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社会科系教科教育における IT の活用の意義と課題 Hiroaki Akimoto

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社会科系教科教育における IT の活用の意義と課題 Hiroaki Akimoto
社会科系教科教育における IT の活用の意義と課題
33
社会科系教科教育における IT の活用の意義と課題
秋
本
弘
章
Improving Social Studies under IT Project in Education
:current status and future perspectives
Hiroaki Akimoto
〈要旨〉
社会科系教科教育におけるIT活用の意義と課題について検討した。第2節において、社会科教育は情報教
育の3つの目的のいずれにも深い関係を持っていることを示した。また、社会科教育におけるIT活用は、単
に社会の情報化への対応ではなく、現実の社会とつながりや民主社会の形成という社会科の本質と重要なか
かわりがあることを述べた。第3節では、社会科教育におけるIT活用を知識・技能の習得、概念・方法の習
得、態度の育成にわけ、活用の方法について考察した。社会科教育におけるIT活用は、現実社会へ参加しよ
うとする態度の育成に本質的な意味があるが、それを実践するためには知識・技能の習得においても効果的
にIT活用がされる必要があることを指摘した。
〈キーワード〉
社会科系教科教育(Social Studies)、情報教育(Information Education)IT活用(IT use)
1.はじめに
近年、高度情報社会の進展は著しい。それは単
にコンピュータ等の機械が発達したということを
意味するのではない。情報通信機器の発達と関連
して、社会のあり方が大きく変わろうとしている
ことが重要である。こうした状況を踏まえて政府
のIT戦略本部は2001年に「e-Japan重点計画」を策
定した。教育分野も重点5分野のひとつとされ、文
部科学省が中心となって教育の情報化を推進して
いる(IT戦略本部 2001)。
教育の情報化政策は、児童・生徒に変化の激し
い時代に主体的に対応できる「能力」すなわち「情
報活用能力」を身につけさせることを目標として
いる。その目標達成のための具体的な施策として、
学校の情報環境の整備や教員のIT研修、教育用コ
ンテンツの開発が進められてきた。その結果、2004
年 3月 現 在 で 、 イ ン タ ー ネ ッ ト 接 続 校 は 全 体 の
99.8%、うち高速回線接続は71.6%にもなってお
り、コンピュータの操作ができる教員は93.0%に
達している(文部科学省 2004)。教育用コンテン
ツでは、各省庁のWebサイトには、児童・生徒の
利用を目的としたキッズページなどが開設される
ようになった。また、制度面では、中学校「技術・
家庭」の必修領域にコンピュータに関する内容を
盛り込み、高等学校では必修普通教科として「情
報」を設置するなどの対応が図られている。
ところで、最近の教育観の変化と教育情報化政
策は無関係ではない。今日、教育という営みの中
で、学校教育は重要な位置にあることは間違いな
いことである。しかしながら、学校教育のみが教
育ではない。児童・生徒にとって、家庭や地域で
の教育は、学校教育を円滑に営む上での基礎であ
るし、学校教育において、家庭や地域における教
34
情報科学研究
育の代替は不可能である。また、知識や技能、健
康に関する教育に限っても、学校以外の教育機関
が多数存在し、学校と補完関係にある。例えば、
中学校や高等学校では、教科教育のほかクラブ活
動など多彩な教育活動を提供しているが、一方で
スイミングスクールやサッカーのユースクラブチ
ーム等が存在している。教科教育では、塾や予備
校が学校教育を補っている。また、テレビやラジ
オ、印刷教材に依存する通信教育だけでなく、イ
ンターネット等を通じての遠隔学習の機会も開か
れるようになった。すなわち、現代社会では学校
以外の多様な教育の場ないしは教育機会が存在し
ているのである。しかも、個人が学習すべき内容
は、学校教育の段階のみにあるのではなく、生涯
にわたって存在するのである。
こうした状況の中で、学校教育とりわけ教科教
育の役割は大きく変化しようとしている。学校の
授業における教科教育の役割を「基礎・基本」と
「見方・考え方」に限定しようという考え方は、学
校の本質的なあり方に沿ったものともいえる。
本稿では、こうした状況を踏まえて、小・中学
校の社会および高等学校の地理歴史・公民から構
成される社会科系教科教育(以下社会科教育とす
る)におけるIT活用の意義について検討すること
を目的とする。このテーマに関しては、すでに中
村(1999)が構成主義の学習理論とのかかわりに
おいて検討しており、森本(2001)は「情報活用
能力」に焦点を当てて、教育実践との関連から論
じている。これらの業績を踏まえつつ、本稿2節で
は、わが国の社会科教育の目的と情報教育の関連
を考察する。3節では具体的な教育活動の中でIT
活用についてその意義を明らかにする。
2.社会科教育と情報化
(1)社会科教育の目的
高度情報化社会の進展は、社会科教育に関して
もその内容や方法に大きな変化をもたらそうとし
ている。すなわち、高度情報社会においては、必
要とされる「情報」はますます増大する。しかし、
学校教育の中で必要な「情報」のすべてを扱うこ
とは不可能であるし、
「情報」の陳腐化も早い。こ
うした社会では、普遍的・基礎的な「情報」を「知
識」として定着させることと必要に応じて「知識」
を獲得していく方法を学ばせることに教育上の力
点が置かれることはある意味で当然であろう。こ
うした学校教育の方向性が、
「自ら学ぶ力」と「基
礎基本の定着」・「見方・考え方の重視」と表現さ
れるのである。
社会科に関連して考えれば、ここ10数年の間に、
冷戦の終結、旧ソ連の崩壊、EUの拡大、NIESの
発展、湾岸戦争など新たな出来事が次々と起こっ
た。世界情勢はめまぐるしく変化をしているので
ある。こうした世界情勢の変化は、児童・生徒が
学校を卒業してからも続くことは確実である。だ
とすれば、歴史的事実を単純に記憶させるような
社会科教育では、存在価値を主張することはでき
ない。社会科教育では、変化の激しい社会に常に
関心を持つと同時にそれらに主体的に対応できる
ような能力の育成が求められているのである。す
なわち、歴史的事実を単純に暗記させるのではな
く、歴史的事実の地理的・経済的・政治的背景や
他の歴史的事実との関連などを多面的多角的に考
察させるような授業を構築する必要がある。近年
の学習指導要領における社会科系教科の改変は、
基礎・基本の内容や学習構成上の疑問があるにし
ても、こうした流れに沿っているということはで
きる。
中学校学習指導要領では社会科教育の目標を次
のように記している。(文部省 1998)
広い視野に立って,社会に対する関心を高め,
諸資料に基づいて多面的・多角的に考察し,我
が国の国土と歴史に対する理解と愛情を深め,
公民としての基礎的教養を培い,国際社会に生
きる民主的,平和的な国家・社会の形成者とし
て必要な公民的資質の基礎を養う。
社会科教育では、社会に対する関心を高めるこ
とと諸資料に基づく多面的・多角的な考察能力の
育成を図ることによって、国民としてのアイデン
ティティの涵養や民主的で平和的な社会の形成者
としての公民的資質の育成を目的としている。す
なわち、単に知識を注入する教科ではなく、諸資
料に基づいて社会の諸相を考察する技術や能力を
育成する教科なのである。しかも、それらの知識
や技能をもとに、社会の中で実践・行動していく
社会科系教科教育における IT の活用の意義と課題
ような態度、姿勢の育成を目指している。
社会科のこうした性格は、第2次世界大戦後わが
国の初等中等教育で「社会」が採用されて以来か
わることなく引き継がれている。確かに、初期の
「社会」の経験主義あるいは問題解決学習は、さま
ざまな批判を受け、系統主義への移行が見られた。
そしてその中で、児童・生徒が知識的な内容は格
段に増加したことは事実である。そのため、やや
もすれば教育内容が暗記重視になる傾向があった
ことは否定しない。しかし、
「社会」は事実に基づ
いて、事実を分析・考察することによって成り立
っているということ自体はまったくかわっていな
いのである。また、経験主義的要素が薄らいだと
はいえ、社会とのかかわりは社会科の本質にかか
わっている。そのため、学習指導要領では、地理
的分野では、
「身近な地域」が内容の中に位置付け
られており、歴史的分野や公民的分野でも調査や
見学が重要な手法の一つとして明記されている
(文部省 2000)。
(2)社会科教育と情報教育
初等中等教育における情報教育は、①情報活用
の実践力、②情報の科学的理解、③情報社会に参
画する態度の3つの要素から構成される情報活用
の実践力の育成を目標としている。これらの内容
を詳細に検討すれば、近年の急速な情報化に対す
る学校教育の対応ばかりではなく人類が長年にわ
たって培ってきた知識とその伝達、活用の広範な
領域にかかわっていることがわかる。そして、そ
れらは社会科教育とも密接な関係を持っている。
例えば、①の情報活用の実践力とは、課題や目
的に応じて情報手段を適切に活用することを含め
て、必要な情報を主体的に収集・判断・表現・処
理、創造し、受け手の状況などを踏まえて発信・
伝達できる能力と記載されている。社会科地理的
分野や地歴科地理では、日本や世界各地の実情を
情報として児童・生徒に伝達するとともに、その
ことを通じて地域の実態を理解させ、世界(地域)
像や世界(地域)認識を育てる役割を果たしてき
た。今後もこの役割は変わることはないであろう。
こうした目的を果たすために,地理を担当する教
員は、世界や日本のすがたを生き生きと伝えるた
めにさまざまな工夫をしてきた。写真や映画、ビ
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デオといった映像資料、レコードや録音テープと
いった音声教材、小説やルポルタージュなどの文
学作品、新聞やテレビ・ラジオのニュースによっ
てもたらされる時事的資料の活用を図ってきたの
である。そして、地図や、白書類、統計等は直接
経験することのできない地域を客観的分析するた
めの不可欠な資料として利用してきた。すなわち、
地域に関する情報を収集・分析し、伝達すること
のために、さまざまな情報と情報手段を活用して
きたのである。
このような、教員の教材研究支援としてのIT活
用に関しては、森本(2001)は、新学力としての
「情報活用能力」育成という視点は重要視されてい
ないと述べ、その意義を限定的にとらえている。
しかしながら、教員は、児童生徒に対し、最終的
に提示された内容の理解のみを求めているわけで
はない。社会科の目標の一つである「諸資料に基
づいて、多面的・多角的に考察する」能力を育成
するために、一連の授業の中で、情報の収集・解
釈から分析、提示に至るさまざまな過程における
作業的な学習を構築してきた。それは、まさに情
報処理の過程を体験させることであり、情報活用
能力の育成に大きな意義を果たしているというこ
とができる。
②の情報の科学的理解は、理科や数学などとの
関連が強いとされている。確かに二進法や情報理
論などは理科教育や数学教育の内容であろう。し
かし、ここには、モデル化といった考え方も含ま
れている。モデル化とは、複雑な現実社会から、
特徴的かつ本質的な要素のみを取り出し、それを
抽象化することである。同時に、モデルは現実社
会においてその有効性が検証される。こうした過
程は、社会科において主要な概念(規則性・法則
性)を獲得していく学習プロセスと全く同じであ
る。社会科教育では、特殊的・具体的な事実から
一般的・抽象的な概念に導いていくような教育が
行われてきた。しかし、具体的事実が前提となる
ため、ややもすれば具体的事実を単純に暗記する
のが社会科であると誤解を受けがちであった。と
くに、初等教育のレベルでは、児童の発達段階か
ら考えて抽象的・概念的理解が難しいため、多く
の具体的な事例の列挙にとどまるきらいがあった。
しかし、本来社会科は、一般的概念を見つけ出し、
36
情報科学研究
それを身に付けることを目指してきたのである。
3.社会科教育におけるIT活用
例えば、
「都市の立地」では、東京や大阪といっ
た具体的な都市を例に挙げてその特徴が詳細に検
(1)ITの発達と社会科学習
討される。東京は、東京湾に面するとか荒川や多
近年のIT機器の発達は著しい。1980年代、学校
摩川が流れている、関東平野にあるといった、個
へのコンピュータ等IT機器の導入が積極的に図ら
別的事実から、
「海岸にある」
「川がある」
「平野に
れた。しかし、この時期のコンピュータはいわば、
ある」などやや一般化した事実を抽出し、それら
高級な電卓程度の機能しか持ち合わせていなかっ
が他の都市と共通性を持つかが検討される。その
た。教育用に多少進化したものに、ティーチング・
結果、
「都市は水辺に立地する」という概念に達す
マシンがあったが、それはドリル型の知識習得、
る。この一連の過程は「モデル化」に他ならない。
技術習得的な内容に限られており、社会科の多様
③の情報社会に参画する態度は、社会科全体の
な課題に対応できるようなものではなかった。
目標に完全に含まれているとみなすことができる。
今日のコンピュータ等のIT機器は、データベー
すなわち、社会科では、民主的な社会の構成員と
ス機能、計算機能、文書作成機能、プレゼンテー
しての公民的資質を養うことが目的であり、社会
ション機能など実に多彩な機能を持っている。単
の構成員として、人権を尊重しつつ豊かな社会を
体としてのコンピュータが改良されただけでなく、
築くための、知識・技能・態度の育成を目的とし
それらが相互に結ばれて情報通信機器の役割も果
てきた。初期社会科から引き継がれてきた問題解
たすようになった。
決学習の考え方は、民主的な社会に参画する態度
社会科学習におけるIT活用の必然性は、3つの点
の養成を図ったものと考えることができる。
から捉えることができる。第1の点は、社会全体の
情報化への不可避的な対応である。具体的には、
いわゆる情報化の進展によって、産業構造や
情報化の進展に伴って、社会科教育で用いられる
人々の生活様式など表面的には大きく変わってき
地図や統計などの資料が電子媒体で供給されるよ
たが、民主的な社会の根本的な規範が変わったわ
けではない。
「人権の尊重」と「公共の福祉」は民
うになった点に象徴される。例えば、日本の社会
主社会の基本原理であり、
「情報社会」においても
科教育において必携とされている『日本国勢図会』
最も重視されるべき考え方である。
「情報社会」に
は書籍のほかCD版が発売されているほか、地図も
おける倫理が何か特別のものととらえる傾向があ
紙媒体だけでなく電子地図として流通している。
るが、従来から社会科で扱ってきた社会一般の倫
さらに、官公庁や博物館、企業等がWeb上でさま
理と何らかわることはない。
ざまな資料を提供している。これらは社会科教育
また、従来から、社会科では民主社会の基礎と
の教材としても重要であり、生きた社会科教育を
して公正な世論を形成する上でのマスコミの重要
行おうとすれば、これらの利用は欠かせない。
性を取り上げ、マスコミ報道等を具体的に分析す
第2の点は、社会科教育の本質にもかかわること
ることで情報の価値や信頼性等について学習して
である。社会科とは現実社会を題材とし、現実社
きた。また、壁新聞等を作成することで情報発信
会のなかで学んでいくという性質の教科である。
の方法等についても学習をしてきた。すなわち、
現実社会と教室を結びつけるツールとしてITは重
情報の受け手としての教育と情報の発信者として
要な意味を持つ。身近な地域であれば、観察や調
の教育を行ってきたのである。しかしながら従来
査など直接体験をすることができるし、そのこと
のメディア環境では「情報の受け手」としての教
は何事にも変えがたい意義を持っている。しかし
育はともかく、
「情報の発信者」としての教育の必
ながら、全ての事柄を体験できるわけではない。
要性は限定的であった。今日のメディア環境の下
中学校で埼玉県の中学生が北海道の酪農を学ぶと
でこれらの教育は一層重要になってきたというこ
する。費用と時間があれば直接体験することもで
とがいえよう。
きるかもしれないが、現実には不可能である。そ
こにITを活用する意義がある。直接体験の学習で
は、単に情報を収集するだけでなく、得られた情
社会科系教科教育における IT の活用の意義と課題
報を自分たちなりに解釈し、表現をすること、さ
らには表現に対する他人の反応から自らの解釈を
再検討するという学習活動が展開されるが、直接
体験ができない場合においても、類似した学習活
動を構築することができる。
第3の点は、社会科教育の重要な内容である民主
主義にかかわることである。学校の情報化は、単
に社会が情報化したことへの対応だけが目的では
ない。教育は、多額の予算を使って営まれる公的
な行為である。公的な行為に関して、それらが適
切に行われているかどうか監視することは市民と
しての権利であり、義務である。また、公的機関
は、公的行為に関する情報を公開する責任がある。
これらは、社会科教育の重要項目である民主主義
の基礎として扱われる内容である。したがって社
会科は、その他の教科以上に、情報化に積極的に
対処しなければならないのである。
もちろん、社会科教育においてIT活用は手段で
あって、目的ではない。社会科学習の全てでITが
活用できるわけではないし、機能的には利用でき
たとしても、教育的には利用しないほうがよい場
合もある。例えば、社会科および地理歴史科の身
近な地域の学習について考えてみよう。身近な地
域は、児童・生徒が直接体験することのできる地
域であり、それが、他の地域についての学習とも
っとも大きな違いである。身近な地域は、自分の
目と足を使って直接データを得ることができる。
このことによって、他の地域の調査のように間接
データのみしか利用できない場合の信頼性を考え
る基礎になる。また、地域をよりよく知ることで
地域に対する愛情を育てることにもなる。したが
って、直接体験による観察や調査では、IT機器の
利用を主にして学習を行うことは意味のないこと
である。
(2)社会科教育のツールとしてのIT
社会科学習に限らず、教育の目標は、知識と技
術の習得、概念と方法の習得、態度の育成の3つの
大きな柱からなる。例えば、地理では地名や物産
を覚えることや地図の使い方を学ぶことが知識や
技術の習得であり、地理的見方・考え方を身に付
けることが概念と方法の習得、それらをつかって
現実社会に参加しようとすることが態度の育成で
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ある。ここでは、これら3つの柱とITの利用の効
果・意義について検討する。
知識・技術習得とIT 従来からの「よい社会科の
授業とは、みなで討論をし、知恵を出し合って創
り出していくものである。」という見解がある。こ
れはある意味では正しい。しかし、活発な討論を
するためには、討論の参加者が討論の題材に対し
て一定量の知識が必要であることはいうまでもな
い。しかしながら、現場の実践はともかく、社会
科教育学では知識や技術の習得を軽視してきたき
らいがある。また、中村(1999)によってIT活用
の基盤として検討された「構成主義」による「新
しい学習観」においても、知識は個々人が自分た
ちの経験や解釈を通じて構築するという立場に立
っており、外的な規定で設定された知識を教え込
むことにはどちらかといえば否定的である。
とはいえ、教育現場、特に高等学校ではその現
状からこうした授業の実践には懐疑的である。伊
藤(2004)は、その理由として、現行の大学受験
の体制の問題と高校生の基礎的な知識の低下をあ
げている。受験体制はともかく、基礎的な知識の
低下したなかでの「新しい学力観」に基づく授業
の実践の効果が懐疑的であるという声には真摯に
耳を傾けるべきであろう。
ところで、近年の学習指導要領は、以前のそれ
と比較して習得すべき知識・技術を大幅に削減し
ている。しかし、一方で基礎的な知識・技術に関
しては、その定着を徹底するものとし、知識や技
能の習得に関して一定の配慮をしている。例えば、
中学校社会科地理的分野では、地理的考察の座標
軸を身に付けさせる目的で、日本の都道府県と県
庁所在地、および主な国の位置について覚えさせ
るという内容がある。これは、従来の学習指導要
領においてあいまいにされがちであった知識の習
得に一定の方向を示したものといえる。
こうした知識の習得には個人的差が大きく、教
室で一律に行うことはじつは大変難しい。また、
ここでは、これら基礎的な知識をさまざまな関連
性から連想的に記憶させるという手法より、クイ
ズやパズルといったゲーム的な活動を援用しつつ、
単純記憶を求めている。単純記憶の場合、繰り返
しあつかうことが定着の最も効果的な方法である。
38
情報科学研究
したがって、教室の場で動機付けを行うことは必
要であるが、知識の習得そのものは個別学習で行
ったほうが効率的である。このときにITの活用は
大きな意味を持つ。このような知識習得を支援す
るソフトとして、エンカルタ総合大百科の「地理
クイズ」などがある。これらの使用は、教室での
授業を補う上で有効であると思われる。しかし、
これは学校における授業を前提に設計されたもの
ではないので、教育的観点からは内容を含めた検
討が必要であろう。
また、地理的分野にかかわる基礎的な技術に関
していえば、地図に関することがらがある。特に、
道路地図等を正しく読み取り、ナビゲーションで
きる技術は最も基礎的なものと考えられている
(1)
。近年では、カーナビゲーションシステムやウ
ォークナビゲーションシステムの発達によって、
こうした技術の必要性は薄らいでいるようにもみ
える。しかし、電卓等があったとしても計算能力
の基礎を身に付けることは必要であるのと同様、
ナビゲーション技術の育成は十分な教育的意味が
ある。ところで、ナビゲーション技術の育成は、
経験に頼る部分が少なくない。すなわち、ドリル
的な訓練によって技術を高めていくという側面が
ある。この点に関しても、ITを活用することによ
って効果的な学習が可能になろう。こうした試み
のひとつは、平成15年度教育情報共有化推進モデ
ル事業(文部科学省初等中等教育局)に指定され
た神奈川県高等学校教科研究会社会部会地理分科
会の成果として示された(神奈川県高等学校教科
研究会社会科部会地理分科会 2004)。その他、地
図に関する知識・技術習得のため、ITを活用した
授業実践例として伊藤(2004)などをあげること
ができる。これは、GISを援用して、地形図の読
解力を身につけさせようという学習プランである。
現段階ではまだ課題が多いものの、個別学習と教
室での全体学習をつなぐ道具としての可能性を示
唆している。
また、景観写真の読み取りも重要な技能のひと
つである。地理学研究者や教員は、自らの研究や
教材用に多くの写真を撮影してきた。そして、授
業ではそれらを使って授業を行ってきた。現在で
は、教育情報センター等を通じてさまざまな教材
用写真が公開されている(2)。また、景観写真の読
み取り技能を高めるための教育用ウェブサイトも
公開されており、自学自習でもある程度の技能を
(3)
身に付けられるようになった(妹尾他 2004)
。
今後は、景観写真と同様に歴史的な絵画および文
書類の読み取り読解技能の育成を目指すようなサ
イトの構築も望まれる。
公民的分野にも多くの知識・技能修得型のIT活
用がある。日本証券業協会、東京証券取引所など
証券関連4団体が中学生や高校生を対象にした、証
券に関する知識を学ぶサイトWEB教材「証券クエ
スト」を開発した(日本証券業協会ほか 2001)。
これは、教室での授業を補完するものとして活用
価値は高い。世界銀行では、
「開発教育プログラム」
を開発し、Webサイトで公開している(The World
Bank Group 2001,世界銀行開発教育チーム 2003)。
ここでは、社会科の基礎となる資料の読解を中心
とした練習問題が示されている。練習問題は、資
料読み取りのための技能、資料から読み取ること
のできる内容の確認、そこから考えられることの3
つの段階からなっている。最終段階は、教室にお
いて議論するにふさわしい課題であるが、そこに
至る過程、すなわち資料の読み取りのための技能
の育成や資料内容の確認は、個人レベルでも学習
が可能である。
現在、語学教育や数学教育などは知識・技術習
得型の学習モデルの構築がなされ、インターネッ
ト等を用いた個別学習システムが機能しつつある。
そして、知識・技術習得学習の個別化を推進して
いくことで、教室の場ではその環境を生かした教
育活動に特化することができる。社会科教育にお
いて、IT利用が可能な知識・技術習得には学習モ
デルの構築を図り、積極的にこれを活用する必要
がある。これによって、教室における授業では、
社会科本来のあり方を追求することができるよう
になる。
概念・方法の習得とIT 社会科では、現実社会を
扱う。しかし現実の社会は大変複雑であり、そこ
から本質的な要素を見出すことは児童・生徒にと
ってきわめて難しいことである。教室における授
業では、教員があらかじめ教材を整理しておくこ
とで児童・生徒の概念・方法獲得を容易にしてい
る。いわゆる調べ学習をさせる場合も、調べる内
社会科系教科教育における IT の活用の意義と課題
容や方向性について適切な指示を行うことによっ
て、初めて効果的な概念や方法の習得が可能にな
る。
概念や方法は、学習指導要領に「地理的な見方・
考え方」「歴史的思考力」「政治についての見方・
考え方」
「経済についての見方・考え方」などと示
されているが、抽象的な内容であり一般には理解
しにくいものであるという指摘もある(斉藤
1998)。しかし、概念や方法の学習は、社会科教育
の中心になりつつある。例えば「歴史」について
検討してみよう。今日、歴史学では世界システム
論など新しい歴史観によって歴史像の再構築が図
られている。このような時代では「歴史的事実」
を特定の歴史観によって説明するだけの歴史教育
ではその意義を主張することはできない。特定の
歴史観ではなく、自らの歴史観、歴史像を形成さ
せる基盤としての「歴史的思考」が重要にならざ
るを得ないのはある意味で必然的なことといえる。
ところで、歴史的思考力は、
「過去と現在の比較」
「推移と変化」
「物事の始源についての探求」
「社会
的条件との関連」など多様な思考様式と定義され
る。教育の現場で「歴史的思考力」の養成の効果
的な実践が行われるためには、具体的な授業計画
や指導内容との関係の提示がされなければならな
い。
「地理」に関していえば、学習指導要領解説にお
いて「地理的見方・考え方」について一応の解説
がなされているものの、学習指導要領の内容構成
自体は、
「地理的見方・考え方」を直接受けたもの
になっていない(大関 2000)。この指摘は、「歴
史的思考力」あるいは、
「政治についての見方・考
え方」
「経済についての見方・考え方」のいずれに
ついてもあてはまる。
しかし、概念や方法の学習は、具体的計画や指
導内容との関係が提示されることによって初めて
意味を持つものと考えられる。秋本(2004)は、
学習指導要領解説に示された「地理的見方・考え
方」が、GIS(地理情報システム)の空間解析機
能と類似していることに着目し、教育内容を空間
解析機能に基づいて分類した。そして、
「地理的見
方・考え方」を育成するための教材を作成するた
めには、IT活用が効果的であろうと指摘した。ま
た、
「地理的見方・考え方」の一つである地表面の
39
諸事象から一般的法則性を見つけ出す授業プラン
も提示した(秋本 2001)。この学習においては、
生徒は直接ITを活用しているわけではないが、
「見
方・考え方」を育成する教材の作成において、IT
活用が欠かせないという方向性は示されている。
このような議論は「歴史」や「公民」においても
必要であろう。
ところで、児童・生徒に概念や方法を習得させ
るには効果的な方法のひとつにシミュレーション
学習がある。これは、現実社会を抽象化・モデル
化した教材を作成し、その教材を使うことで、現
実社会を擬似的に体験させようという学習方法で
ある。現実社会が抽象化・モデル化されているた
め、概念・方法の獲得が容易になっていることが
大きな特徴である。シミュレーション学習は、必
ずしもITを用いたものには限定されないが、IT化
が容易なものが多く存在する。コンピュータシミ
ュレーション教材のうち「地理」に関するものは、
内田(1999)によって整理されている。
例えば、松岡(1993)によって紹介された「偶
然性に支配されるインドの農業」は、日原(1994)
によってコンピュータを利用した教材にされた。
これは、ガンジス川流域における小農の生活の20
年にわたるシミュレーションで、降水量の変動等
を基礎データとして、農民の行動を疑似体験する
ものである。そして、この活動を通じて、環境や
政策と人々のかかわりという「地理的な見方・考
え方」を習得させようという目的がある。
また、「SIM CITY」は、架空の都市を建設する
コンピュータシミュレーション・ゲームである。
これは学校教育用に開発されたわけではないが、
さまざまな状況をモデル化しており、都市に関す
る問題を多角的に考察することができる(渡辺
1994)。これは、
「地理」だけでなく、
「公民」の分
野からの利用も可能である。
現実社会へ参加しようとする態度とIT 現実社会
へ参加しようとする態度を育成するために、実際
に現実社会のなかに児童・生徒を連れ出していく
ことが最もよい方法であると考えられる。しかし、
さまざまな面から無理がある場合が多い。例えば、
授業を通じてさまざまな活動をおこなう場合は、
第一に児童・生徒の安全が考えられなくてはなら
40
情報科学研究
ないし、時間的・経済的負担、家庭や地域との関
連など多面的な調整が必要となる。また、政治・
経済的な行為のいくつかは、法律によって制限さ
れている。
現実社会への参加を、直接経験することができ
ないにしても、前述のシミュレーション学習によ
ってある程度の効果をあげることも可能である。
例えば、中学校社会科公民的分野、高等学校政治・
経済の教材用に日本証券業協会、東京証券取引所、
証券広報センターが作成し、運営している「株式
学習ゲーム」は、シミュレーション・ゲームであ
りながら、現実の株価の動きを用いているので、
リアルな疑似体験を経験できるという(日本証券
業協会他 2004)。こうした経験が、現実の社会に
向き合ったときに、ふさわしい態度をとる指針に
なる。
また、身近な地域のデータを教育活動に使うこ
とによって、態度形成を目指すことも考えられる。
小関(2004)は、学校周辺における事件・事故の
情報を生徒自身に分析させることによって、現実
社会へ参加する態度を育成しようとしている。具
体的には、学校周辺で起きた事件・事故を地図上
に示させ、事件・事故の発生が一様ではなく、特
定の場所に集中する傾向があることを見出させる。
その上で、なぜその場所で事件・事故が発生した
のかを考察させるのである。さらに現場を確認さ
せることで、考察結果の妥当性を検討させたうえ、
生徒自身の対処法を考えさせている。原因となる
条件を改善する方法を考えさせ、行政機関への要
望としてまとめるほか、自分たちが実行できる対
処法を考えさせている。この授業を一クラスのみ
の授業で行うとすれば、ITの利用なしでも可能で
あろう。しかし、この実践では、事件・事故情報
を分析する過程で、GISを援用し、生徒間の情報
の共有化を図っている。こうした情報並びに分析
結果は、教室内だけでなく、校内全ての生徒さら
には、地域社会とも共有するべき内容であるとい
う理由からである。そしてそのこと自体が、生徒
の社会参加の意識や態度を育てることになる。
すなわち、教室と現実社会を結ぶツールの一つ
としてITは欠かせない存在なのである。
4.まとめと課題
本稿では、社会科教育におけるIT活用の意義に
ついて、わが国の社会科教育の目的と情報教育の
関連から考察したうえで、社会科教育で身に付け
たい力を知識・技能、概念・方法、態度にわけ、
それぞれの具体的な教育活動の中でIT活用につい
て検討した。
情報教育の目的およびその内容は、全てではな
いにしろ従来の社会科教育の中でも扱われてきた
ものである。むしろ、情報教育の登場でその意義
が一層はっきりしてきたということもできる。ま
た、社会科におけるIT活用は、社会全体の情報化
に対応するという側面もあるが、社会科本来の目
的から考えて、より積極的な側面があることを、
具体例を挙げて示した。
社会科教育の情報化は、社会科の授業に大きな
変化をもたらすことになる。第1点は、現状の授業
の改善である。そもそも、社会科の教科内容に関
する資料やデータは学校のみが保持しているもの
ではない。官公庁、企業、住民などが持っており、
社会科教育はこれらを利用することによって成り
立つのである。官公庁・企業・住民などに教育上
必要な資料やデータを適切に提示してもらうため
には、どのような教育を行おうとしているのかを
説明する責務がある。今日、国家機関のウェブペ
ージをみれば、ほとんどでキッズページが作成さ
れており、授業でも利用可能な素材が数多く提供
されている。しかし、その内容に問題があるもの
も少なくない。コンテンツを持つ機関に、教育の
内容あるいは実践についての知識がかけているこ
とが主な原因であろう。しかし、それは教育の状
況や内容を発信してこなかった教育現場にも責任
がある。社会科の教員は、教育内容の改善のため
にも積極的に対応する必要がある。また、こうし
た行動自体が、社会とのかかわりを重視する社会
科の目標に即したものといえる。
第2は、IT機器の利用によって新しいタイプの授
業実践が期待できるという点である。学校の教室
は、同年代の何人もの児童・生徒が同一の場所、
時間を共有するかけがえのない場面である。ここ
での授業は、共同作業やグループ学習、発表など
が重要な構成要素となる。もちろん、こうした学
社会科系教科教育における IT の活用の意義と課題
習のなかでも、IT機器は活用される。しかしそれ
は、学習の内容を提供するものではなく、学習の
ツールと素材を提供するものでなければならない。
こうしたタイプの授業実践は、社会科学習の本質
により近いものである。だが、こうした授業を行
うためには、知識習得や技能訓練的な教育を効率
的に進めなければならない。語学教育等ではイン
ターネット等を使った個別学習システムがすでに
機能しつつあるように、社会科教育においても、
コンピュータ等の情報通信ネットワークを積極的
に活用した、知識習得、技能訓練型の学習教材の
開発を進める必要がある。
とはいえ、社会科教育の情報化に対していくつ
かの課題がある。まず、施設・設備の問題を挙げ
ておきたい。学校における情報環境の整備に関し
て、すでに文部科学省から指針が提示されており、
予算措置もなされている。それによれば、各学校
ではコンピュータ教室の整備だけでなく、普通教
室においてもIT機器が利用できる環境を整備する
よう示されている。しかしながら、コンピュータ
教室はともかく、普通教室のIT化は進んでいると
はいえない。また、コンピュータ教室は、「情報」
や「技術・家庭」での利用が優先されるため、社
会科では利用しにくい状況になっている。普通教
室でのIT活用のノウハウが蓄積される必要がある。
第2に教員の問題である。文部科学省の調査によ
れば、社会科教員の9割がコンピュータを操作でき
注
(1)中学校および高等学校学習指導要領解説に地図に
関する技能が説明されているが、その1番目が、ナ
ビゲーション技能である。
a 地形図や市街図、道路地図、案内書の地図など
に慣れ親しみ、どこをどのように行けばよいのか、
見知らぬ地域を地図を頼りにして訪ね歩く技能を
41
ると答えている。にもかかわらず、授業でコンピ
ュータを使って指導できると答えた教員は中学校
では55%、高等学校では33%に過ぎない(文部科
学省 2004)。教員が授業に活用できるような技術
や能力を身に付けさせることが緊急の課題であろ
う。
第3に教員間および教員と社会とのネットワー
ク形成である。ITをどのように活用するにしても、
優れた学習素材が提供されることが重要な条件で
ある。そのためには、教員相互の連携を密にして
情報交換を活発化させる必要がある。また、学習
素材を持つ、企業や諸官庁等とのさまざまな連携
が重要である。幸い「e-Japan戦略」は、文部科学
省だけの政策ではなく、全省庁および企業をも含
んだ国家政策である。実際、国土交通省や農林水
産省などが教育へ目を向け始めている。こうした
さまざまな機関と人的交流を進める必要がある。
追記
本稿をまとめるにあたり、文部科学省初等中等
教育局参事官「教育情報共有化促進モデル事業」
企画評価委員会での議論が参考になった。委員の
先生方に御礼申し上げます。なお、費用の一部に
平成16年度科学研究費補助金基盤研究(B)-(1)
(課
題番号16300295,
「学校教育・社会教育における地
理情報システムの利用に関する研究」,研究代表者
伊藤 悟)を使用した。
身に付けること。
(2)例えば教育情報ナショナルセンター
(http://www.nicer.go.jp/)や千葉県教育総合センタ
ー情報教育部ICE-NET(http://www.ice.or.jp/)など
がある。
(3)石井地理写真塾
http://web.sfc.keio.ac.jp/~s02836tm/geographic-photo/
42
情報科学研究
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