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『早稲田にて書を読む』
陳 尚 君(復旦大学中文系教授)
高 木 理 久 夫(訳文:資料管理課)
本文は、上海で刊行されている日刊紙『文
』2006年5月3日号「 会」欄*に掲載された陳尚君
(Chen Shangjun, 1952- )教授による「在早稲田看書」の簡訳である。
陳教授は、唐宋文学、古典文献学の専門家として、『全唐詩補編』、『全唐文補編』をはじめ、多くの
書籍を刊行し、その業績により幾多の賞を受けられている著名な学者である。本文において、陳教授
は、日本の大学図書館の状況と、伝統的な東洋学研究の有り様を関連づけて、中国における文科系研
究の基盤整備を論じられている。日本人としても大いに傾聴すべき点があり、陳教授および『文
の許可を得て、ここに紹介する次第である。
三年前、私は交換研究員として、日本の早稲田
大学に半年間滞在した。講義をする必要がなかっ
』
分を捜し出し、複製して補われており、利用者を
失望させることはない。
図書館管理の面では、利用者への配慮がよくい
たので、一日中、図書館で本を読んですごした。
蔵書が豊富に揃っており、管理は合理的で利用者
きとどいている。毎朝9時の開館時には、清掃が
への配慮もゆきとどいており、深い印象をうけた。
すみずみまでゆきとどき、利用者にすがすがしい
早稲田大学図書館の蔵書は実に豊富で、まさに
閲覧環境を提供する。利用者が書架から取り出し
国際的名門校の図書館そのものである。日本の出
た図書は、職員により元の書架にもどされるのに、
版物が大量に収蔵され、日本史、文学、法律、宗
半日もかからない。利用者の質問には、必ず回答
教、社会、文化の分野に関するものは特に充実し
し、煩わしさを厭わない。大学の蔵書はすべて教
ており、明治以降の書籍はたいてい見つけだすこ
師、学生に閲覧が開放されている。雑誌、参考図
とができる。中国書籍はそれに比べて少ないが、
書と明治期以前の善本等以外は、貸出できる。破
中国国内では容易には見あたらないものが多い。
損やページの欠落があれば、貸し出す際、職員が
香港や台湾の書籍もかなりあり、中国大陸出版物
丁寧に扱ってくださいと伝え、破損状況の説明が
もすこぶる貴重なものが多く、1950∼60年代の印
付いてくる。貸出冊数と期間には規定があり、違
刷部数の少ない学術書や、70年代の雑誌の内部発
反すれば貸出停止になる。各学科の大学院生のグ
行誌、および近年の海外向け発行の大型叢書等が
ループ研究室には、学科の基本書が大量に開架で
ある。このほかに、韓国の書籍や、西洋書籍が書
並べられているのに、専門に管理する人員をおい
庫の半分近く配架されている。経費の充実が蔵書
ていない。図書館には盗難に注意するように掲示
の豊富さを維持していると見るべきだろう。日本
があるが、日本の教師や学生に聞いても、図書の
の学術書は高額であるが、研究に必要なものであ
窃盗が発生することはきわめて少ないという。私
れば、ことごとく収集されており、購入に数百万
はある日本の教授に、図書の開放利用では損失が
円はするだろう大部の叢書も配架されている。た
心配ではないかと質問したことがある。彼は私に
とえば大蔵経には十数種の異本があるが、これら
こう語った、「学校でもこのような問題を提起する
も収集されている。さらに、研究者の見識と図書
人がいるが、大多数の意見は、図書の窃盗による
館員の職責が果たされていると感じることは、幾
損失は、図書をしまいこんで使わせない損失に比
多の定期刊行物が創刊号から新刊号まで備えられ、
べたら大したことではない」と。日本人の多くは
仔細に点検されていることである。何十年も累積
自律心をもち、自尊心により恥を知り、ささいな
されたものの中には、少なからぬ部分が複製本と
ことにとらわれないと感じた。
してある。すなわち、欠号が見つかれば、その部
−6−
早稲田大学図書館には階ごとに閲覧室や書庫が
あり、自由に使えるコピー機がある。コピー機は
たあとでは、ウソではないことを認めざるをえな
専門の事務所で統一的に管理され、毎日専門の業
い。
者が点検維持する。コピー1枚は、用紙の大小に
第三に、日本の中国学研究は、基礎研究の踏襲
かかわらず一律10円である。館外のコピー店では
から着手することを重視する。ひとつの課題を研
一頁6円のところもあり、館内は割高ではあるが、
究する場合、必ず基本文献を整理し、索引をつく
たいへん便利である。有用な文章や資料があれば、
り、テキストを校勘し、文義を整えることから始
煩わしい手続きもなく、いつでも館内でコピーで
める。課題をしぼり、深く掘り下げることを好み、
きることは、気持ちのいいことである。日本の友
テーマは大きくせず、徹底的に追究するので、一
人によれば、このようなしくみは、すでに30年は
度研究をおこなえば他の人が再度やる必要がない
経っており、研究者は図書館で資料を写し取り、
ほどだ。また広い視点からも問題を講じるが、ほ
自分の研究用資料を作成しているのだという。
とんどが具体的な問題研究から、歴史の発展過程
日本ではインターネットで図書を検索すること
における深層にある原因を探ることによる。
近代以降、多くの著名な学者が全集を出版し、
はたいへん便利であるが、私は日本語入力がわか
らず、しかも興味が広いので、思いつくままにい
多くの中国学の研究雑誌も数十年から百年近い歴
くつかの資料や著作に出会ったり、求めることが
史をもつ。日本の学者は、中国の学者の研究成果
できなかったりだった。そこで至極つたない方法
を極めて重視する。それに対し、中国の学者で日
で、すなわちいちいち書庫に行っては捜し出して
本の学術を理解し、把握している人は、ごく限ら
閲覧した。以前にはわからなかったものが、現在
れている。客観的に言って、日本の学界の成果が
あるいは今後の研究に有用であり、啓発を得るも
中国国内にはあまり伝わってこないことが原因で
のであることを知って楽しみ、コピーをした。中
ある。
国学や東洋学の専門誌については、創刊号開始か
中国の多くの大学は、世界でも一流の大学にな
ら、一号、一号を捜し出し、日本の学術の有様を
ることを目指している。ほんとうにそれを実現し
理解しようとした。印象深いことを以下にあげて
たいのなら、まず図書館の蔵書とサービスを国際
みる:
的に一流にすることから着手してほしい。文科系
第一に、日本に保存されている古文献の数は想
の研究にはあまり費用をかけないことは、長年に
像を絶することである。日本の寺院や公私の機関
わたる上下一致した見方である。しかし国際化が
には大量の古文書があり、まさに敦煌遺書と類似
大きな背景にある今日においては、たとえ国学研
しているが、収蔵期間と範囲ははるかに長くて広
究といえども、たえず国外の研究成果に目を向け
い。国文学、歴史に関する和文、漢文古籍に関し
ていなければ、終には井の中の蛙となり、人後に
ては、日本典籍中に中国資料が保存されていたり、
落ちてしまうことになるだろう。
日本に残された中国文献も見ることができる。清
代中葉から始まり、大量に刊行され流布した文献
といえども、現在にいたるまで一般には知られて
いないものも多い。
第二に、日本の学者の研究成果は豊かである。
日本の中国学研究は悠久なる学術的伝統があり、
さらに西洋の学術観念を早くに受け入れたことで、
多くの学派や著名学者を生み出し、中国近代以降
『文
』「 会」(文芸サロンの意)は中国で最も
影響力のある文化時政類の日刊紙。70年以上の歴史
*
があり、国内外に大きな影響をあたえている。
「 会」
欄もすでに長い歴史があり、開始から50年以上経ち、
中国の文芸欄としては最も長い歴史を有するものの
一つである。現在、毎週3回から4回、掲載されて
いる。内容は、文学評論、散文、随筆、旅行記等で
ある。
の学術変革に多大な影響をあたえた。西洋の学者
によれば、もしも中国学に関するノーベル賞を与
えるとしたら、大半は日本人にあたえられるだろ
うという。以前、この話を聞いたとき、はなはだ
納得いかなかったが、日本における刊行物を調べ
−7−
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