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まちと住まいのこれから 21世紀の住宅地 韜晦と萎縮を超えて

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まちと住まいのこれから 21世紀の住宅地 韜晦と萎縮を超えて
住まいのこから
21世紀の住宅地
とう かい
崩晦と萎縮を超えて
都市プランナー
蓑原敬
写真1人口20万人のフランスの町レンヌ。旧市街の保全と再生に成功
している
一定割合以上の社会住宅を設けることが義務づけられ、
噸塞外を見てみると
それに従わない場合には課徴金をとってそれを他の自治
体に振り向けるという政策すら成立している。それが建
一昨年夏、機会があって北フランスの人ロ10万から20
前だけでないことが北フランスの街々を歩いて実感できた。
万ぐらいの街々を歩いた。1970年代に一・度フランスの中
小規模の街を歩き、都市の郊外化、自動車の跳梁、都心
昨年から、機会があって、国交省の若い連中と一緒に
の衰退などの都市風景を眺め、都市、とくに中小都市は
事業主体としての住宅NPOを勉強する集まりをつくっ
世界的に難しい課題を背負っており、日本と同じ仲間に
た。それとの関連で、別途、アメリカの非営利住宅関連
入ったと感じ、ある意味で救われた思いもあった。中心
団体の調査が始まっているのを知り、話を聞かせてもら
市街地は人が歩き難い街に変貌し、寂れ、人々にも精気
うと、非常に真面目に調査が進められていた。しかし、
が薄れていた。
もうひとつピンと来ないところがあり、なんやかんやと
しかし、20年ほどの経過のなかで、2002年のフランス
文句をつけていたら、お前も少し協力しろということに
の街々は全く変貌していた。人血20万程度の街にも路面
なって、今年の春、10日ほどアメリカの3都市を回って
電車(LRT)やガイドウエイバスが導入され、中心市街
みた。例によって、1980年代のアメリカの住宅政策ぐら
地の道路は幅広く歩行者専用のモールになり、昼休みに
いまではフォローしてあったが、それ以後の展開は見え
は人々がそこで集い、大道芸や素人の歌や踊りを楽しん
ていなかった。ものすごく真面目な受託調査機関の人た
でいる。街の住宅の修復も捗っていて、もはやかっての
ちに教えられながら、にわか勉強で最近のアメリカ住宅
落醜たる気分はない。その変貌ぶりに驚愕して、たまた
政策の流れを掴み、現地で実際に出来上がっているプロ
ま飛び込んだレンヌという町の都市計画の広報展示を見
ジェクトを見、関係者と話をしてみて、アメリカもまた
てまた驚いた。都市計画や住宅政策の領域で大きな展開
決してこの20年間、眠ってはいなかった事実を突きつけ
があったことが一目でわかる展示内容だった。
られた。
政策の立案といった仕事から遠ざかって久しく、海外
ぼくが知っている1980年代までのアメリカでは、都市
で何が起こっているのかということについての注意力も
の崩壊は進み、治安、教育、福祉など社会政策の殆どあ
散漫になっていた。しかもぼくが眺めている専門的な本
らゆる面で手の打ち様がない状態で、ひとり郊外の住宅
やジャーナリズムではそのような変革が起こっているこ
地だけが伸びていた。しかし、その質が非常に高いとい
とが伝わってこなかった。不明を恥じて少しフランスの
う感じでもなく、日本の実態と比べても気楽に視察でき
最近の住宅政策、都市計画政策の展開を学んでみて愕然
たものだ。過去20年の間にアメリカの住宅政策の実現の
とした。フランスでは、都市の権利、住宅の権利を高ら
手段は明らかに民間企業、民間銀行、非営利の団体など
かに謳った法律が成立しており、2000年の都市連帯・再
の手に移っているが、それらの銀行、企業、団体が活発
生法では、今まで、都市計画と交通計画、住宅計画がバ
に動き出せる制度、インフラを改善し、現実の都市空間
ラバラだったという反省に立って、これを統合する計画
は明らかに改善が進んでいる。どうしょうもなかった公
システムが出来上がっている。その上、各自治体には、
営住宅の団地ですら、HOPE VIという連邦のプログラム
2
家とまちなみ50<2004.9>
まち住まいのこから
21世紀の住宅地
デザイナーとの連携がすでに始まっている。
最近の韓国の計画住宅団地を見てその質の高さに驚い
たが、さらにソウルでは高架の高速道路を外して元の掘割
に戻すという事業がすでに進捗しているのを見てまった
く嫌になった。日本は一・体この20年間何をしていたのか。
麗麗晦と萎縮
再生に成功している
この20年間日本は構造改革を経て、新しい時代に対応
の支援を受け、見事な住宅市街地に変貌している。
する政策体系を確立し、その実現に着手するはずだった。
郊外の住宅団地でも、ことの良し悪しに疑問は残ると
だが、どんな構造改革が実現したのか。この間、日本の
しても、ニューアーバニズムという格好のキャッチフレ
都市や農村の風景はどう良くなったのか。あるいはそれ
ーズのもと「マスタープランのあるコミュニティ」とい
を壊し続けてきた原因がどう取り除かれつつあるのか。
う名がついて、環境デザインについての配慮が広範に払
経済の停滞からの脱却という護符だけを頼りに、膨大
われるようになっている。また、然るべき住宅地の管理
な公共投資を行い、金融の安定に努めたはずだが、その
経営団体が設けられていなければ付加価値を持った良い
結果何が結実したのか。不良資産の償却という都市、住
住宅地にならないということで、景観の保全、財産価値
宅開発の絶好の機会は如何に活用されたのか。
の保全のために、厳格な建築協定が結ばれた団地だらけ
確かに東京では経済の再生のためと喧伝され、規制緩
になっている。このルールを守らない人は直ちに民事裁
和の名のもとに巨大な容積に膨れ上がった大規模プロジ
判にかけられ、場合によってはそこに住めなくなってし
ェクト群や大規模マンションが目立ち、経済の活性化に
まうということも発生する。
寄与しているように見える。しかし、地球環境時代に対
ここでもまた、1949年住宅法に掲げられた「全ての国
応し、人口の国際交流時代に対応して日本の独自性を世
民が、品位ある住宅と適切な住環境を持つ」という理念
界に誇れる社会資産が蓄積されつつあると言えるのだろ
のもとに確実に実効性ある政策が積み重ねられている。
うか。
しかも、地方都市ではその聞、殆ど見るべき社会資産
昨年秋、韓国の住宅公団に呼ばれて大規模な計画地に
の蓄積がない。利用されないで管理費支出を持て余すい
おけるマスターアーキテクトの役割について、日本の事
例を紹介しに行った。このセミナーでもまたぼくの先入
観は見事に打ち砕かれた。韓国の都市計画、建築法は日
本と非常に似通っている。確かに日本とは違って、非常
に計画的に住宅団地を作り上げ、さらに戸当たりの規模
が大きいから韓国の庶民には喜ばれている住宅が多いと
いうものの、出来上がったその姿を見ては、香港並みの
感じで決して感心できるものではない。ところが、韓国
ではすでに国土法、都市計画法、建築法を大圏正し、広
域圏の土地利用コントロールを強化した。また、国土・都
市計画法と建築法に再編成し、建築法にあった都市設計
,と都市計画法にあった詳細計画という類似の制度を都市
計画法の地区単位計画として一本化し、この制度による
区域を全面的に広げたいと考えているらしい。そのため
に、実践面では進んでいる日本の都市プランナーや都市
家とまちなみ50〈2004.9>
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写真5 ボストンのハーバーポイント。荒廃した公営住宅団地を民間企
業の手で再生。連邦住宅政策HOPE VIプログラムのモデルとなる
写真6ハーバーポイント。多様な組み合わせで再生
わゆるハコモノや、ウルグアイラウンドでつくられた農
問わず広範な住宅事業の経済機会が発生している。
村施設など大部分は不良資産化しているのではないか。
第二に、これだけストックが蓄積されてくると、スト
この間住宅政策は後退の一方で、殆ど見るべき展開が
ックの有効利用が全体の市場の活性化に決定的な要素を
ない。その上、確かにさまざまな問題を抱えていたとは
占めてくる。新規建設主義からストックの改善事業への
いえ、地方では主体的に住まい・まちづくり政策の展開の
シフトが重要課題になる。次の「三」の流れによって、
蛭子になるべき第三セクターが機能不全になり、野垂れ死
街中での再開発が中心課題になる時代では、既存のスト
にを待つだけだという姿のまま、何の手も打たれていない。
ックを有効に利用しながら、既存の環境の歴史を尊重し、
地方都市では民問企業が社会資産として残る一定水準
住民のライフスタイルの存続を意識した新しい改善型の
の住宅をつくり続けることは殆ど不可能なので、いまや
開発手法が強く求められる。成熟国家ではもはやブルド
地域活性化の主体足るべき住宅事業者が何処にもいない
ーザー型の再開発は政治的にも成り立たなくなるのが常
という事態が発生しているのだ。
識だ。
今後の住まい・まちづくり政策やその実現を担うべき
とうかい
第三に、都市構造の再編成は不可避で、そのとき、グ
若い人たちも、聡晦と萎縮の中で何の学習機会を持たな
リーンフィールド(緑を潰し新規開発)ではなくブラウン
いままキャリアを虚しく過ごしている。公団や公庫の有
フィールド(既存宅地の開発)に重点がシフトすることも
能な人たちも欝欝と萎縮の構造の中で、痛ましい日々を
確かなようだ。いわゆるコンパクトシティ化は世界共通
過ごしているのではないか。
の命題である。しかし、中心市街地が完全に荒廃してい
る日本では、ここにどのような街をつくり出していくの
麟成熟世界の大きな流れ
かという問題が、歴史のある欧米の都市とは大きく異な
る課題として立ちはだかる。
アメリカ、フランスなどの都市計画や住宅政策を学習
単純に歴史には戻れない、とすると、21世紀の日本人
すると成熟世界での大きな潮流が見えてくる。日本もま
はどのような街を産みだすのか?郊外の一戸建て住宅地
たこの大きな文明的な流れに乗っているのだろう。
の間引き、郊外団地の再生などの課題もあるし、農村部
第一に、住宅をはじめ、あらゆるものが量から質の時
により良い自然環境を求めて移動する人も多くなるだろ
代に移行しているなかで、人間本位の理念に立てば、フ
う。このような都市構造の再編成にどう対処するのか。
ランス流に言う「石から人」への政策転換は避けられな
第四に、「二」や「三」の流れに即応するためには、
い。これはアメリカでも同様で、本当に必要な人に応能
個々の地域、プロジェクトごとに違う現;場のニーズに応
で家賃補助を与えることにより、逆に、営利、非営利を
える政策的な対応が必要になってくる。単なる建設事業
4「家とまちなみ50㎜〉
まち住まいのこから
21世紀の住宅地
は大きな問題群の中のひとつの問題に過ぎない。治安、
雇用、教育、福祉、医療、その他さまざまな問題に一括
して応えられる場づくり、専門家のチームの編成、包括
的な支援措置などが必要になり、市町村等直接住民に対
応する組織が、住民の信頼を勝ち取るまでそこに連続し
て関わりを持ちうる専門家と協力して仕事に当たる体制
が必要になる。アメリカの場合は、CDC(Community
Development Corporation=地域開発組合)などの住民
組織が成熟し、住宅開発の専門家との繋ぎの役割を果た
していることが既成市街地の住宅再開発の上で重要な意
味をもっているようだ。
写真7 サンフランシスコ、ノース・ビーチ。同じくHOPE Vlプログ
ラムの成功例。NPOの住宅事業主体が事業化
第五に、実際の都市開発、住宅開発に当たっては、民
間企業が実際の“石の事業”を行うべきだ。もし、営利
事業が成立しなければ非営利の会社あるいはNPOを事業
主体として準公的機関として扱う仕組がいる。政治が介
入することによる不確定性の増大を排除し、非効率なお
役所仕事を止めることは世界共通の認識だ。
第六に、しかし、実際の事業主体が営利であれ非営利
であれ、役所以外の団体の手に渡るとき、大事なことは、
政策の理念が確立し、民間あるいは非営利の団体の監理
の体制が整い、かつ実際の事業が一・定の質を確保できる
ような公的なコントロールの仕組が不可欠であることだ。
民活とは官が仕事を止めることではない。仕事のスタイ
スに見える。木造耐火構造
ルを変えることだ。
優れた質の都市資産、住宅資産を蓄積するためには、
営利非営利を問わず、事業者による事業の連続が、結果
として高い質の都市資産になるようなルールの確立とそ
の監理が不可欠だ。さらにアフォーダビリティを確保す
るためには一定の公的な支援が不可欠であるが、その正
当性を認めさせるためには市民に支持されるしっかりし
た公的な計画が不可欠だということだ。
これらのことは、もし、偏光メガネなしに分析すれば
日本の現実からも抽出できるはずだが、先進成熟国の最
近の政策展開の帰趨を見れば、より明瞭に見えてくる。
もう好い加減、鱈晦と萎縮の空気を打ち払って、大胆
に次の展開を考えても良い時期ではないか。そんな無理
なことをと思うなら、アメリカやフランスに行って実際
の政策展開の実績を見てくればよい。必ずや、日本の停
滞が恥ずかしくなるはずだ。
蓑原敬(みのはら・けい)
都市プランナー。1933年生まれ。東京大
学教養学科アメリカ科卒(アメリカ地域
研究)、日本大学建築学科卒、ペンシルバ
ニア大学大学院で都市計画の研究。建設
省住宅局住宅建設課長、茨城県都市計画
課長、住宅課長などを歴任。85年退官自
立。幕張ベイタウン事業計画、常磐新線
プロジェクト、新潟万代島再開発事業な
ど地域開発、都市計画の企画立案に参画
家とまちなみ50<2004.9>
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