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参考 5
疫学研究におけるヒルの判定基準
WHO(世界保健機関)や各国の健康リスク評価専門組織が、ある要因 A がある疾患 B の発症に
関 連 す る か ど う か 評 価 す る 場 合 に よ く 用 い ら れ る 手 法 が ヒ ル( ブ ラ ッ ド フ ォ ー ド = ヒ ル:
Bradford=Hill)の判定基準(クライテリア)1)です。疫学研究で示された関連を因果関係(要因 A
が原因で疾患 B が発症する)と推定することの当否を判断するための基準です。
そもそものきっかけは、喫煙と肺がんとの関係を評価した 1965 年の英国にさかのぼります。そ
の当時、喫煙する人は肺がんになり易いと経験的に医師は感じていましたが、その当否を明らかに
するために、ヒルは喫煙が原因で肺がんが発症すると推定してよいか否か判定する基準を提案しま
した。そしてこの判定基準に照らし合わせて、喫煙は肺がんの原因と推定されると判定されまし
た。現在では、さまざまな疫学研究における関連性の評価に利用されています。
判定基準の各項目について、理解の手助けとして、主に喫煙と肺がんを例にとり解説します。
関連の強固性:要因Aにばく露された群の疾患Bの発症率(罹患率)が、非ばく露群に比べて
どの程度高いかを判断します。喫煙者の肺がん罹患率は、非喫煙者に比べて何倍高いかを調べ
ますと、一般的には 5 倍以上高いことが示されています。なお罹患率の指標は、コホート研究
では相対危険度、症例対照研究ではオッズ比が用いられます。
関連の時間性:要因Aへのばく露があって、その後疾患Bが発生しているかを判断します。疾
患発生の因果関係では当然の基準です。すなわち、肺がんになる以前の喫煙行為について調査
されていますので、要件を満たします。
関連の一貫性:要因Aと疾患Bとの同じ関連が異なった地域、集団、時間でも一貫してえられて
いるかを判断します。喫煙者の肺がん罹患率が非喫煙者に比べて高い現象が、日本だけでなく欧
米やアジアでも、男性でも女性でもあるいは家庭人でも労働者でも、1950 年代でも 2000 年代
でも観察されています。
生物学的説得性:要因Aが疾患Bを招くという説得性のある形態学的、機能的な説明ができる
かを判断します。たばこの煙のなかに、肺がんを招く多数の発がん性物質が含まれていること
がわかっています。また、動物実験ではたばこ煙にばく露された動物に呼吸器系のがんが多発
すること、細胞実験ではたばこ煙成分を負荷した培養条件で、遺伝毒性や催奇形性が確認され
ています。
現時点の知識との整合性:発見された要因Aと疾患Bの関連性は現在一般的に認められている
疾患史や経過と矛盾しないかを判断します。喫煙と肺がんとの関連性と、この分野に関連する
発がん研究、呼吸器学、疾病統計などの知識との間に整合性があります。
量反応関係:関連の強固性を補強するもので、疾患Bの罹患率の大きさが要因Aのばく露量
(期間、強さ、量)によって変化するかを判断します。喫煙期間や喫煙本数の増加と肺がんの
相対危険度には比例関係が認められています。
類似性:要因Aと疾患Bの関連性に、既に認められている因果関係でよく似たものがあるかを
判断します。たばこと肺がんの例ではありませんが、妊娠中にある薬を飲むことが先天奇形の
原因であると認められた例があると、そのような例がない場合に比較して、別の似たような薬
についても因果関係を推定しやすくなります。
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参考 5/疫学研究におけるヒルの判定基準
実験的証拠:要因Aと疾患Bの関連について実験でえられた証拠があるかを判断します。人間
Ⅰ
集団に対して、ばく露によって疾患が発生しやすくなるかを実験することは不可能ですが、少
Ⅱ
なくとも禁煙すると肺がんの罹患率は徐々に減少します。
Ⅲ
Ⅳ
Ⅴ
本来、ヒルの判断基準は9項目からなっています。ここに挙げた8項目の他に、
「関連の特異性」、
すなわちひとつの原因はひとつの影響だけをもたらす、というものがあります。このような特異的
Ⅵ
関連が認められれば因果関係と推定しやすいことは確かですが、現実にはひとつの要因はいくつも
Ⅶ 健康影響に関する研究―疫学研究におけるヒルの判定基準
の影響をもたらし、このような特異性はほとんどありえません。また関連が特異的でないからと
いって因果関係でないという理由にはなりえません。事実、喫煙は肺がんの他、他部位のがん、心
疾患など多くの疾患の原因であることが認められています。したがって、現在では、「特異性」の
項目は重要視されていません。
超低周波磁界と小児白血病との関係について、疫学研究が報告する関連を因果関係と推定するこ
との当否を、ヒルの判定基準に照らし合わせてみましょう。
関連の強固性は、有名なアールボムのプール分析 2)の結果[▶Ⅱ(5-1)]からは、0.4 マイクロテ
スラ以上の居住環境にいる子供の小児白血病罹患率が 0.1 マイクロテスラ以下の子供に比べて 2 倍
となっています。関連の時間性は満たしています。関連の一貫性は、これまでの数多くの疫学研究
は必ずしも一貫性があるとはいえませんが、プール分析した研究結果はある程度の一貫性を示して
います。生物学的説得性は、動物や細胞を使った生物学的研究からは、磁界が小児白血病の原因と
なる裏付けはえられていません。現時点の知識との整合性は、細胞生物学の基礎的知識、磁界につ
いての電磁気学的知識などとの整合性はみられません。量反応関係は、0.4 マイクロテスラ未満の
環境で小児白血病罹患率は、増加を示さず、0.4 マイクロテスラ以上でのみ統計学的に有意な増加
が認められているのみです。したがって、量反応関係はみられません。類似性および実験的証拠は
不明です。
[参考資料]
1)Bradford-Hill“TheEnvironmentandDisease:AssociationorCausation?”ProceedingsoftheRoyalSocietyofMedicine,
58(5),pp.295–300(1965)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1898525/pdf/procrsmed00196-0010.pdf
2)Ahlbometal.“Apooledanalysisofmagneticfieldsandchildhoodleukaemia”BritishJournalofCancer,83(5),pp.692698(2000)
http://www.nature.com/bjc/journal/v83/n5/pdf/6691376a.pdf
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