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プログラミングの知識を持たない市民を巻き込んだオープンデータの利活用

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プログラミングの知識を持たない市民を巻き込んだオープンデータの利活用
プログラミングの知識を持たない市民を巻き込んだオープンデータの利活用
小林重人(北陸先端科学技術大学院大学)
Keyword: オープンデータ、シビックテック、
「税金はどこへいった?」
、行政の透明性、市町村民税
【はじめに】
場がプログラミングの知識を有する一部の技術者に限ら
オープンデータとは「自由に使えて再利用もでき、か
れていることや、活動のためのモチベーションを維持す
つ誰でも再配布できるようなデータ」
(OKF 2012)のこと
ることが難しいという指摘もされている(原他 2015)
。
である。一般的には行政が保有する統計情報、防災情報、
特に後者の指摘については、開発されたサービスを誰が
地理空間情報を機械判読に適した形式で公開することを
どのようにメンテナンスしていくのかというサービスの
指す。近年、こうした誰もが自由に使える公共のオープ
持続性の問題とも直結する課題となっている。では、シ
ンデータを利用して、地域の課題を解決するための独自
ビックテックの担い手と期待されている一般市民のオー
のサービスを市民が構築する動き(シビックテック)が
プンデータに対する認識はどのようなものであろうか。
欧米を中心として世界中に広がりを見せている。日本政
2014 年 11 月に全国の住民(1034 人)を対象にインタ
府もオープンデータの取り組みを積極的に推進しており、
ーネット経由で実施されたオープンデータに関する意識
オープンデータの意義と目的として、1)透明性・信頼の
調査(電子行政オープンデータ実務者会議 2015)による
向上、2)国民参加・官民協働の推進、3)経済の活性化・
と、オープンデータについて「よく知っている」と回答
行政の効率化、の 3 つを挙げている(高度情報通信ネッ
した人が全体の 2.6%(27 人)であったのに対して、
「全
トワーク社会推進戦略本部 2012)
。
く知らない」と回答した人は全体の 74.8%に上った。現
平成 26 年度版情報通信白書(総務省 2014)によると、
状ではほとんどの市民がオープンデータについて理解を
オープンデータへの取り組みを既に推進している地方自
しておらず、その普及が一部の技術者に限定されている
治体の割合は市・特別区で 11.2%(N=427)
、町村で 3.3%
状況であると推測される。この調査結果を受けて、2015
(N=274)と全体に占める割合はまだ小さいが、年々その
年 2 月に公開された「地方公共団体オープンデータ推進
割合は増大しつつある。このうちオープンデータのグッ
ガイドライン(内閣官房情報通信技術総合戦略室 2015)
」
ドプラクティスとして知られる鯖江市では、公開された
では、オープンデータの利活用促進のためには地方公共
多数の施設情報(トイレ、避難所、AED の位置)や観光
団体や民間企業だけではなく、一般市民への認知拡大へ
情報を利用して開発された 100 以上のアプリが鯖江市の
の取り組みを図ることの重要性について言及している。
ウェブサイト上で公開されており 、市民の生活だけでは
1
なく観光客にとっても役立つものとなっている。
【市民参加によるオープンデータの活用事例】
このようなオープンデータを活用した新たなアプリケ
市民参加によるオープンデータの先進的な活用事例と
ーションやサービスは、多様な人たちとアイディアを出
して税金の使途を可視化する「税金はどこへいった?」
し合いまとめていく「アイディアソン」や短期間でプロ
というサイトがある(図 1)
。このサイトは、イギリスの
グラミングを行う「ハッカソン」と呼ばれるイベントを
Open Knowledge Foundation が開発した 「Where
通じて開発されることが多い。同様のアプリケーション
Does My Money Go?」が基礎となっており、2012 年に
やサービスを企業に発注した場合と比べると、実際に動
国際大学 GLOCOM で開催された「オープンデータ活用
作する解決策がその場で作られるため、費用的にも時間
ハッカソン」によって日本語版が作られた。このサイト
的にも低コストで抑えることができる(野邉 2014)
。そ
が構築された目的は、税金の使途の透明性と行政運営に
の一方で、アイディアソンやハッカソンによる手法に対
対する市民の意識向上を図ることである。自治体が公表
して、現実の社会課題を解決していない、いつも同じよ
している予算書ないしは決算書のデータを基にして、自
うなアプリを作っているといった実用性の低さを指摘す
分の年収と世帯構成を入力すると納めた市町村民税の概
る批判もある(庄司 2014a)
。また、シビックテックの現
算と使途別の一日当たりの支出額を知ることができる。
その他に自治体の使途別の予算額も一目でわかるように
1
データシティ鯖江 アプリケーション
(http://www.city.sabae.fukui.jp/pageview.html?id=12767)
なっている。
検討、そして普及のための方策を考える「マーケソン」
というイベントによる解決も図られているが(庄司
2014)
、マーケソンで出されたアイディアを誰がどのよう
に実践していくのかという課題は残ったままとなってい
る。
【研究目的】
そこで本研究は、いかにしてプログラミングの知識を
持たない市民を巻き込んだオープンデータの利活用を実
図 1 「税金はどこへいった?」能美市版
践するか、さらにどのようにして構築されたサービスの
持続性・発展性を担保するかというオープンデータの普
2015 年 6 月現在で 168 の自治体のサイトがあり2、主に
及に立ちはだかる問題の解決を実践によって取り組むこ
有志の市民によって構築・運営がなされている。各サイ
ととした。具体的にはプログラミングの知識を持たない
トの構築にはデータ入力や整理に関わる部分でプログラ
市民が「税金はどこへいった?」のデータ更新作業を通
ミングの知識を持たない人たちも含めた取り組みがなさ
じてどのような学習をすることができるのか、そしてそ
れているが、その多くはプログラミングの知識を持つ技
の学習の程度と今後の運営や開発に協力する意向との関
術者によって担われている。このような場合、一般市民
係について明らかにする。
に対するサイトの周知や学習の機会にはなりにくいこと
に加えて、オープンデータそのものの普及に繋がりにく
【研究手法】
いという問題がある。また、データがサイトを作成した
石川県能美市が主催する「まなびフェスタ 2015」にて
当初のままで年度を越えてもまったく更新されていない
「税金はどこへいった?-税金の行き先がわかるウェブ
自治体のサイトも多数見られることから、サービスの持
サイトをみんなでつくろう-」と題したワークショップ
続性や発展性という点でも問題を抱えている。現状では
を企画し開催した。参加者の募集は、主に市広報誌や
多数のサイトがプログラミングの知識を持つ技術者の一
Facebook を通じて行われ、募集要項には 1)市税の使わ
時的なオープンデータの利用に留まっており、その知識
れ方からまちづくりについて考える試みであること、2)
を有さない市民までを巻き込んだオープンデータの利活
コンピュータの知識は一切必要ないこと、の 2 点が記載
用になっているとは言い難い。
された。ワークショップにはプログラミングの知識を持
たない市民 12 名が参加し、4 名を 1 グループとして各グ
【オーブンデータ推進モデルとその課題】
ループでサイトのデータ更新を行うと共に、更新したサ
市民参加を含めたオープンデータを推進するためのモ
イトの情報を基に「税の使途」という視点から能美市の
デル研究はこれまでにいくつかなされている。庄司
まちづくりについて話し合いを行った(図 2)
。ワークシ
(2014b)は、データそのものを社会で循環させる仕組み
ョップ終了後には参加した 12 名全員に質問紙を配布し、
を構築することでオープンデータを推進することを提言
このうち 20 代から 60 代までの 11 名(男性 9 名、女性 2
し、早田他(2015)は行政職員の参加とプロデュース人
名)から質問紙を回収した。
材に着目した協働推進モデルを提示している。これらの
モデルは、いずれもサービスを創出するための課題発見
やサービスを開発する過程での市民協働については言及
されているが、開発されたサービスをどのように利用し
てもらうのか、もしくはサービスをどのように持続・発
展させていくのかということについては言及されていな
い。このような問題に対してサービスの有効性や改善の
2
Where Does My Money Go?プロジェクト
(http://spending.jp)
図 2「まなびフェスタ」におけるワークショップの様子
【ワークショップの狙いと内容】
【調査結果】
表 1 は、本ワークショップの主な流れを示したもので
サイトの利用によって能美市の税収の透明性が高まっ
ある。
「税」は身近にあるものでありながら、それがどの
たかを尋ねたところ、1 名を除いて 10 名が少なからず透
ように算出され、自分たちの街のために使われているか
明性が高まったと思うと回答した(図 3)
を知らない市民は多い。そこで、まず初めにアイスブレ
イクとして能美市の歳出の項目や使途を遊びながら学べ
るカードゲームを行い、その後で公開されている能美市
の予算書をグループごとで読むことを行った。
「税金はど
こへいった?」能美市版に触れてもらう前に予算書を読
んでもらうことにしたのは、実際の予算書の情報量の多
さとそれに伴う理解の難しさを前もって体験してもらう
ためである。それから参加者に実際のサイトを触っても
らい、その後でオープンデータの目的や意義、他自治体
における先進事例を紹介し、参加者のオープンデータに
対する理解促進を図った。
表 1 ワークショップのスケジュール
図 3 サイトの利用によって能美市の税収の
使途の透明性が高まったと思いますか。
次に税金の使われ方に対する関心について尋ねたとこ
1. 歳出の項目や使途がわかるカードゲーム
ろ、半数以上が「とても高まった」と回答し、残りもす
2. 歳出・歳入に関する話題提供
べて「少し高まった」という回答であった(図 4)
。この
3. 能美市の予算書を読む
ように回答した理由について尋ねたところ、
「税の使われ
4. 「税金はどこへいった?」のサイトを触る
方を知ることは大切であると感じたから」や「市民が払
5. オープンデータに関する話題提供
っている税を誰もが興味を持って知ることがどれだけ必
6. サイト作成に必要なデータを抜き出す
要か理解した」といった税に対する理解の促進が主な理
7. データの更新と確認
由として挙げられた。
8. 平成 25 年度と 26 年度のデータ比較(話し合い)
9. 開発者ミーティング(改善のアイディア出し)
10. アンケート
次にサイト作成に必要なデータを予算書から抜き出す
作業をグループで行った。この作業によってデータ更新
されたサイトを参照しながら、年度別の歳出データの比
較を行い、税の使われ方が年度によってどのように変化
したのかについて話し合いを行った。最後にサイトをも
っと面白く、そして多くの市民に役立つものにするため
のアイディア出しを参加者全員で行った。このアイディ
図 4 ワークショップに参加したことによって能美市に
おける税金の使われ方に対する関心が高まりましたか。
ア出しを「開発者ミーティング」と題したのは、参加者
にサイト開発者としての当事者意識を持ってもらうこと
を期待したためである。参加者からは、
「税金の使途の細
ワークショップにおけるそれぞれの内容について「自
分自身の学び」という観点からどのくらい満足している
分化」
、
「わかりやすいグラフへの変更」といったサイト
かを 5 段階評価で尋ねたところ、
「開発者ミーティング」
の具体的な修正案が出される一方で、
「サイトを中学校の
の平均値が 4.40 で最も高く、次いで「サイトの閲覧(デ
公民の授業で利用する」ことや「予算配分に対する要求
ータ更新後)
」の 4.30、
「予算書の閲覧」と「サイトの閲
や市民が意見を述べる場が欲しい」といった現実的な提
覧(データ更新前)
」が 4.00、最も低かったのは「データ
案が出された。
の入力」の 3.90 であった。
最後に今後「税金はどこへいった?」の運営や開発に
トの開発に携われることを確認した。サービスの持続
協力してみたいと思うかを尋ねたところ、9 名の参加者が
性・発展性という観点からも技術者以外の市民がサイト
「協力したいと思う」と回答した(図 5)
。
の更新や改善のためのアイディア出しに関わる方法を提
示できたことは大きな実務的な貢献である。
今後、行政の透明性をさらに向上させるためには、オ
ープンデータを様々な市民が利活用し、自治体が提供す
る公共サービスの受益と負担の関係を自ら理解すること
が不可欠となっていくだろう。このような活動に主体的
に取り組もうとする市民をサポートしていくことが、ま
ちづくりに対する具体的かつ責任のある意見を述べられ
る市民を増やすことに繋がると考える。
図 5 今後、能美市の「税金はどこへいった?」の
運営や開発に協力してみたいと思いますか。
【引用・参考文献】
・電子行政オープンデータ実務者会議, 2015, 第 9 回会議
配布資料 2-3.
【考察】
(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/densi/dai9/siryou2-3.pdf)
回答者のほとんどがサイトの利用によって税金の使途
・原亮・関治之・古川和年・宮田正秀, 2015,「シビックテ
の透明性が高まったと感じたことから(図 3)
、自分たち
クノロジーは地域経済を活性化するか」
『調査季報』
,
, Vol.
が納めた税が何にどのくらい使われているのかを大まか
176, pp. 38-45.
にでも知ることができたと思われる。さらに回答者全員
・早田吉伸・前野隆司・保井俊之,2015,「オープンデー
の税金の使われ方に対する関心が高まったこと(図 4)や
タ推進に向けた国内先進地域の特徴分析」,『地域活性
その具体的な理由から、まちづくりにおける税の重要性
研究』, Vol. 6, pp. 61-70.
と納税者として使途を監視することの役割について気づ
きが得られたと推察する。
・高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部, 2012,「電
子行政オープンデータ戦略」.
とりわけ興味深いのは、
「開発ミーティング」における
(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/pdf/120704_siryou2.pdf)
回答者の学びの満足度が最も高かったことである。単に
・内閣官房情報通信技術総合戦略室, 2015, 「地方公共団
サイトを利用するだけではなく、データ更新の作業を通
体オープンデータ推進ガイドライン」.
してサイトの開発者として当事者意識を持たせることで、
(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/densi/kettei/opendate_gui
各自が積極的にアイディア出しを行い、それが回答者同
deline.pdf)
士の学びの機会に繋がったと考えられる。
オープンデータを用いたサイトの運営や開発は、プロ
グラミングの知識がないと携わることを遠慮しがちであ
・野邉幸昌, 2014,「オープンデータの取り組み」,『なが
さき経済』, 2014 年 10 月号, pp. 17-26.
・Open Knowledge Foundation (OKF) , 2012,「オープンデー
るが、自分たちのデータ更新によって年度の比較が可能
タハンドブック」.
となった達成経験がサイトの運営・開発に対する協力意
(http://opendatahandbook.org/guide/ja/what-is-open-data/)
向を生み出したと考えられる(図 5)
。サイト開発に関わ
・総務省, 2014, 第 3 章 2 節「オープンデータの活用の推
る小さな経験や貢献意識から生まれた協力意向が、サイ
進」,『平成 26 年版情報通信白書』, pp. 138-153.
トの持続性を高める実際の活動に繋がっていくであろう。
(http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h26/p
df/n3200000.pdf)
【結論・今後の展開】
・庄司昌彦, 2014a,「オープンデータの定義・目的・最新
本ワークショップにおける参加者の観察とアンケート
の課題」
『オープンデータ』
,
,国際大学 CLOCOM, pp. 4-15.
調査の結果から、プログラミングの知識を有さない市民
・庄司昌彦, 2014b,「オープンデータが実現するデータ循
であっても、対象とするオープンデータについての学習
環社会」, WORKSIGHT, 2014 年 3 月 17 日.
やサイト作成への関わり方の工夫によって主体的にサイ
(http://www.worksight.jp/issues/395.html)
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