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デフレ下のビジネスモデルからの転換

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デフレ下のビジネスモデルからの転換
今月の視点
デフレ下のビジネスモデルからの転換
─「氷河期」後の新たな戦略は ─
みずほ総合研究所 チーフエコノミスト 高田 創
日本経済
最近の不動産市場動向
政策動向
電力システム改革の行方
─ 参入拡大への期待と安定供給確保の重要性 ─
アンケート調査結果
ASEANに対する期待と懸念を交錯させる日本企業
─ 2014年2月
「アジアビジネスアンケート調査」
から ─
米州動向
2%割れ成長が続くブラジル経済
─ W杯開催効果も限定的、ルセフ大統領再選に黄信号 ─
海外通信
米国サッカー人気の真実
─ 侮れない米国サッカーの底力 ─
今月のキーワード
エルニーニョ現象
今月の視点
デフレ下のビジネスモデルからの転換
─「氷河期」後の新たな戦略は ─
日本経済
最近の不動産市場動向
政策動向
電力システム改革の行方
─ 参入拡大への期待と安定供給確保の重要性 ─
アンケート調査結果
ASEANに対する期待と懸念を交錯させる日本企業
─ 2014年2月
「アジアビジネスアンケート調査」
から ─
米州動向
2%割れ成長が続くブラジル経済
─ W杯開催効果も限定的、
ルセフ大統領再選に黄信号 ─
海外通信
米国サッカー人気の真実
─ 侮れない米国サッカーの底力 ─
今月のキーワード
エルニーニョ現象
みずほリサーチ July 2014
みずほ総合研究所のホームページでもご覧いただけます。
http://www.mizuho-ri.co.jp/publication/research/research/
本資料は情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。
本資料はみずほ総合研究所が信頼できると判断した各種データに基づき作成されておりますが、その正確性、
確実性を保証するものではありません。また、
本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。
今月の視点
デフレ下のビジネスモデルからの転換
─「氷河期」後の新たな戦略は ─
日本企業を取り巻く「氷河期」をもたらした資産デフレと円高に転換が生じるなか、
企業のビジネスモデルにも見直しが必要になっている。リストラ・賃下げで「氷河期」
に適応し「進化」した日本企業は、
「氷河期」の氷が溶け出すなか、価格引き上げを実現
できるビジネスモデルをもつ企業とそうでない企業に二極化する可能性がある。
みずほ総合研究所 チーフエコノミスト 高田 創
「氷河期」で進化を遂げた日本企業
日本企業を取り巻く 1990 年代以降の 20 年以上に
わたる環境は、まさに企業金融の「氷河期」と言って
も過言ではなかった。バブル崩壊に伴い、株・不動産
を中心に未曽有の資産デフレが生じた。世界の歴史
を振り返れば、通常、こうしたバブル崩壊に伴う深刻
な経済問題が生じた国の通貨は下落する。90 年代初
の北欧諸国において、不動産バブル崩壊に伴う経済
危機を救ったのは、大幅な自国通貨下落による輸出
増だった。90 年代後半のアジア通貨危機からの回復
も、各国通貨の大幅下落によるものだった。同様に、
2007 年以降の米国のサブプライム問題に端を発し
た経済危機を救ったのも、ドルの大幅下落だった。
しかるに、日本の場合、90 年代以降のバブル崩壊は
世界的にも未曽有な深度であったにも関わらず、90
年代半ばにかけて史上最高の円高に襲われ、さらに
2000年代後半以降再び円高が加速し、しかも2011年
の東日本大震災の後も更なる円高に襲われた。以上
のような、資産デフレと円高が 20 年続いた状況は、
まさに日本企業の「氷河期」と言える。歴史に「仮に」
という言葉は禁物であるが、90 年代以降、日本の為
替が円安、例えば 80 円割れではなく 150 円以上で推
移したら、
「失われた 20 年」は随分と異なるものに
なっていたのではないか。
ただし、日本企業の優れた点は、こうした厳しい環
境に適応して「進化」を遂げたことにあった。90 年代
初のバブル崩壊初期、日本企業は「3 つの過剰」
、すな
わち、過剰債務、過剰設備、過剰雇用が問題とされた。
バランスシート調整に伴い資産デフレになったなか
で、固定設備や資産保有を圧縮し、同時に債務圧縮の
デレバレッジを行うことが基本になった。また、日本
的経営とされた終身雇用が暗黙裡に意識されたなか
での雇用は「固定費化」していたが、それを圧縮する
だけでなく非正規雇用として「変動費化」させること
も重要な進化であった。すなわち、バランスシート
上、
「持たない経営」を追求することが生き残りの鉄
則だった。
「氷河期」にふさわしいリストラモデル
極端な円高で生き抜くには、製品価格を上げるこ
とは禁物だった。価格を上げれば国際市場でのシェ
アを奪われてしまう。しかし、円高にもかかわらず市
場で価格を据え置くにはコスト圧縮が不可欠であ
り、そのためには、人件費も販管費も縮小しマージン
も圧縮する絶え間ないリストラが必要になる。先述
の人件費の「変動費化」に加えて、水準を引き下げる
減量経営が基本であった。同時に、製造拠点を海外に
移転させる「国内空洞化」も生き残りの重要な戦略の
一つだった。
以上の状況は、国際市場を相手にする輸出企業に
とどまらない。日本をリードしてきた輸出企業が先
陣を切ってリストラを行ったなか、国内では賃金を
切り下げる動きが広がり、さらに円高による輸入品
の価格下落が「価格破壊」として浸透し、いかに価格
を下げて製品やサービスを提供できるかを競い合う
ことになった。90 年代以降に台頭した小売りチェー
ンや外食チェーンは、価格破壊、海外仕入れ、人件費
圧縮などの効率化を共通の戦略としていたが、なか
にはその労務状況から
「ブラック企業」とレッテルを
貼られるものもあった。図表1は、90年代以降のバブ
ル崩壊以降の「氷河期」
における各企業の生き残りを
1
今月の視点
価格を上げられるような商品性を実現できるかにあ
る。すなわち、
「氷河期」の連鎖とは逆に、商品やサー
ビスの価格が上げられるところは人件費も上げるこ
とによって、人手不足のボトルネック解消も可能に
なる。環境変化に対処できるビジネスモデルをもっ
た企業とそうでない企業との二極化が大きなテーマ
になる。最近元気な企業は、良い商品やサービスが顧
客に評価されて、価格も相応に引き上げている。顧客
がワンランク上の商品を求める時代になってきたこ
とを意味している。
また、
過去20年にわたる低賃金や低コストで再生産
や労働供給が行われにくくボトルネックが生じたよ
うな業種へ、人材をシフトさせるような対応も必要に
なる。これは成長戦略としての供給力強化にもつなが
る。
90年代以降
「氷河期」
に進化し生き残った企業が隆
盛を迎えたのと同様に、今後、環境変化にいち早く適
応した企業が新たに台頭する可能性がある。
かけた財務戦略が、貸出・投資の低迷と、賃金の低下、
デフレ状況を招いたことを示す概念図である。
「氷河期」の氷が溶け出す環境変化
一方、
2013年以降、為替の大きな潮流が円高から円
安に転換した。米国の回復に加え、日本の80年代以降
の大幅な経常収支黒字が転換したことからも、もは
や過去の大幅円高に戻る状況ではない。同時に、過去
20 年の資産デフレの潮流も、海外からの日本資産の
見直しに加え、各国中央銀行の異例な金融緩和で転
換した。すなわち、企業経営を巡る環境は「氷河期」の
氷に閉ざされた世界から、
2013年以降、一部で氷が溶
け出す状況へと変化が生じている。
ただし、
20 年にわたる慎重化したマインドセット、
すなわち「草食系」バイアスが企業の意思決定に根強
く浸透してしまったなか、元に戻すことは難しい。行
動バイアスの前提が資産デフレと円高継続であった
なら、企業行動が前向きになってしかるべきだ。しか
し、
「氷河期」にも耐えるべく進化した企業がビジネス
モデルを変えるのは容易ではない。今日、一部の外食
チェーンや小売りチェーンでは、人手不足から店舗を
閉鎖する動きも生じている。こうした企業群の多く
は、これまで低価格路線経営、すなわち「氷河期」にも
生き残るビジネスモデルであった。その「氷河期」に変
化が生じたなか、新たなビジネスモデルに発想の転換
ができるかが問われる段階にある。もはや、従来のよ
うな安い人件費では人材が集まらない状況にある。
日本は長い眠りから覚めるか
今年の映画界で大ヒットした「アナと雪の女王」で
は、長く氷に閉ざされた「氷河期」の呪文を解いたの
は「恐れ」ではなく「真実の愛」であった。日本におい
ても、過去20年以上の「氷河期」から脱するには、恐れ
による圧迫感からのリストラだけでなく、自信回復
によるマインドの高揚が不可欠になる。2014 年の課
題は、新たな環境に適応するビジネスモデルの発掘
と自信回復にあるのではないか。長らく閉塞に陥っ
ていた日本が転換し、バブル崩壊以降の長い「眠りに
ついた女王」
を覚醒させることはできるだろうか。
新たなビジネスモデルへの転換が課題
新たな環境での生き残りは、製品価格やサービス
●図表1 バブル崩壊後の日本企業の生き残り戦略の概念図
アベノミクス
バランスシート(B/S)
設備
損益計算書(P/L)
持たない経営
不動産
株式
キャッシュ重視
負債
個別企業の戦略
悪の枢軸
先行き期待低下
悲観
相互に影響
資産デフレ
信用収縮
マクロ
無借金経営化
2
円高での競争力
低下
原 価
円高での経費削減
人件費圧縮
利 益
マージン圧縮
デレバレッジ
資本
(資料)みずほ総合研究所
売り上げ
企業収益改善
デフレ
景気低迷
円高圧力
日本経済
最近の不動産市場動向
2013 年の地価回復は緩やかながらも広がりがみられた。土地取引も増加しており、
実需に沿った回復を遂げていたと評価できる。不動産投資市場では、都区部のキャップ
レートが2006年並みまで低下したものの、
ミニバブルと言われた当時と異なり期待成
長率の上昇に沿った動きであり、
今のところ投機的な動きの強まりはうかがわれない。
アベノミクス始動とともに日本経済の回復が続く
中、不動産市場の回復も鮮明となっている。不動産投
資の活発化をてこに不動産価格の回復に弾みがつけ
ば、資産効果による消費拡大や投資の活発化につな
がり、実体経済への好循環が期待される。一方、資産
市場の変調が先んじて現れやすいのも、投資市場で
ある。不動産ミニバブルと言われた 2000 年代半ばに
は海外からの投資資金流入などにより過熱感が急
速に高まったものの、不動産価格の上昇は長く続か
なかった。今回の回復局面でも同様の懸念はないの
か。現時点で、あるいは近い将来、日本の不動産投資
市場に過熱感が生じるか否かは、日本経済の重要な
論点である。以下では不動産市場全体の回復状況を
確認した上で、投資市場の回復について検証する。な
お本稿では、特に断りのない場合、
「ミニバブル期」を
「2000年代半ば(主に2005∼07年)の不動産市場の活
況期」を指して用いる。
など、全般に高い上昇率を示していた。しかし 2013
年は、地価水準に関わらず 5 ∼ 10%程度の上昇率に
集中している。また、地価が上昇していた地点の比率
は地方・都区部(東京23区)ともに、2005年より2013
年の方が高い。さらに地価変動率のばらつき(標準偏
差)は、地方・都区部とも 2005 年に比べて小さい。す
なわち、今回は 2005 年に比べて上昇幅が小さく緩や
かではあるものの、回復に広がりがみられることが
確認できる。
さらに今回は、前回の回復に比べて土地取引が全国
で活発化していることも特徴として挙げられる。土地
取引の指標として「土地の売買に伴う移転登記個数」
をみると、
2013年は前年比+9.9%と2桁近い伸びを示
した。震災復興や増税前の駆け込み需要により住宅市
場が回復していたことを踏まえると、住宅の登記増が
全体を押し上げた可能性がある。それに対し、
2005 年
の土地取引は同+ 1.7%の伸びにとどまり、かつ取引
増の大部分が東京圏と大阪圏に偏っていた。
地価の回復に広がり
足元の地価上昇は実需に沿った動き
地価は回復傾向が鮮明となっている。
2014 年 1 月 1
日時点の地価公示は、
3 大都市圏の地価(全用途)が前
年比+0.7%
(2013年1月1日時点は同▲0.6%)と6年ぶ
りに上昇した。地方圏(全用途)は下落が続いているも
のの同▲ 1.7%
(同▲ 2.8%)とマイナス幅が縮小し、全
国平均では同▲0.6%とほぼ横ばい圏まで回復した。
今回の地価回復の特徴として、前回の地価回復局
面よりも、幅広い地点で緩やかに回復しているこ
とが挙げられる。3 大都市圏の地価が上昇に転じた
2005年(2006年1月1日時点)と2013年(2014年1月1
日時点)の地価公示の各調査地点データ(全国、全用
途)をみると、2005 年には上昇地点の多くが 10%を
超えており、なかには 40%近く上昇した地点もある
ミニバブル期とは異なる特徴をもつ今回の回復の
背景として何が考えられるのか、土地取引の動向と
地価変動率の関係をみることで検証する。地価変動
率を縦軸、土地取引件数の変化率を横軸にとり、各年
のデータをプロットしたのが図表 1 である。地価と
土地取引量の関係を示すグラフは、反時計回りの動
きを示す傾向がある。景気回復によって地価上昇期
待が高まると、取引が増加して価格が上昇する局面
(第1象限)に入る。その後、土地所有者が将来の値上
がり期待から供給を絞るため、地価が上昇し続ける
中で土地取引は減少する局面(第 2 象限)に入る。さ
らに、需要が価格上昇についていけなくなるにつれ
3
日本経済
て、地価下落と土地取引の減少がともに起こる局面
(第3象限)にシフトするのである。
現在の位置を確認すると、全国平均では土地取引
の拡大に伴い地価下落率が縮小して第 1 象限に近づ
き、東京圏では既に土地取引の増加と地価上昇が同
時に起こる第 1 象限入りしている。一方、ミニバブル
期には、全国平均では土地取引の増加を伴わず地価
が下落から上昇に転じ(第4象限→第2象限)、東京圏
も 2006 年に土地取引がほぼ横ばいで地価が上昇、そ
の後2007年には第2象限に入っていた。
ミニバブル期に土地取引が減少しながらも地価が
上昇した理由として考えられるのは、ミニバブル期
には不動産市場が回復する中で投機的動きが強ま
り、需要が優良な特定不動産に偏ったのではないか、
ということだ。地価公示は取引事例に基づく鑑定価
格であるため、高値の売買実績が周辺の地価(鑑定価
格)にも影響し、全体として地価は上昇する。しかし
特定不動産に需要が集中すれば、土地取引総数は減
少する。それに対して、2013 年は土地取引の増加を
伴って地価が上昇しており、実需に沿った回復を遂
げていると評価できる。
不動産投資市場の過熱感は
都区部で2006年並み
前節の分析では、登記統計データの制約から住宅
や商業用などの用途別の動向はわからない。全体と
しては実需に沿った緩やかな回復を示していても、
住宅用途等を除いた投資市場では過熱感が強まって
いる可能性もある。
投 資 家 の 過 熱 感 を 測 る 指 標 と し て 、し ば し ば
「キャップレート」が用いられる。キャップレートは
投資家が投資の判断基準として用いる還元利回りで
あり、
「不動産から得られる純収益÷不動産価格」で
求められる。この式を変形すると「不動産価格=不動
産から得られる純収益÷キャップレート」となり、純
収益を所与とすれば、投資家がどの程度の利回りを
期待するか(キャップレートをどう想定するか)に
よって不動産価格が決定されることになる。
日本不動産研究所によれば、国内の主要ビジネス
地区のキャップレートは低下傾向にある(図表 2)。
丸の内・大手町や日本橋など東京都心部では2012年
頃より低下が続いていたが、足元では札幌や名古屋、
福岡といった地方都市でも低下し始めている。直近
(2014 年 4 月調査)のキャップレート水準に注目す
ると、地方都市ではおおむね 2005 年並みの水準にと
どまっているが、東京の各地区は 2006 年水準まで低
下している。東京の各地区ではミニバブル期最中の
2006年並みの過熱感が生じている可能性がある。
ミニバブル期とは異なる
足元のキャップレート低下要因
もっとも、最近のキャップレートの低下要因をみ
ると、2006 年当時とは異なる様相を呈していること
がわかる。東京都区部のキャップレートの変動につ
いて、収益還元法の考え方を用いて①リスクフリー
レート、②リスクプレミアム、③不動産から得られ
る純収益の期待成長率に要因分解する。純収益の期
待成長率は、上昇した場合にキャップレートが低下
するという逆符号の関係となる。将来的に賃料の上
昇などによって純収益の増加が見込まれれば、純収
益が増加しない場合に比べて高い不動産価格(低い
キャップレート)を投資家が受け入れると考えられ
●図表1 地価変動率と土地取引件数
2
0
2007
2006
2013
▲2
▲4
2011
2008
2012
2005
▲6 (第3象限) 2001
2003
2006
2
(第1象限)
現在
2013
0
▲2
▲4
2011
2012
2008
▲8 (第3象限)
(第4象限)
▲7
2003
2001
(第4象限)
▲10
▲10
▲5
0
5
10
土地取引
(前年比、
%)
15
(注)
地価は翌年1月1日時点の前年比変動率。
(資料)
法務省「法務統計月報」、国土交通省
「地価公示」よりみずほ総合研究所作成
4
4
【東京圏】
2007
▲6
▲5
▲15
(第2象限)
6
現在
▲1
▲3
8
地価変動率︵%︶
地価変動率︵%︶
1
(第1象限)
ミニバブル期
【全国】
(第2象限)
ミニバブル期
3
▲20
▲10
0
10
土地取引(前年比、
%)
20
るためである。
要因分解の結果、2006 年はリスクプレミアムの低
下がキャップレートの低下に最も寄与していたのに
対して、2013 年は期待成長率の上昇がキャップレー
トを大きく押し下げ、リスクプレミアムはむしろ上
昇する(キャップレートを押し上げる)形となってい
る(図表3)
。
2006 年のリスクプレミアム低下については、不動
産価格の持続的上昇期待が強まり、元本割れリスク
などが意識されにくくなったことが影響したと推察
される。また、ミニバブル期には海外投資家や拡大志
向が強い新興不動産企業の存在感が高まったといわ
れており、リスク選好度が高い投資家が増加した可
能性もある。
一方、足元では、アベノミクスへの期待等を背景に
純収益の期待成長率が高まったことが、キャップレー
トの低下につながっている。リスクプレミアムの上昇
は、ミニバブル期の教訓もあり、不動産市場の回復局
面でむしろリスクが意識されやすくなったことを映
じていると考えられる。また、当時と異なり、今のとこ
ろミニバブル期のような新興不動産企業の急拡大は
見られず、
海外からの投資が急拡大した様子もない。
以上から、ミニバブル期には海外投資家や新興不動
産会社などの投機的資金流入が不動産市場の回復を
けん引していた(過熱感をもたらしていた)のに対し
て、今回は不動産から得られる純収益の上昇期待に応
じた回復を遂げていることが示唆される。このような
回復が続く限りは、不動産市場の回復は持続的なもの
となろう。もちろん、今の状況が持続するかは不確実
である。世界的に超緩和状態が続く中で、海外からの
投機資金が流入する(し始めている)可能性は排除で
きない。グローバルな資金フローも含めて、今後も投
資市場の動向を注視していく必要がある。
みずほ総合研究所 経済調査部
主任エコノミスト 大和香織
[email protected]
●図表2 キャップレートの低下要因
(%)
(%)
7.0
丸の内・大手町
日本橋
6.5
港南(品川)
上野
8.5
6.0
7.5
5.5
7.0
大阪(御堂筋)
福岡
札幌
仙台
名古屋
8.0
5.0
6.5
4.5
6.0
4.0
5.5
3.5
5.0
3.0
2002 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14(年)
4.5
2002 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14(年)
(注)
各地区の標準的なAクラスビルの期待利回り。
各年4月、
10月調査。
(資料)日本不動産研究所
「不動産投資家調査」
●図表3 キャップレートの低下要因
期待成長率︵▲︶
リスクプレミアム
リスクフリー
レート
(前年差、
%ポイント)
0.6
2012年
0.4
2013年
0.2
0.0
▲0.2
▲0.4
▲0.6
▲0.8
キャップレート
期待成長率︵▲︶
リスクプレミアム
リスクフリー
レート
キャップレート
(前年差、
%ポイント)
0.6
2005年
0.4
2006年
0.2
0.0
▲0.2
▲0.4
▲0.6
▲0.8
▲1.0
▲1.2
▲1.4
▲1.6
(注)
キャップレートは、
都市未来総合研究所
「RENEX」
2006年純収益利回り実績6.27%を基準とし、
オフィス賃料÷地価の伸びを用いて算出。
リスクフリー
レートは10年債利回り、
期待成長率は今後3年の名目期待成長率、
リスクプレミアムはインプリシット。
(資料)国土交通省
「地価公示」、三井不動産
「不動産関連統計集」
、都市未来総合研究所「不動産トピックス」
(2006年10月)
、CBER、
内閣府「企業行動
に関するアンケート調査」などより、みずほ総合研究所作成
5
政策動向
電力システム改革の行方
─ 参入拡大への期待と安定供給確保の重要性 ─
6 月 11 日に改正電気事業法(電気事業法等の一部を改正する法律)が成立した。同法
は、電力市場の活性化を進める「電力システム改革」を具体化するものである。2011
年の東日本大震災発生によりわが国のエネルギーを巡る環境が大きく変化してきた中
で、電力供給の安定と効率化をどのように図っていくのか、新たな動きに着目する。
貨店といった大口需要者に絞って自由化が行われ
3段階で進められる改革
た。その後、2004年と2005年に見直しが行われ、中小
規模工場やスーパーなどにまで対象が広げられた。
電力市場の制度改革は、昨年4月2日に閣議決定さ
今回は一連の改革の総仕上げで、家庭やコンビニエ
れた「電力システムに関する改革方針」をベースに 3
ンスストアなど 7.5 兆円規模の市場が新たに自由化
段階で進められている(図表1)
。
されることになる。そのための法的手当てを実施す
第 1 段階では、全国の電力ネットワークの調整を
るのが、6月11日に成立した改正電気事業法である。
行う機関(広域的運営推進機関)が 2015 年に設立さ
そして第 3 段階では、2018 年から 2020 年にかけて
れる予定である(2013年11月に成立した改正電気事
の時期に、電気料金規制が撤廃される方向である。併
業法により法的に手当て済み)。これは、東日本大震
せて、現在は一体化されている発電事業と送配電事
災の発生以後問題化している電力需給ひっ迫への備
業が別会社化などにより分離される。これは、発電や
えを強化するもので、調整機関の新設により電力会
電力小売りを行う事業者が送配電網を使う際の中立
社間など地域を越えた電力の融通をより円滑なもの
性を強めるための対応であり、太陽光や風力といっ
としていく。
た再生可能エネルギーを用いた発電事業者や家庭な
第 2 段階では、2016 年をめどに電力小売業への参
どへの電力小売りを行う事業者の参入拡大を促す有
入が全面的に自由化される。これまで電力小売りの
力な手立てになるとされている。第 3 段階の改革を
自由化は、ステップを踏みつつ対象を限定して進め
裏打ちする電気事業法の改正案は、2015 年の通常国
られてきた(図表2)。まず2000年に、大規模工場や百
会に提出される見通しである。
●図表1 電力システム改革の3段階
中軸となる改革
電気事業法の改正
第1
段階
広域的運営推進機関の設立
2015年めど
改正法成立
(2013年11月)
第2
段階
電力小売業への参入全面自由化
2016年めど
改正法成立
(2014年6月)
電気料金規制の撤廃
2018年∼
2020年めど
第3
段階
発電事業と送配電事業の分離
(資料)
資源エネルギー庁資料より、
みずほ総合研究所作成
6
実施時期
改正法案提出予定
(2015年通常国会)
ビジネスチャンスの創出など、電力システム改革に
改革で期待される効果
寄せられる期待は大きい。
こうした電力システム改革には、以下のような幅
安定供給確保などの課題も
広い効果が期待されている。
第一は、他地域や他業種からの参入が進むとみら
れることである。これまで地域独占的な状況にあっ
一方で、一連の改革には、いくつかの懸念や課題も
指摘されている。
た大手電力会社が、従来のエリアを越えた電力供給
例えば、期待されるほどの新規参入が本当に進む
に踏み出す動きが既に出てきている。また、家電や住
のかという点である。2000 年の規制緩和で参入が認
宅のメーカー、ガス会社、通信事業者、外食産業など
められるようになった「新電力」事業者の販売電力量
様々な事業主体が電力関連事業進出へのアクション
シェアは、上昇基調にあるとはいえ 4%台の低水準
を取り始めている。第二は、利用者にとっての選択肢
にとどまっている。参入が広がらないと、サービスの
が広がることである。時間帯による可変電気料金な
多様化や電気料金の低下も見込みにくくなる。改革
ど柔軟なサービスも提供されるようになると見込ま
のねらいが着実に実現されるか、政府や企業のこれ
れ、夏季のピーク需要の抑制にもつながりそうだ。
からの取り組みが注目される。
また、電力とガス、電力と通信といった組み合わせの
また、第 3 段階で実施される発電と送配電の分離
セット販売など、多様なサービスへの発展性が利点
がもたらす影響にも注意が必要との見方がある。こ
となる。
れまで電力は発電・送配電一貫体制の中で安定的に
第三に、電力分野におけるプレーヤーの増加、ユー
供給されてきた。この二つの機能が分離されても、災
ザーによる選別行動の積み重なりは、市場の活性化・
害発生等の非常時を含めて安定供給が維持されるよ
効率化をもたらし、電気料金を引き下げる方向に作
う、仕組みづくりを講じておかなければならない。電
用することが期待される。そして第四に、エネルギー
力事業者間の協調体制確保や電力取引市場の一層の
供給に関連するイノベーションが創発され、再生可
整備など、国民や企業に不安を与えないよう、第 1 段
能エネルギーなどの振興にも寄与していくことが望
階の改革で設立される広域的運営推進機関が主導的
まれる。
役割を担うなどして、綿密な制度設計を進めておく
東日本大震災に伴うエネルギー環境の大きな変化
必要があろう。
の中で、増加傾向にある電力コストの抑制や新たな
「3E+S」の確保の重要性
●図表2 電力小売り自由化の割合(電力量ベース)
(%)
【契約電力】
100
電力を軸とするエネルギーは、国民の生活や企業
の事業活動を支える基盤となるものである。それゆ
100
え、安定供給・経済性・環境性・安全性(いわゆるエネ
コンビニ、 低圧
家庭用等
(50kW
未満)
75
めて重要である。
62
50
40
26
電力システム改革を、利用者にとって実り多きも
(50kW
以上)
(500kW
以上)
中小規模工場、
スーパー、 高圧
中小ビル等
25
大規模工場、
特別
(2000kW
百貨店、
高圧
以上)
オフィスビル等
0
ルギーの「3E + S」)が適正に充足されることがきわ
2000年 2004年 2005年 2016年
3月∼ 4月∼ 4月∼
めど
【自由化の時期】
のとなるように的確に推進していくとともに、安全
性の強化や技術の高度化への官民の注力を通じて、
よりよいエネルギー環境の構築を図っていくこと
が、引き続き求められている。
みずほ総合研究所 政策調査部
部長 内藤啓介
[email protected]
(資料)資源エネルギー庁資料より、
みずほ総合研究所作成
7
アンケート調査結果
ASEANに対する期待と懸念を
交錯させる日本企業
─ 2014年2月
「アジアビジネスアンケート調査」
から ─
みずほ総合研究所では、2014 年 2 月、会員企業(資本金 1,000 万円以上の製造業)を
対象にアジアビジネスアンケートを実施した。ASEAN は国際ビジネスの最注力先と
して、前回に続いて今回も首位の座を堅持したが、同時にASEANの人件費上昇や政治
混乱などへの懸念を強める日本企業の様子も明らかになった。
国際ビジネスの最注力先は
ASEANが首位を堅持
日本企業の国際ビジネスにおける投資の矛先を
確認するために、
「今後、最も力を入れていく予定の
地域」を質問したところ、前回調査に続き、ASEAN
が首位の座を堅持した(図表 1)。ASEAN は、中国
からの生産拠点の移転先としての期待に加えて、
ASEAN経済共同体が設立される2015年には域内関
税が撤廃されるなど市場統合が進むこと、人口増が
続く国が多く、現在の 6 億人の市場規模がさらに拡
●図表1 今後、最も力を入れていく予定の国・地域
(%)
70
2009年
金融危機
2001年
中国WTO加盟
2012年
日中関係緊張
60
50
40
30
20
10
ASEAN
NIES
中国
インド
0
1999 2000
01
02
04
05
06
07
08
09
10
11
(注)1.回答企業数1,081社。
2.2003年度については本調査を実施していない。
2.2006年度調査より、
インドをアンケート質問対象に加えた。
(資料)みずほ総合研究所「アジアビジネスに関するアンケート調査」
8
12
13
(年度)
大することへの期待が高い。
中国は、2012 年秋に尖閣諸島問題が顕在化し、
前回調査で初めて 2 位に陥落したが、今回調査では
ASEAN との差がさらに開いた。日中関係の緊張が
続いたことに加え、人件費上昇、成長率の下ぶれへの
懸念から、中国離れに歯止めがかからなかったこと
が要因と考えられる。
期待とは裏腹にASEAN拠点の
収益満足度は悪化
アジアにビジネス拠点を設置している企業に対
し、各拠点の現在の収益状況について、
「満足」
「やや
満足」
「どちらでもない」
「やや不満」
「不満」の 5 段階
で選択を求めた。収益満足度 DI(「満足+やや満足」
−「不満+やや不満」)を前回調査と比較すると、市場
の成長期待の高さとは裏腹に、ASEAN 拠点で悪化
した(図表2)。日本企業の最注力先となったASEAN
だが、2013 年央からの米国の量的金融緩和(QE3)縮
小観測台頭に伴い通貨が急落したインドネシアで、
通貨防衛のための緊縮政策がとられたことや、11 月
以降タイで政治混乱が続いたことから域内の景気は
減速し、売り上げは鈍化した。人件費上昇による生産
コスト上昇も加わり、収益満足度は低下したようだ。
一方、中国では、日中関係の緊張は続くも日本製品
買い控えの動きが一定程度沈静化し、収益満足度は
底打ちしたと考えられる。
ASEAN・中国ともに
今後の最大の懸念は人件費上昇
次に、
ASEAN拠点における今後2∼3年の懸念をみ
ると、
「人件費の上昇」が 1 位となり、前回より回答率
が高まった(図表3)
。選挙における票の取り込みや労
働組合の賃上げ圧力などを背景に、
ASEANの賃金上
昇率は中国を上回っており(図表4)
、日本企業は人件
費上昇リスクへの認識を高めているようだ。
2 位には、
「政治・社会の混乱」が入った。タイの政
治混乱は、消費マインドの悪化や投資認可手続きの
遅れなどを通じて経済に悪影響を及ぼし、2013 年の
同国の成長率は 2%台と低水準にとどまった。さら
に、ASEAN域内では、インドネシアが2014年10月に
政権交代、ミャンマーが 2015 年秋に総選挙を控えて
おり、政局次第では賃上げや外資規制強化が実施さ
れ、企業の負荷が高まるリスクがあるなど先行きへ
の警戒感が高まっている。
3 位には、
「洪水・台風などの自然災害」が入った。
フィリピンやインドネシアで発生した台風・洪水被
害を受け、亜熱帯地域特有のリスクが再認識された。
中国拠点における今後 2 ∼ 3 年の懸念は、ASEAN
同様、
「人件費の上昇」が1位となった(図表5)。2位の
「日中関係」は高止まりしているものの、反日デモの
再発を免れていることもあり、回答率はやや低下し
た。一方、
「中国の景気」の回答率は上昇しており、中
国の景気動向への警戒感が高まっている。
このように 2012 年秋以降、国際ビジネスの注力
先を中国から ASEAN へとシフトした日本企業は、
ASEAN でも様々なビジネスリスクに直面した。よ
り現実的なビジネス環境の評価に基づく対応が求め
られている。
みずほ総合研究所 アジア調査部
研究員 杉田智沙
●図表2 拠点別にみた収益満足度DIの推移
[email protected]
(%ポイント)
30
「満足+ やや満足」
ASEAN
NIES
中国
インド
●図表4 最低賃金推移
20
2013年度
2012年度
中国
(上海)
収
10
中国
(深セン)
益
認
識
フィリピン
(マニラ)
0
タイ
(バンコク)
▲10
インドネシア
(ジャカルタ)
「不満+ ▲20
やや不満」
ベトナム
(ハノイ)
▲30
2004
ベトナム
(ホーチミン)
05
06
07
08
09
10
11
12
13
(年度)
●図表3 今後、
2 ∼ 3年の間にASEANビジネス上の懸念材料
となる事象
(複数回答)
72.2
68.1
人件費の上昇
0
12.3
16.6
2013年度
2012年度
9.4
14.4
20
40
140
60
150
160
170
(2011年度=100)
●図表5 今後、2 ∼ 3年の間に中国ビジネス上の懸念材料
となる事象(複数回答)
78.0
79.2
63.8
71.4
59.8
53.4
42.1
政治・社会の混乱
34.0
29.3
為替レートの変動
欧米台韓メーカーの市場参入
による市場競争激化
地場メーカーの市場参入
による市場競争激化
130
中国の景気
36.3
32.8
ASEANの景気
120
日中関係
38.7
32.8
洪水・台風などの自然災害
110
人件費の上昇
54.7
政治・社会の混乱
100
(注)現地通貨建。
各国の2011年度の水準を100とする。
(資料)ジェトロ「アジア主要都市・地域投資関連コスト比較」
(注)回答企業数356社。
(資料)みずほ総合研究所「アジアビジネスに関するアンケート調査」
80
(注)1. 回答企業数212社。
2. 2013年度調査にて
「政治・社会の混乱」
を質問項目に加えた。
(資料)
みずほ総合研究所「アジアビジネスに関するアンケート調査」
100
(%)
人民元の対ドル為替レート上昇
29.9
25.4
中国地場メーカーの市場参入
による市場競争激化
欧米台韓メーカーの市場参入
による市場競争激化
24.4
25.1
0
2013年度
2012年度
10.2
7.1
20
40
60
80
100
(%)
(注)1. 回答企業数254社。
2. 2013年度調査にて
「政治・社会の混乱」
を質問項目に加えた。
(資料)みずほ総合研究所「アジアビジネスに関するアンケート調査」
9
米州動向
2%割れ成長が続くブラジル経済
─ W杯開催効果も限定的、
ルセフ大統領再選に黄信号 ─
ブラジル経済は再び減速傾向を強めている。今後2年間の成長率は1%台にとどまり
そうだ。インフレ率が高止まりする一方で、ソブリン格付けは投資適格級で最低水準
に引き下げられており、金融・財政政策ともに景気刺激策を講じる余地は乏しい。
10
月実施の大統領選挙では、
ルセフ大統領の再選が危ぶまれる状況である。
実質GDP成長率は3四半期連続鈍化
ブラジル経済は、再び減速傾向を強めている。
2014年1∼3月期の実質GDP成長率は前年比+1.9%
と3四半期連続で伸び率が鈍化している(図表1)。
成長率を押し下げたのは、総固定資本形成(投資)
だ。2013 年は、サッカーワールドカップ(W 杯)関連
の建設投資などにより持ち直していた投資だが、1
年ぶりに前年比減少に転じた。金融引き締めや企業
マインドの悪化、自動車を中心とした製造業部門の
不振などが、投資の下押し要因になったと考えられ
る。GDPの6割超を占める個人消費は、投資に比べれ
ば底堅く推移しているが、インフレ率の高止まりに
●図表1 再減速が鮮明になる実質GDP成長率
(前年比、
%)
8
6
4
2
0
よる実質購買力低下、消費者マインドの低下もあり、
力強さを欠く展開となっている。特に自動車販売は、
減税措置の段階的廃止、安全基準の強化に伴う価格
上昇なども加わり、落ち込みが顕著になっている。
2014・15年も2%割れ成長が続く
4 月以降も、自動車部門を中心に鉱工業生産が落
ち込み、企業・消費者マインドの低下が続くなど景気
は低迷を続けている。6・7 月にはサッカーW 杯がブ
ラジルで開催されているが、関連投資・消費の盛り上
がりを起点に成長が加速するような展開は見込みに
くい。256 億レアルが計画されていた W 杯関連投資
は、開催直前でも実際の支出額は3分の2程度にとど
まっている。ブラジル国民はイベント関連の巨額投
資に対する反発を強めており、国を挙げて消費が盛
り上がるムードにはほど遠い。
実質GDP成長率は、
2014・15年ともに1%台にとど
まると予想される(2014年+1.2%、
2015年+1.6%)。
低成長の一方でインフレ率が高止まりし、財政収支
の悪化によりソブリン格付けが引き下げられている
ため、金融・財政政策ともに大規模な景気刺激策を
講じる余地は乏しい。また、主要輸出先である中国
(シェア1位)
・アルゼンチン(同3位)の景気減速懸念
が強まっており、外需にけん引役を期待するのも難
しい。
▲2
▲4
2008
高止まりするインフレ率と金融引き締め
09
10
11
12
13
14
(年/四半期)
(資料)ブラジル地理統計院(IBGE)
10
インフレ率が高止まりしている背景には、干ばつ
による食料品価格高騰といった一時的な要因に加
えて、根強い賃金上昇圧力という構造的な要因があ
る。2014 年 5 月の消費者物価上昇率は前年比+ 6.4%
と目標圏(4.5%± 2.0%)の上限付近で推移している
(図表2)。
ブラジルでは、貧困対策の充実などによる世帯所
得の増加を背景に若年層の労働参加率低下が著し
く、低成長にも関わらず失業率は歴史的な低水準で
推移している(4 月 4.9%)。賃金水準が低い若年労働
力の確保が難しい状況では、景気が低迷しても賃金
上昇率は抑制されにくい。
ブラジル中銀は、インフレ抑制のため今年 4 月ま
での 1 年間で 3.75%ポイントもの利上げ(政策金利
11.0%)を実施してきた。天候要因による食料品価格
上昇率の鈍化が見込まれる一方、景気配慮の必要性
が高まっているため、中銀は 5 月の政策決定会合で
は政策金利を据え置き、当面はこれまでの利上げ効
果を見守る姿勢を示している。10 月の大統領選挙ま
では政策金利を据え置く局面が続くものの、インフ
レの落ち着きが確認されなければ、2015 年以降は再
び利上げを余儀なくされる可能性がある。
ソブリン格付けは投資適格級で最低水準に
ブラジルでは歳入低迷やこれまでの景気対策によ
り財政収支が悪化しており、主要格付け機関はソブ
リン格付けの見直しに動いている。スタンダード・ア
ンド・プアーズ(S&P)は、2013年6月に外貨建て長期
債の格付け見通しを「安定的」から「弱含み」に引き
●図表2 目標圏上限で推移するインフレ率
(%)
20
政策金利
消費者物価(前年比)
インフレ目標中央値
インフレ目標上限・下限
18
16
14
12
10
下げ、今年 3 月には格付けを「BBB」から投資適格級
で最低水準の「BBBマイナス」に引き下げた。S&Pに
よる格下げは、ブラジルが通貨危機に直面していた
2002年7月以来となる。
大統領選を控え、ルセフ政権は所得税控除や低所
得層向け給付金の拡充など、人気取り政策に走って
いる。しかし、2008年以降6年間維持してきた投資適
格級を維持するためには、財政政策による景気刺激
には限度がある。これまでは、高金利や資本規制の緩
和がブラジルへの資金流入を支えてきたが、ジャン
ク(投資不適格)級への格下げを視野に入れた格付け
見通しの見直しなどが行われる事態となれば、資金
流出圧力が強まり、レアル安が進みかねない。
ルセフ大統領の再選に黄信号
ルセフ政権は、長引く景気低迷や高インフレ、財
政悪化の責任を問われ、風当たりが強まっている。
2014 年 6 月時点での世論調査によれば、ルセフ政権
に対するポジティブな評価(非常に良い / 良い)は
33%と、昨年 6 月に大規模な反政府デモが発生して
以来の低水準に低下した。
10 月に実施される大統領選挙でのルセフ再選に
も黄信号がともっている。現時点で投票が行われた
場合の支持率(6 月調査)では、ルセフ大統領が 34%
と最有力ではあるものの、2 月調査の 44%から大幅
に低下している。第1回投票(10月5日)では過半数を
制する候補が確定せず、上位2名での決選投票(10月
26日)にもつれ込む可能性が高まりつつある。
政権交代の有無に関わらず、選挙後は高い労働コ
ストや税負担などのいわゆる「ブラジル・コスト」低
減への取り組みなど、これまで先送りされてきた構
造改革を推進し成長期待を高める努力が求められ
る。政策転換は行われないとの落胆が広がれば、マイ
ンドの悪化や金融・為替市場の混乱などが生じ、本格
的な景気回復はさらに遠のくおそれがある。ブラジ
ルの経済政策運営は、今まさに剣が峰に立たされて
いる。
8
6
みずほ総合研究所 欧米調査部
4
上席主任エコノミスト 西川珠子
2
[email protected]
0
2008
09
10
11
12
13
14
(年)
(資料)ブラジル中銀
11
海外通信 from New York
米国サッカー人気の真実
― 侮れない米国サッカーの底力 ―
4 年に 1 度のサッカーの祭典、ワールドカップ(W
杯)が佳境を迎えている。
高まるサッカー関連ビジネスへの関心
米国のサッカー人気は今ひとつと言われている
が、私の職場の回りはW杯の話題で持ち切りだ。周辺
ファン層の拡大に伴って、映像コンテンツとして
のスポーツパブでは、W 杯の映像を肴にお酒を飲ん
のサッカーの魅力も高まっている。先日、米国大手テ
でいる集団をよく見かける。これも世界各国から人
レビ局 FOX 社が落札した次回 W 杯(開催国ロシア)
が集まるニューヨークならではの光景かと思いき
を含めた国際大会の放映権料は、11 億ドルと今大会
や、どうやらそうでもなさそうだ。
の放映権料(4.3 億ドル)の 2.6 倍に跳ね上がった。そ
れだけの大金を支払ってでも米国での放映権を確保
米国のサッカーファンは9,000万人
したいということだ。
事実、2013 年におけるサッカー関連のテレビ広告
米国で断トツの人気を誇るのはアメリカンフッ
収入は、およそ3.8億ドルと過去3年間で43%も増加
トボールである。最新の世論調査によると、全体の
した。7月11日のW杯決勝戦のスポット広告価格は、
35%が最も好きなスポーツとしてアメリカンフッ
30 秒当たり 40 万ドルとプライムタイムの人気番組
トボールをあげている。第 2 位が 14%の野球で、以
の 3 倍以上と言われている。テレビ局にとってはま
下、自動車レース(7%)、バスケットボール(6%)と
さにドル箱で、高額の放映権料を支払っても元が取
続き、サッカー(2%)はアイスホッケー(5%)に次ぐ
れるということだろう。
6 番目だ。一見、人気がないように思えるが、これは
2015 年には、ここニューヨークに新しいプロサッ
最も好きなスポーツを尋ねている点に注意が必要で
カーチームが誕生する。プレミアリーグの強豪マ
ある。スポーツ観戦が大好きな米国人の中には、ア
ンチェスターシティーとヤンキースが共同出資す
メリカンフットボールや野球と回答しながら、サッ
るニューヨークシティー・フットボール・クラブ
カーを観戦する人も少なくないからだ。
(NYCFC)である。また、マイアミにはイングランド
米ワシントンポストの調査によると、自身をサッ
元代表のデビッド・ベッカムが新たなプロチームの
カーファンだと自認する人の割合は 28%に達する。
設立を計画中だ。プロリーグ創設から 18 年が経過し
米国の人口が3億2千万人なので、およそ9,000万人の
たが、ファン層ならびに球団ビジネスの拡大余地が
サッカーファンがいる計算だ。これはサッカー強豪
いまだにあることを示している。
国であるドイツやフランス、
スペイン、イングランド
長らくサッカー不毛の地と言われてきた米国だ
などの人口を上回っており、数としては各国のサッ
が、次回W杯ではチームとしてだけでなく、ビジネス
カーファンよりも多いことになる。
の面でも世界の強豪国を脅かす存在になるかもしれ
ちなみに、プロサッカーリーグの 1 試合当たり平
ない。
均入場者数は 18,800 人と、アメリカンフットボール
(67,600人)や大リーグ(30,500人)には及ばないもの
の、バスケットボール(17,300 人)やアイスホッケー
(17,500人)
を上回っているのが現状だ。
12
みずほ総合研究所 ニューヨーク事務所
所長 太田智之
[email protected]
エルニーニョ現象
Q:エルニーニョ現象が今年発
生するとの予測を目にしま
すが、これはどのような現
象ですか
まず日本では、
一般に冷夏・暖冬が
多いと思われます。
もたらされます。ただし、今回につい
日本と北米の場合、冷夏と暖冬
て気象庁は、
6月25日時点で深刻な
は季節性の高い商品の売れ行きを
冷夏にはならないと予測しています。
悪化させる可能性があります。夏
A:エルニーニョ現象とは、南米の
北米も冷夏・暖冬となる傾向が
季であれば夏物衣料、清涼飲料、エ
ペルー沖合の広い海域で、海面水
強いことに加え、地域によっては
アコンなど、冬季であれば冬物衣
温が平年に比べて高くなる現象で
多雨・少雨などがもたらされるこ
料、暖房器具といったところです。
す。世界気象機関や多くの主要国
ともあります。欧州では、夏に多雨
この結果、個人消費が下押しされ
の気象当局は、エルニーニョ現象
となる傾向があります。
ます。
が今年夏場に発生すると予測して
アジア・オセアニアでは、夏・冬
一方、アジア・オセアニアでは、
います。
とも、広範な地域が高温・少雨とな
高温と少雨が深刻な干ばつをもた
エルニーニョ現象に世界共通の
ります。ただし、中国は冷夏となる
らすことが多くなっています。こ
定義はありませんが、気象庁は、特
ことが多く、一部では多雨傾向も
の結果、穀物などの農業生産がダ
定海域における海面水温の平年値
観測されるなど、他の国々とは状
メージを受け、景気は下押しされ
との差を表すエルニーニョ監視指
況が異なっています。
ます。特に、農業依存度が高いイン
数が6カ月以上連続して0.5℃を上
なお、一部の専門家は、2014 年
ドやフィリピンへの影響が大きく
回 る 状 態 と 定 義 し て い ま す( 図
に発生するエルニーニョ現象が、
なる傾向があります。
表)
。同監視指数が 6 カ月以上連続
1997・98年以来の大規模なものと
また、オーストラリアなどの穀
して▲ 0.5℃を下回るラニーニャ
なると予測しています。その場合、
物輸出国で干ばつが深刻化する
現象と共に、異常気象をもたらす
こうした異常気象の程度も、前々
と、穀物市況の上昇により、インフ
ことで知られています。
回(2002・03年)や前回(2009・10
レ圧力が世界的に強まる恐れもあ
Q:エルニーニョ現象が発生す
ると、どのような異常気象
が起こりますか
年)の事例と比べて、いっそう強い
ります。ただし今回は、タイ政府が
ものとなる可能性があります。
抱えているコメの過剰在庫が放出
される可能性が高いため、穀物市
況の上昇は限定的との見方もあり
しも同じ異常気象がもたらされる
Q:大規模なエルニーニョ現象
が発生した場合、経済にど
のような影響が及びますか
というわけではありませんが、一
A:エルニーニョ現象が経済に及ぼ
みずほ総合研究所 アジア調査部
般的には以下のような傾向がみら
す影響は地域によって異なります
主任研究員 稲垣博史
れます。
が、一般には悪影響となることが
[email protected]
A:過去の事例を振り返ると、必ず
ます。
●エルニーニョ監視指数
1997・98年
(℃)
3.5
3.0
2.5
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
▲0.5
▲1.0
▲1.5
▲2.0
1950
55
60
65
70
75
80
85
90
95
2000
05
10
14
(年)
(注)1. エルニーニョ監視海域(南緯5度∼北緯5度、
西経150度∼西経90度)
における海面水温の、各月の過去30年平均との差について、5カ月移動平均をとったもの。
2. 網掛けはエルニーニョ現象が発生した期間。
(資料)
気象庁
みずほリサーチ
第 148 号 2014 年 7 月 1 日発行
発行:みずほ銀行・みずほ総合研究所
編集:みずほ総合研究所 TEL:03-3591-1400 製作:株式会社 白橋
ISSN 1347-2488
Fly UP