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平成
年度 海洋研究開発機構研究報告会 22
JAMSTEC
海 洋 研 究 開 発の新 時 代 平 成
2011
年
23
月
3
日 独立行政法人海洋研究開発機構
2
平成22年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC2011
海洋研究開発の新時代
プログラム
13:00−13:10
開会挨拶
【第1部】平成22年度成果報告
13:10−13:40
●日本近海の高い種多様性
藤倉 克則 (JAMSTEC 海洋・極限環境生物圏領域 チームリーダー)
13:40−14:10
●データとモデルからみた2010年夏季の猛暑
升本 順夫(JAMSTEC 地球環境変動領域 プログラムディレクター)
14:10−14:40
●海底電磁気観測で見る地球内部、津波、海底資源
笠谷 貴史(JAMSTEC 地球内部ダイナミクス領域 技術研究副主任)
14:40−15:10
●休憩・ポスターセッション
【第2部】海洋資源研究の新時代
15:10−15:40
●海底資源探査技術の研究開発
磯﨑 芳男(JAMSTEC 海洋工学センター センター長)
15:40−16:10
●「ちきゅう」を用いた海洋科学掘削の新展開
−環境・エネルギー資源に関連する地球生命工学の実践−
稲垣 史生(JAMSTEC 高知コア研究所 グループリーダー)
16:10−17:25
●パネルディスカッション 司会:平
パネリスト
17:25−17:30
閉会挨拶
浦辺
塩川
大関
磯﨑
稲垣
朝彦(JAMSTEC理事)
徹郎(東京大学大学院理学系研究科 教授)
智( 独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構 新調査船プロジェクト グループリーダー )
眞一(日本鉱業協会 副会長)
芳男(JAMSTEC 海洋工学センター センター長)
史生(JAMSTEC 高知コア研究所 グループリーダー)
ご 挨 拶
本日は、平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会「JAMSTEC2011」にご来場賜り、誠にありがとうござ
います。
海洋研究開発機構は第 2 期中期計画に入り、2 年が経ちました。平成 22 年度は、政府の新成長戦略に掲げ
られている「グリーン・イノベーションによる環境・エネルギー大国戦略」の実現に対して、我が国周辺海域の
海底下資源の活用や気候変動・気候変化への適応策に関する研究・技術開発等を積極的に提案し、政府によ
る補助事業や競争的資金を獲得することができ、今後の当機構の活動に大きな方向性を見出した 1 年となりま
した。
また、2010 年は国連が定めた「国際生物多様性年」でもあり、名古屋で開催された生物多様性条約第 10 回
締約国会議(COP10)に参加し、深海生物の研究や人工衛星を用いた陸域生態系の調査等、現在取り組んで
いる生物多様性研究について紹介してまいりました。
本日の研究報告会「JAMSTEC2011」では、
「海洋研究開発の新時代」をテーマとして、第 1 部では、海底
下生命圏研究や最新データおよび、大気と海洋の状況を現実的に再現することが出来る大気海洋結合モデルを
用いた気候の解明・予測、電磁気観測による地球内部、津波、海底資源の観測技術等について平成 22 年度
の研究成果を報告いたします。
また、第 2 部では、第 1 部での技術開発成果を踏まえ、我が国周辺の海底下に眠る海底資源の探査技術開
発や「ちきゅう」を用いた科学掘削の新たなる展開について講演をいたします。特に地球深部探査船「ちきゅう」
による統合国際深海掘削計画(IODP)における調査によって、熱水循環と海底鉱物資源の探索や生成メカニ
ズムの解明といった、基礎科学に直結しながらも実社会の環境・エネルギー資源問題に大きく貢献しうる成果
を挙げていると思います。さらに、第 2 部では、大学や他研究機関等からもパネリストをお招きし、今後の海
洋資源研究開発についてパネルディスカッションを行い、様々な観点から考察をしてまいります。
海洋研究開発機構はこれからも、地球を知り、地球と共生していくための研究開発を促進し、社会の持続
的な発展に貢献すべく努力して参ります。
皆様の一層のご支援、ご理解そしてご指導を賜りますようお願い申し上げます。
独立行政法人海洋研究開発機構
理事長 加藤 康宏
–海洋研究開発の新時代 –
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC2011
目 次
■【第 1 部】平成 22 年度成果報告
・日本近海の高い種多様性 ……………………………………………………………………………………… 4
海洋・極限環境生物圏領域 チームリーダー 藤倉 克則
・データとモデルからみた 2010 年夏季の猛暑… …………………………………………………………… 6
地球環境変動領域 プログラムディレクター 升本 順夫
・海底電磁気観測で見る地球内部、津波、海底資源… ……………………………………………………… 8
地球内部ダイナミクス領域 技術研究副主任 笠谷 貴史
■【第 2 部】海洋資源研究の新時代
・海底資源探査技術の研究開発……………………………………………………………………………… 10
海洋工学センター センター長 磯﨑 芳男
・「ちきゅう」を用いた海洋科学掘削の新展開
―環境・エネルギー資源に関連する地球生命工学の実践―…………………………………………… 12
高知コア研究所 グループリーダー 稲垣 史生
・パネルディスカッション パネリスト紹介………………………………………………………………… 14
■ 平成 22 年度の主な成果
・地球環境変動領域(RIGC)… ……………………………………………………………………………… 16
・地球内部ダイナミクス領域(IFREE)
… …………………………………………………………………… 26
・海洋・極限環境生物圏領域(Biogeos)…………………………………………………………………… 32
・地震津波・防災研究プロジェクト………………………………………………………………………… 37
・IPCC貢献地球環境予測プロジェクト……………………………………………………………………… 40
・システム地球ラボ:プレカンブリアンエコシステムラボユニット…………………………………… 42
・システム地球ラボ:宇宙・地球表層・地球内部の相関モデリングラボユニット…………………… 45
・アプリケーションラボ(APL)……………………………………………………………………………… 46
・むつ研究所(MIO)
…………………………………………………………………………………………… 48
・高知コア研究所(KOCHI)
…………………………………………………………………………………… 52
・海洋工学センター(MARITEC)
… ………………………………………………………………………… 56
・地球シミュレータセンター(ESC)………………………………………………………………………… 59
・地球情報研究センター(DrC)……………………………………………………………………………… 63
・地球深部探査センター(CDEX)…………………………………………………………………………… 67
・観測システム・技術開発ラボ……………………………………………………………………………… 70
JAMSTECにおける知財活動の主な取り組み… ………………………………………………………………… 72
JAMSTECの主要施設・設備… …………………………………………………………………………………… 74
JAMSTECの組織… ………………………………………………………………………………………………… 75
賛助会員名簿……………………………………………………………………………………………………… 76
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
第1 部
日本近海の高い種多様性
海洋・極限環境生物圏領域
生物多様性研究プログラム
深海生態系研究チーム チームリーダー 藤倉 克則
2010 年は国連が定めた生物多様性年であり、
「生
日本近海でバクテリアから哺乳類にわたる種数は、
物多様性」や「生態系サービス」という言葉を頻繁
科学的に認知されている(学名がついている種数)
に耳にしました。10 月には名古屋で生物多様性条
は、総計で 33629 種、今後出現が予測される種数
約 COP10 が開催され、海に関しては海洋生物保護
は 121913 種となりました(表)。両者の値をあわせ
区を設定することが合意され、議長国である日本は
た 155542 種が、日本近海に生息する推定総種数と
海洋生物の多様性保全に努めることになります。
なります。主だった分類群毎に既知の種数をみると、
人類は、海から食糧をはじめとする様々なサー
腹足類(巻き貝)や二枚貝類を含む軟体動物門が
ビスを受けています。私たちが、持続的に海洋生
8658 種、甲殻類を含む節足動物門が 6232 種、魚
物を利用するためには、海にどのような生物が、い
類を含む脊索動物門が 4330 種となり、この 3 門だ
つ、どこに、どれくらい生息し、それぞれがどのよ
けで日本近海の総種数の 58%を占めます。CoM L
うな機能を持っているのかを理解することが重要と
が 2010 年に公表した全海洋生物の総種数は 25 万
なります。そこで、グローバルスケールで海洋生物
種です。日本近海の種数は、全海洋生物の総種数
の多様性・分布・個体数について過去から現在にわ
の 13.5%を占めることになります。日本近海の容積
たって調査し、将来を予測することを目的に国際プ
は全海洋の 0.9%程度なので、日本近海の種多様性
ロジェクト「海洋生物のセンサス Census of Marine
がとても高いことがわかります。CoM L では、同様
Life(CoML)」が設立されました。CoML は 2000
な解析を 25 の国や地域の海域で実施しました。そ
年から開始され、2010 年の第 1 期最終年までに約
れぞれの海域で、バクテリアとアーキアのデータは
80 カ国から 2700 人の研究者が集まり、主なハビタッ
十分にそろえられなかったことから真核生物の種多
トの調査、
データベース化などを通じ海洋生物のベー
様性を比較したところ、日本近海はオーストラリアに
スラインをまとめました。CoML の参加国や地域は、
ついで 2 番目に高い値となりました(Costello et al.
自国近海の科学的に認知されている種数、今後出
2010)。なお、バクテリアとアーキアも含めた値では、
現が予測される種数、分類群ごとの研究の進捗段
日本が最も高い値となります。
階などを指標に種多様性を評価しました。日本も
日本近海の種多様性が高い理由は 2 つ考えられ
JAMSTEC を含め約 50 名の研究者の協力のもとに
ます。一つは多様なハビタットがあること、もう一つ
データを集め、日本近海(排他的経済水域より内側)
は研究データが豊富なことです。日本近海の気候帯
は世界的に見てもトップクラスの高い種多様性であ
は流氷が接岸する亜寒帯からサンゴ礁が広がる熱
ることを公表しました(Fujikura et al. 2010)。ここ
帯にわたり、海流としては暖流の黒潮と寒流の親潮
では、日本近海の高い種多様性について紹介したい
が流れています。水深は、潮間帯から最深部は伊豆
・
と思います。
小笠原海溝の水深 9780m の超深海底帯に及びます。
4
海洋研究開発の新時代
海底は、4 枚のプレートが収斂しており、海溝・海
も含めると、少なくとも 25 万種が出現すると予測さ
嶺といった複雑な地形を呈します。分布生物の多様
れています(Butler et al. 2010)。
性は、ハビタットが多様なほど高くなることから、高
海洋生物のセンサスを通じて、海洋生物の多様性
い生息環境の多様性が、高い種多様性を支えてい
に関してはグローバルスケールでベースラインとなる
ると思われます。
データが集積されました。また、日本近海は種多様
性からみると豊かであることが認識できました。し
日本は古くから、多種多様な海洋生物を食糧に
してきた水産国です。そのため、19 世紀後半以降、
かし、これは海にどのような生物が、いつ、どこに、
多くの研究者が日本近海の生物相を解析してきまし
どれくらい生息していて、それぞれがどのような機能
た。1955 年以降は大型海洋研究船が運用され、大
を持っているのか、のうちほんの一端を解明したに
規模な海洋生物調査も促進されています。これらの
過ぎません。とりわけ、海洋生物については、どれ
成果は、論文、モノグラフ、図鑑類として公表され、
くらい生息するかという定量的な値、どのような機
多くのデータ蓄積が種多様性の値を高く押し上げた
能を持つかといった生態的・生理的情報は非常に少
ともいえます。ヨーロッパ周辺の海域は、日本より研
ないのが現状です。日本は四方を海に取り囲まれる
究の歴史も古く、よく研究されていますが、それら
海洋国家であり、食糧資源や経済活動に海を利用
と比較しても日本の多様性の高さは明らかです。一
しています。また、諸外国に比べ多くの海洋研究機
方で、東南アジア諸国近海など研究が進んでいな
関や研究ファシリティを有しており、今後も海洋生物
い海域もあります。日本とともに高い種多様性となっ
の研究を積極的に推進する立場にあります。
たオーストラリアでは、今後出現が予測される種数
表:日本近海における海洋生物の出現種数、今後出現する
予測種数、推定種数の概要。
Fujikura et al. (2010)を改編。
Butler, A. J., Rees, T., Beesley, P., Bax, N. J.(2010)PLoS
ONE (
5 8): e11831. doi:10.1371/journal.pone.0011831.
Costello, M. J., Coll, M., Danovaro R, Halpin, P., Ojaveer, H.,
et al.(2010)PLoS ONE. 5(8). e12110. doi:10.1371/journal.
pone.0012110.
Fujikura, K., Lindsay, D., Kitazato, H., Nishida, S., Shirayama,
Y.(2010)PLoS ONE 5(8): e11836. doi:10.1371/journal.
pone.0011836.
5
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
第1 部
データとモデルからみた 2010 年夏季の猛暑
地球環境変動領域
短期気候変動応用予測研究プログラム
プログラムディレクター 升本 順夫
2010 年夏、とても暑かったことを記憶されている方
ています。その中で、日本の夏の天候に影響を及ぼし
も多いでしょう。気象庁によれば、6 月から 8 月まで
ている可能性のある現象も分かってきました。ここで
の 3 ヶ月間の平均気温は平年に比べ 1.64℃高く、統
は、そのうちの 2 つの要素について、最新のデータと
計のある過去 113 年間で最も暑い夏となりました。こ
我々の研究結果を含めて紹介することにしたいと思い
の猛暑の影響で、全国における熱中症による救急搬
ます。
送人員は 53,843 人に達し、平成 21 年夏期の 4.15 倍、
1 つ目は、日本周辺での大気と海洋の相互作用で
平成 20 年夏期の 2.3 倍となっています(消防庁資料
す。これまで、中高緯度域の海面水温の平年からの
より)
。また、農海産物や畜産関係では生産高が下が
ずれ(偏差)は風や放射などの大気場の偏差で形成
る一方、エアコンの出荷台数や電力使用量は過去最
される、つまり大気から影響を受けるばかりで、海か
高を記録したそうです。毎年京都の清水寺で発表さ
ら大気には強い影響を及ぼさないと考えられてきまし
れる「今年の漢字」でも、2010 年の漢字は「暑」と
た。しかし、黒潮や親潮、さらにその下流域(黒潮
なり、多くの方が暑い夏に翻弄されたことが伺えます。
続流あるいは親潮続流と呼びます)では海面水温が
では、この猛暑の原因は何だったのでしょうか。こ
空間的に急激に変化しているため、これまでの考え
の質問に答えるため、多くの研究者が日々努力して
が適用できないことが分かってきたのです。中緯度の
います。ある報道によれば、2010 年の猛暑の原因は、
大規模大気場に最も重要な要因となる大気最下層部
偏西風が日本付近で通常よりも北へ大きく蛇行したた
の傾圧性(主として地・海上付近気温の南北勾配)の
め、南から暑い気流が入り込んで来たということです。
偏差(ここでは平年からのずれ)を指標として、日本
状況証拠としては間違っていませんが、これが原因で
付近で現れ易いパターンを取り出し、それらと海面水
あるとは言えない部分もあります。蛇行はなぜ起こっ
温などとの関係を調べ直しました。その結果、帯状に
たのか、なぜ日本付近なのか、東アジアだけの現象
東へ延びる親潮続流沿いの海面水温の偏差が、日本
なのか、エルニーニョなどの影響はあるのか、など疑
の夏の気温に強い影響を与えている事が分かってきま
問は尽きません。しかし、日本を含む中緯度の気候
した(図 1)
。
変動は、その周辺で起こる現象だけではなく、遠く
本州北部から東に帯状に延びる海域と日本海中心
熱帯域や北極からの影響が及んで来るとともに、様々
部の海面水温が夏期に異常に高くなると、それに伴っ
な現象が絡み合った結果として現れます。これらの一
て偏西風とストームトラックと呼ばれる移動性低気圧・
つ一つを解きほぐしながら、それぞれが全体の変動
高気圧の通り道が北にずれ、通常よりも温かい空気
の中でどのような役割を果たしているかを明らかにし
が入り込み易くなり、日本列島の気温が異常に高くな
て行かなければ、上の質問に答えることができません。
る傾向が見られます。逆に、それらの海域の海面水
私たちは、熱帯域や中緯度域で発生している数週
温が異常に低いと、7 月と 8 月の日本列島の気温が
間から数年規模の短期気候変動のメカニズムを調べ、
異常に低くなるのです。この海面水温の偏差は、大
それをもとに精度の良い予測を行うための研究を進め
気と海洋の相互作用を含む双方の働きで形成される
6
海洋研究開発の新時代
と考えられています。1994 年にも、日本付近の海面
と海洋の状況を現実的に再現することが出来る大気
水温が異常に高くなっていました。この 1994 年は、
海洋結合モデルを用いて、熱帯から中緯度域の短期
2010 年の猛暑が起こる以前は、
最も暑かった夏となっ
気候変動の予測実験を行い、変動を構成する素過程
ていたのです。
の理解と予測可能性に関しても研究を進めています。
2 つ目は、遠く離れたインド洋の影響です。熱帯太
2010 年の暑かった夏は、残念ながら精度良く予測で
平洋でエルニーニョ現象が発生すると、その後インド
きたとは言えませんでした。中緯度域の気候変動の
洋で海面水温が上昇することが知られています(イン
理解とその予測には、まだ多くの謎が残されている
ド洋のキャパシター効果と呼んでいます)
。このような
と言わざるを得ません。この謎を 1 つ 1 つ解き明かし、
インド洋の水温上昇が東アジア域の気候に与える影
より精度の良い予測が可能となるよう、少しでも貢献
響を、最先端の大気海洋結合モデルを用いて調べま
して行きたいと考えています。
した。インド洋からの影響がある場合とない場合の
実験を行い、その違いから、どこにどの程度の影響
が現れるかを見るのです。その結果、フィリピン北東
海域で夏の始めに発生する大気下層の高気圧性循環
はインド洋のキャパシター効果によって強化され、高
気圧性循環の北側に現れる南西風偏差が熱帯の暖か
く湿った空気を日本付近に送り込んでいることが分か
りました
(図 2)
。図では 1998 年の例を示していますが、
2010 年の梅雨の時期に九州南部や四国で降水量が
平年よりも多めだったことや、やや高温傾向であった
ことにも影響しているかもしれません。
このような要素に加え、オホーツク海高気圧があま
り発達しなかったこと、勢力の強い太平洋高気圧の
影響を受け易かったことなども猛暑に関連していると
考えられています。私たちの研究グループでは、大気
図2:1998年6月から8月までの平均的な海面水温偏差
(カラー
の陰影)
、地上海上気圧偏差
(緑色等値線)
、および地上海上風
偏差
(矢印)の
(a)観測された分布、
(b)SINTEX-F大気海洋結合
図1:日本列島北側から東へ延びる帯状の温かい海面水温偏差
モデルで予測された分布、
(c)SINTEX-Fモデルでインド洋域の
(赤いぼかし)によって、その帯の北側の傾圧性
(最下層気温の
み大気海洋間の相互作用がない場合。モデルで現実的に再現
南北勾配)が強くなり、その結果偏西風が北にずれ、南から
されているフィリピン東方域の高気圧性循環は、インド洋の影
湿った温かい空気がより北へ流れ込みやすくなる。
響がないと6割程度に弱まり、中心も南東方向へずれてしまう。
7
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
第1 部
海底電磁気観測で見る地球内部、津波、海底資源
地球内部ダイナミクス領域
地球内部ダイナミクス基盤研究プログラム
海洋底ダイナミクス研究チーム 技術研究副主任 笠谷 貴史
電磁気観測で得られる「電気比抵抗」は、岩石
中の水やメルトの存在、温度、電導性鉱物の敏感で
あるため、地震探査とは違う物理量で地下を可視化
することが出来ます。そのため、地球内部構造の調
査、資源探査、地殻活動の時間推移のモニタリング
などに必須の観測項目です。陸域での地震発生帯、
活火山調査、資源探査で重要な役割を果たしてきて
います。
海洋に囲まれた日本において、陸上で可能な観測
を海域でも実現することは、地震、火山探査、資
図1:日本周辺海域での OBEMによる観測点分布
(Kasaya
源調査など面から急務でした。日本での海底電磁
et al., 2009-aを改変)
気観測は 1980 年代から東大地震研、海洋研などの
大学を中心に始まり、JAMSTEC でも 2000 年頃か
ら観測が行われるようになりました。現在、地球内
部ダイナミクス領域(IFREE)はその観測・機器開
発を主体的に担う組織となっています。
また、地下を可視化するだけでなく、海底での電
磁場観測が海水の流動を良く検知することがわかっ
てきました。既に、地震に伴って発生する泥流や津
波による電磁気シグナルを捕らえるなど、深海底で
の観測に新しい局面を迎えようとしています。
可視化技術としての電磁気観測
この 10 年で、海域での電磁気観測には非常に大
きな進展がありました。図 1 は日本周辺海域で取
図2:
(a)JAMSTECで開発した小型海底電位磁力計
(Kasaya
得された海底電位磁力計(OBEM)による観測点、
and Goto, 2009)
。
(b)回収されたOBEM。電極アームを
観測域の分布で、この 5 年で飛躍的に増加しまし
折りたたみ機構
(特許第 4346605号)により作業性が高い。
た。これ以外にもトルコやフレンチポリネシアなどで
(c)曳航式電気探査装置の投入作業の様子。
も観測を実施しています。これらの観測は、地震発
ほとんど全てのデータ取得に I FR EE は参画してお
生帯や火山などのローカルな観測(熊野灘、トルコ・
り、近年では観測計画の中心的な役割を果たすよう
マルマラ海、鹿児島湾など)から、深部マントル(ス
になりました。
タグナントスラブやスーパープリュームなど)と言った
海底での観測は、電気をよく流す海水が、信号
グローバルな観測など多岐にわたります。これらの
源である電磁場を著しく減衰させるために、陸上観
8
海洋研究開発の新時代
測に比べて微弱な信号を扱う必要があります。その
捉えることに成功するなど、今後の観測手法の進展
ため、高精度・低ノイズ・低消費電力で安定した観
に期待が集まっています。
測が可能な観測機器が必須です。IFREE では、図
海水の動きを捉える
1 に示した小型 OBEM や曳航式電気探査装置を開
初島ステーションに接続された OBEM で、2006
発し、運用実績を積み重ねつつあります。特に小型
年 5 月に発生した地震にともなう特徴的な電位変動
OBEM は 2005 年の試験観測以来、国内外でのべ
が観測されました(図 5)。地震動到達後、持続時
70 台以上の設置・回収に成功しています。
間が数分の短周期変動が記録された後、緩やかに
観測技術だけでなく解析技術も進展しています。
電位が変化しています。前者は、観測点近傍地下で
図 3 のように海陸のデータを統合して扱うインバー
の局所的な流体流動に伴って生じた電位変動と解釈
ジョンも可能になってきています。この熊野灘から紀
されています。一方で、後者の変動は、泥流に伴う
伊半島にかけての比抵抗構造からは、プレート沈み
海水が観測点近傍で動いたことによる電磁場の変動
込みに伴う地殻・マントル構造の変遷や東南海地震
と推定されています。また、津波が電磁場観測点の
の固着域と低周波微動域との関係が明らかとなりま
上方を通過した際に、電磁場記録に特異な波形が
した。
記録されている事がわかりました。これは津波で生
一方で、資源探査においても電磁気観測は重要
じた海面変動に伴って生じた電磁場変動と考えられ
な役割を果たしています。海外では石油・天然ガス
ています。
の海域探査の事例が飛躍的に増えており、地震波
次のステップに向けて
探査と電磁探査から得られる情報を統合解釈が行
海 域 での電 磁 気 観 測は、 この 10 年で 観 測 機
われています。また、上越沖メタンハイドレート賦存
域で実施した曳航式電気探査のデータ解析からは、
器、観測技術、解析技術ともに飛躍的な進歩を遂
メタンハイドレートと関連する比抵抗構造(図 4)を
げ、その探査目的も多様化しています。特に、近年
注目を集めている海底熱水鉱床でも電気・電磁探
査でも重要な探査法と考えられています。また、泥
流や津波など、海水の動きを捉えた興味深いデータ
は、これまでとは違った切り口で現象を捉える糸口
になるかもしれません。今後も、継続的な機器開発
や解析技術の向上を図るとともに、新しいサイエン
スの可能性を追求していきたいと考えています。
図 3:熊野灘から紀伊半島にかけての比抵抗構造
(Kasaya
et al., 2005)。暖色系が低比抵抗(電気を通しやすい)で
あることを示しています。
図 4:メタンハイドレート賦存域で取得された比抵抗構造。
図 5:初島ステーションに接続された OBEM が記録し
矢印の位置でサンプル採取やカメラ観察によりメタンハイド
た地震・泥流発生前後の電位変動の様子(Kasaya et
レートの存在が確認されている
(後藤ほか, 2009を改変)
。
al., 2009-bを改変)。
9
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
第2 部
海底資源探査技術の研究開発
海洋工学センター センター長
磯﨑 芳男
合的な技術とノウハウを活かすことができるでしょう。
世界第 6 位という広大な日本の排他的経済水域
(EEZ)の海底に眠っていると言われる海底資源を
しかしながら、広大な日本の EEZ と領海を効率
開発するには、まずどこにどのくらい賦存している
的に調査するには、これまでのシステムに加えて新
のか知る必要があります。しかし、その深海底は、
たな技術開発が必要とされます。
光が届かない、電波が使えない、高い水圧を受け
ひとつは、高精度・高効率 AU V の開発です。現
るという極めて過酷な環境であり、容易に探査がで
在活躍中の全長 10m の「うらしま」
(図 2)の半分
きるところではありません。
程度の大きさで、海底面に近接してセンチメートル単
海底資源探査には、まず調査船により海面から
位で海底起伏を探査できる次世代型の開発を目指し
広域調査し、資源賦 存の可能性の高い海底を各
ています。そのための要素技術として自分の位置を
種の自律型探査機(AU V)で海底面近くから精密
正確に検知する小型高精度の慣性航法装置を開発
調査し、さらに絞り込んだエリアで有索無人探査機
し、新規開発した高性能深海用リチウムイオン電池、
(ROV)や「しんかい 6500」によるサンプリング調
信頼性向上のための分散制御 CPU システム等と共
査といった複合的なシステムにより効率的に行うこと
に実証試験機「M R-X1」
(図 3)に搭載して実海域
が必要と考えています。
(図 1)
で性能を確認しました。これらの要素技術を逐次実
用機に搭載し、その運用結果を基にさらに高性能の
これまで科学研究のために、深海を含む海洋で
AUV の開発を継続していきます。
立体的に幅広い調査を行ってきた JAMSTE C の総
図1:海底資源探査システムの全体イメージ
10
海洋研究開発の新時代
信用ブイに送り、さらに通信衛星を経由して陸上に
送信するシステムの構築を目指しています。
このシステムの基幹技術が海中音響通信ですが、
小容量であれば 1,000 ㎞の距離でも通信可能な技
術を開発しました。また、海中の「うらしま」や「し
んかい 6500」からでも画像を船上に送ることも可能
になっています。今後は、より多く、より速く、より
遠くを目指して開発をさらに進めていきます。
技術とはこのような新しいシステムの開発だけを指
すものではなく、既存システムの最適な運用も重要
図 2:巡航探査機「うらしま」
な技術であると考えています。これまで多くの研究
調査船や潜水機種を運用してきた経験を基に、複
数 AU V の一隻の船での運用や、母船と潜水機種
の柔軟な組み合わせで、これまで通りの科学研究
活動と海底資源探査活動が効率的に実施できる運
用技術の構築にも努めています。現状の母船では複
数の AU V を運用することはできませんので、それ
に対応した世界最先端の探査船も必要になります。
これら海底資源探査のための技術は、日本だけ
ではなく、広い EEZ があっても探査技術を持たな
い国を支援することにも役に立つと思っています。高
図 3:実証試験機
「MR-X1」
度な技術を開発することは、幅広く関連技術力の向
上を促し、さらにそれを活用することで大きな波及
ROV についても、海底面で多くの作業を行える
効果があると確信して取り組んでいきます。
高機能型の開発を進めています。従来の ROV は海
底から浮上した状態での写真撮影や軽作業が主体
でしたが、海底面で重作業ができるものを開発中で
す。海底での作業時の反力を支え海底を動き回れる
ように ROV 用クローラー(図 4)を開発しています。
高機能化で機体が重くなるので、高強度低比重の
浮力材と高強度軽量ケーブルも開発しました。また、
海中で 3 次元位置を認識するステレオ視カメラも開
発し、
「MR-X1」に搭載して実海域で検証しました。
将来は容易にサンプリングができるように、ステレ
オ視カメラとマニピュレーターを連動させることを考
えています。これらの要素技術を織り込んだ次世代
ROV の開発に取り組んでいるところです。
現状では、AU V による海底探査データは一旦
AU V 内に記録しておき船上で回収しますが、将来
図 4:クローラーによる岩礁走行イメージ
はリアルタイムでデータを船上、あるいは海面の通
11
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
第2 部
「ちきゅう」を用いた海洋科学掘削の新展開
―環境・エネルギー資源に関連する地球生命工学の実践―
高知コア研究所 地下生命圏研究グループ
グループリーダー 稲垣 史生
40 億年を超える地球の歴史において、プレートテ
処すべきか)について、過去の地球環境変動イベン
クトニクスや小惑星の衝突イベントに起因する劇的
トと生命進化の相関から、今後の海洋科学掘削を
な地球環境変遷の歴史は、その時代に繁茂した生
通じて学ぶべき点は多いでしょう。
命の環境適応と進化の歴史そのものであると言って
現在、日米欧を中心とする統合国際深海掘削計
も過言ではないでしょう。実際に、約 20 億年以上
画 Integrated Ocean Drilling Program(IODP)
前の地球表層における光合成生物の発生と繁茂は、
では、地球内部変動・地球環境変動・地下生命圏
地球の大気に不可分な量の酸素を供給し、酸素呼
の各分野における専門的知見の追究に限らず、そ
吸代謝によって生命活動のエネルギーを獲得する好
れらを一つの地球システムとして捉えた包括的な理
気性生物の爆発的な進化を促すと同時に、光合成
解が重要な科学目標となっています。今もなお、各
生物を一次生産者とする現在の生物生態系の基礎
基礎科学分野における多くの疑問が未解明である
を築いてきました。それらの太古の生態系は、地球
一方で、地震と地質変動との相関や海底地下圏に
温暖化や寒冷化・海洋無酸素事変等の、地球史の
おける生命活動の実態や機能等が次々と明らかにな
中で度々起こるダイナミックな環境イベントに敏感に
るにつれ、今後の海洋科学掘削を通じて展開され
反応し、自然淘汰と環境適応による生命進化や生
る地球科学や生命科学が、基礎科学的知見をベー
体機能の高度化を成し得てきました。
スとしながらも、現世に生きる我々人間社会と地球
これまでの海洋科学掘削における地質学・古生物
との共存や未来予測といった、地球生命工学的な
学・古環境学等の研究により、地球史における生命
側面を意識したものにまで発展しつつあります。
の進化プロセスは、地球規模での環境変化に敏感
科学海洋掘削における地球深部探査船「ちきゅ
に適応しながら進行し、新しい生態系による生命活
う」のライザー掘削技術・船上研究能力は、とりわ
動が地球環境に一定の秩序を戻し定常化するための
け従来まで掘削地球科学のメスが入らなかった高
フィードバックフォースとして重要な役割を果たして
温・高圧の大深度環境や炭化水素地下圏のサイエン
来たことが明らかとなっています。現在、産業革命
スフロンティアを拡大するばかりでなく、同環境に
以降の文明の急速な発達に伴う極度な化石燃料か
おける環境・エネルギー資源や現在の地球環境が
らのエネルギー依存により、大気中の二酸化炭素濃
抱える様々な問題に直結した、基礎科学・応用科学
度が急速に増大し、二酸化炭素を有機物にフィード
の学術的な基盤知見を大きく拡大することが期待で
バックする物質循環機能(例えば、森林等による光
きます。例えば、
「ちきゅう」を用いた 2010 年度の
合成や海洋の緩衝作用など)が、バランスを保つた
統合国際深海掘削計画(IODP)における南海トラ
めの許容量を逸脱したレベルに達しており、地球温
フや沖縄トラフにおける掘削調査では、それぞれプ
暖化や海洋酸性化をはじめとする深刻な環境変動
レート型の巨大地震発生メカニズムの解明や地震予
が起こりつつあります。地球史上、最も文明が発達
知につながる掘削孔内センサーと海底ケーブルの設
した現世の生態系が、急速に進行する温暖化等の
置、熱水循環と海底鉱物資源の探索や生成メカニズ
地球環境変動にどのように変化するか(あるいは対
ムの解明といった、基礎科学に直結しながらも実社
12
海洋研究開発の新時代
会の環境・エネルギー資源問題に大きく貢献しうる
料採取等により、メタンハイドレート・天然ガス・石
成果実績が達成されました。さらに、JAMSTEC は、
炭層などの炭化水素生命圏システムを解明し、さら
2011 年 3 月中旬から 5 月下旬にかけて、日本学術
に掘削コア試料を用いた海底堆積物内へのエネル
振興会
(JSPS)の助成による最先端研究基盤事業
「実
ギー再生型二酸化炭素隔離(バイオ CC S)の可能
環境ラボの整備による地球科学—生命科学融合研
性を追究する、従来の科学海洋掘削にはなかった
究拠点の整備
(「ちきゅう」を活用)」の一環として、
「ち
挑戦的なプロジェクトに着手します。
(図 1 参照)。
きゅう」による IODP 下北半島八戸沖石炭層生命圏
本講演では、
「ちきゅう」を用いた環境・エネルギー
掘削を実施し、現在までの海洋科学掘削の世界最
資源に関連する成果や地球生命工学の新しい試み
高到達深度 2,111m を超える、海底下約 2200m 付
等を紹介しつつ、今後の科学海洋掘削の展望や展
近の古第三紀褐炭層(〜約 5000 万年前)のコア試
開について議論したいと思います。
図:最先端研究基盤事業および統合国際深海掘削計画
(IODP)による「ちきゅう」を用いた下北半島八戸沖
石炭層生命圏調査の主要な科学目標と炭化水素生命圏システムの概念図。
13
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
第 2 部 パネリスト紹介
■ パネリスト
国立大学法人 東京大学大学院理学系研究科 教授
浦辺 徹郎(うらべ てつろう)
東京大学理学系大学院地質学博士課程修了。東京大学理学部助手、工業技術院
地質調査所首席研究官を経て、現在、東京大学大学院理学系研究科教授。専門は
鉱床学、海底熱水活動、地下生物圏研究。新学術領域研究「海底下の大河」領域
代表、東京大学海洋アライアンス副機構長、総合資源エネルギー調査会委員(鉱業
分科会長)などを務める。
■ パネリスト
独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構 新調査船プロジェクトグループリーダー
塩川 智(しおかわ さとし)
1983 年旧金属鉱業事業団入団。資源地質屋として国内外の金属鉱物資源探査プ
ロジェクトの企画、管理、現地調査等に従事。1987年~ 1989 年、2002 年以降、海
底熱水鉱床やコバルトリッチクラスト鉱床など海洋資源調査や大陸棚延伸申請関連
調査を担当。2003 年探鉱技術開発課長。2008 年金属資源技術部長。2009 年 7月
から現職。海底熱水鉱床など海洋資源の探査開発の促進に寄与するための新海洋
資源調査船を2012 年2月の就航に向け建造調達中。
■ パネリスト
日本鉱業協会 副会長
大関 眞一(おおぜき しんいち)
1973 年東北大学大学院(工学研究科 金属材料専攻)修士課程修了。同年 4 月に
通商産業省に入省。
環境立地局鉱山課長、工業技術院総括研究開発官(産業科学技術)などを歴任し
て 2000 年12月に退官。2001年1月~ 2006 年 6月
(財)エンジニアリング振興協会常
務理事(メタンハイドレート、CC S などのプロジェクトに従事)。2006 年 6月日本鉱
業協会専務理事、2010 年 4月同協会副会長兼専務理事。
現在、経済産業省の中央鉱山保安協議会委員、総合資源エネルギー調査会臨時委員
(鉱業法制検討WG)、海洋資源・産業ラウンドテーブル幹事を務める。
14
海洋研究開発の新時代
■ パネリスト
海洋研究開発機構 海洋工学センター センター長
磯﨑 芳男(いそざき よしお)
1975 年大阪大学大学院工学研究科造船学専攻修士課程修了。海洋石油・天然ガス
開発や海洋空間利用のための各種海洋構造物の企画・開発・計画設計・建造等に
携わった後、地球深部探査船「ちきゅう」の設計・建造に従事した。引き続き海洋
研究開発機構地球深部探査センター技術開発室長として、その運用と技術開発に
おいて技術部門を指揮。平成 22 年度文部科学大臣表彰科学技術賞を受賞。2010 年
より現職に就き、海洋技術の進展に努めている。
■ パネリスト
海洋研究開発機構 高知コア研究所 地下生命圏研究グループ グループリーダー
稲垣 史生(いながき ふみお)
統合国際深海掘削計画(IODP)第 329 次・337 次掘削航海共同主席研究員、次期
国際科学海洋掘削主要科学目標策定執筆委員、最先端研究基盤事業「実環境ラボ
の整備による地球科学—生命科学融合研究の強化(「ちきゅう」を活用)」研究代表
などを務め、同機構高知コア研究所を研究拠点として、掘削地球科学による地下生
命圏の解明や地球生命工学に関する多くの国際研究プロジェクトを牽引する。現在
は、海底下の生物地球化学的な炭素循環の解明と応用、海底下微生物の単一細胞
レベルのゲノム・同位体分析によるシングルセルバイオロジーなどに興味がある。
■ 司 会
海洋研究開発機構 理事
平 朝彦(たいら あさひこ)
テキサス大学大学院博士課程修了。高知大学、東京大学海洋研究所を経て、2002
年から海洋研究開発機構地球深部探査センター長、さらに 2006 年より理事を務め
る。現在、開発推進部門を担当。プレート沈み込み帯における付加作用の研究で、
2007年に日本学士院賞受賞。東京大学名誉教授。深海掘削に長く参画しており、
IODPと
「ちきゅう」の総合的推進に中心的な役割を果たしている。
15
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
平成 22 年度の主な成果
地球環境変動領域
(RIGC)
概要
開発し、将来の環境変化の予測を行っています。そ
私たちが暮らしている地球上では、大気・海洋・
れは、この研究領域が、
「我々が科学を通じて集積
陸域での自然環境、さらにその中で育まれた生態
する知識をもって人類と地球環境との調和のとれた
系が互いに作用し合って地球環境をかたちづくって
持続的かつより生産的な社会構築に役立てる」とい
います。46 億年に及ぶ地球史の中でも、この数千
うビジョンを持ち、そこから「科学的な情報を社会
年の間は、地球環境が私たちにさまざまな恩恵を
に提供し、JAMSTEC が日本の、さらには世界の
与え、人類の存続とその文明を守り育ててきました。
経済的な、あるいは社会的なニーズに応え得ること
しかし近年、地球温暖化など人間活動に起因する
を目指して観測と予測からなる環境変動研究を総合
急激な変化が現れてきており、その実態を知り、原
的に実施する」というミッションを遂行しているから
因を解明するとともに、さらに自然がもともと内包し
に他なりません。
ている変動も含め、将来の気候、さらには地球環
全ての地球環境変動メカニズムを解明し、それを
境の変化を予測することが、社会にとって緊急かつ
確実に予測するのは大変に難しいことです。しかし、
大きな課題となっています。
ビジョンの実現に一歩でも近づくために、地球環境
地球環境変動領域は、多様な手法で大気・海洋・
変動領域の全ての研究と研究者の不断の努力があ
陸域・生態系の観測研究を行い、それらの変化の
ること、まだ確かにビジョンへの接近がなされつつ
実態をとらえ、それをもとに変化のメカニズムを知り、
あることをご理解いただければ、幸せこれに過ぎる
さらにこれらのさまざまな知識を統合したモデルを
ものはありません。
海洋に蓄積される人為起源 CO2 の最新の知見
1. 背景
2. 研究方法の概要
人間活動によって大気中に放出された CO2 は、
RIGC では、この課題に取り組むために、海洋地
そのすべてが大気中に留まるわけではありません。
球研究船「みらい」を利用して、海洋中の CO2(全
放出された分の約 50%が大気中に留まり、残りは
炭酸)濃度のほか、塩分、溶存酸素、栄養塩な
海洋と陸上の植生によってほぼ同じ程度に吸収され
どの関連した項目の高精度測定を実施してきました。
ていると推定されています。つまり、海洋は植生と
2003 年から 2004 年にかけては、南半球世界周航
ともに、大気中の CO2 濃度の増加を抑える役割を
航海(BEAGLE2003)で南太平洋、南大西洋、南
しているのです。2009 年の大気中 CO2 濃度は世界
インド洋、2005 年以降は太平洋を中心に観測を行っ
平均で 387ppm でしたが、海洋と植生の吸収がな
てきました(図 1)。これらの観測データと 1990 年
ければもっと高濃度に達していた筈です。したがっ
代に得られた観測データからそれぞれ人為起源 CO2
て、海洋がどの程度大気中に放出された CO2 を吸
を算出し、海洋内部の人為起源 CO2 の蓄積速度を
収しているのかを精度良く見積もることは、大気中
評価しました。
の CO2 濃度の将来予測ひいては地球温暖化予測に
とって重要な課題となっています。
16
海洋研究開発の新時代
3. 結果と考察
産業革命以降 1990 年代中頃までに海洋中に蓄積
された人為起源 CO2 は炭素に換算して 1 平方メート
ル当り年 6 〜 7g と推定されていました。しかし、今
回の解析結果で得られた南インド洋と南太平洋の亜
熱帯海域では、1 平方メートル当たり年およそ 12g
で約 2 倍の値となっていることが分かりました(図
2)。一方、北太平洋や南大西洋の蓄積速度は従来
図1:調査を行った大陸間縦横断観測の観測ライン。P
は Pacific(太平洋)、A は Atlantic(大西洋)、I は Indian
(インド洋)を示す。
の値に近いものでした。つまり、南インド洋と南太
平洋では、産業革命以降の平均的な速度の倍で人
為起源 CO2 が蓄積されるようになったことが明らか
となりました。さらに、南インド洋の蓄積速度につ
いて今回の調査期間(1995 年~ 2003 年 /2004 年)
で得られた値とそれ以前の期間(1978 年~ 1995 年)
で得られた値とを比較したところ、近年において蓄
積速度が大きくなっていることが分りました(図 3)。
以上の結果は、海洋における人為起源 CO2 の吸
収は、すべての大洋で同じペースで行われるのでは
なく、空間的にも時間的にも大きな違いがあること
を示しています。このことから、温暖化予測に不可
欠な人為起源 CO2 の海洋による吸収量の見積もり
図 2:南インド洋(I03/I04)と南太平洋(P06)、南大西洋
は、少なくともそれぞれの大洋において 10 年程度
(A10)、北太平洋
(P10)における人為起源 CO2 の蓄積速度。
の間隔で改定する必要があります。
南インド洋と南太平洋の蓄積速度は、他の海域の2 倍で
南インド洋や南太平洋で人為起源 CO2 の蓄積速
あることが分かる。
度が他の海域の 2 倍であることや、南インド洋で蓄
積速度が 10 年で倍増していることは、I PCC 等の
報告書でも考慮されていないことです。したがって、
人為起源 CO2 を海洋が吸収する役割について、よ
り詳細な観測の基に、抜本的な見直しが必要である
と考えています。
図 3:南インド洋(I03/I04)における人為起源 CO2 の蓄積
速度の期間による違い。期間1は1995 年~ 2003 年、期
間 2は1978 年~ 1995 年を示す。
17
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
MJOの発生メカニズムの新展開
捉えるためドップラーレーダー等による降雨観測や
太平洋からインド洋の熱帯域には様々な時空間ス
各種係留系も海中に展開されました。これには米
ケールの擾乱がありますが、マッデン・ジュリアン
国やインドも参加して国際的な観測となり、MISMO
振動(MJO)は、季節内の時間スケール(30 - 60
(MIRAI Indian ocean cruise for the Study of
日程度)で繰り返し雲システムが大規模に組織化さ
the MJO convection Onset)と名付けられました。
れる現象で、一般に中・東部インド洋で発生し、そ
この観測中の 11 月 16 - 19 日頃に、MJO 由来の
の後、西部熱帯太平洋へ赤道に沿って時速 20km
大規模な降水システムの発達と関連する大気変動
程度のゆっくりとした速度で移動します。この現象
を様々な観測測器により捉えました。特徴的なのは、
は、熱帯のモンスーンの開始時期や継続期間に影響
大気中の水蒸気量が、大規模降水システム発生前
を与え、さらにはエルニーニョの発生・消滅に密接
の 11 月上旬から中旬にかけて数日周期の変動を繰
に関係しています。しかし、その発生メカニズムは
り返しながら徐々に約 8 - 10mm 増加していること
現象発見から 40 年近く経過した現在も解明されず
です(図 1)。この数日周期の変動の原因を調べた
我々の主要な研究課題の 1 つです。この最大の要因
ところ、赤道に中心を持つ回転(渦)運動によって
の 1 つに中・東部インド洋における観測データが不
引き起こされていることが明らかになりました(図 2)。
足していることが挙げられます。
この渦運動により水蒸気が集められて次第に雲群が
発達して MJO が形成されます。これは世界で初め
そこで、過去の統計的研究により指摘されてい
て観測で捉えた特徴です。
る MJO に伴う積雲対流活動が発生しやすい時期
(10 - 11 月)・場所(中・東部インド洋)において、
一方、最近の数値モデルを使った研究でも MJO
JAMSTEC の海洋地球研究船「みらい」を配置し、
に伴う雲が発達する前に渦運動による水蒸気変動
周辺の島嶼に観測点を設けて観測網を構築しました。
が卓越することが指摘され始めており、MJO 発生
この集中観測は、2006 年 10 月末から 12 月上旬に
メカニズム解明のためにこの渦運動の解明が鍵で
かけて行われ、大気と海洋の変動の特徴を同時に
あることが M I S MO の観測事実を通して確認され、
図1:中部インド洋赤道上での大気中の水蒸気量の時間
図 2:海洋地球研究船みらいの観測地点付近における風と雲
変化(2006 年10月24日-11月26日)。実線 が1日平均
の時間変化(2006 年10月24日から11月26日)。風が流れ線
値。破線が5日平均値。数日周期の変動を繰り返しなが
で、雲がカラーで表示されており、寒色
(青色)系の色になるほ
ら徐々に増加することに注目。
ど雲が発達していることを示す。白線は赤道を表す。図中の
白点線で囲った領域は、赤道上で渦活動が顕著であった期間
を示す。直後の発達している雲は、MJOに伴う雲。
18
海洋研究開発の新時代
明らかになりました。
測網を構築する上でも基礎となっており、渦運動を
この成果はさらなる MJO 発生メカニズムの解
正確に捉えるよう島と船舶を組み合わせた四角形の
明と発生予測技術の向上を目指して 2011 年度に
配置が採用されることになっています。CINDY2011
インド洋にて実施する国際集中観測 CI N DY2011
は 2011 年 10 月から 2012 年 1 月までを集中観測期
(Cooperative Indian Ocean experiment on
間として 10 ヶ国以上の国と地域から 300 名を超え
intraseasonal variability in the Year 2011)の観
る研究者が参加して行われる予定です。
北極域の急激な変化と影響を探る
はじめに
寒冷圏の大気・海洋・陸域変化は地球温暖化と
ともに変化し、海氷変動や凍土融解などの現象が
発生しているが、未だ数多くの実態が分からず、ま
た過去再現・将来予測にも課題があるため、鍵とな
る場所での観測を行い、その実態を把握し、変動
プロセスを明らかにすること、そしてそれが中緯度・
全球に及ぼす影響を評価することが重要です。
北極海の海水減少
2010 年度は北極航海(M R10-05)、海氷域の海
洋・海氷・気象自動観測、および大西洋側北極海(バ
レンツ海)で大気海洋相互作用観測を行いました。
今年度は海氷下の表層海氷の加熱に関して知見を
得ました。Itoh et al.(2011)では、融解期に海氷
を透過して海洋を温める太陽放射の寄与を、観測さ
れた海氷の状態(厚さ・Melt Pond の割合)に応じ
て明らかにしました。一般に、夏季北極海の熱源で
ある短波放射は、主に開水面に入射して海洋を温
め、海氷の側面・底面融解を促進します。海氷面
で多くの短波放射は反射されてしまうためです。し
かし 2006, 2007 年の観測データを解析した結果か
ら、融解が進んだ薄い一年氷ではほぼ 50%の熱が
透過し、海洋表層の水温上昇に寄与していること
が分かりました。このような過程が、近年の海氷減
図1:アラゼア川流域 50km 程度の領域での水域の変化
少を加速していると考えられます。
(上:1975 年、下:2008 年)。黄色・赤色が水域を示す。
19
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
温暖化の影響で変化する氷河・湖沼
減少する海氷が日本の気候に影響
陸域貯留である氷河、湖沼等の分布及び近年に
今年度は、減少しているか海氷がテレコネクション
おける変動を解明しました。まず第一に衛星画像
を通じて東アジアに与える影響を明らかにしました。
により未記述のモンゴル氷河の 2000 年の氷河イン
2009/2010 年の冬は、平年値より高かったが、日本
べントリー(MGI2000)を作成しました。数にして
列島に繰り返し寒波がやってきました。北極振動に
2
580、面積にしての 424km の氷河があること、そ
も対応しているが、きちっとした現象の説明にはなっ
して 50 年間で面積が 19%減少していることが確認
ていません。12 月 18 日の寒波についてみると、バ
されました。第二に北東シベリアの湖沼分布と変化
レンツ海での異常な峰が西シベリアでの寒気蓄積を
を求めました。ヤクーツク付近では 2000 年から湿
もたらしました。気圧異常は西に移動しブロッキング
潤化した 2007 年にかけ水域が拡大し 5%程度の変
高気圧を形成し、下流に波状パターンを形成押した
2
化でした。面積の小さい水域(0.1km )が増加して
結果、東アジアおよび日本に寒気の移流をもたらし
いて、サーモカルストの増加ではないかと考えられま
ました。このようなことが、繰り返し起りました。こ
す。北極海に面した北部地域・アラゼア川流域では
のようにバレンツ海に起源を持つ現象が、日本の冬
変化がより大きく、1975 年から 2001 年の間で 10%、
期の気候に影響を与えている可能性が高いことが明
2001 年から 2008 年の間で 20%の水域面積増加が
らかとなりました。
見られました。北ユーラシアでは、氷河縮小と湖沼
拡大が見られ、寒冷陸域での水貯留がダイナミック
に変化していることが明らかとなりました。これは
Geopotential Height [m]
300
250
200
150
100
50
0
-50
-100
6
温暖化の影響と考えられます。
変化する水循環
Temperature [C]
化に伴う凍土地形の変化は、北極海における海氷
面積の減少と同期しているのみではなく、河川流出
W.Siberia [T]
b)
4
2
0
-2
-4
-6
Temperature [C]
量の増大や、冬季の積雪量の増大や夏から秋にか
けての降水量の増大とも関係していることがわかり
ました。これらは北極大循環における Dipole 化と
4
c)
2
0
-2
-4
も関係していると考えています。水循環は降水-貯
Japan [T]
O
留-蒸発散・流出という連鎖したシステムであり、そ
150
100
50
0
-50
-100
-150
Advection [W/m2]
最近の東シベリアにおける凍土温度上昇や湿潤
a) Barents [Z]
N
D
J
F
M
A
図 2:バレンツ海近辺(0-100E, 70-90N)の500hPa 高
の異常は、大規模な北極域の降水変動に端を発す
度の偏差(a)
、シベリア(40-100E,45-65N)の 850hPa
る永久凍土環境の荒廃や、それが誘発する地形変
気温と熱移流
(破線)
(b)
、および日本の58 観測点の地上
化(貯留量増加の原因となる活動層および湖沼の発
気温。横軸のアルファベットは、各月の初日を示す。
(Hori
達)と植生変化(蒸発散量変化)に伴う陸域水循
et al., 2011)
環の変化です。
20
海洋研究開発の新時代
新しい深層循環の発見
有孔虫の 14C 年代差が当時の中・深層水の循環年
齢となります。この年代差が小さい場合は、速やか
海洋循環は、地球に降り注ぐ太陽エネルギーを
全球に再配分する働きをしています。そのおかげで、
に 14C が深層へ輸送され、循環が活発であることを
地球の気候は暑くなりすぎたり寒くなりすぎたりする
意味し、年代差が大きい場合は、循環が停滞して
ことがありません。海洋循環には、黒潮のような表
いたことを意味します。
層の流れのほかに、深さ数千メートルをゆっくりと流
れる深層の流れがあります。現在の深層水は、塩分
の高い海水が北大西洋グリーンランド沖で冷やされ
重くなって沈み込むことで形成され、深層流として
世界を巡り 1000 年オーダーの時間をかけて最終的
に北太平洋に到達します。これまでの研究によると、
約 17,000 年前の寒冷期に淡水が大量に北大西洋高
緯度域に供給された結果、深層水の形成が弱まった
ことが知られていますが、他の大洋の循環がどう変
化したのかはわかっていませんでした。そこで私た
ちは、この時代の太平洋の深層循環の振る舞いを
図 2:北西部北太平洋と東部太平洋の一部から採取され
明らかにすることを目的として、太平洋の海底堆積
た海底堆積物(水深 900-2800m)中の浮遊性有孔虫と底
物の分析結果の解析と古気候モデルシミュレーション
生有孔虫の 14C年代差から推測される循環年齢
の解析を行いました。
北西部北太平洋の海底堆積物に記録された有孔
過去の深層循環の状況を知るには、海底堆積物
虫の 14C 循環年齢は、17,000 年前(図 2:ハインリッ
に記録された代替指標を利用します。北太平洋で採
ヒイベント 1)には現在の循環年齢(約 1800 年)よ
りも 800-900 年程度若く、北太平洋中・深層で循
環が活発であった事を示しました。また古気候モデ
ル(LOV E CLI M)で、北大西洋に淡水を供給する
実験を行った結果、
(1)表層水の密度低下により深
層水形成や、南北方向の深層循環が弱まり(図 3
①)、
(2)表層を北上する海流も弱まり、高緯度から
寒冷化し、
(3)中・低緯度へと寒冷化が伝播すると
ともに貿易風が強化され、
(4)赤道付近の低気圧帯
図 1:海底堆積物の採取点
(赤丸)
が南下したため、北大西洋から北太平洋側への水
取された(図 1)、等時間面の堆積物に埋没している
蒸気輸送量が減少(図 3 ②)、
(5)ベーリング海峡は
炭酸カルシウムの殻を持つ動物プランクトン有孔虫
陸地化しており、北極海からの淡水供給はなく、北
の放射性炭素(14C)年代を利用して海洋中層およ
太平洋高緯度域が高塩分化し、深層水形成が始
び深層の循環年齢を復元しました。14C は大気中で
まった(図 3 ③)という伝播メカニズムを明らかにし
生成される宇宙線生成核種で、大気から海洋表層
ました。モデルの結果は、堆積物の結果とよく一致
へと二酸化炭素の形で溶け込みます。海洋表層に
し、
2500mの水深まで鉛直方向の循環が活発になっ
生息する浮遊性有孔虫や海底に生息する底生有孔
ていたことを突きとめました。本研究の成果は、海
虫が炭酸カルシウムの殻を作る際に、周囲の海水か
洋の深層水の形成が熱と塩の絶妙なバランスで引き
ら 14C も同時に取り込みます。浮遊性有孔虫と底生
起こされており、このバランスが淡水の供給などによ
21
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
り少し変化すると、深層水の形成場所や循環パタン
が変化し、全球の気候が大きな影響を受けることを
意味しています(Okazaki et al., 2010, Science, 329,
200–204)。
現在、この時代の物質循環の変化について明らか
にする研究を進行させており、海洋生物の生産量も
変化していることがわかり始めています。今後の詳細
な解析によって、深層循環と物質循環の変化の結び
つきのメカニズムを明らかにしたいと考えています。
図3:17,000 年前の北太平洋における深層水形成メカニズム
の概略
地球温暖化時の赤道準 2 年振動
(QBO)
例しかありません。今回、地球シミュレータを用いて
私たちの気候モデルを長期間計算し、地球温暖化
1. はじめに
時の QBO の変化を世界に先駆けて研究しました。
赤道域の対流圏(地表~高度約 17km)では、活
2. 結果
発な積雲対流活動により多くの雨が降っています。
対流圏の上は成層圏(高度約 17km から 50km)と
経度方向に地球 1 周平均( 帯状平均) した赤
呼ばれています。赤道域の成層圏には東風と西風が
道上の東西風の時間-高度断面図を図 1 に示しま
約 2 年周期で交代している、赤道準 2 年振動
(QBO)
す。
(a)が現在気候、
(b)が二酸化炭素倍増時で
と呼ばれる現象があります。QBO は対流圏の積雲
す。西風(赤色)と東風(青色)が、ほぼ 2 年周期
対流活動によって生成された大気中の波が成層圏ま
で交互に入れ替わりながら、上から下へ降りていく
で伝わる事によって引き起こされている事が知られ
様子が分かります。これが QBO と呼ばれるもので
ています。
す。現在気候に比べ将来気候では、西風と東風が
交互に入れ替わる周期が長くなっています。また西
QBO は赤道域の成層圏で見られる現象ですが、
その影響は南北方向には北極-赤道-南極へ、高
風・東風の強度も弱くなっています。更に QBO の
度方向には対流圏から成層圏、更に上空の中間圏
高度が、下まで伸びにくくなっている様子も分かりま
(高度約 50km ~ 85 ㎞)へと、非常に広い範囲ま
す。このように、地球温暖化に伴って QBO が顕著
に変化することが明らかになりました。
で及んでいます。例えば QBO が西風の場合と東風
の場合では、中高緯度の東西風の強さや地表面の
図 2 に帯状平均した温度及び東西風の緯度-高
気圧配置が異なります。またオゾン・水蒸気・メタ
度分布を示します。温暖化に伴って、対流圏では暖
ンなどの化学物質の分布も、QBO の影響を受けて
かく(赤色の領域)、成層圏では冷たく(青色の領域)
います。従って QBO は大気―海洋を含めた気候変
なります。東西風の変化を見てみますと(図 2b)、中
動を考えるうえで重要な気象現象の 1 つと言えます。
緯度の西風が強く(赤色の領域)なっています。こ
ところで I PCC(気候変動に関する政府間パネル)
のような温度場や東西風の変化と対応して、赤道域
第 4 次成果報告書には、温暖化に伴って QBO がど
の上昇流が増加していました。つまり温暖化によっ
のように変化するかを示した研究はありませんでした。
て QBO が下に降りようとするのを妨げようとする効
QBO は一般的な気候モデルでは再現が非常に難し
果が強くなります。
一方で温暖化に伴って赤道域の降水量が増加し、
い現象です。世界的にみて気候モデルで QBO を再
成層圏まで伝わる波も増えていました。しかしなが
現できる研究グループは私達のグループを含めて数
22
海洋研究開発の新時代
ら、波が増える効果よりも、上昇流の効果が上回る
ため、QBO が下に降りにくくなり、周期が長くなる
傾向にある事が分かりました。
図1:赤道上における帯状平均した東西風の時間-高度断
図 2:現在気候と将来気候の帯状&年平均した(a)温
面図。赤色が西風、青色が東風に相当し、西風と東風が
度と(b)東西風の緯度-高度断面図。コンターの黒が
交互に入れ替わっている現象が QBOと呼ばれるものです。
現在気候、赤が将来気候。赤色(青色)は将来、値が
(a)現在気候、
(b)二酸化炭素倍増時の QBO。
大きくなる
(小さくなる)領域を示します。
インドネシア海域の非静力内部重力波
2. ロンボク海峡の潮汐流の数値シミュレー
ション
1. 背景
海峡を抜ける強い潮汐流に伴って、水深 100 m 〜
海洋の潮汐流(月や太陽の重力の向きが変化する
ことによって生じる半日あるいは 1 日周期の流れ)は、
海岸線や海底地形が複雑な場所で激しくなります。
1000m の深海では津波のような強いうねりが半日毎
に形成されます。これは内部重力波と呼ばれる現象
ですが、人工衛星を使って観測することができます。
その結果、深い所にある冷たい海水と海面近くにあ
図 1a では、インドネシア・ロンボク海峡(バリ島の右)
る温かい海水をかき混ぜて、海面水温を低下させる
から北に向かって 2 つの縞模様の波の集団(A , B)
効果があります。無数の島々が並ぶインドネシア海
が、南にむかって 1 つの波の集団(C)が伝わって
域は、このような激しい潮汐混合がみられるばかり
います。この縞模様は「ソリトン波列」ともよばれ、
ではなく、地球規模の気候変動においても重要な場
それをコンピューター上で再現するためには、
「非静
所でもあります。まず、太平洋とインド洋に挟まれた
力学」モデルという次世代の特別な計算プログラム
場所に位置するために、インドネシア海域の海面水
を使う必要があり、その開発が進められています。
温の微妙な変化は、上空の大気の対流活動を通し
このモデルを使った実験結果から、潮汐流によって
て、太平洋のエルニーニョ現象やインド洋のダイポー
作られる内部重力波、海水混合、季節変化等の詳し
ルモード現象の強さや周期に影響を及ぼすと言われ
い様子が明らかになりました。太平洋からインド洋に
ています。そしてインドネシア海域には、インドネシア
流れるインドネシア通過流は 11 月- 4 月には比較的
通過流という太平洋からインド洋へ海水を運ぶ(黒
弱く、5 月- 10 月に南向きに強く流れる傾向がある
潮のような)大きな流れがあり、潮汐混合によって
のですが、この季節変動が内部重力波に及ぼす影
インドネシア通過流の鉛直構造が変わると、インド
響を調べたのが図 2 です。インドネシア通過流(図
洋からアフリカ沿岸、さらに下流の大西洋にかけて
2 では左向き)がある場合、北向き(図では右向き)
の海洋の熱収支に影響する可能性があります。
に広がる内部重力波は弱くなり、ジャワ海の潮汐混
合が弱くなり、海面水温はあまり下がらない事が予
23
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
想できます。逆に南向き(図では左向き)に広がる内部重力
波は強くなりインド洋側で潮汐混合が強くなり海面水温がよ
り下がることが予想できます。
図1:
(a)合成開口レーダーを使って撮影された海面の粗
度。
(b)インドネシア・ロンボク海峡(バリ島とロンボク島
の間)周辺の海底地形図(数字は水深 m)
。四角が(a)の
撮影範囲。
図2:数値シミュレーションの結果、ロンボク海峡の北側の鉛
直断面(縦軸が水深 m、横軸が海峡からの距離 km、図1bの
点線に沿った断面)
。色が上向きの流れの強さ、線が海水の
密度。インドネシア通過流(南向きの平均流、この図では左
向き)がない場合
(a, 11-4月)とある場合
(b, 5-10月)の実験。
熱帯集中観測・モデル統合研究の新展開
1 つは集中観測 PA LAU2008 期間中に発生過程
熱 帯 大 気 海洋 の 変 動 現 象は 地 球 環 境 変 動に
の観測に成功した台風 TY0806(Fengshen)に関
おいて重要な役割を担うと同時に今日の人間生活
する研究の進展です。赤道付近で発生する台風の発
に密接に関わることが知られています。これまで
生過程はモンスーン循環や季節内変動、赤道波など
JA MSTE C では海洋地球研究船「みらい」を駆使
大規模スケールの擾乱の影響を強く受け、極めて複
した熱帯集中観測を継続的に実施し、季節内変動
雑です。このような多重スケールのプロセスを理解す
や台風発生の母体となる雲擾乱などについて研究を
る上で全球雲解像数値シミュレーションは画期的に
行ってきました
(熱帯気候変動研究プログラム)。また、
有用な手法です。今年度は最高解像度
(3.5 km メッ
次世代モデル研究プログラムで開発された全球雲解
シュ)の NICAM を用いて台風 Fengshen の数値シ
像モデル(NICAM)を地球シミュレータ上で運用し
ミュレーションを実施しました。数値計算は全球上
て大規模な数値シミュレーションを行い、熱帯の大
の大規模な雲・降水の分布(図 1a , b)と西太平洋
気海洋変動現象のメカニズムの解明に取り組んでき
域の夏季モンスーンや季節内変動に伴う大規模な風
ました。希少な現地観測のデータと熱帯全域を密な
速場の特徴(図略)をよく再現しており、現実に近
時空間分解能でカバーできる全球雲解像数値シミュ
い状況の中での台風の発生・発達過程をシミュレー
レーションデータを統合的に活用すれば、新しい観
トすることができました。台風 Fengshen の発生初
点から現象を理解することが可能になり、数値モデ
期には観測でも数値計算でも雲の分布の偏りが顕
ルによる予測精度を高めることにも繋がります。そこ
著でしたが(図 1c, d)、いくつかの鍵となるプロセス
で平成 22 年度には観測・モデルの連携を改めて強
を経て台風を特徴づける軸対称構造が形成されます。
化しました。その主な成果を以下に報告します。
現場観測で得られるデータの時空間範囲には限りが
24
海洋研究開発の新時代
ありますが(図 1c)、計算データの解析を補うことに
場付近の数値予報による後方支援も開始しました。
よって観測地点で起きた現象の全体像を推測する
2010 年度に実施された集中観測 PALAU2010 にお
ことができます。これまでに行った解析の結果、台
いては、N ICA M を用いたリアルタイム予報計算シ
風より大きなスケールの移動性熱帯擾乱が台風発生
ステムを構築し、週 3 回の予報データの配信を実
において果たす役割などが分かってきました。台風
現しました。予報計算では処理時間を速くすること
Fengshen はまた現業モデルによる進路予報の難し
が重要なので、観測領域のみで集中的に細かくメッ
かった事例としても知られています(図 2a)。そこで
シュを切る工夫を施したモデルを用い、専用の計算
14 km メッシュを用いて計算コストを抑え、感度計
機を導入して予報を行いました。全球雲解像モデル
算を多数行って台風進路の決定要因に関する調査
N ICA M による数値予報の最大の長所は、大規模
も行いました(図 2b)。その結果、進路の誤差が小
スケールの変動と観測域付近で発生する個々の気象
さかった計算(図 2b 赤線など)では台風周辺の
事例を統一的・同時に扱える点です。今年度立ち上
雲・降水分布の再現性がよい傾向があることが分か
げた予報システムには改善すべき点が多数あります
りました(図略)。加えて高解像度(3.5 km メッシュ)
が、今回の運用で大気場の変化傾向は概ね予報で
を用いた計算において台風の雲・降水分布も進路も
きていることが分かりました。実用面では航空機観
再現性が良かったことからは(図 1c, d , 図 2b)、予
測の運行スケジュールの決定に利用されました。今
報モデルの高解像度化による誤差軽減の可能性が
後はこの予報システムに改善を加え、2011 年度に実
示唆されます。
施される国際集中観測 CINDY2011 において運用す
る計画です。
観測・モデル連携の新しい試みとして、観測現
a
図1: 台 風 発 生 2日 前(2008/6/17
b
00UTC)の
(a)衛星赤外画像
(MTSAT-IR)
と(b)シミュレートされた外向き長波放
射の全球分布。
(c)
(a)の拡大図。色は
レーダー観測(円内)による降水分布を
示す。
(d)
(b)の拡大図。色は地表降水。
c
d
図 2:台風 Fengshen の 進 路(a)観 測
(黒)、Joint Typhoon Warning Center
(JT WC)による予報および水平格子間
隔 7km の領域集中格子版 NICAM によ
る計算結果
(b)観測
(黒)、全球 3.5km 格
子 NICAM(紫)、全球 14km 格子 NICAM
(赤、青、黄、緑)による計算結果。
(a)
にPALAU2008 の観測網を示す。
25
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
平成 22 年度の主な成果
地球内部ダイナミクス領域
(IFREE)
概要
ナミクス」、海底観測によってより深部の構造や動的
地球内部ダイナミクス領域(IFREE)の基盤 研
挙動、深部と表層の物質科学的相互関係を研究す
究プログラムでは、海洋での地球物理観測や地質
る「深部ダイナミクス」、海底調査を通じて岩石学・
調査、岩石試 料を用いた化学分析、高温高圧実
地球化学的に地球内部の物質循環や進化を明らか
験、数値シミュレーション、室内実験などのさまざま
にする「物質循環」、地球圏におけるミクロスケール
な手法を駆使して、惑星間空間、大気、海洋、地
現象と大規模構造の形成などマクロスケール現象を
殻、マントルから地球中心核に至る全地球 システム
階層間結合を通じて統一的に理解する「多層相関地
に起こる広い時間スケールの変動と地球進化の過程
球」、沈み込み帯の構造を海陸観測データによって
を調査し、その謎を解き明かそうとしています(図
明らかにし、巨大地震発生のシミュレーションをお
1)。これらの基盤的な研究は、人間活動に関わり
こなう「巨大地震発生評価」、海域地球物理・化学
の深い地震・火山現象を引き起こす地球内部活動
データの統合データベースの構築と可視化をおこなう
や、表層の環境変動の基本原理の解明に貢献します。
「海底ネットワークタスクフォース」、IODP(統合国際
IFREE がめざすことのもう 1 つは、分野横断型
深海掘削計画)の下で日本の掘削船「ちきゅう」を
の研究によって、地球の進化を包括的に理解するこ
利用した掘削計画提案や事前研究をおこなう
「IODP
とです。そのために発展研究プログラムでは、基盤
タスクフォース」などがあります。さらに日本海溝か
研究の成果を融合・発展させ、世界をリードする総
ら東北日本、日本海の地下構造・地震火山活動に
合的かつ萌芽的な研究を行なっています。研究項目
対して分野横断型研究で取り組む研究や、地球内
は、海底から海洋リソスフェアまでの構造や変形を
部活動と表層生命圏の関係解明に取り組む萌芽的
観測やシミュレーションによって理解する「浅部ダイ
な研究も行っています。
プレートの沈み込みとスタグナントスラブ
て振る舞い、ゆっくりと動いています。その動きが
地球のマントルを構成するのは固体の岩石です。
地表面で見られるプレート運動であり、地震や火山
しかし地質学的な時間で見るとマントルは流体とし
の活動を引き起こすとともに、更に長い時間スケー
図1:IFREEの研究分野、研究手法の概念図
26
海洋研究開発の新時代
ルでは日本列島のような島弧やヒマラヤのような大
山脈を作り出し、大陸を移動させる原動力となって
います。このためマントルの動きを理解することは、
地球の進化を考え人類の生存環境を把握する上で
極めて重要です。私達の領域では、地震や電磁気
の観測、化学分析、高圧岩石実験、流体実験、数
値シミュレーションなどを駆使して、総合的にマント
ルの研究に取り組んでいます。ここでは地震波の解
析(トモグラフィー)によって描き出されたマントル
の構造と、それを再現するよう様々な効果を導入し
た数値シミュレーションによるマントルの運動につい
図2:Google Earthによる地震波トモグラフィーの表示。西
て紹介します。
太平洋の660kmの深さでの水平断面と、日本列島からアジ
ア大陸にかけての垂直断面を組み合わせたもの。地震波速
我々は世界中の地震波データを用いてマントルの
度の標準値からのずれを色で表示
(青:高速度、赤:低速度)
。
トモグラフィーモデルを構築しています。観測点の少
青い部分がスラブ。
ない太平洋の海域にも地震計を設置することで、よ
http://www.jamstec.go.jp/pacific21/google_earth/より。
り高解像度でマントルの構造を見ることができるよ
うになりました。その結果はホームページで公開し
ており、他のグループが出した結果との比較も簡単
にできます(http://www.jamstec.go.jp/pacific21/
google_earth/)。
地震波トモグラフィーによって、地表から沈み込ん
だプレートの延長と考えられる構造(スラブ)がマン
トル遷移層の深さまで到達し、地球上の多くの場所
ではそのまま遷移層に滞留している様子が見えていま
す。これらはスタグナントスラブと呼ばれています。日
本列島も含めた西太平洋域の地下にはスタグナントス
ラブが広い範囲にわたって存在し複雑な形態を示し
ています(図 2、図 3)
。
沈み込んだスラブが滞留するために重要な要因と
しては、マントル構成鉱物の 660 km の深さに対応
する相転移、下部マントルでの粘性率の急激な増大、
粘性率の温度依存、プレートのレオロジー、海溝の
後退、などが考えられてきましたが、これらを統一
的に扱った球殻マントルのモデルはありませんでした。
私達は、三次元の球殻モデルにこれらの効果を組み
込んだ計算を地球シミュレータで実行しました(図
4)
。660km の深さに相当する相転移には最新のデー
タによる値を用い、下部マントルの粘性率を上部マン
図 3:千島列島からアジア大陸にかけての地震波トモグラ
トルより 40~400 倍大きく設定しました。粘性率の温
フィー(下の図の赤線に相当する場所の垂直断面)
。太平洋
度依存性で表面付近のマントルは固いプレートとなる
プレートが海溝から沈み込んで横たわっている様子が分かる。
27
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
図 4:球殻でのマントル対流シミュレーション。温度場お
よび等温面を表示。表面からの下降流が下部まで到達し
たり、途中で留まったりする複雑な構造が見てとれる。
とともに、レオロジーとして地表面付近での降伏現象
を組み込みました。これによって、表面ではプレート
テクトニクスで想定されるように局在化した線状の沈
み込み領域が自然に形成され、実際の地球に見られ
るような大きいスケールのプレートと、それらの境界
からの下降流を再現することに成功しました。
このシミュレーションでは地震波トモグラフィーで見
えているような、遷移層に滞留するスラブと下部マント
ルへ突き抜けるスラブの共存状態が自然に再現されて
います。さらに時間発展を詳細に追うことで、滞留構
造が表面での沈み込み位置の移動に伴って形成される
という過程を明らかにしました(図 5)
。滞留構造を生
み出す鍵となるのは、660km での相転移により浮力が
減じられるため上下マントルの流れが非結合状態にな
り得ること、そして粘性差により上下マントルに大きな
流速の違いが生じること、です。言い換えると、660
kmでの相転移の効果で滞ったスラブが下部マントルの
ゆっくりとした流れのため位置を変えないうちに、上部
マントルのパターンが短い時間で変化していくことによ
り、横たわるスラブという構造が生成されるのです。こ
図 5:マントル対流シミュレーションによる2 億年間での
のようにスラブが滞留する場所の表面付近では、沈み
流れ場の変化。
(上)表面での沈み込みの位置の変化
(緑:
込みの位置の変化、つまり海溝後退に相当する現象が
元の位置、青:2 億年経過後の位置)。
(下)上の図のA-B
起こっています。
の線での垂直断面。下に向かって時間が経過、温度場を
数十億年分の計算によって、沈み込んだスラブはマ
色で表示。左側に位置する下降流が表面付近で右方に移
ントル遷移層での鉱物の相転移と粘性急増の両者の効
動するとともに、マントル遷移層付近に横たわる構造が形
果で、一旦滞留して崩落するということを繰り返すこと
成されていくことが分かる。
28
海洋研究開発の新時代
文献
が明らかとなりました。このような間欠性はプレートの
再配置や大規模な火成活動、地球磁場強度の変化な
Yamagishi et al., Visualization of geoscience
どを引き起こし、表層環境にも大きな影響を与えてき
data on Google Earth: Development of a data
たと考えられます。
converter system for seismic tomographic models,
Computer & Geosciences, 36, 373-382, 2010.
Yanagisawa et al., Mechanism for generating
stagnant slabs in 3-D spherical mantle convection
models at Earth-like conditions, Physics of the
Earth and Planetary Interiors, 183, 341-352, 2010.
大陸地殻の成因とIODP
(統合国際深海掘削計画)
地殻が何らかの理由で分化しなければ現在の姿に
はなりません。どのようにして海洋地殻から、安山
はやぶさの着陸した小惑星イトカワは太陽系の惑
岩質の中部地殻を内在する島弧地殻に進化するの
星誕生期の記録をとどめていると考えられます。そ
でしょうか(図 7)。そもそも中部地殻=大陸地殻な
のため人類はそのサンプルを直接採取しようと考え
のでしょうか。これを明らかにするのがプロジェクト
ました。その一方で、誕生してから 46 億年を経た
I BM です。特に一番重要な中部地殻を解析するに
惑星は、それぞれが異なる進化を遂げて現在の姿
は深海底掘削によりサンプルを直接採取するしか方
になっています。我々の住む太陽系第三惑星は、ほ
法はありません。
かの惑星にはないユニークな進化を遂げ、生命の星
深海底掘削は失敗の許されない巨大プロジェク
地球となりました。地球においてユニークで特別な
トです。そのため我々はあらゆる手段を用いて最も
ものの一つが、地球科学において長年の謎となって
確からしく、また最新の仮説を構築・提示し、最
いる大陸地殻です。IFREE では IODP による深海
終手段である深海底掘削につなげます。このような
掘削を実行し、海底下のサンプルを直接採取するこ
事前調査には海洋調査船を用いた地震波探査によ
とによって大陸地殻の成因、つまり地球進化の謎を
解明しようとしています(図 6)。
大陸地殻の平均組成は安山岩です。安山岩とは
二酸化ケイ素(SiO2)の含有量が 60% 前後の溶岩
です。このような溶岩はプレートの沈み込み帯にお
いてマグマとして噴出しています。また、海洋性島
弧の中部地殻の地震波速度は安山岩の持つ地震波
速度と一致します。そのため大陸地殻は沈み込み帯
においてマグマとして生産され、中部地殻に蓄積さ
れている、と言えます。しかし、これで大陸地殻成
因の謎が解決したと思ったら大間違いなのです。そ
もそも大陸地殻ができるためには地球の大部分を形
成するマントルの一部(上部マントル)が溶けて(部
分融解して)マグマを生成することから始まります。
図 6:IFREE が IODPにおいて実行しようとしている深海
それが現在では、上部地殻、中部地殻、および下
底掘削計画(プロジェクトIBM)の 4つの掘削点。1から
4 の番号はそれぞれ IBM1、IBM2、IBM3および IBM4 に
部地殻の成層構造をなしています。つまり、初期の
対応する。
29
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
る地殻構造の解明、ドレッジや有人潜水艇(しんかい
した。FA B の分析により提出されたのが図 8 のモ
6500)
、無人潜水艇(ROVハイパードルフィン)をも
デルです。沈み込み開始期には前弧域が引張場に
ちいた海底の地質調査や試料採取があります。以
なります。つまり、前弧域全域が一時的に拡大境界
下に最近の事前調査により新たに見いだされた事実
となり中央海嶺に類似したマグマ(FAB)が噴出し
のいくつかを示します。プロジェクト I BM はこれら
ます。その後、48-45Ma の期間にのみボニナイトと
の新しい知見によりますます洗練されたプロジェクト
よばれる高マグネシウム安山岩が噴出しました。そ
へと進化しているのです。
の後にいわゆる島弧の火成活動へと移行していきま
沈み込みはどのように始まるのか
す。しかし、最初期のマグマは本当に FA B なので
しょうか。FAB の下に何があるのでしょうか。FAB
沈み込みの開始は現在最も注目されている科学ター
からボニナイト、ボニナイトから島弧マグマへは突然
ゲットの一つです。異なるプレートの間でどのようにし
に変化するのか、漸移するのか、など、ドレッジや
て沈み込みがはじまるのでしょうか。最初期の火成活
潜水艇による調査ではどうしても解決できない本質
動はどのようなものなのでしょうか。
的な問題が残されています。これらの問題を解決し、
ドレッジや有人潜水艇(しんかい 6500)の調査
沈み込み初期の火成活動の時系列とその成因を解
により、伊豆小笠原マリアナ弧の海溝陸側において
明しようとするのが IBM2 の掘削です。
沈み込み開始期~ 50Ma の火山岩類が見いだされ、
中部地殻はどのように進化するか
このマグマは FAB(Fore-Arc Basalt)と命名されま
我々は IBM4(図 6)を地球深部探査船「ちきゅう」
により掘削し、中部地殻のサンプルを採取し、島弧
地殻の進化と大陸地殻の成因を明らかにしようと考
えています。これが成功すれば人類初の快挙です。
しかし、I BM4 地点はその目的のために最適の掘削
点でしょうか。
その答えは図 9 および図 10 によって明瞭に示さ
れています。図 9 は伊豆小笠原弧における地殻構造
図 7:プロジェクトIBM の 4 つの掘削点(IBM1、IBM2、
IBM3および IBM4)は沈み込み帯の発生から中部地殻の
と第四紀の玄武岩火山の関係を示しています。これ
生成までの 4つのステージに対応している。つまり、沈み
から見いだされた非常に興味深い事実は以下の三点
込みの始まる前の海洋地殻(IBM1)、最初の地殻(IBM2)、
です。
(1)玄武岩火山の地下では中部地殻が浅くま
分化した上部地殻(IBM3)と中部地殻(IBM4)のそれぞれ
で盛り上がっています。
(2)玄武岩火山の下では中
を海底掘削によってサンプルを採取し、その成果を総合し
部地殻が厚い。つまり玄武岩火山が中部地殻を発
て海から生まれる大陸地殻の成因を明らかにする。
達させています。
(3)玄武岩火山の地下では地殻の
平均速度が遅い。つまり大陸地殻に近づいています。
よって火山と中部地殻の関係を明らかにするために
は、まさに玄武岩火山体を掘削して中部地殻まで堀
抜くのが最良のシナリオです。I BM4 はどうでしょう
か。I BM4 は 20 年前の ODP 掘削により、始新世
-漸新世の島弧火山であると考えられています。こ
図 8:沈み込みの最初期にはアセノスフェアが上昇し、前弧
域において海洋底の拡大が生じ、海嶺玄武岩に類似のマグ
マが噴出する。
の考えは、事前調査によって示された地殻構造、図
10 によって明瞭にサポートされています。中部地殻
が浅くまで盛り上がり、島弧火山活動によって中部
30
海洋研究開発の新時代
地殻が発達したことを示しているのです。これほど
島弧の衝突帯でおこなわれていることが新たに判明
明瞭に火山と地殻構造の関係が明らかになっている
しました。伊豆小笠原マリアナ弧においてはその最
沈み込み帯は伊豆小笠原弧のほかにはありません。
北端部の伊豆弧と本州弧の衝突帯です(図 11)。
日本がリードして I BM4 の掘削を成功させることに
衝突帯には伊豆弧で形成された中部地殻が露出
よって人類初の中部地殻掘削を成し遂げることがで
しています。しかし、それは部分融解を受けオリジ
きるのです。IFREE は着実にその目的に向かって
ナルな年代情報を消失し、あるものはメルトと分離
歩んでいるのです。
し、あるものは結晶が集結・変形上昇して衝突帯に
定置したものです。原形をとどめないほど料理され
大陸地殻の完成
た中部地殻といえます。一方、下部地殻はリソスフェ
図 9 にみられる島弧地殻はまだ大陸地殻ではあり
アマントルとともに本州弧のマントルの中へ沈み込ん
ません。島弧地殻から大陸地殻へと進化するために
でいます(図 11)。衝突帯において島弧で形成され
は , 島弧地殻からマフィックな下部地殻を取り去る必
た上部地殻と中部地殻は集積し、大陸地殻へと成
要があります。この大陸地殻生成の最後の仕上げが
長していくと考えられます。
図 9:伊豆小笠原弧の地殻構造と第
四紀火山(▲)との関係。MC、LC、
LVUM はそれぞれ中部地殻、下部地
殻、低速度上部マントルを示す。火
山の下では中部地殻が浅くまで盛り
上がり、中部地殻が厚くなり、地殻
全体の速度が低くなっていることを
示している。
図10:IBM4 を横切る東西測線の地
殻構造。IBM4 は始新世-漸新世の
島弧火山であり、その地下において
は中部地殻が浅くまで盛り上がって
いる。島弧火山と中部地殻の関係を
解明するには最適の掘削点であるこ
とが分かる。
図11:伊豆弧と本州弧の衝突帯にお
けるデラミネーションと大陸地殻の
完成。
31
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
平成 22 年度の主な成果
海洋・極限環境生物圏領域
(Biogeos)
概要
*単細胞から多細胞へ
(細胞分化、情報伝達など)
2)海洋を中心とする地球生命圏の構造と機能の解明
*生物地球化学循環とその変遷
*海洋環境のモニタリング(海洋酸性化、多様性
変動)
*極限環境生物の適応生態(高温高圧、低温、
CH4, H2S, 無酸素 etc→特殊な代謝系、細胞
内共生)
3)生物素材・酵素などの機能分子、微生物の応用
研究
*バイオリアクターによる二酸化炭素固定とCO2
回収貯留
(CCS)
(CH4→ C3H8)
*生物、酵素を用いたエネルギー開発
*有用酵素・膜物質などを用いた試薬・素材の開発
海洋・極限環境生物圏領域は、海洋を中心とす
る生物圏について、生物の調査および生態・代謝機
能等の研究を行っています。とくに、深海、熱水系、
冷湧水系、嫌気環境あるいは地殻内等、生物にとっ
て極限的な環境を対象としています。また、海洋・
極限環境に適応する生物群の資源としての潜在的
有用性と役割を掘り起こし、社会と経済の発展に資
する知見、情報を提供しようとしています。さらに、
これら、海洋生物圏の大気・海洋や固体地球との
相互関係を理解することを通じて、将来発生しうる
地球環境変動が生物圏に与える影響を評価すること
以上の研究を展開するにあたっては、さまざまな
に貢献することも目指しています。
技術開発が必要です。本研究領域では、新たに、
このために、海洋生物多様性研究、深海・地殻内
さまざまな生物・化学分析手法、極限環境生物培
生物圏研究、海洋環境・生物圏変遷過程研究の 3 プ
養手法、現場生物環境モニタリング手法などを開発
ログラムに所属する 60 名を超える研究者らが、以下
しています。海洋・極限生物圏研究領域は、以上の
の具体的なテーマにしたがって研究を展開しています。
研究手法および JAMSTEC のファシリティーを駆使
1)生命の起源と進化のメカニズムの解明
(生物多様性
の理解)
*生命の起源から初期生態系進化
(生命の限界)
*真核生物進化(細胞内共生による真核生物誕
生の理解)
し、IODP、InterRidge,、CoML などの国際的な研
究プログラムに参加することを通じて世界をリードす
る研究成果を上げています。
海洋生物多様性研究
化学合成生態系進化研究チーム:深海の湧水域、
海洋生物多様性研究プログラムは以下の 6 チーム
熱水噴出域には実に高密度な生物群集が見いださ
から構成され、海洋に生息する生物の多様性や分
れるが、そこの生態系は生産を支えるのは化学合
布、生態学的な機能、生物間相互作用、環境との
成であることから化学合成生態系と呼ばれています。
相互作用を研究し、生物学上の問題を追及するとも
この生態系は浅い海で生じ、その後、深海に沈ん
に地球環境の変化が生物の多様性・生態に与える
だ沈木や鯨などの巨大動物遺骸に適応し深海湧水
影響および、生物が環境に与える影響を研究してい
域、熱水噴出域に進出したという仮説を検証しよう
ます。さらに海洋生物資源に人間社会で利用可能
としています。
海洋生物共生進化研究チーム:深海の化学合成
な酵素や天然物を探り、将来の人間社会への応用、
および将来社会機構や産業を変えていく可能性も研
共生系を成立させている機構を分子生物学的に解
究しています。
析しています。また、共生細菌のゲノムが進化に伴っ
て小さくなる現象(ゲノム縮小進化)の実態とメカニ
深海生態系研究チーム:深海生態系における生
ズムを解析しています。
物の多様性と生物の分布、生物の分布を規定する
極限生命細胞研究チーム:深海という高圧、低温
要因、底生生物や浮遊生物の生態学的な機能など
の極限環境への細胞の適応を細胞膜の物性から解
を研究しています。
32
海洋研究開発の新時代
析しています。さらに細胞の基層への接着を電気的
られ、日本近海が世界的に最も種多様性が高いこ
にコントロールするような技術を用いて、細胞の性質
とが示されました。
このような高い多様性を踏まえると、
を調べることや、深海における生分解性プラスチッ
クの分解などについても研究しています。
・例えば共生などの視点から種多様性を生み出す
メカニズム
有用物質探索と生産システム研究チーム:海洋生
物から産業に利用可能な各種酵素および天然物化
合物を探索し、その生産方法の研究を行っています。
・食物連鎖、生活史、分布規定要因などから種多様
性を支えるメカニズム
酵素などは有用性があってもすぐ利用できることは
・深海など未調査領域におけるさらなるデータ収集
少なく、そのため、反応機構やたんぱく質の性質を
・生物の機能利用
詳細に解析し、利用しやすい形態に改変するため
といった科学的な知見をより充実させることが、
の技術開発も行っています。そのため、かなり基礎
日本の海洋生物研究者の役割と認識されます。そこ
的な研究に重点を置いています。
で、JA MSTE C2011 でも生物多様性を中心にその
海洋生物リソース研究チーム:深海・極限環境の
考え方および私たちの取り組みを紹介いたします。
生物を飼育し、実験できる状況を作るには通常の
生物飼育施設では難しく、そのため、新しい飼育技
有用物質の探索:これらの生物多様性から有用
術や実験系の開発を行うための研究チームをプログ
物質を探索する研究では、深海の微生物を中心に
ラムの枠を超えて領域内に作った横断型研究チーム
探索を行っている。今年度は新規界面活性物質
です。この領域を特徴づけるユニークな研究チーム
(サーファクタント)を深海微生物から見出しました。
また、微生物を用いた有用物質生産を効率化する
です。
手法を新たに 2 件開発し、特許出願(2 件)しま
2010 年の成果
した。
海洋生物の多様 性研究:2010 年は国連が国際
生物多様性年と定め、また 10 月には生物多様性条
約第 10 回締結国会議 COP10 が名古屋で開催され
生物多様性に多くの方々の関心が集まった年でした。
そのため、今回は海洋生物の多様性研究を中心に
紹介します。海洋生物の多様性研究では巨大な国
際プロジェクト「海洋生物のセンサス CoM L」が 10
年間にわたる成果を公表し、全海洋規模の海洋生
物の多様性や生態研究に関するベースラインデータ
がまとまった年でした。CoML には JAMSTEC か
らも多くの研究者が参加し、日本近海の種多様性、
縁辺海・化学合成生態系・海山・動物プランクトン
に関する研究の進展に貢献しました。
なかでも、日本近海の種多様性に関しては、日本
の海洋生物研究の歴史上で初めて、国内外の海洋
生物分類学者・生態学者約 50 名と協力して分布す
図:日本近海の海洋生物多様性。生物門毎の日本近海
る種数を評価しました。その結果、日本近海には
出現種数の割合を示す。日本近海の海洋生物総種数に
微生物からほ乳類まであわせると 33629 種が認め
対する出現種数が高い上位10 位で全体の 85%を占める
33
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
深海・地殻内生物圏研究
マット状群集が繁茂しています。陸上の温泉とは異
なり、地下坑道には光がなく、まさしく「暗黒の微
(1)沖縄熱水域掘削航海の実現と巨大な海
生物生態系」研究の格好のターゲットになっていま
底下熱水変質帯と熱水湖の発見
す。10 年近く研究を進めてきていますが、その微生
沖縄トラフ熱水活動域直下微生物生態系の解明
物生態系を構成する 2 種のアーキアとバクテリアは、
のための、地球深部探査船「ちきゅう」を用いた掘
未だに培養ができず、現場でどのような機能をもっ
削調査研究は、2010 年 9 月 1 日から 10 月 4 日にか
てどのような役割を果たしているのか、全く分かりま
けて行われました。この航海は、世界的に見ても特
せんでした。本プログラムでは、いかなる培養法に
異な地質条件で起きる、そして特異な化学特性を
よっても最後の最後まで抵抗し続けるそれらのアー
持つ、沖縄トラフの熱水活動を支える海底下の熱水
キアとバクテリアの性状や機能を明らかにするため、
循環系の全貌を明らかにしながら、その循環環境
メタゲノミックな機能解析に挑戦しました。
に生息する「極めて活動的である」と予想される海
その結果、見事にそれらのアーキアとバクテリア
底下の微生物生態系の量・規模・多様性・機能・役
のほぼすべてのゲノムを決定し、その機能や生態
割を解読しようとする大きな研究プロジェクトの第一
的役割を推定することに成功しました。アーキアは
歩でした。その歴史的な背景やこれまでの研究進
Candidus Caldiarchaeum subterraneum と名付け
展状況については、本研究プログラムのホームペー
られ、およそ 1.7Mbp のゲノムを有していました(図
ジに詳しく解説されています(http://www.jamstec.
3)
。ゲノム上に見つかった遺伝子の推定から、水素
go.jp/biogeos/j/xbr/sugar/OkinawaDrilling/
か一酸化炭素をエネルギー源として、酸素、硝酸呼
OkinawaDrilling.html)。また掘削航海中の現場の
吸を行いながら、脱カルボン酸/ 4 −ヒドロキシ酪
動画や研究レポートも JA MSTE C のホームページ
酸回路というアーキア特有の炭酸固定経路で独立栄
で紹介されていますので、ぜひご覧下さい。
養増殖する可能性が考えられました。また真核生物
(http://www.jamstec.go.jp/okinawa2010/j/)
型ユビキチンシステムを有しており、これまでに知ら
「ちきゅう」掘削航海と得られた試料の解析に
れるアーキアとは、系統的にも機能的にも異なる新し
よって、
(1)沖縄トラフ伊平屋北熱水活動域の海底
いタイプのアーキアであると考えられます。一方、バ
下に予想を超える巨大な熱水変質帯と海底下熱水
クテリアは、従来 OP1 という名で呼ばれていた未知
溜まり(熱水湖)の存在、
(2)海底下熱水溜まりに
バクテリアでしたが、2Mbp 以上のゲノムを有する
おいて、沸騰によって相分離した熱水の成層構造、
Candidus Acetothermus autotrophicumと名付けら
(3)海底下で今まさに形成されている大規模な「黒
れました(図 4)
。このバクテリアは、これまでに知ら
鉱」の存在、を発見することができました(図 1 お
れるすべてのバクテリアの中でも最も起源の古いバク
よび図 2)。また、掘削孔に、金属パイプおよびキャッ
テリアの仲間であることが再認識されましたが、そ
プを設置し、世界初の大規模の人工熱水噴出孔を
のゲノムには、酢酸生成型還元的アセチル CoA 回
つくることにも成功しました。現在、海底下熱水溜
路と呼ばれる代謝が見つかりました。水素と二酸化
まりの上部領域において、海底下好熱性メタン菌や
炭素から酢酸を生成する酢酸菌は、メタン菌となら
メタン酸化菌、硫酸還元菌の活動の兆候が明らかに
ぶ最古の持続的生命であると考えられてきましたが、
なりつつあり、また人工熱水噴出孔を利用した海底
メタン菌のような系統学的に古い分岐を持つ好熱性
下熱水の物理・化学的特性の研究が進められてい
バクテリアには、そのような代謝をもつ例がなく、
「絵
ます。今後の研究の進展が大いに期待できます。
に描いた餅」仮説でした。この成果は、アーキアの
(2)地殻内熱水環境に生息する培養困難な
超好熱メタン菌とならぶ古い系統をもつバクテリアの
未知のアーキアとバクテリアのメタゲノム解析
好熱酢酸菌を初めて発見したものであり、地球で最
による全ゲノム解析とその機能の解明
初に誕生した持続的生命のエネルギー代謝を解明す
るブレークスルーになると期待できます。
鹿児島県にある鉱山の地下約 300m の坑道には、
温泉が湧いており、温泉水の流れに沿って微生物の
34
海洋研究開発の新時代
図 1:地球深部探査船「ちきゅう」を用いた掘削調査
図 2:地球深部探査船「ちきゅう」を用いた掘削調査
(IODP Expedition 331)によって明らかになった沖縄ト
(IODP Expedition 331)によって世界で初めて海底下か
ラフ伊平屋北熱水活動域の海底下に拡がる巨大熱水溜
ら採取された黒鉱の写真。図 1 に示される C0016B 孔の
まり(熱水湖)とその密度による成層構造の模式図。
海底下約 10mから回収された。
図 4:メタゲノム解 析により遂にその全 貌 が見えはじめ
た未培養性状未知バクテリアCandidus Acetothermus
autotrophicum の系統学的位置(上)および推定される代
図 3:メタゲノム解 析により遂にその全 貌 が見えはじめ
謝経路(下)。還元的アセチル CoA 回路を有する酢酸生成
た未培 養性状未知アーキアCandidus Caldiarchaeum
菌と考えられ、深海熱水活動域の小孔から誕生したメタン
subterraneum のゲノム構造
(上)および系統学的位置
(下)。
生成生命がアーキアの、酢酸生成生命がバクテリアの祖先
アーキア第 4 の界を代表するアーキアであるという提唱も
となったとする仮説を支持するバクテリア側の初めての証
おこなった。
拠となった。
35
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
海洋環境・生物圏変遷過程研究
測定の結果、エーテル脂質の中のグリセロール部
に大量の 13C が見いだされた一方で、イソプレノイ
エコ生活する深海底の微生物
ド部にはほとんど見出せませんでした。このことは、
当プログラムでは、現在の海洋で起きているプロ
グルコースが古細菌の細胞中でグリセロールを合成
セスを解明し、それを過去の地球環境の復元に応
するために用いられたが、イソプレノイド合成のため
用する研究をおこなっています。従来の地球科学と
の材料としては用いられなかったことを示しています。
生物学の境界領域に焦点をおき、生物活動を重視
つまり、イソプレノイドは自ら作り出したものではな
した立場から地球の姿の復元に力を入れています。
く、かつて自分たちの先祖が合成し、その死後も
ここでは、今年の重要な成果の一つである、深海
堆積物中に残されていたイソプレノイドを細胞内に取
底における古細菌の新たな代謝機構の発見について
り込んで、自らの細胞膜に利用するという「リサイク
解説します。
ル」を行い、エネルギーに枯渇した海底でエコ生活
深海底にはさまざまな微生物が生息しており、地
を営んでいると考えることができます。
球表層環境における炭素循環に重要な役割を果た
本研究によって、古細菌の細胞膜にイソプレノイド
しています。中でも古細菌と呼ばれる微生物は、海
のような質量数 500 以上の大きな分子を取り込む
洋や海底堆積物中における分布や量が、きわめて
プロセスが存在することが初めて明らかになりました
大きいことが最近になって明らかになりました。しか
(図 2)。これまでの研究では、海洋における古細菌
し海洋性の古細菌は単離培養が難しく、海水や海
の活動度を桁違いに過小評価してきたことも示唆し
底堆積物中でどの程度の活性をもち、どのような活
ています。つまり、古細菌が海洋における炭素循環
動を行っているのかといった基本的なことすら、ほ
に従来考えられていたよりもさらに大きな役割を果た
とんどわかっていませんでした。
しています。
私たちは、無人探査機ハイパードルフィンを用い
今後、当プログラム内で研究されている有孔虫な
て、相模湾底(水深 1453 m、図 1)に 13C でラベ
どの原生生物の活動と合わせることにより、海底面
ル化したグルコースを散布し、その動きを追跡しま
における炭素や窒素といった生元素の動きを正確に
した。特に、古細菌だけが合成するエーテル脂質
理解することに役立つでしょう。
を堆積物中から単離した後、その中に含まれる 13C
濃度を測定して、散布されたグルコース起源の 13C
について着目しました。
図 2:イソプレノイドが細胞外から細胞膜にあるチャンネ
図 1:無人探査機
ルを通して取り込まれるプロセスの仮説。イソプレノイド
ハイパードルフィン
分子はポーリンチャンネルの親水性タンパク質と吸着す
を用いた、相模湾
ることにより、膜の通過口から細胞内へ取り込まれる。
底における13C 散
次いで、細胞内で生命活動に必要な有機化合物に再利用
布実験の様子。
される。
36
海洋研究開発の新時代
平成 22 年度の主な成果
地震津波・防災研究プロジェクト
文部科学省は、これから 30 年以内に東海地震域
でマグニチュード 8 以上の巨大地震が起こる確率が
87%、東南海地震は 60 ~ 70%、南海地震は 50 ~
60% と発表しています。そしてこれらの地震が連動
して起きた場合の被害想定額は日本の国家予算に迫
る 81 兆円にも上ると見積もっています。海溝型巨大
地震に如何に備えるかは日本の最重要課題の 1 つで
す。
この問題に立ち向かうべく、地震津波・防災研究
プロジェクトでは国の要請を受け、地震津波の早期
検知及びリアルタイム観測データを活用する事ことに
よる地震発生予測の高度化を目指したシステム開発、
震源域の詳細な地殻構造の解明、地震発生のシミュ
レーション研究等を実施しています。以下に、これ
らの研究開発の概要をご紹介いたします。
図 1:観測点の展開図
(2010 年12 月現在)
地震・津波観測監視システム
(DONET)
2006 年度に文部科学省の委託を受け、東南海地
震の想定震源域である紀伊半島沖熊野灘の海底に高
精度な地震・津波センサーを20 基設置し、
これらをネッ
トワーク化した地震・津波観測監視システムを構築し、
防災減災に生かす地震研究を実施しています。
2009 年度は、総延長 250km の海底基幹ケーブ
ルの敷設及び無人探査機により 1 基のセンサーを
海底に設置し、基幹ケーブルに接続することにより、
試験的なリアルタイム観測を開始しました。
2010 年度は 10 月の海洋調査船「なつしま」の航
海で 3 基のセンサーを基幹ケーブルに接続しました。
その後無人探査機を 4,500m まで潜航できるよう改
造を行った後、年末から年始にかけた海洋調査船「か
いよう」の航海及び 3 月の航海で引き続きセンサー
を基幹ケーブルに接続し、本格的な運用を行う予定
です(図 1、図 2)。
リアルタイムデータは、三重県尾鷲市古江町の陸
上局から専用回線で JAMSTEC に送られる他、防
災科学技術研究所及び気象庁にもリアルタイムで送
られ、緊急地震速報や津波警報の高精度化、迅速
化の実現及び地震発生予測モデルの高度化に役立
図 2:観測機器を海底に設置するために改造された無人
つものと期待されています。
探査機
(ハイパードルフィン)
37
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
観測研究では、今年度は日向灘を含む南海トラフ
また、2010 年度からは第 2 期計画(DON E T2)
として、南海地震の震源域を観測ターゲットとした
域の西側で沈み込むフィリピン海プレートに関する
新たな地震・津波観測監視システムの構築が始まり
構造と地震活動を捉えるための調査観測を実施しま
ました。DON E T2 は 10 年計画で紀伊半島西南沖
した。解析の結果、フィリピン海プレートは四国沖
に約 30 基の観測装置を設置し、ネットワーク化する
側の海洋地殻から遷移帯を経て、九州パラオ海嶺
計画で、ケーブルシステムの高電圧化に伴う様々な
の厚い地殻へと構造が変化し、この遷移帯と九州パ
要素技術開発を行わなくてはなりません。
ラオ海嶺の構造境界が 1968 年の日向灘地震で破壊
された領域の西縁に相当することが明らかとなりま
東海・東南海・南海地震の連動性評価研究
した(図 3、図 4)。
2008 年 度 から文 部 科 学 省の 委 託を受 け、 東
シミュレーション研究では、沈み込むプレート境界
海地震、東南海地震、南海地震が連動して起こ
を、実際の断層形状に近い曲面で近似するモデルを
る可能性の評 価を目的とした研究プロジェクトが
新たに開発し、紀伊半島の東西で発生する地震の
JAMSTEC の他、東北大学、東京大学、京都大学、
発生間隔について、プレート境界を平面断層で近似
名古屋大学、高知大学ならびに防災科学技術研究
していた従来のモデルとどのような違いを生じるか比
所等の連携により実施しています。
較検討しました(図 5)
。また、普通の地震よりも長
このプロジェクトでは大きく 3 つのグループに分か
周期の地震波が卓越する「ゆっくり地震」と巨大地
れ研究を実施しています。1 つ目は地殻構造調査を
震をモデル化し、プレート境界でのすべり速度の時
中心とした観測研究、2 つ目は地震発生サイクルモ
空間変化を調べました。
デルを構築し連動・非連動の破壊様式を解明するシ
また、防災・減災研究では、国、地域の行政、ラ
ミュレーション研究、3 つ目は巨大地震による強い
イフライン企業等が参加する地域研究会を高知、大
揺れと津波の高精度予測を行い、人的被害の軽減
阪、名古屋、三重等被害想定地域で開催し、研究
戦略を策定する防災・減災研究です。
成果を防災・減災施策に役立てる活動を行いました。
図 3:フィリピン海プレートが九州パラオ海嶺へと構造変化して
いる。
38
図 4:南海トラフから九州パラオ海嶺へかけた測線の
海底断面解釈図
海洋研究開発の新時代
を確認すると共に、その後の圧縮変形による背斜構
造も特定されました。今年度実施した探査から新潟
地震震源域付近で強い圧縮変形を受けていること
も明らかとなりました(図 6)。今後は日本海中部地
震の震源域まで調査エリアを拡大し、過去の大地
震のメカニズムを規定する構造的な特徴を探ってい
きます。
長期孔内計測技術開発
2010 年 11 ~ 12 月の IODP の南海トラフ地震発生
帯掘削航海で、地球深部探査船「ちきゅう」が掘削
した掘削孔井(C0002 地点、水深 1938m、海底下
約 750 ~ 940m の深度)に地震計、傾斜計、歪み
計、温度計等のセンサーを設置固定しました(図 7)。
図 5:沈み込むフィリピン海プレートの断層モデル
このセンサーは 2009 年度から開発を進めてきたも
ので、地上の一千数百倍の圧力と 170 ~ 180℃の過
ひずみ集中帯の重点的調査観測・研究
酷な環境でも長期間安定した観測が可能なセンサー
東北日本の日本海側では、2004 年に発生した新
です。現在は、観測データは海底のデータ記録装
潟県中越沖地震など大きな被害を伴う地震がしばし
置に一時保存され、ROV で回収していますが、今後、
ば発生し、
「ひずみ集中帯」と呼ばれる地域が存在
これらセンサーは DON E T のネットワークに接続さ
しています。2008 年度より「ひずみ集中帯」の全体
れ、東南海地震震源域における海底及び海底下総
像を明らかにするプロジェクトが始まりました。
合リアルタイム観測監視が可能となり、地震津波の
昨年度実施した能登半島沖から佐渡沖にかけた
早期検知や地震発生予測の高度化等、防災・減災
構造探査により、過去の日本海拡大による地殻薄化
に貢献できるものと期待されています。
図 6:能登半島南東沖に発達する逆断層(点線と矢印)を示す反
射記録断面
(縦軸は走時
(秒))。基盤層と堆積層が持ち上げられ
た構造を示しているが、断層運動によるものと考えられる。断
層の底部は、上部地殻と下部地殻の境界に位置する。
39
図 7:長期孔内計測装置が設置された
C0002 地点の断面図
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
平成 22 年度の主な成果
IPCC貢献地球環境予測プロジェクト
概要
年代と予測されました。これは各国研究機関のモデ
ルと比べて早い方に属しますが、観測されている海
I PCC 貢献地球環境予測プロジェクトは、文部科
氷消失のトレンドなどから推察して非現実的な結果
学省の委託研究「21 世紀気候変動予測革新プログ
とは言えません。また、結果の解析により、将来の
ラム」、および環境省の委託研究「地球温暖化に係
土地利用変化シナリオにより全球的な炭素循環の振
る政策支援と普及啓発のための気候変動シナリオに
る舞いが大きく変わってくることや、成層圏準二年
関する総合的研究」の一部を実施しており、温暖化
振動(QBO)とよばれる赤道上空の風速変動の周
予測モデルの高度化、予測不確実性の低減、自然
期が温暖化により長くなる可能性があることなどが
災害に関する影響評価などの研究を行い、想定され
る I PCC 第 5 次評価報告書への寄与と、気候変動
示されました。
対応の政策へ科学的基礎を提供することを目的とし
近未来気候変動予測実験の完了
ています。2010 年度の主な成果は以下のとおりです。
高解像度(大気 60km、海洋 20 ~ 30km)の大
CMIP5 用地球システムモデルの開発と
それを用いたシナリオ実験の実施
気海洋結合モデルを用いて、10 ~ 30 年先の気候を
予測する近未来予測実験を地球シミュレータを用い
次期 I PCC 報告書に大きく貢献をするため「第 5
て実施し、足掛け 2 年を要した計算が完了しました。
次結合モデル相互比較プロジェクト(CM I P5)」の
従来の中解像度実験(大気 300km、海洋 100km)
仕様に基づいた温暖化予測実験を地球システムモ
と比べて、高解像度モデルは地域的な大気および
デルを用いて実施しました。2100 年時点での昇温
海洋の気候状態の再現性が高いことを確認しました。
(1980-1999 年平均比)は温室効果気体排出シナリ
また、高解像度であるため、台風や集中豪雨などの
オにより 2-7℃の幅を持つ結果を得ました。さらに
顕著・極端現象の再現性も高く、既に実施した中解
北極海において夏季の海氷が消失する時期は 2030
像度モデルによる予測実験結果と今回の高解像度
図:地球システム統合モデルによる温暖化予測実験結果例
40
海洋研究開発の新時代
のものとで、ターゲットとする太平洋十年規模変動
向をもっているが、温暖化時にその傾向が顕著に
の予測スキルに関しては同程度であると見積られま
なることも分かりました。従来型の気候モデルと
すが、現在詳細な解析を継続中です。
異なりN ICA Mは積乱雲群のライフサイクルを直
不確実性評価研究の進展
接計算できるので、熱帯低気圧の将来変化研究
の新たな展開が期待できます。③AG CM20km
気候モデルの不確実性を評価するアンサンブル実
と気象研究所/気象庁領域非静力学領域モデル
験結果を解釈する新しい考え方を提案しました。こ
(N H M5km)の日本付近の極端な降水現象の再
れに基づく気候モデルアンサンブル解析結果は、従
現特性を比較しました。領域最大日降水量、降水
来の知見とは異なり、従来の気候モデルアンサンブ
日数、日降水強度指数に関して両者を比較した結
ルが気候システムの不確実性を十分再現しているこ
果、NHM5kmでは AGCM20kmに比べて夫々の
とを示しており重要です。この知見の普遍性を確か
バイアスがおよそ3 分の1に減少しました。これは
めるため、最終氷期最盛期のモデルアンサンブルを
気候変化に伴う極端な降水現象の定量的な予測
海水温データにより評価した結果、同様の結果を得
の改善のためには、NHM5kmによるダウンスケー
ました。一方、気候システムの不確実性のうちどの
リングが有効であることを示しています。
程度が陸域炭素循環プロセスの不確実性に起因す
温暖化予測モデル改良への取り組み
るかを見積もるため、地球システムモデルを用いた
効率的計算手法を考案しました。現在、既存モデ
①日本近傍を重点的に高精度化し温暖化予測精度
ルのばらつきを再現するための調整を終え、大規模
の向上を目指した全球海洋モデルの構築に取り組
アンサンブルを実行中です。
んでおり、日本付近を高解像度化した全球海洋ネ
温暖化時の台風などの極端現象の動向の
研究の進展
ストモデルを更に高精度化するために、気候再現
①解像度 20kmの気象研究所/気象庁全球大気モ
向上することを確認しました。更にこの全球海洋
デル(AGCM20km)を用い、SRES-A1Bシナリオ
ネストモデルを大気モデルと結合させる為のカプ
のもとで北西太平洋の台風の活動が如何に変化
ラーを開発しました。
精度が高い三極座標系を導入し、気候再現性が
するか調べました。その結果、
(a)台風の発生数、
②気候の変化によって陸上の生態系が変化し、また
存在頻度の顕著な減少
(-23%)、
(b)北へ転向する
その生態系の変化が気候に影響を与える過程の
経路の東への移動、
(c)東南アジアに接近する台
理解とモデルの高精度化を目的として、地球システ
風の顕著な減少
(-44%)、が示されました。これら
ムモデルを用いて過去の生態系や気候の再現、将
は大規模循環の変化よりも台風の発生場所の変
来の温暖化と生態系の相互作用を解明する実験
化によるもので、海面水温変化のパターンの影響
を行いました。その結果、今世紀中の温暖化は特
を強く受けています。
に北極高緯度地域で顕著になり、その結果シベリ
②解像度を更に7.5kmに上げた実験を雲解像全球
ア北部のツンドラ地帯に樹木が生育し始めるよう
モデル(N ICA M)で行い、第 4 次評価報告書の
になるという結果を得ました。これにより、太陽
示唆のとおり、ある温暖化シナリオ(二酸化炭素
光線の反射率や炭素循環が変化し、気候への強
濃度が現在の約 2 倍ほか)のもとで地球全体で
いフィードバックが生じる可能性があり、気候の変
の熱帯低気圧は、数は減りつつも勢力の大きな
化に対応する植物の適応や土壌内の微生物によ
ものが増えることを確認しました。さらに、勢力
る有機物の分解など、陸上の生態系全般をまとめ
が大きな熱帯低気圧ほど雲頂高度が高くなる傾
て扱うモデルの改良に取り組んでいます。
41
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
平成 22 年度の主な成果
システム地球ラボ:プレカンブリアンエコシステムラボユニット
概要
海熱水活動域の発見と白いスケーリーフットの発見、
そして(3)沖縄熱水域掘削航海を実現させた沖縄ト
「地球が生命に満ちあふれた希有な惑星」に成
ラフ熱水循環系におけるメタン生成の場とメカニズ
り得た真の原理を明らかにすることは、人類に共通
ムを明らかにした「M M R 仮説」の提唱、を挙げる
する最大の知的好奇心対象であり、
「太陽系を含め
ことができます。
た宇宙における生命の可能性や存在条件」を知る最
20 世紀の様々な科学分野の成果から、地球にお
も重要な手がかりです。プレカンブリアンエコシステ
ける生命の誕生及び初期進化の場として、深海熱水
ムラボは、その原理の答えとして、地球と生命の誕
環境が有力の場であると考えられていますが、1979
生から初期進化過程においてすでに、地球と生命が
年に東太平洋海膨で、最初の高温深海熱水が発見
「マントル―海洋―大陸―大気―生命」、すなわち
されて以来、深海高温熱水は地球史を通じて現在
「地球―生命」、の相互作用システム体として発生し、
のブラックスモーカーのような鉄に富んだ酸性の熱
機能・進化し続けてきたことであると考えています。
水であると考えられてきました。しかし、熱水を生
「地球―生命」の相互作用システムのほとんどあらゆ
み出す岩石・水反応は海水組成に依存し、初期地
るメカニズムは、6 億年より遥か以前(先カンブリア
球の海水組成が現在とは異なっていれば当時の熱
代)に既に完成されていたと考えられます。このメカ
水組成も異なるはずです。冥王代―太古代(40 ~
ニズムの進化こそ、
「地球が生命に満ちあふれた希
25 億年前)の海水は弱酸性で炭酸濃度が非常に高
有な惑星」に成り得た本当の理由であり、
「先カン
かったと考えられており、我々は、当時の海底の変
ブリア大爆発」と呼ぶべき地球と生命の進化にお
質した火山岩の化学組成に基づき熱力学的計算を
ける最大の出来事だったのです。プレカンブリアン
行い、冥王代―太古代の深海高温熱水を理論的に
エコシステムラボでは、この原始地球生命システム
再現しました。
の初期進化(先カンブリア大爆発)の解明を究極の
その結果、海水に溶け込む二酸化炭素の量が大
目標として、最初の持続的生命システムの誕生から、
きくなるにつれ、高温熱水の pH が高くなり、冥王
汎地球的な海洋環境への進化・伝播過程(光合成
代―太古代の熱水の pH は 9 以上になることが明ら
システムの獲得とエネルギー代謝の多様化)に至る
かになりました(図 1)。さらに、熱水中の鉄などの
先カンブリア代の全ストーリーを、現世の地球に残
金属濃度は低く、代わりにシリカ(二酸化珪素)に
された地質記録、現世の微生物に刻み込まれた機
富むことがわかりました。このことは、当時の海底
能やゲノム情報、現世の地球の類似環境で起きる物
から噴出した熱水は、現在のような硫化鉄に富むブ
質循環や生態系機能、から復元し、実験室内で再
ラックスモーカーではなく、白いホワイトスモーカー
現実験を行うことで明らかにしてゆこうとしています。
であったことを示しています(図 2)。
プレカンブリアンエコシステムラボは現在、4 名の
本研究成果は、高温熱水のイメージや化学的性
本務研究員、6 名の兼務研究員、1 名の受入研究
質の常識を覆しただけに留まらず、地球史上の難問
生から構成されています。
を解決する糸口にもなりました。鉄鉱石は我々人類
2010 年度の成果概略
の鉄社会を支える重要な資源です。この鉄鉱石は
今年度の代表的な成果トピックとして、
(1)冥王代
縞状鉄鋼層という酸化鉄が濃集した地層から採掘
―太古代初期の生命の初期進化を支えた深海熱水
されています(図 3)。この縞状鉄鋼層は現在の地
が強アルカリ性であったとする「原始熱水強アルカリ
球では形成されておらず初期地球でのみ形成されて
仮説」の提唱、
(2)インド洋における第 3,第 4 の深
いました。従来は、25 億年前以前の地球は非常に
42
海洋研究開発の新時代
還元的でしたが、25 億年前ごろシアノバクテリアに
海洋・極限環境生物圏領域 深海・地殻内生物圏
よる酸素発生型光合成により海水中の酸素濃度が
研究プログラムの成果として報告されている地球深
上昇し始め、海水に溶けていた鉄イオンが沈殿する
部探査船「ちきゅう」を用いた掘削調査研究の実現
ことにより縞状鉄鋼層が出来たと考えられていまし
には、世界的に特異な地質条件で起きる、そして特
た。一方で、縞状鉄鋼層は 38 億年前からも小規模
異な化学特性を持つ、沖縄トラフの熱水活動を支え
に存在しており、それが、地球史における難問であ
る海底下の熱水循環系についてのモデル構築が大
る「38 億年前から酸素があったのかなかったのか」
前提でした。この伊平屋北熱水活動域の海底下の
という論争の大きな原因となってきました。しかし
熱水循環系については、深海・地殻内生物圏研究
初期地球の熱水がアルカリ性の場合、熱水噴出孔
プログラムだけでなく、JAMSTEC の地球内部ダイ
付近では海水中の鉄は、酸素によってではなく、pH
ナミクス領域や多くの大学の研究者との共同研究に
の変化によって、簡単に酸化されるので縞状鉄鉱
よって解明への挑戦が続けられてきました。しかし
層が形成されます。このモデルは 38 億年前の海洋
ながら、その最後の決め手となったのは、詳細な熱
に酸素がなくても縞状鉄鉱層ができることを示して
水化学組成の解析と同位体化学特性、そしてそれ
おり、その他の還元的な環境を示す地質記録も非
らのデータを統合した炭素マスバランス計算でした。
常にうまく説明することが出来ます。これにより、25
その結果、伊平屋北熱水活動域の熱水の供給源が、
億年前以前に形成された縞状鉄鋼層がどうやってで
伊平屋北海丘より遙か遠く離れた沖縄トラフを埋め
きたのかという問題を解決することができました。
る堆積物中の間隙水であること、そして、その堆積
一方、1979 年の最初の深海熱水活動の発見以来、
物中での微生物によるメタン生成が最終的な熱水中
世界中の海洋底で 300 を超える深海熱水が発見さ
に含まれる高濃度のメタンの起源となっていること、
れてきました。にもかかわらず、インド洋では 1988
が示されました。この予想は、
「熱水供給域におけ
年に熱水活動の徴候が始めて報告されて以降、こ
る微生物学的メタン生成仮説」
(M M R 仮説)とし
れまでわずか 2 ヶ所の熱水噴出孔しか見つかってい
て発表され、その仮説モデルの検証として、地球深
ませんでした。そこで 2009 年 9 月から 10 月にかけ
部探査船「ちきゅう」を用いた伊平屋北熱水活動域
て、プレカンブリアンエコシステムラボが中心となっ
の掘削調査研究が実現したと言えます。
て、2006 年に東京大学海洋研究所の調査船白鳳丸
によって熱水の兆候が報告されていた中央インド洋
海嶺ロドリゲスセグメント北部の「ドードー溶岩平原」
と同南部の「ロジェ海台」において、ディープトウカ
メラと「しんかい 6500」を用いて調査を行いました。
その結果、2 ヶ所の新規熱水噴出孔を発見し(図 4)、
インド洋における熱水活動の多様性を明らかにする
とともに、稀少な化学合成深海生物「白いスケーリー
フット」を発見するという大きな成果(図 5)を挙げ
ました。この成果は、プレカンブリアンエコシステム
ラボのホームページに詳細な解説記事と熱水発見の
瞬間の動画と共に紹介することによって、大きな社
図1:熱水の炭酸濃度とpH の関係を示したグラフ。熱水
会的反響をよんでいます。
の全炭酸濃度が高くなるにつれてpHが高くなります。青
(http://www.jamstec.go.jp/less/precam/j/
の領域は現在の中央海嶺から噴出している熱水を表し、
achievements.html#01)
オレンジの領域は今回計算から明らかになった太古代初
期の熱水を表しています。
43
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
図 2:現在と太古代初期の熱水フィールドを比較した模
式図。(a)現在は硫化物(主に硫化鉄)のチムニーから酸性
で黒い熱水が噴出し、熱水孔の周りには硫化物、もしくは
それが海水によって酸化された酸化物が堆積しています。
熱水孔から離れたところでは、生物起源(放散虫や珪藻)の
シリカ粒子がゆっくりと沈殿しています。
(b)太古代初期で
はシリカからなるチムニーからアルカリ性で白い熱水が噴出
していました。熱水と海水の混合域では海水中の鉄イオン
がアルカリ性熱水により酸化されていました。熱水孔の近く
では熱水から直接沈殿した白いシリカが堆積し、熱水孔か
ら離れたところでは鉄酸化物が堆積していました。
図 3:32 億年前の縞状鉄鉱層。縞状鉄鋼層は主に白い層
(シリカ)と赤黒い層
(酸化鉄)の互層から成っています。
図 5:ソリティア熱水フィールドで新たに発見された「白スケーリー
図 4:インド洋で発見されたドードーおよびソリティア
熱水フィールドの位置。
フット」
(A)。これまで唯一知られていたかいれい熱水フィールドの
「元祖スケーリーフット」
(B)と異なり、鱗と殻が白い。
44
海洋研究開発の新時代
平成 22 年度の主な成果
システム地球ラボ:宇宙・地球表層・地球内部の相関モデリングラボユニット
概要
過程を地球シミュレータで再現することに成功しま
地球表層の環境と生命は、地球内部と宇宙から絶
した。また、地球表層と地球内部の結合モデルで
えず影響を受けながら、変動と進化を続けています。
は、火成活動を伴ったマントル対流シミュレーション
また、その結果は地球内部変動にも大きな影響を与
を実施し、地球進化過程での内部熱源量の変化に
えています。本ラボユニットでは、宇宙、地球表層、
よって、マントルに取り込まれる水の量がどのように
地球内部を含む複合的な多圏間の相互作用を、最
変わってくるかを吟味しました。初期地球では、マ
先端の数値シミュレーションと超高圧実験・観測研
ントル深部から、頻繁に高温物質が吹き出してきて、
究を通して定量的に把握し、現在の地球の活動や、
大規模な火山活動を起こすため、リソスフェアにし
地球史における大規模な地球環境変動のメカニズム
み込んだ水は大気中に放出され、マントルにはほと
を明らかにすることによって、未来の地球の姿を探
んど水は入らないのに対して、現在のマントルでは、
ることを目標としています。
定常的にプレートの沈み込みが起こり、この沈み込
むスラブが、大量の水をマントル深部に運び込むこ
平成 22 年度の成果
とが分かりました。マントル―コア結合に関しては、
本ラボユニットは、宇宙―地球表層、地球表層―
マントル内部、マントル―コアの各結合モデルについ
コアからマントルへの熱流量を知るため、サーモリ
て、図に示すようなそれぞれの課題研究が進展して
フレクタンス法と呼ばれる測定方法を応用し、下部
います。本年度の特に重要な成果は、宇宙―地球
マントルの主要鉱物 MgSiO3 ペロフスカイト相の熱
表層結合モデルでは、雲粒や雨粒の挙動を精密に
拡散率を 30 - 110 万気圧下で世界で初めて測定す
シミュレーションする事が可能な新しい計算手法「超
ることに成功しました。測定結果は、圧力効果が大
水滴法」を独自に開発し、大気流体モデルと連結
きく、CMB の圧力における熱伝導率は 従来の予測
する事により、雲の発生・発達、降水等の複雑な
よりも 5 割程度大きいことがわかりました。
図:宇宙・地 球表 層・
地 球内部の相関モデ
リングラボユニットの
各研究課題の相関図
45
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
平成 22 年度の主な成果
アプリケーションラボ
(APL)
概要
課題を対象とし、将来的な社会実装の構想を有す
アプリケーションラボは、研究成果を社会貢献に
る国際共同研究を政府開発援助(ODA)とを連携
直接結び付け、研究と社会との相互的啓発と持続
して推進し、地球規模課題の解決および科学技術
的連携によってイノベーションを実現することを目的
水準の向上につながる新たな知見を獲得すること」
としています。現在は、1)気候変動、海洋変動等
を目的としています(http://www.jst.go.jp/global/
の予測と応用情報の提供・検証、ならびに観測・予
index.html より抜粋)。本プロジェクトでは、南アフ
測・検証システム構築への貢献、2)全球雲解像モ
リカの特徴的な気候変動を対象とする予測モデル
デルによる熱帯及び東アジア域での気象予測と応用
の研究開発、ケープタウン域やリンポポ域などの地
情報の提供・検証、3)対流圏オゾン拡散モデル等
域密着型の気象・気候変動予測モデルの研究開発、
による大気化学変動予測と応用情報の提供・検証な
地球シミュレータを使用した先端的モデルの研究開
ど、大気海洋科学の基礎研究に基づく研究成果を
発を現地の研究者とともに連携して推進しています。
応用し、社会に広く展開し、利用いただくことを目
加えて、現地の農業試験所、プレトリア大学、ケー
指しています。
プタウン大学と連携しながら、地域の住民、農業
アプリケーションラボは日本国内の共同研究のみ
関係者などに広く発信する予定です。学術的な共同
ならず、競争的資金を導入して国際共同研究を展開
研究に加えて、学生向けのレクチャーや研究者の相
し、活動分野を広げつつあります。ここでは、本年
互交流を行い、人材育成支援も行っています。本年
度から開始した JICA- JST 地球規模課題対応国
度は、8 月に南アフリカにて共同研究のオープニング
際科学技術協力事業プロジェクト研究「気候変動予
レセプションとシンポジウム、12 月に日本にて、シ
測とアフリカ南部における応用」の成果と、昨年来
ンポジウム、ワークショップ等を行い、活発な研究
続いているラニーニャ予測の成功についてご紹介い
活動を展開しました(図 2)。また、2011 年 3 月には、
たします。
プレトリア大学、ケープタウン大学に講師を派遣し、
気候変動予測を実社会に具体的に応用すること
レクチャーシリーズを開催する予定です。アプリケー
は、過去に I PCC レポートなどの策定を決定したこ
ションラボの活動は、COP16(2010 年 11 月メキシ
とで知られる世界気候会議の第三回会議(2009 年
コにて開催)においても紹介されました。
8 月ジュネーブにて開催)において決議声明として
これまで熱帯域における気候変動モードの予測に
採択され、世界的に大変重要な注目を集めるテーマ
おいて世界をリードして来た SINTEX-F モデルによ
となっています。この「気候サービス」の世界的展
る予測可能性実験の継続を通して、2010 年の中頃
開は、アプリケーションラボの目的と軌を一にするも
から太平洋においてはエルニーニョ状態から急速に
のです。アプリケーションラボでは、これまでインド
ラニーニャ状態に遷移する事を正確に予測しました。
洋ダイポールモードやエルニーニョの予測研究で世
エルニーニョ状態時のインド洋蓄熱効果と成長した
界をリードしてきました。この研究成果を、日本の
ラニーニャ状態が 2010 年の猛暑を引き起こした重
みならず、気候変動リスクに対して脆弱な環境にあ
要な因子であると考えられています。SINTEX-F モ
る発展途上国の行政や産業活動、例えば農業、水
デルはラニーニャ状態の発展(図 3)と、その世界
管理等に応用するための研究開発を開始しています
各地への影響(ブラジルやオ―ストらリアにおける洪
水など)を的確に予測しました。これは画期的なこ
(図 1)。
とです。このような成果を、国内外に向けてさらに
JICA- JST 地球規模課題対応国際科学技術協
積極的に情報発信してゆきます。
力事業は、
「開発途上国のニーズを基に、地球規模
46
海洋研究開発の新時代
図1:気候予測データの様々な
分野への応用可能性
図 2:JICA ー JST 地球規模課題対応国際科学技術
協力事業プロジェクトの展開
図 3:SYNTEX ー Fによるラニーニャ予測の成功。
2010 年1月時点におけるNino 3.4 領域(5S – 5N; 120W – 170W)
における海面温度偏差予測結果(2010 年 2 月から2011年1月まで
のアンサンブル予測、赤線は予測結果の平均値を示す)
47
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
平成 22 年度の主な成果
むつ研究所
(MIO)
概要
術等調査研究委託事業による漂流型二酸化炭素セン
サーの開発を行っていました。
むつ研究所は 1995 年 10 月に海洋研究開発機構
の前身である海洋科学技術センターの「むつ事務所」
大気中での二酸化炭素増加は外洋域の環境変動
として開設され、
その後 2000 年 10 月に「むつ研究所」
のみならず、沿岸域の環境変動に影響を与え、海洋
となってから今年で 10 年を迎えました。むつ研究所
生物資源等に大きく関わっていることが知られるよう
は原子力動力実験船「むつ」の船体を利用して生ま
になってきました。津軽海峡域は気候変動に対して
れた海洋地球研究船「みらい」の母港、観測支援の
脆弱な海域です。むつ研究所が津軽海峡に面して立
拠点として発足し、施設等の充実に努めた後、近年
地している有利性を利用し、また、周辺関係者(水
の地球環境変動の基盤となるべく、地球環境の変遷
産関係者等)や北海道大学水産学部と連携によって
を読み解き、物質循環変動を明らかにする研究所と
幅広い沿岸域の時系列観測研究を進める準備を行っ
役目を変えました。
ています。
事務所から研究所に変わってもむつ研究所の最も
むつ研究所では「みらい」等の活動状況や近年の
大きな役割は「みらい」で行われる種々の研究を支
海洋研究の発展およびそれらから得られた研究成果
援することであります。
「みらい」で使用されるトライ
の普及、利用をはかるための活動も、むつ・下北地域、
トンブイなどの大型観測機器の整備が行われていま
青森県関係機関等と連携して実施しています。特に
す。また、
「みらい」の母港として、入出港時に必要
2010 年はむつ研究所発足 10 周年記念式典を始め、
な種々の調整、乗船研究者への種々の補助等も行っ
種々の事業(
「みらい」および施設一般公開、シンポ
ています。
ジウム等)に取り組み、多くの方の訪問を受けていま
す(図 1)
。
むつ研究所で行われている研究は、時代とともに
多少変質し、現在では「みらい」をプラットホームに
した物質循環変動研究の根幹となっている北太平洋
時系列観測研究が継続されています。北太平洋時系
列観測研究は、北太平洋亜寒帯域の二酸化炭素吸
収の変化や鉛直輸送される物質の経年変化を明らか
にすることを目的に年 1 回以上の観測を実施し、デー
タの蓄積を行っています。また、時系列観測研究を
効果的に実施するために新しい手法の模索も行って
図1:むつ研究所開所10 周年記念式典の様子
います。2010 年 3 月までは文部科学省地球観測技
(2010 年11月21日)
平成 22 年度の成果
における長期にわたる観測データ、特に化学物質に
北太平洋時系列観測研究
関わるデータは少なく、物質循環像やその変動を理
北太平洋時系列観測研究の最終目標は西部北太
解するには十分な状況ではありません。また、北太
平洋亜寒帯域の物質循環像を理解し、気候変動に
平洋亜寒帯域の継続的なデータは将来の海洋生物
対応する物質循環(物質環境)変動を観測を通して
資源を考える上でも重要なデータとなります。
明らかにすることです。そのためには継続的データ
むつ研究所においては 1999 年から実施してい
の取得とそれらのデータの公表が必要です。国内に
る西部 北 太平洋亜 寒 帯 域 時系列 観 測点 K2( 北
おいては、気象庁および気象研究所等を除くと海洋
緯 47 度、東経 160 度)から得られた海洋の二酸
48
海洋研究開発の新時代
化炭素に関わるデータを整理し、Carbon Dioxide
が海洋から大気へ輸送されます。夏期には、植物プ
Information Analysis Center(CDIAC)および
ランクトンの繁茂によって二酸化炭素が固定される
JA MSTE C から公表してきました。2010 年度は観
ために二酸化炭素分圧が下がり、大気から海洋へ
測データを再検討し、修正、最近のデータを加え、
輸送されます。しかし、その量は冬期の気体交換が
再度公表しています。また、日本における時系列観
より効果的に働くため、年間を積算すると冬期の輸
測点として 1990 年代末に集中観測が実施された北
送が重要です。そのため観測データから冬期の状況
緯 44 度、東経 155 度の観測点(KNOT)について
を推定し、その経年変化を考えることが重要となり
も 1992 年からの観測データを整理、評価し、表層
ます。
付近の物質環境変動を捉えるためのデータとして公
季節の異なる観測データから冬期混合層内の二酸
表しました。
化炭素分圧の状況を推定すると図 3 に示す経年変
(CDIAC、http://cdiac.ornl.gov/oceans/Moorings/
化が得られます。大気の年々の増加に比べ、混合層
KNOT.html)なお、時系列観測研究によって取得さ
の二酸化炭素分圧の増加は小さくなっています。即
れた物質循環研究に関わるセジメントトラップ、一次
ち、本来大気へ放出されるべき二酸化炭素が少なく
生産量等のデータについても逐次公表される状況に
なっていることを示しています。このことは海洋中の
なっています。
そのままとどまる量が増えていることと一致していま
評価した観測データから西部北太平洋亜寒帯域
す。この変化傾向は 2017 年ごろまで続き、その後
の二酸化炭素の冬期の海洋から大気への二酸化炭
は、中緯度太平洋と同じように通年に渡って大気か
素輸送量が減ってきていることが確かなものとなり
ら二酸化炭素を吸収する海域になることが予想され
ました。図 2 に示す通り西部北太平洋亜寒帯域表
ます。なお、表層水の pH の減少(海洋酸性化)傾
層水二酸化炭素分圧は BATS などの表層水温の影
向はバミューダ沖の時系列観測点 BATS やハワイ沖
響を大きく受けて変動する亜熱帯域の時系列観測点
の A LH A に比べて小さく、酸性化の影響は現在の
と異なります。冬期には、鉛直混合のため大気より
ところ他の海域に比べて大きくないと推測されます。
海水側の二酸化炭素分圧が高くなり、二酸化炭素
図 2:西部北太平洋亜寒帯域表層水二酸化炭素分圧の季節
変動
赤 丸:観測点 K2において観測された二酸化炭素分圧
青 丸:観測点 KNOTにおいて観測された二酸化炭素分圧
実線赤:観測点 K2、KNOTの二酸化炭素分圧の平均値
実線ピンク:時系列観測点BATSの二酸化炭素分圧の平均値
破線緑:大気の二酸化炭素分圧の季節変動
(Takahashi,2009)
図 3:西部北太平洋亜寒帯域表層水二酸化炭素分圧の経年
変動
赤 丸:時系列観測点 K2 及び KNOTから推定した冬季混
合層における二酸化炭素分圧変動
青 丸:時系列観測点 K2 及び KNOTから推定した冬季混
合層におけるpH変動
緑 線:綾里で観測された大気の二酸化炭素分圧変動
49
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
むつ研究所における技術開発
図 5:むつ研究所周辺地図
と観測点
2010 年 3 月で終了した文部科学省地球観測技術
青星:むつ研究所関根浜港
等調査研究委託事業の研究課題で開発された二酸
緑丸:自然観察会会場
(むつ市ちぢり浜)
化炭素センサーは最終的に下記の仕様を満たすも
ので、十分に観測に耐える機器を開発しました
(図 4)。
赤線:北海道大学水産学
部との連携で実施
した海洋観測線
開発した機器の仕様
・大 き さ:340mm×450mm
・重 さ:約 15kg
・精 度:< 2 µatm
むつ研究所では青森県水産総合研究センター(現
・感 度:< 1 µatm
・使用期間:約1年
青森県独立行政法人産業技術研究センター水産総
・測定頻度:3日間隔
(1日の間に4 回測定)
合研究所)に協力するため関根浜港での水温度計
・備 考:太陽電池の利用可能 測定期間
測を 2002 年から行っています。また、近隣の漁業
協同組合と連携して、水深約 20m のところで水温
の鉛直分布も測定しています。図 6 は関根浜港にお
ける表面水温の季節変動を示したものです。2 月に
は 6 度位を示し、8、9 月に 22 度と季節変動してい
ます。2010 年は冬期から春にかけては例年比べて
低温傾向にありましたが、9 月には 26 度と例年と比
べて数度高温でした。むつ湾の水産業に多大な被
害をもたらした高海水温の時期とほぼ同じ時期に関
根浜でも高い海水温が観測されています。
図 4:開発された漂流型二酸化炭素センサーの外観図
左:通常使用タイプ、右:太陽電池を備えたタイプ
津軽海峡沿岸域観測研究
むつ研究所では時系列観測研究の新しい発展と
環境変動研究の結果をより利用するために沿岸域の
環境変動観測研究を計画、北海道大学水産学部等
図 6:むつ市関根浜港における表面水温の季節変動
との連携下で実施する準備を行っています。
2010 年(赤線)の 8月から10月まで例年に比べて水温
が 高い。むつ湾で観測された高水温と一致している。
大気中に二酸化炭素増加による温暖化や海洋酸
性化の影響は、外洋域よりも沿岸域に顕著であり、
水温の経年変動を見るために月別の平均値から
水産業等などの活動と関わりのある有用海洋生物資
偏差を求めました(図 7)
。最近 8 年間に低温が目
源に与える影響は大きいと考えられます。むつ研究
立つ年もありますが、全体的な傾向として、観測を
所が位置する下北半島津軽海峡側は津軽暖流水が
始めた時期から比べ年々低温が現れなくなってきて
大半を占めますが、親潮系の水塊の影響を受けるた
おり、高温になってきています。この傾向は地球温
め環境変動に対して脆弱な海域であると推測されます
暖化に関わっている可能性があります。
(図 5)
。
50
海洋研究開発の新時代
図 7:月別平均を除去し、規格化した海水温偏差の時系列
北海道大学水産学部の練習船「うしお丸」を用い
た津軽海峡東口の断面観測を 2009 年 11 月から始め
ました。この観測は、津軽海峡沿岸観測研究を本格
的に実施するにあたり、基本的な場を理解するための
観測となっています。津軽海峡は、観測が行い難かっ
たことが原因と思われますが、これまであまり多くの
観測が実施されていません。そのために事前調査が
必要となっています。
津軽海峡東口の塩分・温度の断面分布を図 7 に示
しました。11 月は全体的に塩分が高く津軽暖流水の
水で占められています。2 月には塩分が少し低くなり、
また、温度も下がって寒流(親潮)の影響が出始め、
5 月にはその勢力が増しています。8 月には津軽暖流
の勢いが増しているという変動をしている様子が伺え
ます。
津軽海峡東口の環境把握とともに海
浜の生物分布の変動を捉え、環境因子
との関係を明らかにするためにむつ市
ちぢり浜において市民参加型の海浜生
物分布調査を 2010 年 9 月に開始しまし
た(図 9)。今後も津軽海峡の環境計測
とともに生物分布調査を継続することを
計画しています。
図 9:市民参加型の海浜観測会
(むつ市
ちぢり浜)の様子(むつ研究所10 周年
一般公開ポスターから)
51
図 8:津軽海峡東口で観測された塩分
(左列)
・温度
(右
列)の断面分布
上から2009 年 11月、2010 年 2 月、5月、8 月、11月の
断面分布
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
平成 22 年度の主な成果
高知コア研究所
(KOCHI)
概要
とともに、コア試料の分析と研究、保管といったプロ
セスを通して掘削科学研究の中核的研究拠点として
「コア試料」研究の世界的拠点
活動しています。さらに、施設公開や小学校への出
JAMSTEC の 5 番目の拠点である高知コア研究所
前授業等を通して、地域の人々に研究成果を紹介し、
は、統合国際深海掘削計画(IODP)の世界三大コア
科学に対する関心を高める機会を提供しています。
保管拠点の一つとしてコアキュレーション業務を行う
地震断層研究グループ
深部環境下の様々な岩石物性を測定するための装置
の開発にも取り組んでいます。
南海・東南海地 震発生メカニズムの解析を
昨年度から地球深部探査 船「ちきゅう」による
目指して
IODP 南海掘削第 319 次航海に参加して、孔内実験
IODP 南海掘削計画により掘削されたコア試料を
やコア試料をフルに活用して地層中の応力状態の解
用いて、地震断層運動を支配する断層帯とその周囲
明を試みています。今年度はポストクルーズ研究によ
の岩石の摩擦特性や水理学的性質(図 1)の測定を
り地層の変化に伴う応力状態の変化を明らかにしまし
行っています。また、地震挙動に影響を及ぼす地下
た(図 2)
。
図1:南海掘削コア試料を用いて推定した南海トラフ浅部の
水理構造。分岐断層帯とデコルマ帯はともに断層帯の透水
性が低いこと、分岐断層帯は周囲の岩石に比較して断層帯
図2:南海トラフの巨大地震発生帯直上域 C0009 サイトの
の透水性が低いこと、デコルマ帯は深部ほど透水性が小さ
掘削孔のコア試料を用いた非弾性ひずみ回復
(ASR)の測定
くなることが明らかになった。このような断層帯の透水性構
により、被覆堆積物と付加体内の応力状態が異なっている
造は、断層帯近傍に高間隙水圧が保持されることを示唆し
ことが明らかになった
(図2,Lin et al., 2010AGU)
。
ている。
52
海洋研究開発の新時代
同位体地球化学研究グループ
マグネシウム同位体比からさぐる海洋生物の
地震断層における高温の水-岩石相互作用の
炭酸塩骨格の生成メカニズム
検出
海洋生物の骨格をつくる炭酸塩は海水に比べて軽
地震時の断層滑りを促進する可能性のある高温の
いマグネシウム同位体に富む生物学的効果を示すこ
水が、地震断層の過去の活動時に発生したかどうか
とが知られています。深海サンゴと大型有孔虫の高精
を断層岩の化学組成変化に基づいて評価する手法の
度マグネシウム同位体分析により、高マグネシウム方
開発を進めています。分析により、大地震の断層滑
解石の骨格を形成するこれらの生物の場合は、無機
りが伝播する付加体で高温水の発生が確認されはじ
的な沈殿と類似の方法で炭酸塩骨格を形成している
めています(図 4)
。
可能性が高いことがわかってきました(図 3)
。
図 4:房総半島の江見付加体中の断層岩の顕微鏡写真と分
図3:深海サンゴ、大型有孔虫のマグネシウム同位体比と
析結果。リチウム(Li)やセシウム(Cs)の減少などから、地
生育温度との関係
(実線)
。種類や成長速度に寄らず、高マ
震時に 350℃以上の高温水が発生していたことがわかった。
グネシウム方解石の無機的沈殿の場合(破線)とよく似た
現在の南海付加体でも同様のことが起こる可能性がある。
温度依存性を示している。
地下生命圏研究グループ
ロジーなどの最先端の研究手法を用いて、
「世界の果
て」の生命の存在や進化、未知生命の機能や地球
IODP Exp—「世界の果て」
に生命は存在するか?
環境における役割などについて研究を進めています。
地下生命圏研究グループでは、地球上のどの陸域
からも最も遠く、海水の透明度が最も高い南太平洋
IODP Exp. 337下北沖石炭層生命圏掘削調査
環流における地下生命圏調査をすすめています。地
—深部石炭層に支えられた炭化水素循環と
球上で最も表層海水中の光合成基礎生産が低い海
生命活動の解明と地球生命工学の実践研究—
域に、どのような海底下生命圏がひろがっているので
海底に埋没した石炭等の有機物は、地熱や地圧に
しょうか?独自に開発された生命検出・定量システム
よって分解し、石油や天然ガスなどのエネルギー資源
によるコア試料中の微生物量の測定や、同位体地球
の生産に大きく貢献していると考えられています。地
化学・分子生物学を融合した超高感度・高精度分析
下生命圏研究グループでは、日本学術振興会(JSPS)
手法による生命機能の解明、さらに単一細胞からの
による最先端研究基盤事業「海底下実環境ラボの整
ゲノム・同位体研究を可能にするシングルセルバイオ
備による地球科学—生命科学融合研究拠点の整備
53
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
(
「ちきゅう」を活用)
」
(平成 22 ~ 23 年度)の一環
らに、海底下の実環境を再現した条件下で「CO2—
として、下北沖約 80km の海底を、
「ちきゅう」によっ
鉱物—生命」相互作用に関する反応実験を行い、地
て科学海洋掘削における世界最高深度である 2200m
下微生物による炭素循環を伴った、エネルギー再生
以上掘削し、約 5000 万年以上前の深部褐炭層と表
型の地層中の二酸化炭素隔離(バイオ CCS 構想)
層の天然ガスやメタンハイドレートとの関連性や、有
に関する地球生命工学的な研究を展開しています。
機物の分解プロセスに関連する地下微生物作用につ
いて、最先端の地下生命圏研究を進めています。さ
図 5:IODP 第 329次研究航海の南太平洋環流域における
掘削予定地点と、大陸沿岸域における従来までの地殻内
生命圏に関する掘削調査地点
図 6:最先端研究基盤事業によるIODP 下北沖石炭層
生命圏掘削調査の概要
科学支援グループ
プ支援では、海底下堆積物における微生物の細胞
数計数の高精度化および高感度化に関する手法の開
科学支援グループでは 3 種類のサービスを高知
発や海底下微生物からのアルカリ溶液を用いた DNA
コア研究所内を含む、国内外に提供しています。
の抽出などに取り組んでいます。なお、これらの成
研究支援・技術開発サービス
果については、学会を通じて公表もしています。
高知コアセンター内はもちろん、外部利用も含め、
アウトリーチでは、高知県高等学校理科部会研修
研究者のニーズに基づいた支援サービスを提供して
会の講師を務めたり、野外調査の補助として、安芸・
います。支援では、物性・化学・微生物学などの分
芸西・中土佐のルートマップの作成などを行なったり
野において、試料の前処理や作製から測定、データ
しました。また、毎年、コア解析スクールの講師も
解析まで一連の作業を行っています。
務めています。
地震断層研究グループ支援では、高速破壊すべり
JAMSTECコアキュレーションサービス
に関する実験、熱伝導率や間隙率などの物性計測な
どを行っています。同位体地球化学研究グループ支
JAMSTEC のコア試料は、日本近海を含む太平
援では、炭酸塩のホウ素同位体測定において、これ
洋近傍で採取されたピストンコアを主とするコレクショ
までに確立した手法の標準化や新しい測定方法の開
ンであり、IODP に次ぐ国内最大の海洋底コア試料コ
発に取り組んでいます。また、地下生命圏研究グルー
レクションとして、研究・教育向けの利用に公開され
54
海洋研究開発の新時代
ています。現在、JAMSTEC コア試料キュレーショ
撮影された X 線 CT 画像ファイルにウェブからアクセ
ンチームでは、コア試料の微化石年代情報をオンラ
スできる Virtual Core Library(http://www.kochi-
インデータとして試料利用者に公開するため、データ
core.jp/VCL/)を設置しました。また、急速に進歩
の分析と検討を進めています。
しつつある海底下生命圏研究のために船上で採取さ
IODPコアキュレーションサービス
れた試料(Routine Microbiological Sample : RMS)
を極低温(-80℃と -160℃)かつ外部からの汚染を防
2009 年 12 月に実施されたベーリング海掘削試料
止した環境下での保管・管理を開始しました。
から、一つの航海のために行われた陸上サンプリン
グ数としては過去最大の合計約 53,000 試料を採取し
9 カ国の研究者へ発送しました。
「ちきゅう」船上で
写真1:高知県高等学校理科部会研修会での
巡検の様子
写真 2:横須賀本部やむつ研究所に保管されていた
JAMSTECのコア試料は高知コアセンターに集約され、
公開準備が進められている。
写真 3:専用冷凍タンク
(-160℃設定)に収められる
RMSの様子
55
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
平成 22 年度の主な成果
海洋工学センター(MARITEC)
概要
大深度高機能無人探査機技術については、
7,000m
海洋工学センターは、海洋に関係する先進的技術
以深の大 水深で海底探査など高精度な重作業を
の研究開発、船舶・観測機器・研究施設設備の運用・
可能とする次世代型の技術を開発しています。2010
管理・機能向上などの研究支援、及び、技術者の
年度、大深度潜航技術に関する開発として、高強度
育成に関する活動を行っています。
低比重浮力材の試作試験、母船と探査機を繋ぐ高
強度軽量ケーブルの海域評価試験、水中部の回転す
基盤技術開発について
るケーブルドラムに用いる光ロータリージョイントの
次世代型巡航探査機技術については、長時間・
海域評価試験を実施しました。また、推進システム
長距離の自律無人航走が可能で、資源探査装置等
について、フリッパー・スライダー複合式クローラに
を搭載し、熱水鉱床など鉱物資源の調査を行う技
よる海域試験を実施して走行性能を検証し、有効
術を開発しています。2010 年度、深海自律型無人
性を確認しました。さらに、作業マニピュレータ技
探査機「MR-X1」をテストベッドとして用い、動力源
術について新機構ハンドの設計、画像技術につい
として従来品の1.7倍の容量を持つ深海用リチウムイ
ては全周囲画像システムの試作を行いました。今後、
オン電池を、航法装置として従来品の約半分のサイ
開発した要素技術を適用した大深度高機能無人探
ズの小型慣性航法装置を、制御システムとして CPU
査機の建造を目指します。
の負荷を低減しシステム全体の信頼性を向上させる
分散制御 CPU システムを、また画像システムとして
3 次元ステレオ視計測が可能な高機能画像システム
を実海域において試験し、その有効性を確認しまし
た。また、通信技術については、音波の位相共役
現象を利用した水平方向 1,000km の長距離音響通
信に成功しました。近距離通信についても、800m
の距離で 80kbps の速度の通信に、600m の距離
では 120kbps の速度の通信に成功しました。今後、
開発した要素技術を、逐次、開発中の実用機に適
用していきます。
図 2:大深度高機能無人探査機
先進的海洋技術として、次世代の海洋観測・探
査に必要な基盤技術を研究開発しています。2010
年度、
「M R-X1」で撮影された海中ハイビジョン映
像を超高速インターネット衛星「きずな」を利用して
JA X A 筑波宇宙センターへリアルタイム中継する洋
上船舶伝送実験を実施しました。また、7,000m 以
深の高水圧・低温環境下における観測・作業用の
水中機器の構造材として炭素繊維・金属の複合材
やセラミックス材料を利用した新素材の設計、観測
現場において自律的に計測・判断するシステムの開
図1:次世代型巡航探査機
発等を行いました。
56
海洋研究開発の新時代
めの内外調整等を行っています。さらに、外部資金
による受託航海を実施する他、一般公開、体験乗
船も実施しました。成果報告会も毎年実施しており、
本年度は、2011 年 3 月に「ブルーアース’11」を開
催し、併せて「『しんかい 6500』就航 20 周年記念
シンポジウム」を開催します。2010 年度、
「なつしま」
は計 289 日、
「かいよう」は計 249 日、
「よこすか」
は計 264 日、
「かいれい」は計 283 日、
「みらい」は
北極海への航海を含め計 288 日の航海計画に基づ
いて航海を実施中です。
図 3:海中ハイビジョン映像を衛星経由で送る洋上船舶
伝送実験
学術研究に関する船舶の運航等の協力に
ついて
2004 年に東京大学海洋研究所から移管された
学 術研究船「白鳳丸」、
「淡青丸」について、研
究船共同利用運営委員会が策定する計画に基づき、
運航・管理を行っています。2010 年度、
「白鳳丸」
はインド洋から南極海、チモール海にかけての航海
を含めて計 305 日、
「淡青丸」は計 295 日の航海
計画に基づいて航海を実施中です。また観測技術
員を配置して両研究船の観測等業務を支援してい
図 4:2010 年度研究調査船航跡図
ます。
深海調査システムについては潜 水調査 船 や無
研究調査船、深海調査システム等の供用
人探査機などの運用や機能向上に取組んでいます。
について
2010 年度、有人潜水調査船「しんかい 6500」
、深
海巡航探査機「うらしま」、無人探査機「ハイパー
研究調査船の「なつしま」
「
、かいよう」
「
、よこすか」、
「かいれい」、
「みらい」については、JAMSTEC で
ドルフィン」・「かいこう 7000 Ⅱ」について公募によ
実施する研究開発の計画と、外部有識者による海
る運用を実施しています。
「ハイパードルフィン」は
洋研究推進委員会が公募した利用研究課題から策
紀伊半島沖熊野灘で地震 ・ 津波観測監視システム
定した運航計画に基づき、運航・管理を行っていま
のケーブル展張作業を行いました。また「しんかい
す。また、運航に際して必要な漁業関係者等との調
6500」は推進システム及び耐圧殻内機器換装等に
整、他国排他的経済水域内での調査許可取得のた
よる機能向上を図りました。
図 5:
左:
「しんかい 6500」
右:
「うらしま」
57
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
異常気象を引き起こすエルニーニョ/ラニーニャ
現象やダイポール現象などのメカニズムを解明する
ため、大気海洋状態をモニターする係留型の海洋
観測ブイシステムを設 置しています。西太平洋で
TRITON ブイ 15 基を、インド洋で小型・軽量タイプ
の m-TRITON ブイ 3 基を運用し、取得したデータ
をインターネット等で公開しました。また、極域に近
い南大洋で運用するブイを開発し、2011 年 2 月まで
北海道襟裳岬沖で試験係留を実施しました。
研究者および技術者の養成と資質の向上
について
潜水業務者への潜水訓練、地球深部探査船「ち
図 6:m-TRITONブイ及び TRITONブイの展開
きゅう」乗船者等へのヘリコプター水中脱出訓練、
「海洋技塾」での支援技術員への技術研修等、乗
船研究者への洋上安全訓練を実施しました。
図 7: 左上:人形を使っての救助訓練
右上:ヘリコプター水中脱出訓練
右下:洋上安全訓練
左下:海洋技塾
58
海洋研究開発の新時代
平成 22 年度の主な成果
地球シミュレータセンター(ESC)
地球シミュレータについて
地球シミュレータは、2002 年の運用開始から 2
年半の間、TOP500 スーパーコンピュータランキン
グで 1 位に認定され、その性能によって地球科学
ならびに関連科学技術の発展に多くの貢献をして
きました。2009 年 3 月には新システムへの更新が
完了し、131TFLOPS(1TFLOPS は毎秒 1 兆回の
浮動小数点演算速度)の理論ピーク性能と高い実
効性能で、様々な物理現象が複雑に絡み合う気候
変動や地球温暖化などの海洋地球科学分野を中心
図 2:MSSG を用いた東京都有楽町周辺の 2005 年 8 月5
に、産業利用等を含め幅広く研究開発に利用され
日15:00 の大気の状態を、5m の計算格子でシミュレー
ションした 3 次元温度分布の様子。ヒートアイランド現象
ています。プログラム実行環境の向上により、昨年
のメカニズム解明や都市のクーリングのための適応策の
の H PC チャレンジアワードの性能測定結果を更新
提案、および定量的な効果評価への応用が期待される。
し、Globa l FF T(高速フーリエ変換の総合性能)
の指標で 11.88TFLOP S となり、世界第一位を獲
得しました。これは、理論ピーク性能では 17.8 倍
の米国オークリッジ国立研究所「Jaguar」の性能
10.70TFLOPS を超えた結果となります。また、EP
STREAM(Triad)per system(多重負荷時のメモ
リアクセス速度)は去年と同じく第三位の表彰を受
けました。
図 3:雲の生成プロセスの解明とモデル化は、降雨予測
へ影響を与えるため、MSSG のモデル高度化のテーマの
一つである。MSSGでは、雲を構成するひとつひとつの
雲粒子とそれらの相変化を雲粒の衝突を考慮してモデ
ル化している。MSSG を使用したミュレーションにより
再現された雲の様子を表す。
を、様々な時空間スケールで捉える事が可能な、加
えて、気象~気候変動現象までをシームレスに予測
可能なモデル The Multi-Scale Simulator for the
図1:地球シミュレータ
(新システム)
Geoenvironment(MSSG:メッセージと呼ぶ)の研
究開発に取り組んでいます。例えばエルニーニョな
マルチスケールモデリングの研究
どの全球に影響を及ぼす気候変動現象が起こって
地球 上の気象や気候現 象は、大気、海洋、陸
いるときに、日本領域や都市域がどのような影響を
面、海氷、生態などの自然環境に加え、人間活動
受けるのかを明らかにするためには、全球から都市
から排出される多くの化学物質など、 それらの複
までを一度にシミュレーションすることが必要になり
雑な相互作用を通して成り立っています。マルチス
ます。これを実現するためには、モデルの高度化と
ケールモデリング研究グループは、その複雑な現象
ともに、地球シミュレータを最大限に活用できるアル
59
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
ゴリズムや並列計算手法を同時に研究開発する必要
化し効率よく有用な情報を引き出すための、大規模
があります。MSSG は、雲を解像可能な非静力学を
並列可視化、仮想現実可視化(図 4)、可視化表現法、
扱う大気と海洋、陸面、海氷を結合したモデルです。
および知的可視化(図 5)等の先進的な可視化手法
MS S G に含まれているダウンスケーリング手法を用
の研究を進めています。
いて非常に詳細な情報予測を、温暖化適応策など、
地球流体シミュレーションの研究
社会貢献へ直接結びつけることが可能な予測モデル
地球流体シミュレーション研究グループでは、気
として、さらなる高精度化を進めています。
候変動とその予測可能性の理解を向上するため、海
高度計算表現法の研究
洋モデル、大気モデル、大気海洋結合モデルを用
シミュレーションデータをグラフィカルに表現する
いてシミュレーション研究を行っています。ここで
科学的可視化技術は、シミュレーションを視覚的に
は、海洋表層で観測されている数 km 程度の海洋
把握するための必要不可欠な手段です。シミュレー
微細構造の研究のために実施している超高解像度
ション技術と車の両輪の関係にあるこの可視化技術
の海洋モデルによるシミュレーション結果を紹介しま
は、シミュレーション技術と同歩調で高度に発展す
す。近年の衛星観測による高解像度の海面の温度
ることが求められます。高度計算表現法研究グルー
や海色データから、100 km 程度の中規模渦の中に
プは、地球シミュレータを用いた大規模シミュレー
更に小さな数 km 程度の小さな渦やフィラメント状
ションによって得られる膨大なデータを高速に可視
のサブメソスケール現象が観測されるようになってき
ました。この海洋の微細構造は、活発な鉛直運動
を伴うために、海洋表層の黒潮などの海流および植
物プランクトンなどの海洋生態系の基礎生産に大き
な影響を与えていると考えられています。そこで我々
は、超高解像度の海洋大循環モデ OFE S を用いて、
数 km 規模のサブメソスケール現象を再現できる北
太平洋シミュレーションに挑戦しています。水平解像
度 3 km のシミュレーションでは、黒潮や対馬暖流
に沿った渦やフィラメント状のサブメソスケール現象
が表現できるようになりました(図 6)。この結果は
図 4:仮想現実可視化装置 BRAVE による地球ダイナモシ
ミュレーションの3 次元可視化の様子。仮想空間内での
リアルタイム等値面再構成を実現させるために汎用 GPU
処理
(GPGPU)を併用して高速化を実現した。
現在、JAMSTEC の地球環境変動領域、国際太平
洋研究センター(I PRC)、フランス国立海洋研究所
(I FR EM ER)などとの協力のもと、精力的に解析
が進められています。
図 5:地球磁気圏 MHD(磁気流体力学)シミュレーション
によって計算された磁場構造の可視化。知的可視化の代
表的な手法であるビジュアルデータマイニングによって、
地球磁気圏ダイナミクスに影響を与える特徴的な磁力線
の自動的な抽出や、3 次元トポロジーの分類を行っている。
図 6:超高解像度の北太平洋シミュレーションで再現され
:
たサブメソスケール現象(図は海面の相対渦度(10 -5 s-1)
60
回転の向きと強さを表す量)
海洋研究開発の新時代
観測システム設計手法開発研究チーム
シミュレーションの応用研究
観測とシミュレーションとを融合する世界最先端
地球シミュレータの産業界での研究・開発、設計・
のアンサンブル解析システムを開発し、これを用い
製造への活用を促進するため、文部科学省の先端
た観測システムの最適化や予測可能性について研究
研究施設共用促進事業による補助を受けた成果公
しています。このチームには、地球シミュレータセン
開型有償利用事業を実施しています。2010 年度は、
ターの研究者だけでなく、地球環境変動領域の複
流体、ナノ材料、環境負荷低減、バイオ、防災など様々
数のプログラムからも研究者が参加しています。ま
な分野にわたる 13 課題を採択し、技術支援を実施
た、メリーランド大学および同志社大学の研究者の
しています。
協力を受けて研究を実施しています。アンサンブル
その一例として、東洋電機製造株式会社による
「三
解析システムから得られる誤差は、観測密度だけで
次元有限要素法による回転機の高速高精度数値解
なく、大気の流れに応じて日々変化します。既存の
析技術の開発」を紹介します。国内の消費電力の
解析手法では得られなかったこのような誤差は、ど
うち、50%以上が回転機(モーター)によって消費
こを観測すれば効果的かを示すため、観測システ
されていると言われています。回転機の効率改善は、
ム設計に利用できます。2010 年度は、機構が実施
環境問題において避ける事の出来ない重要課題の
した観測の評価をするために、2008 年 1 月からの
一つです。本課題では、岐阜大学および海洋研究
全球アンサンブル大気解析 A LER A2 を開始しまし
開発機構と共同して、これまで困難とされてきた三
た。計算中の ALERA2 の中から、2008 年 2 月 23
次元有限要素法による電磁界解析プログラムの並列
~ 24 日に強風や大雪をもたらした低気圧を例として
化に成功し、大規模な磁界解析を高速に行なうこと
図 7 に示します。我々の解析でも、観測された 20
が可能になりました。
m/s を超えるような強風(矢印)が再現されています。
図 8 は IPM モーターの解析モデルです(「地球シ
10 m 風の誤差は、低気圧中心付近で大きくなって
ミュレータ産業利用シンポジウム 2010 発表資料集」
います(色)。なお、この領域は、親潮に伴って海
より引用)。IPM(Interior Permanent Magnet:永
面水温が南北に大きく変化しており、大気海洋相互
久磁石埋込型)モータは、ロータ(回転子)の内部
作用が活発であると考えられています。今後、大気
に永久磁石が埋め込まれ、電流位相を制御するこ
海洋相互作用の解明を目指した集中観測を実施し、
とで高トルク運転や広範囲な速度での運転が可能で、
観測の効果を検証していく予定です。
省エネルギー、高効率なモータであり、電気自動車
やハイブリッド自動車、高性能エアコン、産業用大
型モータ、電車用モータ等で近年その利用が急速に
拡大しています。モーターの重要な技術的課題の一
つとして、回転子が偏心したときのトルク低下をどう
やって抑えるかという問題があります。従来は 1/48
領域モデルで偏心のない状態での計算が限界でし
たが、地球シミュレータ上で領域分割法による並列
化と高速化に成功したことで、1/1 領域モデル(フ
ルモデル)での斜態偏心の問題が数日で計算可能
となりました。これは、高効率な回転機の設計・開
発への応用として大きな前進です。
図 7:2008 年 2 月23日 18 UTC(世界協定時、日本時 24
日3 時)における地上10 m 風速
(m/s, →)及びその誤差
(m/s, 色)並びに海面水温
(℃ , 等値線)
61
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
図 8:IPMモーターの解析モデル
新たな視点からの企業との共同研究
地球シミュレータの有償利用制度について
地球シミュレータセンターでは JAMSTEC の地球
地球シミュレータの利用では原則として利用者情
内部ダイナミクス領域と協力し、株式会社 DNP ファ
報や研究概要が公表されますが、それらが公表さ
インケミカル(旧名:ザ・インクテック株式会社)と
れない非公開型の「成果専有型有償利用」制度も
インキの複雑な運動をコンピュータ上に再現するた
実施しています。この制度では、ユーザのプログラ
めの技術に関する共同研究を実施しており、昨年
ム開発支援、チューニング等の技術支援を行ってい
度、世界初のインキのシミュレーションソフトウェア
ます。さらに、有償利用契約以前に地球シミュレー
のプロトタイプを開発しました。このソフトウェアに
タでのシミュレーションを試行できる無償の事前評
より、従来の数値流体力学的手法では扱うことが困
価制度(Trial Use)も用意しています。
難だったインキの複雑な振舞いのシミュレーション
が可能となり、現在、実際的なパラメータを探すた
め、実験による結果との検証を行っています。今後、
高速印刷時におけるインキ剥がれの防止など、印刷
の品質管理向上につなげるとともに、地殻・マント
ルが連動して流れたり割れたりするシミュレーション
等への幅広い応用にもつながることが期待されます。
62
海洋研究開発の新時代
平成 22 年度の主な成果
地球情報研究センター(DrC)
概要
しました。これらのデータはそれぞれの航海のデー
タ公開ページから公開されます。
地球情報研究センターは、JA MSTE C が取得す
るデータやサンプル情報の管理・公開のための機能
航海以外で JAMSTEC が実施した調査・観測に
を整備すると共に、様々なデータを統合することに
ついては、実施した研究者がデータの保管・公開
より新たな価値を生み出す付加価値データや、教育・
を行うこととなっていますが、メタデータについては
研究および社会経済のニーズに対応した実利用プロ
データ管理技術グループが一元的に管理・公開しま
ダクトの開発・提供を行うこととなどを目的に 2009
す。本年度は陸域の調査・観測について収集するメ
年 4 月に発足しました(図 1 参照)。データ技術開
タデータの項目、公開方法等を決定し、メタデータ
発運用部は横浜研究所においてデータやサンプル
の収集を開始しました。収集したメタデータは「デー
情報の受領、保管、品質管理ならびに付加価値プ
タ検索ポータル」に登録し、陸域気象観測、陸域
ロダクトの作成を、国際海洋環境情報センターは沖
植生観測等に分類して公開します。
本年度の航海からは、各船舶に装備されている
縄県名護市において様々なデータや映像情報の公開
基本的な観測機器は可能な限り常時稼働させること
と理解増進活動を行っています。
となりました。取得したデータは定常観測データと
して基本的な品質管理を行った後、各航海のデータ
公開サイトで公開します。
図1:地球情報研究センターの組織図
データ技術開発運用部 データ管理技術
グループ
海洋データの管理・公開
データ管理技術グループでは、関連部署と連携し
図 2:岩石サンプルデータベースと薄片写真
て、JAMSTEC の船舶で取得された各種観測デー
タの収集・保管から品質管理、公開・提供までを担
当すると共に、その他の観測についてはメタデータ
の管理・公開を行っています。
「データ・サンプルの取り扱いに関する基本方針
(データポリシー)」及び関連規程類では、データを
取得した研究者は公開猶予期間内に補正等の事後
処理を行ったデータを提出することとなっています。
2008 年度の航海から上記のルールが適用されてお
り、本年度公開猶予期間が順次終了しています。デー
タ管理技術グループでは事後処理済みのデータの
提出依頼を行い、データとメタデータの受取を開始
63
図 3:JAMSTECコアデータサイト
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
船舶取得データについては、本年度はドップラー
航海の情報や、高解像度のサンプル写真を公開しま
レーダーや磁力計のデータ公開方法の検討を進めて
す(図 3)。生物サンプルについては海洋生物サンプ
います。また、過去航海のクルーズレポートについ
ルデータベースの運用を行うと共に、サンプルの出
てもサイトでの公開を進めました。
現情報を BISMaL に提供し始めました。
サンプルについては、岩石の取得情報や分析デー
また昨年まで G ODAC(国際海洋環境情報セン
タを公開する GANSEKI データベースで岩石の薄片
ター)にて実施していた、潜水船が撮影したビデオ
写真の公開を開始(図 2)すると共に、引き続き国
映像のデジタル化(エンコード)を横浜研究所で開
際的なポータルサイトへのメタデータの提供を行って
始し、テープの輸送リスク軽減と作業効率化を図り
います。コアサンプルについては、過去の所内利用
ました。
データ統合・解析グループ
海洋データ管理・提供システムの開発
データ統合・解析グループでは、JA MSTE C の
船舶で取得された各種観測データの管理や提供・公
開を行なうためのシステム開発や機能強化を行って
います。本年度、各データ公開システムで共通する
航海・潜航などのメタデータを一元管理するための
システムを開発すると共に、各データサイトやデータ
セットを分野ごとに区分して、検索するためのカタロ
グシステムの構築を行っています。
海洋生命情報バンクの構築
図 4:BISMaL表示画面
データ統合・解析グループでは、GODAC や海洋・
極限環境生物圏領域 海洋生物多様性研究プログラ
それを用いた付加価値プロダクトの創生に取り組ん
ムと協力して、海洋生物の多様性・分布情報を扱う
でいます。現在、海洋・大気、化学物質、さらには
統合データ提供サイト「海洋生命情報バンク基盤シ
生態系の状態を全地球スケールで捉えることを目指
ステム(BISMa L)」
(図 4)を開発しています。本
した統合プロダクトを作成し、温暖化の監視や水産
年度は、国際共同プロジェクト「海洋生物のセンサス
資源管理への応用、海底観測網データと陸上地球
(CoM L)」における海洋生物情報システム(OBIS)
観測データの融合データベース化を進めています。
とのオンラインデータ連携機能を構築すると共に、
データ管理機能の拡充を実施しています。
データ統合・解析システム
また、海洋生命情報バンク基盤システムと連携し
データ統合・解析グループでは東京大学からの
ている映像情報データベースの再構築や海洋生物サ
受託業務としてデータ統合・解析システムを実施し
ンプルデータベースの機能強化を行っています。
ています。ユーザアンケートの結果を反映し、海洋
付加価値・実利用データの創生
再解析データ、ユーラシア寒冷圏の陸面過程データ
異種の地球観測データ、さらにはそれらとシミュ
セット、20 世紀前半の台風経路データセットなどに
レーションモデルとを融合した統融合データベースと
ついて、可視化機能やデータダウンロード機能を強
64
海洋研究開発の新時代
気候変動に伴う水産資源・海況変動予測技
術の革新と実利用化
本年度より文部科学省からの受託業務として、地
球温暖化による気候変動に伴う水産資源及び海況
変動の適応策立案に必要となるダウンスケーリング
及び大気・海洋・生態系データ同化システムの開発
を行っています。また、開発したシステムを活用し、
アカイカを対象とした漁場探索技術及び水産資源変
動推定の手法開発を行います。
図 5:MAPS 表示画面
化し、2010 年 11 月に MAPS(My Atlas and Plot
Service)としてウェブサイトをリニューアルしました
(図 5)。また、東京大学に導入されたデータ統合・
解析システム上に、メタデータを簡単に登録できる
ドキュメント・メタデータ構築ツールを共同開発し、
データセットおよびメタデータの登録を行い、2010
年 10 月からデータセットが公開されています。
特に、気候変動データ整備の一環として、1980
年から現在までの観測データと数値モデルを用いて
得られた結合再解析データを作成するとともに、プ
ロダクトの水産資源管理への応用を念頭において、
エルニーニョやインドモンスーンなどの予測実験を行
図 6:4D-VAR大気・海洋結合再解析を初期値とした2010 年
い、その精度向上を図っています(図 6)。
の予測結果。
(上)エルニーニョ指数(NINO3領域における海
面水温偏差)及び(下)力学的インドモンスーン指数の月別時
系列。折線は各アンサンブル実験の結果、○・△は観測値
国際海洋環境情報センター(GODAC)
による提供を進めるとともに、海洋科学技術の理
解増進のための施設・設備の無料開放や各種イベン
国際海洋環境情報センターについて
トを開催しています。
地球情報研究センターの情報発信の拠点であ
る国際海洋環境情報センター(GODAC:ゴーダッ
ク)は、沖縄県名護市豊原にあります。GODAC
の施設は、名護市が推進する沖縄県北部地域での
情報通信関連企業の誘致、雇用創出及びマルチメ
ディア分野の人材育成促進を目的として整備さ
れ、JAMSTEC が 2001 年より運用業務を開始し
ました。2010 年 11 月 24 日には創立 9 周年を迎
えています。
GODAC では、貴重な深海映像等の資料のデジ
図 7:GODAC外観
タル化、整理保存(デジタルアーカイブ)、Web
65
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
デジタルアーカイブとデータ公開
み・春休み期間のうみの工作教室や、GODAC 所有
の水中 TV カメラロボット「ニライカナイ 150」によ
JAMSTEC が保有する「しんかい 6500」などの潜
る操縦体験などを実施しました(図 10)。
水調査船、無人探査機などにより撮影された貴重な
さらに、沖縄のサンゴ礁海域の日々の姿を写真や
深海の映像を、関連情報や映像の説明(インデックス)
水中 TV カメラロボットで撮影した映像などを公開し、
を付けて深海映像データベースで広く公開しています。
研究者だけでなく青少年や一般の方々にサンゴ礁を理
また JAMSTEC が発行する「BlueEarth」などの刊
解していただくことを目的に開設した「サンゴ礁ネット
行物や、航海報告(クルーズレポート)
、潜水調査船
ワークWeb システム」
(URL:http://coral.godac.jp/)
の航跡図などのデジタル化・公開も行っています。
では、2010 年 12 月現在で約 750 件の写真や映像を
本年度は、映像データに加えて静止画像データに
公開するとともに、子供向けのサンゴ礁紹介ページ「さ
ついてもインデックスを付与する作業を開始し、約
んごきっず」や、JAMSTEC の研究成果である「石西
8,000 コマについて撮影された生物種や地形的特徴
礁湖における調査・研究」ページを公開しています。
などの説明を入力しました。映像データの保管に使
2010 年度は、7 団体 14 名の職場体験学習・イン
用している大容量ストレージについては本年度末で
ターンシップを受け入れるともに、内閣府が行う「ア
メーカーのサポートが受けられなくなることから、新
ジア青年の家」事業や、名護市で行われた「全国
システムを導入し、映像データの移行を行っています。
鯨フォーラム 2010 名護」鯨祭りイベントなどの各種
2009 年に公開された海洋生命情報バンク基盤シ
イベントに出展・協力するなど、海洋科学技術の理
ステムである BISMa L への生物分類情報の登録を
解増進を進めています。
進めると共に、生物地理情報を公開している国際的
なデータベースである OBIS に対してメタデータの提
供を開始しました。
また、岩石サンプルデータベースやコアデータサイト
の機能向上を実施しました。
沖縄県における海洋科学技術の理解増進と
地域貢献としての普及啓発活動
G ODAC では、海洋科学技術の理解増進を目的
として、講義室や映像システム等の各種施設・設備
の開放を行うともに、施設一般公開やセミナー(開
所以来 36 回開催)を開催しました。
来 館 者 数 は、2001 年 11 月 24 日の 開 所 以 来、
2010 年 8 月には 10 万人を達成し(図 8)、2010 年
11 月末現在で 107,187 人となりました。
また、海に関する普及啓発活動として、ビーチコー
ミング、海洋観測実習、プランクトン観察などの海
洋教室(通算 13 回、2010 年度 3 回)
(図 9)、夏休
図 9:2010 年12 月に行われた海洋教室
図 8:10万人目の来館者となった名護市東江区学童園の皆さん
66
図10:一般公開での操縦体験の様子
海洋研究開発の新時代
平成 22 年度の主な成果
地球深部探査センター(CDEX)
概要
的としています。本計画は全体を 4 段階(ステージ)
地球深部探査センターは、日米主導の国際プロ
に分け、ステージ 1 を 2007 年 9 月 21 日から 2008
ジェクトである統合国際深海掘削計画(IODP)にお
年 2 月 5 日まで実施しました。本年度はステージ 3
ける主要な実施機関として、IODP の国際枠組みの
およびステージ 2 に位置づけられる 3 研究航海(第
もと、地球深部探査船「ちきゅう」を安全かつ効率
326 次、第 332 次、第 333 次)を実施しました。
的に運航しています。同時に、
「ちきゅう」から得た
研究データ等のデータベースを充実させ、データを
適切に管理・提供することで、乗船研究者や IODP
関連研究者が最大限の能力を発揮できる環境を整
備するなど科学支援を行っています。また、IODP
の目標達成のため、次世代海洋探査技術と位置づ
けられている、
「深海底ライザー掘削技術」の開発・
図 2:南海トラフ地震発生帯掘削計画 概要図
技術の蓄積を推進しています。
第 326 次研究航海成果
1.南海トラフ地震発生帯掘削計画
本研究航海では、巨大地震を繰り返し起こしてい
本計画では、地球上で最も活発な巨大地震発生
る地震発生帯直上(C0002 地点)にて、水深 1,939
帯の一つであり、東南海地震等の巨大地震震源と
m において、海底下 872.5m まで掘削を行い、掘削
想定される紀伊半島沖熊野灘の巨大地震発生帯を
孔壁を保護するための鋼鉄パイプを設置し、パイプ
掘削し、地質試料の採取を行うとともに、掘削孔内
上部(海底面)に孔口装置を取り付けました。今後、
で様々な計測を実施し、プレート境界断層における
超深度ライザー掘削により、海洋地殻が沈み込むプ
地震発生条件及び地震・津波発生過程の解明を目
レート境界面(海底下 6,000m 〜 7,000m と予想)
を掘りぬき、巨大地震発生帯からの断層物質の採
取とひずみ等の現場モニタリングを目指します。
第 332 次研究航海成果
本研究航海では、国家基幹技術である 「 海洋地
球観測探査システム」 の一環として開発した長期孔
内観測装置の設置を行い、以下の成果を得ました。
①地震発生帯直上における長期孔内観測装置
の設置
地震発生帯直上(C0002 地点、水深 1,937.5m)
において、南海掘削における最初の長期孔内観測
装置の設置に成功しました。この長期孔内観測装置
は、熊野海盆の海底下約 1km に到達する掘削孔内
の約 750-940m の深度に地震・地殻変動などを観
測する複数のセンサー((1)歪計(2)傾斜計(3)温
度計(4)間隙水圧計(5)広帯域地震計(6)短周
期地震計(7)強震計)を設置固定し、ケーブル等
によって接続したものです。
図1:南海トラフ地震発生帯掘削計画 調査海域図
67
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
第 333 次研究航海
設置に成功した長期孔内観測装置は、孔内の安
定した地層内にセメントで固定しており、これまでの
第 333 次研究航海では、巨大地震発生メカニズ
ような軟らかい堆積層の上で行う観測と比べ、地震
ムの解明を目的として、フィリピン海プレート(海洋
断層やその周辺の地殻の微小な変動をより高感度か
プレート)がユーラシアプレート(大陸プレート)に
つ高精度に観測・監視することができます。
沈み込む直前の地点で表層堆積物の採取を行うとと
もに、熱流量の測定を実施しました。
②巨大分岐断層最浅部における一時的孔内観
測の実施
まず、海底地滑りに伴って運び込まれる表層堆積
物の実態を解明するため、C0018 地点において地
第 319 次研究航海時に掘削した巨大分岐断層最
震に起因する海底地すべり堆積物を海底下 314.2m
浅部(C0010 地点、水深 2523.7m)では、第 319 次
まで掘削し、この地層の柱状地質試料(コア)の
研究航海で設置した装置の回収に成功し、設置から
採取、分析を行いました。
約15ヶ月間の孔内間隙水圧・温度に関する良好なデー
さらに、巨大地震発生帯を構成する物質の初期
タが得られました。回収された記録からは、予想され
状態を知るために、平成 21 年 9 月から 10 月にかけ
ていた地層間隙水圧の潮汐に対する応答のほか、環
て実施した第 322 次航海に引き続き、フィリピン海
太平洋域で発生した地震・津波の形跡やそれに伴う
プレートが沈み込む南海トラフよりも沖合にある四国
地殻の変形を示唆する結果が得られています。
海盆の C0011 地点および C0012 地点の 2 地点にお
また、今回は間隙水圧・温度計に加え、地震の
いて、表層堆積物およびその下の玄武岩をそれぞれ
発生によって引き起こされると考えられている地層内
海底下 380m および 630.5m までライザーレス掘削
流体の変化の把握に必要な採水機能、さらに微生
し、コアを採取しました。同時に掘削孔内において
物の採取・現場培養機能を追加した観測装置の設
高密度で地層温度の計測を実施し、物質変化に大
置にも成功しました。本装置を用いて、次回この地
きな影響を与える熱流量を見積もりました。
点に長期孔内観測装置を設置するまでの間、孔内
観測を続けます。
今後の計画としては、巨大分岐断層最浅部(C0010
地点)にも長期孔内観測装置を設置し、同地点に
おいても分岐断層のモニタリングを行う予定です。
さらに、東南海地震震源域周辺の地震・津波の
監視を目的として紀伊半島熊野灘に設置している海
底ケーブル地震・津波観測ネットワーク(DON E T)
図 4:海底地すべり体内部の変形構造(水深 3084m、
海底下 139m)
に長期孔内観測装置を接続し、海底および海底下
2. 沖縄熱水海底下生命圏掘削-1
の総合観測ネットワークにより東南海地震震源域に
第 331次研究航海
おけるリアルタイムの観測・監視を実現します。
熱水活動域の海底下における微生物群集の規模
および生態系の実態を世界に先駆けて解明すること
を目的として、沖縄トラフ伊平屋北熱水域の 5 地点
において掘削を実施し、以下の成果を得ました。
①海底下に広がる熱水帯構造と熱水変質帯の
発見
高温熱水噴出の活動の中心から約 100m 東に離
れた地点(I N H-4D)、およびさらに東に 350m 程
度離れた地点(I N H-5D)の 2 地点において、掘削
図 3:長期孔内計測装置の設置の様子
68
深度に対し予想を超える温度上昇がみられると共に、
海洋研究開発の新時代
③海底下で形成中の黒鉱採取の成功
熱水変質硫酸塩鉱物を含む火山性堆積物を回収し
ました。また、海底下には、水平方向に流れる複数
採取されたコアには、熱水の作用によって生成さ
の熱水を発見しました。これは、伊平屋北熱水域
れた金属硫化物からなる多様な硫化鉱物が観察さ
の東側海底下には、幾重にもおよぶ海水を通さない
れ、その分布・組成を明らかにする発見がありまし
岩石が続く地層構造に閉じ込められた高温熱水が
た。これまでも、熱水マウンドと呼ばれる、海底の
滞留することによって、海底下に流れる熱水と地層
高温熱水を噴出域やその基部(I N H-1D および C)
中を浸透してきた海水が混合してできた元々とは異
に黄鉄鉱、閃亜鉛鉱、方鉛鉱、銅藍、黄銅鉱を含
なる性質の熱水が存在していることを示します。さ
む大量の硫化鉱物が存在することは知られていまし
らに、その熱水が岩石と反応し、熱水変質帯と呼
たが、特に、熱水変質帯が認められた 2 地点(INH-
ばれる地層が形成していることがわかりました。
4D、INH-5D)において分厚い熱水変質帯の下部に
脈状の硫化鉱物生成層が認められました。このよう
な、黄鉄鉱、閃亜鉛鉱、方鉛鉱、銅藍、黄銅鉱か
らなる黒色の緻密な鉱石は黒鉱と呼ばれ、一般的
には金、銀を始めとする重金属を含むことが知られ
ています。熱水鉱床の成因解明に繋がる科学的価
値のある発見がありました。
図 5:沖縄熱水海底下生命圏掘削 調査海域図
図 7:採取されたコア
(金属類を含む鉱石が多く含まれる。)
②海底下の熱水の滞留を発見
④熱水人口噴出孔の造設
コア間隙水(コアに含まれている水)の化学組成
解析の結果、海底下に存在する熱水滞留帯の上部
本研究航海では、無人深海探査機を用いて、コ
には蒸気相に富んだ軽い熱水が、下部には塩分に
ア掘削の終了した掘削孔の入り口に蓋をするため、
富んだ重い熱水が滞留していることが分かりました。
筒の付いたキャップを設置し、人工の「熱水噴出口」
これまで理論計算上の仮説として、塩分濃度の高
を造設置しました。今後数年間、この人工の熱水噴
い熱水が分離して熱水滞留帯の下部に滞留すると
出口を観察して、微生物群集の発達過程を研究する
考えられてはいましたが、本研究航海で、その状態
予定です。
を掘削によって世界で初めて発見しました。また熱
水滞留帯の規模は非常に広大かつ深いもので、こ
図 8:人口熱水
噴出孔の概念図
れまで沖縄トラフのような島弧などのプレート収束域
の熱水の循環スケールや流量は小さいと考えられて
きましたが、その概念を大きく覆す発見となりました。
図 6:伊平屋北熱水域東側海底下のイメージ図
69
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
平成 22 年度の主な成果
観測システム・技術開発ラボ
概要
2010 年度には、強風波浪下での係留系全体の挙
動把握を目的として、動的で波浪の影響も考慮可能
観測システム・技術開発ラボは、観測システムに
関する新分野を開拓する技術の開発を目的として、
な挙動シミュレーションソフトを開発しました。また、
2009 年度に設置されました。ラボ内に南大洋表面
低温環境の把握および対策立案のために、大型実
ブイラボユニット及び自律昇降型定域観測ロボット
験棟を利用して気象センサーへの着氷試験(図 2)
開発ラボユニットを設け、以下の研究開発を実施し
を実施し、着氷防止対策を考案しました。これらの
ています。
成果を確認・検証するために、実海域用の試験ブイ
を製作し、北海道襟裳岬西方 30 マイルの地点に 11
南大洋表面ブイラボユニット
月末から 2011 年 2 月まで試験係留を行いました(図
南大洋表面ブイラボユニットでは、荒天・氷点下
3)。現在、取得データを解析中です。今後、これ
域で知られる南大洋域でも運用可能な大深度表面
らの結果をふまえて南大洋ブイプロトタイプの設計を
係留型の海洋観測ブイ(図 1)の開発を行っています。
開始し、2011 年度に南大洋アデリーコースト沖に設
海洋観測ブイは、洋上の浮力体から海底のアン
置予定です。
カーまでをワイヤーロープと繊維索で結んで係留し
ます。また、浮力体を小型化するために、水深よりロー
プ長を 1.4 倍程度長くし、ロープに余裕をもたせて
係留させています。ブイ設置点における気象・海象
を計測するために、ワイヤーロープには水中観測用
センサーとして、流速計、水温計、塩分計、水深計、
洋上部の浮力体には気象観測用センサーとして、風
向風速計、温湿度計、大気圧計、雨量計、短波放
射計を搭載しています。従来の海洋観測ブイは、こ
図 2:気象センサーへの着氷試験
れまでインド洋、太平洋の赤道域に設置され、エル
ニーニョ現象等の予測に役立ってきました。
そこで、これまで培ってきた技術をベースに、南
大洋域用に新たに強風波浪対策、低温環境対策を
加味したブイの開発を進めています。この海洋観測
ブイを南大洋アデリーコースト沖(60S -140E)に設
置することにより、海洋大循環や気候変動に関する
研究への貢献を目指しています。
図 3:実海域
(襟裳岬沖)試験の様子
自律昇降型定域観測ロボット開発ラボユニット
自律昇降型定域観測ロボット開発ユニットでは、
(1)海底から海面の間の海洋観測を定域で長期に
亘って自律的に行うシャトル型ロボットの開発と、
(2)
水深 4000 m までの深海を観測するフロート「Deep
NINJA」の開発を進めています。
シャトル型ロボットは、浮力エンジンを用いてロ
図1:南大洋海洋観測ブイのイメージ
70
海洋研究開発の新時代
ボット本体の容積を変えることにより浮力を制御し、
の海洋変動が地球環境に大きく影響していることが
海中を滑走しながら海面と海中の間を往復し、水温、
明らかにされつつあります。そこで、海洋深層の変
海水密度などを計測します。図 4 はそのイメージを
動を監視するために、このフロートによる観測ネット
描いたものです。海面浮上時には、GPS でその位
ワークを深海に拡張しようというアイデアが国際的に
置を計測するとともに、衛星経由で観測データを陸
提示され、それに必要な深海用フロートの開発が各
上に伝送します。潜水時には耐圧容器内の電池など
国で進められています。
を移動して重心位置を変えることにより、姿勢と運
フロートは、シャトル型ロボットと共通する機能が
動方向を制御して、海流・潮流により流された位置
多いため、シャトル型ロボット開発で培われた技術
を修正し、一定の海域に長期間留まります。海中で
を転用することができます。そこで(株)鶴見精機
は一定の時間スリープすることにより電池の消耗を
と共同で、水深 4000m までを観測できる深海用フ
抑制し、長期観測を実現します。このシャトル型ロ
ロート(Deep NINJA)の開発を本年度 10 月に開始
ボットを北極海や南極海周辺、赤道域などの観測の
しました。2012 年度末までにこの深海用フロートを
キーとなるポイントに配置することにより、効率の良
実用化し、国内外への普及を図る体制を整えること
い海洋観測網を構築することを目指しています。
を目指しています。本年度は、水深 4000m で稼働
する浮力エンジンと軽量耐圧容器の他、制御プログ
ラムの開発に着手しました。室内実験などにより基
礎的なデータを取得した後、平成 23 年度には実海
域における総合試験等を行う予定です。
図 4:自律昇降型定域観測ロボットのイメージ
2010 年度には、形状、重量・浮量、消費電力、
図 5:シャトル型ロボットの模型
運動制御方式などの基本設計を行ない、プロトタイ
プの設計と試作を開始しました。また、シャトル型
ロボットは海中を滑走するために、低い流体抵抗を
持つとともに、安定した姿勢と方向制御性能を持つ
ことが必要とされます。このような流体力学的特性
をもつロボットを実現するために、図 5 の模型を用
いた流体力学的試験を行いました。
一方、フロートは広範囲の海域の観測に適してお
り、海洋に投入後は数年間の海洋観測を継続するこ
とができます。そのため、現在では約 3000 台のフ
ロートにより、世界中の海洋内部の水温・塩分をほ
ぼリアルタイムに観測できるシステムが整備されてい
ます。ただし、現在のフロートは技術的な問題のた
めに、水深 2000m までの観測に限られていました。
図 6:試験中の Deep NINJA
プロトタイプ。
しかし最近の研究によって、2000m を越える深層で
(写真提供:
(株)鶴見精機)
71
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
JAMSTECにおける知財活動の主な取り組み
72
海洋研究開発の新時代
73
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
JAMSTEC の主要施設・設備
74
海洋研究開発の新時代
JAMSTEC の組織
理事長
理事
監事
【研究部門】
【開発・推進部門】
海洋工学センター
地球環境変動領域
海洋環境変動研究プログラム
先端技術研究プログラム
熱帯気候変動研究プログラム
応用技術部
北半球寒冷圏研究プログラム
研究船運航部
物質循環研究プログラム
地球シミュレータセンター
地球温暖化予測研究プログラム
情報システム部
短期気候変動応用予測研究プログラム
シミュレーション高度化研究開発プログラム
次世代モデル研究プログラム
シミュレーション応用研究開発プログラム
地球情報研究センター
地球内部ダイナミクス領域
データ技術開発運用部
地球内部ダイナミクス基盤研究プログラム
国際海洋環境情報センター
地球内部ダイナミクス発展研究プログラム
地球深部探査センター
海洋・極限環境生物圏領域
企画調整室
海洋生物多様性研究プログラム
運用管理室
深海・地殻内生物圏研究プログラム
技術開発室
海洋環境・生物圏変遷過程研究プログラム
IODP 推進・科学支援室
環境保安グループ
地震津波・防災研究プロジェクト
事業推進部
IPCC 貢献地球環境予測プロジェクト
推進課
システム地球ラボ
広報課
国際課−ワシントン事務所
図書館課
プレカンブリアンエコシステムラボユニット
宇宙・地球表層・地球内部の相関モデリング
ラボユニット(SESM ラボユニット)
【運営管理部門】
経営企画室
アプリケーションラボ
企画課
気候変動ラボユニット
技術企画室
報道室
むつ研究所
法人統合準備室
研究グループ
総務部
研究推進グループ
総務課
管理課
人事課
高知コア研究所
施設課
研究グループ
職員サポート課
科学支援グループ
横浜管理施設課
管理課
東京事務所
法務・コンプライアンス室
研究支援部
経理部
支援第 1 課
経理課
支援第 2 課
財務課
契約第 1 課
契約第 2 課
安全・環境管理室
監査室
75
平成 22 年度海洋研究開発機構研究報告会 JAMSTEC 2011
賛助会員名簿
独立行政法人海洋研究開発機構の研究開発につきましては、次の賛助会員の皆さまから会費、寄付
をいただき、支援していただいております。
(五十音順)
あいおいニッセイ同和損害保険株式会社
五洋建設株式会社
西松建設株式会社
株式会社 IHI
相模運輸倉庫株式会社
日油技研工業株式会社
株式会社アイ・エイチ・アイ マリンユナイテッド
佐世保重工業株式会社
株式会社日産クリエイティブサービス
株式会社アイケイエス
株式会社サノヤス・ヒシノ明昌
ニッスイマリン工業株式会社
株式会社アイワエンタープライズ
三建設備工業株式会社
日本 SGI 株式会社
株式会社アクト
株式会社ジーエス・ユアサテクノロジー
日本海洋株式会社
株式会社アサツーディ・ケイ
JFEアドバンテック株式会社
日本海洋掘削株式会社
朝日航洋株式会社
財団法人塩事業センター
日本海洋計画株式会社
アジア海洋株式会社
シナネン株式会社
日本海洋事業株式会社
株式会社アルファ水工コンサルタンツ
清水建設株式会社
社団法人日本ガス協会
泉産業株式会社
シュルンベルジェ株式会社
日本興亜損害保険株式会社
株式会社伊藤高圧瓦斯容器製造所
株式会社商船三井
日本サルヴェージ株式会社
株式会社エス・イー・エイ
社団法人信託協会
社団法人日本産業機械工業会
株式会社 SGKシステム技研
新日鉄エンジニアリング株式会社
日本水産株式会社
株式会社 NTTデータ
新日本海事株式会社
日本電気株式会社
株式会社 NTTデータCCS
須賀工業株式会社
日本ヒューレット・パッカード株式会社
株式会社 NTTファシリティーズ
鈴鹿建設株式会社
日本マントルクエスト株式会社
株式会社江ノ島マリンコーポレーション
スプリングエイトサービス株式会社
日本無線株式会社
株式会社 MTS 雪氷研究所
住友電気工業株式会社
日本郵船株式会社
有限会社エルシャンテ追浜
清進電設株式会社
株式会社間組
株式会社 OCC
石油資源開発株式会社
濱中製鎖工業株式会社
沖電気工業株式会社
セナーアンドバーンズ株式会社
東日本タグボート株式会社
株式会社カイショー
株式会社損害保険ジャパン
株式会社日立製作所
株式会社海洋総合研究所
第一設備工業株式会社
株式会社日立プラントテクノロジー
海洋電子株式会社
大成建設株式会社
深田サルベージ建設株式会社
株式会社化学分析コンサルタント
大日本土木株式会社
株式会社フジクラ
鹿島建設株式会社
ダイハツディーゼル株式会社
富士ゼロックス株式会社
川崎汽船株式会社
大陽日酸株式会社
株式会社フジタ
川崎重工業株式会社
有限会社田浦中央食品
富士通株式会社
株式会社環境総合テクノス
高砂熱学工業株式会社
富士電機システムズ株式会社
株式会社関電工
株式会社竹中工務店
物産不動産株式会社
株式会社キュービック・アイ
株式会社竹中土木
古河電気工業株式会社
共立インシュアランス・ブローカーズ株式会社
株式会社地球科学総合研究所
古野電気株式会社
共立管財株式会社
中国塗料株式会社
松本徽章株式会社
極東製薬工業株式会社
株式会社鶴見精機
マリメックス・ジャパン株式会社
極東貿易株式会社
株式会社テザック
マリンサポート株式会社
株式会社きんでん
寺崎電気産業株式会社
株式会社マリン・ワーク・ジャパン
株式会社熊谷組
電気事業連合会
株式会社丸川建築設計事務所
クローバテック株式会社
東亜建設工業株式会社
株式会社マルトー
株式会社グローバルオーシャンディベロップメント 東海交通株式会社
三鈴マシナリー株式会社
KDDI 株式会社
洞海マリンシステムズ株式会社
三井住友海上火災保険株式会社
京浜急行電鉄株式会社
東京海上日動火災保険株式会社
三井石油開発株式会社
株式会社ケンウッド
東京製綱繊維ロープ株式会社
三井造船株式会社
株式会社構造計画研究所
東北環境科学サービス株式会社
三菱重工業株式会社
神戸ペイント株式会社
東洋建設株式会社
株式会社三菱総合研究所
広和株式会社
株式会社東陽テクニカ
株式会社森京介建築事務所
国際気象海洋株式会社
東洋熱工業株式会社
八洲電機株式会社
国際警備株式会社
有限会社長澤工務店
郵船商事株式会社
国際石油開発帝石株式会社
株式会社中村鉄工所
郵船ナブテック株式会社
国際ビルサービス株式会社
西芝電機株式会社
ユニバーサル造船株式会社
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平成 23 年1月現在
平成
年度 海洋研究開発機構研究報告会 22
JAMSTEC
海 洋 研 究 開 発の新 時 代 平 成
2011
年
23
月
3
日 独立行政法人海洋研究開発機構
2
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