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馬英九政権発足後の台湾経済の行方
台湾動向 馬英九政権発足後の台湾経済の行方 ― 対中関係の改善を梃子とした経済活性化 ― 2008年3月22日に行われた台湾総統選挙(大統領選挙に相当)で、中国 国民党(以下、国民党と略)候補の馬英九氏が勝利し、5月20日に第12代 総統に就任した。8年ぶりとなる政権交代により、台湾の経済政策はどの ように変化するのか。経済政策に関する馬英九政権の公約から、台湾経済 の先行きを考察する。 2008年3月22日、第12代総統選挙が台湾で行われた。 人当たりGDPを3万米ドルに引き上げ(2007年は1万 民主進歩党候補の謝長廷氏と国民党候補の馬英九氏 6,792米ドル) 、失業率を3%以下に引き下げる (2008年 の一騎打ちの構図であったが、馬英九氏が58.4%の票 4月現在3.8%) というのが、その具体的な内容である。 を得て勝利を収め、5月20日に総統に就任した。 台湾の潜在GDP成長率は4%台とされることが多いが、 国民党が政権の座を奪回したのは8年ぶりのことであ それと比べてかなり高い数値目標が設定されている。 るが、政権交代によって台湾の経済政策はどのように この高い目標を実現するために、馬英九政権は選挙 変わるのか。その先行きを日本企業も無視できない。台 期間中に数多くの経済政策のパッケージを提示してきた 湾は日本にとって第4位の貿易相手であり (2007年) 、第 が、なかでも注目されているのが、対中経済交流の拡大 6位の現地法人設立先だからである (東洋経済新報社 と、 「愛台12建設」 という公共投資を主体とする大規模 「海外進出企業総覧」 (2007年版) ) 。また、台湾の対中 な8カ年の投資計画である。 経済交流政策の変化は、日本企業のビジネスに影響を 与える可能性がある。日本企業自身、あるいは、日本企 中国との対話路線の重視 業が製品の調達先としている台湾企業が中台を跨ぐ分 業ネットワークを積極的に構築してきたからである。 そこで、馬英九政権の経済政策に関する公約の分析 を通じて、台湾経済の今後の展開を考えてみたい。 馬英九政権は、安全保障面だけでなく、経済発展の 観点からも中国との関係改善が重要だとの認識に立っ ている。中国との対話を通じて対中経済交流を拡大さ せ、中国の高成長を利用しやすくすることが台湾経済 野心的な経済成長目標の設定とその実現策 の活性化につながると考えているのである。 対中関係の改善を図るため、馬英九総統は、任期中 馬英九氏は、経済重視の姿勢を明確にし、野心的と に 「統一しない、独立しない、武力行使しない」 ことを就 もいわれる経済成長目標を掲げて選挙戦を闘ってきた。 任演説で確約している ( 「三つのノー」 ) 。多くの台湾市 その目標は「経済建設633目標」 と名付けられている。馬 民の支持を得にくい早急な中国との統一を避ける一方 英九総統が再選を果たした場合に引退するのが2016年 で、独立や武力行使という選択肢を排除することで、中 であるが、同年までの年平均成長率を6%以上にし、一 国との対立を緩和させるのがその狙いである。 10 みずほリサーチ July 2008 また、馬英九政権は「92年コンセンサス」 に基づき、中 間110万人)の中国人観光客を受け入れることで、600 国との対話の早期再開を図る方針である。 「92年コンセ 億台湾ドル(2,033億円相当)の観光収入と4万人の就 ンサス」 とは、1992年に中台双方が合意した中台間の 業機会が創出されると試算している。馬英九政権は、 主権問題に関する共通認識だとされる。その具体的な 中国との交渉を早急に進め、この二つの公約を今年7 内容については、中国政府と馬英九政権の間に違い 月中に同時に実現しようとしている。また、中国人観光 はあるが、 「一つの中国」の原則を堅持し、最終的な統 客の受け入れ拡大に歩調を合わせて、台湾ドルと人 一に向けて努力するという点では、見解が一致してい 民元の兌換を行えるよう、関連法規の改正作業も行わ る。中国側もこの共通認識に基づき、対話を再開させ れている。 る姿勢をみせている。 日本人を含む外国人が中台直航チャーター便を利用 できるかはまだ不明だが、外国人にも開放されるように 対中経済交流拡大策の中身と経済効果 なれば、中台間の移動時間の短縮につながることは間 違いない。海運についても、中台間の直航貨物便を実 中国との対話を通じて、また、台湾側単独の規制緩 現すべく、馬英九政権は中国との協議を図る構えであ 和を通じて、馬英九政権が実現しようとしている対中経 る。現在は第三国・地域経由が原則として義務づけら 済交流に関する主要な公約は、図表1の通りである。こ れているが、この公約が実現すれば、リードタイムの短 のうち、馬英九政権が早期実現を目指しているのが、中 縮や輸送コストの削減というメリットがもたらされること 台間の週末直航チャーター便の運航開始と中国人観光 になるだろう。 客の受け入れ枠の拡大である。 馬英九政権は、財界からの批判の強かった対中投 前者は、2003年以来、旧正月などの長期休暇時に中 資累計額の上限規制、半導体産業や銀行をはじめとす 台間の直航チャーター便が運航されてきたが (中台航空 る金融機関の対中投資規制の緩和も進める方針だ。そ 協定が締結されていないため、実際には香港上空を経 れが実現すれば、台湾企業の対中投資の拡大や高度 由) 、それを週末にも運航させるというものである。後者 化が進むことになりそうである。中国で台湾企業との競 は、中国人観光客の受け入れ枠を大幅に拡大し、台湾 争が激化したり、顧客である台湾企業の対中投資の動 の内需拡大や観光業の発展につなげることを狙ったも きを踏まえた中台間の分業関係の見直しを図る必要性 のである。馬英九政権は、1年目は1日当たり3,000人(年 が出てきたりする可能性もある。それだけに、今後の規 制緩和と台湾企業の動向は要注目だ。 ●図表 1 対中経済交流に関する主要な公約 《中台直航チャーター便の増発》 ・2008年7月:週末チャーター便運航開始 ・2008年末:チャーター便を毎日運航開始 ・2009年6月:チャーター便を定期便に変更 《中国人観光客の受け入れ枠拡大》 ・2008年7月:3,000人 / 日に拡大 ・2年目は 5,000 人 / 日、3年目は 7,000人 / 日、4年目は1万人 / 日に拡大 《台湾ドルと人民元の兌換開始》 《中台直航貨物便(海運)の実現》 《台湾企業の対中投資規制の緩和》 ・対中投資累計額規制の緩和 ・半導体などのハイテク業種や金融業の対中投資規制の緩和 《中国資本による対台湾投資規制の緩和》 ・不動産、一般産業、 インフラ建設事業、株式への投資など (資料)「②馬英九、蕭萬長 2008 総統大選競選網站」、各種新聞記事より作成 「愛台12建設」の推進 対中経済交流の拡大を通じた経済活性化に加えて、 馬英九政権は「愛台12建設」 という大規模な投資計画 を実施することで高成長を実現しようとしている。 「愛台12建設」 とは、総額3兆9,900億台湾ドル(13兆 5,000億円相当) に上る8カ年の投資計画で、うち公共投 資が2兆6,500億台湾ドル、民間資金の活用による投資 が1兆3,400億台湾ドルである。産業インフラの建設が主 みずほリサーチ July 2008 11 台湾動向 体だが、環境保護や生活環境の改善などに目配りがさ 華民国」だが、 「台湾を中華民国が、中国大陸を中華人 れているほか、地域の均衡的な発展、新産業と伝統産 民共和国が実効支配している」のが現状との認識に立 業のバランスにも配慮された包括的な投資計画となっ っており、中国政府がいう 「一つの中国」 とは中身が異 ている (図表2) 。 なる。公約の実現に際しては、両者間で文書の締結を 陳水扁政権期においては、景気減速による税収の伸 要するものがあるが、どのような名称で署名するかをめ び悩みや与野党確執などを背景に、公共投資の規模は ぐって、こうした認識の違いが障害になる可能性がある 2000年から2007年の間に3割強も減少した (実質ベー とされる。また、馬英九政権は、国際組織への加盟や ス) 。馬英九政権は公共投資を大幅に増加させること 諸外国との自由貿易協定などの締結を認めるよう、中 で、毎年12万人の雇用を創出しようとしている。それが 国政府に求めているが、中国政府が拒絶した場合には、 実行に移されれば、建設業界を中心として日本企業に 関係が悪化する可能性もある。 もビジネスチャンスがもたらされる可能性がある。計画の 具体化のプロセスを注視しておく必要があるだろう。 もう一つの課題は、対中経済交流の拡大に伴う副作 用や懸念を弱められるかという点にある。対中投資の 拡大・高度化による産業空洞化を懸念する声は台湾内 馬英九政権を待ち受ける諸課題 に根強くある。馬英九政権は、①中国製農産物の輸入 制限や中国人労働者の受け入れ制限の維持、②弱者 馬英九政権は、立法院(国会に相当) で3分の2を超 への配慮、③新産業や人材の育成などを通じて、副作 える議席をもつ。少数与党政権であった陳水扁政権と 用を弱める構えだが、馬英九政権の政策立案能力、利 比べて、公約を実現するうえで有利な立場にあるといえ 害調整能力が試されることになるだろう。 る。ただし、公約の実現に際しては、克服しなければな らない課題もある。 一方、台湾内の経済政策については、財政問題が公 約推進上の障害となることが懸念されている。 「愛台12 対中経済交流の拡大に関しては、主として二つの課 建設」以外にも、衰退産業や低所得者、社会的弱者に 題がある。一つは、中国との交渉をスムーズに進められ 配慮した政策など、財政負担を高める措置が多く打ち るか否かである。馬英九政権と中国政府の間の対立点 出されているが、台湾では80年代後半以降、ほぼ一貫 は、 「一つの中国」 を認めてこなかった前政権と比べれ して財政赤字が続いている。台湾の中央政府債務残高 ば小さい。ただし、馬英九政権は「一つの中国」 とは「中 の規模は対GNP比30%前後で推移しているものの、隠 れた政府債務も含めると、その規模は90%になるともい われている。公約を維持しつつ、財政の健全化を図る ●図表 2 「愛台12建設」の概要 ①台湾全島の交通網整備(鉄道等) ②高雄の自由貿易港、娯楽施設等の整備 ために、増税、企業や家計の社会保障負担の引き上げ が行われる可能性もある。在台湾日系企業の事業コス ③台中の海運・空運物流センター化 ④桃園の国際空港都市化を狙ったインフラ整備 ⑤「スマート台湾」 (人材育成、IT 関連施設整備等) ⑥「産業イノベーション地帯」の形成(ハイテクパーク整備等) ⑦都市・工業区の再開発 ト増につながる恐れもないとはいえないだけに、今後の 税制・社会保障制度改革の動向を注視しておく必要が あるだろう (2008年6月10日時点) 。A ⑧農村再生(各種基金、農業企業化支援制度等) ⑨海岸再生(漁港開発、観光漁業推進等) ⑩造林推進 ⑪洪水対策・治水事業の推進 ⑫下水道建設の推進 (資料)「②馬英九、蕭萬長2008総統大選競選網站」より作成 12 みずほリサーチ July 2008 みずほ総合研究所 アジア調査部 上席主任研究員 伊藤信悟 [email protected]