
なれば変わるだろうが、所詮は一年生。素直に大人に任せておくの
に限る。
個人的にひっそりと準備体操をしていると、場内にアナウンスが
流れ短距離走、長距離走に出場する選手の集合が伝えられた。
﹁よし、じゃあ行ってくる!﹂
﹁頑張ってねー!﹂
一緒に走るルフトと共に笑顔で送られ集合場所に行くと、既に何
人か集まっていて、各々グループ分けされて走る順番が決まってい
った。俺は長距離なので順番とかは無いが、走るのに良いポイント
は選ぶべきだろうか。
因みに、式進行で使われているのは、当然の事ながら魔導具であ
る。音声を取り込み、拡声させるマイクとスピーカーの役目を果た
す物だが、それに加えて指定範囲にしか音声が届かない様になって
いる。今指定されているのは、この学校の敷地内のみ。
コレが元の世界に有ったら、騒音問題なんか起こらないだろうな
ー、と真剣に思った。何せ前世の俺の家、道場での子供の声が煩い
だの練習中の竹刀を打ち合う音や掛け声まで、抗議が来てた。
369
古くから近所付き合いしていたお宅からはそんな話は一切無く、
引っ越して来た奴等からばかりだったので、俺の親はにっこりと、
あらあら初めから判っていて、それでも構わない、気にしないと言
って越して来られたのに? 今更そんな事? と追い返していた。
勿論騒音対策は別途行って、文句の来ないようにしてやったけどな!
面白かったのは、警察沙汰にしてやると息巻いていた連中に、ウ
チの門下生が﹁警察官なら此処にいる﹂と言って出たら、逃げ帰っ
た事かな? ウチの道場、門下生に警察官が多かった。そして爺さ
んや親父殿は警察署に赴いて、稽古をつけていたりしたのだ。何か
権力を笠に着た様だが、腹が立っていたので気にしない事にしてい
た。
話が逸れたが、魔導具のお陰で式進行に無駄がない。もうマイク
とスピーカーと呼ぶが、マイクに向かっての現在進行中の短距離走
の実況︱︱担当は学校の職員、事務員だった。他にも看護担当やら
会場案内、生徒の誘導に事務員たちの他警備担当まで駆り出されて
いる︱︱は、臨場感に溢れている。これでモニターでも有れば完璧
じゃ無かろうか。
実の所カメラっぽいのは既に有る。ただ魔石の消費が半端無いの
で一般的にならないだけで、モニター擬きも同様。
そもそも有るものが何故広がらないかと言えば、魔法で同じ様な
事が出来るからだ。但し魔力の消費量が⋮⋮以下略。
ちょっとだけ付け足せば、魔法で所謂動画や写真を作ったとする
と、使用者の思い入れとか記憶とかがかなり加味されるので、実際
と違う事も有ったりする。感情抜きでありのままの状況を写す魔法
は、今のところ魔導具に頼るしかない。そして其れは高価だ。と言
う訳で広まらない。
そう言えば運動会に付き物の、競技の進行に不可欠とも言えるス
370
ターターピストルだが、剣と魔法のこの世界にも銃は有るので勿論
使用されている。
魔力を使った魔導銃と呼ばれるモノは、込める魔力の属性によっ
て効果は変わる。銃そのものに魔石を組み込んで使うが、銃弾とな
るのは魔力そのものだったり、金属や石の弾だったり様々だ。組み
込む魔石も一種だけの物も有れば、複数組み込む物も有り多様であ
る。
火薬式とかガス式とか短銃拳銃小銃は関係無い。十把一絡げで魔
導銃と呼ばれる。⋮にしても、魔法を使うから魔導銃と言うのは判
るが、何でコレしか銃は無いのに、わざわざ﹃魔導﹄と付けたのか。
普通に﹃銃﹄だけで良いじゃないか、と思う。⋮作為を感じる。
それでまぁスターターピストルだが。
コレは単一魔石タイプ。引金を引くと雷管代わりの魔石を撃鉄が
叩き、空砲を鳴らす仕組みだ。
毎度叩いたら魔石が壊れるんじゃ無いかと心配したが、どうも叩
くと言うより触れる程度のものらしく、それで良くあんな音が出せ
るな、と感心したが、ソコが魔石の見せ所らしい。
それにしても思うのは、この運動会、絶対起源は俺みたいな転生
者か、或いは異邦人や迷い人、落ち人と呼ばれる異世界人⋮⋮ハッ
キリ言おう、日本人だと思う。
何故そんな事を思うのかと言えば、プログラムの内容からして︱
︱俺が採用したい競技は、説明無しでも内容を理解された。と言う
か既に中級学校等では一般的だった︱︱そうだし、大体欧米では、
運動会、又は体育祭なんて物は無かった筈だ。あ、この言い方だと
語弊がある。起源そのものは欧米だが、細分化されて単競技の大会
だった筈。複数の競技を行うのは日本と、影響を受けた近隣諸国位
だったと記憶している。
そして更に言うなら、今も流れているBGM。運動会の定番曲、
クシコスポスト・天国と地獄・剣の舞・道化師のギャロップ等々⋮
371
⋮これでもかと言う位な定番曲、に良く似たメロディーが流れてい
る。どう考えても、偶然良く似た曲なんぞではなく、意識して其れ
と作られている。
此処まで似た曲が、然も定番中の定番と思われる曲ばかりが運動
会で使われるとなると、明確な意図しか感じられない。俺同様、運
動会と言ったらこの曲だろう!! と言う⋮⋮まぁ異世界に来てま
で著作権なんて発生しないだろうしな⋮⋮しない、よな?
あ、因みにこのBGMを流しているのは、サシャの親戚の商会が
寄贈した、例の蓄音機擬きの魔導具である。サシャに渡したものに
改良を加えたもので、売買契約を結ばなかったのは、単純に未だ改
良中だった為だと聞いている。
何と言うか、過去に現代知識を持った推定日本人が色々やらかし
ているらしき事を思うと、ちょっとだけ身につまされる。まぁ上下
水道とか衛生面とか、快適にしてくれた事には礼を言いたいが。⋮
⋮マジに二階の窓から屎尿を捨てる様な環境じゃ無くて、良かった
と思っている。
ふと見ると短距離走に出場するライが、緊張した面持ちでスター
トライン近くに居た。多分次なんだろう。胸に手を当てて深呼吸し
ているので、思わず声を掛ける。
﹁ライ! 大丈夫だ、何時も通り走れ!﹂
﹁! うん! クラウドも頑張って!﹂
﹁おう!﹂
ニカッと笑うと、ライも笑って緊張が解れた様だ。順番が来て、
位置について⋮⋮走り出す。
少し引っ込み思案と言うか控え目なライは、スタートに失敗して
しまった。遅れたスタートだったが、その後は速かった。長いスト
ライドでグングン距離を縮め、引き離してゴールに辿り着く。
一着でゴールしたライは、嬉しそうに俺を振り返り、手を振った
ので、俺も振り返す。
372
嬉しそうなライに、此方も嬉しくなる。︱︱︱︱次は俺の番だ。
屈伸運動と数回のジャンプで体を解し、他の生徒達と並んでスタ
ートラインに立つ。三〇人ほどが一斉に走るからか、ライン際はか
なり混雑しているので、後ろの方に回る事にした。ルフトは一応前
列の方に。不安そうな顔だったが、ライと同じく笑って指を立てて
大丈夫だと合図すれば頷いた。
最後尾に回ったところで、負ける気はしない。寧ろ前列で一番に
飛び出して一着だった場合に、下手な抗議を受けたくは無い。例え
ばスタートダッシュが早かったとか不正が有ったとか云々。
一番問題になるのが強化魔法を使用した、と言われる事だが其れ
は先ず無い。体力にしろ能力にしろ、不正を無くす為に強化魔法の
一切を禁じているからだ。俺の場合、強化ではなく負荷なので対象
外となる。
心配なのは、ライの護符だ。ピアスは護符と思われなかった為に
取り上げられなかったが、ブローチ型の護符は取り上げられてしま
った。一応強化目的では無いと伝えたが、ライの母、つまり俺の叔
母の作った魔法陣が余程緻密で効果が判らなかったからか、運動会
終了まで校長預かりになってしまった。
護符に対して後ろ暗い事は全く無いので、罰則が与えられるとか
苦言を呈されるなんて事は考えていない。俺が心配しているのは、
ピアスのみの護符で、ライの美貌が隠しきれるのか、と言う事だ。
すっかり忘れていたが、ライの素顔は超絶美少年だった。普段は
護符で封じて平々凡々な見掛けだが、護符を外すとアラ吃驚。天使
の輪が虹色に光るサラサラ銀髪に、金の星が踊る瑠璃色の瞳。美男
美女の両親の良いトコ取りの整った顔。性格は穏やかで控え目︵ち
ょっと引き過ぎの気もする︶で努力家で、勉強も運動も卒無く熟し
超優秀。
373
どんなチートか、と羨むを通り越して呆れる程だ。寧ろもっと誇
れ、と言う位、ライは自分に自信が無い。其れも此れも全て叔母が
ミスリード
施した幻術のせい。彼は自分の素顔を見た事が無い。その為か叔母
の誤導か、自分が不細工だと思っているが、逆だから。どっちかと
言えば傾国レベル。
まぁ自信が無いからこそ、色々努力して優秀さに磨きを掛けてい
るのだが。
そんな彼の護符の効果が薄れて素顔が曝されたら、どんな騒ぎに
なる事か。それが正直怖い。
以前はブローチを重点に護符が組まれていたが、俺が魔法陣が気
になってブローチを外させて、素顔がバレて以来、そうそう外され
にくいピアスに護符が組み込まれるようになった。時間が経過する
につれ効果が薄れて行くので、そうならない為にブローチは補助と
して着けていたのだ。
リング
ブレスレット ネックレス
乳幼児期はピアスのみだったが、段々と効果が薄れ、ブローチが
追加されたらしいが⋮⋮その内指輪や腕輪・首飾りと追加されて行
きそうで怖い。
運動会が終わるまで、ピアスには是非とも頑張って貰いたい。
パァン、と空砲が響き、一斉に駆け出す。たかだか千メートル、
俺にはあっという間だが、負荷を掛けているので何時もより体が重
い。
チラリと前を見ると、ルフトと争う様にザックチームの助っ人、
ギデオンが居る。
騎士の家系らしく、誠実そうで運動が得意な彼に千メートルを走
らせたのは、順当だろう。スタートと同時に全力で走り始めた数人
は、既にバテ始めているが、彼は確りと自分のペースで走って居る。
実家で鍛えられているのかな?
俺も負けてはいられないので、少しずつ速度を上げて前へと進む。
負けられないと言うなら、負荷なんかかけなければ良い。だけど
374
其れでは俺が丸で不正をしたかの様に、あっさりと勝つだろう。俺
にとって、実力差が判りきっていてハンデを付けない方が卑怯なの
だ。上から目線、と言われようがそれが事実だ。
ハンデを付ける事をザックがどう思うかは判らないが、此れは俺
なりの誠意。莫迦にされた、と思うのならば⋮⋮其れはそれで仕方
無い。
負荷が掛かって何時もより重い体だが、走るのに慣れているので
足は動く。塊となった先頭集団に近付くが、見事に抜く隙間が無い。
無理にすり抜けても怪我の元、と言う訳で彼等の外側に回り、抜こ
うとした所で︱︱︱︱わざとか偶然か。俺の直ぐ後ろを走っていた
奴が、転んだ拍子に俺を巻き込んだ。
﹁ちっ﹂と舌打ちが聞こえたと同時にいきなり背中に衝撃が来て、
俺が前のめりになると応援席から悲鳴が上がった。縺れ合って頭か
ら倒れる所を、咄嗟に手を前に出して回避する。だが無様にも勢い
そのまま転がってしまい、一回転した所で何とか立ち上がれた。そ
の間に一人、二人と追い抜かされた。最初に追い抜いた奴が、チラ
リと俺を見て薄く笑っていた。
﹃何と言う事でしょう! クラウド選手、転んだマリウス選手に巻
き込まれて、倒れます! が、直ぐに持ち直し華麗に一回転!! 体勢を整え⋮⋮?﹄
スピーカーから実況が流れるが、歓声と悲鳴に紛れて良く聞き取
れない。が、どうせ大した事は言ってないんだ。其れよりも。
振り返ると地面に膝をついて呆然としている少年︱︱マリウスと
言ったか?︱︱が、俺を見上げていたので即座に近寄り、グイと手
を引いて立ち上がらせる。
﹁え?﹂
戸惑う彼の手を引き、前に走り出す。
﹁諦めるな! 最後まで頑張って走るぞ!﹂
375
ニィと笑ってそう言うと、マリウスは泣きそうになりながらも頷
いて駆け出した。小さな声でゴメンと呟くのが聞こえたが、そんな
事はどうでも良い。未だコースは半分以上残ってゴールは遠いんだ、
挽回のチャンスは有る。
﹃クラウド選手、マリウス選手を助け起こし、再び走り始めました
! 最後尾から先頭集団まで巻き返しは出来るのでしょうか?!﹄
あと少しで追い付く所だった先頭集団に引き離されたが、追い付
けない距離じゃない。
走るぞ! と言う意味を込めて振り返ると、マリウスはバテてい
るのか苦しそうな顔で俺に言った。
﹁ボクのことは気にしないでっ、ハアッハアッ、さきに行って!﹂
息も絶え絶えな彼に、俺と同じペースで走れとは流石に言えない
ので、判った、と頷いて少し早目だがスパートをかける。
グン、と地面を蹴ると風景が流れた。歓声が聞こえる中、前へ前
へと走り、先頭集団から零れた数人を抜くと、悔しそうに此方を睨
むのが何人か。悔しいなら追い掛けろ! そんな俺の気持ちを察し
たのか、歯を食い縛って俺を追い掛けてきた。
再び先頭集団に追い付くと、集団を引っ張っていたのはルフトと
ギデオンだった。大回りで俺が追い付き、隣に並ぶとルフトがあか
らさまにホッとした顔になった。見ては居なかったが、実況で俺の
状態が判ったんだろう。心配をかけてゴメン、と言う意味合いで笑
うと、ルフトも笑い返した。
そのままルフトとギデオンを抜いてトップに立つと、そろそろラ
スト。直線の先にゴールが見えた。
更に加速すると、負けまいと追い縋るルフトとギデオン。だが徐
々に差が開いていき、真っ先にゴールに駆け込んだ俺に遅れる事数
秒、ルフト、ギデオンの順にゴールした。
376
アクシデント
﹃一着はクラウド選手! 途中で転んでしまうと言う災難に見舞わ
れましたが見事一位を獲得です! 二位はルフト選手、三位はギデ
オン選手、四位⋮⋮﹄
実況が次々ゴールしていく生徒の名前を発表し続ける。その間、
俺は軽く息を整え、一位の印である金のリボンを貰う。二位は銀、
三位は青だ。以下六位まで色付きリボンが渡される。赤、緑、茶色。
それ以外は白いリボン。
このリボンの数と色で得点が決められる、と言う訳だ。
判り易いので、ザックとの得点の集計はコレで良いや、と思って
いる。ザックも同意見。
走り終わって応援席に戻る途中で、ルフトとハイタッチ。だが笑
う俺に対して、ルフトは真面目な顔で訊いてきた。
﹁クラウド、大丈夫? 突き飛ばされた、って聞いたけど?﹂
﹁あー、それは⋮⋮﹂
どうしよう、言うべきか。
迷う俺に、漸くゴールしたマリウスが近付いて来た。肩で息をし
て辛そうだが、俺を真っ直ぐ見つめ、驚く事に頭を下げた。
﹁ごめん、クラウドくん。ぼくがぶつかったせいで、きみまで転ん
でしまって⋮⋮﹂
﹁謝らなくて良い、マリウスも被害者だ。どちらかと言えば、俺が
マリウスに謝るべきだよな。ごめん、巻き込んで﹂
俺の言葉にキョトンとするルフト。直ぐ近くに居たギデオンも聞
き耳を立てていたのか、此方を不審そうに見る。
マリウスは、と言えば俺が気が付いていた事にホッとした表情を
見せた。
俺が転んだのは、マリウスがぶつかったせいだが、そもそもマリ
ウスが転んだのは︱︱︱︱恐らく、誰かに突き飛ばされた、か足を
引っ掛けられたか。そのせいだ。
377
犯人は多分転んだ直後に抜いて行った奴だ。あの笑い顔、思い出
しても腹が立つ。
動機はハッキリ言えないが、平民の俺に負けるのが我慢ならない、
と言う所だろうか? 俺に抜かされ、近くに居たマリウスを転ばせ
て、俺を巻き込んだ。
念の為マリウスに転んだ時の状況を確認したが、本人も余り確信
は無いらしく曖昧な答え。良く覚えていないけれど、誰かがぶつか
った様な気もする、と言うだけでは突き飛ばされたとは言えないし、
況して実況されていた状態で特に誰も疑問を持たずにマリウスが転
んで、俺が巻き込まれた、となっている。つまり誰が見てもわざと
かどうかなんて事は判らなかった、と言う事だ。
証拠も無いのに訴えた所で言い逃れされるのは目に見える。寧ろ
それが原因で実家がしゃしゃり出てきても困る。
﹁そんな、泣き寝入りするのか?﹂
﹁泣き寝入りじゃない、様子見だ﹂
ルフトは当然抗議するものと思っている様だが、今は得策では無
い。
俺だって怒っているのだ。関係無いマリウスを巻き込んで、俺に
恥をかかせ様など、どうかしている。だが証拠が無い以上、言って
どうにかなる話でも無い。
俺が気に入らないのなら、俺に仕掛ければ良いのに⋮⋮そう思っ
て該当者を探すと、隣のクラスに居た。
最近同じクラスの子供達からは、これと言って嫌味も意地悪も無
かったが、これは多分俺に嫌がらせをして居た筆頭のシールとラー
クが大人しくなったからだ。だがクラスが違えば俺への意識は変わ
らないんだろう。平民は大人しくしていろ、と言うのが態度で判る。
﹁⋮彼は最近ザハリアーシュ殿に近付いている者だ﹂
﹁えっ、それで妨害を?﹂
眉を顰めて言うギデオンに、ルフトが訊き返すが其れは早計だろ
う。
378
﹁いや、多分俺が気に入らないだけだ。ザックに擦寄るのは、また
別の話﹂
六歳
俺との勝負の事を知らずに、近付く手土産に、ってのも考えられ
なくは無いが、流石にこの歳でそんな事は考えないだろう。思い付
き、衝動的にやった、と見る方が恐らく正解。
俺がそう言うと、二人とも真面目くさって頷いた。
﹁然し良いのかギデオン。ザック班なのに俺と一緒に居て﹂
﹁? 別にケンカをしている訳でもないし、単にどちらが優れてい
るか、の手伝いだ。問題はないと思う﹂
﹁なら良い。一応言っとくけど、俺はザックもあの二人も嫌いじゃ
ないから。それだけは誤解しないでくれるか?﹂
﹁自分もザハリアーシュ殿の班だが、貴君が嫌いな訳ではない。そ
れは承知してほしい﹂
﹁判ってる、有り難う﹂
にこりと微笑むと、ギデオンは少し赤くなって、それでは、とザ
ックたちの所に行った。
応援席に戻ると、真っ先に怪我を心配されたが、受け身をとって
起き上がったので、怪我は無い。服が汚れた程度だ。
エスカレート
だが俺とマリウスが転んだ原因を知ったライたちが、一斉に怒っ
て抗議しに行こうとしたので慌てて止めた。
﹁何で止めるんだクラウド! 放っておいたらどんどん増長するぞ
!﹂
言いたい事は判るが、証拠も無いのに言った所で無駄な話だ。
﹁それより競技で勝てば良い。文句の付けようも無いくらい、完膚
無きまでに潰せば良い﹂
俺の言葉に、何故か全員蒼い顔をした。
379
Lv.31︵後書き︶
閲覧有り難う御座いましたwww
ちょっと微妙な所で終わっていますが、続きます。
運動会の定番曲、私はこう︵本文参照︶なんですが、皆様はどうで
しょうか?
−−−−−
あと書いておいてなんですが、小学一年生に千メートル走は無いだ
!!
'16/02/13
ろう、と⋮⋮異世界だから!
−−−−−
↓
誤字修正
‼
380
Lv.32︵前書き︶
運動会篇まだ続きます。
381
Lv.32
初めての運動会、千メートルを走っている途中で転んだ訳だが。
理由が頂けない。
他人が転んだのに巻き込まれて、俺まで転んだ。然もその相手も
どうやら誰かに突き飛ばされた様で。全く以て理不尽な話。
俺を面白く思っていない奴に妨害されて、他人まで巻き込んだの
は宜しくない。だがハッキリとした証拠が無い以上、逃げられるの
は目に見えるので、此処は一つこの場で徹底的に対抗してやろうと
思う。
俺がそう言うと、皆何を思ったのか怯えた顔になったが、別に喧
嘩を吹っ掛ける訳じゃ無い。
プライド
﹁⋮競技で勝てば良いじゃないか。個人・団体全て、俺が大差を付
けて勝てば、ソイツの顔も自尊心も潰れるだろ﹂
大差を付けるには負荷を少し軽くしないとダメかも知れない。だ
がそれだと折角ハンデを付けた意味がない。自分の都合で基準をコ
ロコロ変えるべきでは無いな、と思い直す。
俺の言葉に漸くホッとしたのは良いが、俺が一体何をすると思っ
たんだろう? そっちの方が気になる。
﹁言っとくが団体も、だから皆も協力頼むな?﹂
﹁判ってる! クラウドに何かあったらお祖父様に怒られる⋮⋮﹂
﹁おじいさま?﹂
﹁いや、こっちの話﹂
ルフトの失言を軽く流す。
382
ル爺ちゃん
フォ
今のところ嘘は言っていない筈だが、流石にルフトの祖父、ヤー
デ将軍の事を言ったら、ルフトが何処の家の者か判ってしまう。祖
父が騎士、父親が文官と言うのはまぁ良く有る話だが、その祖父が
上級騎士、将軍職に就いているとなると、確実に特定される。
今の所俺と面識の有る御歴々は、俺に関しては口を噤んでくれて
ひしひし
いるので、俺が学校に通っている事はバレていない。だが、その内
バレるだろうな、と言うのは実はここ最近犇々と感じていたりする。
理由としては、俺が公式に王族として国家行事に参加を求められ
る様になったから、だろうか。
昨年までは五歳未満で在った為に、公式の場への参加は見送られ
ていた。非公式であれば顔を出すくらいはしていたが、数える程だ。
今年公式に王子として紹介され、数有る行事への参加が見込まれ
ていたのだが、俺が初等学校に入学した為、参加出来たのは今まで
同様数える程である。其処から何かしら察する者が出るのは可笑し
くは無い。
因みに昨年のヘスペリアへの訪問は国家行事では有るが、俺自身
の儀式、神殿への参拝や同行そのものに対しては公式とはされてい
ない。だから参拝の時等は護衛騎士の他、神殿関係者としか会って
いない。コレが公式であれば、居並ぶ貴族の前で儀式を行った筈。
そして更にややこしい事だが、実は五歳を過ぎて公式行事に参加
するとは言っても、未だ正式では無かったりする。両親に付き従っ
て歩き回るしか出来ないのが現状だ。
それと言うのも社交界に正式にデビューするのは、十五歳の準成
人を過ぎてから。其処で夜会や舞踏会等の参加が認められる。更に
ガーデンパーティー
ティーパーティー
レース
その前、十二歳は仮デビュー︵一般的には十二歳。場合によっては
ドラゴンウイングキャット
グリフォン
ランナー
フ
十歳から︶で、園遊会や小規模な茶話会、競馬︵競馬とは言っても、
ェンリル
出走するのは馬だけでは無い。竜や翼猫、有翼獅子や疾走大鳥、氷
383
大狼等が種族毎に登録され、順位を競う︶等の昼間の行事にのみ参
加が認められる。
正式な成人とされる十八歳には、貴族の場合は家督の相続、爵位
継承や婚約発表ないし結婚式等のなにがしかが行われる。一般的な
のは誰を当主にするかの最終決定だろうか。
平民の場合は、大体十二歳から十五歳迄には進路と言うか職業が
決まり、成人と同時に独立するパターンだ。
例えば金細工師の工房に弟子入りしていた者が、独立して自分の
工房を立ち上げるとか。勿論そのまま工房に留まり続けるのも有り
だ。
だがその場合、住み込みだった場合は他に下宿を探す事になる。
成人したからには自分の稼ぎで衣食住を賄うのは当然であり、逆に
言うなら住み込み弟子は未成年の内に出来る限り技術を受け継ぎ吸
収する。独立して当然、と見做される為だ。
此れ等は男女関係無いが、結婚に関しては別だ。女性の結婚は準
成人から認められている。此れは女性の方が精神的に成熟するのが
早いと言う事と、結婚後は大抵の場合、夫側の収入で生活するから
だ。勿論女性の方が収入が多い場合もあるが、それはそれとして。
因みに俺の両親は政略結婚で父の成人と同時に戴冠、結婚を行った。
話が逸れたが、ではそれ以下の年齢の、五歳以上の子供達はどう
シャペロン
なのか、と言えば、保護者同伴に限り昼間の催しに参加する事が出
来る。付添人や従者では駄目。あくまでも保護者に限る。
そうなると、結局のところ十二歳以下の子供は領地に引っ込んで
いるか、王都の邸宅か学校で日々を過ごし、時折保護者に連れられ
て出掛ける位しかやる事が無い。子供同士で交流を、なんて言った
所で保護者が居なければ相手の屋敷を訪れる事も、それどころか馬
車を使う事も出来ない。遊ぶどころか会う事すら儘ならない状況に
なる訳だ。流石に御近所同士の交流は認められているが、其れも王
都の屋敷での事であって、領地に居る時は例え隣り合った領地であ
ろうとも、﹃歩いて行ける距離﹄に屋敷が無ければ訪ねる事は認め
384
ガヴァネス
られない。⋮とは言え見張っている訳でも無いので、地方の領地で
は厳密に保護者ではなく家令や従者、侍女や家庭教師が供として付
き、ひっそりとした交流は有る様なのだが。
そんな訳で、建前上は勝手に出歩く事の出来ない子供が気軽に王
城に来る事は無い︱︱ライとルフトは叔父やフォル爺ちゃんと言っ
ゼロ
た保護者に連れて来られているので、何ら問題は無い︱︱し、俺も
今現在は寮住まいで同級生以外との交流はほぼ0である。
で、あ、る、の、だ、が、然し。
よ
おれ
何処にでも自己顕示欲の強い奴が居て、権力思考の奴が居て。噂
話が好き、更に醜聞ならもっと好し、と言う奴等が第一王子と言う
存在を無視する筈も無く、鵜の目鷹の目で俺に近付こうとする、情
報を得ようとする。正直、鬱陶しいので全部無視している。
週末毎に聞く話では、親に連れられ登城して、偶然を装い俺と面
会しようとする子息令嬢が少なからず居るそうだ。尤も平日は俺は
不在なので空振りだそうだが。そしてそんな子供達、頗る評判が悪
い。泣く、喚く、走り回る、と俺も大概ヤンチャをしたがそう言う
方向では無い、とマーシャ達に一蹴された。
躾の出来てない子供を登城させるな、と連れて来た親の評価もだ
だ下がりらしい。
親は子の鑑、子は親の鏡と言うが、学校での様子を見ていれば、
ある程度の事は推察出来る。
例えばルフト。闊達で裏表の無い良い奴だが、ちょっと考え無し
な所もある。まんまフォル爺ちゃんや彼の両親の様であるし、ライ
もそう。身内なので贔屓目は有るかも知れないが、真面目で誠実な
所は叔父に似ていると思うし、思い込みの激しい所は叔母に似てい
るんだろう、と思う。
ザックにしてもそうだ。クロイツェル伯爵とは面識が無いが、噂
385
は父や宰相のセバス爺ちゃんから聞いている。謹厳実直・堅物な事
この上無いが、広い度量も持ち合わせる得難い人物だと聞いている。
俺から見たザックは確かにそんな雰囲気は有る。
あゆついしょう
そしてシールとラークだが、俺への態度とザックへの態度。初め
の内は権力思考の強い、所謂阿諛追従かと思いきや、そればかりで
は無いらしい事が最近判りつつ有る。二人ともザックの益になる事
を選んで行動しているのだ。
ただやはり幼い子供であるが故か粗が有り、結果として目の上の
瘤になる俺を排除しようと動く事となった。だが其れも俺の思わぬ
反撃で意識を改める事になったのだろう、態度は軟化しつつある。
俺がザックの敵では無く、益になると判れば更に軟化するで有ろ
う事は想像に難くない。だが今までの言動から、素直になるとも思
えないので、彼等との関係は今はコレがベストなのでは無いか、と
思う。
俺の認識が変われば態度も変わる。元々俺は転生前は成人男性、
ま
実家の道場の手伝いで小さな子供の相手もしていたからか、今現在
同年代の彼等の事は微笑ましく思う事は有っても、疎ましいとか況
して嫌うと言う事はそうそう無い。やり過ぎたらやり返す位はする
が、倍々返しなんてするつもりは無い。俺への嫌がらせが無い今、
彼等の素直で無い意地を張った反感とも言えない反感は、既にもう
俺の中では微笑ましく可愛いもの、と言う認識に至っている。
おもね へつら
内々にラークの親︵暫定︶、シンプルトン子爵を調査した所、権
力に阿り諂うタイプではあったが、汚い事に手を染めては居なかっ
た。その辺の矜持は有ったのか、小心者なのか判別は付け辛いが、
甘い蜜吸いたさに媚び諂うばかりでは無かったらしい。
子爵家だし、新興貴族と言う訳でも無いのに有力貴族に掏り寄る
のは何故だろうと思って調査を進めたら、どうも財政と言うか領地
に問題が有った。その解消の為に阿諛追従していたものの、悪事に
手を染める迄には至らなかった。と言うか、事が露見した時に蜥蜴
386
おお
の尻尾切りにされるかも、と言う思惑と、単純に隠し果せる、又は
誤魔化す自信が無かったらしい。要は最初から手を出さなければ、
誤魔化す必要も無い、と。
何だか清々しい迄の小者っぷり、保身力の高さ。一周回って最早
感心する。
そんな親を持つラークと、似た行動をとるシールだ。似た者同士、
仲良くザックに仕えてくれ、と心底思う。ザックにしても、二人の
手綱を取って上手く導いてくれよ、と願うのみだ。
場内アナウンスが流れ競技が進むが、今の所俺とザックの班でポ
イントは余り変わらない。直接対決が少ないので、似た様な実力で
揃えると結果、ドングリの背比べ、になるらしい。
僅かに俺達の班が優勢なのは、千メートルの結果のお陰だろう。
短距離は未だ百メートルと借り物競争が残っている。百メートル
は午後からなので余裕があるが、借り物競争はそろそろ時間だ。
運動場は外周に借り物競走用の障害物が並べられ、中央の方は玉
入れの準備と綱引き用の綱が持ち込まれている。
⋮確か午後はダンス、ムカデ競争、リレーも有ったよな? 何だ
か物凄くタイトな予定だ。休む暇がない。まぁだからこそ、競技の
合間時間が長めなんだろう。
観客側の保護者も、子供の応援をしつつ他家との腹の探り合い、
有力貴族と誼みを結ぼうと社交に余念が無い。気楽そうなのは俺の
応援に来ているマーシャ達位だな⋮⋮。
﹁よし、行く!﹂
集合が告げられたので指示された場所に行くと、競技の説明が行
われた。
ただ走るだけではなく、障害物をクリアして、途中に置いてある
387
封筒の中身の指示に従う、それだけの事だが初めての事なので皆真
剣に聞いている。
一応封筒の中に書いてある物は、会場内で手に入る物になってい
る。日傘とかステッキとか。
長剣なんかの武器の類いは物騒なので外されている。
最悪会場内で見付ける事が出来なくても、本部に行けば有るから
焦らない様に、との事だ。だが最初から本部に行くのは御法度。本
部からの借り物に関しては、ペナルティとして順位を二つ下げられ
る、との事だった。
誰か一人がゴールしたら、ペナルティは解除になるそうだ。⋮意
外と考えられている。
そんな説明を一通り聞いて、俺達選手がスタートライン脇に整列
し順番を待つ。
良く見たらザックも参加していたが、出走順が俺の後だった。
一緒に走れれば直接対決で良かったのに、と思いつつも言い出せ
ぬまま順番が来てしまった。
パン、と空砲が鳴って一気に駆け出す。障害物が有るが問題は無
い。
するすると網を潜り抜け平均台を走り、跳び箱を越える。チラと
振り返ると未だ網の所でもたついている奴が居たり、平均台から落
ちたりと、何だか心配になるレベルだ。
⋮彼奴等将来大丈夫なのか? いざと言う時使えないでは困るぞ?
大体貴族子弟は準成人から数年間、騎士団に入団する慣わしだ。
家督を継ぐなり文官になるなり、其れなりの理由が無い限りは、貴
族の心得として騎士道精神を叩き込まれる。早い話が王家への忠誠。
最低でも一年間は騎士団に所属しなければならない、貴族の義務
なのだ。本来ならば。
最近はその義務を先に述べた理由以外で免除と言うか辞退と言う
か、義務を怠る者が増えた。其れが黙認されるのは、騎士団も使え
388
ない人材は欲しく無い、って事だ。平民からも騎士を育成している
ので、人材は有り余っている。寧ろ多くて募集を縮小している位な
ので、寄附金と言う名の賄賂で、初めからやる気の無い奴を選別し
て弾くのは、双方メリットが有るんだろう。ウィンウィンて奴だ。
そんな余計な心配は扨措き、最終障害、メインの借り物を書いて
ある封筒を拾って開ける。
︱︱︱︱中から出てきた紙に書かれた内容を、二度見する。
﹃2﹄
え。ナニコレ。
⋮ひっくり返して﹃て﹄? ⋮⋮な訳が無い。平仮名じゃないん
だから!
閑話休題。
此の世界、実は文字はアルファベットに似た文字を使っている。
ルーン
文字数はアルファベットよりずっと多い四十八文字。それに濁音や
促音等の記号を組み合わせた表音文字が一般的である。魔法文字は
まんま
アラビア語とかペルシャとか中央アジア辺りで使われている様な文
字。だが数字は何故か儘アラビア数字だったりする。お陰で計算問
題なんかは困らなくて助かった。
ヽヽ
⋮いや、そう言う話じゃ無い事は判っているんだが。何だろう、
この曖昧感。
﹃2﹄と有るが、何でも良いから二個セットの物を持って行けば良
いのか、それとも他に意味が有るのかどうなのか。
⋮⋮⋮⋮。
迷ったのは一瞬だった。
封筒を握り締め、駆け出した俺が向かったのは運営本部︱︱︱︱
389
の隣に有る教職員休憩所。張られたテントの下には、交代で生徒の
監督をする先生たちの姿があった。
﹁デュオ先生!﹂
﹁俺か?!﹂
呼ぶと目を瞠って此方を見るので、そのまま手を伸ばす。デュオ
先生は戸惑いながらもその手を掴んでくれたので、思い切り引いて
走り出す。
ヽヽヽ
﹁お、おい? クラウド?! 何だ一体??﹂
﹁借り物です!! デュオ先生!!﹂
戸惑う先生を引き摺る様にゴールを目指す。振り返ると、チラホ
ラと追い付いて封筒の中身を確認した奴等が、目的の物を求めて三
々五々散り始めていた。
グズグズしてはいられない。
更に強く手を引きデュオ先生を見上げると、漸く自分が俺の借り
物の対照だと気付いたのか、並ぶ様に走り始めた。
流石に元冒険者、意図が判れば直ぐに反応してくれる。何時の間
にか前に出ていたので、慌てて加速する。
先生のお陰で一位になれたなんて言われても困る。
再びデュオ先生を引っ張って走る俺に、先生が叫ぶ。
﹁クッ、クラウド! お前、普段の授業手ェ抜いてたなっ?!﹂
︱︱︱︱人聞きの悪い。
﹁抜いてませんよ! ⋮⋮負荷を少し掛けてただけです!﹂
﹁おまっ⋮⋮。そりゃ詭弁⋮⋮もういい! 走るぞ!﹂
其処からはあっという間だった。
ぶっちぎりの一位でテープを切った俺は、待ち構えていた判定人、
ヘンドリクセン先生に紙を渡した。
例え一位でゴールを通過しても、借り物が指示と一致しないと、
ゴールとは認めて貰えない。緊張の一瞬である。
ヘンドリクセン先生が、じっと俺と紙とを見比べる。
﹁クラウド氏⋮⋮デュオ教諭を連れて来た理由は?﹂
390
ヽ
デュオ
﹁﹃2﹄と有りましたので、2組の担任、2先生を選びました﹂
そう、俺がデュオ先生を選んだのはその名前の為だ。幸いクラス
の担当も2組で、理由にはなる。
多分、2と言う数字に関わる何かを選べば良かったのだろうが、
真っ先に思い浮かべてしまったのがデュオ先生なのだから仕方が無
い。
俺の告げた理由に、ヘンドリクセン先生が頷いた。
﹁成る程、聞けば道理です。宜しい、合格と致しましょう。おめで
とう、一位です、クラウド氏﹂
﹁有難う御座います﹂
胸に一位のリボンが着けられた。
これで二つ目。着々とポイントが貯まっていく。
ふと振り返ると、デュオ先生が腕組みをして俺を見ていた。
何だろう、と思って首を傾げると、困った様に話し掛けてきた。
﹁クラウド、お前、何者だ? 噂を鵜呑みにすれば、平民騎士の息
子か庶子って事だが⋮⋮違うだろ?﹂
﹁⋮何でそう思うんです?﹂
疑問に疑問を返せば苦笑される。
ヘンドリクセン
﹁お前、何事も出来過ぎなんだよ。勉強然り、運動然り⋮⋮魔法も
その年齢にしちゃ知り過ぎてるってヘンディが言っていた。何より、
お前の剣筋⋮⋮綺麗な基本通りの型の他に、変わった型が有るよな
? 確かカタナを扱う奴特有の動きだが、誰に教わった?﹂
驚いた。脳筋の博打好きだとばかり思っていたが、意外と良く見
ている。
出来過ぎと言う評価は、嬉しくもあるが﹃この年齢にしては﹄と
言う枕詞が付いての事だろうから、粛々と受け止めよう。
﹁えぇと、高評価有難う御座います? 剣術に関しては師匠に習い
ましたので。逆に良くお判りになりましたね? 誰か知り合いに刀
使いが居るんですか?﹂
391
﹁知り合いって言うか、昔一緒にパーティーを組んだ奴が、な。ソ
イツは双剣と大剣がメインだったが、此処一番て所ではカタナを使
っていた﹂
アキツシマ
へぇ。昔、パーティーって事は冒険者だった時か。冒険者は色々
な種族、出身地が居るからな。日本と良く似た国らしい秋津洲出身
の冒険者、だろうか?
そんな俺の疑問を余所に、デュオ先生は次の競技の準備が有るか
らと、テントに戻って行った。⋮深く追求されなくて助かった、の
かな?
席に戻るとルフト達から労いの言葉を掛けられた。序でにコッソ
リと耳打ち。
﹁クラウドとマリウスを転ばせたヤツだけど、同じ班の子がクラウ
ドと一緒に走って、最下位だったみたいだ。向こうで揉めてる﹂
言われて示された方向を見ると、確かに俺と同じ回に走っていた
子が、見覚えの有る︱︱マリウスを転ばせた︱︱ヤツと言い争って
いる様に見える。いや、一方的に詰られて居るのか?
流れて聞こえる声に、平民に負けるなんて、とか貴族の風上にも
って言葉が聞こえるが⋮⋮思いっきりブーメランな気がする。千メ
ートルでその平民に負けたのは何処の何方でしょうかね?
余りの言い様に、割って入ろうとしたが、其処へ偶然だが借り物
競争を終わらせたらしいザックが通り掛かる。⋮あ、ザックが走る
の見損ねた。
もう少し様子を窺うか、と見ているとザックが苦虫を潰した様な
顔で、イマール、と呼び掛ける。
俺の
どう出るのかな、と思っていれば、やはりイマールと呼んだ、俺
を妨害したヤツに苦言を呈していた。
事
ザック
曰く、衆人環視の中で他人を詰るのは感心しない、平民がクラウ
ドなら、その平民に何時も負けている自分は貴族の恥なのか、何よ
392
イマール
り自分はどうなのか、と静かに深く怒りを湛えて語っていた。
怖い。無茶苦茶怖い。
静かに淡々と諭され怒られるって怖いのな!
何時の間にかイマールに詰られていた子は姿を消し、イマールの
方は、ザックの言葉に赤くなったり青くなったりで、口をパクパク
とさせて︱︱︱︱あ、拙い。
咄嗟に身体が動いたのは、普段の鍛練のお陰だろう。
ザックに諭され、感情の行き場を無くしたイマールが、選りに選
って攻撃魔法を展開し始めた。
﹁そんな言い方っ! 僕が悪いんじゃ無い! 平民のクセにめだつ
あいつが悪いんだ!!﹂
叫びながら魔法を展開するのは、才能が有るのか火事場の何とや
らの類いなのか、既に掌には魔力が纏い、解放されるのを待ってい
る状態。然しザックの方はイマールの叫びに気を取られて気付いて
いない。
イマールが魔法をぶつけようと手を振った瞬間、俺はザックの前
に立ち、移動するまでに展開した防御魔法でその攻撃を防いだ。
防御魔法の他、騒ぎにしたくなかったので、防音と結界も張った
ので、俺達のやり取りは近くで見ていた生徒達以外には気付かれな
い筈だ。
俺の魔法で弾かれた攻撃は、そのまま衝撃となって俺に吸収され
た。ビリビリと腕に響くが、折れたり切れたり、と言う事は無い。
﹁⋮やり過ぎだ、イマール﹂
俺の声に、自分の仕出かし掛けた行動に呆然としていたイマール
の顔がみるみる歪む。
あ、泣くな。と思ったら案の定、堰を切った様に泣き出した。
泣きながら叫ぶのは、平民のクセに、とか、何でザックが俺を擁
護するのか、とか、今まで見たまま聞いたままの羅列だったが、言
いたい事は判らないでも無い。どうやら帰宅する度に家族からプレ
393
ッシャーを与えられて居た様だし、敵対していると思っていたザッ
クが俺の味方をするし、競技の結果は芳しく無いしで色々限界だっ
たんだろう。
だからと言って暴言を吐いたり、他人に迷惑を掛ける、況して暴
力を奮うなんて許される事では無い。
﹁泣けば許される訳じゃ無い。キチンと反省して、謝れ。マリウス
とザックに謝れよ?﹂
﹁ううぅ∼、うえっ、うえっ⋮⋮ひっく⋮⋮﹂
﹁⋮⋮今すぐじゃなくて。落ち着いてからで良いから、な?﹂
俺の言葉にコクコクと頷く。涙と鼻水で顔がグシャグシャだが、
少しずつ落ち着いては来ている。
結界を張ってマジで良かった。こんな状態を見られたら、どう考
えても俺の方が悪役だよ。泣く子最強。
暫くすると落ち着いたのか、洟を啜る音しか聞こえなくなった。
目尻と鼻が赤いので、軽く回復魔法を掛けて普通の状態に戻すと、
吃驚した顔で此方を見る。
﹁泣いた顔じゃ皆の所に戻り辛いだろ?﹂
﹁ごめ⋮⋮﹂
﹁俺が勝手にやった事だから礼も謝罪も要らない。其れより先刻も
言ったけど、ちゃんと反省して、ザックとマリウス、それと今し方
言い掛かり付けてた子にも謝れば良いよ﹂
俺がそう言うと、コクリと頷いたので結界を解く。
自分のクラスに戻るイマールを見送り振り返ると、ザックが複雑
な表情をしていた。
﹁君には敵わないな⋮⋮﹂
ポツリと呟かれたが良く聞き取れない。
﹁ん? 何か言ったか?﹂
﹁いや、別に。其れよりも助けてくれて有り難う。⋮彼が暴走した
のは、自分の言い方が悪かったのだろうな⋮⋮﹂
﹁少しは有るかもな。同じクラスなら兎も角、違うクラスから見れ
394
ば、俺達は対立している様にしか見えないんだろうし﹂
俺がそう言えば渋々頷く。
ザックも悪いヤツじゃ無いんだが、どうにも堅いのがな。もう少
し緩くなれば色々楽になるのに。そう思っても俺が言うべき事じゃ
無いし、自分から思わなければ、変えるのは難しいだろう。だが未
だ子供で成人までは十年以上月日を要すと言うアドバンテージも有
る。ゆっくり時間を掛ければ何とかなるか。
イマールや、シールとラークも⋮⋮家庭環境が引っ掛かるが、此
方も時間を掛けて思い込みや偏見を無くせれば、と思う。
未だ決まっていない俺の将来、十中八九、父の後を継ぐんだろう
デュー
が、その時に優秀で信頼出来る奴が多ければ多い程良い。
まぁひょっとしたら弟が後を継ぐかも知れないが、それでも俺の
信頼する奴が弟を護ってくれれば、と思う。
そんな事を考えていたら、弟に会いたくなった。
運動会が終わったら、会いに行く。絶対。
そんな何だか変なフラグを立てた気がしないでもない決意をした
俺の背後で、何故だかライとルフトが頭を抱えていた。
﹁もう∼、何でクラウドは目立ちたくないとか言いながら、目立つ
ファン
事をするかなぁ?﹂
﹁信者も増やしてるしね⋮⋮﹂
﹁何を話してるんだ?﹂
ヒソヒソと会話をする二人に声を掛けたが、何でもないと答えら
れた。
この時、俺は知らなかったのだが、俺を廻る周囲の思惑が色々と
変わっていた様で、ライとルフトはその対応にこの頃から奔走して
いたらしい。俺が知ったのはずっと後で、その時は﹁お疲れ様﹂と
395
しか言えなかった。
いや、だって、ファンクラブだの親衛隊だの見守る会だの⋮⋮な
にそれ、の世界だ。
聞いた時は知らなくて良かった、とも、もっと早く知りたかった、
とも相反する感情が鬩ぎ合っていたが、この時は本当に全く露とも
知らず、思うままに行動していた。そのせいで二人には迷惑を掛け
たらしいが︱︱︱︱この時の俺の、知らない話であった。
396
Lv.32︵後書き︶
閲覧有り難う御座いましたwww
状況が二転三転しつつ遅々として進みませんが、もう暫くお付き合
いください。
グリフィン、フェンリル等の幻獣は瘴気に当てられ魔獣化しない限
りは人間と対等です。思考能力があり契約を結ぶことに因って使役
されます。
ドラゴンの場合、思考能力があり意志疎通が出来る上級種が神とし
て奉られる他契約の対象となり、上級種より劣るものの言葉の通じ
る中級種が使役の対象となり、言葉の通じない下級種が食用となり
ます。
ただし上級と中級の境界は曖昧で、特に大型の竜は﹃古の契約﹄で
使役されている上級種も居たりします。
魔獣化したかしないかについては、他種族、人間も含めて瘴気に当
てられると、身体に瘴気がまとわりつくので一発で判ります。その
他、牙や角が鋭くなる、身体に瘤が出来るなどの変化が現れ、最も
判りやすいのは、瘴気の程度が何れ程でも一律瞳に変化が表れるこ
とです。赤い瞳に白濁した瞳孔が瘴気に当てられた特徴で、程度が
軽ければ浄化魔法で治せます。
この辺は本編で解説できるか微妙なので、今のうちに解説。
'16/02/13
−−−−−
少しずつ設定に齟齬が出ているので、その辺はその内改稿します⋮
⋮。
−−−−−
397
↓
!!
誤字修正
‼
398
Lv.33︵前書き︶
未だ続く運動会。
399
Lv.33
借り物競争が終わると今度は団体、玉入れ。男女合同で女子生徒
にとっては初の参加競技と言う事で、きゃわきゃわと興奮した女の
子達が囂しい。
ボール
ルールは至って簡単、クラス毎の陣地の中で用意された籠に魔法
で作られた玉を投げ入れて、その数で勝負が決まる。但し籠は各ク
ラス三つ用意されて、一つは棒に備え付けられた籠。固定されてい
ゴーレム
るが高さは二メートル程有り、身長の低い子供には結構辛い高さだ。
残り二つは魔法合成生物が背負う。高さは低いし動きも素早くは
無いが、逃げる籠に幾つ入れられるかが勝負の分かれ道だろう。
⋮⋮て思ってたんだけどなぁ!
﹁うっわー! ムカつくッ!! 何だこの素早いの?!﹂
説明ではゴーレムと聞かされていた。確かに一体はゴーレムだっ
た。だがもう一体は⋮⋮。
﹁クラウドー!! そっち行った!﹂
﹁任せろ! うりゃあ!!﹂
俺の脇をすり抜ける籠に、思い切り玉を投げ入れる。と言うかも
うぶつける勢いで投げる。
投げた玉は入りそうで入らない。寸前でサッと避けられ、そのま
ま逃げられる。
その素早さ、動き⋮⋮。
﹁メタル何とかとかGみたいだ⋮⋮﹂
息を切らしつつ、つい呟く。
某ゲームの銀色の逃げ足の早いモンスターとか、ご家庭で黒光り
400
する憎いあん畜生の様な動きをするのは、ヘンドリクセン先生が研
究開発した自走する籠である。近寄れば逃げ、玉を投げれば途中で
軌道を感知して避ける。その素早さたるや、本当にもう⋮⋮。
チラリと見ると、女の子達が頑張って固定籠に玉を投げているが、
大部分が逸れたり届かなかったりで、中身は期待出来ない。ゴーレ
ムの方は動きが早くないし、高さも然程ではなく入れやすいので、
どんどん玉が投げ入れられているが、何とこのゴーレム、籠の中の
玉がある程度溜まると落とす。ふざけるな、と言いたい。
ルールで各籠に最低十個以上入れなければならないとされている
ので、どの籠も無視する訳にはいかない。だから三手に分かれて籠
を追い掛けているのだが⋮⋮。
動く籠はその素早い動きで陣地内を縦横無尽に逃げ回り、中は殆
ど空だ。一応五個くらいは入っていると思うが、コイツもゴーレム
同様一定量入ったら排出する仕組みだったらどうしよう。
此れだけチョロチョロ逃げ回る籠を、どうやって回収するかと言
えば、単純に時間が来たら止まるらしい。競技時間十五分程で終了
の笛が鳴り、その後一分程で止まる様になっている、とつい先刻ア
ナウンスが教えてくれた。
﹃さぁ、各クラスとも頑張っています! 二組は⋮⋮あぁ∼、折角
入れた玉ですが、ゴーレムによって籠から出されてしまいましたぁ
!﹄
どうもどのクラスも四苦八苦している様だ。
然し考えたよなぁ。籠を背負うのが若しも人間だったら、変な話
贔屓も有り得る。金銭とか地位に目が眩んで、誰か一人に肩入れす
るなんて有っちゃならない事だが、悲しい事に現実だったりする。
勿論先生方はそんな事はしないが、職員とかがね⋮⋮何人かの生徒
の寮則違反︱︱公共の場で騒がない、とか門限破り等︱︱を見逃し
401
てたりしている。
勿論人間だからこそ多少の贔屓や手心は仕方無いが、やはりこう
プログラミング
いった勝敗を競う場ではそんな事は言えないだろう。
その点ゴーレムや自走籠には意思が無い。命令された事を一向こ
なすのみだ。手心の加え様が無いのは在る意味公平と言える。
それにしても、こうちょこまかと逃げられては埒が明かない。
玉を投げ入れつつじっと行動パターンを観察する。
﹁ライ! ゴーレムの籠、空にされたら次、十二個入れて終わりに
しろ!! 多分其れが籠の限界数だ﹂
俺の指示にライが頷いて玉を数え始める。続いて俺はザックに近
付き話し掛ける。
﹁ザック、あの動く籠の動きを止めたい。協力してくれるか?﹂
﹁策があるのか?﹂
﹁有る。単純な事だけどな﹂
﹁ただ追いかけるだけよりましだろう、良いだろう。乗った﹂
俺の作戦に直ぐ様頷き、クラスメイト達に指示を出す。俺に反感
を持っている人間が居る以上、こう言った指示はザックからの方が
良いだろう。事実素直に指示に従い始めた。
俺の方もルフト達に指示を伝えると、女の子達に近寄って言った。
﹁俺が続きをやるから、玉を集めて俺に渡してくれないか? ある
程度集めたら、ザックの所に行って協力して欲しい﹂
﹁わかりましたわ、クラウド様。⋮皆さま! お手持ちの玉をクラ
ウド様に⋮⋮﹂
直ぐに反応してくれたのは、同じ班のレティ嬢。そして同室だと
言うフェリス嬢も直ぐに行動に移った。
幸いと言うかタイミングが良かったと言うか、レースの件︱︱実
は俺の作ったレース編み、色々あってクラスの女子全員が持つ事と
なった︱︱で女生徒達は俺に友好的だ。暫く前の落とし穴の頃から、
その傾向は有ったが今回の事で決定的となった。女の子は敵に回す
402
もんじゃない、と思っている俺としては願ったりである。
﹃さて一組に動きが出てきましたが、これは⋮⋮?﹄
﹃どうやら気が付いたみたいですね﹄
実況の言葉に、解説役になったらしいヘンドリクセン先生が笑い
ながら応えた。
﹃⋮なるほどぉ∼、其れではゴーレムは十個丁度、又は規定数以上
玉を入れると籠を空にしてしまうんですね?﹄
﹃そうです、十個丁度の場合は勿論時間制限で、一分以上玉が追加
されない時の事ですね。規定数はクラス毎に変えているので、自分
達で限界数量を見付けて欲しいですね﹄
何てこった、危なかった。
ライには十個丁度か限界数か指示を迷ったのだが、限界数にして
おいて良かった。だがゴーレムは既に攻略済みだ。やる事も無く、
ただうろうろと陣地の中を彷徨うのみだ。
かたや自走籠はと言えば、じりじりと追い詰められていた。
俺がザックに伝えた作戦は単純な事。兎に角籠を隅に追いやり、
動きを封じる事だった。
俺の見た限り、あの籠は近寄れば逃げ、脇をすり抜け遠くに行く。
玉の接近も敏感に察知し、悉く避けていたが、三十センチ以上は近
寄らない。
そこで兎に角ヤツを追い詰める為、遠くからじりじりと近付き隅
に誘導させてみた。最初は右往左往して逃げ道を探っていたが、次
第に包囲網が小さくなると後退し始め、終には隅で動かなくなった。
⋮いや、回転するだけになった。何だかロボット掃除機みたいだ。
逃げ道を塞がれ動けなくなったら、後は玉を入れるだけだ。
他のクラスも俺たちのやり方を参考に、次々と籠の攻略に乗り出
した。失敗しているのは連携が上手くいっていないからだ。ただ囲
403
めば良いってものじゃない、キチンと間合いや方向を見極めないと。
その点流石にザックは良いところを突いている。距離感を上手く掴
んであっと言う間に隅に追い詰めた。
﹃一組、怒濤の勢いで玉が籠に投げ入れられて行きます! 圧巻は
クラウド選手、一人で既に何個入れたのでしょうか?!﹄
実況が叫んでいるが、正直俺も幾つ入れたなんか判らない。何だ
か何時の間にかレティ嬢とフェリス嬢が補助に来て、落ちている玉
を次々拾って俺に渡してくる。俺はその玉を受け取ったら一向投げ
入れるのみ、である。
﹃︻投擲︼スキルのレベルが上がりました。命中率、飛距離が上昇
します﹄
先程から何回目かのお知らせがピロリンと来る。レベルが上がれ
ば籠に入る率も上がると言う事で、今やほぼ百発百中。後ろで御令
嬢らしからぬはしゃいだ声が聞こえる。
﹁すごいですわ、クラウド様!﹂
﹁もっと集めなくては!!﹂
﹁こっちも玉ちょうだーい!﹂
イマール
そんなこんなで俺のクラスはぶっちぎりの一位だった。二位は三
組、三位が二組。
二組はイマールとマリウスのクラスだ。彼の当初の言動から察す
るに、クラス内の連携が上手くなかったんだろう。バラバラに行動
していたら、集団行動は上手くいかないのだ。当然だろう。
胸にまた一つリボンが増え、今度は待機したまま次の競技の準備
が行われた。
綱引きは男子生徒のみなので、応援席に戻った女子生徒が頑張れ
と声を掛けてくれた。笑って頷くと、歓声が上がる。吃驚したが周
りも超笑顔だったので、そりゃあ歓声も上がるな、と納得する。ザ
404
ックやギデオン、それにルフトは結構イケメンなのだ。そんな奴等
が笑顔で手を振れば歓声も上がるってもんだ。
一寸だけイラッとしたので、鬱憤も込めて綱引きを頑張ってしま
った⋮⋮。ハンデつけてたのに何故か凄い大差で勝ったのは、俺が
頑張ったからじゃない! 皆が頑張ったお陰だ!! と言っておく。
若しくは俺以外は綱引きをした事が無いから! 俺は前世で何回も
したし。腰の落とし方とか踏ん張り方とか、コツが要るからね。
そんなこんな、何だかんだでようやっと休憩時間である。
折角来てくれたマーシャ達には悪いが、生徒は全員校内の食堂で
昼食を摂る事になっている。何時もと代わり映えのしない食事内容
に、若干気分が下がる。
俺の記憶が言う訳だよ、家族と一緒におむすび・サンドイッチ、
唐揚げ・卵焼き等々、重箱に詰めた弁当が食べたかった、と。今頃
はマーシャ達が料理長渾身の行楽弁当を食べているんだろうなー、
と思うと羨ましいやら悔しいやら。
其れでも事前に校長先生にコッソリとリクエストした、唐揚げな
らぬフライドチキン︵唐揚げとフライドチキンは別物だ、と俺は主
張する。異論は認める︶とデザートのプリンが、擦れた心を慰めて
くれた。
昼食後は団体競技から始まる。
運動場の中央を整備する傍ら、来賓席の近くに設けられた舞台の
様な場所で、ダンスが始まる。女子生徒の出番である。
この時点までは体操服姿だった生徒が、正装とまではいかないが、
ドレスアップしてパートナーと共に現れ、拍手が贈られる。そして
軽やかにワルツが流れ、一礼と共に動き出す。
ふわりふわりとドレスの裾が広がり、華の如く開く。
405
クラス毎に装飾の色を変え、一目で誰がどのクラスか判る様にな
っていて、採点はクラス毎に下される。それ以外に個人でも趣向を
凝らし、女の子達は兎に角可愛い。男も頑張って踊る様は微笑まし
い。
思わずニマニマして見る俺は、この時ばかりは精神年齢がおっさ
んだったと思う。
クラス毎に変えている装飾だが、女子は幼くとも女子だって事が
良く判る。何れだけ自分を可愛らしく見せられるか、工夫を凝らし
て競いあっている。
俺たちのクラスは先に言ったが、基本的に俺の作ったレースを着
けている。
つい先日、レティ嬢とその友人、フェリス嬢にリボンを贈ったの
だが、その後実は他の女の子達からも、二人だけズルい、自分も欲
しい、となってクラス分リボンを贈る事になった。
其れだけだとチョッと足りなそうだったので、急遽先にあげた二
人からも回収し、均等にしてから他に以前作ってあった大判のレー
ス地を何枚か提供し、其れでお揃いのドレスを作る事になってしま
った。
ギリギリになってからの変更で、各御嬢様方の家人や侍女達から
は大層なブーイングが有ったが、其れも渡したレース地を見た途端
コロッと変わった。特に侍女。
本来なら身の回りの世話をする侍女の他、お針子だとか清掃担当
ないし
だとか、分担が決まっているのだが、何分寮生活で人員を割けない
ので、全ての作業を一人乃至二人の侍女が担っている。その侍女が
レースを見て食い付いた。
何でもこんなに繊細なレースは見た事が無いとかで⋮⋮お針子の
心に火が着いた様だった。あらやだ俺ってばレース職人になった方
が良いかしらん、なんて思ったり。冗談だが。
出来上がっていたドレスにどうレースを添えれば御嬢様が引き立
406
つのか、そんな相談を俺達が授業の間や寝てから、集まってしてい
たとかで⋮⋮出来映えは完璧だった。男子にももう一寸目を配って
やれよ、と言いたかったが、どうせ男子の正装など決まった形しか
無いので、仕方が無いかと思い直した。
目の前でクルクル踊る生徒達は、楽し気で誇らしげで、そして恥
ずかしげだった。この中の何人かは婚約を交わしたり、候補に名を
連ねたり、と言う所なんだろう。
俺も何時かは婚約者が出来るんだろうなー、出来れば恋愛してみ
たい、と染々思っていると、目端に何かが引っ掛かる。
ん? と思って目を凝らすと、其処には見慣れぬ﹃超絶美少女﹄
が立っていた。いや、美幼女?
俺の視線に気が付いたその少女は、ふわりと笑って俺を手招いた
⋮⋮いや、視線だけで傍に来る様に笑った。
何かの罠とか色々思う事は有ったが、無性に気になり歩いて行く。
手の届く場所まで寄って、漸く何が気になっていたのかが判った。
コーカソイド
エーデルシュタイン
モンゴロイド
大きな黒い瞳、艶めき真っ直ぐな黒い髪。美少女だがその顔立ち
は特殊で、詰まりは白色人種の多いこの国には珍しい、黄色人種。
因みにこの人種名については俺が勝手にそう思っているだけなので、
実際は知らない。聞いた事が無いので。
弟子以外で久し振りに同胞を見た気になり、まじまじと見詰めて
いると、向こうから話し掛けられた。
﹁あなたが春のお気に入り?﹂
見掛けの通りの可愛い声だが、言われた内容が良く判らない。
﹁春と主様がお気に入りの子がいると、秋からきいたの。⋮そうね、
たしかにおもしろそう﹂
クスクスと笑う少女は、戸惑う俺の手を引き木陰へと誘う。舞台
407
に夢中になっている生徒達に気付かれる事無く、人気の無い場所に
来て、漸く俺は不味いかも、と思い至った。
子供とはいえ見知らぬ人間と二人きりになるなんて、若しもこの
場所に悪意の有る人間が居たらどうするんだ。思慮が足りない。
そうは思っても、何故か少女には逆らえない雰囲気があり、そし
て両手を取られてステップを踏み始めた段で俺は混乱した。
何だ、何がしたいんだこの子?
俺の混乱を余所に、軽やかにステップを踏む彼女は、ふふ、と笑
って俺を見上げた。
⋮そう、見上げた。彼女、俺より背が低いのだ。何だか感動であ
る。久し振りに同年齢に見える子の背が俺より低い。
﹁あなた、頑張っているのね。こうしてふれていると、努力のけっ
かが伝わるわ。努力する子はわたしも好き﹂
﹁え、あー⋮⋮キミ、ダレ?﹂
流石に初対面の女の子にお前とか言えないので、キミとか言った
が⋮⋮何だか厭な予感がする。
先刻彼女が言った、主様。
春と秋。
俺の事をお気に入り、と言う存在。
触れて努力の結果が伝わる⋮⋮?
まじまじと見詰めれば、彼女の着ているドレスは、正確にはドレ
スでは無い。フワリと裾が広がっているからドレスに見えるだけで、
所謂アレだ。前世で見た事の有る、幼児向けの浴衣ドレス。俺はア
レがあんまり好きでは無かったのだが、そうか、上質な布と上品な
デザインと柄で、此れだけ変わるものなのか、と一寸感心した。金
魚の尾鰭の様な兵児帯はフワリと大きめに垂れて華やかさを添えて
408
いた。
然しそんな浴衣ドレス、今まで着ている人間は見た事が無い。辛
うじて弟子が結婚式の時に着ていたドレスが、似た形だった。
落ち着けば落ち着く程、気になる事が出てくる。何よりも、じわ
じわと感じられる彼女の魔力。⋮⋮違う、神気。
其処まで俺が考えた所で、俺の疑問に答える気になったのか、コ
テンと首を傾げて彼女は笑う。
﹁わからない?﹂
﹁何となく、判る気はするけど、直に知りたいかな﹂
﹁北天の守護者、地を司る者といえばわかる?﹂
﹁⋮⋮玄武様?﹂
俺の呟きに、彼女はにこりと微笑んだ。そして一歩引いて何やら
呟く、と、忽ち彼女の着ていたドレスに変化が現れ、気付けば華や
かな女房装束となっていた。うわ、浴衣ドレスよりも更に似合う。
けど。
ごめんチョッと泣いて良い?
何で可愛いなと思った子が神の眷族なのか、とか、そもそも四神
なんて東洋思想由来の存在が何で西洋ファンタジーな世界に同居し
ているんだよ、とか、水の杜の主は忘れた頃に存在を主張するな、
とか言いたい事は多々有るが。
青龍
白虎
グリモワール
﹁何で玄武様が俺に会いに来たんですか?﹂
﹁春のお気に入りがみたかったの。秋も魔導書をわたしたと言うし。
うーん、興味本意?﹂
﹁⋮其れで興味は満たされましたか?﹂
﹁そうね、いろいろ迷走しているみたいだけれど、努力をおこたら
ないのは良いとおもうの﹂
何時の間にかスピーカーから流れていた音楽が止んでいた。手を
409
繋ぎ向かい合う俺と玄武︵美少女︶。
何でだ。目の前に美少女が居るのにマッタクときめかない。寧ろ
じわりと脂汗が流れている気がする、って蝦蟇の油か!
いや、ときめかない理由は何となく判る。水の杜の関係者だって
言うだけで萎えるし、アラサーだった俺の前世の感覚︱︱記憶では
無い︱︱が、幼女ダメ絶対、と叫んでいる。
一応無邪気な幼児として過ごしてきた五年間、前世の記憶は俺に
馴染んで、此方の世界の常識と非常識、キチンと学んだつもりだ。
転生して特殊スキルと加護を与えられて、少々精神年齢は高めだが、
実年齢と然程差は無い、筈。精々有っても十代前半位の筈である。
俺が色々大人びた言動をするのは前世の記憶が有っての事で、感
情は成熟していない。其れは成人した記憶があるからこそ判る。
理不尽な事が有っても、大人なら敢えて我慢する、回避する、後
で改善する。其れが判っていて尚、俺は未だ子供なので理不尽さが
我慢出来ない、直ぐに解決したいと思う。
後で色々後悔するのだ。言い過ぎたとか、やり過ぎたとか。其れ
は俺の大人的思考。子供的感情は、其れ等後悔に至る原因を、仕方
無い事と許している。上手くやれなかったとしても︱︱︱︱俺はそ
の時最善を尽くしている、と信じているから。
其処まで考えて、ストン、と腑に落ちた。
俺が玄武を見ても単に美少女と思うだけでときめかないのは、変
な話恋愛対象に見れないからだ。可愛いとは思う、けどときめかな
い。
其れはクラスの女の子達にも言える事で、可愛いとか微笑ましい
とか思っても其れだけだ。
多分、今現在の俺の恋愛対象はミク兄位の年齢の御令嬢。其れよ
り上は歳上過ぎて、下は変な話ロリコンみたいな気がするから。例
410
え見た目がお似合いだとしても、だ。
これからゆっくり成長して、少しずつ外見と内面の年齢が一致し
ていくと思う。其れまでは⋮⋮。
﹁俺の初恋は何時になるかなぁ⋮⋮﹂
﹁とうぶんさきね﹂
俺の呟きをあっさり拾い、事も無げに答えてくれたその内容。⋮
⋮良いよ、どうせ子供だ。友情に生きる!
﹁んー、がんばって?﹂
何で幼女に励まされなきゃならんのだ、と遠い目をした俺の頭を
一撫でし、﹁あきたからかえる﹂と玄武は突然姿を消した。
⋮⋮本当に、何しに来たんだろう?
呆然と玄武の消えた方向を見ていると、カサリと音がした。振り
返ると佩剣したリシャールさんとディランさんが居た。
﹁殿下、御無事でしたか﹂
﹁今の少女は一体⋮⋮?﹂
やや暫く前、恐らく俺の姿が消えて駆け付けたものの、ダンスを
していて様子を窺っていたんだろう、二人が不審げに訊いてきた。
﹁済みません、心配を掛けて。彼女は﹃水の杜の関係者﹄です﹂
俺の言葉に驚きつつも警戒を解いた二人。特にリシャールさんは
先のヘスペリア訪問に同行していた一人だ。白虎を目にして居たか
ら理解は早い。
玄武
ディランさんは、次期筆頭魔導師長として報告書を読んでいたし、
何より魔導師として感知したのだろう。彼女の溢れ出る神気と言う
か聖気と言うか、ただの魔力とは桁外れに違う強い力を。
﹁見ての通り、俺に危害は加えられていないので。様子見をしてい
てくれて有り難う﹂
﹁いえ、御無事で何よりです﹂
﹁誘いに簡単に乗って軽率だったとは思う。けれど危険は無いと判
断しての事なので、大目に見てくれる⋮⋮かな?﹂
411
俺がそう言うと苦笑しつつも頷いてくれた。
オレ
今回は護衛対象が勝手に規定の場所を離れた事だし、本来ならリ
シャールさん達は居なかった筈だし。何より、普段の学校は厳重な
警備と結界で不審者は侵入出来ない様になっている。今回は偶々運
動会と言う行事の為に結界が弱められていた。其れで玄武は侵入出
来たんだと思う。⋮多分。
それに彼女は聖獣で害を及ぼす立場では無い、と言う判断と言う
には可笑しいが、結界の条件に引っ掛からなかったのだと思う。大
概の防御・防犯結界には、悪意の有る者は勿論だが、瘴気を纏った
ものは弾かれる様になっている。逆に言うなら、玄武の様に悪意は
勿論、聖気を纏った存在は感知しない。
警備上の問題は元々無かったし、俺の無事を確認したので元の場
所に戻ろうとするリシャールさんを呼び止める。
﹁何でしょう?﹂
ここ
ディランさんも寄って来たので、二人にしか聞こえない程の小さ
な声で言う。
﹁先程、俺の事を﹃殿下﹄と呼んだでしょう? 学校では名前で呼
んで下さい﹂
﹁! 失礼致しました、気を付けます﹂
うん、咄嗟の事だったし仕方無い事だったから別に良い。ただ今
言っておかないと、また何時﹃咄嗟の事﹄が起きるか判らないしね
? 念の為。
二人を見送り、応援席に戻る事にした。良い加減音楽が止んで結
構経つし、採点も終わって次の競技の集合が掛かる筈だ。そろそろ
俺が居ない事に、ライもルフトも気付いただろう。
踵を返して歩こうとした途端、俺は叫び声を上げそうになった。
﹁っ、うっ!!﹂
﹁そんなにおどろかなくても良いとおもうの﹂
412
声は漏れたが許して欲しい。
誰だって驚くだろう、つい先程別れた、と言うか消えた玄武が、
振り返った途端目の前に居たのだから。然も胸まで土に埋まった状
態で。シュール過ぎる。
﹁つたえ忘れたの。主様からあなたへ。馬とは話せるようになりま
したか、なれば良いことがあるかもしれません、て﹂
﹁良い事? どんな?﹂
﹁さあ? 主様は時の賢者よ、あなたの﹃これから﹄を視たのかも。
ヽヽ
それをおしえるのはめずらしいことだけど、主様はきまぐれ。良い
ことだとおっしゃったのなら、そうなのだから、おぼえておいて﹂
玄武はそう言い残すと、するりと地中に消えた。⋮穴も何も無い、
水が土に染み込む様に居なくなった。
何だか夢を見ていた様で、茫然と佇んでいると、遠くからルフト
の呼ぶ声が聞こえた。
﹁クラウドー!! もう集合だよー!﹂
﹁今行く!﹂
慌てて返事をして走り出す。
思い悩むのは後だ。今は目前のやるべき事をやり遂げる事。
馬だの玄武だのラディンだの、それは全部後回し。一つ終わって
から考えよう。
皆の所に戻る頃には、確り気持ちを切り替えられた。︱︱︱︱何
だか知らんが、︻舞踊︼と︻沈思黙考︼のスキルレベルが上がって
いた。⋮レベルが上がる程考え込んでいただろうか。相変わらずス
キル取得のタイミングが謎だ。
413
Lv.33︵後書き︶
閲覧有り難う御座いましたwww
長々と運動会が続いておりますが、あともう一回ほどで終わるかと。
多分。
四神の一柱、玄武様顕現。本文中﹃女房装束﹄となっていますが、
十二単と思っていただいて可。平安装束です。
朱雀は漢服と和服を足してエロくした感じ。当分出す予定が無いの
!!
'16/02/13
−−−−−
で、ここで言っとく。見た目は二十代前半くらいです。
−−−−−
↓
誤字修正
‼
414
Lv.34︵前書き︶
日常篇になりました。
運動会は回想。
415
Lv.34
はぁ∼っ、とタメ息一つ。
ただ今絶賛寛ぎ中である。
何処で、と言われれば温泉⋮⋮と言いたい所だが、正解は城の俺
の私室のバルコニー。
天気も良いので大きめの盥を持ち込み、朝から水を張って待つ事
二時間暫し。日向水が出来た所で湯を追加して、即席露天風呂にし
てみた。
後から魔法で水を温かくすりゃ良いんじゃネ? と気が付いたが、
こう言う風に、まったり時間を使うのも良いだろう、と思い直した。
燦々と陽射しが降り注ぐ中、ぱちゃぱちゃと湯に漬かって疲れを
癒す。
一日中負荷付きで動いていたからか、久し振りに筋肉痛になった。
治癒魔法で治せば? と言われそうだが、身体の出来上がっていな
い俺が筋肉痛で魔法なんぞ使ったら、副作用が出る。主に背が伸び
ないとか筋肉が付かないとか背が伸びないとか背が伸びないとか⋮
⋮うん、一応気にしているんだ。しつこくてゴメン。
まぁそんな訳なので沐浴で疲れを癒してマス。
﹁あぁうぅ∼﹂
﹁何だ? 水鉄砲、面白いか?﹂
デュー
指を組んでお湯をピュッと飛ばすと、楽しいのかキャッキャと笑
う弟。
416
露天風呂+弟=俺の癒し。
うん、完璧だ。
朝イチで風呂の用意をしていた俺に、デューが沐浴する時間を教
ナニー
えてくれたのはマーシャである。普段寮生活で弟との触れ合いが少
なくて不満だったので、早速乳母に連絡して一緒に沐浴する事にし
た。
勿論安全の為、傍には乳母と侍女、護衛まで付いている。五歳幼
児と乳幼児二人きりで沐浴等危険過ぎる。
そんな訳で皆に見守られる中、俺はデューと遊んでいた。
因みに格好だが、裸では無い。
物心、と言うか記憶が戻って以来、幼児でいる事と、幼児らしい
振る舞いをする事には納得していたのだが、どうにも成人男子とし
ての変な羞恥心が残っていたのか、女性の前で下半身を曝すのが途
轍も無く恥ずかしい。
なので下着と言うか、体操服のズボンを穿いての入浴⋮⋮てかも
うプールだな、うん。
盥の縁に背中を預けて、伸ばした脚の間に弟を座らせる。うっか
り倒れて溺れない様に俺に寄り掛からせて遊ぶ。水鉄砲でキャッキ
ャと喜び、タオルを湯に浸けてブクブクと泡を出せば不思議そうに
見つめ。
俺の弟、超可愛い。
可愛くて何時までも構いたい。妹だったら溺愛し過ぎて嫌われる
レベルかも知れない。
弟でも溺愛し過ぎだと言われそうだが、一応教育は確りするつも
りだからね?
417
前世の弟とは歳が離れて居たから、可愛いとは思ったが照れ臭さ
もあってあんまり構ってやらなかった。一回り近く離れてたんだ、
仕方無いと思う。それに道場で扱かれてた真っ最中で、構う気力も
無かったとも言えた。
その分可愛いと思ってるのかも知れないが、可愛いは正義と言う
し。出来るだけ構いつつ、嫌われない程度に厳しく接し、立派な王
子様に育てたい。⋮育てるのは俺じゃないけど。気分、気分。
トラブル
運動会だが、あの後は特に厭がらせも揉め事も無く︵有るには有
ったが別件である︶、順調に終わった。
午後二つ目の競技は百メートル。続いてムカデ競争、四百メート
ルリレー。
良く考えなくても午後の競技はダンス以外、俺は出突っ張りで結
構忙しかった。
百メートルは再びギデオンと対決し、余裕で一着。だけど次の走
こ
者のライがまさかの転倒で、何とか頑張ったものの三位だった。
チーム
ムカデ競争に関しては⋮⋮練習が足りなかったのか、転ける転け
る。ただ其れは他の班も同様で、焦れば焦る程転倒する悪循環。
そんな中で一位になったのは、唯一初めから慎重に一歩一歩進ん
でいたマリウスのチームだった。俺は二位。
そして最終の四百メートルリレー。第一走者はルフト、続いてサ
シャ、レイフ、ライの順でアンカーが俺。
最初に差をつけてから、足の遅いサシャが落ち着いて走れる様に
して、多少順位が下がっても、俺の前にライが居れば差は縮むだろ
うと思っての順番だ。
嬉しい誤算だったのは、サシャがかなり頑張った事。最初に訓練
を始めた時、下手をしたら最下位まで落ちるかな、と思わせる走り
をするサシャだったが、訓練を続けている内にかなり速くなり、本
418
番では五人に抜かされたものの六位をキープしてくれた。レイフも
同様。抜く事は出来なかったが、距離を縮めてくれたので続くライ
が団子状に走る先頭集団をごぼう抜き。キャー、と女の子達の歓声
が上がった所で俺にバトンタッチ。
バトンタッチとは言うものの、実際は襷である。襷を受け取りそ
のまま一着でゴールした。
そしてザックとの勝負だが、途中経過から判る様に俺の勝ちであ
クラウド
った。⋮ただ有耶無耶の内にザックとの勝負が無かった事と言うか、
俺の勝ちで良いじゃん、みたいな雰囲気になっていた。校外活動の
研究発表はどうすんだ。
何だかんだで楽しい運動会だったが、問題が有ったのは閉会間際。
予てから懸念していた通り、ライの護符の効果が切れた。
いきなりライの銀髪が艶を放ち虹色に煌めいた所で、慌てて頭か
らタオルを被せて其れを隠し、ルフトにライを任せて俺は大会本部
にすっ飛んで行くと、預けてあった護符を受け取り、全速力で戻っ
た。多分一瞬の出来事だったんじゃ無いかと思う。
突然の事にポカーンとするクラスメイト達に愛想笑いで誤魔化し、
閉会式に臨んだのは最早良い思い出と言って良いのかどうなのか。
余談ではあるが閉会直後、俺の全力疾走を見たデュオ先生から呼
び出された。
手を抜いた云々を蒸し返されるのも厭だったので、先手必勝。例
アイテムボックス
のトトカルチョの件を持ち出して、焦る胴元から約束通り六割取り
上げ、嘆いた所でそっと俺の道具袋からジュースと焼菓子を差し出
した。一学年分と教職員分。
﹁デュオ先生からの差し入れと言う事で、皆に配って下さい、ね?﹂
その代わり、もう二度と生徒でトトカルチョすんな、と釘を刺し
たら滂沱の涙で頷かれた。
﹁俺の顔を立ててくれるのかっ?! ク、クラウド∼ッ!!﹂
419
ガバと抱き付かれそうだったので、あっさり躱してその場を辞し
た。
百人分以上の飲物と焼菓子を俺が何処から手に入れたとか、気に
しなかった所がデュオ先生らしいと思うと同時に、どう運ぶのかな
∼、と少しだけ心配したが、帰りがけに無事配られたので先生も道
具袋を持っていたんだろう。多分。
とまぁそんな感じで終わった運動会、教室で解散してから寮に戻
って荷物を纏め、待ち合わせていたマーシャ達と城に戻った。何時
もは一人なので最短コースを走って帰るのだが、マーシャ達が一緒
なので大人しく徒歩で。ちゃんと辻馬車にも乗って。乗り合いなの
に乗客の八割が知り合いと言う⋮⋮。一緒に乗り合わせてしまった
乗客は、車内の妙な雰囲気︱︱護衛が醸し出す緊張感とか、運動会
の後の高揚感なんか︱︱に戸惑って居たっぽいので、何だか済まん
かった、と思う。
城に戻って体を洗って着替えたら、体力の限界だったらしい。そ
のまま珍しく寝てしまい、朝まで起きる事は無かった。そのせいで、
筋肉痛になったとも言える。何時もは就寝前にもストレッチをして
体を解しているから、本当に筋肉痛とは御無沙汰だ。
ボンヤリしていたら、デューが御機嫌斜めになっていた。あー、
遊んでやるのが疎かになっていたか。
パンパンと小さな掌で水面を叩いて抗議らしきものをしていたが、
段々楽しくなってきたのか笑いだした。
﹁きゃわー、あにゃあにゃ﹂
﹁そうか楽しいか。じゃあ良いもの見せてやるからこっち見て∼﹂
﹁うぅ?﹂
キョトンとするデューの目の前に、握った手を見せる。そのまま
ゆっくり拳を開くと、其処から大小の水滴が浮かび上がる。
420
ゆっくりとふよふよと浮かぶ水滴を、少しずつ寄せて大きな水球
にすると、デューの目が大きく見開かれた。そのまま水球を上下左
右に動かし、デューの傍に寄せれば、不思議そうに水球に手を伸ば
してその中に入れて動かした。
そこで水球を壊しても良かったのだが、吃驚して泣かれても困る
ので、暫くそのまま好きに触らせる。
手を動かす度にふよんふよんと水球が不特定に動くのが面白いの
か、夢中になっていたが、そろそろ頃合いだろう。激しく手を動か
した所を見計らって、パンと弾けさせた。
いきなり水球が弾けて吃驚して固まった弟だが、弾けた水滴がシ
ャワーの様にキラキラと降り注いだのを見て、大喜びしてくれた。
良かった、これで泣かれたら此方がトラウマだ。
﹁あにゅーえ、あにゅーえ、しゅー、しゅー!﹂
俺を見上げて笑うデューが、興奮しながら喃語を叫んだが⋮⋮。
ゑ、ナニコレ、俺の聞き間違いか、気のせいか?
恐る恐る乳母の顔を見る。
すると俺の疑問を予想していたのか、乳母はにっこりと笑って言
った。
﹁デュー殿下におかれましては、最近盛んにお喋りされる様になり
まして⋮⋮未だ仰られる言葉は判りませんが、殿下にとっては意味
の在る言葉でしょう。クラウド殿下はどう思われましたか?﹂
﹁⋮⋮兄上、凄いと言われた気がします﹂
﹁うぅ?﹂
ボーッとデューを見つめると、不思議そうに見つめ返された。
じわじわと嬉しさが込み上げる。
﹁凄い!! 俺の事、判るのか? もう一回、言ってみろ? 兄上
でもにーにでも良いぞ?﹂
ギュッと抱き締め頬擦りしてから、デューに強請る。偶然でも何
でも、兄と認識され呼ばれるのは嬉しい。
﹁にうにう? まんまー﹂
421
﹁違う、にーに﹂
﹁ふえ⋮⋮﹂
﹁あ、こら泣くな。にーにが悪かった、これ見て機嫌直せ、な?﹂
強制しようとしたのが悪かったのか、愚図り始めた弟に慌てて御
機嫌取りをする。もう一度先程と同じ様に水滴から水球を作り︱︱
もっと大きいものだが︱︱弾けさせて虹を作れば、直ぐに興味を示
し、笑い始めた。
それから暫く、デューが呟く度に一喜一憂する俺が居たのだった。
さて、そんな可愛い弟との触れ合いも終わり、午後早々。俺が今
居るのは馬場である。相棒は勿論、青馬のエドヴァルド。例の、俺
を気に入り主人︵仮︶とした馬だ。
名前は半分俺が付けた。
フィルかルドルフ、オグリと迷ったが、オグリは芦毛だしルドル
フだとトナカイを彷彿とさせるし、フィルではフィルさんが居るの
だ、悪いし気まずい、と悩んでいる内に何となく喋る馬のエドを思
い出して、エドが良いと言ったら叔父上が正式名エドヴァルドと登
録した。
叔父的に馬に﹃狼﹄と付けたくは無かった様で、﹃幸福の守護者﹄
ガーディアン
となった。それも結構御大層と思うのだが、大型で堂々とした風格
だけはある馬なので、守護者と付けたくなる気持ちは判らないでも
無い。
学校に通い始めてから余り、と言うか殆ど馬場に姿を見せなかっ
たので、忘れられているかと思ったがそんな事は全く無かった。
久し振りに馬場に顔を出した俺に真っ先に気が付いたのはフィル
さん。
﹁クラウド殿下、此方にお見えになるとは珍しいですね。そうそう、
昨日はお疲れで御座いました。ゆっくりと御休みになられましたか
422
?﹂
﹁はい、お陰様で。フィルさんも応援有り難う御座いました﹂
会釈して答えれば用件を訊かれたので、久し振りに乗馬をしに来
たと言うと、其れでは、と馬場に案内された。
この時はエドの事は全く考えておらず、騎士達と訓練したり自由
に駆け回る馬を見ていた。一通り馬の様子を見て、厩舎に行こうか、
と思った所で騒ぎが起こった。
﹁何事だ! 殿下がいらっしゃられているのに何を騒いでいる!!﹂
馬を驚かさない様に静かに怒るフィルさんだが、騒ぎの現場は奥
の馬房。飼い葉が散らばり、柵が壊されている。何事が起きたのか
と目を剥くと、馬丁の一人が慌てて説明してくれた。
﹁フィル様、エドヴァルドが⋮⋮﹂
言うや否や俺の背後から蹄の音が響き、振り返る間も無く頭に衝
撃。
﹁エドヴァルドッ!!﹂
﹁で、殿下っ!!﹂
焦りまくるフィルさんや馬丁達を余所に、もっしゃもっしゃと俺
の髪の毛はエドに食まれる羽目になった。
どうやら俺が馬場に来た事にいち早く気付き、馬房を壊⋮⋮脱け
出しグルリと厩舎を回って馬場に行こうとして、俺が厩舎に向かっ
た事に気付いて追い掛けてきた様だった。
散々馬丁や当直の騎士に謝られたが、馬のやる事だし気にするな、
とは言ったが、流石に簡単に柵が壊される様では管理が杜撰だと言
われても仕方無いので、その辺はしっかりしろと釘を刺した。
俺個人としては笑って済ませられる事案だったのだが、仮にも王
下々
族が逃げた馬に襲われて、何も罰が無いのでは外聞を憚ると言うか
沽券に関わると言うか何と言うか。要はシモジモに示しがつかない
と言う訳で、キチンと報告書を作成の後、管理体制を見直し二度と
起こさない事を約束させた。
特にフィルさんは以前エドに振り切られて俺を一時行方不明にさ
423
せた経緯が有るので、一部の人間から厳しい目で見られている。こ
れ以上の失態は出来ないし、罰も与えられないとあっては更に厳し
ウォーク
い目で見られる。この辺が落とし所だろう。王族って面倒臭いのな。
そして今現在。
馬場をゆっくりと常歩で回る。
ゆらゆら前後に揺られていると眠くなるが、頑張って起きる。落
馬したらまた大事になるし、エドには色々言いたい事もある。
﹁⋮だからな、暫く相手をしなかったのは悪かった。だけど俺も不
在の間にやる事が溜まって、そっちも片付けなけりゃならないんだ、
仕方無いだろう?﹂
エド
オス
俺の言葉にブルルと嘶くが、何で俺は彼女に浮気を疑われた様な
キャンター
言い訳を、馬に対してしているんだろう? 然もコイツ牡だし。
訥々と諭していると、急に駈足になった。グン、と身体が後ろに
傾いだが直ぐに体勢を立て直す。
大型のエドに合う鞍は特注品で、通常は叔父︱︱サーペンタイン
隊長︱︱が使っている。俺はその鞍に更に子供用の鞍︱︱チャイル
ドシートと思って良い︱︱を取り付けているので、振り落とされた
りする心配は先ず無いのだが、其れでも急な行動には反応し辛い。
落とされない様に確り手綱を握り、前を確認すると障害コースが見
えた。⋮ってオイ!
﹁わーっ!! 莫迦バカ! 大人用のコースなんて危ないだろッ?
! お前は余裕かも知れないが、俺に余裕は無いぞッ!!﹂
焦る俺を無視して、エドは障害を一つ越え︱︱︱︱コースから逸
れると、再び常歩に戻る。
必死に鞍と手綱にしがみついていたので、振り落とされると言う
事は無かったが、心臓がかなりヤバい。バクバク言ってる。
それでも︱︱︱︱うん、障害を飛び越えた時の爽快感とか、満足
度とか。馬との一体感なんかが普段の鍛練とはまた違った充実感が
有った。
424
ポクポクと歩くエドの首を軽く叩きながら、話し掛ける。
﹁なぁ、俺は今学校に行ってて、お前に時間が取れなかったのは済
まないと思ってる。けどお前だって普段は叔父上の世話になってい
るんだろう? 少しは我慢してくれよ﹂
俺の言葉に不機嫌そうに鼻を鳴らす。然し俺だってそう毎回頭を
食まれても困る。
どう宥めれば良いのやら、と考えたが何故今回わざわざ馬場まで
来たのかを思い出し、初心に戻る事にした。
取り敢えず乗馬を思い切り楽しみ、世話も確りと熟す。此れしか
無い。
学校に行く様になってからの俺の日課は、朝は早起きしてライ達
と軽く体操、それから城まで走って訓練所で剣の鍛練。その後学校
に戻って授業を受けたら、放課後は日が暮れる迄は体を鍛えて、そ
の後は勉強。主に魔法と宿題。聞いただけだとギッシリ詰め込んで
いるみたいだが、実はそうでもない。
ちょこちょこと休憩もとっているし、遊びながらやっている面も
あるので然程苦痛でも無い。何より自分から努力して上を目指した
いと言っての転生、然も努力すればしただけ結果が出るとなれば、
努力のし甲斐もある。
そんな中で昨日の運動会の真っ最中、俺に齎された玄武からの情
報。
馬と話せるか、と訊かれ真っ先に思ったのはエドの事だ。生憎懐
かれてはいるが話した事は無い。そもそも馬と話す事が出来るのか、
と言う疑問は俺のスキルを見直したら無いとは言えなくなった。
初めて乗馬に挑戦した時に取得したスキル、︻ふれあい! 動物
王国︼は︻語学堪能︼のスキルと合わせて動物と話せる様になると
言うものだった。
スキルを取得してから、やたらと小鳥に懐かれる様になり、会話
425
は出来ないものの俺の言葉は理解している様で⋮⋮実際、エドに話
し掛けると命令を良く聞いてくれるし、不満が有れば抗議と言う名
の毛繕いを始める。勿論俺が厭がるからだ。
ルーン
エ
折角玄武情報で馬と会話が出来れば良い事が有る︵かも知れない︶
と判ったのだ、スキルレベルを上げない手は無い。
ンシェント
︻語学堪能︼については、此の世界の共通語の他に、魔法語と古
代言語を堪能に話せれば良いのだろうか。
基本此の世界、共通語さえ話せればどの国に行っても問題無い。
だが一応現地の言葉も有るので、誰もが二ヶ国語は話せる。勿論外
国とは縁の無い人間は別だ。どの国も王都に近い地域程共通語で話
エスタニア
し、地方に行けば行く程現地語となる。
隣接する国が多い東大陸等は、国境沿いの地域では三ヶ国・四ヶ
国語は当たり前だと言う。
だとすれば東大陸の言葉も覚えるべきだろう。エーデルシュタイ
ンが宝石の一大産出国の為、各国からの取引や外交も有る。共通語
で問題無いとはいえ、相手国の言葉を話せれば好印象を与えられる。
馬と話すと言う目的が、外国語を習う事に繋がるのだから不思議
なものである。
後は︻ふれあい! 動物王国︼のレベル上げだが、何時の間にか
結構上がっていた。多分小鳥達のお陰だと思う。自然とレベルが上
トロット
キャンター ギャロップ
がる様だが、積極的に動物と関われば、猶良いと思う。
ウォーク
暫くエドの相手をして馬場を回り、常歩・速足・駈足・襲歩と順
に練習していると、馬術のスキルレベルが面白い様に上がる。一応
フィルさんに付いて貰って指示に従いながら、悪い所を直している
ので、初めて乗馬をした時に比べたら上達はかなり早いと思う。
ある程度気の済むまで馬を走らせてから、厩舎に戻って早速馬の
手入れ。
ブラッシングをして序でにマッサージ。大型のエドの世話はかな
り大変だが、俺にブラッシングされて気持ち良さそうにしているの
426
で頑張れる。
五歳児の身体で馬の世話は大変だが、踏み台を使ったり魔法を活
用したりで色々頑張ってみた。
一寸頑張り過ぎて、馬丁に﹁私共の仕事を奪う気ですか﹂と言わ
れて目が覚めた。頑張り過ぎも良くない。
馬房の柵は修理されていたので、世話をして直ぐに戻す事も出来
たのだが、心配そうに見ている馬丁が気の毒だったので、至らぬ所
も有るが世話の続きを、と言ってエドを引き渡した。
途端にホッとした顔になった馬丁が、お世辞であろうが俺の手際
を誉めてくれた。俺の小さな身体では不十分だった場所をブラッシ
ングしながらエドの体調を確認している間に、俺も飼い葉桶に餌を
入れたり水を用意したりと頑張って一通り終わってから部屋に戻る。
勿論エドが馬房に戻るのを確認してからだ。
正直頑張り過ぎて更に筋肉痛が追加されたが、今回はストレッチ
したりマッサージ等やったので翌日に響く事は無い、と思う。
毎日、は無理なので時間の取れる時は出来るだけ馬場に顔を出す
事にしようと思う。顔だけでなく、世話が出来る時はなるべく世話
をし、話し掛ける。そうすればエドも少しは満足するだろうし、少
しずつでも世話をしていく内に話せる様になるかも、と言う期待も
ある。
馬と話す事でどんな良い事が起こるのか、起こらないのか。やっ
てみなければ判らないので、頑張ってみよう、と思う。
⋮⋮ただ、無理に頑張ろうと思って行う事より、無意識に頑張っ
てる事の方が続くんだよな。
俺の場合、体を鍛える事、魔法を学ぶ事。其れ等は好きでやって
いるので、頑張っている気がしない。適度に手を抜いている時も有
るし。
好きこそ物の上手なれ、で乗馬も好きだから続けられると思う。
427
今まで時間の遣り繰りが下手だったから、城に戻っても乗馬に時間
を割けなかった訳だし。つい優先順位で剣術とか弟とか魔法や食生
活に行ってたが、以前の様に週に何回と決めて乗馬に充てれば問題
無いだろう。
で。俺はこの時気付いていなかったのだが、︻語学堪能︼スキル、
実はレベルが無かった。初めからカンスト状態。後で調べて判った
事だが、他の言語スキルの複合型スキルで、取得は難しいが得られ
ればそれだけで語学学習が容易になるそうだ。
俺の場合、ベースとなる日本語の他に、異世界共通語が理解出来
た時に取得したのだが、他のスキルの取得のし易さから見て、何ら
かのチートが発動したのでは無いかと疑っている。怪しいのは︻水
の杜の客人︼と言う加護なので、いつかラディンに逢うなり、四神
の誰かしらに遭ったら訊いてみたいと思う。
428
Lv.34︵後書き︶
閲覧有り難う御座いましたwww
後一話運動会、と言いつつ日常に戻りました。何故かと言うと、ド
ラマが無いからです。
で、以前から王子が主張していた、弟殿下と絡めてみました。
因みに王子が使っていた魔法は結構高度ですが、本人及び周囲にそ
の知識が無かった為スルーされています。ディランさん辺りが見た
ら目を剥いて驚いたと思います。
※解説。
名前ですが。
フィルさんは、正式にはフィリップで、馬を愛する者とかそんな意
味です。
ルドルフは、赤鼻のトナカイの名前。その他狼の意味もあり、皇帝
と呼ばれた競走馬の名前でもあります。
オグリは、競走馬の名前です。芦毛の名馬。
喋る馬のエド、は出典は大昔の米TVドラマ。その後色々な作品で
引用されているらしいので御存知の方も多いかと。エドヴァルド=
エドワードで、富︵幸︶の守り手らしいです。実は最初森の王とし
てたんですが、違うな、と。
−−−−−
スキルですが、レベル有りとレベルなしが有ります。複合スキルに
'16/02/13
その傾向あり。
−−−−−
誤字修正
429
‼
↓
!!
430
Lv.35 デュオ・アレィア︵前書き︶
デュオ先生が何故教師になったのか。
431
Lv.35 デュオ・アレィア
俺の名前はデュオ。
今は教師なんてものをやっているが、元々は冒険者だ。いや、今
も冒険者としてギルドに登録している。
それが何故教師をしているかと言えば、ギルドからの強制依頼に
他ならない。
エーデルシュタイン
エーデルシュタイン
﹁デュオちゃん、貴方暫く輝石光国へ行ってらっしゃい。期限はそ
うね∼⋮⋮最低でも二年。無期限で、今度あの国に作られる学校の
教師を務める事。良いわね?﹂
﹁⋮⋮は?﹂
幾つかの依頼を済ませ、ギルドに報告に行った時。ギルドマスタ
ーから呼び出され、突然告げられた内容に、俺は呆然とし、次いで
ギルマスに食って掛かった。
エスタニア
﹁なっ、俺は冒険者だぞぅ?! 何でそんな、海を越えた国の学校
ドラコナ
の先生なんかしなきゃならねぇんだよっ!﹂
当時俺が活動拠点としていたのは、微睡竜国であった。東大陸の
南に位置する島国で︱︱とは言え大きさは此の世界でも三番目か四
エーデルシュ
番目に大きい、人によっては大陸とされる国である︱︱迷宮や魔獣
タイン
の多い、冒険者には依頼も多く暮らしやすい国で、一方、指示され
た国は東大陸の西の端、海峡を隔てた島国だった。
エーデルシュタインはかなり平和な国で、観光と宝石の輸出で成
り立っている豊かな国だ。だが冒険者としては余り旨みの無い国︱
︱魔獣も少なく、宝石の採掘は許可が要る。名の知れた迷宮も無か
った筈︱︱に、何故俺が教師として行かなくてはならないのか。
432
説明を求め目の前のギルドマスター、オリヴィエを睨む。
初心者
クラス
中堅
これでも幼い頃から冒険者を目指し、コツコツと努力をしていた
し、一ツ星から始まる冒険者階級で三ツ星までやって来たのだ。そ
駆け出し
う簡単に理由も判らず教師になれと言われても納得出来る訳が無い。
じっと睨む俺は、傍から見たら⋮⋮二ツ星程度の冒険者であれば、
優位に見えていたかもしれない。何せ俺は依頼から戻ったばかり、
装備もバッチリで如何にも冒険者然として居るが、相手は建物内に
居るからか、装備らしい装備と言えば腰に佩いた武器だけだ。
だが実際はどうだろう。背中にはじわりと汗が伝わり、目を逸ら
す事が出来ない。蛇に睨まれた蛙の状態だ。
そんな状態になって漸く俺は目の前に居るのが、例え見目麗しく
ヽ
冒険者には見えなかろうが、このドラコナの冒険者ギルドの支部長
を任される男だと気付かされる。
精鋭
冒険者ギルドの各支部長は、五ツ星以上の冒険者で尚且つ交渉や
事務等の差配が出来なければ、任命される事は無い。任命権は総本
部長以下、各支部長に有り総会によって決定が下される。
三ツ星の俺では手に負えないのだと漸く気付く。
クレーム
オリヴィエは俺の内心が手に取る様に判るのか、ふ、と鼻を鳴ら
して言った。
﹁良い事、ボウヤ? 貴方には苦情がわんさと来ているのよ。何故
だか判る?﹂
﹁苦情⋮⋮?﹂
言われても心当たり等全く無い。眉を寄せて言葉に詰まる俺に、
オリヴィエの口がひくひくと歪んだ。
﹁アンタの! 博打好きが! 度を越してるって! 苦情が来てン
のよ!! 判ったか、ボケェッ!!﹂
﹁ぎゃーっ?!﹂
433
ウイップソード
ビシイッ、と音を立ててオリヴィエの放った鞭剣が足元を打った。
と反応する間も無く、俺の体が鞭剣に絡み捕られオリヴィエの目の
前に引き寄せられた。
﹁えっ、博打って、え?﹂
﹁自覚が無いのね、厄介だ事⋮⋮﹂
ハァ、と溜め息を吐かれたが、俺に苦情が来る覚えが無いのだ、
仕方無いだろう。
⋮確かに多少は博打も楽しんだが、別に高額を賭けていた訳でも
無い。許容の範囲内だと思うのだが、違うのか?
心外だと理由を添えて訴えてみれば、更に深く溜め息を吐かれた。
﹁アノね⋮⋮アンタにとってはソウでも、他人⋮⋮況してや新人に
したら、結構な頻度で賭けを持ち掛けられて、金を巻き上げられる
って苦痛以外の何物でも無いわよ? 其処んとこ考えた事有る?﹂
言われて、グ、と詰まる。
お互い楽しい思いをして居るのだから良いじゃないか、と思うの
と同時に、確かに最近は俺からの誘いに乗る奴は少なくなった、と
思う。俺と同ランクの連中は持ち掛けようとすると、先に他の用件
を被せてくるし、下のランクは俺と目を合わさない様にしている気
がする。
え、あれ? 迷惑がられていた?
目を瞬かせた俺に、オリヴィエは深∼い溜め息を吐いて言った。
﹁やっと自覚したのね、おバカさん。良い事? 賭けなんて息抜き
程度にやるから面白いので有って、しょっちゅうやるなら冒険者な
んて辞めて賭博師におなりなさい。⋮三ツ星のアンタに誘われて、
断れる一ツ星が居ると思ってンのか、アァ? ちっとは考えろ﹂
目の前に思い切り凄んだ顔があり、思わずコクコクと頷いてしま
う。普段女言葉の美人に殺気を込めて睨まれるとか、怖すぎる。
434
すっかり小さくなった俺の拘束を解くと、オリヴィエは依頼書を
持って通達を出した。
﹁ドラコナ冒険者ギルド支部長、オリヴィエ・レニエより、三ツ星
冒険者、デュオ・アレィアをエーデルシュタインの新設校へ教師と
して派遣する事を通告する。期間は最低二年間、無期限とし、派遣
終了の条件は、毎月の業務報告書の提出及び派遣先からの勤務実績
報告を参考とし、決定する。此れは指名強制依頼であり、拒否権は
無い物とする。⋮以上、質問は?﹂
﹁や、あの、だから何で先生? 護衛とかじゃ無く?﹂
﹁あら一応気付いたのね、おバカさん。先生ったって何もアンタに
算術やら芸術やらお願いする訳じゃ無いわ。剣術とか体術を担当し
てって話。いざとなったら護衛もって事だけどね。彼方さんでも教
師役は探したそうだけど、何だか特殊な事情とかで、騎士団からの
派遣は出来ないそうなのよ。かと言ってアッチに居る冒険者も碌な
のが居なくてね?﹂
実力が無かったり、子供相手には向かない性格や外見だったり、
とオリヴィエの話は続き、エーデルシュタインギルドから各支部に
話が回り、丁度苦情の来ていた俺に白羽の矢が立てられたって事ら
しい。
だったら。
﹁俺だって子供相手なんか出来やしないぞ!﹂
﹁あら﹂
思わず叫ぶと、オリヴィエが意外そうな顔をする。何でそんな顔
をするんだよ、と思っていると、思いがけない方向から重低音が発
せられた。
﹁デュオ・アレィア、二十七歳。七歳まで賭博師の父と各地を回り、
父の死後孤児院で過ごす。十二歳から冒険者登録をし、現在に至る。
435
⋮⋮孤児院時代も仮登録冒険者として依頼を請け、報酬は孤児院へ
渡し其れは現在も変わらず。序でに言うなら、依頼の無い時は子供
達の面倒を良く見て勉強も教えるが、賭事が好きなのが玉に瑕。︱
︱︱︱間違いは有るか、博奕打ち﹂
唯一無二
ギギギ、と声のする方向を見てみれば、ソファの上に犬歯を見せ
て獰猛に嗤う隻眼の白豹⋮⋮七ツ星が居た。
何でそんな詳細に知っているんだとか︵確かにパーティーを組ん
グウィン・レパード
だ事は有ったが、一時的な事だったし、個人的な事は一切話さなか
った︶、冒険者の憧れ、至高の七ツ星が何時の間にドラコナに来た
んだとか、確認したい事は山程有ったが、結局俺は押し切られ、エ
ーデルシュタインに行く事となってしまった。
まぁ、その押し切られた原因も、俺のせい、と言うか賭けに負け
たせいなのだが。
一応抵抗はしたのだ、幾ら指名依頼とは言え理由が理由なだけに、
逆に相手に失礼だろうとかまあ色々? したらば眠そうに聞いてい
た七ツ星が、俺に賭けを持ちかけた。
名前を呼ばれ振り向いたと同時に、七ツ星がコインを指で弾いた。
空中で回転しながら落ちるコインを両手で受け止め、俺の前に差し
出して言った。
﹁博奕打ち。このコイン、表だったら⋮⋮依頼、請けろ?﹂
今思えば裏だったらどうするのかとか全く決めていなかったのだ
が、断りたい一心で了承した俺に頷くと、七ツ星はそっと片手を外
した。残されて現れたのは、手の甲に載せられた一枚のコイン。
﹁⋮⋮表、だ﹂
ニヤリ、と豹が嗤った。
最後の足掻きとして、七ツ星に依頼しないのかと言えば、呆れた
436
様に返された。
﹁莫迦ね、苦情が来ているのはデュオちゃんであってグウィンちゃ
んじゃ無いし、アンタまさかこの非常識な規格外男を野放しに出来
ると思ってるの?﹂
﹁俺は、常識人だが?﹂
﹁この話が来るなりデュオちゃん薦めておいて、断るなら迷宮の地
下百階に置いて行くって言ったのは何処の誰よ﹂
﹁俺だが?﹂
﹁ヤメテクダサイオネガイシマスシニマス﹂
二人の会話に泣きそうになりながら、割って入った俺は悪くない
と思う。一人には肩を竦められ、一人にはキョトンとされたが。
俺のランク
因みに。迷宮の地下百階は三ツ星程度ではパーティーを組んだと
しても軽く死ねる。四ツ星・五ツ星のパーティーでやっと攻略、単
した
ベースキャンプ
体での攻略は六ツ星で漸くのレベルだ。其処に置いて行かれるのは、
死ねと言ってると同義である。
当の本人は、不思議そうに﹁俺が階下に行っている間、拠点を守
れば良いだけなんだが?﹂と首を捻っていた。
何この一寸お使い行ってくるみたいな言い方。拠点でも地下百階
に置いて行かれたら、俺死ぬから。て言うか、百階より更に階下に
潜るとか百階が拠点とか、何れだけ規格外なんだ。
そんなこんなで突然の指名依頼、泣く泣く請けた俺はその日から
みっちりエーデルシュタインについて勉強させられ、然も学校開始
はなむけ
が二ヶ月も無い新年明け早々と聞いて⋮⋮ちょっぴり泣いた。
泣いた理由は、出発間際、餞のオリヴィエの言葉。
﹁良かったわねェ、デュオちゃん。依頼を指名されるなんて、アン
タも立派な冒険者よ∼。⋮良い? 報告が少しでも滞ったり苦情が
来たら、アンタの冒険者登録は抹消、再登録は不可だからね? 気
を引き締めて行きなさい﹂
437
此処までは言われても仕方無いと聞いていたが、その後ポツリと
﹁更生しないで戻ってきたら、本気で迷宮に放り込もうかしら﹂な
んて呟いていて、泣いた。
年末に学校関係者と顔合わせをし、俺の担当科目は依頼内容通り、
剣術や体術など運動全般で、その他に俺の冒険者知識から、教えら
れる事が有れば其れを、と言う事だった。
問題は赴任早々新入生一クラスの担任になった事、それと学校が
貴族の子弟向けだった事だ。担任の方は、幸いヘンドリクセンと言
う魔法学の担当が教育歴が長く、相談に乗って貰えたので助かった。
生徒の方は⋮⋮最初の内は何人かが反発していたが︱︱何処から
の情報か、俺が孤児院育ちの平民だと知ったらしい︱︱俺が三ツ星
の冒険者と知ってからは態度を改めた。⋮いや、納得はしていない
様だが三ツ星冒険者は其れなりに︱︱王族と謁見出来る程度には︱
︱身分が高いのだ、仮令貴族子弟でも侮られる謂れは無い。
其れに何と言っても未だ子供だ。時間が余った時に冒険の話をす
れば夢中で聞いている。男子向き・女子向きの話は有るが、俺の話
は概ね好評だった。
生徒とも職員とも順調に関係を築き、教師も悪くないと思う俺だ
が、やはり根っ子の部分は変えられない。
﹁な、クラウド良いだろ?﹂
﹁ダメです、聖職者が何を言っているんですか﹂
俺が纏わり付いて話し掛けているのは、クラウドと言う名前の一
組の生徒だ。金髪に青灰色の瞳の少年で、もう少し成長したら嘸か
し美少年になるだろう、と思われる。
少々、と言うより大分大人びた少年で、受け答えは確りしている
し、成績は超が付く程優秀。下手をしたら俺よりしっかりしている。
彼には以前同僚のトリスティアをネタに、トトカルチョを持ち掛
438
けた事が有る。なので今回も乗って来るかと思いきや、生徒をネタ
に乗る事は出来ないと言ってきた。
其処を何とか、とお願いしていたら、何時の間にか胴元の俺の取
り分の六割を渡す事となってしまった。
クラウド
前回
決して俺が校長に賭けの件を知られるのが不味いと思った訳では
レイ
無い。アイツが交渉上手だっただけだ。⋮トリスティアの時は金が
絡まなかったからとか、そう言う訳では⋮⋮。
運動会当日のクラウドの活躍には、目を瞠るものがあった。
フとサシャ
競技そのものでの彼の活躍は言うに及ばず、同じ班になった二人
グラウンド
の生徒の頑張りぶりは、クラウドとの特訓の成果だろう。
入学後直ぐにクラウドは運動場の使用許可を申請した。何に使う
のかと訊けば、自分の鍛練の為だと言う。特に反対する理由も無く、
学業に響かない事を念押しした上で許可を出した。
その後偶に気になり様子を覗くと、友人と三人で剣の稽古や柔軟、
走り込み等していたが、危険な様子も無かったので放置していた。
その内運動会が近くなると人数が増え、彼等に混じり走り込みをし
始めた生徒が、授業でもめきめき成績を伸ばしてきた。
クラウドには教師の資質も有ったのか、と驚き嘆いたのは俺が未
熟だからだ、其れは判っている。少しだけ羨みながら見守っている
内に気付いたのは、クラウドの実力が隠されている、と言う事。
じっと観察して気付いたが、魔力の流れが自然では無い。明らか
に筋力や瞬発力、そう言った物に負荷を掛けて動いていた。冒険者
ギルドの訓練所で良く見かけるやり方だが、まさかこんな子供ばか
りの場所で見る事になるとは思わなかった。
気付いて以来、授業中も観察していれば不自然で無い程度に負荷
を掛けていて、其処で気付いたのはクラウドはクラウドなりに、周
囲と実力を合わせているのだろう、と言う事だった。
子供は時として残酷だ。異分子が居れば、排除しようと動く。実
際クラウドは平民の出だろう、と言う推測のみで一部の生徒から嫌
439
がらせを受けている。本人は平気そうに躱しているので、俺達大人
は今現在様子見している所だ。愈々となったら介入する手配は出来
ているが、クラウドが相手ならば本人たちだけで解決するだろう、
と言うのが共通認識である。
実際、つい先日落とし穴が掘られると言う事が有ったが、即解決
した上に、主犯の子供たちとは少しずつでは有るが、和解と理解が
進んでいる。教師の出る幕も無いと言うのも寂しいが、子供達の成
長は素直に嬉しい。
だが、其れにしても。
クラウドは出来が良すぎる。
運動会終了間際、何か面倒事が起きたのかクラウドが慌てて運営
本部に駆けて来た。そりゃあもう、信じられない位の速さで、だ。
何事かと混乱する俺達に気付かなかったらしいクラウドは、﹁競
技も終わった事だし、返して貰います!﹂と言い残し、彼の友人ラ
インハルトから一時預かっていた護符を取り出し、また一目散に駆
け戻って行った。
一瞬の出来事に呆然としたものの、彼だけに拘らっている訳にも
行かず、閉会式を済ませた。
取り敢えず聞きたい事が山程出来たので、閉会直後、教室に戻ろ
うとするクラウドを捕まえ色々聞き出そうとしたのだが︱︱︱奴の
方が一枚上手だった。
﹁そうだ、先生。賭けの結果、もう判っていますよね?﹂
ニコニコと微笑みながら手を差し出すクラウドに、俺は聞きたい
事が頭から吹っ飛んだ。
不味い、そう言えばそうだった、と頭の中には一瞬にしてクラウ
ドと交わした契約を思い出し、彼に支払うべき金額を弾き出す。
俺の持つ加護︻ヘルメスの祝福︼はこう言う時に役に立つ。冒険
440
者が出来なくなったら、商人になるのも良いだろう。⋮尤もその前
に、冒険者に戻れる様に努力しないといけない訳だが。
そう考えてハッと気付く。
不味い、報告書にこんな事は書けないし、校長からギルドへ提出
されると言う調書にも、書かれたら大変だ。
漸く気付いて蒼くなった俺だが、其処へ救いの手を差し伸べたの
もやはりクラウドだった。
俺からの差し入れと言う事にすれば良い、と渡された大量の飲み
物と焼菓子。二度と生徒で金銭の絡む賭け事をするな、と釘を刺さ
れ、どちらが大人か判らない状態だったが、素直に俺は頷いたのだ
った。
何であんなに大量の茶菓子が出せたのか、とかそもそも俺が訊き
たかった事は全く聞けなかったじゃないか、と言う事に気が付いた
のは家に帰ってからの事だった。
441
Lv.35 デュオ・アレィア︵後書き︶
閲覧有り難う御座いましたwww
主人公、デュオ先生の年齢を30∼40代と言ってましたが、実は
20代でした。日本人的感覚による誤解と、本人の苦労が外見に現
れていた様です。
本文中27歳と言われてますが、その後年が明けたので28歳です。
ドラコナ冒険者ギルドの支部長は、見目麗しい30代前半のオネエ
サマ⋮⋮ではなく、男性です。言葉遣いも外見もアレですが、性的
嗜好はへテロです。
以下解説
賭けの結果 七ツ星の投げたコインは、表裏有りますが受け止めた
段階で表だと判っていました。動体視力と触覚による出来レース。
デュオに表裏選ばせるのではなく、﹁表なら﹂と言ったのがポイン
ト。
冒険者ランク 一ツ星︵初心者︶から始まり、二ツ星︵駆け出し︶
三ツ星︵中堅︶四ツ星︵熟練︶五ツ星︵精鋭︶六ツ星︵稀代︶とな
り、七ツ星︵唯一無二︶は今の所、隻眼の白豹の為に創られた彼の
みのランクです。
騎士団から人員を割けない理由 単純にその能力が有る騎士は、主
人公に対して他の生徒と同じ様に接する事が難しいから。恐らく咄
嗟に敬語や敬称が出てしまうと思われるので却下されました。
加護︻ヘルメスの祝福︼ ヘルメスは旅人や商人の神。その他賭事
も。詳しくは調べてください。
442
修正情報
'17/03/12
↓
トリスティア
↓輝石光国
−−−−−
輝石国
!!
'16/02/13
セレスティア
−−−−−
↓
誤字修正
‼
−−−−−
−−−−−
443
Lv.36︵前書き︶
日常篇です。
444
Lv.36
カリカリと部屋の中でペンの走る音がする。
外は雨。風待ちの雨で行事は暫くお休み。テストもあるし研究発
表会もあるしで、只今絶賛勉強中。
先日の運動会終了から、すっかり俺の立場が変わってしまった。
ノーカウント
何と言うか、兄貴的な? 俺、誰よりも年下なんだがなぁ。
⋮前世の記憶はノーカンで。
何が言いたいかと言えば、女の子達はレティシア嬢が根回しした
のか、俺に対して物凄く好意的になった。まぁ何か有るといかんの
で、親切にされたら親切を返す。当たり前だが忘れがちな事を、必
ず行う様にしていたのも大きいかも知れない。後は笑顔で挨拶とか
? 其れだけで結構物事は廻る。
男子はと言えば、思った以上に俺の運動能力が高い事に驚いて、
どうも尊敬とまではいかないが、ソレに近い感情を抱いたらしい。
嫌がらせとかめっきり減った。
後、やはり子供は単純と言うか、運動が出来ると其れだけでヒー
ロー扱いだ。⋮憧れの目で見るのは止めて欲しい。マジで。
ザックは俺に一目置く事にしたようで、シールとラークに再三言
い聞かせたらしい。二人が突っ掛かってくる事も無くなり、若干淋
しい気がするのは気のせいか。
一応どちらが優秀か確かめるのは続ける様で、運動は完敗だが此
方は負けない! と息巻いていた。
⋮何時の間に熱血キャラになったんだ? 参謀キャラだと思って
いたんだが⋮⋮。ザックが熱血なら俺が参謀やろうかな、と思った
445
り思わなかったり。閑話休題。
﹁ん、ん? クラウド、この問題はどう解くの?﹂
マリウスが計算問題に詰まり、俺に声を掛ける。
運動会後で変わった事の一つ。マリウスとギデオンが友人になっ
た。
ギデオンは同じクラスだが、マリウスは違うクラスなので、友人
になった切っ掛けはやはり運動会だろう。廊下で会えば挨拶して立
ち話、寮では談話室で話したり、お互いの部屋を行き来したりして
いる。
今は寮に備えてある図書室︱︱元貴族の屋敷なので、図書室は有
るし、実は遊戯室も有ったりする︱︱で、勉強会を行っている。俺
の部屋でも良かったのだが、幾ら二人部屋を一人で使っているとは
いえ、総勢九人は辛い。因みに面子は運動会の班分けメンバーの他、
マリウス、ギデオン、フェリシティー嬢となっている。
フェリシティー嬢に関しては、レティシア嬢の友人だから判るの
だが、ギデオンは何で? と思い訊いた所によると、ザックより俺
の方が面白そうだから、と言ってきた。後、俺が毎日行っている鍛
練が気になったらしい。うん、其れなら判る。
マリウスからのヘルプに問題を見ると、単純な計算間違い。計算
途中の数字が違っているので、其処から計算がずれたらしい。
﹁此処、ホラ。数字が違ってる。2じゃ無くて7だろ?﹂
﹁あっ、本当だ! ありがとう!﹂
指摘されて数字を直すマリウスだが⋮⋮言って良いだろうか?
﹁マリウスはもう少し字を綺麗に書いた方が良いと思うぞ⋮⋮?﹂
俺の言葉に周り中が頷き、マリウス一人が不満そうにしている。
神経質⋮⋮もとい繊細そうな見かけに反し、マリウスは悪筆であ
る。十中八九、マリウスの計算間違いの原因は、悪筆故の数字の見
間違いと俺は見ている。
446
﹁上手い下手じゃ無くて、もう少し丁寧に落ち着いて書けば良いん
だよ。字が上手くたって、焦って書いて読めなきゃ意味無いんだし﹂
﹁そう言うクラウドは、字がキレイだよね⋮⋮﹂
ションボリするマリウスに、俺の手元を覗き込むレイフが同意す
る。
何だよ、その言い方。俺の字が綺麗だと可笑しいか? これでも
爺様に書道を習ったりしたんだぞ。前世でだけど。
俺の字が綺麗なのは、記憶が戻って早々に、読み書きの練習をし
始めたからだと思う。
通常は五歳から始める勉強︱︱入学前に勉強を始めるのは、自分
の名前くらいは書けないと不味いだろう、と言う親心? 見栄? みたいなものである︱︱を前倒しで始めたのは、早く読み書きが出
来る様になりたかったのも勿論だが、俺が異世界言語に慣れる為と
言う意味も有る。
前世の記憶が有る事に利点を感じる事は多々有ったが、一つだけ
︱︱未だ有るかも知れないが、今の所は一つだけ︱︱欠点だと思っ
たのが、其れこそ重要な読み書きについてだった。
言葉に関しては記憶が有る前の乳幼児時代に、浴びる程話し掛け
られ、前世の事を思い出した時に自然と融合されたので問題は無か
った。
言葉に問題が無くて良かったと思ったのも束の間、読み聞かせし
てくれた絵本を見て愕然とした。
文字が。
単語が読めない云々の前に、文字が判らない。
辛うじて読めるのは数字で、其れ以外はアルファベットに似て非
なる文字。
絵本を前に、描かれている挿し絵を指差し、﹁りんご﹂と言うと
447
乳母は喜んでいた。此れは描かれている物が何か正しく認識されて
いる、と乳母が知ったからだ。続けて文字らしき記号の羅列を指差
し、﹁りんご﹂と言えば同じ様に喜ぶ。絵と文字の関係性を理解し
たと思ったからだろう。
だが違う。俺は文字と絵が関連付いているのを知っていたから、
言えただけに過ぎない。問題は此処からで、絵と文字が関連付いた
のは判るが、其れで判るのは単語だ。文章ではない。そしてその単
語に使われている文字が、下手に前世の文字と似通っていた為に誤
読する。
例えて言うなら、文字ならdをbに。文章に至っては、アラビア
文字で書かれた英語を日本語で読む、みたいな感じだ。ややこしい
事この上無い。
デーヴァナーガリー
初めの頃はこの英語部分が、サンスクリット語に思えた位だ。泣
くかと思った。
因みに魔法語はアラビア文字をヒンディー文字にしたドイツ語を
英訳しながら日本語に直すみたいな、訳の判らない仕様になってい
る。
前世の記憶が邪魔をしている、と感じたのはこの時で、下手に文
字が似ていたせいで、言語回路が俺の中で上手く繋がっていない事
に気が付いた。
本を読んでも途中で文字を間違えて単語の意味を取り違えたり、
下手に文字が似ているせいで、そもそもの意味を間違えるのは流石
に不味い。
文字に関しては反復練習、コレしか無いと思い、文字の練習を始
めた訳だ。
この時俺は僅か二歳。何をしているんだ、と自分でも思う。
記憶が戻ったのが一歳前後なので、其れから一年を待たずに文字
を書き散らし始めた。
書いて書いて書きまくって字を覚え、やっとアラビア文字を日本
448
語に直訳、では無く、日本語に見える様になったのだ。字が綺麗な
のは当然だ。
読みは誤読をしなくなったお陰で、自然と読めるようになった。
元々母音と子音の組み合わせの表音文字だったし。良かった良かっ
た。
余談だが、この時の俺は何か神がかっていたのか、磁気を利用し
た子供用の知育玩具、所謂お絵かきボードなる物を作らせてしまっ
た。作ったのは、魔導師たちと鍛冶職人。
偶々事故に遭う直前に同僚の子供のお土産用にと色々調べて、オ
タクの子供らしく凝り性だった俺は、作り方とは言わないまでも、
素材とか仕組みなんかを調べていたのだ。なのでスキルを使うまで
も無く、記憶に残っていた作り方と材料素材、仕様を伝えた所、研
究熱心だった魔導師どもがはっちゃけて作ってくれた。鉱物を扱う
ので、磁性に詳しいであろう鍛冶職人も面白がって参加したのも大
きいと思う。
完成したお絵かきボードは、俺の書き取り練習に大変重宝した。
何せ其れまで練習用に使った紙の量が半端無い。一応許可を貰っ
て不要な書類の裏に書いたりしていたが、重要書類の草稿なんかが
紛れてたり、不正が発覚したりした結果、貰えなくなった。
うん、何か横領とか賄賂とか? イロイロ有ったらしいデス。
紙が入手困難になったので、断裁処理した紙を漉き濾して再利用
しようかと試みたが、毎回そんな面倒な事をするより、お絵かきボ
ード一つ作れば済む話じゃん! と気が付き、今に至る。
因みに。実はコレ、市販されている。
販売元は魔導師協会で、利益の一部が俺の口座に入る様になって
いるらしい。何故﹃らしい﹄かと言えば、仮名義で作った口座で、
449
後数年︱︱ギルド登録出来る十二歳まで︱︱は使えないから。セバ
ス爺ちゃんが色々考えて、そうした。
﹁殿下の思い付きは、この先も有りそうですからなぁ﹂
なんて笑って言っていた。何か、俺が思い付いて商品化される物
が出来たら、その口座に入れられるそうだ。著作権料みたいなもん
らしい。
俺が提案した事では有るが、発明した訳では無く、他にも考えた
奴が居るんじゃネ? と言ったら、其れなら疾うに出ている筈だと
言われた。考えた所で作れなかったら意味が無い、早い者勝ちだと
迄言われれば、そんなもんか、と思う。
何処のギルドも、新商品や新技術・新素材の情報は共有している
ので、その辺りの管理は確りしているそうな。子供が余計な心配ス
ンナって事ですね判ります。
あ、お使いクエストを受注出来る十二歳以下の子供は、そもそも
請負金額が少ないので、何時もニコニコ現金一括払い。その程度の
金額なら盗まれる事も無いので、平和で何より。
その後お絵かきボードはどうなったかと言えば、着々と売り上げ
を伸ばし、俺の懐︵仮︶を潤している︵らしい︶。
派生商品として、記入部分の粒子を小さくして、より細かい文字
や絵を書ける様にし、魔石を組み込んで書いた線の色を変えられる
様にしてみた。そうしたらこれが売れる売れる。一寸したメモとか、
伝言用に良いんだとか。
魔導師協会に寄せられた要望の中には、書いた内容を紙に写す機
能が欲しいと有ったが、其れは却下した。だって俺が作りたかった
のは、何度でも書いて消せる物であって、保存したいなら最初から
紙に書けば良い話だからだ。
ただ此の意見は爺ちゃん達には不評だった。何でも愛する孫の初
めての文字や絵を保存しておきたい、と言うのは世間一般、祖父母
450
や両親の共通の願いで有ったらしい。
そう言う事なら機能を付け足しても良いかと思うが、要はプリン
ターを内蔵しろと言ってる訳で、其れは完全に無理。なので、プリ
ンターは別に作る事にして、記憶媒体を組み込めるか打診した。魔
石を流用すれば行けるらしいので、目下絶賛開発中。近日中に試作
品が出来るかも、と連絡があったのはつい最近の事。
印刷は別途ギルドとか取扱店に持って行って、出力サービスを受
ければ良いと思う。
そう言えばサシャの親戚の商会は、お絵かきボードを取り扱って
居るのだろうか。
﹁サシャさぁ、親戚が大きな商会って言ってたよな?﹂
﹁ええ、母のじっかです。﹂
突然の俺の質問に、戸惑う事無く勉強しながら答えるサシャ。レ
イフは飽きたのか、落書きを始めていた。⋮⋮お絵かきボードに。
﹁これとか、扱ってるか?﹂
ヒラヒラと俺も自分が持っているお絵かきボードを掲げると、サ
シャは肯定した。
﹁はい、それは魔導師協会から仕いれて、少しきんがくを上のせし
てはんばいしています﹂
﹁へぇ、そうなんだ﹂
初耳だ。
﹁魔導師協会のほうが安いのですが、あちらはあまり在庫を持たな
いので、売れゆきは上々だそうです﹂
需要の方が上回って、マージンを入れても売れるのか。売れるの
は良いけど、出来れば安く売りたいんだよなぁ。薄利多売で、識字
率アップに貢献したい。
そんな事を考えていると、サシャが不思議そうに、何でそんな事
を訊くのか、逆に訊いて来たので素直に答える。
﹁何か興味が有ったんだよ。ホラ、以前見せて貰った蓄音機? と
451
パターン
か俺が作った編み型とか売ってるなら、コレも売ってるのかなー、
と思って﹂
﹁おじの商会はなんでも売ってますよ。にちよう品からぜいたく品
まで﹂
雑貨屋みたいな物か?
デパート
色々聞いてみると、商会と呼ばれる大型店は、俺のイメージする
所の百貨店みたいな物で、多種多様な商品を扱っている。その他個
人でやっている小規模店は、本屋とか肉屋とか手芸店とか服屋等、
店舗を構えている店の他、市場とかで露店をしている店もある。
マージン
共通しているのは、その店毎の売れ筋商品を、商会が仕入れて少
し色を付けて売っている事。安い個人商店で買うか、高値でも一ヶ
所で揃えられる商会で買うかは、お客さんの自由。
個人商店でも高価なものは売っていて、其れはその店の主力商品
で、商会には売らないとか。
冒険者向けの武器防具なんかは、ギルドでも売っているけど、品
質の良いのはやっぱり個人商店に行った方が良いそうだ。
感心して聞いていると、レイフが不思議そうに訊ねる。
﹁クラウドはお店で買い物とかした事無いの?﹂
﹁お使いとかしませんでしたか?﹂
﹁俺は無い。⋮皆は?﹂
聞いてみると、俺とライ、ギデオン以外は家族と一緒に一回は買
い物した事が有ると言う。ルフトの裏切者。
﹁珍しいね、クラウドなら一人で買い物とかもしそうなのに﹂
レイフの言葉に全員が頷くが、俺って一体どう思われてるんだろ
う。
﹁ええと、鍛練て言うか、体を動かす事に集中していたし⋮⋮﹂
俺の言い訳に、やっぱり全員が頷く。だからお前ら俺を何だと。
勉強会が済し崩しに終わったので、俺の部屋でお茶でも、となっ
452
た。九人勉強するスペースは無いが、お茶を飲むくらいは出来る。
女の子二人は遠慮したので、じゃあ御茶請けだけでも持って行け、
と誘った。ふわっふわのシフォンケーキ。本当は生クリームでも添
えたい所だが、手持ちに無い。ジャムでも付けて食べてくれ、と持
たせた。
﹁クラウドは料理が出来るのか﹂
﹁美味しいね、これ﹂
ひた
マリウスは何度か食べた事が有るが、ギデオンは初めてである。
なのでこの会話なのだが、ギデオンはケーキを直と見詰めて食べよ
うとしない。
﹁甘いもの嫌いだったか?﹂
其れならしょっぱいのも有るから、気にしなくて良いぞ、と伝え
ると、そうじゃない、と首を振る。
﹁妹に食べさせてやりたいな、と思って⋮⋮﹂
僅かに顔を赤くして言うギデオン、何かギャップ萌えっつーか、
めっちゃ可愛いんですけど?? 男に可愛いは禁句か? でも俺も
弟が可愛いから、気持ちは良く判る!
﹁じゃあ次の休み、妹さんの分も渡すから、家に帰る前に俺に声を
掛けてよ﹂
﹁良いのか?﹂
﹁良いぞ。何だったらレシピも要るか? 料理人に渡せば作ってく
れると思う﹂
俺がそう言うと、ギデオンは少し考える素振りを見せて、意外な
事に料理を教えて欲しいと言ってきた。
﹁自分の家に料理人は居ない。屋敷の管理は、母上と乳母やが下働
きの者と手分けして行っているんだ。何時も大変そうなのに、余計
な仕事を増やしたく無い﹂
⋮志は立派だけど、可愛い息子や坊ちゃまにお菓子を作ってくれ
と強請られたら、ホイホイ作ると思う。ギデオンてあんまり我儘と
453
か言わなそうだしなぁ。でもそう思うギデオンの気持ちも判らない
でも無い。
あと、そんなに裕福では無いらしい事を言ってたけど、屋敷とか
言ってる時点で貴族と判る。見た感じ、安物や継ぎの当たった服を
着ていたりはしていない、寧ろ結構質の良い服を着ているので、質
実剛健、省ける無駄は省くって感じだ。
騎士団に誰かそんな団員居たっけかなー、今度注意して見てみよ
う。
それじゃまぁ、と一応簡単なレシピを幾つか渡して、お菓子作り
も教える事にした。
俺の部屋の簡易キッチンじゃ一人なら兎も角、二人じゃ狭いので
寮の厨房を借りる事にした。
実は寮に厨房は三ヶ所ある。
一つはメインの生徒や職員に饗する厨房。朝食と夕食を作る所だ。
二つ目は昼食を担当している。何で分かれて居るかと言えば、仕込
みの問題らしく、朝食後、片付けて仕込みをして、とやると直ぐ昼
食で間に合わないかも知れない、と言う事で分けたらしい。実際は
余裕で間に合ってるらしいけど。
正直に言うと、貴族の子弟の我儘で時間配分が出来ないかも、と
言うのも有ったらしい。後は実務的な話、将来⋮⋮来年以降生徒数
が増えた時に、厨房一つじゃ間に合わないだろう、って事。
そして三つ目。今は余り使っていなくて、料理人達の賄いとか試
作品を作るのに使っている。それと厨房の手伝いのオバちゃん達の
休憩所にもなっている。俺が借りようとしているのは此処。
﹁オバちゃん、キッチン借りて良い?﹂
俺が声を掛けると、直ぐに返事が来た。
﹁あら、クラウドちゃん。なぁに今日は大勢ねぇ﹂
454
﹁アンタまた何か注文したでしょ。ウチに来てたわよ﹂
﹁済みません、後で引き取ります﹂
俺とオバちゃん達とのやり取りに、初めて見る連中が目を丸くし
ていた。ライとルフトは何時もの事なので苦笑している。
﹁ホラ、ギデオン。借りるんだからちゃんと挨拶して。宜しくお願
いします﹂
﹁よ、宜しくお願いします﹂
俺に促されてペコリと挨拶するギデオン。序でに付いて来た連中
にも挨拶させる。
小さい子供に挨拶されて嬉しかったのか、オバちゃん達はキャッ
キャしてた。
その内休憩が終わったのか、ゾロゾロと厨房を出てく。
﹁クラウドちゃんなら大丈夫だと思うけど、後片付けとかヨロシク
ね﹂
﹁はい。行ってらっしゃい﹂
オバちゃん達を見送って、さて本題だ。
﹁じゃ、始めるか﹂
材料は俺の道具袋から。勝手に食材を使うのはダメ、絶対。信用
問題に関わる。泡立器とかの道具は借りても大丈夫だけど、ケーキ
型は自分のを使う。
初心者だし、分量が覚えやすいのでパウンドケーキにしとく。何
せ材料は各1听づつ、焼いた後多少固かろうが凹んでようが、焦げ
付きさえ無ければ其れなりに出来る。変な工夫さえしなければ結構
作りやすいと思う。
﹁という訳で、バター、卵、小麦粉、砂糖を用意﹂
レシピは渡してあるし、要点も書いてあるのでメモは必要ない。
見て覚えて欲しい。
﹁ざっくり言うと、卵二個と同じ分量を計って、かき混ぜるだけ。
455
でも其れだけだと美味しくないんで、下準備が大事﹂
先ずバターと卵を常温に。卵は既に常温なのでこのまま泡立てる。
オーブン
空気を含んで膨らんだら泡立て終了。バターを戻す間に、小麦粉を
篩に掛けて、天火竃を温めておく。
本当は風味付けにバニラとか糖蜜酒を入れた方が良いんだが、ギ
デオンが手に入れられるか判らないので使わない。
バターが常温になった所で、攪拌して滑らかにして、此処に砂糖
を加え、またかき混ぜ。
﹁一度に入れないで二∼三回に分けて入れると、口当たりが良いか
ら。気を付けてな?﹂
で、別途泡立てておいた卵をバターに投入。コレも何回かに分け
て。混ぜ終わったら篩った小麦粉を、さっくり軽くダマにならない
ように混ぜて、バターを引いたケーキ型に入れて、天火竃に。ちょ
っと膨らんだ辺りで、一旦取り出し、ケーキの中央辺りに一本筋目
を入れてまた天火竃に。この一手間でケーキの出来がかなり変わる。
膨らむ時、筋目に沿って割れるので、妙な所が割れなくて済む。
﹁ほい、出来た﹂
直ぐ食べるのも良いけど、味が馴染んでからの方が旨いんだよな、
と言う事で半分は粗熱を取って油紙に包んで一晩放置。
冷ましている間に洗い物を済ませれば、直ぐに撤収出来ます。
﹁えーと、こんなもん?﹂
﹁⋮ありがとう、今度の休みにでも試してみる﹂
残しておいたもう半分を人数分に切り分けて試食。うん、美味い。
レイフが未だ欲しそうだったが、先刻シフォンケーキ食べたよな
? この半分は味が馴染むとどうなるか、ギデオンに試して貰うん
だからダメだ。
﹁俺が持っているとレイフに狙われるんで、ギデオン持ってて。で、
456
明日食べて感想を聞かせて欲しい﹂
﹁わ、判った﹂
戸惑いながら受け取るギデオンと、恨めしそうに其れを見るレイ
フ。
﹁え∼、クラウドのケチ∼﹂
﹁⋮二度とやらんぞ?﹂
﹁ごめんなさい、何時もおいしいお菓子をありがとう!﹂
﹁よし、じゃあ代わりに飴をやろうな﹂
道具袋の別ポケットに入れておいた飴をレイフに渡すと、直ぐに
機嫌を直した。チョロい。
そんな俺達のやり取りを見て、マリウスとギデオンがクスクス笑
う。
﹁ボクも一組だったら良かったなぁ⋮⋮そうしたらクラウド達とも
っと早く知り合えたのに⋮⋮﹂
少し寂しそうに言うマリウスだが、クラスに馴染んで居ないんだ
ろうか? イマールみたいな奴も居たし、友人を作り辛かったのか
も知れない。
でもイマールも運動会の後、謝っていたみたいだし、少しはクラ
スの雰囲気も改善されるんじゃ無いだろうか。
﹁クラスが違うのは仕方無いけど、何時でも会えるし、合同授業だ
って有るだろ?﹂
﹁地域学習見学も、自由時間に一緒に回れば良いよ!﹂
沈むマリウスに皆で声を掛けると、恥ずかしくなったのか、照れ
臭そうに笑った。
﹁へへ、ごめん。そうだよね、何時でも遊べるんだし⋮⋮ボクもク
ラスに仲の良い子が居れば、こんなに気にならないよね?﹂
﹁ああ、寧ろクラスに友人が出来たら、そっち優先で俺達とは遊ば
なくなるかも⋮⋮﹂
﹁それはないよ! クラウド達みたいにおもし⋮⋮楽しく遊べない
と思う!﹂
457
ヽ
⋮マリウス、そう言ってくれるのは嬉しいが、今﹃面白い﹄って
言おうとしたよな?
何だろう、俺ってイロモノ扱いなの? あ、でもクラウド達って
言ってたしなぁ、って結局代表者俺じゃん。
その後、何だかんだで暫く一緒に居て、夕食も皆で食べたんだが、
食堂に微妙に立ち籠める甘い匂いに、デザートを期待していた生徒
がガッカリしたのはやっぱり俺のせいなんだろうか。
そしてその後、レティシア嬢とフェリシティー嬢が俺の部屋に突
撃してきたのは、俺のせいじゃない。だって二人ともケーキ渡して
あったし! 食べちゃった、って言われても知らないよ!!
458
Lv.36︵後書き︶
閲覧有り難うございましたwww
何でだかクラウド君のお料理教室、になってしまった。
パウンドケーキは好きです。どっしりしたのも腹持ちが良くて宜し
い。
−−−−−
−−−−−
ギデオンの設定がどんどん出来上がるのに、側近二人の影が薄い⋮
!!
'16/02/13
⋮変だなぁ︵笑︶
−−−−−
↓
誤字修正
‼
篩った
'15/09/30
↓
−−−−−
誤字修正
振るった
459
Lv.37︵前書き︶
いつも通りの内容です。
460
Lv.37
しとしと降る風待ちの雨が終わったと思ったら、もう夏である。
何が凄いって、月が変わった途端に、空が。
夏空に変わってた。
抜ける様な青い昊に白い入道雲。
茹だる様な暑さは無く、カラリと爽やかな風が吹き抜けて、何と
言うか⋮⋮気分が良い。
秋みたいな表現だが、違う。
秋は高く透明な空色。薄く広がるレース雲。秋の実りを運ぶしっ
とりとした風、虫の声。
判って貰えただろうか、此の違い。
⋮別に判らなくても良いんだが、何となく? 日本人的侘寂を判
センちゃん
ダンナ
ってくれる同志居ないかな∼、と同志募集中。
弟子は判ってくれる筈だが、皇帝陛下がな⋮⋮。子供相手に大人
気ないから、アノヒト。
まぁ其れはそれとして閑話休題。
さて。此処で一つお知らせが。
例の俺とザックの勝敗の行方だが、学習研究発表会終了時点で俺
の勝利となった。
ザックは初め滅茶苦茶悔しがっていたんだが、突然ストンと、憑
き物が落ちたみたいに冷静になった。
461
どうしたんだろうと思っていたら、来場者の中にミク兄︱︱俺の
叔父、ミクローシュ=エステルハージ侯爵令息︱︱が居た。どうや
らミク兄の姿を見て落ち着いた様だったが、何をどうしたらあんな
腹黒紳士を尊敬出来るのか、チョッピリ謎である。
発表会の内容は、市場見学に行った際の報告にした。何処の班も
市場見学を発表内容にしていたが、其れは仕方が無い。
何せ夏休み前に行われる鉱山見学は、発表会の後なのだ。それ以
外に研究の元となると、案外ネタが少ない。
俺としては正直、鉱山見学の結果を報告したかった。雲母と石英
とか、水晶の結晶化とか鉱床の成り立ちとか、色々諸々⋮⋮。
だが出来ない物は仕方が無い。無い袖は振れない、と言う事で全
力で市場見学の結果を資料に纏めた。
運動会以降、俺と行動する事が多くなったマリウスとギデオン、
フェリシティー嬢だが、マリウスは別のクラスで元々関係無いし、
ギデオンとフェリシティー嬢は、ザックの班だ。そう言う訳で。
﹁発表会が終わるまでは、俺の部屋の入室禁止、な!﹂
情報漏洩と馴れ合い防止の為そう言ったらば、絶望的な顔をされ
た。
どうも俺は彼等を餌付けし過ぎたらしい。そして俺の背後で喜ぶ
レイフ。取り分が増えて喜んでいるだけだ。別にギデオン達が嫌い
な訳じゃ無い、安心してくれ。
市場見学は、俺も初めての事でワクワクしていた。
未だ風待ちの雨の期間、小雨が降っていたが多少の晴れ間も見え
て、市場は賑わいを見せていた。
天幕が張られたその下に、幾つかの露店が立ち並び、色とりどり
の野菜や果物が、処狭しと並べられている。初めて見る物も多く、
462
色々と目移りした。
食材を見るのに慣れている俺ですら、物珍しさにワクワクしてい
るのだ。普通の食材ですら初めて見たであろう、貴族の御子息様方
の驚きと言うか、怯えようは半端では無かった。
﹁うわっ! な、なにアレ?!﹂
﹁烏賊と蛸。美味いぞ﹂
グネグネ動く生きた軟体動物に怯え。
﹁あ、あの跳ねているのは何でございますの?﹂
﹁海老だな。そっちのハサミの大きいのが蟹﹂
﹁! 美味しいよね∼!﹂
籠の中でザワザワ動く甲殻類に、目を奪われ。
﹁鶏って生きたまま売ってるの?﹂
﹁ねー、アレって竜? トカゲ?﹂
﹁ニンジンてこんなに大きいのか⋮⋮﹂
﹁ブッコロリキライ!﹂
﹁うん、まぁ判った。お前ら一寸落ち着け。其れとブロッコリー、
な?﹂
トコ
何と言うか、俺と言う存在のせいと言うかお陰と言うか、他の班
の生徒に比べれば俺ん所は未だ騒がない方。其れでもコレ。他の班
は推して知るべし。⋮イカタコゾーンで失神した子も居るらしい。
良く知らんけど。
意外だったのは、どちらかと言えば庶民派のレイフ・サシャ・レ
ティシア嬢が、生鮮食料品を余り知らなかった事。野菜もあんまり
⋮⋮。
なので訊いてみた。
463
﹁お前ら俺が買い物した事無いって言った時、﹁あ∼、うんうんク
ラウドなら仕方無いよね﹂って見てたけど、其れで何でイカタコ見
た事無いんだよ?﹂
﹁えー、ボクらが買い物するって言ったら、商店街の方だもん∼﹂
﹁服とかぶんぼうぐとか、日ようひんだったので、いちばは初めて
です﹂
成る程、そんな中途半端な経験で、俺を可哀想な子を見る目で見
ていたんだな、とにっこり笑ってやったら、何故か速攻でごめんな
さいされた。ナンデカナー、と棒読み。
此れも学習の一環なので、当然先生方がクラス毎に引率している。
で、流石に三人だけでは総勢百人近いお子様方を見守りきれないの
で、事務方から三人、護衛も数人付けてのお子様大移動。市場の皆
様御免なさい、と全力で謝りたい。多分俺達が引き上げる迄、商売
にならないと思う。
護衛は冒険者ギルドに依頼していて、建前上の理由は、騎士団か
ら出すと市民が萎縮するかもとか何とか。色々理由を付けているが、
正直な事を言うと、俺が居るから騎士団からの派遣は当面は無い。
普通逆じゃネ? と思うだろうが、騎士達、と言うか真面目に訓
練所で鍛練している騎士達に俺の顔はバレているので、その騎士達
が護衛に回った場合、俺を最優先するかも知れない、と思うと不味
いのだ。
何時かバレるのは覚悟しているが、出来るだけ先に引き延ばした
い。
別に騎士達が命令に忠実になって、何か有った場合近場の子から
順に護るのは、俺は全然構わないのだが、騎士としては剣を捧げた
王族を後回しにする事と、命令の間で葛藤が凄まじいらしいので止
464
めて貰った。
其れにやはり咄嗟の対応で俺優先になる場合も有るだろうし。
その点冒険者の場合は、貴族相手と言う彼等にとっての制約は有
るが、均しく全員が一生徒で有り、優先順位は無い。⋮まぁ袖の下
を貰って優遇とかは有るかも知れないが、俺達の年齢で其れは無い
だろう。有っても親だ。
ギルドからの正式な依頼なので、身元と言うか人間性はギルドの
買い手
世間
売り手
方で見てくれているし、ギルド側もランクの上がらない冒険者に割
の好い仕事を与えられると好評らしい。学校も騎士団もギルドも良
いと言う、正に三方良しと言うヤツで有る。
ん? あれ? 何かちょっと違う?
市場の中を順繰りに見て歩きながら、細かくメモる。絵心が有れ
ばスケッチもしたいんだが⋮⋮線画なら大丈夫かな? ラフなら良
いか?
そんな事を思っている内にどんどん移動するので、慌てて適当に
描いて合流する。
俺達の班が予め決めていたのは、気が付いた事は全部書き留めろ、
である。売り子のオバちゃんが元気だとか、野菜一種しか売ってな
くて大丈夫かとか、その時気になった事とか驚いた事、出来るだけ
書いて後で纏める。
六人も居るのだ、何処かで被る情報が有れば、其れを徹底的に調
べて行けば良い研究になると思う。
その様な事を言ったら、全員頑張ってくれた訳だ。
あー、でもビデオとか写真とかボイスレコーダーとか有れば良い
のに、と少しだけ思った。魔法で記録すると、改竄されるから⋮⋮。
今度やっぱり安く作れないか聞いてみよう。
465
で、研究発表当日。
絵日記みたいな発表が多い中で、異彩を放っていたのが俺とザッ
クの班である。
ザックの方は彼の性格なのか、文章による説明が主で、野菜や果
物が何種類売られているか統計を取ったり、売り上げが良い品は何
なのかを、見事にレポートに仕上げていた。⋮が、所々ザック以外
が担当した場所が、先程も言った絵日記みたいな記事になっていて、
微笑ましいのかアンバランスなのか、良く判らない仕上がりになっ
ていたのは否めない。
ザックの部分だけだと、中等学校の生徒が作ったと言われても違
和感が無い。だが出来は良いけど、班単位の発表なので評価はチョ
ッと低くなった。
対する俺の班。
俺がこれでもかと意地になって描きまくったラフを元に、俺より
絵心の有るレイフがラフと思い出を元に絵を描いてくれた。ライも
︵悔しい事に︶俺より余程絵が上手いので、挿し絵協力。レイフと
は別に、説明書きに合った絵を描いて貰う。
俺とレティシア嬢で皆が書いたメモを纏めて、所謂レポート形式
にした所でサシャとルフトに添削して貰う。レティシア嬢は良いけ
ど、俺の文章が一寸判り辛いかな、と思ったら案の定。二人から赤
の入ったレポートが返された。
其処で今度は二人を交えて、説明しながら話し合い、今度は其れ
を二人に書いて貰う。俺が書くより何ぼか読み易く判り易いレポー
トになったので、其れを清書。
班で一番文字が綺麗なのが俺なので、清書は俺がしたが途中で力
尽きそうになった。なので、メインは俺が清書する事にして、サブ
とかコラムみたいなのをレティシア嬢とライに任せた。
466
そんなこんなで手分けしてやった結果、自分で言うのも何だがか
なり良い出来に。先生方からも来場者からも誉められた。
その結果、子供らしい視点と絵が多く判り易い所、読み易い平易
な文章と構成が評価され、最優秀賞をゲット。ザックは次点と、実
は審査員奨励賞を貰ってた。此方とは逆に、子供とは思えない内容
に評価は割れたが、次回に期待します、と言う事だ。
﹁審査員奨励賞を貰ったなら、ザックが勝ちでも良いんじゃないか
?﹂
発表会後、俺がそう言ったら断られた。
﹁総合的には君の勝ちだ。自分と違って、君は友人達と話し合いな
がら作業を進めていた。独り善がりに作業をしていた自分とは違う﹂
真っ直ぐそう言われると、俺もそれ以上は言えなくなる。真面目
なんだからな∼、もう。
でもそんなザックだから慕う奴も多い訳で、俺とザックが歩み寄
アイツ
った︱︱敵対していたつもりは全く無いが、対立をしているとは、
思われていた。シールとラークのせいだ。彼奴等後で説教、と思っ
たが、其れはザックの仕事なので止めた︱︱事で、クラスの雰囲気
も和やかに変わった。入学したばかりの頃、転ばされかけたり、教
科書を棄てられかけたりしてた事を思うと、凄い変わりようだ。
まぁ正確に言うなら、運動会直後から和やかになりつつあったの
が、更に加速したって話なんだが。
ただ少し残念なのは、朝夕の鍛練の参加者が運動会後めっきり減
った事か。折角仲間が増えたと思ったのに、運動会が終わったら蜘
蛛の子を散らす様に居なくなった。残ったのは、ギデオンとレイフ
だけである。そんなにキツいか、俺との鍛練。
サシャは早い内から﹁運動会が終わったら止める!﹂と言ってい
た。何かやっぱり運動は苦手らしい。其れでもレイフが頑張ってい
467
るので、偶には参加する気は有る様だ。休みの前日とか。
レイフが続いているのは、単純に運動後の御褒美目当てだ。食い
しん坊め。判りやすくて可愛い。後で飴でもあげよう。
七月
おさらい
その後、夏風月に入って暑さが増す頃、夏休み前の実力テストが
行われた。
実技と筆記試験だが、今まで教わった事の御復習なので、キチン
と勉強していれば何ら問題は無い。試験範囲も事前に周知されるの
で、予習復習出来るのだが⋮⋮。
﹁先生、何で俺は拉致られてるんですか?﹂
赤ペンを走らせながら訊ねると、デュオ先生に睨まれた。何でだ。
⋮あ、これペケ。
﹁五月蝿い、お前みたいな規格外が居ると、試験も大変なんだよ!
採点くらい手伝え﹂
﹁でも其れ、俺だけ別枠で追試したじゃ無いですか。お陰で半日で
帰れると思ったのに、一日中⋮⋮﹂
言いながら採点済の答案用紙をどんどん捌いていく。はーい、ど
んどんいっちゃうよー。
﹁クラウド氏、其れは自業自得と言うものですよ﹂
﹁本当にねぇ、ザハリアーシュ君も結構規格外な所は有るけど、ク
ラウド君みたいな奇天烈さは無くて、そつ無い感じだしね﹂
同じく採点中のヘンドリクセン先生とトリスティア先生から、余
り喜べない評価を貰う。何だ、奇天烈って。
そう、俺は何故か先生方に混じり、実力テストの採点真っ最中。
何故試験を受けた本人が採点を手伝わなければならないのか。真剣
に考えつつも手は動く。
﹁せんせー、俺は誉められてるんですか、貶されてるんですか∼?﹂
﹁誉めてるわよ、勿論﹂
468
﹁うわぁ、嘘癖ぇ。⋮で、コッチ採点終わりましたよ。平均点は六
十二点かな﹂
﹁はやっ!﹂
驚く若手二人に対し、当然の様に頷く古参。
因みに俺が採点していたのは算術。足したり引いたりの簡単な計
算の採点なので俺でも出来る。
言っておくが普通は生徒に採点などさせない。大問題になる。だ
がしかし。今回はちょっと特別。
今回の試験、この半年の授業の様子とか小テストの結果から、俺
とザックは他の生徒とレベルが違うと言う事で、特別に試験問題が
別に作られた。
此処まではまぁ良い。俺だけじゃ無いんだ、良かった、と思った
ので。
問題は試験終了後。
やれ終わった、と席を立とうとしたら動けない。何だ? と思っ
たら、ヘンドリクセン先生に魔法で拘束されてた。そして帰ろうと
ヽヽヽヽヽ
誘うルフトに、俺はこれから先生と話し合いをするから、先に寮に
戻る様に言わされた。
素直に信じたルフトは、ライと一緒に帰ってしまい︱︱︱︱
職員室に連れて行かれた俺は、言われるまま追試をさせられ、そ
のままの流れで採点の手伝いをさせられています。イマココ。
まぁ俺としても皆と同じ内容だと、簡単に終わってしまうので別
途試験問題を作られるのは吝かでない。問題は、何故俺だけ追試を
させられ、その上採点に協力させられているかと言う事で。
⋮お陰で知りたくもない情報︱︱友人達の採点結果︱︱を知って
しまったじゃないか⋮⋮。
穴掘って叫びたい。王様の耳はロバの耳ー‼ じゃ無いけどな。
469
俺だけ追試で、今採点しているのは通常の試験問題。俺が手心加
えて採点しようがしなかろうが、俺自身の試験とは全く関係無いの
で、手伝っても問題無かろうと判断されました。主にヘンドリクセ
ン先生に。
そう言うヘンドリクセン先生は、俺とザックの回答を採点してい
る最中。其れがあって、通常問題の採点に手が回らないから手伝え、
と言われたんだった。
只でさえヘンドリクセン先生は、魔法と算術、歴史を教えていて、
今回の試験は魔法は実技と筆記、両方有ったし、忙しいのは判る。
判るけど、其処は頑張って採点しようよ、と思う。良いけどね、別
に。
あ、実力テストの内容だが、半日で終われるとは言っても、其れ
が三日有る。三人の先生方が、実技を見るのに各クラス一日毎で振
り分けたからだ。筆記を先にやって、最後に実技。
ヘンドリクセン先生が、算術、歴史と魔法の筆記と実技。
デュオ先生が、体育実技。此れが一番時間が掛かるのか、体育実
技の日はこれ以外の試験は無い。
トリスティア先生が、国語と礼法の筆記と実技。芸術が無いのは、
今までの結果を参考にするからだそうだ。あら俺ヤバい?
魔法と礼法の実技は、指定された事が出来るかどうかを見る。だ
から直ぐに終わるヤツも居れば、なかなか終わらないのも居て、其
れも踏まえて結果を出す。だからすぐ終わったヤツでも成績が良い
とは限らないんだが、俺はどうだったんだろう⋮⋮。
﹁先生、俺もう帰っても良いですか?﹂
頼まれたのは算術だけだ。其れが終われば帰っても良いと思うん
だが、帰る前にもう一つやっていけと言われた。
470
﹁76、43、82、58⋮⋮﹂
﹁平均七十八点﹂
何故か平均点の計算をシテマス。
先生が点だけ読み上げ、俺が計算している。願いましては、と算
盤の要領でやれば二桁の足し算なんぞは結構簡単。あっと言う間に
終わった。
俺が数字を書きもしないで暗算するのを見て呆気に取られていた
が、この位余裕だ。七桁を加減乗除交えてやれと言われたら一寸怪
しいけどな。
そんな訳で漸く職員室から解放された俺が寮に戻ると、部屋の前
に人集りが出来ていた。
﹁何だ、どうしたんだ?﹂
﹁クラウド!!﹂
人集りを掻き分けて行くと、扉の前に何時もの面子が揃っていた。
その中でレイフがへたりこんでいたので慌てて駆け寄ると、﹁お腹
空いた⋮⋮﹂と一言。
思わず殴った俺は、悪く無いと思う。うん。
話を聞いたら、一応昼飯は食べたらしいが、おやつを俺と食べよ
うと待っていたらしい。自分の部屋で待っていれば良いのに、俺の
レイフ
部屋の前で待って、挙げ句の果てに腹が減って動けなくなるとは⋮
⋮おバカ可愛いな、おい。
あげたらあげたで食べ過ぎて動けなくなりそうだ、こいつ。
そうは思いつつも莫迦な子ほど可愛いと言う事で、説教しつつ餌
付けする俺の姿が有りましたとさ、まる。
今度行く予定の鉱山見学、場所が遠いしおやつを沢山持って行く
か⋮⋮。俺がそう決心したのは言うまでもない。食い扶持増えたし
471
ね。
472
Lv.37︵後書き︶
閲覧有難う御座いますwww
修正
−−−−−−
何だか段々レイフがバカ可愛くなってきました。最初の設定だと眠
そうな少年だったのに。
!!
'16/02/13
ルフトとライ、頑張れ。存在感が薄いぞ︵笑︶
−−−−−−−−−−
−−−−
↓
誤字修正
‼
473
Lv.38︵前書き︶
待ってなくても、お待たせしました。見学会篇です。
474
Lv.38
カラカラと軽快な音を響かせ、馬車が往く。
れの風が入り、暑さはあるが蒸してはいないので気
くさいき
窓からは草
持ちが良い。
窓に肘をついて外を眺めれば、遠い山が段々と近付くのが判る。
目指す場所は廃坑となった鉱山である。
廃坑だが今でも少しは鉱石や宝石が取れ、完全な廃鉱とはなって
いない。廃坑部分は観光用に整備されて、土産物等も売っている。
今回の目的地だ。
本日は夏休み直前の校外学習、鉱山見学である。
﹃学習﹄と名が冠せられている通り、我が国の主要産業である鉱山
レポート
での採掘や、其れに伴い産出される鉱石類の用途や加工法、輸出先
などを見学して学ぶ。勿論後日報告書を提出すると言うおまけ付き
だ。
オムニバス
馬車は定員二十四人の大型箱馬車だが、子供ばかりで軽いからか、
三十人プラス三人︵先生と護衛︶を乗せて二頭立てで走っている。
其れが三台。
通りすがりの人がギョッとした顔で見送るのは、窓から見える顔
が子供ばかりだからだろうか。それとも馬車の車体に、大きく﹃王
立ヴルガリス学園御一行様﹄と書かれているからだろうか。
⋮⋮どう考えても後者だった、うん。
王都を出てやや暫く。
軽快に進んでいた筈の馬車は、道程半ばで停車中である。
馬車の中は正直言ってカオスだ。
475
貴族や裕福な商家の子女が多いので、馬車には乗り慣れているの
ゑず
だが、大型箱馬車は初めてだったらしく、初めの内こそキャッキャ
と騒がしかったが、次第に馬車酔いする者が現れた。一人嘔吐き始
めると、連鎖反応でガンガン広がる。
幸いウチのクラスは、魔法学を担当しているヘンドリクセン先生
が担任だ。かなり初期に馬車酔い防止の効果の有る魔法を掛けてく
れたので、騒ぎは早々に収まっている。
だが他の馬車、特に二組のデュオ先生のクラスは、対応が遅れた
のか酷い有り様になったと連絡が入り、今休憩中。水分を補給させ
たり、汚れた馬車内を洗浄魔法で洗ったり、忙しい。
護衛についている冒険者の皆様、スミマセン。
彼等のお陰で、馬車も綺麗になり、酸っぱい臭いも無くなった。
汚した制服も染み一つ無い。
然し目的地まで未だ半分。青い顔の子供達と、また同じ事になる
と想像がつく大人たちが、げんなりしている。
そんな中で俺はと言えば。
﹁先生、此れどうぞ⋮⋮﹂
まさかこんな阿鼻叫喚的状況になるとは思わなかったので、念の
為と思いつつ渡さなかった物を、ヘンドリクセン先生に差し出して
いた。
﹁クラウド氏、此れは?﹂
﹁⋮⋮酔い止め飴とハーブ水です﹂
子供の遠足と言えば車酔いだよね、との単純思考で、見学先と移
476
動手段を知らされてから直ぐに作ったのが、酔い止め効果の有る飴
と飲み物である。魔導師のディランさんと試行錯誤した結果、飴は
柑橘系、飲み物はハーブを調合したものとなり、何だか知らないが
大量に出来たのを持ち込んだ。
﹁飴は口に含んで舐めながら溶かしていくタイプで、ハーブ水は飲
み口がスッキリするので、酔い始めに飲むと良いと思います﹂
更に言うなら飴は真っ先に嘔吐いた奴等に、ハーブ水は予備軍に
渡せば良いと思う。あ、後は座る場所かな。
窓際より通路側、車輪の上で弾みやすい場所の方を優先に。
そんな説明を、馬車の陰に隠れてコソコソとやっていた。
いや、俺もね? 考えなかった訳じゃ無いんだ。そうでなければ
薬なんか作らないし。
ただ、馬車には乗り慣れている筈だし、要らないかな? 備え有
サ
れば憂い無しと言うし、取り敢えず持って行くか、程度の考えだっ
た訳だよ。
スペンション
したらば王都を抜けて街道に出た途端、馬車が揺れる揺れる。懸
架装置が有る筈なのに、道が悪いのか御者の腕が悪いのか、揺れる
せいで顔色が悪くなる子供が続出。
斯く言う俺も実はちょっと酔っている。揺れ始めた時にすかさず
飴を舐めたので、悪化はしなかったのが不幸中の幸い。
俺の差し出した酔い止めを、頷いて受けとる先生。
こんな
何故隠れてやり取りしているかと言えば、そりゃ俺が作った物だ
もの
と悟られたく無いからだ。ただでさえ規格外とか言われて、酔い止
めまで用意周到に準備してたとなると、アンタ何者? ってなるだ
ろ普通。俺なら言う。
まぁ事が起きてから酔い止めを配ると言うのも、それなら最初か
ら渡せよとなるだろうが、先生に任せておけば大丈夫だろう。引率
477
の中で一番持っていても不審に思われない人物だし。何とでもなる、
多分。うん。
その後、各クラスに飴と飲み物を配り、落ち着いた所で再出発。
馬車を降りた時、道を確認したが轍が多かったみたいなので、揺
れたのはそのせいかも知れない。だがこの先も王都の周辺の街道と
は違って整備は余りされていないので、揺れる可能性は大だ。
既に酔い止めを渡して最低限の対策はしたので、更なる対応とし
て俺が思い付くのは︱︱︱。
﹁⋮ルラ、ルッラルッラリ∼﹂
﹁⋮⋮ルッラルッラリ∼﹂
大声で歌う。
此れだけだ。
前世の弟、英人が子供の頃は車酔い防止に良く歌っていた。俺も
其れに付き合い歌っていて、自分で運転するようになってからは、
専ら眠気防止に歌っていたのを思い出す。
音楽は勿論此の世界にも有るのだが、子供が歌える歌は余り無い。
消え失せろ
下町の子供等なんかは、適当な節回しで歌って︱︱彼の有名なモ
オペラ
ーツァルトの﹃俺の尻を舐めろ﹄みたいな歌だ︱︱いたりするみた
いだが、上流の人々は音楽と言えば嗜みとして、楽器を習うか歌劇
や管弦楽の鑑賞で、歌うと言うのは︱︱︱特に子供の歌は無いと言
って良い。
聖歌も有るが、何故か皆で祈りを捧げ歌うものでは無く、選ばれ
た巫女や神官が舞と共に歌うものと決まっている。
そんな訳で、歌と言っても歌詞なんて特に無く、適当に歌う事に
した。皆で歌うので曲は良く知っているもの、ピアノ練習曲の軽快
478
な曲に乗せて歌っている。
先日の運動会で使われた曲も、ノリが良いので有りだろう。
歌っている間に何人かは酔い止めを飲んだせいか寝たり何だりし
て、そうこうしている内に鉱山に辿り着いた。
子供の歌声を延々聞かされていた護衛の二人は、げっそりしてい
た。仕事だから文句は無いだろうが、お疲れさん、と思う。
鉱山に着いて先ず行ったのは点呼。
馬車の中で全員居たのは確認したが、何せ子供。降りた途端に何
処かに出歩くかも知れない。
よわい
まぁそんな心配は杞憂だったが。
齢六歳にして、貴族としてどう振る舞えば良いか判っている。判
ってないのも居るが、周りの雰囲気に流されて大人しくしているみ
たいだ。
先生に連れられ、護衛に守られ、ゾロゾロと移動して、事務所に
行って鉱山とは何ぞや、と説明を受けて事前情報を入手していざ鎌
倉! ならぬいざ坑道! と、本日のメーンイベント坑道見学が始
まった。
ただ、坑道に入る直前、ごく小さな揺れがあった。地震は珍しい
が無い訳では無いので、特に気にしなくても良いのだが、坑道内で
何か︱︱落石落盤と言った事故が︱︱有ったら困るので、急遽ヘル
メット⋮⋮は無いので、被っていた帽子に強化魔法を掛ける事にな
った。軽くて丈夫、小さな石程度なら弾いてくれるだろう。
此れでやっと見学、である。
﹁⋮⋮して、珍しい鉱山となっています﹂
案内役のオッチャンに連れられ、坑道の中を移動中なう。
第一坑道、第二坑道と枝分かれした坑道を、各クラス分かれて案
479
内されている真っ最中。オッチャン、案内が仕事だからか、流れる
様に説明をし、質問に澱み無く答えてくれる。
案内役が綺麗若しくは可愛いお姉さんじゃ無い事に不満が無い訳
では無いが、未だ生きて使われている坑道も有る、言わば作業現場
に、危険は少ないとはいえ、若いお嬢さんを案内役にするのは躊躇
われたのだろう。
商売っ気を出すなら、若いお嬢さんかイケメン兄さんが案内した
方が良いと思うが、こう言う如何にも現場が長くて酸いも甘いも噛
み分けた様なオッチャンも、味があるなと思ってみたり。
オッチャンの説明に拠ると、此の鉱山は複数の鉱脈がぶつかり合
サフィルス
ルビウス
コランダム
オ
って出来ている、非常に珍しい鉱山だそうだ。主に産出されるのは
パール
クリスタル
金。次いで蒼玉や紅玉と言った鋼玉の類い。後、ごく珍しいけど蛋
白石も採れるらしい。
今俺達が居る坑道は、以前は水晶を採っていた所で、今でも少し
アメジスト
シトリン
は残っているので、見学の余興として体験採掘が出来るらしい。大
体採れるのは紫水晶や黄水晶だが、稀に他の鉱脈とぶつかっている
場所に当たれば、金や鋼玉が採れるそうだ。場所が何処かは秘密で、
其れを見つけるのが此の見学の目玉となっている。
﹁クラウド、何か出た?﹂
﹁ん、未だ。もう一寸な気がするんだけど⋮⋮ライは?﹂
﹁ボクは紫水晶が採れたよ。⋮母様にあげようかな﹂
そう言ってライが見せてくれたのは、小指の爪よりも小さな塊。
良く見ると確かに紫色の透明な塊が見える。
﹁良いんじゃないかな。叔母上の瞳の色に似ているし、喜ぶと思う﹂
ラリマール
菫色の瞳の叔母に、紫水晶をお土産にするのは良い考えだと思う。
カルセドニーアクアマリン
ダイヤモンド
アル
そういう意味なら俺の母なら、青灰色の瞳だから、青珪灰石か青
マース
い玉髄、藍玉も捨て難いが、いっそ金剛石でも出てくれれば我が家
の名前と同じと言う理由で、父上とか弟にも土産になるのに⋮⋮ッ
480
! そんなに上手く水晶以外の鉱脈に当たる訳が無いので、青っぽ
い水晶が出ると良いなぁ、と思う。
その後、時間一杯掛けて採掘した結果、少しだけ青っぽい水晶と、
小さい鋼玉らしきものが採れた。頼めば研磨してくれるみたいだけ
ど、研磨スキルが有る事だし、自分で研磨しようかと思っている。
⋮ブリリアントカット出来るかな、割れるかな。
あ、ご想像通り、︻採掘︼スキル頂きましたがナニカ?
そんな事を考えつつライやルフト達が採った石を見せて貰ってい
ると、集合がかかる。また移動するらしい。
地上に戻るのかと思いきや、近くに︱︱と言っても地図で見ると
結構距離があるのだが︱︱最深の採掘場跡と当時の事務所兼休憩所
が有ると言うので、其処に行く事になった。使用していた時は最大
の事務所で、地上とどう行き来していたとか、連絡を取り合ってい
たかとか、そんなのも見所らしく、昼食も其処で摂ると言う事だ。
調理場とかちゃんと有って、地下レストランとして経営しているそ
うだ。⋮⋮だから弁当が要らなかったのか。
此処も歩きかと思ったら、流石に最深部。トロッコ列車みたいな
のがちゃんと有った。
掘り出した鉱石類を地上に運ぶ為の軌道を利用した乗り物だ。
列車とは違うので全員一度には乗れず、クラス毎に分けられて移
動。
動力は魔石が使われているが、希望があれば人力でも動かせるそ
うで、チョッとやってみたいと思ったのだが、手漕ぎ型のグリップ
を握って動かそうとしたら、全然動かない。
ナニコレ固い。と思ったら大人二人で動かすそうで。俺の力では
無理だった。⋮身体強化の魔法を掛ければ出来るだろうが、其処ま
481
でして動かしたいかと言えば、微妙、だ。
大人しく諦めて、客車に乗り込むと、直ぐ動き出した。複数の貨
車が動く音がするので、一緒に乗ったオッチャンに理由を聞いたら、
ゴンドラ
一定の間隔を空けてトロッコが待機してるそうだ。一台動いたら続
いて二台目が動いて、って感じらしい。
完全一方通行で循環運行しているそうだ。トラムみたいなモノだ
と思えば判り易いかも知れない。
客車は雨の心配が無いので、屋根は作られていない。転落防止の
柵が有るので、落ちる事は無いが風がもろに当たるので、結構寒い。
その上天井から偶に水滴が落ちるので、ヘルメット代わりの帽子が
一寸しっとり。
其れでも見学者を喜ばせよう、飽きさせないようにしよう、と言
う努力なのか、トロッコの移動経路はライトアップされて、雲母か
石英か知らないがキラキラ反射して星みたいだったり、壁に光で絵
が描いてあったりと結構楽しく、あっと言う間に最深部の驛舎に到
着。
言われるまま降りると、ガコンと音がして無人のトロッコが動き
出し、二台目が続いて驛舎に滑り込んでくるのが見えた。
事務所と言うか食堂は大きかった。優に百人は一度に座れて、使
用当時は嘸かし作業員が働いていたのだろう、と思わせる広さだ。
訊いたら正式な収容人数は、百二十人だそうだ。後一クラス入れ
る計算だ。
閑話休題。
採掘は魔法と魔導具が基本だが、最終的には人力となっている。
何故かと言えば、結局人力に勝る物が無いからだ。
魔法で岩盤を壊すと、途中で鉱脈が有っても気付かないし、鉱脈
の部分だけ避ける様な術式を組み込むには、複雑な呪文や魔法陣を
作らなければならない。
482
土の部分だけ壊すようにしたらどうか、と言う研究は早々に廃れ
た。何せ﹃土﹄と一括りにした所で、場所により組成が変わるし、
目的の鉱脈の成分が含まれていたりする。そんなの避けられる訳が
無い。
そんな訳で、人力。ドワーフ族が結構鉱山で働いていたりする。
ノミ
採掘方法は、先ず区画を決めてブロック状に魔法で切り出す。取
り出したブロック状の岩盤を、鑿で少しづつ崩して鉱脈を探してい
く。切り出した跡は、作業員が目視して鉱脈を探し、有ればその場
で採掘作業開始、無ければ再度魔法による切り出しが行われる。
その繰り返しで、一時保管場所的に大きな保管庫が作られたり、
採掘用小部屋が作られたり、色々有ったらしい。
そんな理由もあって、坑道は妙に綺麗な壁面が有ったり凸凹して
いたりするそうだ。
昼食は一時間。
何時もの休憩時間と比べると、一時間短いが、時間は限られてい
るのだ、仕方無い。其れに俺に限って言えば三十分で食べ終わるし。
余り関係無い。
昼食として出されたのは、何故か松花堂弁当だった。
誰だ、これ広めたヤツ。俺じゃない。考えはしたけど。括弧笑い
括弧閉じ。
黙々と食べて食後のお茶をまったり楽しんでいると、目端に案内
役のオッチャン数名が難しい顔して集まっているのが見えたので、
気になってそっと忍び寄る。
事務所らしき場所で話していた内容は、どうも良くない話の様で。
未だ採掘中の坑道で、異臭騒ぎが有ったらしい。何人か倒れたと
言う事で、若しかすると此方の坑道に異臭が流れ込んでもおかしく
ない、と魔法使いに頼んで穴を幾つか塞いだそうだ。
﹁コッチの穴も何処からガスが流れるか判らん。さっさと見学は切
483
り上げて、地上に戻った方が良い﹂
﹁そうだ。お貴族様の子供に万が一被害でも出てみろ、俺たちの首
が飛ぶ所か、路頭に迷う羽目になるかも知れんぞ﹂
﹁然し下手に予定外の事をしたら、其れはそれで問題になるだろう
?﹂
何か未だ意見を交わしていたが、基本情報は手に入ったので、そ
っとその場を離れて元の場所に戻る。と、ルフトが心配そうに聞い
てきた。
﹁何か有った?﹂
﹁う∼ん⋮⋮有ったような無かったような?﹂
言いふらして良い話じゃ無いよな? 向こうは穏便に済ませたく
て、話し合っている訳だし。
だが俺の返事で不安を煽られたらしいルフトに、誤魔化すのもど
うかと思うので、一部分だけ切り取って説明する。
﹁何だか早めに地上に戻したいらしいから、その相談、だったみた
い﹂
﹁⋮⋮何か有った?﹂
うん、誤魔化されないか。だが此方も今はこれ以上言う気は無い。
オッチャンたち次第だ。
ルフトを誤魔化していると、オッチャンたちが戻って来た。結論
が出たらしい。
﹁さて生徒様方には、お食事を楽しんで頂けたでしょうか? 休憩
時間も残り僅かとなって参りました。此処でお待ち頂いても宜しい
ですが、暇を持て余しているのでしたら、地上に土産物屋が御座い
ます。そちらでお買い物などされては如何でしょう?﹂
ニコニコ言うオッチャンに、先程の深刻そうな表情は無い。
然しこの話は予定に無かったんだろう、と言うか予定では昼食後
に地上に戻ってそれから買い物だった。予定の前倒しに、先生方が
眉を顰めて困惑している。
484
先生には言った方が良いな。
そう判断した俺は、ヘンドリクセン先生に先刻盗み聞きした内容
を耳打ちする。
今度はハッキリと眉を寄せた先生は、暫く考えて頷いた。
﹁クラウド氏⋮⋮殿下は大事にしたく無いとのお考えですな?﹂
﹁はい﹂
初めて先生に殿下と呼ばれたが、責任は誰が取るかの確認だ。間
違えてはならない判断の責任を、誰が取るかは重要だろう。
本来なら校長か、引率責任者のヘンドリクセン先生だろうが、王
子の俺の判断だとすれば多少責任は軽くなる。其れに仮令俺が言っ
たからと、意見が一致していなければ俺の判断には従わない筈だ。
此処で俺に諾と受け入れるなら、先生自身も其れが最良と思って
いる事になる。
この場合、オッチャンの言う通り早目に地上に出た方が良いと判
断した訳だ。
エレベーター
オッチャンの説明を聞いて、ゆっくり食事をしていた連中があっ
と言う間に食べ終わった。
オッチャンの説明に拠ると事務所の脇に、昇降機が有るそうだ。
三十六人乗りで、最深部から一気に地上まで運んでくれる。
大人で三十六人、なので計算すると半々に分かれて大人六人、子
供四十五人の二回で済む。
こうなるとクラスなんか関係無くなるので、先に女の子たちと小
用を済ませたい連中、後は先生二人と護衛二人、職員二人が昇降機
に乗り込む。
スーッと上に行く昇降機を見送り、残った面子を確認する。
﹁⋮⋮何で居るの?﹂
﹁ご挨拶ですわね、クラウドさま﹂
485
何故かウチのクラスの女の子が全員残っていた。
486
Lv.38︵後書き︶
閲覧有り難う御座いましたwww
文中で色々説明してますが、詳しいことはウィキさんか専門家に聞
いてください。私が言えるのは、
ファンタジーだ、問題ない。
です︵笑︶
−−−−−'15/11/01−−−−−
追記。
文中、歌の件ですが何か問題があったら教えて下さい。
一応この程度なら、と思うのですが⋮⋮
あと活動報告にちょい追記。︵笑︶
487
Lv.39︵前書き︶
お待たせしました。ちょっと登場人物が多くて混乱するやも知れま
せん。
488
Lv.39
エレベーター
昇降機が動く音が遠ざかり、地下に残ったのは俺の他、格別地上
に早く戻らなくても良いと言う生徒と、デュオ先生と護衛の冒険者
四人、鉱山の案内のオッチャンであった。
ヘンドリクセン先生は引率の総責任者で、揉め事の確認の為に先
に地上に戻り、デュオ先生は引率として残った形となる。
トリスティア先生は、地下が苦手らしい。⋮エルフだから? で
も普通に冒険者のエルフなんかは地下洞窟の探索とかしているらし
いし、種族的云々以前に個人の特性だと思う。
冒険者の皆様は良く見ると一人を除いて結構若い。確か十二歳か
ら冒険者として正式に登録出来るが、活動が本格的になるのは準成
人の十五歳からだと聞いた気がする。貴族の子女の護衛に未成年と
言う事は有り得ないが、一ツ星か二ツ星と紹介されたので、どんな
にランクアップが遅くても、二十歳を越えてると言う事は無さそう
だ。
オッチャンが残ったのは現場の責任者だしね。順当だと思う。
解せないのは。
﹁⋮何でこんなに見知った顔ばかり居るんだ?﹂
グルリと見回せば、ライにルフト、レイフにサシャ。ザック⋮⋮
と言うか俺のクラスはほぼ全員。その他マリウスと他のクラスの女
の子がチラホラ残ってた。
女の子は買い物が好きだろうから、てっきりさっさと地上に戻る
かと思いきや、意外と残った。まぁ集団行動が好きだしな。
489
俺の発言に答えたのはレティシア嬢だった。
﹁それはもちろん、クラウド様が残られるのでしたら、友人と自負
している者も残りますし? 親睦を深めたいと思う者も居りますし
ね?﹂
﹁? たかだか五分くらいで?﹂
﹁クラウド様。人目を気にせず振る舞えると言うのは、重要な事で
してよ﹂
チラ、と背後の女の子たちに視線を走らせたレティシア嬢に、﹁
そうか﹂としか言えず、タジタジとなる。
何だろう、この迫力。
他のクラスの女の子も居るって事は⋮⋮そうか、あれか。
﹁運動会の時のレースとリボンの事なら、今度また作ったらあげる
ぞ? 暇潰しで作った物だし、男の俺より可愛い女の子に使って貰
える方が良いし﹂
多分うちのクラスの女の子たちが使ったレースが羨ましかったん
だろう。ニッコリ笑って言うと、女の子たちが真っ赤になった。可
愛いと言われて赤くなるって、マジに可愛い。モジモジして何か言
いたげだが、恥ずかしいのかそれ以上の会話は続かなかった。
その代わり背後からマリウスを筆頭に、他クラスの男子から声が
掛けられた。
どうやら運動会での俺の活躍? とか成績とか普段の行動とか。
そんなものを遠目から見て、一度話してみたかったとか何とか。
﹁でも同じクラスでないから話し掛け辛かったし、上位貴族の子が、
ね?﹂
マリウスが苦笑しつつ代弁してくれた。
要するに貴族でもない俺の事を気に入らない派閥に阻まれて、近
490
寄れなかった、と。幾ら身分の上下は関係無い、と謳っている学校
でも本当に無関係とは言えない訳で。
その割に俺は自由に振る舞ってるけど。⋮無意識の内に、最終的
に俺は王子だ、って思ってるからなのか? だとすると相当格好悪
い。まぁ今更態度は変えられないと言うか変える気は無い。
何時の間にか周囲を男子に囲まれて、女の子たちが取り残されて
いたが、女の子は女の子同士で話があるのか結構囂しい。
レティシア嬢とフェリシティー嬢が何やら中心になっているのだ
が、遠いので良く聞こえない。魔法を使ってまで聞きたい訳じゃ無
いので別に良いんだが、悪口じゃないと良いな。
﹁折角クラウド様に話し掛けられる機会でしたのに!!﹂
﹁次の機会に是非! 紹介してくださいましね!﹂
︱︱︱何だろう、寒気?
昇降機が上がって暫く。かなり遠くでガコンと音がした。どうや
ら一陣が無事地上に着いた様で、オッチャンがホッとした表情にな
った。これで折り返し、昇降機が降りてくれば俺達の番だ。
心配する程の事は無かったかな、でも油断は禁物。
そう思った矢先だった。
微かに伝わる耳鳴りの様な地鳴りの様なものに気付いた直後、足
元がグラリと揺れた。続いてズドンと上下に揺れる。
﹁なっ、なんだ?!﹂
﹁地震!?﹂
﹁キャアッ!!﹂
491
グラグラと立っていられない揺れに思わずしゃがみ込んだが、今
現在の場所を思い出し慌てて叫ぶ。
﹁みんな!! 頭を保護して食堂に戻れ! 戻ったら机の下に潜る
んだ!!﹂
恐慌状態でも何か指示があれば其れに従い、周囲に流される。俺
の指示に泣きながら食堂に駆け込む生徒たち。素直に次々机の下に
避難する。
大人はと言えば戸惑いつつも同じ様に机の下に避難した。
その間も揺れは続き、物が落ちる音、砕ける音、倒れる音が続き
︱︱︱最悪な事が起きた。
凄まじい音と地響きと共に、坑道が、崩れた。
﹁キャアアアッ!!﹂
﹁ウワアァン! ははうえーっ!﹂
目の前でガラガラと崩れる坑道は、先程まで俺達が採掘していた
場所で。其処が崩れ、広場だった所も瓦礫で埋め尽くされた。
何よりも避難していた場所、つまり食堂も落ちて崩れた岩と揺れ
に耐えきれず、壁が一部崩れて瓦礫の壁が出来てしまった。
幸い机が案外丈夫だったので、土砂に埋もれると言う事も、瓦礫
に押し潰されると言う事も無かったが、さてどうしよう?
揺れが収まってから周囲を確認すると酷い有り様だった。
崩れた壁は元々硝子が嵌め込まれて強度が弱かったんだろう。崩
れたのは仕方無いが、扉が潰された。
他の壁や天井も罅が入って危険な状態だった。
﹁みんな無事か?﹂
﹁⋮大丈夫⋮⋮﹂
﹁こ、こわかったよぅ⋮⋮﹂
声を掛けると次々と机の下から顔を覗かせる。泣いている声も聞
こえるが、全員無事だったらしい。
492
然し幾ら無事だったとは言え、次にまた揺れが来たら、今度こそ
崩れる可能性がある。火急速やかに地上へ脱出しなければならない
訳だが、さて、どうする?
そんな俺の自問自答だが、怒号に因って遮られた。
﹁ふっざけんなよ! 何が安全だ?! 早く地上への出口を教えろ
!﹂
﹁ですから昇降機かトロッコしか⋮⋮﹂
﹁どうやって出りゃ良いんだよ!﹂
冒険者の一人がオッチャンに詰め寄っていた。焦りが顔に出てる
が、この状況で脱出したいってまさか一人で? ムリだろ。
キョロキョロ辺りを見回すと、冒険者が一人足りない。オッチャ
ンを怒鳴っているのが一人、蒼い顔した獣人と人族の女性。確かも
う一人、男性が残っていた筈だ。
最悪な事を想像し、デュオ先生に駆け寄ると、既に泣いている生
徒達をあやすのに必死だった。
然し近寄る俺に気が付くと、ちょいちょいと手招きをする。
﹁地上と連絡を取りたいんだが、此処を任せられるか?﹂
現状確認をしたいと言う事だろうが、俺は首を振る。
オッチャン
﹁デュオ先生が離れたら、責任者が居なくなります。⋮連絡なら俺
が。案内役の方に訊けば連絡用の魔導具か何か、有る筈です﹂
﹁莫迦、そんな事生徒にさせられないだろ。⋮って、何やってるん
だあのバカは?﹂
慌てて立ち上がったデュオ先生の行先に視線をやると、先程オッ
チャンに喧嘩を売っていた︵もう詰め寄るとか言ってやらない︶冒
険者が、あろう事か素人のオッチャンを殴り飛ばしていた。
流石に此れは不味いだろ!?
ダッシュでオッチャンの倒れた場所に行き、状態を確かめる。
493
咄嗟の事で受け身が取れなかった、と言うか体術なんか縁が無か
ったんだろう、失神はしていたが幸い大した怪我はしていなそうだ
った。だけど油断は禁物、と一応治癒魔法を掛けて傷を治す。序で
に頭も打っていないか確かめ、少し服を寛がせて寝かす。脳震盪を
起こして吐くかも知れないので気道を確保。
デュオ先生の方は落ち着いたらしい。流石の仲間の暴挙に、震え
ていた女性二人がデュオ先生と一緒に、男を取り抑えていた。
﹁何やっているのよ! 一般人を殴るなんて⋮⋮冒険者失格よ!?﹂
﹁うるせえよ!! こんな所に閉じ込められたままでいられるか!
! オレは早く地上に戻りたいんだよ!﹂
﹁そんな事よりジンがいニャいニャー﹂
﹁知らねェよ! 逃げたんじゃないのか?﹂
言い争う三人に、デュオ先生が割って入る。
﹁いい加減にしないか! 確かヤンとか言ったか? 素人に手を出
すのはギルドの規定に反する重大な職務違反だ。報告させて貰うか
らな﹂
﹁何言ってるんだよ! 素人は此れだから!! 緊急時に自分の身
が危険と判断した場合は、自衛するのは認められているから、違反
にはならねぇよ!﹂
﹁確かに緊急時にならな。だが地震の最中なら兎も角、収まった後
ヽヽヽ
にその理屈は通用しない。其れに素人と言ったが、生憎俺は今も現
役の三ツ星冒険者だ﹂
﹁そ、そんな!﹂
周囲が見えていない自分勝手な奴だった﹃だけ﹄なのか、デュオ
先生の言葉に蒼くなった。やっと自分の行為の不味さに気が付いた
らしい。女性陣は既に白い目⋮⋮って言うか、諦めの境地な感じだ。
取り敢えず落ち着いたかな、と思ったのでデュオ先生に近付いて
言う。
﹁先生、案内のオ⋮⋮案内役の方は治癒魔法を掛けたので無事です。
494
一応安静にしておけば、暫くすれば気が付くかと思います﹂
﹁⋮⋮お前、治癒魔法まで使えたのか﹂
それは、まあ。訓練中生傷が絶えないので、必要に迫られて?
多少の怪我や疲労は魔法よりも薬とかで治した方が良い︱︱治癒
魔法は怪我や疲労を元の状態に戻す、つまり無かった事にしてしま
うので折角の訓練が無駄になる場合が有る︱︱んだけど、何事にも
限度がある。限度を超えた疲労や怪我はやはり魔法に頼る事になる
ので覚えた。
以前青龍とヘスペリアで会った時に貰ったスキル︻龍王の癒し︼
は、未だに使いこなせる程魔法の熟練度は上がっていない。つい身
体を鍛える方に偏っているせいでもある。
そんな俺達の会話に焦った声が割り込んだ。
﹁んねえっ! センセイさん! どっかでボクたちのリーダー見ニ
ャかった?!﹂
﹁リン!! 言ってはダメよ!﹂
﹁ニャんで!? ジンは勝手に逃げたりしニャいもん! 何処かで
閉じ込められているかもしれニャいよ?!﹂
うぉう⋮⋮獣人はボクッ娘のネコだったか⋮⋮。
もう一人の女性が﹁言ってはダメ﹂と言ったのは、ギルドにこれ
以上不利な事を報告されたく無いからだろう。多分彼女もリン同様、
ジンは逃げたのではなく何処かに閉じ込められているか、最悪落盤
に巻き込まれていると思っているのか。
多分一ツ星か二ツ星の彼等に、緊急時の対応など期待出来ない。
デュオ先生は彼等と生徒の対応で忙しい。
チラリと見れば俺の友人たちは。
泣く事も無く怯えるでも無く、真っ直ぐ俺を見ている。
︱︱︱俺の、指示を待っている。
495
ザックと目が合い、コクリと頷かれた。託された、のかな?
なら俺のやるべき事は決まっている。
﹁先生、先刻の話は取り消します。地上への連絡と生徒の事は俺達
に任せて、先生は冒険者の皆さんと脱出経路の確認と、行方不明者
の捜索に当たって下さい﹂
﹁バカ言うな。幾らお前が優秀だからってなぁ⋮⋮﹂
呆れて断ろうとするデュオ先生の言葉に被さる様に、ウォンと妙
な音とまたもや小さな揺れ。ピシリと罅割れから壁の一部が剥がれ
落ちた。
何時までも此処に留まっていては危険だ、と判断したのだろう。
渋々ながら俺の案を受け入れる気になったらしい。
まあ抑々俺に対する扱いが、最近は子供に対する扱いじゃ無かっ
たしな。其れも思い出したんだろう。
﹁⋮判った。お前なら上手く出来るだろう。だが子供だけ残るのは
賛成出来ないし、大人が気絶している案内役ではダメだ。冒険者の
誰か一人⋮⋮﹂
﹁なら私が残るわ。リンは探索に向いているし、ヤンも暴走さえし
なければ優秀よ﹂
とてもそうは見えないが。
俺の視線に気が付いたのか、アンと名乗った女性が苦笑した。
﹁どのみち私達に回復役は居ないのよ、誰が残っても同じだわ。⋮
寧ろ治癒魔法の使える坊やに着いて行って貰いたいくらい﹂
其れは吝かでは無いが、知らない大人より知っている子供の方が
優先だ。回復役が居なくても、回復薬は有る訳で。探索は大人に任
せて、俺達子供は拠点を守るべきだ。
拠点を守る、即ち此の食堂を崩壊から防ぎ、自分達の身を守る。
渋々行方不明者の捜索に出掛けるデュオ先生は、俺とザックに皆
496
を宜しく頼むと言って、僅かな隙間から瓦礫の向こうに消えて行っ
た。
誰も︻探索︼スキルが無いのが痛い。
いや、有るには有るらしいんだが、使いこなせていない。
デュオ先生もスキルは有るんだが、明確な敵なら兎も角、知らな
ヽヽヽヽ
い人間、特に意識が無いかも知れない相手を探索した事は無いそう
で、難しいと言っていた。
俺も流石に未だ冒険系スキルは早いと思って伸ばしていない。⋮
オートマッピング
うん、持ってるんだ︻探索︼スキル。あと︻忍び足︼と︻鑑定︼︻
自動地図︼も。
前世の記憶を取り戻して結構直ぐに、部屋を抜け出したり色々や
らかしてた頃に気付いたら取得してましたが何か。
閑話休題。
見送って振り返ると、不安そうな顔が並んでいた。
だけど期待も有った。何と言うか、信頼みたいなもの? 多分俺
が何か出来るんじゃないかとかそういう感じ。
別に俺はスーパーマンじゃ無いから、期待されても困るが、確か
にこの中では一番やらかす可能性は有る。
だから。
パン! と両頬を叩いて気合いを入れた。
吃驚している皆に、ニッと笑い掛けて。
﹁小さな事からコツコツと、だ。俺達は俺達に出来る事をやるぞ﹂
俺の言葉に真っ先に反応したのはやはりと言うか、ライとルフト。
﹁何をすれば良い?﹂
﹁取り敢えず場所の確保。体力の温存﹂
497
言いながらざっと全員の様子を目で確かめる。
汚れて埃だらけだが、怪我人は居ない様だ。だけど気が動転して
いているからか、情緒不安定気味が多い。
﹁俺の手伝いが出来そうなら、手伝って欲しい。無理ならじっとし
て、救助を待って欲しい﹂
﹁坊や、無理しなくて良いのよ? 救助を待ちましょう?﹂
﹁俺も無理はしません。ただこのまま手を拱いて二次災害を招きた
くないだけです﹂
﹁二次災害?﹂
やんわり大人しくしていろと言うアンさんに、二次災害、つまり
食堂も崩壊する危険性が有る事を伝えると真っ青になった。
﹁な、なら早く逃げなきゃ!﹂
﹁何処へ? 食堂の出入口は塞がれている、道だってどうなってい
るか判らない。俺達に出来るのは、救助が来るまで無事でいる事で
アイテムボックス
す。その為に出来る事を、先ず始めます﹂
そう言って俺は道具袋から次々と必要と思われる物を取り出して
並べる。
救助が来るまでどの位の時間が掛かるか判らないが、幸い食事を
済ませたばかりで腹は減っていない。本当はチョコレートが有れば
良いのだが、クッキーが有るので非常食はそれで良いだろう。
うえ
何より避難先が食堂なので、厨房に行けば多少の食材は有る筈だ。
松花堂弁当は地上から持ち込んだかも知れないが、水なんかは有る
と思う。無ければ俺のハーブ水が有るし。
城から持ち出したまま忘れていた毛布が何枚か有ったのは良かっ
た。
今のところ灯火や温度調整の魔法が効いているので、暗闇になっ
ていないし、寒くもない。だが時間が長引けば、魔力を供給してい
る魔石の効力が失われる。そうなれば辺りは闇に包まれるだろうし、
人工とは言え地下洞窟みたいなものだ、気温が下がって体力が奪わ
498
れかねない。
それと一番の問題、生理的欲求の解消。
﹁誰かトイレがちゃんと使えるか、確認してくれないか?﹂
﹁じゃあボクが行くよ﹂
レイフとレティシア嬢
﹁女子トイレはわたくしが見て参ります﹂
仲良し二人が確認しに行っている間に、次の指示を出す。
﹁土魔法が得意な人は?﹂
チラホラ手が挙がり、その中から元気そうな子を何人か選びお願
いする。
﹁今から俺が強化魔法で壁と天井の罅を補強する。そしたら交代で
今から作る魔法陣に魔力を供給して欲しい﹂
﹁どうやれば良いの?﹂
﹁授業の最初の方で、魔力を練り上げる練習をしたろう? あれと
同じで、練り上げたら手に集めて渡す感じで﹂
ちょっと判り辛いが、やってみれば実感すると思う。
俺は魔法陣を作るのが上手いらしい。ディランさんや長老が誉め
てくれた。呪文の詠唱だけでは複数の魔法の同時立ち上げは未だ上
手くいかないが、魔法陣を使えば同時立ち上げは割合上手く行く。
取り敢えず簡単ではあるが、建物がこれ以上崩れない様に、補強
と結界、其れと効果が弱くなり始めたら魔法陣が光って報せる様に
魔法陣を組み上げて実行させる。
﹁この魔法陣が光ったら、先刻言ったやり方で、魔力の供給をして
欲しいんだ。全員じゃ無くて良い、交代で頼む﹂
コンクリート
土魔法が得意な奴にさせるのは、相性の問題だ。地中だし建物は
混凝土だし、相性は良い筈だ。魔法陣の効果が倍増し、持続性も高
くなる。出来るだけ体力を温存すれば、いざと言う時に困らないだ
ろう。
俺の言葉に頷いたのを確認し、次にやるべき事を考え︱︱︱そう
499
だ、地上と連絡。
確か昇降機の脇に連絡用の通信具が有った気がするが、彼処だけ、
と言う事は無いだろう。
﹁悪い、俺が探し物をしている間、何かしていないと落ち着かない
奴は、脱出路の確保をして欲しい。危険だと思ったら止めても構わ
ない﹂
﹁具体的には?﹂
﹁瓦礫を少しずつ移動して、食堂から出られる様にしたい。多分瓦
礫の向こうは空洞だと思う。アンさんと一緒にそっちはザックが指
揮を執ってくれるか? 危険だと思ったら直ぐ中断して良い﹂
﹁判った﹂
俺の言葉は聞かなくても、ザックの言葉なら聞く筈だ。
テキパキと事を進める俺達を、唖然として見ているアンさん。ご
めん、規格外の子供達で。
食堂の中は、瓦礫を退けている班、結界保持の班、大人しく体力
を温存している班とに分かれていて、其々リーダーが作られた。
俺はその統括リーダー?
一応不満が出ない様に、お菓子も配ったので今の所みんな大人し
い。
デュオ先生達が戻って来ないのは、若しかすると瓦礫の向こうが
予想以上に崩れているからかも知れない。結構揺れたし、その可能
性は有る。
今の所小康状態を保っているが、何時また揺れるか判らないので
出来るだけの事はしておきたい。
⋮後で悔いは残したくない。思い出して何を勝手に莫迦な事を、
と恥ずかしくなるかも知れないが、何もしないでいるよりマシだ。
500
俺は瓦礫を避けつつ、傾いた壁の隙間から、厨房の隣の事務所ら
しき部屋に入った。
思った通り小さな部屋は揺れによって物が散乱していたが、壁や
天井は食堂よりも被害が無かった。小部屋だったお陰で、基礎とな
る柱や斜交いが壁を守ってくれたんだろう。
床に散らばった書類や本、工具を避けつつ机の周りを探す。無線
や電話なんて機械は無いだろうが、地上との通信道具は有る筈だ。
そう思って探していたが、ふと壁の一本の配管が目についた。
若しかして、と配管の先を見ればラッパ型になった端が有った。
どうやら地上との連絡は魔法に頼らず、この管で行っているらしい。
背伸びをして手を伸ばすが、ラッパ型の先端に顔が届かない。仕
方無く椅子を寄せて、上に乗る。
耳を当てると、ゴウ、と何か聞こえるが、意味を伴った音では無
い。地上の音を拾って共鳴させているだけだ。
近くに誰かがいれば良い、と思いを込めて。スウ、と大きく息を
吸い込んで、思い切り叫んだ。
﹁誰かー!! 聞こえますかー!?﹂
ワンワンと部屋の中で俺の声が谺する。俺の声に驚いたのか、何
人かが覗きに来たが特に質問はされなかった。どちらかと言えば遠
巻き?
暫く叫んでは確かめると言う事を繰り返し、何回目かでやっと反
応が有った。
﹁⋮ラウド氏! クラウド氏? 其処に居るのかね?﹂
﹁ヘンドリクセン先生! そちらはどうですか?﹂
﹁此方は全員無事です。デュオ先生はどうしましたか?﹂
﹁此方も生徒は全員無事です。ですが護衛の冒険者が一人行方不明
で、デュオ先生も捜索に当たっています。俺達の護衛は冒険者の方
が行っています﹂
﹁⋮⋮ああ、デュオ先生の方が冒険者ランクが上ですからね。まあ
無事で何よりです﹂
501
ホッとした雰囲気だったが、続くヘンドリクセン先生の説明は現
状は結構厳しいと言うものだった。
先ず先生が地上に着いて間も無く起こった地震だが、揺れと老朽
化のせいか、昇降機のワイヤーが切れて落ちた。揺れが治まって直
ぐに冒険者二人が、落ちた昇降機の様子を見るべく型枠を利用して
降りたものの、知っての通り途中で崩れてしまっていた。
ならば、と遠回りになるが正ルートの坑道から、と回ってみたら
そちらも途中で崩れていた。
つまり出入口が完全に潰された、と言う事だ。
そして抑々の原因、今となってはそのお陰で生徒の半数が先に避
難出来たのだから、怪我の功名と言う奴だが、ガス騒ぎは本当だっ
たらしい。
ただ︱︱︱。
﹁は? 竜が出た?﹂
鉱脈の先に竜の巣が有ったらしい。
巣の一部が壊れて。ガスが出て。驚いた工員が見たのは、輝く竜
の瞳。そして咆哮と揺れ。
そうか、地震じゃなくて竜が暴れた結果だったのか。
聞けば納得、納得︱︱︱じゃ無ェよ!!
﹁ッ、デュオ先生達が!﹂
﹁判っています、デュオ先生だけでは無い、下に残された君たち全
員が危険です。救援を呼びましたので、何とか堪えて下さい。⋮⋮
頼みましたよ、クラウド氏。決して無理はなさらない様に﹂
﹁⋮⋮はい﹂
救援と言っても何時来るか判らない。だが竜が出たとなると、迂
502
闊にその辺を調べて回るのも難しいじゃないか。
デュオ先生が無事に戻る事を祈るしかないな⋮⋮。
俺とヘンドリクセン先生のやり取りは、幸い聞かれては居ないの
で、パニックになる事は無いが、さて、どうしたもんか。
一番良いのは、やはり崩れた昇降機の瓦礫を何とかして最短距離
で地上に出る事なんだが⋮⋮。
どうしよう?
503
Lv.39︵後書き︶
閲覧有り難う御座いましたwww
王子の取得スキル、何種もありますがレベルは1∼2が殆どです。
今回出たスキルは、本文中にもあるように、王子が部屋から抜け出
す際に取得したので、そこそこレベルはありますが剣術や魔法より
だけど油断は禁物
修正
−−−−−−
低いし、今現在は然程必要としていないのが現状です。
↓
トリスティア先生
'16/02/13
さて、次回は多分三人称です。
−−−−−−−−−−
−−−−
だげど油断は禁物
↓
誤字修正
セレスティア先生
504
Lv.40 七ツ星と愉快な仲間たち・1︵前書き︶
他者視点多いために三人称です。
505
Lv.40 七ツ星と愉快な仲間たち・1
水の流れに手を浸し、波紋を作ると、波に揺られて水面に映る風
景が刻々と変化していた。其れを見ながら微笑んでいた彼が、つと
波紋を生み出すのを止めた。
ゆらゆら揺れる水面には幾つかの断片。そのどれもが一人の少年
︱︱︱とも言い切れぬ、金髪に青灰色の瞳を持つ幼い子供の姿だっ
た。
刀を片手に翔んでいる姿。
嬉しそうに笑っている姿。
岩に押し潰され絶命している姿。
傷だらけの、無傷の、笑い、怒り、泣く、幾多の姿が次々と水面
に浮かんでは消えていった。
﹁さて、君はどう動きますか?﹂
水の杜の主、ラディン・ラル・ディーン=ラディンが呟く。
彼が見詰める水面には、数多の未来が映されては消えていた。
エーデルシュタイン
その一報が入ったのは、昼を過ぎ様かと言う頃だった。
輝石光国の宰相、セバス=ヴェジール侯爵は報告を受けるなり、
厳しい表情で謁見室へ向かった。若き国王、ミクローシュ=エーデ
ルリヒト陛下へ至急知らせねばならない。
謁見室の奥の扉は国王の執務室であり、重要な書類や内密の話は
全て其処で行われる。逸る気持ちを抑え入室の許可を取ると、人払
いをして報告をした。
506
﹁陛下、鉱山で落盤事故が起こりました﹂
その言葉だけで充分であった。
ミクローシュは直ぐに伝令を飛ばし、騎士団を派遣する事を決定
した。彼の愛する息子、クラウド王子が鉱山へ社会見学に出掛けて
いる。其れだけでなく、国が経営の一端を担っている学園の生徒が
多数巻き込まれたのだ。救助をするのは当然である。
いたいけ
貴族を対象とする初等学校だからと言うのも勿論だが、仮令平民
だとしても救助は派遣した。幼気な子等が事故に遭ったのなら、当
然の事である。
﹁然し落盤とは⋮⋮何故だ?﹂
﹁ドワーフ族が関わっているのに事故とは、有り得ない話ですから
な⋮⋮﹂
基本、採掘作業は徹底した管理の下、採掘する鉱床や方角、深さ
等を計算し決定する。其れを現場の判断の下、修正しながら採掘を
進めるのだが、ドワーフ族は採掘の名手である。彼等の意見も参考
にするので、過去に事故は殆ど起きていない。若し起きたとしたら、
ドワーフ族では無く人族の計算違い、見込み違い、先走りが主な原
因だ。
そんな会話の中、当のドワーフ族の族長の一人、現在鉱山を任さ
れている一族から連絡が入った。
事故について陳謝すると共に、原因究明を惜しまない、行方不明
者の捜索に全力を尽くす言われ、お願いした。
続々と情報が入る中、セバスは冒険者ギルドにも依頼を出した。
人海戦術で救出作業をするのだ。
幸いと言って良いのか、ギルドも独自の情報網で事故について把
握していた。どうやら護衛として付いていた冒険者は、密かにラン
ク昇格の査定をされていたらしく、逐一有った報告が突然途絶え、
507
不審に思ったギルドが調査したらしい。
ヽヽヽヽヽヽヽ
彼方此方の部署が忙しく動き回る中、最新情報が届く。
﹁竜が出た?!﹂
﹁竜種は? いや、魔竜か邪竜か⋮⋮話して判る相手か?﹂
﹁目撃証言がハッキリしておりません。情報を精査中ですので、入
り次第御報告に上がらせます﹂
厳しい顔で報告するナイトハルト=ブラウシュタイン侯爵は、其
のまま踵を返し戻ろうとしたが止められた。
﹁待て、ナイトハルト。何処へ行く﹂
﹁⋮鉱山へ。将軍閣下が報告を聞くなり、小隊を伴い向かってしま
われましたので、手綱をとりませんと﹂
﹁フォルティスの単細胞めッ!!﹂
竜種の確認もしないまま突っ走ったヘルムート・ヤーデ将軍に対
し、セバスは小さく罵った。其れに正気を取り戻したのか、ナイト
ハルトも執務室に留まった。そして何時もは寡黙で穏やかな彼も、
固い表情で今後の予定を幾つか報告する。
﹁鉱山ですが、子供たちは地下に閉じ込められている者が半数、残
りは地上にて無事です。ですが、落盤の影響で設置されていた昇降
機が崩落。他経路も崩落した岩盤で閉ざされ、取り残された子等の
脱出経路が無い状況です﹂
﹁魔導師団も派遣した方が宜しかろう﹂
﹁手配はしております、御下命頂ければ直ぐにでも出られます﹂
先程まで取る物も取り敢えず出て行こうとしていたナイトハルト
が跪き指示を待つ。彼も嫡子ラインハルトが巻き込まれている。心
配だろうと鉱山行きを許可した。
竜種によっては会話が成り立つ場合もある。余程の高位竜種なら
ば人語を解すが、恐らく其れは稀だ。然し古代言語に通ずる魔法言
508
ないし
語なら、多少は通じるだろう。魔導師か、でなければ竜騎士。彼等
なら会話乃至念話が出来るかも知れない。
ただ其れも飽く迄も話が通じれば、の事だ。下位の、人間を餌と
見做す竜種の場合、出来得る限り迅速に討伐に向かわなければ被害
が広がる。その為の騎士団と魔導師団の派遣とギルドへの依頼だ。
ミクローシュもセバスも、先走ったフォルティスと共に、ナイト
ハルトたちが上手く対応してくれればと願う。
そしてナイトハルトから伝えられた情報に因り、ミクローシュは
ギルドへの依頼を緊急依頼へと変更した。
五ツ星以上の冒険者が召集される緊急依頼だが、召集とは言え強
ゲート
もと
制では無い。理由さえ有れば断る事は出来る。だが其れはごく稀だ。
外国であろうとも、転移門を使えば一瞬だし、人道に悖る行為はギ
ルドの規定違反となる。敢えて評価の下がる事を進んで行う冒険者
は居ない。︱︱︱普通なら。
時間を少し巻き戻し、昼頃の鉱山では。
朝から頻繁に起きる微震に、鉱山職員と鉱夫たちが頭を悩ませて
いた上に起きた落盤事故。お陰でてんやわんやの事態となっていた。
そもそも職員たちは、見学に訪れてきた貴族の子息たちを無下に
追い返す訳にもいかないし、かと言って危険が無いとは言えない坑
道内に子供たちを案内するのは不安だった。︱︱︱結局、坑道内を
見せる事がメインだった為に、最低限の安全を確保しながら予定通
そちら
り案内する事になったのだが、結果は最悪であった。
火山では無いので噴火の心配はしていなかったが、一番心配して
いた落盤事故。因りにも因って別の問題でコッソリ避難させていた
途中での事故だ。
別の問題と言うのは、見学コースとは別の採掘現場で異常事態が
509
起きた事だ。
一応計算し確認しながらの採掘だが、自信が有ったとしても完璧
だとは断言出来ない。念には念を、注意に次ぐ注意を以てしても、
安全には注意を払わなければならない。
そうした努力の中で、問題の採掘現場では数人のドワーフが明ら
かに不審な行動をとっていた。
ドワーフは少々がめつい点もあるが、基本的に頑固で真面目であ
り、信頼に足る種族である。ただ無類の酒好きでもあり、一つの事
に集中すると、他に気が回らなくなると言う欠点もあった。
そんな彼等が朝早くから仕事を始め、暫くしてから仲間の一人が
見付けたものに色めき立った。
見付けたのは蛋白石の塊だった。真珠色の光沢に虹色に光る其れ
は、間違い無く一級品の輝きであり、数多く見付かる乳白色のボン
ヤリと輝くものとは一線を画していた。
何処で見付けたと騒ぎになり、一人また一人と担当現場から抜け
出し、蛋白石の見付かった現場へ向かう。
人族から見れば、ドワーフ族は皆似た様な姿だったし、真面目に
残ったドワーフの方が多かったので、数人程度居なくても交代か残
土を運んでいるのだろう、と思われていた。
その為に発覚が遅れたのだ。避難指示に従わずに坑道に残った鉱
夫たちの存在に。
此ればかりは、悪い偶然が重なったと言うしかない。
坑道の最奥には、何時も小鳥か小動物を入れた籠が置いてある。
彼等繊細な生き物は、危険が迫れば真っ先に教えてくれる。例え
ば危険なガス、地震の前触れ。小鳥たちが騒げば、即座に作業を中
断し所定の場所に避難する事になっていた。
この日も朝からの微震に戸惑いながらも、小鳥が騒がなかったの
で何時も通りの作業を開始した。勿論直ぐに避難出来る様に、注意
510
だけは徹底的に行う。
何時も通りの作業を進める中で、蛋白石が発見され。
担当作業を打っ遣り別の現場へ向かうドワーフ。
その暫く後で。
落ち着かず忙しなく動き、鳥が鳴き始めた。
直ちに作業が中断され、避難場所に逃げ込むが、蛋白石の発見に
夢中になったドワーフたちは気が付かず、現場責任者が点呼をした
時に、初めて人数が足りない事が発覚した。その原因も、現場を離
れなかったドワーフが﹁そう言えば﹂と言い出して判った。
そうして。
指示に従わなかった者達の為に他の鉱夫を危険に晒す事は出来な
いと、責任者とドワーフ側から数名を残し、鉱夫たちは地上へ戻り、
残った者は迎えに行く事にした。
ガスが出ている危険が有るので防護服とマスクを着けて、さぁ行
くかと言う時に起きた地震。
彼方此方で落盤事故が起きたが、避難指示や誘導、日頃の訓練の
お陰で、然したる混乱もなかった。
見学の子供たちは間が悪かったとしか言い様が無い、と救助要請
をした所で件のドワーフ達が慌てふためき現れた。
曰く、竜が出た、と。
﹁誠に申し訳ない。氏族の者達が迷惑を掛けた﹂
深く頭を下げたのは、ドワーフ族の族長である。
﹁いや、其方等ドワーフの特性を知って重用していたのだ、此方も
511
認識が甘かった﹂
﹁まさか竜の卵の欠片が見付かるとは⋮⋮﹂
国王と宰相、其れに族長が揃って溜め息を吐いた。
無理も無い。蛋白石だと思っていた塊が、実は竜の卵だとは普通
なら思わない。
竜は卵生か胎生に分かれるが、何方にしても産み落とす場所に神
ドレイク
エンシェント
エルダー
経を使い、厳重に守る。
竜王種や古竜種、老竜種は竜たちが集う秘密の島で密かに仔を生
み育てる。高位で有れば有るほど、仔に愛情を注ぎ、敵には容赦し
ない。
だからこそ、卵の欠片など有ったとなるとその親、仔はどうなっ
たのか。其れが問題となる。
﹁卵だけなら遠い昔に産み落とされて孵った欠片と思えるが、成竜
が居たとなると⋮⋮仔はどうしたのだろう?﹂
﹁いや、卵と成竜は別口だろう。蛋白石となるほど永い年月をかけ
て地中に埋まっていたのだとすれば、若しかすると孵った仔が、自
分の生まれた場所に卵を生もうと戻ってきたのかもしれん﹂
﹁子持ち竜とすると厄介だな⋮⋮﹂
子を守ろうと警戒して敵と認識されたら大変だ。
どうにか出来ないか、と話している間も鉱山から入る情報は悪化
の一途を辿っていた。
冒険者が一人行方不明となり、捜索にあたっているらしいが、経
験があるとは言い難いランクのせいか、経過は捗々しくない。閉じ
込められた子供たちを救助しようにも、崩れた岩盤が邪魔で中々先
に進めない。魔導師団の到着は未だ先で、刻々と時間は過ぎていく。
明るい情報としては、クラウドが閉じ込められた子供たちと一緒
だったから︱︱ある意味暗い情報でもある︱︱か、然して混乱が無
かった事だろう。地下での混乱の中、自分なりに情報収集をし落ち
512
着いて地上との連絡手段を見つけて、何かあれば逐一連絡をしてく
れているので、現場はかなり落ち着いているらしい。
しかし竜が現れた現場と、クラウドたちが閉じ込められた現場は
近い。再び竜が暴れて落盤が起きれば、今度こそ生き埋めとなって
二度と帰れなくなるか、竜と相対する事になる。
ドワーフ達に発見された時は怒り狂って暴れていたらしき竜だが、
今は落ち着いて地中深くに潜伏しているらしい。違う坑道とは言え、
行方不明者を探している冒険者たちが万が一遭遇でもしたら、どう
エーデルシュタイン
なる事か。そうなる前に早く救出しなくては、と逸る気を抑えて其
々が立ち回っていた。
ヘスペリア
一方、西六邦聖帝国冒険者ギルド総本部に、輝石光国冒険者ギル
ドから緊急依頼の連絡が入ったのは、エーデルシュタインからの依
頼の四半刻程後である。其れと同時に、ヘスぺリア帝国からも同じ
内容で指名依頼が入った。
指名相手と依頼主に納得し、ギルド総本部長ラーシュは心当たり
に連絡を取る。
﹁オリヴィエ、七ツ星は居るか?﹂
﹁とっくに居ないわよ。連絡は行って無いの?﹂
﹁ああ∼、書類に埋もれてるかも知れん。⋮所で確かお前五ツ星だ
ったな?﹂
ドラコナ
﹁緊急依頼の件でしょ。行くわよ、偶には体を動かさないとね﹂
微睡竜国ギルドマスター、オリヴィエは既に冒険者装束︱︱︱防
具と武器を装備して出掛ける準備万端であった。
ギルドマスターは五ツ星以上の冒険者から選ばれるが、最年少で
あるオリヴィエは、ギルドマスターをする傍ら冒険者としても活動
を続けている。忙しい身であるが故に、滅多には依頼は受けない、
と言うより誰も引き受けない依頼を消化するのが目的なので、簡単
なものから困難なものまで内容は様々だ。
今回は緊急依頼と言う事もあり、出掛ける気になった様だ。
513
セフィーラス
其れに満足したラーシュは、現地に行く前に七ツ星︱︱グウィン・
エスタニア
レパード︱︱を探して連れて行く事を頼んだ。
﹁グウィンちゃん? 確か東大陸の何処か⋮⋮護大樹王国に居る筈
だけど、アノ自由人が大人しく召集に応じるかしら?﹂
﹁応じなくても行かせろ。大丈夫だ、コッチには魔法の呪文がある﹂
﹁何よソレ?﹂
ミニゲ
不審気なオリヴィエに﹃魔法の呪文﹄を教えると、ラーシュは通
信を切り、次々送られる情報を片付け始めた。
ート
オリヴィエはと言えば、意味不明な呪文に首を傾げながら、転移
陣の転移先をセフィーラスに設定し、移動した。
ゲート
基本的に転移門は各国の主要都市に設置されている。その他特殊
例として、冒険者のみが使用出来る転移陣が、各国ギルド総本部に
有る。二∼三人程度なら一度に移動出来る、少人数パーティーには
うってつけの転移陣だが、使用料が高い事と緊急時に使用する事を
前提としている為、使用頻度は低い。
淡い光の粒子が消えてオリヴィエの目の前に現れたのは、何処も
変わらないギルドの部屋だったが、新しい木の匂いがした。そう言
えばセフィーラスのギルドは不遇続きで、最近建て替えたばかりだ
ったと思い出す。
いきなり現れたオリヴィエに驚く職員に、ギルドマスターの所在
を聞く。
﹁グレイプスさんなら、一階のカウンターにいらっしゃいます﹂
﹁緊急依頼の件は聞いている?﹂
はい、と返事をする職員に案内を頼む。
階段を下りて直ぐに目の前、カウンターではなく酒場のテーブル
ではグレイプスが七ツ星の説得真っ最中であった。
﹁⋮面倒臭い﹂
514
﹁面倒って、子供達が危険なんだぞ? 助けてやろうとか思わない
のか?﹂
﹁⋮⋮子供は嫌いだ﹂
やる気の無さそうな態度に、グレイプスがキレかけたがその前に
オリヴィエが割って入った。
﹁ハァイ、グウィンちゃん? 何世迷い事を言ってるのかしら? そんなボウヤに嬉しいお知らせよ。指名依頼が入ったわ。私も参加
ラーシュ
するから、行きましょ?﹂
﹁⋮指名? カールか?﹂
指名依頼は余程の事が無ければ断れない。苦虫を潰した様な表情
で問うグウィンに、オリヴィエは教わった﹃魔法の呪文﹄を聞かせ
る。
﹁え∼と、何々?﹃はーい、ゆきチャン元気? ままカラノ依頼ダ
ヨ。えーでるしゅたいんニ行ッテ師匠ヲ助ケテアゲテネ! 断ッタ
ラ陛下ヲぱぱッテ呼バセチャウゾ。頑張ッテネ!﹄⋮⋮って何よコ
レ?﹂
意味不明な言葉に首を傾げるオリヴィエだったが、効果は覿面だ
った。グダグダと長椅子に凭れていたグウィンが、背筋をピンと伸
ばして立ち上がった。
﹁良し判った行くぞ﹂
﹁ちょっ、何なの急にーっ?﹂
グウィン
いきなりやる気を見せたグウィンに手を引かれ、二人は二階の転
移陣へと向かった。
オリヴィエの知らぬ事だが、﹃魔法の呪文﹄は日本語であり、彼
の義理の母親︱︱クラウドの前世での弟子、現在は結婚してヘスペ
リア皇妃となった杷木千里︱︱からの依頼であった。
その後二人が消えたギルド内では、頑として、と言うより、のら
りくらりと躱していたグウィンが、いきなりやる気を見せた事に騒
515
然となり、あらぬ噂︱︱オリヴィエとグウィンが恋人同士であると
か無いとか︱︱が飛び交う事となったのは余談である。
グウィンとオリヴィエの二人がエーデルシュタインギルドに足を
踏み入れると、ギルド内は冒険者でごった返していた。
駆け出し
﹁酷いわね、最前線だから無理もないケド﹂
当初は落盤事故のみの情報だった為に、二ツ星以上の冒険者を救
精鋭
熟練
助活動に募集していたが、竜の出現によりランクが引き上げられ、
中堅
現在は緊急召集の五ツ星の他、四ツ星以上となっている。其れを知
らぬ冒険者と、ランクアップを狙う三ツ星達が救助に参加しようと
交渉している為、受付が混乱しているのだった。ギルドとしては有
り難くも迷惑な話だ。ランクを絞ったのは、其れ以下では難しく、
二次災害の恐れがあるからだ。其れに気付かないからこそ、その程
度止まりなのだが判っているかどうか。
そんな中を﹁退け﹂と重低音が響く。
正規の受付どころか精算品受付まで冒険者で溢れていたが、その
声でザッと人波が割れて道が出来る。悠々と受付に進む二人だが、
いきなり現れ前に割り込まれた形になった冒険者たちは、抗議しよ
うとして続くやり取りに固まった。
﹁只今、四ツ星以上の方のみ受け付けております。ギルドカードを
確認させて下さい﹂
﹁はい、コレ﹂
﹁オリヴィエ・レニエ様⋮⋮五ツ星ですね。結構です、魔導師団に
鉱山への転移陣が開かれていますので、そちらへどうぞ﹂
指された方向は元の転移陣の有った方向である。恐らく緊急措置
として魔導師団に繋がる転移陣が有るのだろう。頷いて移動するオ
リヴィエを、五ツ星の冒険者など滅多に見られない下位の冒険者達
516
が羨望の眼差しで見送った。
﹁次の方⋮⋮指名依頼、ですか? 確かに有りますが、其れは⋮⋮﹂
﹁問題ない﹂
てっきり緊急依頼の件かと思えば、指名依頼と言われ眉を顰めた
職員だったが、受け取ったギルドカードを見て思わず本人とカード
至高
を二度見した。不思議そうに首を傾げられ、慌てて受付を始める。
﹁し、失礼しました! グ、グウィン・レパード様⋮⋮七ツ星。確
かに指名依頼がございます、彼方へどうぞ!!﹂
名前を出した瞬間、ギルド内が水を打った様に静かになった。そ
して小さな声で﹁七ツ星?﹂とか﹁隻眼の白豹?﹂と囁き始める。
然し其れに頓着しないグウィンは、オリヴィエと同じ方向を示さ
れ、頷いてさっさと移動する。
その背には信じられないものを見た、と言う視線が集まっていた。
世界に一人だけの七ツ星の冒険者、隻眼の白豹は白髪眼帯としか
はっきりとした噂は広まっていない。今の男が七ツ星なのはギルド
カードからして間違いは無いが、フード付きのマントを纏って居た
為、容貌は結局判らずじまいだった。結果、更に様々な憶測付きの
噂が広まる事となるのだった。
転移陣を梯子して目的地に辿り着くと、既に何人か冒険者がパー
ティーを組んでいた。
緊急依頼の召集から時間が経っていたが、鉱山への転移陣が繋が
ったのがつい先程と言う事もあり、人数は未だ多くない。何より四
ツ星以上と言う制限も有るから、更に人数は限られる。
竜が出たと言う情報が届く前に鉱山に来ていた三ツ星冒険者は、
ソロ
坑内に入る事は許されなかったが、地上での補助をする為に残され
ていた。
グウィンは単独を好むが、今回はオリヴィエと組む事になってい
る。グウィンとしたら其れ以上は居ない方が良かったのだが、オリ
ヴィエはせめてあと一人、なるべく高ランクの冒険者と、と思って
517
メンバーを探していると、事務所近くで騒ぎがある。何事かと顔を
見合わせてそちらへ足を運べば、見知った顔があった。
﹁デュオちゃん? 何をして居るの?﹂
﹁オリヴィエ? ⋮とグウィンか。どうもこうも、この若いのが先
走った挙句に焦って怯えて、勝手に離脱符を使いやがった! お陰
で生徒たちを置いたまま、地上に来ちまったじゃねぇか!!﹂
そう叫んで指差す先には蒼い顔の若い冒険者︱︱︱ヤンが居た。
デュオが行方不明者を探索する為に、護衛だった彼等と一旦パー
ティーを組んだのだが、途中で不気味な音と続く揺れにヤンがパニ
ックを起こし、離脱符を使ってしまった。普通であれば正解の筈の
行動だったが、今回に限って言えば悪手であった。
何せ地下に残されたのは、冒険者が一人と子供と一般人。たかが
一人で対処出来る人数では無い。
離脱符は普通は迷宮や洞窟に潜る時に使われる。入口に目印とな
る呪符を貼り、対になる離脱符︱︱符と言っても実際は球体である
︱︱を持って行き、目的を達成するか途中で切り上げたくなった場
合に、足元で割れば入口に戻る。
今回ヤンが離脱符を入口に貼ったのは、単なる癖である。値の張
る離脱符だが命には代えられない、と地下に潜る時は貼る様に教え
られて其れを守っていた。使用しなければ再利用出来るのも大きい。
そしてヤンが地下に閉じ込められた時に使わなかったのは、人数
が多すぎた為だ。
離脱符の対象は本人と仲間だが、最大でもせいぜい八人。それ以
上いた場合は離脱符が機能しない。そして今回の依頼は護衛という
事で、子供たちには知らせていなかったが何か有った時の為に、子
供たちもパーティーメンバーとして組み込まれていた。
十二歳以下の子供は原則二人までしか登録出来ないのだが、気休
めとして敢えて登録していた。
その為に使えなかったのだが、行方不明のジンを探索する為に改
518
めてパーティーを組み直した。人数が減った事により離脱符が正常
に機能してしまい、パーティーメンバー全員が地上に強制的に戻さ
れる事となったのだ。
﹁今、下には冒険者が何人残っているの?﹂
﹁二人だが、一人は行方不明中だ。状況すら判らない﹂
その他は全て子供と鉱山の職員だと聞いて、最悪だわ、とオリヴ
ィエが呟く。
グウィンはその間、周囲を観察していた。
冒険者の他は国から派遣された騎士団と魔導師団から、騎士三人
に対し魔導師一人、其れに鉱夫が五人程付いて坑道内へ潜っている
様である。恐らく崩れた岩を退かす為と、万が一遭遇するかも知れ
ない敵から身を守る為だろう。其れは其れで良いのだが︱︱︱。
﹁まどろっこしいな﹂
デュオ
ポツリと呟き、グウィンは行動に出た。
オリヴィエ
﹁行くぞ、シェーンに博奕打ち﹂
﹁えっ、ちょっと!?﹂
﹁俺もか?!﹂
三ツ星のデュオだが、勝手にパーティーに組み入れ、グウィンは
一応声は掛けた、と足早に進むと壊れた昇降機の前に立つ。
勝手な行動ではあるが、生徒が心配なデュオにとっては渡りに船
だ。慌てて追いかけ、オリヴィエも仕方無いと黙認した。
三ツ星とは言え四ツ星に近い事だし、地上ででは無く地下で合流
した事にしてしまえば良い、との思惑からだ。実際ヤンが離脱符を
使わなければ、そうなっていた可能性が高い。
入口から下を覗き、切れた綱と落ちた残骸を確認したグウィンは、
深さと残骸の多さにチ、と舌打ちをする。
先に到着した冒険者も此の状況を見て、此方からの侵入は諦めた
519
のだろう。岩だけなら兎も角、鉄の塊も一緒に退かすには技量がか
なり必要となる。
﹁邪魔だな﹂
壁を伝い降り様と思ったが、思いの外崩れて足場が悪そうな為、
其れは諦めた。その代わり懐から手鉤付きの綱を取り出し、ヒョイ
と天井に放る。くるくると梁の一部に引っ掛かり、外れない事を確
認してから地面を蹴る。
ツー、と下に降りたグウィンの後をオリヴィエとデュオが慌てて
追う。半ば程降りた所で手を離し、昇降機の成れの果ての上にスト
ンと降りるとグラリと足場が崩れた。
脆い足場に顔を顰め、補強の呪文を唱える。
グニャリと曲がった鉄骨と、隙間無く埋もれた瓦礫の山が、ほん
の少し変化した。
崩れない様に固定し、隙間から覗く空間に扉を見つけて通れる様
に其処だけ瓦礫を退ける。
ポッカリと空いた場所に巨体を滑り込ませると、現れたのは崩れ
てひしゃげた扉。其処にも隙間を見つけると、先程と同様に補強し
サーチ
てから隙間を広げ、坑道内部︱︱︱広間だった場所に入る。
﹁探索﹂
瓦礫の上で短く呟くと、グウィンの視界に幾つか反応が現れた。
集団で固まっている反応は、救出対象の子供たちだろう。やや離れ
た場所にも一つ弱い反応。恐らく捜していたと言う冒険者だろう。
其れと︱︱︱。
﹁左十八が子供が埋もれている食堂、だろうな。其れと右九に瀕死
が居る﹂
﹁ジンか!?﹂
﹁知らん。⋮なぁ、チビどもを助けるのと、瀕死を助けるの、竜と
その他、優先順位は何れだ?﹂
続いて降りたオリヴィエ達にそう告げると、グウィンは腰の双剣
を抜いた。
520
いきなりの戦闘体勢に、オリヴィエもハッとしてグウィンの視線
の先を確認する。
﹁グウィンちゃん、その他って言ったわね? ⋮何だか判る?﹂
﹁今の所は魔化した魔獣。多分、放っておくと魔物が湧く。⋮で、
何れだ?﹂
言うなり暗闇に跳んだグウィンの背中に、オリヴィエが叫ぶ。
﹁全部よ!!﹂
﹁了解!﹂
キン、と硬い音と共に獣の呻き声、瓦礫の崩れる音がした。
521
Lv.40 七ツ星と愉快な仲間たち・1︵後書き︶
閲覧有り難うございましたwww
漸く予定していた話に到着しました。
結局グウィン視点一人称は無理なので、三人称です。そして1とあ
るように、続きます。
−−−−−
グウィンの義理の母親については、Lv.13辺りからのヘスペリ
'17/03/12
ア篇をご覧ください。
修正情報
−−−−−
輝石光国
↓
輝石国
−−−−−
−−−−−
組み込まれていた。← 十二歳以下∼ '16/07/04
↓
−−−−−
組み込まれていた。
探索
'16/02/14
その為に使えなかったのだが、
↓
−−−−−
探査
522
Lv.41︵前書き︶
主人公視点に戻ります。
523
Lv.41
ヽヽ
さて。俺の記憶が正しければ、鉱山の事故と言うのは何も問題が
無ければ、救出には然程時間は掛からない。
ただ此れは問題が無ければ、の話であり、今回の様な大規模な坑
道の崩落、落盤と言うのは結構時間がかかっていた筈だ。
勿論落盤事故の場合でも二十四時間内に救出される事も多々ある
が、逆に一ヶ月以上かかってしまう、と言うのも良く有る話。その
差は規模に因るんだろう。
結果は最良を望みたいが、経過は最悪を想定して行動した方が良
いだろう。⋮何せ、竜が出たと言う話も有るし。
そんな事を思いつつ、ぐるぐると鍋を掻き回す。⋮⋮うん、良い
味だ。昆布が良い仕事をしている。
大鍋一杯に作った出汁を、厨房に有った容器に入れ直して次の準
備。⋮芋が沢山有るから、マッシュポテトにでもするか。其のまま
でも良いし、サラダにも使えるし。コロッケとかグラタンにも出来
るし。汎用性が高くて大変宜しい。
アイテムボックス
因みに此れ等の材料は、勿論俺の道具袋からだ。どうせ劣化しな
いから、と乾物や根菜類をガンガン詰め込んでいたのが役に立った。
正直な事を言えば焼菓子が未だ有るのだが、甘い菓子ばかりを渡
して、兵糧が底を突いた時に粗食に耐えられないと困る、と言う理
由で今出して有る分以上はギリギリまで隠す事にした。此の判断は
強ち間違っていないと思うが、今の所は俺の指示に従ってくれてい
る子供達が、今後の展開に因ってはどうかな? とも思うので、様
子見だ。
尤も悲観はしていない。俺に反感があってもザックには従うだろ
524
うし、当のザックは俺と共闘︵?︶中だ。上手い事やってくれるだ
ろう、多分。
食材の現地調達も視野に入れているが、そうなる前に救出される
と良いんだが。
﹁⋮⋮ボウヤ何をやっているの?﹂
﹁非常食作りです﹂
何故か眉間を指で揉みながらアンさんが訊ねるので、俺も正直に
答える。⋮何故其処で首を振る。解せぬ。
﹁腹が減っては戦は出来ぬと言いましてね? 人間お腹が一杯なら
不安は減るんですよ?﹂
﹁⋮⋮其れは判るけど。⋮ハァ、こんな子供に諭されるなんて⋮⋮﹂
どうやらアイデンティティと戦っているらしい。頑張れ、俺と関
わる大人は八割がた此の洗礼を受けている。
此処で少々アンさん達の説明を。
俺達学園の生徒の護衛の依頼を受けたアンさん達一行。今捜索に
出ているヤンさんとリンさんが一ツ星冒険者。アンさんが二ツ星。
行方不明中のジンさんと、既に地上に戻っている二人︱︱ダンとケ
ンと言うらしい︱︱が三ツ星。どうやらこの三ツ星冒険者達がアン
さん達三人のランク昇格試験の判定員なのだそうだ。
冒険者ランクは、受けた依頼内容と回数に応じてポイントが貯ま
るが、一定ポイントが貯まると昇格試験が有り、認められればラン
クが上がる。
何故一ツ星と二ツ星の昇格試験が同じ依頼なのかと言えば、チェ
ックポイントが違うらしい。確認するポイントが違うので、同じ依
頼でも判定員側からすると、内容は全く違うそうだ。
其れでまぁ、ジンさんとリンさんが同じ村出身で、ジンさんとア
ンさんが冒険者仲間? リンさんとヤンさんが同期。アンさんとリ
ンさんが冒険者仲間、らしい。
525
ダンさんとケンさんはジンさんの仲間だけど、ヤンさん達とは今
回初めて会ったそうだ。
︱︱︱話を聞いて似た名前ばかりで混乱したのは秘密だ。
其れにしても。
﹁来ないなぁ⋮⋮﹂
デュオ先生達が捜索に出てから、一時間以上経っている。
そう早くは見付からないだろうから、戻って来る事は期待してい
ないが、何らかの連絡は有るんじゃないかと思っていたのだが。
連絡系の魔法って無いんだっけ⋮⋮?
不安になってアンさんに訊いてみる。
﹁アンさん、デュオ先生達から何か連絡が来ていませんか? ホラ、
仲間同士の特典で遠隔通話が可能な魔導具を持っているとか、スキ
ルが有るとか﹂
﹁悪いけれど無いわ。其れに仲間と言っても、先刻ジンの捜索に出
る時、貴方達の先生をパーティーメンバーに組み込むのに、一時解
散したから。有ったとしても使えないわ﹂
﹁そうですか⋮⋮﹂
ショボンとする俺を決まり悪そうに見るアンさん。
まぁ碌な装備も無しに依頼を受けたのは問題だが、危険を伴う依
頼では無かった筈なので、其れは仕方が無いか、と思う。ただ多分、
試験官だと言う三人はそう言う魔導具を持っていたんでは無いかと
思われる。担当者が迷子になった時とか非常事態用に。
其れでいて当の試験官が地上に戻っていたり行方不明だったりで、
役立た⋮⋮げふん。危機管理が機能していな⋮⋮アレ何だろう、言
い繕えない。
兎に角、アンさん達も不用意では有るが、其処まで気にする事で
も無い。多分今回の試験は落ちるだろうが。と言うか試験自体が無
かった事になると思う。仕切り直しだろう。
526
俺が非常食作りに勤しんでいる間に、脱出経路作りは粛々と進ん
で⋮⋮いなかった。
やはり六歳児の集団で、体力も無ければ集中力も無い。疲れた身
体に鞭打っても心が折れるだけだ。
そんな訳で炊き出し。
炊き出しと言っても、出汁に一寸乾燥茸と乾燥野菜を浮かべたシ
ンプルな物だ。ただ疲れた身体に温かい汁物は身に滲みる様で。
﹁おいしい⋮⋮﹂
一様にホッとした表情になっていた。
﹁変わった味のスープですのね﹂
﹁コンソメとはちがうな﹂
其処彼処で感想が呟かれるが、概ね好評だ。
だが全員とはいかず、俺に否定的な連中は飲み食いせずに固まっ
て、不満を言ってるみたいだ。
余り不満ばかり言う様なら、言えない様にするか。
別に拳に訴えるつもりは無い。
仕事もしないで嘆き合うだけだから不満が出るのであって、其れ
なら何かさせれば良いだけだ。見た所一人が愚痴っているのを、周
りが頷いているだけなので、其の﹃一人﹄を離せば良い。俺だと反
感が募るだけなので、ザックにでも預けよう。
そう思ってザックを探すと、どうやら向こうも俺に用が有ったら
しい。目が合ったら近付いて来た。
527
﹁クラウド、其処の者たちだが、⋮⋮どうする?﹂
案の定ザックの用件は、固まって不満を言っているグループにつ
いてだった。
別に俺だけだったら気にしないが、固まって不満を募らされて周
囲の雰囲気が悪くなるのも、引き摺られて人数が増加するのも不味
い。
﹁ザックの方で上手く使ってくれないか? 俺だと反発するだろ、
多分﹂
﹁引き受けるのは構わないが、恐らく使えないぞ、彼等は。使える
者は端から腐らない﹂
デスヨネー、って結構辛辣だな。
だがザックも彼等を放置して雰囲気が悪化するより、自分の監視
下で動かす事を承知してくれたので、後は丸投げにする事にした。
本当にザックは優秀だ。⋮マジで六歳なのか?
本当の所、体力を温存させる為に何もしないで待っていても良い
のだが、其れだと悪い考えになりがちで不安が増大するだけだと思
う。先程の連中が良い例だ。不安と不満の矛先を俺に向けて、精神
安定を図っている。
そんな中で、小手先の作業でも何かしていれば気休めになるし、
﹃自分が救出作業の一端を担った﹄事は自信にも自尊心にも響くだ
ろう。
取り敢えず不安要素は心配無くなったので、次の心配事。
瓦礫に埋もれた出入口の僅かな隙間、デュオ先生達が通り抜けら
れる大きさ、と言う事は子供なら余裕の空間と言う事で。一人づつ
脱出する事も考えたのだが、外と言うか室外がどうなっているのか
判らないので、様子見だ。
大丈夫と思いたいのだが、幾ら子供の軽い体重でも何度も荷重が
掛かれば、崩れないとも限らない。魔法で強化すると言う手も有る
528
のだが、崩れない様に固定強化したら、穴を広げようとした時に困
る。
さてどうしたものかと頭を捻ったが、上手い事浮かばないので一
旦放置。
いつなんどき
俺が今一番心配しているのは、飲み水と空気である。
今の所ライフラインは機能しているが、何時何時使えなくなるか
は判らない。但し水と空気以外は動力が魔石なので、いざとなれば
俺が魔石に魔力を補充しても良い。補充の仕方はディランさんや長
老に散々教わった。
ライト
明かりに関しては心配はしていない。今使っている照明は魔石が
動力だから何とか出来るだろうし、﹃灯火﹄の魔法は初級中の初級
だ。少なくとも生徒全員が使えるので、交代で使えば魔力切れも起
こさない。
肝心の水と空気だが、水は今の所厨房の水道が生きている。
コック
蛇口を捻れば水が出る、と言うのは魔法でも何でも無く、水圧の
お陰なので水源が確保されていれば大丈夫、の筈。活栓を閉められ
たら不味いとは思うが、防災上の理由なら致し方無いし。
その時は魔法で水を作っても良いんだが⋮⋮。飲めなくは無いん
だが⋮⋮あんまり旨くないのでオススメしない。
魔法で作れる水は、二種類。精霊に協力して貰う分を含めると三
種かな?
一つは空気中や地中、身近に含まれる水分を集めて水の塊にする
方法。此れはそんなに不味くない。但し身近に有る水分量によって、
出来る量が変わる。後は場所によって味が変わる。見た目は変わら
ないのだが、味とか臭いが結構⋮⋮。精霊が協力してくれるのは、
此方にあたるのかな? 味は格段に良いらしい。俺は試した事無い
529
けど、そう言う魔導師が居た。多分精霊が集めた水分を浄化してい
るんじゃ無いだろうか。
もう一つは、水分を集めるのでは無く、作ってしまう物。
何が違うかと言うと、前者は元々有った水を集めるもの。
水分の固まり
地中は地下水が有るから、集めるイメージは湧き易いと思う。空
気中の水分に関しては、雲や霧を想像して欲しい。百%の水分を含
む空気に振動を与えると、衝撃で雨になると聞いた事が有るが、そ
んな感じ。
後者は水分では無く、分子レベルで水を作る、所謂H2O。
此れも元々有ったものと言えなくも無いんだが、水素と酸素の化
合物が空気中に含まれる水分と同じかと訊かれたら、微妙だと思う。
いや、同じだって意見は有るだろうけど、感覚的に。
何と言えば良いんだろう。
ミネラルウォーターの話をしている最中に、軟水と硬水なら軟水
の方が出汁を取るのに向いてるよね、じゃあ珈琲は? と話したら、
軟水が良いなら大学の研究室で作っている超純水で良いじゃん、と
言われるみたいな⋮⋮良く判らん? ゴメン、俺も良く判らない。
そう言えばこの話、学生時代の友人と話していた時に割り込んで
来た奴が言ったんだった。
将来喫茶店をやると言っていた友人が、水出珈琲にするか、サイ
フォンかドリップかネルかフィルターかと議論して、使う水も水道
水か天然水かと⋮⋮懐かしい。
純水にすればと割り込んで来た奴は、その後友人に暫く無視され
ていた。話が噛み合わない奴と付き合うのは時間の無駄とか言って
いたが、其れもどうかと思うぞ。今更こんな事を言うのも何だが。
530
若気の至りにしておこう。北原、お前の事だ。
それはさておき
閑話休題。
話を戻すが、水は最悪魔法で作れる。そして空気だが、幸いな事
エレベーター
に今の所ガスが出ていると言う話は無いので、当分の間心配は無い。
事務所を兼ねた管理室の連絡管と、壊れた昇降機から空気の流れ
が有る限りは窒息とかは無いだろう。
此処はやはり長時間閉じ込められた場合に、ガスが発生したり新
たな崩落で空気の通り道が塞がれない事を祈るしか無い。
ケア
デュオ先生達がなかなか戻らない中で、俺が出来る事と言えば地
上との連絡と、子供達への配慮だろうか。
一応パニックにならない様に、作業をさせて気を逸らせたり、い
っその事眠らせたりとかした訳だが。お陰で目に見える不満は無い
︱︱居なくも無いがザックに任せた︱︱し、俺もそろそろ炊き出し
は止めて、前線と言うかこの場合は瓦礫撤去の先陣を切るべきか。
そんな事を考えている間に、地上からまた連絡。
騎士団や魔導師団が鉱山に到着し、冒険者も続々と鉱山入りして
いるそうだ。此れで漸く救助活動が進む。
⋮と思ったのだが、竜が出没した関係ですんなりとはいかないら
しい。
瓦礫で埋まった昇降機は、足の踏み場が無い上に壁が脆くて危険
らしい。冒険者なら大丈夫かと思ったが、意外と深いんだそうな。
そうかいな。
で。各坑道の入口から枝分かれした坑道の、崩れていない場所か
らある程度まで近付いて、其れから瓦礫の撤去作業をしつつ此方へ
の侵入経路を探るとか。
結構手間隙かけて救出経路を探っている。此方も迷惑にならない
531
様に頑張ろう。
サーチ
オートマッピング
ところで俺の持っているスキル、︻探索︼と︻自動地図︼だが、
今の所全く以て役に立っていない。
︻探索︼は範囲が半径五メートルしか無いし、︻自動地図︼も一フ
ロアの半分しか機能してくれない。
その内スキル上げしようなんて後回しにしないで、もう少しスキ
ルレベルを上げておくんだった、と思っても後の祭り。⋮そう言え
ば青龍からの加護で使える様になる治癒魔法、アレも碌に使えない。
まさかこんなに早く使いたくなる機会が有るとは思わないじゃん!
地上に戻ったら、鍛練に組み込もう。
今からでも出来るのは︻探索︼かな。回数を重ねて行けば、少し
はレベルも上がって探索範囲が広がる筈だ。
小声で呪文を唱えると、やはり半径五メートル以内しか情報が出
マップ
て来ない。
︻地図︼を覚えたのは、多分二歳頃だと思うが、覚えたてのスキル
に興味津々で直ぐに呪文を唱えたのを覚えている。その時はいきな
り目の前に地図が出て驚いた。視界に半透明の平面図が出て、初め
は何かと思ったんだが、良く見れば見覚えの有る配置で、城の地図
かと思い当たった。
その後の訓練とレベル上げで、︻探索︼と︻自動地図︼が使える
様になって、其処で止めてしまった。当座は必要無いと思ったのと、
ぶっちゃけ王子様教育と平行してやるには何かを諦めなければなら
なくて、俺が選んだのが剣だった、と言う事だ。
其れについて後悔はしていないが、もう少しレベルを上げても良
かったとは思う。まさか六歳にもならない内に冒険者スキルが必要
になるとは思ってもいなかった。
取り敢えず、少しでもレベルが上がる事を期待し、︻探索︼を続
532
ける事にした。幸いと言って良いのか、スキルレベルに対して俺の
魔力の方が多いので、魔力切れの心配は未だ無い。呪文を唱えて少
しづつではあるが、表示時間が長くなって行くのが判り面白い。
ホール
目の前に現れる地図に変化が出るのを待っていると、何回目かの
挑戦で探索範囲が広がった。
壁際に立つと、地図が昇降機前の広間のギリギリ手前を映したの
で、もう少し頑張れば昇降機まで届くんでは無いだろうか。俄然遣
る気が出る。
正直に言う。
俺一人なら脱出は簡単だ、と思う。あと二∼三人程度なら、連れ
て行ける。
だが全員は無理だ。大人もいるし。︵そう言えばガイドのオッチ
ャンは気絶したままだが大丈夫だろうか︶
ワイヤ
全員を救出するにはやはり外部からの協力が不可欠で、俺達も一
丸となる必要が有る。
一応俺が考えた案は、昇降機を利用する方法。本体では無く鋼条
の方。
ヘンドリクセン先生の話だと、壁やら何やらが脆くて崩れやすい
ハーネス
そうだが、壁を強化・固定して崩れない様にすれば何とかなる気が
する。
鋼条に籠なり装着帯なりを取り付ければ、引き上げは簡単だと思
う。
だが俺が思い付く様な事を他人が考えない事は無い訳で。実行し
ていないと言う事は、当然問題が有ると言う事だ。
うむむ、と考えながら瓦礫を退かしていると、ライがそっと近付
き、素朴な疑問を口に出した。
﹁クラウド、何で岩をちまちま補強したり退かしたりしているの?
クラウドなら魔法で地上までの穴が掘れるでしょう?﹂
﹁⋮ああ、それムリ。弾かれる﹂
533
﹁ん⋮⋮? あ、結界?﹂
俺の応えに不思議そうな顔をしたが、どうやら気が付いたらしい。
魔法を使えば一発で解決、とならないのには理由が有る。
先程から瓦礫を退かしたり補強したりしているが、此れは既に崩
れているものだから出来るのだ。そして崩れている物が無くならな
ければ、発破系の魔法は使えない。そう言う術式が鉱山には組み込
まれている。
此れは鉱山で無闇と掘り過ぎない様にする為の措置で、山全体を
パンフレット
覆う形で術式が組まれている。掘り過ぎないと言うのは、勿論落盤
を防ぐ為だ。案内書には書いていないが、以前父と鉱山の視察に行
った時に教わった。
先に説明した通り、切り出し作業は魔法で行われ、鉱夫達の手に
よりある程度の大きさの岩と貴石とに分けられる。この切り出し作
業で縦横無尽に魔法で穴をあけたら、立ち所に事故が起きてしまう。
其れを防ぐ為に、坑道は一定の傾斜以上で穴をあけ様とすると、魔
法が解除される様になっている。
其れに実を言えば鉱石、と言うか宝石はパワーストーンと言うだ
タリスマン
アミュレット
け有って、魔法との親和性・伝導性が非常に高い。魔法陣を組み込
んだ護符や魔除け等が、上質な宝石で有れば有る程向いているのは
その為だ。
魔力の影響を受け易い鉱脈の近くで、不必要な魔力を流したらど
うなるか。発破系は火属性の魔法と相場は決まっている。︱︱︱本
当は一概には言えないのだが、此処は敢えて一般論。
火属性の魔法に触れた鉱脈は、火属性に影響される。大体生活魔
法は火属性が多いので、困る事は無いのだが、やはり其ればかりに
なるのは頂けない。
そんな訳で魔法による切り出し作業は、最小限の影響となる様に
計算されているのだ。
534
俺が問答無用で横穴をあけたとする。其処までは良い。だが地上
まで延々と緩やかな勾配で横穴をあけ続けるには、相当の魔力が必
要だし、同時に崩れない様に補強もしなければならないとなると一
人では無理だ。
今いるメンバーで考えると、ライとザックが有力候補で次点でサ
シャとラーク、フェリシティー嬢だろうか。
横方向でも其れだけ手間が掛かると言うのに、縦方向、つまり地
上への脱出経路を作るのは、結界が邪魔をする。無理に穴をあける
となれば、上下左右全方向に注意を向けないと更なる崩落が起こる
かも知れないし、最悪穴があくどころか、床も天井も壁も崩れる危
険が有る。
仮定でも無理をさせるかもしれないとなると、やはり此処は大人
しく救助を待つ方が良い。
折角俺を信じて捜索に出たデュオ先生にも、地上で見守っている
ヘンドリクセン先生にも、勝手な事をやらかしては申し訳が立たな
い。
︱︱︱だがせめてデュオ先生が戻れば、情報が共有出来れば、一
歩踏み込む事が出来るのでは無いか? そう、思う。
もうこう言う非常事態で、遠慮はしていられない。⋮王子だと言
うのは未だバレたくないが、遠慮遺憾無く頑張らせて貰いたい。体
力以外は隠して無いし。て言うか体力以外は無理に隠そうとしなく
ても、結構気にされないと言うのが判った。
良く考えれば、幾ら貴族で資質が高くても、突き詰めれば未だ子
供で、目先にぶら下がっている目立つ事しか気にならない訳で。百
たとえ
点までしか無い試験で満点を取れば、そりゃあ凄いと思われるだろ
うが、他にも居れば凄さは減る。仮令二百点取れる実力が有っても、
百点までしか無ければ結果は同じな訳だ。
勉強なんて試験の結果で位しか目に見える指標は無い。普段の言
535
こんなとき
動で判る様になるのは、少なくとも二∼三年先だ。だから目に見え
て判る運動と言うか体力方面を隠していたが、非常時にそんな事も
言ってられない。
デュオ先生が戻ったら、遠慮無くやらせて貰う。
多分だが、冒険者の中ではデュオ先生が一番ランクが上だ。自分
では三ツ星とか言ってたが、実力自体は四ツ星位有るんじゃ無かろ
うか。
其の割に探索やら何やらが余り使えないと言うのは、⋮⋮脳筋、
なんだろうな。
デュオ先生が戻れば、此の場所での責任者はデュオ先生になる。
様子を見に行きたいと言ったら反対はされるだろうが、竜が出たと
大人
言う情報を知れば、そうも言っていられないと許可するだろう。何
せ最近の先生方の俺の扱いが雑だ。
︱︱︱そんな事を考えてデュオ先生が戻るのを待っていた俺が、
ヤンさんが離脱符を使ったせいで捜索隊一行が地上に戻ってしまっ
た、と知らされるのはもう少し先の話。
536
Lv.41︵後書き︶
閲覧有り難う御座いましたwww
王子、未だ暢気です。
−−−−−
そろそろ俺は本気出す、と言いつつ出さないパターンですか此れは
︵笑︶
'16/02/15
修正情報
−−−−−
↓
Lv.41
Lv.46
537
Lv.42︵前書き︶
前回から余り内容は進展していません。
538
Lv.42
落盤事故が起きてから、かれこれ何時間経っただろうか。
サーチ
エレベーター
いつ来るか判らない救助隊を待つ間、俺は︻探索︼スキルを着々
とレベル上げしていた。
閉じ込められたばかりの頃は食堂内位だった範囲が、昇降機近く
まで広がり、つい先程やっと昇降機よりも先のトロッコの乗降口ま
で広げられた。
ただ範囲は広がったものの、探索して引っ掛かるのは何もない。
⋮と言うか、俺がジンさんを仲間と認識していないから探知出来な
いのかも知れない。
レベルが上がれば範囲と対象が増えるのだが、今の俺のレベルだ
と、認識出来るのは﹃敵意を持った﹄魔物や魔獣、其れと動物や虫
の類。大きい獣類は直ぐに探知出来るが、虫みたいな小さな生き物
は中々難しい。特に敵意すら無いのは。
今のところ俺が探索して判るのは、敵以外では閉じ込められてい
る子供だけだ。アンさんやオッチャンは直ぐ近くに居ても反応しな
い。ジンさんと同じく、俺が仲間と認識していないからだろう。
このままでは若しまた地震でも起きて食堂が分断されたら、アン
さんとオッチャン、それと行方不明中のジンさんは俺には手が出せ
ない。わざわざ俺が手を出さなくても、救助隊に任せれば良いと思
うのだが、若しも、と考えると不安になる。
レベル上げの方法は探索し続けるだけで良いので、その間黙々と
瓦礫を片付けていた。もう既に疲れ果てている子も居るので、その
子たちには甘い物を与えて休ませた。今動いているのは案の定と言
うか何と言うか、ライやルフトと言った友人たちだ。因みに勿論ザ
539
ックも友人だが、シールとラークも友人だと思っている。何か可愛
いんだよ、彼奴等。
その他の俺に対して反感を持っている子たちは、余り働いては居
なかったが正直猫の手にもならないな、と思ったので休み休み作業
をさせている。
こういう場合どうなんだろう。高貴な身分の子に重労働をさせた
とか言われるんだろうか。まぁ親にそう訴える可能性もあるが、そ
の場合は親が取り合わない事を祈る。だが多分そういう子供の親は
似た考えの持ち主なんだろうな、と思うので此処は一つ、ザックに
丸投げしようかと思う。
クロイツェル伯爵家のザックの言う事なら聞くだろ、多分。
あんまり身分如何斯う言いたくないと言いながら、結局身分に頼
ってしまう⋮⋮もっと上手いやり方を見付けたいものである。
黙々と作業を続けては休憩し、時折地上と連絡を取り合う。
一応時計は有るものの、地下に閉じ込められているせいか時間感
覚がおかしい。もう夕方近くでそろそろ暗くなっている頃なのだが、
未だ昼を過ぎたばかりな気もするし、真夜中の気もする。
デュオ先生たちが通り抜けた瓦礫の隙間からは、薄ぼんやりとし
た光が有る気がしないでも無い。地上と繋がって居た筈の昇降機が
地上の光を届けているのかも知れないが、多分ギリギリ活きている
照明だろう。だが照明の魔導具も魔力が無くなれば光を灯す事は無
ラ
い。そうだとすると若しも今の光が日光だとして、日も落ちて光が
イト
届かなくなると、食堂のすぐ向こうは其れこそ闇に包まれる。﹃点
灯﹄の魔法は使えるが、俺たち自身の魔力も心配だ。
今頃はもう見学も終えて、寮に戻っている時間かなーと思うと切
ない。そろそろ夏休みだし、休みの予定を立てようと思っていたの
に、地下に閉じ込められるなんて誰が予想出来たのか。否無い︵反
語︶。
540
⋮まぁ休みの予定と言っても、何時も通りなんだろうけど。
俺の王子としての存在が公にされた割に、行事への出席率が悪い
いぶか
ので何か言われているらしいが、最低限のには出てたし。急に出席
率が良くなっても、訝まれるだけだろう。其れに夏の社交界は避暑
地にその場を移す。紳士諸氏主体の政治絡みでは無く、貴婦人主体
の閨閥絡みとなるので、グッと規模は小さくなる。
そんな訳で何時も通り、鍛練・勉強・弟・趣味、となる予定。
救助活動が難航している、と言う連絡が有ったのは、恐らく冒険
者たちが鉱山に辿り着いてから。騎士団や魔導師団が先鋒で来たの
だが、俺たちが居るのがほぼ最下層という事で、より効率良い救助
経路を探るべく、坑内を探索しているらしい。
昇降機からの最短ルートは、途中の瓦礫の山、鉄骨の壁に塞がれ
て断念したそうな。迂闊に退かすと崩れるとか何とか。
時系列順に言うと、こうなる。
1、地震発生、竜出現︵この時点では不明︶。落盤発生、坑内に閉
じ込められる︵俺たち︶。
2、鉱山関係者、直ちに関係各位に連絡。救助求む。ジンさん行方
不明の為、デュオ先生たち捜索開始。
3、騎士団、魔導師団救助に向かう。冒険者ギルドにて救出依頼、
緊急依頼として近隣の冒険者招集。
4、魔導師団到着後、転移陣設置。鉱員脱出後、竜の存在判明。急
遽緊急依頼の難易度引上げ、上位ランク冒険者招集。地上と地下の
連絡成功。
5、冒険者集まり始める、救助活動開始。デュオ先生捜索続行⋮⋮
﹁え? 今地上?﹂
541
寝耳に水の事実判明。
ヽヽ
ジンさん捜索中だったデュオ先生たちが、誤って地上に戻ってし
まったそうだ。何でも例のヤンさんが、緊急用の離脱符を使用した
そうで。
な に を や っ て い る ん だ 。
あの人
小一時間問い詰めたい。
もうヤンさん冒険者に向いてないんじゃないか? 余りにもダメ
ダメすぎる。アンさんがあれで結構優秀、と言っていたが信じられ
ない。
さて、だとすると尚更ジンさんが心配だ。多分未だ瓦礫に埋まっ
ているか、閉じ込められているかだろう。もう結構時間が経ってい
るのに姿を見せないと言う事は、自力では出られない場所に居るか、
意識不明の状態になっているか。
どちらにしろ若し怪我をしていたら、時間が掛かり過ぎると不味
い。助かるものも助からなくなる。
暫く考えてから決心する。
﹁ザック、ライ、ルフト。直ぐ戻るからみんなの事、任せた﹂
﹁待て、何をする気だ﹂
﹁ジンさんを助けに行こうかと?﹂
ちょっと軽めに言ったら目を剥かれた。
﹁無茶を言うな。デュオ先生でも見つけられなかったんだぞ。君が
行ってどうなる﹂
﹁でも早くしないと手遅れになる﹂
事実だけを言えばザックもグッと詰まる。
542
うん、まぁ無茶な事を言ってるなと言う自覚はある。俺が捜しに
行った所で確実に見つかるとも限らないし。それに、この状況で俺
が居なくなった場合、﹃一人で逃げた﹄と言われかねないな、とも
思う訳だ。
だけどそれ以上に、やっぱりジンさんが心配な訳で。
このまま何もしないでいるよりかは探しに行きたいと思う。俺の
精神衛生上、無事を確認出来なければこの先ずっと気に病む。
だから。
﹁俺は行くよ﹂
︱︱︱そう、言った時。
サーチ
昇降機近くに何かの気配。俺の︻探索︼スキルに引っ掛かった。
人か、其れとも最悪竜か? と焦るが、ごく小さな気配は三つ。
竜では無さそう、となると⋮⋮救助に来た冒険者? 何時の間にか
スキルレベルが上がって、敵意の無い生き物も探知する様になった
か?
試しに探索魔法を一旦解除して、再度掛けてみるとはっきりと人
の気配だと判った。食堂内に子供と大人の気配、昇降機近くに弱々
しい気配。多分地上と地下の中間より少し下に移動する気配。此れ
が冒険者か、と思うと同時に、弱々しい気配はジンさんじゃ無いか
? と気が付く。だが確証は無い。
慌ててもう一度監督室に飛び込み、通信管に話し掛ける。
﹁ヘンドリクセン先生っ! 誰か、寄越しましたかっ!?﹂
雑音の中から微かに返事が聞こえた。
﹁クラウド氏、今デュオ先生が冒険者を二人連れて迎えに行きまし
た。良いですか、落ち着いて三人が行くのを待ってください﹂
543
三人。なら俺が探索した人数と一致する。昇降機から届く気配は
デュオ先生で間違い無い。
﹁判りました、では救助の邪魔にならない様に、今の内に準備をし
ておきます﹂
﹁落ち着いて子供たちを誘導してくださいね。決して無理はしない
事です﹂
﹁はい﹂
状況によるけどね。
話し終えて振り返ると、ホッとした表情のライたちが居た。
そうだよな、救助が来たなら大人に任せた方が良いに決まってい
る。
﹁聞いた通りだ、デュオ先生が戻ってきたらしい。足手纏いになら
ない様に、脱出の準備をしよう﹂
﹁準備と言っても、何をするんだ?﹂
﹁簡単だよ、自分たちの手荷物を持って、落ち着いて一ヶ所に纏ま
る。点呼して人数を確認したら、多分全員一度には無理だから、先
に脱出する奴を決めよう﹂
離脱符は使えば入口に戻してくれる便利な脱出魔導具だが、冒険
者用なので使用人数に限りが有る。確か八人。若しかすると十人?
だが子供は一度につき二人までなので、今地下に閉じ込められて
いる全員を一度には無理だ。
﹁それだけ?﹂
﹁段々少なくなる人数の中、後口になる程長く待っていなきゃいけ
ないんだ、順番決めは重要だと思う﹂
俺がそう言うと納得したらしい。一度に何人救助できるか知らな
いが、薄暗い中で一人、二人と減っていくのをじっと待つ⋮⋮意外
とホラーかも知れない。
取り敢えず女の子は優先だな。あと、協力的で無かったのも先に
しよう。本当は手伝ってくれた子を優先したいけど、文句ばっかり
544
言ってる奴に限って煩い気がするので、サッサと俺の責任下から外
したい。
怪我人とか気分が悪くなった子が居るかも確認しなくては。出し
てしまった非常食は、お菓子は持たせるとして、スープは確か殆ど
空だったから、廃棄しても平気だ。同じく毛布は⋮⋮地上に戻って
から回収で良いか。救助は来たけど、脱出に時間が掛かった場合、
地下は冷える。
食堂に戻って今話した事を伝えると、一様にホッとした明るい表
情になった。アンさんも今まで責任を感じて強張っていた表情が、
少し緩んでいる。後はジンさんか。
でもヤンさんが離脱符を勝手に使って地上に戻ったと聞いて、頭
を抱えていた。気持ちは判る。
そう言えばヤンさんに殴られて気絶していたオッチャンは、やっ
と復活したけど殴られたせいか、顔は腫れてるしやはり脳震盪を起
こしていたのか、ちょっと反応が鈍い。
どうしよう、回復魔法を掛けても良いんだけど、気絶していた時
なら兎も角、意識が有る時に子供に魔法を掛けられるって結構不安
じゃないだろうか。そんな事無いかな? でも念の為、大人だけど
怪我人と言う事で、なるべく早めに地上に戻って貰おう。
一応みんなに説明を終わらせて、俺はやっぱり気になるのでジン
さんを捜しに行く事にした。探知出来る様になり、恐らくジンさん
が居るであろう場所は幸い食堂からは然程遠くない。
多分だが、デュオ先生たちが中々見付けられなかったのは、探索
魔法が使えなかったのも大きいが、灯台もと暗しと言うのも有ると
思う。まさかこんな近くで、と言う奴だ。
待っていれば直ぐにデュオ先生が来るのは判っているし、一度地
上に出たなら多分連れて来る冒険者の内、一人くらいは回復魔法を
使える冒険者だと思う。だけど感じるジンさんの気配は弱々しい。
545
手遅れになりかねないなら、俺も出来るだけの事はしたいのだ。自
己満足だと判っている。
今はみんな誰を真っ先に地上へ送るかで揉めているので、俺の事
は気にしていない。気が付きそうなのはライとルフトだが、ザック
と一緒に説明役を任せているので、気付くのは遅れるだろう。
ただそんな俺の決心は少々遅かった様で、コッソリ食堂を出よう
とした時に、大きな音と共に空気が揺れた。
気が付けば昇降機付近に人の気配。デュオ先生たちが此処まで辿
り着いたらしい。
瓦礫の隙間から漏れ聞こえる声が︱︱︱。
﹁大丈夫か! お前等!!﹂
﹁デュオ先生!﹂
良かった、もう大丈夫だ。
デュオ先生の声が聞こえ、食堂内の雰囲気が一気に明るくなった。
思っていた以上に俺は気を張っていたらしく、肺から大きく空気
が吐き出される。
だが其れと同時に焦った叫び声。
﹁うわ、莫迦やめろっ! 中に生徒たちが居るんだぞ!?﹂
﹁まどろっこしい。大丈夫だ、問題無い﹂
聞いた事の無い重低音が聞こえ、えっ? と思うと同時に目の前
の瓦礫の山が崩れた。
﹁きゃあああっ!?﹂
﹁うわっ?!﹂
飛び散る瓦礫と立ち込める土埃。突然の事に歓喜から一転、阿鼻
叫喚みたいな雰囲気になった。
俺とルフト、ライは戦闘態勢に入り、アンさんも冒険者らしく武
546
器を構えた。瓦礫の向こうにデュオ先生が居るのは間違いないが、
先生の制止を押し切り攻撃を仕掛けた奴が居る。敵だ、と認識した
が⋮⋮その割に続いて聞こえるデュオ先生の声が間抜けだ?
﹁ホラ、早かった、ろう?﹂
﹁バカ野郎! 生徒たちが怯えてるじゃ無いか!﹂
﹁細かい事は気にするな。禿げるぞ、博奕打ち﹂
﹁あんた達いい加減にしなさいッ! オチビちゃんたちの救出が先
でしょ!﹂
なんだこの会話。
土煙が薄くなって視界が開けた先に居たのは、デュオ先生と金髪
のお姉さんと、白い髪の大男だった。
お姉さんの肩には、白い顔をしたジンさんが担がれていて、見る
なりアンさんが駆け寄った。
﹁ジン! 大丈夫なの?!﹂
﹁ああ、動かさないで。回復魔法は施したけど、出血多量で貧血な
のよ。安静にしてあげて?﹂
静かで落ち着いた声の金髪美人だが、どう見ても男である。顔は
ソレ
凛々しい女性、だけど動きやすそうな軽鎧から見える胸はまっ平ら。
まな板と言う問題では無く、男の胸板である。序でに言うなら股間
が。うん、美人だけど、男だ。言われたアンさんが気圧された様に
頷く。
どうでも良いが、俺たちが必死で片付けていた瓦礫があっという
間に無くなった? なにこの徒労感。しかも⋮⋮。
呆然とした俺にデュオ先生が話し掛ける。
﹁クラウド、全員無事か?﹂
﹁は⋮⋮はい、ダイジョウブ、デス﹂
思わず片言で返事をする俺にデュオ先生は不思議そうな顔をした
547
が、視線の先を確認して頷いた。
﹁気にするな。⋮無事で良かった﹂
ポンと頭に大きな手が乗る。頑張ったな、と言われた様で嬉しい。
嬉しいのだが。
何だ、この威圧感と言うか圧迫感と言うか。俺以外誰も気にして
いないのか? いや、デュオ先生と男のお姉さんは気付いているが、
知らない振りをしている。
だらだらと冷や汗と言うか脂汗が流れている気がする。
白髪の大男から、物凄い威圧を感じる。なんだこれ!?
混乱して固まる俺が視線を外せないでいると、白髪の大男︱︱︱
アイスブルー
悔しい事に結構美形。暗い中に立っているが右目に眼帯をしている
のが見え、薄水色の片眸が此方を窺っている。其れが俺を見据えた、
と思ったらニヤ、と嗤われ一瞬で間を詰められた。
﹁見付けた﹂
って、誰、を?
屈んだ男の手が俺の頭を掴んで、上を向かせる。顔が近い、顔が!
﹁アンタが﹃シショー﹄か。子供だが⋮⋮悪く、無いな﹂
﹁な? だ、誰、アンタ?﹂
思わず聞き返すと、破顔一笑、いきなり腰を掴まれ体がグンと持
ち上がった、と思うと肩に担がれた。
﹁わあっ!?﹂
ヽヽ
視界が急に高くなり思わず叫ぶと、男が言った。
﹁俺と遊びに行こう? 愉しいぞ﹂
ナニ言っちゃってんのコノヒト?! と俺が思うと同時に、背後
548
って言うか既に食堂から出ようとしていた男に向かってデュオ先生
やライたちの焦った声が追いかけて来た。
﹁おいッ、何処に行こうとしている!﹂
﹁クラウドを離せッ! 誘拐犯!!﹂
いや、誘拐犯て言うより、愉快犯て気がする。
そんな感想はさておき、俺も大人しく担がれていた訳では無い。
ジタバタ足掻いていたのだが、ガッチリ腕で支えられていて身動き
てい
とれない。両手で背中を殴るも、﹁ソコじゃない、右﹂とか呟かれ、
肩叩きの体になっている。
ヽヽヽヽ
一体全体、ナニがどうしてこうなった!? と言いたい状況だが、
そもそも何処のどいつだ、この白髪眼帯大男ーー!!
⋮下ろせ、と叫びかけてピタリと止める。
あれ? 今、何か引っ掛かった。
先刻、俺は確かにこの男から﹃シショー﹄と言われた。シショー
って、師匠? あれ? 何処で聞いたっけ、この呼び方。
そして年齢や美醜は兎も角、冒険者内だけで無く、広く世間に囁
かれている有名な話。
俺は今何と思った?
白髪、眼帯、大男⋮⋮。
ヽヽヽ
隻眼の白く輝く髪を持つ冒険者。
世界に唯一人与えられた至高の七ツ星︱︱︱隻眼の白豹。
﹁⋮⋮グウィン・レパード?﹂
﹁ああ、宜しく頼む﹂
屈託無く笑うその顔は意外と若かった。
549
550
Lv.42︵後書き︶
閲覧有難うございましたwww
やっと王子と七ツ星が邂逅しました。長かった。
−−−−−
離脱符は使えば∼無理だ。
−−−−−
右目に眼帯をしているのが見え
'16/10/21
この先どうなるかはご想像通り。王子と︵で︶七ツ星が遊びます。
修正情報
−−−−−
↓
↓
'16/07/04
眼帯をしているのが見え
−−−−−
確か離脱符は∼無理だろう。
551
Lv.43 七ツ星と愉快な仲間たち・2︵前書き︶
再び三人称です。
552
Lv.43 七ツ星と愉快な仲間たち・2
落盤現場に辿り着いたグウィンたちを待っていたのは、閉じ込め
られた子供たちの他、魔獣であった。
何を優先させるか、と問い﹃全部﹄と言われたグウィンは即座に
行動を起こす。
﹁了解!﹂
グウィンはそう叫ぶと、暗闇の中に現われた魔獣︱︱︱モルディ
アブロへと剣を向ける。
モルディアブロは地中深くに潜む魔獣で、特徴としてはその背中
の硬い皮膚である。鎧の様に硬い皮膚は幾重にも折り重なり、一撃
では刃を通さぬ程だった。
他の特徴は視力よりも嗅覚の方が鋭い事か。そして鋭い牙と爪を
持ち、太く長い尾と怪力で獲物を切り裂き仕留める。
聴覚も発達しているのだが、生憎目立って狙える場所に有る筈の
そばだ
耳は、身体と同様硬い皮膚に覆われ埋もれている。
普段ならば獲物や敵を捜す為に大きく欹てているのだが、こうい
った戦闘時には大きな耳は邪魔になる為、折り畳み格納してしまう
のだ。頭を潰す勢いで無ければ耳は狙えないし、耳を狙う位ならい
っそ頭を狙った方が早い。
キン、と硬い音と共に弾かれたグウィンは、口笛を吹くと一回転
して体勢を整えた。再びダン、と思い切り地を蹴り跳躍すると、一
瞬で間合いを詰める。
もんどり
そのまま勢いに任せて剣を振り下ろすと、ギン、と鈍い音と共に
モルディアブロが翻筋斗打って倒れる。
しかし勢いだけの攻撃は深い傷にはならず、起き上がったモルデ
553
ィアブロは一吼するとグウィンに向かって突撃してきた。
だが突撃した場所に既にグウィンの姿は無い。そのまま壁にぶち
当たると、坑内が衝撃で揺れる。バラバラと岩盤が崩れ、モルディ
アブロの背中に砂礫が降り積もり、壁にめり込んでしまった頭を抜
こうと暴れる。
其の隙にグウィンはモルディアブロの下腹に滑り込み、腹を十字
に引き裂く。背中と違って柔らかい其の場所だが、皮膚は意外と厚
い。碌に刃が通らないまま、皮だけが削ぎ落とされる。そしてまた
背中を攻撃すれば、当然の様に弾かれた。
﹁ハッ! 硬い、なぁっ!﹂
嬉々とした様子で次々と攻撃を繰り出すが、致命傷には至らない。
腹が弱いと言う事は、その分護りにも対応していると言う事だ。
先程削ぎ落とした筈の場所は、驚異的な速度で再生している。
魔法でも使うか、と思うが狭い坑道で硬いモルディアブロを倒せ
る様な魔法は威力が大き過ぎる。其れに坑道内には特殊な術方が施
され、横方向以外の魔法は然程効かない様になっている。全くと言
う訳では無いが、有効な魔法を探す手間を考えると、物理攻撃の方
が余程有効だ。
下手な事をして共倒れになるのは御免だ、とグウィンは別の方法
を採るべく攻撃を仕掛けた。
足元を狙って威力の低い攻撃魔法を仕掛ける。威力が低いとはい
え、連続で攻撃すればそれなりにダメージは与えられる。何回目か
の攻撃でよろけた所を、体当たりする勢いで飛び込み喉元に短剣を
突き立てた。
ドウと倒れて暫く暴れていたが、未だ致命傷ではない。その証拠
に直ぐに起き上がると身震いして瓦礫を振り落とし、鋭い爪と長い
尾を繰り出してきた。
554
それらをひょいと避け、飛び退ってから﹁鎌鼬﹂と呟く。
ブワリとグウィンの周囲に風が巻き起こり、風の刃となって敵へ
と向かう。だがスパリと切り刻まれる筈の身体の上を、風の刃は空
回りするように表面を撫でるに留まり、霧散してしまう。
然し其れもグウィンとしてみれば予想していた事、寧ろ今の攻撃
みたび
で一瞬隙が出来たのが狙い目だった。 三度跳躍したグウィンは、クルリと身体を回転させて天井を蹴る
と、モルディアブロの硬い背中に刃を突き立てた。甲羅の様に硬い
皮膚だが、皺の部分は柔らかい。其処を狙う。
天井を蹴って加速した事により、剣先に重圧が掛かりズブズブと
刃が沈み、血が吹き出る。辺り一面に撒き散らされた血は、グウィ
ンにも掛かり、白い髪が紅く染まる。
ウオオオオ、と叫ぶモルディアブロがグウィンを振り落とそうと
身を震わせる。其の度に周囲に黒ずんだ血飛沫が飛び散った。
﹁ハハッ! 流石にしぶとい、なぁ? そうこなくちゃ面白く無い
!﹂
返り血を浴びて嗤いながらモルディアブロの背中から飛び退ると、
グウィンは血を払った双剣を腰に収め、別の得物に換えた。
懐の道具袋から取り出したのは大剣で、腰を落とし構えると血を
撒き散らしながら尚も向かってくるモルディアブロの鼻先を薙ぎ払
う。
グウィンが鼻を狙ったのは勿論嗅覚を封じ込める為である。狙い
通り鼻先を抉る様に切り裂くと、モルディアブロは完全に我を忘れ
て猛り狂うが、既に遅い。
前肢から繰り出される攻撃は当たれば痛いが、避ければ次の動作
まで間が空く。勿論此れはグウィンにして見れば、であり、普通の
冒険者であれば︻敏捷︼スキルを使ってやっと避けられる程度だ。
避けられてますます興奮するモルディアブロは形振り構わず突進
555
し、尾を振り回し、吼え立てた。其の度にグウィンが大剣で背中を
もが
薙ぎ、刃を沈ませる。一度硬い皮膚が剥がれれば、其処から肉を削
れば良い。
瞬く間にモルディアブロは全身を切り刻まれて、崩れ落ち踠きな
がら絶命した。いざ倒れてみれば意外と呆気ないものである。
此れで終わりか、と物足りなく思っていたグウィンだが、瓦礫の
山の向こうから未だ湧く魔獣の気配に口角が上がり、敵を迎えた。
敵の存在を指摘したグウィンは、暗闇の向こうで既に戦闘に入っ
ている。時折吼える獣の声にオリヴィエは顔を顰めた。
ドラコナ
蝙蝠や小さな虫や獣は元々居たのだが、今彼等の目の前にいるの
は本来居ない筈の魔獣。其れを知り微睡竜国ギルドマスターのオリ
ヴィエは苦々しく呟く。
﹁不味いわ、竜の他に魔獣まで出たとなると︱︱︱若しかしたらこ
の鉱山は迷宮化しかけているのかも知れないわ﹂
﹁迷宮化? まさか? 今も稼動している鉱山だぞ?﹂
デュオが慌てて訊ねる。
迷宮︱︱︱其れは冒険者にとっては攻略すべき場所である。迷宮
内に蠢く魔獣や魔物はフィールドに存在する其れ等とは比べ物にな
らない程の強さを持ち、腕試しには恰好の相手であり、また素材と
しても高値で取引出来る。
そもそも迷宮は魔界への入口とも言われている。魔界から何らか
の切っ掛けで場所が繋がり、其処から魔素が漏れ出る。魔素に侵さ
れた獣が魔獣となり、小さな綻びから魔物が出現する。それら討伐
対象を狩るのが冒険者だ。
迷宮の出来る切っ掛けとなる僅かな綻び、魔界への入口。其れを
封じるのが冒険者の、ギルドの役割である。迷宮化する前に綻びを
封じられれば被害は少なく、迷宮化した後も定期的に討伐すれば被
556
ドロップアイテム
害は抑えられる。ただ爆発的に魔物が増えてしまった場合、討伐し
て手に入る魔物の宝や素材に対し蒙る被害は甚大であり、そうなら
ない為に早く封じるのだ。
デュオの問いにオリヴィエも真顔で答える。
﹁例が無い訳じゃ無いわ。早く子供たちと行方不明者を助けて地上
に戻らないと、何が起きるか判らないわ。急ぐわよ﹂
﹁おう﹂
元よりそのつもりだ。デュオがそう言うとオリヴィエも頷き、二
人は直ぐに捜索を始めた。
先程グウィンが探索した時に教えてくれた、ジンの居るであろう
場所に向かうと、やはりと言うかその場所は瓦礫に埋もれていた。
此処まで近寄れば、探索スキルの無いデュオでも気配で何かが居
るのが判る。此れでジンでは無く鉱山に住み着いている小動物や魔
獣だと笑えないが、オリヴィエの﹁人間ね﹂の一言でジンだろう、
と判った。
﹁早い所掘り出さないと不味いわね⋮⋮気配がかなり薄いわ。デュ
オちゃん、貴方この瓦礫の山を如何にか出来る魔法は知らない?﹂
﹁魔法使いじゃあるまいし、そんな都合の好い魔法は知らないぞ﹂
﹁そうよね∼。⋮とすると物理で掘り出すしか無いかしら?﹂
私の知っている魔法じゃ上手く調整出来なそうだし。そう言いな
がら作業を始めるオリヴィエに、デュオも手伝う。
大きな瓦礫が多いが、そのお陰で隙間が多く出来ている。細かい
土砂となった部分は仕方無いとして、大きな物なら筋力強化をすれ
ば退かすのは訳無い。
そんな訳で二人掛りで瓦礫を退かすと、土砂に埋もれた頭が見え
た。
﹁ジン!﹂
埋もれた場所を慌てて退かすと、血の気の引いた白い顔が現れる。
557
幸いと言って良いのか、土砂に埋もれていたとは言え瓦礫によって
出来た隙間のお陰か、呼吸は出来ていた様だ。口元に手を当てると
僅かだが脈も呼吸も確認出来た。
﹁何をしている﹂
ジンの身体を掘り出そうとしている所にグウィンが戻る。
全身血塗れだが、怪我が無いのは見て取れた。なのでオリヴィエ
は視線を戻すと、作業を続けながら言う。
﹁見て判ンでしょ。掘り出してンのよ。グウィンちゃんも手伝いな
さい﹂
﹁面倒臭い﹂
エスタッスーラヴァスルァシルヴェント
ネポルティミルダヴェンテットギィマル
言うなりグウィンは二人を退かすと、呪文を唱えた。
ディスバティタロコンギィガスサブルォ
カッシスルァコルポー
﹁岩は砕かれ砂になり、其が纏いしは風の精。優し風を纏いてその
身を現さん﹂
ルーン
魔法が紡がれると同時に光が舞う。その光が瓦礫と土砂に吸い込
まれると、ジンの身体を覆っていた土砂がサラサラと崩れて落ちて
行った。そのままジンの身体がふうわりと浮き上がり、ゆっくりと
移動するとオリヴィエたちの前に下ろされた。
﹁⋮ちょっと、私たちの苦労を返して﹂
何分でも無かったが今までの労力が無駄になった気がしてオリヴ
ィエが呟いたが、グウィンは首を傾げただけだった。その間にデュ
オが意識の無いジンの容態を確認する。
打ち身による痣が彼方此方に見え、所々出血も見える。どうやら
肋骨も折れている様で、若しかすると内臓も、となれば一刻を争う。
﹁ジン、回復薬だ! 飲めるか?﹂
背中を支えて薄く開いた口に回復薬を注ぎ込むが、注ぐ端から零
れ落ちる。それでも少しは効果が有るのか、ジンの瞼が震え意識が
戻りつつある事を知らせてくれる。
﹁う⋮⋮?﹂
558
﹁気が付いたか!?﹂
呻くジンに問い掛けるが、はっきりしない。どうも未だ朦朧とし
ていて覚醒には到らないらしい。
仕方が無い、このまま運ぶか、と思っている所で﹁まどろっこし
い、貸せ﹂とグウィンがデュオの持っていた回復薬を奪い、口に含
むとそのままジンの口に流し込んだ。
ギョッとして固まるデュオとオリヴィエを尻目に、グウィンは二
本目の回復薬を口移しで与え、漸くジンの意識が浮上した。
ヒール
﹁あ⋮⋮? オレ⋮⋮は、⋮つっ!?﹂
﹁喋るな、阿呆。治癒﹂
意識が戻れば痛みも感じる。体中の痛みにジンが思わず呻くと、
グウィンがすかさず治癒魔法を施した。
痣や切り傷が薄くなり、出血が止まった。痛みは未だ残るが、我
慢出来ない程では無い。
回復薬で癒せるのは、切り傷や擦り傷程度で、後は専ら気力の回
復となる。
ジンの場合は回復薬で癒せる怪我では無く、其れでも使用したの
は寧ろ気力を回復する事による自己治癒能力を高めさせるのが目的
であった。
意識が戻った所で傷の痛みに耐えられない様では死ぬしかない。
今はそういう状況だ。
然し回復薬で軽い怪我と気力の回復、そして治癒魔法による手当
てでジンの容態は格段に良くなった。後はゆっくりと治療師に任せ
るなりすれば良い。
﹁その⋮⋮俺は一体⋮⋮?﹂
ジンの意識が戻り真っ先に目に入ったのは、秀麗な金髪美人の顔。
其れと護衛対象の教師と白い髪の男。
﹁地震が起きたのは覚えていて? 落盤事故よ。そのせいで貴方は
559
瓦礫に閉じ込められたの﹂
﹁そう⋮⋮か。助けてくれたのか、ありがとう﹂
何が起きたのか理解出来ていなかったが、言われてそう言えば、
と思い出す。
地震の後、子供の声で机の下に潜れと聞いた。その直ぐ後に落ち
てきた天井を思い出し、ジンはブルリと震えた。下手をすればその
まま潰されていただろう、運が良かったとしか言い様が無い。
﹁私はドラコナギルドマスター、オリヴィエよ。一応回復薬と治癒
魔法を施したけど⋮⋮立てる?﹂
﹁⋮多分﹂
言われるまま立ち上がろうとした所で足に痛みが走り、﹁うっ﹂
と呻く。すると呆れた様な重低音が脇から届く。
しゃく
﹁やめとけ。肋骨のほか、腕と足がやられている。肩を貸して貰っ
た方が良い﹂
﹁アンタは?﹂
﹁自己紹介は後だ、未だ終わってない﹂
ジンの質問に答えずグウィンは食堂の方向を顎で刳る。
食堂には未だ子供たちが取り残されている。
其れを思い出し、オリヴィエたちは急いで移動を開始した。
はふ、と寝椅子から起き上がると傍に備えてあった水を飲む。
もそもそ動く気配に、ヘスぺリア皇帝レオハルトは書類から顔を
上げ、声の主である彼の伴侶・千里に問い掛けながら足早に近付い
た。
﹁センリ、具合はどうだ?﹂
﹁少し横になったらマシになった⋮⋮。陛下、ギルドから何か連絡
有りましたか?﹂
体調不良を訴えて数日、悪くはないが良くも無いと言う状態でギ
560
ルドから連絡が有ったのは昼過ぎ。エーデルシュタインの王子と千
里に浅からぬ縁が有ると知っていたギルドマスターより、彼の国で
事故が有った事を報告してくれたのだ。
千里の剣の師匠だった蔵人の転生後の少年・クラウドと再会して
から此方、行き来は無いが連絡はしていたので、クラウドが一年繰
り上げ学校に通っているのは知っていた。そして鉱山見学に行く予
定も把握していた千里は、直ぐにエーデルシュタインに事実確認を
し、クラウドが事故に巻き込まれた事を知るや否やギルドに指名依
頼を出した。七ツ星を指名する、と。
元々グウィンにも緊急依頼として招集が掛かっていたので、千里
からの指名であればグウィンも断るまいとギルドマスターは依頼を
パ
承認し、序でにグウィンが確実に依頼を請ける﹃魔法の言葉﹄を教
わった。
パ
ハハ
内容は何と言う事も無い、単に言う事聞かなきゃレオハルトを義
父と呼ばせるぞ、と言うだけである。千里が義母なのだから可笑し
くは無いが、此れは双方厭がる呼び方なので、有効な脅しである。
三歳しか違わないのに義父・義息と呼びたくない気持ちは判らない
でも無いが、当の義母が年下なのは良いのか、と聞きたくもある。
だがどうせ﹁ハハはハハだろ?﹂と言われるだけだろう。
千里の問い掛けにレオハルトもあっさり答える。
﹁無理はするな。⋮連絡は無いな。グウィンが行ったんだろう、直
ぐに解決する﹂
﹁⋮それなら良いんですけど。ユキちゃんだからなぁ⋮⋮チョッと
心配﹂
むむ、と唸っている間にレオハルトの膝に座らせられる。座り心
グウィン
地が悪いと文句を言おうと思ったが、伝わる体温が心地好いので良
しとした。
千里としても義理の息子の実力を疑う気は毛頭無い。伊達に七ツ
星の冒険者になど成れる筈も無いし、育ててもいない。⋮千里が関
561
わったのはそう多くはないので、概ね四精と四神の教育の結果でも
ヽヽヽヽヽ
あるのだが。とは言え懐かれ好かれる程度には教育している。
だからこそ懸念する理由も有ったりするのだ。
センリ
﹁何が不安だ、言ってみろ﹂
伴侶が自分以外の男の事を考えるのが気に入らなく、苛立たしげ
に訊ねる。だが応えの代わりに﹁庭に出たい﹂と告げられる。
訝しみながらも抱き上げて移動すると、その間に説明される。
救助活動
﹁ユキちゃんは面倒臭がりのクセに、厄介事とか愉しい事が好きな
戦闘狂なんですよ。事故に加えて竜も出たってなると、目的が後回
センリ
しにされそうなんですよね⋮⋮﹂
﹁お前とそっくりだな﹂
﹁だから心配なんじゃ無いですかさ﹂
と言う訳で、と庭に出るなりレオハルトの腕から抜け出ると、蹲
んで地面に手を置き話し掛ける。
くろき
﹁ルンちゃん、玄姫ちゃん。お願いが有るのだけれど﹂
途端、ポコリと地面に穴が開き、白い髭の小人と小さな亀が顔を
覗かせた。
﹁何じゃ千里よ、言うてみい﹂
﹁千里、おねがいなぁに?﹂
各々の問い掛けに千里も居住まいを正し、願いを口にする。
﹁では、﹃我が名は千里、遠き道を目指す者。我が名付けしルンペ
ルシュテルツキン、大地の精霊王と、同じく玄姫と名付けし聖獣玄
武。我等が養い子グウィン・レパードと、水の杜の客人と認められ
しクラウド・アルマースの助力を﹄お願いします﹂
よ
一息で其れだけ言うと、目の前にいた小人と亀の姿が変わる。
﹁宜かろう﹂と言うのは背の高い金髪の青年、大地の精霊王。
562
﹁ん、わかった﹂と答えたのは黒髪の幼女、大地を司る聖獣玄武。
詳細を言わなくとも判っていたのか、短い答えと共に二柱は揃っ
て姿を消した。
それを見送り、ホッとした所で千里の体が再び抱き上げられる。
ギョッとして縋り付いたのはレオハルトの首で、そのまま元の部屋
︱︱︱皇帝の執務室へと運ばれた。
﹁此処数日体調が勝れんのだ、無理はするな﹂
﹁⋮は∼い﹂
そう言う割に仕事部屋へ自分を連れ込むのもどうなんだ、と言い
たい所では有るが、体調不良を理由に色々我慢させている自覚は有
るので大人しくする。何より皇帝にすら幼馴染みの気安さで他人の
目が無ければ言いたい放題の宰相が、仕事さえきちんとこなせば問
題無いと黙認している。ならば良いか、と千里は降ろされた寝椅子
で寛ぐ事にした。
レオハルトにしても好奇心旺盛でフットワークの軽い千里が、自
しごと
ら鉱山に乗り込んで行かない事にホッとしている。だからこそ余程
体調が悪いのだな、とも思うので早く義務を済ませて私室に戻り二
人で寛ごう、と思う。
端から見たら邪魔な存在の筈の千里なのだが、レオハルトの仕事
効率はぐんと上がり、何時もより早く執務を終わらせる事が出来た
のだった。
取り次ぎの許可が出るや否や、部屋に飛び込み姉の姿を探す。
﹁王妃陛下、御無沙汰致しております。この度の事、御心痛御察し
致します﹂
﹁ああ⋮⋮ミクロス⋮⋮。こんな時に他人行儀は止めて。姉と呼ん
で?﹂
﹁はい、姉上。﹂
泣き腫らした表情も美しい王妃、ソフィアに弟のミクローシュも
563
素直に態度を臣下の其れから身内のものへと切り換える。
学校で授業を受けていたミクローシュに落盤事故の情報が入った
のは、側近でありザハリアーシュの兄でもあるイクセルが血相を変
えて帰宅する旨を伝えてきた時だ。
何があった? と訊くも、イクセル自身詳しい情報を手に入れて
ないからか要領を得ず、どうやら弟が事故に遭ったらしいと伝え、
その場を辞して行った。
その直後ミクローシュも父・エステルハージ侯爵から呼び出され、
二人揃って王城へ向かう事となった。
この頃には学校に連絡が入ったらしく、既に関係者は帰宅してい
たが他の生徒たちも帰宅し自習する事となっていた。
城へ向かう馬車の中で聞いたのは、鉱山見学に出掛けた子供達が
落盤事故に巻き込まれたと言う話だった。そしてそのまま城に着け
ば、新たな情報︱︱竜の出現︱︱が入り、侯爵はそのまま緊急会議
に出席、ミクローシュは﹃姉﹄を慰める為、王妃の部屋へ向かった
と言う訳だ。
憔悴した姉に、ミクローシュは声を掛ける。
﹁姉上、その様に泣いていては、デュー殿下も心配なさいます﹂
むずか
﹁ぁ⋮⋮そ、うね⋮⋮。ごめんなさいね、デュー。私が泣いていて
は貴方も不安ね﹂
言葉通り不安なのか、憤る第二王子をあやし始める。暫くすると
落ち着いたのか、王子は鼻を鳴らしながら眠りに誘われていった。
乳母が手を伸ばすと、王妃は首を振った。幼子の体温と腕に掛か
る重さが、王妃の不安を和らげてくれているのだ。
そう伝えれば乳母も侍女たちも、無理に王妃から王子を取り上げ
る様な真似はしない。薄いショールを二人に羽織らせ、長椅子に座
らせると壁際に下がった。
薄く微笑んで感謝の意を表すと、ミクローシュは姉の隣に座り背
564
中を撫でた。
﹁大丈夫ですよ、姉上。クラウド殿下は優秀な方です。きっと無事
クラウド
に戻りますから、泣いていては逆に心配を掛けますよ﹂
﹁ええ、あの子が優秀なのは判っているわ。でも、それでも、あの
子は未だ五歳なのよ? 未だ小さいのに⋮⋮﹂
姉の言葉にミクローシュも何と言って良いのか判らず、目を閉じ
る。瞼に浮かぶのは、ヤンチャで腕も弁も立つ甥っ子の姿。
︱︱︱正直、クラウドが困る姿が思い浮かばない。
下手をしたら嬉々として竜討伐でもしているのでは無かろうか、
と考えてしまうのだが、我が子の無事を祈る姉相手に、安否の判ら
ない今現在言うべき事では無いな、とグッと我慢する。その代わり
姉が一番理解し易いであろう現実を指摘する。
﹁見掛けは幼くとも、異世界の成人した人間の知識が有るのでしょ
う? ならばその知識で以て、危険を回避しますよ﹂
﹁⋮そう⋮⋮かしら?﹂
不安そうな顔が幾分か和らぐ。
クラウドが転生者と言う事は既に王家の関係者の中では公然の秘
密となっている。当然ミクローシュも知っていたが、どの程度の記
憶持ちかは明確にはされていない。
然し真っ先にその事を告白された両親、つまり国王と王妃はどの
程度かまでも熟知している。下手をしたら仮令我が子とはいえ他人
の、然も成人男性の記憶を持つ子供など、拒否反応を示しても可笑
しくは無いのだが、クラウド自身前世は前世、と割り切っている。
その上、幼い身体に引き摺られたのか、思考は兎も角、精神面は年
相応か少し上、位である。素直に甘える姿を見れば、その中に成人
男性の記憶が有ろうとも、可愛い我が子にしか見えない。
だからこそこうして事故に巻き込まれてしまったとなれば、やは
りどうしても心配になる。
565
だが逆に考えれば確かにミクローシュの言う通りだ。幼くとも知
識量はその辺の大人顔負けである。そんなクラウドが危険に曝され
て、手を拱いてじっとしているとは思えない。きっと最善の手を尽
くそうとする筈である。
姉の和らいだ顔に、あと一押しとミクローシュは言葉を添えた。
﹁そうですとも、我が甥っ子のヤンチャぶりは姉上だって御存知で
しょう? ひょっとしたら救助に向かっているヤーデ将軍や、ブラ
ウシュタイン侯爵の到着を待たずにあっさり脱出しているかも知れ
ません﹂
﹁まぁ、ミクロスったら⋮⋮﹂
クスリと笑みを零す姉の姿にホッと胸を撫で下ろす。
軽口を叩いたとは言えミクローシュも心配しているのだ、冗談で
も本当になると良い、そう思う。
一方で話題に上っていた二人であるが、クラウドに惚れ込んでい
るヤーデ将軍は冒険者ギルドと連携を取り、陣頭指揮を行っていた。
本当は先頭に立って捜索に当たりたかったのだが、クラウドに万
が一の事が有った場合、何をしでかすか判らないと言うのと、折角
身分を隠して学校に在籍しているのに、形振り構わず殿下殿下と叫
ばれても困るだろう、とブラウシュタイン侯爵・ナイトハルト・サ
ーペンタインに説得されたからである。言われてみれば確かに叫ば
ない自信は無い、と大人しく︵?︶後ろに下がって指示を出してい
る。
クラウドには厳つい顔をデロデロに崩した、好々爺然とした姿ば
かりのヤーデ将軍だが、紛いなりにも軍の最高幹部にまでなった人
物である。いざ実務となればその能力は遺憾無く発揮する。騎士団
も其れを知っているから、安心して指示に従うのだ。
五人体制で見学用と稼働中の坑道、それと壊れた昇降機からの三
566
ヶ所を探索経路に選んだのは、やはり時間が無いからと言うのが大
きい。
竜が発見されてから既に数刻経っている。今は大人しく鉱山の奥
に潜んでいる様だが、何時何処に出没するかは定かで無い。
最優先すべきは子供達の救出であり、竜は種類に因っては交渉の
余地有りと言う事で二の次となっている。探索路の基準は其れに尽
きる。
一番早い昇降機からの経路は余りに壊れて足場も無かった為、一
時候補から外れていたが、その後七ツ星率いる冒険者が道筋を作っ
てくれたので、今は子供達救出後の脱出経路とする為に、瓦礫の撤
去を始めている。此方はドワーフが中心となって冒険者を交えて行
っている。
見学順路は一番被害の大きい経路で、此処は魔術師一名、騎士又
は冒険者二名、ドワーフ二名で何隊か作り捜索に当たっている。ド
ワーフと魔術師は瓦礫の撤去や経路の確保、騎士・冒険者はその補
佐と警護に当たる。
そして竜が出たと連絡の有った坑道は、ドワーフと魔術師は各一
名、騎士三名の隊か冒険者五名の構成となっている。稼働中と言う
事もあり、足場が多く組まれた坑道は、多少崩れたものの通れない
訳でも無い。気を付けるべきは竜であり、竜対策としての構成であ
る。
見学用鉱山とは、複雑に絡み合った坑道の奥深くで繋がっている。
ドワーフはその案内人である。
﹁サーペンタイン隊長、此方は行き止まりです﹂
部下の報告に﹁そうか、ご苦労だった﹂と頷き、ドワーフと経路
の確認をし直す。
進んで行く内に崩れた箇所が多くなり、迂回路を選ぶにも迷路の
様に入組んだ道は下手をすれば遭難する恐れがある。尤も最悪そう
なった場合の為に、緊急離脱府を持っている。地上には戻れるので
567
迷ったとしてもどうと言う事も無いが、道半ばにして離脱した、と
言うのは避けたいとナイトハルトは思っていた。
だからと言って危険に曝す事も出来ない。上手く良い道筋が見つ
かれば良いと思いつつ話し合いを進めていると、切羽詰まった声が
上がる。
﹁隊長! 敵襲です!!﹂
﹁なに!?﹂
問い返すと同時に羽ばたく音と共に何かが飛んできた。
咄嗟に腰の短剣を投げると、﹁ピイィッ!!﹂と鳴いてバサリと
落ちた。蝙蝠である。
良く見れば天井付近あちこちに犇めき蠢きあっていた。
﹁良く見ろ! ただの蝙蝠だ、落ち着け!﹂
竜が潜んでいると言う不安から、疑心暗鬼になっている様だ。落
ち着かせようと声を張り上げた所で、同行していたドワーフが慌て
始めた。
﹁お待ち下せぇ、閣下。此の近辺にゃ蝙蝠なんぞ出なかった筈だに、
あんなに居るのは妙ですわい﹂
﹁本当ですか?﹂
頷くドワーフにナイトハルトは険しい顔で考え込む。
確かに幾ら蝙蝠が好む環境とは言え、此処まで奥深くでは餌を取
りに行くのも儘ならないだろう。何らかの要因があって集まってい
る筈だ。
考えて行く程に悪い予感が過る。
そんな中で蝙蝠が一斉に飛び立ち、坑内が騒然となる。
﹁落ち着け!﹂と声を張り上げても、何万と襲ってくる蝙蝠に焦ら
ない方がおかしい。訓練の賜物か撃退するのは容易だが、如何せん
数が尋常では無い。ドワーフを下がらせ、魔術師を援護しながらナ
イトハルトが周囲を探ると、蝙蝠たちの居たずっと先に二回りほど
大きい﹃何か﹄が見えた。
ゴウ、と魔術師の繰り出した炎が蝙蝠たちを一掃すると、その炎
568
に煽られ﹃何か﹄が動いた。
二回り大きい体に、紅く混濁した眼。
﹁魔獣化したか⋮⋮!﹂
ナイトハルトの呟きに呼応するかの様に、雄叫びを上げて襲い掛
かってきた。
口から衝撃波が出され、其れを剣で受け止める。すかさず魔術師
が筋力強化と防御強化を立て続けに施し、部下たちが応戦する。一
匹かと思いきや、魔獣化した蝙蝠は未だ居るらしい。次々と現れて
は倒れる蝙蝠に、ナイトハルトは珍しく舌打ちした。
竜の出現に魔獣化した蝙蝠、と来たら想像するのはこの坑道の深
部が迷宮化しつつある、か、既に迷宮と化したか、である。
ドワーフ
それは部下たちも考えたらしく、一様に表情が堅い。こうなると
ナイトハルトのとる手段は一つである。民間人の速やかな保護と、
状況の報告。
マッピング
﹁ディラン殿、各隊に向け伝達魔法は出来ますか?﹂
﹁今しました。それと此処までは地図化してありますから、何時で
も脱出出来ます﹂
斥候からの報告用として伝達魔法は使われる。ナイトハルト隊は
斥候では無いが、結果としてそうなっているので、情報の共有は重
要だ。そしてこの地点までの地図が有るのならば、民間人を危険に
曝す事も無い。魔獣が出た、迷宮化の恐れあり、と連絡が行けば他
の部隊も同じ決断を下すだろう。
ディランの返事にナイトハルトは部下たちに通達した。
﹁これより一時退却する! 地上に戻り装備確認、状態確認した後
隊を再編して魔獣討伐へと切り換える!﹂
﹁はっ!﹂
返事を確認し離脱府を使う。グニャリと視界が歪んだ後、爽やか
な空気が地上に戻った事を知らせた。
569
ナイトハルトがヤーデ将軍に口頭で報告してから、現状の再確認、
再編成を行っていると、彼等に続き、他の隊も地上に戻り、回復部
隊に状態確認された後、部隊を再編していった。
﹁ラインハルト、クラウド殿下⋮⋮御無事で⋮⋮﹂
ナイトハルトは各隊に指示を出しながら、小さく息子と甥の無事
を祈った。
救出したジンを気遣いつつ昇降機付近に戻ると、食堂は直ぐ其処
である。小さく漏れる明かりに堪らずデュオが駆け寄り声を掛けた。
﹁大丈夫か! お前等!!﹂
﹁デュオ先生!﹂
瓦礫の向こうから幼い声と歓声が聞こえ、オリヴィエもホッと息
を吐く。どうやら元気で居てくれたらしい。
安心すると色々気になる面も見えてくる。
﹁デュオちゃん、貴方良くこんな穴から脱出出来たわねぇ⋮⋮感心
するわ﹂
﹁うるせぇ、必死だったんだよ!﹂
赤くなって言うが、実際改めて見ればデュオたちが食堂から出る
為に使った穴はかなり小さい。否、今ある穴はどうやら子供達が少
し広げたらしい、とも気付く。
穴から続く斜面は瓦礫で崩れやすくなって危険だし、脱出した時
の必死さが窺える。
さて同じ場所を子供達にも使わせるのはどうだろう? 危険では
無いか? と思案していると、ジンを担いでいたグウィン︱︱結局
身長差やらジンの怪我の様子、経過時間等諸々を考えている内に面
倒臭くなったグウィンが、ジンを無理やり担ぐ事になった︱︱が何
を思ったかいきなりジンをオリヴィエに投げて寄越した。突然大の
570
大人を投げて寄越され、咄嗟に対処出来ず尻餅をつくが、続くグウ
ィンの行動にギョッとする。
既に瓦礫を片付けようと手を出し始めていたデュオを退かすと、
グウィンは魔法で周囲を強化し、徐に大剣を取り出した。
﹁うわ、莫迦やめろっ! 中に生徒たちが居るんだぞ!?﹂
﹁まどろっこしい。大丈夫だ、問題無い﹂
何をしようとしているか判ってしまったデュオが慌てて止めるが、
聞くグウィンでは無い。
瓦礫に向かい大剣を構えると、そのまま縦横に剣を振るい、仕上
げとばかりに蹴り飛ばす。強化の他に弱化も施していたのか、厚み
の有る筈の瓦礫の山は瞬く間に崩れ、土埃が舞い上がる。視界が思
いの外悪くなった。
﹁まずい、﹃視界良好﹄﹂
小さく呟くと土埃が無くなり視界が開ける。ただしその僅かな間
に食堂内からは悲鳴が上がっていた。
﹁ホラ、早かった、ろう?﹂
穴自体は見事に開いていたので、しれっと言ってみた。が。
﹁バカ野郎! 生徒たちが怯えてるじゃ無いか!﹂
デュオ・アレイア
やはり怒られた。だが結果良ければ凡て良し、とばかりに肩を竦
めて言い返す。
﹁細かい事は気にするな。禿げるぞ、博奕打ち﹂
﹁あんた達いい加減にしなさいッ! オチビちゃんたちの救出が先
でしょ!﹂
オリヴィエに一喝されて慌てて食堂に走るデュオ。グウィンはと
言えば、思う所有って瓦礫の手前で佇む。
産毛が逆立つ程度
フ、とほんの少しだけ周囲を威圧する。ほぼ誰も判らない程度で、
知れるとすれば相当の手練れだ。実際気付いたのはオリヴィエのみ
で、訝しげに見られたが肩を竦めて見せれば﹁あまり遊ぶな﹂と唇
の動きだけで注意されたので、グウィンも﹁気にするな﹂と伝える。
571
オリヴィエ以外気付かないか? と少々がっかりしていたが、小
さい子供の中に一人だけ様子の︱︱︱毛色の違う子供がいた。
何やら固まっているのでもう少し判り易く威圧を掛けると、デュ
オも気付いた。不審げにグウィンを見遣るが、オリヴィエ同様気に
しない様伝えると、困った顔をしたがそのまま子供たちの無事を確
認し始めた。
毛色の違う子供は引き攣った表情で固まっている。
金の髪に青灰色の瞳。
誰も気にはしていないだろうが、グウィンには感じられる慣れ親
ハ
しんだ気配。ラディン・ラル・ディーン=ラディンの加護の持ち主。
ニヤ、と嗤うと、グウィンは一瞬で間を詰めて呟く。
﹁見付けた﹂
屈んで子供の頭を掴んで、上を向かせる。
ハ
悪くは無い、良い目をしていると思う。流石ラディンが認めて千
里が師匠と呼ぶ筈だ、と納得する。
以前からちょくちょく聞いていたのは、千里の師と呼べる人物が
この世界に転生していると言う話。
昨年千里がその師とヘスぺリアで再会して以来、ギルドからも千
里からも報告を受けていた。呼ばれるのは厭だがマザコンを自他と
もに認めているグウィンとしては、千里からの楽しそうな報告は余
り良い気分では無かった。然しそれ以上に楽しげな千里に、異世界
での拠り所が増えた事は喜ばしい事と思っているので一度会ってみ
たかった。
その相手が目の前に居る。
572
﹁アンタが﹃シショー﹄か。子供だが⋮⋮悪く、無いな﹂
﹁な? だ、誰、アンタ?﹂
威圧に負けず目を見て聞き返す子供︱︱︱クラウドに、破顔一笑
すると、グウィンはいきなりクラウドの腰を掴み、肩に担いだ。
﹁わあっ!?﹂
ヽヽ
叫ぶクラウドに、グウィンは愉しげに言う。
﹁俺と遊びに行こう? 愉しいぞ﹂
そのまま目を白黒させているクラウドを肩に担いで食堂を出よう
とすると、背後から焦る声と足音。
﹁おいッ、何処に行こうとしている!﹂
﹁クラウドを離せッ! 誘拐犯!!﹂
振り返ればデュオと子供数人が追い掛けて来ていた。
面倒だな、と思いつつさて何と言い訳をしようかと考える。
﹁遊びに行く﹂等と言えば確実に止められるし、かと言って此処で
無理に連れ去っても後で何を言われるやら、と独りで無い事に不自
由を感じるのは普段好き勝手に行動しているからか。どちらにせよ
何か言わないと、と肩で暴れるクラウドを往なしながら考えている
と、突然クラウドが暴れるのを止めた。
おや? と思い視線を廻らせば、クラウドも困った顔でグウィン
を見詰める。
﹁⋮⋮グウィン・レパード?﹂
﹁ああ、宜しく頼む﹂
戸惑うクラウドに微笑みかける。
さて、これから愉しくなるぞ、と笑ったが、何故か周囲は蒼くな
ったのだった。
573
574
Lv.43 七ツ星と愉快な仲間たち・2︵後書き︶
閲覧有り難うございましたwww
少々長いですが、キリが悪いのと合流まで行けたので、三人称は終
わりです。またやるかも知れませんが︵笑︶
王子付きの侍女・侍従の事も触れようかなぁと思ったのですが、こ
れはまぁ⋮⋮予想通りだと思うので、省きました。
登場人物が多過ぎて作者も混乱してます。
この話の中で一番真面目に心配しているのは、多分ナハト叔父さん
です。
575
Lv.44︵前書き︶
|ω・`︶⋮スミマセン
576
Lv.44
俺が抵抗を止めたと同時に、背後からまた呼び止められる。
﹁グウィンちゃん? その子を何処に連れて行く気?﹂
すっとこどっこい
男のお姉さんが厳しい顔で言うと、グウィンさんはけろりと悪び
れもなく答えた。
﹁何処に? 遊びに行くだけだが?﹂
﹁ソレが何処かと訊いているのよ! 馬鹿野郎!!﹂
﹁そう怒鳴るな、チビたちが怯えるぞ?﹂
﹁誰のせいよ⋮⋮﹂
ハァ、と溜め息を吐くお姉さん⋮⋮お兄さん?
空気を叩こうと無駄な努力
大鋸屑に
この短い時間で判った事は、このグウィン・レパードと言う男は
杭打
他人の話を︵聞いても︶聞かず︵無視して︶、暖簾に腕押し・糠に
釘だと言う事だ。
担がれながらどうしたら良いか判らず大人しくしていると、クル
リと体勢を変えられ、グウィンさんの胸の前に両腋を掴まれてぶら
下がる状態になった。⋮どうでも良いがデカイな、この人。二メー
トル近いぞ? 俺の爪先が床からかなり遠いんですけど? ブラブ
ラーンと空中遊泳。
⋮等と現実逃避な事を考えている間に、頭上で会話が続いていた。
﹁ハァ⋮⋮、兎も角! グウィンちゃんが迷宮化を止めてくれるな
ら、願ってもない事よ。だけどその前に私達がやらなければならな
い事は、子供達の、救・出!なの! 判ってンでしょうね?﹂
﹁あぁ、忘れてた﹂
ケロリと事も無げに言うグウィンさんに、再び大きくタメ息を吐
577
いたお姉さん⋮⋮もうオネエ様で良いか。
何となく苦労してるんだな、と思った。⋮ドンマイ?
俺たちのそんなやり取りの間、デュオ先生が生徒たちを落ち着か
せて宥めてくれていた。うん、流石教育者だ。⋮途中で頭を抱えて
いたのは気のせいだ。見捨てられてなんか無いやい。
取り敢えず俺の状態は置いとく︱︱出来ればそろそろ下ろして欲
しいが︱︱として、集まった生徒たちは一様にホッとした表情をし
ていた。
やはり幾ら残された生徒の大半が俺の事を信用してくれていたと
は言え、見知った大人、つまりデュオ先生の方が安心感がある。然
も壁を壊して侵入して来たグウィンさんたちに怯えていた子に、彼
等が救助に来てくれた冒険者だと説明したので安心感が倍増した。
特にグウィンさんが七ツ星、と説明された時はアンさんまで尊敬
の眼差しになった。
﹁⋮と言う事で今から地上に戻るが、全員居るか?﹂
一通り説明し終えた所で、デュオ先生が人数を再確認する様に視
線を寄越したので頷く。食堂からは出ていないので全員居るが、何
人かは疲れきってフラフラだ。どうやって地上に戻るのだろう。
何回もしつこく言わせてもらうが、離脱符を使う、と言うのは実
は難しい。何故ならばあれは冒険者向けのアイテムだからだ。⋮と
言うと語弊があるか。騎士や魔法使いにも使えるし。
実は離脱符は使うのに条件がある。所謂パーティー登録をした相
手しか有効では無い。
人数は一つの離脱符に対し、八人位までは登録出来るのだが、今
ギルドカード
回の件では組み合わせ人数は完璧にオーバーである。と同時に、如
何せん俺たちは冒険者では無い。パーティー登録に必要な冒険者証
が無いと、離脱符は認識してくれないのだ。
578
因みに騎士団や魔導師団は、各々所属部隊の登録証が冒険者証の
代わりとなる。
そしてコレが一番重要な事だが、離脱符を使う様な危険な状況に、
子供が行く事が無い様に、冒険者登録の出来ない十二歳以下の子供
は、登録出来ない仕組みになっている、らしい。その為ギルドで小
遣い稼ぎをする十二歳以下の子供達は、街中か日帰り出来る範囲で
しか仕事を請けられない。
⋮平民の子等に仕事を与えるのもギルドの仕事だ。孤児や貧困家
庭の子供が働くのは当たり前の事で、労働基準法など無いが、確り
とその辺は考えられている。ギルドは労働に見合った対価を支払う
し、内容も無理が無いかキチンと精査している。勿論搾取などは論
スラム
つま
外。児童虐待とか騒ぐ奴も居ない。ギルドがまともに機能している
街には、貧民街は無いと言って良い。貧しくも倹しく暮らせるのは、
子供も働くからなのだが、そのせいで学校に行けない子も居るので、
其処は絶賛改善中だ。
︱︱︱話が逸れたが。
迷子や遭難などで一般人を対象とした救出依頼も有るが、その場
合は対象者の名前を離脱符に登録する事で認識される。だが此れも
その時のパーティーメンバーの数に因る。然も子供は登録出来ない
事が前提の為、一つの離脱符に対し二人しか登録出来ない。
何故登録出来ない筈の子供が登録出来るか、は迷子や遭難の他、
誘拐も捜索の内容に含まれるからだ。救出対象を登録出来ない等、
本末転倒、洒落にもならない。
貴族や豪商の子女を誘拐、と言うのは良く有る話なのだ。その他
孤児を誘拐し、人身売買とか。
奴隷は基本禁止だが、犯罪者奴隷は居る。ぶっちゃけ犯罪者に食
わせる飯も土地も無い、と大概が重労働に就かされ、罪を贖うが、
中には騙されたり違法な手段︱︱要は人身売買︱︱で犯罪者奴隷に
579
される場合もある。
タイ趣味
ヘン
大人は重労働させる為に奴隷にするとして、子供の場合は主に好
事家のオモチャとなるか、賃金の要らない使用人扱いだ。タダ働き
でもメシと寝場所はやるから感謝しろ、って事。女の子は娼館に売
られるのも多い。
そうならない為にも絶対に子供を登録させない、と言うのは無理
な話で、だが危険な事はさせられない、とそんな訳で子供の登録は
二人まで、が妥協線だったらしい。
つまり最大数で救助に向かった場合、当然ながら離脱符に登録は
大人ですら出来ないので、地道に徒歩で戻るしか無い訳だ。若しく
は一時解散して、パーティーを組み直すか。
今回、救助に来てくれたのはデュオ先生を含めて三人。彼等が各
々離脱符を使ったとして、七人×三人で二十一人。対して俺たちは
子供四十五人と大人三人で圧倒的に多い。
因みに大人三人の内訳は、オッチャン・アンさん・ジンさんであ
る。冒険者二人も離脱符を使えば良いじゃないか、と言う案は会話
の端にすら上らない。
何せ離脱符を使うには、予め出入口を登録しておかなければなら
ないのだ。然も濫用防止の︱︱複数所有している場合、稀に離脱符
が誤動作して未使用の筈の符が使えなくなった事が過去に有った︱
メンバー
︱為、一人一回の使用につき一個しか使えなくなっている。勿論冒
険中に仲間が増減するのは結構有る事なので、ソコは不問だ。
幾らなんでも人数に無理がある、と思ったが、取り敢えずデュオ
先生たちも考え無しの筈は無いので黙って会話を聞く。
﹁全員揃っているなら早く脱出した方が良いわね。⋮また揺れてる
わ﹂
580
眉を嚬めて言うオネエさん︱︱オリヴィエさんと言うらしい︱︱
は、暫く治まっていた揺れが気になるらしい。確かに揺れる度に天
井から砂礫が落ちてきて不安になる。
エレベーター
﹁此の人数じゃ離脱符も使えないし、此処は昇降機の跡を利用する
か?﹂
そう言って鋼条を手にするデュオ先生。俺も考えていた案なので、
ネック
一番現実的なんだろう。オリヴィエさんも頷いている。
だが現実的ではあるが、此処でもやはり人数が障害になる。一人
づつ背負うのも時間が掛かるし、全員一度に運べる乗り物となると
壊れた昇降機相当の大きさになるし、持ち上げる動力をどうするか、
フロート
と言う話になる。
浮遊魔法も有るのだが、あれは精々五メートル位までだ。地上か
ら、では無い。術者が呪文を唱えた地点から、だ。この坑道の最下
フライト
層からでは到底届かない距離である。
飛翔魔法に至っては術者本人にしか対応していない上、結構難易
度が高いので魔法使いなら兎も角、余程の冒険者でなくては覚えな
い。⋮まぁ中には空を飛びたい、と言う一念で覚える奴もいるが。
ミニゲート
其処に至るまでに覚える事が多いので、﹃余程﹄となる。
ゲート
一番良いのは、転移陣と呼ばれる魔法陣を利用する事だ。あれは
以前ヘスペリアに行った時に利用した、転移門の簡易版だ。一度に
なまなか
利用出来る人数は限られるが、連続して使えるので人数的には問題
無い。問題は転移設定が面倒、と言う事。生半な魔法使いには座標
を設定するのが難しいし、転移元と転移先、両方に魔法陣を作らな
ければならない。
離脱符とどう違うのか、と訊かれたら一方通行か行き来出来るか
の違いだと言えよう。
それに一度設定すれば魔力を注ぐ限りずっと使えるし、複数の転
581
ヽヽヽヽヽヽ
移陣を登録する事も可能だ。
とは言え其れ等は全て設定出来ればの話。
一度設定した座標は、ある程度の高位冒険者なら書き換えは出来
る︱︱実際冒険者ギルドには、常時緊急用の転移陣が設けられ、各
支部と繋がっているらしい︱︱が、初期設定はとんでもなくややこ
しい、とディランさんがぼやいていた。
転移先は一度行って座標を登録するか、転移陣を組み込んだペア
の魔法陣の片方を持つ人間が転移先に居なければならないと言う⋮
⋮それでいて実際に魔法陣を稼働させるには、結構魔力を消費して
しまうとか⋮⋮確かに面倒臭い。
出来ないであろう話は置いとくとして、出来る事から考えるなら、
サーチ
やはり昇降機の竪穴を利用するのが一番か。
一応︻探索︼で周囲を窺えば、相変わらず然程範囲は広がってい
ないが、昇降機辺りで何となく人の気配がしないでもない。多分後
続の冒険者だろう。
だけど余り動かないって事は、デュオ先生たちが通ってきた場所
を上手く通れないのかも知れない。
彼等が離脱符を持っていて、時間に余裕が有れば来てくれるのを
待って少人数づつでも脱出出来るだろうが、揺れがまた続く様にな
ってきた今現在、時間が惜しい。
﹁デュオ先生。俺、浮遊魔法と軽量化魔法が使えますから、何処か
で籠を調達出来れば其れで何とか出来ませんか?﹂
鋼条を取り付けた大型の籠に、昇降機の滑車を利用して上下に動
かせる様にして、人力で鋼条を動かせる様に軽量化と浮遊の魔法を
かければ何とかなるんじゃ無いか?
俺がそう言えば。
﹁えっ、あっ、そうか。籠に載れば一人づつ運ばなくても済むか﹂
とデュオ先生。
582
﹁あらやだ坊や、小さいのに難しい魔法を知っているのね。凄いわ﹂
小さいは余計ですオリヴィエさん。
ジンさんは目を丸くして俺を見るし、アンさんは何だかもう諦観
の境地みたいな目をしている。
も、若しかして今になって浮遊魔法とか言ったから呆れてる? イヤ、でも思い付いたのは今だし! ⋮確かにデュオ先生たちが救
助に来てくれるって判ってからは、脱出方法より体力温存とか安全
確保とか、そっちの方に考えが行ってたけどさぁ!
力を出し惜しみしてるって思われたかなぁ⋮⋮言われても仕方無
いけど、チョッと凹む。
まぁ今回の事故で、俺も下手に隠し事をしても無駄だと判ったの
で、これからは全力でいかせて貰う。
籠の手持ちは流石に無いので、何か他の物で代用出来ないか考え
る。瓦礫に埋もれていなければ、トロッコの客車が良いかも知れな
い。
そんな決意を新たにした俺を未だに抱えているグウィンさんだが、
一通り話を聞いてから、フンと鼻で嗤った。
﹁まどろっこしい。其処の扉を使え﹂
⋮⋮はい?
ナニ言っちゃってンのコノ人?
︱︱︱と全員が思ったに違いない。視線が集まる。
﹁一日一回しか使えんが、まぁ良いだろ。制限時間は三分、だ。今
から外と繋げる﹂
言うなり俺を片腕に抱え直して︵何故抱えられているのかは謎。
本当にいい加減下ろして欲しい︶、示した扉︱︱何の変哲も無い、
583
俺がヘンドリクセン先生と連絡を取り合っていた部屋と通じる扉︱
コネクティス
ラ・テルォン
︱の前に立つと、扉に手を当て呪文を唱える。⋮⋮いや、呪文じゃ
ない?
セクルァ
エンルォクォキールエブルプレィバルダーゥ
オープン・セサミ
﹁﹃水の杜の養い子、グウィン・レパードが願う﹄繋がれ、地上と。
安全な場所へ出来るだけ速く。﹃開けゴマ﹄﹂
言うなり扉が淡く光る。
何だ? 今の呪文?
︱︱︱て言うか、今水の杜って聞こえた気がする。
﹁グウィ⋮⋮﹂
恐る恐る顔を見上げて、今の呪文の事を訊こうとした時、再び地
面が揺れた。ズンと突き上げる様な揺れの後、激しい横揺れ。
﹁うわっ!?﹂
思わず叫ぶと同時に、食堂の外からガラガラと大きな音がした。
何だか金属音が聞こえる?
食堂内は補強魔法を使っていたからか、大きく崩れる事は防げた
が先程デュオ先生たちが開けた大穴が崩れた。其れとその隙間から
覗く坑道もどうやら崩れたみたいだ。って言うか、多分先刻の大き
な音は、昇降機の骨組みが崩れた音だ。
はっきり言ってもう食堂に留まるのは不味い。補強はしたが、何
回かの揺れで天井も壁も罅が入り、いつ崩れてもおかしくない状態
だ。補強する前の状態に戻ってしまった。
⋮言っている間にまた揺れて、穴の開いた方向から壁と天井が崩
れ始めた。
じわじわと崩れて行く部屋の様子に、堪え切れずに誰かが泣き始
める。
584
﹁うわァァーン!﹂
一人泣き出すと、連鎖反応で次々と泣きじゃくる子が増える。
今まで気を張って頑張っていた奴等も、救助が来た事で緊張が緩
んだんだろう。抱き合い震えている。
そんな中で響く重低音。
﹁オリヴィエ・レニエ。ガキどもと怪我人を早く連れ出した方が良
い。⋮あと一分半﹂
静かに開けた扉の先は、暈けた景色が広がっていた。何処に繋が
っているのか判らないが、ザワザワとした気配は感じる。心当たり
が有るのか、オリヴィエさんはハッとした表情になり、ジンさんを
担ぎ直して全員に聞こえる様に叫んだ。
﹁撤収よ! 脱出はその扉! 落ち着いて行きなさい﹂
オリヴィエさんの言葉で出口に気付いた子達が、扉に急いで駆け
寄る。押し合う様に固まっては却って混雑するので、俺も﹁落ち着
けよ! 順番に行った方が早いぞ!﹂と叫ぶ。その声に慌てて並び
直して一人、また一人と扉の先に消えていく。
怪我人を担いだデュオ先生とオリヴィエさんも扉に向かい、振り
返った。
﹁グウィンちゃん、貴方も早く⋮⋮﹂
話の途中でグニャリと視界が歪む。それと同時にまた地震。
グラリと揺れて壁が崩れた。
﹁ちょっ!? グウィンちゃん?!﹂
﹁クラウドッ?!﹂
585
慌てる扉の先の人々を余所に、グウィンさんは一歩下がって呟く。
﹁時間切れ、だ﹂
途轍もなく愉しそうに、嗤った。
586
Lv.44︵後書き︶
閲覧有り難う御座いましたwww
あんまり状況が動いて無くて申し訳ないです。
次から七ツ星と二人で地下探索です。他者視点で出ていた人とかも
多分出ます。
−−−−−
次回はもう少し早くお届けしたい⋮⋮orz
修正情報
。
−−−−−'16/07/23
。。↓
587
Lv.45︵前書き︶
お遊び開始!
588
Lv.45
瓦礫で埋め尽くされた食堂で、俺はポカンとしていた。
目の前には、先刻までの暈けた地上の風景では無く、最早足の踏
み場も無い程に、荷物と瓦礫が散乱した事務所。
今、此の場所に残されたのは俺と、隻眼の白豹︱︱︱グウィン・
レパードのみ。
そして俺の状態はと言えば、相変わらずグウィンさんに片腕で抱
き上げられたままですが何か。
取り残されちゃったよ。どうしよう。
⋮⋮⋮⋮。
イヤ待テ。
ヽヽヽヽヽ
﹁グウィンさんッッ?! な、何で扉に飛び込まなかったんですか
ァッ!? で、出口がっ、消えたじゃ⋮⋮﹂
グウィンさん
ジタバタ暴れながら訴える。
ヽヽヽ
そう、コノ男は地上との繋がりが消えかけた時、一歩踏み出せば
扉の向こうに行けた筈なのに、退いたのだ。揺れと共に天井と壁が
崩れたのはその直後だ。
歪んだ視界の先で驚愕したオリヴィエさんとデュオ先生、ライと
ルフトの表情が忘れられない。
状況的に拉致られたのか? 俺。
589
ライ達から見たら、逃げ遅れた体なのかな⋮⋮?
そんな俺の疑問に、グウィンさんは珍しいものを見たかの様な表
情で、事も無げに言う。
﹁言ったろう? 俺と遊ぼうって。愉しいぞ?﹂
いやだから待て。何故その選択肢。
二の句が継げない俺を抱えたまま、グウィンさんはズンズン進む。
何故だかクラーケンの干物を貰ったので、一緒に噛んでるが結構旨
い。あたりめみたいな味と食感。
足場は悪いは、狭かったりするはと、道無き道の様な悪路を進み
ながら、どうやら別の坑道に向かっているらしい事に気が付いた。
其れにしても凄いのは、俺を抱えたまま此の歩き辛い︱︱既に坑
道では無く、洞窟と化している︱︱道を歩くのも勿論そうだが、魔
法の多重同時行使だ。
判るだけで身体強化、灯火、探索、自動地図、威圧。重ね掛け出
来る魔法ばかりだから不思議では無いが、進む合間合間にチョロチ
ョロ出てくる魔獣擬きをアッサリ倒していたりもする。火と水、氷
なんて属性の違う魔法を同時に使うって、どんだけ規格外なんだコ
ノ人?!
⋮口の端からクラーケンの干物が出てなきゃ、凄く格好いいです、
はい。
解せないのはグウィンさんの遊び相手に、何故俺が選ばれたのか
って事だ。⋮最初からロックオンされていた気もするしなぁ⋮⋮。
そう言えば気になる単語も有った。﹃水の杜の養い子﹄って、ど
う考えても⋮⋮?
590
それに初対面の筈のグウィンさんが、俺を見て言ったのは。
︱︱︱見つけた。
ヽヽ
︱︱︱アンタが﹃シショー﹄か。子供だが⋮⋮悪く、無いな。
シショーって。あれ?
支障? 市章、四生、刺傷、視床、嗤笑、四聖、⋮⋮師匠⋮⋮。
俺を、師匠と呼ぶのは⋮⋮?
ポン、と心当たりが一人浮かび、何だか厭な汗が額に浮かんだ気
もする。いや、でも、まさかネ?
⋮幾ら何でも七ツ星の高位冒険者と、知り合いな訳は無いよな?
何せ七ツ星と言うだけ有って、実力は折紙付き。その有名さと優
タダ
秀さに指名依頼は殺到だと言う。だけど気に入らない依頼は何れだ
け高額でも受けないが、逆に気に入れば無料でも引き受けるとか何
俺の弟子
とか。取り扱いが難しいと言うのも聞いた事がある。
センちゃんにベタ惚
そんな七ツ星と、異世界人のセンちゃんが知り合う? 何時どう
れな
やって? 大体知り合ったとして、独占欲の塊みたいなヘスペリア
の皇帝陛下が、他の男を近寄らせる筈が無い。然もこんなイケメン
を。
アスラン
俺の葛藤を余所に、グウィンさんがクツクツ笑った。
﹁何だ、未だ悩んでるのか? 其れとも怖い、か? 師匠﹂
そりゃ怖いよ、何が何だか判らない状態だ。てか何、アスランて。
﹁まぁアンタは俺に付き合う義務は無いが、義理は有るだろう? 未だ礼も貰っていない﹂
﹁義理?﹂
思わず鸚鵡返しに訊くと、﹁其処からか﹂と呟かれた。
591
﹁アンタ、魔剣を譲られただろう? 俺のハハから。忘れたか?﹂
﹁は? グウィンさんの母?﹂
魔剣、でピンと来たものの﹃母﹄と言われて混乱する。そんな俺
の混乱を、グウィンさんは更に重ねた。
﹁水の杜の愛し子、杷木千里。俺の育て親で義理の母だ。其のハハ
から俺はユキと呼ばれている。聞いた事有る、よな?﹂
⋮⋮⋮⋮はい?
俺が持つ魔剣は一つしか無い。センちゃんから貰い銘を付けた﹃
月光龍雷﹄。其の名の通り月光の様な刀身を持つ、雷を纏う刀だ。
元の持ち主は確か﹃ユキ﹄で、若しも逢う事があれば一言礼を、
って⋮⋮。
﹁は、あああああぁっ!? センちゃんの息子ォ?!﹂
﹁義理の、な。ヨロシク、シショー﹂
ヽヽヽ
思わず叫んだ俺に、顔色一つ変えずグウィンさんは再度宜しく、
と日本語で言った。
放心状態の俺に軽く説明してくれたが、センちゃんが此の世界に
来たのは実は二度目、と言うのは本人からも聞いたが、一度目の時
に彼女は結構長く此の世界に滞在していたにも拘わらず、水の杜の
主の力によって十七歳からずっと成長を止められていたそうな。ど
の位滞在していたのかは知らないが、現在二十六歳だと言うグウィ
ンさんが拾われたのが五∼六歳で、センちゃんが前回無事に元の世
ラディン
界へ戻ったのが五∼六年前だと言うのだから、十五年は過ぎた計算
になる。
﹁ハハの体感的にはそんなに経っていないと思うぞ? ラルが時間
の流れを調整していた筈だ﹂
﹁成長を止める以外に?﹂
592
﹁ああ。ハハの﹃昨日﹄が俺の﹃半年前﹄だった事はざらに有った﹂
話を聞いていると結構不遇だったんでは、と思うものの全く気に
していなそうな所が、グウィンさんであり、水の杜の関係者なんだ
なぁ、と気付かされた。⋮あ、俺もか。
其れにしてもセンちゃんといいグウィンさんといい、勝手に他人
の事を適当な名前で呼ぶのは如何なものか。ブチブチ文句を言った
ら、何だか名前を呼ぶと強制力が働いて、命令に従わせてしまうと
か何とか。そうは言うが、グウィンさんは言葉で命令しなくても、
実力行使で従えさせている気がするんですが、どうなのさ。
取り敢えず事情は判ったので、以前センちゃん経由で貰った刀の
礼は言った。だけど状況がなぁ⋮⋮。何だか色々納得出来ないのは、
気のせいじゃ無いよな?
何だかんだで気付けば、かなり下層に来たらしい。道々干物に厭
きたのか、俺の持っていた焼き菓子を集られたりもしたが、概ね平
穏な道程である。途中の魔獣との遣り取りはグウィンさんにとって
はお遊びの域なので、平穏で間違い無い筈。
ストライド
俺が逃げないと判断したのか、グウィンさんは俺を下ろして先を
歩いている。歩幅の違いに必死になって着いて行けば、段差の有る
場所で振り向き様に笑いながら手を引かれた。どうでも良いが笑い
過ぎだろ、此の人。
﹁小動物みたいだな、アンタ。ちまっこくて癒されるぞ﹂
五月蝿い、小さいのは未だ子供だからだ。
﹁グウィンさんが大き過ぎると思いマスよ﹂
﹁拗ねるな、其れと敬語は要らない﹂
ギュウと頬を抓まれて言われたが、敬語は⋮⋮年上だし、実はチ
ョッピリ憧れていた七ツ星だし⋮⋮。でも弟子の義理の息子で実は
弟子から剣の指導を受けたとなれば、俺にとっては孫弟子な訳で。
一寸悩んでから﹁判った﹂と告げた。
593
其れにしてもいい加減、何処に向かっているのか教えて欲しい。
何となく予想はつくが、若し予想通りなら俺を連れて行っては足手
纏いじゃ無かろうか。其れとも俺の事を買い被っているのか。
モヤモヤ落ち着かないので、思いきって訊ねる。
ドラゴネスト
ダンジョンコア
﹁グウィン、何処に行くんだ?﹂
﹁竜の巣と迷宮核の出現場所﹂
は? と聞き返すと再度同じ答え。
﹁俺への依頼は、アンタを助ける事。他の事は付録みたいなモンだ
が、鉱山の迷宮化を止めるのは吝かで無いし、竜の討伐も序でにし
とけば問題無い、だろ?﹂
いや、滅茶苦茶問題有ると思うが?!
其れにしても竜討伐が序でなのか⋮⋮。もう何か色々考えるのは
止そう。成り行きに任せる。
竜の巣、とグウィンは言ったが正確には竜の卵の有る場所で、迷
宮核は其の名の通り迷宮の核であり、此の鉱山が迷宮化しかけてい
る原因でもある。
迷宮と呼ばれる物は幾つか有るが、元々迷宮として存在している
他、人為的な迷宮、自然発生的な迷宮とに分けられる。元々の迷宮
は割愛するとして、人為的な迷宮とは何かと言えば、冒険者ギルド
や各国で管理している物だ。迷宮核︱︱文字通り迷宮の核となるも
ので、魔界と繋がり瘴気を産み出す素︱︱と同じ機能の、それでい
て魔界から来る魔物の強さや大きさを調整し、ある程度安全な迷宮
を作り出している。
洞窟と迷宮の違いは、迷宮は洞窟と違って日々変化する、と言う
点だ。洞窟は規模が大きかろうが小さかろうが、地図さえ完成して
いれば迷う事は無い。だが迷宮はある程度の地図は完成させる事が
出来ても、日々新たな道が作られると言う。基本の道は変わらない
ので、新たな道が出来ると言うより、発見される、と言った方が正
594
しいかも知れない。そして新たな道が出来れば、当然出現する魔物
や魔獣も新たに出没する。
何故わざわざ危険な迷宮を作るかと言えば、そうしなければ何時
何処でどんな規模の迷宮が出来るか判らないから、と言うのがある。
迷宮の最深部は魔界と繋がっているのだが、何故繋がるのかと言
えば、魔界からの侵略でも何でも無く、魔界の瘴気が一定量を越え
ると出来るのだそうだ。
魔力の素となる魔素は、それだけならば別に害は無いのだが、魔
界で濃縮された強すぎる魔素は瘴気となって魔物を産み出す。人界
で瘴気に侵された獣は魔獣と呼ばれるのだが、魔界で瘴気に因って
生まれるのが魔物だ。
ありがちな誤解は、魔族と魔物が同一視される事か。魔族にも種
族が多々あるが、魔族の多くは本性は別としても人形をとれて理性
と言うものがある。魔界の魔素に曝され膨大な魔力を持つ魔族は、
少々血の気が多く喧嘩早いが、話し合いは出来るし人間に比べて遥
かに強い。彼等にとって脆弱な人間と争うよりも、魔物と戦う方が
遥かに楽しく実利が有る︱︱魔物に因って土地が荒らさるのを防ぐ
︱︱ので、本質的な敵対関係には無いのが実情である。
ただ魔界の住人で有るだけに、瘴気に侵されて魔物と化する場合
も少なからずある。人界に戦争を吹っ掛けてくる魔族や魔王は此の
パターン。
ややこしいのは瘴気に侵されても其れを撥ね除け共存してしまう
魔族もいたりするので、そいつ等が魔物として冒険者に討伐される
と、怒った親族が⋮⋮って言う負の連鎖が有ったり無かったり。︵
大概は人間側が瞬殺されて終わる︶
魔物の中にも、攻撃性が低くて人間や魔族に利用される種類も居
るので、一概に魔物なら全て敵、と言う訳でも無い。例えばアラク
ネとかスライムとか。アラクネは糸を利用して布を織ったり、汚物
595
を食べるスライムに屎尿処理をさせたりとか、使えるものは何でも
使え、と言った所だ。
話を戻すが、魔界の瘴気は魔物を産み出し、生まれた魔物を魔族
たちが狩る。その取り零しが人界に現れるのだが、問題は其処だ。
人界にも魔素は溢れている︱︱そうで無くては魔法など使えない。
魔法は自分自身の魔力も使うが、大気や大地等自然に含まれる魔素
も利用しているのだ︱︱が、人界に有る魔素で獣が魔獣化したりす
る事は無い。飽く迄も魔界の濃縮された魔素、つまり瘴気に因って
のみ魔獣化する。
ギルドが迷宮を管理するのは、魔獣化する人界の生き物を管理す
る為、其れと魔界から魔物が頻繁に訪れるのを防ぐ為である。所謂
ガス抜き、と言う奴だ。
自然発生した迷宮はどんな魔物が徘徊するか、どんな魔獣が産み
出されるか判らない危険な場所︱︱其れ故に迷宮が発生したら、早
目に迷宮核を壊して封印するのが常である︱︱だが、造られた迷宮
はある程度の強さが調整出来る。尚且つ多少なりとも魔界の瘴気を
人界に流す事で、必要以上の迷宮を発生させるのを防いでいる。
ギルドとしても、強さの把握が出来る魔獣や魔物のいる迷宮なら、
安心して冒険者を送り出せると言うものだ。
因みに。ゲームで良く有る宝箱なんて物は無い。ごく稀に宝物庫
が見つかるが、其れは宝を集めて溜め込む習性の魔獣や魔物が居る
からだ。迷宮で得られるのは、倒した相手から得られるドロップア
イテムか、採取アイテムが殆どだ。
其れで何故迷宮に挑戦する冒険者が後を絶たないのかと言えば、
通常の冒険で得られるアイテムよりも、迷宮の方が稀少だったり質
596
が高かったりするからである。要は一攫千金。
魔物が居なければ平和? そんな事は無い。何だかんだで此の世
界、盗賊が横行して結構物騒だ。まぁ盗賊に成り下がる奴等も、そ
の原因が魔物に襲われて一家離散、とかだったりもするので何方が
先か、って気もしないでは無いのだが。だが寧ろ特定の場所にしか
出没しない魔物の方が、ある意味危険性は少ないと言える。
EXP
迷宮の容認は、魔物の危険性と得られるアイテムを秤に掛けて、
アイテムを取った形になる。後は経験値か。
経験値と言ってもゲーム仕様の数値化された経験値では無く、体
験した事象への成長度合いを指す。経験を積めば積む程熟練度も増
す、そんな感じ。
そうした経験を新人冒険者に積ませるのに打って付けなのが迷宮
な訳だ。
そんな迷宮になりつつある場所で、グウィンが言う。
﹁この先はアンタも闘え。魔獣と魔物が待ってるぞ﹂
愉しいな、と続けるグウィンに呆れる。
﹁闘えって簡単に言うが、俺は実戦経験皆無だぞ? 足手纏いとか
思わないのか?﹂
ヘスペリアで魔獣に襲われた事が有るが、あれは実際に戦ってい
たのは叔父上や護衛の騎士達で、俺は精々治癒魔法を使って援護し
ていただけで戦っていたとは言えない。回復役も必要なのは判って
いるが、護られていただけと言う意識の方が強い。
俺の言葉にグウィンは不思議そうに首を傾げた。
ヽヽ
﹁魔剣を持てる人間が何を言う? 相応の実力が無いと、あの魔剣
の持ち主にはなれないぞ?﹂
聞いてねぇよ!
597
イコール
魔剣が持てる=相応の実力者、だそうです、そうですか。
実力者と言われて悪い気はしないが、買い被り過ぎも否めない。
せめて足手纏いと言われない様頑張ろう。
何と言うか、明らかに自分より格上の対象が居ると、自分なんか
未だ未だだなぁと思う。ちょっと天狗になりかけてた、俺。
そして。
戦闘はいきなり始まった。
確かに壁の向こうに犇めく気配は有ったが、未だ大丈夫だ、と思
っていた所でグウィンが壁を足蹴りした。
ドウ、と鈍い音と共に厚い岩壁に大穴が空いた、其れと同時に穴
から雪崩れる様に魔獣が現れる。
﹁逝けよ!!﹂
ズバンッとグウィンの一振りで魔獣の頭が吹っ飛ぶ。
血飛沫が飛び散り、一瞬にして周囲に血の臭いが漂う。恐らく其
れを感じたのだろう、︻探索︼にわらわらと敵が引っ掛かり此方に
集まって来るのが判った。
﹁雑魚どもばかり、良く集まるな、っと!﹂
﹁アンタ何遊んでンだよぉぉっ!!﹂
バッサバッサと魔獣を斬り捨てるグウィンに、俺も負けじと戦う
ヽヽ
が、初実戦で勝手が掴めない。若干泣きそうになりつつ、向かって
来る魔物を相手にしつつ叫ぶ。
ヽヽ
何で歴戦の冒険者が魔獣を相手にして、初心者が魔物を相手にし
ているんだよおぉぉっ?! 然も皆忘れてるかも知れないけど、俺
未だ五歳児だからねッ?! 本来なら就学前児童だからな!? 忘
れないでぇぇぇ!!
598
もう必死になって闘う。
スライムちゃん来ました! バシュッ!!
アルベールカ
キラーアント来たよ! ブチッ!!
スライム集合体が来た? ズバーッンッ!!
何コレ、ハダカデバネズミ? 違う? グラーベエル? 兎に角
単にデカいネズミだ、チョッと歯とか爪とか鋭くって、尻尾に毒と
麻痺刺が有るだけ!! スパーンとぶっ叩いて魔法で焼く。こんが
り美味しく焼けましたーッ!!
闘っている内に判ったのは、グウィンがわざと選んで敵を取り溢
していると言う事。俺の手に負えない様な魔物は自分で潰している
し、其れ以外でも数を調整して、ギリギリ俺が踏ん張れる様にして
いる。有り難いのか迷惑なのか、もう判らない。
だがお陰で戦闘慣れは、した。
グウィンが少し離れた所で魔獣相手に動いている間、俺は少しづ
つだが一度に戦う魔物を増やす。初めは一対一だったのが、今では
三対一になった。やっと正騎士相手に訓練していた頭数になった。
こうして慣れてしまえば、今の所知能の低そうな魔物ばかりだか
らか、戦闘の予測が付け易い。単純な攻撃なら、多分六匹、いや十
匹はいけるかも知れない。
ジィジィと鳴きながら向かってくる集団を一気に片付け様と刀を
握り直すが、拍子抜けする事に、グウィンが嗤いながら俺が目をつ
けていた魔物を片付けてしまった。
勝海舟絡みの熟語
﹁調子に乗って浮かれるなよ、アスラン。﹃小心翼々、大胆不敵、
油断大敵﹄だっけか? 焦ると怪我をするぞ﹂
少し浮かれていたのは否定しないが、其処で何故その四字熟語が
出るのか。後で絶対に色々訊いてやる!
グウィンに窘められ︵?︶て冷静になった所で、再度戦闘再開。
凄いのは俺の愛刀となった﹃月光龍雷﹄だが、魔剣と言われるだ
599
け有って兎に角切れ味が良いのは勿論だが、使えば使う程手に馴染
む。手に馴染むので扱い易いし、そのお蔭で戦闘が楽なのは勿論だ
が使い勝手も良くなっている。
最初は僅かにしか纏っていなかった雷が、使う毎に威力が増して
いく。更に言うなら雷撃を飛ばせる様になった。魔法を使わなくて
も遠距離攻撃出来るって、これ何て便利アイテム?
﹁ハッ!﹂
居合いの要領で斜に薙ぎ、魔物を一刀両断に斬り捨て続ける。集
団で襲って来るのは魔法の方が早い。坑道全体に施されていた魔法
陣も、何回かの地震と、多分其処彼処にグウィンが空けた穴の所為
で綻びが出来たんだろう。魔法の使える範囲がかなり広がった。
何分か後、湧く様に襲い掛かって来た魔物たちが漸く居なくなっ
た。
グウィンは涼しい顔をしていたが、俺は肩で息をしている状態。
流石に体力に差が有り過ぎる。
﹁んー、もう少し力配分を考えた方が良いぞ? 其れじゃこの先ぶ
っ倒れる﹂
﹁そ、そ⋮うか。初めてで、良くっ、判らなかった⋮⋮。次、気を
付ける⋮⋮﹂
ハァハァと荒い息でそう答えると、グウィンが小瓶を差し出した。
回復薬かな? と思ってラベルを見ると、やはりそうだったが、
体力では無く魔力を回復する方だった。本当はスタミナ回復薬が欲
しい所だが、生憎スタミナと言う概念が無い。回復出来るのは魔力
スタミナドリンク
と体力⋮⋮って言うか怪我。治療の序でに体力も少し回復してくれ
るが、付け焼き刃程度なので、本気で滋養強壮剤が欲しい。半ば自
棄になって呷る。
﹁効率の悪い魔法の使い方をするから、そうなる。呪文の持つ意味
を知っていればもっとマシになる﹂
そう言いながらグウィンが食べているのは、先程俺が倒して丸焼
600
きにしたグラーベエルの足。と言うかほぼ食い尽くしてた。何時の
間に。
効率の悪い使い方、と言われてもピンと来ない。どちらかと言え
ば俺の魔法は魔法陣の構築の仕方から言って、効率は良い筈なのだ
が。
﹁魔導師どもから言われたか? 美しい詠唱、正しい呪文。確かに
其れも正しいが、切羽詰まった時に長い詠唱なんぞしていたら、命
が幾つ有っても足りないぞ。大雑把だろうが無詠唱だろうが、意味
ルーン
さえ正しければ如何とでもなる﹂
﹁魔法語を理解しろって事だろ?﹂
﹁違う、呪文の持つ意味そのものだ﹂
グウィンの言う﹃意味﹄が理解出来ない。魔法語を理解するのと
どう違うのか。
パチクリと目を瞬かせていると、グウィンの目がスッと眇められ
た。
﹁疾風迅雷﹂
その直後、俺の真後ろにグウィンの魔法が放たれる。
そして背後でまた瓦礫の崩れる音と、今度は咆哮⋮⋮いや、断末
魔。
﹁!?﹂
驚いて振り返ると、其処には先程まで相手をしていた魔物とは、
比べ物にならない大きさの魔獣が息絶えていた。詠唱を殆ど省略し
たにも拘らず、発動した魔法の威力に目を瞠ってしまう。
切り刻まれて、体の彼方此方に焦げた跡が有る。ただし一回の魔
法の割に、やられ方が酷い様に思える。
601
ばかでかいモグラとトリケラトプスを足して割った様な見た目の
魔獣は、モルディアブロと言う。
魔物じゃ無いのか、と訊かれると微妙。
何せ魔獣化していないモルディアブロは、実はモルケラトスと言
う別の名前で呼ばれる。大きさも半分以下で、普段は地中深くにひ
っそりと棲息する、本来は大人しい生物なのだ。
ただ、地中深く、と言う事は其れだけ瘴気に侵され易く、魔獣化
し易い。魔獣化した成体同士で繁殖すると、その仔も魔獣だし、卵
生なので卵の内から瘴気に曝されれば当然魔獣として生まれる。そ
の為永らく魔物と認識されていたのだが、偶然モルケラトスが魔獣
化してモルディアブロと化したのが確認されて、魔物では無く魔獣
である、と認識される様になった。
此の辺の知識は全部城の蔵書で得た。最近司書さんが俺の借りる
本を見ては遠い目をする様になったが、読みたい本が此れなんだ仕
方無い。
上の方
ゴン、と足で転がして絶命したのを確認したグウィンが軽く説明
する。
﹁先刻広間で逃げたヤツだ。手負いだったから早目に見付けられれ
ばと思ったが、上手い事出てきてくれたな﹂
﹁え、じゃあコイツが目的だったのか?﹂
竜じゃなく? と思わず訊いたが否定された。
﹁いや? 手負いのまま地上に出られたら危険かも知れないが、地
モルケラトス
下なら然程危険でも無いし、どのみち手負いのままならその内死ぬ
か、瘴気が抜けて角土竜に戻る﹂
だから目的は飽く迄も竜と迷宮核、とグウィンは言い切った。
折角だから、と剥ぎ取りを始めたグウィンに、先程の疑問をぶつ
けてみる。
﹁なぁ、魔法の意味って何だ?﹂
602
﹁あ? ⋮想像力の具現化? が出来るかどうか、かな?﹂
魔法の多くは詠唱を必要とするが、其れは行使する魔法の意味を
呪文に詰め込むからだ。逆に意味をきちんと理解している生活魔法
イグニション
クリーン
ドライ
の殆どは詠唱を必要としない。いや、必要としないのでは無く、短
い。筆頭は︻灯火︼なのだが、他にも︻点火︼︻清浄︼︻乾燥︼等
々、挙げればキリがない。
ギイガスフォリオン
ラスタード
ウィンドカッター
で、先刻グウィンが手負いの魔獣を倒した呪文だが、精確な呪文
ギドナスラトンドルォアルマルァミィコ
にするとこうなる。
ラヴェント
﹃風よ、雷を纏いて敵を切裂く刃となり、襲い掛かれ! 風切断﹄
さてこの呪文、詠唱の後に発動の呪文を唱えるのだが、ウィンド
カッターに雷の属性は無い。
詠唱の中に雷を付与する事で、風と雷で切り裂くと言う魔法にな
るのだが、元々含まれていない属性を付与すると威力が弱くなる。
其処で更に強化する為に呪文に色々と付け加える訳だが、そうする
と呪文は更に長くなり⋮⋮魔導師たちの仕事の殆どは、如何に効率
良い呪文を作れるか、それに尽きる。
確かに言われてみれば、長い。長過ぎる。こんなに長くては、初
めの詠唱の二∼三節でさっくり殺られてしまう。
生活魔法は短縮出来るのに、何故、と思うがつまりは其処が呪文
の意味、なんだろう。
単純に明りを灯すのはイメージがし易い。まぁ蝋燭の灯りか太陽
の明かりか、厳密には色々有るが周囲を照らす、と言う意味は同じ
だ。
結果どのイメージで呪文を唱えても、灯りは明りである。だが攻
撃魔法等は、火属性の魔法一つとっても効果は様々だ。灼熱の炎か
ら、冷えた体を温める炎。其れ等を詳細に呪文に組み込む為に詠唱
603
が長くなる。
グウィンが詠唱した呪文︵と言って良いのか、アレ︶は短かった。
だが意味は的確だったのだろう、絶大な威力を誇っていた。あの速
さで発動するなら、敵に遅れを取る事は無い。と言う事は生き延び
る確率が格段に上がると言う事だ。冒険者にとって生き残れるかど
うかは死活問題なので、重要な点だ。
︱︱︱と言う様な事を色々いろいろ。掻い摘んで説明して貰い、
理解した。
⋮そんな適当でも魔法って発動するのか∼、と今まで精確さを求
めてきた俺には衝撃的だったが、難易度が高かったり絶対に成功さ
せたい魔法は、精確に詠唱した方が良い、と言われてホッとする。
言われてみれば食堂でグウィンが使った魔法は、詠唱付きだった。
あの呪文、﹃開けゴマ﹄だけでも発動するらしいが、其れだと単に
鍵を開けるだけで、別の場所に繋がる訳では無いらしい。
アノ某猫型ロボットの秘密道具みたいにしたい場合は、より正確
に場所を指定して、キチンと詠唱した方が良いそうな。
因みにあの魔法、一日一回、行った事が有る場所限定らしい。
﹁転移魔法の傍流だな。扉と言う媒介を使う事で、転移の揺らぎを
弱くしている﹂
﹁転移陣と違う?﹂
﹁転移陣は転移元と転移先の双方に魔法陣が必要、だろう? 独り
の時なら転移魔法でも良いんだが、ちっこいのがゴロゴロ居たから
な⋮⋮﹂
安全確実、を一応とってくれたらしい。確かに転移陣は地上の座
標は判っても、地下の座標が判らないので設定が出来ない。
不確かな方法よりは早いし確実、と言われたので﹁ソウデスネ﹂
と答えておいた。其れ以外何と言えば。
改めて助けて貰った礼を述べると、その代わりと言っては何だが、
604
剥ぎ取りを手伝わされた。初めてなので当然下手くそだが、一応や
り方を教わってどうにかこうにか成功した結果、︻剥ぎ取り︼スキ
ルが増えた。⋮着々と冒険者向けスキルが増えていく。若しかして
俺の冒険者フラグが立ったんだろうか。
﹁将来職に迷ったら、冒険者になるか? アンタなら五ツ星くらい
直ぐだぞ﹂
﹁え∼と、ま、迷ったら考える﹂
と言うか王子の俺が職に迷うって、廃嫡されるって事? 王位継
承権の辞退?
⋮廃嫡されてもデューが居るから問題無いし、寧ろ将来の選択肢
が増える? あ、増えないか。廃嫡って事は俺に問題有り、と認識
されたって事だから、騎士や魔法使いになろうと臣下に降っても、
その前に幽閉される。
⋮⋮うん、廃嫡は無しで。辞退する理由って何だろう。
と言うか今悩む問題じゃ無かった。
剥ぎ取りも終わって、また移動するか、と腰を上げた所で軽い揺
れと物音がした。⋮近くでは無い。
﹁⋮⋮急ぐぞ﹂
ポツリと眉を嚬めてグウィンが呟く。
今までの飄々とした雰囲気と違う其れに、俺まで緊張する。
足早に移動する事少し、やや広い空間に出た。その空間の中央に
居たのは、竜︱︱︱と、魔物。一触即発の状態で、二体が睨み合っ
ている所だった。
605
Lv.45︵後書き︶
閲覧有り難うございましたwww
戦闘シーンは難しいです。
−−−−−
七ツ星が食べていたクラーケンの干物は自作です。
'16/10/21
修正
−−−−−
↓
意味は的確
意味は適格
606
Lv.46 七ツ星と愉快な仲間たち・3︵前書き︶
スミマセン。三人称は終わりとか言って、未だ続きました。
607
Lv.46 七ツ星と愉快な仲間たち・3
グウィンたち
デュオを含む冒険者三人が捜索に出発して暫し。
ルート
彼等が選んだ入口は、当初は瓦礫の山と不安定な足場の為に、最
短経路で有ったにも関わらず、危険と見做されて︱︱実際何人か挑
戦したものの、全員が途中で断念した︱︱いた。その為に別の経路
での捜索を模索していたのだが、彼等と言う前例が出来た為、再び
彼等に倣って挑戦をする者が出始めた。
だが途中に難所が有るのか、引き返す者も多い。三ツ星のデュオ
が使えたのだから、理屈としては四ツ星以上なら何ら問題無い筈な
のだが、直近でグウィン等について行ったデュオと違い、遠巻きに、
然も肝心な所は既に闇の向こうと言う状態で見ていたからか、コツ
エレベーター
が掴めなかったらしい。尤も挑戦した冒険者が、殆ど三ツ星だった
のも一因かも知れないが。
救出に赴いた四ツ星以上の冒険者は、既に昇降機からの経路に見
切りをつけ、別経路で捜索に当たっていた。遅れて到着した冒険者
も、堅実なパーティーは別経路を選んだ。例え最短距離であろうと、
危険な場所を選んで二次災害を起こす訳にはいかないからだ。
はた
一目で危険か安全か判断出来るかも冒険者の資質である。⋮敢え
また ヽヽヽヽ
て其の危険を選ぶのは、己の力量を知らないか過信しているか、将
又変わり者かの何れかである。
当初三ツ星以上が対象だった為に、早い内に召集に応じた三ツ星
は多い。だが途中で四ツ星以上に切り替えられた為、諦めた冒険者
もまた多い。
鉱山を去る者も居れば、捜索には参加出来なくとも手伝える事が
あれば、と協力する者も居る。そんな中で諦めきれずに捜索に加わ
ろうとした三ツ星冒険者は⋮⋮推して知るべしだろう。
608
周囲が慌ただしく動く中、暗い雰囲気の冒険者グループが居た。
ヤン達だ。
怒られ意気消沈して悄気かえったヤンに、リンが今までの鬱憤を
晴らすかの様に言葉を投げる。
ニャンド
﹁だいたいヤンは考え無しニャ! 自分一人で突っ走って、何度失
敗したと思ってるニョ?﹂
冒険者になりたての頃、未だ一ツ星で有ったにも関わらず、実力
も実績もそこそこ有ったヤンにパーティーに誘われ、二つ返事で仲
間になったのは良いものの、直ぐに彼の悪い癖に気が付いた。元々
同じ村出身で多少は判っていた事では有ったが、他人の話を聞かな
い、独善的である、猪突猛進、等挙げたらキリが無いが、知ってい
たら仲間になるのは躊躇っただろう。
其れでも今まで行動を共にしてきたのは、基本的にヤンが素直で、
間違いを指摘されれば拗ねたりはするものの、謝罪したり行動を改
めたり、と改善する素振りを見せていたからだ。何よりヤンは自分
の信念と正義に因って行動している。其れが正しいと思えば一直線
だ。リンやアンにしてみれば素直で好ましい面に映り、マイナス面
については追々指摘し直れば良い、と思ってきた。
だが流石に今回は不味い。
昇級試験も兼ねた護衛の仕事、幾ら緊急事態が発生したとはいえ
未だ多くの子供達が取り残されている中、勝手に離脱符で地上に戻
ってしまった。然もその前に一般人を殴っている。明らかに減点対
象である。
﹁ボクもこんニャ事言いたくニャいけど、いい加減愛想も尽きるよ
?!﹂
﹁でも⋮⋮﹂
609
﹁でも、ニャに!?﹂
反論しようとして俯いていた顔をそっと上げる。と、其処に見え
た表情は怒り心頭の激昂した少女の其れでは無く、大粒の涙を流し
ながら耳をヘニャリと倒して萎れた姿だった。
ヽヽヽヽ
上擦った声は興奮しているからだと思っていたが、実は泣いてい
たからか、と知って、ヤンはやっと自分の行動がとても不味い事だ
ったと理解した。
おおごと
今までも何度か怒られた事は有ったが、ゴメンと謝れば仕方無い
なぁと笑って許してくれていた。だから今回も何時もよりは大事だ
が、謝れば許してくれるだろう。そう考えていたのだが、泣かれた
事は今まで無い。
何時もと違う反応に、漸く自分の失敗に気付いて焦る。
﹁リンッ⋮⋮!! ご、ごめんッ﹂
﹁謝るニャら、ボクじゃニャくてジンや先生、それに生徒さんたち
ニャ!﹂
護衛の任を半ばで放り出し、逃げたのだ。責められて当然である。
咄嗟に周囲を見回し、護衛対象の学校関係者の姿を探すと、彼方
は彼方でやはり沈んだ雰囲気に包まれていた。
ただヤンと違うのは、沈んでいても懸命に事態を改善させようと
行動している点だ。各々の出来る最善の事をしている。それを見て
自責の念に駆られ、謝りに行こうと立ち上がりかけた所で待ったが
かかる。
﹁待て、何処へ行く。そうやって勝手な行動に出るのが悪い癖だと
言われたばかりだろう?﹂
出て行った所で何が出来るのか。何と謝罪するのか。
そう指摘されて、シュンと凹む。
確かに学校関係者は子供達の事もあり、ゴタゴタとして声を掛け
る雰囲気では無い。
とは言え、地震と落盤はヤンの所為では無いが、子供たち半数を
地下に置き去りにしてしまったのはヤンの責任だ。謝罪で済む話で
610
は無い。
何もしないで居るのは気まず過ぎると訴えると、厳しい表情をし
ていた二人は苦笑した。
﹁今回のお前の行動は、確かに誉められたモンじゃ無い。だが本を
正せば此方の失態でも有る。子供達が心配だったとはいえ、一ツ星
のお前たちを先に地上に戻すべきだった﹂
﹁ジンが居たから、仲間内で行動した方が良いと判断しての事だっ
たんだが、見事に外れたな﹂
ダンとケンは何回か昇級試験の試験官を務めているが、同じパー
ティーは極力一緒に行動させた方が良いと考えている。
今回の試験は子供達の護衛で三組に分かれる、と言う事で馬車で
は二人組になり、各試験官と一対一で護衛兼試験を行っていた。そ
して先ず先ずの結果に、一通りの試験は終了したと判断したのだ。
昼食後に地上に戻る、と言われた時に最終の仕上げとして三人を
敢えて残した。ジンを残したのは、彼等の知己で気心も知れている
し、試験官として彼等の動向を見守る目的も有った。ダンとケンは
一足先に地上に戻り、ギルドへの報告をざっと纏め、最終的な判断
はジンが戻ってからの筈であった。
其れ等の計画が、地震と落盤の為に全てがふいとなった。
まさか地上に戻った直後に地震が起こり、昇降機が使用不可能に
なるとは誰も予想出来なかった。⋮と言うより、此の程度の揺れで
壊れる昇降機がおかしいとも言えた。
ヽヽヽヽ
大勢の坑夫を載せる為の頑丈な造りは、少々の揺れならば耐えら
れた筈なのだ。其れがアッサリと壊れたのは、他の要因が有ったに
他ならない。︱︱︱竜である。
竜が鉱山に出没した、と言うのはごく一部の関係者にしか知らさ
611
れず、箝口令が敷かれていた。事故が起きた事自体は流石に保護者
に知らせたが、竜に関しては更なる不安を煽ると言う判断だ。
子供たちには知らされず︱︱クラウドに報せたのは、その方が良
いと言うヘンドリクセンの判断である︱︱迎えに来た保護者に順次
引き渡している。が、竜が発見されてからの動向は逐一確認されて
いる。
その結果判ったのは、昇降機が壊れたのは別の坑道で見付かった
竜が、深部へと移動する最中に接触した事が原因らしい。
その事を知った関係者は、接触する程竜が接近していた事に愕然
とし、地上に出る、またはそのまま子供達の目の前に現れなかった
事に安堵した。
願わくば此のまま地上に出る事も、地底で暴れる事も無いのを祈
るだけだ。そして残された子供達が無事に戻る事も。
護衛だった彼等がそんな風に反省会をしている時、引率者だった
教師はどうかと言えば。
デュオは再度捜索に、ヘンドリクセンは責任者として保護者等へ
の説明や鉱山関係者・冒険者ギルド・騎士団と情報の共有と、何よ
り一番大事な地下に取り残された子供達の現状を確認すると言う作
業を行っていた。
三組担任のトリスティアは、先に地上に戻った生徒のケアをして
いる。
エルフ故の特性か地下は息苦しく、先に地上に戻らせて貰い、無
事に戻りホッと一息吐いた直後の地震と、続く衝撃。
気が付けば大破した昇降機と、地下に教え子たちが取り残された
現実が待っていた。
突然の惨事と言っても良い出来事に、トリスティアだけで無く、
関係者一同が蒼くなった。特にトリスティアには地下が苦手と言う
だけで、先に避難してしまった負い目がある。どうして良いか判ら
ず、オロオロとしていたが、鉱山関係者と素早く対応に当たり始め
612
たヘンドリクセンの姿にハッとさせられた。
狼狽えている場合では無い。
続く地震に怯える教え子たちを安心させるべく声を掛け、励まし
安心させた。
もう大丈夫。ホラ、お城から騎士団が来てくれた。お父様やお母
様も迎えに来たわ、心配無いわ、また休み明けに会いましょう。
むずか
そんな風に憤る児童を落ち着かせながら、自身も落ち着かせてい
る状態だった。
グウィン
だから、突然のディオの帰還に驚きと、未だ地下に子供達が残さ
れている絶望と、新たにやって来た七ツ星の存在に、安心して良い
のか不安なのか判らなくなってしまった。だがふと気付く。他の誰
には見えなくても、エルフの自分には視えた存在。
沢山の小さな精霊が、グウィンの周囲を取り囲み応援していた。
笑って頷いて暗闇に消えたグウィンに、精霊たちが祝福を与え⋮⋮
ヽヽ
あぁ、大丈夫だ、と微笑む事が出来た。
ノーム
﹁のぅフユや。センにはああ言われたが、其方は如何する?﹂
地脈を進みつつ地の精霊王が訊ねる。実体化はしていないので、
ボンヤリと光る靄の様な何か。訊かれた方も似た様なものだが、答
える幼い声は確りとノームに届く。
﹁わたしたち︱︱四神︱︱はみまもるだけよ? でも千里のオネガ
イだもの、すこしのお手伝いはゆるされるわよね?﹂
﹁人界に干渉せずが基本じゃからのぅ、おぬしらは。じゃが我等の
今の契約主はセンじゃ、センの願いなら聞くべきじゃろう﹂
くつくつと笑うノームは何時の間にか青年の姿になり、同じく幼
子の姿になった玄武を抱き上げ目的地に立った。
613
ホール
二聖が立ったのは、壊れた広間だった。見る影も無く壊れた昇降
機、散らばる瓦礫に潰された通路。食堂の壁は傾き壊れ、立つ隙間
を探す方が難しい。
グウィン
ぐるりと辺りを見回し、感想を述べる。
﹁竜二割、地震七割、養い子一割と言った所かの?﹂
﹁んー、ん? グウィン三割ね、あのこはヤンチャだから﹂
クラウドが居たら﹁ヤンチャで済むのか!?﹂とツッコミを入れ
ヽヽ
た所だが、生憎此の場にツッコミを入れられる者は居ない。玄武の
言葉にノームも愉しそうに同意した。
ヽヽヽヽヽ
﹁さて、それはそうと竜の気配はかなり下層じゃの? 儂等が手出
しして良い存在か?﹂
﹁⋮まだわからない﹂
﹁では様子見か?﹂
﹁⋮⋮ようすみ、できる?﹂
玄武の言葉にノームは笑った。
﹁出来いでか、小者共に梃摺る訳も無し﹂
ヽヽヽヽヽヽ
言うなりノームの足下に魔法陣が広がる。円を描いて広がる光に、
瓦礫の影や暗闇に潜んでいた小さき者たちが逃げる間も無く取り込
まれて消えて行く。
ある程度力の有る魔獣や魔物なら、決して彼等に手出ししようと
はしなかっただろう。だが生憎と潜んでいたのは、そんな危険も察
きゃつら
知出来ぬ程の弱い存在。一瞬で狩られてしまった。
﹁⋮ぬ? ちとやり過ぎたかの? 彼奴等が居らぬと均衡が保てぬ
と言うに、失敗したか﹂
憮然と呟くノームに、玄武がため息を吐く。
﹁⋮だいじょうぶ、ちいさきものはまだ有象にいるわ。均衡は、た
もたれる﹂
ヽヽ
﹁ならば良いか。⋮⋮おや、此れは⋮⋮﹂
﹁まぁ、紅いわね﹂
614
竜の居場所を探っていた彼等の目の前︱︱実際の眼前では無く、
瞼の裏、若しくは脳裏に浮かぶ映像と言って良い︱︱に、目的の竜
の姿が映る。其れと同時に顔を顰めた。
紅い瞳は魔物、魔獣の証である。特に鮮やかな緋色の虹彩と白濁
した瞳孔は瘴気に犯され、理性の無い状態とされている。本能の赴
くまま瘴気を振り撒き、世界を混沌に陥れ蹂躙する畏怖たる存在。
︱︱︱因みに魔族の瞳は深紅か紫が多い。瞳孔は白では無い。其
れが魔物と魔族が別の存在と認められた証拠である。
二聖が認識した竜は、ボロボロに傷だらけの躰に紅い瞳を持って
いた。瞳孔は︱︱︱判らない。暗がりだからか鮮明で無い映像だか
らか。
恐らく何らかが原因で卵を護る為に傷だらけになったのだろう、
ドレイク
エンシェント
エルダー
今は傷を癒す為に大人しくしているのだと思われる。
﹁竜王種、では無いな。然りとて古代竜、老竜でも無し。⋮未だ魔
に染まりきっては居らぬ、か⋮⋮﹂
竜の様子を窺いポツリと呟く。
瘴気を纏わせているが、理性まで失っている様には見えない。興
奮状態が治まり刺激を与えなければ、強靭な竜の生命力なら瘴気を
跳ね返すかも知れない。
ノームのその呟きに玄武も同意する。
﹁それなら人の子にどうするかは任せましょう。人界の理は人界の
者がきめるべきだわ。わたしたちはそれをみまもり、手助けするの
み﹂
グウィン
クラウド
﹁力有る存在が全て決めては、人界の為にはならんしのう。水の杜
の養い子と客人に任せるか﹂
コクリと頷く玄武を片腕に、そのまま二聖は姿を消した。
615
ヽヽ
ヽ
目の前で閉じられた扉︱︱正確には扉が閉められた訳では無い。
ルフト
繋がっていたはずの筈の空間、地下との繋がりが閉ざされた︱︱に、
ポカンとした。その直後、幼児の叫び声で我に返る。
﹁クラウドッ!?﹂
﹁何でッ? さっきまで食堂だったのに!?﹂
ヽヽ
パッと駆け出し扉を潜るルフトたちを引き留めようと手を延ばし
ヽ
かけ、地上に戻った事を思い出して止めた。其れよりも今は、あの
バカ
男がやらかした事をどうするか、である。
﹁あんのッ、自由人ッ!!﹂
オリヴィエが小さく舌打ちしながら罵った其の場処は、先刻まで
彼等が取り残されていた地下では無い。ざわざわと冒険者や騎士・
魔術師達が犇めく地上だった。
地下から地上への移動に目を白黒させるルフトたちだが、突然現
れた子供に何人かが気付いた。
﹁おおっ!? 若しかして取り残されていた子か?﹂
厳つい冒険者に突然話しかけられビクッとするものの、その背後
に見知った顔が見えたのに安心し、コクリと頷いてから駆け寄った。
﹁リシャールさん!!﹂
突然名を呼ばれ、脚に縋り付いてきた存在に、驚くと共に安心し
た。無事だった、と。
然しよくよく見れば二人しか居らず、ヒヤリと厭な汗が伝う。
﹁ルフト、ラインハルト。⋮殿⋮⋮クラウド様は?﹂
うっかり殿下と言いそうになり、慌てて言い直す。其れでもつい
敬称を付けてしまうのは仕方が無いだろう。仮令普段から軽口を叩
いているとは言えクラウドは王族で、リシャールにとっては敬意の
616
対象であり、将来剣を捧げる相手でもある。
リシャールの問いに、ルフトもラインハルトも泣きながら答える。
﹁クラウドッ、僕たちを、ヒック、先にッ⋮⋮﹂
﹁さ、最後まで残って、そしたら扉がッ⋮⋮消えちゃったぁアアン
!!﹂
もと
盛大に泣き出した二人を抱え、話を総合した結果、クラウドとも
う一人、冒険者が取り残された事が判った。
厭な予感が的中した、とリシャールは上司兼二人の保護者の許へ
向かおうとして、肩を掴まれた。
振り返ると、絶世と言って良い美女が目の前に居た。緩く巻いた
金髪に青い瞳、そして⋮⋮まっ平らな胸と、女性にしては高過ぎる
エーデルシュタイン
背にリシャールは自分の思い違いを覚った。
﹁貴方、輝石国の騎士よね? 責任者の所に案内して貰えるかしら
?﹂
﹁⋮⋮貴方は?﹂
言葉遣いは女性的なのに、女性にしては低い声に少々ガッカリし
ドラコナ
つつ訊ねる。
﹁私は微睡竜国冒険者ギルド支部長のオリヴィエ・レニエ。地下の
状況について、其方の責任者と話し合いたいの、良いかしら?﹂
リシャールに案内されてオリヴィエが向かったのは、国とギルド
から派遣されて来た救助隊の統括本部。
仮設の天幕の中は、情報が錯綜している所為か、ピリピリと殺気
だって居た。︱︱︱が、オリヴィエとリシャール、それに連れられ
て来たルフトとラインハルトの姿に、ワッと歓声が上がる。其れと
同時に奥から厳つい顔の老人が駆け寄って、ルフトを抱き上げた。
﹁ルフト!! 無事じゃったか! 良かった⋮⋮﹂
﹁お、お祖父様⋮⋮﹂
グスリ、と涙ぐむルフトをヘルムート・フォルティス・ヤーデ将
軍︱︱此の場合ルフトの祖父と言った方が正しい︱︱が、抱き締め
617
ながら頬擦りをする。
﹁ラインハルト﹂
﹁っ!﹂
ルフトを羨ましく思っていたラインハルトの背後から、聴きたか
った声が響く。
﹁父上!﹂
パッと抱き着くと、抱き返されて、あやすかの様に撫でられると
ラインハルトも堰を切った様に泣き出す。
﹁父上っ、ク、クラウドが⋮⋮﹂
﹁クラウド様がどうかされたか?﹂
息子の言葉に、ナイトハルトも二人の側に居るべき筈の人物が居
ない事に気付く。其処へリシャールが先程ルフトたちから泣きなが
ら訴えられた事を説明する。
﹁何と⋮⋮! ではクラウド様だけ取り残されたと!?﹂
てっきり何らかの方法で全員救助されたと思っていた矢先にその
報告が為され、ヤーデ将軍以下天幕に集められた人間は頭を抱えた。
今現在、あと二人取り残されている、と言う情報は漏れていない
ので、落ち着いた状態になっている。其の話さえ無ければ直ぐに解
散しても良い位だ。
クラウドが居ないと言う状況に、一番気が付き騒ぎそうな子供達
は、地上に戻った直後に殆どが疲れきって居たのか、穏やかに眠っ
ている。気を張り詰めていたザハリアーシュも例外では無く、クラ
ウド不在の状況に気付かないまま昏々と眠っていた。此のままであ
れば気付かないままで居てくれるかも知れないと言う期待の下、起
こさない様にソッと馬車に移し、引き取りに来た保護者に順次引き
渡している。
﹁一緒にいる男は、実力﹃だけ﹄は保証出来る七ツ星よ。そのクラ
618
ウドちゃん?はヤツと居ればまぁ安全よ﹂
オリヴィエの言葉に胸を撫で下ろすのも束の間、続く説明にポカ
ンとする。
﹁問題はあの自由人が何を考えてその子を連れて行ったのかと言う
事よ。お恥ずかしい話、グウィンちゃんは時間切れで取り残された
んじゃ無い、自分の意思で地下に残ったの。⋮多分竜討伐をしよう
としているんだろうけれど、何故足手纏いの子供を連れているのか、
サッパリだわ﹂
首を振るオリヴィエだが、愚痴を聞かせる為にノコノコと出向い
た訳では無い。改めてヤーデ将軍に向き直ると、用件を切り出した。
﹁ギルド側としては醜聞と言える事で申し訳無いのだけれど、ヤツ
の暴走を止めるのを手伝って欲しいの。最低三ツ星、出来れば四ツ
星以上の実力者を貸してくれないかしら?﹂
騎士団・魔術師団ともに、普段から魔物・魔獣討伐や治安維持の
為に地道な努力を重ねている。新人や下ッ端は兎も角として、隊長
ヘスペリア
クラス、近衛・聖騎士ともなれば三ツ星以上の実力は持ち合わせて
いる。
加えて先年西六邦聖帝国へ訪問した際に、騎士団と冒険者ギルド
の親密な協力関係に感心し、同じく導入を始めたばかり。其れまで
は密な関係は無く、各々で動いていた為に情報が混乱するのは良く
有る事であった。其れも有って良い機会だと、協力体制を強化した
ばかりである。
要請されずとも其のつもりだったヤーデ将軍は二つ返事で了承し、
該当者を集める。
序でに事を大きくしたくない、と言う理由で子供達は学校に帰す
事にした。勿論保護者が迎えに来ている場合は即座に引き渡し、已
む無く迎えを寄越せないと連絡が有った子供のみの事だ。
今回の落盤事故では、議会でも対策会議が為されている。その出
席者の殆どが、迎えの来ない子息の保護者である。若しくは救助隊
619
に含まれている、騎士団や魔術師団所属の団員。そう多くは無いが、
早く子供達を安全な場所に避難させた方が良い。
オムニバス
其れと同時に学校と鉱山の関係者もこの際なので一緒に学校、と
言うより王都に戻す事にした。幸い大型箱馬車が三台も有るし、鉱
山所有の馬車も無事だ。理由としては、やはり救助活動が終わり、
此れからは魔物と魔獣の討伐になるから、と言う事が出来る。
危険回避の為の避難だ、従ってくれるだろう。
ただクラウドが取り残されている事は、学校関係者には報せなく
てはならない。但し混乱を避ける為にごく一部に、と言う訳で、報
せるのは学校で待機中の校長と、現場での責任者、ヘンドリクセン
と救助に加わったデュオにした。トリスティアについては、ただで
さえ憔悴しているのに、これ以上は負担だろう、と伏せられた。正
直に言うなら、下手に知らせて、子供達に混乱が広がるのを防ぐ意
味合いも有るので、報せるとしたら子供達を帰宅させてからになる。
冒険者ギルドとしては、引き続き救助から討伐に移行するのみな
ので、目立った混乱は無い。元々四ツ星以上と限定していたので、
己の力量については判っている冒険者ばかりだ。無茶はしない。
その証拠に竜討伐に移行した、と情報が入るなり、彼等は集団戦
へ切り替え準備を始めている。竜に対する情報が少ない為、斥候は
既に放たれているが、連絡は未だ無い。
オリヴィエもエーデルシュタインギルドと連絡を付け、今後の事
について心配はしていない。心配、と言うより不安なのは、何をす
るか見当も付かない男が、何をしでかすか、である。
これ以上人的被害を出さない為に、と冒険者も騎士団も実力者が
揃えられ、地下へと向かう事となった。既に迷宮に成り果てている
かも知れない、とくどい程に説明しての出発である。実力者揃いな
ので、其の程度の事は百も承知であるが、念の為だ。此れで腹を立
620
てたり、不機嫌になる様では、精神が未熟だと外すつもりも有った
が、幸いそんな莫迦は居なかった。
﹁オリヴィエ、クラウドを頼む﹂
本当なら自分も行きたいが、子供たちの事もある。それに三ツ星
以上とは言え、出来れば四ツ星と言っていた様に、冒険者ランクは
高ければ高い方が良い。其れが判っているので救助に向かうオリヴ
ィエに、クラウドの事を託した。
﹁判ってるわ、デュオちゃんは大人しく連絡を待ちなさい。⋮待ち
時間に報告書を書いていても良いのよ?﹂
パチンと片目を瞑って言うと、苦い顔をする。忘れていた、と言
う顔だがオリヴィエは﹁冗談よ﹂と笑った。
﹁デュオちゃんが良い先生をしているのは判ったわ。このまま暫く
頑張りなさい?﹂
じゃあ行くわね、と片手を振ってオリヴィエは再び坑道に潜る事
となった。
オリヴィエに続くのは、ナイトハルトと、リシャール、ディラン
の三人である。この三人にも各々声が掛けられた。
﹁父上、お気を付けて下さい﹂
﹁リシャールよ、クラウド様の事、呉々も宜しく頼むぞ﹂
﹁ディランさん⋮⋮お願いします﹂
各々が各々の言葉に頷くと、オリヴィエを追って行った。
見送る方が辛いな、とヤーデ将軍は溜め息を吐くと、天幕に戻り
対策と情報収集を行う事にした。
ラインハルトとルフトも、デュオに連れられて学校に戻るべく、
馬車へ向かう。現場にいても邪魔なだけ、大人しく連絡を待つしか
ない。
﹁クラウドの足手纏いにならない様に、僕たちも頑張らないとね﹂
﹁そうだな⋮⋮頑張ろう﹂
暗闇に遠去かる山を見つめ、ライとルフトは何時しか眠りに落ち
621
ていった。
︱︱︱そして。
﹁動いた﹂
はくじん
小さな身体が宙を舞い、その手の中には白刃が。緋色の瞳が小さ
な身体を見つめて、そして。
流れる水に映し出される光景に、水の杜の主はフワリと笑った。
622
Lv.46 七ツ星と愉快な仲間たち・3︵後書き︶
閲覧有り難う御座いましたwww
何だかちっとも進みません。説明好き過ぎて駄目だこりゃ︵笑︶
裏設定ですが、ノームと玄武がクラウド救出に選ばれたのは、現場
が地下だからです。其れと、南天の守護者朱雀と火の精霊王は﹃主﹄
以外の命令は聞かない上に助けません。千里のお願いと言えど、他
人でしかも七ツ星が傍に居るのが判っているので、見ているだけで
しょう。
次回からまた王子に戻ります。
623
Lv.47︵前書き︶
前々回より続き。
624
Lv.47
ゴクリ、と自然と喉が鳴った。
隣からは微かに嗤った気配。俺の緊張を面白がっているらしい。
⋮仕方無いだろう、本物の竜なんて初めて見るのだ。緊張しても可
笑しくは無い筈だ。
グウィン・レパード
カエルムペナ
俺と隻眼の白豹が地下に降りて辿り着いたのは、一触即発と言っ
た状況の竜と魔物の姿だった。
ティリス
傷だらけの竜の姿に対し、魔物︱︱グウィンが言うには、青翅虹
甲虫と言うらしい︱︱は、キチキチと警戒音なのか、輝く翅や脚、
大顎を小刻みに震わせて音を発している。﹃虹﹄と名が付けられて
カエルム
いるだけに、固そうな鞘翅は虹色⋮⋮⋮と言うより、玉虫色に光っ
ている。
タマムシ
うん、どう見ても吉丁虫だ。
ペナティリス
ただの虫と違うのは、やはり大きさだろう。目の前にいるタマム
シモドキは、全長凡そ四メートル程。四センチのタマムシと比べた
ら約百倍の大きさだ。その他の違いは、触覚や脚に鋭利な棘が幾つ
も有る事か。
竜はと言えば身体だけなら四メートル程、尾を含めれば七メート
ルは有りそうなので、小型とは言え決して見劣りはしない筈なのだ
が、如何せん満身創痍の体では今にもタマムシモドキの大顎に噛み
砕かれても可笑しくない様に見えてしまう。
﹁⋮グルルゥゥ﹂
625
地を這う様な唸り声が竜から発せられた。対するタマムシモドキ
も、鞘翅を立てて威嚇し始める。
﹁グウィン、あの竜って⋮⋮?﹂
﹁⋮未だ瘴気に侵され切ってはいない、な。瞳が白濁していない﹂
言われて見れば、確かに半ば潰れた眼は赤くなっているが、魔化
至高
した証と言われる白濁した瞳孔は見られない。尤も竜の瞳孔は縦に
の冒険者
細い、猫や爬虫類と同じ様なものなので、確認は難しいのだが。七
ツ星の言う事だ、間違いは無いだろう⋮⋮多分。
其れにしても一触即発に見える状況だが、余り事態は動いていな
い。双方が牽制し合っている感じかな?
俺がそう呟くと、グウィンも頷いた。
﹁通常なら竜の方が強い。だが見ての通り、回復中とはいえ未だ弱
っている状態だ、青翅虹甲虫も竜を喰らう隙を窺っている状態、だ
な。今なら五分五分か竜の方が不利だが⋮⋮長引けば長引く程不利
になるのはアッチ、だな﹂
さま
そう言ってタマムシモドキの方向に顎を刳る。翅を大きく広げて
威嚇している様は、身体を倍以上大きく見せている。
﹁⋮魔化して邪竜になっていないなら、交渉しないと、だな。⋮⋮
面倒臭い。⋮⋮⋮蟲同士で潰し合ってくれねェかな﹂
﹁オイコラ何言ってる﹂
ワイバーン
タマムシモドキは兎も角、竜を蟲って、否そもそも交渉って何だ。
﹁あ? 知らないか? 竜は邪竜や翼竜以外は、意思の疎通が出来
るぞ﹂
﹁マジか﹂
聞いてみた所、邪竜と呼ばれる竜は二種類に分けられるそうだ。
626
瘴気に侵され魔獣化した竜と、何かが切っ掛けで人間と敵対するよ
うになった竜と。
前者は兎も角、後者に関しては人間側の都合としか言い様が無い。
例えば元々竜の棲息地だった場所を人間が奪ったとか、貯め込ん
でいた宝物を人間に奪われたとか、裏切られたとかエトセトラ。そ
の際、初期の内なら意思疎通が図れる様なのだが、拗らせると瘴気
に侵されなくても、元々竜の持つ魔力が原因で︱︱と言っても、負
の感情に因り魔力が瘴気化するので、瘴気が原因とも言える︱︱魔
獣化と似た現象が起きる。こうなると竜の側に交渉の余地が無いら
しく、邪竜認定されて討伐対象になるそうだ。世知辛いなぁ⋮⋮。
余談だが、翼竜は﹃竜﹄と呼ばれはするが、似た種類の別種だと
言われていた。
理由としては、翼竜は前肢に皮膜が有り、其れを翼として飛行し
ている事と、知性が恐ろしく低く、野生種の翼竜は危険極まり無い
からだ。
竜は翼は全く関係無く、己の魔力で飛行している。背中の翼で飛
行するにしても、翼其の物より魔力に頼っている。魔力で飛行する
ので、翼の有無は関係無いのだ。
加えて言うなら、竜の基本定義は逆鱗の有無だが、更に詳しくと
なると、四足・翼の有無となる。一見蛇に見えても、竜ならば逆鱗
が有るし、翼と脚の痕跡が有る。人間に使役されている竜も同様で
ある︵使役竜とは人間に使役されている竜の総称で、竜騎士の騎竜
や逓信竜、荷負竜が其れに当たる︶。
翼竜が﹃竜﹄と認定されたのは、逆鱗と四足、翼が確認されたか
らである。と言うか、前肢の皮膜を翼としているのに、殆ど退化し
ている︱︱疣ほどの大きさ︱︱が背中にも翼が有ったのだ。
野生種は危険だが、卵の内から育てれば一応懐くらしい。油断す
ると喰われるらしいが。
627
エンシェント・ルーン
﹁竜の上位種は人語を解し、古代魔法語で会話すると言われている
ヽ
が、あれは嘘だ﹂
﹁嘘? 何が?﹂
グウィンの言葉に思わず問い返すと、ニヤリと嗤われた。
ヽヽヽヽ
﹁竜の上位種、だ。先刻も言ったが、邪竜と翼竜以外とは意思の疎
通が図れる。下位の竜でも人語は解している、ただ普通の人間とは
話せないだけだ。同族間なら竜語で会話するし、人間側にスキルが
有れば会話する事は可能だ⋮⋮翼竜以外なら、な﹂
古代魔法語云々は人間側がそう思っているだけで、竜側はその思
ヽヽヽヽヽヽ
惑に乗っているだけ、と説明されて力が抜けた。
言われてみれば竜騎士が竜と会話出来るのはそう言うものだと思
っていたからだが、良く考えれば騎竜以外の使役竜たちも、人語が
判らなければ大人しく命令に従う筈が無い。
グウィンの言い方だと、翼竜以外全ての竜が人語を解する、とな
るが、此れについても脳内会議をした結果、納得した。使役竜は言
うに及ばず、乳牛ならぬ乳竜と言うのが居る︱︱牛と同じ扱い。搾
乳目的で飼育される、草食の大人しい竜で大体牛の三∼五倍くらい
の大きさ。但し必ず放牧させないといけないので、場所の確保が問
題になる︱︱のだが、幾ら大人しくても竜は竜だ。飼育するには注
意が必要だ。
採れる乳の量は多くても飼うのは難しく、乳竜一頭で十頭分の乳
牛に匹敵するので、畜産家は牧場の広さや経験、需要等を鑑みて飼
育している。
考えてみれば上位種ばかりが竜では無し、俺も持っているスキル、
︻ふれあい! 動物王国︼と︻語学堪能︼は合わせ技で色々な動物
と会話が出来る。︻獣使い︼は言うに及ばず、意志疎通が出来るの
で上位下位は関係無い。
ただこう言ったスキルを持つ者全てが其れに関わる仕事をしてい
るか、と言われれば微妙で︵何せ俺もそうだし︶、逆に生き物に関
わる職業に就いている人全てがスキル持ちかと言われれば違うと言
628
い切れる。若しそうなら、騎士団所属の騎士たちは全員竜騎士でも
可笑しくない。竜と会話出来るスキル、技量諸々が足りないのだ。
其れでも馬の世話は出来るし、会話が無くても通じ合っている感じ
はする。
騎士団でもそんな感じなのだ、畜産家や使役獣たちの主人たちも
恐らく似た様なものだろう。
﹁話は判った。⋮で、交渉出来る相手として、具体的には何をする
んだ?﹂
判りきっている事だが、念の為訊ねる。
﹁青翅虹甲虫をヤる﹂
デスヨネー。
﹁追い払うだけでも良いんだが、素材の宝庫だからな。逃がすより
狩る方が旨味が有る﹂
﹁注意事項は?﹂
﹁なるべく傷付けるな、関節を狙え、⋮⋮行くぞ﹂
お互い武器に手を掛けつつ体勢を低くして回り込む。
竜とタマムシモドキはお互いを牽制しあっていて、俺たちには気
付いていない。尤も、隠形状態なので気付かれ難いと言う理由もあ
る。
二手に分かれてタイミングを見計らう。
ジリ、と間合いを詰めて竜の死角、タマムシモドキの背後に回り
機会を窺う。
ギチギチと警戒音は鳴り止まず、細かに震わせる鞘翅も目眩まし
の役に立っている。タイミングを見計らい、グウィンに視線を移せ
ばコクりと頷かれ、唇が動いた。
︱︱︱往くぞ。
629
そんな声が聞こえた気がした。
合図と共に身を翻し前に出る。
魔法を使うには俺の経験値が足りないので、物理で攻撃する。
鞘から抜いた直後に、タマムシモドキの後脚を狙うが、硬い外皮
に弾かれる。だが其れを反動として背中に乗るのに成功した。
﹁ハアッ!!﹂
翅を畳まれる前に付け根の部分に思い切り刃を突き立てる。ブシ
ャッと体液が噴き出し、俺の服が黄色く染まる。それと同時にタマ
ムシモドキの動きが激しくなり、上下に揺さぶられるものの必死に
なってしがみつく。
バチンバチンと翅が当たって地味に痛い!
一方グウィンはと言えば、俺と同時に前に出たと思ったら、其の
まま竜に向かって魔法を放った。
﹁爆・煙・幕!﹂
言い終わると同時に近くで爆発が起こり、ガラガラと天井が崩れ
て辺り一面に砂埃が立ち上がった。
﹁コラアァッ!? 視界が悪くなったぞぉッ?!﹂
第一、竜と話し合うって案はどうなった?! その思いで必死に
なって叫ぶと、直ぐ傍に人の気配。
﹁邪魔されたら堪らんからな、一旦退いて貰った﹂
﹁言えよ、そう言う大事な事は言えよ!﹂
﹁だから今、言ったろ?﹂
其のまま再びジャンプすると、グウィンは双剣を握りタマムシモ
ドキの正面に立った。
否だから俺が言いたいのは今じゃ無くて先に言えって事なんだけ
ど?!
今更そんな事を言ってもどうしようも無い。
どうやら竜は新たな敵が出た事で不利になったと思ったのか、砂
630
埃に紛れて姿を消していた。⋮またこの先を追跡するのか。うんざ
グウィン
りしつつも目先の事に集中する事にした。
元凶の男はと言えばタマムシモドキの正面に立った後、ニッコリ
笑って一気に勝負に出た。
﹁⋮⋮ッ!﹂
一瞬で間を詰め、交差した腕が左右に開く。そのまま一回顎を蹴
り上げ、クルリと回転してタマムシモドキの腹に潜ったと同時に、
触角が根元から落ちる。
傷付けるな、と言っただけあって一閃で硬い触覚を切り落とした
のは、見事としか言い様が無い。経験にも因るのだろうが、今の俺
では到底そのレベルには行き着かない。地道に着実にやるだけだ。
グウィンが正面に立った事で其方に気が回ったからか、激しい動
きが治まり、俺もやっと動ける様になった。
本当は背中から降りた方が良いのかも知れないが、こんな機会は
二度と無いかも知れないので、其のままジリジリと背中を移動する。
触角が切り落とされた事で方向感覚が麻痺したのか、先刻の上下
運動とは違い、グルグル忙し無く動き始めた。揺れはするものの、
激しい動きとまではいかないので、何とか目的の場所に辿り着く。
何とかと言っても翅の付け根なのは変わらないので、距離的には短
い。ただツルリとした外骨格の上なので、滑り落ちない様に気を付
ける必要が有る。
威嚇の為に立てていた鞘翅は今は畳まれているので、一寸難しい
が再度立てられた時が勝負だ。
滑り易い場所だが何とか凸凹と波打つ場所に足掛かりを求め、刀
を構える。一瞬の勝負だと思う。
この間もグウィンは次々と足止めなのか、タマムシモドキの脚を
切り落として行った。
一本二本と無くなる脚に漸く気付いたのか、動きを止め鞘翅が微
かに動く。
631
今だ。
俺が刀を抜いたのと、鞘翅が広げられたのは同時だった。風圧が
襲い掛かるが、耐えられない程でも無い。其のまま振り抜き、鞘翅
を付け根から切り離す。輝く鞘翅が背中からゆっくりと剥がれ落ち、
タマムシモドキ
地面に滑り落ちた。続けて透明な後翅もハラリと落ちる。
四枚の翅全て切り落としたので、もうこれでコイツは飛んで逃げ
る事は出来なくなった。おまけに背中が丸出しになったので、攻撃
し放題だ。
翅が無くなり剥き出しの背中を見れば、体節が帯と言うか蛇腹状
に並んでいて、此処は節に沿って輪切りにするのが宜しかろう、と
移動する事にした。
蜂の様に括れが有る訳では無いので、一番細い場所、と言うと尻
の方になってしまう。其れだとダメージは殆ど無いと思うので、別
の場所、弱いと思われる場所を考えた。
翅の付け根は筋肉が集まって硬くなっているが、上手く筋に沿っ
て刃を入れられれば、簡単に切れる気がする。何と言っても甲虫類
が外骨格を発達させたのは、急所を保護する為でも有る。特に複雑
な器官が有る訳でも無いが、逆に言うならほぼ全身に重要な器官が
散らばっていると言う事だ。
軽くジャンプして節に目掛けて刀を振り下ろす。先刻とは違う弾
力が足裏に感じられ、其のままグッと力を込めるとズブズブと鍔ま
で刃が体内へと飲み込まれていった。
其のまま魔力を刀に流すと、パチパチと放電し、その場から蟲の
肉の焦げた臭い。
渾身の力を込めて更に刀を腹に深く飲み込ませれば、体液が盛り
上がって出てくるが、先刻と違い放電しているからか、盛り上がっ
た場所から瘡蓋の様に固まって行く。どす黒く変色していく体液に
も負けず、俺の愛刀は刃毀れもせず、刃紋が輝きを放つ。
632
かし
肘までめり込んだ辺りで、突然ガクンとタマムシモドキの躰が傾
いだ。慌てて刀と腹の節にしがみ付くと、もう一度反対側に傾ぐ。
ドウと音を立てて、俺を背中に乗せたままタマムシモドキが地に
伏せた。⋮⋮否、脚が全て刈取られて、自立出来なくなっていた。
誰がやったかって、そりゃあ勿論グウィンだ。
俺が背中の上で腹を掻っ捌こうとしている間に、着々と脚を切り
落としていたらしい。そして今現在。
﹁よっ、と﹂
何とも気合いの入らない掛け声で、グウィンはタマムシモドキの
頭を切り落としていた。
飛び散る体液を頭から浴びて嗤うグウィンは、正直いかれている
と思う。
六足と頭を切り落とされて尚蠢くタマムシモドキだが、俺とグウ
ィンが次々と躰を刻む事でやがて動かなくなった。
つ、疲れた!
大きさとしては然程でも無いが、対人戦、然も模擬戦闘しかやっ
た事の無い俺にとっては、タマムシモドキは充分巨大であった。ガ
リガリ体力が削り取られた気がする。
レイドア
そしてまぁ、先刻から無視していたのだが、座って落ち着いたら
何時もの効果音が流れる流れる。
﹃戦闘レベルが上がりました﹄
﹃魔法レベルが上がりました﹄
﹃戦闘レベルが上がりました﹄
﹃︻剣術︼スキルが上がりました﹄
﹃魔法レベルが上がりました﹄
タック
﹃︻協力戦対応︼スキルが一定値を超えました。これにより︻急襲
戦攻防︼スキルを得ました。以降有効となります﹄
﹃戦闘レベルが上がりました﹄
633
﹃戦闘レベルが⋮⋮﹄
⋮⋮⋮
ああもう五月蝿い。
マント
アイテムボ
げっそりとした気分でグウィンを見ると、解体を終えたのか外套
ックス
に次々とタマムシモドキの素材を入れていた。どうやら外套が道具
袋らしい。
煌めく外骨格、つまり翅や脚は武器や防具の他、護符や装飾に引
っ張りだこなのだそうだ。⋮そう言えば飛鳥時代の宝物に、玉虫厨
子なんてのも有ったなぁ、と思い出してみたり。青翅虹甲虫だった
ら一匹で済むかも知れない。
良く見るとまた何やら食べている。良く喰うなぁ⋮⋮と見ていた
ら、俺が焦がしたタマムシモドキの腹だった。
﹁⋮⋮なぁ、ソレ美味いの?﹂
頭が良く働かないせいか、見たままの質問をする。
﹁それなりには。貴重な蛋白源だ、喰えるなら喰った方が良い﹂
ポイと投げられ慌てて受け止める。どうしよう、コレ食べた方が
良いのか?
ハチノコやイナゴは食べた事有るが︵勿論前世でだが︶、こんな
デカイ蟲は食べた事無い⋮⋮。
恐る恐る口に運び、一口試す。
⋮⋮。
⋮⋮⋮⋮。
﹁おええええええええろろろろろ﹂
思わず吐いた、と言うか口から其のままボトリと落ちた。
634
何だコレ?! ヌチャッとした歯応えに、苦い味。噛みきれない
皮から体液が潰された肉と出てきて⋮⋮不味い。不味すぎる。
何か口直し! と思い道具袋を弄ると、ハーブ水の残りが有った。
急いで口に含んで洗い流す。ハーブ水、本日大活躍である。
﹁何だ、口に合わなかったか?﹂
﹁合う合わない以前に、人類の食べ物じゃ無いだろ、コレ﹂
飄々と訊かれたので、恨みがましく答える。すると俺の吐き出し
たモノを一瞥してグウィンが謝った。
﹁そうだな、初心者に半生はキツいな。悪かった﹂
そう言いつつ、再度俺に肉を寄越す。イラネと思いつつ、投げら
れるとつい受け取ってしまう俺が莫迦なのか。
﹁ソレなら喰える筈だ。騙されたと思って喰ってみろ﹂
ホコホコ温かい肉は先程とは違い、香ばしく焼けていた。確かに
先刻の肉とは違い、食欲を誘われる。と言ってもチョコチョコ何か
を食べていたので、空腹では無いのだが。
﹁⋮食べなきゃダメか?﹂
先刻の食感が未だ口に残っている気がして、喰える筈と言われて
も何と無く口にするのは躊躇われる。
﹁ダメと言う事は無いが、何事も試すのは良い経験になるぞ?﹂
﹁⋮⋮﹂
良い経験になると言われて、試さないでいられない俺はきっと莫
迦だろう。
ソロソロと口に運び小さく齧る。
先刻と違い、パリッと軽く音がしてタマムシモドキの皮が口の中
に。其のままポリポリカリカリ⋮⋮。
何だ、コレ、スゲェ美味い。
カリカリした皮は海老や蟹の唐揚げみたいだし、グジュグジュで
生臭く苦かった身は、甘くホロホロとした口当たりの栗やサツマイ
モみたいだ。ゑ、何コレ。何でこんなに美味いの? 焼いただけだ
635
よ?
目を丸くしつつ渡された肉を完食した俺をグウィンが笑う。
﹁な? 食ってみるモンだろう?﹂
﹁⋮⋮うん﹂
ポンポンと頭を叩かれ、そのまま抱き上げられた。
﹁腹ごなしもした所で、追うぞ﹂
﹁⋮歩けマスよ?﹂
﹁チョイと急ぐから、確り掴まっとけ。何だったら寝てても良いぞ﹂
﹁何だその真逆の提あ⋮ンなああああああッ!?﹂
いきなり担がれ、グウィンが跳躍した。三角飛びの要領で凸凹な
地面を避けて、ヒョイヒョイと進む。揺さぶられて目が回り吐きそ
うになるが、慣れと言うのは恐ろしいもので堪えている内に平気に
なった。人間って凄い。
気になったのは、途中途中でグウィンが地面に何か投げ付けてい
た事だ。明らかに魔導具だとは判るのだが、落ちたと同時に青白く
発光するソレが何なのか知りたくて、肩にしがみ付きながら訊ねる。
みちしるべ
ああして
﹁アレ何だ? 何でやってるんだ?﹂
﹁斑猫だ。暫くは光って俺達の行き先を報せてくれる。追い付かれ
る前に、竜の所まで行くぞ﹂
﹁追い付かれるって、誰に⋮⋮ゃああああああッ!!﹂
更に速度が上がり、其れ以上訊く事が出来なくなった。だから俺
は知らない。移動した数分後に、こんな会話がされていたなんて。
﹁此処で戦闘が行われていた様ね﹂
﹁戦闘!? まさか竜とですか?!﹂
ヽヽ
グウィン
﹁魔獣に追われて此の様な深部まで移動されたのでしょうか?﹂
﹁違うと思うわ。言ったでしょうあのおバカ、子連れで竜討伐に向
かったって。多分此処は竜以外との戦闘場所ね﹂
636
俺の叔父上
オリヴィエさん、サーペンタイン隊長以下騎士団の面々が、開け
た空洞で俺達の捜索を続ける。
此の時点で二度目の戦闘跡が見付かり、全員の表情が厳しくなっ
ていた。
至高の七ツ星
﹁殿下は御無事でしょうか⋮⋮﹂
﹁⋮⋮本ッ当に申し訳無いわ、ウチの問題児が迷惑を掛けて﹂
顳顬を揉みつつ謝るオリヴィエさんに、何とも言えない視線が集
まる。公にしていないとはいえ、一国の王子を勝手に連れ回してい
クラウド
るのだ、責任は免れない。良くて冒険者登録の抹殺、悪ければ死刑
だ。
だが今回巻き込まれた王子が﹃俺﹄だった事で、少々事情が違っ
た。
オリヴィエさんの謝罪に、サーペンタイン隊長が首を振る。
﹁謝罪は必要有りません。確かにただ拐われたと言うなら、憤懣遣
る方無いですが、高位冒険者の方々が曲者揃いなのは存じ上げてお
りますし、殿下が大人しく拐われて其のまま、と言うのは有り得ま
エーデルシュタイン
せん。自分の意思でグウィン殿と行動を共にしているのでしょう﹂
﹁⋮⋮何度も言うけど、輝石国の王子様って何者?﹂
此の時点でオリヴィエさんに俺の身分は伝わっていて、初めて聞
かされた時は頭を抱えたらしい。大人の事情って奴で、オリヴィエ
さんとしては俺を救出後、迷惑料と言うか慰謝料と言うか、口止め
?として、俺と俺の家族に見舞金を出すつもりだったらしい。七ツ
星の冒険者を失うのは惜しい、と言う事だ。其れも俺の親が平民か
下級貴族︵ぶっちゃけると金銭に目が眩むタイプ︶だったら通じた
かも知れないが、生憎と俺は中身は兎も角、生粋の王族である。そ
りゃあ頭も抱えてしまうだろう。
オリヴィエさんの呟きにまた首を振る隊長。⋮何も訊くな、って
事らしい。
そしてその後、グウィンが残した道標を発見し、追跡となった。
637
因みに此処まで詳細な事を教えてくれたのは、ディランさんとリ
シャールさんである。
物凄い良い笑顔と威圧で、記録用魔導具を見せつつ解説してくれ
た。
心配掛けて済みませんでしたあーッ!!
638
Lv.47︵後書き︶
閲覧有り難うございましたwww
戦闘はどうも苦手。コレが私の精一杯⋮⋮。
今回も︵笑︶ルビで遊んでいます。特に斑猫↓道標の所。判り辛く
て済みません。謝るけどコレに関しては直しません。因みに斑猫は
ハンミョウと読みます。︵ヒント︶
639
Lv.48︵前書き︶
ちょっと長くなりました⋮⋮。
640
Lv.48
良くね。
痛い過去って言うか、中二病を患うって有るじゃないですか。痛
い発言とか妄想とか。俺は未だ本気出して無いだけ、とか。邪気眼
が疼くとか。
俺も一時感染した事が有って、今も思い出すと、ァイタタタタタ、
となるんですけどね、ええ。前世での話ですが勿論。詳細は言えま
せんが、俺の前世、剣道場の息子・爺さんが真剣保有・そこそこ優
秀だった、って事から推察して欲しいですね。天狗だった、と言え
なくも無いです、はい。
⋮何故こんな事を言うかと言えば、俺の目の前に、その中二病を
具現化した奴が居るからだよ!
﹃ぼくがかんがえるさいきょうのまほうとぶきがつかえるじんるい
さいきょう﹄
⋮妙なフレーズが頭を過ったが、俺は悪くないと思う。
ダンジョンコア
竜を追いかけて迷路の様な地下をグウィンに抱えられながら進み、
漸く降ろされたのは最終目的地、迷宮核の近くだった。
途中途中で目を回しかけたものの、俺の三半規管は丈夫なのか流
され易いのか、何とか無事にやり過ごせた。
﹁⋮竜は?﹂
ヽヽ
コッソリ高台から様子を窺うが、逃げた竜の姿は見えない。ただ
アレが迷宮核なのか、薄ボンヤリと発光した場所が下のフロアにあ
641
る。
俺の問いにグウィンが答える。
﹁気配は、有る。⋮あのボヤッとしたのが、魔界の瘴気だ。中心に
歪みが有るのが判るか? 其れが迷宮核。瘴気を含んだ靄が広がる
と、其れに感染して魔獣化が起こる。魔獣が増えれば瘴気も濃くな
る。瘴気が濃くなればなる程魔獣が増えて⋮⋮﹂
﹁更に瘴気が濃くなる﹂
グウィンの発言の続きを言うと、満足げに頷いて俺の頭を撫でた。
そのまま﹁臨界に達したらどうなると思う?﹂と訊いてきたので答
える。
そのとおり
﹁魔界と、繋がる⋮⋮?﹂
﹁御明察﹂
カエルムペナティリス
思わずしげしげと靄の辺りを見詰める。今まで倒して来た魔物は、
青翅虹甲虫は別として、言っちゃ何だが︵俺は梃摺ったが︶雑魚同
然である。スライムは魔界由来の魔物だが、既に相当数人界に棲息
しているので、今回の迷宮核から出てきた訳では無いだろう。どち
らかと言えば瘴気の影響を受けたであろうモルディアブロの方が厄
介だ。
だがこのまま迷宮核を放置する訳にはいかない。魔界と本格的に
繋がったら、今現在出現している魔物とは比べ物にならない脅威が
やって来るかも知れないのだ。其れは避けたい。
魔界と繋がる、と言ったが、実際は今も小さな綻びが出来ている
ので、繋がっていると言えば繋がっている。小さな綻びから瘴気が
漏れだし、其の瘴気に触れた動物が魔獣化して更に瘴気を撒き散ら
し、どんどん綻びを拡げ﹃道﹄を作る。出来た道の大きさに因って
やって来る魔物の大きさが変わる。そして瘴気が更に拡がり、道も
大きくなり魔物も強大になっていく寸法だ。
魔物が強力になれば、被害は広がる。未だ小さい内に対処しなく
てはならないのだが、どうやって迷宮核を壊すのだろう?
642
疑問に思った俺は傍に立つグウィンを見上げて、どうするのか訊
こうとして不意に違和感に気付いた。
﹁︱︱︱?﹂
あれ? と思った。
どうした? と言う風に首を傾げるグウィンに、特に変わった感
じは無い。無い筈なのだが、何故か違和感。
一度視線を外し、再度見上げて判った。
グウィンの眼帯が左に有った。愉しげに細められた右目は金色で、
微かに眉から下瞼にかけてうっすらと傷痕。
そうか、違和感の原因は、先刻まで無かった傷痕のせいか。
何故か知らないが、右に有った眼帯を左にした事で、傷痕が現れ
たのか。うん、納得︱︱︱。
じゃねええええ!!
﹁グッ、グウィン!? あんた、眼帯ッ、いや、目ッ、金色ッ??﹂
﹁落ち着け、どうどう﹂
アイスブルー
混乱する俺の背中を叩くグウィンだが、落ち着いていられるか。
右に眼帯が有った時、グウィンの左目は確かに淡青色だった。其
パニク
れは間違い無い。なのに今の彼の眸は金色である。どう言う事だ?!
混乱する俺に、グウィンはキョトンと首を傾げ、﹁ああ!﹂と合
点がいったのか、頷いて宣った。
前世
﹁俺の右目は﹃見えざるものを視る﹄目だ。アンタの前の世界で言
う処の⋮⋮邪気眼?﹂
643
﹁ヤメテ中二病設定!!﹂
思わず泣きが入ったが、叫んだ俺は悪くない、筈。
詳しくは後で、と先延ばしにされたが、後日聞いた所に由ると、
普段は左目一つで事が足りるそうだ。幼い頃に右目を潰され︵サラ
ッと言われたので、誰に?とか追究出来なかった︶センちゃんに拾
ぶっちぎり
ヘテロクロミア
われた時に、白虎に新しい目を与えられたとか何とか。
実力打っ千切りの七ツ星の冒険者で、イケメン・金銀妖瞳ってど
んな中二病設定のチートだよ! 恥ずかし過ぎて人前に出せんわ!!
⋮⋮さておき。
話し合いの結果、竜はグウィンが、迷宮核は俺が対処する事とな
った。
魔界と繋がってポロポロと魔物を産み出している迷宮核を、新人
冒険者に毛が生えた様な俺が相手をするのもどうかと思うが、竜と
会話出来る程のスキルを持っていない︱︱事も無いのだが、会話が
出来る程熟練していない︱︱俺が竜相手に交渉も難しいからである。
はた
こんな事なら竜と話せるスキルを持てば良かった。
⋮⋮と其処まで考えたところで、礑と思い出す。
そう言えば。つい先日の運動会で、美幼女の姿の玄武に何か言わ
れた気がする。
︱︱︱馬とは話せるようになりましたか、なれば良いことがある
かもしれません。
そうだ、ラディンからの伝言。
玄武との別れ際、そう伝えられた。更に言うなら、時の賢者たる
644
ヽヽ
これから
ラディンがそう言ったのなら、そうなのだと。俺の﹃未来﹄を視た
のだろう、とも言っていた。
慌てて俺のスキルを確認する。
確認と言っても、﹃ステータスオープン!﹄等と言えば目の前に
または
ステータス画面が広がる⋮⋮なんて簡単な話では無い。記憶の抽斗
を開けて、中身を確認する・頭の中に広がる記憶を思い出す、其れ
が一番近い。引き出された情報は、実際に表示される訳では無いが、
脳内と言うか瞼の裏? 俺にしか判らない状態で視える。うっかり
ギルドカード
集中を欠くと視えなくなるので、一寸面倒だったりする。
冒険者登録証にはスキルや加護を表示する機能が付いているので、
確認が楽で羨ましい。
その
因みに冒険者登録証以外の身分証には、スキルはレベルの高い順
程度
に五つ迄しか記載されない。何せ普通は冒険者以外、多くても五つ
位しかスキルを持っていないからである。俺みたいに、やたらとス
キルを取得しちゃう方が珍しい、と言うか可笑しい。
羨ましいのは置いといて、スキルの確認をすると︻語学堪能︼の
ルーン
エスタニア
説明の中に、俺が習得した言語の一覧が有った。公用語の他、日本
このスキル
語と魔法語、東大陸西方地方語と有った。まぁ妥当である。
︻言語堪能︼を持っていなくても、大概の人間は二ヶ国語が話せる。
母国語と公用語だ。とは言え公用語を話せるのは、貴族の方が多い。
普段は母国語で、外国人との会話に公用語を使う。以前にも説明し
たかと思うが、公用語と言うのは世界共通語で、何処の国でも通じ
るが、地方に行く程通じる割合が低くなる。主要都市は行商の都合
エーデルシュタイン
からか、幼い子供でもある程度は公用語が通じる。
アルビオン
因みに我が国は東大陸の西に位置する島国なので、国民の多くは
マリネイラ
オリエストール
公用語と西方地方語を使っている。此れが雪白国だと北方地方語だ
し、海沙王国は南方地方語、東邦皇国は東方地方語となる。
645
更に細かく言えば、各国で微妙に言葉が違うし、地方によっては
方言も有ったりするのだが、其れは置いといて俺のスキルであるが。
︻言語堪能︼の説明の中の派生効果として見付けた。
︻ききみみずきん︼動物の言葉が解る。レベルが上がると動物を含
むあらゆる生き物と会話が可能。︻言語堪能︼の他、︻獣使い︼︻
パッシブ
ふれあい! 動物王国︼︻信頼関係+︼︻友情++︼何れか二つ以
上のスキルが必要。スキルレベル5以上で発動、効果は常時。
ききみみずきんて確かそんな童話だか民話だったか有ったなぁ、
とか、あー俺このスキル、+じゃ無いけど全部持ってるや、とか色
々思う所は有ったが、知らぬ内に取得していたらしい。
知らぬ内てそんな莫迦な、と思うだろうが、有るんだから仕方無
い。一度に大量にスキル取得すると、確認に取り零しが出るんだよ
︻ききみみずきん︼
⋮⋮。
このスキルが無くても動物と話せない事も無いのだが︱︱︻ふれ
あい! 動物王国︼や︻獣使い︼等が有れば会話は可能である︱︱、
より詳細な会話が出来ると言うのがポイント。乗馬に初挑戦した時、
動物と会話出来る、と有ったが多分このスキルの事だったんだろう。
で、良く見たら︻ききみみずきん︼レベル4だった。発動しない
エドヴァルド
のかガッカリ、と思うが積極的に動物と触れ合う事も無かったし、
仕方無いかとも思う。こんな事なら青毛の相手をもっとしておけば
良かった、と思っても後の祭りだ。
グウィンから迷宮核を壊す際の注意事項を確認し、竜に気付かれ
ない様そっと高台から降りる。そのまま二手に分かれ、打ち合わせ
通りグウィンは竜の隠れ場所へ、俺は迷宮核の場所へと向かった。
近付くにつれ瘴気が濃くなるのが判る。
濃密な魔力の塊がこんなに苦しいなんて、想像もしなかった。若
646
しかして魔族は逆に人界の空気が薄く感じるんじゃ無いか、等と考
えてしまう。ほら、登山する時には高山病に気を付けろって言われ
るだろ? 地上が一気圧の場合、高所は気圧が下がって呼吸が上手
く出来なくなるから。其れと同じで、魔界の瘴気に慣れた魔族は、
人界の空気は辛いんじゃ⋮⋮。
一応ブースト系の補助魔法をかけまくったので、多少瘴気に触れ
た所で俺が即瘴気に犯される事は少ない。若し俺が魔化する事が有
っても、グウィンが止めてくれるだろう、多分。⋮どう言う止め方
かは考えたくない。
一歩進む毎に濃くなる瘴気を浄化しながら進む。
光属性の魔法なら浄化の力も強いのだが、生憎俺は光属性の魔法
は使えない。光属性は闇属性と共に特殊で、生まれつきその属性を
持つか、其々の精霊と契約しないと使えないのだ。因みに生まれつ
き此れ等の属性を持つ者は、勇者や聖女と呼ばれる。属性持ちでも
無く、精霊と契約していない俺に使える魔法では無い。
余談だが精霊魔法は、光と闇以外は精霊と契約しなくても使える。
契約した方がより高度な、または強力な魔法が使えると言うだけだ。
そもそも精霊と契約する魔法使いは少なくないが、精霊は気紛れな
ので魔法使い全員が精霊と契約している訳では無い。選り好みが激
しい、と言っても良いだろう。
俺が使っている浄化の魔法は、火と水である。グウィンに言わせ
れば、瘴気を良く見れば其処に流れる魔力の属性が判るらしいが、
俺にはさっぱり判らない。なので恐らく最も一般的であろう属性を
交互に使用して対応しているのだ。
流れる魔力の属性が判れば、其れを浄化する為の属性も決まって
くる。見て直ぐ判るのなら簡単なのだろうが、見えないのだから地
道な作業になるのは仕方が無い。⋮グウィンの中二設定が少し羨ま
しくなった⋮⋮。
所でこんな説明をしていて随分と呑気だな、と思うだろうが実際
647
は大変忙しい。
瘴気を浄化しつつ迷宮核に攻撃をかましつつ、湧いてくる小さめ
の魔獣や魔物と戦っている。先にグウィンと戦闘していたからか、
小さめの敵なら楽勝である。今のところ然程大きな魔物は﹃道﹄を
こちら
通って来ていない様だ。青翅虹甲虫は大きかったが、あれは多分小
さい内に人界に来たか、脱皮と言うか変態したのでは無いかと思わ
れる。⋮魔物の生態が昆虫と全く同じ、とは思えないので単純に蛹
化から羽化した、と言うより脱皮を繰り返して大きくなったんじゃ
しゃが
無いか? と思う。この辺は魔物の研究者が居れば聞きたいところ
だ。
﹁ッ!﹂
いきなり上から何かが襲ってきた。咄嗟に蹲んで躱し、飛び去っ
た方を確認すると、天井付近に黒い塊が蠢いていた。蝙蝠だ。群れ
の中に一際大きい蝙蝠が一体いる。その他中型がチラホラ。
﹁うあ、マジか⋮⋮﹂
魔獣化した蝙蝠の群れだ。
普通の蝙蝠は此方から攻撃しない限り、やたらと人間は襲わない。
殆どの種類が夜行性なので、棲息域︱︱洞窟や森が主だが、人家に
リー
住まう種類も居る︱︱を脅かさない限り、滅多に遭遇しないと言う
のもある。
ダー
だが魔獣化したとなれば話は別だ。魔獣化した個体が群れの指導
やが
者となって攻撃的な群れと化す。リーダーの瘴気に触れた結果、群
れ全体が軈て魔獣化する。
見上げて見た所、魔獣化しているのは群れの六割程か。幾ら洞窟
内に棲んでいるとは言え、こんな外に出るのも儘ならない程︱︱餌
を獲りに行く都合上、ある程度は地上に近い場所を拠点としている
筈なのだ︱︱の地底深くに大量に居るのはおかしい。恐らくだがリ
ーダーに連れられて、迷宮核近くまで移動したのだろう。その結果
群れ全体がほぼ魔獣化した、と。魔獣化していない蝙蝠たちも、リ
648
ーダーの支配下に置かれて攻撃的である。
二度目の攻撃が来た。今度は数体。
﹁ヂャッ!﹂
﹁ギギイッ﹂
頭を掠めて飛び去ろうとする蝙蝠を、躱しながら斬り払う。ポト、
ポトと奴等の羽根と躰が落ちた。其れが合図となったのか、今度は
ブルリエクステラ
一斉に襲い掛かってきた。
﹁焼き払え!﹂
ゴウ、と蝙蝠たちに向かって炎の波が襲う。直撃を受ける奴、慌
てて反転して逃げる奴と様々だが、二割程減らす事に成功。だが数
が多過ぎる。
個体毎なら然程難しい相手でも無いが、数の力は脅威である。
﹁クソッ!﹂
次々襲い掛かってくる蝙蝠は、俺の攻撃をひらりひらりと躱して
いく。最初の数匹は幸運だった、って事だろう。此方の攻撃が効か
ない代わりに、彼方の攻撃も受けて居ないが、数の問題もありどち
らかと言えば俺の方が不利だ。
魔法攻撃も向こうが慣れてしまえば余り効かない。単純攻撃は駄
目と判っているが、回避能力の高い蝙蝠相手の攻撃が思い付かない。
まとも
後で考えてみれば、この時の俺は相当疲れていたんだろう、と思
う。真面な思考が出来ていない。
蝙蝠の特徴として、超音波を発生させて距離を測り飛行する、と
タイムラグ
言うのが有るが、俺の攻撃の殆どは其の所為で躱されていた。物理
攻撃は言うに及ばず、魔法攻撃も距離が有る所為か僅かな時間差が
出来て避けられた。
なかなか減らない蝙蝠の群れに、俺も苛々として攻撃がつい雑に
なる。だが其れを見逃さないのがリーダーだ。
ほんの僅かな動きの乱れを突いて、蝙蝠たちが俺を取り囲んだ。
649
普通の蝙蝠は兎も角、魔獣化した奴等は超音波攻撃を仕掛けてくる
ので、躱すのも大変だ。刀で薙ぎ払っても当たらないし、逆に俺に
隙が出来てしまう。魔獣化して大型になった蝙蝠が攻撃を仕掛け、
避けた所をリーダーが襲う。
﹁うわッ!?﹂
バサッと背後から羽ばたく音が聞こえた、と同時に肩に痛みが走
る。咄嗟に避けたものの避けきれず、直接攻撃を受けてしまった。
体勢を崩した俺に、蝙蝠たちが一斉に集る。
急所を守ろうとしたのが仇となった。隠した場所とは別の場所に
蝙蝠が数匹喰らい付きしがみついた。幾つもの牙や爪が俺の体に食
い込み、足が縺れて倒れてしまう。其れを狙ったかの様にリーダー
が俺に伸し掛る。
﹁ガハッ?!﹂
先程攻撃された同じ場所に牙が食い込む。ジンジンとした鈍い痛
みだった場所が、猛烈な熱と痛みを伴う場所となる。
﹁あ、あ、うああーーッ!!﹂
ゴロゴロと転がると小さい蝙蝠どもは潰されてヨロヨロと逃げて
行く。だが魔獣化した中型以上はしつこく食い下がり、俺の血を吸
い始めた。肉も喰われているのかも知れない、引き攣る様な痛みに
声も出ない。
ジワジワと体が麻痺していき、目の前にチカチカと星が飛ぶ。あ
あ、不味い。気が遠くなる⋮⋮と薄れる意識と闘いつつ、蝙蝠を引
き剥がしていると、フッと体が軽くなった。
ぼん
﹁?!﹂
﹁坊や、暫し待ちや﹂
﹁油断大敵、よ。しかたのないこね﹂
気が付けば目の前に見知らぬ金髪の男が立ち、蝙蝠たちを蹴散ら
し威嚇していた。そして俺の脇には黒髪の幼女。傷口に手を翳し塞
650
いでくれている。
﹁げ、玄武様⋮⋮?﹂
見覚えの有る相手に声を掛けると、困った様な呆れた様な表情で
頷かれる。だとすると金髪の男も只人では無いのだろう、玄武の眷
族、いや仲間⋮⋮?
﹁若しかして朱雀様?﹂
金髪の男を視線で問えば、﹁ちがうわ﹂と首が振られる。
﹁あれは大地よ。精霊王﹂
﹁おうおう、坊や。傷は癒えたか。油断するでないぞ?﹂
ひょっこりと顔を出され、慌てて助けて貰った礼を言う。
俺の礼に大地と呼ばれた金髪の精霊は呵々と笑う。⋮何だか見た
エレメンタル
ノーム
目に反して爺臭ェ⋮⋮。て言うか、精霊王って言ったか?
﹁まさか四精霊の王?!﹂
﹁良ぅ知っておったの。如何にも、儂は知の賢者、地の精霊王よ﹂
ギョッとしながら叫ぶ俺に、ノームは事も無げに身分を明かすと
玄武
同時に、一瞬で白い髭を蓄えた小人となり、また青年姿へと戻った。
﹁済まんのぅ。早ぅ助けてやりとうたが、フユに止められての。ギ
リギリまで自力で足掻け、と。せねば坊が成長せぬと言われてはな
ぁ﹂
エレメンタル
﹁わたしに責任をおしつけないで。大地もさんせいしたくせに﹂
﹁儂等は四神ほど制約は無いもの、手を貸すのは容易いがフユの言
う事にも一理有ると思うてな﹂
ポカンとやり取りを見ている間に、俺の身体中に有った傷はすっ
かり塞がり、肉すらも再生された。見ると傷痕はうっすらピンクに
なり、時間が経てば目立たない所か、全く無くなるだろう。
﹁⋮有り難うございます﹂
複雑な気分で︵何せ半ば見殺しにされかけた様な物だし︶再度礼
を述べると、首を振って立たされた。
﹁いいのよ、これはあなたの闘い。もういちど向き合うきもちはあ
651
る?﹂
﹁人界の事は人界の者がすべき事。儂等が手伝うのは、坊を護る事
だけよ。闘うのは坊自身じゃ、やれるか?﹂
ノームの問いに、俺は勿論頷いた。やられっ放しでいられるか!
玄武が俺を治療している間、ノームが結界を張ってくれたお陰で
ルーンシード
蝙蝠たちの襲撃は無い。だが治療も終わり、結界が解かれると直ぐ
に攻撃が来た。
﹁キキッ!﹂
俺の死角を狙った攻撃を、魔法盾で撥ね返す。教わった通り風の
防御陣を周囲に廻らせれば、蝙蝠たちが攻撃をし倦ねて俺達の周囲
を飛び回る。
超音波で位置を確認していたのが、風の防御陣で確認出来なくな
ったのだ。其れでも視覚は妨げられていないので、果敢に攻めて来
コウモリ
る奴も居るが、返り討ちにしている。
﹁坊や、良いか? 天鼠は回避能力が高い。普通の攻撃は簡単に避
けられるんじゃが、避けられぬ様にするには、どうしたら良いと思
うかの?﹂
俺の真後ろに立ち、肩に手を置くノーム。其の掌から熱が伝わる
と共に、不思議とやる気が湧いて来る。
ソクォンドィ
ノームの問いに少し考え、答える代わりに実践する。
﹁衝撃波!﹂
群れの中心に向かって、魔法を放つ。但し先程とは違い、手元か
ら放たれていくものでは無く、相手の直ぐ近くで発現するものだ。
飛び交う蝙蝠の中心に俺の放った魔法が現れ、弾ける。突然の衝
撃波に為す術も無く、蝙蝠たちが次々と落下してくる。落ちた所を
透かさず攻撃すれば、攻撃範囲外に居た連中が右往左往飛び回る。
ピンポイントで
要するに、蝙蝠たちが俺の攻撃を躱して居たのも、精確に攻撃し
ていたのも、奴等が発していた超音波の所為である。ソナーの様に
652
位置を測り距離をとっていたが、急に間近で発動した魔法には対処
しきれなかった、と言う訳だ。
要領さえ判ってしまえば此方のものだ。
出来るだけ蝙蝠の近くで発動する様に調整し、魔獣化した奴等の
瘴気が抜ける様に浄化魔法を繰り出す。一番大きなリーダーは、瘴
気を取り込み過ぎているので無理だろうが、其れ以外は浄化して瘴
気が抜ければ何とかなるかも知れない。
淡い期待を込めて魔法を唱え、直接攻撃を躱して反撃し続けると、
次第に蝙蝠の数が減ってきた。残っているのはほぼ魔獣化したもの
ばかり。その他の普通の蝙蝠は、群れの絶対的リーダーの指示に従
わず逃げ出した。
﹁キシャアッ!﹂
奇声を上げて飛び掛かってきたリーダーを避けつつ反撃。ひらり
と身を躱したが︱︱︱甘い。
魔力を纏わせパチパチと放電した刀に、超音波も距離を見誤った
のだろう。
﹁ギャアアアアンッ!﹂
プスプスと焦げた臭いが広がり、蝙蝠の羽根の一部が落ちた。グ
ルグル欠けた羽根を動かし旋回するリーダーの傷口から血飛沫が辺
りに飛び散るが、絶好の機会である。
ダン、と地を蹴り其の勢いで壁を駆け上がり、リーダーに接近す
る。天井近く︱︱凡そ十五メートル程︱︱まで行った所でもう一度、
今度は壁を蹴りリーダーの目と鼻の先まで接近し、大きく刀で薙ぐ。
何匹か中型の蝙蝠も巻き込み、放電した刀が相手を切り裂く。ほぼ
同時に地面に着地すると、リーダーは未だ生きて地面を這いずって
いた。
﹁浄化﹂
全部纏めて浄化の炎で焼く。身動きも儘ならない状態で躱す事も
653
出来ず、リーダーを含む蝙蝠が浄化されていった。瘴気が抜けて禍
々しさが無くなれば、普通よりも大きな蝙蝠が炎に焼かれて灰とな
った。
グウィン
﹁あ⋮⋮水属性にしとけば素材が手に入ったか⋮⋮?﹂
﹁坊、養い子に毒されるで無い﹂
俺の呟きを拾ったノームが呆れた様に言う。
え、だって勿体無い、なんて思った俺の頭をノームが撫でる。
﹁そろそろ時間切れよの。坊や、保護者が迎えに来た﹂
﹁またね﹂
現れるのもいきなりだが、消えるのもいきなりである。玄武とノ
ームは俺が挨拶する間も無く気配を消し、その代わりと言っては何
だが、高台の方から声がした。
﹁殿下!﹂
﹁クラウド様! 御無事で⋮⋮!?﹂
﹁ででででででんかああッ?! そのお姿はぁっ!?﹂
一瞬にして騒々しくなった。
サーペンタイン隊長、リシャールさん、ディランさん、オリヴィ
エさん等が次々と高台から飛び降り、俺に駆け寄る。物凄く真っ青
で悲愴な顔をして何事かと思ったが、原因俺だった。
いきなり拉致されて行方不明になった挙げ句、全身血塗れ・真っ
赤どころか黒ずんで、其処ら中ボロボロに切り裂かれたシャツ着て
発見されたら、そりゃあ悲愴な顔にもなるよ! うん、ゴメン!
俺の全身を隈無く確認し、傷が無い事を確かめると、漸くホッと
した顔になる。︵玄武様、傷を治してくれて有り難う!︶
﹁御無事で何よりです、クラウド様⋮⋮﹂
﹁心配させてすみません⋮⋮﹂
654
しおらしく謝ると、サーペンタイン隊長︱︱︱叔父上が微笑んで
俺を抱き締めた。
﹁其れにしても肝心の男は何処よ!? こんな小さな子を置き去り
にして?!﹂
ホッとした空気の中、オリヴィエさんがそう言うと、途端に俺の
周囲から殺気が溢れた。温厚な叔父上からも穏やかならざる気配が
漂い、慌ててフォローに走る。
﹁グウィンだけが悪いんじゃ無い! そりゃ俺も吃驚したけど、七
ツ星の冒険者と闘えて嬉しかったし! 今一人なのは、迷宮核を壊
す為でグウィンは竜と⋮⋮﹂
あれ何かヤバい。言えば言う程フォローどころか土壺に嵌まって
いる気がする。周囲の険しさが増した。
﹁闘った⋮⋮ですって? こんな小さな子を巻き込んで? あの莫
迦ッ!!﹂
﹁あ、あの! 捜索に来て頂き有り難うございます!! でも良く
此処が判りましたね?﹂
話を逸らそうと、疑問に思っていた事を訊ねる。
迷宮化が始まった坑道内は迷路の様に道が複雑に入組み、何本も
枝分かれした支道が有った筈。
そんな俺の疑問に、オリヴィエさんも丁寧に答えてくれた。
グウィン
﹁追手が来るのが判っていたんでしょうね。要所要所に道標が残さ
ハンミョウ
れて居たの。⋮本当にあの子ったら考えが有るんだか無いんだか⋮
⋮﹂
これよ、見せられたのはグウィンが道々投げていた斑猫だった。
そうか光る道標、と思うと同時にあの時点で叔父たちが追い掛けて
いた事に気付いていたのか、と感心するより呆れた。
﹁クラウド様﹂
﹁サーペンタイン隊長﹂
655
お互い同時に声を掛け、同時に黙る。
互いに言いたい事を予想したのか、叔父上の表情が曇る。
俺の立場からして本当はやってはならない事、騎士団やギルドに
任せれば良いのは判っている。だがこんな場所まで来て何もしない、
と言うか後の事を全て他人任せにすると言うのは、俺の性分に合わ
ないので許して欲しい。
﹁我儘な事は判っています。でも中途半端な事はしたくない、グウ
ィンも俺なら出来ると思って任せてくれたんです。最後までやらせ
て下さい﹂
竜は兎も角、迷宮核の破壊は俺に任されたのだ。蝙蝠に梃摺った
もののあと少し、最後までやり遂げたい。
真っ直ぐ叔父上の目を見てそう訴えると、一瞬目を眇められたが、
フと表情が和らぐ。⋮イケメン過ぎて眩しいです、叔父上。
フォロー
﹁御自分の立場を理解なされた上で、そう仰られるのなら致し方有
りません。自分も補助致しますので、存分に成し遂げて下さい﹂
﹁ちょっ⋮⋮良いの!?﹂
俺では無くオリヴィエさんが反応したが、叔父上は頷いた。
いま
ヘスペリア
﹁自分の兄も、こうと決めた事は諦めずやり遂げました。だからこ
そ、現在の西六邦聖帝国が在るのです﹂
﹁お兄様⋮⋮?﹂
﹁黒獅子帝レオハルト陛下です﹂
叔父上の言葉にオリヴィエさんが絶句する。
迷宮核の破壊
俺の産まれる前の話で詳しくは知らないが、ヘスペリアの帝位簒
奪・奪回事件は有名である。其れを持ち出されたら、俺の行動等可
愛いもんて事だろう。⋮皇帝陛下と比べられてもなぁ⋮⋮。
俺にして見れば残念仕様満載の皇帝陛下だが、弟の叔父上や当時
を知る人間とすれば一目も二目も置かれる存在である。当時未だ子
供だったリシャールさんやディランさんにはピンと来ないみたいだ
が、成人していたオリヴィエさんは思い当たる事が色々有るのか、
最終的には﹁仕方無いわね﹂と認めてくれた。
656
﹁どうせグウィンちゃんも回収しなきゃ任務完了とはならないのよ、
さっさと済ませましょう﹂
﹁⋮我儘言って済みません﹂
﹁バカね、子供は我儘で良いのよ。汲むか汲まないかは大人の都合﹂
そう言って笑うオリヴィエさんは、何と光属性の魔法が使えた。
お陰で瘴気の浄化がサクサク進み、アッサリ迷宮核に辿り着く。
未だ小さな綻びだが、濃い瘴気が凝縮された其の奥が魔界と繋が
っている、と思うと緊張する。今尚小さな魔物が綻びからポロリポ
ロリと現れ、次第に大きくなっている気がする。
これ以上大きくしない為にも、早く浄化して迷宮核を壊す。壊す
にはただ浄化するだけでは時間が掛かる︱︱何せ瘴気の発生元から
次々と送られてキリが無い︱︱ので、同時に何らかの手段で攻撃し
ないとならない。
俺のフォローをすると言った叔父上は、言葉通り黙々と周囲の魔
獣や魔物を片付けている。片付ける端から新たに沸いて出るのでキ
リが無いが、俺一人でやるよりもずっと良い。魔法に集中出来る。
﹁オリヴィエさん、迷宮核の破壊ってやった事有りますか?﹂
参考までに訊いてみると、やった事は有るけど、と前置きされた
上で説明された。
光魔法を使えるオリヴィエさんだが、迷宮核を破壊するには結構
時間が掛かる、と言われた。瘴気の浄化や怪我の治癒と言った回復
系はお手の物だが、攻撃系は苦手との事だ。
ウィップソード
﹁だから攻撃するのは専ら物理よ。魔法じゃなくてコッチ﹂
そう言って腰の鞭剣を示す。
成る程、だったらオリヴィエさんに破壊して貰うんじゃ無く、俺
を手伝って貰おう。
657
Lv.48︵後書き︶
閲覧有り難うございましたwww
以前某所で七ツ星に﹁中二病じゃない筈﹂と言わせましたが、どう
考えても中二病でした。やっとバラせたよ⋮⋮。
次回辺りで鉱山見学篇終わると良いな︵笑︶未だ夏休みにもなって
ないよ⋮⋮。
658
Lv.49︵前書き︶
大変お待たせしました。ゑ、待って無い?
659
Lv.49
ダンジョンコア
オリヴィエさんに迷宮核の破壊を手伝って貰う、そう決めたは良
いが、ではどうするか?
答えは魔法を利用する、だ。
今までは魔物や魔獣相手で咄嗟に魔法が使えず、武器を使った方
が効率的だったが、迷宮核は違う。産み出される魔物や瘴気は厄介
だが、迷宮核自体は攻撃もせず逃げもせず、ただ其処に在るだけだ。
魔物の様に実体が有る訳では無い。凝縮された瘴気の渦、歪みが
有るだけで︱︱︱ワームホールの様なもの、と思ってくれて良い。
魔界から瘴気が吐き出されているが一方通行では無いし、見た目は
黒く禍々しく、触れれば恐らく呑み込まれて魔界に飛ばされる。其
れは避けたい。
産み出される魔物や瘴気、其れ等を踏まえても、慣れぬ実戦経験
を積むには良い相手と言えよう。
早い所決着をつけねば、と言う訳で魔法陣を展開させる事にする。
その魔法陣にオリヴィエさんの光魔法を利用させて貰う。
魔術院で魔術師達に混ざり、勉強したり遊んだり遊ばれたりして
いたが、此処最近はディランさんの研究に嵌まっていた。魔法陣に
他人の魔力を載せて発動させる、と言うものだ。
此れの何が凄いかと言うと、他人の魔力を借りる事で自分の持っ
ていない属性の魔法や、複数の違う属性の魔法を同時に使えると言
う事だ。
上級の魔法使いならば複数の魔法を同時に使う事も出来るが、違
う属性の魔法を同時に使うのは難しいとされている。火と水の様に
660
相性の悪い属性では、魔法の効果が半減すると言われているし、か
と言って相性が良ければ良いと言う訳でも無い。
相乗効果で倍になる程度なら良いが、御せない程に暴走する可能
性も有るからだ。⋮グウィンは規格外過ぎて参考にならない。
オリヴィエさんに迷宮核を浄化して貰っている間に、魔法陣を頭
の中で組み立てる。
因みにディランさんは俺達が瘴気に犯され無い様、補助魔法を掛
けた上で、其れを維持しつつ敵を弱体化させている。其れと叔父上
とリシャールさんに治癒魔法。忙しくて此方には手が回らない。
﹁オリヴィエさんお願いします﹂
﹁大丈夫なの?﹂
準備が出来たのでオリヴィエさんに声を掛けると、困惑気味に手
を繋がれる。繋いだ場所から、ジワリと俺のものでは無い魔力が流
れ込んで来た。
魔法を学ぶ時に真っ先に覚えさせられるのが、魔力を体内で廻ら
ファイア
アクア
せ感じる事だ。其の次に普段は目に見えない魔力を実体化させる。
此の実体化させた魔力が、火球だったり水球だったりする。
オリヴィエさんには魔力を廻らせる時に、指先の更に先に魔力が
廻る様に考えてと伝えたので、其のまま頭で組み立てていた魔法陣
に、伝わって来た魔力を注ぎ込む。
光属性の強化と無属性の攻撃魔法に光属性を付与。念の為に光以
外の精霊魔法でも浄化と攻撃。
此れ等を同時発動させる魔法陣が完成すると、俺の手に光が集ま
った。其れを迷宮核に向かって投げ付け、叫ぶ。
661
﹁発動、展開!﹂
魔法陣を構築する時間が長かっただけに、詠唱を短くするのも今
更だと思うが、グウィンに言われた通り短くても意味さえ正しけれ
ばキチンと機能する。
パアッと迷宮核を中心に光が広がり、俺の作った魔法陣が現れて、
ルーン
クルクルと回り始める。
光の中に魔法語が刻まれ、全てのルーンが刻まれた頃には、魔法
陣が幾つもの巨大な円を描いていた。
刻まれた呪が迷宮核を攻撃する度に、光が弾け、空気が震える。
グルグル回転する光は、完全に迷宮核を包囲し閉じ込めたまま、暫
く回り続け︱︱︱止まる。
魔法陣が展開し終わると、収縮が始まる。迷宮核を囲んでいた光
が、広がった時よりも早く回り、刻まれたルーンが迷宮核に吸い込
まれる様に消えていく。
パ、パ、パと光が明滅すると、小さな悲鳴が聞こえ、迷宮核から
産み出されたばかりなのだろう、魔物が浄化されては消えていく。
其れに合わせて迷宮核から出ていた瘴気が薄まる。そして魔法陣
が円を描きながら次第に小さくなり、最後の円が強く光ると同時に
消えた。
残滓の様に小さく煌めいていた光も消えて、残されていたのは何
も無い︱︱︱いや、何か落ちていた。
﹁あれは?﹂
﹁未だ危険です、お待ち下さい﹂
確認しようと一歩踏み出すと、止められた。
確かに迷宮核が消えたばかりで、何が起こるか判らない不安定な
場所だ。下手をしたら残っている魔力の影響で、何処かに飛ばされ
662
かねない。
渋々近付くのを止めると、俺が説得されている間に再度周囲を浄
ヽヽ
化してくれていたオリヴィエさんとディランさんが安全を確認し、
代わりと言っては何だが、オリヴィエさんが落ちていた何かを拾い、
戻ってきて見せてくれた。
﹁此れは?﹂
﹁迷宮核を破壊した時に残される結晶よ。ギルドではこの結晶で、
迷宮核が破壊された事を確認するの。言わば証拠ね﹂
﹁魔晶石に見えます﹂
﹁そうね、同じ物と言っても良いけれど、恐ろしく純度が高いの。
ギルドでは魔結晶と呼んでいるわ﹂
まじまじと見る結晶は、俺の掌より少し小さいくらい。
迷宮核の大きさ、迷宮の規模によって結晶の大きさも変わるそう
だ。今先刻破壊した迷宮核は小さめな物なので、結晶も其れなりの
大きさとの事だ。
実体の無い迷宮核から何故? と思ったが、元々魔晶石は魔力が
結晶化した物だ。凝縮された魔力が瘴気なのだから、破壊する際に
収縮現象が起きれば瘴気が結晶化するのも当然と言えば当然か。
﹁クラウド様、お見事です﹂
微笑む叔父上に頷き魔結晶をオリヴィエさんに返す。と、戻され
た。
﹁?﹂
﹁貴方の物よ、貰っておきなさい﹂
パーティー
﹁⋮迷宮核を破壊出来たのは、俺の力だけじゃ無いでしょう? 此
処に居る全員に受け取る権利が有る﹂
﹁普通ならね。今回はギルド規約に有る﹃二つの集団が同一の敵を
倒した場合、優先権は先に敵と遭遇、又はより貢献した者に与えら
れる。複数の場合貢献度によって分けなければならない﹄と言う項
663
目に該当するので、殿下の物で間違いないわ。⋮⋮良いから貰っと
け﹂
﹁⋮⋮アリガトウゴザイマス﹂
最後、ドスの効いた低い声でビビった。
迷宮核も無事に破壊し、次はグウィンを回収しなきゃ、とグウィ
ンの向かった横穴に向かう。
探索して確認すると、周囲には目立った敵はほぼゼロ。但し向か
っている方向に一際大きな存在が三と、味方の表示が一。此れって
味方はグウィンとして、残りは竜と玄武とノームか?
力業で無理矢理叩きのめし
敵と表示されないって事は、グウィンの説得は成功しているのだ
ろうか。何かアノヒト面倒臭がって、物理で説得しそうな気がする。
早く行こうと言う俺に、同じ心配をしているのか、オリヴィエさ
んも同意。竜が通れる程の横穴なので、サクサク進む。
眠気と闘いながら、叔父上に抱き上げられての移動である。体力
的に限界なのだが、魔力と体力の自然回復力が、スキルのお陰でそ
じつ
こそこ高いので、こうしてじっとしていればじわじわと回復してい
く。恥ずかしさは半端無いが、俺は実を取るよ。⋮生温かい目で見
られているが、気にするもんか。
叔父上にしがみ付きながら、序でに気になった事を訊ねる。
﹁物理攻撃しか無いパーティーの場合、迷宮核はどうやって破壊す
るんですか?﹂
物理しか無い
﹁迷宮核の有る最下層まで行けるパーティーなら、一人や二人は魔
法が使えるし、若し実際にそうだとしても、そんな高位冒険者なら
魔導具や魔法武器の一つや二つ位は持っているから大丈夫よ﹂
成程、初心者は迷宮の最深部まで来たりしない、出来ないって事
か。
納得した所でお知らせが一つ。
664
ヽヽ
実は迷宮核の破壊後に、例によって例の如く、何時ものアレが頭
の中で鳴り響いた。レベルアップとかスキル取得とかのアレ。
落盤事故以降やたらと鳴り響いて、いちいち確認するのも面倒だ
ったので真新しいもの以外は無視していた。何か取得したとかレベ
ルアップしたとか、ズラズラと羅列されて整理するのも面倒だった
のだが、抱っこ状態で移動していてやる事も無いので、漸く確認す
る気が起きた。で、今度は何よ、と思って確認したらさぁ⋮⋮。
光 属 性 貰 っ ち ゃ っ た !
テヘペローとか言いたくなるが、自分がイラッとするだけなので
止めた。
何でいきなり光属性だよ! と思ったが、オリヴィエさんから貰
ったみたいだ。魔法陣を作って魔力の受け渡しをした時にね、こう
⋮⋮。
今まで魔術院で研究していた時は、属性の受け渡しなんか無かっ
たのだが、良く考えると魔術師たちは多かれ少なかれ複数の属性持
ちばかりだし、光属性は居なかった気がする。
恐らくだが魔力を渡すって事は、その属性も含めてって事なんだ
ろう。今まで発覚しなかったのは、元々同じ属性を持っていたから
じゃ無かろうか。
この辺はまた後日、ディランさんに報告して調べないと。今報告
しないのは、半ば魔法莫迦のディランさんがコッチに夢中になりそ
うだからだ。
其れに若しかするとこの現象、俺だから、ってのも有るかも知れ
ないし。
665
ラディン
ヽヽ
ヽヽ
水の杜の主のお陰か所為なのか、やたらとスキルを得やすいので、
その可能性は大有りである。
普通スキルを取得するには、結構時間が掛かる。例えば料理が出
来る人間全てが料理スキルを持っている訳では無い。⋮と言うか、
スキルを持っていないと料理が出来ない、なんて莫迦な事は無いの
だ。そんな事では世の中の主婦と言う主婦が、料理スキル持ちであ
る。メシマズなど居ない。
スキル持ちと言うのは、適性があり熟練して、スキルが得られる
のだ。当然、職業として料理人を選択する人間は、元々訓練とは言
わないが其れなりに料理を数多くこなし、料理スキル持ちが多い。
多いって事は持っていない料理人も居る訳で⋮⋮巷の料理店で一流
と呼ばれる店は、スキルレベルの高い料理人が居るし、そうでない
店はスキル無しかレベルもそこそこ、って事なのだ。
因みに我等が料理長マゲイロスさんはスキル持ちである。然も俺
誕生以降、着々とレベルが上がっているらしい。⋮俺の所為だろう
か?
余談はさておき、そろそろグウィンと合流出来るだろうか、と思
っていると前方から物音が聞こえる。いや咆哮?
思わず全員で顔を見合わせ、目的地に駆け寄ると。
﹁ハハハハハハハハ! ざ・ま・あ!!﹂
﹁ブラフェルミィタ!﹂
﹁煩いだァ? 良し判った、一発殴らせろ﹂
﹁ハルティギン、ヴィモルトス!﹂
︱︱︱なんだコレ。
横穴を抜けて出た場所は、迷宮核の有った場所よりも、もう一回
り小さな空間だった。
666
中央に玄武を抱えたグウィンが立ち、その前には青翅虹甲虫と対
峙し逃げた竜。⋮傷が見当たらない所を見ると、自己再生したかグ
ウィンが治療したのか。ノームが居ないなぁ、と探してみれば、小
人姿で寝転がって見物していた。何このカオス。
目を丸くして呆然と佇む俺達に気付いたのか、ノームが手招きし
た。
見知らぬ相手に警戒する叔父上達に、大丈夫だからと断ってノー
ムに近付く。と、青年姿になって俺を抱き上げた。どうでも良いが、
ぼん
皆さん何故そんなに俺を抱き上げたがるのか。
﹁坊や、早かったのぅ﹂
挑発行為と拳での語らいに
強制浄化で己が言動を振り返り
﹁ノーム様、先程はどうも。⋮で、何ですか今の状況は?﹂
﹁養い子の説得が過ぎてキレられた所を、更に説得を重ねたら拗ね
られた所かのぅ?﹂
⋮意訳すると、邪竜化しかかっていた所をグウィンに助けられた、
で良いんだろうか。良く見ると濁っていた筈の瞳が澄んだ色になっ
ている。
其れにしても綺麗な竜だな。
そう、真っ先に思った。
傷だらけで鱗も剥がれ落ちていた筈の竜は、鱗が再生したのか脱
皮でもしたのか綺麗サッパリ元通り、と言わんばかりの姿である。
いや、元の姿は知らないけど。あと竜って脱皮するのか? 仔竜は
脱皮で成竜は鱗だけ?
緊張が削がれた所為か、思考が斜めになりながらグウィンと竜の
やり取りを眺めていると、竜と目が合った。
目が合った瞬間、竜の瞳孔が一瞬細まり次いでカッと丸くなる。
その途端、ブワっと周囲の魔力が高まった。
あ。コレ何か不味い展開になりそう?
667
厭な予感と共に、竜から咆哮めいた叫ぶがガツンと頭の中に届く。
﹁トロヴィスコミュナセンソペルソノィー!﹂
﹁ゴメン何言ってるのか判らない﹂
うん、マジで。
竜も項垂れるんだなー、とかそう言う感想はさておき。
俺と別れてからのグウィンの行動だが。ちょっと竜が気の毒にな
った。
少し時間を遡り、俺と別れたグウィンだが。
ひょいひょいと障害物を軽く乗り越え、出てくる敵を叩き潰し、
迷う事無く竜の隠れた場所に辿り着く。
ピタリと巨躰を横穴に滑らせて、回復中の竜はボロボロの見掛け
からは判り辛かったが、地竜だった。
地竜は名前の通り、地中に住まう竜である。住むと言っても一生
では無い。眠る時や子供︱︱卵生か胎生かは竜による。大型種は胎
生が多いが、卵を産むのを選択する竜も居るので、一概には言えな
い︱︱を産む時に、地中深くを選択するが、其れ以外は地上で生活
したりしなかったり。勿論飛ぶ事も出来る。
そして此の地竜、何故邪竜化しかける程瘴気に犯されたのかと言
えば、眠っている場所に原因が有った。そう、迷宮核である。
元々竜は魔力耐性が高いので、そうそう瘴気にやられたりはしな
い。恐らくだが眠っている間に迷宮核が現れ、吐き出す瘴気の殆ど
を取り込んだが、耐性が有ったので直ぐに影響されず、ゆっくりと
瘴気に蝕まれて行ったのでは無いだろうか。
オパール
目覚めた切っ掛けは、ドワーフたちの蛋白石発見である。初めに
668
見付けた蛋白石だが、実は竜の卵の欠片だった。竜の卵殻は結構良
質な宝石となるのだが、古い卵殻が地中で蛋白石と化し、其れを発
見された事によりドワーフたちがもっと探そう! とはっちゃけた
結果、竜の産み落とした卵の発見に繋がり、卵の危険を察知した竜
が目覚めて今に至った。
グウィンが地竜を見付けた時は、青翅虹甲虫との威嚇の仕合から、
眠って居たとはいえ未だ興奮醒め遣らぬ状態だった。
瘴気に犯されて居たとはいえ、辛うじて正気が残っていたのが地
竜にとって不幸中の幸いだったのだろう。
眠りに就いて傷を癒していた地竜だが、瘴気は未だ残っていた。
そんな状態で現れたグウィンを、地竜は敵と見做⋮⋮さなかった。
キウヴィ
﹃何奴﹄
警戒しつつ訊ねたのが結果的に良かった。
チッと軽く舌打ちして︱︱多分完全に邪竜化していれば問答無用
で討伐出来たのに、とか思っていたのだろう︱︱グウィンが応じる。
アクヴォ
キヲンヴィヴェニシ
ピスタディス
﹁水の杜の養い子。アンタは?﹂
﹃水の⋮⋮何をしに参った。失せよ﹄
水の杜、と言う名称にピクリと反応したものの、追い返す事を選
択。
地竜としてみれば、邪竜化するかしないかの瀬戸際に、人間と関
わりたく無いと言う事だろう。理性が残っている内なら、瘴気の元
ごぶ
となる迷宮核から離れれば自浄作用で邪竜化は免れるかも知れない。
五分と言った所か?
そんな地竜の答にグウィンは鼻で嗤う。
キヲヴィディリス
﹁御大層だな。邪竜化している間抜けさん?﹂
﹃なんだと!?﹄
﹁言った通りだ。大体こんな場所で卵を産むとか、有り得ないだろ
669
ブラット
サージェ
う。幻獣界か精霊界、でなけりゃ竜の島にでも行けよ﹂
﹃小童めが、小賢しい⋮⋮グオッ!!﹄
グウィンの挑発に乗せられ、上体を起こそうとしたが、勢い余っ
て頭を天井にぶつける。痛がる地竜に追い討ちを掛ける様に嗤うグ
ウィン。この辺の話は実際見たかった。可笑しすぎる。
余談だが幻獣界・精霊界と言うのはその名の通り、彼等が住まう
世界である。とは言え全くの異世界では無く、往き来は出来るが薄
ドラコナ
い膜で隔たれた様な、同じ世界に存在する別次元だ。魔界や水の杜
も此れに当たる。
そして竜の島だが、一般には微睡竜国の別名︱︱眠れる竜の島、
とも言う。島の形が丸くなって眠る竜の様だ、と此の名前が付いた
︱︱だが、ドラコナとは別の、実際に存在する竜だけが棲む島の事
だ。創始の時代に幻獣界や精霊界に移り住む竜たち以外に、人間と
共に在る事を望んだ竜たちがひっそりと集会をしたり伴侶を見つけ
たり、子育てや老後を過ごす場所である。ひっそりと、なのでその
場所は竜以外は知らないし、知っている者も口を噤む禁域である。
思い切り良く頭を打ち付けて多少正気になったのか、狭い穴から
デマンドゥデノーヴェ
キヲンヴィヴェニシ
這い出した地竜がグウィンに問う。
﹃再度問おう。何をしに参った?﹄
ネディルエスティサムーザ
すさ
﹁アンタ次第だ。討伐と回収と撤退、何れが良い?﹂
﹃巫山戯た事を﹄
ゴウ、と地竜の口から焔が放たれる。
はな
﹁交渉決裂、だな﹂
端から挑発して此の台詞もどうかと思うが、跳び退り焔を避けた
グウィンは、嗤って大剣を手にすると助走をつけて前に跳ぶ。空中
で上段に構えて狙うのは地竜の頭。振り下ろす途中で切っ先を回転
させて横にする。
パカーン、っと景気の良い音がして地竜が脳震盪を起こすが直ぐ
670
に立ち直り、背中に乗ったグウィンを振り落とそうと暴れる。首を
廻らせ噛み付こうとしても、その時には既に狙った場所には居ない。
回り込んだ場所で地竜の躰に大剣が突き刺さり、鱗ごと肉が落と
される。
﹃グオオオオオオッ!!﹄
﹁浄化・治癒﹂
次々と切り落とした肉と傷痕を浄化するグウィン。落とした部位
は瘴気が色濃く残っていた場所で、ボトボト肉が落ちる度に浄化と
治癒を繰り返すと瘴気も次第に薄れていく。
手荒な手段だが、再生能力の高い竜だからこそ出来た事だ。此れ
がスライムだったとしたら、再生能力は高くても竜の様に瘴気を撥
ね除けず、抱え込んだまま分裂した筈だ。
グウィン
﹁なにをあそんでいるの﹂
﹁やれ、瘴気は薄れたが養い子の魔力も大分減ったのう。フユや、
助けるか?﹂
﹁ええ、あの子は私たちの養い子だから﹂
ノーム
ごはん
グウィンと地竜が戯れ⋮⋮闘っている現場に、俺と別れた二聖が
玄武
現れる。
﹁玄帝、地王﹂
﹁あまりあそんではダメよ。魔力いる?﹂
﹁くれ﹂
トコトコとグウィンに近付き、ひょいと抱えられた玄武が口移し
で魔力を渡す。
この間に地竜はグウィンから距離をとって、新たに出現した存在
キウヴィエスタス
に警戒心も顕に身構えた。
﹃お主等は?﹄
﹁此奴の保護者みたいなもんじゃ、気にするで無い﹂
地竜の問いを軽く往なし、ノームはごろりと横になった。
671
あすこ
﹁まぁお主はさっさと穢れを浄めて、竜の島へ行く事じゃ。彼処は
エスタスエゴ
聖域じゃから、再び穢れる事もあるまいて﹂
﹃勝手な⋮⋮ギャアッ!?﹄
ノームとの会話に気を取られていた隙にグウィンから攻撃されて、
地竜の躰から肉がゴッソリと抉り取られた。噴き出す血潮は地竜の
再生能力とグウィンの魔法で止血されて、瞬く内に肉までもが再生
する。
再生されたばかりの躰を覆う鱗は、軟らかく淡い輝きを放ちつつ、
ゆっくりと硬くなっていく。其れに伴い、地竜の思考も瘴気の影響
から離れ、クリアになりつつあった。
元々の意識を取り戻した所で、地竜も状況を理解した。
どうやら此の白髪の人間は遣り方は乱暴だが、己の瘴気を取り払
ってくれているらしい。そして彼を手助けする形で突然現れたのは、
地竜よりも高位の存在・聖獣である。
驚きと戸惑い、そして眠っている間に瘴気に犯された己を不甲斐
なく思いつつも、だからと言ってコレはあんまりだろう、とグウィ
ンの攻撃から避けつつ叫ぶ。だが逆にグウィンが呆れた様に返す。
ヽヽヽ
﹁阿呆。本来瘴気に染まる筈も無い竜が、正気を失いかける程染ま
って、何を言うか? 仔竜も染める気か?﹂
﹃!﹄
グウィンの指摘に、地竜も自分の気にしていなかった危険に思い
至る。
そう、此のまま瘴気を浴び続ければ、幾ら魔力抵抗の高い竜とて
影響は出る。実際地竜に影響は出かけた。仔竜︱︱︱卵であれば尚
更である。否、卵殻によって瘴気の大部分は弾かれるが、其れでも
瘴気に晒され続ければ何時かは染まる。
生まれながらの邪竜など、ゾッとする。
そもそも地竜が鉱山の奥深くで眠っていたのは、卵の孵化を待っ
672
ていたからだ。地竜の卵が孵るのに何年掛かるかは定かでないが、
孵化したその時に親が刷り込みを行い、孵化したての我が子を護る。
移動出来る程になった所で、竜の島へ連れて行くか、そのまま孵化
した場所で子育てを行い巣立ちを迎えて独り立ちさせる。
竜が子煩悩なのは有名な話で、竜騎士が竜の卵を獲得し騎竜を育
てるのは結構難しいのだ。余程慣れた騎竜の仔なら幼い内から育て
る事も可能だろうが、そうで無い場合はかなり難しい。話が通じれ
ば交渉も可能だが︱︱此処でスキルの有無が重要となる︱︱子育て
中の竜に、そんな用件を持ちかけるのは自殺行為である。
地竜が動揺したと同時に喉元に焼け付く痛みが走る。
﹃ギャアアアアアッ!?﹄
﹁コレで終わり、だ﹂
チャキ、と鍔が鳴り切っ先が地竜の喉に当てられた。
地面に落ちたのは肉塊⋮⋮では無く、鱗である。但しその大きさ
は他の鱗と比べて凡そ三倍。逆鱗と呼ばれるものである。
竜の逆鱗と聞いて真っ先に思うのは、逆鱗に触れる、つまりは弱
点に触れて怒らせる事だが、実際問題として竜の逆鱗は心臓と並ぶ
竜の弱点である。とは言え逆鱗自体が弱点なのでは無く、逆鱗に隠
された喉の部分が急所なのだ。
そして現在、逆鱗を削がれて急所丸出しの喉元に、グウィンは切
っ先を向けていた。
イランタモルティギィミン
⋮脅す気満々である。交渉何処行った?
﹃我を殺す気か?﹄
ネフィディンダ
﹁いや? 大人しく従ってくれれば特に何も?﹂
﹃信用出来ぬ!﹄
﹁大丈夫だ任せろ。水の杜の養い子、グウィン・レパードは嘘は言
わん﹂
﹃グルルルゥ⋮⋮﹄
刃を向けられたままで信用しろも無いが、何せ分が悪い。唸った
673
まま返事を渋ると、玄武がポツリと呟いた。
﹁おうじょうぎわが悪いわ。⋮いっぺん死ぬ?﹂
﹃!?﹄
まさかの発言に地竜が固まると、グウィンが笑いだす。
ブラフェルミィタ
﹁ハハハハハハハハ! ざ・ま・あ!!﹂
﹃煩い黙れ!﹄
ハルティギン
ヴィモルトス
﹁煩いだァ? 良し判った、一発殴らせろ﹂
﹃止めて、死んじゃう!﹄
思わず反論するが、これ以上此の男と闘いたくない。玄武とノー
ムの清浄な気に当てられ、すっかり瘴気が抜けた地竜は戦意も無く
なっていた。然し彼等の言う通り、大人しく竜の島に行くのは駄目
だ。卵を置いて行く訳にはいかない。
グウィンも玄武も、ノームですら敵では無いが味方でも無い。ど
うしたら良いものか、と考えたところでノームの傍に新たな人間が
居るのを発見︱︱︱俺の事だ。
そして此の台詞に繋がる。
トロヴィスコミュナセンソペルソノィー
﹃常識人見付けたぁー!﹄
﹁ゴメン何言ってるのか判らない﹂
綺麗に見えたのは、肉を削がれ過ぎて鱗が再生途中だったから、
とか、もう直ぐ卵が孵るからそれまでは鉱山に棲ませてくれだとか、
でなければ卵を預かってくれだとか、色々突っ込みたい事は有るが、
竜に泣き落としをされるとは思わなかった。
エンシェントルーン
因みに俺は未だ会話出来ないので、通訳はノームがしてくれた。
ディランさんは古代魔法語を研究しているからか、少し理解しつつ
細かいニュアンスが判らず首を傾げてた。
グウィンはと言えば相変わらず玄武を抱えたまま、オリヴィエさ
んの説教を聞き流していた。俺もノームに抱えられてるので、これ
674
以上追求はしない。しないが、そろそろ降ろして欲しい。
﹁話は判りました。けど、俺より玄武様やノーム様にお願いすれば
良いのでは?﹂
実際鉱山に棲まわせるのは、俺の独断では出来ないし、閉山して
いない以上、また竜騒ぎが起きては堪らない。かと言って俺が卵を
預かるなんてのも論外だろう。
此処は一つ、二聖に協力して貰い地竜と卵を引き取って頂きたい。
︱︱︱そう思って言ったのだが。
ミネフィダス
ケッカナーボ
﹁儂等はやらんぞ? 人界に無用な手出しはせぬ故なぁ﹂
﹃あの小僧には任せたく無い!﹄
﹁こら待て干渉しまくりが何を言う﹂
思わず突っ込んだが、ノームに言わせれば干渉したのは﹃人界﹄
では無く﹃水の杜﹄の関係者だから良いとの事。そう言えばグウィ
ンは水の杜の﹃養い子﹄で俺は﹃客人﹄だった。納得出来ないがこ
れ以上ごねても埒が明かないと判断し、地竜を全力で説得する事に
した。
地竜が鉱山に拘るのは、何と言っても卵が在るのも勿論そうだが、
孵化した仔竜の食生活にも関係する。
此の世界では前世の知識は当てにならない事が幾つか有るが、竜
の食事についても其れは言える。尤も空想上の存在と実在するのと
では訳が違うので一概には言えないが、肉食とされていた前世と違
い、此の世界の竜の食糧は多岐にわたる。
一番多いのは勿論肉食だが、其れ以外にも草食・昆虫食、霞と言
うか魔力を糧にする竜も居たりする。ちゃんぽんに雑食、と言うの
も少なくない。
675
そして目の前の地竜だが、成竜は大気に漂う魔力を主とし、その
他は雑食である。そして問題の仔竜だが、魔力は上手く取り込めな
いので、代わりに﹃地﹄竜なだけに土⋮⋮と言うか、金を食べる。
贅沢だな。
理屈としては大地から魔力を取り込んでいるのが鉱石や貴石、と
言う事なので成竜が金銀財宝を溜め込んでいるのは、財産としてだ
けで無く、食糧や魔力の摂取に適しているからかもしれない。
あ、乳竜について説明した事があるが、乳竜の乳は仔竜に飲ませ
る為だけのものでは無い。脂肪として蓄え、餌の少ない時期に消費
するのだ。だから乳竜には脂肪を蓄えた瘤が幾つもあり、瘤の固さ
によってミルクやヨーグルト、チーズに変わる。ちょっとクセはあ
るが結構美味い。
で、乳竜は子育てに此の瘤を使うのだが、乳竜も含め他の竜も哺
乳類では無いので、基本的には乳は飲まず、代わりに幼い内は親が
咀嚼した餌を与える。免疫については胎内か卵の内に得ているみた
いだ。
産まれたばかりの仔竜はそうして大切に育てられ、竜種によって
は三日ほど、長いと五年以上で巣立つ。因みにこの五年以上子育て
に掛かる竜は、竜の島で出産するか仔竜が移動出来る様になると竜
の島へと棲処を移す。
どうやら此の竜の島へ移動するまでの期間、俺に卵を預けたい・
又は鉱山に棲みたいと言う話だが、前述の通り俺だけでは決められ
ないし、認められない。寧ろ今の内に竜の島へ移動した方が良いだ
ろう。
と言う訳で、手伝わない、と言ったノームだが其れでも何とか宥
め賺し、地竜と卵を竜の島へ運ぶのを約束させた。ただ卵に関して
は、地竜に懇願されて︵グウィンは厭なんだと︶結局俺が運ぶ事に
676
なった。
あ、何故地竜が自分で運ばないのか、と言えば、単に持てないか
らだ。両手で持つには小さく︱︱持てなくも無いが抱えられないの
で潰してしまうらしい︱︱、片手で掴むには大きい︱︱持てなくも
無いが以下同文︱︱微妙なサイズ。
魔法で運べば良いじゃん、と言うなかれ。卵は意外と繊細で割れ
やすく、特に魔法の影響を受けやすい。竜が魔法で卵を浮かせたと
して、動かした途端に割れる可能性がある。
取り敢えず此処まで来たら、最後まで見届けないと気が済まない
⋮⋮と言うか安心出来ない。また何か起きても不味いので、見届け
ようと思う。
⋮とそう言ったらば、叔父上以下騎士一同が深く頷いて言った。
﹁仕方が無いですね。下手に鉱山に棲まわせて、殿下に入り浸れて
も困りますから、竜の島へ行って貰いましょう﹂
⋮⋮何で俺が入り浸る前提で話を進めるのカナー?
オパール
そんな訳でやって来ました、竜の卵の下へ!
カルシウム
来て驚いたのは、回り中蛋白石で光り輝いていた事だ。
竜の卵の殻は殆どが石灰石で出来ているが、魔力を吸収しながら
結晶化する。地竜の場合、周囲に在る鉱物や化石からも成分を吸収
するので、金や銀、水晶等と似た卵になるそうだ。完全に結晶化す
ると出てこれないので、そうなる前に親が手助けして孵化を促すが、
殻はそのまま置かれて鉱脈の元になったりするそうな。
卵の殻が溜まって蛋白石の層を作っていたのだが、凄い量である。
オッチャンたちが興奮したのも判る。
だが其れで暴走した挙げ句、竜の卵を見付けて地竜を怒らせたん
じゃあ⋮⋮どんな処分を受けても自業自得か。でもそのお陰で迷宮
677
核が早期発見出来たんだからトントンか?
そして問題の卵だが、もうすっかり結晶化している。結構巨大だ
が親の大きさを考えれば然もあらん。
﹁どうやって運ぶんだ?﹂
俺の胸より少し低い位の高さの卵だが、持てないだろ、コレ。
グルグル卵の周りを廻って見たが、つるんとした卵は持ちにくそ
うなのは勿論だが重そうである。魔法の影響を受け易いって事は、
当然浮遊や軽量化の魔法も使えないって訳で⋮⋮俺が身体強化すれ
ば良いのか?
アイテムボックス
悩んでいると、グウィンがチョイチョイとマントを示した。
﹁道具袋。生体は入れられないが、仮死状態と卵類なら問題無い﹂
﹁マジか﹂
オリヴィエさんに目で問うと、頷いたのでやってみようと道具袋
を取り出し、手を伸ばした。
ら。
﹁お﹂
﹁あら﹂
﹁え?﹂
﹃グルゥ!﹄
ぴき。
﹃きう﹄
コツンと言う音と共に、ピシピシピシーっと卵に罅が入り、天辺
678
が割れた。欠片が落ちて小さな穴が空くと、小さな声と共に鼻先が
現れた。
あれ? 孵化しちゃった?
焦る間も無く、殻がどんどん壊され、あっと言う間に幼竜が姿を
現した。蛋白石に似た輝きを放つ、未だ柔らかそうな鱗。未だ見え
てないのか焦点の合わない瞳⋮⋮と観察していたのが不味かったの
か。
バッチリ視線が合い、瞬きの後よたよたと俺に近付き、﹃きるる﹄
と鳴いて鼻面を押し付けてきた。
え、何? この状態?
戸惑っていると後ろから地竜がぬっと顔を出し、仔竜を舐め始め
た。
ミエスタスゲパトロィ
ネフォークルース
﹃きうー、きうー!﹄
﹃親は我じゃ! 逃げるで無い!﹄
﹃きゅ? にあー、くあん﹄
﹁おい、コレどうしたら良いんだ!?﹂
俺を盾に隠れる仔竜、構わず舐める地竜、オロオロと戸惑う俺。
﹁刷り込まれた、な﹂
ボソッとグウィンが呟く。
え。刷り込みって、俺を親だと思っちゃったって事? 嘘ン。
冗談は止せ、と言おうとしたがマジらしい。
﹁はじめに目があったあいてを親とおもうのよ﹂
﹁まぁ安心せい。三日も親と一緒に隔離すれば、認識し直すわい﹂
679
ケラケラ笑うノームの言葉に安心するが、そう言う事ならとっと
と竜の島へ連れて行って欲しい。
俺がそう言うと、仕方無いと言いながらノームが手を広げて何や
ら呟いた。聞き取れないが呪文の様で⋮⋮腕を振ったその空間がグ
ニャリと歪んだ。霞んだ空間の先は見慣れない風景が歪んで見える。
此れが竜の島なんだろうか?
﹃きうー、きうー! クルルッ!﹄
ドスンと腰に衝撃が来た。
親から逃げる仔竜が、俺に何かを︱︱︱助けてくれと訴えている
が、生憎と訴える先が違う。
そっと頭を撫でて、通じるかどうか判らないが語りかける。
﹁良い子だから諦めて竜の島へ行けよ? お前の親はアッチ﹂
﹃キュル? きうー﹄
キョトンとした所で地竜が首を銜えて仔竜を確保。一瞬暴れたも
のの、大人しくなる。
動物の子供は首を掴まれると大人しくなるって聞いた事が有るが、
竜も同じなんだ⋮⋮。
ぼんやりそんな事を思いつつ見ていると、地竜が歪みに首を突っ
イウンタゴンミヴェノサルダンコン
込み、銜えていた仔竜を放す。そして大きな躰を歪みに捩じ込み、
振り返り言った。
ミベドゥラスプロルァジェノ
﹃騒がせて済まぬな。何れまた礼に参る﹄
﹁いえ、また大騒ぎになるから結構です﹂
﹃くー、きるる⋮⋮きうきう﹄
680
巨躰の奥で仔竜が鳴いているのを聞くと、絆されそうなのでさっ
さと移動してくれ、いやさい。どんな生き物でも子供は可愛い、っ
て本当だと実感した。成竜と同じ作りなのに、丸っこくて小さくて
寸詰まりで可愛い。
何とか竜にお引き取りを願い、歪みが閉じた所で全員が一息つい
た。
気付くとノームと玄武も居なくなり、残ったのは俺とグウィン、
叔父上たちだけとなった。
﹁⋮戻りましょうか﹂
俺とグウィン
ハア、と疲れきった表情でオリヴィエさんが離脱符を取り出した。
救助対象の名を追加して足元に投げると、直ぐに視界が歪み転移が
終わる。
澱んでいた地下の空気と違う、爽やかな風が俺の髪を撫でて、肺
に新鮮な空気が送り込まれた︱︱︱所で俺は意識を失った。
覚えていたのは茜色の空で、朝焼けなのか夕焼けなのかハッキリ
ウサギの形にした
しないが、次に目覚めた時は事故から丸二日経っていたのだった。
﹁其れで何でアンタが居るんだよ﹂
﹁気にするな。ホラ口開けろ﹂
俺の質問に答えぬまま、グウィンが剥いていた梨を俺の口に突っ
込む。シャクシャク甘くて美味い。
王城
目が覚めたら父上や母上、マーシャたちやセバス爺ちゃん等に泣
いて喜ばれて、家に戻ったんだ、と実感した。未だ疲れが取れない
から、とベッドで安静にしている様に言われたのだが、気付けば何
故かグウィンが俺の部屋で寛いでいた。
俺たちが地上に戻って歓喜に沸いていた救助隊だが、俺が意識を
失った事で一転して大騒ぎになったらしい。
681
王城への直通転移陣が有ったので、直ぐに城へ連れられて医者や
治癒術師に診て貰った所、疲労が溜まっているとの事だった。
外傷は無し、魔力も減ってはいるが回復しつつあるので、このま
テッルォディマ
ルゥモディマ
ま自然治癒に任せれば良いと言われて寝かせていたら、昏々と眠っ
て丸一日。茜色の空は夕焼けだったらしく、地竜曜日と光竜曜日を
すっかり無駄にした。
尤も学校の方は生徒の疲れが取れていないと言う理由で、あと三
日程休校となった。その後二日学校に戻り、直ぐに夏休みである。
此のまま夏休みにならないのは、学校側から今回の事故の説明と、
俺たちの荷物の事とか色々有るからと思われる。
そして問題のグウィンだが、俺を巻き込んで迷宮核を壊しに行っ
たのが問題となって、処罰を受ける事になった⋮⋮筈なのだが、何
故か牢ではなく俺の部屋に居る。
冒険者ギルドとしては厳罰を下したい所だが、七ツ星の冒険者を
手放したくないし、降格とか資格剥奪とかしても、この男は全く堪
えなそう。それどころか死を以て償え、とか言ってもちゃっかり逃
げそうな気がする。否逃げる。
そして俺の保護者と言うか国としては、第一王子を危険な目に遭
わせた、と言う事でやっぱり厳罰に処したいんだけど⋮⋮俺が進ん
で協力していたと言う証言もあり、危険と言うならそもそも鉱山に
見学に行った学校が悪いとか、竜に気付かなかった鉱山側、怒らせ
かけたドワーフが悪いと言う事になり兼ねないので有耶無耶になっ
た。
グウィン自身に全く悪気は無く、俺を巻き込んだ事以外では功労
者でもある。それでも何らかの処罰は必要だろう、と言う事で暫く
騎士団の牢に入って、二∼三時間訓練︵と言う名のシゴキ︶に付き
合わせる、と言う話だったと聞いたのだが⋮⋮何故居るし。
682
マーシャたちを探すと、部屋の隅に控えていたが、何だか疲れた
顔をしている。若しかして暖簾に腕押しなグウィンの言動に疲れて
るのか。
﹁まさかと思うが、脱獄したのか? 変な事してると拘留が長くな
るぞ?﹂
﹁寝には戻ってる。心配するな﹂
﹁心配じゃねぇよ! 呆れてんだよ、判れ!﹂
﹁固い事言うな。細かい事を気にすると、大きくなれないぞ?﹂
ヨシヨシと頭を撫でられた。
い、今は子供だから小さいんであって、俺だって成長期になれば
雨後の筍の如くスクスク育つやい! ⋮多分。
その後だが。
良く寝て回復した俺は、学校に戻るまで何時も通り︱︱朝は鍛練、
昼は勉強と遊び、夜は家族団欒して︱︱過ごし、どうせだからとグ
ヽ
ウィンと立合したり俺が居合いを教えたりしてた。
センちゃん
グウィンの太刀筋がウチの流派︵元だが︶に似ているな∼と思っ
たら、俺の弟子に教わってたからだった。孫弟子ならそりゃ似るわ。
罪人が自由に王城内を彷徨いて良いのか? と言う疑問には、訊
いた人間全員に苦笑で返された。打つ手無し、だそうな。一応寝る
時は牢に戻って鍵まで掛けているらしいので、放置する事に決めた
らしい。俺に言わせれば、格安の宿代わりにされているんじゃ無い
かと小一時間問い詰めたい所だ。
グウィン・レパード
何はともあれ、事故も無事︵?︶解決したし、新しい魔法やスキ
ルも覚えたし。至高の七ツ星・隻眼の白豹と知り合うと言うか勝手
に師匠扱いされるし⋮⋮。
﹃主よ、今日こそは吾輩と遠乗りに往こうぞ﹄
﹁ハイハイ、お前はサーペンタイン隊長と討伐訓練だろ? 頑張れ
?﹂
683
ポンポンと鬣⋮⋮では無く、黒光りする立派な腹を軽く叩く。
俺と叔父上の愛馬
チッと舌打ち︵⋮⋮じゃ無いよな? 嘶きだよね?︶して馬丁に
連れられて行くエドヴァルドを見送る。
⋮まぁ、その、何だ。竜と通訳を介してだが、会話したと言うか
触れ合ったからか、スキルレベルが上がった様で。動物と会話でき
る様になりました!
齢五歳にしてこんなにスキル持ちで良いのだろうか⋮⋮。
684
Lv.49︵後書き︶
閲覧有り難うございましたwww
今回で鉱山見学篇終了にしたくて詰め込みました。最近長くなりが
ちですが、第一話︵と言うか第二話︶の約三倍はやり過ぎた。長く
て済みません、本当に⋮⋮。
685
Lv.50 ミクローシュ・アルジェント=エステルハージ︵前
書き︶
お待たせして⋮⋮|・ω・`︶
いや、もう、なんか本当に、⋮⋮スミマセンorz
686
Lv.50 ミクローシュ・アルジェント=エステルハージ
慌ただしい週末を過ごした後、寮に戻ると寮内は週末の出来事に
ついて色々な話が飛び交っていた。正しいものも有り、間違ったも
のもあり、突拍子も無い、と笑い飛ばされていた話も有った。
⋮⋮強ち間違っても居ないのだが、と独りほくそ笑み自室に戻る。
やや暫くすると扉が叩かれ、私の側近⋮⋮と言う名目の悪友、イ
クセル・グラナート=クロイツェルが訪ねて来た。控えていた侍従
に可愛い甥っ子から貰った︱︱強請ったとも言う︱︱緑茶を用意さ
せ、人払いをする。
どうぞ、と勧めると一礼し、香り高い茶を一口飲み、私に向き直
る。
﹁ミクローシュ様、週末は挨拶もそこそこに御前を辞去し、失礼致
しました﹂
﹁イクス、人払いはしてある。私室では堅苦しいのは抜きに、と言
ったろう? ⋮其れで弟御は無事だったかい?﹂
私がそう話を向けると、イクセルは照れた様に態度を崩した。
﹁ああ、騎士団や冒険者ギルドの対応が早かったからか、父の予想
より遥かに早く解決してくれて。母も喜んでいた﹂
﹁それは良かった﹂
にこりと微笑み、私も緑茶を飲み怒濤の三日間を振り返る。
トンドルォディマ
休みを控えた週末の雷竜曜日、鉱山で事故が起きたと言う連絡が
入り、弟が其れに巻き込まれたイクセルは使者の指示に従い、学院
687
を後にした。その後私にも使者が寄越され、王城へと向かう事とな
った。
王城には国王陛下に嫁いだ姉、ソフィア・グレイス王后陛下が憔
悴して待っていた。同行していた父は、陛下︱︱︱義兄上と重臣た
ちとの対策会議に出席する為、姉を私に託していった。
姉と私は十歳以上年齢が離れており、一緒に育った記憶は実は無
い。其れでも折に触れ可愛がってくれた記憶はあり、気付けば王族
となっていた姉に対し、寂しい想いもした気がする。
然し婚姻後も何呉と私を気遣い、可愛がってくれた姉と義兄︱︱
権力に拘わる彼是
︱両陛下には、感謝している。お陰で王城に幼い頃から出入りして
いた事で、貴重な書物や芸術に触れる事が出来たし、裏の世界を知
る事も出来た。将来父の後を嗣ぎ、侯爵となる身としては、早い内
に権力や政治の裏側を見る事が出来たのは、悪くなかったと思う。
尤もそう言えば、きっと甥っ子は私の事を腹黒いと言うのだろう
な、と言うのは容易に想像出来る。可愛らしく頬を膨らませて。
くだん
私には二人の甥が居るが、第一王子・クラウド殿下が今回、件の
事故に巻き込まれた。
本来なら未だ就学前の年齢なのだが、本人の希望と側近候補︱︱
否、あれは既に確定しているので側近で良いだろう︱︱兼友人二人
と同学年であれば、身分を隠していたいと言う甥っ子の希望に添え
るだろうと一年繰り上がりの入学となった。その事が仇となってし
まった訳だ。
甥が入学したのは、表向きは貴族向けの王立学校である。表向き、
と言うのは入学の対象が貴族に留まらず、庶民にも門戸が開かれて
いるからだ。
今現在入学している八割は貴族の子弟だが、残り二割は富裕な庶
688
民となっている。尤もその庶民の殆どは、貴族と縁続き︱︱︱つま
り親兄弟に貴族に嫁いだ者、又は迎えた者が居る訳だ。
この王立学校は、甥が入学するに合わせて作られた新設校である。
甥自身知らぬ事だが、実は運営に当たり出資金の一割から二割は甥
の個人資産からなる。残りは父である国王陛下、他貴族の寄付によ
る。
僅か五歳の甥の個人資産で二割も賄えるのか、と言う疑問にはそ
の程度ならば可能だろうと言える。何せ甥にはその自覚は⋮⋮と言
うか存在を知らされて無い様だが、王家の持つ広大な領地の内、第
一子に与えられる領地に加え、暫定だが王位継承者としての領地、
そして母方、つまり我がエステルハージ侯爵家より僅かばかりだが
初孫へ移譲された領地︵王太子領と隣接している土地を入手し、譲
った︶を所有しているので、固定収入がある。其れに加え、どうや
ら細々と発明品を作っては特許を取ったり、商品化をしたりして収
入を得ているらしく、結構な財産持ちなのだ。
近い将来、領地経営について学ぶ日が来るだろうが、その時自分
の持つ資産に嘸かし驚くだろうと思うと、笑いが止まらない。
そんな学校だが、実はこの学校こそ初めての試みで創られた全寮
制の初等学校でもある。中等科以上ならば半数以上は常設されてい
る寮制度を、初等科に設け自立を促した。父母と離れて暮らす子弟
は元々多いので、寮生活で孤独に苛まれる問題は少ないと思うが、
自身を世話する者たち︱︱︱侍女や従僕が居なければ靴紐を結ぶ事
はおろか、シャツも満足に着られない貴族の子弟が、僅かな使用人
の数に堪えられるかどうか。自立と成長を見守るだけだ。
今までも貴族・庶民拘わらず万民に向けた初等教育を施す学校が
あるが、貴族の子弟の教育は、家庭教師が主だ。
私も十歳になるまでは、家庭教師が付けられていた。十歳以降は
人脈を求めて初等学校とは行かないまでも、小さな集団で教育を続
689
け、十二歳で中等教育を受ける為、今の学院に入学する事となった。
クラインプリヴァチェラ
この﹃小さな集団﹄だが、私たち貴族の子弟の場合は多くても十
人程。各子息の館を持ち回りで行うか、一番爵位の高い子息の館で
行うか、様々だ。
剣術や体術、その他二人組で行う諸々の人数合わせの為、偶数に
なる事が多い。そしてより優秀な教師を雇う事が重要だ。
翻って貴族以外、商人や職人等の子弟の場合、初等学校に通うよ
りも、働いたり見習いとして修業する者が多かった。
然しその働き先、修行先で充分で無いにしろ、教育は受けている。
簡単な読み書きと少しの計算。此れ等は支払われるべき賃金に不正
が無いか確認するもので、多くの場合は自分の名前が書ける程度だ
った。
十二歳になって、より上を目指す者は士官学校や魔法学園、総合
学院を選ぶ。そうでない場合は神殿や孤児院、有志の家などが学び
の場であり、そういった場所では幼い者から成人間際の若者、様々
な年齢の人間が学んでいた。
慣習として、十三歳からは貴族も庶民も自立する為の準備を始め
まなびや
るが、内容は様々だ。学問を修めたい者や魔法を究めたい者、私の
様に継嗣として学びたい者は、其々専門の学舎が有るし、何かの職
に就きたいのならば、親方に弟子入りして技術を学ぶと言う者も居
る。
其れ等の前段階として、基礎を学ぶ初等学校が出来たが、始めの
内は就学率は惨憺たるものだった。
貴族や富裕層は自宅での個人授業が有効と言われていたし、庶民
の間では︱︱︱特に貧しい者は幼くとも一端の稼ぎ手であった為、
﹃役に立たない﹄学問よりも、明日の食い扶持が重要だったからだ。
690
そんなバラバラだった教育を、義務と言う形で始めたのは、他国
での成果が有っての事。初めは手探りで始めた初等教育。懸念は多
かったが、一つづつ問題を改善したものの、やはり意識を根底から
変えさせるのは中々困難で、其処を僅か二年で庶民の識字率を向上
させ、就学率も上げたのは甥の功績である。
正直な事を言えば、未だに庶民に教育は無駄、余計な知恵を付け
させるな、と言う意見は出る。だが他国の、特に大国と呼ばれ革新
ヘスペリア
的な政を行っている国の実情を知れば声は小さくなる。
ウィンディア
優風国と西六邦聖帝国は、庶民の識字率が六割を越えている。そ
の為か庶出の文官や士官は多く、有能だ。
貴族だけでなく、庶民も政に関わる為、不正が抑えられているの
だ。と言うか、仕官する程有能な庶民は、国に対しての意識が非常
に高く、またそう言う意識の者を選んでいるので、不正が起きにく
くなっている。
不正に関しては全く無い訳では無いし、この先増えないとも限ら
ないが、現段階では先ず先ずと言った所だ。
そう言った他国の事情が明らかになれば、当然自国でも、の流れ
になる。
就学率が格段に上がったのは、甥っ子が提案した給食制度による。
一日の食事に困る家も、子供が学校に通いさえすれば子供の昼食
の心配は無い。それどころか、確かに収入は減るかも知れないが、
通学する事で支給される家族の人数分の麺麭は、幼い子が働いて手
にする賃金よりも余程足しになる。
幾ら働き手と言っても、幼い内は限度があるし、賃金も内容に見
合いごく僅か。其れでも働かせねば暮らしていけない貧しい家庭に
とって、確実に一家族の一食分と本人の昼食分が学校に行きさえす
れば手に入るのだ。行かせない話は無い。
其れに、所謂穀潰しの親への対策として、学校に一定時間︱︱昼
691
を含めて五時間ほど︱︱居なければ支給は無い。途中で抜けて他所
で働かせる事は出来ない様になっている。
大人なら兎も角、子供の稼ぎなどたかが知れている。
支給される麺麭分の賃金を得る為に拘束される時間と比べれば、
学校に行った方が明らかに率が良い。真面な親なら学校に通わせる
方が良いと気付くし、学校が終わってからも日が暮れるまでは時間
がある。家の手伝いをする時間は充分に有るし、お使い程度の仕事
なら出来なく無い。
その結果が就学率の向上だ。表立って甥の功績だと発表されてい
ないが、叔父として鼻が高い。言わないが。
イクセルとの情報交換で得たのは、甥っ子が事故当時、何をして
いたかだ。
つまび
私からは極秘と前置きして、騎士団や冒険者ギルド、その他鉱山
関係者の情報を伝え︱︱勿論公にして良い部分だけだ。後日詳らか
にされるが、予め此の程度なら話しても構わないと言われた部分を
伝えた︱︱、イクセルからは弟︱︱︱ザハリアーシュの視点からの
話を。
生憎と甥っ子・クラウド殿下の視点は聞けず終いだったので、大
変興味深かった。何せ救出されるや直ぐに昏倒し、ほぼ一昼夜昏々
と眠り続けて、目が覚めたのは私が城を辞去する直前である。詳し
い話など聞き様が無い。
ヤーデ将軍の孫、ルフトとブラウシュタイン侯爵の嫡子、ライン
ハルトからも話は聞いたが、視点は多い程おもし⋮⋮多い程興味深
い。二人からとはまた違う話が聞けた。
﹁ふうん? 其れはまた、ギルドの方も問題が有るかな? 幾ら簡
単と思っていたからと言って、結果的に子供達を危険に曝す真似を
した訳だしね﹂
692
ギルドからの護衛が昇格試験を兼ねてだと聞かされてはいたが、
現場での護衛の態度を聞き、顔を顰める。イクセルも憤慨している
のか、腕を組み背凭れに寄り掛かり大きく頷く。
﹁其れについては弟も怒っていた。だが結果論だとも言っていたよ。
ギルドだってまさか竜が出るとは思わなかったろうし、鉱山の見学
の護衛なんて、一ツ星や二ツ星くらいしか請けないだろうってさ。
全く、もう少し狼狽えるなりして、子供らしくても良いと思うんだ
がなぁ!﹂
肩を竦めるイクセルに、此方も苦笑する。
決して不出来では無い、寧ろ優秀なイクセルだが弟は輪を掛けて
優秀だ。
嫉妬するなと言う方が無理だが、とは言え可愛くない訳では無い。
どちらかと言えば可愛がっている方であり、私も甥っ子を嫉妬半分
可愛さ半分で見ているので、気持ちは判る。
ザハ
私の苦笑に気付いたのか、イクセルが違う話を向けてきた。
﹁そう言えば、救助に加わった冒険者が、弟の級友と取り残された
話はしたろう?﹂
﹁ああ、それで騎士団と冒険者の混成救助隊が組まれた筈だよ﹂
﹁⋮その冒険者の特徴が、白髪の大男だって言うんだけど⋮⋮﹂
﹁⋮⋮けど?﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
何か言いたげに此方を見詰めるイクセルだが、私としても何を聞
き出したいのか判らないので、問われるのをじっと待つ。
さて、何を知りたいのやら。
白髪の大男の正体? 其れなら簡単に答えられる。稀代の冒険者、
693
七ツ星グウィン・レパードだ。
ザハリアーシュの級友がどうなったか? 無事助け出され、親元
に帰っているよ?
教えられない事は一つだ。その級友が私の甥であり、第一王子で
あると言う事。ばれているかも知れないが、私からは教えない、此
れが最低の譲れない所だ。
無言で待っていると、イクセルの方が音を上げた。
﹁⋮ザハが心配しているんだよ、その白髪の冒険者と友人が無事救
出されたのか、怪我は無いのかって。ミクロスなら知っているだろ
う?﹂
﹁何故﹃私なら﹄かはさておき、二人とも無事ではあるよ。但し冒
険者の方は、故意に取り残される状態を作った、と言う事と、救助
に貢献した事を相殺出来るか鑑みて、騎士団預かりになっているみ
たいだね﹂
私の答えにイクセルが頷く。
﹁冒険者の方は父からも聞いた。⋮変わった人らしいな﹂
﹁常識は敢えて無視するらしいよ? ⋮まぁ七ツ星なんて最高位の
冒険者だ、変わり者でもなければ務まらないんじゃ無いのかな?﹂
﹁! やっぱり、隻眼の白豹か! 今度機会が有ったら紹介して貰
えるか?﹂
目を輝かせるイクセルは、どうやら七ツ星の冒険者に興味津々の
様だ。其れはそうだろう、何せ若くして伝説と言わしめた冒険者だ。
彼の冒険譚に心躍らせない男は居ない。
斯く言う私も彼に興味は有る。
甥を⋮⋮と言うより、関係者の殆どを煙に巻ける人種には、興味
以上に親近感がわく。是非とも秘訣を教わりたい。
694
だがイクセルまで影響されたら、折角の癒しが無くなる。彼は私
先程と同じ言葉を
の黒さを知りつつ付き合ってくれる、甥と同様に貴重な存在なのだ。
なので一応忠告として変わり者だと伝えると、今更何を、とばかり
に呆れられた。
﹁其れを言ったらミクロスも充分変わり者だろうね﹂
﹁脈々と続く貴族なんて、変わり者でも無ければやっていけないん
じゃ無いかな。⋮イクスも私と付き合える時点で充分変わり者だよ
ね﹂
﹁其れは否定しないが、ミクロスの悪影響の結果だと思う﹂
大袈裟に溜め息を吐いたイクセルが、﹁ところで﹂と話を変えた。
﹁もう直に夏期休暇だけど、ミクロスは予定を立てたか?﹂
サマーハウス
予想外に話が飛んで、答えに詰まる。
﹁⋮何時も通り、かな? 夏の館に避暑に行って、誘いが有れば社
交の付き合いと領地の勉強?﹂
未成年であるが故に社交と言っても大したものでは無い。母に連
れられ茶会に出席か、近隣の別荘に呼ばれるか。
二∼三年前ならいざ知らず、今は遠出で無ければ保護者の付き添
い無しで出掛ける事が出来る。遠出も成人した年長者が付き添うな
らば、血縁は関係無いので問題は無い。
イクセルが何処かに行こうと誘うので有れば、行くのは吝かで無
いが、何を改まって言うのだろうと不思議に思う。
疑問と期待が入り交じり、イクセルの言葉を待つ。
﹁其れなら何日か我が家のサマーハウスに滞在しないか? 弟も喜
ぶし両親も歓迎する﹂
695
﹁其れは嬉しい申し出だが、迷惑では? 第一避暑地が同じとは限
らないだろう?﹂
﹁同じだろう? 去年避暑地の商店街でバッタリ会ったじゃ無いか﹂
言われてみればそうだった、と思い出す。
﹁お互い多少は自由が利く歳になった訳だし、どうかな?﹂
﹁⋮⋮父に確認してみるよ﹂
唐突ともそうでも無いとも取れる提案だが、未だ父の保護下であ
る以上、父の判断が必要なのでそう言うと、イクセルが何か企んだ
顔つきになった。
﹁金髪に青灰色の瞳の友人をザハが気にしていてね? 避暑地に呼
べないものかと相談されたんだが、どう思う?﹂
﹁⋮⋮どうと言われても? 年齢的に保護者が居なければ難しいん
じゃ無いかな?﹂
﹁やっぱりそうか﹂
さて、この話はどう転がるのか。期待して待つ。
しかし続く言葉は思ってもいない場所に転がった。
﹁関係無い話だけど、ミクロスは最近第一王子殿下とはお会いして
いないのか? 以前は良く王城に出向いていたと思うが﹂
﹁⋮⋮殿下も今年から忙しいからね、遠慮しているんだ﹂
﹁その割に公式行事にはお出でにならない様だけど? ああ、いや
光竜曜日の行事には出られているか﹂
孤児院の慰問や神殿や各ギルドの視察等、甥の休日に合わせて予
定を立てる為、どうしても光竜曜日に偏ってしまう。然程多くは無
いので捌けるが、平日の行事にはどうしても不参加となる。
グウィン・レパード
其れにしても何故こんなに話が飛ぶのか。
隻眼の白豹から始まり、サマーハウスの誘い、甥の事。
イクセルの不自然な話題が、どう転がって纏まるのか。何となく
予想がついてきた。
696
﹁第一王子殿下の公務については、父からも聞いている。神殿の視
察では、国王陛下譲りの金髪が陽に映えて輝き、賢そうな落ち着い
た青灰色の瞳が王妃様を思わせるとか。⋮まるで誰かの友人の様な
容姿だね?﹂
﹁ソウカナー? ソウカモネー?﹂
﹁⋮⋮棒読み過ぎるよ⋮⋮﹂
ガクリと肩を落とすイクセルに、フフと笑う。
﹁まぁ殿下の夏の御予定は、御公務でお忙しいと聞いている。ただ
昨年は王后陛下の御懐妊で、王家の方々は避暑地には行かられず、
王都で夏を過ごした。今年は若しかすると避暑地に行かれるかも知
れないね﹂
その時帯同する騎士の中には家族連れの、ザハリアーシュと同年
齢の子供が居るかも、等と嘯くとイクセルも頷いた。
﹁では避暑地の散策時に、偶然ザハの同級生と出逢っても、何ら可
笑しくは無いね?﹂
﹁其れは勿論。私達だって、そうだったしね﹂
﹁出掛けた先で偶然出逢って、其のまま一緒に遊ぶのは友人なら当
たり前だしね﹂
﹁避暑地でまで王都の慣習を煩くは言わないと思うよ﹂
二人揃ってニコリと笑う。
半ば化かし合いの態を擁しているが、こればかりは仕方無い。嫡
子としての教育が出来ている、と言う事だ。
王都では貴族の子弟の外出は結構制限がある。
先ず五歳以下は、そもそも領地から出る事は無い。
王都に居を構えている場合、両親の何方か及び乳母・侍女・護衛
にガチガチに固められた上での外出となる。とは言え其れは高位貴
族の場合だ。男爵や騎士爵、一代貴族辺りは割と自由だと聞いてい
る。
六歳になって初の社交が、王城でのガーデンパーティー。それ以
697
降は十歳までは制限があるものの、十歳以降は付添人さえいれば近
所で有れば行き来できる。
私自身大手を振って出歩ける様になったのは、今年中等科学校に
入学してからだ。十三歳以降は付添人若しくは従者が居れば外出は
自由となる。
庶民の子等は、幼い内から自由に出歩けるのに︱︱冒険者ギルド
に子供向けの依頼が有るのは、その為だ。子供向けの簡単な依頼が
有るお陰で、小銭稼ぎの一つになっている︱︱貴族の子弟は不自由
な事だ、と若干嘆かわしく思いつつも立場が違うから、と諦めても
いた。だが今年からは其れも解消され、授業の一環として冒険者登
録も済ませたので、王都外への冒険も出来る様になった。
いつか甥と冒険するのも楽しそうだ。
クラウド
多分あの子の事だ、上手に身分を暈した上で冒険者登録くらい出
来るだろう。
冒険者登録は、身分や出自を誤魔化せないとされているが、其れ
は全てを馬鹿正直に登録した場合。内容が正しければ、記入漏れが
多少有った所で不都合は無い。それにギルドは犯罪歴の無い人間で
あれば、どんな身分であろうと冒険者登録は可能だ。
以前ヘスペリアを訪問した際に、冒険者ギルド本部を訪ねたと聞
いた。その時に冒険者に興味を抱いた様だから︱︱帰国後に、騎士
団と冒険者ギルドとの連携を提案した事からも、其れは窺える︱︱
案外この夏にでも、子供向けのお使い依頼位は挑戦するかも知れな
い。
そう考えると、愉しくなってきた。
避暑地にもギルドの支部は在る事だし、それとなく勧めてみよう。
ヽヽヽヽヽヽ
私は甥が何をしでか⋮⋮するか楽しみだし、恐らくザハリアーシ
ュも甥が気になる様だから、避暑地で偶然出逢って仲良くなる切っ
698
掛けになれば良いし。
︱︱︱と、暢気に考えていたのだが、その後驚いたのは、気難し
くて他人の顔と名前を覚えない︵覚える気が無い︶と噂の隻眼の白
豹が、どうやら甥を気に入ったらしい、と言う事。
騎士団で連日鍛練をしている甥に、魔法や剣術を実地で教えてい
るらしい、と聞いたのは夏休みに入る直前である。
お陰で︵と言うのも妙な話だが︶先に避暑地に出掛けたイクセル
から、連日問い合わせの手紙が届く。隻眼の白豹を紹介するのは吝
かで無いが、さて、どう説明すれば良いのやら。そして私自身が彼
に覚えて貰えるかどうか。
白い書翰箋を前に、何と返事を書こうかと悩む事となった。
699
Lv.50 ミクローシュ・アルジェント=エステルハージ︵後
書き︶
閲覧有り難う御座いましたwww
今回、説明回です。
ミク兄ちゃんが色々と王子を可愛がっている、とかきたかったんで
すが、なんか違う気がする。
思っていた以上にザックの兄がアホなのか腹黒なのか判らん。
700
Lv.51︵前書き︶
夏休み篇です!
701
Lv.51
明日から夏休み! 久し振りの長期休暇、しかも今回は︱︱前回
は夏初月の連休で十日程だった︱︱一月半も有ると言う訳で、教室
中がウキウキワクワク、浮わついた雰囲気になっている。
斯く言う俺もその一人で、休み中は何をしようか考え中だ。
成績に関しては今の所問題無いので⋮⋮ある意味有ると言えば有
るのだが、成績が悪い訳では無いので良しとする。
先日の鉱山事故だが、生徒には結局の所、詳細は伏せられた。
竜が出たのを知っていたのは、俺の他は地下に取り残されていた
内の一部に過ぎなかったし、今更そんな情報を与えて必要以上に怯
クレーム
えさせては駄目だろう、との判断だ。勿論保護者にはキチンと伝え
謝罪している。
保護者側としては文句の一つや二つや三つ四つ、言いたい所だっ
たろうが、セバス爺ちゃんに敵う相手はそう居ない。王家からも見
舞金が出とるんじゃ、グダグダ言うな引き下がれ! と言うオーラ
を滲ませて説明会を終わらせた、と聞いた。
見舞金は微々たるものだが、私立とは言え出資の殆どが王家で、
責任の一端は有るが、かと言って王族が簡単に頭を下げる訳にもい
かないし、と出したものだ。国費からで無く、領地からの収入、つ
エーデルシュタイン
まり私費なので一応セーフ。
ウチの国は平和ボケしているからか、取り立てて貴族間で表立っ
た対立とかは無い。王家にすり寄りたいバカが、俺の産まれる前に
母上を蔑ろにして側妃を∼とか言って、父上や祖父たちを怒らせた
りした程度で済んでる。
他の国だと、内乱が有ったり王家が失墜してたり逆に独裁してた
702
り、色々⋮⋮。
この辺の情報は、グウィンから聞いた。彼に言わせれば、エーデ
ルシュタインは極めて暢気、魔物が出るから多少は緊張感がある程
度、だそうな。
そう言えばデュオ先生も以前授業での雑談の際、この国は魔物や
魔獣が少ないと言っていた。居るには居るが、三ツ星か四ツ星のパ
ーティーなら楽勝との事。だから緊急招集の際、各国から冒険者を
募った訳だ。良いのか悪いのか⋮⋮。
﹁クラウドはどこへ行くの?﹂
﹁どこもいけないだろー! 庶民なんだから﹂
﹁そう言う言い方はやめろよ﹂
﹁おやすみ前にお菓子もらっても良い∼?﹂
マリウスの質問に、通りすがりのシールが茶々を入れ、ルフトが
諌めレイフが強請る。俺は苦笑い。
運動会以降、俺に対しての扱いが格段に良くなったのは話したと
思うが、他クラスの生徒からも扱いが良くなった。特に一緒に閉じ
込められた子供たちからは、以前の対応を謝られたりもした。別に
実害も無い⋮⋮訳では無かったが、全く気にならなかったので謝罪
される方がこそばゆかったりもするのだが、けじめとして受けた。
ただシールとラークは相変わらず照れが有るのか、今までが今ま
でだっただけに、余計な一言とか嫌味は未だ有る。ツンデレの一種
と思えば可愛いものだし、俺の代わりに注意する人間も居るので、
問題は無い。
﹁家族の予定次第かな? ウチは両親共に忙しいし、弟も去年産ま
れてやっと一年だし﹂
﹁へー、クラウドって弟が居るんだ?﹂
703
マリウスの質問に答えると、別の質問が寄越される。今まで私的
な事まで訊かれるのは幾人かに限られていたので、此処最近はやた
らと質問が多くて戸惑う。要は今まで遠巻きにしていたのが、先日
の一件で垣根が取り払われたのだろう。
俺が王子だとバレるのが先か、カミングアウトが先か。何時かは
知らせないととは思うが、タイミングが難しい。王子扱いされたく
なくて隠していたが、途中で王子だと知られる方が気まずいかもと
今更になって思う。
まぁ案外﹁へー、そうなんだ﹂で終わるかも知れないし。其処は
これからの俺の付き合い方次第だろう。
夏休みの予定について訊かれたが、無難な回答通り未定である。
多少公務が有ると思うが、父上は王城で仕事だし、母上も慰問や茶
会で忙しい。俺も勝手に出掛ける訳にもいかないので、城に居る事
となる。
エドヴァルド
尤も城に居る間は、進みの悪かった公務についての勉強や、作法
の練習、青毛馬の世話等で忙しい。
若いのに難癖つけられて返り討ちにして
ただずっと仕事と言うのは無いので、多分十日位は避暑地に出掛
けるんじゃ無いかと思う。
⋮そう言えばグウィンが騎士団で大暴れして、その無敵ッぷりに
当初の予定︵牢への収監と騎士団での訓練︶を大幅に変えられ、城
に滞在中だが⋮⋮何時まで居るんだろう? 夏中居るなら、俺も何
か教わろう。て言うか居合いを教える約束もしてたわ。
夏の休暇の過ごし方は、概ね二種類に分けられる。
王都で普段過ごして仕事をする以外に、夏場は社交場が避暑地に
移る。休暇は避暑地で社交に勤しむか、自分の領地に戻ってゆっく
り休むか。大概は自領に優秀な家令や執政官が居るので、仕事はそ
ちらに任せ避暑地に行く事が多い。
避暑地は主に二ヶ所。海か山だ。
704
エーデルシュタインは風光明媚な観光国なので、避暑地を訪れる
外国人も多い。ソレを狙う盗賊も多いので、避暑地は騎士団の駐屯
地が在るし、冒険者ギルドも在る。治安はソコソコ良いと言えるだ
ろう。
前世
夏休みと言えば、昔は遊びまくったなぁ⋮⋮。
海に行ってはアメフラシを拾い沖に飛ばし、山に行っては虫を捕
り⋮⋮。道場の合宿で扱かれる合間合間に遊び倒したものである。
良い子供時代だった、と懐かしむも、今が厭な訳では無い。制約
があって出来ない事は多々有るが、蛇の道は⋮⋮の諺通り、遣り様
は幾らでも有る。実行出来るか、成功するか否かである。
成績表を貰い、それじゃ休み明けまでご機嫌よう、となった後、
ザックから呼び止められる。
﹁クラウド、もしきみのご両親が休暇に出掛けるなら、何処へ行く
?﹂
突然の質問に俺を含め、周囲がポカンとする。その様子にザック
は慌てて説明を始めた。
﹁いや、自分はこの夏は、プラトーに行くんだ。クラウドもプラト
ーに行く事が有れば、会う事も有るかと思って⋮⋮﹂
﹁えーと、それは遠回しに遊びに来いって誘ってるのか?﹂
回りくどい誘い文句だな、おい。
そう思って訊ねると、顔を赤くして反論された。
﹁そうでは無い! ただ、同じ場所に行くのなら偶然会う事も有る
だろうと⋮⋮﹂
﹁うん、判った。プラトーに行く事が有れば、顔見せに行くわ﹂
にっこり笑って手を振ると、﹁あー﹂とか﹁うー﹂とか言いつつ
帰って行った。
微笑ましいなぁと思っているのは俺だけで、他の皆は目を丸くし
ていた。
705
ザックは元々俺と敵対していた訳じゃ無いが、取り巻き二人が俺
を弄っていた所為で、周囲からは対立していると思われていた。中
立に立とうと俺と一線を引いていたら、仲良くなるタイミングを逃
したと言う⋮⋮まぁ不器用な奴だと思う。
ステータス
ぶっちゃけ俺はザックの事は好きだ。良いライバルだと思ってい
る。前世知識で基本能力を嵩上げしている俺と、たった六年しか生
とも
きていない子供がほぼ対等に渡り合えるのだ。気に入らない筈が無
ライバル
い。
好敵手と書いて盟友と読む。
良いじゃないか。かっこ笑。
しかし、プラトーか。
プラトーは王都エーデルシュタットより北に在る高原の避暑地だ。
山有り渓流有り、湖有り木漏れ日届く林有りに加え、商店も賑わい、
エロ親父
ウッフンな店
貴婦人方の買い物は勿論、子供向けの土産物店や遊技場も備える、
正に﹃THE☆避暑地!!﹄と言う場所である。紳士向けの歓楽街
もあるよ!
俺も一度だけ行った事が有るが、当時二歳なので記憶には余り残
っていない。何と無く湖の青い記憶がうっすらと⋮⋮? あれでも
コレ水の杜に似ている気がする。記憶が混ざってる?
因みに南部の海辺には、シュトランドルフと言う避暑地があり、
プラトーと同様、人気の有る観光地だ。海水浴や船遊びを楽しめる
他、別荘地として美しい街並みが広がり景観が楽しめる。海洋療法
エスタニア
も行われ温暖な気候の為、避暑だけで無く保養地としても人気だ。
同じ海辺でも東部に有る東大陸に近い港町ハーフェンは、大規模
な商用港であり、船旅の観光客が始めに立ち寄る町でもある。ただ
此方は歓楽街が多いので、避暑地としては向いていない。専ら買い
物だ。
706
ゲート
海に囲まれた我が国では、貿易のメインは海路で︱︱転移門は個
人なら兎も角、商用では輸送費が掛かり過ぎる。船便の方が時間は
掛かるが安くて確実なのだ︱︱港が賑わっている。その他海岸沿い
には漁港や漁村が点在している。
実の所、避暑地の選択は社交界の中心人物によって変わる。一番
は俺の母上・王妃の所在だ︵夜会だけで無く、昼間の茶会も立派な
社交となる︶が、社交界の花形の某婦人や伊達男の某伯爵、内政の
要の議員等、派閥も有るが概ね人気の有る人間の行く先が社交の中
心となるので、皆それに倣う。
昨年はデューが産まれた事もあり、母上が社交の中心となられる
事は無かったので、当時の中心だった伯爵夫人の行った先が賑わっ
たらしい。王家が行かないのに、と王都に留まった人も居たし、領
地に戻った人も居た。結局その時その時、人其々って事だ。
﹁クラウドがプラトーに行くなら、ぼくもプラトーにしようかな﹂
﹁サシャのお家はプラトーにもお店があるものね∼﹂
﹁いや、未だ決まった訳じゃ⋮⋮﹂
﹁決まったら教えてよ。﹂
ワイワイと騒ぎながら一度寮に戻る。帰宅の際に私物を持ち帰る
為だ。
アイテムボックス
何だかんだと半年以上寮で生活して、結構私物が貯まっている。
道具袋の有る俺やライやルフトは帰り支度は楽だが、持っていない
連中は使用人を呼び出して大変な様だ。
﹁クラウド様、もう少しお世話をやかせて下さいませ。仕え甲斐が
御座いません﹂
﹁ゴメン、マーシャ﹂
⋮⋮城への帰り道、部屋の掃除や荷物の整理をやろうと、朝から
意気込んで来たマーシャに、愚痴られた。
俺の専属侍女、マーシャとメイアは俺が入学してから週末以外は
707
デューの世話にも駆り出されている。俺が城に戻っている間は、専
属として戻る。居ない間も俺の部屋の掃除や服の管理はマーシャた
ちの仕事なので、それなりに忙しいらしい。
サージェントは定期的に寮の部屋に来て、掃除や洗濯、備品の管
理をしている。本当は三人で持ち回りの筈だったんだが、どう言う
訳かデューがサージェントだけ嫌がるのだ。あ、コレだと語弊があ
るか。男の使用人だけ嫌がるんだよな。女性の方が優しい感じがす
るからだろうか? だがデュー。女は怖いぞ。恨みだけは買うな、
売るな。
今回久し振りに俺の世話を∼と楽しみにやって来たマーシャは、
荷物の少なさとサージェントの最後の掃除が行き届いてやる事が無
かった、と未だ愚痴るので、休み中何回か、俺の服装や髪型を好き
にして良いと言ったらコロッと機嫌が良くなった。現金だなぁ⋮⋮。
﹁本当ですか!? 絶対ですよ!? ああ∼、嬉しい∼! 殿下を
王子様に出来るぅぅ!﹂
﹁⋮マーシャ、メイアみたいな言葉遣いになってる⋮⋮﹂
﹁ハッ! 気を付けます!﹂
注意したら何時ものマーシャに戻ったが、王子様に出来るってど
ういう意味だ。⋮俺王子よ?
城に戻って二日目。ミク兄が訪ねて来た。
一人では無く、ミク兄の母⋮⋮つまり俺の祖母でもある、エステ
ルハージ侯爵夫人を伴っての訪問である。
勿論訪問相手は俺だけで無く、母上やデューもだ。
一足先に王都を離れ、避暑地に行く挨拶をしに来たのだと言う。
﹁プラトーに行くのよ。若し良かったら、殿下も一緒にいらっしゃ
らない?﹂
ニコニコと侯爵夫人︱︱︱お祖母様が言う。
708
本来子供は保護者無しには外出出来ないのだが、唯一の例外が避
暑地である。だからこそザックも俺を誘ったのだろう。
避暑地は王都と比べてこじんまりとした家が建ち並び、街全体も
然程大きくない。どちらかと言えば、街全体が一つの宿泊施設で、
同じ敷地に居る感覚なので、保護者や付添人で無くても、侍女や護
衛が居れば良い様だ。
盗賊が居ると言っても、当然警邏中の騎士や自衛団も居るので、
昼日中に子供を狙って事件を起こす様な奴は先ず居ない。精々スリ
程度だろう。
湖以外は街の外に有るので、其処は保護者同伴である。湖に関し
ても、子供だけで水遊びは王都でも出来ないので、本当に街中を歩
くだけだが、其れでもかなり自由である。
まぁ爵位や財産に因って使用人の数とか諸々変わるので一概には
言えないんだけどね。何せ週末毎に城に帰る俺は、護衛どころか侍
女も付いていない。一人で移動しているが、特に何も言われない。
朝早く夜遅い移動の所為で気付かれないのもそうだが、騎士爵の息
子だと思われているのも大きいかも知れない。
尤も今回の場合、実の祖母なので何ら問題は無い。隠す事が問題
なだけで。
お祖母様に誘われたものの、実は公務が控えている。水の神殿の
視察だ。
﹁プラトーは友人も行くと言っていたので、公務が済んだらお伺い
します﹂
﹁あら⋮⋮一緒はダメなの? 残念ね﹂
プラトー
一緒に行く気満々だったらしいお祖母様だが、理由を言えば引き
下がった。
﹁お母様、今年は二週間程を予定していますの。彼方でお待ちして
居る間に、クラウド様に紹介したいお店やお土産を見繕って下さい
ませ﹂
709
﹁そうね、そうするわ﹂
母上の提案に頷き、話は先日の鉱山の件だったり、ここ最近の社
交界の流行などに移り⋮⋮とりとめの無い会話に退屈し始め、苦笑
したミク兄と部屋の隅でチェスを始めた。
﹁⋮残念だよ、一緒に行けなくて﹂
カツン、と駒を進める。
﹁親子水入らずで良いじゃないですか﹂
コン、と置く。
﹁道中暇なんだよ﹂
カコン。
﹁寝てれば良いんじゃ無いかな?﹂
コツン。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
トン。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
コトン。
コン、コツン、トン、カツン、と盤上を駒が行き交う。
﹁⋮七ツ星に逢いたがっている友人が居るんだが、紹介してくれる
かい?﹂
トン。
﹁⋮⋮プラトーに行く時、一緒に行けるか訊いてみます﹂
チェック。
﹁あれ? 強くなったね?﹂
王手をかけると、ミク兄が吃驚した顔になる。
ヘスぺリアの皇帝
そうだろうとも! チェスはミク兄に負けっ放しだったので、散
々特訓したのだ。
陛下
セバス爺ちゃんにも教わったし、頼みたくなかったけど弟子の旦
那にも教わった。叔父上が言うにはアノ人、何でも出来る上に完璧
に熟せるそうな。
710
俺も何も知らなければ信じたろうが、センちゃんの子供の頃の話
を、教える交換条件に出された身としては何とも⋮⋮。あ、直にで
は無く、手紙での遣り取り⋮⋮男と文通か⋮⋮⋮⋮いや、深く考え
まい。
何はともあれミク兄に一勝! とにまにましていたら、クスリと
笑われ。
﹁じゃあ私も本気を出そうかな?﹂
へ? と思う暇も無く、チェックメイト。えええ、なんで?!
がっくり肩を落とす俺に、ミク兄が﹁じゃあ紹介宜しく﹂と微笑
んだ。
そして相変わらず俺の部屋に入り浸り好き勝手に過ごすグウィン
に、プラトーに行けるか訊いてみた所、二つ返事だった。
﹁良いのか? 何か予定は?﹂
﹁別に⋮⋮特に連絡も無し。差当って直ぐ動ければ、何処に行こう
と問題は無い﹂
﹁誰か連絡待ち⋮⋮センちゃんか?﹂
﹁さあ?﹂
コテンと首を傾げるが、二メートル近い大男がやっても可愛くね
ぇよ!
﹁あ、所でコレってギルドを通さなくて良いのか?﹂
一応護衛依頼になると思うのだが。
そんな素朴な疑問の答えだが。
﹁アンタを? 俺が? 護る必要が、何処に?﹂
⋮酷いと思う。
711
Lv.51︵後書き︶
閲覧有り難うございましたwww
何故か今回、街の名前が4つも出ましたが、覚えていられるか心配
です。王都の名前は忘れませんけど。
便宜上チェスと有りますが、四人対戦も出来ます。
712
Lv.52︵前書き︶
ちょびっと休憩。
713
Lv.52
トコトコと石畳を歩いて行くと、見た事の有る看板が掲げられた
建物が見つかった。
エーデルシュタイン
﹁グウィン、あれがそうか?﹂
﹁ああ。輝石光国冒険者ギルド本部、だな﹂
俺の後ろをのんびりと歩いていたグウィンがギルドの看板︱︱剣
と杖、盾と竜をあしらった紋章︱︱を見上げて頷く。
夏休み始まって早々、宿題を片付け︱︱ギリギリまで残すか迷っ
たが、前世は其れで失敗した事を思い出し、先に済ます事にした︱
︱暇になったので、普段出来ない事をしよう! と思い立った。
芸術方面を伸ばす事も考えたのだが、寧ろ夏休み以外もやっとけ
よ! と思ったので、何か他に無いか考えた。
で。
グウィン
寝る時と訓練所にいる時以外は、ほぼ俺の部屋で寛いで本を読ん
でいる男を見て、冒険者ギルドに行ってみようと思い付いた。
目的は視察では無く、完全な野次馬根性である。
公務として行く気は無い︵無くは無いが、その場合護衛やら案内
やらを大量に引き連れて行く事になるので、言われない限りは遠慮
したい︶ので、お忍び⋮⋮と言うか、街の子が覗きに行った、風。
あわよくば冒険者登録は出来ないまでも、グウィンの依頼にくっつ
いて行けないかなー、等と考えている。若しくはお使いクエストと
か。
俺の年齢︵五歳。五歳ですよー、皆さん︶では、冒険者登録は出
714
来ないのだが、実は依頼そのものは受けられる。
一ツ星用の依頼の他、更に簡単な街中限定のお使いクエストと言
う物が有るのだが、此れが冒険者を目指す子供や、小銭稼ぎの子供
の丁度良い仕事となっている。大人も一応出来るのだが、子供向け
ぐうたら
の依頼をわざわざ請ける奴は居ない。居たとしたら相当金に困って
いるか、働きたがらない怠け者だ。
冒険者登録は十二歳以上で無いと出来ず、それ以下は仮登録とな
る。但しそちらも十歳以上。
でくわ
仮登録した場合、一ツ星の依頼なら街の外にも行ける︱︱王都の
城壁が見える範囲まで、盗賊や魔獣に出会さない・逃げられる範囲
のみだ︱︱が、十歳以下、特に学校に通わない六歳未満はお使いク
エストが中心だ。
お使いクエストは、届け物や掃除、買い物の手伝いや簡単な採取
等、本当にお使い・小銭稼ぎの依頼である。
小銭とは言えギルドに依頼が出されている以上、期日までに完遂
させないといけないので、期日ギリギリまで残った依頼は、一ツ星
に振り分けたり職員自ら依頼を完了させるそうだ。
カラン、と扉を開けると呼び鈴が鳴る。其れと同時に活気が溢れ
出てきた。
ヘスペリア
グルッと室内を見渡すと、カウンターの奥で忙しそうな職員と、
ヘスペリア
手前で精算待ちか申請中か、冒険者の列。西六邦聖帝国のギルドよ
りか規模は大分小さいが、そこそこ賑わっている。まぁアッチは総
本部だし、でかくて当たり前とも言える。
﹁結構繁盛しているんだな﹂
﹁例の鉱山の件から日も浅いから、な。召集組が居残ってるんだろ
う﹂
715
俺の呟きを拾い、説明するグウィンに成る程と頷く。
鉱山の事件では、緊急召集で四ツ星以上が集められた。その人達
が移動せずに残っているのか。
﹁でもエーデルシュタインは強い魔物や魔獣が少ないんだろ? 居
残る旨味って有るのか?﹂
﹁少ないだけで居ない訳じゃあ、無い。其れに、採取に関しては旨
クリスタル
ジェイド
味の方が多い。討伐ばかりが冒険者の仕事じゃ無いぞ?﹂
﹁そうか﹂
アベンチュリン
河原を探せばゴロゴロと水晶や翡翠、砂金が採取出来るし、山に
行けば砂金石どころか、金塊が手に入る。確かに嘘みたいに美味し
い話だ。
⋮なんて言っても、実際はそう簡単に採れたりはしない。他国に
比べて貧民が少ないとは言え、居ない訳じゃ無いのだ。⋮あれ何か
コレ魔獣の話と同じ説明。まぁ良いや。
小遣い稼ぎ程度なら其れで良いだろうが、食っていこうとなると、
本格的に採りに行かねばならない。街から離れ、危険な森や山に分
け入り⋮⋮安全と危険とを秤にかけて、何方を選ぶかは個人の自由
だ。
⋮⋮等と会話をしていると、周囲の喧騒が止んでいるのに気付い
た。じっと注視されている⋮⋮? 俺じゃ、無い。グウィンだ。
本日のグウィンと俺の格好。
俺はこざっぱりとした普段着。華美な装飾は一切無い。目利きが
マント
見れば上質なのは見てとれるが、其れだけだ。
グウィンは何時も通り、軽装で武器を携え外套を肩に引っ掛けて
いる。フードは被っていないので、白髪と眼帯が目を引いた。
716
白髪と眼帯。この符丁に﹁あ、そうか﹂と、ポンと手を打つ。
﹁ナニがだ﹂
﹁そういやアンタ七ツ星だったな﹂
高名な七ツ星の冒険者が、白髪・眼帯と言うのは知られている。
ヽヽ
それがどうした? と俺を見下ろすグウィンだが、ぶっちゃけ忘
ヽヽヽヽヽ
れかけてた。いや、七ツ星なのは判るんだけど、其れイコール俺の
憧れていた至高の七ツ星にならなくて⋮⋮。
そうだよ、俺七ツ星に憧れていたんだよ⋮⋮。
グウィン・レパード
最年少で六ツ星になって、其れでも功績に足りなくて、更に上の
星を与えられた、至高の存在・冒険者の憧れ﹃隻眼の白豹﹄。
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮。
﹁詐欺だ﹂
﹁ナニが﹂
﹁アンタの存在﹂
﹁良く言われる﹂
恨めしげに見上げても、ちっとも気にしていないグウィンに、何
を言っても無駄だと悟り、受付に向かう事にした。
然しカウンターに行く途中、併設された酒場︱︱ギルドは酒場や
食堂、所に因っては宿屋も併設されている。冒険者の便宜を図る為
や、情報収集をし易くする為でもある︱︱から、突然﹁あーーー!﹂
と叫び声が上がった。
何事かとそちらを見ると、若い冒険者が二∼三人、俺達の方に駆
け寄って来た。その顔に、見覚えがあった。
﹁坊や、無事だったのね!?﹂
﹁良かったニャ∼! 心配してたニョよ!!﹂
717
アンさんとリンさん、鉱山見学の時の護衛をしていた冒険者だ。
彼女達の後ろには、気まずそうなヤンさんも居た。
﹁結局坊やともう一人、冒険者が取り残されたでしょう? 良かっ
たわ、無事で⋮⋮﹂
ホッとした表情のアンさんだが、この様子だと﹃救出に来た冒険
者=七ツ星﹄だと気付いていないっぽい。
前夜の内
俺達が脱出したのは朝方だったので、一ツ星であるアンさん達は
事情聴取をされた後、早々に街に戻されたと聞いた。正直下位レベ
ルの冒険者に、出来る事は少ないからだ。
王都に戻り、再度騎士団から聴取を受け、ギルドからはぎっちり
と締められた、と報告が有った。主にヤンさんが。まあ其れは仕方
無い。幾ら緊急事態とはいえ、救護義務を怠って勝手な事をしたん
だし。
其れにしても、慌ただしかったから仕方無いが、誰も説明しなか
ったんだろうか? だが流石に四ツ星以上、と言う認識はしていた
らしい。俺の後ろに居るグウィンに気付き、畏まって頭を下げた。
﹁あの時、救助に来てくださった方ですよね!? ありがとうござ
いました!﹂
﹁ジンを助けてくれてありがとー﹂
﹁面倒かけてスンマセンでした⋮⋮﹂
⋮三人は全く気付いてないが、周囲の視線が痛い。ボソボソとグ
ウィンの正体や、彼等との関係が取り沙汰されて、地味∼に居心地
が悪い。
そしてグウィンはと言えば⋮⋮。
﹁誰だっけ?﹂
コレだ。
キョトンと首を傾げ、三人を見下ろし、俺に﹁誰だ?﹂と確認す
718
る。
呆気にとられていたアンさんが、気を取り直してグウィンに自己
紹介した。
﹁一瞬だったから覚えて居ないのも無理無いですね、失礼しました﹂
最後にそう付け足し苦笑するアンさん。確かに其れは言えるかも
知れない。だが俺は断言する。あの時自己紹介したとして、絶対覚
えてないよ。今も﹁フーン﹂と興味無さそうで、アンさんの後ろに
立っているヤンさんが、苛々した表情になりつつある。
﹁⋮ランクが上だからって偉そうに⋮⋮﹂
﹁ヤンッ!﹂
ボソッと呟いた其れをリンさんが聞き咎める、が。何か言う前に、
グウィンの手が伸び、ヤンさんを引き寄せ頭を︱︱︱撫でた。
﹁ヒヨッコが一丁前に意気がって、莫迦可愛い、な﹂
﹁なっ、おいっ!?﹂
ぐーりぐり、と撫でるグウィンに何かしらしようと言う意図は全
く無い、と思われる。思った事を素直に述べただけだが、される側
にしてみれば、莫迦にされてるとしか思わないんだろうなぁ。
﹁ふざけンなよっ!!﹂
バシッと手を振り払い叫ぶヤンさんを、これまたキョトンと見る
グウィン。何が悪いのかさっぱり判っていない⋮⋮んじゃ無いな。
気にしていないんだ。コレはグウィンが悪い。
剣呑な雰囲気を回避しようとグウィンの外套を引っ張るのと、カ
ウンターの向こうから声が掛かるのは同時だった。
﹁グウィン・レパード! 来るなら真っ先に挨拶に来いと言っとる
じゃろう!!﹂
ガツンと怒号が響き、室内が一瞬静かになった後、ワッと騒がし
くなった。
719
﹁やっぱりグウィンか!﹂
﹁グウィン!? グウィンて隻眼の白豹?﹂
﹁嘘だ、あんなに若い訳無ェだろ!﹂
﹁初めて見た⋮⋮﹂
﹁やーん、色男じゃん!﹂
エスタニア
﹁本当に髪が真っ白だ⋮⋮﹂
﹁東大陸に居るって噂だったけど﹂
﹁七ツ星か⋮⋮﹂
﹁何で子供と一緒なんだ?﹂
所為
デカい声のお陰でグウィンが七ツ星と確定されたが、予想してい
た揉みくちゃにされる、と言う事は無かった。遠巻きに見守られる
程度だ。どうやら手の届かない憧れの存在、と言うのは近寄り難い
存在でもあるらしい。
そして先程まで喧嘩腰だったヤンさんがグウィンの正体を知って
ピシーッと固まり、アンさんはポカンと、リンさんは⋮⋮耳がへた
れて尻尾が逆立ってた。
そんな三人に軽く会釈し、俺とグウィンは怒号の主にカウンター
の奥へと連れて行かれた。
ギルド
﹁さて、緊急召集でエーデルシュタインに来たのは判っちょる! だが何故事件が終わってもウチに挨拶に来んのか、理由は!?﹂
ヽヽヽ
がなるオッサンは先程の怒号の主、エーデルシュタインギルドの
本部長、キヴィマキ氏。怒っているのでは無く、コレが地声らしい。
見た目はドワーフの戦士の様だが、サイズが違う。普通ドワーフ
と言えば筋骨隆々、屈強な体躯且つ小柄な髭の男なのだが、キヴィ
マキ氏はドワーフの見た目そのまま、一回りか下手をしたら二回り
程大きい。人族なんだろうか? と思ったが、育ち過ぎたドワーフ
720
だと自己紹介してくれた。
さて、そんなキヴィマキ氏の質問への答だが。
﹁面倒臭い、から?﹂
⋮コレである。
聞いた瞬間、俺とキヴィマキ氏が項垂れた。
﹁判ってたけどな⋮⋮ラーシュの野郎、どうやって手綱を取ってい
たんだ?﹂
ブツブツ小さく呟いているが、気持ちは判る。そしてラーシュと
言えば多分ヘスペリアのギルドマスターの事だろう。あの人も結構
振り回されていた感があったが、端から見ると其れでもマシだった
のが判った。
項垂れていたキヴィマキ氏だが、気を取り直したのか質問を再開
した。
﹁何でも、王子様を気に入っちまって、振り回して遊んじょったそ
うじゃな? エーデルシュタインは佳い国じゃ、迷惑だけは掛けん
な﹂
﹁大丈夫だ、問題無い﹂
いや、結構問題になっていると思うけどなぁ? とグウィンを見
上げると、頭を掴まれキヴィマキ氏の方を向かされた。
﹁コレ。オージサマ、なんだが、連れ歩いても問題無い、よな?﹂
﹁⋮⋮問題になる様な場所に連れて行く気か?﹂
目を見開き、俺とグウィンを交互に見詰める。
凄いな。今の会話で、グウィンが俺を何処か︱︱迷宮か難易度の
高い場所︱︱へ連れ回そうとしているのが判るのか。危険な場所は
721
即座にグウィンが否定したが。で、王子様って言うのはスルーです
かそうですか。
︻好々爺の親愛︼
一応心証は良くしておこうと、軽く会釈すると唸られた。あれ、
ちょっと顔が赤いけど、俺の加護が効いたんだろうか? 確かに好
々爺然としてはいるが、成人したドワーフは大概そんな見た目だし、
そんな年齢には見えないんだが?
そんな疑問を余所に、二人の会話は続く。
﹁⋮第一王子の噂は聞いている。噂が真実なら、文武両道の麗しの
王子って話だが⋮⋮﹂
何ソレ、そんな噂聞いた事無いよ?
キヴィマキ氏がじっと俺を見詰めて居心地が悪い。噂と違ってシ
ョボいと思っているんだろうなぁ⋮⋮誰だ、麗しの、なんて噂流し
たの。文武両道くらいなら未だしも、麗しいなんて言われちゃ落差
が激しいだろ。
一応あと五年⋮⋮せめて十年後は麗しいかは兎も角、精悍でキリ
ッとした好青年になる予定なんです! 今は準備中!!
余計な期待をされても困るので、笑って誤魔化す。
⋮⋮⋮⋮⋮加護の影響って凄いのな。
好々爺然としていれば、年齢は関係無いみたいだ。
確かにエルフなんかの長命種に人族の年齢を適用させたら、物凄
く若い内に加護が発生してしまう。逆も然りで、長命種の年齢に適
用したら、短命種は一生加護が発生しない事になってしまう。
だったら寿命に対しての割合にすりゃ良いじゃん、と思うのだが、
それはそれで問題が有ると言うか⋮⋮。
ぶっちゃけると、平均寿命と実際の寿命が合っていないのだ。何
故かと言うと死亡率の割合が原因。
722
盗賊とか
魔獣や魔物、下手をすると同族にコロッと殺られたりするので、
人族の平均寿命は人生六十年。これでも結構長生きだと思う︱︱何
せ前世では扮装地帯や貧困地域では人生三十年、なんて話も聞いた
事が有る︱︱が、何も問題が無ければ百二十歳位の老人も居たりす
るのだ。魔法使いは更に寿命を延ばしたり出来るので︱︱これは魔
力の量と質に因るらしい︱︱幾つとか不明。だけど長命な人間に対
して、短命な人間の方が多いのが現実である。
それらを踏まえると、見掛けで判断すると言うのは、仕方無いか
も知れない。
それはさておき
︱︱︱閑話休題。
何か知らんが俺を気に入ったらしきキヴィマキ氏の許可が下り、
グウィンの冒険に着いて行ける事となった。
但し原則として、絶対にその日の内に戻る事、魔物や竜等危険な
相手と無謀な戦闘はしない事、を約束させられた。︱︱︱俺では無
く、グウィンが。信用無いなー、とちょっとだけ思った。
ギルド内からの熱い視線に耐えつつ、受付でグウィンが依頼を請
けるのを待つ。
グウィンの外套に掴まっているのは、視線が痛いからじゃ無い。
年相応の子供ぶっているだけだと言いたい。
︱︱︱嘘です。値踏みされる様な視線が痛かったからです。
そんな訳で依頼を請け、ギルドから出たと同時にホッと息を吐い
て呟く。
﹁有名人て凄いな⋮⋮﹂
﹁アンタに言われたくは無い、な﹂
723
そう言いつつフードを被り直したので、流石に視線が気になった
隻眼の白豹
んだろう。だがその台詞そっくりそのまま返してやろう。現時点、
公的に名も知られていない王族より、二ツ名まで付いてるグウィン
の方が余程有名人だ。
ギルドを出てから向かったのは、近くの森である。ニイアの森と
呼ばれていて、一ツ星向きの場所だ。
﹁意外だ。てっきりもっと遠くの狩場に行くかと思ってた﹂
﹁心外だな。俺だって常識くらい弁えている﹂
そう言いながらニヤニヤと人の悪い笑みで背後に視線を送る。そ
して︱︱︱。
﹁走るぞ﹂
言うなり俺を担いで走り出す。
ヽヽ
﹁あっ!﹂
背後で焦った声が聞こえる。ひっくり返った視界に、ギルドで見
掛けた冒険者たちが何人か、追い縋る様に走っていたが、どんどん
引き離されて行き︱︱︱森を抜けた頃には、誰も居なくなっていた。
﹁良し、撒けたな﹂
息一つ乱さず言うグウィンに対し、俺はグッタリと座り込んでい
た。はっきり言って酔った。だって俺を担いだまま、跳ぶわ急転す
るわ、時々投げられたし⋮⋮俺は荷物じゃ無いぞ。
だが日頃鍛えていたからか、暫く我慢していれば直に酔いは治ま
った。すはーっと新鮮な空気を吸い込み訊ねる。
﹁で、本当の目的地は?﹂
ギルドを出てから、恐らくグウィン目当てだろう、冒険者たちが
724
跡を付けていた。目的は多分高名な冒険者の実力を目の当たりにし
てみたい、あわよくばお近付きになれれば、と言う所か。
そんな彼等をわざわざ撒いたのだ、行きたい場所が有るんだろう
と見当付ける。
そんな俺の質問に、グウィンは短く答える。
﹁痕跡探し﹂
﹁何だ、ソレ?﹂
思わず聞き返す。
グウィンの説明によれば、何処の国でも﹃痕跡﹄が有るらしい。
水の杜
何の、と言われれば、迷いの森⋮⋮水の杜へと繋がる入口である。
﹁へ? ソレってヘスペリアに在るんだろ?﹂
﹁ヘスペリアに在るのは、迷いの森だ。俺が探しているのは、水の
杜への入口﹂
﹁⋮何で?﹂
確かグウィンは一度行った事が有る場所なら、直ぐに転移出来る
筈。鉱山で閉じ込められた地下から地上に扉を繋げたのは記憶に新
しい。
﹁迷いの森に実家が在るんだが、其処は繋がらなくて、な。水の杜
も此方からは繋げられないんだが、繋がっている場所は点在してい
る。だから其処を見付けて、実家への足掛かりにしようかと﹂
ヽヽヽヽヽ
﹁えー? 面倒臭くないか? パパッと魔法で何とかならないのか
?﹂
﹁なれば苦労はしない。言ったろう? 繋がらない、と。⋮其れに、
転移魔法は疲れる﹂
うんざりとした表情のグウィンに、冗談では無いのだな、と納得
する。
迷いの森では転移系の魔法は一切使えない。弾かれて見当違いの
場所に飛ばされて、ますます迷うのが関の山なんだとか。飛翔の魔
法もダメなのか訊いたら、出て行く分には問題無いが、入るのは難
725
しいとの事。
何故そんなに実家に行きたいのか訊いてみたら、冒険者になりた
ヽ
ての頃からの癖みたいなモノらしい。出来ないからこそ、挑戦した
くなる、的な?
迷いの森は奥へ行く程に道に迷うのだが、その奥に水の杜とはま
た別に実家があり、決められた道順で行くしか無いが、其れが結構
面倒だとか。ある意味水の杜へ行くより難しい、と聞いて俄然興味
が湧いた。
水の杜と言えば、ラディン︱︱俺を此の世界に転生させた張本人
ラディン
︱︱を思い出すが、元気だろうか。
四神
エレメンタル
魂の状態の時に会って以来、本人より関係者の方が会う機会が多
かったけど。人じゃ無くて神獣と精霊王だが。
俺が会った事あるのは、四神では青龍・白虎・玄武。精霊王はノ
ームだけ⋮⋮ん?
此処でちょっと引っ掛かる。
確かヘスペリアで弟子のセンちゃんと会った時、彼女が四神と精
霊王と契約していると聞いた。契約精霊とか契約獣って、使役者の
近くに居るもんじゃ無いんだろうか? でも彼等は結構フラフラっ
て言うか、自由に出歩いている気がする。
千里
そんな疑問を口にすると、グウィンは頷いて説明してくれた
﹁簡単だ。ハハが彼等を縛りたくない、と望んだ事と、彼等が本来
は使役される立場では無い事、精霊を束ねる王、世界を守護する神
獣だと言うのが大きい﹂
﹁ああ、そう言えば東天の守護者だの大地の∼とか言ってた気がす
る⋮⋮﹂
﹁役割を全うしない事をハハは一番嫌う。だから普段は喚ばれない
726
限り、自分の仕事をしている⋮⋮筈﹂
オイ何でソコ最後あやふやなんだよ。
ソレは兎も角、四神と精霊王は普段はセンちゃんの傍に居ないっ
て事か。其れに本来の主は、ラディンだと聞いた気がする。必要な
時に現れて、普段は遠くからそっと見守る⋮⋮何か良いな。
﹁俺も若し精霊と契約出来たら、そう言う自由な関係が良いなぁ﹂
﹁其れは精霊の性格次第、だな。主人にベッタリなのも居れば、喚
ばれなければ離れているのもいる。基本、精霊は気紛れだから、契
約出来たら儲け物、程度の認識で良い﹂
﹁判った﹂
︱︱︱と、こんな会話をしている間に、何もしていない訳が無い
訳で。
﹃︻鑑定+︼スキルが上がりました﹄
オートマッピング
﹃︻採取︼スキルが上がりました﹄
﹃︻自動地図+︼を得ました﹄
ピロロンピロロン♪と脳内でスキルのレベルアップと取得の効果
音が鳴り響いております。
水の杜の入口を探しながら依頼の内容をこなしつつ、ギルドで精
算出来るアイテムの鑑定と採取、時々現れる敵︵魔獣・魔物・野獣・
盗賊など︶を狩ったり、グウィンから冒険する時の注意事項なんか
を教わったりしていたのだ。
難易度の低い今回の場所で判ったのは、鉱山での初実戦は、結構
厳しいものだったんだなぁ、と言う事。
敵のレベルが違い過ぎた。
727
ト
ハ
鉱山では襲って来ていたスライムは、此処では逃げて行くし、羽
兎と言うウサギに羽根の生えた獣も同様。どちらも追い掛けて、ア
ッサリ倒した。
因みに羽兎は素材として優秀なので、頻繁にギルドに依頼が掛か
るので狩って損は無いそう。羽根や毛皮は装飾具や防寒具になるし、
肉も美味しい。骨も灰にすれば肥料や磁器の原料になり、捨てる所
フェアリーリング
の無い人気の素材だ。
その他、妖精の輪に捕まって跳ばされたり︵直ぐに還って来れた
アラクネ
ヽヽ
最高級品の虹色糸
のは、俺の加護︻水の杜の客人︼とグウィンの︻水の杜の養い子︼
のお陰らしい︶、偶々見付けた蜘蛛の魔物と交渉の結果、蜘蛛の糸
を貰った上、俺の領地に移住して定期的に蜘蛛の糸を生産して貰う
事を約束したり。色々と充実︵?︶していたと思う。
結局その日、何だかんだで城に戻ったのは陽が落ちてからなので、
かーなーり、怒られた。
まぁ其れは仕方が無い。
何せ一応断りを入れたとは言え、何時もの朝の鍛練後、何気にグ
ウィンに話を振ったら直ぐに連れ出された上、ドロッドロで帰った
し。
﹁ギルドの見学と聞いていたのに、何故この様に汚れて帰られるの
ですか!?﹂
とセバス爺ちゃんに嘆かれ。
﹁殿下ーッ!! 爺だけでも、爺だけでもお連れ下されば!﹂
とフォル爺に泣きつかれた。
騎士たちも、グウィンが護衛として着いて行ったから安心⋮⋮は
してなくて、寧ろ率先して危険な場所に行きそうなので、もう少し
帰るのが遅ければ、山狩りをしようと相談していたらしい。
だったら最初から引き留めろよ、と思うだろ? 其れがグウィン
に威圧されて、引き留められなかったんだって。
728
鍛練後、グウィンにギルドに行きたい、と誘う。
←
いいぞ、と了承。序でに現場に居た騎士たちに出掛けると連絡。
←
上︵父上とかセバス爺ちゃん、フォル爺とかサーペンタイン隊長︶
に確認と許可を求めている間、騎士たちが護衛を選び始める。
←
時間の無駄だ、とグウィンが威圧して問答無用で俺を連れ出す。
←
グウィンの実力は知っているので、身の安全は保証されるも状況
の安全は怪しいので、追い掛ける。
←
ギルドまでは追い付けたが、出た後に撒かれて問題になる。
←
グウィンの実力︵以下略なので、下手に騒がず待機。が、陽が落
ちる頃になっても帰って来ないので、山狩りをしようかと相談し始
めた頃に帰還。
←
関係各位に絶賛謝罪巡業中。
何だかこうやって順序だてると、騎士団が間抜けみたいだが、そ
やんちゃ
んな事は無いから! 俺が勝手に心配掛けさせただけだから!
⋮古参の騎士や侍女たちは、俺の過去を知っているので、久し振
りにやらかしたかー、と言う認識なのだが、ここ一∼二年の新参者
には衝撃だった模様。
昔と違って身の回りの世話は専属侍女がやるし、今年に入ってか
らは寮住まいで、殆ど接点が無いからなー。何だか勝手に﹃理想の
王子様﹄像が一人歩きしていたみたいだ。俺も公式行事の時は流石
に猫被ってたしね。仕方無いと言えば仕方無い。
729
そして今現在。
﹁クラウドばっかり、ずーるーいー!﹂
﹁僕も行きたかったなぁ⋮⋮﹂
﹁ゴメン、今度は一緒に行こう﹂
現在、ライとルフトに絶賛責められ中、デス。
周りの騎士連中の視線が痛いッ!!
730
Lv.52︵後書き︶
閲覧有り難うございましたwww
避暑に行く前のひととき、です。
ルフトとライが相変わらず目立ちませんが、夏休み中に彼等も成長
するかと⋮⋮。多分。
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PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n9471ci/
王太子様Lv∞!?
2017年3月12日18時41分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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