Comments
Description
Transcript
第8章
第8章 液体の水3 ∼表面と界面∼ 第8章 58 液体の水3 ∼表面と界面∼ 8.1 表面張力 8.1.1 表面と界面 液体や固体の内部 (バルク) と表面は異なった状態にある. 液体の水の場合 H2 O 分子は, 近くの分子とファン・デル・ワールス力や水素結合によって引き合うことで安定化してい る. しかし,液体の表面にある H2 O 分子は,同じく表面にある分子と内側の分子にだけ引 かれているので,液体の内部の分子よりも安定化の度合いが低い (図 8.1).言葉を換えれ ば,表面の分子はよりエネルギーの高い状態にある. 純粋に水だけからなる系を考えると 液体の外側には水蒸気がある.また,我々が生活している環境を考えれば,コップの水の 表面は水蒸気だけでなく 1 気圧の空気と接しているし,コップの中では液体の表面はガラ スの表面と接している.このように異なる相や物質同士が接している部分を界面という. 8.1.2 表面張力の単位 H2 O 分子同士は水中で引き合っているので,なるべく内部に入り込もうとする.し たがって空中にある液滴の表面積は小さくなる傾向がある.体積に比べて表面積が最小 の立体は球なので,雨粒は球形になろうとする.表面積を小さくしようとする力を表面 張力という.水の表面張力は,図 8.2 のように水の膜を引っ張るときに必要な力として 測定することができる.この力は引っ張る棒の長さに比例するので,力を長さで割った N/m(ニュートン毎メートル,N·m−1 とも表記する) が表面張力の単位となる.科学では 力の単位は N(ニュートン) である.例えば 1 kg の物体を地上の重力に逆らって持ち上げ るには約 10 N の力を必要とする. 8.1.3 表面張力の異常 第 6 章で述べたように,水は他の液体に比べて数々の異常な物性を示す.表面張力に関 しても同様で,水は他の極性および非極性の液体と比べて約 3 倍もの大きさを持つ.表 8.1 にいくつかの物質の 20 ℃における表面張力を示す.水の表面張力が大きいのは水素 結合のためである.バルクでは H2 O 分子はファン・デル・ワールス力に加えて,より強い 水素結合によって,動的なクラスター構造を形成しながら安定化している.もしも H2 O 分子を表面に移動させようとすると,一部の水素結合を切って不安定な状態を実現しなけ ればならない.これが水の表面張力が他の分子性物質に比べて大きい理由である.温度が 上がるとクラスター構造が形成されにくくなるので,表面張力は小さくなる. 8.1 表面張力 59 表面の分子 安定度 小 バルクの分子 安定度 大 図 8.1 液体の表面にある分 子と内部 (バルク) にある分 子の安定度の相違. 液体の膜 表面張力 長さ [m(メートル)] バネの力 [N(ニュートン)] 表面張力[N·m-1] = 力[N] 図 8.2 長さ[m] 表面張力の測定法の 概念図と定義. 液体 γ/(10−3 N · m−1 ) 液体 γ/(10−3 N · m−1 ) 水 72.8 水銀 472 エタノール 22.8 メタノール 22.6 エチルエーテル 17.0 アセトン 23.7 ベンゼン 28.9 トルエン 28.5 表 8.1 20 ℃における液体の表面張力. 第8章 60 液体の水3 ∼表面と界面∼ 8.2 表面の効果 8.2.1 ぬれ テーブルに水をこぼすと表面がぬれるが,テフロン加工したフライパンの上に水滴を 垂らしてもころころと転がって,ぬれているようには見えない.水滴を固体の表面に置 いたときに水滴が固体と接している部分の角度を接触角 θ(シータ) という (図 8.3(b)). ぬれは θ によって 3 つのタイプに分類される (図 8.3(a-c)).1) 拡張ぬれは θ = 0◦ で液 体が固体表面をどこまでも広がっていく状態,2) 浸漬 (しんし) ぬれは液体の広がりが 0◦ < θ ≤ 90◦ のどこかで安定になる状態,3) 付着ぬれは θ > 90◦ でぬれが進行しない状 態,である.このような違いは,水の表面張力,固体の表面張力そして,水と固体の界面 における張力 (界面張力) の大小関係の違いによって起こる (図 8.3(d)). 8.2.2 毛管現象 ガラス管の内部に水を入れると,水の表面がガラス壁に接したところでは浸漬ぬれに よって水面がわずかにせり上がっている.そして十分細いガラス管の内部では水の表面 は凹面になる (図 8.4(a)).水銀の場合は付着ぬれの状態で液面は凸面になる (図 8.4(b)). これらの曲面に適合する球の半径が R のとき,液体表面の内部の圧力は表面張力 γ の効 果によって,凸面では 2γ/R だけ高く,凹面では逆に低くなる.これをラプラスの法則と いう.図のように水を張った水槽に細いガラス管を立てると,管内の水面では圧力が低く なるので外側から水が流れ込んで水面を押し上げる (毛 (細) 管現象).液面が上昇する場 合を毛管上昇,水銀の凸面のように下降する場合を毛管下降という. 8.2.3 蒸気圧上昇 100 ℃でなくとも H2 O 分子は,熱エネルギーによって液体表面から蒸発する.一方,空 気中の H2 O 分子の中には,熱エネルギーを失って液体に吸収されるものもある.ある温 度で一定時間に蒸発する分子と液体に凝集する分子の数がつり合ったときの水蒸気の圧力 をその温度での蒸気圧という.これは液体の量が十分多い場合のことである.液滴の直径 R を 1 mm, 100 µm, 10 µm, 1 µm,...と小さくしていくと,ラプラスの法則に従って 液体表面内部の圧力も上昇していくので,この小さい液滴とつり合う水蒸気の圧力も上昇 していく (図 8.5).これが蒸気圧上昇である.雲ができる直前は液滴が存在せず (いわば 無限小の液滴があり) 蒸気圧が普通よりも高い状態にある.ここに塵がやって来ると液体 を形成する核となり,液滴が急速に成長して雲をつくり,やがて雨となって落ちて来る. 8.2 表面の効果 61 θ : 接触角 薄く広がる (a) 拡張ぬれ θ = 0º (b) 浸漬ぬれ 0º< θ ≤ 90º (d) 液滴表面に働く力 (c) 付着ぬれ θ > 90º 図 8.3 固体表面における液 体のぬれの分類.(a) 拡張ぬ 液体の表面張力 れ.(b) 浸漬ぬれ.(c) 付着 ぬれ.(d) 液滴表面にはたら 固体の表面張力 液体-固体の界面張力 (a) く力のつり合い. (b) R p2 p2 p2 − p1 p2 2γ R p1 p2 p1 p2 + 2γ R 図 8.4 毛管現象.(a) 毛管上 昇.(b) 毛管下降. p0 =表面の圧力 p1 p2 R1 R2 p3 R3 R1 > R2 > R3 p0 < p1 < p2 < p3 液滴の表面内の圧力 小さい液滴ほど大 蒸気圧の上昇 図 8.5 液体の蒸気圧と液滴 の半径. 第8章 62 液体の水3 ∼表面と界面∼ 8.3 水と油 8.3.1 親水性と疎水性 水とエタノールは均一に混ざり合うが,水と油は一つの容器に入れても混ざり合わず に界面を形成する.エタノールは C2 H5 OH という組成式を持つ化合物で,水と同じよう に O − H 結合を持つ極性分子である (図 8.6).一方,油の主成分は炭化水素という有機 化合物であり,分極していない非極性分子である.エタノールのように水との親和性が大 きい性質を親水性といい,OH のようにその原因となる部分を親水基という.逆に炭化水 素は疎水性である.親水基を持つ分子は H2 O 分子同士の水素結合を切断しても,自身の 親水基を介して H2 O 分子が水和するので水に溶けることができる. 8.3.2 疎水性水和 疎水性分子と H2 O 分子は水素結合をすることができない.もしも炭化水素のような 疎水性分子が水の中に溶け込むと,その周りの H2 O 分子は炭化水素分子を包み込むよ うに,水素結合でできた籠を作る.このような H2 O 分子の状態を疎水性水和という (図 8.7).籠状の H2 O 分子の集合は,通常の液体状態の H2 O 分子が作る動的なクラスター構 造や無秩序な熱運動に比べて,秩序の高い状態にある.つまり,疎水性分子が水に溶ける と系のエントロピーが低くなり,系の自由エネルギーを増加させる.系の安定な状態は自 由エネルギーが最小になるように決まる.油が水に溶けないのは,疎水性分子が疎水性水 和を避けて互いに凝集し合うことによって,全体の自由エネルギーを小さくしているため だと考えることができる. 8.3.3 界面活性剤 炭化水素の一端に陽イオンや陰イオンもしくは OH のような非イオン性の親水基を持っ た分子は,炭化水素の部分で油と,親水基の部分で水とそれぞれ親和するので両親媒性物 質と呼ぶ (図 8.8).両親媒性物質は棒状の有機化合物であり,図のように水の界面に配列 して表面張力を著しく小さくする効果があるので界面活性剤とも呼ばれる.油滴に対して は炭化水素基を差し込んで配列するため,油滴の表面は親水基で覆われて水に溶け込める ようになる.これが洗剤やシャンプーが汚れを落とす原理であり,陰イオン界面活性剤が 使われる.一方,リンスは陽イオン界面活性剤を利用している.シャンプー (陰イオン界 面活性剤) による洗髪後,負に帯電した髪の表面に陽イオン側で結合して炭化水素鎖で表 面を覆う.その結果,電荷が中和されてブラシの通りがよくなる. 8.3 水と油 63 (a) 水 エタノール (b) ヘキサン (直鎖炭化水素) ベンゼン (芳香族化合物) リノール酸(脂肪酸) 図 8.6 (a) 極性溶媒の分子. (b) 非極性溶媒の分子. 図 8.7 疎水性水和.H2 O 分 水分子が疎水性分子の周りで水素結合の籠を形成 エントロピー減少 子が疎水性分子の周りに水素 結合のネットワークを作る. (a) 疎水基 親水基 両親媒性:水にも油にもなじむ性質 界面活性:水と油の界面のエネルギーを低下 (b) 油 界面 図 8.8 水 (a) 両 親 媒 性 分 子 . (b) 水と油の界面に整列した 両親媒性分子. 64 第8章 液体の水3 ∼表面と界面∼ 仙厳園 鹿児島県鹿児島市 2007 年 3 月