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恋におちて

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恋におちて
せずには帰れない
電脳版
Illustration /メグ・ホソキ
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せずには帰れない
恋におちて
仕事がら、いろいろなインタビューを受ける。
いろんな雑誌がこの世にあるのだなあ、とそのたび、しみじみするが、
インタビューしてくれる人は、前にも会ったことのあるライターさんだ
ったりして︵フリーの人はいくつもの雑誌を掛け持ちしているらしい︶
、
あるパターンがみえてきたりするのだが、その日のインタビューは斬新
なものだっ た 。
その雑誌自体が本屋で売られていないものなのだ。
それはコンピュータによる、結婚紹介所の会員様にだけ配られる﹃結
2
婚情報誌﹄であって、そこで私が呼ばれた理由は﹁年下の男と結婚した
人﹂ということらしい。たった一歳半なんですけどね⋮⋮。
結婚紹介所というのは当たり前だが、
﹁交際目的﹂というより﹁結婚
目的﹂なので、たくさんの要求を出して合致した人を紹介してもらうら
しい。
するとだいたいみんなオーソドックスな考えに支配されがちで、女は
男より年下であるべきだ、と男も女も考えているらしい。
その人たちに少しアドバイスを⋮⋮、と言われたのだが、私だって結
婚目的で要求を出す場合、何を好き好んで﹁バンドマン﹂だの﹁不倫﹂
だのをお願 い す る だ ろ う か 。
やはり私でも﹁良い大学を出て出世しそうな人﹂と書くに決まってい
る。
野に放たれて知り合ったから、そんな変なのとばかり交流しているの
である。
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そ こ で 話 し な が ら わ か っ た こ と は、 ず ー っ と 条 件 と し て は ろ く な 男
と知り合ってないのだが︵あまりのダメさにちょっとうっとりするくら
い︶、たまたまエアポケットのように知り合った人が独身で年下だった
だけに過ぎず、狙ったわけではないのである。
それで﹁まあ、こういうものはなるようになるというか、縁のものだ
から﹂と役に立たないことを言ったのだが、そのインタビューをしてく
れたライターの人が驚くべき人物だったのである。
彼女は初めて会った人で、年のころは私くらいの自分ひとりで会社を
やっている 人 で あ る 。
にこにことおだやかな感じの人だったが、前の職業は九州で旅行の添
乗員をやっ て い た と い う 。
﹁へーえ、すごい転職ですね﹂
と片付け仕度をしながら私は言った。
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﹁離婚した も の で ﹂
相変わらず彼女はおだやかな調子で続ける。
﹁離婚してひとり東京に来るって勇気がありますね﹂
私はそう言ったが、良くある話といえばよくある話かも、とも思って
いた。
しかし、そこからが彼女の噓のような本当の物語の始まりだったので
ある。
﹁ダブル不倫で、結局、家を出て彼のもとへ行ったんですよ﹂
熊本だかどこかで送っていた結婚生活を捨てて、彼女は福岡に出て、
彼も佐賀かどこからか福岡にきてくれたそうなのである。
そして彼は彼女の要求どおり、離婚した戸籍を彼女に見せた。
﹁しかし、私にそれを見せた何日か後に、また戸籍を元の奥さんのとこ
ろに入れていたんですよ。だから奥さんは分かれていたことをしらない
でしょうね ﹂
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ひどい話でしょ、と彼女は言うが、私はなんとなくその男がいじらし
い、と思っ て し ま っ た の だ 。
福岡に出てきたのも、自営業だから、出張所を作って忙しくて帰れな
い、と言っ て い た ら し い 。
なんとかわいい男だ、と私はなおも思ったが、それは当事者ではない
からで、当事者としては﹁すっきりはっきりしてよ﹂と思って腹が立っ
たらしい。
﹁よっぽどすてきな男の人だったんでしょうね﹂
私の言葉に彼女は首を横に振った。
﹁いーえ、全然。ハゲだし、ブサイクだし﹂
彼女が彼を好きになったのは、あるときバチバチとカツラのスナップ
を彼女の前で外して、ワッハッハ、と笑った豪快さなのだという。
うーん、ある意味マニアか、と私が思った瞬間、彼女はなおも信じら
れない言葉 を 続 け た 。
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﹁それに彼は銀行強盗だったんです﹂
彼は地方銀行の頭取だか支店長だったかの息子だったのだが、ことも
あろうに、自分の父がいる銀行に入り︵あんまりたいしたお金を取って
ないらしかったのだが︶、そのビデオテープが公開され、父親が、
﹁これはう ち の 息 子 で す ﹂
と言った ら し い 。
もちろん彼は服役を終えていたのだが、その後、彼女と知り合い、目
くるめく恋 に 落 ち た ら し い 。
﹁あなた、私にインタビューなんかしてないで、自分の半生を語ったほ
うが良いと思いますよ。そして相手を好きになるのは条件ではない、ま
ず条件を取りはらってから好きになって恋してうまくいけば結婚しよう、
というべき で す よ ﹂
私はそう言ったが、彼女は首を振り、
﹁まじめな方はこんな話、怒るだろうし、役に立ちませんって﹂
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とまたもやおだやかに言った。
なんだかわからないが、私はまだまだヒヨコである。
︻著者略歴︼
島村洋子︵しまむら
ようこ︶
1964年、大阪市生まれ。帝塚山学院短期大学を卒業後、証券会社勤務などを経て、
1985年にコバルト・ノベル大賞を受賞し、小説家としてデビュー。
﹃せずには帰れない﹄﹃家ではしたくない﹄
﹃へるもんじゃなし﹄等のエッセイの他、
﹃王
子様、いただきっ!﹄﹃ポルノ﹄﹃てなもんやシェークスピア﹄﹃色ざんげ﹄など多数。
また﹃恋愛のすべて。﹄﹃メロメロ﹄が絶賛発売中。
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