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最近の渋滞現象への取り組みと交通シミュレーション開発の動向

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最近の渋滞現象への取り組みと交通シミュレーション開発の動向
社団法人 電子情報通信学会
THE INSTITUTE OF ELECTRONICS,
INFORMATION AND COMMUNICATION ENGINEERS
信学技報
TECHNICAL REPORT OF IEICE
[招待講演]最近の渋滞現象への取り組みと交通シミュレーション
開発の動向
堀口
良太†
†株式会社アイ・トランスポート・ラボ 〒162-0824 東京都新宿区揚場町 2-12-404
E-mail:
†[email protected]
あらまし 本稿では,土木・交通分野の実務におけるシミュレーション利用の実態と方向性を紹介した後,近年
の高速道路合流部やサグ部における,微視的な視点での新たな渋滞現象解明への取り組みと,それを受けて期待さ
れる「真の」ミクロシミュレーション開発への展望について述べる.
キーワード 交通流,交通シミュレーション
State-of-the-art of the Recent Efforts on Traffic Survey and Simulation Model
Ryota HORIGUCHI†
†i-Transport Lab. Co., Ltd. 2-12-404 Ageba-cho Shinjuku-ku Tokyo, 162-0824, Japan
E-mail:
†[email protected]
Abstract This paper, at first, introduces the utilization of traffic simulation on the practical scene in civil engineering.
Subsequently, the recent effort on the precise survey for traffic flows, which will lead the simulation model to incorporate the
realistic human behaviors, will be described.
Keyword Traffic flow, Traffic simulation
1. は じ め に
ータ取得面での課題が残るものの,比較的局所的な施
1.1. 交 通 シミュレーション利 用 の実 態
策に対しては,シミュレーションによる効果予測の適
1990 年 代 以 降 ,国 内 外 で 数 多 く の 動 的 交 通 シ ミ ュ レ
用 事 例 が 増 え て き た [ 1 ] こ と が 示 さ れ て い る ( 図 − 1 ).
ーションモデルの研究開発が活発に報告されるように
このような市場の活性化を反映して,現在国内でも
なり,実務における適用事例も頻繁に報告されるよう
十数種を超える交通シミュレーションソフトウェアが
に な っ て き た .(社 )土 木 学 会 や (社 )交 通 工 学 研 究 会 で 実
商 用 で 利 用 さ れ る よ う に な っ て い る [ 2] . こ の う ち の 多
施された,実務者への適用事例アンケート調査結果で
くは,いわゆるミクロシミュレーションと呼ばれるモ
は,広域的な交通施策評価への適用には,主としてデ
デルを実装し,洗練されたグラフィックや操作画面を
備えた魅力ある商品となっている.
1.2. ミクロシミュレーションへの批 判
しかしながら,一般に入手できる文献などの資料だ
けでは,モデルの特質を把握することは難しい.この
ため「シミュレーションはブラックボックス」という
批判を免れず,実務で利用されるツールとしての信頼
局所的
局所渋滞対策
都市交通施設整備
道路事業・工事
商業施設・イベント対策
ITS・新技術評価
TDM・流入規制
道路網整備計画
図−1
新規路
線建設
道路課金
情報提供
バス施設
通行規制
歩行者動線
IC改良
信号制御
車線閉塞
駐車施
設整備
交差点改良
局所的
広域的
適用事例アンケート調査による利用
目的と評価施策の実例数
性を十分に確立できない状況にあった.
多くのミクロシミュレーションは,車両の追従挙動
を移動ロジックの基本としている.これには,運転者
の反応遅れ時間や,車両の最大加減速度,希望速度と
いった,多くのパラメータ設定があるため,自由度が
高く,表現能力が高いように思えるが,必要とされる
パラメータをどのように取得するかという問題や,設
定したパラメータの値と,再現される渋滞量との関係
が,からなずしも明示されていないという問題が指摘
1.4. 対 話 ツールとしてのシミュレーション利 用
される.仮に,再現される渋滞との因果関係が定量的
また,実用上の課題を解消するため,データ獲得や
に示されているパラメータがあっても,それはたとえ
分析結果の解釈など,実務を進める上で必要なシミュ
ば高速道路合流部のような,ごく限られた状況でのみ
レーション適用の周辺技術について,研究事例や実例
成立する関係であり,ネットワーク全体での交通現象
を 収 集 し , ベ ス ト プ ラ ク テ ィ ス ・ マ ニ ュ ア ル [ 6] と し て
全般に当てはめることには,疑問が残る
[3]
.
体系的に整備している.
このため,たとえシミュレーション結果が良好な再
ここで特筆すべきは,シミュレーションを使って関
現性を示していたとしても,その基となっているパラ
係者が「協議」するという行為をシミュレーション利
メータの設定は何を根拠としているのかがわからず,
用技術のプロセスとして,明示的に組み入れているこ
結果として,モデルの自由度が高いために信憑性を得
とである.協議自体は,これまでにも暗黙に行われて
る の が 難 し く な っ て い る と い う ジ レ ン マ が あ る .ま た ,
きたが,明示することでシミュレーションが持つ,次
モデルが違ったり,操作する人が違ったりすると,同
のような特色や役割を強調することを意図している.
じ問題設定でも出てくる答えが違ってしまうような状
1)
況も見られる.
シ ミ ュ レ ー シ ョ ン は 単 な る「 渋 滞 損 失 計 算 用 電 卓 」
であると考え,計算過程の透明性を確保して結果
の信頼性向上に努める.すなわち,単に計算結果
1.3. モデル検 証 を通 した交 通 シミュレーション標 準
のみを提出して,その信憑性を問うのではなく,
データの獲得・加工や,パラメータの設定,設定
化 の推 進
こういった批判を受け止め,学術的な観点からシミ
に際して必要とした仮定など,途中工程をすべて
ュ レ ー シ ョ ン 技 術 の 信 頼 性 を 高 め る た め に , (社 )交 通
関係者に開示することを前提とした利用技術と認
工学研究会において,学識者と実務者が協同する「交
識する.
通シミュレーションの標準化」を目的とした,以下の
2)
話するための共通の土俵」であると認識する.す
ような活動が展開されている.
なわち,関係者が検討の過程での問題を共有する
1) 商 用 利 用 さ れ て い る 多 数 の シ ミ ュ レ ー シ ョ ン モ デ
ル の 性 質 を 把 握 す る た め ,モ デ ル 検 証
利害関係や知識などの背景が異なる関係者が「対
[ 4]
ことで,各自の合理的な態度を引き出し,合意を
を中心とし
形成するための手段と考える.
[ 5]
た 標 準 開 発 プ ロ セ ス ( 図 − 2 )の 適 用 を 推 奨 す る .
2) 交 通 シ ミ ュ レ ー シ ョ ン ク リ ア リ ン グ ハ ウ ス
[ 2]
で ,モ
3)
これは,計算過程を解説し,対話を取り仕切る専
デ ル 検 証 結 果 を 公 開 す る よ う 開 発 者 ,利 用 者 に 推 奨
門家の重要性と,前提条件や仮定の設定の仕方に
す る .複 数 の モ デ ル が 比 較 さ れ る こ と で ,各 モ デ ル
ついての関係者間での責任分担の必要性を主張す
の 適 正 な 利 用 方 法 に つ い て ,広 い 理 解 が 得 ら れ る こ
るものである.
とを期待している.
3) ク リ ア リ ン グ ハ ウ ス で の 情 報 公 開 が ,そ の シ ミ ュ レ
ーションソフトウェアの地位向上につながるよう,
2. 新 た な 交 通 流 の 観 測 技 術 と 渋 滞 解 析
業務発注者に働きかける.
さ て ,こ こ ま で は 実 務 で の ニ ー ズ に 速 や か に 応 え る
ため,シミュレーションの役割を「渋滞損失を求める
ため」のツールであると割り切って,モデルの機能改
良を重ねるよりも,利用者側の素養を高めることで,
普及促進を図るものであった.これは,逆を言えば,
シ ミ ュ レ ー シ ョ ン モ デ ル 開 発 は 1990 年 代 後 半 か ら 大
きなブレークスルーが見いだせず,停滞している感が
あることに対する現実的な打開策でもある.
2.1. 個 別 車 両 の挙 動 レベルでとらえる渋 滞 発 生 メカ
ニズム
新たなシミュレーションモデル開発には,新たな渋
滞メカニズムの解釈が必要とされる.従来では,マク
ロな視点での渋滞メカニズムは「交通需要がボトルネ
図−2
シミュレーションの標準開発プロセス
ック容量を超過して上流側へ滞留する」現象,またミ
クロでは「サグの上り坂で速度低下し,その減速波が
このため,従来では繋留バルーンに登載したカメラ
後 続 車 両 に 伝 播 し て 流 率 が 低 下 」し た り ,「 合 流 車 両 が
で 長 い 道 路 区 間 を 撮 影 す る 手 法 [ 9] な ど を 利 用 し て き た
割り込んでくるために速度低下して,流率が低下」す
が,撮影時間や場所の制約が大きいなど取り扱い上の
る現象であると説明されてきた.そこでは,すべての
課 題 も 多 か っ た . こ れ に 対 し , 赤 羽 ら [ 1 0] は , 路 側 に
車や運転者が「速度低下する」という特性を,統計的
GPS タ イ ム コ ー ド を 利 用 し た フ レ ー ム 同 期 撮 影 が 可 能
に見て均質な程度で持っていることが原因であるよう
な複数のビデオカメラを配置し,それぞれの画像から
に解釈されている.
得られた車両軌跡を合成することで,広い道路区間で
しかしながら,以前から,例えば高速道路のサグ渋
の車両挙動を連続してデータ化する観測技術を開発し
滞では,渋滞直前の容量ぎりぎりの交通量レベルが持
て い る .例 え ば ,料 金 所 周 辺 で の ETC 車 両 の 挙 動 分 析
続 す る 時 間 が ,数 分 程 度 し か 日 や ,1∼ 2 時 間 も 続 く 日
( 図 − 4 , 図 − 5 ) や , サ グ 部 を 含 む 1∼ 2km 程 度 の
があるなど,大きくばらつくことが知られている.通
区間での車両挙動分析などへの活用が期待される.
過車両の平均的な運転特性が渋滞の原因となっている
また,路側での観測手法だけでなく,交通流内部で
という解釈では,このようなばらつきは説明できない
の 状 態 を 連 続 的 に 観 測 す る 手 法 も ,発 展 が 見 込 ま れ る .
ため,最近の渋滞メカニズムの研究では,特定の一車
東 大 生 研 を 中 心 と す る 研 究 グ ル ー プ で は ,RTK-GPS や
両の挙動が渋滞を引き起こすきっかけになっていると
加速時計などの各種センサーを備えたプローブ車両に,
いう仮説に基づく分析が行われるようになってきた.
前後左右の車両との相対位置を計測する画像センサー
例 え ば Oguchi ら [ 7] は ,高 速 道 路 サ グ 部 ボ ト ル ネ ッ ク
やレーダーセンサーを登載し,自車の運動記述方程式
での車群形成過程が容量低下に及ぼす影響を分析し,
から推定した走行軌跡から,周辺車両の走行軌跡も推
車群先頭となっている一部の車両挙動が容量低下の現
定 す る 方 式 [ 11 ] を 開 発 し て い る .
象を支配していると説明する.
ま た , 岡 村 ら [ 8] に よ る 首 都 高 箱 崎 合 流 部 の 渋 滞 メ カ
ニズム解析では,テーパー部での合流車両の割り込み
だけが渋滞発生の原因ではなく,その上流で避走する
車両や,下流の分流部手前で車線変更する車両が引き
起こす後続車両の過度な減速が,場合によっては渋滞
を誘起している(図−3)ことが示されている.
2.2. 個 別 車 両 の挙 動 をとらえる観 測 技 術
r 近年になって,このような特定の車両挙動が渋滞
を誘起しているという仮説に基づく分析がなされてき
たのは,観測技術の発展と無縁ではない.一概にボト
ルネック部といっても,容量低下の現象は一点で発生
図−4
複数のカメラで広い料金所区間を同期撮影
して車両挙動を分析する例
す る の で は な く ,数 100m∼ 1km 程 度 の 区 間 幅 で 発 生 し
ているので,この区間で個別車両の動きを連続して観
測する技術が求められてきた.
-30m
車線位置
インデックス 30m
ETC車線
60m
90m
120m
150m
180m
2
1
0
-1
-2
ETC車線
(当日は閉鎖) -10
図−3
首都高箱崎合流部における車線変更車両と
そ の 後 に 発 生 す る 減 速 波 の 実 例 ( 岡 村 ら [8] )
図−5
料 金 所 周 辺 で の ETC 車 両 の 推 定 挙 動
いずれの手法も,車両挙動分析の研究からの精度へ
このような観測技術の発展に伴い,個人特性の分布
の 要 求 に 応 え ら れ る よ う , 1/10 秒 以 下 の 短 い 間 隔 で ,
を観測値そのままで入力して,なおかつボトルネック
位 置 誤 差 を 数 10cm 程 度 に 抑 え る こ と を 念 頭 に 置 い て ,
容量が特定車両の挙動に支配されていることが確認で
高精度,かつ広範囲に適用可能な観測手法の確立を目
きるシミュレーションモデルが,そう遠くない将来に
指している.
開発されるであろうと考えている.
文
3. 人 間 の 行 動 原 理 に 基 づ く 真 の ミ ク ロ シ ミ ュ
レーションへの期待
以上より,今後のミクロシミュレーションの発展に
は,開発者がア・プリオリに与えるモデルそのものの
改良よりも,そのモデルに個人特性の現実のばらつき
を反映させるための手法の開発,実用化が重要な位置
を占めるようになると,筆者は考えている.これは,
現状のミクロシミュレーションには,個人特性パラメ
ータが用意されているものの,利用に際してはこれら
の値を「モデルキャリブレート」と称して,試行錯誤
的に設定したり,本来はある分布を示すはずの値を一
定値で代表させたりする現状を鑑みれば,誰しもの同
意が得られるであろう.
例 え ば ,石 田 ら [ 12] に よ る サ グ 部 ボ ト ル ネ ッ ク に お け
る個人特性のモデル化の研究では,車群形成過程を含
む 車 頭 間 隔 分 布 は , CHAID (Chi-squared Automatic
Interaction Detector) に よ る 分 析 を も と に ,正 規 乱 数 分
布で近似できることが示されている.また,東京大学
国 際 産 学 共 同 研 究 セ ン タ ー の 「 サ ス テ イ ナ ブ ル ITS」
プ ロ ジ ェ ク ト [13] の よ う に ,車 両 挙 動 を 再 現 す る 交 通 流
シ ミ ュ レ ー シ ョ ン (TS) と ド ラ イ ビ ン グ シ ミ ュ レ ー タ
(DS)を 連 動 さ せ ,DS で 観 測 さ れ る 被 験 者 の 運 転 行 動 特
性 を モ デ ル 化 し , そ れ を TS に フ ィ ー ド バ ッ ク し て ,
さらに実験を繰り返すという,マンマシン系オープン
ループの仮想実験環境(図−6)も,同様の趣旨で個
人特性分析への適用が期待されている.
図−6
仮想実験室の概要
献
[1] 堀 口 良 太 , 小 根 山 裕 之 , "適 用 事 例 を 通 し た 交 通 シ
ミュレーション利用実態の分析と利用促進への
課 題 ", 土 木 学 会 論 文 集 IV, Vol.709, No.IV-56,
pp.61-69, Jun.2002.
[2] 交 通 シ ミ ュ レ ー シ ョ ン ク リ ア リ ン グ ハ ウ ス ,
http://www.jste.or.jp/sim, 2002.
[3] 堀 口 良 太 , "ア ン チ ・ミ ク ロ シ ミ ュ レ ー シ ョ ン 派 の
た め の ハ イ ブ リ ッ ド ブ ロ ッ ク 密 度 法 ",
http://www.i-transportlab.jp/products/avenue/introdu
ction/avenue_outline.html, 2000.
[4] R. Horiguchi, M. Kuwahara, Verification process and
its application to network traffic simulation models,
Journal of Advanced Transportation, Vol. 36, No. 3,
pp. 243-264, 2003.
[5] 赤 羽 弘 和 , 大 口 敬 , 吉 井 稔 雄 , 堀 口 良 太 , "交 通 シ
ミ ュ レ ー シ ョ ン モ デ ル の 実 用 化 に 向 け て の 課 題 ",
土 木 計 画 学 研 究 講 演 集 , No.20(1), pp.521-523,
Nov.1997.
[6] 交 通 シ ミ ュ レ ー シ ョ ン の ス ス メ ,交 通 工 学 研 究 会
編 , 2004.
[7] T. Oguchi, "The nature of occurrence of queued flow
at capacity bottleneck of ordinary section", Traffic
and Granular Flow '01, pp.494-499, 2003.
[8] 岡 村 寛 明 ほ か , " 首 都 高 速 道 路 箱 崎 ロ ー タ リ ー 合
流 部 に お け る 渋 滞 メ カ ニ ズ ム の 分 析 ", 第 29 回 土
木 計 画 学 研 究 発 表 会 講 演 論 文 集 , Jun.2004.
[9] 陳 鶴 , 桑 原 雅 夫 , "交 通 調 査 の た め の ビ デ オ 画 面 上
の車両走行軌跡のトラッキング手法に関する研
究 ", 生 産 研 究 , 第 49 巻 , 第 8 号 , pp.22-25, 東 京 大
学 生 産 技 術 研 究 所 , Aug.1997.
[10] 赤 羽 弘 和 , 畠 中 聡 志 , "複 数 の ビ デ オ カ メ ラ に よ る
車 両 走 行 軌 跡 の 連 続 観 測 ", 第 2 回 ITS シ ン ポ ジ ウ
ム 2003 予 稿 集 , Dec.2003.
[11] 小 宮 粋 史 ほ か , "GPS 測 位 に 基 づ く 自 車 お よ び 周 辺
車 両 走 行 挙 動 観 測 シ ス テ ム の 開 発 ", 交 通 工 学 研
究 発 表 会 論 文 報 告 集 , pp.21-24, Nov.2004.
[12] 石 田 友 隆 , 桑 原 雅 夫 , Edward Chung, "都 市 間 高 速
道 路 に お け る 車 群 特 性 に 関 す る 定 量 的 分 析 ", 土
木 計 画 学 研 究 ・ 講 演 集 , Vol.28, Nov.2003.
[13] 池 内 克 史 ほ か , "産 官 学 連 携「 サ ス テ イ ナ ブ ル ITS」
プ ロ ジ ェ ク ト ",第 2 回 ITS シ ン ポ ジ ウ ム 2003 予 稿
集 , Dec.2003.
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