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知識のジャングルジム

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知識のジャングルジム
【ドラッカーと私】
知識のジャングルジム
和光 良一(わこう りょういち)
株式会社日興電機製作所
ドラッカーの著述から、一見関係のなさそう
な二か所を抜き出して良く見ると、深いつなが
りが発見できる。それは、まるで地球儀上のど
の二点を選んでも、必ず経緯度線で結ばれ、位
置づけられるのを見るかのようだ。例えば
くという証拠だ。そして、同じ本を読んでいて
も、その中のどの部分に自分の体験が結び付け
られるかは、読む人によって驚くほど異なる。
これは、互いに関連のない大勢の人々の経験や
知識が、ドラッカーによって結び付けられ体系
化されるということだ。これが「知識のジャン
グルジム」である。
個人の経験や知識についても同様である。私
の中で互いに繋がりが分からず、別々に存在し
ている経験や知識、問題が、ドラッカーを読む
ことによって結び付けられる。個別の経験は、
体系化されることで全く新しい意味を持ち、新
たな知識として方向性が生まれ、私に次の行動
を促す。
具体的な例で説明したい。私は38歳。従業
員20名の中小企業の社長だ。先代社長の父が
急逝した 7 年前から社長をしている。景気の影
響が少ないレガシー系インフラ設備の製造業
であり、お客様との関係も安定していたので、
従来製品を作り続けている分には私の様な若
輩者にも、大過なく責任を果たす事が出来た。
もちろん、しばしば問題は起きたが、社員は殆
どが私よりも年長で、経験も分別も豊富にあっ
たので、皆の意見をよく聞くことで大抵のこと
は決断できた。しかし、その方法では、どうし
ても解決できない問題があった。社員の賞与の
査定である。彼らが私よりも年長者だったから
ではない。仕事に関する指示であれば、気兼ね
なく出すことができるのだ。問題は、給与や賞
与が、社員の仕事ではなく、その生活に直接影
響を与える、というところにあった。立派に家
庭を持ち、働いている先輩たちの生活に直接影
響を与える、というような権限がどうして私に
なされるべきことを考える。
という言葉が『経営者の条件』序章にある。
成果を上げるための八つの習慣の一番目だ。こ
の言葉に私の知人が疑問を呈した。
「なぜ『なすべきこと』ではなく『なされるべ
きこと』と言うのか?」確かに不思議である。
しかし、この疑問には同書の第1章にある、次
の言葉で説明がつく。
組織の中に成果は存在しない。
すべての成果
は外にある。
成果は外にあるので、
『なされるべき』相手
は、組織の外にある社会や顧客である。『なす
べきこと』の省略された主語は『私』だが、考
えるべきは、
『私がなすべきこと』ではなく、
『顧客が、なされるべきこと』だ。従って、こ
こは『なされるべきこと』でなければならない。
しかしこの例は、ドラッカーの著述に整合性が
取れている、ということを言っているに過ぎな
い。
ドラッカーの本当にすごいところは、読んだ
人が皆、「ドラッカーは自分のために書いてく
れている」と思ってしまうところにある。これ
は、ドラッカーの著述が単なる机上の体系では
なく、多くの人の現実的な経験や知識と結び付
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あるのか、全く分からなかった。
他には、こんな問題があった。弊社の売上は
ピーク時から半減しており、それに伴い従業員
数も半減していた。それにも関わらず、製造方
法は昔と全く同じだった。つまり、ライン生産
方式である。これは、組立に必要な工程全てに
作業者を割り当て、製品をベルトコンベアーで
流しながら組立てる方法である。この方法では
作業者は、例えば梱包なら梱包だけというよう
に、一つの工程だけをやり続ける。未熟練労働
者でもすぐに熟練工なみの生産性を実現する、
大量生産には適した方法だが、もはや弊社の現
状にはそぐわなくなっていた。弊社の場合、作
業者は全員熟練工であり、仕事も少量多品種化
が進んでいる。少人数化していた弊社では、一
品目作る為に、製造ラインを立ち上げるのに必
要な、一定の人数を配置するだけでも一苦労だ
ったのだ。
そこで、私はセル生産方式を導入した。セル
生産方式とは、例えばライン生産では5人で担
当する五つの工程を、全部1人で実施する方式
である。使用する部材や道具は、作業者の周り
に配置する。これを1人屋台という。当初、一
時的に生産性は落ちたが、動き出してしまえば
「カイゼン」が進み、現在ではラインの時より
も生産性が上がっている。人員配置の流動性が
確保されただけではなく、仕掛品や製品在庫も
削減できた。現在、弊社のセル生産は、他製品
にも展開され、他部門にも影響を与え、社内に
製造イノベーションを起こしつつある。
この肉体労働者が、再び危機に立たされ
ている。(中略)問題は、彼らの社会的地
位と身分が急速に失われつつあることに
ある。(中略)知識労働者は昨日の知識専
門家の後継ではない。昨日の熟練労働者の
後継である。
弊社の熟練工こそ、明日の知識労働者となる
べきなのだ。
その為の重要なツールとして弊社には、昔な
がらの「改善提案制度」を改良した「カイゼン
報告制度」がある。しかし、ライン生産が中心
だった頃は報告件数も少なく、充分に機能して
いなかった。一つの工程だけを見ていても、カ
イゼンする余地は少ないからだ。ところがセル
生産導入後、このカイゼン報告件数が、どんど
ん増えて来ている。ムダは、工程と工程との間
にある。セル生産によって、それが作業者に見
えるようになったのだ。彼ら熟練工は、見えた
ムダをそのまま放置したりはしない。しかも、
従来の制度では問題が見えても上司に「提案」
することしか出来なかったが、今の「カイゼン
報告」制度では、より多くの権限が作業者に与
えられている。報告さえすれば、自分で仕事の
やり方を変えられる。そしてセル生産の導入以
降、彼らは自分で判断して変え始めた。まさし
く熟練工が「肉体労働者」から「知識労働者」
へと近づいたのである。これこそが、セル生産
導入の最も重要な意味だったのだ。そして、こ
のことの理解は、先に挙げた賞与の査定につい
て私が抱えていた問題にもつながる。経営者が、
社員の生活にまで影響するほどの権限を持つ
ことに正当性はあるのか。『マネージメント』
にはこうある。
私がドラッカーに出会ったのは、この最初の
セル生産がようやく軌道に乗った頃であった。
ドラッカーに出会い、私は弊社におけるセル生
産導入の真の意味を始めて理解した。
ドラッカーによれば、これからの世の中を支
えるのは、資本家でもプロレタリア階級でもな
く、知識労働者とサービス労働者である。とこ
ろが弊社の社員の大半は肉体労働者だった。ラ
イン生産方式では、熟練工すら単純な肉体労働
者として働かざるを得ない。
『マネージメント』
にはこう書かれている。
そのような正当性の根拠は一つしかない。
すなわち、人の強みを生産的なものにする
ことである。
強みを活かし、我が社という組織を通じて一人
一人が社会に貢献する役割を与えられること、
これこそが、私がみんなの賞与を査定する権限
に正当性を与える。しかし、これを実現するに
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は、社員を知識労働者へ変容させるだけでは不
十分だ。私達の組織が、いかにして社会に貢献
するかを明確にしなければならない。すなわち
て、いかなる変更が必要かを自らに問うこ
とを強いる。
「われわれの事業は何か」を問うことこそ、
トップマネージメントの責任である。
ここで弊社における切実な問題は、主要製品が
衰退物品ばかりである事だ。会社が存続する為
には、イノベーションが不可欠なのだ。そして
『イノベーションと企業家精神』には、こうあ
る。
この言葉を受けて振り返ると、弊社にも予期せ
ぬ成功はあった。そして、これに真剣に向き合
うことは、やはり弊社においても顧客の定義、
即ち自らの事業の定義を見直すことに繋がっ
た。
私はここで気付く。ドラッカーの「知識のジ
ャングルジム」は、実は「建築現場の足場」で
あったのだ。ドラッカーが築いてくれた足場を
使って、未来を建てる事が出来るか、それとも、
ただの遊び場としてのジャングルジムで終わ
らせるかは、これからの、私の行動次第である。
予期せぬ成功ほど、イノベーションの機会
になるものはない。(中略)予期せぬ成功
は、自らの事業と技術と市場の定義につい
【筆者プロフィール】
和光 良一 1972 年東京生まれ 埼玉県在住 (株)日興電機製作所 代表取締役社長。
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