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重度・重複障害者の教育ニーズ

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重度・重複障害者の教育ニーズ
講義資料
和歌山大学教育学部
特別支援教育学教室
教授 江 田 裕 介
重度・重複障害者の教育ニーズ
重度・重複障害を有する子どもの指導は、認知の発達や、重複する障害の状態に応じて、
個別に教育を計画することが必要です。認知と身体機能の両面に障害をあわせ有する問題
の特性をふまえ、教育やリハビリテーションには以下のような多様な観点があります。
1.コミュニケーションの支援
脳性まひ等、重度・重複障害を有する児童生徒は、発声や発音に重い障害があり、筆記
などの表現手段も利用できないことが多い。そのため自分の意志や要求をうまく周囲に伝
えることができない。コミュニケーションが受け身のものとなりがちで、社会経験の偏り
や不足が生じやすい。また、学習活動にも機能的な限界があり、発言や発表、作業をとも
なう主体的な活動が制限されてしまう。こうしたコミュニケショーションの能力の不足が、
重度・重複障害児の学習や精神的な発達を妨げている。
近年、コンピュータや、VOCAと呼ばれる専用の機材を利用することで、重度障害を
有する子どもの学習やコミュニケーションを部分的に補えるようになってきた。また、コ
ミュニケーション・ボードや、グラフィックシンボルなど、シンプルな教材も適切に用い
れば有効な指導を行うことができる。こうした支援技術を積極的にとり入れ、子どものコ
ミュニケーションや学習の環境を整えていくことが大切である。
2.摂食の指導
重度・重複障害者は、スプーンや箸(はし)などの食事用具がうまく使えないため他者
の介助が必要なことが多い。
しかし、食事場面における指導で重要なことは、こうした食事動作よりも、口に食べ物
が運ばれてから後の、くちびる、舌、歯、のどといった器官の協調した運動である。重度
の脳性まひ児は、こうした摂食・嚥下の運動に障害があり、食べ物を口にとりこみ、かみ、
のみこむといった一連の動作が正常に獲得されにくい。異常な摂食のパターンが定着して
いたり、本来は乳児期に消失しているはずの反射が残っていることもある。そのため、食
事がうまくできず、栄養状態に問題を生じたり、誤嚥をくり返して健康に影響が及ぶこと
がある。
また、言語の機能的な発達も、こうした口腔の食べる機能の発達と深い関連がある。重
度・重複障害児への摂食指導は、発声や発音といったコミュニケーション指導の一環とし
ても重視しなければならない。
3.適切な姿勢の保持
姿勢のコントロールは、子どもの運動発達の基本的な要件である。姿勢のコントロール
とは、首のすわりや、座位や立位などの姿勢を安定させること、そして寝返りや、立った
-1-
り、座ったりして、姿勢を意図的に変化させることである。脳性の重度障害者は、こうし
た姿勢のコントロールにも問題がある。障害が重度の場合には、さらに原始反射の残存や
異常な姿勢反応が見られることが少なくない。
姿勢の保持をポジショニングという。ポジショニングが適切に行われていないと、異常
な反射や筋の緊張が誘発されてしまい、本人の意図的な活動が困難になる。そのため、重
度・重複障害者が主体的に学習活動を行うためにはポジショニングが大切である。また、
不適切な姿勢の状態を放置して寝たきりにすると、長期的には体が変形したり、関節が拘
縮するなど、二次的な身体障害も重度化することになる。
4.運動発達の促進
重度の脳性まひ児には多様な障害が重複していることがあるが、共通する特徴的な問題
の一つととして、姿勢と運動の発達障害がある。そこで治療的なアプローチとして、運動
発達を促進する早期訓練プログラムを導入することが効果的とされている。
こうした運動発達を促進する治療法は、ボバース法(Bobath techniques)、動作訓練法
(dohsa-hou)、ボイタ法(Vojta method)などが代表的なものである。また、ボバース法や
ボイタ法は運動発達異常の診断的評価にも用いられる。
ボバース法
脳性まひ児に見られる異常な反射を抑制し、より高次の運動の発達を促進させよ
うとする訓練方法。反射抑制肢位(reflex inhibiting postures; RIP)を行い、立ち直
り反射や平衡反応を促進させ、次第に自律的な姿勢や運動の発達へと導く。さらに、
身体の一部を保持して異常な運動パターンを抑制しながら、他の部位の正常な運動
を促進させる key points of control へと発展させる。
動作訓練
日本で独自に発展してきた訓練法である。脳性まひ児は過度の筋緊張により正常
な動作が妨げられ、誤った動作パターンが定着するが、意図的に身体を動かそうと
するときの努力の仕方を学習させ、自己コントロールによるリラクセーションや、
正しい動作のイメージの獲得を目指す。
ボイタ法
乳児の姿勢反射(主として7種類※)により中枢性協調運動障害(central
coordianative disorder)を早期に発見し、必要に応じて、反射性腹ばい(reflex kriechen)
と、反射性寝返り(reflex umdrechen)の二つの反射性移動運動を誘発する訓練を
行う。これにより、正常な運動発達を促進し、障害の固定を防ごうとする訓練方法。
※ 補足説明
早期診断に用いられるボイタの7つの姿勢反射は次のものである。
①引き起こし反応,②腋下懸垂反応,③ランドー反応,④ボイタ反応,
⑤コリス水平反応,⑥バイパー反応,⑦コリス垂直反応
5.関節拘縮や身体の変形など二次的な問題の発生予防
重度の脳性まひ児は、強い筋緊張や姿勢反応の異常などが長期間続くことにより、二次
的な身体の障害として、関節拘縮や、身体の変形、頸椎症などを生じることが少なくない。
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これらは症状が進行すると、本人の自由な運動をさらに妨げるだけでなく、激しい痛みや
しびれをともなったり、健康状態を悪化させるなど、多くの問題を引き起こす。拘縮や変
形が進むと、外科的な手術が必要になる。さらに手術をもってしても治療できないほど重
症化することもある。体幹の変形がひどくなると、肺が圧迫されて呼吸にも影響を生じる。
こうした問題を予防するためには、専門的な知識と技術のもとで、日常的に適切な姿勢
の配慮や、リラクセーション、適度な運動訓練、筋や関節の他動的な伸展やマッサージな
どが行われる必要がある。
6.ADLの指導
重度・重複障害児は、身体機能が不自由であるため、衣服の着替えや、トイレ、食事と
いった日常生活に必要な基本的な動作も、障害の特性をふまえて計画的に指導しないと十
分に身につかない。こうしたADL(Activities of Daily Living)の訓練には、次のような
項目がある。
① 身のまわりの動作(self care activities)
食事動作,衣服の着脱,身づくろい(整容動作),トイレ,入浴
② 移動の動作
歩行,車椅子(乗り降りの動作をふくむ),階段昇降,はう,いざる
③ コミュニケーション
発声・発音,会話,筆記,電話
④ その他の生活関連動作
炊事、洗濯,掃除、乗り物の運転操作など
また、重度・重複障害児のADL訓練においては、動作の不自由を補うため、使う道具
を選択したり、自助具を工夫して積極的に利用していくことが不可欠である。例えば、手
のまひで通常のスプーンがにぎれなくても、持ち手を太いパイプにするだけで使えるよう
になることもある。ズボンは、ウエストをゴムにすることで自分ではけるようになる例も
ある。
7.心理的な自律の向上と社会生活技能の指導
先に述べたADLは、実際には、障害の重い子どもには困難なことが多く、成長しても
身のまわりのことをすべてを自分で行える例はむしろ少ない。他者から介助を受けて生活
せざるを得ない状態が続く。また、こうした重度の障害児は、将来の職業的な自立や、経
済的な自立も実現することも難しい。
しかし、自分の意志でものごとを決め、選択することができるように、精神的な自己決
定の能力を育てることは、やはりとても大切なことである。生活を周囲の介助に頼るため、
自己効力感が低く、心理的にも依存的になり、日常の活動がすべて受け身なものになりや
すい。しかし、自分が何をしたいのか、どうしてほしいのか、何が必要であるのかなどを
考え、希望を実現させるプロセスを、自分自身で計画できるようにしていきたい。
たとえ自分の足で移動できなくても、交通手段を選び、目的地までの経路を考えること
で、その場所に行くことができる。あるいは必要な道具をそろえたり、介助者に依頼する
内容を考えたり、どのような公的サービスが利用できるかを調べるなど、自己の能力の不
足を補う方法を知ることで、活動範囲を広げることが可能になる。
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また、非常に障害が重い子どもでは、好きなことを増やす(興味の対象や範囲をひろげ
る)、できることを増やす(行動の選択肢をひろげる)、自分で選ぶ力を養う(自己選択
・自己決定)といった基本的な事柄が、将来の生活の質(QOL)を高める上で重要な教
育課題になる。
近年では、「適応行動」の評価基準にも、「余暇活動」といった項目が加えられるよう
になった。すなわち、やらなければならない仕事や勉強など、必要な役割や決められたノ
ルマだけでなく、自由な時間をどのように過ごし、楽しめるかという点も、障害者がたく
ましく、豊かに生きていくための能力の一つと考えられる。
このように、重度障害者の場合には、ADLの能力が低いぶん、それに代わる社会生活
技能(ソーシャル・スキル※)を重視していくことが必要である。重い障害をかかえなが
らも、できるだけ実生活に適応し、たくましく生きる力が向上するよう、学校教育の段階
から社会生活技能を高めるとともに、心理的な自律を向上させることが大切である。
※補足説明
ここでいうソーシャル・スキルとは広義の社会生活技能のことを指し、背景には重度
障害者のIL運動(Independent Living)の考え方がある。近年、自閉症児のコミュ
ニケーション指導に用いられる行動療法としてのSST(ソーシャル・スキル・トレー
ニング)とは直接に関連はない。
8.医療的ケア
重度・重複諸害児には医療的なケアを必要とする例があり、近年、特別支援学校の中で
その比率は増している。摂食障害や呼吸障害を有する例では、経管栄養やたんの吸引など
のケアを頻繁に必要とすることがある。このような重症例では、少量でも口から食べる方
がむしろ難しく、誤嚥による事故や慢性呼吸器系疾患など健康安全上のリスクが高い。胃
瘻注入のように医療度の高い処置の方が、むしろ手技も容易であり、誤嚥等の問題を回避
できる。単に医療的ケアを避けようとするだけでは、かえって医療・健康上のリスクを増
すことになる。
特別支援学校における医療ケアについては、平成 16 年9月「盲・聾・養護学校におけ
るたんの吸引等の医学的・法律学的整理に関するとりまとめ」(厚生労働省医政局)が
示され、①経菅栄養、②たんの吸引(口腔内)、③自己導尿の補助などの行為を教員が行
うことを一定の条件下で認めるようになっている。
正しい知識を持ち、技能の研修を積んだ上で、教育保障の観点から医療的ケアに取り組
んでいくことが期待される。ただし学校教育における医療的ケアは、それ自体が学校教員
として必要な専門技能であるというよりも、子どもの教育を保障していくために必要な条
件整備の一環ととらえるべきであろう。
また、広義の医療的ケアは、上記のような技術的対応だけでなく、学校における感染症
の管理や、日常の健康観察、薬物の保管や投与など多様な課題を含んでいる。基本的な対
応ついて共通の指針をもってのぞむことが重要である。
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【 関連用語の解説 】
※ 出 典 『障害児発達支援基礎用語事典』川島書店 2002年発行
pp206-207, 江田裕介,「脳性(小児)まひ」
核黄疸【kernicterus, bilirubin encephalopathy】
人体の代謝物の一種であるビリルビンが異常に貯留した状態を黄疸(高ビリルビン血症)
という。新生児には生理的な軽い黄疸の症状がふつうに見られる。日本では新生児の約 80
%に可視性黄疸が認められる。これは、出生直後には肝の機能が未熟で、間接型ビリルビ
ンを十分に排泄できないことによる。通常は生後2週間以内に消失する。
核黄疸は、重症黄疸により大脳基底核、海馬回、視床下部、小脳歯状核など脳幹部がお
かされ、黄染された状態をいう。ビリルビン脳損傷ともいう。血液型不適合妊娠による新
生児溶血性疾患や、特発性高ビリルビン血症などの症状としてあらわれ、脳性まひや聴覚
障害の原因となる。現在では、交換輸血、光線療法、子宮内胎児輸血といった予防医療の
進歩により、核黄疸の発生は希になった。しかし、低体重出生児や呼吸障害児では、ビリ
ルビン値が低くても核黄疸を生ずることがあり注意を要する。
痙直型【spastic type】、強剛型【rigidity type】
どちらも筋の緊張が強い脳性まひの病型である。痙直型は脳の錐体路系に損傷があると
考えられ、腱反射の亢進やバビンスキー反射が見られる。他動的な関節の曲げ伸ばしのと
き、痙直型では、伸ばされる側の筋が反射的に収縮し、運動の開始時や、比較的早い運動
での抵抗が強い。これに対して強剛型では、運動域全体に鉛の管を曲げるような一様の抵
抗があり、遅い運動のときにも抵抗がはっきりと現れる。
血液型不適合妊娠【blood-type-incompatible pregnancy】
母体にはない血液型抗原が胎児にあることを血液型不適合妊娠という。特に問題となる
のは Rh-Hr 式血液型不適合で、なかでも Rn 0(D)因子による例が多い。Rh 陰性の母親が、Rh
陽性の子を妊娠すると、分娩までの経過で子の赤血球が母体に移行し、約 5 %の母体で抗
Rh 抗体が生産される(感作の成立)。この母親が再び Rh 陽性の子を妊娠すると、母子間
で抗原抗体反応が起こり、胎児・新生児溶血性疾患をきたす。交換輸血の実施以前は、核
黄疸の主要な原因の一つでもあった。出産を重ねると母体の抗体価は高くなる。初産でも
妊娠中に胎児の赤血球が母体に移行すると感作は成立することがあり、流産(自然・人工)
でも感作の可能性はある。母体が Rh 因子不適合輸血を経験すると、40 ~ 50 %と高確率
で感作が起こり、抗体価も高く危険である。現在では、子を娩出した直後の母体に免疫グ
ロブリンを投与して感作を防ぐ方法が普及し、効果を挙げている。日本人では、Rh 陰性
が 0.5 %と低く、ABO式血液型不適合による新生児溶血性疾患の方が頻度は高いが、こ
ちらは軽症例が多い。
ポリオ【poliomyelitis】
ポリオウィルスによる疾患で、脊髄性小児まひ、急性灰白髄炎ともいわれる。「小児ま
ひ」という語が共通であるため、脳性(小児)まひと混同されることがあるけれども、原
因や症状は異なり、別の疾患である。ポリオウィルスは口から入り、咽頭および小腸の粘
膜上で増殖する。発熱や下痢などの感冒様症状でおさまることもあるが、ウィルスがリン
パ節を経て脊髄の前角細胞に集まると、そこの神経細胞が破壊され、後遺症として弛緩性
のまひと筋の萎縮を残す。ポリオは、かつて肢体不自由児の中心的な疾患であった。しか
し、日本では、弱毒化された生ワクチンの接種が普及した結果、現在では野生株のウィル
スによるポリオの発生は、ほとんど見られない。
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