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フィンランド酪農の現状
LIAJ NEWS-101 06.11.29 0:01 PM ページ6 海 外 情 報 はじめに プロフィール 第35回ICARおよびINTERBULLの総会が6月2∼ 正式には、スオミ共和国という(湖沼が多いという 12日までの間、フィンランドのクオピオで開催され、 意味)。北緯60∼70度に位置し、アイスランド等とな 参加する機会を得た。総会の概要については次号で報 らび世界最北の国家。面積は338千 告する予定であるが、期間中フィンランドの酪農現場 小さい。人口は519万人(北海道と同程度)。スウェ や乳業プラント等に接する機会もあったので、そこで ーデンとロシアの支配期間が長く続き、1917年のロシ 知り得た情報をまず若干紹介したい。 ア革命時に独立した建国90年の若い国である。氷河時 わずか1週間程度の滞在で、フィンランド酪農を語 代の影響により湖沼が多く、「森と湖の国」と呼ばれ ることは出来ないが、農業国としては世界の中で最も る美しい国である。その呼称の通り国土の65%は森林 北に位置する厳しい自然条件下での酪農を知ることは、 であり林業が盛んで、「森林の無いフィンランドは毛 生乳の需給緩和による減産型計画生産が行われている のない熊」「緑の黄金」という考え方に基づき、植林に わが国において、今一度、酪農の原点に立ち返る参考 熱心に取り組んでいる。 になるかもしれない。 また、最近ではIT産業が極めて盛んであり、イン で日本よりやや ターネット普及率では本家アメリカを越えている。今 回参加したICARのオープニングセッションでスピ ーチを行ったノキア社はフィンランドの携帯電話会社 であるが、世界シェアで35%(2005年)を占める世界 一の携帯電話会社である。 酪農概況 クオピオ 国土の4分の1は北極圏であり、気温は首都ヘルシ ンキで、夏は15∼20℃、冬は−5∼−10℃である。酪 ヘルシンキ 農の主力地域は、ヘルシンキより、さらに北方へ約 300kmの、ICARが開催されたクオピオを中心に西海岸 へ延びる北緯63度の地域であり、ミルクベルトと呼ば れている。気温はヘルシンキより5℃程度低い。フィ ンランドは白夜の国でも有名であるが、気温と日照時 間の関係から耕作の適期は短く、南西地域は180日、 北部では110日しかない。こういった過酷な自然環境 6 LIAJ NEWS-101 06.11.29 0:01 PM ページ7 海 外 情 報 ●フィンランド最大の乳業メーカープラント ●非常に厳しい検査が行われている であるから、乳牛は毎年8∼9ヵ月間は外に出すこと ができず舎飼いされる。作物は限定的で、収穫が見込 めるのは、牧草、大麦とジャガイモだけである。この 牛群検定概況 ことからフィンランドの飼料はグラスサイレージが中 心となっている。 2005年のフィンランドの酪農家戸数は15,840戸、飼 フィンランドにおける平均飼養頭数は20頭、年1頭 養頭数は316,800頭、生産量は年間229万tである。日 当たり7,835kgである。牛群の飼養頭数と年間平均の 本と単純に比較すれば、「なんだ? 日本以下ではな 生産量は今後も成長を続けるが、農家と牛の数は減少 いか?」と思われるかもしれない。しかし、ここで注 するだろうと予測されている。とりわけ酪農家戸数は、 意すべきは人口である。国民1人当たりで計算すると、 10年以内に半減するとされている。このことは今後い フィンランド国民1人当たり442kgになる。日本の場合、 かに労働効率を強化し、生乳生産コストを削減するか 同年の生産量の年間840万tを人口1億2620万人で割る が最重要課題であることを意味している。 とわずか66kgにしかならない。日本では冷夏の年は牛 フィンランドにおける乳牛の割合は、エアシャーが 乳が売れないとも言われているが、万年冷夏のフィン 約71%、ホルスタインが28%、フィンランド固有のそ ランド、しかもEU内で貿易が完全自由化されており、 の他の乳牛が1%である。エアシャーの改良にかけては、 近隣国に酪農王国デンマークやオランダがあるにもか 世界のレッド系乳牛では「世界最高」を自称している。 かわらず輸出(生乳の約25%)まで行われていること 日本的な感覚としては、ホルスタインが当然という を考えると、いくら食習慣や加工用と飲用の違いがあ 思いがあるが、フィンランドにおいてエアシャーの飼 るとしてもこの数字に改めて驚かれるだろう。では、 養頭数が多い理由として、その品種特性である優れた こういった過酷な自然環境および経済環境で、どのよ 耐寒性、強健性、小柄な体格、粗飼料の利用性等があ うにしてフィンランド酪農が成立しているのかをみて げられる。早い話が、寒すぎてホルスタインでは生産 いきたい。 性を保てないのである。 こういったことからエアシャーはフィンランドに限 らず同様の自然環境であるノルウェー、スウェーデン でも広く飼養されている。表に、フィンランドの牛群 7 −LIAJ News No.101− LIAJ NEWS-101 06.11.29 0:01 PM ページ8 海 外 情 報 検定の成績(2005年)を示すが、エアシャーはホルス タインに比べ乳量でこそやや劣るものの、乳成分にお いてはホルスタイン以上の能力であり、そのうえで耐 寒性に優れ、小柄で強健であれば、エアシャーが好ま れることもうなずけよう。検定成績としても、平均の 体細胞数は極めて少なく乳質として良質である。 また、分娩間隔も日本と比較して極めて優秀である。 なお、検定の普及率は、検定農家69.1%、検定牛77.1 %である。 牛群検定の活動体制 ①組 織 ●訪問した農家の自慢の一頭! 改良につ いて 農家自身によって組織されるProAgriaと呼ばれる組 織によって牛群検定が運営されている。ProAgriaは全 国20の地域指導センター(4つのスウェーデン語地域 牛群検定としての活動のほんの一部であるが、日本 を含む)から成り、約800人のアドバイザー(うち220 でも参考にすべき点は多いと思われる。 人が牛群検定関連)を雇用している。 フィンランドの乳牛の中心は1900年代半ばに輸入さ ②指 導 れたエアシャーである。以後、エアシャー中心に改良 フィンランドのみならず北欧では牛群検定自体は自 を進めてきており、全体の71%を占めている。 家検定が中心である。 このことから、後代検定にかける候補種雄牛は、毎 その比率は全検定の97.3%にも及ぶ。北欧において 年、エアシャー120頭、ホルスタイン50頭、フィンラ 自家検定が普及したのは、やはりその厳しい自然環境 ンド固有種8頭 計約180頭である。後代検定において、 によるものと思われる。1960年代に現在の自家検定を 1種雄牛あたり150∼250頭(平均200頭)の娘牛を生 中心とした方式が確立している。1960年代と言えば、 産する。これは、1酪農家における全授精のうち40% まだ道路事情も良くないであろうし、太陽の昇らない に相当する。日本においては、ご存じのとおり、185 季節に立会検定は不可能であったに違いない。その代 頭の種雄牛を毎年後代検定にかけているので、ほぼ同 わりにアドバイザーによる指導は充実している。 じ種雄牛頭数ではあるが、娘牛数が日本の場合50頭で アドバイザーの専門的知識は、食肉、経営、環境保 あるから、実に4倍の娘牛を生産していることになる。 護におよぶ。アドバイザーは年2∼6回検定農家を訪問 後代検定において、国内での飼養環境下での能力を検 の上指導を行い、牛群検定成績を分析して、あらゆる 定することが最も重要であるが、まさにフィンランド 改善の提案を行う。経済指標と農家との対話により、 では率先して、このことを実施しているのである。や 農家の総合的な競争力を計画、経営知識、指導力、適 はり他国に例をみない厳しい自然下での飼養環境であ 性 、ユーザー管理、プロセスの6項目から評価する。 るため、インターブルによる輸入精液に頼ることが出 生産面では、生産分析用のツールにより農家ごとに 来ないからであろう。 分析できる。プロフィールで紹介したとおりフィンラ フィンランドにおける選抜のための総合指数はTMI ンドはIT大国であるので、このツールはインターネッ (T o t a l M e r i t I n d e x)と呼ばれ、蛋白質量1.0、乳脂 トで公開されており、アドバイザーと農家がいつでも 肪量0.3、蛋白質率0.3、受胎率0.4、乳房形状0.5、乳器 利用出来るようになっている。常に農家はフィンラン 障害0.3に重み付けされている。乳器障害などは、獣 ド内でのベンチマーク(基準)とポジショニング(基 医師の協力によりデータ収集しており、受胎率を含め 準から見て良いかどうか)を知ることができるように るなど、日本とは概念的にかなり異なる。 なっている。 8 LIAJ NEWS-101 06.12.8 9:11 AM ページ9 9 −LIAJ News No.101−