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コードと経済的規制
紛争はなぜ終わらないのか ―K・C・マトゥシェクの紛争システム論― 札幌学院大学 高橋 徹 1.問題 武力衝突が日常化し,その永続的な持続自体が一つの秩序であるかのような現代的紛争の持続のメ カニズムをいかにして記述するのか?K・C・マトゥシェクはこうした現代紛争論のテーマに,ニク ラス・ルーマンの社会システム理論を援用し,紛争が全体社会から分出した一つの社会システムとな るさまを明らかにしようとしている.本報告では,マトゥシェクの議論をドイツ語圏におけるルーマ ンの理論的遺産を継承する試みの一つと位置づけ,その紛争システム論の内実を明らかにしたうえで, ルーマン理論の継承・展開としての意義を検討する. 2.マトゥシェクの紛争システム論 マトゥシェクが議論の対象としているのは, (法的な係争などを含む)紛争一般のことではなく,ま た国家間の争いという意味での古典的な意味での戦争でもなく,国家によるコントロールが及ばなく なった現代的な武力紛争である. マトゥシェクが挙げている紛争地域は,アンゴラ,ルワンダ,ソマリア,スーダン,アフガニスタ ン,チェチェン,コロンビア等である(Matuszek 2007:22).こうした地域での紛争は,近代的な政治 制度,法制度の規制を受けにくいが,逆に地域の伝統的な価値規範が紛争の規制者となってきた.そ れゆえ,伝統的な価値規範からの離脱が紛争の自律化の契機となる(Matuszek 2007:26-27).伝統的価 値規範からの離脱の要因は,紛争当事者に対する外国からの資金援助である.また教会や記念碑,墓 地のような宗教的,共同体的な統一性の基盤となる象徴的施設に対する破壊行為や敵対集団への大規 模な暴力行為によって,暴力を抑制する伝統的な様式が破壊されてゆく(Matuszek 2007:30-31).コミ ュニケーション・システムとしての紛争は,味方 Freund/敵 Feind という二値コードによってみずか らを編成するようになる.そして,当該地域の宗教的,民族的,社会経済的諸条件はこのコードを使 用するための(ルーマン的な意味での)プログラムとして機能する(Matuszek 2007:32-33). 紛争システムの成立に伴って,従来の社会階層構造が掘り崩され,垂直的な社会再編がおこる.ル ーマンは,機能的分化が優勢な近-現代社会でも階層分化は存在するが,それは機能システムがもたら した副産物であると述べる(Luhmann 1997:37).マトゥシェクはこれと同様なことが紛争システムに よっても起きると指摘するが,そうすると「紛争システムは機能システムなのか」という問いも浮か びあがる.しかし,マトゥシェクはこの問いには否定的に回答する (Matuszek 2007:135-136). 3.結語 ルーマンの近代社会理論に対してマトゥシェクの紛争システム論が持つ意義は,一つないし複数の 国家・地域全体を巻き込む規模の社会システムの分出を,機能システムの議論とは別系統で立ち上げ た点にある.また,コードとプログラムによるコミュニケーション・システムとしての分出だけでな く,新たな社会的上昇のチャンスや収入源(紛争経済)を形成して多くの人々の生活現実そのものを 再編することで独自の持続的秩序を形成する紛争システムのダイナミズムを描いたことで,ルーマン 理論の継承と展開に新たな地平を開いたといえる. 文献 Matuszek,Krzysztof C.,2007,Der Krieg als autopoietisches System―Die Kriege der Gegenwart und Niklas Luhmanns Systemtheorie, VS Verlag Luhmann, Niklas, 1997, Die Gesellsachft der Sesellschaft, Suhrkamp