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異文化のさまよい人 鄭 夙芳 なぜ私はそのようなタイトルをつけたか

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異文化のさまよい人 鄭 夙芳 なぜ私はそのようなタイトルをつけたか
異文化のさまよい人
鄭 夙芳
なぜ私はそのようなタイトルをつけたか、これからお話したいと思います。
私が日本に留学してから、今年でもう五年経ちました。母国の台湾へ帰る度に必ず周りの人た
ちにこう言われます。「久々に逢ったら、ますますきれいになったね。それに雰囲気も日本人らしく
なって・・・。」
前半のほめ言葉は嬉しく認めますが、どうも後半のことが気になって仕方がないんです。日本に
いる時は、私自身の持っている条件で外国人に見られるのは当然のことだと思いますが、やっと
故郷へ帰ることができ、気分が休まるはずなのに、その“日本人らしい・・・”という一言でなんだか
自分はもう、百パーセントの台湾人ではないと言われているような気がして、少し淋しい思いがし
ます。
しかし今、私はそういうことに対する見方が変わったのです。あるハプニングのおかげで・・・。そ
れは、今年の冬休み、台湾の高校時代の二人の親友が、初めて日本に遊びに来た時の出来事
でした。
二人にとって初めての日本は、どれもこれも面白い事ばかりで、見物をしたり、ショッピングをし
たり、とにかく息をつく暇もないほどの日々を送っていたと思います。
やっと四日目の箱根の温泉旅行で連日の疲れが取れ、三人とも部屋でくつろいでいた時、「あ
れ、浴衣はどっちを前にすればいいの。」と、のんびり屋さんの静ちゃんが疑問の声をあげました。
「どっちでもいいんじゃない、そんなの、ね。」と、もう一人無神経なカイちゃんがあくびをしながら私
に向かって、同意を求めてきました。「そうだね・・・。」しっかり者の私は眉をしかめながら、「温泉
はもう何度も来たのに、そんなことを一度も考えたことはないな。普通なら、右の方が手順に合う
んじゃない。よし、ここは一つ、右の方を前にしよう。」と、あっさり結論を下しました。
ここにいらっしゃる日本人のみなさまは、もうお分かりだと思います。私はとんでもないミスを犯
したのです。日本のあらゆる着物は、男性、女性問わず、いっさい左の方を前にするのが決まりな
のです。右の方を前にするのは、そう、それは亡くなられた人だけです。
なんという大恥でしょう。後から親切な女将さんに教えてもらった時、三人ともなんとも言えない
顔をして、ただ黙って夕食を取り始めたのでした。
落ち込んでいる私を慰めるつもりで、カイちゃんは言いました。「ちょっと頼りないけれど、でもそ
れはそれでテイちゃんはまだ日本人になりきってないって証拠だよね。」それを聞いて呆れる私は、
「当たり前でしょう。今まで人のことをなんだと思っていたのよ。」と言い返しました。しかし静ちゃん
は真剣な顔で言いました。「今までテイちゃんのことは、雰囲気だけ日本人に似てると思っていた
ら、しぐさまで日本人に似てきて、つい、心配で・・・。」カイちゃんも横で頷きながら、「だってテイち
ゃんは日本人と話す時、よくお辞儀するし、態度も控えめになるし、何をしゃべっているのか分から
ないし、そうそう、電話で話す時よく『はい、はい』って言ってたし・・・。」
調子に乗って私のまねをする彼女と、横でくすくす笑っている静ちゃんを見て、私は怒ったり笑
ったりして、三人はそんなことを言い合いながらようやく食事を済ませました。
考えてみれば自分だって、最初日本に来た時、目の前に映る日本の生活習慣や日本人のしぐ
さに驚き、違和感を覚えたのです。それを感じなくなったのは一体いつからなのでしょう。そしてそ
れは私自身にとっていいことなのでしょうか。
「でも変ね。なぜ私たちあの時なんの抵抗もせずに、女将さんの教えた通りにやり直したのだろ
う。」突然、静ちゃんのその一言で、私は何か大きなヒントを掴んだような気がしました。
そうよね。なぜなんだろう。別に教えられた通りにしなくてもいいのに。それは日本にいるから。
それとも浴衣が日本独自のものだから。或いはただ単に反射的に行動したのか。どちらにしても、
私たちは知らずに一つの文化を受け入れたのは事実なのです。
もし“文化”は自然に受け入れるものだとしたら、五年間もこの国にいる私はどうなるのでしょう。
(そうか、大切なのはいつからということではなく、私は時間が経つにつれて徐々に日本人らしくな
ってきたということなんだ。しかもいくら私が日本人らしくなったからといって、日本人から見ると、
やっぱり外国人だということは変わりないのだ。問題は私自身のバランスの取り方なのだ。)と気
づいたのです。
一つの天秤に例えてみましょう。世界中の国々は、それぞれ独自の文化や習慣を持っているに
違いません。しかし個人さえしっかりしていれば、良いバランスが取れると思います。一つの国の
文化を受け入れるのは決して悪いことではないはずです。そこから国と国のコミュニケーションが
始まるのですから。でも私はそのことで母国の人に距離を置かれたくはないのです。
そのようにバランスの取り方に悩みつつ、天秤の上をさまよって、さまよったあげく、“異文化の
さまよい人”になるわけです。
二人は私の結論を聞いて驚いたようでした。「それじゃテイちゃんはずっとさまよっていたわけ、
六年間も。」カイちゃんは不思議そうに言いました。「ゴーストみたいね。」のんびりと言った静ちゃ
んの言葉に呆れて私は、「だからゴーストじゃなくて、アンバランスだよ、アンバランス。あんたたち
だってバランスの取り方は悪いのよ。」と反論しました。
その夜、私たちは“どうすれば異文化のさまよい人にならないか”ということについて遅くまで話
をしました。どうやら心配する事はないようです。三人とも若いのですから。上手にバランスを取れ
るよう、まだまだ時間をかけることができます。その前に、自分の国の文化をよく勉強することが必
要だという三人一致の結論になりました。
ご清聴、ありがとうございました。
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