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第9章 弱い相互作用

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第9章 弱い相互作用
1
第 9 章 弱い相互作用
9.1
歴史的考察
V-A 型相互作用: 弱い相互作用は 1934 フェルミによりその原型が提案された。原子核のベータ崩壊反応
中性子 (n)
陽子 (p) + 電子 (e− + ニュートリノ)ν
→
を、中性子が消されて陽子、電子ニュートリノが作られと考える。各々の量子場を粒子名で記すと上記反応は次
のように書ける。
H = GF (pγ µ n)(eγ µ ν)
(9.1)
これは量子化した場を実際の反応に応用した最初の例である。電磁相互作用との類推で相互作用はベクトル型 (V)
を仮定した。GF をフェルミ結合定数と呼び、
GF ≅ 10−5 ×
1
m2p
(9.2)
の値を持つ。(p, n), (ν, e− ) が組となってカレントを作るのでこれをカレント・カレント型もしくは 4 フェルミオ
ン相互作用と呼ぶ。このカレントは弱い相互作用をするので弱カレント、また相互作用により電荷を変えるので
(弱) 荷電カレントと呼ぶ。なお、相互作用により電荷を変えないカレントを中性カレントと呼ぶ。電流は中性カ
レントの一種である。この相互作用はベータ崩壊電子スペクトルを再現できるなど成功を収めたが、後にベクト
ル型のみでは説明できないベータ崩壊もあることがわかり、スカラー型 (S)、擬スカラー型 (P)、軸性ベクトル型
(A)、テンソル型 (T) も含めて検討するようになった。パリティ非保存発見後まとめられて、原子核やミューオン
のベータ崩壊相互作用は次のハミルトニアンで良く再現されることが判った。
GF
H = √ [{pγ µ (1 − 1.26γ 5 )n} + {ν µ γ µ (1 − γ 5 ) µ }][eγ µ (1 − γ 5 )νe ]
2
(9.3)
ここで注目すべきは、全ての結合定数がほぼ等しいが、核子の軸性ベクトル部分だけが約 26% 異なることである。
この事実は原子核のベータ崩壊とミューオンのベータ崩壊の比較により得られた。核子は強い相互作用をするの
で、π などの中間状態の弱い相互作用も考慮せねばならず、これらの高次効果の補正を受けて、一般的に言えば核
子の弱い相互作用の強さは、高次補正のない (正確に言えば非常に小さい) レプトンと違っても良い。実際軸性カ
レント部分は補正を受けている。ベクトルカレントの強さが普遍的と言うことは、ベクトルカレントが保存カレ
ントであることを意味する。これを理解するには、陽子の持つ電荷と電子の持つ電荷の大きさが同じであること
を思い起こせばよい。陽子は強相互作用を持つために p → π+ n, π+ π− p, · · · 等様々の中間状態を持ち、最低次の電
荷に中間状態の補正が加わるにも関わらず、電流が保存カレントであるが故に全電荷は常に最低次の電荷に等し
いことが保証されるのである。これを CVC 仮説 (Conserved Vector Current Hypothesis) と呼ぶ。軸性カレントの
26% という補正が、強い相互作用による高次補正効果であるならば、素過程のクォークレベルでは軸性カレント
第 9 章 弱い相互作用
2
による相互作用も同じ強さを持つであろう。とすればクォークレベルでのハミルトニアンは
GF
H = √ JW µ JW †µ ,
2
µ
JW µ = jqµ + jℓ
µ
jqµ = qγ µ (1 − γ 5 )τ+ q, jℓ = ℓγ µ (1 − γ 5 )τ+ ℓ
" # " #
" # " #
νe
νµ
c
u
,··· ,
ℓ= − ,
,···
,
q=
s
e
µ−
d
(9.4a)
(9.4b)
(9.4c)
と書ける。これを V-A 型相互作用と言う。
弱荷は左巻き粒子のみ持つ: ψL =
1−γ 5
2 ψ
と置けば、
¶†
1−γ5
1−γ5
1−γ5 0 µ 1−γ5
ψ γ 0γ µ
ψ = ψ†
γ γ
ψ
2
2
2
2
µ
¶
5 2
1
† 0 µ 1+γ
=ψ γ γ
ψ = ψγ µ (1 − γ 5 )ψ
2
2
ψL γ µ ψL =
µ
(9.5)
上式で第 2 行目に移るとき、γ 5 は、γ 0 , γ µ と反可換する事、および (γ 5 )2 = 1 を使った。V-A 型相互作用とは、弱
い力がカイラリティ負 (左巻き) の粒子にのみ働くことを意味する。つまり、弱い力の源である弱荷は左巻き粒子
のみが持つ* 1) 。
ベクトル相互作用はカイラリティを保存する。 また同じ論法により
1
ψR γ µ ψR = ψγ µ 1 + γ 5 )ψ
2
µ
ψR γ ψL = ψL γ µ ψR = 0
(9.6)
が言えるから、ベクトル相互作用はカイラリティを保存することが判る。
質量項は左巻き粒子と右巻き粒子を結合させる。 ψL ψL =
µ
同様に ψR ψR = 0
¶
¶†
µ
5
5
5
1−γ5
1+γ5 1−γ5
01−γ
†1−γ
01−γ
ψ=0
ψ γ
ψ=ψ
γ
ψ=ψ
2
2
2
2
2
2
(9.7)
従って
−Lmass = mψψ = (ψL + ψR )(ψL + ψR ) = m(ψL ψR + ψR ψL )
(9.8)
これをしばしば、質量項はカイラリティL と R を結合させるという言い方をする。
電流は弱流と混合している。
: 次に核子やニュートリノ電子対の弱ベクトルカレントと電流を比較してみよう。
電流はベクトルカレントで保存する。しかも次式で明らかなようにアイソスピンカレントを含む。
" #
p
µ
µ
µ
µ
µ 1 + τ3
j weak = Nγ τ+ N,
N,
N=
j em = epγ p = eNγ
2
n
(9.9)
CVC 仮説は、電流のアイソスピン部分は、弱ベクトルカレントが作るアイソスピンカレントの第3成分であると
見なすことに等しい。何故なら弱い相互作用が保存ベクトルカレントにより生じると言うことは、電磁場と同じよ
うに弱荷がクーロン型のポテンシャル (実際は質量があるため湯川型となる) を生み、弱流が磁場ポテンシャルを
生むという同じ構造を持つことを意味する。高次効果として電流の中に異常磁気能率項が出現するが、弱カレン
トも同様な項 (弱磁気項 (weak magnetism)) 持つべきであることを CVC は予言する。確かに弱磁気項が存在して、
その値が CVC 仮説の予想と一致する事が実験で確かめられた。電流は弱流と混合していることが証明されたので
ある。
* 1)
荷電カレントについて成立する。中性カレントは、中性弱カレントと電流の混合であるため、右巻き粒子にも働く。
第 9 章 弱い相互作用
9.2
3
SU(2) ×U(1) ゲージ理論
弱い相互作用が普遍結合定数を持ちベクトル型であることは、ゲージ力であることを示唆する。弱カレント
はアイソスピンカレントであるので対称性は SU(2) であり、ゲージ粒子には W ± ,W 0 の3種類が存在することに
なる。電磁相互作用はアイソスピンカレントを部分的に含むから、残りの部分は U(1) 対称性に従う保存カレント
と見なし、力の源泉としての保存量をハイパーチャージと名付ける。アイソスピンカレントは左巻きにのみ作用
するので、右巻きにも同じ強さで作用する電磁相互作用* 2) を再現するにはハイパーチャージもまた左巻きと右巻
きを区別しなければならない。すなわち左巻きと右巻きは別種の粒子と見なし、粒子毎に異なるハイパーチャー
ジ Y とアイソスピン I を持ち電荷はその組み合わせとなる。すなわち
QL =
YL
+ I3L ,
2
QR =
YR
+ I3R ,
2
QL = QR
(9.10)
という西島ゲルマンの法則が弱相互作用についても成立する。Y にかかる 1/2 因子は形を合わせるためで深い意味
はない。ただし、Y, I3 は強い力とと弱い力では異なる意味を持つ。以下、弱相互作用をするフェルミオン対として、
ニュートリノと電子を想定する。左巻き成分は対となって W ± と結合するのでアイソスピン 1/2 の 2 重項である。
" #
νL
ΨL ≡ −
(9.11)
eL
右巻きの電子とニュートリノは、対を作らないので共に 1 重項 (I=0) である。式 (9.10) より、Y ( ν L ) = Y (eL ) =
−1, Y ( ν R ) = 0, Y (eR ) = −2 を得る。右巻きのニュートリノは I = Y = Q = 0 を持つから、何らの相互作用もせず
観測不可能* 3) なので、以下の議論では忘れて良い。標準理論では右巻きニュートリノは存在しないと仮定する。
しかし、ニュートリノ振動発見によりニュートリノに質量があることは確定したのでこの仮定はもはや成立しな
い。ラグランジアンの質量項を構成するには、(9.8) に示したように、左巻きと右巻きの両成分が必要だからであ
る* 4) 。
ハイパーチャージに結合するゲージ場を B µ とすると、SU(2) および U(1) 対称性をゲージ化したラグランジア
ンは次式で与えられる。
1
1
Lweak = ΨL iγ µ D µ ΨL + eR iγ µ D µ eR − F µ ν F µ ν − B µ ν B µ ν
4
4
gB
D µ = ∂ µ + igW W · t + i B µ Y
2
(9.12a)
(9.12b)
gB /2 の因子 2 は後の便宜のためである。粒子毎に (I, I3 , Y ) が異なることを考慮して、演算子(t,Y) を抜き出して書
いた。例えば t は ΨL に作用すれば τ /2 であるが、eR に作用すれば 0 である。ラグランジアンには質量項がない
ことに注意しよう。右と左が独立な世界、数学的に言えば右巻きの場と左巻きの場でそれぞれ独立なゲージ変換
不変性 (カイラル対称性という) が成り立つ世界、ではフェルミオンは質量を持てないのである。ラグランジアン
の質量項 (9.8) は、カイラル不変性を破る。ディラック方程式で、質量が有限の時は左と右の世界が混合したこと
を思い起こそう。ゲージ場もまた質量を持つとゲージ不変性を破るので質量項を持てない。質量発生原因に関し
ては後のヒッグス機構のところで説明する。ここでは、状況に応じて質量項は便宜的に取り扱う。
ゲージ場 B と W 0 は同じカレント (”中性のカレント”) に結合するので混合が生じる。相互作用のその部分を抜
き出すと
* 2)
1
−Lem+nc = [gW ΨL γ µ τ3 ΨW µ0 + gB ΨL γ µ Y ΨL B µ + gB eR γ µ YeR B µ ]
2
³
´
1
gB
gB
= νL γ µ νL (gW W µ0 − gB B µ ) + eL γ µ gW I3W µ0 + Y B µ eL + eR γ µ Y B µ eR
2
2
2
(9.13)
さもなければパリティが保存しない。
重力は働くので宇宙スケールで存在すれば観察可能。
* 4) マヨラナニュートリノであれば、左巻き成分のみで質量項を作れるが、他のクォークやレプトンに比べて異常に小さい質量値を説明する
ためにシーソーメカニズムを採用すると、やはり右巻きのニュートリノを必要とする。
* 3)
第 9 章 弱い相互作用
4
ここでニュートリノのみ I3 ,Y の数値を具体的に書き出した。ニュートリノは電磁場に結合してはいけないので、
ニュートリノに結合する場の組み合わせを Z、それに直交する組み合わせを電磁場 A と定義しよう。
1
(gW W 0 µ − gB B µ ) ≡ cos θW W 0 µ − sin θW B µ
Zµ = q
2
2
gW + gB
Aµ = q
1
2
gW
+ g2B
(gBW 0 µ + gW B µ ) ≡ sin θW W 0 µ + cos θW B µ
(9.14a)
(9.14b)
ここで導入した θW をワインバーグ角と呼ぶ。この Z と A を入れ、Q = I3 +Y /2 を使って書き直し、A とフェル
ミオン場の結合定数を e と読み替えると、弱相互作用と電磁相互作用のラグランジアンの相互作用部分は
·
¸
gW
Lweak = − eΨγ µ A µ QΨ + gZ Ψγ µ Z µ (I3L − Q sin2 θW )Ψ + √ ΨL γ µ (τ+W + µ + τ−W − µ )ΨL
(9.15a)
2
q
e
e
2 + g2 =
gw =
, gZ = gW
(9.15b)
B
sin θW
sin θW cos θW
I3L と書いたのは左巻き粒子のみアイソスピンを持つことを思い出させるためである。以上がグラショウの提案し
た SU(2) ×U(1) ゲージ相互作用に基づいた相互作用ラグランジアンである。ここまでの議論では質量は全てゼロ
であるが、後にワインバーグ・サラムがヒッグス機構を適用してフェルミオンおよびゲージ粒子に質量を与えた
のでグラショウ・ワインバーグ・サラム (GWS) モデルという。上のラグランジアンに質量項を加えたものは、高
次効果を問題にしなければ、実験データを説明するための現象的ラグランジアンとして現時点でも立派に通用す
る。Z の結合するカレントを中性カレントと言うが、上式で判るようにアイソスピンカレントに加えて電流を含み
結合定数も異なるなどいささか複雑な式となった。この理論が作られた時点で、中性カレント現象は発見されて
いなかったが、後に ν µ e− → ν µ e− , ν + N → ν + X 反応などが観測されて、sin2 θW ≅ 0.22 と決められた。
W の質量: 相互作用ラグランジアンの中から W ± に結合する部分を抜き出すと
gW
Lcc = − √ ΨL iγ µ (τ+W + µ + τ−W − µ )ΨL ≡ jW + µ W + µ + jW − µ W − µ
2
W1 ∓ iW2
1
τ± = (τ1 ± iτ2 ), W ± = − √
2
2
W を介してフェルミオン対同士が相互作用するラグランジアンは
"
L 4 f ermi =
d 4 xd 4 y jW + µ (x)∆F µ ν (x − y) jW − ν (y)

q q 
Z
g µ ν − mµ 2 ν
1
W

∆F µ ν (x − y) = −
d 4 qe−iq(x−y)  2
2 + iε
(2π)4
q − mW
(9.16a)
(9.16b)
(9.17a)
(9.17b)
となるが、低エネルギー領域 q2 << mW では q2 を無視できる。伝播関数分子の第 2 項はカレントに挟まれて現れ
るので、ベクトル部分はカレント保存則により消える。弱カレントの軸性ベクトル部分は保存しないので消えな
いが、カレントを作るフェルミオンの質量に比例することが示せる。何故なら
(iγ µ ∂ µ − m)ψ = 0 の時、 (iγ µ ∂ µ − m)γ 5 ψ = −2mγ 5 ψ であるから
gµ ν
従って、レプトンやクォークレベルではやはり無視できる。結局 ∆F (x − y) = 2 δ4 (x − y) となり、
mW
GF
L 4 f ermi = √ [Ψγ µ (1 − γ 5 )Ψ][Ψγ µ (1 − γ 5 )Ψ]
2
·
µ
¶
¸2
2
g
GF
πα
0.218
e2
2
√ = W2 =
√
→
m
=
=
80.4
GeV
W
2 sin2 θ
8mW
sin2 θW
2 8mW
2GF sin2 θW
W
(9.18)
(9.19a)
(9.19b)
となって (9.4) の V-A 型相互作用を再現すると共に、ワインバーグ角が判れば W の質量をも予言する式が得られた。
Z の質量値は後述するヒッグス機構を使って mZ = mW / cos θW ≅ 91.2GeV と予言された。1983 年には、SppS* 5) で、
* 5)
√
s = 540GeV の陽子・反陽子衝突型加速器。
第 9 章 弱い相互作用
5
予言通りの値で生産され、GWS モデルは標準理論として確定した。
9.3
パリティの破れ
9.3.1 電子とニュートリノのヘリシティ
弱い相互作用は V-A 型であり、パリティ変換により
V µ = (V 0 , V) → (V 0 , −V) = V µ ,
A µ = (A0 , A) → (−A0 , A) = −A µ
(9.20)
となるので、ラグランジアン密度は
L ∼ (V µ − A µ )(V µ − A µ ) = (V µ V µ + A µ A µ ) − (V µ A µ + A µ V µ )
(9.21)
→ (V µ V µ + A µ A µ ) + (V µ A µ + A µ V µ )
と変わる。変数も x = (t, x) → (t, −x) となるが、作用はラグランジアン密度を積分するから、−x は元の x に戻し
て良い。V µ A µ = V µ A µ であるから、結局 A の符号のみ変わる。第 1 項がパリティ保存項であり、第 2 項がパリ
ティ非保存項である。両者が同じ量だけ含まれているのでパリティを最大限に破る。
パリティの破れを実験で検証するには、パリティ変換で負となるよう
な観測量を検出すればよい。パリティ変換で
σ
P
−
→
σ,
p
P
−
→
−p
(9.22)
と変換するのでヘリシティ(σ · p) や p1 · (p2 × p3 ) はそのような観測量
である* 6) 。前者はある粒子の偏極軸に対する角分布に、言い換えれ
ば偏極軸に垂直な平面の上下分布に非対称性があることを意味する
(図 9.1)。歴史的には偏極したコバルトからベータ崩壊で放出される
電子の分布に上下非対称性があることで最初に示された。
ヘリシティ期待値: 弱い相互作用は左巻き粒子にしか作用しない
図 9.1: P 変換でスピンは不変、運動量
は逆向きになるから、(a) は (b) に変換
される。従って、P 非保存ならば上半球
ので、弱い相互作用の結果放出される電子やニュートリノの運動方向
偏極すなわちヘリシティの存在はパリティ非保存の証拠である。左巻
き粒子のヘリシティ期待値
0 < θ < 90◦ と下半球 90◦ < θ < 180◦ と
h=
で角分布に上下非対称が生じる。
σ ·p
|p|
(9.23)
がゼロでないことを示そう。
自由粒子はディラックの平面波解で表される。
"
#
#
"
σ ·p
χr
− |E|+m
χr
u(p) = N σ ·p
v(p) = N
χr
E+m χr
χr をヘリシティ固有状態として 1 − γ 5 を掛けると
#"
#
"
#
¶"
µ
h
h
1
−1
p
±
±
(1 − γ 5 )u(p) = N
= N 1∓
σ ·p
E +m
−1
1 E+m
−h±
h±
(9.24)
(9.25)
* 6) ヘリシティの存在自身はパリティ対称性を破ることにはならない。正のヘリシティと負のヘリシティが同数あればよい。しかし、そのよ
うな状況を設定した上で、反応の結果としてヘリシティに非対称性が生じたときはパリティが破れる。すなわち遷移行列の中に σ · p 項が存在
すればそれはパリティを破る反応となる。その場合、一般に角分布は ∼ 1 + αP cos θ という形を取る。P は偏極度、α は偏極している場合とし
ていない場合の断面積比、θ は偏極軸との角度である。
第 9 章 弱い相互作用
6
すなわちヘリシティ± の状態振幅がそれぞれ 1 ∓ p/(E + m) で表されるから、ヘリシティ期待値は
¿
σ ·p
|p|
¡
p ¢2 ¡
p ¢2
1 − E+m
− 1 + E+m
p
=¡
= − = −v
p ¢2 ¡
p ¢2
E
1 − E+m + 1 + E+m
粒子
À
反粒子のヘリシティ期待値は、E < 0 であるから
¿
σ ·p
|p|
À
=v
(9.26)
(9.27)
反粒子
質量がゼロであれば、ヘリシティ期待値は ±100% となる。質量が有限の場合、逆ヘリシティ成分は
1−v = 1−
p
m2
≅ 2
E
2p
(9.28)
程度ある。
電子のヘリシティを測定するには、縦偏極を一旦横偏極に直してから、標的に当ててモット散乱を起こさせる。
電子の静止系で見た場合核子の電流により磁場が生じ、電子スピンとの相互作用 (H = −µµ · B)、すなわちスピン軌
道角運動量結合により角分布に非対称を生じるので、偏極度が測定できる* 7) 。縦偏極を横偏極に直すにはクーロ
ン力はスピンを回転させないが磁気力はスピンを回転させること、従って電子ビームを電場で直角に曲げるか、あ
るいは同じことであるが低エネルギークーロン散乱で 90 度方向に電子を散乱させることにより作る。ベータ崩壊
からの電子やニュートリノは予想通りのヘリシティ値を示し、V-A 理論が検証された。
図 9.2: ミューオン崩壊と C, P, CP 変換。(a) 図を P 変換すると (b) に、次に 180 度回転すると (c) になる。(d) は (a)
の C 変換、(e) は (a) の CP 変換である。(a) と (e) のみ観測され、角分布やエネルギースペクトルは等しい。
9.4 C 変換と CP 変換
弱い相互作用は C 変換も破っている。相互作用に関与するのはカイラリティ負の粒子だけであり、質量がゼロ
のニュートリノの場合は* 8) 、粒子のヘリシティは負、反粒子のヘリシティは正に限られる。C 変換を施せばカイ
ラリティが逆転するが、カイラリティが正のニュートリノは存在しない。ミューオンの崩壊反応を考えてみよう。
図 9.2(a) のパリティ変換により (b) に移るが、180 度回転した (c) と (a) を比べてみると、ニュートリノのカイラリ
* 7)
散乱がxy平面で起こり磁場が z 軸方向を向いているとする。標的が原点にあり入射粒子が x 方向に進行する時、y > 0 の場合は ℓz = r × p|z < 0、
y < 0 の場合は ℓz > 0 となるので、正符号が引力ならば負符号は斥力となりどちらの場合も同じ y 方向に曲げられる。すなわち散乱に左右非
対称が生じる。
* 8) 実はニュートリノは小さな質量を持つが、これについては後のニュートリノ振動のところで述べる。標準理論の範囲では m = 0 として
ν
扱う。結論は変わらない。
第 9 章 弱い相互作用
7
ティが逆になっているから、この過程は存在しない。同様に (d) も存在しない。しかし、CP 変換を施した (e) 図は
OK である。CP が保存していれば (e) の正ミューオン崩壊の角分布やエネルギースペクトルは、(a) の負ミューオ
ン崩壊と同じはずである。実際にそうなっている。
ラグランジアンが CP 変換で不変なことを示そう。第 4 章で学んだ P 変換と C 変換を施すと
P 変換: ψ1 γ µ (1 − γ 5 )ψ2
C 変換: ψ1 γ µ (1 + γ 5 )ψ2
∴
→
→
ψ1 γ µ (1 + γ 5 )ψ2 ,
Wµ
−ψ2 γ µ (1 − γ 5 )ψ1 ,
Wµ
→
→
Wµ
(9.29a)
−W µ †
(9.29b)
i
gW h
LW EAK = √ ψ1 γ µ (1 − γ 5 )ψ2W µ + h.c.{= ψ2 γ µ (1 − γ 5 )ψ1W µ† }
2
i
gW h
PC
√ ψ2 γ µ (1 − γ 5 )ψ1W µ † + h.c. = LW EAK
−→
2
(9.30a)
(9.30b)
h.c. はエルミート共役項を表し、A µ B µ = A µ B µ を使った。実は、弱い相互作用には CP の破れが少し存在するが、
これは後の世代混合のところで述べる。
9.5 W メソン崩壊
9.5.1 W崩壊率
W メソンは重いから (mW = 80.4GeV )、崩壊チャネルが沢山開けている。従って崩壊幅が大きい。しかし、標準
モデルでは
W+
→
e+ ν e , µ + ν µ , τ+ ν τ , du, sc
(9.31)
の5つの崩壊モードで尽きている。トップクォークの質量が大きいので (mt ∼ 175GeV )、tb への崩壊モードはな
い。W はこれらの2重項と全て普遍的に結合するので、質量を無視する近似で運動学的には全て同じ式で表され
る。そこで代表的に W + (q) → e+ (p1 ) ν e (p2 ) を考察しよう。遷移行列要素は
< e ν|
+
Z
gW
gW
d x √ eL (x)γ µ ν L (x)W µ+ |W + >= (2π)4 δ4 (q − p1 − p2 ) √ u(p2 )γ µ
2
2
4
µ
1−γ5
2
¶
v(p1 )ε µ
(9.32)
ε µ は W ボソンの偏極ベクトルである。これより崩壊率を計算すると
Γ(W + → e+ ν ) =
2
1 gW
∑ |u(p2 )γ µ (1 − γ 5 )v(p1 )ε µ |2 dLIPS
2mW 8 spin
d 3 p2
d 3 p1
dLIPS = (2π) δ (q − p1 − p2 )
(2π)3 2E1 (2π)3 2E2
(9.33)
4 4
∑ はスピン和と偏極の平均を表す。
2
g2
gW
|u(p2 )γ µ (1 − γ 5 )v(p1 )ε µ |2 = W KL (p1 , p2 ) µ ν ε µ ε∗ν
∑
8
2
µ ν
2
ν µ
µν
µ ν ρσ
= gW [p2 p1 + p2 p1 − g (p1 p2 ) + iε
p1 ρ p2 σ ]ε µ ε∗ν
|M f i |2 ≡
(9.34)
演習問題 9.1 W − → e− ν の時の遷移振幅は、(9.34) 中の最後の項の符号が変わるのみであることを示せ。
演習問題 9.2 レプトンの質量を無視するとき、(9.34) は W + の静止系では
|M f i |2 =
2 m2
gW
W
[1 − (n · ε)(n · ε∗ ) − i(ε × ε∗ · p)],
2
n=
p1
|p1 |
(9.35)
第 9 章 弱い相互作用
8
であること、これから W の偏極状態 λ = ±, 0 に対応してレプトンの角分布は偏極軸に対して
∼
µ
1 ∓ cos θ
2
¶2
, sin2 θ
(9.36)
の様になることを示せ。
W が偏極していないときは偏極の平均を取る必要がある。
µ
¶
qµ qν
1
1
∗
ε µ (λ)ε ν (λ) =
−g µ ν + 2
3∑
3
mW
λ
(9.37)
これは指標 µ ν について対称であるので、(9.34) の第4項は寄与しない。さらにレプトンの質量がゼロである近似
µν
では q µ KL
= 0 であるので
|M f i |2 =
2
gW
g2
1 2 2
[−2(p1 p2 ) + 4(p1 p2 )] = W q2 = gW
mW
3
3
3
(9.38)
行列要素が角度依存性を含まないので、終状態はそのまま積分できて
dLIPS =
結局
Γl = Γ(W ± → ℓ± ν ) =
1
8π
(9.39)
2 m
GF m3
gW
W
= √ W = 0.223GeV
48π
6 2π
(9.40)
クォーク対 qi q j への崩壊率は質量を無視する近似で
Γq = 3Γi |V ji |2
(9.41)
因子 3 はカラー自由度を表し、V ji は小林-益川行列要素である。du, su, sc, dc への崩壊率ががそれぞれ、cos θ2c , sin θ2c
に比例するので、この4つの全部を考慮すれば、d ′ u, s′ c の 2 チャネルのみに崩壊するとしたことと同じになる。結
局全崩壊率は (d ′ u, s′ c, eνe , µ νµ , τντ ) チャネルを全て考慮して、
ΓW = 9Γl ≅ 2.0GeV
BR(e ν ) ≅
(実験値 2.12 ± 0.05GeV )
1
= 11.1% (実験値 10.56 ± 0.14%),
9
BR(ハドロン) ≅
6
= 66.6% (実験値 = 67.6%)
9
(9.42)
レプトンやクォークの質量をゼロと置く近似式と実験値との一致はきわめて良い。また各チャネルへの分岐比も、
クォークやレプトンの数を数えるだけの算術 (クォーク計数 (counting) と言う)で良く実験値を再現する。
9.5.2 陽子・反陽子衝突反応による W 生成と崩壊電子の角分布
W 粒子を陽子・反陽子反応で生成した場合、陽子の中にあるクォークが
u + d → W +,
u + s → W +,
d + u → W −,
s+u → W+
(9.43)
のような反応を起こし W を生成する。左巻きクォークのみ関与するから、W は陽子の方向と逆向き、すなわち
λ = −1 の状態で生成されるので、電子の角分布は、∼ (1 + cos θ)2 となる (図 9.3)。陽電子生成の場合は、スピン
の向きが逆になるから、角分布は ∼ (1 − cos θ)2 となり、後方で大きくなる。実験データ (図 9.4) はまさにそのよ
うになっている。
第 9 章 弱い相互作用
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図 9.3: p + p → W ± → e± ν 反応で角分布が (1 ±
cos θ)2 になるわけ。 (a) d + u → W − , u + d →
W + でいずれも W のヘリシティは入射方向に
逆方向。 (b) 角運動量を維持するための e− ν
の配置。e− が前方に行く。
(c) 同上。e+ が
前方に行く。
図 9.4: W → e∓ ν の e∓ が入射陽子となす角度分布。
(1 + cos θ)2 分布は V ± A 型に整合する。陽電子では入
射方向は反陽子の方向にとった。
9.5.3 W 質量の測定
ハドロンによるレプトン生成断面積は
3
dσW →e∓
= σW →e∓ (1 ± cos θ)2
dΩ
8
(9.44)
ŝ
p̂2T = p̂2 sin2 θ = (1 − cos2 θ)
4
(9.45)
と書けるから電子の横運動量分布は
を使えば
上式は ŝ =
2 p̂2
√
dσ
2
dσ
3
1 + cos2 θ 3 σW →e 1 − ŝT
=
= σW →e
=
´1/2
2
ŝ cos θ d cos θ 4
ŝ cos θ
2 ŝ ³
d p̂T
4 p̂2
1 − ŝT
(9.46)
ŝ/2 のところで無限大になる。この無限大はジャコビアン頂上 (Jacobian peak) と呼ばれ2体反応の運
動学変数の性質から出る特性である。 p̂T 分布が mW /2 のところで切断されるため質量決定に役立つ。もし、生成
された W が横運動量を持たなければそして崩壊幅 ΓW による質量不定性が無ければ、観測される電子の横運動量
は上で与えた p̂T に等しい。実際はパートンの持つ運動量分布で積分するため特異性は消え有限の高さとなる (図
9.5(a))。図 9.5(b) に実験測定結果を示す。
横質量分布
衝突型加速器実験ではビームパイプの存在のため前後方に放出されたジェットの検出が難しく、反応
2次生成粒子の縦方向の運動量バランスは得られない。しかし、ビームに垂直な横運動量は効率よく測定できる
ので、運動量バランスから得られる見えない横運動量もまた貴重な情報である。W生成の場合は見えない横運動
量はニュートリノ横運動量と見なせる。そこで横質量 mT を
m2T (e, ν ) = (|p ν T | + |pe T |)2 − (p ν T + pe T )2 = 2|p ν T ||pe T |(1 − cos ∆φ)
(9.47)
で定義する。∆φ はビーム軸に垂直な平面での p ν T と pe T のなす角である。正確な不変質量
2
mW
= (|p ν | + Ee )2 − (p ν + pe )2
(9.48)
第 9 章 弱い相互作用
図 9.5: (a) u + d → W + → e+ + ν 反応のジャコビアン頂上図
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(b) 電子の横運動量分布測定結果
を比較すれば mT は 0 と mW の間にある。mT 分布は電子の横運動量と同じ特徴を持つが、親の W の横運動量に
左右されない量であるので、電子の横運動量分布よりは多少正確な質量値を導出できる。
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