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Page 1 Page 2 32 アフリカの人々と名付け7 工イズ発生の歴史を映す
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アフリカの人々と名付け 7 エイズ発生の歴史を映すか
−底深い悲嘆を宿すニョロの「叙死名」
小馬, 徹; KOMMA, Toru
月刊アフリカ, 35(6): 32-33
Date
1995-05
Type
Journal Article
Rights
publisher
KANAGAWA University Repository
ア フ リカの人 々 と名付 け 7
=イズ発生の歴史を映すか底知れぬ悲嘆を宿す二∃口の 「
叙死名」
中馬
「嘆き節」 と しての名付け
徹
は) と切 り返す。母親が付 けた名前が童名と
前回、内面 に培 った家族や隣人 に対す る密
して通用するようになる例が多いのは、母親
偵の表明のために、親たちが赤ん坊の名付 け
が 自分の子供や近隣の子供たちに及ぼす影響
を利用す る慣行を論 じた。そ して、それは邪
の方がず っと大 きいか らに過 ぎない 〔
梶茂樹
術や妖術の観念が卓越 した制裁力 とな ってい
「テ ンポ族 における人名の言語的特徴 」 『
季
る諸社会 に広 く見 られ る慣行だ と述べた。
刊人類学』1
6
(
2
)
、1
985
〕。
ミ ドル トンは、ル グバ ラの女性たちが行 う
一方ル グバ ラで は、事情が異 なる。名付け
別の行動 に も注 目す る。踊 り、 とくにニ ヤム
は妻の 「
大権」とされ、夫の母親以外は介入
ビと呼ばれ る踊 りで は、女たちは夫の欠点を
で きない。それで は、妻が夫ばか りでな く自
灰めか し、 しか もひどく猿嚢な歌を高唱す る。
分まで も邪術師 ・妖術師だ と告 白 し、恥部を
男たち もこの踊 りの集会 には手が出せない。
殊更暴 きたてる童名を好んで選ぶのは何故か
もし妻を答めよ うものな ら、歌詞が益 々酷 く
とい う、当然の疑問が一層強 く湧いて来 る。
なる一方だ とよ く承知 しているか らだ。
童名 に も、往 々夫婦間の同様の緊張が疹ん
怨み歌 としての名付け
でいる。す ると歌や名付 けは、弱い立場 にあ
ミ ドル トンは、二 ヤムビを始めとす る踊 り
る女性が感情を素直に発露で きる公認 された
に加え、類似の心理的機序が読み取れ る別の
回路の一つなのだ l
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行動 にさらに言及す る。ルグバ ラの女性たち
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は、夕方薪集めや水汲みに川へ 出掛 ける時に
Names" , TheUgandaJoumal
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5
(
1
)
,1
961
〕.
も歌を高唱す る。 この時、女たちは日頃夫の
で は、 ル グバ ラで は一体誰が赤ん坊を名付
親族 にあげつ らわれている自分 自身の落 ち度
けるのか。その事情を知れば、解明され るべ
を歌詞に読み込む。 こうして、女たちは嫁た
き事柄がまだあることに気付 くだろう。
る者の辛 さを言い立て、過酷な義務の忠実な
履行を言 い募 る夫の親族の思いや りのなさと
名付 けるのは誰か
32
愚劣さに注意を引 きつけよ うとす るのだ。
命名事情がやや似 るテ ンポでは、両親がそ
姦通を疑われた時 も、女性 は同様 に自分が
れぞれ勝手 に赤ん坊を名付 ける 〔
梶茂樹 「テ
姦婦だ、売春婦だ と所構わず歌 い歩 く。 さら
ンポ族 における個人名」
、『
季刊人類学』1
6
(
1
)
、
に彼女 は、踊 りの場で も同 じよ うに歌 う。 こ
1
985〕。だか ら、 「
知 らなか った」(
夫が こん
れ も夫の親族の過酷 さへの殊更な当て付 けで
なに人でな しだ とは) とや られれば、夫 は、
あ り、 自分の正当性や独立性の主張で もある。
例えば 「
開 けてみ るまではわか らない」(
高
女性 は、 この機会を捉えて夫方親族の権威の
い婚 資 を支払 ったの に、妻が ぐうた らだ と
下で抑圧 され る感情に捌け口を与え、世間の
注意を強 く引こうとしているのである。
つ」など、ニ ョロの 「
叙死名」か らは容易に
すると、「
殺意 において」(
母親 は邪術師で
底が窺えないほどに深い悲哀 と諦念を こめた
他の女を殺 した)、「
多 くの人が倒れた (
死ん
咳 きが聞 こえて来 るように思えてな らない。
だ )」(人 々は父親 が邪術師で人殺 しだ と言
それ らの名前 は、一度耳 にす るだけで も真に
う)など、 自分や夫を 自ら旺めるような名前
恐 ろ しい響 きを伴 ってはいまいか。
を好んで赤ん坊 に付 ける事 も、全 く同様の観
点か ら解釈するべ きだ、 と ミ ドル トンは結論
付 けて いる 用i
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,前掲書〕Oつ まり、
エイズの起源 を記録する 「
叙死名」
ビーテ ィーは、ニ ョロで はマラ リア、毒腫、
この場合、女性 は自分や家族の非倫理的な振
赤痢、療病 ばか りでな く、「
特 に1
9
世紀 に も
る舞いを告 白しているので はない。実 は、彼
た らされた (と思われる)性病が風土病であ
女 は、そのような濡れ衣を着せて 自分の家族
る」 ことを、移 しい数の 「
叙死名」が存在す
を苦 しめる、隣人である夫方親族 たちの無分
る背景 と して挙げる。さらに注 目すべきは、
別 と冷酷 さを告発 しているのである。
彼が次のよ うに書 いた事実だ。 「
ニ ョロ人 は、
自分 た ちの人 口が減 りつつ あ ると信 じてお
底知れぬ悲哀 と諦念
誰かに向けたメ ッセージとして想定 される
り」
、「
事実、現存す る証拠が、大多数のアフ
リカの民族 とは異な り、仮 に減少 は していな
命名慣行の このよ うな社会的機能 は、程度の
いとして も、二 ョロ人の人 口の停滞を示唆 し
差 はあれ、ルグバ ラばか りで はな くニ ョロや
ている」〔
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,H
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テ ンポで も共通の特性 として確認で きるもの
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7〕。
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である。す ると、 これ ら三つの社会の命名慣
因みに、 日本で はある土地の寺の過去帳を
行 には、他 にも 「
叙死名」 という重要な共通
繰 って い ると、 あ る年 に限 って沢 山の嬰 児
項がある事 に更めて思い当たるだろう。
私が仮 に 「
叙死名」 と呼ぶ範噂の名前 は、
今 まさに名付けよ うとしている我が子が遠か
らず死ぬ ことを吐露す る名前であった。私 は、
「
叙死名」にこめ られた深い悲嘆 と恐れは、
(
えい じ、乳児) ・該児 (
がい じ、幼児)の
記述が連な る場合がある。 これ は、明 らかに
その土地で伝染病が流行 った証拠である。
で は、 ビーテ ィーが 「
性病」 と記 し、「
人
口爆発」が見 られ るアフ リカとしては例外的
親の胸中か ら真 っ直 ぐに湧 き出 して吐露され
にニ ョロ人の人 口が停滞 している最大原因 と
た ものであ り、機能的であるよりはむ しろ叙
見たのは、一体 どんな病気だ ったのか。思い
述的な性格のものであろうと述べた。小川了
切 って推測すれば、エイズで はなか ったか。
氏 は、梶茂樹氏が論文の中で 「どうせ この子
ウガ ンダ中部 には、「
痩せ病」 とかスワヒ リ
もす ぐに死ぬだろ う」 とい う親の捨て鉢な気
suhuT
niと呼ばれ る風土病があ った.
語で ht
分を記述 している事を見答めたが、その記述
I
†
1
のサブタイプ Aは、東アフ リカ
そ して、H
は恐 らくリアルな ものであろう、 と。
を発祥の地 とす る。ニ ョロの 「
叙死名」には、
ただ、上記三民族の 「
叙死名」を比較す る
名前の記号性ばか りでな くその社会的機能 さ
時に、同時に、大 きな 「
量的な差異」を認め
え も超え る、底知れぬ詠嘆の響 きが聞 き取れ
ておかなければな らない。ルグバ ラ人 とテ ン
ないだろううか。それは、エイズの発生 と流
ポ人 の間で は、「
叙死名」 は数え るほど しか
行の歴史を映 し取 っていたか らではなか った
兄 い出されていない。 また、「
死 は鳥のよ う
か-
に啄む」、 「
死 は自ら楽 しむ」、「
一 日」(もも
医学が明 らかにす る蓬か以前 に。
(こん ま とお る 神奈川大学社会人類学)
つ まい)、 「明 日死 ぬだ ろ う」、 「
何 の役 に立
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