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デューイの教育思想における「教える(teaching)」

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デューイの教育思想における「教える(teaching)」
Ⅰ.論文
デューイの教育思想における「教える(teaching)」・「教授(instruction)」の
営みの本質的側面に関する一考察
―「無意識性」の視点と共同体における「指導・方向付け(direction)」の
分析を基にして―
愛知江南短期大学 准教授 森 久佳
はじめに
本論の目的は,デューイの教育思想における「教える(teaching)」・「教授(instruction)」の営みの本
質的側面を明らかにすることである。筆者は,以前に「無意識性」の視点によるデューイ教育理論の
見直しを行った 1)。そこでは,デューイの教育思想においては,“「教育される」人が「教育される」こ
とを意識せずに「教育される」”関係こそが,フォーマル・エデュケーションの一形態である学校教育
の淵源であることを指摘した。本論では,そうした検討を視野に入れながら,彼の「教える」
・「教授」
営みに関する理論を吟味する。
デューイの「教える」・「教授」に関する研究はこれまでも行われているが 2),「無意識性」という観
点を視野に入れた検討を行ったものは見受けられない。デューイの教育思想における「無意識性」の
重要性に関してこれまで論じられてきた 3)にもかかわらず,こうした「無意識性」の観点から彼の「教
える」
・
「教授」論はこれまで十分に吟味されてこなかった。このことを受けて,本論では,彼の「教える」
・
「教授」論を整理し,
「無意識性」の視点から分析することによって,その本質に迫りたいと考えている。
本論の構成は次の通りである。まず,デューイの「指導・方向付け(direction)」の概念の検討を行う。
なぜなら,この概念は,彼の「教える」
・「教授」の概念において重要視されているからである。その
上で彼の「教える(teaching)」・「教授(instruction)」の概念について吟味する。そして,それらの議論
を基にして,彼の「教える」
・「教授」の見直しを「無意識性」の視点から図り,その本質的要素を明
らかにしたいと考えている。
1 .デューイにおける「指導・方向付け(direction)」の概念
まず,本節では,デューイにとって「教える」営みがどのような要素をもつのかを明らかにしたい。
そこで重要となるのが,彼の「指導・方向付け(direction)」4)の概念である。この点に関して,デュー
イは次のように述べている。
教える〔teaching〕という問題は,生徒の経験を専門家がすでに知っていることの方向〔direction〕へ進ませていくこ
とである。それゆえに,教師は,題材と生徒の固有の要求及び能力〔capacities〕の両方を知ることが必要とされる。5)
このように,
「教える」ことが,ある「方向へ進ませていくこと」
,つまり,「指導・方向付け」とい
−1−
う要素を含むならば,この「指導・方向付け」とはどのようなものなのだろうか。
そこで,本節では,『民主主義と教育』
(Democracy and Education )の第 3 章(「指導・方向付けとし
ての教育(Education as Direction)」)における議論を主として参照しながら,デューイの「指導・方向
付け」について検討する。
( 1 )「指導・方向付け(direction)」の位置づけ
デューイによれば,
「指導・方向付け(direction)」は,「方向付けされる人々の活動的な傾向が,目
的なしに分散することなく,ある一定の連続的な経過へと導かれる事実を示唆している」6)という。こ
こでは,子どもを活動的な存在としてとらえることと,また,私たちは「子どもから積極的な活動を
引き伸ばしたり〔draw out〕引き出したり〔educe〕しない」) とする考えが前提になっていると思われる。
例えば,彼は『学校と社会』(The School and Society )において次のように述べている。
教育とは「引き伸ばすこと〔drawing out〕」を意味するというかなり頻繁に行われている説明は,単に注入する〔pouring
in〕という過程と比較する場合においては素晴らしいものだ。しかし,結局のところ,引き伸ばすという概念と,3
歳や 4 歳,7 歳,8 歳の子どもが普段行っていることとを結びつけることは困難である。子どもはすでに走り回った
り引っくり返したりといった,あらゆる種類の活動を行っている。子どもは,大人たちが多大な注意を払い,多くの
技術を用いながら,何らかの活動の隠れた芽を徐々に引き伸ばすために接するような純粋に潜在的な存在ではない。
子どもはすでに激しく活動的である。そして,教育の問題は,その子どもの諸活動を確固たるものにすること,すな
わち,そうした諸活動に方向付け〔direction〕を与えるという問題である。方向付けを通して,組織化された活用を
通して,子どもの諸活動は価値のある成果につながるのであり,散漫な状態や単なる衝動的な表現のままで放ってお
かれることがないのである。8)
子どもは生まれたときから活動的である。しかし,その方向性は時には散漫であったり盲目的であっ
たりする。そのため,そうした衝動が生まれた集団と一致するために方向付けする必要がある。そして,
「教育という取り組みでの教育者の役割は,反応を喚起して学び手の進路を方向付ける〔direct〕ような
環境を提供すること」9)であり,
「教育者ができることは,せいぜい,できるだけ確実に,反応が望ま
しい知的かつ情緒的性向の形成をもたらすような刺激を加減することに過ぎない」10)。「指導・方向付け」
には子どもの能動的な活動性が基本となっており,この活動性なしに「指導・方向付け」という営み
はあり得ない。
この「指導・方向付け」は,「統制(control)」―外部から加えられ,かつ統制される人から何らか
の抵抗を受ける力―と,「補導(guidance)」―補導を受ける個人の生まれつきの能力を,共同作業
(cooperation)を通して助ける―とは少し異なる。それは,規制(regulation)・支配(ruling)と補導的
助成(guiding assistance)との間に位置する中間的なものである 11)。
ただし,
「指導・方向付け」と「統制」との関係については注意すべきことがある。一見すると,
「統制」
という概念は,威圧(coercion)や強制(compulsion)としてとらえられる。これは,デューイによれば,
人の生来の衝動と,公共ないし共通の目的とを別個で対立的な要素と見なすことが原因となっている。
このような認識においては,個人の傾向は個人主義的・利己主義的・反社会的なものとしてとらえられ,
−2−
そのため,「統制」は,このような個人的な傾向を公共・共通の目的に従属させるものとなる。しかし,
デューイの考えでは,人は他者との活動に参加し,共同的・協力的な行為に主として興味をもつので
あり,個人の生来的な傾向は必ずしも公共・共通の目的と相反するものであるとは限らない。そうで
なければ,共同体(community)というものが成立しないことになる。このような意味においては,
「統
制」は「単に諸能力を方向付ける強調的な表現形式を意味する」ものであるのだ 12)。
また,「指導・方向付け」には 2 つの側面がある。1 つは「同時的(simultaneous)・空間的(spatial)」
な性質であり,もう 1 つは,「連続的(successive)
・時間的(temporal)」な性質である。まず,「同時的・
空間的」な性質には,
「一時に部分的に呼び出されるすべての傾向から,必要な点に向かってエネルギー
が集中する傾向が選ばれること」13)が必要となる。行為が真の意味で反応となるために,その行為に
焦点を当てて固定することである 14)。また,
「連続的・時間的」な性質には「それぞれの行為が先立つ
及び後に来る行為との調和を保ち,活動の順序が達成されること」15)が必要となる。これは,それぞ
れの動作が,単にその直接的な刺激に応答するだけでなく,その後に続いて起こる動作を助け,次に
起こる動作を連続的に順序づけることである 16)。
このことから,デューイは 2 つの結論を導いている。1 つは,純粋に外的な「指導・方向付け(direction)」
はあり得ない 17),ということである。なぜなら,
「環境はせいぜい反応を呼び起こすような刺激を与え
るだけ」であり,「これらの反応は,個々人にすでに備わっている諸々の傾向から生じる」からだ 18)。
そして,「指導・方向付け」を受けている人に既に備わっている本能と習慣が寄与することを考慮する
ことが,彼・彼女らを無駄なく賢明な形で方向付ける」のであって,あらゆる「指導・方向付け」は,
「再指導・再方向付け(re-direction)」にすぎないのである 19)。これは,同時的・空間的な性質から導き
出された結論だといえる。
また,もう 1 つの結論は,他の人々の慣習や規則によって課される統制が,近視眼的なものとなる
可能性があることだ。デューイの示す例で説明すると,次のようになる。脅迫という手段によって,
ある人の生まれつきの行動傾向を抑止することは可能である。しかし,この場合,今後その人が再び
悪事に手を染める可能性は十分に残されている。確かに,恐怖感を抱かせることで防がれたその行為
自体を,彼・彼女は今後二度としないないかも知れない。しかし,他の好ましくない行為を行う可能
性は十分にあり得る。つまり,近視眼的な状態とはその場しのぎの統制を意味すると考えられる。こ
れは,自分たちが「指導・方向付け」を行う人々が,その後どのように発達するかということの重要
性を見落とす危険性を意味する。つまり,連続性の欠如である 20)。
( 2 )「指導・方向付け(direction)」と「共同体(community)」
では,どのような「指導・方向付け」が重要なのか。また,そのような「指導・方向付け」はどの
ようにして行われるのか。このことについて,デューイは次のように述べている。
……一層重要で永続的な統制形態〔mode of control〕……は,未成熟な者と共同しながら人が物事を活用する〔use
things 〕方法に属している。すなわち,人が自身の目的を達成するために用いる手段に属しているのだ。個々人が生活し,
動き,実在している社会的な環境〔social medium〕が存在しているまさにそのことが,人の活動を指導する・方向付
ける絶え間ない効果的な作用であるのだ。21)
−3−
大人たちは,他人の行為を指導する・方向付けることを直接的なねらいとしている際には,そうした指導・方向付け
を行っていることを自然に意識している。概して,彼・彼女たちは抵抗されているとわかる場合に,つまり,して欲
しくないことを他人がしているときに,意識的にそうしたねらいをもつのだ。しかし,より永続的で影響力のある統
制形態は,我々の側にそうした計画的な意図〔deliberate intention〕を伴わない状態で,連続的に刻一刻と作用するよ
うなものである。22)
デューイによれば,「一層重要で永続的な統制形態」にとって,社会的な環境の存在は不可欠であ
り,この存在こそがまさに活動を永続的かつ効果的に「指導・方向付け」を行う作用である。このよ
うな「一層永続的で影響力のある統制形態」は,「我々の側にそうした計画的な意図を伴わない状態
で」,つまり統制するという営みに対して無意識的な状態で,かつ「連続的に刻一刻と作用する」もの
である。このことから,デューイは,統制することを意識せずに共同的な営みへと参加する活動こそが,
統制することを意識して統制することよりも,より永続的に影響力のあるものだと考えていたといえ
る。例えば,命令や禁止,賛成や反対を行う場合,人は統制することをかなりの程度強く意識しており,
行動に直接影響を及ぼすことを直接的な目的として,刺激を与えている。このような場合,人はそれ
以上にさらに永続的で効果的な方法を犠牲にして,意識的な統制の重要性を誇張しがちである 23)。し
かし,
「基本的な統制〔basic control〕は,子どもたちが参加する状況の性質の中にある」24)。デューイ
は次のように述べている。
共同作業〔joint activity〕においては,ある人が素材や道具を利用することは,他の人たちが自らの能力や用具を活用
することを参照にしている。そうした共同作業に従事することによってのみ,社会的な性向の指導・方向付けは達成
される。25)
永続的で効果的な基本的形態とは,統制することを意識して統制することよりも,共同作業に参加
するという状況の中にある。それは,参加する状況の質に依存した,統制することを意識することな
く(無意識的に)影響を与えて統制する形態である。同様のことを,デューイは『経験と教育』
(Experience
and Education )において次のように述べている。
個人の行為を統制することは,個人が関与し〔involved〕,分かち合い〔shared〕,また共同的〔cooperative〕もしくは
相互作用的〔interacting〕な役割をもつような全体的な状況によってもたらされている。…〔略〕…役割を担う人は,
自分が 1 人の人間に支配されているとか,外部にいる優位な立場の人間の意志に従わされているとは感じていない。
…〔略〕…秩序を確立するのは,1 人の人間の意志や願望ではなく,集団全体における推進的な精神である。統制は
社会的なものである。そして,個人は共同体〔community〕の一部であり,その外側にいるのではない。26)
「指導・方向付け」とは,ある人が別の人を一方的に引っ張っていくような営みではない。成熟した
人間としての大人は,未成熟者の能動的な活動性を活かしながら,彼・彼女たちと共に生活する過程
で「指導・方向付け」を行う。しかし,かといって,成熟者は単に一方向的に「指導・方向付け」を
行う存在ではない。彼・彼女たちもまた,共同生活の過程で自らの行為を「指導・方向付け」られ統
−4−
制される。なぜなら,上の引用にあるように,個人の行為の統制は,共同的・相互作用的な役割を担
う全体的な状況によって行われると考えられるからである。このことから,
「共同体(community)」こ
そが「指導・方向付け」にとって不可欠なものである,ということになる。
ここでデューイがいう「共同体」とは,単に人が集まり生活しているだけのものではなく,「すべて
の人が共通の目的を認識し,それに関心を抱き,その結果,その目的を考慮しながら自らの特定の活
動を規制する」27)ことによって形成されるものである。言い換えれば,デューイのいう「共同体」とは,
各個人が集団において各自の役割を担うという仕方で全体を構成し,全体に奉仕し,他者との調和関
係を築いているような,共通の目的や利害の下に分業化させた役割の結合体でもある。
このことは,学校においても同様である。デューイが伝統的教育を批判する主な理由の 1 つは,そ
こに共同体の要素が欠落していると考えていたからである。彼によれば,伝統的教育における学校は,
「共同活動〔common activities〕に参加することによってまとまった集団や共同体ではなかった」のであ
り,そこには「結果として,正常かつ適切な統制の諸条件が欠けていた」のである 28)。
そもそも,デューイにとって,教育とは本質的に社会的な過程である 29)。そのため,
「指導・方向付け」
も必然的に社会的な性質を帯びてくる。そして,学校において「指導・方向付け」を有効に行うためには,
共同体の形成が必要となる。それは,教師が単に生徒(子ども)を一方的に導く存在だけではないこ
とを意味する。デューイは次のように述べている。
この性質〔教育が本質的に社会的過程であること〕は,個々人が共同体的な集団〔community group〕を形作る度合い
で実現される。そうした集団の一員から教師を排除することは,不合理なことである。その集団で最も成熟した一員
として,彼・彼女〔教師〕は,まさに共同体としての集団の生活そのものである相互作用や相互コミュニケーション
を営むことに対して,特有の責任を負っている。30)
生徒たちが社会集団であるよりも学級〔class〕であるとき,教師は必然的に外部から主として行動するのであって,
すべてを分担するようなやり取りの過程を導く人〔director〕として行動しない。教育が経験を基盤とし,教育的経験
が社会的な過程として見なされる場合には,そうした状況は根本的に変化する。教師は外部のボスや独裁者という立
場を失い,集団活動のリーダーという立場を取ることになるのだ。31)
共同体を形成し,有効な「指導・方向付け」を行う教師は,一方では成熟者として未成熟者を導く
存在である。しかし,他方では,共同体に参加する一因として「指導・方向付け」される存在でもあ
ると言えよう。このとき,教師は,外部から一方的に支配ないし統制する存在ではない。
このような「指導・方向付け」を行うにあたって注意すべきことは,物理的結果(physical results)
と教育的結果(educative result)を混同しないことである。教師的な営みが,その人自身にとって必要
だという理由で行われる場合,そのことによって必ずしもその人の性向が改善され,教育的効果が生
じるわけではない。言い換えれば,その人に道徳的な性質という意味での従順さ(obedience of moral
sort)32)が生じるとは限らない。例えば,ある人を閉じ込めることで,その人が他人の家に押し入るこ
とを防ぐことはできても,そうして閉じ込めるだけで,その人の強盗という罪を犯す性向を変えるこ
とは不可能だろう 33)。このように,物理的結果と教育的結果を混同すると,我々は「望んだ結果を得
−5−
ることに自分が関与しようとする性向と協力して,それによって,その人の内面に現存する傾向を正
しい方向へ育てる機会を失う」34)ことになるのだ。そのため,意識的な統制を行うことが可能である
のは,行動している本人がその行動の結果を予期することがほぼ不可能なほど本能的ないし衝動的な
行為の場合に限られることになる 35)。
以上のことから,統制そのものは,共同活動に参加し生活することによってこそ永続的で効果的な
ものとなる。このとき,統制することを意識することなく,自然に統制する状態があるといえるだろう。
そして,それは共同体が形成されたときに,「指導・方向付け」が有効なものになるということも示し
ているのである。
( 3 )「指導・方向付け(direction)」と「反応的適合(responsive adjustment)」
では,共同体における共同活動に参加することから受ける刺激に対しては,どのような反応をすれ
ばその人の性向が形成され,かつ「指導・方向付け」が行われるのだろうか。ここで重要なポイント
となるのが,「物理的刺激への適合(adjustment to a physical stimulus)」と「精神的行為(mental act)」
の相違である。
デューイにとって,すべての刺激は活動を導く(direct)ものである。それは活動を活性化させ掻
き立てるだけでなく,その活動をある目的に向かって導く。そのため,人が刺激を受けて反応する
(response)というとき,この反応とは単なる反射的な行為ではなく,応答(answer)である。人は刺激
に対して単に反作用(re-action)するのでもなければ,妨害されたために抵抗する(protest)だけでもなく,
その刺激を受けてやり取りを行う。刺激と反応は,相互に適応(adaptation)し合うということである。
刺激とは,
「外部からの妨害ではなく,その器官特有の機能を果たすための 1 つの条件」であるといえ
る 36)。このことを受けて,デューイは次のように述べている。
すべての指導・方向付け〔direction〕もしくは統制は,ある程度までは,活動それ自身の目的に向けてその活動を補
導すること〔guiding〕である。つまり,それは,ある器官がすでに行おうとしていることを十分に成し遂げることが
できるように助成すること〔assistance〕である。37)
このことから,刺激と(応答的な)反応が相互に適応し合うやりとりが,
「指導・方向付け」の基盤
を与えているといえよう。
では,
「物理的刺激への反応」と「精神的行為」との違いは何か。それは,後者は事物の意味(meaning)
に対して反応することであるのに対して,前者はそうではないということである 38)。デューイは言う。
事物が我々にとって意味を持つ場合,我々は自らが行うことを計画して〔mean 〕(意図し企てて)いる。事物が意味
をもたない場合,我々は盲目的,無意識的,非知性的に活動する。39)
事物に対して他者が抱いているのと同じ観念を抱き,他の人たちと同じ考えを持つ〔like-minded〕ようになること,
そして,ある社会集団の本当の一員となることは……事物と行為に対して他者が付与する同じ意味を付与することで
ある。40)
−6−
「反応的適合(responsive adjustment)」は,どちらの場合においても「指導・方向付け」
・
「統制」される。
しかし,盲目的ならば,
「指導・方向付け」・「統制」も盲目的となる。この場合,訓練(training)は行
われているけれども,教育は行われていない。確かに,人に度重なる刺激を与え,その刺激に対して繰
り返し反応させることで,ある一定のやり方にその行為の習慣を身につけさせることは可能である。し
かし,この場合,その人はそうした習慣の重要性に気付かないまま,その形成された習慣を身につけて
いる。言うなれば習慣に支配され,動かされ,統制されている状態である 41)。「習慣が成し遂げること
に我々が気づかず,その成果の価値に対して判断を下すことがなければ,我々は習慣を統制しない」42)
と言える。そして,デューイは次のように述べる。
自分が行おうとすることを知り,行為のもつ意味のためにその行為をしてみて初めて,彼・彼女〔子ども〕は一定の
やり方で“育てられる〔brought up〕とか教育される〔educated〕,と言うことができる。43)
結局のところ,
「指導・方向付け」が盲目的になるのは,事物に対する意味づけが,行為に対して他
者が行うのと同じようにされていないからである。事物が我々にとって意味を持つときには,我々は
自ら行うことを計画する。逆に,もしそうでなければ,盲目的・無意識的・非知性的に行動すること
となる。
「指導・方向付け」とは,人が生活している社会集団ないし共同体の成員となるために,その
集団における習慣を獲得する営みを導くことである。つまり,能動的な活動性を備えた「教育される」
主体が習慣を獲得していくことを導くことである 44)。
しかし,その習慣を獲得する過程が,意味づけを伴わないような機械的で自動的なものであるなら
ば,人はその習慣の“行為”を獲得していても,その“行為”の意味を獲得していない。社会集団の
本当の一員となることは,他者と同じ観念を抱き同じ考えをもつこと,そして,事物や行為に対して
他者と同じ意味を付与することである。だからこそ,共通の理解や共同体の生活というものが存在する。
デューイは言う。
…もし,各々の人が,自らの行為の結果と他者が現に行っていることとが関連しているとみなし,また,他者の行動
の結果が自らに与えることを考慮するならば,そこには共通の精神〔common mind〕が存在する。すなわち,行為に
おける共通の意向〔common intent〕があるのだ。そして,異なった貢献者の間に理解が提示され,この共通理解〔common
understanding〕が各人の行為を統制する。45)
共通の精神,共通の意思,そして共通の理解が為されているとき,各自の行動は社会的に知的になり,
補導されている(guided)。例えば,食事が目の前に用意されているけれども,空腹で泣いている乳児
がいるという状況を想定した場合,泣いている乳児は,自らの状態(空腹であること)ないし自らが
満たされることと,周囲の他の人たちが行っていること(食事を提供していること)とを結びつけて
考えなければ,食事が提供されているにもかかわらず,苛立ち,不快になっていくだけである。この
乳児が他の人たちが行っていることに興味を持ち注目すれば,彼・彼女は空腹による生理的な刺激に
反応するだけでなく,他の人たちが自分を満足させてくれるためにしてくれていることと照らし合わ
せ,その上で何かしらの振る舞いをする。その結果,乳児は自分の状態(空腹であること)を認識な
−7−
いし確認する。飢えを対象として客観的に把握することで,この乳児の態度はある程度知的なものに
なり,他の人たちの行為がもつ意味と自らの状態がもつ意味とに気付き,この乳児は社会的に「指導・
方向付け(direction)」られることになる 46)。
以上述べてきたことを,デューイは次の 2 つの点にまとめている。1 つは,「予期された結果のため
に行為と関わり合う場合を除いて,物理的事物〔physical things〕は精神に影響を与えない(もしくは
観念や信念を形成しない)
」ことであり,もう 1 つは,
「人は物理的諸条件を独自のやり方で活用する
ことを通してでしか,お互いの性向を改めない」ということである 47)。例えば,赤面や微笑といった
ものは,人間の態度における生物学的な(生理学的な)側面であり,それ自体が遠慮や困惑を示すよ
うな表現的な性質を備えたものではない。その人が置かれている状況によって,そのような生理的な
反応がある徴候を表すものとなり,進むべき道筋を指し示すものとして活用されることとなる 48)。また,
少し離れたところで手を振っている人がいるという状況では,この手を振るという行為に興味や関心
を抱いたとき,我々は今現在の自らの状態と,手を振る人の振る舞いが助けを求めているのか警告を
発しているのかというように,何を意味するのかを判断する必要がある。手を振っている人が物理的
環境においてもたらす変化こそが,我々の行動の仕方を示すものであり,自ら行おうとしていることを,
その人の行為における同じ状況に起因させようと我々が努力するので,我々の行為は社会的に統制さ
れることとなるのだ 49)。
以 上 の こ と か ら, 結 局 の と こ ろ, 統 制 の 基 本 的 手 段 の 本 質 は 理 解 す る こ と の 習 慣(habits of
understanding)にあるということがわかる。こうした習慣は,協力や援助,対抗や競争を通して,他の人々
と相互にやりとりしながら対象となる物を活用する中で形成されるのである 50)。
2 .「教える(teaching)」・「教授(instruction)」と教育
前節で明らかにしたことは,「教える」営みに不可欠な「指導・方向付け(direction)」という要素は,
子ども(人)を能動的な活動性を備えた存在として認めることが基盤となっている。そして,「指導・
方向付け(direction)」とは適切な統制のことでもあり,これが永続的で効果的となるのは,共同体を
形成するような共同活動に参加する中で無意識的に作用するときである,ということであった。こう
したことから,デューイが「教える」
・「教授」という営みを,単なる一方向的な伝達の過程としてと
らえていなかったことは明らかである。
では,彼はこの「教える」
・「教授」という営みに対して,具体的にどのような見解を示しているの
だろうか。そこで,本節では,前節で明らかにした「指導・方向付け」の概念を前提とした上で,デュー
イが「教える」営みをどのようにしてとらえていたのかを検討する。
( 1 )
「教え込み(indoctrination)」に対する批判
まず,「教え込み(indoctrination)」と「教えること(teaching)」との区別を明確にする必要がある。
デューイにとって,
「教えこみ」は,辞書によっては「教える」と同義で用いられることが,実際には
両者は異なるものである。彼は「教え込み」を,「他のすべてのものを排除したような一連の特別な政
治的及び経済的見解を生徒の精神に印象付けるために,可能性のある手段のすべてを組織的に活用す
−8−
ること」51)と定義している。彼は,これを「吹き込むこと(inculcation)」や「かかとで踏みならすこ
と(to stamp in with the heel)」とも言い表している 52)。
「教え込み」と「教育」との違いは,教育が「結論に達したり態度を形成したりする中で,生徒が活
動的に参加することを含む」ことにある,とデューイは言う 53)。つまり,
「教え込み」は,結論に達す
ることや態度を形成することはあっても,活動的な参加という営みが抜け落ちているために,教育と
は言えないということである。逆に言えば,活動的に参加する中で何事かが教えられれば,それは「教
え込み」ではないということにもなる。そのことを示すかのように,デューイは次のように述べている。
掛け算の九九のように定められかつ合意されたものの場合でさえ,もしそれが教育的に教えられるならば,そしてそ
れが動物の調教〔training〕の形をとらないのであれば,教えられる人たちが活動的に参加し,興味を抱き,反省し,
理解することが求められる。54)
デューイにとって「教え込む」という営みは,
「教育される」人が一方的に,かつ受動的に「教えら
れる」ことを意味する。しかし,実際には子ども(人)は能動的な活動性を備えており,教育はそう
した子どもが活動に参加し環境と相互作用する中で行われる。そうした要素が抜け落ちているならば,
教育内容の如何にかかわらず,「教える」(と思っていた)営みは「教え込む」営みとなる。
( 2 )ヘルバルト批判におけるデューイの「教える」営みの概念
「教える(teaching)」という営みは,デューイにとって,成熟者と未成熟者が成し遂げてきたものが
同じではないからこそ必要な営みであった。また,この「教える」ことが必要であるからこそ,経験
は最も容易に伝達(コミュニケート)され,活用されやすいものとなるような秩序と形式へと変化さ
せる刺激が大いに与えられる。こうしたデューイの「教える」営みの概念をさらなる検討を,彼のヘ
ルバルト(J. H. Herbart)に対する批判を通して行ってみたい。
デューイは『民主主義と教育』においてヘルバルトの理論について検討する際に,
(ヘルバルトの)
「表象(presentation)」の概念に着目している 55)。デューイによれば,ヘルバルトは生まれつきの存在
を全く認めてはおらず,精神とは,さまざまな現実がそれ(精神)に働きかけ,(その精神に)反応す
る中でさまざまな性質を生み出す力を有しているだけだと考えていた。このような質的に様々で異な
る反応のことをヘルバルトは表象と呼び,一度生じれば消えることのないものとしたのである。そして,
注意や記憶,思考,知覚,情操といった能力は,潜在的な表象同士,そして(潜在的な表象と)新た
な表象との相互作用によって形成されるとヘルバルトは考えたのである 56)。
このことから,デューイは 3 つの教育的意義を見出すことが可能であるとする。1 つは,精神を形成
するということが適切な教材(educational materials)を提示する問題となっていることである。2 つ目は,
教育者に関する 2 つの任務,すなわち,独自の反応の性質を決定するために適切な教材を選択するこ
とと,それまでの交流(transaction)で手にしてきた観念の蓄積を基盤として,その後に連続的に続く
表象を調整すること,である。そして 3 つ目は,教える上でのすべての方法(all method in teaching)に
対して,一定の形式的段階を設定できることである。これは,あらゆる年代と生徒(子ども)のための,
すべての教科において教授に関する完全に統一的な方法があることを意味する 57)。
−9−
デューイによれば,ヘルバルトは「教える」営みを意識的な方法の水準に高めることで,それを偶
然的なひらめきと因習に追従するような組み合わせではなく,明確な目標と手順を備えた意識的な仕
事にした。デューイは,このことがヘルバルトの偉大な功績であるとして評価している 58)。デューイ
の見地からは,ヘルバルトは教育を形成(formation)とする立場,すなわち,外部から提示された題材
を介して内容の一定の連合や結合を引き起こし,そうすることによって精神を形成する立場であった。
言い換えれば,ヘルバルトは,教育を内部から開発する過程でもなければ,精神そのものに内在する
諸能力を訓練するものでもないと考えるため,外部から精神を組み立てることを教授行為であるとし
ていたのである 59)。そして,デューイは次のように述べている。
究極の理想や思弁的な精神的シンボルに関する曖昧で多かれ少なかれ不可解な一般性に甘んじる代わりに,
〔ヘルバ
ルトによって〕教えることと陶冶すること〔discipline〕におけるすべてが明確になった。彼〔ヘルバルト〕は出来
合いの能力,つまり,どのような種類の素材を用いても訓練が可能な能力という概念を退け,具体的な題材〔subject
matter〕すなわち内容に対して配慮することが何よりも重要だとしたのである。60)
しかし,そこには次のような根本的な欠陥があるとデューイはみる。それは,環境と関わる中で生
じるような再方向付け(redirection)や連合(combination)の中で,生物の能動的な固有の諸機能が発
達することを見落としている点である。このことをデューイは,
「生徒の学ぶ権利に触れていない」とか,
「精神に及ぼす知的環境の影響力を強調するけれども,その環境が共同経験への個人の参加を含むもの
であることを見逃している」,また,「意識的に構成して用いる方法の可能性は途方もなく強調するけ
れども,生き生きとした無意識的な態度の役割を軽く見すぎている」
,「古いもの,過去のものについ
ては熱心に述べるが,実に新奇で予測不可能なものの作用をあっさりと見落とす」として批判してい
る 61)。つまり,デューイにとってヘルバルトの理論は,学ぶ側が共同活動に参加し環境と相互作用す
ることによって徐々に経験を変化させていくという営みを無視して,教える側の視点からでしか論じ
られていない,ということができる 62)。
このことから,デューイにとって「教える」ということは,「学ぶ」ことがあってこそ可能であるこ
とがわかる。デューイは言う。
教授〔instruction〕の始まりは,学習者がすでに保有している経験からである。そうした教授の過程で発展してきた経
験の能力は,すべてのさらなる学び〔learning〕に出発点を与える 63)。
教えること〔teaching〕は,商品を売ることに例えることができる。誰かに物を売ることができるのは,誰かが買って
くれるからである。1 人も買ってくれなかったけれども,たくさんの商品を売ったと言う商人がいれば,我々はその
人をばかにするだろう。しかし,ことによると,生徒が学習したことに関わりなく,自分たちの授業〔teaching〕はう
まくいったと考える教師がいるかもしれない。64)
「学び」は生徒(子ども)自らが自身のために行うことであり,イニシアティヴは学習者の側にある。
それゆえにこそ,教師は案内者(guide)であり,指導・方向付けを行う人(director)でもあるのだ 65)。
− 10 −
( 3 )
「教える(teaching)」・「教授(instruction)」と「学び(learning)」
さて,デューイによれば,そうした「教える」ないし「教授」についてヘルバルトは次のように論
じているという。
① 教育的でない「教授」は存在しない(nothing of instruction which was not educative)
② 「 教 授 」 と い う 媒 介 を 通 す こ と の な い 教 育 は 存 在 し な い(no education excepting through the
medium of instruction)66)
まず,①の主張について,デューイは「教授は確かに教育的であるべきである。つまり,教える過
程と学ぶ過程は成長に貢献すべきである」67)と述べているように,何の問題もないとしている。発達
に貢献しないような教授は型にはまった形態に陥り,それはデューイにとって教授の真の姿ではない。
しかし,②に関しては,デューイはそれを「教授という媒介を通すことなしに教育はあり得ない(there
is no education excepting through the medium of instruction)」68)と言い換えて,そこには用語の定義に関し
て細かい点に問題があるとしている。もし,
「教育」という用語をその主張に適応させるために制限し,
教育のなかに「教授」という概念を含めるために(
「教授」という言葉が)すでに定義されているのな
らば問題はない。しかし,デューイは次のように述べる。
……インフォーマルな教育〔informal education〕を教育という範囲から完全に取り除くようなやり方で教育が定義さ
れ得るならば,そうした場合,教授という媒介を通すこと以外に教育が存在しないということは,単なる同語反復に
過ぎない。しかし,もし“教育”という用語をその主張に適応させるために制限しないのならば,つまり,教育のな
かに教授という観念を含めるために,〔教育という用語が〕すでに定義されていないのならば,すべての教育が教授
という媒介を通して進められているという言明は,間違いなく押し付けられた主張のようなものとなるだろう。69)
これによると,デューイは,
「教育がインフォーマルな教育を教育という範囲から完全に取り除くよ
うなやり方で定義されるならば」
,つまり,教育をフォーマルな教育の範囲に限定するならば,
「教授
という媒介を通すこと以外の教育が存在しない」ということは成り立つ。しかし,教育にはインフォー
マルな側面も含まれているので,実際には②の主張は単なる押し付けであるという。これは,教授が
なくとも教育する状況は可能であることを示唆していると言えよう。続いて,デューイは次のように
述べる。
教育という概念が,学びを通して支えられている成長のあらゆる過程にとって重要なことよりも価値を貶められる方
法を知ることは困難である。そして,確かに,我々が普段使用する“教授”なしに学ぶことはある。70)
「学ぶ」ことは,教育という営みにおける 1 つの成果である。その「学ぶ」営みが教授を媒介とせず
に生じることは確実に可能である,とデューイは論じている。言い換えれば,彼は教授の限界を示し
ているとも言える。
以上のことから,デューイは近代教育に代表されるような教授概念,つまり,生徒の「学ぶ」営みが,
− 11 −
必ず教師の「教える」営み(
「教授」
)によって生じるという考え 71)に真っ向から反対していることが
わかる。彼にとって「教える」・「教授」とは教育という営みにおける 1 つの手段であり,教育全体を
覆うような,もしくは教育と同義であるような概念ではない。
デューイの教育観は,経験を連続的に再組織・再構成する「連続性」と,環境(および社会的環境)
と相互作用し合う「相互作用」の性質が組み合わさったものである。言い換えれば,教育的な過程は,
心理学的側面と社会学的側面の 2 つの側面を含んでいる 72)。そして,人間の能動的な活動性を認め重
視するならば,当然のことながら,「学ぶ」主体に重点をおいた教育が行われる必要がある。
こうした観点から見たとき,従来の伝統的な教育は「教える」ことを強調しすぎていた。それは,
「学ぶ」
主体が“自ら学ぶ”という営みを無視していたとも言える。デューイは教授の限界を示すことで,この“自
ら「学ぶ」”営みを積極的に認めようとしていたと考えられる。
3 .共同体としての学校における「教える」営みの本質
前節まで明らかにしたことは,デューイにとって「教える」営みには「指導・方向付け(direction)」
の要素があること,また,そのために「自ら学ぶ」ことが重要である,ということだった。これは,
「教
える」ことなしに「学ぶ」ことがあり得るとデューイが主張していたと解釈してよい。そのため,こ
のことから,デューイ自身は「教える」・「教授」という行為をあまり重要視していなかったのではな
いか,とする疑問も浮かんでくるだろう。
しかし,これまで検討してきたデューイの「教える」
・「教授」の考え方を「無意識性」の概念と併
せて検討することによって,デューイの教育思想における「教える」・「教授」の本質的側面の一端が
垣間見えることになるのではと筆者は考えている。その理由は,次のようなことをデューイが述べて
いるからである。
知性ある人が何かを行うときはいつでも,その人は間違いなく,自らが行うことの結果から何かを学ぶ。そして,我々
が“教授〔instruction〕”という用語の中身を広げない限りは,すべての教育が教授を媒介として進められると述べる
ことは,全くと言っていいほど正しいことではないように思われる。73)
確かに,教授を媒介としない「学び」は存在する。しかし,
「教授の用語の中身を広げる」ならばす
べての教育は教授を媒介として進められるとしてよい,とデューイは述べている。これはどういうこ
とであろうか。また,教授の限界が自ら学ぶことの可能性を示唆するものであるならば,この自ら学
ぶという行為は,共同活動への参加を基盤とするデューイの教育理論においてどのように位置づけら
れるのだろうか。
これらの問いを出発点とすることで,本節では「教える」営みの本質に迫りたい。
( 1 )学校における経験と生活における経験の乖離の原因
デューイは,学校教育と教授との関わりについて,
『教育哲学講義』(Lectures in the Philosophy of
Education )で次のように述べている。
− 12 −
学校それ自体の中で,すべての教育が教授を媒介にして営まれているということが真実なのかどうかという問いが存
在する。こうした言明を受け入れることは,学校へ初めて行くことと学齢期以前の子どもの生活との間に,幾分かの
険しい断絶を必然的に作ることになると思われる。74)
学校と生活との乖離については,デューイは『学校と社会』においても論じている。それによると,
学校と生活の乖離とは,子どもが学校の外で獲得した経験を学校の中で活用することができず,また,
学校で学んだことを日常生活に適用することができない状態のことを指す。子どもたちは,
「教室に入
ると,家庭や近隣で広く一般的となっている観念,興味,諸活動を,自らの精神から追い出さなけれ
ばならない」75)。こうした状況を,デューイは学校における最大の浪費であるとして批判している。
こうした学校と生活との間の断絶は,すべての教育が教授を媒介として営まれているとする主張を
受け入れることによって必然的に導かれる,とデューイは言い切る。彼は,学校の大部分が教授を媒
介にして行われるようになるという可能性を指摘した上で,このような学校においては何らかの余地
が必要であると主張する。この余地とは物理的・空間的なものだけを指すものではなく,経験の直接
的形態(direct mode)と呼ぶべきものである。つまり,子どもが学校の外で行うように何かを行う余地,
または,それ自身のために為すことを通じて学ぶような余地のことであり,一言で言えば,自らの経
験を通して学ぶ場とも言える 76)。
こうしたことは,学校には教授の及ばない「学び」の余地が必要であるということだけでなく,
「学び」
には,本来,教授の及ばない要素が必然的に内包されていることも示していると言える。そのため,
「教
授の過程は,これらのより直接的な経験の形態から徐々に組織化されたもの〔gradual systematization〕
であるべきで」あり,「この直接的な形態は,より初期の学校教育の時期の大部分を占めるべきもので
ある」77)。教育は教授を基本とする方向に向かうべきだとする当時の学校教育の一般的な動向に,デュー
イは少なからず危惧を抱いていたといえよう。
( 2 )経験とコミュニケーション
ここで,経験と「学び」の関係についてみてみたい。まず,デューイは経験について次のように述
べている。彼は次のように述べている。
能動的な側面においては,経験は試みること〔trying〕―実験〔experiment〕と関連する用語の中で明らかにされてい
る意味―である。受動的な側面においては,それは被ること〔undergoing〕である。我々は何かを経験するとき,そ
の何かに働きかけ,それを用いて何かを行う。つまり,我々は結果を受けたり〔suffer〕被ったりする。我々は事物に
対して何かを為す。そして,事物はそのお返しに,我々に何ごとかを為す。そうしたことが特殊な結びつきである。
経験におけるこれら 2 つの側面の結びつきが,経験の実り豊かさやその価値の度合いを示すのである。78)
事物に対して働きかけ,事物から結果を被り,その関係を意識的に関連付けること,つまり能動=
受動の事柄が,デューイのいう経験であると言える。
こうした能動=受動の結びつきの中から人は意味を見出すことによって,何かを「学ぶ」
。例えば,
子どもが自分の指を炎の中入れたとしよう。その動作だけでは,それは経験とはならない。炎に手を
− 13 −
入れた結果,苦痛を受ける。そして,手を入れた(能動)と苦痛を受けた(受動)が一連のものとし
て結びつく。ここで,初めて経験と呼ぶことが可能である。そして,その子どもは,指を炎の中に入
れると火傷する(かもしれない)ということを「学ぶ」炎に対して,自らが意味づけを行ったわけで
ある 79)。デューイは次のように述べている。
経験それ自体は,そもそも,人間とその自然的および社会的環境との間に存在する活動的諸関係から成り立っている。
活動を主導する力が環境の側にある場合は,人間の努力は若干阻止されたり捻じ曲げられたりする。周囲の事物や人々
の言動がその人の活動的傾向を上手い具合に成果を上げるようにする場合には,それゆえに,その人が被ることは,
結局のところ,自らが作り出そうと勤めてきた結果である。ある人に生じることと,その人が反応して行うこととの
間や,その人が自分の環境に対して為すことと,その環境がその人に反応して為すこととの間に結びつきが出来上が
ると,ちょうどその程度だけ,その人の行動及びその人の周囲の事物は意味を獲得する。その人は自身を理解すると
共に,人間と事物の世界をも理解することを学ぶのである。80)
経験は,人と環境とが活動的に関わることから生じている。その際,人知の及ばないことも生じる
可能性が大いにある。受けた結果すべてが,自ら望んだことや予期したことであるとは限らない。失
敗するときも多々あろう。しかし,成功にせよ失敗にせよ,受けた結果を今後活かすことができるよ
うに自らが意味づけを行うのであれば,それは経験となり,その経験から人は「学ぶ」こととなる。
また,デューイは,社会が存続するためには,
「学ぶ」ことと「教える」ことが必要であると言う。
そうした社会は伝達(transmission)やコミュニケーションによって存続するだけでなく,それらの中
にも存在する 81)。コミュニケーションとは,経験が共有されるまで経験を共にしていく過程である 82)。
そこでは受け手と送り手が存在する。受け手は他の人が考えたことや感じたことを共有し,自らの態
度を改める。つまり,経験は拡大され変化する。送り手にとっても,経験を伝えるということは,自
らの経験の外に出て,第三者が見るのと同じような客観的な立場でその経験を眺めることを意味する。
そのため,送り手は,他の人がその経験の意味を正しく理解できるように,伝える内容を系統的にま
とめる必要がある。その結果,自らの経験に対する自身の態度が変化する。結局のところ,コミュニケー
ションの過程においては,それに参加している参加者双方の性向が改められる 83)。つまり,双方の経
験が拡大され変化することになる。
さらに,デューイは次のようにも述べている。
それ自体の中に最初に意識的に気付かれているものを遥かに超え出る意味を含むことこそが,経験の本性である。こ
れらの関連すなわち意味を意識させると,経験の意味が増す。どんな経験も,それが最初に現れたときにはどんなに
つまらないものであっても,それのいろいろな関連が気付かれて,その気付かれた関連の範囲が拡大することによっ
て,際限なく豊かな意味を持つことができる。というのは,それは,その集団における経験の正味の成果だけでなく,
さらには人類における経験の正味の成果をも,個人の直接的な経験に結びつけるからである。健全なコミュニケーショ
ンとは,共有の〔joint〕関心があり,共通の〔common〕関心があるので,一方は熱心に伝えたがっており,他方は受
けたがっているコミュニケーションである。それは,単に相手がどれだけ記憶したか,また,どれだけ文字通りに再
現することができるかを試験して調べようとして,相手にいろいろなことを印象付けるためにだけそれらのことを教
− 14 −
えたり述べたりすることとは,対照的に異なる。84)
一般的に,単なる肉体的活動も,意味が付与されると豊かなものになる。例えば,歩くことは,単
なる歩くことという活動以上に,抵抗する地面の転移と反作用や,手足の構造,神経組織,力学の原
理といった意味を付与されると,豊かなものになる。また,料理をすることも,食材における化学的
関連を変化させるために熱と水分を利用することや,食物の同化と身体の成長とに関係があるものと
してとらえられると,意義深いものとなる 85)。
このような行為に付与されるような意味には,限界がない。それらは位置づけられている関連性を
知覚する文脈によって左右され,こうした諸々の関連を了解する上で,想像力が及ぶ範囲は際限のな
いものである 86)。
教育的観点から論じるならば,例えば地理や歴史に関していえば,それらは「狭隘な個人的行為や
単なる専門的な技能の形態になりそうなものに対して,背景と見通しそして知的展望を与える」87)も
のである。なぜなら,デューイにとって,地理を学ぶことは日常行為の空間的及び自然的関連性を知
覚する力を得ることであり,歴史を学ぶことは,本質的には日常行為の人間的関連性を認識する力を
得ることであるからだ 88)。
もし,これらの学科(教科)が出来合いのものとして学校でさせられるだけのものとなるならば,
これらの学科(教科)は日常の経験にとって異質なものとなり,活動は分割される。つまり,地理や
歴史の時間で学んだことと日常生活における経験との関連性が途切れる,ということである。その結
果,日常経験がその関連性を得ることによって意味を拡大することもなければ,学習したこと(what is
studied)が直接的活動に入り込むことによって生命を吹き込まれ,現実化されることもなくなる 89)。
( 3 )
「教える」営みの本質的側面のとらえ直し
さて,社会の存続にとって「教える」ことと「学ぶ」ことが必要であるということは,デューイにとっ
ては,共同生活の過程こそが教育を行うことを意味する。彼は次のように述べている。
…結局は,社会の生命は,それ自体を永続させるために教えることと学ぶことを必要とするばかりではなく,まさに
この共に生活すること〔living together〕の過程そのものが教育を行う…。90)
こうした共同生活によって,デューイは,以下の 3 つの教育的効果が見られるという 91)。
① 経験を拡大し啓発すること
② 想像力を刺激し豊かにさせること
③ 主張と思想を,正確で活力あるものにするための責任を創出すること
ここで注目したいのは,①の「経験を拡大し啓発する」効果についてである。デューイによれば,
「経
験は,教育的であるためには,題材を拡大する世界へ,すなわち,諸事実や情報および諸観念である
題材へ導くものでなければならない」のであり,「この条件は,教育者が,教えることと学ぶことを経
− 15 −
験の連続的な再構成の過程としてとらえるときにのみ満たされる」92)。また,コミュニケーションにお
いては,双方の経験が変化する。すなわち,
「学ぶ」ことによってだけでなく,
「教える」ことによっても,
経験は再組織・再構成される。共同生活への参加における「学ぶ」−「教える」というコミュニケーショ
ンによって,「学ぶ」人と「教える」人との双方の経験が連続的に再組織・再構成される。つまり,「教
育される」ということである。
しかし,そこには,
「学ぶ」意識や「教える」意識があるとは限らない。お互いが何らかの必要性によっ
て活動し,コミュニケーションを図る中で,結果的に何かを「学んだ」り「教えた」りすることも考
えられる。むしろ,次の引用に示すように,共同生活の下では「学ぶ」ことや「教える」ことを意識
していない方が良いとデューイは考えていたと言える。彼は次のように述べている。
活動に参加すること,活動を共にすること…そのような分担された活動〔shared activity〕においては,教師は学習者
であり,学習者はそのことを知らないまま教師である。そして,概して,どちらの側も,教授を与えたり受けたりし
ている〔giving or receiving instruction〕という意識が少なければ少ないほど,なお一層良い。93)
そもそも,デューイが主として引き出そうとしてきた教育的な教訓とは,
「あらゆる思想や観念を,
人から人へと観念として伝えることは全く不可能である」94)ということだった。確かに,コミュニケー
ションによって刺激を受けることで,他の人が独力で問題を認識し,似たような観念を考え出す場合
もある。また,知的興味が窒息させられ,思考を行う努力が抑圧される場合もあるだろう。しかし,
人は事実を伝えられるのであって,観念を直接得るわけではない 95)。デューイは言う。
初めに問題の状況に全力を尽くし,自らのやり方を求めて見出すことによってのみ,人は考える。親や教師が思考を
刺激するような状況を提供し,共同ないし協力的な経験〔common or conjoint experience〕に入り込むことによって学
習者の活動へと向かう共感的な態度〔sympathetic attitude〕をとるとき,学びを始めさせるために他の人たちが為し得
ることは,すべて為されている。残りは,直接関わっている本人の問題である。その人が自らの解決策(もちろん孤
立した中ではなく,教師と他の生徒とのやり取りの中での)を工夫することができず,自らのやり方を見つけ出すこ
とができないのならば,たとえ百パーセント正確に何らかの正しい解答を復唱〔recite〕できたとしても,その人は学
んだことにはならないだろう。96)
「教える」ということは,思想や観念を直接伝えることではない。
「教える」側の親や教師ができる
ことは,思考を刺激する状況を提供することと「学ぶ」人に対して共感的な態度をとることにすぎない。
そして,そのような共同活動の場においては,
「教える」側の親や教師は「学ぶ」人でもあり,
「学ぶ」
側の生徒は「教える」人でもある。つまり,これは,
「学ぶ」ことを意識せずに「学んでいる」だけでなく,
「教える」ことを意識せずに「教えている」状態である。
教師と生徒はコミュニケーションを行っている。それは,双方の経験が変化していることである。
つまり,双方は「学んでいる」と同時に「教えている」のである。
こうした視点は,従来指摘されてきたデューイの教育思想の解釈を問い直す起点となり得る。デュー
イの教育観は,自らが成長していくといった,いわゆる自己教育を基盤としていたといえる。これは「自
− 16 −
ら学ぶ」ことを重視していたとも言えるだろう。こうしたデューイの考えは,近代教育の概念におけ
る形態,つまり,
「学ぶ」人が「学び」,「教える」人が「教える」といった<主体>(
「教える」
)―<
客体>(「学ぶ」)の関係とは異なるものである。彼の「学ぶ」−「教える」の枠組みは,共に<主体
>(「学ぶ」)―<主体>(「学ぶ」)の関係としてとらえることができるのである 97)。能動的な活動性
を重視する立場からすれば,こうした解釈は妥当性のあるものだろう。
しかし,ここで注意すべきことは,デューイ自身が「教え」を排除すること,もしくは「教え」が
不必要であるとは主張していないことである。むしろ,本節の冒頭でも示したように,「教え」
・
「教授」
の概念を広げるならば,すべての教育は「教え」
・「教授」を媒介として営まれていると言ってよい,
と彼は主張していた。これは,「学び」は「教え」を必然的に含むものとなる,とも言える。
このような,一方で「教え」・「教授」の限界を示すことで「自ら学ぶ」ことを主張し,他方で「学
び」と「教え」は必然的に相伴うものであるとする考えは,一見すると矛盾している。しかし,次の
ように考えると整合的な説明ができる。それは,デューイが「教え」
・
「教授」の限界と言う場合の「教
え」
・「教授」とは,
「意識的」に「教える」
・「教授する」場合のことであり,これを「無意識的な」レ
ベルにまで範囲を広げれば,すべての「学び」は「教え」を含むと言える,ということである。つまり,
双方の経験が再組織・再構成される(
「教育される」
)コミュニケーションの過程においては,そうし
た経験の変化は,
「教育する」という意識によってのみ生じるものではない。ある人がコミュニケーショ
ンの過程において「学ぶ」とき,他方の人は,
「教える」ことを意識していなかったけれども「教える」
こととなった(「無意識的」に「教える」こととなった),ということである。
デューイが「教える」ことを重視していたことは,すでに明らかである。それは,意識的・無意識
的を問わず,「教える」ことで「学ぶ」客体を認めていたということでもあった。単なる<主体>−
<主体>のとらえ方では,この要素の重要性を見落としてしまう可能性がある。そのため,デューイ
における「学ぶ」−「教える」という関係についてより正確に論じるならば,それは,両者は共に意
識的・無意識的に「学ぶ」
・
「教える」主体でもあり,意識的・無意識的に「教えられる」客体でもある,
ということになるだろう。
また,デューイが「学ぶ」−「教える」の営みの基盤を共同活動への参加に求めていたことは,
「学
ぶ」ことは意識的・無意識的に「教えられる」ことでもあるという考えが反映したものである,と言
えるのではないだろうか。このように考えるならば,次のデューイの言説も大きな意味を持ってくる。
「経験から学ぶ〔learn from experience〕」ということは,我々が事物に対して為したことと,結果として我々が事物か
ら受けたり楽しんだり苦しんだりしたこととの間の前後を関連付けることである。そのような事情の下では,行うこ
とは試みることである。つまり,世界がどんなものかを明らかにするために行う,世界についての実験になるのであり,
被ることは教授〔instruction〕―事物の関連の発見―になるのである。98)
デューイは,この「経験から学ぶ」能力は可塑性(plasticity)でもあるとしている。これは,パテやワッ
クスにあるような,外側からの圧力に合わせて形を変えるような受容性を示すものではなく,
「自らの
傾向を保つ一方で,周囲の色調を帯びるようなしなやかな弾性に近い」99)ものである。また,この能
力は,
「後の状況において現れる困難を処理する中で利用できるようなものを保持する能力」であり,
「以
− 17 −
前の経験の結果を基盤として諸行為を修正する力,つまり,性向を発達させる力」でもある 100)。
そして,事物の関連を発見したということは,自らが「学んだ」ということである。そのことをデュー
イが「被る」だけでなく「教授」と表現している背景には,
「学ぶ」=「教えられる」とする思想があ
ると考えられる。このことを傍証するものとして,デューイが個性(individuality)について言及する
中で述べている次の引用を示すことができる。
すでに他人に知られている題材を知るようになる正常な過程においては,年少の生徒たちでさえも,思いがけないや
り方で反応する。生徒たちが課題〔topic〕に向かう方法と,事物がその生徒たちに印象を与える独特の方法には,何
か新鮮なもの,つまり,最も経験豊かな教師でさえも十分に予期することができないような何かがある。これらすべ
ては,不適切なものとして無視されていることがあまりにも多すぎる。そのため,その年少の生徒たちは,年上の人
が抱いているのと全く同じ形式で教材を習熟することを入念に守らされる。その結果は,個性において生まれつき独
特であるものが,そして,人と他人とを区別するものが活用されず,指導・方向付けされない〔undirected〕という
ことである。そのとき,教えること〔teaching〕は教師にとって教育的な過程ではなくなる。せいぜい,その教師は
既存の技術を改良するだけであり,新たな観点を手にすることはない。その教師は,いかなる知的な仲間づきあい
〔companionship〕も経験することができない。それゆえ,教えることと学ぶことは,どちらの側にも含まれる神経的
緊張のすべてを伴うような,型にはまった機械的なものとなる傾向にある。101)
人は,共同活動に参加している際に周囲の環境から思いがけない反応を受けることがある。これは,
学校における教師と生徒との関係においても例外ではない。デューイも言うように,生徒は教師が予
期していなかった反応をするときがある。この反応を不適切なものとして教師が無視してしまうと,
生徒たちは「年上の人が抱いているのと同じ形式で教材を習熟することを入念に守らされる」,つまり,
「教え込まれる」ことになる。このとき,共同活動への参加等要素が抜け落ちてしまい,
「教える」こ
とが教育的な過程ではなくなる可能性がある。
ここで注目すべきことは,このような状態のときに教師が「新たな観点を手にすることはない」と
デューイが述べていることである。これは,言い換えれば,
「教える」ことが「教え込む」ことではな
いような教育的な過程であれば,教師は「新たな観点を手に入れる」,つまり,
「学ぶ」(可能性がある)
ということである。それゆえに,
「教える」ことが教育的な過程でなければ,
「教える」ことと「学ぶ」
ことが,「どちらの側にも含まれる神経的緊張のすべてを伴うような,型にはまった機械的なものとな
る傾向にある」,とデューイは論じるに至ったと考えられる。
もし,生徒の思いがけない,予期していない反応を教師が無視しなければ,その教師は「新たな観
点を手に入れる」ことで「学ぶ」。このとき,思いがけない反応をした生徒は,その反応をすることによっ
て,その教師に「教える」ことになったと言える。つまり,生徒は「教える」ことを意識することなく「教
える」(=無意識的に「教える」)ことになった,ということである。
このような事態は,学校を共同活動への参加の場としてとらえていたデューイにとっては,十分に
あり得る事態である。確かに,一見すると,
「教える」ことを専門としたフォーマル・エデュケーショ
ンとしての学校教育においては,教師が「教える」ことを意識せずに「教える」ことはあり得ない。
しかし,共同活動への参加という営みの下では,意識的に「教える」ことなしに人は「学ぶ」ことが
− 18 −
ある,すなわち,ある人が無意識的に「教える」ことによって別の人が「学ぶ」ことがあるという可
能性をデューイは示していた。共同体としての学校という場では,教師と生徒が無意識的に「学ぶ」
=「教えられる」,もしくは無意識的に「教える」ということは全くあり得ない事態ではないのだ。た
だし,
「教え込み」の場合では,共同活動への参加という営みが欠如しているために,そして,意識的
に「教える」ことでしか「学び」は生じないとする考えに支配されているために,「教える」ことを意
識せずに「教える」ことはないだろう。
ま た, デ ュ ー イ は,
「 教 職 を 志 望 し て い る 人 た ち へ(To Those Who Aspire to the Profession of
Teaching)」という論考において,教師に向いている人の特徴として次のような要素を挙げている。そ
れは,例えば,
「子供と接することが生まれつき大好きなこと」や,「知識を愛するだけでなく,知識
を伝えること〔communicating〕も生まれつき大好きなこと」
,さらには,
「教師自らが経験してきたの
と同じような知的興味や熱意を,他の人(の心)の中で喚起させることが大好きなこと」といったも
のである 102)。そして,このような教師に関して,デューイは次のように述べている。
その教師は,あらゆる科目における真の情報と洞察のための感覚を持つだろう。彼・彼女は,単にレシテーショ
ンを聞くだけのような型どおりでうわべだけの教師という水準へと陥ることはなく,無意識的な感化〔unconscious
contagion〕によって,他人に学びを愛することを伝える〔communicate〕だろう。103)
教師が何気なく発する言葉や態度によって,その教師は生徒(子ども)を無意識的に感化すること
がある。これこそが,無意識的に何かしらを「教える」こととなったことを示すものだと言える。
教師と生徒(子ども)の双方ともが「学ぶ」主体でもあり「教えられる」客体でもある。そして,また,
「教える」主体でもある。このことを無意識のレベルまで範囲を広げて解釈すると,共同活動の参加に
おいて,ある人が「学ぶ」ことは他の人に意識的・無意識的に「教える」ことであり,その他の人が
意識的・無意識的に「教える」ことでもある,ということになるのだ。
おわりに
以上,本論ではデューイの「教える」営みに関する概念を検討してきた。その内容をまとめると,
次のようになる。
まず,デューイにとって「教える」営み(「教授」)には,
「指導・方向付け(direction)」が重要であっ
た。これは,人(子ども)を能動的な活動性を備えた存在としてとらえることを基盤としており,適
切な統制と言い換えることも可能であった。この「指導・方向付け」は,共同体における共同活動に
参加し生活することによって効果的に為される。そして,デューイは,
「教える」
・「教授」という営み
には限界があるとし,教育がすべての「教え」を媒介として行われていることを否定していた。しかし,
その一方で,「教え」の概念を拡大すれば,つまり,「学ぶ」−「教える」の関係を「無意識的」なレ
ベルにおいてとらえるならば,すべての教育は「教え」を媒介として営まれているとしても良いと論
じていた。このとき,「学ぶ」人と「教える」人は,お互いが意識的・無意識的に「学ぶ」
・「教える」
主体でもあり,意識的・無意識的に「教えられる」客体でもあると言えた。このような「教える」営
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みの様相が学校教育においても不可欠だと,デューイは考えていたと言えるだろう。
しかし,こうした理論的な地平の話だけでは,そうした「教える」営みの具体的な実相は見えてこない。
共同体において見出された「教える」営みの本質的要素を学校教育の実践の中でどのように具体的に
実現できるのかといった点を,彼がその取り組みに関与したデューイ実験学校の教育実践も視野に入
れながら明らかにする作業も必要となるだろう。今後の課題としたい。
注
1 )拙論「
『無意識性』の視点によるデューイ教育理論の見直し」大阪市立大学大学院文学研究科教育学教室『教育学論
集』27,2001 年。この拙論で筆者は,教育における「無意識的」側面=「無意識的」に影響を受けることをデュー
イがどのような観点から重要視していたのかについて論じ,この「無意識的」という概念を「無意識性」とした。
2 )例えば,以下の諸研究が挙げられる。J. Garrison, Dewey and Eros: Wisdom and Desire in the Art of Teaching, Teachers
College Press, 1997; D. J. Simpson, M. J. B. Jackson, and J. C. Aycock, John Dewey and the Art of Teaching: Toward Reflective
and Imaginative Practice, Sage Publications, Inc., 2005;関勤「デューイ教授法論における個人的方法の諸特徴」『茨城
大学教育学部紀要(教育科学)』32,1983 年;山本順彦「デューイ相互作用論の教授学的検討―『主体−主体』の
教育的関係の成立の視点から―」『親和女子大学研究論叢』20,1986 年;龍崎忠「アートとして教えること―デュー
イの『反省的思考』とその展開―」『名古屋大学教育学部紀要(教育学)』46(1),1999 年,など。
3 )例えば,牧野宇一郎はデューイの教育観における「無意識性」の概念を,教育における意図的な要素との関連性を
踏まえながら論じている。そして,フォーマル・エデュケーションとインフォーマル・エデュケーションは共に,
教育的経験の統制に関しては意図的(intentional)であり,教育的経験によって生長する立場から見れば無意識的
(unconscious)であるべきだということがデューイの真意ではないかと指摘している(牧野宇一朗『デューイ教育観
の研究』風間書房,1977 年,300−308 頁)。
4 )デューイの“direction”という用語を,松野安男と金丸弘幸は「指導」と訳し(J・デューイ『民主主義と教育(上・下)』
松野安男訳、岩波文庫、1998 年(第 18 冊),J・デューイ『民主主義と教育』金丸弘幸訳、玉川大学出版部、1985 年),
牧野宇一朗は「方向付け」と訳している(牧野宇一朗『デューイ教育観の研究』風間書房、1977 年)
。また,市村
尚久は,場合に応じて「方向付け」と訳したり「指導」と訳したりしている(J・デューイ『学校と社会・子どもと
カリキュラム』市村尚久訳、講談社学術文庫、1999 年)。本論では,
「指導・方向付け」と訳して表記することにした。
5 )J. Dewey, Democracy and Education: An Introduction to the Philosophy of Education (1916), In The Middle Works of John
Dewey: 1899-1924, Edited by Jo Ann Boydston, Vol.1, Southern Illinois University Press., 1985, pp.191-92.
6 )Ibid ., p.28.
7 )Ibid ., p.47.
8 )J. Dewey, The School and Society (1900), In The Middle Works of John Dewey: 1899-1924, Edited by Jo Ann Boydston, Vol.1,
Southern Illinois University Press, 1976, pp.24-25.
9 )Dewey, Democracy and Education , In op. cit ., p.188.
10)Ibid .
11)Ibid ., p.28.
12)Ibid ., pp.28-29.
13)Ibid ., p.30.
14)Ibid ., p.29.
15)Ibid ., p.30.
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16)Ibid ., p.29.
17)Ibid ., p.30.
18)Ibid .
19)Ibid .
20)Ibid ., pp.30-31.
21)Ibid ., p.32. 引用文中において,原文でイタリックの箇所はゴチック体に,また,下線は引用者によるものである。以
下の引用文でも同様である。
22)Ibid ., p.31.
23)Ibid ., p.45.
24)Ibid .
25)Ibid ., p.44.
26)J. Dewey, Experience and Education (1938), In The Later Works of John Dewey: 1925-1953 , Edited by Jo Ann Boydston,
Vol.13, Southern Illinois University Press, 1991, p.33.
27)Dewey, Democracy and Education , In op. cit ., p.31. p.8.
28)Dewey, Experience and Education , In op. cit ., p.34.
29)Ibid ., p.36.
30)Ibid ., pp.36-37.
31)Ibid ., p.37.
32)Dewey, Democracy and Education , In op. cit ., p.31.
33)Ibid ., p.32.
34)Ibid .
35)Ibid .
36)Ibid ., p.29.
37)Ibid .
38)Ibid ., p.34.
39)Ibid .
40)Ibid ., p.35.
41)Ibid ., p.34.
42)Ibid ., p.35.
43)Ibid .
44)これを「自己教育力」と言い換えることもできるだろう。例えば,関勤は,自己教育力とは環境との相互作用にお
いて能動的に適応する能力であるとしている(関勤「『自己教育力』を育てる授業の要件―デューイの経験主義教育
思想による考察―」
『教育展望』31
(4),1985 年。また,杉浦美朗は,自己教育力を「成長し続ける力を子供が自ら
養い育てること」
(杉浦美朗『自己教育力が育つ授業―デューイ教育学の展開―』日本教育研究センター,1989 年,
36 頁),
「子供が探求し続ける力を自ら養い育てること」
(同 56 頁),「子ども自らが探究を展開することを通して経
験の改造,あるいは成長を続けていくこと」
(杉浦美朗『デューイ教育学の展開―新しい学力のために―』八千代出
版,1995 年,55−56 頁),としてとらえている。
45)Dewey, Democracy and Education , In op. cit ., pp.35-36.
46)Ibid ., p.36.
47)Ibid .
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48)Ibid ., pp.36-37.
49)Ibid ., p.37.
50)Ibid .
51)J. Dewey,“Education and Social Change,”(1937) In The Later Works of John Dewey: 1925-1953 , Edited by Jo Ann Boydston,
Vol.11, Southern Illinois University Press, 1991, p.415.
52)Ibid .
53)Ibid .
54)Ibid .
55)Dewey, Democracy and Education , In op. cit ., p.75.
56)Ibid .
57)Ibid ., p.76.
58)Ibid .
59)Ibid ., pp.76-77.
60)Ibid ., p.77.
61)Ibid .
62)田浦武雄『デューイ研究』福村出版,1969 年,45 頁,参照。
63)Dewey, Experience and Education , In op. cit ., p.49.
64)J. Dewey, How We Think: A Restatement of the Relation of Reflective Thinking to the Educative Process (1933), In The Later
Works of John Dewey: 1925-1953, Edited by Jo Ann Boydston, Vol.8, 1989, p.140.
65)Ibid .
66)J. Dewey, Lectures in the Philosophy of Education: 1899 , Edited & with an introduction by Reginald D. Archambault, Random
House, 1966, p.76. なお,この主張はおそらく,
「私はこの際,教授のない教育などというものの存在を認めないし,
また逆に,少なくともこの書物〔『一般教育学』〕においては,教育しないいかなる教授も認めない」
(J・H・ヘル
バルト『一般教育学』(世界教育学選集 13)三枝孝弘訳,明治図書,1976 年,19 頁)というヘルバルトの言説に着
目してのことであろう。
67)Ibid .
68)Ibid .
69)Ibid ., pp.76-77.
70)Ibid ., p.77.
71)中井孝章は,近代の教授観を次のように説明している。「学校での授業過程,すなわち『教授=学習』過程において,
生徒たちの『学習』行為は,必ず教師の『教授』行為が動因となって引き起こされることとみなされている。この場合,
生徒たちは,教師が『教える』ことによって『学ぶ』ことができるのである。つまり,生徒たちの『学ぶ』ことは,
教師の『教える』ことが原因となって引き起こされた結果なのである」
(中井孝章「共同制作としての教育実践―『学
びの共同体』の創造に向けて―」日本学校教育学会『学校教育研究』13,1998 年,109 頁。
72)J. Dewey,“My Pedagogic Creed.”(1897) In The Early Works of John Dewey:1882-1898 , Vol. 5, Southern Illinois University
Press, 1972, p.85.
73)Dewey, Lectures in the Philosophy of Education , p.77.
74)Ibid .
75)Dewey, The School and Society , In op. cit ., p.46.
76)Dewey, Lectures in the Philosophy of Education , p.77.
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77)Ibid . なお,こうした考えを基にして,この時期(シカゴ時代)のデューイは「漸進的分化型カリキュラム」論を主
唱した。その内容については,拙論「シカゴ時代(1894 ∼ 1904 年)におけるデューイのカリキュラム論の特色に
ついて」『関西教育学会年報』32,2008 年,を参照。
78)Dewey, Democracy and Education , In op. cit ., p.146.
79)Ibid .
80)Ibid ., pp.282-283.
81)Ibid ., p.6.
82)Ibid ., p.12.
83)Ibid .
84)Ibid ., p.225.
85)Ibid ., p.217.
86)Ibid ., p.215.
87)Ibid ., p.216.
88)Ibid ., p.217.
89)Ibid ., p.216.
90)Ibid ., p.9.
91)Ibid .
92)Dewey, Experience and Education , In op. cit ., p.59.
93)Dewey, Democracy and Education , In op. cit ., p.167.
94)Ibid .
95)Ibid .
96)Ibid .
97)例えば,山本,前掲論文,を参照。
98)Dewey, Democracy and Education , In op. cit ., p.147.
99)Ibid ., p.49.
100)Ibid .
101)Ibid ., pp.312-13.
102)J. Dewey,“To Those Who Aspire to the Profession of Teaching,”(1938) in The Later Works of John Dewey: 1925-1953 , Edited
by Jo Ann Boydston, Vol.13, 1991, pp.344-45.
103)Ibid ., p.345.
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