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HIV ⁄ AIDS 世界と日本の最近の動向

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HIV ⁄ AIDS 世界と日本の最近の動向
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聖マリアンナ医科大学雑誌
Vol. 30, pp.139–142, 2002
特別寄稿
HIV ⁄ AIDS
世界と日本の最近の動向
やまざき
しゅうどう
山崎
修道
(受付:平成 14 年 4 月 20 日)
Ⅰ.はじめに
ウイルスを見つけたとして HTLV-III と名付けたり,
いろいろな人がいろいろな名前を付けていた。それが
本日お伝えしたいことは,日本において HIV ⁄ AIDS
1986 年に統一的な名前として HIV(Human Immuno-
流行はどうなっていくのかという将来予測である。そ
deficiency Virus)と呼ばれることになった。日本では
の基になっているデータは,「厚生労働省の HIV 疫学
1985 年に,厚生省のエイズサーベイランス委員会に
班」で得られたものである。そのデータを使用しなが
より,米国在住の男性が帰国したときに AIDS に罹患
ら,なぜこのように予測されるのかという理由,すな
していることがわかり,第 1 号の患者として認定され
わちどのようなリスクファクターが働いてそのような
た。それ以前にも血友病患者で HIV 感染者がいたこ
予測がなされているのかというような話を中心に解説
とはその後に判明したが,この 1985 年の成人男性が
してみたい。
公式に発表された第一例目の症例であり,ここで示す
データでもそのように取り扱っている。
Ⅱ.HIV ⁄ AIDS の歴史
Ⅲ.HIV ⁄ AIDS とは
1981 年 6 月に,アメリカのカリフォルニア大学の
HIV とはウイルスの名前であり,AIDS とは疾患に
ゴットリーブ博士等がそれまで健康であった若年層の
人の中にカリニ肺炎が多発していることを報告した。
つけた名前である。日本ではそれぞれ,「ヒト免疫不
それと同じ時期に,ニューヨーク大学のフリードマン
全ウイルス」
,
「後天性免疫不全症候群」と呼んでいる。
博士等が,同性愛者の中にカポジ肉腫の多発を報告し
すなわち,HIV 感染によって引き起こされた免疫力低
た。また,麻薬常習者の中にも同様のカポジ肉腫の発
下のために種々の日和見感染症やいろいろな悪性腫瘍
見がなされている。これらの報告を受けて,アメリカ
などが合併した状態を AIDS と呼んでいる。2000 年
の国立疾病コントロールセンター(CDC)が本格的
12 月の時点で世界の HIV 感染者は 3,600 万人で,2001
に調査を開始し,1982 年に AIDS(Acquired Immune
年 12 月末までの 1 年間でさらに 500 万人の増加が見
Deficiency Syndrome)という新しい疾患として認識さ
られている。すなわち,世界では毎日約 1 万 5,000 人
れることとなった。この原因であるウイルスは 1960
の新しい感染者が増えているということになる。
年代には,間違いなくヨーロッパにはあったことが判
日本では,2000 年 4 月から 2001 年 3 月 25 日までの
明しているが,この時点ではその存在は知られていな
1 年間に,4,994 人の HIV 感染者数から,5,442 人に
かった。1983 年に,フランスのパスツール研究所の
なっており,1 年間に 448 人の増加が見られる。同時
モンタニア博士が,患者からウイルスを分離して
期の日本の AIDS 患者も,2,300 人が 2,604 人となり,
LAV と名付けたり,アメリカのギャロ博士が新しい
1 年間に 304 人が増えたことになる。去年 2001 年の 1
国立感染症研究所 名誉所員
見ている。
年間では,過去最高の 641 人の HIV 感染者の増加を
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山崎 修道
Ⅳ.HIV 感染の経過
非定型抗酸菌症など,ウイルス感染症としてはサイト
メガロウイルスやヘルペスウイルス感染症,悪性腫瘍
HIV に感染すると,最初は血液中のウイルス量が増
としてはカポジ肉腫や原発性悪性リンパ腫,非ホジキ
加するが,生体の免疫力により抗体が出現しウイルス
ンリンパ腫,浸潤性子宮頚癌,その他リンパ性間質性
を中和する,あるいは細胞性免疫によりウイルス感染
肺炎,HIV 脳症,消耗性疾患などの病態の内 1 つが見
細胞を破壊することで,感染者血液内の HIV 量は減
られれば AIDS と診断されるわけである。
少する。そうして,平均 10 年くらいは無症候性キャ
こうして診断され,報告された症例を基に,サーベ
リアのままで経過するが,だんだんと抗体や細胞性免
イランス委員会では,HIV 感染者でいまだ発症してい
疫力が低下してきて,再び体内で HIV が増加してき
ない症例(HIV 感染者)と,AIDS を発症した症例
ていろいろな症状を起こし,1 ∼ 3 年くらいで死に至
(エイズ患者)とを別々に集計して報告している。
る。しかし,現在では有効な抗レトロウイルス薬が開
発され,この死に至るまでの期間は延長してきており,
Ⅵ.世界の状勢
また発症前に投与することでキャリアの時期を延ばし
て発症を送らせることも可能となってきている。医療
2001 年 12 月現在 HIV ⁄ AIDS の数は 4,000 万人で,
従事者にとって一番大切なことは,この無症候性キャ
リアの時期で,HIV に感染していることを知らないま
その 70%(2,800 万人)はサハラ砂漠以南のアフリカ
ま,病院を訪れている者が,針刺し事故などによる感
に存在している。次に多い地域が,タイ,カンボジア,
染源となり得ることである。すなわち,現場では HIV
ベトナム,インド,中国などを含むアジア諸国で,
感染者であろうと他の患者と同じように取り扱わなく
600 万人以上と推定されている。次が,ブラジルを中
てはならないのであるから,前に述べたように HIV
心としたラテンアメリカで 140 万人となっている。
感染者が増えている日本にあっては,医療従事者は今
日本が属する極東地域は約 100 万人の感染者が存在し
後更にキャリアに接する機会が増えることを認識して
ている。注意しておかねばならないのは,現時点では
いなければならない。
アフリカに HIV ⁄ AIDS 感染者が多いのであるが,将
来的にはアジアの感染者数が一番に多くなることが予
想される。1990 年には,タイを中心に 15 万人の感染
Ⅴ.HIV 感染症の診断
者があったのが,10 年後の 2000 年には中国やその周
辺 諸 国 を 含 め 約 40 倍 の 640 万 人 に も 増 え て お り ,
HIV 感染者であるか否かの診断は,血清抗体の有無
2001 年 末 に は こ れ が 710 万 人 と 推 定 さ れ て い る 。
を ELISA や粒子凝集法(PA)でスクリーニングする。
2010 年の推定予測として,中国の 50 万人が少なくと
さらに,ウェスタンブロット法や蛍光抗体法で,その
も 20 倍の 1,000 万人になるだろうと考えられている。
抗体の確認を行う。最近では,PCR 法でウイルス遺
これらのことから,2010 年には,アフリカよりアジ
伝子存在の有無を確認する方法も可能で,抗体検査で
アに感染者数の急増が予測され,これが日本にどのよ
は感染後 6 週間くらい経たないと判定できないもの
うな影響を及ぼすかが懸念される。
が,PCR 法を使うことで,もっと早く診断できるよ
うになってきた。
Ⅶ.日本の動向
AIDS と診断されるためには,HIV に感染している
ということが前提のもとに,下記に示すような病気の
いずれか 1 つが見られれば,それは AIDS と診断され
1985 年から 2000 年までの,HIV 感染者および AIDS
る。すなわち,真菌症としてはカンジダ症,クリプト
患者数ともに急速に増加していることがわかる。欧米
コッカス症など,原虫症としてはトキソプラズマ脳
では,日本に見られる患者数より遙かに多いわけであ
症,クリプトスポリジウム症,細菌感染症としては
るが,近年の新しい HIV 感染者とエイズ患者は減少
化膿性細菌感染症,サルモネラ菌血症,活動性結核,
してきている。それに対して,日本ではいまだ感染者
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が女性より高いのであるが,若い年齢層では男女間の
が増え続けているというのが特徴である。
この,HIV ⁄ AIDS 患者の集計方法ということに関
違いが小さくなっていることがわかる。これまでに 5
して述べてみる。本邦では,明治以来 100 年以上続い
人以上のセックスパートナーがいた人の割合でみる
ていた「伝染病予防法」が見直され,1999 年に「感
と,結果は歴然で 18 ∼ 24 歳の年齢層では男女ほとん
染症予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律
ど同率である。このことも,HIV ⁄ AIDS が拡がるこ
(いわゆる感染症新法)」が施行されることになった。
との大きな要因であり,見知らぬ相手との性交経験が
それ故,その時点で伝染病予防法と性病予防法,エイ
多くなればなるほど,HIV 感染の機会は多くなるので
ズ予防法の 3 つが,それ以前の 1996 年には,らい予
ある。この性行動の変遷は,女性の妊娠中絶の増大と
防法が廃止されている。この感染症新法において,
いうことでも反映されている。それだけ女性のセック
HIV ⁄ AIDS は第 4 類に分類されている。この 4 類に属
スパートナー数も増えてきており,1995 年以降,10
する感染症は 60 種類にも及ぶ。1, 2, 3 類の感染症は
歳代の女性の人工妊娠中絶数が増加いる。さらに,
全数把握で,これを診断した医師は直ちに保健所に報
HIV ⁄ AIDS の感染予防に重要であるコンドームの使
告する義務がある。これに対して,4 類に関してはそ
用ということも問題となる。1980 年のコンドームの
のうち 33 疾患は,診断した医師は直ちに保健所に報
出荷量,7 憶 3,700 万個を 100 としたときの,1999 年
告する義務があるが,残りの 27 疾患に関してはその
までの出荷量の変化を検討してみてみると,性的にア
患者数が多数にのぼるために,全国に 5,000 以上の定
クティブでコンドームを必要とするであろう年齢層
点が設定されており,その定点病院から保健所に発生
(15 ∼ 49 歳)の人口はあまり変わっていないのに,
件数が報告されて集計されている。AIDS は,性行為
その出荷量は減少している。特に,ピルが解禁された
関連疾患(STD)のうちでは梅毒と同様に,4 類のな
後には激減していることがわかる。コンドームの使用
かの全例報告義務がある 33 疾患の内の 1 つというこ
率の低下が全てではないであろうが,重要な要因の 1
とになっている。
つであろう。大学生を対象としたアンケートでは,ピ
ルを内服していれば AIDS は大丈夫であると勘違いし
届け出された患者情報と検体(病原体)情報は,都
道府県を経て国立感染症研究所に集められ,国民や医
ている者も多くいることが知られている。それゆえ,
療関係施設にその情報が開示されるというしくみに
ピルを内服しても,感染予防のためにはコンドームを
なっている。
使用する必要があるということをきちんと教育してい
かなければ,若者の AIDS の増加を止めることは出来
2001 年には,日本人の HIV 感染者数は過去最高を
記録し,特に 20 歳代の感染者が急激に増加した。こ
ないであろう。
れに対して,在日外国人の HIV 感染者は 1992 年に大
きなピークがあったが,それ以降は減少している。そ
Ⅷ.性感染症の動向
して,日本人が国内で日本人同士で感染の拡大を引き
起こしているということに注目しなければならない。
そのリスク要因を調べるために,若者を対象とした性
このような状況において,若者の性感染症はどのよ
行動の調査を行っている。中学生と高校生の性交経験
うに変化しているかということを見てみると,1995
率をアンケート調査した結果を見ると,1999 年には
年以降同様に増加してきている。女性のクラミジアや
高校生男女とも約 40% の経験があるという結果がみ
男性の淋菌感染症が 1995 年以後急増しているが,同
られた。中学生男子は,女子の 2 倍近くの約 15% が
様に男性クラミジア感染症や女性の淋菌感染症も増え
経験していることがわかる。そして,その後経験率は
ている。このことは,先ほど述べた,若者の性行動の
増加して高校卒業時には,性交経験において男女差が
変化と一致しており,非常に危険な兆候である。この
なくなるという,最近の若者の性行動の特徴パターン
ように,近年男女ともに性感染症が増えてきているこ
を示している。また,性交相手の多数化ということを
とは,欧米諸国では見られず日本に特徴的なことであ
調査した場合,過去 1 年以内に 2 人以上の性交相手が
る。何故このようなことが起きているのかというと,
いた人の割合を見てみると,30 歳以上では男性の方
日本はコンドームの使用率は高いのであるが,非常に
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山崎 修道
不完全な使い方をしているからということが出来よ
AIDS 患者の増加が懸念される。このことは,日本人
う。すなわち,避妊のためのコンドームの使用と性感
の危機意識の低さによるものであろう。他人に対して
染症予防のためのそれとは違うことを理解させなけれ
の判断としては理解しているようにも思われるが,自
ばいけないのである。
分のこととしてアンケート調査を行うと,その意識の
以上に示した,HIV ⁄ AIDS のアジアでの流行の影
低さが露見してしまうようである。それゆえ,国民全
響とか,コンドーム使用率の変化,性行動の変化,性
体がもっと危機意識をもって対応していく必要がある
感染症の変化など全てをリスクファクターとして考慮
と考える。
し,HIV 疫学班で流行予測したものが,日本人 HIV
この HIV が人社会にいつ頃,どうやって入ってき
感染者数の予測である。現在約 1 万 2000 人程度であ
たかということに興味をもたれる人もあるであろう。
るものが,2010 年には約 5 万人に達すると考えられ
これに関して,最近オランダのジャープ・グッドシュ
る。しかし,このことは現在のリスクファクターがそ
ミッツが,「Viral Sex」という著書を出し,これは日
のまま続くことを想定した上での予測であるから,そ
本語にも翻訳されている(山本太郎 訳)。この本によ
れを防ぐための国をあげての防止策が必要となる。
ると,地球上で一番最初に HIV に感染した証拠は
1966 年以前であるということである。この症例はノ
ルウェーの船員で,ヨーロッパの各地やアフリカに
Ⅸ.院内感染のためのマニュアル作成の必要性
行ったことがあるとの記録が残っている。彼の記録に
は,頸部リンパ節の腫脹で苦しんだとの記載もある。
感染防止対策として,国際的なスタンダードという
1971 年に彼の血液が採血され保存されており,1980
考え方,感染防止のための診療上での配慮というもの
年代になってその血液を調べたところ HIV 抗体陽性
がいろいろなガイドラインにあげられている。その 1
であることが判明した。すなわち。1960 年代にはす
つとして,まず病院内に,「院内感染のためのマニュ
でにヨーロッパに HIV が入っていたことがわかる。
アルを作成する」ということが絶対に必要である。そ
彼は,1976 年に肺炎,痴呆,神経障害で死亡してい
のなかでは,手袋やマスクの着用,注射針のリキャッ
るが,さらに同年 8 ヵ月後に彼の配偶者が死亡し,彼
プの禁止,事故発生時の対応などを明記しておかねば
女の血液も保存されており,HIV 抗体陽性であること
ならない。針刺し事故が起きた場合には,直ちに流水
が確認された。この 2 人の間に 1967 年に子供が産ま
中で傷口から血液をしぼ出すように洗浄し,その後に
れているが,この子が 2 歳の時にカンジダ症を発症し
局所の消毒をするというようなことを徹底させておか
たという記録も見つかった。この子供は 9 歳で死亡し
ねばならない。最も大切なことは,その時点で HIV
ているが,その血清も保存されており,やはり HIV
抗体陰性であったということを証明するために採血し
抗体陽性であった。この 3 者のウイルスは同じである
て,抗体検査を行うことである。すなわち,その事故
ことも確認された。このことから,HIV は 20 世紀半
によって感染が成立した医療事故であるということの
ばにはアフリカに既に存在しており,1960 年代初頭
事実確認になるわけで,以後 1 ヵ月おきに半年間は採
にはヨーロッパに持ち込まれ,たかだか半世紀のうち
血して,抗体の陽転化がないか調べていく必要があ
に 4,000 万人もの感染者へと拡大していったという事
る。さらに,マニュアルに従って責任者に報告し,
実は驚異的なことである。
感染の疑いが強い場合には医師に相談して,HIV 感染
本 論 文 は , 平 成 14 年 2 月 7 日 に 本 学 で 行 わ れ た
防止のための抗レトロウイルス薬の投与を受ける必要
『第 5 回感染症を考える会』の講演内容を記録したも
がある。
のである。なお本論文に記載したデータは,厚生労働
省 HIV 疫学班のエイズ動向委員会報告(http://api-
Ⅹ.おわりに
net.jfap.or.jp/mhw/mhw_Frame.htm),感染症発生動向調
査週報(http://idsc.nih.go.jp/kansen/index.html)に詳し
以上述べてきたように,本邦においては今後も HIV ⁄
く報告されている。
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【微生物学 中島秀喜】
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