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農業への新規参入過程における 借入制約と資金調達

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農業への新規参入過程における 借入制約と資金調達
農業への新規参入過程における借入制約と資金調達
25
農業への新規参入過程における
借入制約と資金調達
*
藤
栄
剛
Ⅰ.はじめに
近年の雇用情勢の悪化や団塊世代の大量退職の開始に伴い,わが国では農業
への新規参入に対する関心が高まりつつある。こうした動きに対応して,政府
は農林漁業への就業相談や雇用対策に関する情報提供を目的とした,就業相談
窓口を全国に設置し,農林漁業への新規就業を促進し,雇用の確保を目的とし
た施策を展開している(農林水産省〔 〕
)
。農林水産省の調査によれば,新規
就農者数は
年の約 .万人から
年には約 .万人へと大幅に増加してい
る。こうした新規就農者は,農家世帯員であり,学生ないしは他業種勤務であっ
た者が農業従事を主とするようになった者(自営農業就農者)
,農業法人等に
新規に雇用された者(雇用就農者)
,独自に農地・資金等を調達し,新たに農
業を開始した者(新規参入者)に大別できる。このうち,新規参入者は農業を
開始・展開する上で最も高い参入障壁に直面すると考えられる。こうした新規
参入者は
年の 人から,
年には
)
人へと,増加傾向にある 。
農業への新規参入には主に,①技術知識が農業部門以外に用途がない場合,
人的資本投資の多くがサンクされる,②就農地の選定,農地の探索や就農後の
農村への社会的適応に多大な取引コストを要する,③農業施設・機械の購入な
ど,就農初期に大きな投資を要するといった問題が存在する。このうち,③の
*
データの使用をご許可いただいた全国農業会議所ならびに江川章氏(農林水産政策研究
所)に対して,記して謝意を表します。
)
年については農林水産省『新規青年就農者等緊急調査』
,
年については農林水
産省『新規就農者調査』の値を用いた。ただし,これら調査はそれぞれ調査方法が異なる
ことから,厳密にはそれら数値は連続性を有さない点に留意が必要である。
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彦根論叢
第
号
平成 (
)
年
月
就農初期の資金調達は,新規参入者が直面する問題の中でもとりわけ大きな課
題である。それゆえ,新規参入者の円滑な農業展開のための資金調達を可能と
し,農業投資を促進することは政策的に重要な課題である。こうした課題に対
応するため,国や市町村を中心として,資金貸出制度や就農支援等の政策的措
置が一定程度,実施されている。就農支援体制の整備は進みつつあるものの,
新規参入者が十分な資金を調達できず,借入制約に直面していれば,その後の
経営展開は阻害されることになろう。しかし,新規参入者の参入後の社会的適
応や経営展開における課題については,事例研究を中心として蓄積されつつあ
)
るものの ,新規参入者の就農時における借入制約の有無を検討した研究はな
い。
他方,就農時の資金調達が新規参入者のパフォーマンスに果たす役割につい
ては,従来より,その重要性が指摘されている。公的機関や農協をはじめとす
る金融機関の資金貸出は,資金を必要とする新規参入者にランダムに行われる
のではなく,返済能力や農業経営能力が高いとみなされた者に対して行われる
ことが多い。つまり,資金調達には自己選択(self selection)が存在する。自
己選択が存在する場合,資金調達を受けた者とそうでない者を単純に比較する
と,資金調達の効果を過大に評価することにつながる。こうした自己選択バイ
アスを軽減し,資金調達の効果を検討する方法として,近年,プログラム評価
)
と呼ばれる手法が進展しつつある 。しかし,プログラム評価手法を用いて,
新規参入者に対する資金調達の効果を定量的に検討した研究はない。
そこで本稿では,農業への新規参入者に関するマイクロデータを用いて,
( )
新規参入者が参入過程において借入制約に直面しているか否か,
(
)資金調
達が新規参入者のパフォーマンスに及ぼす効果について検討する。検討に際し
ては,全国新規就農相談センターの実施による,『新規就農者(新規参入者)
の就農実態に関するアンケート調査』の個票データを用いる。まず,次節では
)農業への新規参入者に関する代表的な事例研究として,たとえば江川〔 〕
,澤田〔 〕
,
内山〔 〕などがある。
)プログラム評価に関する詳細な説明や代表的なサーベイ論文として,たとえば Cameron
and Trivedi〔 〕や Imbens and Wooldridge〔 〕がある。
農業への新規参入過程における借入制約と資金調達
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データの概要を述べた後,新規参入過程における課題や資金調達と農業所得の
関係を整理する。次に,第Ⅲ節では Evans and Jovanovic〔
〕のモデルを援用
して,新規参入者の就農時における借入制約の有無を検討するための実証モデ
ルを構築し,借入制約の有無を計量的に検討する。第Ⅳ節では,プログラム評
価手法の一つである propensity score matching を用いて,資金調達の効果を明ら
かにする。そして,最後に結論を述べる。
Ⅱ.農業への新規参入過程における課題と資金調達
(
)データの概要
本稿では,全国新規就農相談センターが
年 月に実施した『新規就農者
(新規参入者)の就農実態に関するアンケート調査』
(以下,就農調査)の個
票データを用いる。就農調査では,就農してから概ね 年以内の新規参入者を
対象として,その就農経緯や経営概況,農業経営の展開方向について設問して
いる。調査方法は,都道府県農業会議が所有する名簿に基づいて選定した新規
参入者への郵送法であり,回答者数は
人であった(回収率 .%)
。
回答者の基本的属性は次の通りである。地域別構成比は北海道 .%,東北
.%,北陸 .%,関東 .%,東山 .%,東海 .%,近畿 .%,中国
.%,四国 .%,九州・沖縄 .%である。新規参入者の多くは,北海道と
都府県中山間に就農していることから,本調査は主に都府県の実態が強く反映
されていると考えられる。また,回答農家の年齢別分布は 歳代 .%, 歳
代 .%, 歳代 .%, 歳代 .%, 歳以上 .%で, , 歳代で
割以上を占めている。就農時期をみると,
.%,
年以前 .%,
∼
年
年以降 .%であり,就農支援制度が整備され始めた 年代以降
に就農した者が多い。
なお,就農調査は新規参入者の創業資金,農産物販売額や学歴などをはじめ
として,新規参入時ならびに調査時点での新規参入者の経営状況に関する情報
を豊富に含んでいる。こうしたデータは他に類がなく,分析に用いることの意
義は大きい。しかし,就農調査は離農した新規参入者のデータを含まず,現在
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就農している新規参入者に限定されたデータであるため,分析結果にサンプ
ル・セレクション・バイアスをもたらす可能性がある。ゆえに,分析結果の解
釈にはこの点に留意する必要がある。しかし,新規参入者の経営状況に関して,
就農調査よりも詳細なデータはわが国に存在しない。こうしたことから,本稿
では就農調査を用いて分析を行うこととする。
(
)農業への新規参入過程における課題と資金調達
新規参入者は参入過程において,様々な参入障壁に直面すると考えられる。
そこで,就農調査を用いて,新規参入者が就農時に苦労した点を整理したのが
第
表である。
第
表
就農時に苦労した点
(単位:%)
全体
うち,就農時年齢別
歳未満
―
歳
歳以上
資金の確保
.
.
.
.
農地の確保
住宅の確保
.
.
.
.
.
.
.
.
営農技術習得
地域の選択
.
.
.
.
.
.
.
.
相談窓口さがし
.
.
.
.
家族の了解
その他
.
.
.
.
.
.
.
.
注:複数回答のため,合計は
%にならない。
表をみると,「資金の確保」
,「農地の確保」
,「住宅の確保」の順に指摘割合
は高く,新規参入時の最大の課題は,資金調達にあることがわかる。また,就
農時年齢別の数値をみると,若齢の新規参入者ほど,「資金の確保」の指摘割
合が高く,若齢層では資金調達を十分に受けることなく,就農するケースが多
く含まれると考えられる。公的機関ないしは金融機関からの資金調達の困難性
は,新規参入者が就農時ならびにその後の経営展開において,資金の借入制約
農業への新規参入過程における借入制約と資金調達
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に直面している可能性を示唆している。資金調達を受けた者,つまり,資金借
入を行えた者はそうでなかった者に比して,円滑な経営成長が可能となり,農
産物販売額は高くなるものと推察される。そこで,第
表に資金借入を行った
者とそうでない者の就農初年時ならびに調査時の農産物販売額を示す。
第
表
資金調達と農産物販売額の関係
(単位:万円)
資金借入の有無
あり
なし
( 値)
.
.
.***
[
] [
.
] (− . )
.
.***
[
] [
] (− . )
農産物販売額(調査時)
農産物販売額(就農初年)
注:
平均値の差
) 値は平均値の差の検定統計量を,***は %水準
で統計的に有意な差があることを表す。また,
[ ]
内はサンプル数を表す。
)農産物販売額(調査時)については,農産物販売額の
平均値に販売額の標準偏差の 倍を加えた値を上回
る,異常値とみられる サンプルが除外されている。
表をみると,資金借入を行った新規参入者の農産物販売額(調査時)は
万円,資金借入を行っていない者は
万円であり,資金調達を受けた者の方
が農産物販売額は有意に高い。これは,就農初年時についても同様である。つ
まり,資金調達は参入直後ならびにその後の経営展開を円滑にし,農産物販売
額を高める役割を果たしていると考えられる。ただし,資金借入を行った者の
なかには,借入制約に直面し,経営展開に十分な資金調達を行うことのできな
かった者も含まれる可能性がある点に留意を要する。また,表掲は省略するが,
就農調査によれば,現在の経営面の課題として,「設備投資資金の不足」を指
摘する者の割合は .%,「運転資金の不足」を指摘する者は .%であった。
十分な資金調達を受けることができず,借入制約に直面することで,円滑な経
営展開が阻害されている新規参入者が一定程度存在することもわかる。
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以上の整理から,①資金調達は新規参入者の就農後の経営展開を円滑にする
役割を果たしている可能性があること,②就農時とその後の経営展開において
資金の借入制約に直面する新規参入者が一定程度存在することが推察される。
しかし,クロス集計による定性的な整理では,主作目,就農年数や年齢をはじ
めとする新規参入者の属性等の多くの要因がコントロールされていない。この
ため,こうした要因をコントロールしつつ,借入制約の有無や資金調達の効果
を検討する必要がある。そこで,次節では Evans and Jovanovic〔
〕のモデル
を援用して,新規参入者の就農時における借入制約の有無を検討するための実
証モデルを導出し,計量的に検討する。
Ⅲ.農業への新規参入過程における借入制約
(
)新規参入者の借入制約に関するモデル
一般に,農業への新規参入には多くのリスクが伴うとされる。就農調査によ
れば,農業所得によって生計が成立していると回答した者の割合は .%にす
ぎない。また,正確な数値は把握されていないが,新規参入したものの,離農
する者も数多く存在する。それゆえ,営農展開のための資金借入は,資金の貸
出主体である公的機関や金融機関にとって,資金回収のリスクを伴うため,新
規参入者は十分な資金調達を受けることが困難になる。また,就農前に新規参
入者の経営能力,営農内容を完全に把握することはできないことから,貸出主
体は就農に見合う創業資金を提供できない。こうした問題は Stiglitz and Weiss
〔 〕を嚆矢として,多くの研究で指摘されている点である。つまり,情報の
不完全性によって,信用市場が不完全であるとき,すなわち,流動性制約が生
じているとき,資金調達は新規参入者の自己資金の大きさに規定される可能性
がある。こうした新規参入と流動性制約の関係に関する代表的な研究として,
Evans and Jovanovic〔
〕
,Blanchflower and Oswald〔
〕や Holtz-Eakin et al〔
. 〕
などがある。
Evans and Jovanovic〔
〕や Blanchflower and Oswald〔
〕は,豊富な資産
を有する者ほど,起業する傾向にあり,流動性制約によって十分な資金を有さ
農業への新規参入過程における借入制約と資金調達
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ない者は起業が困難であることを示している。農業への新規参入者は,就農に
多くのリスクを伴うとともに,一定の資金を要する反面,流動性制約に直面す
る可能性が高い状況にあるという意味で,Evans and Jovanovic〔
〕等でモデ
ル化された,流動性制約の下で起業家が直面する状況と類似している。そこで
本節では,Evans and Jovanovic〔
〕の理論モデルを援用することによって,
農業への新規参入者が就農時に直面する借入制約の有無を検討するためのモデ
ルを構築する。
まず,ある主体を考える。主体は職業選択に際して,就農するか他業種勤務
のいずれかを選択すると仮定する。このとき,主体は他業種に勤務すると,賃
金
を獲得し,就農すると所得
主体が得る賃金
を獲得する。ここで,他業種勤務によって,
を表す賃金関数
=
なお,
を次のように表す。
γ
γ
(
)
は定数項, は経験年数, は教育水準,γ ( = ,)は弾力性を表
す定数である。
次に,就農することによって,主体が得る所得
= +
=θ
α
+
は農業所得, は兼業の有無を表す離散変数,
力,
を(
)式のように表す。
(
)
は兼業所得,θ は経営者能
は投資資本,α は弾力性を表す定数(
<α< )をそれぞれ表す。つ
― ―
まり,主体は農業に新規参入すると農業所得を得る。さらに,農外就業を行う
場合には兼業所得を得る。また,新規参入者は創業資金
を準備して,就農
すると仮定する。このとき,新規参入者の総収入は,農業所得,兼業所得(兼
業を行っている場合)
,生活資金などを含めた創業資金
から農業への投資
を減じた額ならびにそれらから得られる利子収入の和であることから,
+
と表せる。なお, は利子率に
+( − )
を加えた値を表す。ここで,新規参入者は創
業資金を自己の創業資金に比例的に借入することができると仮定し,その比例
水準を λ−
−
で表す(λ> )
。このとき,新規参入者は創業資金を最大で(λ
―
) まで借入可能なので,自己の創業資金 とあわせて, +(λ− ) =
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λ まで投資することが可能となるとともに, =λ の資金の借入制約に直面
する。
次に,新規参入者の投資の意思決定を考える。まず,新規参入者は危険中立
的であると仮定すると,投資
max[θ
ここで,(
は(
α
+
)式により決定される。
+( − )
]
)式の一階条件をもとめ,
=!θα"
# $
(
)
(
)
について解くと,
−α
が得られる。ただし, <λ である。新規参入者が創業資金の借入制約に直
―
面していないとき, <λ なので,
―
θ<(λ )−α
―
α
が成立する。一方,(
(
)
)式が成立しないとき,新規参入者は創業資金の借入
制約に直面している。つまり,創業資金の借入制約の有無に応じて,新規参入
者の所得
は次のように表せる。
α
% −α !α" −α
θ
+
# $
=&
'
α
(λ )
+
(θ
(
( <λ )
―
(借入制約に直面しない時)
( >λ )
(借入制約に直面する時)
(
)
)式より,創業資金の借入制約に直面しないとき,新規参入者の所得
は創業資金
資金
に依存しない。逆に,借入制約に直面するとき,所得
の関数として表される。以上から,所得
が創業資金
は創業
の関数である
か否かを検定することによって,新規参入者の創業資金に関する借入制約の有
無を明らかにすることができる。
(
)実証モデル
次に,(
)で得られたモデルを用いて,新規参入者の創業資金に関する借
入制約を検定するための実証モデルを導出する。
α
まず, =θ
(λ )
+
について,(
)式より −
α
=θ
(λ )
= なので,
(
)
農業への新規参入過程における借入制約と資金調達
となる。(
33
)式の対数を取ると,
ln =lnθ+α(lnλ+ln )
(
)
(
)
α lnλ=const.なので,これを δ とおくと,
ln =δ +lnθ+α ln
と表せる。経営者能力 θ は経営者能力を形成する人的資本ベクトル
動機等の新規参入者の属性ベクトル
るとすると,(
からなる関数 θ=θ
( ,
や就農
)として表せ
)式は次式で表せる。
ln =δ +∑ η ln +α ln +∑ η
+ε
( )
( )式は,農業所得の対数値が新規参入者の人的資本ベクトル ,創業資金
,属性ベクトル
によって決定されることを意味する。なお,η は係数を,
ε は誤差項を表す。ここで,α=
のとき,新規参入者は創業資金に対する借
入制約に直面していないことを,α≠
のとき,借入制約に直面していること
を意味する。つまり,推定結果における α の統計的有意性を検討することに
よって,借入制約の有無を検定することができる。本稿では,
( )式を新規
参入者の農業所得関数と呼ぶこととする。そこで次に,
( )式を用いて,新
規参入者の創業資金に関する借入制約の有無を検討する。ただし,就農調査に
は,新規参入者の農業所得に関するデータが存在しない。そこで,本稿では農
業所得と強い相関を有する農産物販売額を用いて,農業所得関数を推定する。
むろん,作目ごとの所得比率の違い,資本への報酬部分と労働への報酬部分の
分離などが必要であるが,主作目や各属性に関する変数を用いることによって,
こうした点を一定程度コントロールしつつ,第一次近似として,農産物販売額
を利用することとする。
(
)推定結果と考察
まず,新規参入者の農業所得関数(( )式)の推定に用いる変数の定義な
らびに記述統計量を第
表に,推定結果を第
表に示す。第
属性に関わる主要候補変数をすべて含めた推定結果を,
(
表中の(
)は(
)は
)に含ま
れる属性に関する変数のうち,有意水準の低い変数を削除し,再推定を行った
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結果を示している。推定には,サンプル・セレクション・バイアスを考慮した
Heckman〔
)
〕による二段階推定を用いた 。推定結果から,主に次の三点を
読み取ることができる。
第
変数名
就農時年齢
就農年数
創業資金
大卒ダミー
就農支援ダミー
資金借入ダミー
研修ダミー
法人経験ダミー
配偶者ダミー
就農地(都市)
就農地(中間)
就農地(山間)
主作目 (水稲)
主作目 (露地野菜)
主作目 (施設野菜)
主作目 (花卉)
主作目 (果樹)
主作目 (酪農)
主作目 (採卵鶏)
就農後主作目変更
就農動機 (田舎暮らし)
就農動機 (経営采配)
就農動機 (有機農業)
就農動機 (都会嫌悪)
前職 (自営)
前職 (公務員)
前職 (農業従事者)
前職 (パート)
前職 (学生)
農産物販売額
表
変数の定義ならびに記述統計量
定
義
就農時の年齢(歳)
就農年次から調査時(
年)までの年数(年)
機械・施設取得,営農ならびに生活のための自己資金の和(万円)
最終学歴が大学卒・大学院卒の者= ,それ以外の者= とするダミー変数
都道府県・市町村独自の支援措置を利用した者= ,それ以外の者= とするダミー変数
就農にあたって何らかの資金を借りた者= ,それ以外の者= とするダミー変数
就農前に技術習得のために研修を受けた者= ,それ以外の者= とするダミー変数
農業法人等で従業員として働いたことがある者= ,それ以外の者= とするダミー変数
配偶者がいる者= ,それ以外の者= とするダミー変数
就農地が都市地域にある者= ,それ以外の者= とするダミー変数
就農地が中間農業地域にある者= ,それ以外の者= とするダミー変数
就農地が山間農業地域にある者= ,それ以外の者= とするダミー変数
就農 年目に最も中心的に水稲を栽培していた者= ,それ以外の者= とするダミー変数
就農 年目に最も中心的に露地野菜を栽培していた者= ,それ以外の者= とするダミー変数
就農 年目に最も中心的に施設野菜を栽培していた者= ,それ以外の者= とするダミー変数
就農 年目に最も中心的に花卉を栽培していた者= ,それ以外の者= とするダミー変数
就農 年目に最も中心的に果樹を栽培していた者= ,それ以外の者= とするダミー変数
就農 年目に最も中心的に酪農を行っていた者= ,それ以外の者= とするダミー変数
就農 年目に最も中心的に採卵鶏を行っていた者= ,それ以外の者= とするダミー変数
就農 年目と現在中心的に取り組んでいる作目が異なる者= ,それ以外の者= とするダミー変数
就農理由が「農村の生活(田舎暮らし)が好きだから」である者= ,それ以外の者= とするダミー変数
就農理由が「自ら経営の采配を振れるから」
である者= ,それ以外の者= とするダミー変数
就農理由が「有機農業をやりたかったから」
である者= ,それ以外の者= とするダミー変数
就農理由が
「都会の生活がいやになったから」
である者= ,それ以外の者= とするダミー変数
就農前の就業状態が自営業である者= ,それ以外の者= とするダミー変数
就農前の就業状態が公務員である者= ,それ以外の者= とするダミー変数
就農前の就業状態が農業従事者である者= ,それ以外の者= とするダミー変数
就農前の就業状態がパート・アルバイトである者= ,それ以外の者= とするダミー変数
就農前の就業状態が学生である者= ,それ以外の者= とするダミー変数
調査時(
年)の農産物等の売上高(万円)
平均
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
標準偏差
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
)なお,第一段階の推定として,農業所得の有無を表す二値変数を被説明変数とするプロ
ビットモデルによる推定を行った。第一段階の推定結果については,紙幅の関係上省略す
るが,説明変数に就農時年齢,就農年数,創業資金,大卒ダミー,就農支援ダミー,研修
ダミー,法人経験ダミー,配偶者ダミー,就農動機 (田舎暮らし)を用いた。これら説
明変数のうち,就農年数,就農支援ダミー,研修ダミーは正で統計的に有意な結果を示し
た。なお,サンプル数は
,対数尤度は− . であった。農業所得関数の推定には本来,
農業所得がゼロである者を含めた,OLS による推定がのぞましいが,農業所得関数の被説
明変数は農業所得の対数値であることから,農業所得がゼロのサンプルを推定に含めるこ
とができない。このため,こうしたサンプルの抜落による推定結果のバイアス発生を回避
するため,ここでは二段階推定を用いた。なお,農業所得が であるサンプルを . と
みなした OLS による推定結果は,二段階推定で得られた結果と定性的な特徴は同一であっ
た。このことから,推定方法の変更によって,本稿の主要な結論が変化することはない。
農業への新規参入過程における借入制約と資金調達
第
表
農業所得関数の推定結果(全サンプル)
(
)
係数
就農時年齢
就農年数
創業資金
− .
.
.
大卒ダミー
就農支援ダミー
資金借入ダミー
研修ダミー
− .
− .
.
− .
法人経験ダミー
配偶者ダミー
.
.
主作目
主作目
主作目
(水稲)
(露地野菜)
(施設野菜)
− .
− .
− .
主作目
主作目
主作目
(花卉)
(果樹)
(酪農)
− .
− .
.
主作目
(採卵鶏)
(
値
**
***
***
− .
.
.
− .
− .
.
− .
−
−
.
− .
.
.
***
**
係数
− .
.
.
.
.
− .
− .
− .
− .
− .
−
− .
− .
−
− .
− .
.
− .
.
−
就農後主作目変更
− .
− .
− .
就農動機
就農動機
就農動機
就農動機
−
−
−
−
−
−
−
−
− .
−
− .
−
(田舎暮らし)
(経営采配)
(有機農業)
(都会嫌悪)
.
.
.
.
**
***
*
**
*
.
.
.
.
)
値
**
***
***
***
***
***
***
**
− .
.
.
−
−
.
− .
.
.
− .
− .
−
−
− .
.
−
− .
**
**
− .
−
− .
−
前職
(自営)
− .
− .
−
−
前職
前職
前職
前職
(公務員)
(農業従事者)
(パート)
(学生)
− .
− .
.
.
− .
− .
.
.
− .
−
−
−
− .
−
−
−
定数
逆ミルズ比
調整済み決定係数
.
− .
***
.
.
.
− .
− .
***
.
− .
.
サンプル数
注:
)***,**,*はそれぞれ有意水準 %, %, %で統計的に
有意であることを表す。
)就農時年齢,就農年数,創業資金はその対数値である。
35
36
彦根論叢
第
号
一つめは,創業資金
平成 (
)
年
月
に関する変数は統計的に有意ではなく,前節のモデ
ルと照らし合わせると,この結果は農業所得
が創業資金
の関数ではない
ことを示している。つまり,新規参入者の創業資金に関する借入制約は生じて
いないことが示唆される。
二つめは,資金借入ダミーが正かつ有意である。公的機関や金融機関等から
の資金調達は,新規参入者の資金制約を緩和し,投資の促進を通じて,農業所
得を高める役割を果たしている。
三つめは,人的資本に関する変数について,就農年数の高まりによる経験蓄
積は農業所得を有意に引き上げる効果をもたらすが,大卒以上を表す変数は統
計的に有意ではない。これは,初等・中等教育は農業収益を高める効果を有す
るものの,高等教育は農業収益を高める役割を必ずしも果たさないことを指摘
した Huffman〔 〕の結果と整合的である。わが国では,大半の労働者が高等
教育を受けていることから,教育水準が農業収益に有意な影響を及ぼすケース
は想定しにくいのかもしれない。むしろ,栽培技術の習得や天候変化その他の
自然条件の変化への対応には,農業特有の技術知識の蓄積が有効に作用してい
ると考えられる。
その他の変数について,就農時年齢は負で有意である。就農時年齢の低い者
ほど,就農後の農業所得は高い。また,田舎暮らしを就農動機とする新規参入
者には,収入を得ることが就農目的でない者も含まれると考えられることから,
その他の動機を有する者よりも農業所得が低い傾向にある。有機農業への取組
を就農動機とする新規参入者の農業所得も低くなる。有機農業による営農には
高度な栽培技術が必要とされ,収量が不安定化しやすいため,所得は低水準に
とどまる傾向にある。また,配偶者ダミーの符号は,正かつ有意である。配偶
者の存在は,労働力として農業所得の向上に寄与する役割を果たしていると推
察される。
一方,先に示した第
表での就農時年齢別の結果からは,若齢層ほど資金調
達が困難であることが示されており,借入制約に直面している可能性が高い。
そこで,就農時年齢が 歳未満のサンプルに限定して,第
表と同様の農業所
農業への新規参入過程における借入制約と資金調達
第
表
農業所得関数の推定結果( 歳未満)
(
係数
)
(
値
係数
)
値
− .
.
***
− .
− .
***
− .
***
創業資金
.
.
.
.
.
***
***
.
.
大卒ダミー
.
.
−
−
就農支援ダミー
資金借入ダミー
研修ダミー
.
.
.
法人経験ダミー
配偶者ダミー
.
.
*
.
.
.
.
.
−
.
−
.
.
−
.
−
.
.
*
− .
− .
− .
− .
− .
−
− .
− .
−
− .
.
− .
− .
.
− .
−
***
− .
.
− .
− .
−
− .
*
− .
−
−
− .
− .
− .
− .
− .
− .
−
− .
−
−
− .
−
.
.
.
.
−
−
−
−
就農時年齢
就農年数
主作目
主作目
主作目
(水稲)
(露地野菜)
(施設野菜)
− .
− .
− .
主作目
主作目
主作目
(花卉)
(果樹)
(酪農)
− .
− .
.
主作目 (採卵鶏)
就農後主作目変更
− .
− .
就農動機
就農動機
(田舎暮らし)
(経営采配)
− .
.
就農動機
就農動機
(有機農業)
(都会嫌悪)
− .
− .
前職
前職
前職
(自営)
(公務員)
(農業従事者)
前職
前職
(パート)
(学生)
定数
逆ミルズ比
調整済み決定係数
サンプル数
注:第
表に同じ。
.
.
***
***
***
*
*
*
***
*
.
.
.
.
.
**
***
*
***
***
*
**
***
*
.
− .
− .
−
−
− .
.
− .
−
− .
−
− .
.
.
37
38
彦根論叢
第
号
平成 (
)
年
得関数の推定を行った。推定結果を第
月
表に示す。なお,表中の(
)と(
)
は第
表と同様,属性に関わる主要な候補変数をすべて含めた推定結果ならび
に,(
)に含まれる属性に関する変数のうち,有意水準の低い変数を削除し,
再推定した結果を示している。
まず創業資金の係数をみると,有意に正の値を示しており,農業所得
創業資金
は
の関数として表される。つまり, 歳未満の新規参入者に対して
は,創業資金に関する借入制約が生じていたことが示唆される。青壮年層の新
規参入者に重点を置いた借入制約緩和のためのプログラムを整備する必要があ
ろう。二つめに,第
表の推定結果と異なり,資金借入ダミーは有意ではない。
青壮年層の新規参入者にとって,資金借入は資金制約の緩和や投資の促進に結
びつかず,農業所得の増加に必ずしも寄与していない。こうしたことから,特
に資金規模の小さい青壮年層の新規参入者への資金調達が有効に作用する資金
貸出プログラムの設計が必要とされよう。その他の変数については,第
表と
ほぼ同様の結果が得られている。
資金調達の役割は,借入制約を緩和することにある。前節のクロス集計によ
る分析においても,資金調達が農産物販売額を高めることが示された。しかし,
経営者能力の高い新規参入者が資金調達を得ているならば,資金借入の有無と
農業所得の関係を検討することによって,本来の資金調達の効果を把握するこ
とはできない。つまり,資金調達に自己選択の問題が介在するために,クロス
集計による比較では,資金調達が農業所得に及ぼす効果にはバイアスを伴う。
こうした自己選択がもたらすバイアスを軽減し,資金調達を受けた者が資金調
達を受けなかった場合を仮想的に設定し,資金調達がどの程度の効果をもたら
すかを計測する方法として,propensity score matching がある。そこで,次節で
は propensity score matching を用いて,資金調達の効果を検討する。
Ⅳ.農業への新規参入過程における資金調達の効果
(
)資金調達の効果把握とその方法
)
本節では,資金調達の効果把握における問題点とその計測方法を述べる。第
農業への新規参入過程における借入制約と資金調達
39
表のクロス集計の結果において,資金調達を受けた者の方がそうでない者よ
りも就農後のパフォーマンスが高いことが示された。しかし,観察できない経
営者能力等により,就農後に高いパフォーマンスを示す可能性の高い者が資金
調達を受けているとすれば,資金調達を受けた者(処置群)とそうでない者(対
照群)の比較は,資金調達の効果を過大評価することにつながる。
資金調達の効果をより正確に把握するには,資金調達を受けた者が,資金調
達を受けなかった場合のパフォーマンス,つまり仮想現実(counterfactual)を
把握し,資金調達の有無によるパフォーマンスの差を検討することが必要とさ
れる。このようにして算出される効果は,処置群の平均処置効果(average treatment effect on treated; ATT)と呼ばれ,次のように表せる。
ATT= ( − |x, = )
= ( |x, = )
− ( |x, = )
なお, =
は資金調達を受けた処置群(treatment group)を, =
は資金調
達を受けていない対照群(control group)を, , はそれぞれ処置群と対照
群の農業所得を,x は資金調達が行われる以前の変数ベクトルを表す。しかし,
新規参入者は, =
( |x,
ないしは =
のいずれかのグループに属するため,
= )は現実には観察不可能であり, ( |x,
を同時に観察することはできない(Heckman et al.〔
に行われるならば, ( |x,
ATT= ( − |x,
= )
= ( |x,
= )
≈ ( |x,
= )と ( |x,
= )
〕
)
。資金調達がランダム
= )と近似することによって,
= )
− ( |x,
= )となり,処置群と対
照群の農業所得の差によって,資金調達に関する ATT を算出することができ
る。しかし,上述の通り,自己選択の存在によって,資金調達がランダムに行
われるとはみなし難い。そこで,処置群と対照群のそれぞれに対して,資金調
達を受ける確率 (x)
=Prob( = |x)を予測し,この予測確率である propensity
score に基づいて,処置群と対照群の分布がバランスするよう,サンプルをマッ
チングし(Rosenbaum and Rubin〔 〕
)
,マッチングされたデータ群の比較に
より ATT を得る方法が propensity score matching(PSM)である。ただし,PSM
では,以下の
つの仮定が満たされる必要がある。
)本節の記述は主に,Cameron and Trivedi〔
〕
,Jalan and Ravallion〔
〕に依拠している。
40
彦根論叢
第
号
平成 (
(Ⅰ)
)
年
月
( |x, = )
= ( |x, = )
(Ⅱ)
< (x)
<
条件(Ⅰ)は条件付独立の仮定を表し,x を所与としたとき,資金調達の有無
にかかわらず,農業所得が平均的には同一であることを意味する。これはバラ
ンス特性と呼ばれる性質である。条件(Ⅱ)は, (x)によるマッチングは x
に対して行われる,つまり,処理群と対照群がほぼ同様の x を備えていること
を意味する。これはコモン・サポート(common support)条件と呼ばれる。こ
れによって, (x)の分布の両端にあるサンプルは排除され,マッチングの質
は高まる。サンプルの排除によって,推定値の効率性は低下するものの,PSM
ではコモン・サポート条件を満たす領域に対して,マッチングが行われる
(Heckman et al.〔
〕
)
。
マッチングの主な方法として,(
matching,(
)nearest neighbor matching,(
)stratification matching,(
これらのうち,(
)radius matching がある。本稿では
)の nearest neighbor matching(NNM)ならびに(
nel matching(KM)
によって ATT を計測する。また,Heckman et al.〔
man et al.〔
)kernel
)の ker〕
や Heck-
〕は,(ⅰ)資金調達を受けた者と受けていない者のデータ源が
同一であること,(ⅱ)資金調達を受けた者と受けていない者が同一の市場に
アクセスしていること,(ⅲ)データに資金調達の有無を説明可能な変数が含
まれているとき,推定値の信頼性が高く,バイアスが小さくなることを指摘し
ている。就農調査は,(ⅰ)から(ⅲ)の全ての条件を満たすことから,PSM
による分析に適している。
(
)propensity score の推定
まず,propensity score を得るために,資金借入の有無を表すダミー変数を被
説明変数とし,ロジットモデルによる推定を行った。propensity score の定式化
について,Smith and Todd〔 〕は,propensity score を得るための変数選択の
方法がほとんど提供されていないことを,Heckman and Navvaro-Lozano〔 〕
は,説明変数の有意性や的中率などのあてはまりに関する指標をもとにした定
農業への新規参入過程における借入制約と資金調達
第 表
式化はのぞましくないことを指摘
41
Propensity score の推定結果
係数
している。こうしたことから,本
値
稿では,有意性の低い説明変数も
就農時年齢
大卒ダミー
− .
− .
***
− .
− .
含め,被説明変数に何らかの解釈
研修ダミー
法人経験ダミー
主作目 (水稲)
.
− .
− .
***
.
− .
− .
主作目
主作目
− .
.
− .
.
主作目 (花卉)
主作目 (果樹)
主作目 (酪農)
主作目 (採卵鶏)
就農動機 (田舎暮らし)
就農動機 (経営采配)
.
− .
.
− .
− .
.
就農動機
就農動機
− .
− .
.
− .
.
− .
− .
.
− .
− .
を与えることが可能な説明変数を
できる限り用いて,定式化を施し
た。
推定結果を示した第
表をみる
と,資金借入確率は就農時年齢が
高まるとともに低下することを示
している。これは,高年齢層ほど,
新規参入時に資金調達を必要とし
ない,ないしは農業への投資意欲
が低いことを表している。一方,
就農前に研修を受けた者は,資金
借入確率が高い。研修により農業
技術を一定程度習得した者は,そ
うでない者に比べ,就農後の農業
経営を円滑に展開できる可能性が
高い。つまり,研修受講の有無は,
資金の貸出主体にとって,資金調
達相手である新規参入者が農業経
営を円滑に展開できるか否かを表
すシグナルとなっている可能性を
前職
前職
前職
前職
(露地野菜)
(施設野菜)
(有機農業)
(都会嫌悪)
(自営)
(公務員)
(農業従事者)
(パート)
.
− .
.
− .
前職 (学生)
農業地域類型(都市)
農業地域類型(中間)
農業地域類型(山間)
定数
.
− .
− .
− .
.
対数尤度
擬似決定係数
**
**
.
− .
.
− .
.
− .
*
***
−
− .
− .
.
.
.
サンプル数
注:
)***,**,*はそれぞれ有意水準 %,
%, %で統計的に有意であること
を表す。
)就農時年齢は対数値を用いた。
)被説明変数は,資金借入の有無を表す
二値変数である。
示している。また,田舎暮らしが好きであることや有機農業の実施を就農動機
とする者の資金借入確率は低い。田舎暮らしを第一の動機として就農する者に
は,定年退職者や自給自足に近い生活を志向する者が多く含まれると考えられ,
こうした者は積極的な経営展開を志向せず,資金調達を行わない傾向にあるこ
42
彦根論叢
第
号
平成 (
)
年
月
とを推定結果は示している。また,有機農業による生産は一般に不安定であり,
かつ高い技術水準が必要とされる。ゆえに,就農当初から一定の農業収入を確
保することは困難となるため,資金調達が難しいことを推定結果は示唆してい
る。
(
)資金調達の効果
以上で得られた propensity score を用いて,NNM ならびに KM によって,資
金調達を受けた者と受けなかった者をマッチングしたサンプルを作成する。な
お,propensity score が対照群の最大値(最小値)を上回る(下回る)処置群の
サンプルは,コモン・サポート条件を満たさないサンプルとみなし,分析から
)
除外した(Smith and Todd〔 〕
) 。また,資金調達の短期的な効果と長期的
な効果を検討するために,就農初年時ならびに調査時の農産物販売額に対する
ATT を推定した。なお,分析で用いられたマッチング後のデータはいずれも
)
バランス特性を満たしている 。
推定結果を示した第
表をみると,全ての ATT が正かつ有意であることか
ら,資金調達は就農当初ならびにそれ以後の農産物販売額を高める役割を果た
すことを示している。また,資金調達の影響は就農当初の農産物販売額よりも,
就農以後の農産物販売額に対する影響が大きい。就農当初の資金調達が,経営
展開を長期的に大きく左右することがわかる。また,第
表に示されたクロス
集計結果では,資金調達を受けた者と受けていない者の就農初年における農産
物販売額の差は
.万円であるのに対し,第
よって異なるものの,その差は
万円から
表では,マッチングの方法に
万円であり,クロス集計の結果
と比べ,低い値が得られた。自己選択を考慮に入れず,クロス集計の結果を利
用することによって,資金調達の効果は過大評価される可能性があることがわ
)なお,コモン・サポート条件を満たす資金借入確率は,農産物販売額(調査時)につい
ては[.
,.
]
,農産物販売額(就農初年)については[.
,
.
]
であった。
)なお,農産物販売額(調査時)は 区分に,農産物販売額(就農初年)は 区分に分割
され,マッチングが行われた上で,バランス検定が施された。
農業への新規参入過程における借入制約と資金調達
第
表
資金調達の効果
農産物販売額(調査時)
Nearest Neighbor
農産物販売額(就農初年)
Kernel
***
Nearest Neighbor
***
.
.
.
標準誤差
バランス検定
コモン・サポート条件
.
Yes
Yes
.
Yes
Yes
.
Yes
Yes
注:
(
/
)
(
/
)
Kernel
**
処置群の平均処置効果(ATT)
サンプル数
(処置群/対照群)
43
(
/
.**
.
Yes
Yes
)
(
/
)
)標準誤差は200回のブートストラップ試行によって得た。
)***,**,*はそれぞれ %, %, %水準で統計的に有意であることを示す。
かる。一方で,調査時点における農産物販売額への ATT をみると,NNM と KM
はそれぞれ
.万円と
.万円であり,大きく異なる。Abadie and Imbens
〔
〕
は,NNM におけるブートストラップの利用が適切な推定量をもたらさないこ
とを明らかにしている。そこで,調査時の農産物販売額について,KM の ATT
をみると,
.万円であり,第
表のクロス集計結果の
.万円に比して小
さく,就農初年時と同様,資金調達の効果を過大評価する方向にバイアスが生
じていたことが示唆される。
Ⅴ.おわりに
本稿では,農業への新規参入者を対象として,新規参入過程における借入制
約の存在ならびに資金調達の効果を検討した。まず,データの簡単な整理を通
じて,資金調達が農業への新規参入時における最大の課題であることを示した。
新規参入者が十分な資金調達を図れず,借入制約に直面していれば,円滑な経
営展開が困難となる可能性がある。そこで,Evans and Jovanovic〔
〕のモデ
ルを援用して,新規参入者が新規参入過程において借入制約に直面しているか
否かを検討した。また,資金調達の効果把握の際の問題点を指摘するとともに,
資金調達の効果把握の際に生じる自己選択の影響を軽減するため,propensity
score matching を用いて,資金調達の効果を検討した。その結果,次の点が明
44
彦根論叢
第
号
平成 (
)
年
月
らかになった。
第一に,青壮年層の新規参入者は創業資金に関して,借入制約に直面してい
る。
第二に,就農当初の資金調達は農業所得を高めるが,資金調達の効果は就農
直後よりも就農後一定期間を経た後の方が大きく,長期的に農業所得を高める
効果をもたらす。また,資金調達の効果把握には,資金借入に関する自己選択
バイアスを考慮する必要がある。自己選択バイアスを考慮に入れない場合,資
金調達の効果は過大評価される可能性がある。
以上の結果から得られる若干の政策的含意を述べる。一つめとして,若年の
新規参入者をターゲットとする借入制約緩和のための資金貸付制度やメニュー
のさらなる整備が必要とされよう。通常,資金調達には担保とされる資産が必
要である。しかし,若年新規参入者の多くは,そうした担保を多く有していな
いため,十分な資金調達を行えない。新規参入者に対する資金貸付制度は近年
充実されつつあるものの,たとえば,若年新規参入者のこれまでの就業歴や職
業能力などから経営者能力をある程度判断し,そうした能力に対して積極的な
資金調達を図る制度の整備が必要であろう。二つめとして,資金調達をはじめ
とする施策の評価に際しては,単純比較による効果測定ではなく,自己選択バ
イアスを考慮に入れた,より精緻な方法を用いる必要がある。単純比較による
効果測定は,施策や制度の過大評価につながる可能性がある。
最後に残された課題について述べる。まず,本稿では,農業所得の代理変数
として農産物販売額を用いて,資金調達との関係を検討した。しかし,より厳
密な資金調達と新規参入者のパフォーマンスを検討するためには,農業所得,
兼業所得等を把握し,これらを用いた分析が必要であろう。また,新規参入者
の就農経路がその後のパフォーマンスに及ぼすことが先行研究により指摘され
ている(島他〔 〕
)
。しかし,本稿の分析では,こうした就農経路や社会的ネッ
トワークの影響は考慮されていない。たとえば,Granovetter〔
〕が「強い紐
帯(strong tie)
」
,「弱い紐帯(weak tie)
」と称したように,友人・知人を介し
たインフォーマルな就農経路を用いて就農した者と公的機関を通じたフォーマ
農業への新規参入過程における借入制約と資金調達
45
ルな就農経路を用いて就農した者では,その後の経営展開は異なる可能性があ
る。また,本稿の結果はクロスセクションによる一時点での分析に基づいてい
る。よく知られているように,農業は年ごとに大きな価格変動や収量変動に直
面する。そのため,調査年の生産条件が分析結果に何らかの影響を及ぼしてい
る可能性がある。より頑健な結果を得るためには,パネルデータによる動学的
な特徴を考慮に入れた分析が必要とされよう。データの利用範囲の拡張,就農
経路の影響,動学的な側面を考慮に入れた分析については,今後の課題とした
い。
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