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情報流通連携基盤の構築に向けて

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情報流通連携基盤の構築に向けて
Studies of Broadcasting and Media
情報流通連携基盤の構築に向けて
谷脇康彦(内閣官房内閣審議官)
1 情報流通連携基盤とは何か
2 情報流通連携基盤の実現に向けた課題
デジタル情報量の拡大
情報間連携の仕組み作り
自立型モデルの構築
3 オープンイノベーションの推進
4 おわりに
谷脇康彦(たにわき・やすひこ)
内閣官房内閣審議官(内閣官房情報セキュリティセンター副センター
長)
。
1984 年,郵政省(現総務省)入省。郵政大臣秘書官,在米日本大使館
ICT 政策担当参事官,総務省総合通信基盤局料金サービス課長,同事
業政策課長,情報通信国際戦略局情報通信政策課長,大臣官房企画課長,
大臣官房審議官(情報流通行政局担当)などを経て,2013 年 7 月より現職。
著書:
『ミッシングリンク〜デジタル大国ニッポン再生』東洋経済新報社,
2012 年 7 月 等
情報流通連携基盤の構築に向けて
1
情報流通連携基盤とは何か
東日本大震災から得られた教訓は多岐にわたる。しかし,特に今次震災に
おいては情報の持つ重要性が注目された。内閣府調査(1)によると,津波か
ら地域を守るために最も重要なことは何かという問いに対し,「1 秒でも早
く高いところに避難する」
(51%)に続いて,「情報が確実に伝達されるよう
にすること」
(20%)という回答が多く,「津波予測の精度を上げる」
(3%)
や「避難訓練や研修を促進する」
(2%)を大幅に上回っている。
情報(データ)は今や社会経済システムに欠かすことのできない重要な資
源であり,政府が 2013 年 6 月に閣議決定した新 IT 戦略(2)においても,
「“ ヒ
ト ”,“ モノ ”,“ カネ ” と並んで “ 情報資源 ” は新たな経営資源」であり,
「分
野・領域を越えた情報資源の収集・蓄積・融合・解析・活用」に政策の力点
が置かれている。
東日本大震災の教訓を踏まえ,通信・放送など情報通信分野においては,
情報伝達のためのネットワークの重畳化や冗長性の確保,各情報通信手段の
特性を生かし組み合わせて活用するベストミックス化などの重要性が指摘さ
れ,こうした課題に対する取り組みはすでにさまざまな方面で展開されてい
る。
そこで,本稿では情報流通連携基盤の構築という少し異なる視点から,東
日本大震災の教訓を踏まえた情報通信政策の方向性について整理する。まず
分析の枠組みとして,情報通信のビジネスモデルを 4 つのレイヤー(事業領
域)に整理しておく(図 1)
。第 1 に端末レイヤーであり,ここにはテレビ,
(1)内閣府「東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会」第 7 回会合・
参考資料 1(本会合は 2011 年 8 月 16 日に開催。資料の元となる「平成 23 年東日本大震災に
おける避難行動等に関する面接調査」は 2011 年 7 月実施)。http://www.bousai.go.jp/kaigirep/
chousakai/tohokukyokun/7/pdf/sub1.pdf
(2)新 IT 戦略の正式名称は「世界最先端 IT 国家創造宣言」。以下,本文においては略称表記とする。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/kettei/pdf/20130614/siryou5.pdf
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放送メディア研究 No.11 2014
図1
ラジオ,スマートフォンなどの携帯端末,パソコンが含まれる。第 2 にネッ
トワークレイヤー(伝送機能)であり,通信事業者の通信網,放送事業者の
放送網,地方自治体や警察・消防が保有する自営網などが含まれる。第 3 に
プラットフォームレイヤーであるが,このレイヤーの上位に位置するコンテ
ンツ(情報)と下位に位置するネットワークや端末をつなぐ機能であり,情
報の連携を促すとともに,その情報群を多様なネットワークや端末に “any
device, any network” で伝送するための環境を実現するための機能である。こ
のプラットフォームレイヤーに位置づけられるのが情報流通連携基盤であり,
個人の認証機能や情報連携のための API(Application Programming Interface)
などの機能が含まれる。
大規模災害が発生した場合,膨大な情報(ビッグデータ)を収集・蓄積・
融合・解析・活用することによって被災地の状況をきめ細かく把握するとと
もに,これらの情報を「見える化」することで正確かつ迅速な判断を導くこ
とができる。当然のことながら,情報流通連携基盤は非常時にのみ機能する
ものではない。平時においても,情報を連携させることで新しい価値や意味
を見出すことが可能となる。これまでの ICT の利活用は,行政,医療,介護,
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情報流通連携基盤の構築に向けて
図2
教育,物流など,各領域に閉じたプロジェクトに限られてきた。しかし,例
えば行政情報と医療情報を連携させることで地域住民一人ひとりの社会医療
費などの管理が効率的に行えるようになるほか,複数の行政手続きをワンス
トップで完了させるなど,地域住民の利便性向上に貢献することが期待され
る。
また,ひとたび災害が発生すれば,避難所の地域住民の行政情報を医療情
報とリンクさせることで避難所単位で必要とされる医薬品の種類や量を集計
し,これを物流のシステムと連携させることで効率的に医薬品を搬送するこ
とができる。つまり,平時に活用している情報流通連携基盤は非常時にも有
効に機能する。換言すれば,平時に使い慣れているシステムであるからこそ,
非常時にも活用できるのである(図 2)。
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2
情報流通連携基盤の実現に向けた課題
それでは情報流通連携基盤を実現するための具体的な課題は何だろうか。
ここではデジタル情報量の拡大,情報間連携の仕組み作り,自立型モデルの
構築という 3 つの課題に整理してみたい。
デジタル情報量の拡大
デジタル情報量の拡大とは,まず機械判読可能(machine readable)なデー
タ量を増加させる取り組みであり,図 1 の最上位に位置しているコンテン
ツ(情報)レイヤーそのものの規模の拡大を目指すものである。具体的には
3 つの施策に整理される。
第 1 に,オープンデータの推進であり,国や地方公共団体が保有するデー
タを XML や csv など機械判読可能な様式で公開することである。例えば,
高知県で行われた実証実験(3)として地質情報(ボーリングデータ)のオー
プン化の取り組みがある。通常,建造物を構築する際にはボーリング調査を
行う。しかし,ひとたび建造物の構築が完了すると,ボーリングデータが活
用される機会がない。そこで,県や市町村が保有するボーリングデータを収
集してデジタル処理する。これによって 3D(立体)の地下構造図が生み出
され,これを基に地震発生時の斜面崩壊危険度,地表最大加速度,液状化危
険度予測などを割り出し,防災基盤の強化や対策の具体化を図ることが可能
になる。
政府におけるオープンデータの取り組みは,2012 年 7 月に公表された「電
子行政オープンデータ戦略」
(IT 総合戦略本部決定)(4)において方針が明確
された。具体的には,①政府自ら積極的に公共データを公開,②機械判読可
(3)http://www.soumu.go.jp/main_content/000262467.pdf
(4)高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部「電子行政オープンデータ戦略」(2012 年 7 月)
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/pdf/120704_siryou2.pdf
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情報流通連携基盤の構築に向けて
能な形式で公開,③営利目的・非営利目的を問わず活用を促進,④取り組み
可能な公共データから速やかに公開等の具体的な取り組みに着手し,成果を
確実に蓄積,という 4 つの原則を掲げるとともに,
「東日本大震災の教訓を
踏まえ,緊急時に有用と考えられる公共データについては早期に取り組みを
進めて」いくこととされ,現在,政府機関におけるオープンデータの取り組
みが進んでいる(5)。
第 2 に,
「知(knowledge)
」のデジタル化の推進が必要である。これは紙
などの媒体に蓄積されたアナログ情報やノウハウなどの暗黙知をデジタルの
形式知に転換し,蓄積・活用を図ることである。例えば,東日本大震災にお
いては医療データの約 3 割を津波によって消失した。このため緊急医療援助
隊が到着しても既往歴や投薬に関する情報がないため,きめ細かい投薬や治
療が困難であった。こうした教訓に鑑み,被災 3 県(宮城県,岩手県,福島
県)を対象として「東北メディカルメガバンク計画」が推進されている。本
計画では地域医療圏の中核的医療機関,診療所,薬局,介護施設などが保有
する電子カルテなどの医療・健康情報を,安全かつ円滑に記録・蓄積・閲覧
できるクラウド型の情報流通連携基盤の構築を進めている。取り組みが先行
している宮城県では,2011 年 11 月,地元の医師会,歯科医師会,薬剤師会,
看護協会,東北大学,県などの関係者が参画し,一般社団法人「みやぎ医療
福祉ネットワーク協議会」を発足させ,本計画の推進母体として積極的な施
策展開が行われている。
また,老朽化が進む社会インフラの維持・補修も耐災害性を高めるうえで
重要である。国土交通省の推計(6)によると,
建設後 50 年以上を経過した道路,
橋は 2009 年の時点で全体の約 8% にとどまっているが,2029 年には約 51%
(5)電子行政オープンデータ戦略に基づき,2013 年 12 月,データカタログサイト試行版が立ち
上げられた(http://www.data.go.jp/)。このサイトは各府省のオープンデータが集約されるとと
もに,政府や地方公共団体におけるオープンデータの取り組みに関する情報が整理されるなど
オープンデータに関する総合ポータルサイトとなっている。
(6)平成 21 年度国土交通白書(2010 年 7 月)http://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/h21/
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まで上昇する。現在,こうしたインフラの経年検査は職員による打音検査が
主流である。しかし,例えば 2012 年 2 月に開通した東京ゲートブリッジに
は多数のセンサーが設置され,光ファイバー経由で橋のひずみや振動を常時
検知し,橋の破損状況等が把握されている。こうしたデータの収集・蓄積を
通じて効率的なインフラの維持・補修が可能となることが期待される。
第 3 に,パーソナルデータの活用である。携帯電話の GPS 機能や自動車
に搭載されたカーナビを活用した位置情報の取得により,震災当時の人や車
の動きを分析する試みがすでに多数行われている。
モバイル機器の高機能化・
低価格化やリアル空間とネット空間の統合化の進展などにより,個人の行動
や趣味嗜好などのパーソナルデータが従来以上にきめ細かく収集・分析・活
用されるようになってきている。他方,現行の個人情報保護法は個人が識別
可能となる情報は自動的に法律の保護対象とする「外形的」個人識別性を採
用していることから,パーソナルデータの活用がどこまで可能なのかが必ず
しも明確ではないとの指摘がなされてきた。
このため,政府は新 IT 戦略に基づき,2013 年 12 月,
「パーソナルデータ
の利活用に関する制度見直し方針」(7)を決定した。本方針においては現行
の「外形的」個人識別性に基づく個人情報保護のあり方を見直し,個人がプ
ライバシーと認める「実質的」個人識別性に基づいて保護対象とするパーソ
ナルデータの範囲を画定する方針が打ち出された。
「実質的」個人識別性とは,パーソナルデータの活用を許諾した場合にお
いて,データ活用で得られる便益とプライバシーが損なわれる費用を,総合
的に勘案して許諾の可否を判断する権利を個人に保障する仕組みである。す
なわち,プライバシーの範囲・内容については各個人で異なることから,デー
タ提供の許諾権を個人の判断に委ねるという考え方に立つ。
上記の考え方を踏まえつつ,企業等が取得したパーソナルデータについて
は本人による開示,訂正,利用停止などの請求権を確実に履行できる仕組み
(7)http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/dai63/siryou2-2.pdf
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情報流通連携基盤の構築に向けて
を整備するとともに,一定の水準まで個人が特定される可能性を低減した
パーソナルデータについては本人の同意なく第三者に提供可能とし,これを
取り扱う事業者が負うべき義務などを法定化することとされている。同時に,
独立した第三者機関を設置し,パーソナルデータの保護と利活用に関する分
野横断的な統一見解の提示,事前相談,苦情処理,行政処分の実施などの対
応を迅速・適切にできる体制を整備することとしている。
なお東日本大震災の際には,医療機関の患者リストが地方公共団体に提供
されない事案や避難所の避難者リストの閲覧に制約が加えられるなど,個人
情報保護法の運用について混乱が見られた。平時と非常時の個人情報保護法
の運用の相違をどこまで認めるかなどについても併せて検討が必要であろう。
ちなみに,個人情報保護法の改正法案については,2014 年 6 月までに法
改正の内容を大綱として取りまとめ,2015 年通常国会への法案提出を目指
すこととしている。
情報間連携の仕組み作り
デジタル情報量が拡大し,リアル空間とサイバー空間の連携が緊密になる
につれて,情報連携のための鍵となる ID(個人識別番号)の在り方につい
ても改善が求められる。
政府は 2015 年秋に国民一人ひとりにマイナンバー(社会保障・税番号)
を通知し,2016 年 1 月からその運用を開始する。ただし,複数の電子申請
を一括して行うワンストップ型の行政サービスの提供は,さらに 1 年後の
2017 年 1 月の開始を想定している。
マイナンバーの利用はあくまで行政機関の提供する公的サービスに限定さ
(8)マイナンバー法の正式名称は「行政手続きにおける特定の個人を識別するための番号の利用
等に関する法律」(2013 年 5 月 31 日法律第 27 号)。同法附則第 6 条においては,「政府は,こ
の法律の施行後 3 年を目途として,この法律の施行の状況等を勘案し,個人番号の利用および
情報提供ネットワークシステムを活用することができるようにすることその他この法律につい
て検討を加え,必要があると認めるときは,その結果に基づいて,国民の理解を得つつ,所要
の措置を講ずるものとする。
」と規定している。本法は段階的な施行が予定されており,本格
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れているが,マイナンバー法附則第 6 条(8)において,マイナンバーの利用
範囲の拡大についても将来の検討課題として位置づけられている。マイナン
バーが民間サービスにおいても利用可能となると,1 つの ID で複数のサー
ビスを利用できる SSO(Single Sign On)の仕組みが構築され,利便性が飛
躍的に向上することが期待される。
その際考慮が求められるのは,ID 認証の厳格性についていくつかのレベ
ル分けが必要になるという点である。例えば医療情報などの機微性の高い情
報の閲覧の際に求められる認証は,一般のコミュニティサイトを閲覧する場
合の認証よりも圧倒的に高い厳格性が求められる。現在の公的認証基盤によ
る認証は,このように情報の機微性や重要度に応じた認証になっていないこ
とから,機微性がなく重要度の低い情報に係る認証まで過度の保護レベルを
適用し,結果として利便性に欠け過度のコストを要しているとの指摘もある。
情報の機微性や重要度に応じた認証を導入するためには LoA(Level of
Assuarance)を数段階に分けて規定し,この LoA に応じて認証に軽重を付け
た公的認証基盤とすることが求められる。この点,新 IT 戦略(9)においては,
LoA に基づく認証の仕組みの導入を検討することとしているが,その場合,
官民の枠を越えて同水準の LoA を保証している場合には,ID の相互認証を
行うことが可能となる。そして,こうした仕組みを実現するためには,LoA
が同水準であるかどうかの判断を含む枠組み全体を決定するポリシー策定者
(公的機関)の位置づけの明確化,ID 認証事業者(IdP : ID Provider)がポリ
シーに従って認証業務を適正に行っているかどうかを認定する認定機関を
ポリシー策定者が指定する仕組みなど,ID 連携(トラストフレームワーク)
の構築について今後具体的に検討していく必要がある。
施行は 2015 年 10 月を予定しているため,附則第 6 条に基づく検討は 2018 年秋の時点が想定
される。
(9)新 IT 戦略では「電子行政サービスにおける認証の在り方を含め,スマートフォンやタブレッ
ト等を通じた IT の活用を念頭に,本人確認手続き規定の類型化を図り,契約締結や役務の利用
に係る利用者の利便性向上とプライバシー保護,本人確認の正確性の担保との両立を図るオン
ライン利用を前提とした本人確認手続き等の見直しについて検討する」としている。
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情報流通連携基盤の構築に向けて
図3
情報間の連携を進めるためには,データ様式や API の共通化を図ること
も必要である。東日本大震災の際はカーナビから取得された自動車の運行実
績を基に,通行可能道路を地図上に示すプロジェクトが多大な効果を挙げた。
この教訓を踏まえ,2013 年春に ITS ジャパンが中心となって行った実証プ
ロジェクトにおいてはいくつかの改善が加えられた。具体的には普通自動車
のみならずタクシーやトラックもデータ収集対象に加え,1 日複数回のデー
タ更新,グーグルマップ以外の電子地図への対応を行ったうえ,データ更新
の手続きについても震災時は手動で行われていたものを自動化し,大規模災
害が発生した場合のデータ配信に向けた運用基準の策定などが行われた。こ
うしたデータ連携を容易にする取り組みが他の領域でも拡大することが期待
される。
自立型モデルの構築
デジタル情報量の拡大や情報間の連携を推進するうえで鍵となるのは,ク
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放送メディア研究 No.11 2014
ラウドサービスの活用である。例えば,静岡県の新防災システムはクラウド
サービスを活用して災害関係情報をリアルタイムで統合し,
GIS(Geographical
Information System)に表示可能であり,収集された航空写真の上に避難所や
重要施設の場所が表示され,それぞれの場所のアイコンをクリックするとバ
ルーン(吹き出し)の中に施設情報が表示される。
また災害発生から時々刻々と変化する状況を入力すると,その情報がクラ
ウド内のデータベースに集約され,状況の変化はアイコンの色などが自動的
に切り替わることで把握できる。また,災害対策本部ではこうした情報をデ
ジタルサイネージに表示することでメンバー全員で情報を共有し,次にとる
べき行動を迅速に判断することが可能となる。
静岡県では従来は庁舎内に防災情報システムを設置・運用していたが,庁
舎そのものが損壊する可能性があり,また県と市町村の間をつなぐ LGWAN
(総合行政ネットワーク)の間の回線が断線すると,システム全体が十分稼
働しなくなることからクラウドサービスの活用に切り替えた。しかも,クラ
ウドサービスの利用によってシステム運用コストは従来の約 5 分の 1 になっ
た(10)。
このようにシステムのクラウド化は大幅な運用コストの削減をもたらすほ
か,データのバックアップ措置を講じることで非常時においても業務継続を
可能にする。加えて,データをデジタル化して集約することにより,異なる
部局間のデータを相互連携させ,部分的な災害情報だけでなく全体的に災害
情報をふかんしたり,県と基礎自治体の情報連携も円滑なものとなる。さら
に,災害発生から時間を経過するにつれて行政ニーズも変化していく。この
変化にあわせて,システムの内容(業務ごとのコンピューター資源の配分)
を組み替える可用性を十分確保するためにもクラウドサービスは適している。
個別システムからクラウドサービスを活用した統合型システムに移行する
ことで,運用コストの削減,情報の統合化による共有化,ニーズ変化に対応
(10)日経コンピュータ「“ しなやか IT” で防災」(2012 年 9 月 13 日号,日経 BP 社)
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情報流通連携基盤の構築に向けて
した可用性などが実現することが期待されるが,クラウドサービスを活用す
ることで平時も非常時も活用可能なシステム作りを目指すことも重要である。
具体的には,現在の情報システムはハード部分は共通化しており,用途に
応じてアプリケーションで規定する仕組みとなっている。このため,ハード
部分(IaaS : Infrastructure as a Service)やミドルウェアを含むプラットフォー
ム部分(PaaS : Platform as a Service)の共通化ができれば,平時には医療・
介護情報,教育情報,観光情報などを収集・蓄積・活用する情報システムと
して機能し,非常時には災害対応の情報システムに転換するといった柔軟な
仕組みを構築することも可能である。こうした仕組みを目指すことでマルチ
ユース型の情報システムとなり,
さまざまな用途で費用を分担する「割り勘」
モデルが実現し,より自立性の高い情報システム運用が可能となる。
行政部門の中での「割り勘」モデルに閉じる必要もない。むしろ,官民連
携を積極的に進めることで「割り勘」の輪を広げたり,PPP(Public Private
Partnership)を活用し,官民のマッチングファンドなどでシステムを運用す
るなどの施策展開も有望な選択肢であろう。
ただし,こうした官民連携に関して地方自治体の意識は現時点ではまだま
だ低いと言わざるを得ない。総務省調査(11)によれば,ICT を活用した街づ
くりプロジェクトにおいて民間部門の参画を実施,または検討中の自治体は
全体の 9.8% に過ぎない。また官民連携を行う場合は「構想・計画づくりの
段階」からの参画を希望する自治体が 60.7% あるものの,民間部門の参加
については「事業採算の悪化,経営悪化等での将来にわたる継続性に不安」
を持つ自治体が 52.1% を占めているところであり,先行的な成功事例づく
りが政策的に求められている。
(11)総務省『平成 25 年度情報通信白書』図表 2-2-1-12 http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/
whitepaper/ja/h25/html/nc122110.html
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3
オープンイノベーションの推進
情報流通連携基盤は領域や主体の壁を越えて情報が流通する基盤であり,
社会インフラとして位置づけられるものである。社会インフラの場合,誰で
もアクセスでき自由に利用できるという高いオープン性が求められる。した
がって,情報流通連携基盤の構築に向けては常にオープン性を確保するとい
う姿勢が求められる。データ様式の標準化や API の共通化などは,オープ
ン性を担保するための重要なツールである。
情報流通連携基盤のオープン性を確保するということは,領域を超えたコ
ラボレーションが生まれるということを意味する。求められるのは,「ICT
で出来ることがある→解決できる課題を探す」というアプローチではなく,
「ここに課題がある→解決する仕組みは何か考える→そのために ICT を活用
する」という発想の転換である。災害対策はもとより,少子高齢化,資源不
足,環境問題など,日本は世界に先駆けて解決しなければならない課題が山
積している。課題解決型のソリューション開発を日本の強みにしていく必要
がある。
民俗学の権威である梅棹忠夫氏(12)は,その著書の中で「物資,材料その
ものを開発する手段は非常に発展した。ただ,いちばんの問題は,それをど
う組み合わせるかというデザインの問題だ。そうすると,情報産業時代とい
うことは,いわばそれは設計の時代であり,あるいはデザイン産業の時代だ。
情報産業時代における設計人あるいはデザイナーという存在は,産業の肝心
のところを全部握っている」と述べている。まさに,モノづくり,サービス
づくり,それに仕組みづくり(仕組みのデザイン)を一体化して課題解決を
図る「デザイン思考」(13)が必要である。
(12)梅棹忠夫「情報産業社会におけるデザイナー」
,
梅棹忠夫著作集第 14 巻『情報と文明』所収(中
央公論社)
(13)デザイン思考に関して,新 IT 戦略では「イノベーションの鍵を握るのは人材であり,社会的
350
情報流通連携基盤の構築に向けて
こうした人材を育成し,地域社会が抱える課題を解決するためのプロジェ
クトを作り出していくには,地域における「域学連携」なども重要になるだ
ろう。地域の学生が地方自治体が進める情報化プロジェクトに参加し,大学
側は学生に必要となる支援を行うとともに,プロジェクトの成果を評価して
学生に単位を付与する仕組みなどが想定される。こうした取り組みは,今後,
若年層が社会的課題の解決を目指してソーシャルビジネスを立ち上げる際の
支援になることも期待される。
4
おわりに
本稿においては,物理的なネットワークの重畳性や冗長性の確保などの視
点ではなく,情報をいかに流通連携させるか,そのための基盤(情報流通連
携基盤)を端末・ネットワークとコンテンツ(情報)をつなぐプラットフォー
ム(連結機能)として位置づけ,その基盤整備のために求められるものを整
理した。
情報流通連携基盤を構築するために必要なのは,何よりもデジタル情報量
の拡大である。そのため,政府や地方公共団体が保有するデータを機会判読
可能な形で公表するオープンデータ戦略を積極的に推進する必要がある。公
共機関が積極的にデータを公表することで防災関連のシミュレーションなど
が進むことが期待されるとともに,民間部門のデータ開放も促し,官民の壁
を越えた層の厚い情報群が生み出されることが期待される。
デジタル情報量の拡大を図るとともに求められるのが知のデジタル化であ
る。医療データのデジタル化や社会インフラの効率的な管理のために必要な
データのデジタル化を行い,かつクラウド化を進めることで,情報連携をよ
課題の本質を深く掘り下げて IT の利活用による解決策をデザインできる,IT の利活用を牽引す
る高度な IT 人材の育成が必要である」としている。
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放送メディア研究 No.11 2014
り効率的に進めることが可能となる。また,パーソナルデータの利活用を推
進するための法制度の整備を実現する必要がある。政府としても個人情報保
護法の見直しに向けた動きを具体化させているが,プライバシー保護とパー
ソナルデータ活用の便益を適正にバランスさせる柔軟な制度見直しを実現し
ていく必要がある。
このように膨大なデジタル情報がコンテンツ(情報)レイヤーに蓄積され
ると同時に求められるのが,情報を流通連携させるプラットフォームレイ
ヤーの機能強化である。具体的には,マイナンバー制度の導入を契機として
個人の識別番号を介した情報連携が効率的に実現できるようになる。しかし,
その利用範囲は現時点では公共サービス部門に限定されていることから,ID
の官民連携を実現するための制度的・技術的見直しに向けた検討が必要であ
る。その際,同等程度の LoA を満たす認証の枠組みであれば ID の相互認証
を認める仕組みとして,トラストフレームワークの仕組みを構築する必要が
ある。こうした仕組みは,パーソナルデータの利活用とプライバシー保護の
適正なバランスを図るうえでも欠くことのできない仕組みである。
情報流通連携基盤を自立型モデルとして運用していくためには,まずは仕
組み自体をクラウドサービスで構築するとともにシステムの共用化を図り,
官民連携を含む「割り勘」の仕組みを構築していく必要がある。平時と非常
時の双方に使える仕組みとすることは「割り勘」の観点から重要なだけでな
く,平時に使い慣れたシステムであるが故に非常時にも使いこなせる仕組み
になる点も重要である。
さらに,情報流通連携基盤を構築していくためには公共インフラとしての
オープン性を確保するともに,異なる領域の専門家のコラボレーションを実
現する「デザイン思考」を重視し,多様な参加主体の連携を生み出すための
域学連携などの仕組みを積極的に導入していくことが求められるだろう(文
中意見にわたる部分は筆者の個人的見解であり,所属する組織の見解を示す
ものではありません)
。
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