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関東短期大学紀要 - 学校法人 関東学園

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関東短期大学紀要 - 学校法人 関東学園
関東短期大学紀要
第 56 集
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
<論文>
保育園保護者が認識する子育ての困難さと親としての成長
―保育園卒園児の保護者の振り返りを通して―
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村たか子(1)
保育者養成校における短期指導計画作成に関する教授法の検討
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・奥 村 典 子(31)
<実践報告>
難聴児の聴き取りと発話の可能性
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・原 田 英 一(51)
<研究時評>
未就学児のインターネットメディア利用に保護者は
どのように関わったらよいのか?
子どものメディア接触に対する保護者の指導方法に関する研究の現状と今後の課題
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・松 尾 由 美(61)
<研究資料>
保育者養成校における演習を通したコミュニケーション・スキルの変化
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・桑 原 千 明(71)
2014.3
1
保育園保護者が認識する子育ての困難さと
親としての成長
―保育園卒園児の保護者の振り返りを通して―
木村
たか子
1990 年の「1,57 ショック」が起爆剤となって始まった「子育て支援」は保育所
機能の充実、育児休暇等の労働環境改善、子育てサロン や広場等の子育て家庭支援
等広がりをもって行われてきた。現在では子育てをする母親が感じる育児負担感や
育児不安の様相も明らかにされてきた。また、子育ては子が育つだけの意味ではな
く、子育てをすることで親も変化し「親として成長」していくのではないかとの考
えを基礎に、子育てについての具体的な支援だけではなく 、
「親としての成長」を支
えるための支援という概念が一般的になっている 。
では、
「親としての成長」とはどのようなことを言うのであろうか。柏木恵子( 1994)
1
は、親の成長・発達の因子を「柔軟さ」
「自己抑制」
「運命・信仰・伝統の受容」
「視
野の広がり」
「生き甲斐・存在感」
「自己の強さ」とした。原田正文( 2006) 2 は①人
の表面的言動のバッ クにあるものを理解し、人の気持ちを感じ取り、共感する能力
②物事を多面的にみる能力即ち見る角度によって、絶対の正義も絶対の悪もなくな
り、物事は幾様にも見えてくるということを理解し、物事の判断にあたってバラン
スをとることができる力をあげている。鯨岡峻( 2002)3 は親になることを関係性の
視点から親になるということは「育てられる者」から「育てる者」へという立場の
転換であり、コペルニクス的転回といっても過言ではないほどの生き方の一大転換
だとしている。そしてこの立場の転換を認識することはこれまでの価値観を覆す大
きな困難が伴うとしている。岩本純子( 2008)4 は子育てを通して親は①時間的な視
野、人間関係の視野が広がる②曖昧な状態・不完全な状態に耐えられるようになる
③自己へのこだわりを超え、他者への温かいまなざしを得る④子育てのなかでの制
約によって成熟していくとしている。
柏 木 恵 子 1994:「 親 と な る 」 こ と の 人 格 発 達 : 生 涯 発 達 的 視 点 か ら 親 を 研 究 す る 試 み
第 5巻 第 1号
2 原 田 正 文 2006: 子 育 て の 変 貌 と 次 世 代 育 成 支 援
pp.186-189
3 鯨 岡 峻 2002:
「育てられる者から」から「育てる者へ」 日本放送出版協会
4 岩 本 純 子 2008: 子 育 て 支 援 の 心 理 学
無 藤 隆 、 安 藤 智 子 編 有 斐 閣 pp.101-104
1
発達心理学研究
2
本調査は保育園に通う子どもの保護者が子育ての中で直面する困難さや葛藤を
どのように乗り越え、
「親としての成長」を遂げていったのかを保育園を卒園した保
護者が子育て期を振り返り、語られた内容を分析することで明らかにすることを目
的とした。
Ⅰ
1
調査の概要
調査の対象
卒園後 1~3 年の保護者を対象とした。 対象者は、機縁法を用いてA市 の社会福
祉法人立B保育園に承諾を得 、該当する保護者を無作為抽出し、承諾を 得た保護者
13 名である。保護者の希望により 5 名はグループインタビューの形式をとり 8 名は
個別のインタビューを行った 。
2
調査の方法
ひとり 1 時間半から 2 時間程度の半構造化面接法による調査を行った。保護者の
語りを了解を得て録音し、逐語録としてまとめた。
3
調査の内容
以下の項目を質問した。(表 1)
表1.面接調査の質問項目
①
基本属性
保護者の氏名・年齢・性別・職業
子どもの性別・年齢・入園年齢をお聞かせ下さい。
②
③
子どもを育てるときに困
出産後、保育園入園後に育児の中で困ったことをお
った事
聞かせ下さい
その時どのようなことで
困った時に助けになった事や人等を具体的にお聞
乗り越えることができた
かせ下さい(特に保育士の対応も含めて)
か
④
出産前につけておきたか
親になる前につけておけばよかったと思う知識や
った力について
技術はありますか、またそのような力はいつ学ぶと
良かったかお聞かせ下さい
⑤
⑥
子育てをして自分自身に
子育てを経験した今、自分を振り返ってこんな力が
ついた力について
ついたと感じている事をお聞かせ下さい
働く事の意味について
特にお母様に自分自身にとって働く事の意味や、良
かった事、困った事をお聞かせ下さい
3
4
調査の時期
2010 年(平成 22 年)6 月から 2010 年 11 月まで行った。
5
倫理的配慮
調査協力を得た保育所、保護者は人権擁護やプライバシー保護の観点から、特定
化を避け匿名化をした。面接を行う場合は必ず対象者から書面で承諾を得、倫理的
配慮を行った。具体的には調査対象者には事前に本研究の目的及び趣旨について書
面を活用して口頭説明を行い、承諾を得、同意書に記名していただいた。加えて、
東洋大学大学院福祉社会デザイン研究科倫理委員会に研究目的及び調査内容を申請
し許可を得た。
Ⅱ
分析の方法
1
結果の分析手法
定性的コーディング法を用いて分析を行った。コード化の手順は、以下のとおり
である。
1)インタビュー逐語の内容を一覧できる整理表を作成した。
2)整理表を①子育ての困難さ、②望ましい養育力の構成要素、③子育てを通して
獲得した力の三点に着目して読み返し、その文脈に沿ってコードを抽出した。
3)2)において抽出したコードをその内容により、分類・整理し、サブカテゴリ
ーとしてそれぞれに特徴を示すラベルをつけた。
4)3)のサブカテゴリーをさらに意味 する内容により一段抽象度をあげるよう、
分類・整理を行い、カテゴリーとしてラベルをつけた。
5)4)で見いだされたカテゴリー間の関係性を意識しながらその意味を読み取り、
さらに一段抽象度をあげ、コアカテゴリーとしてラベ ルをつけた。
なお、後述の結果の分析においては、コアカテゴリーを【】、カテゴリーを≪≫、
サブカテゴリーを<>と記述することとした。
上記の分析方法を用いなかった項目についてはその都度分析方法を記入した 。
Ⅲ
調査及び分析の結果
1
対象者の基本属性(質問①)
対象者の希望でI,J,K,L,Mについてはグループインタビューとし、他は
個別のインタビューを行った。対象者は主として子育てに当たっている者とし母親
が 12 名、父親が 1 名であった。平均年齢は 37 才であり 30 代 9 名、40 代 4 名であ
った。6 名が常勤職としてフルタイムで働き、2 名が自営業、5 名がパート勤務であ
4
った。子どもの数は 3 人が 2 名、2 人が 9 名、ひとりが 2 名であった。母子家庭が 2
名、父子家庭が 1 名であった。
(表 2)Mについてはは子どもは 2 名いるが離婚後長
男 1 名を引き取って親権者として育てている。
表 2.インタビュー対象者の属性
インタビュー
男
子 ども
年齢
の形 式
職業
女
子 どもの年 齢
その他
の数
個別
A
女
35
老人介護施設勤務
3
中 1男 ・小 3男 ・小 1女
個別
B
女
43
自営
3
高 1男 ・中 1男 ・小 4男
個別
C
女
40
看護婦
2
小 4女 ・小 1男
個別
D
女
36
教員
2
小 4男 ・小 1男
個別
E
女
30
会 社 員 (フルタイム)
2
小 3女 ・小 1男
個別
F
女
32
販 売 員 (パート)
2
小 3女 ・保 育 園 年 長 女
個別
G
女
42
県職員
2
小 3男 ・保 育 園 1歳 児 女
個別
H
女
42
販 売 員 (パート)
2
小 3男 ・保 育 園 年 長 女
グループ
I
女
31
事 務 員 (パート)
2
小 4 女 ・保 育 園 年 中 女
グループ
J
女
39
保 育 士 (公 立 )
2
小 4 男 ・小 1男
グループ
K
女
37
事 務 員 (パート)
2
小 4 男 ・小 1女
グループ
L
女
37
自営
1
小4女
母子家庭
グループ
M
男
39
自営
1*
小4男
父子家庭
2
母子家庭
乳幼児期の子育ての困難 さ(質問②)の結果と分析
1)
コード化の結果
養育の困難さについての逐語録から 459 項目を抽出し、106 のサブカテゴリーに
分類・整理した。さらにサブカテゴリー の抽象度をあげ、21 のカテゴリーに集約し
た。その後さらに抽象度を上げ 【子どもが生まれたとき(乳児期)の子育て】【幼
児期の子育て】【第1子の場合】
【第2子の場合】
【第3子の場合】
【保育園在園時の
不安と困難性】
【子育てと仕事の両立】【子育てのギャップ】のコアカテゴリーに集
約した。さらにコアカテゴリーを以下のようにA、B、Cのグループに 分類した。
A:
【子どもが生まれた時(乳児期)の子育て】と【幼児期の子育て】のコアカテゴ
リーを集約し、『子どもの成長に伴って変化する子育ての困難さ』とした 。
B :【第 一 子の 場合 】【第 二 子の 場 合】【第 三 子の 場 合】【 保育 園在 園 時の 不 安】【子
育てと仕事の両立】の 5 つのコアカテゴリーを集約し、『子どもや親の生活状
況や環境によって変化する子育ての困難さ』とした。
5
C:【子育てのギャップ】のコアカテゴリーを集約し、
『子どもと対峙することで起
こる子育ての困難さ』とした。
2)A『子どもの成長に伴って変化する子育ての困難さ』 の分析
①妊娠出産時の状況について
第一子出産において、正常な妊娠及び普通分娩が 13 名中 7 名で他は何らかのトラ
ブルを経験していた。不妊治療後に妊娠し普通分娩が 1 名(G)、出産時又は出産直
後子どもに異常があり子どものみ入院した事例が 3 名(A、F、I)、妊娠中や出産時
に母親に異常があった事例が 4 名であった(C、F、I、L)(表 3)。
表 3.第一子の妊娠から出産に至るまでの状況
A
肺機 能不 全 で産 後子 ど も が 3 カ月 入 院
B
普通 分娩
C
緊急 帝王 切 開
D
普通 分娩
E
普通 分娩
F
逆子 で帝 王 切開 子ど も は 低体 重児 産 後 4 週間 入 院
G
不妊 治療 の 後普 通分 娩
H
普通 分娩
I
切迫 流産 で 産前 1 か 月 母 が入 院
超低 体重 児 で子 ども が 産 後 3 カ月 入 院
J
普通 分娩
K
普通 分娩
L
妊娠 中毒 症 と切 迫流 産 の ため 産前 1 カ月 入院
M(母 親 )
普通 分娩
特に子どもに異常が見られた( A、F、I)については、育児についての注意事項
が多く<健康管理に特別な配慮が必要で気が抜けなかった ><おっぱいを毎日病院
に届ける日々で寂しかった ><初乳が上げられない><医療センターの医師と保健
婦の調整に苦労>といった養育の困難さが語られ、その後<小さくて心配で外に出
したくない>等の育児不安につながっていた。 特に A については、実母も働 き、退
院後一人で子育てをしており育児不安や育児疲労感がおおきく、保育園に入園させ
ることで育児から解放されたと語った。
このようなトラブルを抱えた妊娠出産後には特有な困難さがあると思われ≪特
別な出産≫と分類し、
【子どもが生まれた時(乳児期)の子育て】のコアカテゴリーに
加えた。
6
②【子どもが生まれた時(乳児期)の子育て】 の分析
第一子出産、退院後の自宅での子育ての様子を聞いた。退院後全員が実家に帰っ
ている。しかし、滞在が 3 週間以内の保護者も多く( D、G、H、J、K)、一人での子
育てを早くから行っていた。
19 のサブカテゴリーを抽出し、≪子どもについての漠然とした不安≫≪母親自身
の状況や不安≫≪家族や社会の状況≫≪苦労なし≫のカテゴリーに集約し た。①妊
娠出産時の状況から≪特別な出産≫を加えて分析した(表 4)。
表 4.子どもが生まれた時(乳児期)の子育て
コアカテゴリー
カテゴリー
サブカテゴリー
子 どもが
子 どもについて漠 然
・子 どものことが分 からない
生 まれた時 の
とした不 安
・生 活 リズムが不 安 定
子育て
・自 分 の子 どもは育 児 書 どおりにいかない
・周 りの子 と比 較 して不 安 になる
・世 話 しないと死 に至 るような危 機 感 や緊 張 感
母 親 自 身 の状 況 や
・子 どものペースで振 り回 される
不安
・睡 眠 不 足 による疲 れ
・自 分 の体 のいたわりができない
・自 分 の状 態 把 握 ができない
・世 の中 から取 り残 される感 じ
・頼 れる大 人 がいない
・話 を聞 いてくれる人 や場 所 がほしい
家 族 や社 会 の状 況
・母 の時 代 と育 児 方 法 の違 いが摩 擦 になる
・夫 が育 児 に協 力 的 ではない
・夫 の帰 宅 が遅 く育 児 は手 伝 ってもらえない
・不 妊 治 療 から育 児 について、周 囲 の人 の協 力 が必 要
・健 康 管 理 に 特 別 な 配 慮 が 必 要 で 気 が 抜 け な か っ た
特 別 な出 産
・お っ ぱ い を 毎 日 病 院 に 届 け る 日 々 で 寂 し か っ た
・初 乳 があげられずにさみしかった
・小 さくて心 配 で外 に出 したくない
・医 療 センターの先 生 と保 健 婦 の調 整 に苦 労
・子 育 ては楽 しい
苦 労 ない
・子 どもはよく泣 いたが気 にならない
・子 どもに手 はかからなかった
7
新生児は、睡眠のリズムが短く<生活のリズムが不安定>である。出生直後には、
母親は、<子どもの事が分から ず>育児書を参考にするが<自分の子どもは育児書
どおりにはいかない>ことが多く 、適切に<世話しないと死にいたるような危機感
や緊張感>を漠然と抱きながら乳児と関わっていた(A、D、G )。また周囲の同年齢
の<子どもと比較して自分の子は遅れているのではないかと不安>を感じやすいこ
とも語られた。
(A、B、F、G、H )新生児期の子どもと向き合う親のこうした傾向を
≪子どもについての漠然 とした不安≫とした。
次に、自分の生活のペースが<子どものペースに振り回され>授乳等により<睡
眠不足による疲れ>の上に産後の<体のいたわりができず>心身ともに疲労が重な
り、混乱して<自分の状態が把握できない>状態に なったとほとんどの保護者が振
り返った。
(A、B、D、F、G、H、L)そうした追いつめられた状態で 24 時間乳児と過
ごすことで<世の中から取り残される>閉塞感を感じ<話を聞いてくれる人や場所
が欲しい>と希求している状況が語られた。また (B、C、I、J)は出産当初より実
母が近くにおり、援助をしてもらっていた。 相談に乗ってくれる<頼れる大人>の
存在が身近にいるかどうかが困難 さを乗り越える重要な要因であることもわかった。
これらをまとめて《母親の状況》とした。
子育てをしている母親に対して<母の時代と育児方法の違いが摩擦になる><夫
が育児に協力的でない><夫の帰宅が遅く育児は手伝ってもらえない>等の家族の
協力体制や<不妊治療から育児について周囲(特に職場)の協力が必要> 職場や冠
婚葬祭などの付き合い等の <社会的な付き合いが負担>が母親にはストレスとなっ
ていることがわかった。これらを ≪家族や社会の状況≫とした。
一方、子育ての困難さ を感じず<子育ては楽しい><子どもは泣いたが気になら
なかった>と子育てを楽しめた母親、<子どもは手がかからなかった>ので気にな
らなかった母親など、≪苦労ない≫と答えた事例は( E、K)であった。(E)は出産
直後から祖父母と同居し保育園入園後には子どもが熱を出した時には祖父母が預か
る等育児の支援をしてもらっており、( K)についても実母と義理父母が保育園入園
後も強力な支援をしていた。これらの事例から 協力者の存在が重要であることが推
測された。
③【幼児期の子育ての困難さ】の分析
≪子どもの成長に合わせる≫≪家族の状況≫の 2 つのカテゴリーが抽出された
(表 5)。
8
表 5.幼児期の子育てについて
コアカテゴリー
カテゴリー
サブカテゴリー
幼 児 期 の子
子 どもの成
・「子 どもは自 分 の思 い通 りに行 く」という思 いでいたので思 い通 りにならな
育 て困 難 さ
長 に合 わせる
いことで葛 藤
・自 分 の子 どものイメージと違 う自 分 の子 どもを受 け入 れられない
・なぜ他 の子 と同 じようになれないかと考 える
・やらせられることはなるべくさせる
・一 緒 にいる時 間 が少 ないので子 どもとの時 間 を大 切 にする工 夫
家 族 の状 況
・判 断 の基 準 を自 分 ひとりで決 めなければならない不 安 (母 子 家 庭 )
・夫 がいないと煮 詰 まるかんじ
・夫 (父 親 )の役 割 が大 きい
・夫 に子 育 ての情 報 を入 れる
・夫 は忙 しく育 児 に参 加 できない
・夫 なりに一 生 懸 命 だがペースが子 どもと合 わない
・実 母 に熱 のある子 どもを置 いていくなんてと非 難 された
・実 母 は世 話 になったが批 判 や文 句 も言 われた
・夫 の父 母 が子 どもに過 干 渉
・夫 の母 がおおらかで子 育 ての考 え方 が違 い助 けられた
子どもが成長をしていくことで自我ができ、個性もはっきりとしてくる。親は今
まで親の言うことに従順であった子どもが反抗したり、自分の意思を主張したりす
る行動をとるようになる時に強いストレスを感じていた。<思い通りにならないこ
とに葛藤><自分の子どものイメージと違う子どもを受け入れられない><なぜ他
の子と同じようになれないか><元気で活発な子どもがいい>というような思いの
中で葛藤をしている。一方<一緒にいる時間が少ないので子どもとの時間を大切に
する工夫>にも心を配り、子どもが眠ってから家事を行うために睡眠不足を感 じて
いる事例もあった。これらをまとめて《子どもの成長に合わせる》とした。
次に仕事を持っている母親にとっては家族の協力、特に夫の協力が重要であると
考えていた。<夫の役割が大きい>夫の協力が得られるように<夫に子育ての情報
を入れる>、<夫と話し合う>等のことで子育てのストレスを分散している事が示
唆された。その反面<夫は忙しく育児に参加できない>家庭もあり休日等に子ども
と遊んでも<夫なりに一生懸命だがペースが子どもと合わない>ケースも見られた。
インタビュー対象者すべての家庭は核家族であり母親と子どもだけでは< 夫がいな
9
いと煮詰まる感じ>がありストレスになると感じていた。また、子ども が病気で父
母が休みをとれない時には先のキーパーソンが 保育をしてくれている家庭が多く子
育て全般にわたって大きな力になっていることも明らかになった。その反面<実母
に熱の子どもを置いていくなんてと非難された><実母は世話になったが批判や文
句も言われた>というよう に相反する感情も抱いていた。夫の親に対して も<子ど
もに対して過干渉><夫の母がおおらかで子育ての考え方が違い助けられた>とい
うように正負の気持ちが交差していた。 これらをまとめて≪家族の状況≫とした。
3)B『子どもや親の生活状況や環境によって変化する子育ての困難 さ』の分析
子どもが家庭の中でどのような状況で生まれたか、子どもの保育園入園という子
どもの生活状況や環境の変化で親の子育ての困難性は変化すること が示唆された。
また離婚や転職という親の生活状況の変化も直接に子育ての困難 さに影響すると予
想される。この項ではそのような状況の変化がどのような子育ての困難さ を招くの
か検討をする
① 【第一子の子育て】【第二子の子育て】【第三子の子育て】 の分析
子どもが生まれる順番で子育ての困難 さが違った。以下のような分析をした(表
6)。
表 6.第一子第二子第三子の 子育てでの困難さ
コアカテゴリー
カテゴリー
サブカテゴリー
・具体的な育児の仕方がわからない
第一子の子育て
母親の状況
・基準がわからない不安
・生まれてから保育園の時も今でも心配
・第二子が生まれた時第一子の対応に困った
家族の協力
・子育ての体制は実家で整っていたが夫婦はちぐはぐ
・第一子は父親も非協力的(本人はがんばっているつもり)
・保育園に慣れるまで時間がかかった
子どもの特徴
・おとなしく反抗しない
第二子の子育て
母親の状況
・二人目だからわかっていると誤解される
・育児を楽しむまではいかない
・一人目より二人目のほうが大変(2歳差の子育て)
・子ども二人の育児は精神的にも時間的にも体力的にもきつい
(保育園入園まで)
・第一子の育児が大変で第二子は構えない
10
・第一子の手伝いやかわいさが励みになる
・子どもの発達の先の見通しが持てる
夫の協力
・第二子出産後夫が育児に参加
・第二子の発達は順調(いつのまにか発達課題を超える)
子どもの特徴
・保育園にもすぐに順応
・手がかからない
・困った覚えがない
・自己主張が強い
第三子の子育て
母親の状況
・基準が気にならない
・子どもの個性の違いを楽しむ
・育児を楽しめる
・かわいいと思える
【第一子の子育て】の≪母親の状況≫では<具体的な育児の仕方が分からない>
<判断の基準が分からない不安>を抱えて子育てし 、子どもが大きくなっても<生
まれてから保育園の時も今でも心配>を感じている。又<第二 子が生まれても第一
子の対応に困った>と感じていた。≪家族の協力≫では家族特に夫は第一子の時は
どのような協力がいいのか分からず<夫も非協力的>でちぐはぐな対応<子育ての
対応は夫婦でちぐはぐ>になってしまい母親のストレスが増幅していくことがうか
がわれた。≪子どもの特徴≫として第一子は<保育園に慣れるまで時間がかかる>
<おとなしく反抗しない>傾向があると認識していることが分かった。
【第二子の子育て】の≪母親の状況≫では第一子の時よ り<子どもの発達の見通
しが持てる>が年齢差によっては<第一子より 第二子の子育ての方が大変><子ど
も二人の子育ては精神的、時 間的、体力的に第一子より大変>と第一子を見ながら
の子育ての困難さを認識している。そのため<育児を楽しむまではいかない>が<
第一子の手伝いやかわいさが励みになる>とも認識していた。又第一子が出生時入
院等で育児ができなかった事例では<第二子だから分かっていると誤解される>事
で傷ついていた。≪夫の協力≫では、<第二子出産後夫が育児に参加>する事例が
増えることが分かった。≪子どもの特徴≫では<第 二子の発達は順調><保育園に
もすぐに順応><手がかからない><困った覚えがない><自己主張ができる>と
認識していた。
【第三子の子育て】の≪母親の状況≫では<基準が気にならない><子どもの個
性の違いを楽しむ><育児を楽しめる><かわいいと思える>と第三子では母親が
11
安定して子育てを楽しみ、あるがままの子どもを受け入れている様子が示唆された。
②【保育園在園時の不安】 の分析
子どもの保育園への入園は初め ての母子分離体験であり、保護者は不安を感じて
いることが語られた (表 7)。
表 7.保育園在園時の不安
コアカテゴリー
カテゴリー
サブカテゴリ―
・ひとりでの保育に限界を感じて保育園に入れた
保育園在園時の
入園当初の不安
不安
・保育園になれず泣いていた【つらい思い】
・保育園での子どもが心配(とくに第一子)
・保 育 園 の こ と を 知 ら な か っ た( 具 体 的 に お む つ に 名 前 を 書 く こ と
とか)
・子どもが保育園で自分が出せないのではと心配
・クラスの活動に参加できていない
園生活の不適応
・友達ができない
・クラスに溶け込めない
・ク ラ ス の 雰 囲 気 が 出 来 上 が っ て い る と こ ろ へ の 入 園 は 子 ど も が 大
変
・子どもの家の姿と保育園での姿が違う
<保育園に慣れずに子どもが泣いた><保育園での子どもが心配>というよう
に入園当初に保護者は母子分離の不安を感じていた。また、保育園で子どもがどの
ように過ごすのか、欠席の時はどうするのか、毎日の準備等 <保育園を知らなかっ
た>ことで、不測の事態の対応や準備に追われ、体力的にも精神的にも困難さが が
増幅していくことにつながっていた。一方第一子において、子育ての協力者や理解
者を得られず、<一人での子育てに限界を感じて保育園に入れた>というように 切
迫した事例もあった (A)。集約して≪入園当初の不安≫とした。
<子どもが保育園で自分が出せないのではと心配><クラス活動に参加できて
いない><友達ができない><子どもの家での姿と保育園での姿が違う>というよ
うに保育園の生活に慣れてくると子どもが保育園でどのよう に過ごしているかを心
配する姿があった。また、保育園は乳児から入園している子どもが多く、3 歳、4
歳からの入園では<クラスの雰囲気が出来上がっているところへの入園は子どもが
大変>という心配もしている事が分かった。集約して≪園生活への不適応≫とした
12
③【子育てと仕事の両立】 の分析
子どもの保育園在園時には保育園に対する不安だけではなく子育 てと仕事を両立す
るための困難さがあると予測できる。10 のサブカテゴリーが抽出され、≪子どもの
病気≫≪制度の使いにくさ≫≪職場での困難さ ≫≪家族の生活管理≫の 4 つのカテ
ゴリーに集約した(表 8)。
表 8.子育てと仕事の両立
コアカテゴリー
子育てと仕事の
カテゴリー
子どもの病気
両立
サブカテゴリー
・子どもが熱を出した時の手配
・仕事が休めない時に子どもが熱を出す
・病児保育や保育サポーターは手続きが面倒
制度の使いに
くさ
・制度の突発的な使用は子どもが慣れないので不安があ
る
・介 護 休 暇 は 制 度 と し て あ っ て も 使 え な い( 子 ど も の 熱 、
夫の出張、祖父母の病気が重なった時が困った)
・病気の時に職場に対する気遣い
職場での困難
・定時に仕事を切り上げなくてはいけない
さ
・子育てと仕事の両立は体力的に大変
・家族のスケジュールを確認しあう緊張感
家族の生活管
・子どもの健康状態を見ながら、次の日の段取りがたい
理
へん
保育園在園児の保護者特に母親は<子どもが熱を出した時の手配><仕事が休
めにないときに子どもが熱を出す>ように子どもが熱を出し、自分が仕事で休めな
い時に困難を感じていた。 制度は整っているが<病児保育や保育サポーターの制度
は手続きが面倒で使いにくい><突発的な使用は子どもが慣れないので不安がある
><介護休暇は制度としてあっても使えない>と現実には使いにくいと感じていた。
又、<子どもが病気の時に職場に対する気遣い>することもストレスになっていた 。
育児時間をもらっていても<仕事を定時に切り上げなくてはいけない>事、保育園
に子どもを預けて子育ての責任は分散され、精神的には楽になっているが<子育て
と仕事の両立は体力的には大変>と思っていることが分かった。又、普段には<子
どもの健康状態を見ながら次の日の段取りが大変><家族のスケジュールを確認し
合う緊張感>を感じていることが示唆された。
13
4)C『子どもと対峙することで起こる困難 さ』の分析
①【子育てのギャップ】 の分析
現代の母親は子どもが身近にいる環境で育っていない。どちらかといえば過保護
過干渉な環境で一生懸命勉強することがよいとされて育ってきた。今まで育った経
済中心の価値観と現実の子育て の価値には大きな相違がある。このような≪子育て
のギャップ≫に戸惑い精神的なバランスを取ろうとしている保護者の姿が示唆され
た(表 9)。
表 9.子育てのギャップ
コアカテゴリー
カテゴリー
サブカテゴリー
子 育 てのギャップ
育 った価 値 観
・勉 強 を一 生 懸 命 しなさいと育 てられた
・家 のことも兄 弟 の世 話 もしなくていいと育 てられた
・子 どもを知 らない
・人 間 関 係 も気 軽 だけれど深 くない
・人 に頼 ったり迷 惑 をかけることをいけないことだと思 っていた
・みんなと違 うことはだめなことと思 ってきた
現 実 の子 育 て
・自 分 の努 力 ではどうにもならない初 めても経 験
・子 どもと向 き合 えない
・自 分 の足 に子 どもがまとわりつくわずらわしさ
・我 慢 もしていないのに急 に我 慢 が必 要
・周 囲 の目 も意 識 した【父 子 家 庭 】
現代の母親は<勉強を一生懸命しなさいと育てられた><家の事も兄弟の世話
もしなくていいと育てられた><子どもを知らない><人間関係も気軽だけれど深
くはない><人に頼り迷惑をかけることをいけないことだと思っていた><みんな
と違う事はダメな事だと思ってきた>というような価値観の中で育てられてきた。
これらを集約して≪育った価値観≫とした。
しかし現実の子育ては<自分の努力ではどうにもならない初めての経験>であ
り、<我慢もしていないのに急に我慢が必要>な経験である。子どもを知らないの
で<自分の足に子どもがまとわりつくわずらわしさ>を感じ<子どもと向き合えな
い(どう向き合ったらよいかわからない)>と自分が 育った価値観を覆すような経
験であった。さらに<周囲の目も意識>して親の役割をしなければならない。 現実
の子育ては初めての経験としてストレスを感じていることが語られた。 これらを集
約して≪現実の子育て≫とした。
14
3 困難さをどのように乗り越えたか(質 問③)の結果と分析
インタビューイーは保育園利用者の保護者であることから困難さの克服には保育
園の支援が多きな力になったことがすべての保護者から語られた。語りの中から、
≪子どもの成長≫≪協力者の支援≫≪親自身の努力≫≪情報≫≪保育園の対応≫
≪保護者同士の連携≫≪保育園との連携≫≪理解・共感≫ の 8 つのカテゴリーに集
約、さらに分析手法にのっとり 【個人や家庭での克服】【保育園の支援】【子育ての
連携】のコアカテゴリーに集約した。
1)【個人や家庭での克服】 の分析
この項では 3 つのカテゴリーが抽出された(表 10)。
表 10.個人や家庭での克服
出産後子どもとの新たな生活が始まった時<子どもの成長と共に睡眠時間が確
保された><子どもが成長し反応を返してくる>ようになり かわいく感じるように
なるように、子どもの成長とともに子どもとコミュニケーションが取れるようにな
ったり生活が変化していったりすること で子育ての困難さがずっと続くわけではな
いことに気付いていくことが語られた。これらを≪ 子どもの成長≫と集約した。
コアカテゴリー
カテゴリー
サブカテゴリー
個人や家庭での
子どもの成長
・子どもの成長とともに睡眠時間が確保された
克服
・子どもが成長し反応を返してくる(癒しパワー)
協力者の支援
・同じアパートの子育て家庭と協力した
・家族に強力な協力者(キーパーソン)が存在する
・同じような人がいる事が分かる(インターネット等で探す)
・父親(夫は)気持ちはあったがどのようにしてよいかわから
ない
親自身の努力
・親として産んだ責任感
・試行錯誤を繰り返しながら育児の方法を理解していった
15
<家族に強力な協力者(キーパーソン)が
表 11.キーパーソンの存在
存在した>というように 第一子出産から第二
B
実母
子、第三子の出産や子育て全般について母の
C
実母
実の母親が強力なキーパーソンとして 母の子
D
実母
育ての支援をしていた。出産時子どもや母自
E
祖父母
身にトラブルがあった事例 は勿論のこと(C、
F
実母
F、I、L)、
G
実父
で強いストレスを感じていた 保護者(B、D、G、
H
アパートの友達
J、K)にとっても子どもが保育園通園期間中
I
実母
の長期間にわたり母の子育てに重要な役割を
J
実母
果たしていたことが語られた。支援の具体的
K
実母・義理父母
な内容は、実母が子どもに合った子育てのや
L
実母
り方を工夫したり、楽しそうに子育てをして
普通分娩だが、第一子の子育て
いる姿を見せたり(行動見本)、子育てのつ
らさを母から聞いてあげたり、また子どもが病気の時に預かってくれる等 さまざま
であった。
キーパーソンが得られなかった母親は、 インターネットを使って <同じような人
がいることが分かる>ことで自分一人ではない ということを確認し子育ての不安や
ストレスを克服しようとしていた。また、<同じアパートの子育て家庭と協力>を
しあって子育ての輪を広げていくような行動も起こしていた。
一方<親として産んだ責任感><試行錯誤を繰り返しながら育児の方法を理解
していった>というように母親自身の努力で克服をしていく事 例もあった。この場
合の子育ての不安感やストレスは非常に強く( A)保育園に入園させることで解放さ
れたと語った。
家庭内では夫の協力を期待するが<夫に気持ちはあったがどのようにして良い
かわからない>状態で夫の支援がなかなか受けられないことが、特に第一子の場合
は前述【第一子の子育て】の項と一致する結果となった。
2)【保育園の支援】の分析
≪情報≫と≪保育園の対応≫の 2 つのコアカテゴリーに集約された(表 12)。
表 12.
保育園の支援
コアカテゴリ-
カテゴリー
サブカテゴリー
保育園の支援
情報
・家庭以外から子育ての話が入る
16
・自分の子育ての確認ができる
(園→保護者)
・保育園での様子をたくさん、詳しく話してくれた
・けがや事故についてはか詳しく説明してくれた
・その子なりの成長を保育士から説明を受ける
・保 育 園 で の 様 子 が わ か ら な い( 小 さ い 時 は 本 人 が 話 さ な い )
・保育参観では普段とは違う
・若い先生は簡単な一言
・他の子どもから情報が入った
(保護者→園)
・自分の子どもの発達の確認
・保育士は聞いて下さいと言ったが保育士に質問できない
(入園当初)
・信頼関係を作る時間が重要(第二子からは聞ける)
保育園の対応
・生活リズムができる
・子どもの生活体験が増える
・先生が自分の子どもを認めているのが分かる
・保育士さんが今の子どもの気持ちを尊重していた
・子ども一人一人の気持ちを大切にした保育
・先生やお友達が大好き
・行 事 と か で よ く で き て ほ め ら れ て 子 ど も な り に 自 信 が で き
る
・保育園はアットホームで安心
・安心して任せられる
・保 育 園 の よ う な 子 ど も と 話 し 合 う 保 育 を 夫 が 実 践 す る が 時
間がかかり自分にはできないのでうらやましい
≪情報≫では保育士から子どもの話を聞く機会ができ、<家庭以外から子育ての
話が入る>ようになり、今まで確認できなかったが<自分の子育ての確認ができる
>様になり、自分の子育てや子どもの発達が正常だと確認でき,保護者は安心しス
トレスから解放されていく事が示唆された。<保育園での様子をたくさん、詳しく
話してくれた><怪我や事故について詳しく話してくれた>事で保育園での子ども
の状況を把握でき不安が解消されていくことも分かった。と同時に子どもが小さい
ときは子どもが保育園での様子を話せず、<保育園での子どもの様子が分から ない
>不安を感じていた。<若い先生は簡単な一言>で送迎時の説明が終わってしまい、
17
<他の子どもから情報が入った>というような不安の解決にならないような対応も
あった。又特に子どもが小さいときは保育参観で子どもが母親にまとわりつき、<
普段の子どもの状態とは違う>という事も不安につながっていた。これらは園→保
護者方向の情報である。
一方<自分の子どもの発達についての質問>を保育士に答えてもらうことで保護
者の不安は軽減する。反面特に入園当初はこんな 些細な事を聞いてもよいのか とい
う思いから<保育士は聞いて下さいと言わ れたが質問できない>状態もある事も語
られた。保護者も<信頼関係をつくる時間が必要>と考えていた。 しかし、身近に
子育てについて質問したり相談したり行動見本としたりできる他者の存在は大きな
支えになっていた。これらは 保護者→園方向の情報である。
保育園に入園することで子どもは<生活のリズムができた> り、家庭ではできな
い<生活体験が増える>等変化していく。 また<先生が自分の子どもを認めている
のが分かる><今の子どもの気持ちを尊重していた><子ども一人ひとりの気持ち
を大切にした保育>等保育士の言動が行動見本となって子どもとの関わり方を修正
している姿が見られた。 保育を通して子どもが<先生や友達を大好き>になり<行
事でよくできて褒められ子どもなりに自信ができる>と子どもの発達が保護者に実
感されていくことで、<保育園はアットホームで 安心><安心して任せられた>と
いう保育園への信頼が保護者の不安を解消していく事も示唆された。一方保育士の
ように<子どもと話し合う保育を夫が実践するがそれは時間がかかり忙しい自分に
はなかなかできず、うらやましい>という気持ちを持っていることも 分かった。
3)【子育ての連携】の分析
保育園入園を機会に子ども と保護者双方の生活が広がっていく。保護者は≪保護
者同士の連携≫≪保育園との連携≫を通して、相互に子育ての≪共感・理解≫を 深
めていた(表 13)。
表 13.
子育ての連携
コアカテゴリー
カテゴリー
サブカテゴリー
子育ての連携
保護者同士の連携
・母の友達ができる
・友達に相談や話を聞いてもらう
・自分の子どもの話で共通に話せる
保育園との連携
・連携は励みになった
・具体的な育児をしてもらう【排泄、離乳】
・みんなで子育てしている感じで責任も分散していた
18
・そのなかで母の役割【甘えさせる】
理解・共感
・子どもと二人きりではないという思い
・子育ての大変さを保育士が理解共感してくれる
保護者は保育園に子どもを入れることで<母の友達ができる><友達に相談や
話を聞いてもらう><保護者懇談会で他の親の子育ての話が聞ける> 等子どもだけ
ではなく保護者自身の友達が出来ていた。 また、母の友達ができることで<子ども
の話で共通に話せる>場を獲得していくこともうかがわれた。少子化の社会は子 ど
もについての話がなかなかできにくい社会でもある事が示唆された。
送迎時に<子育ての大変さを保育士が理解し共感してくれる>ことで自分は<
子どもと二人きりではないという思い>を感じていることが保護者の気持ち の安定
につながっていた。
母親は保育園に子どもを預けることで<皆で子育てをしている感じで責任も分散
していた>と理解し、その中で保育園には<具体的な子どもの保育> を母である自
分は<母の役割(甘えさせる)>をしていると感じていた 。そのような<連携は励
みになった>と思い、<専業主婦よりは精神的には楽だったかも>しれないと思っ
ていることが語られた。
4
出産前につけておきたかった力(質問 ④)の結果と分析
出産前にどのような学びをしていたか、それは役に立ったかという インタビュー
内容での質問となった。【学びの不確実さ】【親になる学びの工夫】の 2 つのコアカ
テゴリーが抽出された(表 14)。
表 14. 子どもが生まれる前の学び
コアカテゴリー
カテゴリー
サブカテゴリー
学 びの不 確 実 さ
出 産 前 の学 び
・具 体 的 な育 児 の方 法 は介 護 や看 護 の仕 事 から学 んだ
・見 よう見 まね
・育 児 書 を読 んだ
・姪 や甥 の世 話 をした
・保 育 士 資 格 取 得 時 の勉 強
実 際 の子 育 て
・実 際 の子 どもは育 児 書 や教 科 書 とは違 い役 に立 たない
・24 時 間 一 緒 は別 なつらさがある
・自 分 の持 っている子 どものイメージが違 った
・姪 や甥 は自 分 の子 どもとは違 った
19
・姪 や甥 の世 話 はそれなりに役 に立 った
親 になる学 びの工 夫
学 びの機 会
・母 親 学 級 は時 間 が合 わない
これから親 にな
・不 妊 治 療 の話
る人 への学 び
・母 親 の育 児 体 験
・子 どもが授 かることは奇 跡 的 な事
・実 際 の子 育 て体 験
<具体的な育児の方法は介護や看護の仕事から学んだ><見よう見まね><育
児書を読んだ><姪や甥の世話をした><保育士資格取得時の勉強>のサブカテゴ
リーを集約して≪出産前の学び≫とした。このような学びが実際の子育てで活かさ
れ た か に つ い て < 実 際 の 子 ど も は 育 児 書 や 教 科 書 と は 違 い 役 に 立 た な い > < 24 時
間一緒は別なつらさがある><自分の持っている子どものイメージが違った>< 姪
や甥は自分の子とは違った>と大半の保護者が≪実際の子育て≫とのギャップを感
じていた。一方で<姪や甥の世話はそれなりに役に立った>と感じている( F)例も
数少ないが見られた。座学ではなく実際に子どもと関わる経験は役に立つのではな
いかと考えられた。集約して≪実際の子育て≫というカテゴリーとした。二つのカ
テゴリーを集約して【学びの不確実さ】というコアカテゴリーとした。
仕事を持っているため<母親学級は時間が合わない>為に学ぶ機会が確保され
ない事例が多くあった。≪学ぶ機会≫というカテゴリーとした。<不妊治療の話>
<母親の育児体験><子どもが授かることは奇跡的な事><実際の子育て体験> 等
理論的な学びより具体的で 実践的な学びが役に立つと考えていた。集約して≪これ
から親になる人への学び≫とした。2 つのカテゴリーを集約して【親になる学びの
工夫】とした。
5
子育てをしてついた力について(質問 ⑤)の結果と分析
インタビューから 46 のサブカテゴリーを抽出し 、【子ども理解】【保育力】【自己
認識】
【社会と関わる力】
【社会認識】の 5 つのコアカテゴリーに集約した(表 15)。
表 15.
コアカテゴリー
子育てでついた力
カテゴリー
サブカテゴリー
子どもの観察
・乳 幼 児 期 に 親 が ど の よ う な 気 持 ち で 育 て た か は 子 ど も の 性 格 に
力
反映する
子ども理解
・親 が 一 番 大 変 だ と 思 っ て い た 時 期 が 子 ど も に と っ て 一 番 大 事 な
時期でもある
20
・子 ど も に と っ て 保 育 園 の 時 代 が 今 (小 学 校 )の 生 活 の 土 台 に な っ
ている
・子どもたちは学校で何かあった時、お互い助け合う
・今 あ げ な け れ ば い け な い 栄 養 を 今 あ げ な け れ ば 子 ど も が 苦 労 す
発達の理解
る
・保育園で問題を起こすことが順調な発達と思う
・子どもの大概のことは時期が来れば解決する
・子 ど も そ れ ぞ れ の 特 徴 を 見 極 め て 子 ど も の 可 能 性 を 広 げ る 方 法
人権の尊重
を付き合いながら分かってきた
・み ん な と 違 う と 遅 れ て い る ん じ ゃ な い か と 思 っ て き た け ど 一 人
一人は違う
・子ども一人ひとりの違いを楽しむ
・子どもの気持ちを尊重する
・子どもは子どもだし自分は自分
保育力
基本の力
忍耐力
・少し待つ(子どものペースに合わせる)
接し方
・子どもがいながらいろんなことできる
・子どもが思うとおりにしてもいいと思うことができる
・子どもの特徴に合わせた関わり方を考えるようになった
自己認識
状況の受け入
・細かいことは気にしない
れ
・出来ないものは後回しにする
親の自覚
・自分の子どもの親として成長する
・親としての責任がある(産んだ責任)
自己変革
・優しくなった(職場の人にも言われる)
・人の気持ちをかんがえるようになった
・子どものためなら何でもできるという思い
・自己主張するようになった
・ 自 分 に 自 信 が つ い た (自 己 肯 定 観 )
社会と
関わり方
関わる力
・それまではマイナス思考
・子どもが生まれるまでこんな小さなこと気にしていた
共に生きる実
・自分ひとりで生きているんじゃないということが分かった
感
21
・人 に 頼 っ た り 迷 惑 を か け る こ と を い け な い こ と だ と 思 っ て い た
が頼っていいんだと思う
・分からないことは分からないということができる
・家庭の運営
・夫との付き合い方
家庭運営
・家 庭 運 営 の 方 法 を 家 族 で 話 し 合 い 、自 分 の 方 針 を 修 正 し て い く
・条件を作ったり、言い方を変えたりして工夫
社会認識
・今度は若い人を応援しようと思う
・行政にいるから少しでも保育園を応援したい
次世代育成観
・じ ぶ ん が 思 っ て い る こ と 、夫 が 思 っ て い る こ と を 子 ど も に 伝 え
ていきたい
認識の仕方
・自分の思うようにいかないことがあり、それをあきらめる力
1)【子ども理解】の分析
この項は≪子どもの観察 力≫≪発達の理解≫≪人権 の尊重≫の 3 つのカテゴリー
が抽出された。
<保育園での生活が小学校生活の基礎になる>事、<乳幼児期の親の姿勢が子ど
もの性格に反映される>事、<学校に入っても子ども同士助け合っている>事 等子
どもに対して観察を通して、子どもとの関わり方や子育ての 姿勢について、より深
い学びをしていた。
<今あげなければいけない栄養を今あげなければ子どもが苦労する>と言うよ
うに愛情や対応には適時性がある 事、<保育園で問題を起こすことが順調な発達と
思う><子どもの大概のことは時期が来れば解決する>等 大人から見るとマイナス
と考えられる子どものトラブルは必ずしも悪いことではなくむしろ順調な発達の過
程であるという学び、子どもの心配事やトラブルは子どもの発達と共に現れそして
解決していく事を体験的に学んでいた。
子どもに対する固定的なイメージから解放され、 <みんなと違うと遅れているん
じゃないかと思ってきたけど一人一人は違う>ことに気づき 、<子ども一人ひとり
の違いを楽しむ><子どもそれぞれの特徴を見極めて子どもの可能性を広げる方法
を付き合いながら分かってきた>ように その違いを楽しめるようになり、一人一人
に合わせた対応ができるようになり、それが< 子どもの気持ちを尊重する> ことで
あることを学んでいた。このような学びは <子どもは子どもだし自分は自分> とい
うように、子ども自身にもそれぞれに固有の気持ちがありその気持ちを ひとりの人
22
間として尊重することの重要性の理解に つながっていた。また、精神的な母子分離
が幼児期には始まっていることも 分かった。
2)【保育力】の分析
≪基本の力≫≪接し方≫≪状況の受け入れ≫の 3 つのカテゴリーが抽出された。
子どもはまだ意思がよく伝わらず、親の思うようにはいかない ことが多く、子ど
もとじっくり付き合うことで<忍耐力>がついたと多くの保護者が考えていた。
子どもとの≪接し方≫では<子どもがいながらいろんなことができる><子ど
ものペースに合わせて少し待つ>等子どもと生活を共にしながらいろいろなことを
やる工夫や楽しさを見つけ、子どもと共存していく力をつけていた。<子どもの特
徴に合わせた関わり方を考えるようになった> <子どもが思うようにしていいと思
う>という学びにもあるように、保護者 には親子関係について子どもは親の言うこ
とを聞くのが良い事というイメージを持っており、子どもは一人の人間だから子ど
もの思うことをしていいという 子どもを対等な人格として考えや対応ができるよう
になっていることが 示唆された。
十分な時間や精神的な余裕がない中での子育てを通して、優先順位を付けて家事
育児をしている様子が語 られた。そのような生活を通して、<細かいことは気にし
ない><できないものは後回しにする>というように完璧さを求めず、 曖昧さや柔
軟さに耐えていく力を獲得していた。 これは保護者にとっては今まで生きてきた価
値観の大きな変更であったと思われた 。
3)【自己認識】の分析
≪親としての力≫≪自己変革≫ 2 つのカテゴリーが抽出された。
一般的概念的な親としてではなく、目の前にいる自分自身の子どもの<親として
の責任>を強く自覚し、 <自分自身の子どもの親として成長した>自分を意識して
いた。
その内容は<優しくなった><人に気持ちを考えるようになった ><自己
主張するようになった><自分に自信がついた>等具体的に語られた。
4)【社会と関わる力】の分析
≪関わり方≫≪ともに生きる実感≫の 2 つのカテゴリーが抽出された。
保護者は自分自身を<子育てをする前はマイナス思考>だった、<子どもが生ま
れるまではこんな小さなことを気にしていたのだと>振り返り、子育てを通して、
小さいことは気にしないで前向きに考えていく ようになったと語った 。
また、今まで、学校や家庭では「人に迷惑はかけてはいけない」と言われて育っ
23
てきたが、保育園、祖父母、職場の上司や同僚等様々な人の援助を受けて子育てが
できたという思いが強く、人生には自分一人ではできないことがあり、<人に 頼っ
たり、迷惑をかけることをいけないことだと思っていたが頼っていいんだと思う>
<分からないことは分からないということができる>と思えるようになったと多く
の保護者が感じていた。そして、 <自分ひとりで生きているのではない> と他者の
存在を実感し、多くの人と助け合って生きていくということを体験的に学んでいた。
5)【社会認識】の分析
ここでは≪家庭運営≫≪次世代育成観≫≪認識の仕方≫の 3 つのカテゴリーが抽
出された。
子育てと仕事の両立の項で保護者は子どもの健康状態を確認しながら 翌日の各
自のスケジュールを立てていくことの困難 さが抽出された。また、父親は第一子の
時は具体的な協力が何をしてよいかわからずできない状況もうかがわれたが、第二
子からは子育てや家庭運営に参加することも子育ての困難さのこうで抽出された。
毎日のこのような経験の繰り返しで保護者は <家庭運営の方法を家族で話し合い、
方針を修正していく>家族で運営の方法を決定するという民主的な家庭運営を行っ
ていた。≪次世代育成観≫では自分のこどもに対して自分や夫が考えていることを
伝えていくことの大切さに気付き、自分以外の人たちが成長したり子育てをしたり
する時に貢献していこうという気持ちが育っていた。また、人生には自分の思うよ
うにはいかないことがあるということにも気付き、あきらめたり折り合いをつけた
りしていく力も必要であると認識していた。≪認識の仕方≫とした。
6
働く意味(質問⑥)についての結果と分析
22 のサブカテゴリーが抽出され【意義を持って働く】
【働くことは自然体】
【子ど
もとの関係で働く】
【 働く事の困難さ 】の 4 つのコアカテゴリーに 集約された(表 16)。
表 16. 働くことについて
コアカテゴリー
カテゴリー
サブカテゴリー
意義を持って
自己実現
・自分の人生を持っていたい
働く
・自分の好きな仕事なので続けたい
・自分の世界が広がる
・自分が認められていると思える
社会的な意義
・職場の中で責任ある立場になってきた
・責任ある仕事はやりがいがある
24
経済的意義
・生活のため、当たり前のこと
・生活の質は落とせない
働くことは
生活の一部
自然体
・意味とか考えたことはない
・母親が働いていたので働くのは当たり前と思う
・みんな制度を使って頑張るんだと思っていた
子どもとの関係
子育てからの解放
・働かなければ家と子どもの事だけの世界しかない
・仕事の間子どもの体調等は気になるが、解放された気
分
・身体は疲れるが精神的には楽
・仕事がないとノイローゼなるかもしれない
教育的意義
・親が働くところを見せておきたい
働くことの
子どもに対する思
・保育園に預けて働くことに後ろめたさを感じる時があ
困難さ
い
る
・子どもに対しては自分のエゴではないかと思うことが
ある
・特に子どもの体調が悪い時申し訳ないと思う
両立の困難
・仕事との両立が大変
・働きながらのキャリアアップは大変
・キャリアアップをあきらめる
多くの保護者が働くことについて<自分の人生を持っていたい ><自分の世界が
広がる><自分の好きな仕事なので続けたい>と自分自身の≪自己実現≫、 <自分
が認められていると感じられる喜び><職場の中で席になる立場になった><責任
ある仕事はやりがいがある>と≪社会的な意義≫、<生活のため当たり前>< 生活
の質を落とさない>という≪経済的な意義≫を認識していた。これらを 【意義を持
って働く】とした。
<母親が働く姿を見てきたので自分も当然そうなるのだ >と思い、<意味とかを
考えたことはない>、育児のための制度が整う中で<みんな制度を使って頑張るん
だ>と、働くことは≪生活の一部≫であり 当然と思っている保護者も見られた (B、
C、G)。【働くことは自然体】と集約した。
<働かなければ家と子どものことだけし か世界がない><子どものことは気に
なるが解放された気分> <体は疲れるが精神的には楽><仕事がないとノイローゼ
になるかもしれない>というように働くことで子どもと距離を保ち、精神的に ≪子
育てから解放≫されるとも認識していた(A、C、H、I、J、K)。<親が働く姿を見せ
25
ておく>ことは子どもが働くことが身近に感じられ、大人になったら当然自分もは
たらくと考えるのではないかという≪教育的配慮≫も考えていた(G、K)。
しかし一方で、子どもに対しては<預けて働くことに後ろめたさ>を感じたり、
<特に子どもが病気の時には自分のエゴではないか >という思いを持ったりしてい
ることも語られ、複雑な≪子どもに対する思い≫を持っていることも示唆された。
と同時に、仕事との 両立はやはり<大変>であり、 特に子育てをしながらのキャリ
アアップは大変で<キャリアアップのチャンスがあったがあきらめた>ケースもあ
った(A、C、D)。≪両立の困難≫と集約した。
Ⅳ
調査結果の考察
1
保護者が認識する子育ての困難さ
1)本調査では保護者は乳幼児期の子育ての困難 さを以下の状況で起きたと認識し
ていた(表 17)。
表 17. 保護者が認識する子育ての困難 さ
子どもの成長
①
周産期(妊娠から出産)
②
乳児期(出産直後から子どもに表情が出る頃)
③
幼児期(自己主張が出る頃)
親や子どもの環境の
①
第一子・第二子・第三子の子育て
変化
②
保育園入園と在園時の子育て(母子分離の時期)
③
子育てと仕事の両立
①
子育てのギャップ
子どもとの対峙
2)周産期には第一子において対象者の 半数近くの母親がなんらかのトラブルを経
験していた。特に子どもにトラブルがあった母親は子どもに ついての不安や心
配を強く感じており、このような母親に対しての的確な支援の必要性が示唆さ
れた。
3)乳児期の子育てについては出産直後特に睡眠不足や産後の疲労に 加えて子ども
がまったく分からないこと、育児書通りに自分の子育てはいかないことに戸惑
い困難さを感じていた。加えてこのような子育ての不安や負担感を共有する人
や場所がないことに困難 さを感じていた。
4)幼児期には子どもの個性がはっきりし、愛着関係を基盤に子どもの自立欲求が
顕著になる。それまでは親が全責任を持って子どもを保護 し、子どもは親の言
26
うことを聞くことが当た り前と思っていたのに、 急に子どもが反抗的になり自
分の言うことを聞かなくなることにストレスを感じていた。 子どもの自分でや
りたい思いは時として母親の社会的な価値観と相反することがあり、 それが親
子 の 関 係 を 行 き 詰 ら せ て い た 。 ま た 、「 元 気 の よ い は つ ら つ と し た こ ど も 像 」
を持っていた保護者が多く自分の子どもがイメージから少しでも外れるとち
ゃんと発育していないのではないかと不安を感じ、そのようなわが子を受け入
れられず葛藤していた。
5)保護者は第一子の子育てには生まれた時から大きな困難 さを感じており、その
不安や心配は形を変えて小学生になっても続いていた。それに反して第二子は
出産時に第一子第二子一緒の世話が精神的 、時間的、体力的に負担が増え大変
さを感じていたが、第二子との親子関係や発達については心配や不安は感じて
いなかった。特に第三子 に至っては発達の基準も気にならず 子どもの個性を楽
しんで子育てをしていた。
6)保育園入園及び在園時は保護者が保育園のことや保育園での子どもの様子を知
らないことからくる困難さが推測された。保育園側からの細部にわたる適切な
情報や支援の工夫の必要性が示唆された。
7)子育てと仕事の両立については、子どもが熱を出した時の調整、家族の時間的
調整、子どもとの時間の確保、職場への配慮等容易ではな く、特にフルタイム
で常勤職として働いている保護者(母親)は体力的に大変であると感じていた。
(5 名中 5 名)と同時に職場で責任ある仕事を期待される時期になり、また 子
育てのためキャリアアップのチャンスをあきらめざるを得ない状況も経験し
た保護者もいた。
8)この時期の子育て家庭は離婚、転職や転勤、妊娠や出産、子どもや祖父母の病
気等で家族構成や状況が変化し やすく、このような状況の変化で困難性が増す
ことが分かった。保育所在園児の保護者は保育園に 入園した時点で子育てと仕
事の困難性を抱えており、そこに子どもの成長、親や子どもの環境の変化、子
どもとの対峙とともに現れる困難性が重複することが常態となっていると考
えられ、すぐに特別な支援が必要な保護者となることが 推測される。誰でもが
特別になりうるということであろう。薄氷の上を歩くような状況の中で子育て
をしているといっても過言ではない。これは日常的な声かけや伝達という保護
者との会話の中で、困難性の重複という保護者の状況の 早期の発見と予防的な
対処が重要である。
9)保護者は「家の手伝いはしなくてもよいから一生懸命勉強をするよう 」に、
「能
力を生かして自己実現するよう 」にと育てられたと語っている。家庭も学校も
27
仕事も自分のペースで回ることがあたりまえと思って生きてきたといっても
過言ではない。しかし現実の子育ては、 子どものペースに合わせていく作業で
あり、あいまいで答えがはっきり出るものではない。 保護者が育ってきた効率
と結果を重んじる経済中心の社会とは全く価値観が違うのである 。保護者は子
ども・子育ての価値観と 現代社会の経済中心の価値観とのギャップに 大きな戸
惑いを感じていた。社会全体で子育てを応援するということはこのギャップに
ついての理解と寛容さが 重要であろう。
2
どのように困難さを乗り越えたか
1)第一子出産から保育園卒園まで子育ての協力者の存在が 重要な役割をはたして
いた。協力者については母の実母が多かったが、母の父親、母の祖父母、義理の
父母、同じアパートの友人等多様な人達がいた。協力者とは子育てのやり方や母
親が働くことについて意見が合わず嫌な思いをすることもあったが子育てにお
いての手助けに感謝していた。協力者が 見つけられない時の保護者には大きなス
トレスがかかっていた。夫は第一子の子育てでは協力的ではなく、第二子以降家
事育児等の家庭運営に積極的に参加し始め、夫の 存在は大きな助けになっていた。
2)子どもが保育園に通園することで 、保護者は保育士だけではなく 他の保護者や
子ども達と関わり、子どもを中心とした世界を広げていく。子ども中心にした世
界は保護者にとっては新しい世界で、子どものことを気兼ねなく話せる場所がで
きたと感じていた。その中で 自分の子育てや子どもの成長の確認をし、いろいろ
な子どもがいること等に気付き、子育ての相談、保育士や先輩保護者 から行動見
本や子どもの見方等を学ぶことで自分自身の学びとし子育ての困難さを乗り越
えていた。
3)保護者は保育士が保育園での子どもの様子や怪我や体調 等を短い時間に的確に
話してくれることで保育園への信頼を 高め、安心して子どもの保育をお願いでき
たと語った。一方若い保育士 等で子どものことがよく伝 割らないと不安が募った
とも語った。子どもの様子や子どもに対する見方を的確に伝える力が保護者支援
にあたって保育士に求められる力の一つであると思われる。
4)保護者は保育園に子どもを預けることで皆で子育てをし、責任も分散していた
と感じていた。子育てと仕事の両立は体力的、時間的に大変こともたくさんあっ
たが、精神的に支えられたと感じていた 。多くの人が子育てに関わることが支援
になっていた。
3
子育てでついた力
28
1)保護者は子育てという経験を通して以下の力がついたと自覚していた
①子どもについての心配事は子どもの発達とともに現れ解決していくのだというよ
うな」発達についてのとらえ方 、子どもの今の状況を観察する力、子どもを一人
の人間としてその個性を尊重していく 事等子ども理解の力
②こどものペースにあわせて待つ事や子どもの希望を優先していく事等、状況に合
わせて自分の生活を柔軟に変化させて子どもと付き合ってい く保育力
③親としての責任感 が増し、他者の立場や気持ちを考えるようになり、優しくなっ
た、自己主張するようになった等自分自身が変わったと いう認識
④他者に迷惑をかけないように、みんなと同じようにという価値観の中で 生きてき
たが、お互いに助け合って生きて いく事、自分の思うようにいかないことがあり、
それをあきらめていく事等他者や社会に対して妥協してバランスを取っていく
力
⑤自分が子育てで多 くの方に助けてもらったので今度は若い母親を応援したい と思
うし、子どもを見た時は声をかけ 暖かく見守等他者に対する 興味や関心
⑥夫と協力しての子育てを通して家事や子育てを分担したりするのに、 夫と話し合
う等民主的な方法で家庭運営をする力
2)
「保護者が子育てを通してついたと認識している力 」と「保育士が認識する養育
力」5 を比較した。同じ質問内容ではない ため、微妙な思いやニュアンスの違いが
あると考えられる。しかし、保育士が親としての成長をどのように支援できるの
かという視点から両者を比較することに意味があると考えた (表 18)。
○印、△印はサブカテゴリーに違う項目が含まれるが一部で一致している項目で
ある。青の行は保育士のみ必要と考えている項目、ピ ンクの行は保護者のみ成長
したと認識している項目である。「保育士が認識する養育力 6 」では保育士が認識
する養育力の 5 項目のうち【保育力】が 41,5%、
【子ども理解】
【社会とかかわる
力】がともに 18,6%であった。保育士は「子ども理解」「保育力」と「 社会とか
かわる力」特に<持続力><理解力><想像力><判断力>等 を養育力の構成要
素として重きを置いていることが推測された。 それに対し、保護者は「今できな
いことは後でする」「自分の思うようにいかないことがある」というように状況
を受け入れ、社会の枠組みを柔軟に考え、さらに「次世代育成感」等より社会と
のかわりに目を向け、社会に開かれた学びをしていることが示唆された。両者の
5
木 村 た か 子 「 保 育 士 が 認 識 す る 養 育 力 の 概 念 と 保 護 者 の 養 育 力 向 上 に 資 す る 保 育 士 の 支 援 」 7 -1)-(2)表
16:関 東 短 期 大 学 紀 要 第 5 集 P73 P56~ P61
6
木 村 た か 子 「 保 育 士 が 認 識 す る 養 育 力 の 概 念 と 保 護 者 の 養 育 力 向 上 に 資 す る 保 育 士 の 支 援 」 7 -1)-(2)表
16:関 東 短 期 大 学 紀 要 第 5 集 P73 P56~ P61
29
違いから「親としての成長」に資するための保育士としての支援を考えるときに、
地域や社会に開かれた視点が必要ではないかと考える。
表 18. 「保護者が子育てを通してついたと認識する力」と「保育士が考える養育力」
の比較
コアカテ ゴリー
カテゴリ ー
子ども理 解
愛情
○
子どもの興味(知識・理解・観察)
△
△
子どもの人権尊重
○
○
基本の力(忍耐力)
○
○
接し方(見守り・共感)(待つ)
△
△
保育力
保育士
状況の受け入れ
親の自己 認識
社会と関 わる力
社会認識
Ⅴ
保護者
○
親である自覚(責任)
○
○
親の自己認識(自己肯定観)
△
△
基本の力
○
関わり方(前向き・助けを求める)
○
○
家庭運営
○
○
認識の仕方
○
次世代育成感
○
課題
保護者の視点から「親としての成長」の概要を明らかにすることができたと考え
る。今後「子育てを通してついた力」の構成要素について内容の妥当性の検討を行
い、「親としての成長」を支える保育士の具体的な支援の方法を調査したい。
30
引用文献
柏木恵子 1994:「親となる」ことの人格発達:生涯発達的視点から親 を研究する試
み 発達心理学研究第 5 巻 第 1 号
原田正文 2006:子育ての変貌と次世代育成支援 P186-P189
鯨岡峻 2002:「育てられる者から」から「育てる者へ」 日本放送出版協会
岩本純子 2008:子育て支援の心理学 無藤隆、安藤智子編 有斐閣 P101-P10
木村たか子「保育士が認識する養育力の概念と保護者の養育力向上に資する保育士
の支援」7-1)-(2)表 16:関東短期大学紀要第5集 P73 P56~P61
参考文献
藪野優子「親性準備性」概念の再検討
ヒューマンサイエンス NO12
伊藤葉子「関係性の中で親性準備性を育てる」
特集家族と保育―家族は変わった
柏木恵子「発達心理学からみた母性・父性」
コロナ社
原ひろ子「次世代育成力―類としての課題」
1991
深谷和子
東洋
三枝恵子「親になること」 家庭科教育
2009
新曜社
69 巻 13 号
柏木恵子「社会と家族の心理学」ミネルヴァ書房
柏女霊峰
2009
橋本真紀「保育者の保護者支援」フレーベル館
家政教育社
1998
2008
大日向雅美「子育て支援が親をダメにするなんて言わせない」岩波書店
発達
NO120
.VOL30
発達
NO118
VOL30
宮原忍
第 38 集
2002
日本子ども家庭研究所紀要
第 39 集
2003
日本子ども家庭研究所紀要
第 40 集
2004
第 42 集
2006
斎藤幸子他「少子社会における養育力の背景とその育成に関する研究 」子
ども家庭研究所紀要
宮原忍
日本子ども家庭研究所紀要
斎藤幸子他「乳幼児を持つ保護者の養育力と育児観に関する調査 」日本子
ども家庭研究所紀要
宮原忍
2009.4 月
斎藤幸子他「少子社会における個人および社会の養育力に関する母子保健
学的研究」第一報
宮原忍
2009.10 月
斎藤幸子他「少子社会における個人および社会の養育力に関する母子保健
学的研究」第一報
宮原忍
ミネルヴァ書房
2005
斎藤幸子他「少子社会における個人および社会の養育力に関する母子保健
学的研究」第一報
宮原忍
ミネルヴァ書房
1995.
第 43 集
2007
斎藤幸子他「少子社会における養育力の背景とその育成に関する研究 」子
ども家庭研究所紀要
第 44 集
2008
31
保育者養成校における
短期指導計画作成に関する教授法の検討
奥村典子
はじめに
保育者を志す学生に対し、 週案・日案といった短期指導計画(以下、指導案)作
成技術を卒業までの間に効果的に身に付けさせていくことは 、保育者養成校が担う
重要な使命の一つである。
2008 年に改定された幼稚園教育要領「第 1 章第 2 節
教育課程の編成」では、
幼稚園は幼稚園教育関係法令ならびに幼稚園教育要領の示すところに従い、
「 創意工
夫を生かし、幼児の心身の発達と幼稚園及び地域の実態に即応した適切な教育課程
を編成するもの」と示されている 1 。すなわち、
「義務教育及びその後の教育の基礎
を培う」ためにも、国公立、私立を問わず全ての幼稚園 で働く保育者はもちろん、
幼稚園で実習を行う学生においても、 幼稚園教育要領に基づく教育課程を編成し、
その下での幼児の発達や生活の実情に応じた具体的な指導案を立案、実践 すること
が求められるのでる。
し か し一 方 で 、指 導案 の 作 成は 「 か なり 経験 則 で 行わ れ て いる 2 」 と の 指 摘も あ
り、具体的な教育課程や子どもの生活及び発達の見通しの知識を持たないなか で作
成した学生の指導案は、机上の空論の域を脱しえないのも事実である。このような
現状を克服するねらいから、多くの保育者養成校では、①学生に年間指導計画や月
間 指 導 計画 を 作 成さ せ、 さ ら にそ れ を 基に 日案 の 作 成に 取 り 組む 授業 実 践 3 、 ② ベ
テ ラ ン 保育 者 の 保育 実践 を 録 画し た 授 業ビ デオ を 基 にし た 授 業研 究 4 、 ③ グ ルー プ
で立案した指導案を基にした模擬保育 5 等、様々な授業実践が試みられている。
本稿では、先行研究の知見を踏まえつつ、本学の学生の実態に応じた指導案作成
技術の有効的な教授法を検討することを目的とする。具体的には、 ①指導案の作成
に取り組む学生の実態調査 (資料 1 参照) 6 、②①を踏まえた指導案作成にかかわ
る授業内容の検討、③授業を履修した学生の授業コメントからの授業内容の検証を
試みる。
本学の教育実習は、1 年次の 12 月に 1 週間の観察実習、2 年次の 6 月に 3 週間の
本実習と 2 回に分けて実施している。 1 年次から実習を行うことで、 2 年次の実習
をより充実した意義あるものに することを目指している 。
32
1.指導案の作成に取り組む学生の実態
1-1.調査の概要
(1)調査の目的
本調査は、幼稚園免許取得を目指している学生の指導案作成に対する意識及び取
り組みの実態を把握することを目的として実施した。
(2)調査対象
2013 年度に「教育実習指導Ⅰ」 を履修している 1 年生を対象として実施した 。
(3)調査方法
幼稚園観察実習(以下、観察実習)ならびに観察実習期間中に取り組んだ 部分実
習についての質問と自由記述を加えた質問紙を配布し、その場で記入後回収した。
(4)調査時期
2013 年 12 月に配布、回収した。
1-2 .調査結果の概要
(1)回答者について
2013 年度開講の「教育実習指導Ⅰ」の 履修者(1 年生)のうち、本調査の回答者
が占める割合を捕捉率として示したのが表 1-1 である。履修者全体のうち 86.0%
が調査に回答している。
表 1-1.教職履修登録者(1 年生)のうち回答者の割合
履修登録者数
回答者数
捕捉率
129名
111名
86.0%
(2)観察実習の感想
観 察 実 習 を 終 え た 学 生 の 率 直 な 感 想 を 把 握 す る た め 、「 観 察 実 習 で 楽 し か っ た こ
と」、
「観察実習で辛かったこと」の 2 点について質問した。回答結果は表 1-2、表
1-3 に示した。
表 1-2 に見るように、回答者の多くは、「子どもと遊んだこと」、
「子どもの可愛
い姿をたくさん見ることができたこと」、「子どもたちに先生と呼ばれたこと」とい
った能動的及び受動的な子どもとの関わりに楽しさを感じている。一方で、実習園
の保育者との関わり 、さらには部分実習の体験を楽しいと感じた回答者 は 50%を下
回っている。次に表 1-3 を見てみると、90%弱の回答者が「日誌を書くこと」を
辛いと感じている。一日の保育を観察し記録にまとめることは、学生にとって初め
ての体験であり、それ自体に困難さを感じたものと推察される。 しかし、指導案を
作成するにあたって日々の保育内容を振り返り、丁寧に記録・評価することは不可
33
欠な作業である。指導案作成技術を学生に習得させる上でも、記録の取り方をどの
ように授業の中で学生に教授していくかが、今後の課題である 。
表 1-2.観察実習で楽しかったこと(複数回答)
子どもと遊んだこと
部分実習をしたこと
いろいろな年齢の子どもと関われたこと
子どもの指導や援助が出来たこと
子どもたちに先生と呼ばれたこと
子どもの可愛い姿をたくさん見られたこと
実習園の先生に多くのことを教えてもらったこと
実習園の先生に褒められたこと
その他
n=111
人数
102
38
70
38
86
88
50
46
5
表 1-3.観察実習で辛かったこと(複数回答)
日誌を書くこと
実習園の先生方との関わり、コミュニケーション
子どもとの関わり、コミュニケーション
子どもへの指導・援助
健康面を維持すること
指導案の作成
その他
%
91.9%
34.2%
63.1%
34.2%
77.5%
79.3%
45.0%
41.4%
4.5%
n=111
人数
99
46
26
53
27
37
4
%
89.2%
41.4%
23.4%
47.7%
24.3%
33.3%
3.6%
(3)部分実習について
①部分実習の実施状況
本調査の回答者 111 名のうち 105 名(94.5%)が観察実習期間内で部分実習を経
験している。部分実習の内訳は表 1-4 に示す通りである。最も多かった活動は絵
本の読み聞かせ(92 名)であり、90%近い回答者が取り組んでいる。次いで手遊び
(51 名)、紙芝居(20 名)、ペープサート(4 名)、手袋シアター(2 名)、ピアノ(2
名)、その他(4 名)となった。その他には、室内ゲームや折り紙製作が含まれる。
絵本の読み聞かせと手遊び を部分実習の活動に選択した者が多い理由としては、観
察実習前の「教育実習指導Ⅰ」及び「教育・保育課程論」の授業の中で、 部分実習
指導案の作成ならびに模擬保育を実施したことにあると考えられる。
34
表 1-4.部分実習の内訳(複数回答)
人数
絵本の読み聞かせ
92
手遊び
51
紙芝居
20
ペープサート
4
手袋シアター
2
ピアノの弾き歌い
2
その他
4
n=105
%
87.6%
48.6%
19.0%
3.8%
1.9%
1.9%
3.8%
表 1-5.部分実習指導案の作成回数 n=105
0回
1回
2回
3回
4回
5回以上
人数
33
38
14
14
1
4
%
31.4%
36.2%
13.3%
13.3%
1.0%
3.8%
②部分実習指導案を作成するにあたって困難に感じたこと
観察実習期間中に部分実習指導案を作成したと回答する 72 名に対し、作成する
うえで困ったことがあったかどうかを質問したところ、65 名(90.3%)が「あった」
と回答している。また、
「困ったことがあった」と回答する者 に対し、具体的にどの
ような点で困難を感じたのかを質問した。その結果を表 1-6 に示す。
本学における観察実習事前指導では、部分実習指導案作成上の留意点を各項目に
沿って説明すると共に、
「模擬指導案」を参考に指導案を作成させ、その添削・指導
を行っている。しかし回答結果より、半数以上の者が、
「ねらい」、
「環境構成」、
「予
想される幼児の活動」、「教師の援助・配慮事項」といった指導案の主要項目の書き
方が分からないなかで部分実習に臨んでいたことが分かる。
③部分実習指導案を作成するうえで参考にした資料
部分実習指導案を作成した 72 名に対し、どのような資料を参考としたのか質問
した。結果は表 1-7 に示す通りである。90%以上の者が、
「教育実習指導Ⅰ」及び
「教育・保育課程論」で配布されたプリントを参考としている。なお、その他の内
容は「実習前に先生に教えてもらった」、「幼稚 園の先生に聞いた」であった。
35
表 1-6.部分実習指導案を作成するうえで困ったこと(複数回 答)n=65
何を書いていいのか全く分からなかった
書くのがめんどうだった
ねらいが分からなかった
環境構成が分からなかった
予想される幼児の活動が分からなかった
教師の援助・配慮事項が分からなかった
時間配分が分からなかった
その他
回答数
8
11
33
38
42
55
21
2
%
12.3%
16.9%
50.8%
58.5%
64.6%
84.6%
32.3%
3.1%
表 1-7.部分実習指導案作成するうえで 参考にしたもの(複数回答)n=72
人数
%
授業で配布されたプリントなど
67
93.1%
市販されているテキスト
6
8.3%
先輩の指導案
12
16.7%
インターネットの情報
3
4.2%
日々の実習記録
12
16.7%
その他
2
2.8%
上述のように、部分実習指導案を作成するうえで困難を感じた者は 65 名いたが、
表 1-7 の結果より、それら全員が授業中に配布されたプリントを参考 に指導案の
作成に取り組んでいたことが分かる。このことから、 参考とすべき資料は何である
かは理解しているものの、①資料のどこを参考と したらよいのか分からない、②資
料をどのように活用したらよいのか分からない、 といった学生の存在が浮き彫りと
なった。
(3)まとめ
調査結果より、観察実習を終えた学生 の多くが、①指導案の作成を困難に感じて
いたこと、そして困難に感じた要因として は②指導案を構成する基本事項を理解し
ていないこと、③指導案作成のための参考資料の活用方法を理解できていなこと、
が明らかとなった。次年度 6 月に実施される 3 週間の教育実習(本実習)では、部
分実習のみならず一日責任実習 も取り組むことになる。すなわち、部分実習指導案
と一日責任実習指導案の両方を作成できる技術力が求められるのである。
2 年次の本実習を成功させるためにも、先ずは上記 3 点に留意した授業計画を 検
討・実施する必要性が認められた。
36
2.短期指導計画作成指導の授業計画
(1)授業計画の概要
前章で明らかとなった指導案作成指導の課題を踏まえ、表 2-1 に示す計 5 回の
授業計画を設定した。授業時間は「教育・保育課程論」の時間の一部を充てている 7 。
表 2-1.指導案作成指導の授業計画
トピック
指導案の構成
主な内容
「模擬指導案」を見ながら、指導案の構成
を解説する。あわせて、各項目記入上の留
意点について事例をもとに説明する。
部分実習指導案の作成・検討①
“ネコとネズミのゲームの指導”
「模擬指導案」を見つつ、保育の実際を予
想しながら、自分オリジナルの指導案を作
成する。仕上がった指導案は個別に添削す
る。
部分実習指導案の作成・検討②
“紙飛行機の指導”
指導上の留意点を意識しながら、実際に紙
飛行機を製作する。その後、「模擬指導案」
を見つつ、自分オリジナルの指導案を作成
する。仕上がった指導案は個別に添削する。
部分実習指導案の作成・検討③
“折り紙「カエル」の指導”
指導上の留意点を意識しながら、実際に折
り紙でカエルを製作する。その後、「模擬指
導案」を見つつ、自分オリジナルの展開を
取り入れた指導案を作成する。仕上がった
指導案は個別に添削する。
部分実習指導案の作成・検討④
“アジサイのちぎり絵の指導”
指導上の留意点を意識しながら、実際にア
ジサイのちぎり絵を製作する。その後、指
導案を作成する。仕上がった指導案は個別
に添削する。
(2)授業計画の実施概要
表 2-1 の授業計画の流れに沿って、授業実施内容を 簡単に説明する。
① 指導案の構成
第 1 回目の授業では、指導案がどのような視点から構成されているのかを「模擬
指導案」を参照しながら解説した。具体的には、
“日々の保育の流れのなかで、どの
ように子どもの実態を把握し 、「ねらい」や「内容」を設定していくの か。”“「ねら
い」を実現するために、
「環境構成」ならびに「予想される幼児の活動」をどのよう
に想定し、
「指導上の留意点」としていかなる配慮を考えていくのか”等、指導案を
構成する各項目について の解説を行った。その後、さらなる理解を深めるねらいか
37
ら、「模擬指導案」の書き写し に取り組んだ。
② 部分実習指導案の作成・検討
第 2 回~第 5 回の授業では、個々の学生に自分の指導案作成技量がどの程度ある
のかを自覚してもらうため、各テーマ に基づく部分実習指導案の作成を試みた。な
お、第 2 回~第 4 回では「模擬指導案」
(資料 2)を配布し、学生はそれを参照しな
がら自分なりに工夫した内容を加えてよいこととし た。加えた箇所は下線を引くよ
う求めた。そして第 5 回では、これまでの授業で学んだことを踏まえて、「導入→
展開→まとめ」を学生自ら が考え、部分実習指導案を作成することとした。
ま た 、 製 作 活 動 の 部 分 実 習 指 導 案 に お い て は 、「 指 導 上 の 留 意 点 」 の 想 起 を 促 す
ため、実際に製作物を作らせ、子ども達に分かりやすく手順を示すために はどのよ
うな配慮で進めていく必要があるのかを考察する時間を用意した。例えば、
「糊で折
り紙をしっかり貼る」と書いた学生には、
「しっかり貼っている物としっかり貼って
いない物を見せる」等、子ども達が「しっかり貼ろう」と思うような工夫、配慮ま
で書くように求めた。
「環境構成」では、保育室内の配置を図示するに留まるのでは
なく、活動を円滑に進めるために必要な準備物の記述や完成図を含む手順を 示すよ
う指導した。
(3)授業計画の検証
①授業計画の検証
資料 3 として、学生が作成した部分実習指導案を添付した 。言語表現の力量不足
は見受けられるものの、 回数を重ねる毎に、指導案を構成する基本項目を 適切に記
述する力が身についてきている様子は 窺える。また、第 3 回、第 4 回の授業で作成
した部分実習指導案(「紙飛行機の指導」
「折り紙カエルの指導」)では、自分なりに
工夫した内容を加筆している。製作物を実際に作ることで、 幼児の視点に立った援
助の仕方を考察できたものと思われる。
第 5 回目の授業で作成した 部分実習指導案(「アジサイのちぎり絵の指導」)は、
上述したように「導入→展開→まとめ」を学生自らが考え、作成し たものである。
幼児の動きに対する保育者の対応や言葉掛けに注意 が払われており、保育者の声掛
けや援助内容を盛り込む重要性 を理解している様子が 窺える。しかし、
「導入→展開
→まとめ」を意識した場面設 定や幼児の動きの多様さ、思わぬアクシデントを想起
した事前準備に意識を払うまでには至っていない。保育を展開するにあたって、保
育者は何をどこまで考えておかなければならないのか、とりわけ保育者の思考過程
に留意した指導案を作成する習慣を身につけ ていくことが今後の課題と言える。
38
②学生の気づき
本授業計画を実施するにあたり、各回の授業終了後、ランダムに抽出した学生数
名(7~10 名)に授業コメントを記述してもらった。そのなか から、学生の気づき
と思われるものを、極力、原文のまま摘記したものが表 2-2 である。
表 2-2.学生の気づき
第1回
第2回
学生 A
・本実習で指 導案が書 けるか不安だ った が、 書き方の見本 をマネし な
がら書いてみ ることで 、少し書き方 が分かっ て安心した。 書き方の
ポイントを初 めに説明 してくれたの で分かり やすかった。 考えなが
ら書くとなか なか書け ないので、も っとスラ スラ書けるよ うに、何
回も書いてみて、書き慣れるようにしたいと思 う。
学生 B
・指導計画は 子ども達 がどうすれば 楽しむか など考えたり するのが 難
しそうだが、 頑張りた い。実際に見 本があっ たので分かり やすかっ
た。
学生 C
・部分実習指 導案の書 き方を実際に 書いてみ て少し理解で きました 。
どう指導すればよいのか、指導上の留意点の欄が難しかったです。
学生 D
・部分実習指 導案は、 様々な事に配 慮して作 成する事が大 切だとい う
ことを学びました。
学生 E
・子どものや る気がで るよう な環境 構成をす ることが大切 なことを 学
んだ。興味を持てるような言葉掛けをして工夫していきたい。
学生 F
・今日書いた部分実習指導案 を、本実習で活かせたらいいなと思う。
ねらいを考えるのが難しかった。
学生 G
・子ども達の 活動を読 み取って指導 案を書く のは難しいと 思った。 子
ども達の行動をよく見て、書けるようにな りたいと思う。
学生 H
・指導案を書 くにあた って は、留意 点に注意 して書くこと 、日誌よ り
詳細に書かな ければな らないから、 今からで も練習や学び をしっか
りして本実習にむけて頑張っておきたいと思いました。
学生 I
・
「ネコとネズミ」は遊んだことはないが聞いたことはあったので、今
回作成した指導案を参考に本実習で使えたらいいなと思いました。
39
第3回
学生 J
・製作の際、 子ども達 にどんな言葉 掛けをし たらよいのか 、具体的 な
言葉掛けの内 容を考え 、書いておけ ばスムー ズで、子ども 達にとっ
て楽しい活動として指導できるのではないかと思いました。
学生 K
・紙飛行機の 作り方は レジュメがあ るので分 かりやすかっ たです。 自
分が子どもに 紙飛行機 の作り方を教 える時、 子どもの目線 に立たな
ければいけないと思いました。
学生 L
・子ども達に 説明しな がら製作する のは大変 だなと感じま した。子 ど
もに説明しな がら作る 時は、あらか じめ 線を 引いて分かり やすいよ
うにするなど、心がけなければいけないと思いました。
第4回
学生 M
・折り紙の楽しさや注意点を学ぶことができました。
折り紙はすご く苦手だ けど楽しく折 れてよか ったです。カ エルがか
わいく折れた ので、違 った生き物も 折れるよ うにして実習 で活用し
たいです。
学生 N
・製作してい る時は、 子ども達と一 緒に作っ たら楽しいだ ろうなと 思
いながら作り ました。 ただ競うので はなく、 いろいろなル ールを加
えて遊ぶのも 楽しいと 思いました。 いろいろ な折り紙を覚 えて実習
をむかえたいと思います。
学生 O
・自分で作っ てみんな で協力した り 競争した りすることは 、私達 で で
もすごく楽し いので、 子ども達 はも っと楽し いと思いまし た。なの
で実践したいと思います。
学生 P
・指導案作成 では、だ んだんと気づ くこと が 多くなってき ました。 さ
らに子どもの 目線に立 って考え、子 ども達 が 安全に楽しめ るような
指導案を作成できるようにたくさん練習していきたいと思います。
学生 Q
・ハサミを使 わずに製 作するのも楽 しいと思 いました。ア レンジを 加
え、実習で使えるようにしたいです。
学生 R
・繰り返し指 導案を作 成しているの で、少し 書きやすくな ってきて い
る感じがします。
学生 S
・久々にちぎ り絵をし て楽しかった 。子ども に戻った気分 になった 。
やるのは簡単だけど、言葉にして子どもに伝えるのはとても難しい。
学生 T
・アジサイの ちぎり絵 を作ってから 指導案を 書くのは、自 分で気を つ
けることを作 りながら 探すことが出 来るので 、指導案を書 くのが少
し楽でした。 作らずに 指導案を書く のと、作 って指導案を 書くのと
では、作った方が具体的に書けると思いました。
第5回
40
第 1 回目の授業コメントでは、「書き方のポイントを初めに説 明してくれたので
分かりやすかった」
(学生 A)、
「様々な事に配慮して作成する事が大切だということ
を 学び ました 」( 学生 D)、「 子ど ものや る気が でる ような 環境 構成を する ことが 大
切なことを学んだ」
(学生 E)とあるように、指導案を構成する各項目に対し理解が
深められた様子が窺える。同時に、
「指導計画は子ども達がどうすれば楽しむかなど
考えたりするのが難しそう だが、頑張りたい」
(学生 B)、
「興味を持てるような言葉
掛けをして工夫していきたい」
(学生 E)というように、指導案作成技術の向上を目
指す姿勢が見受けられた。
各テーマに基づく部分実習指導案の作成に取り組んだ第 2 回~第 5 回の授業コメ
ントでは、「子どもたちの活動を読み取って指導案を書くのは難しいと思った」(学
生 G)、「指導案を書くにあたっては、留意点に注意して書くこと、日誌より詳細に
書 かなけれ ばなら ない」( 学 生 H)、「 製作の際、 子ども達 にどん な言葉 掛けをし た
らよいのか、具体的な言葉掛けの内容を考え、書いておけばスムーズで、子ども達
にとって楽しい活動として指導できる」
(学生 J)、
「自分が子どもに紙飛行機の作り
方 を教 える 時、子 どもの 目線 に立 たなけ ればい けな い」(学生 K)等 、幼 児の 活動
の予測や事前準備の重要性、工夫をこらした保育者の言葉掛けや援助方法の意義を
学んだ様子が窺える。
また、指導案作成回数を重ねたことで、
「指導案作成では、だんだんと気づくこと
が多くなってきました」
(学生 P)、
「繰り返し指導案を作成しているので、少し書き
やすくなってきている感じがします」
(学生 R)とあるように、指導案作成技術の向
上を自ら実感する学生もいる。なかには、
「カエルがかわいく折れたので、違った生
き物も折れるようにして実習で活用したい」(学生 M)、「ただ競うのではなく、い
ろ いろな ルール を加 えて 遊ぶの も楽し いと思い ました 」(学 生 N)、「 アレン ジを 加
え 、実 習で 使える ように した い」(学生 Q)と いう よう に、課 題テー マに 自ら アレ
ンジを加える学生、課題テーマを参考にさらなる技術を習得して実習に臨もうとい
った意欲が喚起された学生も見られた。
全 5 回の授業を通し、指導案を構成する各項目に対する基礎知識ならびに参考資
料を活用した指導案作成技術を学生に伝えることができ得たと考えている。
「 作らず
に指導案を書くのと、作 って指導案を書くのとでは、作った方が具体的に書けると
思いました」
(学生 T)とのコメントにあるよう に、課題テーマ(設定保育)を学生
自らが体験することで、指導上の留意点や幼児の姿が想起でき、
「模擬指導案」を土
台としつつも、より具体的なオリジナル 指導案の作成につながったものと考える。
41
おわりに
保育者を志す学生に対 する短期指導計画作成 技術の習得・向上を目指し、指導案
作成に取り組む学生の実態調査及び調査結果を踏まえた授業計画の立案・実践を試
みた。授業の成果から、①指導案作成技術の土台固めとしての指導案構成事項に関
する基礎知識の習得、②①の定着及び保育 内容を想起するための「模擬指導案」の
開示、③学生自らの設定保育の体験、これらが保育内容の想起に有効であり、且つ
指導案作成技術の向上に欠か すことが出来ない自らの技術力の把握に効果的である
ことが明らかとなった。
2013 年 9 月に文部科学省より 出された『幼稚園教育指導資料第 5 集
指導と評
価に生かす記録』
(株式会社チャイルド本社)では、幼児の自発的活動である遊び を
持続的に展開するためにも 、①指導の過程における幼児の体験の多様性や関連性を
読み取り、その関連性を保育内容の領域の視点に捉えること、②幼児一人一人の課
題を捉えなおし、遊びを支える手立てを工夫すること、③幼児が主体的に遊びを展
開できるような教師の援助及び環境構成に努める重要性が示されている。保育の専
門性を高める上でも、保育者が日々の記録を基に幼児理解や指導の充実を図ること
は不可欠である。このことは、保育者のみならず保育者を志す実習生(学生)にも
当てはまる。
今後の課題は、本授業 で培った指導案作成技術を、次年度の本実習に向けて、ど
う発展させ自らの資質として定着させるか、とりわけ実習日誌を生かした「幼児の
活動」や「教師の援助活動」等を 想起する思考力の養成法を研究することである。
1 年次の観察実習の実習日誌のあり方を再検討しながら、指導案作成技術の向上に
つながる教授法を考察したい。
42
【資料 1】
43
44
【資料 2】
45
46
【資料 3】学生①
47
48
学生②
49
50
【引用文献】
1 文部科学省『幼稚園教育要領解説』株式会社フレーベル館、2008 年
2 渡部容子「保育指導計画の意義と指導計画の立案指導」
『鳥取短期大学研究紀要』
第 53 号、鳥取短期大学、2006 年、31-36 頁。
3 ト田真一郎・植田明・平野真紀「保育者養成校における『子ども理解に基づく長
期指導計画作成』の取り組み」
『全国保育士養成協議会第 46 回大会研究発表論文
集』、全国保育士養成協議会、 2007 年、224-225 頁。
4 近藤浩二・湯浅恭正・長谷川順一「教育実習事前・事後指導のためのカリキュラ
ム開発」『香川大学教育実践研究』第 18 号、香川大学教育学部教育実践研究指導
センター、1992 年、102 頁。
5 斎藤葉子・大木みどり・高橋信子「実習の事前・事後指導に関する研究(2)模
擬保育・教材研究の実習における効果」
『羽陽学園短期大学紀要』第 6 巻第 4 号、
羽陽学園短期大学、 2002 年、321-333 頁。
6 調査用紙作成にあたっては、林富公子・堀井二実「立案指導についての一考察 2
-保育所実習に取り組んだ学生の立案に対する実態調査-」(『園田学園女子大学
論文集』第 45 号、園田学園女子大学、 2011 年)を参考とした。
7 「教育・保育課程論」は、幼稚園教諭二種免許ならびに保育士資格取得する上 で
の必修科目であり、本学では 1 年次後期開講科目として設定されている。本年度
の履修者の内訳は、男子 12 名、女子 117 名の計 129 名である。
【参考文献】
・文部科学省『幼稚園教育要領解説』株式会社フレーベル館、 2008 年
・文部科学省『幼稚園教育指導資料第 5 集 指導と評価に生かす記録』
株式会社チャイルド本社、 2013 年
51
難聴児の聴き取りと発話の可能性
原田英一
ヴェルボトナル研究所では、主に重度の 難聴児を対象に聴き取りと発話の指導に
取り組んでいます。 本稿では、難聴児の音声言語習得に関して、 しばしば保護者の
方々から受ける質問や疑問を整理し、その主なものを問答形式にまとめて みました。
特に、乳幼児期の話し言葉の指導において心がけるべき点について述べました。な
お、この問答集は、 以前、ヴェルボトナル研究所のホームページに一年間にわたり
12 回の連載形式で発表した「ワンポイントアドバイス」に若干の修正を加えたもの
です。
質問(1)
重度の難聴児も「話し言葉」を身に付けることはできるのでしょうか?
答え(1)
重度の難聴児の場合、幼児期に適切な聴き取りと発話の指導を受けず にいると、
いわゆる「聾」となってしまう可能性があります。
聴力損失が 100dBを超えるような子どもの場合、
「聾」になることを避けるため
には、0歳~6歳の言葉の学習にとって極めて重要な時期に、視覚(手指法)に頼
らずに、残存聴力を活用して、言葉を聴き取る練習、また明瞭度の高い発話能力を
身に付ける練習をすることが極めて重要となります。
言葉は「耳が聴くのではなく、脳が聴く」とよく言われます。発話に関しても、
「口が話すのではなく、脳が話す」と言えるでしょう。 手話などに頼り過ぎると、
脳の聴覚領域が視覚刺激に反応するようになってしま う、との医学的な指摘もあり
ます。脳の機能がそのようになってしまうと、いくら 補聴器や人工内耳を付けても、
いくら発音練習をしても、音声言語を身に付けることはほとんど不可能となります。
音声言語の習得には、脳がしなやかな時期に、聴覚の残存聴力域で音声を聴き、
声を出して話す練習をすることが欠かせません。読み書きにしても、音声言語が基
盤となります。音声 での記憶が困難であると、読んだり書いたりすること も難しく
なります。
重度の難聴という障害を負っていても、適切な聴き取り練習と発話練習を積むこ
とで、音声言語を身に付けること が可能であるということは 、難聴児を対象とした
52
言語教育の分野では よく知られています。また、 研究所のこれまでの指導例からも
実証されています。
ただ、指導法において科学的な工夫、適切な手順が必要です。皮膚を通して身体
で音声振動を感じ取る(触振動覚)などの 体性感覚を利用した指導が有効です。
質問(2)
昔 、「 聾 唖 」 と い う 表 現 を よ く 耳 に し ま し た が 、 難 聴 で あ る と 何 故 話 す こ と が 困
難になるのでしょうか?
答え(2)
「聾であれば唖である」と、一昔前までは、多くの人々がそのように聞かされ、
何の疑問も挟まずに納得していました。しかし、実際には、
「聾」と言われるほど重
度であるにもかかわらず、かなり上手に話 をする方たちのいらっしゃることが知ら
れていました。従って、
「聾であると唖 になる可能性がある」と、表現することのほ
うが適切であるのかもしれません。
実際、耳から音声が入ってこない状態が長く続くと、話し言葉を習得することが
困難となってきます。発声すら困難となるケ ースもあります。
健聴児は、耳から入る音声刺激で、脳の聴き取りに関わる神経細胞が 刺激を受け、
言語音に対して敏感に反応するようになります。生後半年ほどの間に、聴き取り領
域の神経細胞の成長が、弓状束などの神経を経由して、発話領域の神経細胞の成長
を促すとも言われています。
つまり、聴き取るための脳の神経細胞の成長が不十分であると、話すための脳の
神経細胞が適切な刺激を受けられず、その成長が不十分なまま停滞してしまう とい
うことです。発話のための神経細胞が活性化されずに、萎縮したままの状態となっ
てしまうということです。結果として、
「唖」の症状を呈することになってしまいま
す。
重度の難聴児の言語教育を考えると、まず乳幼児期に補聴器や人工内耳で脳の聴
き取りに関係する神経細胞を刺激することが重要となります。
耳は皮膚の変化したもの、とよく言われます。皮膚は、人間の進化の過程を考え
ると、耳でもあるのです。皮膚からの音声刺激(音声振動)を上手に利用すると、
脳レベルで聴き取りに関係する神経細胞をある程度刺激することが可能となります。
触振動覚を適切に利用すると、音声言語習得の道が開け るということです。
重 度 の 難 聴 であ る か らと い っ て 、 音声 言 語 の習 得 を 諦 め るべ き で は あ り ま せ ん 。
53
質問(3)
聴覚に重い障害があっても、日常会話などを聴き取り、理解することは可能なの
でしょうか?
答え(3)
可能です。ただ、一般的に、聴力損失が重度のケースでは、音声だけですべてを
理解することは難しいかもしれません。残存聴力域外の周波数音が連続するような
言葉が続いた場合、場面や状況から言葉を推測せざるを得ないかもしれません。多
少、読唇によって言葉を理解しなければならないかもしれません。しかし、訓練次
第で、重度の障害を負っていても、高い聴き取り理解能力を身に 付けることは可能
です。
それには一つ条件があります。それは、幼い時に、残存聴力域内の音声の周波数
変化を敏感に捉える力を身につけるということです。脳がしなやかな時期に訓練を
積むことで、単語、文節、文章を不明瞭ながらも、できる限り聴覚で捉えて、話の
内容を理解する力を養うことです。
まったく音声を感じられないというほど重い聴覚障害は少ないと 言われていま
す。多くの場合、低周波数域に聴力が残っています。その残存聴力域の音圧を少し
高めることによって、音声の低音域を 感知し、捉えることが可能となります。
ただ、そのような訓 練を受ける際に、言葉の習得に役立つのではないかとの思い
から、平行して手話や指文字などの視覚刺激を多く受け てしまうと、脳の聴覚野の
反応が鈍ってしまい、音声を脳で捉えることが難しくなるようです。その結果、脳
の発話領域での神経細胞の働きが鈍り、発話力が伸びないということに なってしま
いかねません。
一にも二にも、幼い時期に、音声の聴き取り練習を徹底的に行うことが求められ
ます。耳からだけでなく、体性感覚(触振動覚)経路で、音声振動を指先などで感
じ取る訓練も役に立ちます 。指先からの音声振動は脳の聴覚野に届きます。体性感
覚は聴き取り理解の大きな補助となります。
質問(4)
聴覚に重度の障害がありながらも言葉が聴き取れるようになるということは、耳
の障害が軽減、あるいは治るということですか?
答え(4)
耳が器質的に回復するということではありません。
重度の難聴児であっても、多くの場合、低周波数域では残存聴力が認められます。
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補聴器などで少し音圧を上げると音声の低い部分であれば聞こえるという方は多い
のです。しかし、耳から入る音声があまりに低く、こもったような音では、音声の
有無は感知できるものの、言葉の内容を捉えるということ になると、なかなか難し
いのです。
ただ、不明瞭な音声ではあっても、場面や状況から単語等を推測したり、音節数
やリズムなどから言葉を捉えたりして、内容を理解するということは不可能では な
いのです。それには、幼い頃からの練習が不可欠と言われています。幼い頃から、
低い周波数帯の音声から言葉の意味を探る練習を積むと、言葉の内容を捉える能力
の高められることが実証されています。
内耳の器質的な損傷は回復いたしません。従って、重度の耳が 言葉を聴き取ると
いうことは、すべての音素を捉えるということではなく、 聴こえる周波数域の音を
捉え、また話の内容を様々な非言語情報から捉え、理解するということにほかなり
ません。
なお、重い難聴の方によれば、 複雑な話を読唇のみで理解することは難しい との
ことです。少ない音声情報を最大限に利用して話の内容を理解することに努め 、練
習を積み重ねること が求められます。
質問(5)
「残存聴力を活用する」とは具体的にはどのようなことなのでしょうか?
答え(5)
多少音圧を上げると聞こえる周波数帯域を残存聴力域と言うことができますが、
その狭い限定的な残存聴力域で 聴き取る能力は、日頃の傾聴姿勢や訓練次第で向上
いたします。
重度の聴覚障害でも、多 くの場合、低い周波数 域に残存聴力が認められます。な
かには、低い周波数帯域に加えて 、やや高い周波数帯域にも残存聴力の認められる
ケースがあります。その場合、狭い低周波数帯域と狭い高周波数帯域を合わせると、
「音の融合」とでも表現できるような現象が生じ、聴き取りはかなり容易となりま
す。生来もっている聴力を十分に活用できるよう聴き取り能力を磨くことが「残存
聴力の活用」ということになります。
聴き取り能力を磨くにあたり、控えなければいけないことが一つあります。それ
は、先にも述べましたが、手話、指文字への依存です。手指法に頼り過ぎるような
場合、脳レベルで聴き取り能力が 伸びず停滞してしまう恐れがあります。人間は言
葉を、耳ではなく、 脳で聴き、理解します。脳の可塑性に関わることですが、幼児
55
期に話者の手や指の動きを「 見る、読む」ことが習慣となっていると、脳の聴覚に
関わる細胞が退縮するとも言われています。
残 存 聴 力 の 活 用 に は 、「 裸 耳 で の 聴 き 取 り 訓 練 」 が な に よ り も 大 切 と 言 え る か も
しれません。可能な限り聴き取り感覚を磨き上げるよう、日頃から心 がけることが
大切です。補聴器をはずした耳に 指導員や両親が手のひらを添えて、子どもに 単語
や短い文章を聴き取らせるなどの練習も効果的です。
聴き取り訓練を重ねても、器質的に耳が治るわけではありません。しかし、訓練
を続けていると、不十分な音声情報ながら言葉を理解する能力が身についてきます。
残存聴力の活用では、子ども自身が、幼児期に 、限られた周波数帯域で独自の聴き
取りシステムを脳に構築することが重要です。
質問(6)
聴き取りや発音の練習は0~3歳ほどの乳幼児でも可能なのでしょうか?
答え(6)
乳幼児でも聴き取り練習は可能です。 その幼い時期の聴き取り練習こそが、先々
の発語や発話の基盤となります。
「補聴器を付けてからでなければ練習はできない」、「ちゃんと椅子に座れるよう
でないと練習にならない」、「落ち着いた傾聴姿勢が身についてからでなければ練習
に入れない」といったことがよく言われます。しかし、傾聴姿勢等の条件が充たさ
れてから始めるというのでは、手遅れというほどではないにしても、 音声言語教育
の開始時期として理想的とは 言えません。
乳幼児の聴き取り練習は 誕生後直ちに開始されなければなりません。実際、両親
は聴き取り練習のつもりではないにしても、 赤ちゃんを抱いて話しかけます。 赤ち
ゃんは、両親の腕に抱かれ 、話しかけられた時から聴き取り練習を開始しています。
赤ちゃんは、話しかけられる言葉をママやパパの腕の中で 、身体を通じて感じ取っ
ています。赤ちゃんの身体の皮膚が耳の役目をしているからです。
身体は低い音域の音声(およそ 1,000Hz 以下)を感じることができます。音声の
低周波数域には言葉のリズムを伝えるエネルギーが含まれています。言葉のリズム
の学習は言語を習得する上で欠かせません。 そのリズムの上に言葉が乗り、発せら
れるからです。そのような重要なリズムを、赤ちゃんは、身体で感じ取ることがで
きるのです。
聴き取り練習は、ごく自然な育児のなかで開始されます。赤ちゃんを抱いて、健
聴児に対する以上に話しかけることが、聴き取り練習の第一歩 、発語や発話の練習
の第一歩となります。
56
質問(7)
補聴器の調整と効果について伺います。聴力損失の厳しい高音域での「利得調整」
で、会話音域での子どもの反応を求めて、大きく増幅されることがよくありますが、
言葉の「聴き取り理解」にあまり役立っているようには感じられません。なにか 補
聴効果の高まる改善策のようなものはないでしょうか?
答え(7)
感音性の難聴の場合、一般的に、高音域で聴力が低下しています。そのような場
合、高音域を増幅すれば良い結果が得られるかというと、必ずしもそうではないよ
うです。
高音域を過度に増幅すると、音声の「有無」は補聴器を介して分かるものの、言
葉の内容となると、了解度が下がってしまうことがあるようです。時には、
「聴き取
り理解」が困難であるばかりか、耳に痛みを感じることもあるようです。そのよう
な場合、発音にも影響が及び、
「硬起声」とでも呼べるような、搾り出すような、不
自然な、硬い声になった りもします。高音域での会話音域内の反応を求める 過度の
音圧調整は、必ずしも言葉の聴き取り理解にプラスになるとは限りません。
もし、聴き取り理解に極度の困難を覚えるようであれば、高音域の調整をやや控
えめにするなどの処置をとったほうが、かえって補聴効果が増すようです。補聴器
の性能は技術的には進歩してきていますが、そもそも補聴器は検査音(純音)を聴
くためのものではなく、複合音である言葉を理解するための補助具であることを忘
れてはいけません。
環境音の処理の問題はありますが、低音域( 1,000Hz 以下)を優先して、リズ ム
などを頼りに、言葉の意味内容を捉えることを目指すほうが、補聴器を効果的に活
用することにつなが ります。
質問(8)
重度の難聴児の場合、声が重く硬いことが多いように思われますが、自然な、明
るい、軟らかい声を身に付けるための 練習方法があれば、教えてください。
答え(8)
難聴の程度が重度である場合にみられる 重い、硬い声は、声帯や口腔内の発音器
官の不適切な筋緊張が原因と考えられます。幼い時に誤った発声の仕方を身に付け
てしまうと、大きくなってから矯正するのは極めて難しいようです。
笑い声などは自然であっ ても、言葉を発音しようとすると発声が不自然になって
しまうケースもよく見かけます。器質的に明るい軟らかい声が出ないのではないの
57
です。誤った筋緊張度(発音器官の筋肉の緊張や弛緩の度合い) の発声法が習慣づ
いてしまい、不自然な発声法から抜け出せなくなっているのです。
発音器官は身体の筋緊張と連動しています。そのため、発音器官とともに 、身体
の筋肉を適度に弛緩させて発声する技術 を身に付ける必要があります。緊張度に関
しては、健聴者の発声時と同じ緊張度を目指すことが求められます。
筋緊張の調整には、自らの声を自らの身体で感じることが求められます。手のひ
らなどに指導員の声や自らの声をぶつけるように当てながら声を出し、手のひらで
微妙な違いを感じ取り、調節する 練習を重ねると、不自然な硬起声は少しずつ消え
ていきます。
喉の声帯あたりに手のひらを当て声を感じ取るのも一つの方法ですが、子どもに
よっては、意識過剰になって、かえって声が硬くなることもあるので気をつけなけ
ればなりません。音声振動を、 音声増幅器などの機器に接続した振動子を介して、
指先など皮膚感覚の敏感な部位で感じ取りながら練習する方法もあります。
質問(9)
語彙を増やすための、また正しい言葉使いを身に付けるための学習がなかなか進
みません。なにか効果的な対策はありますか?
答え(9)
重 度 の 難 聴 児が 単 語 を覚 え 、 語 彙 を広 げ る こと に は 多 少 の困 難 が と も な い ま す 。
言葉は耳から聴いて覚えるものです。言語力の基は聴く力にあります。その聴く
力が十分でないと、視覚的な学習 に頼ることになります。しかし、視覚的な教育だ
けでは言語力は十分に身に付きません。そのことを 難聴児の言語教育に携わる多く
の教員たちは痛感しています。
言 語 の 学 習 に は 、「 言 葉 を 使 っ て 、 言 葉 の 用 法 を 身 に 付 け る 」 と い う 、 手 段 と 目
的が重なり合っているという特殊な事情があります。健聴児であれば、聞こえた言
葉を模倣して、活用することはさほど難しくありません。健聴児は耳を使って 言葉
を聴き、その言葉を頭の中で幾度も声に出し て覚えます。脳内で音声を幾度も想起、
再生し、その脳内音声を脳で聴いて学習しているのです。
重度の難聴児の場合も、不明瞭であるにしても 発声が可能であるならば、脳内で
繰り返し言葉を声に出し、単語や言い回しを覚え、記憶することは可能です。
難聴児が脳内の自声をどのように聴いているかは十分に研究されていませんが、
言語力を高めるには、言葉を脳内で音にする、その音を繰り返し想起する、さらに
その音を脳で聴くという 高度な技術が求められます。
58
言語能力を高める効果的な指導法の要点は、
「 発音が不明瞭であっても声に出して
学習すること」と思われます。
質問(10)
「読み・書き」の学習は何歳くらいから始めるのがよいのでしょうか?
答え(10)
文字に対する興味が芽生える年齢は子どもによって異なります。3歳くらいから
関心を示す子どももいれば、就学年齢に近づいても「ひらがな」を覚えようとしな
い子どももいます。
( 概して男の子は文字を覚え始める のが遅いように思われます。)
文字に関心を示さない健聴な幼児に対してであっても、周囲の者が、焦って、半
ば強制的に「ひらがな」などを覚えさせるようなこと をすると、将来的に学習意欲
などに問題を引き起こしかねません 。就学以前の時期では、
「読み・書き」の学習は、
自然に子どもが興味をもつまで待つ姿勢で臨んだほうがよいように思われます。
「急がば回れ」という言葉も あります。難聴児にしても発声、発語、そして発話
において、改善や進歩がある程度見られた後に文字による言語学習を開始するほう
が、子どもにとって負担が少な く、学習面の問題を引き起こさないように 思われま
す。
経験的に言えることですが、音声の伴わない文字学習ほど進歩の遅いものはあり
ません。もちろん、 反対に、発音面での完璧を目指すことに捕らわれ過ぎて、 子ど
もが文字に興味を示しているにもかかわらず、
「読み・書き」を禁じるというような
ことは適切ではないように思われます 。多くの場合、発音が多少不明瞭でも、文字
を音声に変換することができるようであれば、
「読み・書き」の勉強は、発音の改善
も含め、難聴児の言語発達を大いに促します。
質問(11)
難聴の乳幼児には、最初、どのような言葉で話しかけたらよいでしょうか?
答え(11)
健聴であっても、2歳未満であると、まだ話しかけられている言葉を すべて理解
することは難しいようです。しかし、誕生と同時に、聴き取り理解の練習を開始し
ていることは確かです。
健聴児は、まず、話しかけられた簡単な単語や言い回しを覚え、やがてそれらを
つなぎ合わせて二語文、三語文と自分で言 葉を操作し始めます。重要なことは、話
しかけられなければ、話す力は 育たないということです。
59
難聴の乳幼児も同様です。考えようによっては、健聴児以上に話しかけてあげな
ければなりません。配慮すべきことは、言葉の聴き取り学習が 十分にできるような
環境に乳幼児を置くことです。難聴であるからこそ、言葉を知らない時期であるか
らこそ、周囲の者が、努めて言葉をかけてあげなければなりません。
その際、年齢に相応しい単語や文章で話しかけてあげなければなりませんが、具
体的にどのような単語や文章が相応しいのかを考えると、なかなか難しいです。基
本的な心がけとしては、ごく普通に、健聴児に話しかけるようなつもりで 、言葉を
選び、話しかけることです。また、ゆっくり、一音一音区切って話す といった不自
然な話しかけ方等も 避けるべきです。ややゆっくり、文節ごとに区切って話しかけ
るとよいでしょう。 基本は、とにかく普通に、自然に話しかけること です。
そして、なによりも、日常の生活の中で、場面や状況に応じて、言葉がけをする
ことが重要です。日々の行動や活動のなかで言葉の意味内容を伝えること が大切で
す。家庭での親子一体の生活が不可欠です。
質問(12)
重度の難聴児に「正しい文法」を教えるにはどのようにしたらいいのでしょう
か?「話し言葉」と「書き言葉」の違い等の点もあり、指導に困る場合があります。
答え(12)
確 か に 、 日 本 語 で は 、「 話 し 言 葉 」 と 「 書 き 言 葉 」 が 大 き く 異 な り ま す 。 ま た 、
動詞の語尾変化、助詞の選択などについても、どのように説明し教えたらよいのか 、
しばしば困惑致します。
指導手順としては、基本的には、健聴児が生活の中で習得するのと同じ順序が良
いでしょう。まず、
「 感情の伴った話し言葉」から教えることです。それも対話形式
の、日常生活に根付いた内容が良いでしょう。リズムやイントネーションに富んだ、
自然な言い回しを教えることです。
動詞の語尾変化も会話の中で慣れさせるほうが良いと思われます。語尾変化表な
どを機械的に暗記させるような方 法は勧められません。
助詞の選択なども、説明抜きに教えることのほうが良いでしょう。健聴児がいわ
ゆる文法を習得する のは、子どもたちの脳が文章の仕組みを独自の方法で解明して
いるからと思われます。動詞や助詞や接続詞などの使用法は、子どもが、自分なり
に「文法」を解明しなければ身につきません。
難聴児も同じです。幾度も聴いて繰り返しているうちに、基本的な文章を 暗記し
ます。その際、助詞の付加されたかたちで暗記できるよう導くことが大切です。そ
60
の暗記した文章が助詞の使用法の 「辞書」となり、「書き言葉」につながります。
人間は、文章を場面や状況と照らし合わせて、分析することによって、 話し言葉
の仕組みを習得いたします。これには極めて高度な知的作業が要求されますが、 人
間の脳には、たとえ難聴であっても、この作業を十分にこなす能力が備わっていま
す。
以上
61
未就学児のインターネットメディア利用に
保護者はどのようにかかわったらよいのか?
子どものメディア接触に対する保護者の指導方法に関する研究の現状と今後の課題
松尾由美
1.はじめに
従来から懸念されてきたテレビ視聴だけではなく、インターネット接続が可能な
メディアの急激な普及により、これらが子どもたちにどのような影響を及ぼすのか、
子どもたちがこれら新しいメディアとどのように付き合ったらよいのかについて、
関心が高まっている。ネットいじめなどのネット上での友人関係のトラブルや、暴
力・性的な内容など不適切なコンテンツに接触する問題、長時間使用に伴う依存の
問題など、子どもたちがイ ンターネットを利用する際には、様々な問題に直面する
可能性がある。そのため、 このような問題の発生を防いだり、解決する力を育てる
ために、小学生からの情報モラル教育が求められている。
一方で、スマート フォ ンやタブレット PC、 携帯ゲーム機器な どの モバイル機器
の急速な普及によって、インターネットに接続できる機器は、年齢が高い子どもた
ち だ け で は な く 、 就 学 前 の 子 ど も た ち に と っ て も 身 近 な も の と な っ て い る 。 2013
年に実施された未就学児を対象とした調査では、 1~6 歳の子どものおよそ 2 割が週
に 1~2 回以上、スマートフォンを利用していることが示されている (ベネッセ教育
総 合 研 究 所 , 2013)。 一 方 で 、 同 調 査 で は 、 子 ど も が ス マ ー ト フ ォ ン を 見 た り 使 っ
たりするときに、利用時間の長さを決めたり、内容を確認していると いったルール
を設定している家庭は半数以下であるという。 また、2 歳後半の子どもの 19%がス
マートフォンを使用していること、携帯ゲーム機を利用する子どもの割合は 3 歳前
半の 21%から年齢が高くなるにつれ増加し、6 歳では 42%の子どもが利用する こと
を示すも調査ある(中野, 2013)。情報モラル教育を実施している幼稚園・保育園がほ
とんどない現状では、子どもの インターネットメディアとの付き合い方につい て、
家庭での教育が重要になってくる。それでは、家庭で未就学児はインターネット メ
ディアとどのように接触すればいいの だろうか、また、保護者はこの問題に対して
何ができるのだろうか。本論文では、新しいインターネットメディアだけではなく
従来からあるテレビも含め、就学前の子どもた ちのメディア利用に保護者がどのよ
うに関わったらよいのか、研究知見を紹介しつつ今後の課題について論じる。
62
2.子どものメディア利用への 3 種類の保護者の関わり方
先行研究によると、子どものメディア利用に保護者がどのように関わるのかにつ
い て 、 大 きく 分 け て 、① 積 極 的 指導 (active mediation)、 ② 制限 的 指導 (restrictive
mediation)、③共視聴(co-viewing)の 3 種類の関わり方が存在する( Olafsson
et al.,
2013; Valkenburg et al., 1999)。
積極的指導とは、保護者が子どもと メ ディア の 内容 に つい て話 し 合っ た り、解 釈を
教 え たり 、メ ディ アの 内容 を 批評 し たり する よ うな か かわ り であ る 。具 体的 に は 、テ レ
ビ で 描 か れ て い る 内 容 は フ ィ ク シ ョ ン で あ り 現 実 に は 起 こ り え な い こ と を 説 明 し た り、
インターネット利用中に個人情報の入力を求められた時にどうしたらいいのか話し合
っ た りす る 行動 が含 ま れる 。こ の よう なか か わ りは 、子 ど もに メデ ィ アにど の よう に 接
し た らい い のか を考 え させ る ので 、保護 者が い なく て も同 じ よう な経 験 をし た 時の 対処
方 法 や 、メ デ ィア を批 評的 に 見る 力 を身 につ け るこ と がで き ると 考え ら れる 。特 に 、保
護 者 の目 の 届か ない 場 面で 子 ども が 利用 しや す いモ バ イル 機 器に つい て 、こ の 指導 方法
が 有 効で あ ると 期待 さ れる 。
制限的指導とは、保護者が子どものメディア利用時間、場所、内容についてルー
ルを設定し、それを子どもに守らせるように指導することや、子どもが接するメデ
ィアの内容やメディアの種類を制限するようなかかわりである。例えば、 食事中は
テレビを見ない、暴力的なテレビ番組を子どもに見せない、子どもに携帯電話を使
わせないといったかかわりである。
共視聴とは、保護者が、子どもがメディアを利用している時にそばにいて一緒に
メディアを視聴することである。具体的には、子どもと一緒にテレビ番組を見たり、
子どもと一緒にテレビゲームをしたりするようなかかわりが挙げられる。
このように子どもがメディアと接する際の保護者の かかわり方には様々なタイプ
があるが、どのかか わり方が多く行われているのかについては、文化 によって異な
る と考 えら れて いる 。例 えば 、オ ラン ダで 行わ れた 調査 では 、 5~12 歳の 子ど もの
テ レ ビ 視 聴 に 対 す る 保 護 者 の か か わ り の 中 で 共 視 聴 が 多 い (Valkenburg et al.,
1999)。 一 方 で 、 韓 国 で は 、 子 ど も の イ ン タ ー ネ ッ ト 利 用 に 関 し て 制 限 的 指 導 が 最
も好まれ行われているという (Lee & Chae, 2012)。日本における未就学児の保護者
を対象にし、テレビ視聴に対する 制限的指導と共視聴の実施の程度を尋ね た調査で
は、子どもが 0~1 歳の時には制限的指導をするよりも共視聴をしている母親の割合
の方が多く、2~5 歳では共視聴よりも制限的指導をしている母親の割合の方が多か
った(NHK 放送文化研究所, 2010)。おそらく、文化による子どもに対する養育方法
の違いが、メディア利用に関するかかわり方にも反映しているのだろう。
63
3.子どものメディア利用に対する保護者のかかわり方の効果
上述の通り、各家庭で行われる子どものメディア利用に 対する保護者のかかわり
は、文化や個人の経験などを背景とする養育に対する価値観や態度を反映したもの
である。しかし、保護者の多くは、メディアとの子どもの接触について、 特に新し
いメディアであるほど、自信を持ってしつけや教育をしているというよりは、むし
ろ、手探りで行っているのではないだろうか 。
そこで、子どもが受けるメディア接触の悪影響を弱め たり、教育的効果を高めた
りする保護者の指導方法に関する研究が行われ、子どものメディア接触に対して保
護者はどのように指導したらよいのか という問いに答えようとしている。研究の主
な対象は、長い歴史を持つメディアであるテレビであり、 インターネットメディア
を対象にした研究知見は蓄積され始めたばかりである。 さらに、数少ないインター
ネットメディアを対象にした研究では 10 代以降の子どもを対象にしたものが ほと
んどである。このような研究状況 の中で、未就学児のインターネットメディア接触
に対して保護者がどのように関わったら良いのかという疑問に対して 、直接的な答
えを提供することは難しい。しかし、これまでの就学前の 子どもたちのテレビ接触
に対する保護者の指導の効果や、年齢が高い子どもたちのインターネットメディア
接触に対する保護者の指導の効果を検討する研究を紹介しながら 、インターネット
メディアの未就学児の接触に対して有効な保護者のかか わり方について推察する。
3.1
子どものテレビ接触に対する保護者の指導の効果
子どもがテレビに接触することで起こりうる悪影響として、暴力映像の視聴によ
って攻撃性が高まることや、 商品広告によって物品や金銭の所有を優先する物質主
義的価値観が高まることなどが懸念されている。また、一方で、 テレビ視聴によっ
て社会性が高まるなどの肯定的な教育効果も存在する。このようなテレ ビからの悪
影響を和らげたり、肯定的な影響を強めたりする保護者のかか わりはどのようなも
のであるか、以下、研究知見を紹介する。
3.1.1
テレビ視聴による悪影響を和らげる保護者 のかかわり
渋谷ら(2010)は、小学校 5 年生とその保護者を対象にした 1 年の間隔を空けたパ
ネル研究(同じ対象者に間隔を空けて 2 回以上の調査を実施する手法 )を実施し、保
護者の指導方法が攻撃性に及ぼす長期的な影響を検討した。その結果、男児に対し
てテレビの視聴時間を制限すること (例:宿題、勉強などが終わってからでないとテ
レビを見てはいけないと決め る、夜テレビを見てもいい時間帯を決め る等)は、攻撃
性を低めること、一方で、暴力映像の共 視聴?(例:子どもと一緒にヒーローものの
64
アニメ番組を見る、子どもと一緒にプロレスなどの格闘技番組を見る等 )は攻撃性を
高めることが示された。女児では、テレビの視聴内容を制限すること (例:暴力シー
ンがあるアニメ番組は見せないようにする、プロレスなどの格闘技番組は見せない
よ う にす る )は 攻 撃性 を低 め 、積 極的 指 導 (例 :テ レ ビ番 組の ア ニメ やド ラ マで の出
来事は現実とは違うことを子どもに話す、テレビ番組の暴力行為の真似をしないよ
うにと子どもに話す等 )は攻撃性を高めることが示された。この研究から、保護者の
指導として有効であると考えられてきた積極的指導と共視 聴はかえってメディアの
悪影響を強めてしまう 可能性が示唆された。 渋谷ら(2010)は、共視聴での効果が見
られなかった理由として、 保護者が暴力的シーンを一緒に見ることは、子どもに暴
力シーンを承認するメッセージを意図せず送ってしまった可能性を指摘している。
また、積極的指導の効果が見られなかった理由として、内容を把握 しないままに具
体性に欠けた指導を行った可能性を挙げている。
積極的指導と共視聴は必ずしも有効であるといえない調査結果が 他の研究でも
示されている。例えば、Nathanson & Yang(2003)は、5~12 歳児を対象に暴力的番
組の視聴時における 2 種類の積極的指導が、子どもの暴力的番組に対する評価にど
のような影響を及ぼすのか実験を行って検討した。2 種類の積極的指導とは、番組
に登場する人物は俳優で事実ではないことや、現実社会での問題解決方法は異なる
ことを子どもに指導する時に、 番組視聴中に直接子どもに話して伝える教授的形式
と、番組視聴中に子どもにそのように考えるかどうかを尋ねる質問形式 である。そ
の結果、5~8 歳の子どもに質問形式では効果は見られず、教授的形式の場合に暴力
番 組に 対し て批 判的 な考 を抱 くよ うに なっ た。 対照 的に 、 9~12 歳の 子ど もで は 、
教授的形式では指導効果は低く、質問形式の方が暴力的な番組を批判的に評価し、
指導効果が見られた。このような年齢による指導方法の効果の違いがみられた理由
として、年少の子どもでは 、テレビ番組視聴と簡単には答えが出ない 質問に答えを
出そうと考えることの両方を同時に行う質問形式では、負荷が大きく難しい ため、
暴力的な映像に対して批判的に考えられるようになるまでに至らなかったこと 、年
長の子どもでは一方的な教授的な形式では反発を招き、指導内容と反対の方向に態
度 を 変 え て し ま っ た こ と が 指 摘 さ れ て い る 。 こ の 研 究 結 果 か ら 、 Nathanson &
Yang(2003)は、保護者は子どもの年齢によって、適切な指導方法を変える必要があ
ると主張している。
Nathanson & Yang(2003)と同様に、年少の子どもたちに対する積極的指導や共
視聴が、必ずしもメディアの悪影響を和らげず、か えって悪影響を強めることを示
唆する研究が存在する。一例として、Paavonen et al.(2009)が 5~6 歳児に実施した調
査が挙げられる。彼らは 当初保護者のかかわりが多いほど、恐怖映像からの悪影響
65
は緩和されると想定したが 、日頃の共視聴、積極的指導の頻度の高さと、テレビ番
組によって引き起こされる恐怖を感じる頻度との間に 正の相関関係が見られるとい
う、仮説とは反対の結果が示され た。この研究は相関関係を検討しているので、こ
の知見だけでは親のかかわりが原因となって、テレビ視聴による恐怖喚起を増加さ
せるという因果関係を特定できない。すなわち、想定していた反対の因果関係 (子ど
もがテレビ番組視聴によって恐怖を感じやすい ので、保護者が共視聴や積極的指導
行動を増やす)が存在する可能性は否定できない。しかし、年少の子どもたち は、抽
象的推論の能力が発達していないために、恐ろしい映像によって引き起こされた恐
怖を減らす効果を持つ保護者の視聴に関する指導を利用することができず、 保護者
の積極的指導の効果が見られなかった可能性が示唆されている。
また、Nathanson & Yang(2003)の研究と同様に、年長の子どもたちには他の指
導 法 に 比 べ 制 限 的 指 導 が 有 効 で は な い 可 能 性 を 示 唆 す る 研 究 も 存 在 す る 。 Buijzen
& Valkenburg (2005)が実施した 8~12 歳を対象に広告視聴と物質主義的価値観や
購入要求行動との関連を検討した 調査では、積極的介入の頻度が高い方が低い場合
よりも広告の影響を受けにくいこと、一方で制限的指導では頻度が高い方が低い場
合よりも広告の影響を受けやすいことが示されている。
3.1.2
テレビ視聴による肯定的な影響を強める保護者のかかわり
菅原(2006)は 0~2 歳までの縦断調査の結果から、両親ともに 0 歳時点で、視聴中
にテレビの内容について子どもと話すというかかわりが、 1 歳時点での子どもの表
出語彙数を増やす効果があること、さらに母親では 1 歳児でのテレビの内容に関す
る子どもとの会話が 2 歳時点での子どもの語彙獲得 数を高めるという効果を示した。
さらに、菅原ら(2012)は、8 歳児を対象にした調査結果から、子ども向け教育番
組や国民的アニメ番組の視聴が、母親の子どもへの視聴中のかかわりを高め、社会
性を高めることを示した。
一方で、保護者との会話の効果が見られない研究もある。 5~7 歳の白人の子ども
たちに人種問題に関わる映像を視聴させ た実験では、映像視聴後に保護者と人種問
題に関する会話をした子どもたちよりも、映像を視聴しただけ、あるいは保護者と
人種問題に関する会話をしただけの子どもたちの方が、アフリカ系の人たちに対す
る好意的な態度を持っていた(Vittrup & Holden, 2011)。
3.2
子どものインターネットメディア接触に対する保護者の指導の効果
3.1 で紹介した研究 知見を概観すると、メディアの影響力を子どもの年齢によっ
て有効な保護者の指導方法は異なることが 示唆される。すなわち 、年少の子どもで
66
は、認知的処理能力の発達が未成熟であることと関連し、子ども自身に問いを与え
て考えさせるような 複雑な思考過程を必要とする積極的指導 よりも、単純に保護者
が設定したメディアの接触のルールを伝え、守らせる 制限的指導や積極的指導でも
子どもに考えさせるのではなく保護者がメディアとの接触の仕方を直接伝える 方が
有効である可能性が 考えられる。反対に、年長の子どもでは、一方的に保護者がテ
レビ視聴の方法を決める制限的指導では反発を招くので、子どもと一緒にテレビに
関する問題について話し合ったり、子ども自身に答えを出させたりするような積極
的指導の有効性が期待される。
それでは、インターネットメディアの場合では同様の可能性が考えられるだろう
か。インターネットメディアが、大きくテレビと異なる点として、子どもたちが受
動的に情報を受け取るだけではなく積極的に自分の情報を発信することができるこ
と、それと関連し実在の人間を相手にてコミュニケーションをとる相互作用性を持
つこと、また、スマートフォンなどの モバイル機器での利用が多く保護者の目が届
きにくいことが考えられる。
テレビと比べると、子どものインターネットメディア接触に保護者のかかわりが
教育的効果を持つのかを検討した研究はまだ数少ないが、以下、先行研究を紹介す
る。
3.2.1
インターネットメディア接触による悪影響を和らげる保護者のかかわり
先述したように、インターネットメディア利用では、インターネット上の情報 に
接触することによる影響 (例えば、テレビ同様に暴力的内容や性的内容との接触によ
る悪影響)だけではなく、子どもが情報を発信することによって起こる悪影響も起こ
る。一度、インターネット上に発信した内容を完全に削除することは難しく、ほぼ
永久にインターネット上に残ってしまう。また、相手を攻撃したり誹謗中傷するよ
うな内容は、いじめなどの深刻な対人関係のトラブルを生みだす。
しかし、比較的研究が行われているのは、商業サイトにおける個人情報提供を 対
象としたものである。例えば、Lwin et al.(2008)が行った調査では、10~12 歳を対
象に、保護者の指導方法 とインターネット利用中を想定した場面を提供し、商業サ
イトのメンバー登録に個人情報の入力を求められた 場合にどのような行動をとるの
かを尋ねた(研究 1)。彼らは、積極的指導と制限的指導の高低の組み合わせで、保護
者の指導方法を以下の4種類に分類した ;①選択的指導(Selective mediation):積
極的指導も、制限的指導も高 い、②促進的指導(Promotive mediation):積極的指導
は高いが制限的指導 は 低い、③制限的指導 (Restrictive mediation):積極的指導は
低く、制限的指導が高い、④自由放任主義 (Laissez Faire):積極的指導も、制限的
67
指導も低い。4 種類のうち、保護者が設定した制限的指導に従うだけでなく、保護
者が想定していないような場面に、子どもが 1 人で遭遇した場合にもその対処方法
について日ごろから考えるなど、悪影響を弱める可能性のある積極的指導受けてい
る選択的指導を保護者から受けている子どもが最も個人情報を開示せず、自由放任
主義的な指導をする保護者の子どもが最も個人情報を開示しやすいだろうという仮
説がたてられた。また、促進的指導と制限的指導は、両者の中間に位置するが、促
進的指導の方が、日頃から自分で考える機会が提供されているので インターネット
上のマーケティング担当者の意図をより理解し、より適切に対応できるだろうから 、
情報開示量が少ないだろうと予測され た。その結果、仮説と一致し、子どもの個人
情報量は少ない順に、選択的指導<促進的指導<制限的指導<自由放任主義であっ
た。さらに、Lwin et al.(2008)は研究 2 において、研究 1 よりも年長の子どもたち
(13~14 歳と 15~17 歳)を対象に同様の調査を行い、年齢の違いによる保護者の指導
方法の効果について検討した。 この研究では、保護者の指導方法を、積極的指導、
制限的指導、自由放任主義の 3 種類に分類した。その結果、10 代前半の子どもたち
(13~14 歳)では、自由放任主義の保護者を持つ子どもよりも、積極的指導 や制限的
指導を受けた子どもの方が、インターネット上での個人情報の開示量が少なかった
が、とりわけ、積極的指導の方が有効であった。一方で年長の 10 代後半の子ども
たち(15~17 歳)では、自由放任主義の保護者を持つ子どもよりも積極的指導を受け
た子どもたちは個人情報の開示量が少ないが、制限的指導を受けた子どもたちはか
えって個人情報の開示が多いという結果が示された。これら 2 つの研究から、テレ
ビと同様に、インターネットメディアでも、 年齢が小さいうちは制限的指導も有効
であるが、年長になるにつれて制限的指導では子どもたちの 反発を招きかえって逆
効果であり、積極的指導の方が有効であ る可能性が考えられる。
同様に、10 代前半の子どもたちには制限的指導が有効であることを示す研究知見
も存在する。例えば、韓国の 10~15 歳の子どもと保護者を対象に調査を行った Lee
& Chae(2012)は、保護者が回答した制限的指導の頻度と インターネット上で危険に
つ な がる 出来 事 (性的 ・暴 力 表現 の目 撃 、個 人情 報 の開 示な ど )の経 験と の 間に 正の
相関関係があることを示した。 一方で、年少の子どもたちに対する保護者の指導は
インターネット上での 情報開示とは関連がな いことを示す研究も存 在する(Shin et
al., 2012)。彼らは、韓国の 9~12 歳の子どもと保護者を対象に調査を行い、保護者
が回答した制限的指導を実行した頻度よりも子どもが回答した保護者から制限的指
導を受ける頻度の方が低く回答されるという乖離が見られ、この不一致が大きけれ
ば大きいほど、子どもが商業サイトに開示する個人情報量が多いことも示している。
また、10 代前半の子どもだけでなく、幅広い年齢の子どもたちを対象にした調査
68
に お い て も 制 限 的 指 導 が 有 効 で あ る こ と を 示 す 調 査 も 存 在 す る (Livingstone &
Helsper, 2008)。彼らは、イギリスの 12~17 歳の子どもと保護者を対象に調査を行
った。その結果、他者とコミュニケーションがとれる相互作用性のあるアプリケー
シ ョ ン (メ ール や チャ ット ル ーム 、イ ン スタ ント メ ッセ ージ の 使用 等 )の 使 用を 禁止
することと、インターネット上で危険につながる出来事 (例:個人情報の開示、イン
ターネットで知り合った人と会う、暴力表現のあるサイトやポルノサイトを閲覧す
る )に 遭 遇 し た こ と の あ る 経 験 と の 間 に 関 連 が あ る こ と が 示 さ れ た 。 彼 ら は 共 視 聴
(子 ど もが イン タ ーネ ット を 利用 して い る時 はそ ば にい たり 、 画面 を見 た りす る )や
積極的指導(子どもとインターネット利用について話し合う、子どものインターネッ
ト 利 用 を 手 助 け す る な ど )と 危 険 性 の あ る 経 験 と の 間 に 関 連 が な い こ と も 示 し て い
る。しかし、この 12~19 歳のサンプル( N =879)の約 7 割を 12~15 歳( N =605)が占
めているため、年長の子どもたちでも制限的指導が有効であると明確に言う事は難
しいかもしれない。
4.研究状況のまとめと今後の課題
これまでの研究状況を概観すると、テレビでもインターネットメディアでも、年
少の子どもでは、未成熟な認知発達に合わせ、保護者がメディア接触のルールを設
定する制限的指導の方が効果的である が、年長になるにつれて保護者が一方的に指
導するのでは反発を招くので、子どもとメディア利用について話し合ったり、子ど
もに考えさせたりする積極的指導の方が有効であると考えられる 。これらの研究か
ら、就学前の子どもたちのインターネットメディア接触に対して、保護者が接触時
間や内容のルールを設定する制限的指導の方が有効であると考えられる。
しかし、本稿で紹介した研究は数が少なく、因果関係が特定できない相関研究も
多いことから、上記の結論が頑健であるとは言い難い。 また、年齢区分が研究によ
って様々であり、一律にこの年齢でこのような指導方法をすべきであるという事を
言えない。それでも、先行研究でも指摘されているように、子どもの年齢や発達に
合わせて、子どもへの指導方法を変えていく必要があるということは明確に言える
であろう。子どもたちのインターネット利用について考える研究会 では、小・中学
生の子どもを持つ保護者に対して、インターネットに対する理解やスキルに合わ せ
て 4 つの段階(①体験期、②初歩的利用 期、③利用開始期、④習熟期 )に合わせた段
階 的 利 用 を 提 案 し て い る (URL:http://www.child-safenet.jp/material/ guide01_
model.html)。 今 後 の 研究 で は 子 ど も の 認 知 発 達 研 究 の 知 見 と 合 わ せ て 、 年 齢 や 発
達段階別に有効な保護者の指導方法を実証的に検討する必要があるだろう。
さらに、これまでの研究の多くは保護者の指導方法について、内容のいかんにか
69
かわらず話した頻度を尋ねているものが多い。 制限的指導においては、時間や内容
を制限している頻度を尋ねているが、どのような制限を設けることが有効であるの
かについての研究は行われていない。テレビゲームにおいては、 特定非営利活動法
人 コ ン ピ ュ ー タ エ ン タ ー テ イ ン メ ン ト レ ー テ ィ ン グ 機 構 (CERO)に よる 年 齢 別 の レ
ーティングが普及しており、年齢区分マークがゲームのパッケージに表示されてい
る(URL:http://www.cero.gr.jp/rating.html)。また、海外での取り組みではあるが、
アメリカの非営利組織 Common Sence Media は、スマートフォンのアプリ やウェ
ブページ等、様々なメディアの利用に適切な年齢に関する情報がホームページで保
護 者 に 提 供 さ れ て い る 。 (URL:http://www.commonsensemedia.org/)。 我 が 国 に お
いても、子どもの発達に悪影響を及ぼす接触方法を示す 研究を進め、研究知見に基
づいた、年齢によって適切なインターネットメディアの内容を明らかにする年齢レ
ーティングや、子どもの発達に適度な接触時間に関する情報を、保護者に提供する
ことが必要であるだろ う。また、積極的指導 においても、渋谷(2010)でも指摘され
ていたように、おそらくメディアについて子どもと話したかどうかだけではなく、
子どもと何を話したかその内容が重要になるだろう。子どもとメディア接触につい
てどのような話をしたらよいのか、また、何を子どもに考えさせたらよいのか、 今
後の研究によって明らかにする必要があるだろう。
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71
保育者養成校における演習を通した
コミュニケーション・スキルの変化
桑原千明
1.問題と目的
近年、保育者不足が社会的な問題となっている。潜在保育士ガイドブック保育士
再就職支援調査事業・保育士向け報告書(平成 23 年度厚生労働省委託事業)によ
ると、調査に回答した自治体のうち4分の3以上が保育士不足を感じているという
結果が示されている。これは同時に、保育者の離職率の高さの問題も示唆している。
平成 22 年度学校教員統計調査によれば、幼稚園教諭の離職者数が 9,658 名である
のに対して、25 歳未満の離職者数が 3,317 名と 34%にのぼり(文部科学省,2012)、
社会福祉施設の人材確保・育成に関する調査報告書によれば、保育園の保育士の離
職者数は 1,029 名であるのに対して、20 歳~25 歳未満の離職者数は 251 名と 24%
に の ぼる (社 会 福祉 法人 全 国社 会福 祉 協議 会, 2008)。こ れ らの 報告 か ら、 特に 早
期離職者数の多さを読み取ることができる だろう。こうした保育士不足や離職率の
高さという社会的な問題に取り組むべく、保育者養成校は質の高い保育者を育てる
ことが急務である。 保育者の仕事継続意欲と離職意向の観点から 先行研究を概観し
た 廣 川( 2008)は 、「な ぜ 勤務 を継 続 して 頑張 る こと がで き るの か」 と いう 側面 に
目を向けられることが少ないと の指摘をしている。この指摘に着目すると 、保育者
養成校における早期離職の問題への対応の1つとして、仕事を継続するために必要
な力の獲得を支援することが 考えらえる。
それでは、保育者という仕事を継続するために必要な力 にはどのようなものがあ
るのだろうか。これは、保育士が離職する 理由を概観することにより示唆が得られ
るだろう。退職した保育士を対象とした保育士の再就職支援に関する報告書(平成
23 年度厚生労働省委託事業)によれば、離職理由として 個人の状況では「家庭との
両立が難しい(25.6%)」、「近い将来結婚、出 産などを控えている( 18.6%)」、「自
身の健康・体力(17.8%)」が、職場環境では「人間関 係(26.5%)」、「雇用条件に
不満(16.9%)」が挙げられている。幼稚園、保育所を対象とした加藤・鈴木( 2011)
の調査では、離職理由として幼稚園・保育所とも に仕事への適性のなさ、結婚、健
康上の理由が挙げられること、 コミュニケーション能力や対人関係スキルの不足の
72
指摘があることを示している。離職理由に関する 調査は他にも実施されており (例
えば、遠藤・竹石・鈴木・加藤,2012;森本・林・東村,2013)、いずれの調査に
おいても、人間関係の難しさや対人コミュニケーション能力の不足など対人関係に
ついての理由が挙げられている。こうした現状 を踏まえると、仕事を継続するため
に必要な力としては、保育に関わるスキルだけでなく、対人関係を円滑に進めるた
めのスキルがあり、後者の習得も 保育者養成校で支援可能であろう。実際に、善本・
善本(2008)は保育者養成系短期大学において、学生がスキルを意識できるような
内容を取り入れた講義・演習を 展開し、成果を確認している。
そこで本研究では、対人関係を円滑に進めるスキル 習得を目指す支援として、保
育者養成校において どのような取り組みの可能性があるのかを探 るため、保育者養
成系短期大学で開講されているコミュニケーション がテーマの演習を受講した学生
のスキルの変化を調査することを目的とする。 調査において、対人関係を円滑に進
めるためのスキルとして、藤本・大坊(2007)により「言語および非言語による直
接的なコミュニケーションを適切に行う能力 」と定義されたコミュニケーション・
スキルを扱うこととする。なお、本調査を実施する演習と類似したテーマの講義・
演習を通して、ソーシャルスキルや 対人関係能力が向上したとの報告も存在する(例
えば、青野,2010;堀,2012)。いずれの報告も大学生の結果ではあるが、これら
の知見から本研究における 取り組みが一定の成果をあげることが予想される。
2.方法
2-1.調査対象者
保育者養成系短期大学 2 年生に向けて開講されている選択科目「カウンセリング
演習」を受講した 53 名を対象とした。分析対象はすべての調査に参加した 44 名で
あった。なお、この短期大学は2年制で 、保育士資格と幼稚園教諭2種免許の取得
が可能である。
2-2.調査内容
藤本・大坊(2007)が作成したコミュニケーション・スキルを測定する ENDCOREs
を使用した。本尺度は「自己統制」、
「表現力」、
「解読力」、
「自己主張」、
「他者受容」、
「関係調整」の6因子で構成され、各 因子4項目の全 24 項目、7件法であった。
2-3.調査時期
本調査は時期Ⅰ、Ⅱ、Ⅲの3時点で 実施した。時期Ⅰは演習受講前(第2回:2013
年 10 月)、時期Ⅱは演習受講中(第7回:2013 年 12 月)、時期Ⅲは演習受講後(第
15 回:2014 年1月)であり、いずれも演習時間内に実施した。なお、調査を実施
した「カウンセリング演習 」は、前半7回(初回を除く)において構成的グループ
73
エンカウンターを実施し、後半7回においてカウンセリングの概論についての講義
およびカウンセリングスキルの練習をした。本演習は「ピアヘルパーハンドブック」
お よ び 「 ピ ア ヘ ル パ ー ワ ー ク ブ ッ ク 」( い ず れ も 、 日 本 教 育 カ ウ ン セ ラ ー 学 会 編 ,
2002)を参考に実施され、全 15 回の概要は表1に示した。
表1
調査を実施した選択科目 「カウンセリング演習」全 15 回の概要
回数
概要
第1回
オリエンテーション/3 か月後の自分への手紙
第2回
構成的グループエ ンカ ウンター①(バー スデ ーライン、合わせ アド ジャ
ン、インタビュー・他己紹介、将来の願望)/ 時期Ⅰ
第3回
構成的グループエ ンカ ウンター②(名刺 交換 、人間コピー機、 ライ フラ
イン)
第4回
構成的グループエ ンカ ウンター③(ブラ イン ドウォーク、自分 の第 一印
象)
第5回
構成的グループエ ンカ ウンター④(トラ スト アップ、倒れこむ 、あ ては
まるヒト一歩前、リフレイミング)
第6回
構成的グループエンカウンター⑤(続きをどうぞ、コラージュ)
第7回
構成的グループエンカウンター⑥(心と心の握手、意思決定課題)
/時期Ⅱ
第8回
構成的グループエンカウンターの振り返り
第9回
カウンセリングで用いられる理論①【講義】
第 10 回
カウンセリングで用いられる理論②【講義】
第 11 回
カウンセリングの言語的技法の練習①(受容、繰り返し、明確化)
第 12 回
カウンセリングの言語的技法の練習②(支持、質問)
第 13 回
カウンセリングの非言語的技法の練習
第 14 回
青年期の課題についてのディスカッション①(学業領域、進路領域、
友人領域)
第 15 回
青年期の課題につ いて のディスカッショ ン② (グループ領域、 関係 修復
領域、心理領域)/まとめ(振り返り)/ 時期Ⅲ
※カッコ内は構成的グループエンカウンターのワーク、扱ったテーマを示した
3.結果と考察
3-1.時期Ⅰにおける各スキルの記述統計
分析対象となった 44 名の学生の時期Ⅰの各スキル得点の平均値、標準偏差を算
74
出した(表2)。表2には、時期Ⅰの記述統計量とともに、ENDCOREs を実施した
藤本・大坊(2007)、池田・菅(2013)における結果を記載した。今回の調査にお
ける各スキル得点は、平均値の高い順に、
「他者受容」、
「解読力」、
「自己統制」、
「関
係調整」、
「表現力」、
「自己主張」であり、
「他者受容」スキルは相対的に高い値とな
っているのに対し、「自己主張」「表現力」スキルは相対的に低い値となっていた。
これは藤本・大坊( 2007)、池田・菅(2013)とほぼ同様の結果であった。本調査
は短大で実施した調査であり、分析対象者数が極めて少ないことから、単純に比較
することは難しいが、藤本・ 大 坊 (2007)によ る 心 理 学 系大 学 生 と 比 較 を す る と 、
心理学系大学生のほうが全てのスキルで高い得点を示している。これは、保育系短
大生と保育を専門としない短大生とを比較した善本・善本( 2008)と同様の結果で
ある。特に本調査と藤本・大坊( 2007)との間では「自己主張」、「表現力」に大き
な差が認められる。藤本・大坊( 2007)においても「自己主張」、「表現力」は相対
的に低い値であったことを含めて考えると、本調査結果は「自己主張」、「表現力」
が学生の大きな課題であることを示している。したがって、職業現場において直接
的コミュニケーションが多く求められる保 育者を目指す学生に対して、在学中に「自
己主張」、「表現力」を中心としたコミュニケーション・スキルの獲得を目指した取
り組みを行うことが必要であろう。しかし、本調査は該当科目を選択した学生のみ
が対象であるため、今回の結果が示すことは「自己主張」、「表現力」に課題を感じ
る学生が該当科目を選択した可能性と、保育者養成系短期大学学生の傾向である可
能性が考えられる。今後この可能性を検討するために 、学生全体を対象とした調査
を実施する必要がある。
自己統制
表現力
解読力
自己主張
他者受容
関係調整
調査対象
表2 時期Ⅰにおける各スキルの記述統計量
本調査(時期Ⅰ)
藤本・大坊(2007)
池田・菅(2013)
平均値
( 標準 偏差 ) 平均値
( 標準 偏差 ) 平均値
( 標準 偏差 )
4.05
( 0.73
)
4.80
( 0.95
)
4.80
( 0.95
)
3.44
( 0.80
)
4.32
( 1.37
)
4.32
( 1.37
)
4.11
( 0.82
)
4.97
( 1.20
)
4.97
( 1.20
)
3.36
( 0.84
)
4.15
( 1.24
)
4.15
( 1.24
)
4.76
( 0.72
)
5.34
( 0.97
)
5.34
( 0.97
)
4.03
( 0.77
)
4.99
( 1.03
)
4.99
( 1.03
)
保育系短大生
心理学系大学生
教育・工学系大学生/保育系短大生
3-2.時期Ⅰ~Ⅲにおける各スキル得点の比較
時期Ⅰ~Ⅲの間で各スキル得点に差が認められるかを検討するために、スキルご
とに 1 要因の分散分析を行った。有意な主効果が認められた場合には、Bonferroni
法により事後検定を行った。各因子について、分散分析を行ったところ、6因子全
て で 有 意 な 主 効 果 が 認 め ら れ た ( 自 己 統 制 : F (2,86)=4.72 , p < .05 ; 表 現 力 :
75
F (2,86)=15.70,p < .01;解読力:F (2,86)=6.38,p < .01;自己主張:F (2,86)=16.90,
p < .01;他者受容: F (2,86)=5.73, p < .01;関係調整: F (2,86)=10.43, p < .01)。
各主効果について、事後検定を行ったところ、差が認められたのは以下の通りであ
った。
「自己統制」は、時期Ⅰが時期Ⅱよりも有意傾向で高く、時期Ⅰよりも時期Ⅲ
が有意に高かった(順に p < .10; p < .01)。「表現力」、「自己主張」、「関係調整」
「解読
は時期Ⅰよりも時期Ⅱ、時期Ⅲのほうが有意に高かった(いずれも p < .01)。
力」は時期Ⅰよりも時期Ⅱ、時期Ⅲ のほうが有意に高かった(順に p < .05;p < .01)。
「他者受容」は時期Ⅰよりも時期Ⅱのほうが有意に高かった( p < .01)。時期ごと
の各スキル得点の平均値を図1に示した。
5
時期Ⅰ
時期Ⅱ
時期Ⅲ
4
3
2
1
自己統制
表現力
図1
解読力
自己主張
他者受容
関係調整
時期ごとの各スキルの平均得点
この結果から、全てのスキル得点が時期 Ⅰよりも時期Ⅱもしくは時期Ⅲのほうが
高くなっており、自己理解・他者理解を目的とした構成的グループエンカウンター
の実施やカウンセリングスキルの練習を通して 、コミュニケーション・スキルが獲
得される可能性が示された。これは、使用したスキル尺度は異なるものの 、青野
(2010)や堀(2012)の結果と類似の結果である。特に有意傾向も含めると、全て
のスキルが構成的グループエンカウンターを実施した第7回までに得点が上昇して
いる。この間には演習として、自分の特徴や他者の特徴を知るためのワークを実施
するとともに、ワークの振り返りとして自分の気持ち・考えをグループ内の他者に
伝える時間が設けられていた。ワーク の一例としては、自分の将来像や自分の生い
立ちを整理し他者に語る、他者が短所だと考えている点の別のとらえ方を考える、
集団内で意見を統一する、言葉を使わずに他者と動きを合わせる、息を合わせて動
76
くがあった。学生は、自分の特徴を知ることで、 困難なく自分をコントロールする
ことできるという感覚を得た可能性が考えられる。 また、ワーク内容により自分を
表現することが求められていたため、 自分の気持ち・考えを表現する力 、主張する
力が向上したのだろう。同時に、自分を表現する他者との関わりにおいて、“相手が
何を伝えたいのかを読み取る ”、“相手に共感する”、“相手を尊重する”といった他者
を解読する力、受容する力が身についた と推察される。そして、グループでワーク
に取り組む経験を重ねることで、集団に対して考慮し、考慮したことを集団内で行
動に移す力が向上したとする青野(2010)と同様に、関係を調整する力が習得され
たのであろう。
「自己統制」、「表現力」、「解読力」、「自己主張」、「関係調整」の各スキルについ
ては、時期ⅡとⅢの間での得点上昇は認められないものの、時期 ⅠとⅢの間での得
点上昇が認められた。演習後半のカウンセリングスキルのロールプレイや青年期 の
課題についてのディスカッションを通して、構成的グループエンカウンターで獲得
したスキルが維持されたと考えられる。時期 Ⅱ、Ⅲの間で、スキルが向上 しなかっ
た原因として、カウンセリングスキルの練習のためロールプレイを多く実施したこ
とで、自己表現や他者受容をするというよりも与えられた課題に受動的に取り組む
状態となった可能性が考えられる。この可能性からロールプレイを実施する際には、
自身の普段の状態と引き付けて考えることや、課題時の自身の気持ちや考えを敏感
に感じることを強調した働きかけが必要である と推察される。また、本調査におい
ては「他者受容」が他のスキルとは異なり、時期 ⅠとⅢで差が認められなかった。
これは、構成的グループエンカウンター のワークを通して、安心感の中で自分を受
け入れられる/他者を受け入れる 経験をしたことで高まった他者受容に対する評価
が、カウンセリングについての知識を習得することで、他者を受容することの難し
さを再認識して下がった可能性が考えられる。
以上の通り、コミュニケーション・スキルの習得を目指した取り組みが 保育者養
成系短期大学における演習内で実施できる可能 性が示された。しかしながら、本調
査の問題点として以下の2点が挙げられる。まず第1に、スキル得点の上昇に効果
をもたらしたワークが明確でない点である。演習の前後半ともに、自分自身の現状
を振り返りながらワークに取り組むという方法は共通していたため、このような方
法が有効である可能性は示 されたものの、具体的に有効なワークについては示すこ
とができなかった。この問題は、 演習内で構成的グループエンカウンターとカウン
セリングスキルの練習の順番を入れ替えることや、調査回数を増 やすことで解決さ
れると考えられる。第2には、本調査における評価 は自己評価であり、実際にスキ
ルが習得されたのか、自身のスキルに対する 捉え方が変化したのかが明らかでない
77
点である。例えば、本調査を実施した演習 での感想として“人の前で話をすることが
恥ずかしかったが、やってみるとできるんだと思った(原文ママ)”があり、この感
想からはスキルが習得されたというよりも 捉え方が変化した可能性も考えられる。
この問題は、他者評価による評価を実施 することで解決されるだろう。
4.今後の課題
本研究は、保育者の早期離職という社会的問題への保育者養成校の対応の 1 つと
して、仕事を継続するために必要な力の獲得に向けた支援が考えられることを出発
点とした。その仕事を継続するために必要な力の 1 つとして、コミュニケーション・
スキルに着目し、コミュニケーションをテーマとした演習の受講生を対象にコミュ
ニケーション・スキルの変化を調査した。その結果、自分自身の現状を振り返りな
がらワークに取り組むという方法が、コミュニ ケーション・スキル得点の向上に効
果をもつ可能性が示された。 結果を踏まえ、保育者養成系短期大学生のコミュニケ
ーション・スキル向上を目指した取り組みにおける今後の課題として以下の2点を
挙げる。
第1の課題としては、本調査は選択科目の受講生のみを対象としていたことから、
本調査により効果が示された方法を一般化することが可能であるかを検討する必要
がある。第2の課題としては、より効果的な取り組みとするために 、対象とするス
キルおよび取り組み実施時期についての検討をする必要がある。対象とするスキル
を検討するためには職業現場において 求められるスキルを調査すること、取り組み
実施時期を検討するためには 保育者養成系短期大学におけるスキル変動を縦断的に
調査することが求められるであろう。
5.引用文献
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廣 川 大 地 (2008). 保 育者 の 仕 事継 続意 欲 、離職 意 向 に関 する 研 究の動 向 中 村 学 園
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に求められる教育 横浜女子短期大学研究紀要 23, 27-38
関東短期大学紀要
―
執
筆
者
紹
第 56 集
介
―
原田 英一
関 東 短 期 大 学 教 授
言調聴覚論
木村たか子
関 東 短 期 大 学 教 授
保 育
学
奥村 典子
関 東 短 期 大 学 講 師
教 育
学
松尾 由美
関 東 短 期 大 学 講 師
社会心理学
桑原 千明
関 東 短 期 大 学 講 師
発達心理学
編 集 委
員
委員長
学園長
松 平 順 一
委 員
学 長
渡 辺 敏 正
委 員
講 師
奥 村 典 子
委 員
講 師
桑 原 千 明
2014 年 3 月 31 日発行
〒374-8555 群馬県館林市大谷町 625
発行所
電話
関
東
短
期
(0276)74-1212(代表)
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