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日本は本当に異質 ・特殊なのか? - 国際日本文化研究センター学術

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日本は本当に異質 ・特殊なのか? - 国際日本文化研究センター学術
日本 は本 当 に 異 質 ・特 殊 な の か?
日本研 究 の 問題 点 を探 る
濱 口 惠 俊(国
際 日本文化研究 センター)
HAMAGUCHIEshun
日本異質論の再検討
分科会の意図
現 在 の 日本研 究 にお い て 、独 断 や偏 見 を排 し、 あ る い は 政策 が らみ で もな く、 純 粋 に科 学 的 な
公 正 さが 要 請 され る課 題 が あ る。 そ れ は 、 日本 の 社 会 や 経 済 を全 般 的 に どの よ うに把 握 す るか 、
日本 人 や 日本 文 化 の 本 質 を ど う と らえ るか とい う問 題 、 す な わ ち 「日本 論 」 と称 さ れ る研 究 領 域
で あ る。 日本 研 究 の原 問 題 だ とい って も よい 。 そ れ に関 して は、 これ まで色 々 な角 度 か ら論 じ ら
れ て きた。 中 で も注 目され るの は、 日本 経 済 の グ ロ ーバ ル 化 、 と くに貿 易 不 均 衡 な どに 由来 す る
日米 経 済 摩 擦 との か か わ りで 、 日本 が 国 際 的 に見 てか な り異 質 で あ り、極 め て特 殊 だ 、 とい う見
解 が強 く出 て きた こ とで あ る。 い わ ゆ る 日本 異 質 論 、 日本 特 殊 論 で あ る。 これ をめ ぐ って激 しい
議 論 が あ った こ とは記 憶 に新 しい。
そ こで 、ア メ リカや 日本 で 今 な お根 強 く存 続 す る異 質 論 議 が 果 た して妥 当 な もの な のか ど う か、
「京都 会 議 」 の分 科 会 で も改 め て検 討 し よ う とい う こ とに な った 。 筆 者 が 組 織 した 「日本 は本 当
に異 質 ・特 殊 か?日
本 研 究 パ ラ ダ イ ム の 再 検 討 」(IsJapanReallyAlienor・Unique?:A
ReconsiderationofParadigmsinJapaneseStudies)[司
会 、 園 田 英 弘 、 ポ ー リ ン ・ケ ン ト]が
そ れ で あ る 。 この 部 会 に は百 五 十 人 ほ どが 参 加 した。
以 下 は、 この分 科 会 で の 報 告 と討 議 の 概 要 をorganizerと
して ま とめ た もの で あ る。 各 発 表 者
の提 出ペ ーパ ー は、 こ こで の 報告 に基 礎 を置 いて い る。
とこ ろで 、 こ れ まで 時 勢 に応 じて 、 時 に は否 定 的 に、 時 に は肯 定 的 に評 価 され て い た 日本 異 質
論 ・日本 特 殊 論 は 、学 問的 に信 頼 の で き る理 論 で は ない の で 、 ま と もに検 討 す る に値 しな い、 と
い う見 解 も あ る(分 科 会 の 討 論 者 、 飯 田経 夫 「日文 研 」 教 授)。 しか しそ れ で もなお 、 なぜ 日本
評 価 が そ れ ほ ど極 端 に分 か れ る のか は、 十 分 検 討 す る に値 しよ う。 そ れ は 日本研 究 の方 法 論 的 前
提 と深 くか か わ って い る か らで あ る。欧米 側 か 日本 側 か 、そ の いず れ を比 較 の基 準 に とる か に よ っ
て 、評 価 が ま る き り反対 に な る ので は なか ろ うか 。 そ こ で 、 日本研 究 の 基 本 的 な研 究 方 法 論(パ
ラ ダイ ム論 議)に
まで 踏 み込 ん で 、 陳腐 か も しれ な い が 、 しか しシ リアス な この 問題 に、改 め て
取 り組 も う と した の で あ る 。
公 案 と して の 日本 異 質 ・特 殊 論
もっ と も 「日本 は本 当 に異 質 ・特 殊 か?」
とい う設 問 自体 は 、答 え の 出 に くい、 そ れ で い て 出
そ う と思 え ば、 い か よ うに も出 しう る問 い で 、 ま るで 禅 問 答 に お け る公 案 の よ うだ と評 した 人 も
い た。 こ こで は、 正 解 を 出す こ とが で きな い 、 とい うの が 実 は 正解 な の で は な い か、 と言 うの で
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あ る(分 科 会 の討 論 者 、 長 谷 川 三 千 子 、 埼 玉 大 学 教 授)。 実 際 、報 告 者 や 討 論 者 の多 くが 、 日本
が異 質 ・特 殊 で あ る の か ど うか につ い て明 確 な結 論 は出 しに くい 、 と正 直 に告 白 して い た 。
こ の点 は 、文 化 人類 学 者 の シ ー ラ ・ジ ョン ソ ンが 、 ア メ リカ 人 の 日本 人観 の多 くが 、実 は 厂情
況 に支 配 さ れ た 、 そ の と きそ の と きの 行 動 や 社 会 情 勢 に左 右 され た 反応 にす ぎな い」 と し、 た と
え ば 日本 人 の 国民 性 と して の 〈無 口 さ〉 に つ い て 、 「そ れ が私 た ち アメ リカ人 に は、 た ま た まそ
の と き 日本 人 に た い して好 意 を もって い たか ど うか に よ って 、礼 儀 正 しいつ つ ま しさ に見 え た り、
よそ よそ し さ に見 え た りす るの で あ る」(鈴 木 健 次 訳 『ア メ リカ 人 の 日本 観 』 サ イマ ル 出版 会 、
一 九 八 六 年)と 述 べ た の と、 よ く似 て い る。
こ の未 決 課 題 は 、研 究 者 の主 観 的 判 断 や 選 好 に よ って 、特 殊 だ とい え ば特 殊 、普 遍 だ とい え ば
普 遍 、 と言 え る しろ もので あ ろ う。 また 、 強 烈 な カル チ ャー ・シ ョ ッ ク を体 験 した人 は異 質 論 を
唱 え る だ ろ う し、外 国人 に とて も親切 に され た 人 は、 同 質論 をぶつ こ とだ ろ う。 分 析 の方 法 論 的
基 盤 を よ ほ ど しっ か り据 えつ けね ば、 正 答 は得 られ そ う もな い 。
けれ ど も、 こ の セ ッシ ョンの 実 の狙 い は、 日本 の異 質性 ・特 殊 性 につ い て は っ き り と した判 決
を下 す こ と に あ る ので は な く、 む しろそ う した 論 議 の拠 って立 つ パ ラ ダイ ム を解 明 し、 日本 研 究
の方 法 論 を根 本 的 に再 検 討 す る こ と にあ った 。 日本異 質論 ・特 殊 論 は 、 そ の た め の格 好 の材 料 な
ので あ る。「出ぬ 答 え を 出 そ う と して 皆 が 四 苦 八 苦 して い るの に 、シ ン ポ を組 織 した 当 人 は 、 さっ
さ と方 法 論 とい うメ タ 問題 の ほ う に議 論 を進 め 、涼 しい顔 を して い る、なん と人 の 悪 い 方 なの か 」
と、 筆 者 は席 上 コ メ ン トされ て し ま った が 、 結 論 が 出 な い原 因 を突 き止 め な い こ とに は 「日本 研
究 」 の 未 来 は な い と思 う。
リ ビ ジ ョニ ズ ム と相 対 主 義 的 特 殊 論
これ まで 喧 伝 され て きた 日本 異 質 論 ・日本特 殊 論 で は 、 日本 は歴 史 的 に独 自な文 化 を もち、 経
済 や 経営 と い っ た普 遍 的 な文 明 の シ ス テ ム で さえ 欧米 の そ れ と基 本 的 に異 な る 、 と見 な さ れて い
た。 そ こで 、 どの 社 会 に も適用 可 能 だ とす る欧米 正 統 派 の経 済 理 論 を修 正 す る こ とが 必 要 だ、 と
い う主 張 が 出 て き た。 た と えば 、 シ ンポ の報 告 者 の一 人 で あ る チ ャー マ ー ズ ・ジ ョ ンソ ン(カ ル
フ ォル ニ ア大 学 サ ンデ ィエ ゴ校 名 誉 教 授)に
よ って提 起 され た よ うな 、東 ア ジ ア型 資 本 主 義 説 、
ない しは 「資 本 主 義 的 発展 志 向型 国家 」説 は、 明確 な修 正 理 論 で あ った 。 そ こ か ら リ ビジ ョニズ
ムが 始 ま っ た と言 って よい 。
本 来 の 修 正 主 義 は、 主 に 「制度 」 面 に注 目す る ま と もな形 の もの だ ったが 、 日本 の大 幅 な貿 易
黒 字化 や 日米 構 造 協 議 な ど、現 実 の政 治 ・外 交 問題 との か らみ に お い て 、 ジ ャパ ン ・バ ッシ ング
と安 易 に結 び つ い て し まい 、 や や ジ ャ ーナ リ ス テ ィ ック な観 点 か ら、 「日本 問 題 」 と して 論 じ ら
れ る よ う に な っ た。ク ライ ド ・プ レス トウ ィ ッツ 、カ レル ・フ ァ ン ・ウ ォル フ レ ン、ジ ェ ー ム ス ・
フ ァ ロー ズ らの い わ ゆ る リ ビジ ョニ ス トた ち は、ユ ニ ー ク だ と され る 日本 型 シ ス テ ム に対 して極
め て批 判 的 で あ る。 『日本 の 独 自性 は神 話 』(未 翻 訳)を 書 い た 、 ピー ター ・デ ー ル は、 民 族 主 義
的 日本論 を葬 り去 ろ う と試 み た 。
日本 異 質 論 ・特 殊 論 を批 判 的立 場 か ら展 開 す る の は 、 そ れ な りの意 義 が あ ろ う。 しか しそ こか
ら一気 に 全 人 類 普 遍説 へ と向 か うわ け に は行 く まい。 だ とす れ ば、 そ れ ぞ れ の社 会 ・文 化 は、 何
らか の意 味 で 互 い に異 な る と考 え な くて は な らな い。 そ して そ の相 違 点 は 、 あ く まで 相 対 主 義 的
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に理 解 され るべ きで あ ろ う。何 の根 拠 も ない ま ま、一方 が つ ね に普 遍 で あ り、他 方 は特 殊 で あ る、
と断 定 して はな らな い 。 実 際 は 、 そ れ ぞ れ特 殊(relativelyunique)で
あ る は ず で あ る。
日本 もこの 意 味 で 「
特 殊 」 で あ る こ とは 、今 回 の討 議 で どの報 告 者 ・討 論 者 も認 め てい た 。 リ
ビジ ョニ ス トの代 表 と見 な され て い た ジ ョン ソ ン も、 「日本 は 本 当 はユ ニ ー ク なの で は な く、 単
に他 と 〈
違 って い る〉 だ け だ」 と述 べ た 。 に もか か わ らず 、 日本 だ けが 「異 質」 「特 殊 」 で あ る
と され る の は、 一 体 なぜ なの か 。 そ の 理 由 は 明 らか で あ る。
これ まで 比 較 判 断 の 基 準 はい つ も欧 米側 に 置 か れ て い て 、 近 代 化 の 主 た る担 い手 で あ っ た欧 米
社 会 の特 質 が 、人 類 に とって つ ね に普 遍 で あ る と考 え られ て い た 。た とえ ば、ウ ォル フ レ ンが 『日
本/権 力 構 造 の謎 』 で 、 日本 が 権 力 中枢 を もつ 主 権 国 家 で あ る、 また 資 本 主 義 的 ・自由 主義 経 済
シス テ ム で あ る 、 とい う こ とが 「虚 構 」 に過 ぎな い と述 べ る と き、 そ の 「実構 」 の モ デ ル が 欧 米
の シス テ ム に求 め られ て い る こ とに留 意 しよ う。 こ の ス キ ー ムで は、 日本 は論 理 上 「特殊 」 とな
らざ る を え ない 。 日本 異 質 論 は そ れ に 由来 して い る。
従 前 の 比 較 基 準 が 、 普 遍 妥 当 な もの で は な く、実 は文 化 的 に拘 束 され た もの で あ った た め に、
欧 米 に比 較 の 拠 点 を設 定 す る リ ビ ジ ョニ ス トの 立 場 は、 「逆 異 質 論 」 だ と言 えそ うだ が 、 これ と
軌 を一 にす る のが 、 冷 戦 終 了 後 の研 究 ター ゲ ッ トを ソ連 か ら 日本 に移 した 「合 理 的選 択 理 論 」 学
派 で あ ろ う。 そ こで は、 個 人 や 集 団 の 達成 目標 に応 じて 、 そ れ に最 も効 率 的 な合 理 的行 動 が 選 択
が な され る、 とす る。 この 立場 は、 理 論 の 通 文 化 的 な普 遍 性 を主張 し、 「地 域 研 究 」 学 派 の よ う
な 現 実 的 な ア プ ロ ー チ を軽 視 す る もの だ と して 、 ジ ョ ン ソ ン ら はそ れ に 強 く反対 して い る(「 日
本研 究 ・ア メ リカNOW」TH:ISIS読
売 、 一 九 九 四 年 一 〇 月号 を参 照 され た い)。 相 対 主 義 的 な
特 殊 論 を認 め る わ れ わ れ の ス タ ンス は、 意 外 に もジ ョ ンソ ンの それ と も共 通 して い る。
「日本 」 「日本 人 」 と は
日本 と同 じよ う に世 界 各 国 が そ れ ぞ れ特 徴 的 な社 会 シ ス テ ム を編 成 して い る、 とい う大前 提 の
も とで 、 日本 的 特 性 を ど う把 握 す るか が 、 わ れ わ れ の セ ッシ ョンの 共通 課 題 とな っ た。 そ の 際 さ
らに積 極 的 に、 日本 に ご く普 通 に存 在 す る もの が 、 なぜ 他 社 会 には 見 当 た らな い の か、 とい った
「逆 欠 如 」(園 田英 弘 「日文 研 」 教 授 の用 語)の 発 想 す ら要 請 され るで あ ろ う。 こ う した 相 対 的
な 立場 か らの 日本 的特 性 の探 索 論 議 にお いて 、最 初 問 題 に な った の は、「日本 」「日本 人 」とは い っ
た い何 を指 す の か 、 とい う点 で あ る。
報 告者 の ハ ル ミ ・ベ フ(別 府 春 海)ス
タ ンフ ォー ド大 学 教 授 に よ る と、 日本 異 質 論 で の 日本 」
は、 日本 とい う国家 を指 して お り、民族 と して の 日本 人 で はな い とす る。イ デ オ ロ ギ ー と して は、
日本 は単 一 民 族 国 家 で あ る と され て い るが 、実 際 に は 、い くつ か の民 族 を含 む多 民 族 国家 で あ る。
しか し、 日本 文 化 とい っ た時 に は、 そ の 中の ドミナ ン トな文 化 の型 を言 うの で あ る。 また 、 「日
本 人」 とい うの は 日本 国 籍 を持 つ 者 の こ とだ 、とす る調 査 結 果 が 出 て い る と言 う。 しか し普 通 は 、
日本 で 生 ま れ育 っ た人 とい う観 念 が あ る。 「日本 人 」 が ど うい う人 を指 す の か は、 本 人 が 日本 人
だ と言 え ば 日本 人 に違 い な く、主 観 的要 素 が 大 き いが 、 実 際 は外 国 人 の 日本 人観 が強 く影 響 して
い る よ うで あ る 。
も っ と も、そ う した 日本 人 が 自分 らで 日本 の こ と をユ ニ ー クだ と思 い込 ん で い て も、
何 がユ ニ ー
ク なの か 、 そ の 内 容 が 分 か って い な い こ とが多 い 。 そ の 内容 を他 国 の それ と比 較 して つ か み 、 そ
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の上 で 日本 が 異 質 ・特 殊 か ど うか を判 断 をすべ きだ 、 とべ フ は考 え る。
同 じ く報 告 者 の一 人 で あ った 、 ヨ シ オ ・ス ギ モ ト(杉 本 良夫)オ
ー ス トラ リア、 ラ トロ ー ブ大
学 教 授 の 意 見 で は、 「日本 人 」 を定 義 す る基 準 と して 、 国 籍 、 民 族 的血 統 、 言語 能 力 、居 住 地 が
あ り、そ の一 つ で も満 た して お れ ば広 義 で の 日本 人 と言 え る。そ れ は多 文化 主義 的 な 定義 で あ る。
しか し代 表 的 日本 人 と い う こ と に な る と、 マ ジ ョリテ ィ(多 数者)の 属 性 を持 っ た者 、 す な わち
女 性 で 中小 企 業 に働 く、 非 大 学 卒 業 生 の 非 組 合 員 とい う こ とに な る。 さ らに狭 義 の 日本 人 と して
は 、 四つ の基 準 す べ て に当 て は ま る と と もに、 指 導 的 な立 場 に あ る 人 た ち の文 化 を持 った 人 を指
して い る。 こ の よ うに 「日本 人 」 カ テ ゴ リー は伸 び縮 み し不 明 確 だが 、 問題 は、 厂日本 人 」 と は
何 か の定 義 な しに 「日本 的 」 な る もの は確 定 しえ ない 点 にあ る。 け れ ど も、 従 来 何 か よ く分 か ら
な い 「日本 的」 な る ものの 持 ち主 が 「日本 人 」 と され て きた 。 これ は論 議 の順 序 が 逆 なの で は な
い か 、 と言 うの で あ る。
「日本 人」 の範 囲 の確 定 な しに 日本 が 異 質 ・特 殊 で あ るか ど うか は論 じ られ な い、 とい うのが
ス ギ モ トの立 場 で あ っ た。 こ の点 に 関 して は、 まず 日本 な る実体 が あ って 、 そ れ か ら 日本 人が 派
生 的 に想 定 され うる の で は な い か(公 文 俊 平 、 国 際 大 学 教 授)、 また 歴 史 を もつ 地 域 文 明 は、 そ
れ 自体 と して十 分 研 究 の対 象 とな りう る(吉 田 和 男 、 京 都 大 学 経 済学 部 教 授)、 とい っ た反 論 も
出 され た 。
ス ギ モ トは また 、 テ ク ノ ・プ ロ フ ェ ッシ ョナル 階層 の 生 活 ・思 考様 式 や価 値 観 は 国 際 的 に類 似
度 が 高 い こ と を例 に 、社 会 構 造 上 のサ ブ カ ルチ ャ ー に関 して 国 際 的類 似 を検 討 すべ きだ と提 案 し
て い る 。 しか し これ は 、 階層 論 に か か わ る社 会 学 的 普 遍 性 の 探 究 作 業 で あ って 、 一 国 の社 会 ・文
化 シ ス テ ム を統合 形 態 と して と らえ 、 そ れ の普 遍 性 ・特 殊 性 を論 じよ う とす る、今 回 の論 議 に は
な じ まな い 。
チ ャ ー マ ー ズ ・ジ ョ ン ソ ン の 立 場
「日本 」 や 「日本 人 」 につ い て の 議 論 は 、 「日本 は本 当 に 異 質 ・特 殊 か?」
とい うア ポ リ ア を
解 く上 で 、 入 口が どこ に在 る か を捜 して い る よ うな もの だ。 しか し経 済 摩 擦 な ど実 際 問 題 の レベ
ル で 、 異 質論 ・特 殊 論 を突 きつ け られ て 、 い わ ゆ る 「日本 人」 が 、 「日本 」 問題 に ど う対 応 す べ
きか 奮 戦 中、 とい う現 実 が あ る 以上 、無 理 や りに で も中 に入 り込 ん で ま と もに論 議 す る必 要 が あ
ろ う。
この 点 で 、 政 治 経 済 学 的視 点 か らア プ ロ ー チ を試 み た の は 、 チ ャーマ ー ズ ・ジ ョン ソ ンで あ っ
た 。そ の 基 本 的 な 論 点 は 、冷 戦 終 了 後 の ア ジ ア経 済 の 目覚 ま しい 発 展 に注 目す る必 要 が あ る こ と、
そ の 中 で の 経 済 大 国 日本 は 、 ア メ リカ の新 た な る敵 対 国 と してユ ニ ー ク視 さ れ る存 在 で は な く、
た だ 単 に 自分 た ち と は 〈違 って い る〉国、とい う冷 静 な 目で 眺 め るべ きで あ る 、とい う もの で あ っ
た。
ユ ニ ー ク とい う英 語 は、 ほ め 言 葉 で あ る よ りも、何 とな く価 値 否 定 的 な ニ ュア ンス を伴 っ て い
る。 そ れ を不 用 意 に使 うの は まず い の で あ って 、 日 ・米(と
くに ア ング ロ ・ア メ リカ ン)間 で 歴
史 の 長 さが 格 段 に違 う こ と を考 え る と、 ア メ リカ 人 が 自己 の歴 史 を過 度 に一 般 化 した こ とは責 め
られ しか るべ きだ 、 と同教 授 は言 う。 日本 が ユ ニ ー クで な い に もか か わ らず 、 日本 人 は 自 らそ う
だ と しば しば言 って きた 。 この こ とが また 、外 国 人 が 自分 た ち の 意 図 を達 成 す る た め に 日本 を ユ
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ニ ー ク視 す る こ と を助 長 した の だ 、 と リ ビジ ョニ ス トら しか らぬ、 理 解 あ る?発 言 で もって 、 自
分 の報 告 を始 め た(自 分 自身 は む しろ ア メ リカ ・バ ッシ ャー だ と言 う)。
もっ と も、 日本 の 一 方 向 的 な貿 易 態 度 の改 善 をア メ リア は長 年 の 間 辛 抱 強 く待 ち続 けた が 、 日
本 政 府 は依 然 と して 自国 の市 場 へ の平 等 な ア ク セ ス を拒 否 して い る。 日本 は、 どの よ うに して生
産 者 中心 の経 済 か ら、消 費 者 中心 の 経 済 へ 変 わ り うる の だ ろ うか 、 とい う苦 言 を も呈 した 。
ジ ョン ソ ン は、 「
文 明 の衝 突 」 を書 い た サ ミエ ル ・ハ ンチ ン トンの 説 は、 国家 間 の対 立 紛 争 で
はな く、文 明 間 の衝 突 を予 想 した が 、 冷 戦 後 の ア ジ アの 研 究 に関 す る か ぎ り、 イ デ オ ロ ギ ー、 ご
都 合 主義 、 分 析 の混 じ りあ った もの で しか な い と、 厳 し く批 判 した 。彼 は分 析 対 象 の各 文 明 を よ
く知 らな い し、日本 文 明 と中 国儒 教 文 明 との 間 の衝 突 を想 定 して い る点 で も間 違 って い る とす る。
新 しい世 界 秩 序 の 形 成 問 題 に対 して は 、現 実 的 な 歴 史 的 アプ ロ ー チ が重 要 で あ り、 ボ ー ダ ー レ
ス ・エ コ ノ ミー に よ る国 際 的統 合 と、一 国 内 の民 族 間対 立 との ダ イ ナ ミク ス に注 目 しな けれ ば な
らな い。 と くに、 冷 戦 後 の アジ ア の経 済 の豊 か さ(世 界 経 済 の約 三 分 の一 を 占 め る)と 、 政 治 的
発 言 力 の 増 大 は無視 しえ な い 、 と言 う。 そ う した 中 で 、 日本 は 自 らの 経 済 体 質 を根 本 的 に シ フ ト
させ な けれ ば、ア ジ ア諸 国 か ら見 離 され 、友 邦 国 の な い 、大 き く太 った 、攻 撃 を受 けや す い ク ウ ェー
トの よ うな 国 に な る だ ろ う、 と警 告 して い た 。
歴 史 ・文 明 を考 え れ ば 日本 こそ 普 遍
これ に対 し、十 分 な根 拠 もな しに、 日本 が 消 費 者 志 向 を もた ない 国 だ と断定 して も らって は困
る 、 と反 論 した の は、 長 く対 米 交渉(包 括 協 議)の 当 事 者 で あ った榊 原 英 資(大 蔵 省 財 政 金 融研
究 所 所 長)で
あ る。 ア メ リ カ は進歩 主義 的 な 歴 史 観 に基 づ い て 日本 をユ ニ ー ク呼 ば わ り して い る
が 、歴 史 の 浅 い ア メ リ カの ほ うが む しろ特 殊 な国 なの で あ り、千 数 百 年 の歴 史 を もつ 日本 の 固 有
の伝 統 、 文 化 の 中 に、 あ る種 の 人類 的普 遍 性 を認 め る こ とが可 能 な ので は ない か 、 と言 う。
榊 原 の 見 解 で は、 日本型 資 本 主 義 に普 遍 性 を見 い 出 し うる とす れ ば、 そ れ は以 下 の 三 点 に お い
てで あ る。(1)政治 ・行 政権 力 と富(企 業)と の 分 離 、(2)権限 が 幅広 い 階層 に分 散 さ れ てい る こ と、
つ ま り中 央 集権 タイ プ で は な く参 加 型 の 資 本 主 義 形 態 、(3)ア
メ リカ型 の代 表 制 民 主 主 義 で は な く、
官僚 制 で の徳 と智 に よる統 治 が 基 本 で あ り、 そ れ に メ リ ッ トク ラシ ー が 加 わ る 。 そ れ は東 ア ジ ア
と も共通 で あ って 、社 会 の安 定 に寄 与 して い る。 しか しこ う した属 性 を もつ 日本 型 シ ス テ ムが グ
ロー バ ル に普 遍 性 を獲 得 す る フ ィーザ ビ リテ ィが はた して あ るの か 、 また そ の条 件 は何 なの か 、
残 念 なが ら榊 原 は呈 示 しな い ま まだ った 。
ア メ リカ の進 歩 史 観 か ら眺 め れ ば 日本 は特 殊 、 日本 自身 の歴 史 に立 脚 す れ ば普 遍 だ とす る榊 原
説 に対 して 、 報 告 者 の公 文 俊 平 は 、 「文 化 」 と は区 別 さ れ る 厂文 明」 レベ ル で考 え る と、現 代 日
本 文 明 の 構 造 特 性 は、 他 の 近代 文 明 と異 質 な 面 もあ る が 、 む しろ類 似 度 が 大 きい の で は ない か 、
と述 べ た 。 近 代 文 明 の 一 分 肢 と して の 日本 文 明 は 、 国 際 的 な コ ンピ ュ ー タ ・ネ ッ トワ ー クの発 展
に よ って さ ら にグ ロ ーバ ライ ズ され る で あ ろ う、 と予 測 す る。 情 報 化 は、 従 来 の 産 業化 に も増 し
て 文 明 間 の相 互 交 流 ・協 働 を促 進 す る か らで あ る 。事 実 そ う した 同質 化 へ の傾 向 は大 で あ ろ う。
しか しそ の場 合 「文化 」 の相 違 が そ の ま ま続 くの か ど うか、 公 文 は明 言 を避 け て い る 。
コメ ンテ ー ター の 一 人 、岩 田龍 子(九 州 大 学 経 済 学 部 教 授)に
よれ ば 、 日本 異 質 ・特 殊 論 が 最
も具体 的 に論 議 さ れ た の は 、 日本 経 営 論 に関 してで あ っ た。 文 化 論 的 ア プ ロ ー チ を とっ た 同教 授
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は、 そ れ だ けで 異 質 論 者 だ と決 め つ け られ た とい う。 しか し 日本 経 営 に は究 明 す るだ け の価 値 の
あ る特 殊 性 が あ る、 とい う前提 の も と に研 究 した にす ぎず 、 そ れ を 「文 化 」 の視 点 を と った か ら
とい う理 由 だ けで 批 判 す るの はお か しい 、 と言 う。 も っ と もな こ とで あ る。
経済発展段階や国際関係 と連動す る評価
けれ ど も討 論 者 の 中谷 巌(一 橋 大 学 商 学部 教 授)の 意 見 で は、 当 該 国 の 経 済社 会 シ ス テ ム は 、
文 化 の違 い に もか か わ らず 、同 じ経 済発 展 の段 階 に あ る他 の 国 の そ れ と同 質 的 で あ る 。た とえ ば、
近 代 化 へ の キ ャ ッチ ア ップ を志 向 して い た 、 かつ て の 日本 を含 む東 ア ジ ア諸 国 で は、 お し なべ て
慎 重 に、元 本 が保 証 され る 間接 金 融 制 度 で や っ て き た。だが 、経 済 先進 国 入 りした現 在 の 日本 は、
以 前 近 代 化 路 線 の トップ を走 って い た ア メ リカ の よ うに、 リス ク ・マ ネ ー に頼 る直接 金 融 体 制 に
移 行 せ ざ る を え な くな って い る。そ れ に伴 って 文 化 も変 質 せ ざ る をえ ず 、こ のあ た りに 日本 異 質 ・
特 殊 論 へ の解 答 ヒ ン トが あ りそ うだ と述 べ た 。 しか し単 に経 済 発 展 の 程 度 に よ って 、 一 国 の 文化
的 な 同質 ・異 質 性 が そ れ ほ ど簡単 に変 わ る もの な の で あ ろ うか 。
討 論 者 の飯 田経 夫 に よれ ば、 非 欧 米 国 の 中 で 唯一 近 代 化 に成 功 した 日本 が 、 無 理 なル ー ル 違 反
を平 気 で や る こ とで 異 質 だ と受 け と め られ た が 、 「た だ 日本 だ け が」 とい っ た形 で述 べ られ る 日
本 特 殊 性 論 は、 か な り誇 張 され た もの で あ り、高 度 成 長 期 に言 わ れ た ほ どに は、 た い した もの で
もな さそ うで あ る。 だ が バ ブル経 済 が 崩壊 し不 況 期 に入 っ て、 日本 は と くに駄 目だ、 アメ リカ の
よ う に改 革 さね ば な ら ない とい う、 か つ て の 思 い込 み に逆 戻 り して い る感 が あ るが 、 そ れ もまた
行 き過 ぎで は なか ろ うか 、 と言 う。 景気 に連 動 して肯 定 的 ・否 定 的評 価 が 浮 動 す るの が 、 や は り
「日本 異 質 ・特 殊 論 」 の 本 性 なの で あ ろ うか 。
経 済 ジ ャー ナ リズ ムの 先 端 を行 く小 島 明(日 本 経 済 新 聞社 論 説 副 主 幹)の 討 論 で の 見 解 に従 え
ば、 ジ ョ ン ソ ン も示 唆 した よ う に、 「日本 異 質 ・特 殊 論 」 は、 冷 戦 終 了後 、 エ コ ノ ・セ ン トリズ
ム の立 場 か ら 日本 が 標 的 と され た こ と に由 来 す る。 そ の主 謀 者 で あ る リ ビジ ョニ ス トた ちの 命 題
は、(1)日本 は異 質 で あ る、(2)この 異 質性 が経 済不 均 衡 の主 要 原 因 で あ る 、(3)日本 は、 この 異 質 性
に よ って 成 功 した以 上 、 異 質性 を変 え る こ と はな い 、(4)日本 が 欧米 型 モ デ ル に近 づ く と考 えて い
た ア メ リ カ の予 想 が 間違 って い た の で 、 日本へ の ア プ ロー チ方 式(対
日政 策)の 変 更 が 必 要 に な
る、 で あ っ た。 こ の第 二 命 題 は判 断 を誤 ま って お り、 また 第三 命 題 につ い て も、 円高 で 海 外 進 出
を余 儀 な くさ れ て い る 日本 の 中小 企 業 は、 グ ロー バ ル化 で実 際大 き く変 容 しつ つ あ る、 と小 島 は
反 論 す る の で あ る。 そ れ はお お むね 妥 当 で あ るが 、彼 らの 日本 異 質論 が何 を根 拠 に して構 築 さ れ
た の か、 とい う点 につ いて も深 く追 究 して ほ しか った 。
文化比較 における普遍 と特殊
こ れ ま で の議 論 か らす る と、 日本 の存 在 に関 して 、相 対 主 義 的 な違 い と して の 「特 殊 」 が、 特
定 の意 味 合 い を もっ た 「異 質 」 に置 き換 え られ た こ と に問題 が あ る と思 わ れ る。 だ とす れ ば、 な
ぜ そ う な っ た の か、 方 法 論 的 な立 場 か らそ の 理 由 を探 り、 そ れ に基 づ い て新 た な 「日本 研 究 」 の
パ ラ ダ イ ム を設 定 す る必 要 が 出 て くる。 本 セ ッシ ョンで は 、 さ らに そ の 点 の検 討 も行 な わ れ た。
先 ず 、 討 論 者 の梶 田孝 道(一 橋 大 学社 会 学 部教 授)の 見 解 で は、 日本 異 質論 を検 討 す る上 で、
「ど の社 会 に も通 用 す る普 遍 的 な性 格 を もっ た装 置 や 制 度 」 と して の 「文 明」 と、 「特 定 社 会 に
1-300
特 有 な価 値 観 」 で あ る 「文化 」 とを 、概 念 的 に 区分 す る こ とが不 可 欠 で あ るが 、 国際 化 に伴 な う
外 国 人労 働 者 問 題 で の よ うに 、 両者 の か らみ も重 要 で あ る。 だ が 、 「日本 型 モ デ ル 」 を、 濱 口が
試 み た よ う に、 生 産 性 や フ ァ ンク シ ョニ ン グ に か か わ る 「文 明 」 と して扱 え ば 、 「文化 」 の対 立
事 由 と して 誤 解 さ れ る こ と もな くな る の で は ない か 、 と言 う。 こ こで は 、 「文 化 」 と 「文 明 」 の
混 同 が 日本 異 質論 生 成 の 主 要 因 だ と想 定 され て お り、 有効 な そ の 回 避 方 法 も示 唆 され た。
日本 文 化 を、何 か具 体 的 な固 定 実 体 して と らえ る と き、 カ リ カチ ュア を生 み 出 して しま うの で
あ り、 む しろ 文化 摩 擦 ・文 化 衝 突 とい った ダ イナ ミズ ムの 中 で 把握 す べ きで あ る 、 とコ メ ン トし
た の は長谷 川 三 千子 だ った。 確 か に絶 えず 交 流 す る文 化 の プ ロセ ス を念 頭 に お け ば 、 日本 をつ ね
に異 質 ・
・特 殊 だ とス テ レオ タイ プ化 して把 握 す る こ と もな くな るで あ ろ う。
比 較 文 化 研 究 にお け るス テ レオ タイ プ化 の 問題 点 を提 起 した の は、 報 告 者 の 一 人 、 文化 人類 学
者 の タ キエ ・S・ リ ブ ラ(ハ ワイ大 学 教 授)で
あ った。 そ の説 に従 え ば、 日本 文 化 とい って も、
そ れ は研 究 者 の概 念 構 築体 で あ って 、 そ の もの 自体 に普 遍 性 ・特 殊 性 が あ る わ けで はな い 。 しか
も普 遍 性 と特 殊 性 とが 単 純 な二 項対 立 で はな く、 そ の どち らで もあ る場 合 、 あ るい は どち らで も
な い 領域 もあ りうる 。日本研 究 は、日本 主義 オ リエ ン タ リズ ム の実 践 だ と非 難 す る向 き もあ る が 、
二 分 法 で極 め付 け る 、西 欧 の第 三 世 界研 究 と は違 った 成 果 を もた らす 可 能性 を も秘 めて い る、 と
積 極 的 に評 価 す る。
さ らに リブ ラの 主 張 に従 え ば 、西 欧 の文 化 論 理 が 、自己 と他 者 、主 体 と客 体 、個 人 と集 団 とい っ
た二 者 間 の 「対 立 」 ない しゼ ロ サ ム ・ゲ ー ム を前 提 とす る もの で あ っ た の に対 して 、 日本 の そ れ
は、二 者 間 の 「対 応 」の論 理(logicofcontingency)で
あ る。前 者 の一 例 は二 者 関係 に お け る 「自
律 」 対 「依 存 」 で あ るが 、 後 者 で は 、 そ れ が 「介 護 」 な い し 「保 護 」 と して表 出 され る。 「対 応 」
の論 理 で は 二者 間で の価 値 的 な優 位 ・劣位 は ない 、 とす る 。 こ う した リブ ラ理 論 の メ リ ッ トは、
日本 異 質 ・特 殊 論 の生 れ 出 る論 理 構 造 そ の もの を明 確 に した 点 にあ る。発 表 時 間 の 制約 上 、「対 応 」
の 論 理 に従 う 日本 人 の人 間観 が ど うい う もの なの か 、 遂 に聞 くこ とが で きな か っ たの が 惜 しま れ
る。
関 係 性 を ベ ー ス に す るパ ラ ダ イ ム へ
報 告 者 の 吉 田和 男 もま た、 「日本 型 シ ス テ ムの 特 殊 性 と普 遍 性 」 とい うペ ーパ ー を提 出 し、 日
本 研 究 の あ るべ きパ ラ ダ イ ム につ い て 語 った 。 日本型 シ ス テ ム は、 既 存 の欧 米 起 源 の社 会 科 学 で
は分 析 が 難 しい た め に、 不 可 知 だ と して 日本 異 質 論 が生 じた 。 しか し実 際 に は、 そ こ に社 会 シス
テ ム を構 成 す るパ ラメ ー タ ー の違 い が あ る に とど ま る。 そ れ に関 して どの よ うな特 殊 性 が 存 す る
か を欧 米 人 に理 論 的 に説 明す る た め に は、 従 来 の要 素 還 元 主 義 か ら脱 却 し、要 素 間の 関 係 性 を重
要 視 す る、 シス テ ム理 論 的 な新 しいパ ラ ダ イ ム を導 入 しな けれ ば な ら ない 、 とす る。
要 素 間 の 関係 に依 拠 す る シ ス テ ム は 、非 線 形 的 な複 雑 系 で あ る。 あ るい は、要 素 間 の協 同 に よ
る組 織 の 自 己組 織 化 の 中 で つ ね に 「ゆ ら ぎ」 を伴 って い る シ ス テ ム だ と言 って も よい 。 そ の 関係
理 論 は十 分 に普 遍 性 を もち う るの で あ り、 こ の視 点 か ら 日本 型 シ ス テ ム の特 殊性 を眺 め た 、濱 口
の 「間 人」 「関係 体 」 概 念 や 吉 田 の 「磁 性 体 」 モ デ ル な ど は、 本 来 、 方 法 論 的 に普 遍 性 を志 向 し
て い る、 と吉 田 は判 断す る。 確 か に、 日本研 究 にお け る関係 性 ベ ー ス の パ ラ ダ イ ム は、 自然科 学
に お け る最 近 の趨 勢 と同 じよ う に、 あ る意 味 で は必 然 だ と言 え よ う。
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コメ ン ト発 言 を行 な っ た佐 々木 瑞 枝(横 浜 国 立 大 学 留 学 生 セ ン ター教 授)は
、外 国人 留 学 生 の
指 導 体 験 を踏 まえ な が ら、 現 実 の 日本 語 の使 わ れ 方 で は、 「関 係体 」 人 間 で あ る 日本 人 ど う しだ
か ら、文 章 を一部 省 略 して も、 あ る い はあ い まい に応 答 して も、 意 思 は 十分 疎 通 し うる と述 べ 、
また そ の言 語 生 活 は 、相 手 の気 持 を忖 度 しなが ら、 語 尾 を適 宜 変 え た りす る 関係 型 だ 、 と言 う。
ま さ し くそ の指 摘 どお り、 日本 で の 関係 性 の 意 義 は大 きい 。
方法論的関係体主義の提唱
す で に 述 べ た よ う に、相対 主 義 的 に 日本 も また 「特 殊 」で あ るに もか か わ らず 、 日本 のみ が 「異
質 」 だ と見 な され る の は 、比 較 の基 準 リフ ァ レ ン トが つ ね に欧 米 サ イ ドに 設 定 され て い た こ とに
よ る。 そ う した分 析 構 図が 自 明 の もの と して 存 在 して い た の は明 らか だ 。 そ こで は 、 日本 は 、 欧
米 的 な 意 味 で 近代 化 され た社 会 の特 質 を欠 い て い る欠 如 態 と して 扱 わ れ 、 た とえ ば 、個 人 主義 と
は対 照 的 な 、 一種 の全 体 主 義 と して の 「集 団 主 義 」 の 国 だ と認 定 され て い た 。 しか し実 際 は 、組
織 の 目標 達 成 の た め に成 員 が 自発 的 に協 力 し合 う 「
協 同 団 体 主 義 」(corporativism)の
国なので
あ る。 そ うだ とす れ ば 、 こ う した 「異 質 」 視 を打 破 す る ため に も、 日本研 究 の パ ラ ダイ ム を抜 本
的 に革:新せ ざ る をえ な い 。
この よ うな 観 点 か ら、 筆 者 は、 分 科 会 最 後 の 報 告 者 と して、 「日本研 究 にお け る 『方 法 論 的 関
係 体 主 義 』(methodologicalrelatum-ism)」
と題 す る発 表 を行 な った 。 この 報 告 は デ カ ル ト以 来
の伝 統 で あ る 「方 法 論 的個 別 体 主 義 」(methodologicalindividuum・ism)か
らの パ ラ ダ イ ム ・シ
フ トを意 図 す る もの で あ った 。
これ まで の社 会 科 学 の 常 識 とな っ て い た 、 「集 団」 対 「
個 人 」 とい う二 分 法 枠 組 も、 欧 米社 会
の 固 有 文化 に拘 束 され た もの で あ り、 そ の対 立 の構 図 は、 自立 的 な個 別 主 体 と して の 「
個 人」 に
と らわれ た こ との 帰 結 で あ る。 しか し最 近 の シ ス テ ム 理 論 で は、 「社 会 」 「集 団 」 「
個 人」 は、 単
に位 相 を異 にす る 同位 体 に す ぎな い とさ れて い る。 したが って 、 社 会 シス テ ムの構 成 員 を、相 互
に連 関 し合 った 人 々 、 す な わ ち 「人 と人 の 間」 に お け る人 と して と ら え る ほ うが 妥 当 性 が 高 い 。
そ う した 「に ん げ ん 」 モ デ ル を、 筆 者 は 、 日本 語 の 「人 間」 を逆 表 記 した 「間人(か
ん じん)」
と呼 ん で きた 。
「個 人」 とい う 「に ん げ ん」 モ デ ル は 、 シ ス テ ム論 的 に は 「個 別 体 」 で あ る。 これ に対 し 「問
人 」は、相 手 との 人 的連 関 を 自 己の 本 質 と して 内 に包 摂 す る存在 で あ り、「関係 体 」の 「に ん げ ん」
版 で あ る。 こ こで 「関係 体 」 とい うの は 、置 か れ た状 況 との か か わ りを棄 却 しえ ない もの と して
自 シス テ ム の 中 に取 り入 れ 、他 シ ス テ ム と連 携 して行 動 しよ う とす る関 与 的 な行 動 主 体 を指 して
い る。 この 「関係 体 」 の 中 で 、状 況 との連 関 を意 図 的 に切 断 して、 自 シ ス テ ムの 制 御 性 を高 め た
のが 「個 別 体 」 で あ る。発 生 的 に見 れ ば 、 人類 に とっ て 「関係 体 」 の ほ うが よ り根 源 的 で あ るの
に、 近代 化 過 程 で は 「個 別体 」 の ほ うが 普 遍 的 で あ る とい う神 話 が 生 ま れ た。
この 「関 係 体 」 に依 拠 す る分 析 枠 組 が 「方 法 論 的 関係 体 主 義 」 で あ るが 、 日本 研 究 で そ れ を採
択 す る こ と に よ って 、 欠 如 態 で は な く現 実 態 と して の 「日本 」 お よ び 「日本 人」 を描 きだす こ と
が 可 能 とな ろ う。 日本 の社 会編 成 原 理 で あ る 「協 同 団体 主 義 」 も、 こ のパ ラ ダ イ ム に よ っ て初 め
て理 論 的根 拠 を得 る こ とに な る だ ろ う。
「方 法 論 的 関 係 体 主 義 」 の存 在 論 的 な基 盤 は 、 欧米 系 の哲 学 に は見 当 らな い。 そ れ は む しろ、
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古 代 イ ン ドの 龍 樹(Nagarjuna)の
「自性 」 と 「
縁 起 」 との 二 律 背 反 性 にか か わ る論 議 や 、 山 内
得立 の 「
依 止 」 の概 念 に 求 め な くて は な らな い が 、 こ こで の詳 論 は避 け た い。(こ の 点 に つ い て
詳 し くは 、 濱 口 惠俊 厂日本 型 モ デ ル の構 造 特 性
編 著 『日本 型 モ デ ル とは何 か一
『関係 体』 の原 基 性 を め ぐっ て」、 濱 口惠 俊
国 際 化 時 代 にお け る メ リ ッ トとデ メ リ ッ ト』、新 曜 社 、1993年 、
お よ び、 濱 口惠俊 「間柄 と して の 〈に んげ ん〉
仏 教 に探 る新 しい社 会 科 学 の 基礎 」、 『仏教 』
9号 、1998年 、 を参 照 願 い た い)
「日本 は本 当 に異 質 ・特 殊 なの か?」
とい う問 い に対 して 、正 確 な答 え を書 くに は 、先 ず最 初
に、 異 質 ・特 殊 の判 断 基 準 が 、 これ まで 無条 件 で ウエ ス タ ン ン ・サ イ ドに置 か れ て い た こ とを再
確 認 しな け れ ば な らない 。 次 に は、 こ う した認 識 に基 づ い て、 こ れか らの 「日本研 究 」 で は、 欧
米起 源 の 「方 法論 的 個 別体 主 義 」 か ら東 洋 的発 想 の 「方 法 論 的 関 係 体 主 義 」へ のパ ラ ダ イ ム ・シ
フ トが は か らね ば な ら ない 。 こ う した方 法 論 的 な問 題 点 に 関 して 、 本 シ ンポ ジ ウ ムで ど こ まで 皆
に共 通認 識 が もた れた で あ ろ うか 。実 際 の論 議 が 、 そ の 課 題 の 材 料 にす ぎな い 「日本 異 質 論 」 そ
の もの に集 中 して しま い、 「日本研 究 」 の あ り方 を め ぐ る討 議 に まで 十 分 展 開 され な か っ たの は
遺憾 な こ とで あ っ た。
(本 稿 は 、濱 口 惠 俊 「『日 本 異 質 論 』 に 変 化 の 兆 し
『中 央 公 論 』、1995年1.月
号 、 に 基 づ い て い る 。)
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『日本 研 究 ・京 都 会 議 』分 科 会 の 報 告 よ り」、
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