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P253-272
海の研究(Oc
e
anogr
aphyi
nJapan),22
(6),253- 27
2,2
01
3
― 総 説 ―
海洋学の 10年展望(Ⅲ)*
―日本海洋学会将来構想委員会生物サブグループの議論から―
浜崎 恒二1**・石坂 丞二2・齊藤 宏明3・杉崎 宏哉4・鈴木 光次5・高橋 一生6・千葉 早苗7
要
旨
海洋生物を中心とする視点から,海洋学の過去 10年程度の研究の進展を総括するとと
もに,今後 10年間でわが国として取り組むべき研究の方向性と必要とされる研究基盤に
ついて論じた。特に,「生物多様性」を生物海洋学,海洋生物学を特徴づけるに最もふさ
わしい言葉として,その解明ならびに地球システムとの関係について重要と考えられる課
題毎に論じた。生物多様性の解明においては,動植物プランクトン及び微生物群集多様性
の解明,鍵種の生物学,非優占種の役割,多様性と生物間相互作用を重要課題とした。生
物多様性と地球システムとの関係については,気候変動による影響と気候へのフィードバッ
ク,複合生態系としての沿岸域,生物多様性とモニタリング,生態系・生物地球化学統合
モデルを重要課題とした。
キーワード:海洋学,将来構想,生物多様性,研究基盤
生物海洋学,海洋生物学を特徴づけるにふさわしいと考
1. はじめに
えたからである。海洋物理は水温・塩分といった少数の
パラメータを対象としており,化学は元素と化合物を対
生物サブグループでは,「海洋学分野において今後 1
0
象としている。化合物の種類は無数にあるが,海洋学が
年間で目指すべき研究の方向性」として,「生物多様性」
これまで対象としてきた元素や化合物はそれほど多くな
をキーワードとすることで一致した。この言葉が,最も
い。それに対して,生物は真核生物のみでも 220万種が
*2013年 5月 29日受領;2013年 7月 13日受理
著作権:日本海洋学会,2013
1東京大学大気海洋研究所
2名古屋大学地球水循環研究センター
3
(独)水産総合研究センター東北区水産研究所
4
(独)水産総合研究センター本部
5北海道大学大学院地球環境科学研究院
6東京大学農学生命科学研究科
7
(独)海洋研究開発機構地球環境変動領域
**連絡著者:浜崎 恒二
〒277-8564千葉県柏市柏の葉 5-1-5
TEL:04-7136-6171 FAX:04-7136-6171
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okyo.
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海洋に生息し,その 91%は未発見,未記載と推測され
ている(Mor
ae
tal
.
,20
11
)。さらに個々の生物種には,
固有の生理・生態といった学問分野が広がっている。ま
さに,生物学とは多様性と格闘する学問分野である。
1
992年の生物多様性条約採択からすでに 20年が経過し
ており,「生物多様性」はもはや新しい概念ではないが,
生態系の構造や機能とそのダイナミクスを理解する上で
必須であり,気候変動への適応や生態系サービスの維持
といった社会的要請に深く関わる概念であることから,
今後ますますその重要性が高まって行くだろう。そこで,
25
4
浜崎・石坂・齊藤・杉崎・鈴木・高橋・千葉
どのような観点から生物多様性をキーワードとして研究
縁関係もしくは遺伝的相同性によって判別される型)の
してゆくべきか,その具体的な方向性について議論しと
数を意味している。現在,種名が記載されている微生物
りまとめた。
は,細菌及び古細菌で約 1万種,原生生物で約 2
0万種
近年,海洋生物センサス(Ce
ns
usofMar
i
neLi
f
e
)
であるが,自然環境中に生息する微生物の 9割以上は培
に代表されるように,海洋生物の分布や多様性に関する
養困難であるため種名が付与されていない。培養できな
知見の蓄積が進んできた。単に,「生物を人間の都合で
くても,環境試料から微生物細胞を回収し,直接的に遺
絶滅させてはならない」という倫理的理由だけではなく,
伝子配列を解析することによって多様性を調べることが
生物の多様度が生態系の安定性 (s
t
abi
l
i
t
y) や復元性
できる。海洋の微生物を除く真核生物の総種数が 2
0
0万
(r
e
s
i
l
i
e
nc
e
)に影響を与え,ひいては生態系サービスの
種と推定されているのに対して,これまでの研究によっ
維持に重要な意味をもっていることから,生物多様性の
て,1の海水中には 2万種の細菌が存在し,海洋生物
把握と保全が重要であると認識されるようになっている
センサスで調査された試料だけでも 20
00万種あるいは
(e
.
g.Pt
ac
ni
ke
tal
.
,2008;Car
di
nal
e
,2011;Cor
c
or
an
それ以上の微生物が存在すると推定されている。さらに,
andBoe
i
ng,2
012)。
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ve
r
s
i
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y/Bi
odi
ve
r
s
i
t
y)」
「生物多様性(Bi
は,1
9
9
2年ブラジルのリオデジャネイロで開かれた国
様々な海洋生物の表面や体内に生息する微生物を含める
と 10億 種 に 達 す る 可 能 性 が あ る と も 言 わ れ て い る
(CoMLr
e
por
t
,201
1)
。
連環境開発会議(地球サミット)において採択された
海洋生物の多様性,分布,生物量について,全球規模
「生物の多様性に関する条約」(生物多様性条約 CBD:
での基礎データの整備が進みつつあり,依然として海域
Conve
nt
i
ononBi
ol
ogi
c
alDi
ve
r
s
i
t
y)によって広く知
や深度によって多くの空白域が残されているものの,こ
られるようになった。 生物多様性は, CBDにおいて
こ1
0年間の情報量の蓄積は顕著である。また,生物ゲ
「陸地,海洋,その他の水圏生態系とそれらを含む複合
ノムの塩基配列解読(シーケンス)技術の飛躍的進展に
生態系など,あらゆる環境に生息する生物間の変異性
より,安価で大量のシーケンスデータを得ることが可能
(var
i
abi
l
i
t
y)であり,種内(遺伝子)の多様性,種間
となり,特定の遺伝子を種判別のマーカーとした生物多
(種)の多様性,生態系の多様性を含む」と定義されて
様性の評価を大規模に実施することが可能となってきた。
いる。
こうした技術によって,海洋生物の基礎データの蓄積は
一般に,「種」は雌雄による繁殖が可能な生物集団か
今後さらに加速すると予想される。これらの膨大な基礎
ら構成され,生物を分類する上での最も基本的な単位で
データは,海洋生態系の構成者とその分布パターンを明
ある。したがって,種数は生物の多様性を評価する最も
らかにすることによって,生態系や物質循環研究におい
基本的な指数となる。2000年から 2010年に実施された
て,新たな方向性を示すことにつながると予想される。
海洋生物センサスによって,既知の海洋生物種の観察,
また,こうした基礎データをもとにした海洋生物の動態
出現記録がデータベース化され,その多様性を全球規模
研究や長期モニタリング,そのための効率的なデータ取
で比較することができるようになった。現時点で,学名
得方法やプラットフォームの開発といったことが必要と
が付けられている海洋生物(微生物を除く)の総種数は
なるに違いない。
20万種に達するとされている。実際に海洋に生息する
生物多様性に関するデータの蓄積や研究の進展は,
生物種の数がどの程度になるかは確定していないが,少
Ec
os
ys
t
e
mBas
e
dFi
s
he
r
yManage
me
ntのような水産
なくとも 200万種が今後発見されると考えられている
資源や海域の持続的利用,海洋保護区設定などにおいて
(Mor
ae
tal
.
,2011)。一方,微生物(細菌,古細菌,原
も重要と考えられる。また,海底資源開発や洋上発電の
生生物)の場合は,「雌雄による繁殖集団」としての種
ような将来的な実施可能性の高い海洋,海底利用に備え,
の定義は存在せず,一定の遺伝的性質を共有する集団と
海洋生態系への影響評価や持続的利用の根拠となる知見
して便宜的に種が規定されている。従って,微生物の多
も得ておく必要がある。その他の社会的要請として,沿
様性を評価する指数としての種数は,系統型(進化的類
岸域で提唱されている「里海」という概念とのつながり
海洋学の 1
0年展望(Ⅲ)
2
5
5
や,震災復興,放射性物質の魚介類への蓄積評価などへ
数的に優占する Pr
o
c
hl
or
o
c
oc
c
usや Syne
c
ho
c
c
o
c
c
usの
の貢献も視野に入れた研究も求められるだろう。
ファイロタイプ (エコタイプ) が数多く識別された
以上のような状況を背景として,海洋生物及び生態系
(Sc
anl
anandWe
s
t
,2
0
02)。また,ピコサイズやナノ
に関わる海洋学領域の研究において,今後 10年間に我々
サイズ(3-20m)の窒素固定を行うシアノバクテリ
が取り組むべき課題について以下に述べる。
アも発見された(Ze
hre
tal
.
,2001
)。これら単離株の
幾つかについては,全ゲノムが解読され,比較ゲノムに
より, 生理機能の違いや系統進化が明らかになった
2. 海洋における生物多様性の解明
(Swi
ngl
e
ye
tal
.
,20
08)。海洋真核植物プランクトンに
os
i
r
a ps
e
udo
nana
つ い て も , 中 心 目 珪 藻 Thal
as
s
i
2.
1 植物プランクトン群集の多様性
(Ar
mbr
us
te
tal
.
,20
04
)等で全ゲノムが解読されると
海洋の光合成生物による年間の純基礎生産(純光合成
ともに,最近,多様性に関する幾つかの大きな発見があっ
量)は,陸上植物とほぼ同等で,年間約 50×10 gCと
た。例えば,Li
ue
tal
.
(20
09
)は,外洋域で優占する
見積られており,その約 91%は植物プランクトンが担っ
炭酸塩殻を持たないピコサイズのハプト藻類の非常に高
ている(Rave
n,200
9)。この海洋植物プランクトンに
い 多 様 性 を 報 告 し た 。 さ ら に 最 近 , Wor
de
ne
tal
.
15
よる光合成は,海洋生物による二酸化炭素固定機能(生
(2012
)は,環境サンプルから,未培養のピコサイズの
物炭素ポンプ)のみならず,海洋生態系における生食食
ペラゴ藻の全葉緑体ゲノムの解読に成功するともに,そ
物連鎖や微生物食物網における基盤的役割を果たしてい
の分類群の高い多様性を明らかにした。細胞の形態的特
る。従って,海洋植物プランクトン群集の多様性を把握
徴に基づき検鏡で見積もられた海洋植物プランクトンの
することは,今後の地球環境変化に対する海洋生態系の
種数は約 5
000と考えられており (Te
t
tandBar
t
on,
応答を評価する上で必須である。しかしながら,その一
1
99
5),遺伝子データによって評価される OTU(Ope
r
a-
方で,植物プランクトン群集は,主にアーキプラスチダ
t
i
onalTaxonomi
cUni
t
)の数はそれより 1桁もしくは
に属する陸上の光合成生物とは異なり,多様な分類群に
2桁大きくなることが予想されるが,現時点では不明で
よって占められていることから,多様性評価が技術的に
ある(Ebe
ne
z
e
re
tal
.
,2
012)。これは,植物プランク
より困難となっている。
トンを対象とした DNAバーコーディング技術や DNA
植物プランクトンは,大別すると,原核生物であるシ
データベースの構築が,細菌や動物プランクトンのそれ
アノバクテリア(ラン藻類)と真核植物プランクトンに
らと比較すると,より発展途上にあることに起因するが,
分類されるが,真核植物プランクトンの系統群は,クロ
今後,次世代 DNAシーケンサーから得られる多量の核
マルベオラータ(ストラメノパイル,アルベオラータ,
酸情報から,海洋植物プランクトン群集の多様性評価が
ハプト藻類及びクリプト藻類を含む),アーキプラスチ
進むことが期待される。また,現在,日本近海を含む西
ダ,リザリア,盤状クリステ類に及ぶ(Fe
hl
i
nge
tal
.
,
部北太平洋外洋域における植物プランクトンの DNAデー
2
0
0
7
)。従来,海洋植物プランクトンの同定には,従来,
タは,大西洋と比べ,非常に限られているため,今後の
明視野・蛍光顕微鏡,走査型・透過型電子顕微鏡,高速
著しい拡充が喫緊の課題である。また,これを実行する
液体クロマトグラフィー,フローサイトメトリーを用い,
ことにより,同海域における植物プランクトンの分子系
細胞形態や細胞内色素組成の特徴に依存していた。しか
統地理,系統進化,およびそれらと生物地球化学過程と
し,近年,DNA解析手法の顕著な発達により,これま
のかかわりに関する知見が急速に拡大することが期待さ
での植物プランクトン群集構造の再評価のみならず,こ
れる。
れまでに知見の著しく乏しかった,形態的特徴の少ない
0)は,全球規模で植物プラ
近年,Boyc
ee
tal
.
(20
1
ピコサイズ(<3m)の植物プランクトン群集の多様
ンクトン現存量が過去 100年間にわたって低下し,その
性を評価することが可能になってきた。例えば,シアノ
減少率は 1年当たり約 1%であったことを報告した。し
バクテリアについては,亜熱帯および熱帯外洋域で細胞
かしながら,その後,この論文に対する数多くの批判が
25
6
浜崎・石坂・齊藤・杉崎・鈴木・高橋・千葉
あり,それら結果は未だ実証されていないが,今後の地
動期間を経て,データベースの構築,比較的短い遺伝子
球温暖化により,海洋植物プランクトン群集の生産力お
情報から種を検索するバーコード手法の開発と遺伝子情
よ び 組 成 の 変 化 が 予 測 さ れ て い る (Thomase
tal
.
,
報の蓄積,多様性が高く生態系としての脆弱性があるホッ
20
1
2)。今後,広域海洋において,これら変化を評価す
トスポットの抽出など多くの成果を上げてきた
る際には,海色衛星リモートセンシングによる植物プラ
(Buc
kl
i
ne
tal
.
,2
010
)。例えば,熱帯亜熱帯のアジア海
ンクトンの現存量(クロロフィル a濃度)と群集組成
域は,種多様性が高いホットスポットの一つであるが,
の推定手法(例えば,Hi
r
at
ae
tal
.
,2011)が有用であ
アジア沿岸地域の経済発展のため,沿岸性の生物を中心
ることから,衛星データの校正と検証の拡充,推定アル
としてその生息環境は急激に悪化している。また,クラ
ゴリズムの精度向上が期待される。また,海洋植物プラ
ゲなどの刺胞動物,クシクラゲ類,サルパ類などの堅い
ンクトン群集の多様性をより現実的に表現するためのモ
組織を持たないゼラチン質プランクトンは,採集法,固
デルの開発も必要である。興味深いことに,最新の Fol
-
定法の問題や分類形質の難しさから,その多様性や生態
l
owsandDut
ki
e
wi
c
z
(2011)のモデル結果によると,
系における重要性が過小評価されてきた生物であり,見
西部北太平洋黒潮続流域において,植物プランクトン群
過ごされてきた生物群としてホットスポットとして,提
集の多様性が全球的に見て高いことが示唆されている。
案されている。
古典的には,Hut
c
hi
ns
on
(1961)が ・ThePar
adoxof
動物プランクトンの多様性は,他の生物と同様に低緯
t
hePl
ankt
on・として提唱したが,未だ海洋の限られ
度で高く,高緯度海域では北極海に比べ南大洋で若干高
た資源(栄養塩や光)の中で,数多くの植物プランクト
くなっている(Kur
i
yamaandNi
s
hi
da,20
06)。また,
ン種が共存できるための形成,維持,消滅のプロセスの
生物量は表層で高いのに対し,多様性(種数,均衡度)
理解が現在でも不足しており,西部北太平洋域において,
は中層で高くなる。動物プランクトンの多様性の特徴は
さらなる研究成果の充実が望まれる。
植物プランクトンや細菌群集と同じく,全球多様性に対
する局所的多様性の高さ(例えば浮遊性カイアシ類は全
リコメンデーション
世界で約 2
2
00種が知られているが,1地点での採集で
・植物プランクトンを対象とした DNAバーコーティン
1
50種が採集される)である。しかしこのような俯瞰的
グ技術の開発とその応用(特に西部北太平洋域)
・植物プランクトン群集の多様性を評価するための衛星
知見は,限られた分類群における分析であったり,限ら
れた海域における記載であることが多く,海盆スケール,
リモートセンシングデータの精度向上および多様性モ
全球スケールでの研究は困難であった。この要因として
デルの開発
は形態分類とそれに基づく生物地理研究は,多くの時間
と労力を要する作業であり,この問題を打破する画期的
2.
2 動物プランクトン群集の多様性
な手法開発が必要であったことが挙げられる。さらに,
動物プランクトンの分類を専門とする研究者は世界的に
海洋では約 7
000種の動物プランクトンが記載されて
も絶滅の危機に瀕している。生物研究の上で分類学の重
おり(Buc
kl
i
ne
tal
.
,2010),海洋における動物プラン
要性は色あせることはないが,多くの研究分野の台頭の
クトンの多様性研究は,種の記載から始まり古くから行
中で縮小していると言わざるを得ない。一方で,分子手
われてきた。動物プランクトンの多様性に関する主な疑
法を用いた種同定は,データベースの充実に伴い急速に
問は 1)どんな種が生息しているのか?,2)種の分布
発展している。この手法の利点はデータベースが正確な
様式の一般的なパターンとは何か?,3)分布様式を決
らば,専門や経験を問わずに正確な分類ができることに
めている要因は何か?,4)これらの分布様式はどのよ
あり,今後 2
0年間で,形態分類から分子分類への移行
うに進化したか? にまとめられる(Mc
Gowan,19
71
)
。
を図ることは, 現代の重要な課題である。 Ce
ns
usof
国際的共同研究として始まった Ce
ns
usofMar
i
neLi
f
e
Mar
i
neZoopl
ankt
onの活動によって大きな進歩はあっ
の中でも Ce
ns
usofMar
i
neZoopl
ankt
onが 1
0年の活
たものの,Mc
Gowanの疑問に対しては,ほとんど回答
海洋学の 10年展望(Ⅲ)
2
5
7
を得ていないのが現状であり,バーコード法を含む分子
て微生物の食物連鎖が重要であるとする「微生物ループ」
生物学的手法により,根本的な問いに対して回答を与え
の概念が提唱された (Az
am e
tal
.
,198
3)。 さらに,
ていくのが今後の大きな課題である。また,多様性の高
19
90年代に,リボゾーマル RNA(r
RNA)遺伝子をマー
い太平洋に面し,縁辺海,複数の海流系に接し,超深海
カーとして微生物の種を判別する手法が開発され,環境
に至る海溝域が近い日本は,動物プランクトンの多様性
中の微生物から直接 DNA を抽出し r
RNA 遺伝子配列
研究を行うには,世界的に最も恵まれた立地であること
をシーケンスすることにより微生物群集構造やその多様
を認識する必要がある。
性を解析することができるようになった。こうした研究
によって,自然環境中には未培養の独立した系統群が存
リコメンデーション
在し,実際の環境中においてはしばしば,こうした未培
・動物プランクトンを対象とした DNAバーコーティン
養系統群が優占種や鍵種として生態学的に重要な役割を
グ技術の開発とその応用
・メタゲノム解析など先端的手法による太平洋全域の動
物地理学的マッピング
果 た し て い る ら し い こ と も わ か っ て き た (De
Long,
20
0
7)。
現在,超並列シーケンサー(または次世代シーケンサー)
と呼ばれる新しい配列解読装置によって,配列決定コス
2.
3 微生物群集の多様性
トは 1/10以下となり,一回の分析での配列決定数も劇
的に上昇し続けている。これらの装置を利用した環境
海洋微生物の多様性についても,種組成,分布パター
DNAや RNAの網羅的解析(メタゲノミクス,メタト
ン,分布要因,進化が基本的な問いであろう。加えて,
ランスクリプトミクス)によって,未培養の優占微生物
微生物は,生態系における様々な物質代謝(炭酸固定,
種の機能や動態を解析する研究が加速しており,こうし
硝化,脱窒,窒素固定,硫酸還元,硫黄酸化,水素生成,
た方向性の研究は今後も発展してゆくと考えられる
メタン生成など)に直接的に関与することから,多様性
(Yi
l
maze
tal
.
,2
01
1)。環境中の微生物代謝機能の解析
と機能の関係も併せて考えることが重要である。つまり,
と並行して,代謝の基質あるいは産物となるであろう海
どのような種が生息するかという知見と同時に,その種
水中の様々な有機物について,その化学構造の解明を進
がどのような機能をもち,その機能発現が環境によって
めてゆくことも重要である。また,培養できない個別微
どう変化するか(応答)の知見を得ることが重要である。
生物の詳細な機能解析や遺伝子解析を同時に進める手法
さらに,こうした機能発現は分子から細胞レベルの現
として,フローソーティングやマイクロフロイディクス
象であることから,有機物の分解過程や植物プランク
技術を用いて物理的に微生物を単離する手法が注目され
トンとの相互作用など,ナノメーターからミリメーター
る(I
s
hi
ie
tal
.
,20
10
)。
という極微小スケールでの分子間相互作用や細胞間相
メタゲノミクスだけでなく従来の系統遺伝子マーカー
互作用を明らかにすることが,生態系レベルさらにはグ
(例えば 1
6Sr
RNA遺伝子)の PCR増幅による微生物
ローバルスケールでの生物地球化学的現象の理解に不可
群集構造解析においても,新たな進展が見られている。
欠であると考えられるようになっている (Az
am and
「国際海洋微生物センサス(ht
t
p:
/
/i
c
omm.
mbl
.
e
du/)」
Mal
f
at
t
i
,20
0
7
)。
では,世界中から様々なタイプの海洋環境試料が集めら
環境中における微生物群集の多様性について,研究対
れ,海の微生物多様性の大規模な解析が実施された。従
象とできるようになったのはごく最近のことである。
来の多様性解析が,一試料につき 1
00
~2
0
0の配列情報
19
70年代後半から蛍光顕微鏡による直接計数が可能と
を得て行われてきたのに対して,1万~2万の配列情報
なり,従来の寒天平板を用いたコロニー計数法では海水
を得て多様性解析が実施された。その結果,数的には全
中の微生物現存量を大幅に過少評価していたことが明ら
体の 2割程度しか占めていない r
ar
emi
c
r
obe
sと呼ばれ
かとなった。その結果,1980年代には,微生物現存量
る稀少な微生物種が,全体の多様性の大部分を担ってい
のより正確な把握に基づき,従来の生食食物連鎖に加え
ることがわかってきた(Sogi
ne
tal
.
,20
0
6)。こうした
2
58
浜崎・石坂・齊藤・杉崎・鈴木・高橋・千葉
稀少微生物種が,環境変化に対する生態系の頑強性や復
規定できる。今日的には生態系モデルのコンパートメン
元性に深く関与している可能性があり,生態系の理解の
トと考えればよいかもしれない。
ためにその動態や機能解明が必須とされている
(Pe
dor
os
Al
i
o,2007)。
鍵生物生物学の重要さは自明であり,多くの研究がな
されてきた。たとえば大西洋中高緯度に優占するカイア
現在,DNA塩基配列を分子レベルで解析するナノポ
シ類 Cal
anusf
i
nmar
c
hi
c
usは 5
00報を超える論文が出
アシーケンサーや DNAトランジスタの開発が進められ
版されている。しかし,太平洋に目を向けると同等のニッ
ており,近い将来に超小型で使い捨てタイプの塩基配列
チを占める Cal
anuspac
i
f
i
c
us
,Ne
oc
al
anuspl
umc
hr
us
解 読 装 置 が 登 場 す る と 予 想 さ れ て い る (St
hland
に関しては,1/1
0程度しか発表がない。分布,生活史,
Lunde
be
r
g,2
0
12)。そのような装置があれば,生物種
生理活性,行動,被食捕食関係などがある程度の確度を
の同定や多様性解析を船上や採取した現場で行うことが
もって把握されている生物は,ごく限られた生物種,生
できる。従って,次世代の研究船には,こうした最新技
物群であると言わざるを得ない。例えば,過去 2
0年間
術の利用を前提とした研究設備が求められるだろう。ま
で複数の大型研究がなされた亜寒帯太平洋においては,
た,船上で得られた生物情報をインターネット経由で解
動物プランクトンではカイアシ類,オキアミ類,ヤムシ
析するための高速通信回線も必須となる。
類,端脚類などの生物群優占種で,生活史が解明され
近年,配列情報産生能力の増加速度は,コンピュータ
(I
ke
dae
tal
.
,2
008
),その結果は生態系モデルに組み込
の演算処理速度の増加速度を上回っており,大規模解析
まれている(Ki
s
hie
tal
.
,200
7)。しかし,これらの生
においては,データ解析に要するコストがシーケンスに
物種でも,生理活性や長期変動などについては依然とし
要するコストを超える状況となっている。また,環境中
て未解明な部分が大きい。さらに,生態学,生物学は対
の微生物群集を対象とするメタゲノミクス研究において
象生物を観察することで進歩を遂げてきた学問であるが,
も,その試料が得られた環境を記述するさまざまなデー
プランクトンの場合は,海中に生息する微小な生物であ
タ(温度,塩分,pH,有機物濃度など,メタデータと
るため,観察に依存する研究分野は遅れている。一方,
呼ばれる)を同時に測定することが重要と認識されてお
植物プランクトンについては,測定例の限られていた一
り,ゲノムデータとメタデータの共有,ソフトウェアや
次生産の測定や律速栄養素の解明などで大きな進展があっ
演算装置といった解析資源の共有,共有のためのプラッ
たものの(I
maie
tal
.
,2
002
;Ts
udae
tal
.
,20
03
),赤潮
トフォームの構築,人材育成といったことが急務となっ
生物を除く植物プランクトンではほとんど手が付けら
ている。
れていない。亜熱帯海域においては,窒素固定生物や
大型カイアシ類の生活史で大きな進展があったが
リコメンデーション
・微生物多様性の把握とその機能発現解析,代謝化学物
質の分析
(Ki
t
aj
i
mae
tal
.
,20
09;Shi
modee
tal
.
,2
009
),鍵生物
群の生物学としてはやるべきことが多く残されている。
例えば,魚類,海獣類の主要な餌料であったり物質の鉛
・ミクロスケールでの微生物動態の把握
直輸送に関与するカイアシ類およびオキアミ類は研究を
・現場での生物種同定や動態解析技術の開発とその応用
推進すべき生物群である。日本沿岸に広く分布し優占す
るカイアシ類,Cal
anuss
i
ni
c
usと Par
ac
al
anus属カイ
2.
4 鍵種の生物学
アシ類は魚類稚仔の重要な餌生物群と考えられ,数十年
スケールの生物量変動が報告されているが (Nakat
a
鍵生物とは生態系の機能にとって重要な役割を果たす
03
),分類をはじめとする基本的な生物
andHi
daka,20
生物種または生物群である。一般的には各機能集団にお
学は極めて不十分であり,今後 10年間で,研究推進が
ける優占種と捉えられる。機能集団とは,ある一定の生
なされなくてはならない重要な生物群であろう。
理的・生態学的機能を持った生物集団であり,窒素固定
今後,鍵生物の生物学を進めるにあたって,いくつか
生物,日周鉛直移動生物などあらゆるスケールでこれを
の方向性があると考えられる。第一に,我々が直面して
海洋学の 10年展望(Ⅲ)
2
5
9
いる温暖化,海洋酸性化を考えた場合,物質の再配分に
はない。とりわけ海洋の大部分を占める亜熱帯域や中深
大きく関与する生物の重要性が指摘できよう。この意味
層のプランクトン群集においては多数の非優占種が出現
では,植物プランクトンでは,成長速度が速く沈降過程
9
;
することが知られており(Mc
GowanandWake
r
,1
9
7
におけるバラストとして機能する珪藻,円石藻,窒素固
Takahas
hie
tal
.
,2
0
00;Kos
obokova and Hopc
r
of
t
,
定を行うシアノバクテリアが対象として重要であり,動
2
010
), 安 定 し た 均 一 な 環 境 に 多 く の 種 が 生 息 す る
物プランクトンでは優占種を対象とすべきである。さら
・
pl
ankt
onpar
adox・を示す典型的な例となっている。
に,ある鍵生物の特徴を明らかにするためには,対照的
物質循環や生物地球化学的な視点から元素やエネルギー
な複数の生物を扱うことが望ましく,例えば,優占種と
の流れなどを考える場合,優占種を考慮すれば十分であ
非優占種,大型と小型,沿岸種と外洋種などの対比を通
るが,しかし数理モデルなので再現される単純化された
して明らかにするべきであろう。第二の視点は多様性で
生態系は実際の姿とはかなり異なる。このことは,非優
ある。海洋の生物学は,栄養段階や生態系モデルなど限
占種が資源獲得競争で優占種に劣る「敗者」の集まりで
られた生物区分とその関係性を歴史的には研究してきた
はなく,それぞれの種が生態系内において特定のニッチェ
が,種の存在は,種固有の生活史,生物学的特徴がある
を占める重要な構成要素であることを示している。海洋
ことを暗示している。新しい機能群や鍵生物の提示に至
生物群集における近年の研究では種多様性の低下が,生
るような探査を進めるべきである。我が国は,生物多様
態系の機能低下,すなわち生産性,安定性,復元性の低
性のホットスポットとされる東南アジア海域および深海
下を招き,環境変動に対する群集自体の脆弱性を高める
研究(Buc
kl
i
ne
tal
.
,2010)に適した位置にあり,今後
ことが明らかとなってきている(Wor
me
tal
.
,20
0
6
)。
の進展に責任がある。第三は,分子生物学的な手法の発
すなわち非優占種の生存メカニズムや,生態系における
展である。ミトコンドリア DNA等を用いた分子系統解
役割や機能の解明は,環境変動に対する生態系の応答を
析により,各分類群内での系統関係が明らかになりつつ
明らかにするために不可欠な要素であるといえる。とり
ある(e
g.Mac
hi
dae
tal
.
,2009)。浮遊生物は化石とし
わけ海洋でも一部の沿岸生態系で存在が明らかにされて
ての情報が少ない分類群が多く,進化系統は不明なもの
いるキーストーン種(優占種ではないにも関わらず群集
が多かった。今後は,進化系統を背景に,生活史などの
動 態 に 大 き な 影 響 を 与 え る 種 , 例 え ば Pai
ne
,1
9
6
9
;
生物学的特徴を考えていくべきであろう。さらに,形態
Es
t
e
se
tal
.
,1998など)の特定は環境変動に対する生態
学的には同定が困難な生物や発育段階の同定(例えばバー
系応答を理解する上で極めて有益である。漂泳区生態
コード法),特定遺伝子の発現などが応用可能な手法と
系では,亜熱帯海域における単細胞性窒素固定ラン藻
なり(Buc
kl
i
ne
tal
.
,2010),今後の大きな発展が期待
(He
ws
on e
tal
.
,20
09
) や, 北海におけるイカナゴ
できる。
(Fr
e
de
r
i
ks
e
ne
tal
.
,2
00
6)が,このキーストーン種に
該当する可能性が示唆されているが,海洋の食物網は複
リコメンデーション
雑であり実際に検証された例は少ない。生態系への影響
・珪藻,円石藻,窒素固定生物の生物学的知見の飛躍的
度を定量的に示すために Li
br
al
at
oe
tal
.
(20
06
)は,
拡充
・各海域での重要種と比較対象生物の生活史,行動等解
明
・分子生物学的手法など新技術導入
t
hEc
oi
s
m)の解析により様々
生態系モデル(Ec
opat
hwi
な海域の生態系についてキーストーングループの特定を
試み,鯨類,シャチ,アザラシ,サメ類,海鳥,ウミガ
メ,イカ類,小型浮魚類,オキアミ類,動物プランクト
ン,植物プランクトン等,様々な栄養段階に属する種
2
.
5 非優占種の役割
(グループ)が生態系毎にキーストーン種(グループ)
となっている可能性を示唆している。近年,漂泳区のよ
一般に生物群集は少数の優占種と多くの非優占種から
うな 3次元的環境は,陸上生態系のような 2次元的環境
構成されており(Odum,1963),漂泳区生態系も例外で
に比べ,餌生物との遭遇率が高い一方で,安定性を欠き
26
0
浜崎・石坂・齊藤・杉崎・鈴木・高橋・千葉
やすく,結果として複数種の共存を可能にしていること
関係,例えばサイズに依存しない捕食-被捕食関係や寄
が示された(Paware
tal
.
,2012)
。このような生態系は,
生・共生関係等を介した食物連鎖が,どの程度の重要度
トップダウンコントロールの影響を受けやすい傾向があ
をもっているのかを判断するための知見を十分に持ち合
るとされ(Shur
i
ne
tal
.
,2006),漂泳区生態系におい
わせていないことも事実である。例えば,地中海の研究
て栄養段階の上位に位置する非優占種の役割は従来考え
例では,寄生性渦鞭毛藻 Syndi
ni
um t
ur
boがカイアシ
られているよりも大きい可能性がある。また量的に少な
類 Par
ac
al
anuspar
vus成体雌日間死亡原因の 8-1
5
%
い生物が群集動態の鍵を握るという意味では,寄生者
を占め,個体群動態や物質循環に寄生者が一定の役割を
(Hat
c
he
re
tal
.
,2008)や有毒物質をもつ種(Zi
mme
r
d and
果 た し て い る 事 が 示 唆 さ れ て い る (Skovgaar
andFe
r
r
e
r
,2
0
07)もキーストーン種となる可能性があ
Sai
z
,2
006)。近年,プランクトン群集内で,捕食以外
り,直接的な捕食-被捕食関係以外の観点からも非優占
の要因で死亡する個体の存在が物質循環に果たす役割に
種の重要性について吟味が必要である。
ついて注目が集まっており(El
l
i
ot
te
tal
.
,2
01
0;Sampe
i
e
tal
.
,201
2
;TangandEl
l
i
ot
t
,2
01
3),この点からも今
リコメンデーション
後寄生者の研究の重要性はさらに高まると考えられる。
・非優占種の分布,生活史研究を通じた生存メカニズム
動物プランクトンの死骸や尾虫類ハウスは,いわゆるマ
の解明
・食物網内における非優占種の機能(食性,捕食者)の
解明
・現場データおよびモデル解析に基づくキーストーン種
の特定
リンスノーを形成し,分解・沈降のプロセスを経て下層
へ移出すると一般に考えられているが,これを直接カイ
アシ類が利用している証拠が最近報告されており
(Ml
l
e
re
tal
.
,2
01
2;Lombar
de
tal
.
,20
12
),研究が進
めば今後微生物環とのリンクを含め腐食連鎖系と生食連
鎖系の相互作用についても見直しが必要になるだろう。
2.
6 多様性と生物間相互作用
クラゲ類や浮遊性被嚢類等のゼラチナス動物プランクト
ンをめぐる種間関係についても更なる吟味が必要である。
「生物多様性」とは,いわゆる「種」を区別する境
これら動物群は,利用できる餌料の種やサイズの幅が広
界線を越えた,個々の生物間の相互作用までも含めた
く成長が早い一方で,これらを積極的に利用する捕食者
生 命 体 の 集 ま り 全 体 を 指 す 。 ・ThePar
adox oft
he
が少ないため時として大増殖する。このためゼラチナス
ankt
on・(Hut
c
hi
ns
on,1961)という言葉に代表され
Pl
動物プランクトンを経由する食物網は一般に生食連鎖か
るように,漂泳生態系は Loc
aldi
ve
r
s
i
t
yの高さによっ
ら の エ ネ ル ギ ー や 物 質 の 漏 出 (l
e
akage
) であり
て特徴づけられる。一度のネット採集や採水試料中に多
(Gonz
al
e
ze
tal
.
,20
04),魚類生産に繋がらない食物網
くの種が出現するプランクトンの研究は,必然的に生物
の行き止まり (de
ade
nd) であると見なされている
間の相互作用を重視する群集生態学として取り組むべき
(Var
i
t
yandSme
t
ac
e
k,1
996
)。ゼラチナス動物プラン
課題であるといえるが,直接観察の機会が乏しい漂泳区
クトンには,多くの寄生・共生種が存在していることが
の生物の種間関係に関する知見は限られている。例えば
知られているが,その関係は一部が明らかにされている
漂泳区生態系の物質循環,食物網を支配する最も重要な
73
;Madi
n andHar
bi
s
on,1
9
7
7
;
に過ぎず (He
r
on,19
相互作用である捕食-被捕食関係においてさえ,食性や
Br
owneandKi
ngs
f
or
d,200
5;Oht
s
ukae
tal
.
,2
0
0
9
),
餌料選択性に関する知見は一部の優占種に限定され,群
食物網内における重要性についてもほとんど評価されて
集動態の鍵となる餌料をめぐる競合関係についても十分
いない。近年,魚類や大型動物の餌料や隠れ家としての
に解明されていない。
ゼラチナス動物プランクトンの役割が注目されているが
漂泳区の食物連鎖は,小型の基礎生産者を起点とする
ai
,20
05
),より小型の生物
(Pur
c
e
l
landAr
ai
,20
01;Ar
ため,原則としてサイズに依存した生食連鎖系が優勢で
群との相互作用についても研究が進展する事が期待され
あると考えられているが,実際のところ我々はその他の
る。このような関係の評価が進む事で,現在一般的な概
海洋学の 10年展望(Ⅲ)
2
6
1
念となっている「サイズに依存した生食連鎖系」の相対
的な重要性が明らかになると同時に,海洋食物網,物質
循環の真の姿が浮き彫りになるはずである。
さらに,直接の捕食-被捕食関係にない個体間におい
ても,化学物質,物理震動,光刺激等を介した同種・異
3. 海洋生物多様性と地球システム
3.
1 気候変動による影響と気候へのフィードバック
種間での個体間相互作用は, 交尾相手探索 (Ki
boe
r
プランクトン生態系は,人為的な温室効果ガスの放出
andBagi
e
n,2005;Ce
bal
l
osandKi
boe
,2011;Wi
dde
r
,
r
とそれに伴った気候変動によって影響を受けていると考
20
10
) や植物-動物間での捕食者忌避・殺傷作用
えられている。例えば,極域では氷の減少による極域生
(Se
l
ande
re
tal
.
,2006;Pondave
ne
tal
.
,2007;Tange
t
態系の変化が報告されているが,温暖化は成層を強化し,
al
.
,20
08
;Se
l
ande
re
tal
.
,2011;Be
r
gee
tal
.
,2
012
),
それによって下層からの栄養塩供給が減少することによっ
)等に影
動物プランクトンの集群形成(Ambl
e
r
,2002
て,プランクトンの量および群集構造が変化したり,
響を与えていることが近年次々と明らかになってきてい
季節的なブルームのタイミングが変化したりすること
る。このような特定の二種間の相互作用は,それらの種
も想定される (Be
hr
e
nf
e
l
de
tal
.
,2
006
;Edwar
dand
に関係するその他の多くの種にも影響を与え,結果とし
Ri
c
har
ds
on,200
4)。沿岸域では降水量が変化すること
て生態系内における群集動態や物質循環を左右する可能
によって,河川起源の淡水やそれに含まれる栄養塩類が
性があり今後更なる知見の蓄積が望まれる。
増加あるいは減少して,やはり生物量や群集構造が変化
このように,これまで定量的に評価されていない相互
すると考えられる(Yamaguc
hie
tal
.
,2
012
)。二酸化
作用を通した生物過程を吟味することは,新たな機能群
炭素そのものの海水への溶解は海水を酸性化させつつあ
の発見に繋がる可能性を秘めると同時に,プランクトン
り,炭酸カルシウムの殻を形成する多くの生物群集に影
群集の多様性を説明し,食物網構造,物質循環を正確に
響を与える(Or
re
tal
.
,20
05
)。これらの変化は,当然
理解する上で鍵となると考えられる。具体的なアプロー
海洋中の多くの生物群集とそれを構成する種に対して同
チとして,安定同位体比や分子生物学的手法,機能形態
様に影響をあたえるわけではなく,生物間の相互作用
学等を用いた相互的な栄養段階・食物網構造の解析
はその影響をさらに複雑化させることは容易に想像さ
(Ai
t
ae
tal
.
,2
011;濱・柳,2007;Suz
ukie
tal
.
,2
00
6;
れる。
Wadae
tal
.
,2
0
12
;Sanoe
tal
.
,2
013),ビデオプランク
一方で,プランクトン生態系自体が,地球の物質循環
トンレコーダーや映像による水柱内での行動解析
やエネルギー流に影響を与えていることも知られており,
(Ki
boe
,2
0
0
7
;Ml
l
e
re
tal
.
,2012),微量の分泌物質
r
生態系の変化はこれらを変化させ,海洋化学・物理過程
や微細な生息環境を測定できる化学分析・測定技術等の
や気候・気象にまでフィードバックを与える可能性があ
開発等は生物間相互作用の理解に大きく寄与すると考え
る。円石藻類などが生成し,水中から空気中に放出され
られ,研究の発展が期待される。
るジメチルサルファイドが雲核となることで,雲の形成
を 変 化 さ せ る と い う CLAW 仮 説 (Char
l
s
on e
tal
.
,
リコメンデーション
1
98
7)は,プランクトンの気候へのフィードバックを象
・安定同位体比や分子生物学的手法に機能形態学や行動
徴する仮説である。最近は CLAW 仮説単独の重要性は
解析等を併せた総合的な栄養段階・食物網構造の解析
疑問視される(Qui
nnandBat
e
s
,2
011
)が,生物が形
・生食連鎖系の食物網構造の解明,とくに魚類餌料内容,
成する有機物の重要性など雲核形成への生物群集の新た
選択性の種レベル解析
・ビデオプランクトンレコーダーや現場,実験室での直
接観察による生物間相互作用の定性的知見の蓄積
な過程での寄与の可能性も加わり,多様な生物によるフィー
ドバックが想像される。
また,物質循環における生物群集によるフィードバッ
クの重要性については,炭素の循環における沈降粒子に
よるソフトティッシュポンプ(有機物ポンプ)やハード
2
62
浜崎・石坂・齊藤・杉崎・鈴木・高橋・千葉
ティッシュ(炭酸カルシウム)ポンプなどの生物ポンプ
ある。そのため沿岸域は海の生態系と陸の生態系の境界
の変化の可能性が指摘されている(I
s
hi
dae
tal
.
,20
09
)。
領域として,通常は陸域あるいは外洋表層域や深海域に
またこれらの粒状物起源の移動に加えて,微生物によ
生息する多くの生物が沿岸域を産卵場や生活史初期の生
る難分解性溶存有機物の生成による微生物炭素ポンプ
息域として利用しており,沿岸域に常在する種のみなら
(Ji
aoe
tal
.
,2
010)も提唱されている。また前章でも述
ず,多くの種の保存に極めて重要な海域となっていると
べられたように,窒素の循環における窒素固定,アナモッ
言うことが出来る。
クスなど,機能的に多様な生物種の発見があり,今後こ
また,沿岸域では藻場,岩礁,砂浜のような様々な異
れらの多様な生物群が気候変動によってどのように変化
なる環境が小型生物でも移動できるような極めて近い距
し,そこからどうフィードバックがかかるかの解明が必
離で接して存在していることも多く,このような地域で
要である。
は海流等による物理的接続も当然多いため,これらの生
一方で,植物プランクトンの存在は光エネルギーの鉛
態系間をまたぐ有機物の輸送による生態系の変化が,沿
直的な分布を変化させ,それによる海洋表層での温度分
岸生態系の多様性を高めるものともなっている。さらに,
布の変化が,海洋物理構造や気候・気象にまで影響を与
前述のように沿岸域で得られた有機物は外洋表層や深海
えている可能性も示唆されている(Le
wi
se
tal
.
,19
90
;
に生息する生物種の維持機構にも深く関わっている。以
Nakamot
oe
tal
.
,2001;Gnanade
s
i
kane
tal
.
,20
10)。
上のように沿岸生態系は閉じた系として見ることの出来
最近では,藍藻マットの影響など,そこにいる生物群集
るものではなく,沿岸自体の多様性のみならず,陸上か
の挙動による混合層深度への影響についても知見も出始
ら外洋,深海までつながった系としてとらえて複合的に
ns
e
,2011)。生態系内の生
めている(Sonnt
agandHe
理解する事が必須である。
物群集は,それぞれ異なった運動性や生存戦略,光学的
陸上生態系において近年,「里山」という概念が定着
特性などを持つため,その違いによって海洋物理過程や
している。これは,人の居留地に隣接する山林の遷移途
気候・気象へかかるフィードバックも異なる可能性につ
上にある植生を人為的に開発して極相に達するのを妨げ
いて今後研究を進める必要がある。このように,気候変
ることにより様々な相の生態系を現出して多様性を高め,
動の海洋生態系への影響とそのフィードバックを研究す
生態系サービスを享受するという考え方である。一方,
るにあたっては,より完全な生物・化学・物理過程を含
海洋の沿岸域も里山と同様に人間社会に隣接する多様な
んだ大気-海洋-生態系システムの理解が必要であり,
生物相を持つ自然地域であるため「里海」という概念が
生物機能の多様性はその重要な要素となっている。
提唱されている(柳,2
00
6,20
10)。沿岸生態系は外洋域
と比較して土木工事などによる地形や環境の変革や漁獲
リコメンデーション
による種組成の改変などの人為的な影響も受けているが,
・気候変動と生物多様性の変動に関する長期的な知見の
風波による攪乱や海流の離接岸,砂浜の発達や消失,生
蓄積
・海洋物理・化学はもとより気候・地球化学分野と生物
海洋学との共同研究とモデリングの強化
息生物の世代交代の早さなど,そもそも自然の持ってい
る要因による生態系の改変も大きい。そのため陸上生態
系において定義されるような植生の極相という概念は必
ずしもなじまないものであり,里山のように人為的な開
3.
2 複合生態系としての沿岸域
発がなくても沿岸域そのものが藻場,岩礁,砂浜,河口,
干潟,といった多様な生態系を本来的に維持している地
沿岸域は藻場,岩礁,砂浜,河口,干潟,といった多
域であると言うことが出来る。人類社会は長年にわたり
様な生態系を有している地域であり,海底まで日光が届
多様な生態系を有するこの海域から生態系サービスを享
く場所が多いため海域内での基礎生産が盛んであること
受しており(Fr
anc
i
se
tal
.
,20
11
),沿岸域を海洋の複
に加え,落葉など陸上植物に由来する有機物が河川から
合生態系としてその生命活動や維持機構を科学的に明ら
流入するため,多様で豊富な有機物源を保有する海域で
かにしていくことは,地球環境問題に関するアプローチ
海洋学の 10年展望(Ⅲ)
2
6
3
において極めて重要なテーマであるといえる(Mi
l
l
e
n-
変化や,人為起源を含む環境変動の応答と考えられる海
ni
um Ec
os
ys
t
e
m As
s
e
s
s
me
nt
,2007)。また,人為的な
洋低次生態系の構造的変化が世界の海洋で浮き彫りになっ
影響を受けやすい場であるため,健全な生態系を維持す
た(I
PCCAR4WG2,20
07)。特に着目すべきは,春季
るため必要に応じて生態系に配慮した人為的な管理も検
ブルームのタイミングのずれといったフェノロジーの変
討する必要がある(Pi
ki
t
c
he
tal
.
,2004)
化と(Edwar
dandRi
c
har
ds
on,20
04),低緯度種の高
この分野の研究は通常生態研究者が対象としている個々
緯度への分布拡大といった生物地理分布の変化
の生態系(外洋,干潟,岩礁など)で完結できず,研究
(Br
ande
re
tal
.
,200
3;Ke
i
s
t
e
re
tal
.
,20
11)であり,
対象の異なる研究者間のネットワークが重要となる。例
水温上昇トレンドや海流の周期的変化との関連が示唆さ
えば,海域生態系における生物多様性損失の定量的評価
れている。それらに伴うプランクトン種組成の変化は,
と将来予測を行うために,海藻場,アマモ場,珊瑚礁,
海域の水産資源の餌環境を変化させることにより高次生
外洋表層域,深海に区分し,生物多様性解析や生物多様
物生産に影響を与えるのみならず(Be
augr
ande
tal
.
,
性保全のための生態学的・生物学的な重要海域の選定,
20
03;Mac
kase
tal
.
,200
7),生物ポンプ効率の変化を
データベース管理などを行う総合的な研究活動が進めら
通じて海域の炭素循環にも影響しうる(Be
augr
ande
t
れている。また,こうした研究活動を支えるプラットフォー
al
.
,20
10)。よって,地球環境変化に伴う海洋生態系の
ムとして,詳細な現場観測を継続的に実施するための小
応答を正しく評価し,水産資源や二酸化炭素吸収を含む
型観測船,連続観測ブイ,係留システムの整備,臨海研
生態系サービスへの影響を見積もるためには,単なるバ
究所,実験所の整備,共同利用体制の確立,無人観測装
ルクの低次生産量のみならず,質的/構造的変化,つま
置の開発と利用を推進する必要がある。陸水や陸上生態
り機能的生物多様性に着目した生態系の時空間変動メカ
系も包含した研究ニーズも期待されるので,学会の枠を
ニズムを理解することが不可欠である。機能的生物多様
も超えた研究交流が必要となる。 インターネットや
性とは,生態系内において同様の役割を担う生物群をひ
SNSなどが発達し,面識のない研究者間でも研究情報
とつの機能グループとし,それらグループの構成に基づ
の交流が容易になってきたので個々の研究者がこれらの
く多様性を指す。現在海洋生態系は,温暖化に加え,酸
環境を活用すること,また学会や研究機関が率先して多
性化 (Or
re
tal
.
,20
05
;Dor
ee
tal
.
,2
009
), 貧酸素化
分野の研究交流を促進するようなネット環境の提供やシ
e
nbe
r
g,2
008
;Ke
e
l
i
nge
tal
.
,20
10
)に
(Di
azandRos
ンポジウムなどを企画していくことが推奨される。
代表される環境ストレッサーにさらされており,それら
と沿岸利用や漁業など直接的な人間活動による影響との
リコメンデーション
複合的ストレスに対し,生物多様性がどのように変化す
・沿岸域を陸上から外洋,深海までつながった系として
るのかをモニターし,検知するための全球観測システム
複合的にとらえて生物多様性を理解
・研究対象の異なる研究者間のネットワーク構築と研究
交流を推進
・小型観測船,連続観測ブイ,係留システムの整備等に
より,詳細な現場観測を継続的に実施
・臨海研究所,実験所の整備,共同利用体制の確立,無
人観測装置の開発と利用を推進
構築の必要性が高まっている。
現在地球観測イニシアチブ(GEO,I
OCGOOS等)
により,長期的な生態系モニタリングの重要性が国際的
に指摘されている。近年物理観測においては,Ope
r
at
i
onalOc
e
anogr
aphyのコンセプトのもと Ar
goシス
テムに代表される観測システムが全球的に展開し,シス
テマチックにデータの蓄積と変動解析が進んできた。生
物分野ではこれまで,海域/地方毎に様々な目的/手法
3.
3 生物多様性とモニタリング
90年代後半以降さかんになった既存の生物観測デー
タの再解析により,過去数十年における地球規模の気候
で採集された標本やデータの再解析により長期変動研究
が進められてきたが,今後の課題はそうしたレトロスペ
クティブな手法に変わって, いかにして Ope
r
at
i
onal
Bi
oge
oc
he
mi
c
al
/Bi
ol
ogi
c
alOc
e
anogr
aphyを展開する
26
4
浜崎・石坂・齊藤・杉崎・鈴木・高橋・千葉
かにある。そうした背景のもと,将来の海洋観測戦略を
さらに日本では海外にない 250m 解像度で海色を測定
議論する目的で開催された Oc
e
anObs2009会合におい
するセンサーが開発されつつあり,沿岸域を含めた空間
て,指針となるフレームワークが提案され(A Fr
ame
-
的に高解像度のモニタリングが期待される。さらに将来
wor
kf
or Oc
e
an Obs
e
r
vi
ng,ht
t
p:
/
/une
s
doc
.
une
s
c
o.
的には静止衛星で一日以内の高頻度で観測することも期
or
g/i
mage
s
/0
021/002112/211260e
.
pdf
) 最優先で測定
待される。
al
す べ き 生 物 多 様 性 パ ラ メ ー タ (EBVs: Es
s
e
nt
i
地球規模の生態系/多様性モニタリングは,言うまで
Bi
odi
ve
r
s
i
t
yVar
i
abl
e
s
)に関して議論が進められてい
もなく一国が担うタスクではなく,国際的な枠組みのも
る。具体的な観測アプローチとしては,①広域モニタリ
と多国間の協力に基づく事業である。よって,上記の全
ング網を構築し,連続観測機器により特定の EBVsを
球観測網実現のためには,技術開発のみならず国内外の
測定する手法と,②学術的に重要と判断される海域毎に
体制作りが重要となる。日本は海洋科学先進国として,
時系列定点を設け船舶や係留系を用いて,多数の生物パ
日本周辺海域を含む北太平洋において特にその役割を担
ラメータを現場実験も含め詳細に測定する手法,を組み
うことが期待される。一方で,現在日本沿岸におけるモ
合わせることにより,多角的で時空間的に高解像度のデー
ニタリング観測の現状は縮小傾向であり,既存のプロジェ
タの取得が可能となる。また時空間的に高解像度のデー
クト継続が危ぶまれる状況にある。一因として,多様で
タの取得法として,上記のアプローチに加えて衛星観測
複雑な生態系の観測や研究にかかる金銭的・時間的コス
も必須である。これまでも海色リモートセンシングによっ
トが高いことが挙げられる。また,現状では,各組織が
て測定された植物プランクトンの現存量指標であるクロ
個別の目的/枠組みでモニタリングを実施しているため,
ロフィル a量が利用されている。
データやサンプルの比較や統合的解析が困難であり,海
上記①②の実施にあたっては,生物パラメータを自動
盆~地球規模環境変動との関係は見えにくい。よって,
測定しうるセンサーの開発が必須となる。①ではすでに
それら個別のモニタリング事業で得たデータを一括して
酸素やクロロフィル等のセンサーを搭載した漂流型ブイ
収集,システマチックに解析し迅速にアウトプットを出
が開発されているが,加えて機能的多様性変化の検知の
すための大規模研究プロジェクトの立ち上げ,あるいは
ため,サイズ・種組成や遺伝子情報指標となるパラメー
生態系モニタリングセンターのような恒常的組織を設立
タの現場測定技術の開発が実現すれば,地球環境変動研
することによって,取得したデータの有効利用が可能と
究に変革をもたらす可能性がある。なお,漂流型ブイは
なると期待される。
船舶観測と異なり投入後のセンサー精度を直接管理する
ことが困難であるため,データ品質管理手法の確立,お
リコメンデーション
よび膨大な数のデータを扱うデータ管理システムの構築
・広域・連続的に生物過程や多様性の時空間変動を検知
が必要不可欠であることに注意する必要がある。②にお
するための,生物センサーとそのデータ品質管理手法
いては,係留系設置式の,生物生産・分解速度やフラッ
の開発
クス測定センサーのさらなる開発・改良・展開が特に物
質循環における生物多様性の役割を定量化する上でキー
・上記のセンサーを搭載した自動観測機器および衛星観
測による Ope
r
at
i
onalBi
ol
ogi
c
al
(あるいは Bi
oge
o-
となり得る。また,国際的・国内的に限られた原資やイ
)Oc
e
anogr
aphyの全球的観測網の展開
gr
aphi
c
al
ンフラストラクチャーを考慮すれば,効率的に広域モニ
・上記により,効率的な生態系モニタリングを実施する
タリングを展開するためには,比較的低コストで汎用性
ための地域/国際ネットワークの構築
が高く環境に負荷をかけない観測手法の開発にも重点を
おくべきであろう。具体的には,自然エネルギーを利用
したブイシステムや,調査船の低燃費化なども将来構想
3.
4 生態系・生物地球化学統合モデル
に入れるべきであろう。また,衛星観測においては,最
生態系における物質循環は,物質とエネルギーの供給
近では基礎生産や群集構造の推定も可能になりつつある。
に対する個々の生物種の応答(取り込み,変質,排出等)
海洋学の 10年展望(Ⅲ)
2
6
5
とそれらの構成種の相互作用によって駆動されている。
れぞれの生態系における鍵種を把握し,それらの生理学
生態系構造と各構成種の生物量は,他海域からの生物種
的・生態学的理解を進展させることにより,鍵種または
の侵入,漁業による高次捕食者の減少といった構成種に
その機能を数値モデルに組み込んでいくことが必要であ
対する直接的影響に加え,物質やエネルギー供給の変化
る。そのためには,時間的に高分解能でより多くの生態
といった物理・化学環境擾乱によって大きく変化する。
系構成種を把握可能な詳細で大規模な現場観測や,飼育・
人為起源による水温上昇や環境変動および種の絶滅が地
培養実験を進める必要がある。これらの観測・実験にあ
球 史 上 稀 に 見 る 速 度 で 進 ん で い る 人 類 世
たっては,新たに開発される各種生物・化学センサーの
(ant
hr
opoc
e
ne
) に お い て (Cr
ut
z
e
n and St
oe
r
me
r
,
活用に加え,多数の研究者が乗船可能な大型の海洋調査
2
0
00
),様々な擾乱に対する食物網と物質循環の応答の
船の利用が不可欠である。また,近年の分子生物学の発
把握およびその将来予測が科学界に強く求められている。
展により,生態系を構成する生物種とその機能の多様性
しかし,生態系が極めて多様な種で構成され,それらが
の理解が格段に進むとともに,様々な生物機能が発現し,
複雑な相互関係を持つことが,これら課題への回答を困
または機能低下・停止するメカニズムが明らかとなりつ
難にしている。
つある(e
.
g.
,Col
bour
nee
tal
.
,2
011)。陸上生態系に
擾乱に対する生態系応答は非線形であり,個々の生物
おいては,生物機能の発現機構が温暖化に対する応答予
の生理特性や食物網構造の理解によって食物網動態と物
測に用いられている(e
.
g.
,Ai
z
awae
tal
.
,2
01
0)。この
質循環応答の全体像を推定することは困難である(Col
-
ような生物過程の還元的理解は,大きな環境擾乱に対す
l
i
ee
tal
.
,200
4
)。そのために,生物を含む生物地球化学
る生態系応答を推察する上で極めて有用である。さらに,
循環モデルが用いられてきた。NPZモデルと呼ばれる
種内における遺伝的特性と多様性の把握は,応答の多様
生物が 2種類のみ(植物プランクトンと動物プランクト
性または個性の理解に繋がり,擾乱に対する生態系の脆
ン)表現されたモデルに始まり(Ri
l
e
y,1946),多くの
弱性と耐性および可塑性,生物種の進化的応答の予測に
栄養塩や生物要素を含む複雑なモデルが構築されている
も重要である。このような生物が持つ機能とその発現メ
(Ki
s
hie
tal
.
,2011)
。しかしながら,構成要素の増加は,
カニズムの遺伝的情報を基としたモデルの開発を進める
計算機コストを上昇させるため,その複雑化には限界が
必要がある。
s
on,2010)。一方,生態系構成種をより詳
ある(Ande
r
これらのモデルの多くは,生物が移動能力を持たず,
細に記述することによって,生態系構造と擾乱に対する
その分布は流動場によって決定されている(Tat
e
bee
t
種間関係や収支の変化を理解するためには, Ec
opat
h
al
.
,2
01
0)。しかし,魚類等移動能力が高い生態系高次
wi
t
hEc
os
ym(EwE)を代表するマスバランスモデル
の大型生物の動態を理解するためには,遊泳等行動様式
が使われる。EwEは数百の種を表現することが可能で
のモデル化が必要であり,さらに成長に伴う生理パラメー
あるが,物質の供給変化や大きな物理擾乱に対する応答
タや食性変化の理解を深める必要がある。現在,流動モ
や,種の分布様式,物質循環の変化の理解には制限が多
デルと生物地球化学-低次生態系統合モデルの上で,魚
い(Chr
i
s
t
e
ns
e
nandWal
t
e
r
s
,200
4)。
類の成長・回遊を個体毎に再現することが可能になりつ
近年盛んに行われた鉄散布等中規模現場環境擾乱実験
つある(Okuni
s
hie
tal
.
,2
012)。今後,観測・実験結
により,生態系の各構成種および生態系全体の擾乱に対
果に基づく数値モデルのパラメータ精度を高め,生態系
する応答様式の理解が進んだ。これらの中で,非優占種
高次生物の生活史を含む成長・移動の再現および予測を
であっても,ある環境においては優占種となったり食物
高精度に行うことが可能なモデルを開発することが,生
網動態や物質循環を考える上で重要な役割を果たす種の
態系全体の擾乱に対する応答の理解や,魚類資源の持続
存在が明らかになり,優占種のみを表現するのでは,擾
的な利用の観点からも重要である。
乱に対する生態系応答の予測が困難であることが示され
人間活動の影響が顕著に表れる沿岸域生態系のモデル
た(Yos
hi
ee
tal
.
,2005;Sai
t
oe
tal
.
,2006)。数値モデ
には,海底や破砕帯の存在により,外洋域に比べより複
ルにおいてすべての種を表現することは不可能だが,そ
雑な機構が加わる。特に,海底における鉛直的に変化が
2
66
浜崎・石坂・齊藤・杉崎・鈴木・高橋・千葉
大きい酸化還元環境,物質の堆積・再懸濁過程,有機物
進することが期待される。
の分解・溶出過程,大気や河川および外洋域(モデル境
動植物プランクトンの多様性研究においては,その多
界)からの影響されやすさ等,モデルを複雑にする要素
様性を評価する手法として特定の遺伝子をマーカーとし
が外洋域モデルに比べ多い。さらに,外洋域と異なり,
て種を識別する DNAバーコーティング技術の開発とそ
沿岸生態系構成種の被食-補食関係には陸上生物と同様
の応用が求められる。例えば太平洋全域の生物地理学的
の強い選択性が見られる場合も多い。そのため,外洋域
マッピングが可能となれば,浮遊生物の分布パターンや
生態系のモデリングに比べ,より一層の,目的に応じた
その規定要因,進化についての理解が飛躍的に進展する
モデルの設計が必要となってくる。また,鉛直的に高解
だろう(2.
1
,2.
2節)。微生物群集の多様性研究において
像度の水柱モニタリングシステムや堆積物中の化学生物
は,特定の遺伝子マーカーによる多様性評価に加え,シー
過程をよりよく把握するためのマイクロプローブの開発
ケンス能力の劇的上昇とコスト低下によってメタゲノミ
等による観測技術・体制の強化が,沿岸域における生物
クスやメタトランスクリプトミクスによる機能解析に研
地球化学と生態系統合モデルをよりよく発展させるため
究の焦点が移っており,この流れは今後も加速し,炭酸
に必要である。
固定,光合成,窒素固定,硝化,脱窒など,生態学的に
重要な機能遺伝子の多様性や動態解明が急速に進むと期
リコメンデーション
・鍵種の生理学的・生態学的特性の把握のための,飼育・
培養実験および現場観測の強化
・生物活動・化学過程把握のための生物・化学センサー
の開発と活用
待される(2
.
3節)
。
ある生態系における物質循環を理解するためには,生
態系を構成する優占種の機能や動態を知ることが必要で
あるが,本邦周辺海域における優占種の生物学的知見が
まだまだ不足しており,さらなる研究の推進が必要であ
・生態系における複雑な変動過程を俯瞰的に把握するこ
る。特に,珪藻,円石藻,窒素固定生物の生物学的知見
とを可能とするための,多数の科学者が乗船可能な大
4節)。また,大規模な
の飛躍的拡充が求められる(2.
型の海洋調査船による観測および大規模現場実験
撹乱やストレスに対する生態系応答と物質循環の変化を
・生物が持つ機能とその発現メカニズムに関する遺伝的
情報を基としたモデルの開発
理解するためには,優占種だけでなく,重要な生態学的
機能を担うキーストーン種など非優占種の役割や生物間
・上記によって得られる新たな知見を基盤とした,外洋
相互作用にも注目してゆく必要があり,ビデオプランク
域および沿岸域に特化した生態系・生物地球化学統合
トンレコーダーや現場,実験室での直接観察,安定同位
モデルの開発
体比や分子生物学的手法に機能形態学や行動解析等を併
せた総合的な栄養段階・食物網構造の解析が鍵となる
4. おわりに
本論では,海洋生物及び生態系に関わる海洋学領域の
(2.
5
,2.
6節)。
沿岸域は,多様な生態系を有する場であると同時に,
陸域や外洋表層域,深海域に生息する多くの生物の産卵
研究において,今後 1
0年間に我々が取り組むべき課題
場や生活史初期の生息域として極めて重要な海域である。
について,「生物多様性」を中心に議論し,それぞれの
藻場,岩礁,砂浜のような異なる環境が海流等による物
課題毎に,これまでの研究の経過と現状から将来像を展
理的接続によって結ばれ,生態系間をまたぐ物質輸送に
望し,必要なインフラを含めて今後の研究の方向性につ
よって高い多様性が維持されている。そのため,生物種
いて記述した。また,本論では主として研究面での将来
の分布と同時に生態系をつなぐ海水の流れや物質の移動
構想を論じたが,これらの構想を担う人材育成も重要で
を明らかにし,生態系を複合的にとらえて生物多様性を
ある。確固たる将来展望を示すことによって,海洋学領
理解することが不可欠となる。また,沿岸域においては,
域全体での積極的な研究推進を促し,ひいては測器開発
プランクトン生態系とベントス生態系も密接につながっ
や拠点形成等に伴う雇用創出と新たな研究者の参入を促
ており,ベントス群集の解析も必要であろう。外洋域に
海洋学の 10年展望(Ⅲ)
2
6
7
比べ複雑な生態系となる沿岸域研究を促進するためには,
ことが,生態系全体の擾乱に対する応答の理解や,魚類
異分野研究者間のネットワーク構築と研究交流を推進す
資源の持続的な利用の観点からも重要である(3.
4節)。
ることが求められる。臨海研究所や臨海実験所,その共
今後,海洋物理・化学はもちろん気候や地球化学分野と
同利用体制を整備し,小型観測船,連続観測ブイ,係留
生物海洋学との共同研究とモデリングを強化し,気候変
システムにより,詳細な現場観測を継続的に実施するこ
動と生物多様性の変動に関する長期的な知見を蓄積して
と,無人観測装置の開発と利用を推進することなどが期
ゆくことが期待される。
待される(3
.
2節)
。
本報告書および化学・物理 SG報告書(神田ら,2
0
1
3
;
生態系,多様性モニタリングにおいては,広域かつ連
岡ら,2
013
)の中で繰り返し述べられているように,今
続的に生物過程や多様性の時空間変動を検知するための
後は物理・化学・生物の分野を横断する研究がますます
生物センサーを開発し,これを搭載した自動観測機器に
重要となる。以上述べてきた将来構想を実現するために,
よ る Ope
r
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onalBi
ol
ogi
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al( あ る い は Bi
oge
ogr
a-
必要な体制を整備してゆかなければならないが,すべて
phi
c
al
)Oc
e
anogr
aphyを推進することが期待される。
の課題に共通して必要と考えられるのは,広域かつ連続
生物サイズ及び種組成,遺伝子情報の指標となるパラメー
的で時間的に高分解能な生態系構成種の把握であり,そ
タの現場測定技術の開発,係留系設置式の,生物生産分
のための各種センサーの開発である。また,多様な生物
解速度やフラックス測定センサーのさらなる開発と改良,
種の現場観察や飼育培養実験を進めるためのプラットフォー
地域-国際ネットワークの構築による全球的観測網の展
ムとして大型の研究船の利用が不可欠である。 今後
開などが実現すれば,地球環境変動研究に大きな飛躍を
10年の海洋生態系研究の方向性をふまえた次世代の研
もたらすだろう(3.
3節)。
究船に求められる機能として,従来の調査観測機能に加
今後の地球温暖化とそれに伴う海洋酸性化や貧酸素化
えて,大規模なプロセス研究のために長期にわたり多数
によって,地球上の光合成の半分を担う植物プランクト
の研究者が利用できる洋上基地としての機能,各種セン
ン群集がどのような影響を受け,それによって様々な海
サーを搭載したプロファイリングフロートやグライダー,
域の生産性はどのように変化するのか。また,植物プラ
係留系などを展開する機能,遺伝子解析からデータ解析
ンクトンの主要な消費者である動物プランクトン群集へ
まで可能な洋上研究室としての機能が挙げられる。
の影響,さらには海洋生態系全体への影響はどうなるの
海洋学における生物を対象とする研究では,食物網動
か。また,最近ではプランクトン生態系自体が,地球の
態(生態学),物質循環(生物地球化学),地球進化(地
物質循環やエネルギー流に影響を与えていることも知ら
球化学),水産物生産(水産学)といった観点から生物
れており,生態系の変化はこれらを変化させ,海洋化学・
の機能や挙動を理解することを目指す。したがって,海
物理過程や気候や気象にまでフィードバックを与える可
洋学における生物系の人材は,生物学の理解に加え,生
能性が指摘されている(3.
1節)。こうした問いへの回
態学,分子生物学,海洋化学,海洋物理学,地球化学と
答を与えることは,水産資源や海域の持続的利用,海洋
いった広範な学問に関する理解と知見が必要であり,生
保護区設定の他,様々な海洋利用に関わる社会的意志決
態学においては数学の能力まで必要となることが多い。
定にとって極めて重要である。そのためには,海洋にお
研究手法についても,一般的な生物学的手法に加え,分
ける生物多様性の把握と同時に,生物の機能や生物によっ
析化学,リモートセンシング,数値モデリング等,幅広
て代謝される物質の流れを定量的に解析する必要があり,
い技術が必要になる場合も多い。従って,これらをすべ
生物分布や生物機能の解析技術に加えて,生物活動によっ
て習得する必要はないものの,単一の学術分野に比べて
て生じる様々な化学物質のセンシング技術を開発し,多
教育および研究者としての育成に時間がかかることにな
様性を表現できる生態系モデルや物質循環モデルを構築
る。このような学問分野の特性を踏まえて,現在の単一
することが期待される。また,魚類等移動能力が高い生
の学術分野を主体とした教育に加え,多分野の科学につ
態系高次の大型生物の生活史を含む成長・移動の再現お
いての理解を深める教育によって,より広範な学術分野
よび予測を高精度に行うことが可能なモデルを開発する
を見渡せる人材を育成してゆくことが必要である。
2
6
8
謝
浜崎・石坂・齊藤・杉崎・鈴木・高橋・千葉
(2012):Mar
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don me
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.The
辞
I
SMEJour
nal6,1926-1936.
本報告書の作成にあたっては,以下の方々(敬称略)
から貴重なご助言を頂きました。深く感謝申し上げます:
津田敦,池田元美,平田貴文,平譯享
Boyc
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,D.G.
,M.R.Le
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,and B.Wor
m(2010): Gl
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