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平成22 年 6 月10 日 ミニレポート 2010
JPEC 海外石油情報(ミニレポート) 平成 22 年 6 月 10 日 ミニレポート 2010-006 メキシコ湾原油流出事故 <事故事例> 今年 4 月 20 日、 米国水域メキシコ湾のルイジアナ州沿岸の Macondo 海底油田を試掘中の リグ(原油掘削プラットフォーム)が爆発炎上しその後水没、海底の油井から原油を汲み 上げるパイプが破損し、そこから大量の原油が流出を続けた。 原油流出を止める懸命な作業が続けられ、爆発から 44 日後の 6 月 4 日、ようやく井戸元 に原油回収装置を設置する事に成功、流出するほとんどの原油の回収が可能となった。BP 発表の数字 5,000BPD をベースに 6 月 4 日までの海上へ流出した原油の量を試算すると約 3.5 万 KL となる。しかし油田から直接パイプで海上の作業船へ回収された原油量は 6 月 7 日に 14,800BPD を記録した事から、BP 発表の原油流出量は相当低めで、実際にはこれを大 幅に上回る原油が流出した可能性が高い。 米地質調査所(USGS)等の推計によると、これまでの原油流出量は少なくとも 7 万 KL 以上となり、過去最大の原油流出事故と言われるエクソンバルディーズ号の原油流出量約 4 万 KL を上回る事は間違いなさそうである。また事故による BP の損害額は欧州の大手銀 行の試算で 1 兆円を超える可能性があるとしており、天文学的な数字となりそうである。 この事故に関して、原油の生産・環境・漁業等への影響に関する各種報告書が発表され ているが、ここではこれまであまり知る機会がなかった、1,500m の深海で繰り広げられた 原油流出を止める方法にスポツトをあて、その経緯をたどって行きたい。 1. 事故の発生 4 月 20 日(火)午後 10 時(米国中部標準時)に爆発炎上事故(資料 1)が発生した。発 生場所はメキシコ湾でルイジアナ州ベニス (Vinice)の沖合約 40 マイルの地点である。 (資 料 2)爆発炎上事故を起こした「ディープ・ウォーター・ホライズン(DWH) 」 (資料 3)は 自動船位保持装置(DPS:Dynamic Positioning System) (資料 4)を備えた半潜水式の石 油プラットフォームで、海に浮きながら自動で位置を調節して大深度の海底から石油を掘 削し、汲み上げることができる。 同 DWH は韓国の現代重工業が建造し、現在トランスオーシャンが所有するもので、英国 の石油メジャーBP との契約の下で、メキシコ湾岸の複数の鉱区で石油掘削を行ってきた。 DWH は爆発後 36 時間炎上し、4 月 22 日に水没した。同事故による犠牲者(死亡)は JPEC 海外石油情報(ミニレポート) 126 名の作業員の内 11 名となっている。 2. 原油の流出 DWH の水没時に海面下約1,500m の海底の油井とDWH を結び原油を汲み上げるライザーパ イプが途中で折れ、 折れたパイプの先端と掘削パイプ 3 ヵ所から約 5,000BPD の原油が流出 したとされる。内 1 ヶ所(掘削パイプ)は海底で ROV(Remotely Operated Vehicle;遠隔 操作無人機) (資料 6)を使用して掘削パイプにバルブを装着し、閉止に成功したが原油流 出量の減少には繋がらなかったようである。 海底には油井とライザーパイプを繋ぎ、非常時に原油の流出を防止する BOP(Blow Out Preventer;暴噴防止装置) (資料 7)が設置されているが、今回はこの装置が機能せず大 量の原油流出に繋がったようである。 表-1 事故発生後の経緯 年月 曜日 時間 内容 2010年4月20日 火 10pm 事故発生(米国中部標準時 20日午後10:00) 発生地点はルイジアナ州ベニス(Vinice)南東沖合い40マイル 石油掘削基地(Deepwater Horizon rig) が爆発し36時間にわたって炎上し、沈没 126名の従業員の内11名が死亡 油井(Macondo Well)から3ヶ所で原油の流出が続く(1,000BPD) 油井は海面より約5,000フィート(1,525m)の深さ 原油流出は3ヵ所、ライザー(原油汲み上げ)パイプの2ヶ所、ドリルパイプ先端1ヶ所 2010年4月22日 木 石油掘削基地(Deepwater Horizon rig) が沈没し、原油の流出始まる 原油流出量はBPの推定値、以下同じ 2010年4月29日 木 原油流出量を1,000BPDから5,000BPDに修正 2010年5月2日 日 #1Relief Wellの作業開始;現場から約半マイルはなれた場所 海底下18,000フィートの場所で、現在の井戸を遮断する。 2010年5月5日 水 破損したドリルパイプの先端にバルブを取り付け漏洩を閉止 (ROVで破損したパイプの先端をカット、バルブを取り付け) 2010年5月6日 木 箱型原油吸引ドームを現場海域へ輸送 40×24×14feet(12.2×7.3×4.3m)、重量125トン 原油流出ヵ所に被せるが水和物が形成され原油の汲み上げに失敗 2010年5月8日 土 2010年5月16日 日 吸引パイプ(4インチ)を原油流出が続くライザーパイプ(21インチ)に挿入 原油は海上の作業船に回収、ガスはフレアで燃焼 原油回収量は1,000BPD程度? 2010年5月16日 日 #2Relief Wellの掘削作業開始 2010年5月18日 火 吸引パイプによる原油回収量は2,000BPDに増加 海上の作業船への原油回収量は日々変化し1,000BPD~5,000BPDで平均2,000BPD程度 2010年5月26日 水 13:00 海底の井戸元にあるBOP(暴噴防止装置)に充填物を挿入し原油流出遮断作業開始(Topkill) 2010年5月30日 日 Topkill作業失敗 2010年6月1日 2010年6月3日 木 2010年6月4日 金 2010年6月7日 月 LMRP 作業開始(BOP上部でライザーパイプの切断し、原油回収装置Capの設置) Capの設置が成功 6,000BPD程度の回収に成功、天然ガスも回収し作業船のフレアで燃焼 回収量、14,800BPD程度に増加 出所:各種資料から作成 JPEC 海外石油情報(ミニレポート) 3. 原油流出遮断対策 現在、現場から半マイル離れた地点から 5 月 2 日にリリーフ井(Relief Well)の掘削が 開始されているが、原油遮断地点まで掘り進むには約 3 ヶ月を要するとされる。 以下、BP がこれまでに原油流出を止めるために試みた方法の概要を述べる。 (1) リリーフ井(Relief Well) リリーフ井は現在原油流出が続く油井(本油井)から離れた場所(今回の場合は 800m 離れている)から斜めに井戸を掘り進み、本油井と交差する場所まで堀り、そこへセメン ト等を流し込み原油流出を遮断する方法である。 (資料 5) この方法は原油フローを遮断する方法としては一番確実な方法とされている。しかし原 油遮断地点まで 18,000 フィート(5.4 km)を掘り進むには約 3 ヶ月を要するとされるの で、少しでも早く原油流出を止めるには別な方法も平行して進める必要がある。 #1 原油掘削船からの#1 リリーフ井の掘削は 5 月 2 日に開始され、 その後 5 月 16 日に反 対側の#2 原油掘削船から#2 リリーフ井の掘削が開始されている。 (2) 巨大箱型原油吸引容器(Subsea Containment System) (資料 8) この方法は巨大な鉄製の箱型容器を原油流出ヵ所に被せ、容器の頭部から海上に待機す る作業船にパイプで原油を回収する方法である。 容器の大きさは BP の発表では 40×24 ×14feet(12.2×7.3×4.3m) 、重量 125 トンとなっている。 この回収方法はこれまで浅い海で使用した実績はあるが、今回のような深海(1,500m) での使用は初めての事である。 5 月 8 日に海底の原油流出ヵ所にこの容器を作業船で下ろし原油の回収を試みたが容器 の中に水和物が形成され頂部が詰まり失敗に終わった。 現在は現場から 200m 程度はなれた 海底に置かれたままになっている。 (3) 原油吸引パイプ(Riser Insertion Tube) (資料 9)の挿入 海底の現場には原油を汲み上げるライザーパイプ(直径 21 インチ)が爆発炎上後の水没 時に途中で折れ、横たわっており、その先端から原油が流出している。その先端部分に海 上の作業船より細いパイプ(口径 4 インチ)約 1,600m を海底まで下ろし、挿入することに 成功した。 挿入パイプの先端には円盤状のダイヤフラムが装着され、原油漏洩防止と離脱防止の役 目をかねている。またメタノール注入用の細いパイプもその中に設置されている。 吸引パイプ挿入後、作業船への原油回収量は挿入直後の 5 月 16 日が 1,000BPD で、翌日 JPEC 海外石油情報(ミニレポート) には2,000BPD に増加したとされている。 この量は原油流出量5,000BPD の40%に相当する。 回収原油は作業船のタンクに回収され、分離したガス分は作業船のフレアで燃焼される。 (4) 原油暴噴防止装置(BOP)を使用した原油フローの遮断(Topkill) (資料 10) BOP(Blow Out Preventer)は油井の圧力が急上昇した時などの非常時にバルブを閉止し 原油流出を止める役割を持っているが、今回はこの機能が働かず大量の原油流出を招いた とされる。 この BOP に海底で遠隔操作無人機(ROV)を使って臨時のパイプを繋ぎパイプ経由で海上 の作業船から泥等の充填物(重質掘削液)を油井に送り込み原油の流れを遮断する。 この方法は 5 月 26 日~31 日に試みられたが失敗に終わった。 (5) LMRP(Lower Marine Riser Package)Cap による原油回収策 1,500m の海底で流出を続ける井戸元に海上の作業船よりパイプと回収装置(Cap)を下ろ し流出中の原油を回収する方法である。この方法は先ず原油暴噴防止装置(BOP)上部でラ イザーパイプを切断、切断したパイプに LMRP Cap を被せ、切断したパイプのフランジ部を 爪で掴み固定させる。(資料 11) この作業は 6 月 2 日から続けられていたが、3 日に Cap の設置に成功した。この Cap を 経由しパイプラインで海上の作業船へ原油・天然ガスの回収する事が可能となった。 BP は原油回収量が 4 日に 6,000BPD 程度であったがその後このシステムを調整すること で、5 日に 10,500BPD、6 日に 11,100BPD、7 日に 14,800BPD まで増加したと発表。なお天 然ガス分は船上で分離され作業船のフレアスタックで燃焼されている。 4. 原油流出量の推定 発表されている BP のデータから原油流出量を推定する以下の通りとなる。 前提として、爆発炎上(4 月 21 日)から原油吸引パイプを挿入するまで(5 月 17 日)を 5,000BPD、吸引パイプ挿入後(5 月 18 日)から現在まで(6 月 3 日)を 3,000BPD とし、流 出量を試算すると44 日間で18.6 万バレル (29,600KL) となる。 1 日あたりの平均は4,230BPD となる。 BP は 1 日あたりの原油流出量を 5,000BPD としていたが、LMRP Cap 設置後、作業船へ実 際に回収した原油が最大で 14,800BPD に達しており、今後更に回収量の増加もありうる事 から、実際にはこの 5,000BPD の 2~3 倍の原油が流出していた可能性が高い。この場合は 10,000~15,000BPD となり、この前提で試算すると 44 日間で 44~66 万バレル(7.0~10.5 万 KL)となる。 原油の流出量については、BP の推定値のほかに米地質調査所による 12,000~19,000BPD JPEC 海外石油情報(ミニレポート) との推計値も出されている。また、作業船が直接回収した 6 月 7 日の 14,800BPD が最も実 際の流出量に近いと考えられるが、この数量も今後推移を見守る必要がある。 これまでの原油流出事故で大きな環境問題を引き起こしたエクソンバルディーズ号の事 故(1989 年 3 月 24 日) (資料 13)では積載量の 20%にあたる原油 24 万バレル(3.8 万 KL) の原油が流出したとされている。これまでの経緯を辿っていくと、このエクソンバルディ ーズ号の流出量を大幅に上回るのが確実と見られる。 5. 油井(Macondo Well)のオーナー 原油を流出している油井(Macondo Well)の権益は次の 4 社が保有している。 BP (BP Exploration and Production Inc.)は 65%と最大の権益を保有する企業で、こ のプロジェクトのオペレーターでもある。米国独立系石油企業の Anadarko は子会社の Anadarko E&P Company LP の保有分をあわせ 25%を持つ、また日本の三井石油開発 (資料 12)の子会社 MOEX Offshore 2007 LLC が残りの 10%を保有している。 6. まとめ BP はこの原油流出事故で支出した対策費が 6 月 7 日現在 12.5 億ドルに達したと発表し た。対策費には流出油の処理費、流出防止設備の加工費、リリーフ井(relief well)の掘削 費用、損害補償費、メキシコ湾岸州への支援金、連邦費用等が含まれるとしている。 その後も原油流出が続いている事や、原油流出範囲が大きく、多方面で被害が拡大を続 けている事から、 対策費の総額はエクソンバルディーズ号の 43 億ドルを上回るのは確実と され、ある欧州の銀行の試算では 105 億ドル(日本円で 1 兆円)という数字も出ており、 その損害額は巨額となりそうである。 原油生産面に対する影響として、米国政府はメキシコ湾での新規原油開発を 6 ヶ月間認 めないとの方針を打ち出した事で、近い将来(2015 年)の同地域の原油生産量が最大で 50 万 BPD 程度減少するとの見方もある。 生活、環境、漁業等に関する影響はこれから被害が拡大するものと予想され、原油流出 量も最終的にどの程度になるか、想定の範囲外の被害も予想され損害額については予測が 困難な状況にある。更にこの事故をきっかけにして、米国政府は化石燃料からクリーン燃 料への転換を促進するとしており、歴史上エポックメーキングな事故として記録されるの は間違いない。 JPEC 海外石油情報(ミニレポート) <参考資料> 資料 1;爆発炎上事故(ウィキペディア) http://ja.wikipedia.org/wiki/2010%E5%B9%B4%E3%83%A1%E3%82%AD%E3%82% B7%E3%82%B3%E6%B9%BE%E5%8E%9F%E6%B2%B9%E6%B5%81%E5%87%B A%E4%BA%8B%E6%95%85 資料 2;事故発生場所 http://www.bp.com/liveassets/bp_internet/globalbp/globalbp_uk_english/incident_respo nse/STAGING/local_assets/downloads_pdfs/SitSat_0600_05-10-2010_wFlight.pdf 資料 3;Deep Water Horizon http://english.hhi.co.kr/media/gallery_view.asp?idx=20&dep=C 資料 4;自動船位維持装置(JOGMEC) http://oilgas-info.jogmec.go.jp/dicsearch.pl?sort=KANA&sortidx=1&target=KEYEQ&fr eeword=%E8%87%AA%E5%8B%95%E8%88%B9%E4%BD%8D%E4%BF%9D%E6% 8C%81 資料 5;リリーフ井(Relief Well)、BP http://www.bp.com/liveassets/bp_internet/globalbp/globalbp_uk_english/incident_respo nse/STAGING/local_assets/images/ReliefWellDiagram.jpg 資料 6;ROV(Remotely Operated Vehicle;遠隔操作無人機)、BP http://www.bp.com/genericarticle.do?categoryId=9033657&contentId=7061733 資料 7;BOP (Blow Out Preventer;暴噴防止装置)、BP http://www.bp.com/genericarticle.do?categoryId=9033657&contentId=7061989 資料 8;箱型巨大原油吸引容器(Subsea Containment System)、BP http://www.bp.com/genericarticle.do?categoryId=9033571&contentId=7061864 資料 9; 原油吸引パイプ(Riser Insertion Tube)、BP http://www.bp.com/genericarticle.do?categoryId=9033657&contentId=7062142 資料 10; BOP による原油フローの遮断(Topkill)、BP http://www.bp.com/genericarticle.do?categoryId=9033657&contentId=7062095 資料 11; LMRP(Lower Marine Riser Package)Cap、BP http://www.bp.com/genericarticle.do?categoryId=9033657&contentId=7062491 料 12;三井石油開発 http://moeco.co.jp/project/usa.html 資料 13; エクソンバルディーズ号原油流出事故 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%AF%E3%82%BD%E3%83%B3%E 3%83%90%E3%83%AB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%82%BA%E5% 8F%B7%E5%8E%9F%E6%B2%B9%E6%B5%81%E5%87%BA%E4%BA%8B%E6%9 5%85 JPEC 海外石油情報(ミニレポート) 本資料は、 (財)石油産業活性化センターの情報探査で得られた情報を、整理、分析したものです。 無断転載、複製を禁止します。本資料に関するお問い合わせは [email protected] までお 願いします。 Copyright 2010 Petroleum Energy Center all rights reserved