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寒天ゲルを用いた室内地震探査実習装置の 開発と実践
高 校 地 学 寒天ゲルを用いた室内地震探査実習装置の 開発と実践 海洋研究開発機構 桑 野 修 (業績分担者)海洋研究開発機構 仲 西 理 子 目 的 地球科学現象の中でも、海洋、気象や火山に関する 現象には、実際に目で見ることができるものも多く、 実験による教材も多く考案されている。一方で、地震 現象に関する教材は少なく、特に動的な地震現象のイ メージができるものはほとんどない。筆者は地学の中 でも地震学的現象を理解するには、実際に見て触って 実感できる教材や実習が必要と考え、寒天ゲルを用い た室内地震探査実習装置を開発した。 * ** ・加工が容易なので任意の速度構造をデザインするこ とができる。 教材・教具の製作方法 実験装置の構成 実習装置は地殻に見立てたゲル試料(寒天模擬地 殻) 、地震波を可視化するための光源および偏光板、 カメラから構成されている(図 1) 。 概 要 地震探査とは、直接見る事のできない地下の構造 を、ハンマー叩きやダイナマイト発破などの人工的に 制御できる震源から生じる地震波を用いて調べる方法 である。地震探査のひとつである屈折法地震探査は、 制御震源から地下を通過してくる地震波の中でも、速 度が変化する地層の境界面で屈折し、地表に戻ってく る屈折波を利用して地下構造を推定する方法である。 高校地学でモホ面の発見は重要なテーマであるが、 多くの教員が実感しているように「高校地学でモホ面 (地殻とマントルの境界面)の発見のくだりで解説さ れる地震の屈折波が地表に向けて帰ってくる現象を説 明するのは至難の業(岡本、2004)」である。 本実験では地震の波が伝わる様子を視覚的に実感で きるように、寒天ゲルを模擬地殻として利用する。本 実験は教室の机の上で実施が可能で、地震波に相当す る弾性波が伝わる様子をその場で一目で容易に把握す る事が可能である。さらに高速カメラで撮影した実験 動画から波形データも得ることができる。この波形を 解析して寒天模擬地殻の構造を推定する屈折法地震探 査実習が実施できる。 寒天ゲルには以下のような利点がある。 ・透明なので光弾性効果を利用して地震波を可視化で きる。 ・弾性波速度が岩石に比べ 3 桁遅く(毎秒数メート ル) 、波の伝播を実感できる。 * 図 1 装置の写真と模式図 室内地震探査実験装置。面光源(A)、偏光板(B、D)、 ゲル試料(C)、カメラ(E)から構成されている。 Ⅰ.実験フレーム・偏光板 アルミフレームを用いて実験フレームを製作した。 面光源は A 3 サイズの LED トレーサーを使用した。 偏光板は円偏光フィルムをアクリル板に接着して作製 した。 光弾性による地震波の可視化 光弾性とは寒天ゲルなどの透明な物質が、歪みに応 じて屈折率の異方性が生じ複屈折を示す性質である。 偏光板を使うと、複屈折した光の干渉縞として、歪み を可視化できる(図 2) 。 くわの おさむ 国立研究開発法人海洋研究開発機構 研究員 〒 236-0001 神奈川県横浜市金沢区昭和町 3173-25 ** 34 なかにし あやこ 国立研究開発法人海洋研究開発機構 技術研究員 ☎(045)778-5467 E-mail kuwano jamstec.go.jp ラで撮影する。毎秒 240 - 1000 コマ程度撮影可能な市 販のコンパクトデジタルカメラやスマートフォンで十 分に撮影できる。撮影した動画は波形取得のための画 像解析に使用する。 Ⅳ.仮想地震計 図 2 歪みの可視化 光弾性による歪みの可視化。ハンマーを寒天ゲルに押し付 けることで生じた歪みが縞模様として見える。 Ⅱ.寒天模擬地殻の作製 寒天ゲル(もしくはアガロースゲル)を用いて寒天 模擬地殻を作製する。ゲルの濃度によって弾性波速度 が変わる。サイズ 350 mm × 100 mm × 20 mm のゲ ル試料を作るためにアクリルで製作した型枠を作製し た(図 3) 。実習前の準備として寒天模擬地殻を作製 しておく必要がある。1 回の作業時間は 30 分程度で ある。2 層構造(例えば濃度 1 % と 3 %)にする場合 には最初の層が固化してから、別の濃度の層を作製す るので 2 回の作業が必要である。 1 回の作業 目的の濃度になるように寒天粉末と水を計量する。 寒天粉末を耐熱ビーカーの水中に分散させ、電子レン ジで加熱し、攪拌して十分に溶解させる。できたゲル 溶液をアクリルで作製した型枠に注ぎ、放置して固化 するのを待つ(図 3)。 画像から波形を取得するための仮想地震計プログラ ム※ 2 を開発した。動画の任意の点の輝度(明暗)の 時間変化を描き出せば波形が得られる(図 4)。画像 上の任意の点に仮想的な地震計をピクセル単位で設置 できる。実習では複数の波形を並べたものをプリント アウトして解析に用いる。 図 3 アクリル型とゲル試料 (左)アクリル型と完成した寒天模擬地殻(2 層)。 (右)アクリル型にゲル溶液を注ぐところ。 2 層構造の作りかた 最初に流し込んだゲル(例えば濃度 1 %)が固化し てから、一部をカッターナイフで切り取り、そこへ違 う濃度のゲル溶液(例えば濃度 3 %)を注ぐ。別の方 法として、あらかじめダミーのアクリルブロックを入 れた型に最初のゲル溶液を流し込み、固化してからダ ミーのブロックを抜きだして、そこへ違う濃度のゲル 溶液を注いでも良い。 図 4 仮想地震計 均質な寒天模擬地殻での実験のスナップショット(4 時刻) と仮想地震計(4 地点)による波形。 Ⅲ.カメラ 寒天ゲルのS波速度は濃度約 1 % で約 4 メートル 毎秒※ 1 である。これは自転車程度の速度なので、生 徒は寒天模擬地殻を叩いて地震波が有限の速度で伝播 するのを実感できる。 地震波伝播をさらに詳細に観察するために高速カメ ※ 1 P 波の速度は毎秒 1.5 km 程度(水の音速)であり観 察できない。 ※ 2 配布を目指して GUI ソフトウェアを開発中である。 35 学習指導方法 ねらい 地震波で地下構造を探る原理、手法を学ぶととも に、地震の波が伝わる様子を実感することで、屈折法 地震探査の基礎について理解を深める。地震波が寒天 や地下をどのように時空間的に伝わるかをイメージす るとともに理解する。 Ⅰ.導入(約 20 分) なぜ地球内部を調べるのか、どうやって地球内部を 調べるかを説明する。 Ⅱ.講義 屈折法地震探査の原理の説明と例題 (約 30 分) 図 5 実験のスナップショット 水平 2 層構造での実験。直達波と屈折波の波面が観察でき る。 実習ではまず、均質な寒天模擬地殻(濃度 1 %)を ハンマーで叩いて地震波の伝わる様子を実際に見せな がら、地震探査の原理を解説した。寒天模擬地殻を実 際に叩いてスロー再生すると生徒から歓声があがっ た。均質な寒天模擬地殻の実験で得られた波形を例題 として解析し波形の読み取り方などを確認する。 Ⅲ.実習 2 層構造での実験、波形解析から構造 の推定(約 30 分) 2 層構造の寒天模擬地殻を用いてグループ毎にもし くは代表者が実験をして高速カメラで撮影してデータ を取る。波の伝わる様子を、肉眼や撮影した動画で観 察する。動画のスロー再生で直達波と屈折波がどのよ うに伝播するかを観察しスケッチする。図 5 に示すよ うに直達波の波面とともに屈折波の直線的な波面が観 察できる(層 1 は濃度 1 %、層 2 は濃度 3 % のゲル)。 この屈折波は、層 2 から層 1 へ、左下から右上へ進む 様子がはっきりと観察できる。次に画像処理から得ら れた波形をプリントアウトして、走時(波の到達時間) を読み取り、第 1 層と第 2 層の地震波速度と層境界の 深さを推定する。図 6 は水平 2 層構造での実験で仮想 地震計から得た波形を並べたものである。図 6 には直 達波と屈折波の立ち上がりを結んだ直線が既に引いて あるが、実習では各自で波形の立ち上がりを読みとっ て直達波と屈折波の直線を引き、それぞれの走時曲線 の式を求める(図 7)。求まった走時曲線から、図 6 の式を使って各層の弾性波速度と層境界の深さを求め る。最後に実際に寒天模擬地殻に定規をじかにあて、 層境界の深さを測り答え合わせをする。 図 6 波形データの解析 水平 2 層構造での実験で仮想地震計から得た波形を並べた もの。直達波(青実線)とともに屈折波(赤破線)による 走時の折れ曲がりが確認できる。直達波と屈折波の走時を 読みとり、各々の走時の式から弾性波速度(V1、V2)と層 境界の深さ(H )を求める。 図 7 実習の様子 プリントアウトした波形から定規とペンを使って走時を読 み取り、解析する。 36 Ⅳ.まとめ(約 10 分) 最後にまとめとして、実際の地震探査による最新の 研究成果を紹介する。 実践効果 Ⅰ.アンケート結果 実習の前後で生徒にアンケート調査を行なった(図 8) 。実習前のアンケートから、生徒は地震研究に対す る興味は高いものの、実際の研究現場でどのように研 究が行われているかをよく知らないことが分かった。 実習後は地震探査と地震波伝播について実感を持って 理解してもらえたようである。 た。」、「実際の地球スケールでの体験はできないけれ ど、それを寒天をモデルに身近に体験できるのはとて も貴重な体験になりました。」、「とてもスケールの大 きいことで、見えないものを想像するのはすごくむず かしいと思う。しかし、それを寒天で再現し、目に見 える形となっていて感動した。」、「自分でもっといろ いろな構造をつくって実験をしてみたい。」など、室 内地震探査実験装置ならではの効果があったと考えら れるものが多かった。 Ⅲ.生の現象を見せた効果 ? 実習では、解析に必要な屈折波の走時の式の導出は せず、結果の式だけ示した。屈折の臨界角と媒質の速 度比の関係式を与えれば、高校生の数学の知識で導出 可能である。授業では興味があれば宿題として後で やってみるように伝えたが、実際には多くの生徒が講 義と実習の間の休憩時間をつかって熱心に導出に取り 組んでいた。弾性波の伝わる様子を実際に生で見て実 感したことにより、生徒の現象へ興味を喚起し、自ら 進んで学習する意欲を高めることができたのかもしれ ない。 その他補遺事項 Ⅰ.寒天模擬地殻の材料 寒天ゲルは市販の寒天粉末から作製できる。アガ ロースを使用すると、透明度が高く保存性も良い試料 ができる。本研究では寒天は “ かんてんクック ”(伊 那食品工業(株))、アガロースは “ アガロースS ” ( (株)ニッポンジーン)を用いた。 Ⅱ.発展学習のヒント 図 8 アンケート 実習前と実習後のアンケート結果。 黒三角(▼)は「どちらかというと、いいえ」と「どちら かというと、はい」の境界を示している。 1. より複雑な構造 寒天模擬地殻は水平 2 層構造だけでなく、多層構造 や、水平ではなく傾斜した境界面を作製することも容 易である。実際に実習後、発展学習として、興味を 持った生徒が水平 2 層構造だけでなく、境界面が傾斜 した構造をもって寒天模擬地殻を自ら作製して実験・ 解析をした(図 9) 。 Ⅱ.生徒の感想 生徒の感想では「波を実際に自分の目で認識するこ とができて、どのように波が伝わったり屈折したりす るのかを見ることができて楽しかった。教科書等で図 を見たことかあったのでなんとなくは理解できていた が、実物を見たことでよりイメージしやすくなった。 計算する作業は大変だったが、ある程度近い値を出せ た時はとてもうれしかった。」、「地震波から地下の様 子を探るということは知識としては知っていたが、イ メージがつかなかった。しかし、寒天を利用して再現 し、計算によって層の厚さを求めることで、理解でき 図 9 発展学習の例 生徒が自ら作製した傾斜した境界を有する寒天模擬地殻を 使って実験をする様子。 37 2. 弾性率の測定 室内地震探査実習で地震波速度の構造を求めた後、 実際にゲルの弾性率を直接測定し、推定した地震波速 度から求めた物質の弾性率と実測した弾性率を比較す る。例えば実習後のゲルを切り出して、おもりを載せ てどれだけ縮むかを測定してヤング率を求めればよい。 Ⅳ.謝辞 Ⅲ.本実験装置での実習のレポート 1)岡本義雄:モデルを意識した地学教材,とくに地 震分野,地球惑星科学関連学会 2004 年合同大会特 別公開セッション講演要旨,64-75(2004) . 下記 URL からご覧いただけます。 http://www.jamstec.go.jp/j/pr/gg_epo/ (JAMSTEC >広報活動>地震学・地質学実習) 38 本研究は JSPS 科研費 26282043 の助成を受けたも のです。実習をサポートしてくれた Jamstec 地震学・ 地質学実習のメンバーに感謝します。 参考文献