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山梨医科学誌 20(1),13 ∼ 16,2005
症例報告
尿道括約筋損傷による術後難治性尿失禁に対して
人工尿道括約筋(AMS800)埋設術を行した 2 例
別 府 正 典,荒 木 勇 雄,座光寺 秀 典,
小 室 三津夫,三 神 裕 紀,武 田 正 之
山梨大学大学院医学工学総合研究部泌尿器科学
要 旨:人工尿道括約筋は,腹圧性尿失禁のうちの内因性尿道括約筋不全(type Ⅲ)で,従来の
治療が無効なものが適応となる。今回我々は,前立腺全摘術後と TUR-P 手術後の男性内因性括約
筋不全症例に対し,人工尿道括約筋埋設術を施行したので報告する。【症例Ⅰ】72 歳 男性。前立
腺全摘術後の腹圧性尿失禁に対し,人工尿道括約筋埋設術を施行した。術後 33 ヶ月経過し,中腰
の姿勢で尿失禁を時に認めるものの,失禁用パッドの使用の必要はない。【症例Ⅱ】73 歳 男性。
TUR-P 手術時の尿道括約筋損傷に伴う腹圧性尿失禁に対し,人工尿道括約筋埋設術を施行した。
術後 16 ヶ月経過し,稀に尿失禁を認めるものの失禁用パッドは不要である。今回,我々の施行し
た 2 例の人工尿道括約筋埋設術は,腹圧性尿失禁の治療に有効であった。生理的な自排尿が可能で
あり,患者の QOL を向上させた。
キーワード
腹圧性尿失禁 内因性尿道括約筋不全 人工尿道括約筋
はじめに
よび経尿道的前立腺切除術(TUR-P)術後の内
因性括約筋不全症例 2 例に対し,人工尿道括約
内因性尿道括約筋不全による腹圧性尿失禁の
筋埋設術を施行したので,その成績を報告する。
治療法として,骨盤底筋体操や薬物療法はほと
んど無効であり,手術療法が適応となることが
症 例
多い 1)。尿道周囲コラーゲン注入療法は簡便で
あるが,その治療成績は不良である 2)。女性に
【症例Ⅰ】
おけるスリング手術の治療成績は良好である
72 歳 男性。既往歴:高血圧症(降圧剤内
が ,重症例や男性症例においては手術手技や
服中),高脂血症。現病歴:前立腺癌(clinical
術後合併症(排出障害)などの問題点があり,
stage B)に対し 1999 年 6 月 21 日前立腺全摘術
必ずしも良好とはいえない 。成人男性におけ
および去勢術を施行された。病理診断は中分化
る腹圧性尿失禁は,前立腺手術に伴う尿道括約
腺癌,pT3aN0M0 であった。術後より腹圧性
3)
4)
筋損傷が原因である場合が多く,重度尿失禁で
尿失禁(100 ml/ 回以上)が出現した。骨盤底筋
あり,従来の手術療法による治療成績は極めて
体操,抗コリン剤の経口投与を続けるも効果は
不良である。今回我々は,前立腺全摘術術後お
なかった。腎盂造影,超音波検査にて,上部尿
〒 409-3898 山梨県中巨摩郡玉穂町下河東 1110
受付: 2004 年 3 月 9 日
受理: 2004 年 4 月 1 日
路に異常なし。逆行性尿道造影では膜様部尿道
が短く,明らかな尿道狭窄は認めなかった。膀
胱尿道鏡所見では尿道括約筋部が短く,開大し
別 府 正 典,他
14
表 1.術前術後のウロダイナミクス指標
(術前)
症例
1
VV
尿流測定
Qmax
Qave
ウロダイナミクス所見
PVR
CC
Pmax
IVC
(術後)
ALPP
VV
尿流測定
Qmax
Qave
PVR
(ml)(ml/秒)(ml/秒)(ml)(ml)(cmH2O)(有無)(cmH2O)(ml)(ml/秒)(ml/秒)(ml)
127
2
25.8
11.2
なし
なし
189
188
27
無
67
有
30
196
16.4
8.9
なし
113
10.3
6.2
なし
VV :尿量,Qmax :最大尿流量,Qave :平均尿流量,PVR :残尿量,CC : Cystometric Capacity,
Pmax :排尿時最大排尿筋圧,IVC :不随意排尿筋収縮,ALPP : Abdomonal Leak Point Pressure
(注)症例 2 :尿失禁が強度のため術前の尿流測定は施行できなかった。
ていた。尿流測定は良好で(排尿量:127 ml ,最
し,薬物療法での改善は見られず,手術治療目
大尿流量:25.8 ml/秒,平均尿流量:11.2 ml/秒),
的にて 2003 年 5 月 15 日当科紹介受診となっ
残尿は認めなかった。(表 1)以上より内因性
た。腎盂造影・超音波検査で上部尿路に異常な
括約筋不全と診断し,2001 年 1 月 15 日経尿道
し。逆行性尿道造影で,前立腺部尿道がロート
的コラーゲン注入術を施行したが,尿失禁の改
状に開き,括約筋部尿道が短縮していた。膀胱
善は認められなかった。尿流動態検査では,最
尿道鏡でも,前立腺部尿道は短縮開大し,尿道
大膀胱容量 189 ml,排尿時最大排尿筋圧
括約筋部 12 時方向が瘢痕状に硬く開いていた。
27 cmH2O でコンプライアンスは良好で,Leak
尿失禁強度のため尿流測定は施行できなかった
Point Pressure は 30 cmH2O 以下であった。人
が,残尿は認めなかった。尿流動態検査では,
工尿道括約筋埋設術について,本人・家族に十
最 大 膀 胱 容 量 188 ml, 排 尿 時 最 大 排 尿 筋 圧
分説明し,文書でインフォームドコンセントを
67 cmH2O でコンプライアンスは良好であった
得た。2002 年 4 月 12 日,全身麻酔下に AMS800
が,不随意排尿筋収縮を認め,排尿筋過活動と
人工尿道括約筋埋設術を施行して一旦退院し,
診断した。内因性括約筋不全による腹圧性尿失
術後約 5 週間後の 5 月 17 日に再度入院の上,
禁と診断し,人工尿道括約筋埋設術について,
ポンプを活性化させて人工括約筋の使用を開始
排尿筋過活動に対する術後の対処法を含めて本
した。同時に膀胱容量の増加を目的に,抗コリ
人・家族に十分説明し,文書でインフォームド
ン薬(バップフォー 20 mg)の内服を開始した。
コンセントを得た。2003 年 7 月 25 日,全身麻
尿失禁は消失し,尿流測定は良好(排尿量
酔下に AMS800 人工尿道括約筋埋設術を施行し
196 ml,最大尿流量: 16.4 ml/秒,平均尿流
た。術後約 8 週間後の 9 月 17 日にポンプを活
量:8.9 ml/秒)で(表 1),残尿も認めなかった。
性化させ人工括約筋の使用を開始した。術後,
術後 33 ヶ月経過時点では,機能的膀胱容量
尿失禁は消失し,膀胱容量も十分であった
250 ml で,中腰姿勢で時に少量の尿漏れがあ
(250 ml 以上)。尿流測定では排尿量 113 ml,
るが,失禁用パッドの使用を必要としていない。
最大尿流量 10.3 ml/秒,平均尿流量 6.2 ml/秒
【症例Ⅱ】
で,残尿を認めなかった。(表 1)術後 16 ヶ月
73 歳 男性。既往歴:冠攣縮性狭心症(内
経過時点で,機能的膀胱容量 350 ∼ 400 ml,特
服薬服用中)。現病歴: 前立腺肥大症の診断で,
別力んだ時に少量の尿失禁があるが,普段は失
2002 年 9 月 18 日他院にて TUR-P を施行され
禁用パッド使用の必要はない。
た。30 g の前立腺が切除され,病理診断では悪
性所見なし。術中 12 時方向に穿孔を起こし,
考 察
下腹部正中切開にて膀胱瘻造設術を施行され
た。 術後尿道括約筋損傷による尿失禁が出現
腹圧性尿失禁の成因としては,尿道過可動と
人工尿道括約筋 AMS800
15
図 1. AMS SPHINCTER 800TM の構造と留置時の位置関係を示す。
内因性尿道括約筋不全がある。一般の女性にみ
症がある,3)機械的故障がある。現在国内で
られる腹圧性尿失禁はほとんどが尿道過可動に
利用できる人工尿道括約筋は AMS800 である。
よるもので,軽度なものでは骨盤底筋体操,薬
人工尿道括約筋は生体の尿道括約筋の機能を模
物療法,電気刺激療法などの保存的治療が有効
して作られ,機能的に正常な膀胱が蓄尿,排尿
である。内因性括約筋不全の典型的な原因疾患
できるように作られている。改良が重ねられ,
としては,小児の二分脊椎における括約筋機能
特に材質の開発により solid silicone elastomers
不全と成人男性の前立腺手術に伴う括約筋損傷
を用いた AMS800 が使用されるようになり尿禁
がある。これら重度の内因性括約筋不全症例に
制を保持できない機械的故障(圧調節 balloon
おいては,保存的治療はほとんど無効であり,
の故障が最も多い)はほとんどなくなった。生
手術療法を要することが多い。内因性括約筋不
体適合性も良く故障しない限り長期留置が可能
全に対しては,尿道周囲コラーゲン注入療法や
である。しかし,術後骨盤内放射線治療が必要
スリング手術が適応であり,さらに重症例では
になった場合は,silicone の変性や尿道の萎縮,
膀胱頚部再建術が適応となることもある。しか
cuff 逸脱,感染などが考えられデバイスの摘出
し,コラーゲン注入療法の治療成績は不良であ
を余儀なくされることがある。AMS800 は,尿
り,女性においては治療成績の良好なスリング
道に巻く cuff(人工尿道括約筋)と等浸透圧の
手術も,男性における治療成績はよくない。膀
液体を貯留する圧調節 balloon 及び pump から
胱再建術は侵襲が大きく,術後には自己導尿が
なる。尿道球部に巻いた cuff と骨盤内(膀胱
必須であり,施行されることは比較的稀である。
前腔)に留置した balloon を陰嚢(あるいは大
一方,人工尿道括約筋は,比較的手術侵襲が
陰唇)皮下に留置した pump に tube で接続す
少なく,治療成績も良好である 5,6)。適応症例
る。尿禁制を保持するため尿道組織は cuff で
は,従来の治療で効果のない内因性尿道括約筋
加圧されるが,加圧されても収縮期血圧より低
不全(type Ⅲ)による腹圧性尿失禁症例であ
く調節され循環障害による尿道組織の萎縮や壊
るが,低コンプライアンス膀胱や高度の排尿筋
死を防止できる定圧の balloon が用いられる。
過活動などの膀胱機能障害を合併する症例には
しかし,cuff のサイズが尿道のサイズに適さな
注意が必要である。人工尿道括約筋の利点とし
ければ,術後も尿失禁が改善しない可能性もあ
ては 1)自排尿が可能,2)尿禁制率が高い。
るし,尿道組織の萎縮や壊死を起こす可能性も
欠点としては 1)手術侵襲を伴う,2)異物埋
ある。そのため術中の尿道のサイズ計測とサイ
設に伴う感染症や組織の萎縮や壊死などの合併
ズに合った cuff の選択が極めて重要である。
別 府 正 典,他
16
図 2. AMS SPHINCTER 800TM の Activation 時と Deactivation 時の骨盤 X-P
陰嚢内の control pump,尿道周囲の cuff(矢印),骨盤内の reserve balloon が適切な位置にあること
が確認される。Activation 時 cuff が膨らみ尿道を閉鎖し,deactivation 時に cuff 内の液体が balloon の
中に逆流し,尿道が開いている様子がわかる。
我々は術中 cuffsizer を用い厳密に尿道周囲長
を測定した。人工尿道括約筋の使用は術後 6 ∼
8 週で開始する。初めは pump の Deactivation
を解除し,人工尿道括約筋を作動させる。する
と尿道を取り巻く cuff に液体が送り込まれ,
cuff が尿道を閉鎖し,失禁を防止することがで
きる。その後は排尿時に陰嚢内に埋め込まれて
いる pump を皮膚の上から操作する。Pump は
上部の硬い部分と下部の比較的柔らかい部分か
らなり,下部の比較的柔らかい部分をゆっくり
と 5,6 回繰り返し押すと cuff 内の液体が再び骨
盤内の balloon の中に逆流し,cuff が開くこと
で排尿が可能となる。cuff を閉じる時は通常操
作は不要で,2,3 分のうちに balloon の液体は
自動的に cuff に戻り,尿道を閉鎖する。
今回我々は,従来の治療が奏効しない尿道括
約筋損傷による腹圧性尿失禁症例 2 例に対し
て,AMS800 人工尿道括約筋埋設術を施行し,
極めて有効であった。人工尿道括約筋は,生理
的な自排尿が可能であり,患者の QOL を向上
させた。
文 献
1) Blaivas JG, Olsson CA: Stress incontinence ; Classification and surgical approach. J Urol, 139:
727-731, 1988.
2) 本間之夫,阿曽佳郎,河邉香月,鈴木和雄,景
山慎二,ほか:尿失禁に対する GAX コラーゲ
ン注入療法の臨床結果. 泌尿器外科,7 : 821831, 1994.
3) Chaikin DC, Rosenthal J, Blaivas JG: Pubovaginal
fascial sling for all types of stress urinary incontinence : long-term analysis. J Urol, 160: 13121316, 1998
4) Rezapour M, Falconer C, Ulmsten U: Tensionfree Vaginal Tape (TVT) in stress incontinent
women with intrinsic sphincter deficiency
(ISD)–along–term follow up. Int Urogynecol J,
12: S12-14, 2001
5) American Medical Systems: 4th edition AMS
Sphincter 800TM Urinary Prosthesis, Minnesota,
1989
6) Gundian JC, Barrett DM, Parulkar BG : Mayo
clinic experience with use of the AMS 800 artificial urinary sphincter for urinary incontinence
following radical prostatectomy, J Urol, 142:
1459-1461, 1989
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