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「環境にもやさしい」、抗生物質不使用のタンパク質大量生産

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「環境にもやさしい」、抗生物質不使用のタンパク質大量生産
INNOVAION NEWS, Vol.9, 9-10, 2009
「環境にもやさしい」、抗生物質不使用のタンパク質大量生産
独立行政法人海洋研究開発機構
1.タンパク質とその応用
秦田勇二、大田ゆかり
ます。ヒトの体内で生じている代謝には酵素が関与
遺伝子工学の研究領域がここまで急速に発展し
しているため、酵素の存在量を測定する臨床検査に
て き た 原 動 力 の 一 つ と し て 、 「欲 し い タ ン パ ク 質 (酵
より疾病を診断することが可能になっています。他
素 な ど )を 低 コ ス ト で 思 い 通 り に 大 量 に 生 産 で き れ
にも、酵素の特異性と反応性を利用して化学物質を
ば ! 」と い う 大 き な 目 的 が 在 る こ と が 挙 げ ら れ ま す 。
検出するセンサーも実用化されています。これは生
タンパク質は生物に固有の物質です。例えば、動
体由来の機能を利用することからバイオセンサー
物の皮膚組織をつくっているコラーゲンやケラチ
と呼ばれ、医療診断や環境測定などの場面で用いら
ンと呼ばれるタンパク質は、丈夫な線維で柔軟なネ
れています。
ットワーク構造をつくって生体構造維持に大切な
働きをします。酵素タンパクは生体触媒とも言われ、
2.タンパク質の大量生産方法とその課題
生体内で行われるほとんどの化学反応に関与して
タ ン パ ク 質 は 20 種 類 の ア ミ ノ 酸 の 連 な っ た 生 体
おり、生命にとって酵素はなくてはならないもので
分子であり、そのアミノ酸の並び順は遺伝子(設計
す。また、面白い機能を持ったタンパク質もありま
図)上に記されています。つまり生産したいタンパ
す 。今 回 の ノ ー ベ ル 賞 の 対 象 と な っ た GFP( 緑 色 蛍
ク質の設計図である遺伝子を取得しておいて、タン
光タンパク質)は特定波長域の光を受けると蛍光を
パク質を沢山作る性質を持つ微生物にその遺伝子
発するタンパク質であり、細胞学研究において重要
を大量に導入してあげれば、導入された微生物は設
な解析ツールとして利用されています。
計図通りに、しかも設計図の個数に比例してそのア
酵素などのタンパク質は、実生活の色々な場面でも
ミ ノ 酸 の 連 な り (タ ン パ ク 質 )を 大 量 に 作 る こ と に
応用されています。食品加工には酵素の作用を利用
な り ま す 。 こ の 原 理 を 用 い て 「欲 し い タ ン パ ク 質 」を
したものが多く、醸造酒、食酢、みそ、しょうゆ、
大量に生産させることができるのです。
納豆、パン、チーズ、ヨーグルト、かつお節、漬物
目的のタンパク質を大量に生産するための有効
などが挙げられます。他の日用品にも酵素が多く利
あ る プ ラ ス ミ ド と 呼 ば れ る ベ ク タ ー ( 運 び 屋 )DNA
用されています。例えば、強固なタンパク汚れに対
を利用する方法があります。プラスミドは細胞の中
し、タンパク質を分解するプロテアーゼ、油汚れや
で自己複製して増えることから細胞の中のプラス
デ ン プ ン 質 汚 れ 対 応 の リ パ ー ゼ や アミラ ーゼな ど の
ミドの個数も多くなります。従ってプラスミドに目
酵素を含んだ洗剤が広く利用されています。
的の遺伝子を連結しておけば細胞内のプラスミド
また、酵素の研究は、医療分野でも応用されてい
ます。ヒトの体内で生じている代謝には酵素が関与
の個数が増えると同時に、細胞の中の目的の遺伝子
の 数 も 増 え る こ と に な り ま す (図 1 )。
図 1 微 生 物 と プ ラ ス ミ ド DNA を 利 用 し た 有 用 タ ン パ ク 質 の 高 生 産
INNOVAION NEWS, Vol.9, 9-10, 2009
一 見 そ れ で 「う ま く い く 」よ う に 思 え ま す 。 し か し
ムを用いると目的のタンパク質を大量に、しかも微
ながら実のところ一筋縄では、そうはうまくいきま
生物体内での蓄積ではなく、培地の液体成分の方へ
せん。その現象の一つとして、微生物にとって負担
大量に分泌生産できます。従って、タンパク質生産
の掛かるタンパク質を作らせようとすると、生物の
のための微生物培養が終わった後、遠心分離などに
ストレス退避反応の結果として、微生物はプラスミ
より微生物を取り除くという操作だけで、容易にタ
ド ご と そ の タ ン パ ク 質 の 設 計 図 (遺 伝 子 )を 細 胞 外
ンパク質溶液を得ることができるという簡便さも
に排除しようとします。
持ち合わせた優れた方法です。
何とかして設計図を積んだプラスミドを微生物
内に留まらせる方法はないでしょうか?その一つ
の方法として以前から使われているのが、抗生物質
および抗生物質を不活化するための遺伝子の両方
をセットで用いる方法です。プラスミドに抗生物質
不活化遺伝子を連結しておき、そのプラスミドを微
生物に導入します。プラスミド導入後の微生物の培
養にはその培地成分に抗生物質を添加します。する
とどうなるでしょうか?抗生物質不活化遺伝子を
持っていない微生物は培地中の抗生物質の効果に
より生育できません。従って、抗生物質不活化遺伝
子を有する微生物だけが、言い換えればプラスミド
を有する微生物だけが生育できます。このように抗
生物質を用いる方法により実験室レベルでは目的
のタンパク質を微生物に作らせています。
しかしながらこの方法を工業レベルでのタンパ
ク質大量生産に用いるとどうなるでしょうか?先
ず、高価な抗生物質の使用を余儀なくされるので生
産費用が増大し、コストの高いタンパク質生産にな
ってしまうと判断されます。問題はそればかりでは
なく、抗生物質の大量使用は一歩間違えると、現在
問題の一つである抗生物質耐性菌発生を誘導する
という環境に対してのリスクを背負っています。
4.深海に有用微生物を求めて
当機構のこれまでの研究成果から、深海には新規
性の高い生物が多く棲息していることがわかって
きました。我々のグループではこれら新規性の高い
生物から新しい有用物質の発見を目指して研究し
ております。その中で、これまでに発見例の無いよ
うな面白い有用酵素も沢山見つかってきました。現
在、幾つかの企業と共同研究を行い、それらの酵素
の利用開発研究に取り組んでいます。酵素の中には、
作用自体は大変有益な酵素だけれども高い温度下
におくと活性を失ってしまう酵素があります。工業
的に酵素反応を行う際には高い温度での反応が不
可欠になる場合がしばしばあります。そのような場
合には酵素が高い温度に耐えられるように、酵素の
高温に弱い部分を、高温に強くなるように改良しな
く て は な り ま せ ん 。 先 ず 、 目 的 酵 素 の 遺 伝 子 (設 計
図 )を 取 得 し 、 高 い 温 度 に 耐 え ら れ る 酵 素 へ と 改 良
するために遺伝子配列の一部を変えます。次にこの
改良型遺伝子をタンパク質高生産システムに導入
すれば、耐熱性の高い酵素を大量に生産することが
できるのです。このように改良型有用酵素を大量に
作る際にも我々のタンパク質高生産システムは大
きな力を発揮します。生産コストが低く抑えられ、
3.抗生物質不使用、目的タンパク質大量生産法
そこで我々のグループでは、抗生物質を使用しな
環 境 に も や さ し い 画 期 的 な 「タ ン パ ク 質 生 産 シ ス テ
ム 」が 構 築 で き た と 判 断 し て い ま す 。
いでもプラスミドを細胞内に安定に保持できると
いうシステムを構築し、特許を出願致しました。
我々の方法の画期的なところは抗生物質を使用し
さらに詳しく知りたい方:
ないだけでなく、培地組成を制限しないことです。
○ 海 洋 ・極 限 環 境 生 物 圏 領 域 ウ ェ ブ サ イ ト
http://www.jamstec.go.jp/j/about/research/
biogeosciences.html
従って、工夫を施した高価な培地は必要なく、安価
でしかもごく一般的な培地において目的のタンパ
ク質を生産できます。培地の栄養制限がないことか
プロフィール;
ら 微 生 物 の 増 殖 も 大 変 良 好 で す 。 既 に 企 業 か ら 「使
氏 名 :秦 田 勇 二 (研 究 代 表 者 )、
用 し て み た い 」と の 依 頼 を 受 け 、 実 際 に 我 々 の タ ン
大 量 生 産 に 試 し て 頂 き ま し た 。 そ の 結 果 「大 変 良 い 」
大 田 ゆ か り (主 任 研 究 員 )
所 属 :海 洋 ・極 限 環 境 生 物 圏 領 域 / 海 洋 生 物 多 様 性
研究プログラム/海洋有用物質の探索と生産
システムの開発研究チーム
という評価がかえってきております。我々のシステ
専門分野:応用微生物学、酵素工学
はた だ
ゆ う じ
お お た
パク質高生産系を工業レベルでの有用タンパク質
独 立 行 政 法 人 海 洋 研 究 開 発 機 構 海 洋 ・極 限 環 境 生 物 圏 領 域
〒 237-0061 神 奈 川 県 横 須 賀 市 夏 島 町 2-15 TEL:046-866-381 FAX:046-867-9595 E-mail:[email protected]
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