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医薬品販売会社の経営改革 医薬品販売会社の経営改革
医薬品販売会社の経営改革 森 元邦 (薬 剤 師) 1.企業の概要 医薬品販売のA社は、大阪に本社があり、1950年に設立された資本金2億円、年間売上 高50∼60億円、従業員190名で医薬品を販売している小規模の企業である。製品構成は、 後発品(新薬と同等性が認められたもの)および局方品(アスピリン、消毒薬のように古くか らある医薬品で、日本薬局方に掲載されている医薬品)が主体である。 後発品はいわゆる二番手製品で、新医薬品の特許切れおよび再審査が終了した時点で、新薬 と同等である事を証明して販売される医薬品で、開発費は新医薬品に比較して 1/100 から 1/1000 ですみ、薬価(医薬品の価格)は、新医薬品の約8割の価格が与えられるので、一つの 新医薬品に対して、一部の大手製薬企業を含む数社から数十社が許可を取得し販売している。 その為販売競争が激しく価格破壊を生じ、発売1ヶ月後には新価格の 1/10 以下で販売するメ ーカーが現れる事もある。 薬価の改訂は2年毎に行われている。以前は新医薬品を含むすべての医薬品生産量が基本に なっていたので、いくら低価格で販売しても又、新薬の7∼8割の薬価が付いていた時代があ り、その頃の後発品販売メーカーは、利益も多かったが、現在では、品目別の加重平均値が基 準になり新薬価が定められるようになって来た為、あまり安売りをすると製品寿命が短くなる 仕組みになってきた。高価格で販売していても販売量が少ない品目については、薬価改訂時に 後発品として指数処理をされ安い薬価になることがある。この様な製品については、利益幅が 少なくなり販売を中止することになる。 後発品メーカーの販売形態には、大手新薬メーカーと同様に大規模卸を通じて販売するメー カーと、数名の現金問屋および自前の小規模卸(販社)を通じて販売するメーカーの2種類が ある。 前者は、大病院等にも口座がありユーザー数は多いが約1割程度の卸マージンが必要で、価 格は保たれるが販売量が少なく、利益幅が少なくなった後発品の販売には不利となってきた。 後発品製造メーカーの販売形態は後者が多く、以前と比較して製品寿命は短くなるが、最低薬 価の補償(改訂前薬価の 1/2.5)がある為、利益幅のある間に大量販売する方法が現在も取ら れている。 欧米では安い医療を目指して後発品市場が大きく、物量で30―50%を占めているが、日 本では数%に過ぎない為、大手製薬企業が将来を見込んで後発品市場へ参入している。しかし ながら欧米とは販売形態も異なり、後発品に対する政府・医療関係者の取り組み・考え方も異 なる為,なかなか欧米のように後発品市場は伸びていない。さらに上述のように大手企業の販 売方法では,急速に製品寿命が尽き、最近後発品市場から撤退し始めた大企業もでてきた。 1 2.企業の抱える課題 モデル企業の営業は、営業マン(医薬情報担当者:MR)が130名で、2営業部制をとり、 14支店・営業所を備え、全国約50の広域卸を通じて医薬品を販売している。各卸の医薬品 販売量の1%にも過ぎないが、50年来の付き合いがあり卸としては信頼のおける数少ない後 発品メーカーの1社として位置付けられている。販売は卸の営業マン(セールス)に依存する ところが大きく、局方品の一部は大病院に納入実績があるが、殆どの医薬品は中小病院と開業 医が市場である。 (1)局方品の売上は数年横ばいである。 (2)後発品の売上が毎年減少している。 (3) 毎年数品目新製品がでてきても、 次薬価改訂時に生き残るのは1−2品目しかない。 (4)広域卸を起用しているので価格が下げられない。 等の問題点があり,販売会社は売上が減少し収支バランスが圧迫されてきた。 親会社の製造元としてもこれら問題点打開の努力がなされ、付加価値の高い後発品の開発に 取り組み、大病院でも納入可能な新製品が出てくるようになった。親会社も経営が苦しく新製 品については大手企業と販売子会社の並売により生産量を増加させる方針を採用する事にな った。 販売会社のMRは大病院の医師・薬剤師に対し医薬品の効能を説明して販売する経験が少な いという問題点があったが、販売会社として利益を上げる為にも新製品を少しでも多く売らな ければ、販売子会社としての存在価値を問われることになり、急速にMRの体質強化を含む経 営改革が課題となって浮上した。 この様な問題点・課題をのりきるために、以下に述べる経営改革の5ヵ年計画を策定した。 3. 経営改革 (1)営業担当者(医薬情報担当者:MR)の体質強化 ① 教育体制の整備 MRは中卒から大卒までいて40歳以上が6割を占めていた。全員が男性で、大卒の 一部が技術・生物系出身者で薬学系出身者は皆無であった。本社学術部の薬学系4名(内 2名男性)が、製品情報を含む学術情報を月に一度営業所長会議で教育していた。毎年 のように数個、多い年には10個を超える新製品が出る中で、教育をする側も受ける側 も大変で、MRは不消化のまま次の製品教育を受ける状態であった。大病院向けの新製 品が発売された事および数年前からMRの資格試験が開始されたことから、教育指導体 制の整備が急務となった。 ② 薬学系社員の採用 役員が全国の薬学部を周り、就職担当および知人の教授に依頼し学生を紹介してもら い、5年間で約20名の薬学系新人を採用した。 最初に行ったのが学術部の強化で、薬剤師を6名追加し、本社学術が5名、支店学術 の5名は東京,名古屋,大阪,広島,福岡に各 1 名配属した。学術部員が各営業所に赴 き製品教育および資格試験用の教育をすることになった。 薬系のMRも増え,始めて女性MRが誕生し、他のMRへの刺激にもなり、MRの体 質強化に貢献した。しかし定着率は悪く、約半数は2∼3年で退社し,管理薬剤師又は 2 他社のMRの道を選択した。 (2)営業体質の強化 ① ユーザーの変化 後発品および局方品を中心に中小病院・開業医が行動の中心で卸のセールスマンに依 存する販売であったが、付加価値の高い大病院で使用する医薬品の発売に伴い、ユーザ ーの大病院シフト対策が検討され実施に移された。 ② 営業経験者の採用 大病院での医薬品販売を行う為に、薬剤師で即戦力となる大手企業のMR経験者(役 職定年者)を10名ほど採用した。全国に配属し、MR指導および実際に納入実績を上 げてもらうことになった。 MRとの同行指導により大病院での納入実績は上がり、MRの資質向上に貢献したが、 2∼3年後に約半数の人は退社することになった。 ③ 利益商品の確保 利益商品の販売強化をすると共に、低価格納入先の値上げを検討し、応じてもらえな い先は取引を中止する策を進めた。毎年利益商品を販売戦略品として選び販売を強化し た。2年間で利益商品は2倍以上の売上となった。又値引率を5年間で 10%から 3%ま で減少させる計画を立て実行に移した。 売上は減少したが、着実に利益率は上がり利益確保に貢献した。 ③ エリアマーケティング制の導入 5年後にMR数を130人体制から100人体制にし、支店・営業所制からエリアマ ーケッティング制に移行する計画を立てた。5名以上のエリアを全国で15に分割し、 各エリアマネージャーは自ら数字を持ち営業活動をするプレイングマネージャーを充 て成果主義をエリアにも導入した。実績の上がるエリアには人が集まり、実績のないエ リアは整理統合される仕組みを作った。 MR一人あたりの販売量は着実に増加し、実績の多いエリアは更に大きくなった。 (3)給与体系の整備 ① 年齢給,能力給の分離および役職制の整備 給与体系は年功序列型になっており、すべての社員が入社時8等級に組み入れられて, 45歳以上で5∼6等級の社員も2割ほどいた。永年勤続者(中卒者)が有利で,女性、 中途採用者は極端に不利な体制であった。 表1のように能力的要素を強くした給与体制表を作成した。年齢的要素は若い時に厚 く,能力的要素は年齢と共に増す仕組みを作成した。昇給基準は曖昧であったが、5級 職以上は論文,実績および面談により各級の昇給率により昇給するようになった。 男女は同一基準で評価されるようになり、中途採用者も年齢,能力により適正なラン クからスタートし,2年目からは従来社員と同列に評価されるようになった。 ② 成果主義の導入 賞与は、施策品および全体の売上目標の達成率で、A、B、C、D、Eの5段階評価 とした。 表2に示すようなエリア制に見合った能力評価も試みられた。エリア毎の評価と個人 の評価を掛け合せて最終の個人評価とした。中間的な社員を1とした場合の格差は、 3 0.563∼1.563 になり、最も評価の悪いエリアの最も評価の悪い社員と、最も良いエリア の最も良い社員の格差は、2.777 倍になった。 年齢 表1 給与体系(年齢給,等級給および能力給) 等級給 組合員 管理職 8 7 6 5 4 3 2 19-24 23-28 26-36 31-43 36-60 41-60 46-60 90% 80% 70% 60% 30% 20% 3 4 7 10 14 19 29 40 34 49 60 54 69 80 57 74 89 年齢給 等級 年齢幅 昇給率 22 103 24 106 28 111 36 120 41 126 46 132 51 139 最終 給与幅 1 51-60 10% 含能力給 180-200 220-270 240-320 270-410 300-490 350-560 390-650 100 表2 賞与評価表(B,C,Dエリアの個人評価:一部省略) エリア評価 個人評価 A 1.25 B C D 1.125 1 0.875 E 0.75 A B C D E C C C A B C D E 全体比率(個人) 1.25 1.125 1 0.875 0.75 1 1 1 1.25 1.125 1 0.875 0.75 1.563 1.406 1.25 1.094 0.938 1.125 1 0.875 0.938 0.844 0.75 0.656 0.563 2.777 2.499 2.221 1.944 1.666 1.999 1.777 1.555 1.666 1.499 1.333 1.166 1 (4)経費削減 ① 人員計画 5年間で190名の従業員を115名に削減する計画を立てた。親会社の工場の増設 に合わせて、管理部門および物流部門に高齢者および営業に向きそうもない若手社員を 中心に50名ほど移動させ、自然退職減と合わせて75名ほどの削減になる。実際には 1年目に工場に40名ほど転勤が可能となり、計画の前倒しとなった。 ② 役職定年制の導入 黒字が見込める時点で、早期退職制度と役職定年制の導入に踏み切る為に検討を開始 した。対象者は50歳以上の約50名で退職金補填の為約3億円が必要であるが、損金 4 計上で対処することにした。実際には、改革2年目から資金繰りに影響のない事を見 表3 人員計画 営業部門 MR数 部・所長(管理のみ) 間接部門 合計 改革前 3年目 5年目 130 20 40 190 100 3 27 130 95 2 18 115 定めて順次開始された。 ③ 営業所の整理統合 改革前には全国に3支店11営業所が開設されていた。各支店・営業所には事務員が 配置され3∼20名のMRが配属されていた。これを5年間で2支店3営業所に整理統 合をする計画を立てた。 4.成果および課題 (1) 教育体制の整備および大手MR経験者の指導によりMRの資質が向上した。大手企業 と並売した製品は、MR数は1/5であるが,大手企業の約半分の売上高を示し健闘した。 図1 ユーザーの変化 中小病院 大病院 100 50 0 改革前 3年後 5年後 (2)図1の5ヵ年計画に示すように、改革前は中小病院・開業医が中心であったのが、ほぼ 予定通り大病院の売上比率が増加した。 (3)収支バランスは、図2の5ヵ年計画に示すように、次年度から売上高は減少したが、利 益商品の確保および経費削減等が貢献し、赤字から黒字に転換した。 5 図1 収支バランスの推移 7,000 6,000 5,000 4,000 3,000 2,000 1,000 0 -1,000 改革前 3年後 売上高 経費 利益 5年後 (4)エリアマーケッティング制の導入、営業所の整理統合、昇給基準の透明化、成果主 義の徹底、役職定年制の導入等環境整備ができ、利益追求型の販売方針が従業員の末 端まで浸透し、利益を生み出す仕組みができた。5ヵ年計画中途ではあるが、2∼3 年では崩れない強い営業軍団に成長した。 (5)御輿に乗っかったりぶら下がっている従業員を減少させ、全員が御輿を担ぐように なれば更なる発展が期待できる。 6