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会計学説史研究に関する一考察

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会計学説史研究に関する一考察
滋賀大学経済学部研究年報Vol.21995
一 79一
会計学説史研究に関する一考察
一静態論および動態論の意義と,それらの
史的展開についての考察を中心として一
太 田 善 之
1 序
Aufgabe, ihren Ursprung, die Stadien
ihrer Entwickelung quellenmaBig zu
かの文豪ゲーテの言葉に次のようなものがあ
erforschen und festzusetzen und ihre
る。(引用は佐々木[1955],50∼51頁より行う。)
Fortschritte darzulegen.” (Penndorf
[1913], Vorwort, S.III)
“Die Geschichte einer Wissenschaft lst
die Wissensehaft Selbst.”
ここで彼は,自著を書くにあたっての実践的
な目的を,「芸術のマイスターならんと欲する
すなわち,ある科学における歴史こそが科学
者は歴史を研究しなければならず,この歴史的
それ自体である,と彼は断言する。これにした
な基盤がなければ,あらゆる能力が不完全なも
がえば,ある単純な理論がひとつの学問体系へ
のとなり,そして現在の現象についての判断が
と展開するプロセスそのものが科学であるから,
不確実かつ未熟なままにとどまる」,というモッ
必然的に科学者側の態度として,その科学の成
トーから導き出す。さらに,この目的には科学
立史およびその発展史を研究することこそが,
的な目的が結びつく。あらゆる科学の歴史は,
科学を確固たる体系へと昇華させる原動力にな
その起源,その発展の諸段階を文献上研究し確
るのである。さらに,もちろんこの文言を踏ま
えてか否かは定かではないが,後の時代に属す
定し,その進歩を説明しなければならないとい
の
う課題をもっている。こうしたゲーテやペンド
るペンドルフは,『ドイツ簿記史』と題する著
ルフのような歴史的考察に対する意識を,すで
書の序説を次のような言葉で書き始めた。
に高度に発展してきた現代の会計学において重
視する,あるいは重視しなければならない理由
“ “Wer in einer Kunst Meister werden
を,われわれはどこに求めたらよいのか。
will, studiere deren Geschichte. Ohne
現在,会計諸分野においては,言うまでもな
historisches Fundament bleibt alles
く従前以上の発展をみてとることができる。そ
K6nnen unvollkommen und das Urteil
れは既存の会計理論の深化,純化という方向で
Uber die Erscheinungen der Gegenwart
あり,あるいは,会計の定義それ自身の変化に
unsicher und unreif.”
おいて初めてとらえられる会計の拡大という面
Mit diesem Motto ist der praktische
でもある。たとえば,会計理論の実務への具体
Zweck der vorliegenden Arbeit ausge−
的応用という意味における新たな研究領域の開
sprochen.…(中略)…
拓でもあり,ここでも逆に,会計を取り巻く社
Ferner verbindet sich damit ein
会的・経済的環境の変化に伴う会計以外の領域
wissenschaftlicher Zweck. Die Geschichte
einer jeden Wissenschaft hat die
(1)白井[1982](153∼154頁)を参照のこと。
一80一
滋賀大学経済学部研究年報Vo1.2 1995
からの影響に対する会計の対応としての発展と
いう面でもある。しかしながら,そうした発展
プロセスが必ずしも有効性を持ちえないと考え
く う
られる。
が誰にとってもまったく承認できる過程であり,
それゆえ,会計学月並研究がターンのパラダ
完結した合理的な会計理論の体系を備えて成立
イム的な意義を持つべきであるのか,またはそ
しているかどうかははなはだ疑わしい。それは,
れ以外のたとえば,ポパー,ラカトシュ,シャ
会計においてターン(Kuhn[1962])の説く
「パラダイム(paradigm)」の存在が明確に区
ンツなどの一般的科学論の会計学への援用が有
ゆ
用であるのかどうかはともかくとして,歴史的
別・証明され,その各パラダイムの厳密な段階
に考察する態度は科学研究にとって最も重要な
的発展によって史的展開する科学として会計が
ものの一つであるといえる。つまり,会計学に
認識されるかどうか,という疑問に対する,衆
おいて歴史的に明確な方向性が存在していない
目一致の解答が存在しないことでもあろう。
この点,遠藤[1995](111頁)は会計学説史
ことが,現在のある意味で混乱とも思われる状
況を産み出しているに違いない。
の座標軸の確立にあたって,暗黙のうちに「パ
以上のような一般的な認識を前提に,本稿で
ラダイム」の確認を目指そうとする。しかし,
は,会計学説史研究における基礎的概念の解明
それは会計における学説それぞれがすでに「パ
と判断基準の確立に向けた考察を試みる。第H
ラダイム」を構築するという前提にたっての理
節では,会計において歴史的に考えるとはどの
解にすぎない。「パラダイム」概念そのものの
ような態度で臨むことであり,何を行うことで
会計学野史の考察への適用が,有効であるのか
あるのか,ということについて検討する。富里
否かの考察はそもそもまったくない。また,マ
節において,会計思想上重要である静態論と動
テシッチは,とりわけアメリカにおける会計理
態論についての基本的概念を整理した上で,第
論の変遷を管理・信託の観点(Management−
IV節では,静態論と動態論のかかわり合いを会
Treuhandprogramm),評価の観点(Bewer−
計学説上の発展の経過と同時に,それを法律面
tungsprogramm),そして情報戦略的観点
における発展史としてとらえた場合の展開につ
(lnformationsstrategisches Programm) に
基づいて跡づける。その場合,主に経営学上の
エージェンシー理論の会計学への援用に至る過
程に着目し,最終的には,多面的な目的指向的
(2)会計学も広い意味では含まれると考えられる経
営経済学に対するターンのパラダイム概念の適用
ということに関しては,肯定的見解としてのブラ
ウン(Braun[1983]),またはシュミット
組織体としてとらえられる現代企業における,
(Schmidt[1983])を,否定的見解としてはシュ
とくに情報目的がエージェンシー理論によって
ナイダー(Schneider[1983])を参照されたい。
最も的確に説明されると考える(Mattessich
[1985])。こうして,確iかにマテシッチはター
なお,経営経済学上の問題設定に対する歴史的か
つ社会的関連,および固有の科学史に対する関心
が再度増しつつあるというブラウンの指摘
ンによるパラダイム概念を会計学という科学に
(Braun[1983], S.128)をうけて,オーバーブ
適用するのであるが,それはあくまでもアメリ
リンクマンは,静的貸借対照表論(以下において
カという地域における単独的かつ特異な適用に
とどまること,そもそもエージェンシー理論そ
れ自体の会計学への援用が普遍性をもつかどう
かという疑問に対して明確な解答がない,つま
り,エージェンシー理論によって会計学上の概
は,静態論)および動的貸借対照表論(以下にお
いては,動態論)を合理的に再構築する手段とし
て,歴史的な考察,そしてそれに基づく歴史的な
方向付けを行うことを試みる。
(Oberbrinkmann [1990コ, S.6)
(3)経営経済学を経験科学としてとらえた場合の学
念,技術的手法のすべてが合理的に説明される
史研究のありかたを,ポパーに始まる一連の科学
論にもとづいて考察するという課題に関しては,
わけではないがゆえに,彼の論理と論理付けの
永田[1994],永田[1995]を参照されたい。
会計学説史研究に関する一考察 (太田 善之)
一81一
いて,とくにドイツでのあり方を考察する。そ
員会(Committee on Accounting History)を
して,第V節では,第IV節の検討をアメリカに
1968年に組織した。そして,この会計史委員会
おける近年の概念フレームワークの中の利益観
は報告書を1970年に公表した。
との関連で考える。
それによれば,会計史とは環境および社会的
要請に応じて会計思想および会計実務,そして
1[会計史の定義とその研究側面
会計制度における発展を研究することである。
それはまた,これら発展が環境に及ぼす影響を
本節では,アメリカ会計学会(AAA)の組
考察す.ることでもある。(AAA[1970], p.53)
織した会計史委員会の研究成果を考察し,会計
このように定義される会計史には,知的な
史研究の意義および重要性を確認すると同時に,
(intellectual)側面と功利的な(utilitarian)
それが現時点の会計諸分野における発展とどの
側面とがある。
ように結び付けられるかを検討することにした
会計史における知的側面とは,会計史が会計
い。
思想および会計実務,そして会計制度が発展す
さて,AAAは他の委員会とならんで,ゼフ
るプロセスを描き出し,変化を引き起こす環境
(Zeff, Stephen A。)を委員長とする会計史委
における諸要因を確認し,この変化が現実にど
のように生じるかを明らかにする,という諸点
(4)たとえば,会計理論の変化,または深化,もし
くは会計領域の拡大のどの局面でとらえられるか
は論者によって定かでないが,いわゆる物価変動
にある。会計史の知的研究はまた,会計思想お
よび会計実務,そして会計制度における変化の
会計をめぐる議論は,それが常に話題性を備えて
環境に与える影響を決定する。最終的には,こ
はいながらも,現実には会計思想をめぐる議論の
本流にはならなかったし,現在でもなりえている
れは経済史(economic history)および経営史
とは言いがたい。物価変動会計は,激しいインフ
(business history)を充分理解するのに貢献す
る。
レーションの時代に常に声高にその必要性が叫ば
れるが,とくに制度上,一つの会計システムとし
ては体系化されなかった。もちろん,たとえばア
メリカやイギリスにおいては,物価変動会計を公
表財務諸表に適用される基本的会計システムとし
て位置づけた時期もあったが,現在では従来通り
他方,その功利的側面とは,歴史が今日通用
している概念実務,そして制度の起源に光明
を投じ,現代における会計諸問題の解決を洞察
する,という諸点にみられる。環境と会計思想
取得原価主義会計が基本である。この点,たとえ
および会計実務,そして会計制度における変化
ば,近年における新金融商品の開発にともなうそ
との過去における相互作用が解明されるならば,
の会計上の扱いをめぐる議論の結果,部分的に時
価主義を前提として評価するという資産項目も存
現在提示されている解決法の結果を幾分か容易
在するが,そうした処理は会計システム上の主流
に予測しうるであろう。(経済的,社会的,政
ではなく,あくまでも副次的な部分修正の領域に
治的,そして法的要素を含む)環境における発
すぎない。
展に対応する会計思想および会計実務,そして
物価変動会計が会計システムとして取得原価主
会計制度における発展を観察することによって,
義会計に取って替わることのなかった理由の一つ
には,いつの時代においてもその話題性のゆえに,
発展途上国の環境とより両立しうる実務および
制度を提案し得よう。(AAA[1970], p.53)
あまりにも熱狂的な取り上げ方に終始し,歴史的
考察を含めた根本的考察がなおざりにされる面が
もちろん,これら側面はあくまでも,直接的
あった点を考慮する必要がある。
にその結果が明瞭になるという性格のものでは
(5)このAAAの会計史委員会の報告書を紹介す
るものとしては,すでに小倉[1970](14∼19頁),
久野[1972](29∼30頁)がある。本論文で触れ
ない内容もあるので参照されたい。
ない。このことは,会計史委員会自身の,「歴
史研究における発見が,直接に現在の実務問題
の解決に役立つわけではない」(AAA[1970],
一82一
滋賀大学経済学部研究年報Vo1.2 1995
P.54)という意見にみられるように,とくに功
人の役割と責任の発展(会計史と国際会計の
利的側面における会計史研究の問題点一その波
「比較」側面との間の境界面が示唆される問
及的効果がすぐ眼に見えるような形で発露する
題)。
ことの少なさ一の容認にすでにうかがえる。し
こうした研究対象の列挙は,何らかの判断・
かし,会計史委員会は,この会計史研究の問題
分類基準にしたがって行われたものではない。
点または欠点を正面から認識しつつ,先に定義
余りにも個別的・多面的であり,しかも実証的
された会計史研究の対象となる分野を,具体的
側面を強調した内容が列挙されている。つまり,
に以下のような例をもってして掲げる。(AAA
アメリカおよびイギリスの両国に限定している
[1970],pp,53∼54)
点はやむをえないとしても,功利的側面に限定
くの
1.後入先出法の発達:もともと,連邦所得税
したものにすぎない点がうかがえる。ただし,
法上の課税所得計算のための容認される会計
会計史委員会は会計史の研究が,経営史家およ
処理方法方法であったが,その後「一般に認
び経済史家との共同によって行われることを奨
められる会計原則」として発展する。
励しており,関連する環境が,絶え汚ない相互
2. 「一般に認められる会計原則」が権威ある
作用の中で経済的要因だけでなく,文化的かつ
ものとして容認されるプロセスに関する,ニュー
政治的要因を含むことを前提としているのであ
ヨーク証券取引所,公認会計士,および証券
る。さらに,会計史の分野に限定した場合であっ
取引委員会の関係の発展。アメリカの実務と
ても,そもそも会計史料自体の収集と整備が必
イギリスの実務との関係。
要であるという基本認識は当然のこととして要
3.経済的および政治的環境の変化に関連する
求している。(AAA[1970], p.54)したがっ
イギリス会社法の会計および監査条項の発展。
て,それぞれの科学分野における史的研究にとっ
この発展がイギリスの職業会計人に与える影
ての基礎的前提を確立する,ないし確立した上
響。
で相互作用を考慮することを強調していると考
4. 「科学的管理法」が標準原価計算の発展に
えられるので,必ずしも「経済学や経営学の歴
与える影響。
史研究の成果を十分に摂取した,あるいは摂取
5.アメリカにおける第2次世界大戦後の企業
せんとする科学的認識が若干欠落している」
合併の本質および進度と,「持分プーリング」
(久野[1972],30頁)わけではない。
会計の発展との相互関係。
もちろん,ここに掲げられる個別テーマを研
6.非営利事業の会計実務の発達における職業
究することは十分に意義を有することであり,
会計人の役割。
現にそうした研究はこの報告書が公表されて以
7.19世紀および20世紀における単科,総合大
来,数多くなされてきたことは言うまでもない。
学の簿記,会計教育の発展。
そうした事情を念頭におくとともに,会計史研
8.アメリカの会計思想および会計実瓶そし
究が,単に「会計制度の改変方向を決めるとい
て会計制度に対するアメリカ公認会計士協会
うような,明瞭な形で効果を発揮することは珍
の影響。
しい」(小倉[1970],16頁)という理由で顧み
9.自由放任主義かつ混合経済下における監査
られなくなってしまうことがあっては,歴史的
な発展を経て常に社会的かつ経済的,場合によっ
(6)もちろん原文では,“…1ast−in, first−out in−
ventory accounting…”と書かれている。した
がって,小倉[1970](16頁)および久野[1972]
ては文化的な環境の中にあって初めて成立する
と考えられる会計学の,社会科学としての存在
(29頁)が“FIFO”と記述するのは,明らかな
意義をまったく否定することになってしまう。
間違い(誤解ないし誤植)である。
依然として,会計理論面における史的研究の重
会計学説史研究に関する一考察 (太田 善之)
一83一
要性は減じられることがないという認識こそ必
状態が尺度であるのでなく,計算目標でさえあ
要である。
る。財産の概観が静態的性格をもつ限りにおい
て,それが自身にとっての一覧を伝達すべきで
皿 「会計思想」としての静態論
および動態論
貸借対照表の他の読者にとっての一覧を伝達す
現在,会計学(ドイツ流の表現を使うならば,
異なってくる。そして,自身にとっての一覧が
貸借対照表論)においては数々の会計思想が表
求められる場合には流動性(ないし支払能力)
明され,しかも,それらの中には制度上の要請
についての一覧と債務の程度についての一覧と
あるのか,それとも破産の場合に重要視される
べきであるのかによって,財産の概観は大きく
としてすでに具体的に実践されているものもあ
が区別され,それらは競合することになる。
る。たとえば,資金計算書に関する理論とその
(Schmalenbach [1916/17], SS.10f.)
実践,または環境会計の現実的適用などが一例
他方,計算期間の初めと終わりの財産状態か
としてあげられよう。しかしながら従前と同じ
ら利益を計算しようという場合には,期首貸借
ように,会計思想の本流にあって論議の的になっ
対照表と期末貸借対照表との比較可能性に重点
ているものが,静態論と動態論の二つであるこ
は移る。貸借対照表上における写像は絶対的正
とには異論がなかろう。
確性というよりも,相対的正確性を伝達する。
もともと,静態論および動態論という名称が
つまり,絶対的正確性の追求が支援されるとい
使われるようになった契機は,ドイツにおいて,
うよりも妨害されるのである。この意味におい
シュマーレンバッハが貸借対照表に関する二つ
の考え方を区別するために自説を動態論と呼称
(7)この経緯,および評価論争等の詳細については,
し,それとの対比においてそれ以前の,とくに
さしあたってOberbrinkmann[1990](Erster
Tei1),および弥永[1990](第3章第i節)を
法律上の貸借対照表の概念を静態論という名称
によって説明したことによる。すなわち,「わ
れわれは,以下において,状態という計算目的
をもつ貸借対照表を静的貸借対照表と呼び,運
動の認識という計算目的をもつ貸借対照表を,
そこにおいては,状態は目的に対する手段にす
ぎないのであるが,それこそを動的貸借対照表
と名付けたい。」(Schmalenbach[1916/17],
S.11,Fn.1)シュマーレンバッハのこの脚注に
おける説明は,ドイツ普通商法典の立法化過程
の中で開催されたニュルンベルク会議における
審議に際し,プロイセン草案第29条を法文化し
たドイツ普通商法典第28条の解釈をめぐって,
貸借対照表目的をどのように措定すべきかとい
参照されたい。なお,簡単に経過を記するならば,
ドイツ連邦議会の決議により,ドイツ普通商法典
のための委員会が発足し,1857年から1861年に至
るまでにニュルンベルクで審議が重ねられた。こ
の審議に際しては,プロイセン(第2)草案,オー
ストリア三尉草案,そしてオーストリア政府修正
草案がたたき台となったが,最終的にプロイセン
(第2)草案を基礎として審議に付された。審議
は,第1読会,第2読会と続き,第3読会を開く
ことなく,第2読会の最終規定がドイツ普通商法
典とされる。(Oberbrinkmann[1990コ, SS.
33f., SS.41ff.;弥永[1990],1322∼1324頁)
(8)以下の規定である。
“Jeder Kaufmann ist verpflichtet, BUcher
zu fUhren, aus welchen seine Handelsge−
schafte und die Lage seines Verm6gens
vollstandig zu ersehen sind.
う論点を検討するとき表明された。
Er ist verpflichtet, die empfangenen
ここで,財産状態を表示する場合の目的を,
Handelsbriefe aufzubewahren und eine
商人がいかに裕福になったかを明らかにすべき
であるという点に求めるならば,貸借対照表は
絶対的に正確でなければならない。したがって,
Abschrift(Kopie oder Abdruck) der abge−
sandten Handelsbriefe zurttckzubehalten
und nach der Zeitfolge in ein Kopierbuch
einzutragen.” (ADHGB[1861], S.6)
一84一
滋賀大学経済学部研究年報Vol.2 1995
表1:貸借対照表論の区別
静 態 論
動 態 論
本 質 論
平均表
残高表
目 的 論
財産計算
損益計算
能 力 論
債務返済能力を有するもの
次期以降の損益計算に役立つもの
評 価 論
時価(換金可能価格,売却価格)
原価(購入価格)
て,状態は単に尺度にすぎない。(ebd.)
強い会計規定はいまだに存在する。また,いわ
静態論および動態論は,ドイツにおける貸借
ゆる動態論的会計思想との歩み寄りによって導
対照表論研究においては,表1のように区別さ
入されたといわれる会計規定も,必ずしもすべ
れて理解される。そして,歴史上の経緯からい
てにおいて理論的な動態論を根拠として組み込
えば,まず静態論が実務上および法律上の貸借
まれたものではない。(たとえば,繰延資産に
対照表にとっての基本思想としておかれ,その
関する規定)それゆえ,単純に制度会計の領域
後,動態論が貸借対照表目的として実務上も普
においても動態論的会計思想が前提となって,
及し,それに合わせて法律上の基本思想となっ
会計規定が立法化されているわけではない。強
たのである。ただし,それらについては一つの
いて言うならば,どちらかの理念に優位または
統一的概念の下で要約され,会計思想の発展史
劣位を付与するかどうかに関わらず,とくに会
の考察がその合理的な判断基準の下でなされて
計学説史の側面で両者が重要な会計思想である
いるとは言えない。たとえば,わが国の制度会
ことについての一致点は,それなりに見いだせ
計の領域における会計思想の発展史の検討から
るといってさしつかえないと思われる。
は,次のように言えよう。わが国においては世
さて,このようにわが国の会計思想を具現化
上言われるところの「トライアングル体制」の
する制度会計において,法の位置づけによって
中に企業会計制度が成立している。この中で,
異なる理念の下それぞれ独自の会計規定を発展
とりあえず税務会計の領域を除いて考えるなら
させてきたということを考える場合,近年のド
ゆ
ば,いわゆる商法および証券取引法による(外
イツ会計学説kおよび法律(商法典,株式法な
部)監査の一元化の過程を通じ,商法および証
ど,あるいはそれらに含まれる貸借対照表法)
券取引法の実質的な一元化が図られたとする見
上においても,動態論と静態論との相克,ある
解が一般的であろう。しかし,根本的に商法会
いは再度,静態論的思考に基づく会計理論が台
計は債権者保護をその立法趣旨として制定され
頭してきた点は興味深い。この点について,第
た法体系であり,よって,静態論下意味合いの
】V節ではオv一一バープリンタマン(Oberbrink−
mann[1990])の所説に依拠して考察してみ
(9)ただし,課税所得を計算する場合の確定決算主
たい。
義(法人税法第74条)に代表される商法会計(お
よび証券取引法会計)の税務会計に対する「基準
性」.しかし,それは,実務においては税務会計
の各種規定をすでに商法会計(および証券取引法
会計)の領域においてあらかじめ利用するところ
から考えられる,税務会計の商法会計(および証
券取引法会計)に対する「逆基準性」となって現
れていることをめぐる最:近の論争にみられように,
IV 静態論および動態論の新展開
一オーバーブリンクマンの所説について一
4.1.基本的構想
オーバーブリンクマンは貸借対照表法を,貸
税務会計の領域が十二分に重要であることは言う
借対照表によって追求される目的,任務,そし
までもない。
てこれらを数量構造および価値構造(わかりゃ
会計学説史研究に関する一考察 (太田 善之)
一85一
すく言えば,貸借対照表に計上される項目の数
普通商法典(1861年)に設定する。(Ober−
量および金額による評価という意味)に変換す
brinkmann[1990], S.5)もちろん, ドイツ普
ることの3つの観点から検討する。
通商法典は基本的に,静態論的思考に基づく計
貸借対照表法との関連で検討するのであるか
算規定を制定することになる。そして,歴史的
ら,目的とは法律上の貸借対照表法目的と解釈
再構築の枠内において,たとえば1800年代中ご
される。したがって,それは立法者の歴史的・
ろのこのドイツ普通商法典における当初の静態
心理的な意思(立法趣旨と考えられるもの〉,
論,そしてシュマーレンバッハに代表される動
または法律それ自身に内在する意義の検討とい
態論な.ど,それぞれの判断基準または座標軸を
うことになる。債権者保護であるとか,投資家
獲得することを目標として筆をすすめ(Ober−
保護であるとかが具体的な貸借対照表法目的と
brinkmann[1990], S.4),とりわけモクスター
して解される。(Oberbrinkmann[1990], S.1)
(Moxter, Adolf)によって提唱される新静態
ただし,次にあげる貸借対照表の任務の説明に
論の出現とこれら会計思想の変遷過程を克明に
みられるように,オーバーブリンクマンはいわ
跡づけるのである。
ゆる立法趣旨としての債権者保護や投資家保護
史的考察と現代の関連で考えるならば,オー
という心理的な意思を,具体的には財産計算お
バーブリンクマンの考察においても1965年制定
よび損益計算として理解していると言える。貸
の株式法以来,1986年商法典の成立にいたる期
借対照表任務とは,貸借対照表目的(たとえば,
間が重要となる。すなわち,この時代において
財産計算および損益計算)を実現するために役
も依然として,静態論および動態論というそれ
立つものであり,これらは目的・手段の関係に
ぞれの見解をどのように理解するかについて決
ある。つまり,貸借対照表任務は貸借対照表の
着をみないからである。ただ,この時代の解釈
意義および目的から導き出され,その結果貸借
において重要な点は,導き出された商事貸借対
対照表概念,たとえば継続企業の概念や企業清
照表としての税務貸借対照表の解釈における静
算の概念が生じる。このことが,数量構造およ
態論的および動態論的な含みである。それゆえ,
び価値構造を決定する。すなわち,貸借対照表
税務判決に対する静態論的および動態論的解釈
計上問題や評価問題がそれである。結局,貸借
の影響や,これら二つの解釈に対する判決への,
対照表概念の決定が,確認すべき問題の最後に
商法に関する文献上の理解の反映が考察されね
位置することになる。(Oberbrinkmann[1990],
ばならない。(Oberbrinkmann[1990], S.6)
S.2)
すなわち,わが国においてそうである以上に,
彼は,以上3つの観点を検討項目の中心に据
ドイツにおいては税務会計の商法会計への影響
えることによって,とくに,ドイツにおける貸
が大きいことを認識する必要がある。(いわゆ
借対照表法上の貸借対照表についての見解を考
る,基準性および逆基準性の問題)
察するのである。考察されるのはもちろん,静
態論と動態論であるが,この両者の相克の歴史
4.2. ドイツ普通商法典で意図される貸借対照
の過程で,そもそも静態論および動態論という
表目的
貸借対照表に関する見解自体をどのように理解
先に述べたように,オーバーブリンクマンの
すればよいのか,という疑問が生じてくるので
考察の出発点はドイツ普通商法典である。そこ
ある。(Oberbrinkmann[1990], S.4)その場
で,このドイツ普通商法典で意図される貸借対
合,この両者の見解はドイツにおいては商法典
照表目的としてオーバーブリンクマンが2つあ
の編纂の過程と並行して発展してきたものであ
げているので,これらについてを検:即する。
るという認識を前提に,議論の出発点をドイツ
まず,記録目的(Dokumentationszweck)
一86一
滋賀大学経済学部研究tCF報 Vol.2 1995
である。取引を書きとめることまたは記録する
を産み出した。秩序正しく帳簿を作成するとい
こと,そして簿記上の数字として表示すること
う法律上の義務は,それゆえ,それ相応の商人
が簿記に対する具体的な要求である。実際に生
の利害と関心事に起因するといえる。とくにこ
じた純財産の変動を写し取ること(記録するこ
うした命題は,商人の要求によって積極的にド
と)は,秩序性と証拠能力に対する規定を考慮
イツ普通商法典の中に編纂された,毎年財産目
に入れるならば,認められることである。
録を作成する義務によって裏付けられる。
(Oberbrinkmann[1990], S.50)しかし,ドイ
(Oberbrinkmann[1990], S.53)したがって,
ツ普通商法典では記録のための特別な簿記シス
シュミット・ブーゼマンの言うように,「記録
テムを命じているわけではなく,どの方法によっ
側面とならんで情報側面が,しかもそれはここ
て記録するかは商人の自由裁量に任されている。
では,自己情報の義務の意味において商人に対
(Oberbrinkmann [1990], S.51)
して課されるのだが,ドイツ普通商法典の中に
商人に対しては,日々の記録をとることだけ
あらわれる。」(Schmidt−Busemann[1977],
でなく,決算記録,つまり財産目録や貸借対照
S.59)当然,「明瞭かつ明快な情報提供が保証
表の作成義務が課せられる。貸借対照表法は,
されるために,情報の獲得に対して独自の基準
したがって,簿記や財産目録と密接な関係にあ
が必要となる。」(Schmidt−Busemann[1977],
る決算のために注意すべき記録任務を規定する。
S.208)情報の受け手としては,ドイツ普通商
(Oberbrinkmann[1990], S,51)結局,ドイツ
法典は商人のみをあげる。もちろん合名会社の
普通商法典の簿記および貸借対照表規定は,す
場合には,管理に関与しない社員に対しても情
べてこれまでの商法典の編纂の中に存在するも
報権はある。簿記,財産目録,貸借対照表それ
のと同じである。取引や法律関係を秩序だてて
ぞれに異なる情報任務が与えられることになる。
記録するという商人によって注意されるべき義
(Oberbrinkmann [1990], S.54)
務や,そのことから生じる商人関係または会社
さて,立法者によって意図される保護思想は,
関係を洞察することによって実現される,商業
法的往来の保全および債権者保護の中に実現さ
帳簿の証拠能力は結局のところ,法的往来
れている。ドイツ普通商法典の審議過程で,債
(Rechtsverkehr)の安定に役立つ。法的往来
権者保護に対して中心的な地位が与えられたの
の安定は,商人によって注意されるべき記録目
である。帳簿をつけ貸借対照表を作成すべき商
的を目的・手段関係に置くが,そのことで,簿
人は,保護目的の実現のために,記録目的と自
記および決算書は公法上の義務として公法上の
己情報目的を果たさなければならない。この二
関心を満たすのである。(Oberbrinkmann
つの要求は,それぞれが孤立して考えられるわ
[1990], S.52)
けではなく,お互いの相互依存関係の中で存立
つぎに,自己情報目的(Selbstinforma−
しているのである。(Oberbrinkmann[1990],
tionszweck)である。自己情報目的によって意
SS.54f. ; Schmidt−Busemann [1977], S.208)
図される債権者保護は,ドイツ普通商法典が成
立する以前の段階においてすでに注目を集めて
4,3.記録および情報内容の不明瞭性
いたが,この自己情報目的はもともと,貸借対
1861年に制定されたドイツ普通商法典に対し
照表法の発展の当初より企業破産を防止するた
て以上のように規定される記録目的および情報
めの予防的保護手段として解釈されることが一
目的について,しかしながら,オーバーブリン
般に認められていた。この目的・手段の関係を
クマンは具体的な条文の検討の結果,これら目
実行するために,かつての商法典の中の罰則規
的がきわめてあいまいかつ不正確にしか具現化
定の存在が,商人に対して帳簿に記録する義務
されなかったとして批判する。(Oberbrink一
会計学説史研究に関する一考察 (太田 善之)
一87一
mann[1990], S.57)つまり,具体的な簿記規
第28,29条には不確定法概念としての「財産状
定および貸借対照表規定の立法過程における審
態」なる用語が含まれたり,具体的な貸借対照
議の中で,これら規定を商人に課す義務規定と
表任務や貸借対照表概念についての明示がまっ
することに反対する意見もみられ(Oberbrink−
たくない。すなわち,この不確定法概念である
mann[1990], S.56),そのことが年度決算書
「財産状態」なる語は,法律上簿記システムの
の記録内容および情報内容の要件自体を厳密に
定義や種類の限定がないことに起因し,年度決
規定する方向へとは作用しなかったのである。
算書の情報任務については,決算書にどのよう
すなわち,一般的な指示は第28条の「商取引」,
な情報が含まれるべきか,そしてどのような情
「財産状態」という言葉に限定され,また第29
報を商入は入手することができるのか,につい
蘂)では開始財産目録および開始貸借対照表とな
ての規定がないことに起因する。(Oberbrink−
らんで,財産および負債についての毎年の財産
mann[1990], S.57)
目録および財産と負債を表示する決算書に限定
結局,以上のような問題点を抱えることになっ
される。記録および自己情報は,一方では商取
たドイツ普通商法典に対して,評価規定の解釈
引の実際の状態に関連し,他方では「種類,グ
ループそして種属が同じ事実へ統合すること一
結局,勘定および財産目録一」(Schmidt−
に論点が集中する結果を産み出すことになった。
くエの
いわゆる,「付すべき価値」の解釈である。
(ebd.)
Busemann〔1977], S.214>に関連するが,決
算書を通じて定期的に企業の経済的状態につい
4.4.貸借対照表任務
ての全体的情報を提供する義務があることによっ
4.4.1、情報任務としての財産計算
て(ebd.),やや混乱した規定になる。さらに,
計算任務として財産計算を考えるということ
は,ドイツ普通商法典の審議過程において,明
(1⑪)以下の規定である。
白には言及されなかった。けれども,フランス
“Jeder Kaufmann hat bei dem Beginne
semes Gewerbes seine GrundstUcke, seine
における商業条令(Ordonnance de Com−
merce)の制定以来の貸借対照表法の発展を考
Forderungen und Schulden, den Betrag
えたとき,貸借対照表任務として財産計算を容
seines baaren Geldes und seine anderen
VermdgenstUcke genau zu verzeichnen,
dabei den Werth der Verm6genstUcke anzu−
geben und einen das VerhaltniB des Verm−
6gens und der Schulden darstellenden
AbschluB zu machen; er hat demnachst in
jedem Jahre ein solches lnventar und eine
認することに関しては意見の一致をみてきたと
いえる。その場合,財産計算とは純財産の確認
であって,決して企業の全体価値の計算である
とか,または借方側の評価にもっぱら限定する
とかということではなかった。(Oberbrink一
solche Bilanz seines Verm6gens anzufer−
tigen.
Hat der Kaufmann ein Waarenlager,
dessen lnventur nach der Beschaffenheit des
(11)以下のドイツ普通商法典第31条のイタリック
体の部分である.
“Bei der Aufnahme des lnventars und
Geschafts nicht fUglich in jedem Jahre
der Bilanz sind stimmtliche Verm6gen
geschehen kann, so genUgt es, wenn das
stUcke und Forderungen nach dem Werthe
anzusetzen, weleher ihnen zur Zeit der
Inventar des Waarenlagers alle zwei Jahre
aufgenommen wird.
FUr Handelsgese11schaften kommen
Aufnahrne bei2ulegen ist.
Zweifelhafte Forderungen sind nach
dieselben Bestimmumgen in Bezug auf das
ihrem wahrscheinlichen Werthe anzusetzen,
Gesellschaftsverm6gen zur Anwendung.”
uneinbringliche Forderungen aber abzusch−
(ADHGB [1861], S.6)
reiben.” (ADHGB[1861],S.6)
一88一
滋賀大学経済学部研究年ee Vol.2 1995
mann [1990], S.59)
き合いに出すために,財産目録および貸借対照
財産計算という任務が,ドイツ普通商法典の
表を求めるのであった。しかし,成果を具体的
中の条文上へどのように反映されているかとい
にどのように計算するのかということについて
うことを考察するならば,まず第28条では一般
は,貸借対照表法のあらゆる発展段階において
的な要件として「財産状態を完全に」明らかに
も未解決のままである。財産の把握ということ
することが求められている。また,第29条は,
に対しては,情報機能の他に純財産の比較によっ
「財産と負債の関係を表示する決算書」という
て年度利益を計算するという機能がつけ加えら
ことに関連する。(Oberbrinkmann[1990],
れる。普通商法典上,いかなる簿記システムを
SS.59f.)ドイツ普通商法典にとっての問題は,
採用すべきかについて何も決めていないことか
どのような基準によって貸借対照表の借方に計
ら,ここでもまた財産計算における簿記システ
上するのか,それとも貸方に計上するのかとい
ム問の相違が,損益計算においても生じること
うことであった。
になる。(Oberbrinkmann[1990], S。61)すな
この点,オーバーブリンクマンの解釈は次の
わち,財産計算から導き出される純財産の比較
ようなものである。すなわち,簿記システムの
は,確認手段としての単式簿記システムにおい
違いが異なる財産概念を産み出すのである。具
ては,成果計算の前提となる。逆に,複式簿記
体的には,複式簿記が帳簿決算によって取得原
システムの体系性が,帳簿決算に際し収益と費
価主義を指向する純財産を確認するので,この
用とを対応させることになる。
場合財産目録は管理機能を有する。これと区別
結局,決算書の情報任務とは財産計算かつ損
されるのが,時価を基準として財産計算を行う
益計算として考えることができる。商人は立法
単式簿記システムである。単式簿記システムに
者の関心事である債権者保護を満足させるため
おいては,財産目録によって財産言1算が行われ,
に,自己の経済的関係について知ること(自己
その結果,毎年異なる(時価)評価につながる
情報)が必要である。いずれにせよ,商法の統
貸借対照表が作成される。(Oberbrinkmann
一化を目指す動きの中で,基本的に財産目録と
[1990], S.60)
貸借対照表という形による,情報任務を果たす
手段が二重に発展することになった。(Ober−
4.4.2.情報任務としての損益計算
brinkmann [1990], SS.61f.)
損益計算という任務も簿記および貸借対照表
法の発展の初めより存在する。たとえば,すで
4.・5.貸借対照表概念
に商業条令に含まれていた財産計算と損益計算
すでによく知られているように,ドイツ貸借
との均衡を保つという考え方は,ドイツ普通商
対照表論においては評価論争が重要な位置を占
法典に至るまで存在するし,商人の財産状態お
めることになる。オーバーブリンクマンによれ
よび収益状態についての自己情報という考え方
は,この商業条令の簿記規定,決算規定および
罰則規定に由来するものである。こうした立法
上の目標は,商人に対して自身の経済状態につ
(12)以下の規定である。
“Ein Kaufmann, welcher entweder gar
keine ordentlichen BUcher fUhrt, oder die
Balance seines Verm6gens, wenigstens
いて確信をもたせるというプロイセン普通国法
alljahrlich einmal, zu ziehen unterlaBt, und
ロ ラ
第2部第20,第1468条にすでに明きらかであっ
sich dadurch in Unwissenheit ifber die Lage
た。(Oberbrinkmann[1990], S.60, S.62)
seiner Umstande erhalt, wird bey ausbre−
ドイツ普通商法典について言えばプロイセン
chendem Zahl皿gsunverm6gen als ein fahr−
lassiger Bankerutirer bestraft. ” (ALR
草案の時点で,損益計算のための基礎として引
[1794], S.724)
会計学説史研究に関する一考察 (太田 善之)
一89一
ば,関心の中心が評価問題,そしてそれととも
プロイセン第1草案が拒否された後では,貸借
に財産状態の価値的構成要素を決定する問題に
対照表にとっては時価および購入価格の双方を
移り,「財産項目(Verm6gensstueke)」や貸
含み,損益計算では実現利益を指向する二元的
借対照表計上基準を話題とするに至らなかった
ロの
ということは,貸借対照表法の全体的な発展と
の発展が,この場合の「付すべき価値」とは
傾向的に一致している。(Oberbrinkmann
[1990],SS.61f,)
な評価基準が発達した。そして,第32条の文言
「真実価値」という意味によって理解されるこ
くユの
とを明白に証明している。少なくとも,審議に
フランス商業条令の偉大なる解説者であるサ
参加し.たものが,「付すべき価値」を歴史的取
ヴァリ(Savary)の記述による取得原価主義
得原価の意味で理解していたとはどこにも指摘
および低価主義はプロイセン普通国法にも見ら
していない。第1読会では,すでにプロイセン
れ,その限りでは,企業継続性を指向する貸借
草案に含まれていた損益計算と実現原則との結
対照表概念が存在したのであった。1808年のフ
ランス商法(Code de Commerce)の時代に入
り,ドイツ普通商法典を含め,以後の会計規定
の立法に大きな影響を与える「財産の実際の状
くユヨラ
びつきが解きほぐされていた。そのかわり,プ
くユの
ロイセン草案第31条における時価が財産計算だ
けでなく,損益計算に対しても利用されること
となる。実質的な審議終了となる第2読会では,
態(wirklichen Lagen des Verm6gen)」 とい
評価および損益計算の問題についての変更はな
う概念が形成されたが,貸借対照表概念に対し
かった。(Oberbrinkmann[1990], S.63)結局,
ては明確な言明がなかった。(Oberbrinkmann
ニュルンベルク会議に至るまでに発展してきた,
[1990],SS.62f.)
取得原価主義,低価主義および実現原則は,貸
具体的に,もともと取得原価主義を指向する
借対照表作成や損益計算に採り入られることな
く,ドイツ普通商法典の公布となったのである。
(13)これは,フランス商法第158条についてのオー一・
バープリンタマンの訳語である。フランス語によ
る原文とドイツ語による訳文とを,Code[1808]
以上の考察から,オーバーブリンクマンはド
(14)これは以下に掲げる,プロイセン草案の審議
フランス語
における第1読会終了後に提出された,編集委
員会による草案の第32条(プロイセン草案におけ
“Pourra 6tre poursuivi comme banquer−
る第31条)である。
outier frauduleux, et etre d6clar6 tel,
dont les livres ne presenteront pas sa
“Bei der Aufnahme des Inventars und
der Bilanz sind samtliche Verm6gensstUcke
und Forderungen nach dem Werthe anzuse−
veritable situation active et passive;
tzen, welchen sie zur Zeit der Aufnahme
Celui qui, ayant obtenu un sauf−conduit,
haben.
ne se sera pas represente a justice.”
Zweife}hafte Forderungen sind nach
(SS.262f.)により掲げる。
Le failli qui n’a pas tenu de livres, ou
ドイツ語訳
ihrem wahrscheinlichen Werthe anzusetzen,
“Als betrUglicher Banqueroutirer kann
gerichtlich verfolgt, und dafifr erklart
uneinbringiiche Forderungen aber abzu.
schreiben.” (Protokolle[1858],S.147)
Derjenige, der ein sicheres Geleit erhal−
(15)シュマーレンバッハは,ドイツ普通商法典の
審議過程における評価概念をめぐる議論を,「こ
れ(『真実価値』一筆者注)が,購入価格または
その他の過去の価格ではなく,時価を意味するこ
とで皆の考えが一致していることは明きらかであ
る。しかしながら,さらに価値の種類をより正確
ten, und sich vor Gericht nieht gestellt
に決めることに対しては,しりごみをするのであ
hat.”
る。」という。(Schmalenbach[1916/17], S.4)
werden,
Ein Fallit, der keine Bifcher gefUhrt, oder
aus dessen BUchern nicht zu ersehen ist, wie
es mit seinem Actiev一 und Passiv−Stande
wahrhaft beschaffen seh; und
一90一
滋賀大学経済学部研究年報Vol.2 1995
イツ普通商法典の基礎にある概念は時価を根拠
簿記規定,決算規定,そして罰則規定とそれら
とするものであると考える。(Oberbrinkmann
の論理的・体系的関連は,発展史上の文脈の中
[1990],S.64)「真実な財産状態」に対する関
に存在する。つまり,サヴァリの説明によれば,
心こそが時価評価を基本とする姿勢への転換を
経済的状態についての商人の自己情報による債
許す理由であり,借方と貸方の差額である純財
権者保護という点に,簿記および財産目録の意
産も,財産および負債の時価による評価に基づ
義が考えられる。財産目録や貸借対照表は,法
いて計算されるのである。したがって,財産計
律上の簿記規定および罰則規定相互の論理的・
算における基本要素は,価値決定は任意にでは
体系的関連から,第三者保護のための破産予防
なく,価格形成機能をもつ市場によって行われ
手段として考えられる。サヴァリの貸借対照表
るときに「真実である」,または正しいといえ
概念は企業継続概念として,低価主義の考慮の
る。
下,継続的に補正し続けた形での取得原価を基
礎とする。
4.6.静態論および動態論の展開
3.1861年目ドイツ普通商法典の分析に際し
オーバーブリンクマンは,静態論および動態
ては,立法者によって意図され,かつ商人によっ
論の展開について以下のようにまとめる。
て考慮されるべき貸借対照表目的について,手
(Oberbrinkmann [1990], SS.304ff.)
段・目的関係の面で考察されなければならない。
1.後に,シュマーレンバッハによって名付
このとき重要なことは,やはり貸借対照表法の
けられた概念である静態論および動態論は,16
発展の過程を考慮することで初めて言明が許さ
73年のフランス商業条令以来,ともに並行して
れるということである。さて,債権者保護およ
最初の商法典の編纂へと発展した。しかし,簿
び保護目的としての法的往来の保全は,貸借対
記規定および貸借対照表規定に見られる不確定
照表作成者のレベルでは,自己情報と記録によっ
性から,最:初の頃はこの2つの解釈モデルによっ
て保証される。法律上の貸借対照表任務として
て,とくに貸借対照表任務と貸借対照表概念を
の財産計算と損益計算は,商人によって考慮さ
説明しようとする試みが行われた。
れるべき貸借対照表目的,とりわけ債権者保護
2.1861年のドイツ普通商法典に至るまでの
を保証する。この場合,利益の確定よりも財産
期間は,商業条令の影響が強い。したがって,
の確定(「真実な財産状態」)が優先される。貸
借対照表概念は,「付すべき価値」によって時
(16)プロイセン草案における第31条は以下の内容
価と考えられる。それゆえ,ドイツ普通商法典
である。
の決算規定はもはや,以前の法律編纂における
“Bei Aufnahme des lnventars und der
Bilanz ist von den Waaren, desen Werthe auf
継続企業概念には基づかない。1897年商法典も
dem Lager vermindert wird, und von den
同じである。しかし,付すべき価値については,
Gebauden oder Gertithschaften, welche sieh
複式簿記システムの浸透にもともなってもはや
im Werthe verringern oder durch den
時価主義のみが妥当するとは考えられなくなり,
ロの
Gebrauch abnutzen, ein verhaltniBmtiBiger
Abzug zu machen.
Die ausstehenden Forderungen, welche
1897年商法典第40条により取得原価主義も両立
しうるものとして理解される。
als verloren anzusehen sind, mUssen ganz
4.静態論の発展は3段階にわけられる。第
abgeschrieben, die zweifelhaften unter
einem verhaltniBmaBigen Abzug angesetzt
1の段階は,シュマーレンバッハに至るまでの
werden.” (Protokolle [1858], Beilagen−
時代であって,自己情報による債権者保護を指
band, S.6)
向する静態論である。この場合,まず,貸借対
なお,注(14)を参照のこと。
照表目的について言えば,その破産指向的な解
会計学説史研究に関する一考察 (太田 善之)
一91一
釈を,とくに破産法上の罰則規定が特徴づける。
の可決によってもはやその根拠を失う。貸借対
貸借対照表任務は,まず,少数の論者によって
照表法において静的要素を強調するという側面
「真実な財産状態」,つまり実際の純財産の確認
は,はじめてドイツ普通商法典の評価概念に基
として一面的に考えられていたが,多くの論者
づく。
や判決においては,純財産の比較による純財産
5.動態論の発展も3段階にわけられる。第
の確認から導き出される成果計算こそを,二次
1段階は,静態論との関連で考えられる。つま
的な任務として理解する。そのかぎりでは貸借
り,静態論からの転換という意味でこの段階を
対照表は二元的貸借対照表としてとらえられる。
確認するのである。そのためにむしろ経営経済
貸借対照表概念については次のように言える。
学的な解釈の試みが,会計の意義を期間成果計
債権者保護および客観性の要請から,概念上,
算に見いだす。複式簿記の影響や,たとえば鉄
「真実の」取引価値(時価)を指向することに
道会社における実践的な評価問題の知識が,取
なる。すなわち,前年の価値とはまったく切り
得原価主義を採用することにつながった。確認
離され,しかも減価償却はもっぱら価値減少の
目標および評価概念は,必然的に実現原則の採
表現として成立するので,このことは評価の継
用へ,そして継続企業概念が貸借対照表項目を
続性を無視することを意味する。借方,貸方と
計算項目として解釈することを許すのである。
も個別評価によって取引価値で決定される。こ
言うまでもなく,第2段階はシュマーレンバッ
の段階における静態論は,純財産の比較による
ハによる反静態論的解釈によって代表される。
成果計算よりも,真実な純財産の確認に対して
企業の観点から,正確に確認される全体計算の
優先権を認める考え方である。
一部としての期間計算の意義,全体経済の一部
第2段階は,「静態論」という名称を初めて
である企業にとっての比較可能な期間成果の重
使ったシュマーレンバッハにより,静的な貸借
要性をシュマーレンバッハは強調する。この両
対照表任務が財産の確認にきわめて狭く限定さ
者から,数々の貸借対照表作成原則,すなわち
れる点で,特徴的である。引き続く第3段階は,
一致:の原則,継続性の原則,比較可能性の原則,
別の目的で静態論を理解し,シュマーレンバッ
慎重性の原則,実現原則,対応原則,低価原則
ハの考え方からはまったく離れた貸借対照表任
そして不均等原則を導き出す。貸借対照表は二
務および貸借対照表概念を推論する。しかし,
次的な地位を与えられ,収入と収益,支出と費
貸借対照表法的には,成果計算よりも財産計算
用それぞれの間の一時的調節を行う。貸借対照
を重視する狭義の静態論は,ドイツ普通商法典
表法的には,しかし,支持されない。第3段階
は,1965年株式法に至るまでの動態論で,成果
(17)以下の規定である。
計算および企業継続概念に中心的意義が認めら
“Die Bilanz ist in Reichswahrung
れる。
aufzustellen.
6.次の時代においては,文献や判決上動態
Bei der Ausstellung des lnventars und der
論は,導き出された商事貸借対照表としての税
Bilanz sind satmmtliche Verm6gensge−
genstande und Schulden nach dem Werthe
anzusetzen, der ihnen in dem Zeitpunkte
務貸借対照表の解釈や,正規の簿記の諸原則の
解釈の際に利用される。ただし,主に静態論的
beizulegen ist, fUr welchen die Ausstellung
思想の所産を拠り所とする意見も,数は少ない
stattfindet.
が存在した。
Zweifelhafte Forderungen sind nach
ihrem wahrseheinlichen Werthe anzusetzen,
7.モクスターの重要性について,オーバー
uneinbringliche Forderungen abzuschrei−
ブリンクマンは述べる。モクスターは,動態論
ben.” (Reichs−Gesetzblatt, Nr.23)
に対する批判から,貸借対照表に対する独自の
一92一
滋賀大学経済学部研究年報Vol.2 1995
静的な解釈を産み出した。まず,「新静態論」
るという理由により,財産概念を債務補償能力
である。ここで財産は,貸借対照表上は継続財
としての特徴に限定してしまう。また,二次的
産としてか,または解散財産として写像される
な貸借対照表任務としての成果確認を無視する。
債務補償能力と解釈される。この中で,まず,
8.静態論的に解釈される「法的意味におけ
く ラ
1873年の帝国上級商事裁判所判決を指摘し,解
る貸借対照表」への動態論の転換において,目
散概念を主張する。このとき,モクスターは静
新しいものではないが,経済的考察方法が貸借
態論の発展を無視する。とりわけ,真実の財産
対照表作成の基準として考え出される。経済的
状態は取引価値に基づく純財産の測定を意味す
に純財産の増加または減少が生じたかどうかが
基準となる。その中でモクスターは,貸借対照
(18)争点は以下のようなものであった。新たに設
表任務として損益計算,貸借対照表概念として
立された株式会社が,1872年1月1日付けで,あ
客観的に条件づけられる企業継続概念を考慮す
る合名会社より営業の全部を借方および貸方とと
る「修正静態論」を唱える。とくに彼は,販売
もに野営で引き継いだ。当該合名会社の貸借対照
関連的な利益の測定のために必要な実現原則を
表は,この時点で「当該合名会社のこれまでの実
務およびドイツ普通商法典の規定に,正確に相応
静的ととらえる。それゆえ,モクスター・一は当初
して記録されなければならない。」(ROHG
の静態論的見解から,動態論の領域に踏み込む
[1874],S.16)具体的な争点は,1872年1月1日付
ことになる。
けで貸方に外貨で計算されている「金=供託物」
9.1986年商法典は,一般的な貸借対照表法
の価値計上額の大きさである。当該株式会社は,
1872年1月1日置おける貸借対照表上の当該貸方項
の中に,商人すべてに対して歴史的に発展して
目の高さに関して合名会社を訴え,貸借対照表に
きた貸借対照表目的および貸借対照表任務を受
余りにも高く計上されている利益の弁済を求めた
け継ぐ。
のである。
10.モクスターは,第4次指令の国内法化と
判決では評価について次のように確認する。
「しかし,貸借対照表にとって基準となるものと
1986年商法典をめぐる議論の中で,配当可能利
して確認されるべき現在価値の概念は,任意の,
益を測定する「配当静態論」を考え出す。ここ
主観的判断にのみ帰すべき,または単なる投機に
では,純財産と純財産の増加の違いを明らかに
帰すべき価値評価に対して,至る所で一般的取引
する。法律上の貸借対照表基準の中心的内容と
価値として理解されている。なぜなら,貸借対照
表は現実の財産状態の客観的真実に相応すべきで
あるからである。したがって,市場または取引所
現原則および不均等原則を据える。慎重に測定
価格を有する財産要素(借方であれ,貸方であれ)
される配当金額は,素朴な,財産指向的な静態
は,規則にしたがいそこから生じる価値で貸借対
論とは異なり,それゆえモクスターに従うなら
照表に計上されるべきであり,他方,その他の財
産要素については,現在の客観的価値を他の方法
して,慎重に測定される販売利益を確定する実
ば,伝統的なドイツの貸借対照表法に対応する,
で確認すべきである。」(ROHG[1874], S.18)
現代的静態論に合致する。モクスターは,とく
さらに,「こうした考えに従うならば(貸借対照
に古くから存在する取得原価主義を認めようと
表は,できるかぎり客観的真実に近づくべきであ
はしない。それでも,モクスターの貸借対照表
る,という考え方一筆者注),貸借対照表につい
ては,実際に全部の借方項目および貸方項目が,
任務および貸借対照表概念の説明においては,
虚構ではあるが瞬間的にすべて実現するという思
考が基本になっている。しかしこの場合には,実
むしろ動態論に近い内容を理解することができ
際には清算ではなく,企業の継続が意図されてい
11.1986年商法典の第249条第2項による費
るのであるから,個々の価値を測定し確定する場
合には,清算がそれぞれの価値に及ぼす影響を考
用性引当金の例示の中で,動態論の意義が明ら
慮しないでおくべきである。」という。(ROHG
かになる。しかし,大規模修繕のための引当金
[1874], S.19)
る。
の設定に際しては,費用と収益の時間的関連が
会計学説史研究に関する一考察 (太田 善之)
重要ではないことが明らかにされている。対応
一93一
側面のうち,主に知的側面を扱うものである。
原則を無視することが,引当金設定のための基
さらにその中で,とくに1986年商法典の制定前
準をめぐる問題を引き起こす。費用計算のため
後からそれ以後における引当金をめぐる問題の
の問題点の解決策を提供しうるのは,修正動態
論述は,会計史のもう一方の側面である功利的
論である。
な点に関わる検討を行う。したがって,オーバー
12.検討の結果,文献および判決は,商事
ブリンクマンは,統合的かつ総合的にドイツ会
貸借対照表を常に二元的貸借対照表(財産計算
計学稗史を詳述し検証するので,この検討に対
および損益計算)として解釈してきたが,その
しては十分注意が払われる必要がある。
場合それぞれの測定対象に対してさまざまな優
さて,静態論の発展史的考察において,かれ
先権が与えられた。モクスターによれば,動態
は素朴な静態論から,現代的な静態論に至るま
論はいつもシュマーレンバッハの意味で使われ
でを検討する。当初の静態論的理解,たとえば
るのに対し,静態論という概念には絶えず新し
ドイツ普通商法典においては,貸借対照表目的
い解釈が与えられてきた。法的意味における貸
を債権者保護としてとらえ,その場合の貸借対
借対照表を静態論と考えるのは不合理である。
照表任務は財産計算にあることを明らかにする。
なぜなら,今日の貸借対照表法は,静態論的要
財産計算とは純財産計算であって,貸借対照表
素および動態論的要素に基づいているからであ
概念として時価評価を前提とするならば,「真
る。
実な価値」としての時価による財産と負債の比
13.貸借対照表法と貸借対照表観の並行的
較が中心となる。ただし,情報任務としての損
な発展を前にして,新しい貸借対照表法の中に
益計算自体を完全に無視するのではなく,二次
静態論的要素と動態論的要素を求めるという課
的な貸借対照表任務として純財産の比較による
題が生じる。財産対象物と負債に関わる貸借対
損益計算を認める。
照表に関する「数量的構造」は,貸借対照表上
こうした理解に深く関わる問題が,簿記シス
の分類同様に,静態論的である。貸借対照表項
テムの内容である。すなわち,簿記システムの
目の経済野帰属性と本質的に貸借対照表補助項
違いが異なる財産概念を産み出すのである。具
目とは,それとは逆に,動態論的である。また,
体的には,複式簿記が帳簿決算によって取得原
評価法は一般的評価原則,および取得原価主義
価主義を指向する純財産を確認するので,この
または製作価額主義を通じて,主に動態論的で
場合財産目録は管理機能を有する。これと区別
あるのに対し,評価切り下げ規定は静態論的で
されるのが,時価を基準として財産計算を行う
ある。
単式簿記システムであり,単式簿記システムに
おいては,財産目録によって財産計算が行われ,
V オーバーブリンクマンの所説の
特徴と問題点
その結果,毎年異なる(時価)評価による貸借
対照表が作成される。情報任務としての損益計
算(純財産の比較によって年度利益を計算する
5.1.オーバーブリンクマンの所説の特徴
という機能)という点でもまた,財産計算にお
第IV節で確認したオーバーブリンクマンの要
ける簿記システム問の相違が,損益計算におい
約は,彼の理解の上に立つ,ドイツにおける静
ても生じることになる。すなわち,財産計算か
態論→動態論→動態論および静態論の共存,ま
ら導き出される純財産の比較は,確認手段とし
たは混合という流れにみられる静態論と動態論
ての単式簿記システムにおいては,成果計算の
との相克を克明に描き出しているといえる。そ
前提となる。逆に,複式簿記システムの体系性
れは,第H節のAAA[1970]による会計史の
が,帳簿決算に際し収益と費用とを対応させる
一94一
滋賀大学経済学部研究年報Vol.2 1995
ことになる。結局,貸借対照表の情報任務とを,
ものであると考える。「真実な財産状態」に対
財産計算かつ損益計算として考える場合,商人
する関心から,第31条における「付すべき価値」
は立法者の関心事である債権者保護を満足させ
とは時価を意味するのである。したがって,借
るために,自己の経済的関係について知る必要
方と貸方の差額である純財産も,財産および負
がある(自己情報)。いずれにせよ,商法の統
債の時価による評価に基づいて計算される。財
一化を目指すドイツ普通商法典の審議過程の中
産計算における基本要素は,価値決定は任意に
で,基本的に財産目録と貸借対照表という形に
行えるという認識ではなく,価格形成機能をも
よる,情報任務を果たす手段が二重に発展する
つ市場によって行われるときに,初めて「真実
が,これには簿記システムの発展とその相違が
である」と考えることができる。
大きく影響することになるのと考えている。
いわゆる「付すべき価値」の理解をめぐる評
さらに,貸借対照表法の現代に至るまでの発
価論争においては,それが時価を意味するとい
展を考察する中で,オーバーブリンクマンは
う解釈がかなり見られるが,これに対して,弥
1986年商法典の中に動態論的要素と静態論的要
永[1990](1324∼1325頁)はドイツ普通商法
素との両者を見る。もちろんこの場合の静態論
典の立法過程において時価基準を唯一の基準と
的要素は,たとえば,ここでその出発点と考え
するという考え方は成立していなかったという
た1861年ドイツ普通商法典の中に見いだすこと
べきである,と述べる。その理由は,審議の過
のできる静態論の特質とは異なる。それがはた
程において,評価規定の削除を要望する意見が
して,モクスターの解釈するような最近におけ
常に出されていたことから,このような場合か
る「配当静態論」,あるいはかっての「新静態
りに評価規定が設けられるとしても,評価規定
論」ないし「修正静態論」の理解に対応するも
を緩和する方向であるのが普通であるというこ
のであるのかどうかについては,オーバーブリ
とにある。つまり,その当時の実務においては,
ンクマンは積極的に検討するが批判も加える。
取得原価主義または低価主義が評価基準として
少なくとも,単純な意味での類似性は発見でき
永く利用されてきており(Barth[1953],
ないのであるとすれば,ドイツにおけるこうし
S.137;Simon[1899], S.292, SS.299f.),「付
た法律上における史的展開に対しては,その背
すべき価値」という表現からは恣意的な評価は
後にある会計理論の変遷に対して同様,さらな
禁止されるが,それ以上の規制はしないという
る検証を加える必要がありそうである。その場
姿勢がむしろうかがわれる。さらに,最終草案
合の重要な観点の一つは,確かに静態論的会計
は会社設立に関する免許主義を堅持しており,
思想の解釈,その具体的適用のあり方を探るこ
第209条6号は会社定款の絶対的記載事項とし
とであるといえよう。
て,「貸借対照表の作成および利益の計算と支
払に関する原則,そして貸借対照表の監査の方
5.2.オーバーブリンクマンの所説の検討
法と種類に関する原則」(ADHGB[1861],
5.2.1.評価概念
S.42)をあげているのであって,もし第31条が
以上の特徴に対して,ここでは評価,簿記シ
時価による評価を要求するものと解するのであ
ステム,そして静態論と動態論および資産負債
れば,もう少し違った表現になると思われる。
アプローチと収益費用アプローチ相互の関係を
株式会社に対する規制の中心が免許主義であり,
考えたい。
第31条の「私的統制」としての役割は貸借対照
まず,ドイツ普通商法典における評価概念の
表および財産目録の作成を単に要求するところ
意義である。オーバーブリンクマンはドイツ普
ロ う
にあったと考えるべきである。
通商法典の基礎にある概念は時価を根拠とする
そもそも,ドイツ普通商法典のたたき台となつ
会計学説史研究に関する一考察 (太田 善之)
たプロイセン草案に関する第1読会における第
一95一
ブリンクマンはこの問題がとくに貸借対照表概
く 7会議では,プロイセン草案の第31条の審議に
念との関連で,単式簿記が時価評価に,複式簿
際し,この条文はたとえば商品の腐敗による価
記が取得原価評価に結びつくと考えている。
値低下は考慮するが,景気変動による生じる価
当然のことながら,簿記にとっては帳簿に記
値減少については考慮しないという誤解を与え
録をとることが基本であるから,貸借対照表目
る表現であること,価値低下についてのみ言及
的のうち記録目的との関連で考察される。記録
し,価値増加については考慮しないこと,さら
をすることによって,商業帳簿には証拠能力が
に疑わしき債権の計算について,しばしば実際
備わり,公法上の義務としての法的往来の安定
の商慣習を考慮しないことなどが指摘された。
に役立つのである。これに対して,自己情報目
そこで,財産目録および貸借対照表作成時に,
的との関連では,もともと簿記は企業破産を防
あらゆる財産を「真実な価値」で評価する修正
止するという目的に対して奉仕する予防的保護
案と,財産目録および貸借対照表作成時に,あ
手段としての位置づけを有し,罰則規定の存在
らゆる財産および債権をこれらの「作成時にお
から帳簿に記録する義務が生まれた。したがっ
いて有する価値」で評価するという修正案とが
て,原始的記録としての簿記に対しては,財産
提:出され,結局,プロイセン草案第31条は後者
目録や貸借対照表とは異なる,自己情報目的に
の修正案に沿って取り替えられたのである。
対する手段としての情報任務が課されることに
(Protokol正e 〔1858], 至 Theil, SS.47f.)
なる。
したがって,実際の商慣習を考慮し,さらに
さて,オーバーブリンクマンは立法趣旨とし
価値減少の場合だけでなく,価値増加の場合に
ての債権者保護という目的を財産計算と理解す
も当該評価規定が整合性をもって適用されるこ
る立場から,とくに情報任務としての財産計算
とを期待して後者の修正案が最終的にも採用さ
では,複式簿記が帳簿決算によって取得原価主
れたのであるから,時価評価のみの適用を墨守
義を指向して純財産を確認するのに対し,単式
させるという考え方を理由として,こうした評
簿記は時価を基準として財産計算,しかも財産
価規定になったとは考えにくい。企業の選択に
目録による財産計算が行われる。他方,この情
よって時価評価をも利用できる道を開くという
報任務としての財産計算との関係において,情
趣旨から制定された規定として,ドイツ普通商
報任務としての損益計算という意味は純財産の
法典第31条を理解する必要があると思われる。
比較によって年度利益を計算することとして理
したがって,オーバーブリンクマンの考察はこ
解される。したがって,この場合においても財
の点で妥当しない。
産計算から導き出される純財産の比較は,確認
手段としての単式簿記では成果計算の前提とな
5,2.2.簿記の形態と評価概念
るが,逆に,複式簿記の体系性は帳簿決算に際
次は,簿記システムと会計または会計思想と
し収益と費用とを対応させることになる。彼の
の関係である。すなわち,その論述からオーバー
論理付けにしたがいこのような区別が成立する
としても,いわゆる会計思想における静態論の
(19)ジモンによれば,ニュルンベルク委員会がもつ
原始的な具現化としてのドイツ普通商法典の検
ばらあらゆる財産に対して一般取引価値による評
討から言えることは,問題は,ドイツ普通商法
価をもくろんでいたとは決して読みとることはで
典では記録のための特別な簿記システムを命じ
きない。むしろ,認識できるかぎりにおいて「商
品」の場合にあてはまるだけである。(Simon
ているわけではなく,どの方法によって記録す
[1899], S.299)
るかは商人の自由裁量に任されていることであ
(20)注(16)を参照のこと。
る。そのことが,第28,29条には不確定法概念
一96一
滋賀大学経済学部研究年SU Vol.2 1995
としての「財産状態」なる用語が含まれること,
ある。
そして,具体的な貸借対照表任務や貸借対照表
概念についての明示がない(あるいは明白にで
5. 2. 3.
アメリカにおける資産負債アプローチ
きない)という事実を引き起こす。ただし,貸
(asset and Iiability view)および収
借対照表概念については,「付すべき価値」に
益費用アプローチ(revenue and ex−
よって時価と考えられる。それゆえ,ドイツ普
pense view)の相克との関連
通商法典の計算規定はもはや,以前の法律編纂
最後に,以上見てきた動態論および静態論の
における継続企業概念には基づかない,という
意義と,オーバーブリンクマンの論理にしたがっ
判断がオーバーブリンクマンによってなされる。
た場合のドイツにおける静態論→動態論→動態
もちろん,簿記が会計の原点である,あるい
論および静態論の共存,または混合という発展
は簿記システムの変遷が会計思想およびその結
経過を仮定するとして,そこに見られる傾向の
果としての会計制度の発展を促してきた,とい
本質をわれわれはどのように理解すればよいの
うことについては異論がなかろう。したがって,
かという問題を検討する。この点について考慮
問題は,簿記システムの形態が必然的に特定の
するために,アメリカにおける資産負債アプロー
評価概念と結びつく(あるいは,当然結びつか
チおよび収益費用アプローチと呼ばれる概念を
ねばならない)と言ってよいのかどうか,とい
手がかりにする。
うことである。この点,現代の複式簿記原理の
アメリカでは,FASB体制が成立してすぐに
二元性にも通じる会計的測定方法における重要
概念フレームワークを構築する作業が1978年∼
な特徴である二元的測定性原理から考えた場合,
1985年にかけて行なわれ,FASBはそれについ
その会計対象論,会計目標論,会計的方法論,
ての意見書を6つ公表した。それらは,それが
測定機構運用論のいずれの側面においても,特
将来の財務会計基準および財務会計実務の基盤
定の評価概念を連想させる解釈は成立しえない。
となり,やがては現行の財務会計基準および財
(齊藤[1988],第3章)端的に言って複式簿記
務会計実務を評価するための基礎として役立つ
においては,評価概念として原価を採用しよう
ように論じたものであり(FASB[1978], par.
とも,あるいは時価を採用しようも,二元的測
3),その意味で,その目的は会計基準の設定に
定原理は矛盾なく成立する(あるいは,成立さ
あるのではなく会計基準設定のための概念的基
せる)と言える。少なくとも,複式簿記システ
礎を提供することにあるとされる。(FASB
ムの発展のみが評価概念の選択にとっての決定
[1980],par.13)そのための,財務諸表および
的な影響を有するわけではないはずである。そ
それ以外の情報伝達手段を含む財務報告
れゆえオv一一バー一一ブリンクマンは,複式簿記の影
(FASB[1978], par.8)の目的は,企業活動お
響以外に,経営経済学的な解釈の試みが会計の
よび経済活動において希少資源の代替的利用方
意義を期間成果計算に見いだしたり,たとえば
法の中から合理的に選択するという意味の経済
鉄道会社における実践的な評価問題の知識が,
的意思決定を行う場合に有用な情報を提供する
取得原価主義を採用することにつながったであ
ことにあると規定され(FASB[1978], par.9),
ろうという認識を持つといえる。その認識が結
その意思決定に有用な情報の有すべき特性につ
局,1897年商法典の第40条の検討にあたって,
いてはFASB[1980](par.32, Figure 1)にお
「付すべき価値」については,複式簿記の浸透
いて階層構造としとらえられ解明される。
にもともなって,もはや時価主義のみが妥当す
ところで,これら概念フレームワークの構想
るとは考えられなくなり,取得原価主義も両立
自体はすでに1976年に討議資料として提出され
しうるものとして理解することにつながるので
ている。(FASB[1976b])これによれば,利
会計学説史研究に関する一考察 (太田 善之)
一97一
旧観として資産負債アプローチ,収益費用アプ
および義務の属性の測定値における変動額に利
ローチ,そして非連携アプローチ(non−
益を限定するならば,しばしば収益と費用の不
articulated view)の3つが検討される。これ
適切な対応が生じ,期間利益の測定を歪めるこ
らのアプローチは利益報告書(statement of
とになると主張する。(FASB[1976b],
earnings)と財政状態表(statement of finan−
par.56)つまり,期間利益を適切に測定するた
cial position)とが連携しているかどうかによっ
めには,しばしば経済的資源および義務の当期
て,連携を前提とする立場と非連携を前提とす
の変動額に基づかない収益・費用を認識するこ
る立場とにわけて考えられる。すなわち,連携
とが必要になり(FASB[1976b], par.58),資
とは1組の共通の勘定および測定に基づく利益
産負債アプローチは報告利益の不必要かつ不適
報告書(およびその他の財務諸表)と財政状態
切な変動を引き起こすと批判する。(FASB
表(貸借対照表)との相互関係をいうのである。
[1976b], par.59)他方で,資産:負債アプロー
連携財務諸表においては,利益は純資産の増加
チの支持者は,経済的資源およびその引き渡し
をもたらし,そして逆に,純資産のある種の増
義務の変動によってのみ利益を厳密に定義する
加は利益として表される。しかし,財務諸表が
ことが可能であるので,収益費用アプローチに
連携していない場合には,利益は資産・負債の
見られるように,期間利益の測定においてその
測定値およびそれらの属性の変動額から独立し
他の収益・費用の導入を容認することは,利益
て測定されるので,利益が純資産のある種の変
測定を期間利益の歪曲とは何かという問題に関
動をもたらすとは限らない。(FASB[1976b],
する個人的判断に従属させるものである。
par.72)以下では,ここでの検討にとっての必
(FASB[1976b], par.56,66)したがって,収
要性を考えて,資産負債アプローチと収益費用
益費用アプロL・一チにおける収益・費用概念は明
アプローチとに限定する。
確でなく,それゆえそこにおける利益概念は資
1976年討議資料は基本的に,資産負債アプロー
産負債アプローチにおける利益概念と比較して
チと収益費用アプローチの2つを,連携を前提
著しく明確性を欠くことになる。(FASB
としている利益測定アプローチとしてとらえ
[1976b], par.60)結局,収益費用アプローチ
(FASB[1976b], par.69,81),これらアプロー
における利益はまったく主観的な数値にとどま
チの違いを以下のように説明する。
ると批判する。(FASB[1976b], par.66)
資産負債アプローチにおいては利益は純資産
1976年の討議資料では,このようにそれぞれ
(資産一負債)の変動額であり,したがって,
のアプローチに対してそれを擁護する意見と反
それは経済的資源および将来他の実体に経済的
論とを並べることで,この段階では一概にどち
資源を引き渡す義務の属性の測定値における変
らのアプローチがすぐれているかについては判
動額を表し,他方,収益費用アプローチにおい
断を下していない。しかし,連携を前提とする
ては利益は収益一費用であり,収益・費用には
立場の採用によって,FASBは,具体的には複
経済的資源やその他の引き渡し義務の変動を表
式記入発生主義会計(double entry accrual ac−
さないが,収益と費用を適正に対応させるため
counting)を計算システムとして採用すること
に必要とみなされる諸項目が含まれる。
を提案する。(FASB[1976b], par.82)FASB
(FASB[1976b],par.56)これを受けて, FASB
自身ははこの概念を具体的に説明しないが,藤
は両アプローチに対するいろいろな見解を検討
井[1990]によれば,それを「発生原則」とい
する。
う会計認識の規範に基づいて複式簿記システム
一方で,収益費用アプローチの支持者は,資
上に取り込まれる取引の一次的認識を出発点と
産負債アプローチに見られように,経済的資源
して,その後の二次的認識の段階では会計的認
一98一
滋賀大学経済学部研究年報Vo1.2 1995
識のルールとしての「実現」および「対応」を
資産・負債の範囲の拡大を同時に執り行うこと
通じて期間帰属が決定され,最終の三次的認識
によって,「その当時FASBが解決を迫られて
のプロセスでは会計的認識の時点調整手続であ
いた繰延項目の会計からの排除および新金融商
る「見越」および「繰延」を通じて具体的な金
品の会計への取り込み」(高須[1993],61頁)
額確定にいたるという重層的な計算構造を有す
を意図する。もちろん,完全に資産負債アプロー
るものと想定することができる。(藤井
チへ転換することは許されない(許されなかっ
[1990],11∼13頁)したがって,完全に収益費
た)としても,少なくとも転換を図る意図にま
く さにその本質があるとすれば,このことこそド
用アプローチを排除した形で資産負債アプロー
チのみを完壁な計算モデルとして考えるのでは
イツにおける1986年商法典への改正による会計
なく,実現および対応に基づいて見越・繰延を
思想上の動態論および静態論の混合という転換
行う,いわば現行の収益費用アプローチに対し
の(あるいは,そうした転換が存在すると思わ
ての修正を,連携を前提とする資産負債アプロー
れる)傾向に見いだすべき重要な点ではなかろ
チの「援用」による複式記入発生主義会計モデ
うか。
ルにより実施して問題点を解決しようとする立
確かに,資産負債アプローチおよび収益費用
場が,FASBの1976年目討議資料である。この
アプローチというそれぞれの用語の意味すると
点に関し津守[1990]によれば,1976年討議資
ころが,厳密に前者が静態論,後者が動態論で
料における「利益観」とそれによって根本的に
ある,として対応させることが無理な部分があ
規定される「財務諸表の構成要素の定義」につ
ろう。また,アメリカについて考察されたこと
いて,まず第1に「連携」の必要性を前提とし
がそのままドイツの事情にあてはまるものでも
て立論していること,第2に各構成要素の定義
ない。しかし,法律上の会計規定も含めてかり
を整理する序列ならびに収益・費用,利得・損
に従来一般的であると考えられる,あるいは,
失の定義に関する設問の仕方などにおいて資産
優位を有する会計思想が動態論であるとすれば,
負債アプローチへの傾斜ないし誘導傾向を自ず
近年における新金融商品をめぐる会計上の扱い
と滲み出させていることが特徴としてあげられ
に代表されるやや混迷した内容の議論は,経済
る。(津守[1990],26頁)こうしたFASBの傾
的(この場合は金融的)かつ社会的環境の変化
向は,現在価値会計(つまり,時価評価)を捨
の会計に与える影響について,この動態論的な
て去るどころか,必然的にそれを採用しようと
会計思想によっては解決できない,またはその
する傾向へとつながるのである。(FASB
説明には矛盾が生じるゆえに,新たな会計思想
[1976a], par.82)結局,経済的意思決定を行
へ修正する,あるいは新たな会計思想を構築す
う者に有用な情報を提供するという点に財務報
ることによって初めて当該諸問題が解決される
告の目的を設定することによって,そうした目
ことを少なくとも暗示しているのである。たと
的の達成を不可能にする不完全なモデルである
えば,動態論における貸借対照表能力の基準に
現行の収益費用アプローチを拒絶し,新たに資
よっては,固有の価値(実体)を持たず原資産
産負債アプローチを援用した複式記入発生主義
に依存している新金融商品を資産として貸借対
会計を採用する。そして,収益費用アプローチ
照表に計上することができない(いわゆるオフ
の背後にある資産・負債の定義を,資産負債ア
バランスシート項目となる)点,動態論を体現
プローチの背後にある資産・負債の定義に変更
する発生主義会計としての現行制度会計上の実
し,その定義を満たさない計算擬制的項目の排
除によるそのかぎりにおける資産・負債の範囲
(21)高須[1993](61頁),および松本[1993](76
の縮小と,その定義を満たす項目の算入による
頁)を参照のこと。
会計学説史研究に関する一考察 (太田 善之)
一99一
現概念の単純な適用によっては,新金融商品取
ここにおいて,会計学説としての動態論および
引の経済的実質を反映した収益の認識につなが
静態論の意義と,会計学説史における動態論お
らない(決済されるまでは損益の認識を計上す
よび静態論の転換の位置づけを理解する必要性
ることができない)点などからは,貸借対照表
がある。
能力論においても,また実現原則についても従
来の,シュマーレンバッ曲流の動態論の考え方
IV 要 約
う
から決別しないかぎり,合理的な会計処理はな
しえないということをわれわれに突きつけてい
本稿においては,会計学町史研究序説という
るのではなかろうか。
位置づけを前提に,とくに静態論および動態論
ここでドイツにおけるオーバーブリンクマン
の意義の再確認と,これら会計思想の発展につ
の検討を援用すれば,アメリカにおける資産負
いてオーバーブリンクマンの所説を中心に,と
債アプローチへの転換,あるいは資産負債アプ
くにドイツにおける事情を中心に考察した。オー
ローチによって従来の収益費用アプローチを修
バーブリンクマンの所説の検:討から,評価概念一
正する方向での転換(したがって,利益観とし
「付すべき価値」の解釈一,簿記の形態と評価
て資産負債アプローチおよび収益費用アプロー
概念,動態論および静態論の意義とその発展を,
チ双方の理論を取り込んだ会計思想への変化)
は,ドイツにおける,1965年株式法に代表され
る第3段階の動態論から,現代に至るまで時間
が経過する中でもちろん古典的な意味での解釈
ではなく新しい時代に対応する解釈を纏っての
登場としてであるが,再度の静態論的思考の援
用.あるいは動態論と静態論との混合的会計思
(23>
想への転換という発展史と重なり合うといえる。
(22)属村[1990]および岡村[1991]はアメリカに
おける実現概念についての考え方の変遷を検討し,
新しい実現概念のとらえ方の及ぼす影響を考察す
る。すなわち,①市場取引の存在,②財貨または
用役の提供,③対価の流動性を要件とする伝統的
実現概念から,「実現」および「認識」という用
語,したがって概念そのものの分離に伴い,「認
識」が収益または利益全般の原始記帳の可否を決
定し,伝統的「実現」概念は確認または再分類概
念として,原始記帳の中ですでに「認識」された
事象に対して低い不確実性のレベルを満たしたか
どうかを識別するという役割を与えるという定義
への変化をつうじていわば会計の外延が拡大し,
伝統的実現概念の適用によっては認識されなかっ
たその他の,いわゆる「未実現」の収益や利得が
認識されることになる。実現概念についてのこう
した考え方をわが国に導入した場合,または導入
する場合,どういうことになるのか,という問題
が重要である。
(23)ブッセ・フォン・コルベ[1993](40頁)は,
以下のようにいう。「1965年株式法の会計報告規
定と比較すると,ヨーロッパ法の会計報告におい
ては分配可能利益測定機能よりも情報提供機能の
ほうが強化されている。それによって,年度決算
書は再びシュマーレンバハの動的貸借対照表観に,
そして同時に英米の対応原則(matching prin−
ciple)に照応するところが多くなる。情報提供
力のある期間利益の表示のほうに財産表示により
も大きな重点が与えられるのである。」( 部分
も原文のままである。)例としては,引当金計上
義務および資産計上義務の拡大が考えられる。し
たがって,ブッセ・フォン・コルベ[1993]はオー
バープリンタマンの考察とは異なる結果をもたら
すことになる。確かに,1986年商法典への改正作
業においては,ブッセ・フォン・コルベの言うよ
うに,EC域内における会計規定に対するイギリ
スの会計思想の影響がかなり強く影響したことか
ら,ドイツにおいてもイギリス会計思想に特徴的
な「真実かつ公正なる概観」の国内法への取り込
みに苦心しつつ,年度決算書における情報機能を
拡大する方向であったという意見も生まれよう。
ただし,情報機能を拡大する方向というものが動
態論的観点に立つ考え方の更なる浸透を表してい
るかどうか,それとも,それが動態論的な会計思
想以外の理論(したがって,静態論もその1つで
ある)に基づく変更であったのかどうかについて
は,一概に解答を出すことはむずかしいと思われ
る。この点は今後の重要な検討課題である。
滋賀大学経済学部研究年報Vol.2 1995
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