...

中国の対外直接投資の現状と方向性

by user

on
Category: Documents
8

views

Report

Comments

Transcript

中国の対外直接投資の現状と方向性
住友信託銀行 調査月報 2010 年 12 月号
経済の動き~中国の対外直接投資の現状と方向性
中国の対外直接投資の現状と方向性
・ 雇用創出効果も期待される直接投資の流れは世界的には復調していないが、
金融危機を境として直接投資の資金の出し手、受け手の双方で新興国の存在
感が増した。そこで注目されるのが、中国企業の海外進出(走出去)である。
・ 中国の対外直接投資は565億ドル(2009年)に達し、2010年も増加基調にある。
資源開発加速等に寄与するが、中国の国益重視が色濃く、現地雇用創出など
投資受入側との共通利益拡大には課題も残る。
・ 中国のアジア向け直接投資はASEAN中心で筆頭はシンガポール。ミャンマー等
のメコン河流域での資源開発やインフラ整備への投資急増も垣間見える。
・ 今後、中国の対外直接投資を巡る3つの方向性として①量的拡大、②産業高度
化に資する質的拡充、③アジア新興国市場開拓が想定される。
1.世界の直接投資~存在感を増す新興国、特に中国
現在、先進国等での量的金融緩和により世界資金の流れは証券投資を中心に
膨張する一方、雇用創出効果も期待される直接投資は、世界的には復調してい
ない。新興国等では通貨や資産価格上昇への警戒から相次ぎ資金流入抑制措置
が採られているが、対照的に貿易と投資の自由化交渉(経済連携協定 EPA、多
国間の環太平洋経済連携協定 TPP 等)では、自国の投資環境が务後しないよう
開放姿勢を強め、いわば直接投資の獲得競争という面もみせている。
金融危機を境に世界の直接投資の流れは大きく変化している(図1、2)。
図1 世界の直接投資受入額の推移
図2 世界の直接投資額の構成比
投資の受入側だけでなく、投資側としても存在感高まる新興国
(10億ドル)
2,500
新興国等
先進国
受入側(新興国等)
投資側(新興国等)
世界
2,100
2,000
100%
1,771
1,459
986
361
85%
81%
75%
1,114.2
50%
1,000
625
82%
75%
1,500
500
84%
受入側(先進国)
投資側(先進国)
970
489
1,444
656
1,018
565.9
753
25%
548.2
63%
2005年 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年
66%
69%
43%
37%
34%
31%
16%
18%
15%
18%
2005年
2006年
2007年
2008年
0%
0
58%
51%
49%
25%
2009年
(資料)UNCTAD「Inward and outward foreign direct investments
flows」
(注)新興国等は途上国と移行国の計。(資料)UNCTAD「Inward and
outward foreign direct investments flows」、2010年予想はUNCTAD
「Global Investment Trends Monitor」2010年10月14日。
1
住友信託銀行 調査月報 2010 年 12 月号
経済の動き~中国の対外直接投資の現状と方向性
金融危機前、直接投資の主流は先進国相互の投資であり、その規模は先進国
から新興国また途上国へ向かう投資を上回った。金融危機以降、投資資金の出
し手、受け手の双方で新興国の存在感は増している。
国連貿易開発会議(UNCTAD)によると、世界の直接投資は 2009 年、前年比▲
37%の 1 兆 1,142 億ドルと 2 年連続で大幅減となった(前頁図1)。先進国向け
は前年比▲44%の 5,659 億ドルと 2007 年のピーク比で 4 割の水準に落ち込んだ。
新興国等向けは同▲27%の 5,482 億ドルと前年比減尐ながら金融危機前 2005
年~2007 年平均の約 5,000 億ドルを上回る水準に回復した1。
世界の直接投資額の構成比からみると、直接投資の投資側(資金の出し手)
として 8 割以上を占めてきた先進国は 2009 年に 75%へ下がり、新興国等が四
分の一を占めるに至った。他方、直接投資の受入側(資金の受け手)に占める
新興国等の構成比は、従来の 3 割台から 2009 年は 49%に高まり先進国とほぼ
拮抗してきた(前頁図2)。国別では、中国やロシアの台頭が目立つ。中露両国
は 2009 年、直接投資の投資側として世界 6 位、7 位と主要先進国に肩を並べ(図
3左)、投資受入側としても上位にある(図3右)。
図3 直接投資額~2009年上位10ヶ国・地域
対外直接投資~投資側(資金の出し手)
対内直接投資~受入側(資金の受け手)
米国
米国
フランス
中国
日本
フランス
ドイツ
香港
香港
英国
中国
ロシア
ロシア
ドイツ
イタリア
サウジアラビア
カナダ
インド
ノルウエ-
ベルギー
0
50
100
150
200
0
250
50
100
150
200
250
(10億ドル)
(10億ドル)
(資料)UNCTAD「Inward and outward foreign direct investments flows」
そもそも直接投資は、投資側と受入側との長期的な経済関係を深め、受入側
では生産力向上、雇用創出、経営ノウハウや技術移転などの効果がある。特に
アジアでは、継続的な直接投資の流入が産業高度化と雇用創出の助けとなった。
1
本稿では、UNCTAD 統計の途上国、移行国を新興国等と表記する。UNCTAD「Global Investment
Trends Monitor」によれば、2010 年通年の世界の直接投資額見通しは約 1.12 兆ドル、2005 年
~2007 年平均の約 1.515 兆ドルを 25%余り下回る見通し。2010 年 10 月 14 日
2
住友信託銀行 調査月報 2010 年 12 月号
経済の動き~中国の対外直接投資の現状と方向性
こうした直接投資への期待から現在、景気回復が遅れ失業率の高い欧州や米国
等の先進国はもちろん、若年人口を抱えて膨大かつ継続的な雇用創出が必要と
される新興国や途上国こそ、安定的な直接投資の流入期待が高い。
新興国、特に中国が資金の出し手として、投資受入側の期待に応え共通利益
拡大をどう図るのか。こうした視点も踏まえ、以下では中国政府が第 10 次 5
ケ年計画(2001~2005 年)で中国企業の海外進出(走出去)戦略を打ち出して
からほぼ 10 年が経過した、中国の対外直接投資の現状と方向性を確認する。
2.中国の対外直接投資~資源関連中心に拡大、現地雇用創出には課題
中国対外直接投資統計公報(以下公報)によると、中国の対外直接投資は 2009
年、前年比+1.1%の 565 億ドルとなり(図4)、2002 年の約 21 倍に達した。
特に、
非金融業向けは 2009 年、同+14.2%の 478 億ドルと過去最高を記録した。
図4 中国の対外直接投資~非金融業が拡大をけん引
非金融業
(百万ドル)
金融業
合計
70,000
56,529
55,907
60,000
50,000
40,000
30,000
26,506
20,000
47,795
1~9月
非金融業
36,270
2009年
2010年
10,000
0
2007年
2008年
(注)2010年は1~9月の対外直接投資額(非金融業のみ)。
(資料)商務部・国家統計局・国家外貨管理局「2009年度中国対
外直接投資統計公報」及び2010年10月15日商務部公表より住友
信託銀行調査部作成。
足元の 2010 年も、非金融業向け直接投資は増加基調にある。中国商務部の
10 月 15 日公表によると、2010 年 1~9 月の中国の対外直接投資額(非金融業の
み)は前年同期比+10.4%の 362.7 億ドルに増加した(図4)。その内、企業買
収が 112 億ドルと全体の 30.9%を占めた。景気回復の遅れから資産価格や企業
価値上昇のペースが比較的緩やかな米国、EU 向け直接投資が急増しており、日
本向けも前年同期比倍増を上回るペースにある。世界的に直接投資の流れが復
調しない中、中国企業の海外進出は一層際立つ情勢にある。
3
住友信託銀行 調査月報 2010 年 12 月号
経済の動き~中国の対外直接投資の現状と方向性
ここで、中国の対外直接投資の業種別構成が確認できる 2009 年に立ち戻り、
その特色をみる(表1)。2 年連続最大はビジネス・サービス業(204 億ドル、
構成比 36%)であり、2009 年に最も増加したのは採鉱業である。石油、天然ガ
ス等のエネルギー資源、鉄鋼石や銅等の鉱物資源の開発、企業買収等に伴い前
年比 2.3 倍の 133 億ドル(構成比 24%)と大きく伸びた。
他の主要業種は次のようにまとめられる。
 金融業:銀行、保険、証券を含む金融業は前年比▲37.8%の 87 億ドル。
 卸売・小売業:2 年連続減となり同▲5.8%の 61 億ドル。
 製造業:同+27.0%増の 22 億ドル(構成比 4%)。
表1 中国の対外直接投資の主要業種
(百万ドル、%)
業種
2007年
2008年
2009年
構成比
前年比
その他共計
26,506
55,907
56,529
100%
1.1%
ビジネス・サービス業
5,607
21,717
20,474
36%
-5.7%
採鉱業
4,062
5,823
13,343
24%
129.1%
金融業
1,667
14,048
8,734
15%
-37.8%
卸売・小売業
6,604
6,514
6,136
11%
-5.8%
製造業
2,126
1,766
2,241
4%
26.9%
交通・運輸・倉庫業
4,065
2,655
2,068
4%
-22.1%
不動産業
908
339
938
2%
176.7%
電力・ガス・水道業
151
1,313
468
1%
-64.4%
建設業
329
732
360
1%
-50.8%
( 資料) 商務部・国家統計局・国家外貨管理局「2009年度中国対外直接投資統計公報」
国、地域別でみると、2009 年は香港向けが 356 億ドルと全体の 63%を占めた
(次頁表2、3)。次いでケイマン諸島向けが前年比 3.5 倍の 54 億ドルとなっ
た。こうした投資資金の流れは、一旦香港やケイマン諸島などに流出してから、
その一部が採鉱業をはじめ幅広い海外投資に向かうとみられる。
欧米向けの急増など、2009 年の主な地域別動向は以下の通りである。
 アジア(除く香港):前年比▲2%の 48 億ドルと前年並み。表3の通り、投
資先上位にはシンガポール、ミャンマー、モンゴルなどアジア 7 ヶ国が並ぶ。
 オセアニア:豪州の採鉱業を中心に増加、同+27%の 25 億ドル。
 アフリカ:2008 年の南ア向け大幅増の反動減で同▲74%の 14 億ドル。
 欧州:ルクセンブルグ向け等の急増により同 3.8 倍の 34 億ドル。
 中南米:ブラジルやペルー向けが増加。上述ケイマン諸島の増加で嵩上げ。
 北米:アメリカ、カナダともに大幅増となり同 4.1 倍の 15 億ドル。
4
住友信託銀行 調査月報 2010 年 12 月号
経済の動き~中国の対外直接投資の現状と方向性
表2 中国の対外直接投資の地域構成
(百万ドル、%)
2007年
2008年
2009年
構成比
前年比
合計
26,506
55,907
56,529
100%
1.1%
アジア
16,593
43,548
40,408
71%
-7.2%
香港
13,732
38,640
35,601
63%
-7.9%
アジア(除く香港)
2,861
4,907
4,807
9%
-2.0%
オセアニア
770
1,952
2,480
4%
27.1%
アフリカ
1,574
5,491
1,439
3%
-73.8%
欧州
1,540
876
3,353
6%
282.8%
中南米
4,902
3,677
7,328
13%
99.3%
北米
1,126
364
1,522
3%
317.9%
( 資料) 商務部・国家統計局・国家外貨管理局「2009年度中国対外直接投資統計公報」
表3 中国の対外直接投資の上位20ヶ国、地域(2009年)
(百万ドル)
順位
国、地域
金額
順位
国、地域
金額
1 香港(中国)
35,601
11 ロシア
348
2 ケイマン諸島
5,366
12 トルコ
293
3 オーストラリア
2,436
13 モンゴル
277
4 ルクセンブルグ
2,270
14 韓国
265
5 英領ヴァージン諸島
1,612
15 アルジェリア
229
6 シンガポール
1,414
16 コンゴ
227
(百万ドル)
7 アメリカ
909
17 インドネシア
226
8 カナダ
613
18 カンボジア
216
アジア(除く香港)
中南米
9 マカオ(中国)
456
19 ラオスアフリカ
203
オセアニア
10 ミャンマー
377
20 イギリス
192
( 資料) 商務部・国家統計局・国家外貨管理局「2009年度中国対外直接投資統計公報」
欧州
北米
こうした中国の対外直接投資と雇用創出との関係をみると、必ずしも投資受
入側の雇用創出に十分に寄与していない可能性がある。
公報によれば、2009 年末時点、中国の対外直接投資は 177 ヶ国、地域におい
て対外投資企業数は 1.3 万社、直接投資累計額(ストック)は前年末比+33.6%
増の 2,457.5 億ドルに達した。こうした中国の対外投資企業で働く就業者数は
2009 年末、97 万人となり 2008 年末(102.6 万人)に比べて 5.6 万人減尐した。
この 97 万人の内訳をみると、現地雇用者数の 43.8 万人に対して、それを上回
る 53.2 万人が中国の就業者が占めた2。この状況の主因は、中国政府の方針に
ある。中国企業の海外進出に対する役割期待として、中国国内における資源不
足の解消、過剰な生産能力の緩和につながる輸出市場確保と並んで、就業圧力
の緩和といった国内問題解決への貢献が求められてきた。
一方、中国からの直接投資の受入側、特に途上国では中国から多額の資金、
技術、またエンジニア等の多様な人材を招き自立的発展の基礎固めとなる半面、
投資案件によっては中国から作業員等が大挙押し寄せる事態となり、現地雇用
創出で期待外れになるなど摩擦も生じやすい。尚、中国からの先進国向け直接
2
中国商務部「第 11 次 5 ケ年計画の走出去戦略の発展」2010 年 10 月 21 日
5
住友信託銀行 調査月報 2010 年 12 月号
経済の動き~中国の対外直接投資の現状と方向性
投資では、労働環境等の相違や人の移動制限により、こうした事態は概ね抑制
されてきた。以上のように、中国企業の海外進出に中国国内問題緩和への要求
が高まる程、投資受入側との共通利益拡大の範囲は狭まりかねない面がある。
続いて、中国からの投資先上位国の多い東南アジア諸国連合(ASEAN)に絞り
中国の投資動向をより詳しく確認する。
3.中国のアジア向け直接投資の中心を占める ASEAN
アジア向け直接投資(除く香港)をみると、天然資源豊富なモンゴル、中東、
中央アジア、また韓国も増加しているが、ASEAN 向けが中心といえる(表4)。
中国から ASEAN10 ヶ国に対する直接投資額は 2009 年、26.9 億ドルと前年比+
8.6%増となった。ASEAN 域内最大の投資先はシンガポールであり、2009 年は
14.1 億ドルと同▲8.8%減ならが 2 年連続 10 億ドル超となった。次いでミャン
マー、インドネシア、カンボジア、ラオスの 4 ヶ国向け直接投資額は 2009 年、
それぞれ 2 億ドルを超えた。
表4 中国の対外直接投資(アジア向け)
(百万ドル、%)
国、地域
対外直接投資額(フロー)
2009年
07年-08年
40,408
162.4%
35,601
181.4%
456
1259.9%
4,807
71.5%
2,698
156.6%
1,414
290.0%
377
151.9%
226
75.6%
216
217.5%
203
-43.6%
112
8.1%
54
50
-40.5%
40
648.7%
6
54.2%
08年-09年
-7.2%
-7.9%
-29.1%
-2.0%
8.6%
-8.8%
62.0%
30.0%
5.5%
133.6%
-6.2%
56.2%
9.5%
19.4%
219.2%
ASEAN以外
モンゴル
196
239
277
21.6%
韓国
57
97
265
71.0%
イラン
11
-35
125
-402.4%
トルクメニスタン
1
87
120
6781.7%
サウジアラビア
118
88
90
-25.1%
日本
39
59
84
50.2%
パキスタン
911
265
77
-70.9%
カザフスタン
280
496
67
77.3%
インド
22
102
-25
362.7%
(資料) 商務部・国家統計局・国家外貨管理局「2009年度中国対外直接投資統計公報」
15.9%
173.6%
38.0%
2.1%
43.5%
-71.1%
-86.5%
-
アジア
香港
マカオ
アジア(除く香港)
ASEAN 10ヶ国
シンガポール
ミャンマー
インドネシア
カンボジア
ラオス
ベトナム
マレーシア
タイ
フィリピン
ブルネイ
2007年
16,593
13,732
47
2,861
968
398
92
99
64
154
111
-33
76
5
1
2008年
43,548
38,640
643
4,907
2,484
1,551
233
174
205
87
120
34
45
34
2
前年比
6
住友信託銀行 調査月報 2010 年 12 月号
経済の動き~中国の対外直接投資の現状と方向性
表5 中国のASEAN向け直接投資額の主要業種と主な投資先(2009年)
(百万ドル、%)
主要業種
金額
構成比 主な投資先
ASEAN10ヶ国
2,698
100%
卸売・小売業
910
34% シンガポール
採鉱業
466
17% ミャンマー、ラオス、インドネシア、ベトナム、シンガポール
電力・ガス・水道
349
13% ミャンマー、シンガポール、カンボジア、インドネシア
製造業
275
10% ベトナム、シンガポール、マレーシア、タイ、インドネシア
建設業
182
7% カンボジア、シンガポール、フィリピン
ビジネスサービス業
152
6% シンガポール
金融業
142
5% シンガポール、インドネシア
(資料)商務部・国家統計局・国家外貨管理局「2009年度中国対外直接投資統計公報」
業種別構成と主な投資先の組み合わせから、3 つの点が着目される(表5)。
第1は、メコン河流域の後発開発途上国(ミャンマー、カンボジア、ラオス)
に対する交通インフラ、天然資源の採掘、水力発電等への集中的な投資である。
この背景には、メコン河上流に位置する中国内陸南部の経済成長がある。中国
側の狙いとしては、近隣国にある天然資源開発と利用、中国からの輸出増加に
加えて、中国の雲南省からミャンマーを抜けてインド洋に至る輸送のルート確
保など、中国を取り巻く南方の地理的条件を反映した動きと考えられる。
第 2 は、製造業向け直接投資の広がりである。2009 年、中国からの ASEAN 製
造業向け直接投資額は 2.8 億ドル(構成比 10%)となり、主な投資先はベトナ
ム、シンガポール、マレーシア、タイ、インドネシアである。中国と ASEAN の
自由貿易協定
(2010 年 1 月発効済)を受けた今後の生産分業再編や拡大により、
中国と ASEAN 相互での投資の流れが増大する可能性は十分にある。
第 3 は、シンガポール向け投資からの発展である。かねてよりシンガポール
政府や企業は、中国国内において不動産開発、省エネや資源循環を重視した環
境配慮型都市開発(中新天津エコシティ)をはじめ様々な分野の連携で先行し
ている。その上、中国によるシンガポールのインフラ等投資で関係性を強めて
おり、両国連携による他国での共同事業へ、という発展の可能性を秘めている。
このように、中国の ASEAN 向け直接投資は、集中的な投資が一層加速すれば
投資先の景気変動リスクを高める面もあるが、資源開発やインフラ整備など、
アジア経済発展の潜在力を引き上げる面もある。これまでのところ中国国益重
視の姿勢も垣間見え、日本の製造業等による継続的なアジア進出を契機として
投資先の産業高度化と雇用創出の助けとなった直接投資とは異なる性格もあわ
せ持つ、といえる。今後の中国企業の海外進出においては、シンガポールなど
各国政府や企業との新たな協力関係も予想される。
7
住友信託銀行 調査月報 2010 年 12 月号
経済の動き~中国の対外直接投資の現状と方向性
4.中国の対外直接投資を巡る今後の3つの方向性
中国政府は、中長期戦略として対外直接投資を重要視しており、加速させる
方針を掲げている。それは、2010 年 10 月に中国共産党第 17 期中央委員会第 5
回全体会議で採択された第 12 次 5 カ年計画提言(2011~15 年)において確認
できる。
同提言によれば、対外開放水準の向上として「貿易は輸出重視から輸出と輸
入を同等に重視へ、投資は中国への外資導入重視から外資導入と対外投資を同
等に重視へ、量重視から質と量重視へ」という転換が掲げられ、
「中国企業の海
外進出(走出去)を加速する、各種所有制企業の対外投資を積極的に後押しす
る」という方針が示された。同時に金融体制改革に関しては、
「人民元金利の市
場化の着実な進展、人民元の資本取引の段階的な自由化、外貨準備運用の改善」
が盛り込まれた。また、既に中国商務部は中国企業の対外直接投資に係る国外
企業の設立申請手続の簡素化、審査期間の短縮等を規定した対外投資管理弁法
(2009 年 5 月施行)を制定する等、実務手続き整備を着々と進めている。
こうした政府提言や近時の動向を勘案すると、官民一体による中国の対外直
接投資は、その質と量を追及するため、統制管理を残しながらも資本取引規制
の緩和、そして海外進出で先行する国有企業に加えて民間企業向け支援等に踏
み込むことが予想される。
今後、中国の対外直接投資を巡る 3 つの方向性として、①量的拡大、②質的
拡充、③アジア新興国市場開拓が想定され、その影響には留意すべきであろう。
第 1 は、さらなる量的拡大である。経済成長に不可欠な資源エネルギーの獲
得のルートを広げるべく、豪州、アフリカ、東南アジア、中央アジア、南米等
での採鉱業を中心とした投資増大は確実である。こうした資源国等との貿易に
資する現地のインフラ整備、金融業、卸売・小売業等への投資も続くとみられ
る。また、中国からの海外旅行者急増に対応すべく観光業への投資、さらに海
外不動産投資が広がる可能性は高い。
第 2 は、質的拡充である。中国の産業高度化を資する海外企業買収が加速す
る可能性がある。中国政府は 2010 年 10 月に戦略性新興産業を定めた3。中国が
今後 20 年で技術革新力と産業発展段階を世界トップ水準に高める 7 つの重点産
業とは、①省エネ・環境保護、②次世代情報技術、③バイオ、④ハイエンド設
備製造、⑤新エネルギー、⑥新材料、⑦新エネルギー自動車である。
3
中国国務院「戦略性新興産業の育成・発展加速に関する国務院決定」2010 年 10 月 18 日
8
住友信託銀行 調査月報 2010 年 12 月号
経済の動き~中国の対外直接投資の現状と方向性
こうした重点産業の育成、発展を早める手段として、中国市場参入機会を誘
因材料として技術移転を狙う外資導入のみならず、先端技術や経営ノウハウの
獲得を目的とした米国、欧州、日本、韓国等の企業買収の増加が予想される。
第 3 は、アジア新興国市場の開拓である。中国からの輸出に加えて現地生産、
販売の試みが広がりつつある。例えば、上海汽車と米国GMの場合、中国国内
で成功した自動車合弁事業を足場とした長期戦略提携を締結する中で、研究開
発等と並び、インドを皮切りとしたアジア新興国市場の共同開拓を表明した4。
既に両社は香港に折半出資のGM上海汽車香港投資有限公司を設立(2009 年 12
月)、GMインドの生産工場や販売網の活用を計画している。海外生産やマーケ
ティングでの共同歩調は、多くの中国企業が不足する海外経営ノウハウの吸収
に役立つであろう。他のアジア新興国の消費者嗜好、値ごろ感に合う商品提供
等の課題は多いが、こうした試行を経て、本格的進出が加速する可能性もある。
5.まとめ
中国の対外直接投資は、新興国から新興国へ、新興国から先進国へ、という
新たな投資資金の流れの一環として位置付けられる。先進国経済の回復が遅れ
る中、中国の対外直接投資の受入側では生産力向上、資源開発促進、そして何
より中国向け輸出、中国市場参入等の期待が大きい。とはいえ、中国の国益重
視に傾いた投資が続けば、対外経済関係は不安定化しかねない。また、特定国
や業種への集中的投資が強まる場合、特に経済規模の小さい資源国、途上国な
ど投資先の景気変動リスクを高めかねない点は留意される。
中国企業の海外進出は、量的拡大はもとより質的拡充、アジア新興国市場開
拓に進む方向性にある。中国企業と先進国企業、アジア各国政府や地場企業と
の共同事業展開も視野に入れて、新たな競合関係と連携の両視点から、中国の
海外進出をとらえる時期に差し掛かっている。
(柳瀬:[email protected])
※本資料は作成時点で入手可能なデータに基づき経済・金融情報を提供するものであり、投資勧誘を
目的としたものではありません。
4
General Motors プレスリリース 2010 年 11 月 3 日
9
Fly UP