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階層的分業構造とサプライチェーン・ アーキテクチャの

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階層的分業構造とサプライチェーン・ アーキテクチャの
大阪経大論集・第53巻第4号・2002年11月
79
階層的分業構造とサプライチェーン・
アーキテクチャの相互メカニズム
トヨタ系の部品メーカーの事例
朴
泰
勲
Abstract
As for the subject of studies on the supply chain architecture, the previous researches have focused on production system between the carmaker and the first-tier parts supplier. Therefore,
these researches insisted that the product architecture should be the only factor that influenced
upon the formation of supply chain architecture. But in order to reconsider the reciprocal
mechanism between product architecture and supply chain architecture, this paper broadened
the subject of case study into the Toyota’s second-tier and the third-tier parts suppliers. The
results of the case study show us that the hierarchal task division among the parts suppliers is
the important factor that influences the formation of supply chain architecture.
キーワード:モジュラー型と統合型製品アーキテクチャ,階層的分業構造,
サプライチェーン・アーキテクチャ,開発期間短縮と生産の同期化
1. 始
め
に
近年,自動車産業では不確実性の高い市場の状況変化に対して,供給活動の連鎖構
造を機敏に対応させ,最適化を図るサプライチェーン・マネジメントが注目を集めて
いる。サプライチェーンとは部品メーカー,完成車メーカー,ディーラー,顧客を結
ぶ供給活動の連鎖構造のことである。このようなサプライチェーンを市場環境の変化
に効果的に対応させる戦略を立案できる一つの切り口として製品アーキテクチャに関
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大阪経大論集
第53巻第4号
する研究がある(青島,1998;Takeishi,1998;武石,1999)。製品アーキテクチャ
とは,製品の構造を決定する設計思想である。製品アーキテクチャに関する先行研究
の多くは製品アーキテクチャをどのように決定するのかによって,完成車メーカーと
部品メーカーのサプライチェーンの形態も決まると指摘している(Fine,1998;青島
・武石,2001)。
しかしながら,先行研究は完成車メーカーと一次部品メーカーとの間に形成されて
いるサプライチェーンを中心的な研究対象としてきたため,サプライチェーンの形成
には製品アーキテクチャが重大な影響を及ぼすという技術決定論的な議論になりがち
であった。そこで,研究対象を二次と三次部品メーカーまで拡大しサプライチェーン
の形成に影響を及ぼす要因について再検討していけば,製品アーキテクチャ以外にも
サプライチェーンの形成に影響を及ぼす新たな要因を見出せるのではないだろうか。
このような問いに答えるために,本稿では供給活動の連鎖により一次・二次・三次部
品メーカーの間に形成されているサプライチェーンについて開発と生産という2つの
視点から分析していくことにする。
本稿の構成は以下のとおりである。まず,先行研究レビューを行った上で,トヨタ
の一次・二次・三次部品メーカーがどのようなサプライチェーンを形成しているのか
について事例研究を行う。次に,事例研究で明らかになった事実を理論的に検討し,
サプライチェーンの形成に重大な影響を及ぼす要因について分析する。最後に,本稿
の内容をまとめ経営戦略的なインプリケーションについて論じるとともに,今後の展
望と残された課題について述べる。
2. 先行研究レビュー
近年,自動車産業におけるモジュラー化の動きと関連し,製品アーキテクチャに関
する研究が活発になっている。製品アーキテクチャとは,製品システムの基本的な性
質であり,製品機能を物理的構成要素に配分するパターンと構成要素間のインターフ
ェースのルール化の程度により定義される(Morris and Ferguson,1993;Ulrich and
Eppinger,1994;Ulrich,1995;Baldwin and Clark ,1997・1999)。
製品アーキテクチャは,構成要素間に配分される機能のパターンと構成要素のイン
ターフェースのルール化の程度によって, モ ジ ュ ラ ー 型 と 統 合 型 に 分 類 さ れ る
(Langlois and Robertson,1992;Robertson and Ulrich,1998)。まずモジュラー型と
階層的分業構造とサプライチェーン・アーキテクチャの相互メカニズム
81
は,構成要素間の機能的独立性が高く,インターフェースがルール化されている製品
アーキテクチャのことである。製品アーキテクチャをモジュラー型にすると,半独立
的な構成要素の間でインターフェースがルール化されるため,個々の構成要素の設計
は他の構成要素の設計とはある程度無関係に並行して進めることができる。このよう
なモジュラー型アーキテクチャを有する典型的な製品には,デスクトップ・コンピュ
ータやホームステレオなどがある。
また,モジュラー型と対極をなしている統合型とは,機能と物的構成要素の間の対
応関係が複雑に絡み合っており,構成要素間の機能的相互依存性が高い製品アーキテ
クチャを指す。統合アーキテクチャを有する製品は部品間のインターフェースが複雑
に絡んでおり,製品開発の際に部品メーカー同士が相互間に調整を行う必要がある。
このような統合型アーキテクチャを持つ代表的な製品として乗用車が挙げられる。
上述した製品アーキテクチャの概念を Fine(1998)はサプライチェーンの分析に
も応用した。彼はサプライチェーン上の供給活動の連鎖にかかわるあらゆるビジネス
現象をシステムとしてとらえることができるとし,その枠組みとしてサプライチェー
ン・アーキテクチャ1)を提案している。サプライチェーン・アーキテクチャとは,部
品メーカー,完成車メーカー,ディーラー,顧客を結ぶ供給活動の連鎖における相互
依存性や企業間の機能分化のあり方を規定するシステムである。サプライチェーン・
アーキテクチャも,企業間のビジネス活動の相互依存関係と機能分化の程度によりモ
ジュラー型と統合型に分けられる。統合型とは,サプライチェーン上の企業同士が開
発と生産に関する情報を共有しながら,相互間に緊密に連携されているサプライチェ
ーン・アーキテクチャのことを指す。開発と生産において高い統合性が要求される統
合アーキテクチャ製品には,統合型サプライチェーン・アーキテクチャが適合する。
他方,モジュラー型とはサプライチェーン上の企業間の機能分担が明確に分化されて
いるため,企業がおのおのの開発と生産活動に特化しているサプライチェーン・アー
キテクチャのことである。製品が機能的にいくつかの構成要素に明確に分割され,相
互独立性も高いモジュラーアーキテクチャ製品には,モジュラー型サプライチェーン
・アーキテクチャが有効である。
1) サプライチェーン・アーキテクチャはしばしばビジネス・アーキテクチャと呼ばれる
場合もある。
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第53巻第4号
図1 製品アーキテクチャとサプライチェーン・アーキテクチャの相互メカニズム
【統合型サプライチェーン・アーキテクチャ】
部品メーカー
組立メーカー
ディーラー
消費者
統合型アーキテクチャ製品
【モジュラー型サプライチェーン・アーキテクチャ】
部品メーカー
組立メーカー
ディーラー
消費者
モジュラー型アーキテクチャ製品
[出所] 筆者作成
しかしながら,これらの先行研究では完成車メーカーと一次部品メーカー間のサプ
ライチェーンの形態を中心的な研究対象にしてきたために,製品アーキテクチャが決
定されればサプライチェーン・アーキテクチャがモジュラー型になるのか統合型にな
るのかということも規定されるという技術決定論的な議論になりがちであった。サプ
ライチェーン・アーキテクチャがモジュラー型になるのか統合型になるのかというこ
とは,製品アーキテクチャのみによって決定されるのだろうか。実際,自動車産業で
は多種多様のサブユニット2)で構成されるユニットは一次部品メーカーに,小物部品
を組み合わせたサブユニットは二次部品メーカーに,サブユニットを構成する小物部
品は三次部品メーカーによって生産されている。そこで,本稿では事例研究を行い部
品メーカー間に形成されているサプライチェーンの全体像を把握することで,サプラ
2) システム的な視点から製品を把握すると,製品にはいくつかの階層が存在する。たと
えば,自動車をシステム階層で分解してみると,完成品レベルでは自動車,ユニット
レベルではパワーステアリングやエアコンなど,サブユニットレベルでは配管やモー
ターなど,小物部品レベルではブラケットやねじなどがある。製品システム階層に関
する議論については,Clark(1983)と朴(2000,2001)を参照せよ。
階層的分業構造とサプライチェーン・アーキテクチャの相互メカニズム
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イチェーン・アーキテクチャがモジュラー型になるのか統合型になるのかということ
に影響を及ぼす要因について再検討を加えることにする。
上述した問いに答えるために,第1に本稿の研究対象を部品メーカー間に形成され
ているサプライチェーンにおける開発と生産活動に限定する。その理由は次のとおり
である。サプライチェーンとは部品メーカー,完成車メーカー,ディーラー,顧客を
結ぶ開発・生産・販売活動の連鎖構造のことである。そのため,サプライチェーンに
は,部品メーカー,完成車メーカー,ディーラー,消費者などが関係している。しか
し,本稿では議論を簡単にするために,研究対象の範囲を一次,二次,三次部品メー
カー間の開発と生産活動に限定する。
第2に,本稿の事例研究ではコミュニケーションによる開発と生産情報の流れとい
う2つの視点から部品メーカー間に形成されているサプライチェーン・アーキテクチ
ャがモジュラー型であるのか統合型であるのかということを把握する。そのため,ま
ず開発の面ではサプライチェーン・マネジメントの主要課題でもある開発期間短縮を
実現するために,部品メーカー同士が会議によるフェース・トゥ・フェースのコミュ
ニケーションをどのように行っているのかについてみる。また,生産の面では部品メ
ーカー同士が生産情報を共有し同期化をするために,どのようにコミュニケーション
を行っているのかについて調べる。開発・生産技術者の交流と会議などによるコミュ
ニケーションの頻度が多いほど,開発と生産に関する多くの情報が共有されるため相
互依存性が高まり,部品メーカー間のサプライチェーン・アーキテクチャは統合型に
なる傾向がある。他方,部品メーカー間に開発と生産に関するタスクが明確に分化さ
れ各部品メーカーが独立的に開発と生産を進める場合は,サプライチェーン・アーキ
テクチャがモジュラー型になる可能性が高い。
第3に,本稿ではトヨタのヒット商品であるヴィッツの開発と生産の事例を取り上
げる。事例では図2に示したようにサプライチェーン上にある部品メーカー間の開発
と生産活動の連鎖構造に従い,パワーステアリング3)(ユニット),配管(サブユニッ
ト),ブラケット(小物部品)の開発と生産事例を紹介する。その理由は次のとおり
である。パワーステアリング,配管,ブラケットは他の製品に比べ比較的形状が複雑
で開発ごとに接合部の変更が求められる製品である。まず,ワイパーブレードやヘッ
3) パワーステアリングはパワーステアリングギヤ,オイル・ポンプ,オイル・リザーバ,
配管,等速ジョイントなどで構成される。
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図2 製品システム階層と事例研究の対象企業
出所:筆者作成
ドランプなどといったユニットの開発に比べ,パワーステアリングの開発には位置関
係や干渉問題などが多く発生するため,他のユニットの設計者と調整が求められる4)。
4) 延岡(1999)は自動車企業の技術者2名とのインタビューを通じて表1のようにパワ
ーステアリングを特定的部品に分類していることから,パワーステアリングは統合型
アーキテクチャ製品として見なすことができる。
表1:特定的部品と標準的部品の分類
特定的部品
標準的部品
パワーステアリング
バッテリー
コネクティングロッド
スパークプラグ
マニュアルトランスミッション
メーター
サスペンションスプリング
ヘッドランプ
キャブレター
ワイパーブレード
カーエアコン
タイヤ
[出所] 延岡健太郎(1999)
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また,他のサブユニットの開発に比べ,配管の開発には音の問題や干渉問題がしばし
ば発生するため,その形状と位置の調整が要求される。さらに,小物部品であるブラ
ケット5)は配管を固定する役割を有するため配管への機能的依存度が高く,配管の曲
げぐあいと設置場所が変わる度にその形状と接合部の変更が必要である。つまり,こ
れらの製品は程度の差はあるが,統合アーキテクチャ製品である点においては類似し
ているのである6)。もし,これらの製品を開発と生産する部品メーカー間のサプライ
チェーン・アーキテクチャが統合型やモジュラー型になって,その形態がそれぞれ異
なれば,製品アーキテクチャ以外にサプライチェーン・アーキテクチャの形成に影響
を及ぼす新たな要因を見出すことができる。そこで,本稿ではユニット,サブユニッ
ト,小物部品の階層順に分けて,部品メーカー間のサプライチェーンを調べていくこ
とにする。そのため,まずトヨタの一次部品メーカー豊田工機の事例を紹介する。次
に,配管を生産している二次部品メーカー山清工業の事例を取り上げる。最後に,配
管の小物部品であるブラケットの生産を担当している三次部品メーカー平林工業の事
例を調べる。
3. 事例研究
3.1
1次部品メーカーの開発と生産システム
豊田工機7)
本節ではまずヴィッツの油圧式パワーステアリング開発のためトヨタと豊田工機の
間でどのようにコミュニケーションが行われたのかについて調べていく。豊田工機は
開発した技術をトヨタの開発構想に織り込んでもらうために,トヨタの技術者を招き
5) パワーステアリングの配管を構成する小物部品の中で,ブラケットは比較的製品の形
状が複雑で,他の部品との結合部が標準化されていないことから,統合型アーキテク
チャ製品といえる。他方,配管の小物部品であるねじはその形状とねじやまの寸法が
標準化されているため,モジュラー型アーキテクチャ製品として分類できる。また,
近能(2002)は自動車の場合開発時に製品システム全体のバランスを考慮する必要が
あるため,数少ない標準的な部品でさえ自動車メーカーや車種モデルごとに仕様が異
なる傾向が強いと指摘している。
6) 統合アーキテクチャなのかモジュラーアーキテクチャなのかは明確な境界線が引かれ
ているわけではなく,あくまでも程度の問題である。つまり,完全な統合型あるいは
モジュラー型製品はほとんど存在しないのである。
7) 豊田工機PS部品事業部主査山本勝雄氏,ステアリング技術部関根雅之氏,部品営業
部主任平林優和氏,生産調査室主任青木正雄氏とのインタビューによる。
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開発技術展示会を開いた。開発の初期段階では,週に2・3回トヨタと豊田工機の技
術者が意見交換会を行った。そして,ゲストエンジニア10人をトヨタのシャーシー設
計室に2年間派遣した。ゲストエンジニアはトヨタの開発会議やデザイン・レビュー
などに参加し,トヨタの設計情報を豊田工機にフィードバックした。トヨタの開発会
議には豊田工機のゲストエンジニアだけではなく,同社の材料技術者と構造解析の技
術者も参加した。トヨタの計画図や仕様書を満足させるため,豊田工機はトヨタと打
ち合わせをしながら設計を進めた。トヨタの試作には先行試作,正式試作,量産試作
がある。パワーステアリングの図面をトヨタに送り承認を得た後,先行試作品の開発
に入った。試作品の評価のため試験計画表をトヨタに送り承認を得た。トヨタが車両
の仕様を決め,正式に試作を発注したので,開発部門が正式試作品を設計した。トヨ
タの先行試作,正式試作,量産試作にはそれぞれ一次試作と二次試作がある。しかし,
今回の開発ではトヨタが先行試作と正式試作の回数をそれぞれ1回に減少させたため,
豊田工機の先行試作・正式試作ごとの開発期間8)はトヨタの1ヵ月半より短い2週間
となった。これに対応するために,豊田工機では試行錯誤で開発を進めるよりも何回
も再度確認する評価方法を導入し,検討やシミュレーションの時間を増やした。量産
試作段階では同社の試作室と購買部が外注部品メーカーの工程設計と生産準備を支援
した。そしてトヨタの品質保証部が豊田工機の量産品の品質を点検した。
次に,トヨタと豊田工機の間でどのように生産情報が流れていたのかを調べる。豊
田工機はトヨタの生産調査部からジャストインタイムを実現する上で必要な改善活動
に関する援助を受けた。同様に,豊田工機の生産調査部は外注部品メーカー29社の生
産活動の改善を支援した。豊田工機はカンバン取引(1日4回納入)とコンピュータ
ネットワークを通じてトヨタから送られてきた3カ月内示9)を基に生産計画を立てた。
同社も外注部品メーカーである山清工業から配管を購入する際に3カ月先の内示とカ
ンバン方式を使用した。山清工業のトヨタとの生産情報の共有プロセスを具体的にみ
ると,次月から生産量が増加する場合,トヨタはそのままカンバンの枚数を増やすの
ではなく,当月に予め次月の生産量を内示した。次月のトヨタの生産量が増加すると
いう内示が当月の22日当たりに来たため,次月が始まるまでの残り期間8日間が豊田
8) 試作品の開発期間とは,受注,部品図の作成,簡易型の製作,仕入先への部品発注,
組み付け,包装,出荷までを含めた期間を指す。
9) 3ヶ月内示には,3ヶ月先の月別・品番別・日付別の生産量が表示される。
階層的分業構造とサプライチェーン・アーキテクチャの相互メカニズム
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工機の生産準備期間となった。その際,豊田工機は部品の生産準備期間が必要だった
ので,次月が始まる3日前まで山清工業から部品を納入してもらった。したがって,
豊田工機に納め始める3日を引くと,山清工業の生産準備期間は5日しかなかった。
このように山清工業の生産準備期間が短かったので,欠品が発生する恐れがあった。
そのため,山清工業は独自に生産を行い,一定レベルの在庫を確保した。
3.2
2次部品メーカーの開発と生産システム
山清工業10)
本節では,まずパワーステアリングの配管メーカーである山清工業の開発プロセス
を具体的に見ていく。山清工業は豊田工機の仕様と公差に関する情報を収集するため
に,ゲストエンジニア1人を2年間豊田工機のパワーステアリング技術室に派遣した。
また,豊田工機の購買部門と山清工業の技術管理部が一緒に開発日程を決めた。豊田
工機の試作部門が指示書と製品図を山清工業に送り,先行試作品を発注した。
豊田工機の試作品開発期間である2週間から豊田工機が図面を作成に費やした1週
間を引いた分が,山清工業の試作品開発期間となった。また,豊田工機が開発期間の
短縮を進めていたので,山清工業も試作品の開発期間の短縮を図り,多くの試作品を
内示11)で開発した。その理由は次のとおりである。トヨタの車両開発に関する情報は
山清工業までなかなか流れてこなかった。たとえば,試作段階では山清工業はトヨタ
が開発プロジェクトの車型を極秘にしていたため,試作品の車型がよく分からなかっ
た。また,同社はトヨタの試作品が先行一次試作品なのか先行二次試作品なのかとい
うことについても把握しにくかった。さらに,干渉や音の問題などが原因でトヨタが
新規に試作を行っても,山清工業はその内容に関する情報を入手するのが困難であっ
た。このように開発に必要な情報が不足していることや短納期の試作品の開発が多か
ったことから,試作品の中でもっとも開発件数の多いリピート試作品12)を独自で予め
10) 山清工業管理部購買課長牧野充明氏と品質保証部技術課係長今尾晃氏とのインタビュ
ーによる。
11) 内示開発とは,製品の一部を予め独自に開発しておいて,受注した際に若干の設計変
更をし納入する開発を指す。
12) 試作品には4種類がある。まず,当該の製品開発で始めて新規に開発する試作品があ
る。また,繰り返し性が高く,若干の修正のみで開発ができるリピート試作品がある。
さらに,音や部品同士の干渉など緊急問題が発生した場合に作る試作品がある。最後
に,研究開発用の試作品がある。
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開発しておいた。そのため,ネットワークを通じて豊田工機から送られてきたトヨタ
の1ヶ月先の試作車両組み付け日程をもとに品番別に試作品の数を割り出した。豊田
工機が量産一次試作品を指示書と図面で発注した。トヨタの試作車両に搭載させて量
産試作品の性能を検査するため,山清工業と豊田工機が会議を開いた。豊田工機が山
清工業の量産試作品の品質検査法を承認した。同社の品質管理部は外注部品メーカー
の検査規格と製品の品質検査法を作成した。量産二次試作では豊田工機が品質確認用
の配管を発注した。量産ラインが立ち上がる前に,豊田工機の品質保証部が山清工業
の工程を点検した。
次に,トヨタと豊田工機の間にどのように生産情報が流れていたのかを調べる。山
清工業は部品生産方式を改善するため,豊田工機の生産調査室の支援を受けた。そし
て,山清工業の生産技術者が豊田工機の勉強会に加入し,毎月一回品質管理の手法を
勉強した。同社は3カ月内示を基に1日4回豊田工機にカンバンで部品を納入した。
トヨタの生産量が増加するという内示が豊田工機から送られてきたので,それに合わ
せて各ラインに必要な設備と人員などを大まかに割り出した。そして,工程内の在庫
を1.5日分まで増やした。山清工業は外注部品メーカー45社の中で約13社とカンバン
方式で取引した。
3.3
3次部品メーカーの開発と生産システム
平林工業13)
ここでは,まずヴィッツ用のブラケットを開発した平林工業の事例を取り上げる。
平林工業は山清工業の技術部と一緒に試作段階からヴィッツの部品開発に取り組んだ。
ヴィッツ用の新規試作品の中には納期が2日であるものが多かった。同社は多くの車
種の部品開発を同時に進めていたので,納期が2日であった試作品でも実際に開発に
割り当てた時間は2日より短かった。たとえば,納期が2日である試作品を開発して
いる間に納期が1日である試作品の発注があったので,2日納期のものと1日納期の
ものを同時に開発していく必要があった。その結果,1日納期の試作品の開発が2日
納期の試作品を開発している間を割り込んできたため,2日納期の試作品の開発期間
はさらに短くなった。したがって,開発期間を短縮するため,同社は山清工業とのや
りとりをほとんど電話で終わらせた。そして,山清工業から送られてきたトヨタの試
13) 平林工業代表取締役平林勝氏とのインタビューによる。
階層的分業構造とサプライチェーン・アーキテクチャの相互メカニズム
89
作車両組み付け日程に関する情報を基に試作品の数を割り出した。このように割り出
した試作品の数をベースに作り易さを中心に独自でブラケットを開発した。短納期の
試作品発注が集中し納期内に対応できなかった時が一時期あったため,部品メーカー
同士のネットワークを通じて一部の試作品の製作を他のプレス加工メーカーに外注し
た。
次に,平林工業の生産プロセスについて見てみる。平林工業は山清工業に1日3回
カンバンで部品を納入した。しかし,同社は工程内カンバンを使用しないで独自の生
産計画で部品を生産した。その理由はまず生産量が少なくてバリエーションの多いブ
ラケットをカンバンどおりに作ると,量産効果が出ないからである。また,会社の規
模が小さいので二人の作業員がいくつかの機械をかけもって作業をしたため,工程内
カンバンを使用すると作業効率が悪くなる。そのため3ヶ月内示があった時に生産効
率と在庫比率との兼ね合いを考えながらまとめて独自に生産した。その結果,全体的
に20日分ぐらいの在庫を持つようになった。山清工業の生産内示は豊田工機のパワー
ステアリングのアセンブリー品番で来るので,その中に平林工業のどの品番のブラケ
ットが何個含まれているのかを把握した。このように同社は品番管理と内示によって
独自に生産計画を立てた。つまり,同社は部品をロットで生産をしておいてカンバン
が来たら,カンバンに書いてある品番,数量,山清工業のライン名に合わせて倉庫の
箱の中から部品を取り出して供給した。
4.
4.1
事例研究の結果分析
部品メーカー間のサプライチェーン・アーキテクチャのパターン分析
本節では,事例研究で明らかになった結果を分析する。まず,各部品メーカー間に
形成されているサプライチェーン・アーキテクチャが統合型であるのかモジュラー型
であるのかということについて,以下の点が明確になった。
第1に,豊田工機のゲストエンジニアと生産技術者がトヨタと緊密にコミュニケー
ションを行いながら開発と生産を進めている点と,内示とカンバン方式により両社が
多くの生産情報を共有している点から,トヨタと豊田工機との間で形成されているサ
プライチェーン・アーキテクチャは統合型であることが分かった。
第2に,山清工業と豊田工機との間で形成されているサプライチェーン・アーキテ
クチャは,山清工業が製品の一部を内示で開発と生産していたことや,ゲストエンジ
90
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第53巻第4号
図3 階層的分業構造とサプライチェーン・アーキテクチャの相互メカニズム
[出所] 筆者作成
ニアの数と生産技術者の会議などによるコミュニケーションの回数が少なかったこと
から,トヨタと豊田工機の場合に比べややモジュラー型に近いことが明らかとなった。
第3に,山清工業と平林工業との間で形成されているサプライチェーン・アーキテ
クチャは,両社の間でゲストエンジニアと生産技術者の交流や会議などがほとんど行
われなかったことや,カンバン方式が使われたものの実際には内示により相互独立的
に部品の生産が行われたことから,豊田工機と山清工業の場合に比べモジュラー型で
あることが明確になった。
以上の分析結果を簡単に整理すると,次のようになる。パワーステアリングを生産
する際に,一次部品メーカーは配管を二次部品メーカーから,二次部品メーカーは配
管用のブラケットを三次部品メーカーから調達するなど,階層的分業が形成されてい
る。このようなパワーステアリング,配管,ブラケットは他のユニット,サブユニッ
ト,小物部品に比べ結合部の寸法や形状が標準化されていないため,統合型アーキテ
クチャ製品である。しかし,これらの部品は統合アーキテクチャを有するにもかかわ
らず,部品メーカー間のサプライチェーン・アーキテクチャが階層的分業の上部段階
では統合型に,階層的分業の下部段階ではモジュラー型になる傾向が見られた。つま
り,製品アーキテクチャ以外にもサプライチェーン・アーキテクチャが統合型になる
のかモジュラー型になるのかということに影響を及ぼす新たな要因として,企業間の
階層的分業構造とサプライチェーン・アーキテクチャの相互メカニズム
91
階層的分業構造があるのである。上述した事例研究の結果をまとめてみると,図3に
なる14)。
4.2
階層的分業構造がサプライチェーン・アーキテクチャの形成に影響を及ぼす
理由
事例研究の結果を踏まえると,階層的分業構造がサプライチェーン・アーキテクチ
ャの形成に影響を及ぼす理由として以下の点が考えられる。
1つ目は,階層的分業の各段階を経る度に,完成車メーカーの開発と生産に関する
情報が伝わらなくなるため,階層的分業の下部段階にある部品メーカーであるほど情
報が不足している点である。その主な理由は開発タスクの分業が企業同士で1対1に
行われるため,二次部品メーカーと三次品メーカー間の情報のやりとりは多くても,
一次と三次部品メーカー間の直接的な情報のやりとりは少ないからである。つまり,
階層的分業の下部段階にある部品メーカー同士であるほど,情報不足により独自に予
め開発と生産を進めておく必要があるため,サプライチェーン・アーキテクチャはモ
ジュラー型になる傾向があるのである。
2つ目は,階層的分業の下部の部品メーカーであるほど,開発する製品の単位が小
さくなり,製品のバリエーションも増える点である。まず,階層的分業により製品が
次第に小さな単位に分割されていくと,機能的に明確に分化され構造的にもシンプル
になるため開発プロセスが簡単となる。したがって,より小さい単位の製品を開発す
る部品メーカー同士は開発のために必要な調整も少なくなることから,サプライチェ
ーン・アーキテクチャはモジュラー型になるのである。
また,階層的分業の下部段階にある部品メーカーであるほど,製品のバリエーショ
ンが多くなる傾向がある。そのため,発注がある度に段取り替えをすると,生産効率
が悪くなる。したがって,独自に生産活動を行うことが多くなるため,サプライチェ
ーン・アーキテクチャもモジュラー型になる。
3つ目は,階層的分業の下部段階にある部品メーカーであるほど,開発と生産のた
めに必要な絶対的期間が短くなる制約があるため,短期間で開発と生産が求められる
14) サプライチェーン・アーキテクチャが統合型であるのかモジュラー型であるのかとい
う区別はあくまでも程度の問題であることから,図3の左側の図を斜線で統合型とモ
ジュラー型に分けた。
92
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第53巻第4号
点が挙げられる。階層的分業の下部段階にある部品メーカーであるほど,元来短納期
により開発期間が短いうえ,同時進行で多様な試作品を開発していく必要があるため,
個々の開発プロジェクトに割り当てられる時間が短くなる傾向がある。
また,生産の面においても階層的分業構造の下部段階にある部品メーカーであるほ
ど,生産量の増減に対応するために必要な期間が短くなる。一次部品メーカーは完成
車メーカーの生産量変動の内示を受けてから実際生産量の変動があるまで,一定の余
裕分として時間を確保している。その結果,一次部品メーカーの生産準備期間から一
次部品メーカーが余裕分として確保した時間を引いた分が二次部品メーカーの生産準
備期間となるため,二次部品メーカーの生産準備期間は一次部品メーカーより短くな
る。同様に,三次部品メーカーの生産準備期間は二次部品メーカーより短くなる。そ
のため,統合性の高い小物部品を開発する三次部品メーカーにおいても,コミュニケ
ーションを行いながら開発と生産を進める時間的余裕があまりないため,半独立的に
内示で開発を進めておく必要がある。したがって,階層的分業の下部段階にある部品
メーカーであるほど,そのサプライチェーン・アーキテクチャはモジュラー型になる
傾向があるのである。
5. まとめと今後の課題
最後に本稿で明らかになった点をまとめると,次のとおりになる。先行研究では統
合型アーキテクチャ製品の開発と生産には統合型サプライチェーン・アーキテクチャ
が,モジュラー型アーキテクチャ製品にはモジュラー型サプライチェーン・アーキテ
クチャが適合すると論じられてきた。しかしながら,これらの研究では完成車メーカ
ーと一次部品メーカーを中心に分析が行われてきたため,階層的分業構造が一次,二
次,三次部品メーカー間のサプライチェーン・アーキテクチャの形成に及ぼす影響に
ついては注目されなかった。そこで,本稿では部品メーカー間に形成されているサプ
ライチェーンの全容を明らかにするため,研究対象をサプライチェーン上の供給連鎖
に従い二次と三次部品メーカーまで広げて事例研究を行った。その結果,サプライチ
ェーン・アーキテクチャが統合型になるのかモジュラー型になるのかということは,
製品アーキテクチャ以外に階層的分業構造によっても影響されることが分かった。そ
の理由としては,階層的分業の各段階を経る度に発生する情報のロス,開発期間と生
産変動に対する準備期間の制約,より規模の小さい単位の製品への分割による製品バ
階層的分業構造とサプライチェーン・アーキテクチャの相互メカニズム
93
リエーションの増加と開発プロセスの単純化などが考えられる。
本稿の議論の延長線上で,今後明らかにされる必要がある課題は以下のような項目
が挙げられる。
まず,近年不確実性が高まりつつある市場環境に適合するサプライチェーンを構築
するため,技術革新がもたらす階層的分業構造の変化がサプライチェーン・アーキテ
クチャの進化にどのような影響を及ぼしているのかについて調べる必要がある。Fine
(1998)は諸産業におけるサプライチェーンをダイナミックな視点から分析し,産業
内の製品アーキテクチャが変化すると,サプライチェーン・アーキテクチャも一定の
軌跡を描きながら経路依存的に進化していくと指摘している。同様に,技術革新が一
次,二次,三次部品メーカー間の階層的分業構造に変化をもたらし,産業内のサプラ
イチェーン・アーキテクチャを統合型からモジュラー型へあるいはモジュラー型から
統合型へシフトさせる可能性がある。サプライチェーン・アーキテクチャの進化の軌
跡を明確にし,様々な市場環境に適合するサプライチェーンの形態が予測できれば,
企業はそれぞれが置かれている市場環境に合った効率的なサプライチェーンのデザイ
ンが可能となる。
また,サプライチェーン・マネジメントに関する先行研究ではサプライチェーン全
体の最適化を図るため,企業同士が開発と生産に関する情報を共有し,物の流れを最
適化することが重要であると論じられてきた。しかし,実際このような最適化は階層
的分業の下部段階にある部品メーカーにとっても実現可能な話であろうか。本稿の事
例研究は階層的分業構造により発生するさまざまな障壁があるため,階層的分業の下
位段階にある企業であるほど上述した最適化の実現が困難であることを示唆している。
むしろ,サプライチェーン全体の最適化を実現するためには階層的分業の下部段階に
ある企業を組織的に一定レベルまで垂直統合する必要性があるかもしれない。
最後に,サプライチェーン全体を効率的にマネージするためには,完成車メーカー
とディーラー間に形成されているサプライチェーンの全容を調べ分析することが求め
られる。
参
考
文
献
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