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営利企業からの 標準化活動参加者の技量

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営利企業からの 標準化活動参加者の技量
◉TTCに寄せて
TTC Report 2013. January Vol.27/No.4
TTCに寄せて
営利企業からの
標準化活動参加者の技量
日本電気株式会社 標準化推進部 江川 尚志
「○○の会合が開催されますけど、どうしましょう?」
ら仕掛けられて防戦することが多いからである。重要
「もちろん参加だよ」
「それは分かってます。参加して
ライバル企業の戦略的提案を潰した場合はまだしも、
何をすればいいんですか?何を達成したら褒めてもら
それほど重要ではない相手が質の低い提案をしてきた
えるんですか?」
「……まずは名前売って、我が社の
場合、それを潰したからといって上司に「大戦果です」
存在感出してきてくれないかな」
とは報告しがたい。まして、標準化の役職者となると
標準化活動は直接的には利益を生まない。従って、
質の低い提案を細かく添削して質の高い標準とする必
営利企業から標準化に参加する場合、活動を営利に繋
要があることも多いが、その活動を積極的に評価しろ
げる方法をよく考える必要がある。筆者が標準化活動
と言われても上司も困るであろう。
に参画したのは2005年からであるが、この期間は標準
ISOやIECにおけるNP提案のうち、日本からの提案
化活動に強い追い風が吹いた。内閣府知的財産戦略
は約1割である[1]。ITUでの割合は分からないが同程
本部の推進計画では標準化の重要性が取り上げられ、
度であろう。これは日本としての提案であり、一企業
筆者の身近なところではICT標準化・知財センター
としての提案の比率はさらに下がる。自分たちが提案
(iSIPc)が設立され、筆者自身も標準化エキスパート
し活動をリードする場合、目的は一般に明確であり、
という肩書をいただいたりした。そうした追い風の中
活動は正当化しやすい。だが残り9割、一企業として
で筆者自身、営利企業における標準化活動のあるべき
見ればそれ以上、は防戦である。更に悪いことに、標
姿がよく分からないまま、まずは出席してみて考えよ
準化団体には筆者自身も含め「標準化屋」と呼ぶべき
う、で飛行機に飛び乗ることがあったのは否めない。
人間が溢れており、彼らは自分自身の仕事を作り出す
だがそうした風は変わる。標準化活動を意義深いもの
ためにマッチポンプを仕掛け合う。「それならば、こ
とする方法は常に地道に考え続けなければならない。
んな標準も必要な筈だ?」である。筆者もそうしたマッ
営利に繋げる方法は未だによく分からず、日暮れて道
チポンプに応戦してはいけないと思いながらも「声を
遠しであるが、多くの先達に教えられつつ多数の会合
上げない人間は存在しないと見なされる」という標準
に参加するうちに学んだ僅かな事柄を述べてみたい。
化会合の掟に引きずられ、無視されたくないがために
ついつい反応しがちである。自分の小物ぶりが嫌にな
1.世界平和のためか、営利のためか
メートルやグラムという単位の標準はあらゆる場面
で使われる。この標準を作成し、正確性を担保するに
るが、会合参加者全員が大物の風格を漂わせている訳
ではない。営利企業として積極的に推進したい活動の
比率はこうして下がっていく。
は膨大な作業を継続的に行う必要がある。この活動の
これら「営利企業として積極的には評価し難いがな
意義と必要性は誰もが認めるところだが、標準の使用
いと困る活動」の費用をだれが負担すべきか、よい解
料を徴収することは困難であり、活動費を営利活動と
はない。業界団体が負担する、といった案が茶飲み話
して正当化することは難しい。筆者の周囲ではこうし
として出ることはあるし鉄鋼業界では実際に行われて
た活動を「世界平和のための標準化」と呼んでいる。
いると聞くが、投資とリターンの関係がシビアに求め
メートルは極端な例であるが、そもそも標準化活動
られる今日、企業ごとにビジネス戦略が大きく違う
は営利企業として正当化しにくい場合が多い。相手か
ICT業界でそうした資金拠出を新たに求めることは容
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◉TTCに寄せて
TTC Report 2013. January Vol.27/No.4
易ではない。個々の企業において「標準化とは必須の
なり、営利のために意味のある活動となる。しかもオー
無駄が多い活動」と腹をくくるしかないのが現状であ
プンな標準となった機能は一般に競争が激化し利益率
る。標準化活動それ自体の活動費は会費+出張費+α
が低下するし、自社のシェアも低下しがちである。売
であり、巨額の投資は不要なのが救いではあるが、標
上高が大きく増加して利益率やシェアの低下を補える
準化活動参加者は、自分が主導権を取って行う数少な
場合もあるが、ネットワーク機器の多くはそもそもの
い活動で多大なリターンを自社にもたらす覚悟が必要
マーケット規模がある程度決まっており、標準化は必
である。
ずしも営利企業に嬉しい活動ではない。だからこそ標
準化は、よく練られたビジネス戦略の一翼として行う
2.使われる標準を作ることのむずかしさ
事が極めて重要となる。
筆者が標準化会合に初めて参加した時に思ったのは
こうしたビジネス戦略との連携なしに行われる標準
「標準化文書を作るのは意外と難しくないかも?」「単
化活動はみじめである。営利企業からの参加者である
に寄書の件数を稼ぐだけならとても簡単」であった。
筆者にとって、全てはビジネス上の判断が絡む。例え
文書とは常に穴があるものであり、それを指摘する寄
ばスケジュールの議論である。急ぎたいのか、遅らせ
書を書くのは、学術論文の査読に慣れた筆者にとって
たいのか。自分の考えを明確に(あるいは意図的に曖
は実に容易であった(従って余談ながら、標準化活動
昧に)述べることが出来ない参加者は議論の輪からは
のパフォーマンスを評価するため寄書件数を数えるこ
じき出される。ITU-Tでは中韓から具体論に欠ける標
とがあるが、これは無意味な寄書を増やすと断言でき
準化提案が多数行われており問題となっているが、こ
る。寄書の長さをKPIにした企業もかつてあったと聞
れも彼らがビジネスとの連携が曖昧なまま活動してい
く。当然ながら無意味に長い寄書が量産され他社から
るからであろう。ビジネスに適用できない提案をする
ブーイングを浴びた)
。更には標準化文章全体を作る
標準化活動参加者は、明確なビジネス目的をもった参
ことも、その分野の技術に精通し、標準化団体ごとの
加者からは「ビジネスの場を学会活動と間違えている」
文書の癖に慣れ、議長との人脈があればそれほど難し
として邪魔もの扱いされるし信用されない。またFP7
くはない。議長からのサポートは団体によっては必ず
関係者が集う学会の標準化セッションに参加したとこ
しも容易には得られないが、学術論文作成経験がある
ろ、参加者はほぼ全員が講演者であった。みな嫌々標
筆者にとって、それ以外の技量はそれほど難しいもの
準化活動に、そして標準化セッションに参加している
ではなかった。
のである。そして筆者が挑発的な質問をしてみたとこ
その経験から考えるに、標準化をリードする上では
ろ、「機能ボックスの中の研究であって他との連携を
研究部門との連携は有用であろう。実際にも欧州の
標準化する必要はないのに標準化が要求される」等々
FP7では標準化を製品化や特許、オープンソース、論
様々な不満が噴出した。本稿冒頭の会話は実話である。
文、広報等と並ぶ研究成果の出口と位置づけ、標準化
極端な例であるが、似た例は決して珍しくないのでは
への参加を奨励している。またITU-Tはアカデミー会
と思う。
員という会員資格を設け、大学等からの参加者を増や
そうとしている。
営利企業としての標準化活動は容易ではないことを
色々と述べてきたが、標準化活動は広告塔としては強
だが、こうした研究部門からの参画を営利企業に
力である。多数の会合参加者を送れば会合に参加して
とって本当に意味のある標準化活動とすることは決し
いる潜在顧客に対して本気度を見せることが出来る
て容易ではないと筆者は感じている。営利企業にとっ
し、会合をホストすれば社内関係者は居ながらにして
て必要なのは、
使われる標準を作ることだからである。
様々な有力者の面識を得ることが出来る。高位の役職
その標準を顧客が調達仕様に使い、売り上げが拡大し
を取れば顧客アピールの他、様々な情報も入る。そこ
利潤があがらなければならない。そして研究成果を利
で筆者は最近「私は技術営業です」と自己紹介するこ
潤の上がる製品とするには多数のハードルを越えなけ
とが増えてきた。
ればならないのと同様、標準化された仕様が広く使わ
しかし、上記はあくまでも余禄であって、基本は使
れるようにするハードルも多数ある。適切なタイミン
われる標準を作ることである。では使われる標準はど
グや価格での製品化、プロモーションなど様々な作業
うしたら作れるのか。この方法が簡単に分かるなら
と連携して行って、はじめて標準化は使われる標準と
ば苦労はないが、B2B系のビジネスの場合、顧客と組
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◉TTCに寄せて
TTC Report 2013. January Vol.27/No.4
んで標準化を推進することが一つの方法であろう。顧
め意思決定する人間、技術論をリードし議長や他の参
客と組んでビジネス上の要求を標準という形で受ける
加者から一目置かれるフロアのリーダーなどは時間が
ことが出来れば、そしてそれを他の潜在顧客にデモン
かからない。例えばフロアのリーダーであるが、2時
ストレーションすることが出来れば、自社にとってメ
間の白熱した議論をすれば「こいつ、出来る」は十二
リットは大きいし、標準化会合への参加者も集まりや
分に分かる。意思決定者に求められるのは標準化以外
すい。それら多数の参加者の間で妥協して作った標準
を含めた広い視野に基づくビジネス上の判断であり、
は、業界の総意であり使われる。
標準化会合の知識が飛びぬけている事ではない。
であれば営利企業としては、議長などの役職者は外
3.役職の重要性
部のコンサルタントを雇うということも視野に入れる
ビジネス戦略を実現する上では役職、特に議長職の
べきだろう。標準化屋の専門性は標準化団体の知識で
獲得が重要である。作業のスケジュール管理は全ての
あって出身企業の知識ではないからである。日本は自
基本であるが、標準化会合の議案を決めるのは議長で
社での養成にこだわる傾向が強いが、欧米にはそうし
ある。その順番次第で議論の方向性は変わるし、議案
たコンサルタントが多数いる。日本にもそうしたマー
が多い会合で後ろに回されると時間切れで次回会合送
ケットが出来れば筆者のセカンドキャリアは安泰であ
りとなることもある。会合の頻度もある程度は議長
る(笑)。
がコントロールできる。こうした権限はある作業をブ
ロックしたいときに特に有効である。対処の難しい提
4.参加者に求められる個人的な資質
案が突然出てきてあたふたすることは多いが、そうし
前節で「実力さえあればフロアリーダーになるには
た場合に議論を引き延ばすこともできる。そして欧米
2時間あれば足りる」と書いた。これは筆者の実感だ
では一般に議長権限が日本よりも強く、議論が紛糾し
し、実際にそうした場面を見たことはある。だがこれ
たときは議長の一言でほぼ方向性が決まる。
に賛同下さる方は日本では少ないかもしれない。マル
エディタ等の役職も効果的に使うと強力である。特
チでの議論に対する慣れの問題、そして言うまでもな
に、そうした役職を手掛かりにリエゾンパーソンとな
く英語力が問題となるからである。本稿の最後として、
り、団体を代表して他団体に行けるようになると「自
筆者自身がこの問題にどのように取り組んできたかを
分が作成したリエゾンレターを自分で受け取る」技が
述べたい。
使えるようになる。この技は案件を盛り上げる上で効
筆者はマルチでの議論方法を大学時代に寮で学ん
果的だし、団体間の意見調整が必要となった時、議長
だ。議論好きが集まった小さな寮で、暇さえあれば皆
やリエゾンパーソンでないとそもそも意見調整の会合
であらゆることを議論する中で鍛えられた。毎月定例
に参加できないこともある。
の、全員で寮の運営について話し合う会合は常に、特
これら有用な役職は獲得に時間がかかる。
「標準化
にそれが下らない議題であればあるほど白熱した。今
団体にとって有用な人間」であることを示す必要があ
でも思い出すのは「食堂にテレビを置くべきか」であ
り、継続して参加することは必須要件の一つだからで
る。俺はテレビを見ながら飯を食いたいんだ、俺は静
ある。また高位の役職獲得を目指す人間は標準化に半
かなのがいいんだ、という人間たちが各々、本音は隠
ば専任で取り組まなければならない。標準化会合が立
したうえで寮の設立理念やら人としてのあるべき姿や
て込んでくると、通常業務を継続したくても「ごめん
らを言い立てて相手を説得、圧倒しようと4時間闘っ
なさい、その週は出張」が頻発し、周囲に迷惑をかけ
た。これは今にして思えばマルチでの会合のお作法そ
るからである。
「標準化屋」の誕生である。
のものである。おかげで筆者はマルチの会合の難しさ
その一方、標準化団体についての固有知識を持つ有
と言われても実は実感がない。標準化会合は議長がい
能な助言者がいるならば、標準化会合でのそれ以外の
るし、時間になれば打ち切って結論を出すのでテレビ
役割獲得には意外と時間はかからないと筆者は感じて
論争よりある意味楽である。営利企業でこうした環境
いる。標準化会合での重要な仕事であるオフラインで
を作ることは難しいかもしれないが、本音と建前を使
の情報交換や交渉が機微に触れつつ出来るようになる
い分け、口ではあくまでも建て前を押し通すのは日本
には人脈が必要であり、
形成には確かに時間がかかる。
社会の基本である。技量を磨く機会はいくらでもある
だが表での役割、聴講者、寄書発表者、自陣営をまと
と考える。
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◉TTCに寄せて
英語力は筆者自身も苦しみ続けている。議長は聞き
返す権限を持っているのでそれを悪用するのだが、さ
らに持って回った言い方で返答されると泣きたくな
る。学習方法について高校と大学卒業後に大きな判断
ミスをしたのが今も響いている。
「自分は何のために
英語を学ぶのか」
「どんな場面で英語が必要とされる
か」が明確にイメージできていなかったため判断を間
違えた。
筆者が英語を必要とするのは、標準化ビジネスをす
るためである。異性を口説くためではない。であれば
恋愛映画など見ても無意味である。青春映画で学生言
葉を覚えても使い道はない。英語新聞や雑誌、ブログ
を読む方法は有効だが「これが日本語で出版されてい
たら自分はむさぼり読む」という対象を探すべきであ
る。読んで楽しいから続けるのが楽だし、自分の普段
の仕事や生活や趣味に密着した内容の英語はそのまま
仕事での会話に、コーヒーブレイクでの雑談に転用で
きる。
読む、書く、聞く、喋る、の何を重視するかだが、
これは「書く」が圧倒的に重要である。標準化草案、
議事録、リエゾンレターといった会合の正式文書を任
されるかどうかは仕事のパフォーマンスに大きな影響
を与えるからである。それに人間は、目の前にいる人
間が懸命に喋り、聞くときには、目の前にいない人間
と文書のみでやり取りする時よりも優しくなる。ただ
読み書きの能力は会話能力よりも人間の進化の中で新
しい機能であり、会話の方が脳の深くに刻まれやすい
という。これは筆者の実感とも合うし、気の合う友人
との会話は楽しい。であれば書くことを最終目標とし
つつ、会話力を補助として伸ばすのが良いのだろう。
最近は大西泰斗「一億人の英文法」のような斬新な学
習書も出版されており、筆者が子供だった時よりも学
習環境は桁違いに良くなっている。目的をもった英語
学習が日本企業の標準化の力を向上させることを切に
願う。
参考文献
[1]山中豊、
「標準化エンジニアリングを目指して」、
日本規格協会、2012年6月。
6
TTC Report 2013. January Vol.27/No.4
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