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高齢者と薬物療法(上) - Medical Library
病態生理からアプローチした薬物療法 一般に、加齢により生理機能は低下する。図1に30歳の諸種 高齢者と薬物療法(上) 生理機能を100%として加齢に伴う低下率を示した。呼吸循環 器系の機能低下、内分泌系や腎臓や肝臓などの機能が低下す 上野 光一 佐藤 洋美 るほか、体内水分量の減少や電解質バランスの異常が特徴的 千葉大学大学院薬学研究院教授 千葉大学大学院薬学研究院助教 である。特に高齢者では薬物の排泄に関与する腎血漿流量や 糸球体濾過率の低下が著しく、薬物の腎排泄機能が顕著に低 高齢者は多臓器疾患を有する場合が多く、一方で生理機 能が低下し薬物動態が変動している。そうした高齢者の病 態生理と薬物療法の実際について、2回に分けて解説する。 今回は、薬物動態を中心に高齢者の病態の特徴を整理した。 下する可能性がある。心拍出量の低下や動脈硬化の進展によ る血管壁の肥厚により、各組織血流量の低下が起こる。この ことが薬物の吸収量の減少や肝代謝能の低下に関与している。 また、肺活量の減少と脳血流量の低下が脳へ運搬する酸素分 圧の低下をもたらし、中枢神経機能も低下するため、高齢者 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(2009 年12月推計)」によれば、「団塊世代」が75歳以上になる2030 年には、高齢者数が約3660万人と急激に増加する一方、総人 口は約1億1520万人、高齢化率は31.8%となる見通しである。 国民の約3人に1人が65歳以上の高齢者で、労働人口1.7人に1 人の割合になるという。 表1は、2008年3月の全国25病院の院外処方せん発行状況を 調査した我々のデータであるが、受診者の47.5%は65歳以上 で、患者の2人に1人は高齢者である。高齢者には消化器官用 薬、循環器官用薬や中枢神経系用薬が多く処方されるほか、 多剤併用者が多く、処方される薬剤の50%以上は高齢者が服 用している実態がこの調査結果から垣間見える。 表1 年代別および男女別処方薬剤件数 年代(歳) 0-5 (pharmacokinetics)というが、各過程は加齢により変動する。 このことが、先に述べた高齢者の有病率の高さと、高齢者特 有の食生活や環境因子と相まって、高齢者における適正な薬 物治療をより一層複雑なものとしている。 No.4 2.9 61.417 % 3.3 17,846 2.0 13,930 1.5 31,776 1.7 1.3 12,141 1.3 23.858 1.3 18-24 19,570 2.1 28,926 3.1 48,496 2.6 25-34 42,170 4.6 74,695 8.0 116,865 6.3 35-44 64,099 7.0 88,029 9.4 152,128 8.2 45-54 89,777 9.9 99.416 10.6 189,193 10.2 55-64 182,406 20.0 162,960 17.4 345,366 18.7 65-74 238,776 26.2 210,143 22.5 448,919 24.3 75- 210,032 23.1 218,137 23.3 428,169 23.2 合計 910,275 935,912 100 1,846,287 100 100 図1 いくつかの生理的機能の加齢に伴う機能低下の割合 90 薬物の臨床効果が修飾される。この4つの過程を薬物動態 27,535 n 11,717 の特性を理解した上で適切な服薬指導を行う義務がある。 排泄(excretion)の4過程が存在し、これが変動することで % 6-12 100 (absorption)・分布(distribution)・代謝(metabolism)・ 3.7 合計 n 13-17 が求められている。地域住民の健康を守る薬剤師には高齢者 薬物を服用した場合、臨床効果を示すまでには、吸収 女性 % 33,882 薬剤師には高齢者への薬物適正使用を支援・実施する技能 ●高齢者の薬物動態 男性 n 伝導速度 基礎代謝率 80 残 存 百 分 率 ︵ 平 均 値 ︶ 標準細胞内水分量 心係数 70 標準糸球体濾過率 (イヌリン) 肺活量 標準腎血漿流量 (ダイオドラス) 60 50 40 標準腎血漿流量 (PAH) 最大呼吸容量 30 20 0 0 30 40 50 60 70 年齢(歳) 80 〔出典:参考文献1による〕 No.4 90 高齢者の病態生理――薬物動態を中心に では中枢神経系の副作用が起こりやすい。さらに、自律神経 に伴い分布容積が増加し、血中薬物濃度は減少するが消失半 系の反射機能低下による起立性低血圧などの薬物の副作用も 減期は延長して若年者より薬理作用が持続する。 出現しやすい。しかし、これらの機能低下については個人差 また、血清アルブミン値が加齢とともに減少するので薬物 が大きいことも特徴的である。もっとも、高齢者における薬 のタンパク結合率が低下し、非結合型血中薬物濃度が増加し 物動態のエビデンスが不足していることも、高齢者の薬物動 て効果が強く現れることがある。このような薬物にワルファ 態に関する一般的原則について理解を深めることのできない リン、フェニトインやサリチル酸などがある。一方,血清α1 一因となっている。 酸性糖タンパク質量は加齢に伴い増加する傾向にあるので、 以下に薬物動態の各過程における加齢の影響について述べ 主にα1酸性糖タンパク質と結合するジソピラミドやプロプラ る。図2に若年者と比較した一般的な高齢者の薬物動態の各過 ノロールなどの弱塩基性薬物のタンパク結合率は増大し,そ 程の特徴についてまとめた。 の結果,非結合型血中薬物濃度が低下し薬理作用が減弱する ①吸収:高齢者ではかなりの頻度で胃内pHの上昇傾向がある。 ことがある。その他、筋組織に分布するジゴキシンは、加齢 また、胃排出時間も延長する傾向があり、患者によっては最 により筋肉量が低下するため分布容積が低下し、血中薬物濃 大血中濃度到達時間が若年者より遅れることがある。 度の増加により中毒症状が高齢者で出現しやすくなる。 一方、肝臓や消化管における薬物代謝酵素活性が加齢により 薬物の組織への移行や汲み出しに関与するトランスポータ 低下するため、プロプラノロールやリドカインのような初回 ーへの加齢の影響については未だ明らかになっていない。 通過効果の大きい薬物は、経口投与後の薬物血中濃度時間下 ③薬物代謝:加齢に伴い、肝血流量、肝重量、チトクロム 面積(AUC)が若年者より著明に上昇する場合がある。この P450活性、胆汁流量が減少する。高齢者において薬物代謝能 ような薬物としてはその他にラベタロール、ベラパミル、ニ の低下が認められるものは酸化的薬物代謝であり、抱合代謝 フェジピン、ニソルジピン、L-ドパ、クロルメチアゾール、モ 反応には加齢による影響はほとんどみられない。従って、高 ルヒネなどがある。また、高齢者の皮膚は若年者より水分・脂 齢者ではオキサゼパムのようにグルクロン酸抱合で代謝され 質に乏しく、血流量も少ない。そのため、角質層の脂溶性に る薬物のほうがジアゼパムのようにP450による酸化反応で代 依存して浸透・吸収されるNSAIDsなどのパップ剤の吸収は 理論的に高齢者で減少するものと推察されるが、テープ剤や 保湿成分を含む皮膚貼付剤では自身の体温や汗で貼付部位の 図2 薬物動態の加齢による影響 吸収 代謝 皮膚が水和されるのでそれ程大きな差異はないものと思われ 消化管運動・血流量 肝重量 る。一般的に経口投与および経皮投与された薬物の吸収に対 胃酸分泌 薬物代謝酵素活性 する加齢の影響はそれほど大きくはない。 消化管吸収表面積 肝血流量 ②分布:吸収された薬物は血流を介し組織へ分布する。血中 胃排泄時間 初回通過効果 の薬物は、タンパク結合するものとしないものがある割合で 存在している。高齢者では若年者に比べて総水分量の減少お 分布 排泄 体内脂肪 よび体重に占める体脂肪の割合が増加するため、ゲンタマイ 体内水分量 シン、フェニトイン,テオフィリン、アンチピリンやモルヒ 心拍出量 ネなどの水溶性薬物の分布容積は減少し、投与初期の血中薬 血清アルブミン α 1 酸性糖蛋白 腎血流量 糸球体濾過率 尿細管分泌 腎機能 物濃度が上昇する。一方,アセトアミノフェン、トルブタミ ド、ジアゼパムやチオペンタールなどの脂溶性薬物では加齢 No.4 No.4 高齢者の病態生理――薬物動態を中心に 謝される薬物よりも使いやすいといえる。アンチピリンの代 では筋肉量の減少があるため筋肉由来のクレアチニンが減少 謝は個人差が大きいものの加齢に伴い代謝クリアランスが減 し、結果として腎機能の低下がある場合にも血清クレアチニ 少する傾向にある。高齢者では肝代謝型の薬物は血中からの ン値が正常値を示すことがあり、特に注意する必要がある。 消失が遅延し、作用時間が持続する。このような薬物として、 高齢者の腎機能を評価するには、できればクレアチニン・クリ ジアゼパム,アミトリプチリン、アルプラゾラム、バルビツ アランスを実際に測定することが望ましい。 ール酸、ジフェンヒドラミン、イブプロフェン、イミプラミ 腎排泄に及ぼす加齢の影響を考えると、カプトプリル、ア ン、フェニトイン、キニジン、テオフィリン、トルブタミド テノロール、アミノグリコシド系抗菌薬などの腎排泄型薬物 やワルファリンなど多くの薬物がある。 の血中濃度は高齢者で増大し、若年者と比べて有効性、安全 ④腎排泄:水溶性の薬物や代謝物は、腎の糸球体濾過や尿細 性に問題がでる可能性が高くなる。このため、高齢者では投 管分泌を受けて排泄され、一部は再吸収される。加齢に伴い、 与量の変更を要することがある。 腎血流量、糸球体濾過率、尿細管分泌能、そして尿細管再吸 高齢者における腎排泄型薬物の投与量補正は、可能な限り 収はほぼ直線的に低下する(図1)。尿細管分泌能や再吸収率 実測クレアチニン・クリアランス値(CL)に基づくか、また の低下は、トランスポーターの機能低下によるものではなく、 は以下のCockcroft- Gault式による推定値により行う。 腎ネフロン数および腎血流量の低下によるものと考えられて CL (男性) = [ (140−年齢) ×体重] ÷ (72×血清クレアチニン値mg/dL) いる。尿細管分泌能は糸球体濾過率と良く相関しているので、 CL(女性)=CL(男性)×0.85 腎機能の指標として、最も簡便に測定可能であるクレアチニ ●高齢者に対する薬物投与計画の留意点 高齢者における薬物動態は若年者と異なり、同じ投与量で ン・クリアランスを用いることが一般的である。 クレアチニン・クリアランスは40歳以降、年1%ほどの割合 も血中薬物濃度が上昇し、その結果として効果の増大と副作 で減少する(図3)。従って、75歳の男性では、特に腎疾患が 用の発現がみられる場合が多い。トリアゾラムやワルファリ なくてもクレアチニン・クリアランスは約70mL/minに減少 ンでは高齢者は低用量から開始することが望ましい。 している。これに脱水や腎機能障害などが加わればクレアチ 高齢者においては、薬物動態が加齢による影響を受けるた ニン・クリアランスは容易に腎不全の領域まで低下する。血清 め薬効や副作用が変化する。さらに高齢者では慢性疾患の合 クレアチニン値の上昇は腎機能の指標とされる。ただし、ク 併が多く、薬物を多剤併用することが多い。このようなこと レアチニンは筋肉からも血液中へ出てくる。筋肉量の多い人 から高齢者においては薬物相互作用の影響が強く出る可能性 ではもともと血清中濃度が高く、少ない人では低い。高齢者 もあり、単独では薬物動態の加齢の報告がない薬物でも服用 にあたっては注意が必要である。 図3 クレアチニン・クリアランス値の加齢による一般的変化 クレアチニン・クリアランス (ml/min 1.73 sq.M) 120 現時点で、高齢者における薬物の適正使用についていえる ことは、年齢に起因した一般的な生理機能の変化の原則に従 100 って薬理効果を推測するだけではなく、個々の患者の腎機能、 80 60 栄養状態や心拍出量などを含めた全身状態を勘案しながら、 40 個々の薬物の薬理作用や薬物動態学的特性を考慮しつつ綿密 20 な薬物投与計画を考えることが望ましいと思われる。 0 25 35 〔出典:参考文献2による〕 45 55 65 75 年齢(歳) 85 95 〔参考文献〕 1)Ritschel WA.: J. Am. Jeriatr. Soc., 24, 344-354 (1976) 2)Braganza J and Howat HT: Lancet, 1, 1133-4(1971) No.4 No.4