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Title 南アジア経済に関する実証分析展望 : 制度・経済政策の 効果に

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Title 南アジア経済に関する実証分析展望 : 制度・経済政策の 効果に
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南アジア経済に関する実証分析展望 : 制度・経済政策の
効果に焦点を当てて
黒崎, 卓
南アジア研究(20): 160-175
2008-12-15
Journal Article
Text Version publisher
URL
http://hdl.handle.net/10086/22134
Right
Hitotsubashi University Repository
南アジア研究第20号(2008年)
特集
南 ア ジア ・日本 ・世 界
南アジア経済
に関する実証分析展 望
― 制度 ・経 済政 策の効果 に焦 点を当てて―
黒崎 卓
1 は じめ に
日本 の南 ア ジ ア研 究 にお け る強い 問題意 識 として、制 度 や経済 政 策が与
えた イ ンパ ク トを、 実証 分析 に よっ て明 らか にす る こ とが挙 げ られ る。 時
代 に よって 「流行 」 の制 度 ・政策 に変化 こそ あれ、 そ のイ ンパ ク トを、制
度 ・政策 の 詳細 な検討 と、国民 経済 計 算や財 政 な どのマ ク ロデ ー タや 企業 、
農家 、家 計 、労働 者 な どの ミク ロデー タの丁 寧 な分析 に よって、 実証 的 に
明 らか にす る研 究 が、 日本 で多 数 な されて きた。
他 方、 今 日の応用 経 済 学各 分 野の専 門 ジャー ナルや 、 開発 経 済学 の専 門
ジャー ナル に、 この よ うな関心 に基 づ く日本 の南 ア ジア経 済研 究者 の実 証
論 文 はあ ま り掲 載 され てい ない 。経 済 学各 分野 の専 門ジ ャー ナル にお いて、
この ような関心 が薄 れ たか とい うと、逆 であ る。例 えば 開発 経 済学 の主 要
ジ ャーナ ル を見 れ ば、制 度 ・
政 策 の効果 を実 証 的 に明 らか にす る とい うテー
マ が、 もっ と も重要 な テーマ の1つ で あ る ことは明 白で あ る。
で は制度 ・政 策 の効果 を実 証 的 に明 らか にす る論 文 を書 く上 で、南 ア ジ
ア経済 とい う事 例が あ ま り適切 でな い とみ なされ てい るの か とい う と、 こ
れ もや は り逆 であ る。 と りわけ、 イ ン ド経 済 に関す る実 証分 析 の人気 は高
く、多 くの経 済学 ジ ャーナ ルに イ ン ドとい う単 語が躍 って い る。 新興 経済
としての 関心 の 高 ま りが そ の理 由 の1つ に あ るが、 そ れ とは別 の理 由 もあ
る。後述 す る よ うに、制 度 ・政策 の効 果 を実証 的 に明 らか にす るた めの応
執筆者 紹介
く ろ さ き た か し● ― 橋 大 学 経 済 研 究 所
開発 経 済 学 、 農 業 経 済 学
・2009
、『
貧 困 と脆 弱 性 の 経 済 分 析 』、 勁 草 書 房 〈シ リ-ズ ・開 発 学 の 挑 戦 〉。
・2004
、 子 島 進 ・山 根 聡(と の 共 編)、 『現 代 パ キ ス タ ン分 析 一 民 族 ・国 民 ・国 家 一 』、
岩波書店 。
[email protected]
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南アジア経済に関する実証分析展望―制度 ・経済政策の効果に焦点を当てて―
用経 済学 の手 法 が発達 し、そ の厳 しい デー タの要 請 に応 え る ことので きる
デ ー タが イ ン ドで取 りや すい とい う理 由で あ る。
そ こで本稿 は、この よ うな近年 の手法 を用 い て イ ン ド経 済 にお け る制 度 ・
政 策の イ ンパ ク トを実証 す る諸研 究 につい て簡 単 に展 望 す る。 この展 望 を
通 じて、 日本 の 南 ア ジア経 済研 究 の伝統 的 な強 み を生か す には どう した ら
よいか を考 え る こ とが本稿 の 目的で ある。
2 日本の南アジア経済研究における制度 ・政策分析
日本 の南 ア ジア経 済 研 究 の重 要 な柱 が、 制 度 や経 済 政 策 の実 証 分析 で
あ った と、筆者 は考 えてい る。 以下 、簡単 に研 究 テー マ と研 究者 の名 前 を
リス トア ップす るが1、制 度や経 済政 策 を分析 す る に当た って は、そ れ らが、
成 長 ・効率 、分 配 ・公正 、政 治 プ ロセス等 に どの ような影響 をお よぼ した
か を実証 的 に明 らか にす る とい う問題 意識 が 共有 され てい た。
古 くは、古賀 正則 、 大 内穂 、 平 島成望 、多 田博 一、佐 藤 宏 らに よる地 主
制 度 や土 地改 革の 農業 生産 や階 級構 造へ の影 響 に関す る研 究が その代 表 例
で ある よ うに思 われ る。 これ らは主 に農 業部 門 を対 象 と した研 究 であ るが 、
工業 部 門 を対 象 とした場合 に は、公 企業創 出や 国有化 政策 の帰 結(山 中一
郎、石 上悦 朗 、絵所 秀紀 、小 島眞 な ど)、「ライセ ンス ・ラー ジ」 の評価(伊
藤正 二 、絵 所 秀紀 、小 島眞 、石 上悦 朗 な ど)の 研 究が 、 これ と同時 期 に進
め られ た。
その後 、 関心 の集 ま る政 策や 制度 は、南 ア ジア各 国の現 実 を反映 して変
化 して い く。 農業 部 門で は、 「
緑 の 革命 」技術 や それ と不 可分 の灌 漑制 度 ・
灌漑技 術 ・灌 漑行 政 な どに焦点 を当て た農業 近代 化 の帰結 に関心が 集 ま っ
た(平 島成 望 、多 田博 一 、古 賀 正則 、 大野 昭 彦、 藤 田幸 一 、宇 佐美 好 文 、
杉 本 大 三 な ど)。 工業 部 門 で も、 産 業政 策 の影響 を業種 レベ ル で詳細 に検
討す る実証 研 究が 多 く現 れ た(大 場 裕 之、 内 川秀 二 、 島根 良枝 な ど)。不
平等 を是 正す るため の直接 的介 入 として、押 川文 子 、篠 田隆 、外 川昌彦 な
どに よ る留 保 政 策 の分析 や 、近 藤則 夫 、佐 藤 隆広 、 森 日出樹 、 山崎幸 治 、
黒 崎卓 、辻 田祐 子 な どに よる貧 困削減 政策 の評価 、 さ らに は押 川 文子 、黒
崎 卓、 首藤 久人 、須 田敏 彦 な どに よる食糧 政策(農 産物価 格 支持 、公 的流
通 制 度[Public
Distribution System:PDS]な
ど)の 家 計 や農 業へ の影
響 といっ た研 究 も増 えて きた。組織 部 門労働 保 護立 法 の影響 に 関す る実証
研 究(木 曽順子 、太 田仁 志 、佐藤 隆広 な ど)も また、広 い意 味 で は不 平等
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南アジア研究第20号(2008年)
是正 の ため の直接 介入 政策 の分析 とい える。
近 年新 た に関心 の集 まってい る分野 として は、 マ イク ロ フ ァイ ナ ンス の
評 価(大 野 昭彦 、 中村 ま り、須 田敏彦 な ど)、知 的所 有 権協 定 の 影響(上
池 あ つ子 、佐藤 隆広 、久 保研 介 な ど)を 分析 した興 味深 い研 究 も出 て きて
い る。 さ らには、経 済学 と政 治学 との接 点 と もい うべ き分野 と して、 パ ン
チ ャーヤ ト改革 や地 方分権 化 の評価(佐 藤 宏、 井上恭 子 、金 子勝 、森 日出
樹 、佐藤 隆広 、 黒崎 卓 な ど)も 、 日本 の南 ア ジア研 究者 が頻 繁 に取 り上 げ
る研 究 分野 となっ てい る。
この リス トか らは、時代 に よって 「
流 行 」の制 度 ・政 策 に変 化 こそ あれ 、
そ の イ ンパ ク トを、制 度 ・政策 の詳細 な検討 と、 デ ー タを用 いた定 量 的分
析 や フ ィー ル ド調 査 での定 性的分析 な どの情 報 を総合 して、実 証分析 に当
た る とい うス タ ンスが 脈 々 と受 け継 がれ て いる こ とを感 じる。用 い られ る
デ ー タを見 て も、 国民経 済 計算 や財政 な どの マ クロ デー タや、企 業 、農 家、
家 計 、労働 者 な どの ミクロデ ー タな ど多 様 であ るが、既 存 の デー タ を鵜 呑
み にせず に、 丁寧 にその信 頼 性 まで踏み 込 んだ議 論が な され る こ とが多 い
こ とは、 日本 の南 ア ジア経 済研 究の 高い水 準 を物語 って い よう。
3 応 用 経 済 学 ・開 発 経 済 学 の ジ ャ― ナル にお け る南 ア ジ ア 経 済 研 究 の 傾 向
経 済 学部 ・学 科 に所属 す る南 ア ジア経済研 究 者 の場合 、 日本 の大学 にお
いて も、査 読 つ き経 済学 ジ ャー ナル に論文 を掲 載す るこ とが研 究 業績 と し
て重視 され る傾 向が 強 ま ってい る。 そ こで応 用 経済 学 や開発 経済 学 の専 門
ジ ャーナ ル を眺め る と、 制度 ・政 策の 効果 を実 証的 に 明 らか にす る とい う
テー マ は依 然 と して もっ と も重 要 な研 究 テー マ の1つ で あ り、 か つ、 イ ン
ド経 済 を取 り上 げた論 考 も多 い こ とが 分 か る2。 しか し残 念 な が ら日本 の
南 ア ジア経 済研 究者 に よる論 考の 数 は多 くな い し、 それ ほ ど増 えて きて も
いな い。 とは いえ これ を もって、南 アジ ア地域経 済研 究者 に とって の経済
学 ジ ャーナ ル にお ける敷 居の 一層 の高 ま りとみ なす ので は な く、 日本 の南
アジ ア地 域経 済研 究 の伝統 を生 か した ジ ャーナ ル論 文が あ りえ ないか につ
い て も う少 し考 えた い。
3-1 開発 経済 学 の流 れ と近 年 の傾 向
まず 開発経 済学 の流 れ を振 り返 り、 その 中で の南 ア ジア経済 の位 置づ け
を考 え た上 で、近 年の 開発経 済 学 ・応 用経 済学 の傾 向につ い て議論 す る3。
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南アジア経済に関する実証分析展望―制度 ・経済政策の効果に焦点を当てて―
1950年 代 、60年 代 の 開発経 済 学 は、構 造 主義 、 ケ イ ンズ主 義 の強 い影
響 を受 けた理論 的研 究が 中心 で あ った。 ビ ッグ ・プ ッシ ュ等 の アイ デ アの
下 に政 府主 導 の輸入 代替 工業 化が 進 め られ、 その担 い手 と して、 各途 上 国
に経済 計画 を担 当す る部 局 が設置 された 。 イ ン ドの計画 委員 会(Planning
Commission)が
そ の代 表 で ある。
しか しこの 開発戦 略 はあ ま り成 功せ ず(そ の失敗 例 として しば しば挙 げ
られて きた のが イ ン ド経済 で あ った)、1970年 代 には 開発 経 済 学 にお ける
新 古 典派 の逆 襲が観 察 され る こ とにな る。初期 の 開発経 済 学 は、経 済学 の
一分 野 としては、 理論 が数 理モ デ ル と して稚拙 で あ り、実証 も不 足 してい
た とみ な され た。 農業分 野 にお け る 「緑 の革命 」 の推進 や 、人 間開発 分 野
に お ける人 的 資本論 の隆盛 、世 界銀 行 ・IMF主 導 の構 造 調 整(Structural
Adjustment)な
どが、新 古 典 派 の 時代 を代 表 す る 開発 戦略 で あ る が、 こ
れ らが いず れ もいち早 く導 入 され たのが南 ア ジアで あっ た。 ただ し構 造調
整 に関 して は、 イ ン ドは例外 であ り、そ の影 響 をあ ま り受 け なか った。
世 銀 ・IMF主 導 の構 造 調整 が 低 所得 国、 と りわけ ア フ リ カ諸 国 で う ま
くいか なか った こ と を受 けて、1980年 代 か ら90年 代前 半 にか けて は 「開
発経 済学 の逆 ・
逆襲 」(Counter-Counter-Revolution)が
1993]。1950-60年
生 じた[Krugman
代 の初 期 開発経 済学 モ デ ルの アイ デ アの多 くが 、新 制
度派 や 情報 の経済 学、 内生 成長 理論 モ デル な ど経 済学 の新 しい ツール を用
い た精緻 な数 理 モデ ル と して再構築 された。 精緻化 され た理論 モ デル に基
づ いて 、途上 国 で新 た に利 用可 能 に なった詳細 なデ ー タを用 いた実 証研 究
が盛 ん に行 なわ れ る よ うにな った。 この時 期 の実 証研 究 を代 表 す るの が、
ICRISATデ
ー タを用 い た イ ン ド農村 家 計 の動 学 的分 析 で あ ろ う4。また、
同 じ時期 の 「開発 経済 学 の逆 ・逆襲 」 の流 れ に、 アマル テ ィア ・セ ンに よ
る潜 在能 力 ア プロー チ も入 れ て よいか もしれ ない。 セ ンの経済学 が イ ン ド
経済 の実態 に強 く影響 されて い るこ と も、 い うまで もな い。
1990年 代 末 に なる と、国際 連合 の 「ミ レニ アム 開発 目標 」(Millennium
Development
Goals)、 世 銀 の 「貧 困削 減戦 略 文書 」(Poverty Reduction
Strategy Paper)な
どに示 され てい る よ うに、長 年 に わた る経済 開発 の努
力 に もかか わ らず、多 くの途 上国 に依然 と して残 る深 刻 な貧 困問題 へ の世
界 的関心 が高 まった 。 に もか か わ らず 、公 的援助 の総 予算 が あ ま り増 えて
い な い こ とは、 開発 政策 ・援 助 政策 の 「効 率性 」 に対 す る先 進 国の納 税 者
の 眼が厳 しくなって い る ことを意 味す る。効 率 的 に援 助 を配分 す る こ とが
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南アジア研究第20号(2008年)
以 前 よ りも重要 にな ってい る こ とか ら、政 策 の効 果 を よ り客 観 的 に、正確
に測 る こ とが要 請 され る よ うにな り、開発 経済 学 の手法 も これ に応 え る形
で急激 な進 展 を見せ た 。 この点 につ いて 、 イ ン ド経 済 を対象 と した研 究 に
焦 点 を当 てて、 さ らに詳 し く見 てい こ う。
3-2 イ ン ド経済 にお け る政策 効果 計測 に 関す る最近 の研 究
制度 や政 策が 与 える効 果 を定量 的 に分析 す るた めの基 本 スキ ル とな って
いる のが、 近年 、急発 達 した、 ミク ロ計量 経済学 にお け る 「プロ グラ ム評
価 」(programevaluation)の
手法 で あ る5。出発 点 とな る考 え は、制 度 や
政 策 は内生 的 に決定 された もの であ って、 自然 科学 の ように ラ ンダム な実
験 と して 実 施 され た もの で は な い こ とが 生 み 出 す 「内 生 バ イ ア ス 」
(endogeneity bias)を 正 確 に取 り除か ない 限 り、 信 頼 に足 る定 量 的 な実
証 分析 は で きない とい う こ とで ある。例 えば、 あ る農業 政策 が あ る地 域 で
採用 され、 その 地域 にお い て政策 実施後 と実施 前 を比 較 して観察 された農
業生 産 の増加 が 、政 策 を採 用 しなか った他 の地域 で 同時期 に生 じた農 業生
産 の増 加 よ りも50%大 きか っ た と して も、 そ の50%と い う数 字 の すべ て
が政 策 に帰せ られ るわ けで はない 。農業 生産 増 の ポテ ンシャルが 大 きい と
為政 者 が判 断 された がゆ え にその政 策が そ こで実 施 され たか も しれ ない し、
企業 家精 神 と農場 管理 能力 に富 む農 民が そ の政 策 を引 っ張 って きて政 策 に
参加 したの か も しれ ない。 こ うい った場合 には 、当初 の政 策 実施 地域 以外
で 同 じ政 策 を採 用 して も、期 待 され る生産 増 は明 らか に50%よ
りもはるか
に小 さいで あ ろ う。場 合 に よって は ほ とん どゼ ロ に近 い か も しれ ない 。
ICRISATデ
ー タな どを用 いた ミク ロ計 量 経済 分析 の 発達 は、制 度 や政
策 の イ ンパ ク トを考察 す る際 に、 それ らの 内生性 を コン トロー ルす るた め
の計 量経 済学 の手 法 を普及 させ た 。伝 統 的 な手法 は、政策 や制 度 が採択 さ
れ るメ カニ ズム を考察 し、 そ れ らの採 択 には影響 を与 える外生 変 数で あ る
が、 計測 したい経 済パ フ ォーマ ンスに は直接 影響 を与 えない よ うな変数 を
探 し出 し、 これ を 「
操 作 変 数」(instrumental variables)と して用 い る方
法 であ る。 政策 や 制度 採択 の決定 要 因 と、 政策 ・
制 度 の イ ンパ ク トとを同
時 に推 定 す るア プロ ーチ と呼 んで もよいか もしれな い。
操作 変 数法 の他 に も さま ざまな 内生性 コ ン トロー ルの ため の計量 分析 の
手 法 が 開発 されて きた が、 それ らを適 用 して もなお、バ イアス を完全 に避
け るこ とは難 しい こ とが理論 的 に明 らか に なって きた ため 、近 年 は、 内生
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南アジア経済に関する実証分析展望―制度 ・経済政策の効果に焦点を当てて―
バ イアス をデー タその もの の改 善 に よって取 り除 くアプ ローチ が有 力 にな
りつ つ あ る[Ito 2007]。 そ の イ ン ド経 済へ の 適用 と して代 表 的 な もの を
い くつか紹 介 しよ う。 内生 バ イアス が少 ない デー タで あれ ば、複 雑 な計 量
経 済学 の モデ ル は不要 とな り、 単純 な平均 値 の差 の有 意性検 定 、 ない しは
差 異 の平均 値 の差 の 有 意性 検 定(double
difference)6で 、 十分 信 頼 に足
る定量 分析 が 可能 に なる。
3-2-1 ラン ダムな政 策 実験
第1が 、 「ラ ン ダ ム化 を 導 入 した 政 策 介 入 実 験 」(randomized policy
experiments)に
よるイ ンパ ク ト評 価 で あ る。政 策 の効 果 を正 し く測 るた
め には、 医学 にお いて新 薬 の効 果 を見 るの と同 じ方 法 を使 え ば よい 。す な
わ ち、潜在 的 な治験 者 を ラ ンダムに 「治験 グルー プ」(treatment group)と 、
「制御 グル ー プ」(control group)に 割 り振 り、前 者 にの み新 薬 を渡 し、後
者 には新薬 とま った く同 じ外 見 の ダ ミー薬 を渡 し、そ れぞ れが どち らの グ
ルー プ に属 してい るか を本 人 に隠 した上 で、2つ の グルー プ の治癒 状 況 に
統 計 的 に有 意 な差が 生 じた か ど うか を検定 す る。
国際 開発 政策 の分 野 で も、で きるだけ これ に近 い方法 を用 い て、 あ る政
策 の効 果 を計測 す る こ とが増 えて きてい る。代 表 的な のが 、 メキ シ コ政府
に よる奨学 金 プロ ジ ェク トPROGRESAで
あ る7。教育 補助 金 だ け で な く、
教 育 資材 の配 布(例 えば教 室 に フ リ ップ ・チ ャー トを導入 す る)、 教 員監
視 の強化(例 えば教 員 にイ ンス タ ン ト ・カメ ラ を渡 して 自分 の授 業風 景 を
撮 影 す る こ とを義務 づ け る)、 虫 下 し薬 の 配布 、 飲 用水 の設 備 改 善 な ど、
さ まざ まな分野 にお い て、 この よ うな 「ラ ンダム な政策 実験 」が 多 くの途
上 国で行 なわれ て いる。
マ サ チ ュ ー セ ッ ツ工 科 大 学(MIT)に2003年
ActionLabは
に設 立 さ れ たPoverty
、 この よ うな試 み に 関 して 、手 法 の標 準 化 を進 め、 実験 結
果 を共有 す る ための フォー ラム と して機i能して い る・Poverty Action Lab
の ホー ムペ ー ジ(http://www.povertyactionlab.com/)を
訪 ね れ ば、非常 に
多数 の ラ ンダ ムな政策 介入 実験 が イ ン ドを初 め南 アジ ア各 地 で行 な われ て
い る こ とが一 目瞭 然 であ る。 これ らの多 くが、世 銀 な どの ドナー の資金 を
用 いて実 施 されて い るが、 政策 介入 の 主体 は地 方 政府 だ けで な く、NGO
の例 も多 い。 そ して、Poverty Action Labを 率 い る リー ダー の1人 で あ り、
ラ ンダム な政 策実験 の重 要性 を訴 え る声 高 な主 張 で も有名 な経 済 学者A・
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南アジァ研究第20号(2008年)
B・ バ ネル ジー もまた、 イ ン ド人 であ る[Banerjee
2007]。
自 ら実験 す る ような資 金が な い場 合 で も、実態 として ラ ンダム な政 策実
験 とみ なせ る よ うな事 例 を探 し出 して、分析 す るこ と も可能 で あ る。 この
点 で 有名 な研 究 が、Chattopadhyay
and Duflo[2004]で
あ る。1993年
イ ン ド憲法 改正 のパ ンチ ャーヤ ッ ト改 革 の結果 、 グ ラム ・パ ンチ ャーヤ ッ
ト(GP)議
員 にお け る女 性比 率 引上 げが 目され たが 、そ の実 現 の ため に、
ラ ンダ ムに選 ばれ た全 国約3分 の1の 村 にお いてGPの 議長 職 を女性 に限 定
す る政 策が と られ た こ とに、著 者 た ちは着 目 した。西 ベ ンガル州 とラー ジ ャ
ス ター ン州 のGPレ ベ ル デ ー タを用 い た実証 分析 結 果 は、 女性 議長 限定 と
な った村 におい て、 そ うで ない村 よ りも、女 性住 民 の 嗜好(preferences)
に よ り適 った支 出 、例 えば飲 み水 へ の公共投 資が有 意 に増加 した こ とを示
す もので あ った。女性 議 長 限定 となった村 が真 にラ ンダム に選定 されて い
たな らば、 パ ンチ ャー ヤ ッ トで の女性 比率 引上 げ政 策 の効果 を観 察す るた
めの理 想 的な社 会実験 として、Chattopadhyay
and Duflo[2004]の
分析
結 果 は解釈 で きる8。
た だ し一 般 的 には、政 策 の実施 過程 におい て ラ ンダム化 が採用 され る こ
とは稀 で あ る。 政策 受給 が ラ ンダ ムに決 ま る とい うこ とは、 くじ引 きの前
の時 点 で考 えれ ば平 等 で あ る こ と、PROGRESAの
例 の よう に、 当初外
れた か ら とい ってず っ と政策 の恩 恵 を受 け られ ないわ けで は な く、 よ り改
良 された政 策 を受給 で きるこ と も多 い こ とな どの理 由ゆ えに、 ラ ンダムな
政 策実 験 に倫理 上大 きな問題 が あ る とは考 えない経 済 学者 が多 い。 しか し、
当初 の政策 実施 に限れ ば、 その政 策受 給 の くじ引 き後 の時 点で不 平等 が 生
じて しま うこ とが 、為政 者 や行政 官 に は受 け入 れ がた い とい う こ とか もし
れ ない。
ラ ンダム な政 策 実験 ア プロー チ には、他 に も、 治験 グ ルー プ に入 った者
が実験 の ルー ル に きちん と従 うか ど うか の問 題(例 えば実験 で与 え られた
虫下 し薬 を他 の家 計 と分 け る な ど)、実 施費 用 が相 対 的 に高 い こ と、 ラ ン
ダ ムに割 り振 られ た とい う事 実 その もの が治験 グルー プ と制御 グ ルー プそ
れぞ れの行 動 に影響 を与 える可 能性 があ る こ とな どが 問題 点 として指摘 さ
れ る。 と りわけ問題 なの は、 ガバ ナ ンス改 革(governance
reform)、 組 織
の 能力 構築(institutional capacity-building)、地 域 住 民 の エ ンパ ワー メ
ン ト(community
empowerment)な
どの重 要 な開発 政 策 にお いて 、 ラ ンダ
ム な政策 実 験ア プ ローチ を採 用 す る こ とが難 しい こ とで あ ろ う。 これ らの
166
南アジア経済に関する実証分析展望― 制度 ・経済政策の効果に焦点を当てて―
政策介 入 は、 そ の効果 が直接 の参加 者以 外 に幅広 く共 有 され る(外 部性 が
強 い)た め に、治験 グル ープ と制御 グルー プ とに分 ける こ とが 技術 的 に難
しい。
3-2-2 自然実 験
注 意深 く歴 史 を探 る と、 実 験 とみ なせ る よ うな コ ン トラス トがみ つか る
場 合 が ある。 これが 「自然実験 」(natural experiments)ア プ ローチ で あ る。
そ の 第1は 、予 想外 の 自然 災 害(例 え ば地 震 や津 波 な ど)に よ る資産 の
破 壊 の効 果 を分析 す る こ とに よっ て、資 産配 分政 策の イ ンパ ク トを予想 す
る よ うな研 究 や、 誕生 日の 曜 日や 日付 な どの違 いに着 目 して、教 育投 資 の
効 果 を推 定す る よ うな研 究 な ど、「自然界 での 自然 実験 」(natllra1"natUral
experiments")を
用 い た 分 析 で あ る[Rosenzweig
and Wolpin
2000]。
この場 合 、 も とも との シ ョックは確 か に外 生 であ るが 、 自然 災害 の場 合 に
は外 生 シ ョ ックが どれ ほ ど大 きな資産 の破 壊 につ なが るか とい う面 での 内
生 性 が生 じる し、誕 生 日の 曜 日や 日付 な どに着 目 した場 合 に はそ もそ もの
教 育年 数 との相 関 が高 くない とい った問題 が あ る。
イ ン ドの事例 で研 究者 が着 目 して い るのが 、長年 の政 治 プ ロセス の結果 、
制 度 や政策 が地 域 ご とに異 な る とい う状況 が生 じてい た と きに、全 国一律
の政策 変更 が行 なわれ る と、 自然 実験 が生 じる とい う現 象 であ る。代 表 的
な研 究 に、植 民地 期 の土地 制度(ザ ミ ンダー リー制度 とライヤ ッ トワー リー
制 度の対 比 な ど)が 独 立 後 の各地域 の経 済 成長 に どの よ うな違 い を もた ら
した か を 吟 味 す る こ と に よ っ て、 土 地 制 度 の イ ンパ ク トを 分 析 した
Banerjee and Iyer[2005]、
労働 立 法 の製造 業成 長率 へ の影響 を分 析 した
Besley and Burgess [2004]、Aghion
et al.[2008]、 貿易 自由化 の企業 生
産 性や 貧 困指標 へ の影響 を分析 したTopalova[2004]、Topalova[2005]
な どが あ る。
Aghion
et al.[2008]が
着 目 した 自然実 験 につ いて 、 もう少 し詳 し く
紹介 しよう。 この研 究 の 目的 は、 イ ン ド製造 業 のパ フ ォーマ ンスへ の産 業
政策 ・労 働政 策 の影響 を検 出す るこ とであ る。州 ご とに労働 規 制 のや り方
には違 いが あ る。 しか しこれ は州 ご との政治 プ ロセ ス によっ て内生 的 に生
じた違 いな ので、 州 ご との労働 規制 の差 と、 州 ご との製造 業の パ フ オーマ
ンスの差 をク ロスセ ク シ ョンで比 べ て も、 その分析 は典 型 的 な内生バ イア
ス を持 つ 結果 しか 生み 出 さな い。
167
南アジア研究第20号(2008年)
次 に彼 らが注 目 したの は、 年 ご と、 製品 ごとに ライ セ ンス ・ラー ジ には
違 いが あ った こ とで あ る。特 に1985年 、1991年 に ライ セ ンス規制 に大変
革 が行 な われ た。 しか しこれ も全 イ ン ドレベ ルの政 治 プロ セス に よって 内
生 的 に 生 じたの で、 年 ご との ラ イセ ンス ・ラー ジ の水 準 と、 製 造 業 のパ
フ ォーマ ンス を時系列 で比 べ て も、そ の分析 は内生 バ イア ス を免 れ ない 。
そ こで彼 らは、州 ご との労働 規 制の変 化 と、全 イ ン ドレベ ル の ライセ ン
ス ・ラー ジの 改革 とは時 点 がず れ てい る箇 所 が た くさんあ る こ とに着 目 し
た。全 イ ン ドレベ ルの改 革が もた らす 実質 的 な政策 変化 は したが っ て州 ご
とに予期 せ ぬ差異 を生み 出す 。 この部分 が 「自然 実験 」 で ある とい うのが 、
Aghion
et a1.[2008]の 研 究 の エ ッセ ンスで あ り、実証結 果 はラ イセ ンス
緩和 政 策が 、労働 保 護度合 の高 い州か らそ うで ない州へ の製 造業 立地 の移
動 を もた らした こ とを示 す もの であ った。
これ ら一連 の研 究 か らは、 自然 実験 アプ ロー チ を適用 す る上 での 鍵 が、
「
多 様 性 の 中の統 一 」 と りわ け連邦 制 と民 主 主義 とい う政 治 的 な条件 で あ
る こ とが浮 か び上が る。 イ ン ド経 済 に適用 された 自然実 験 ア プロー チの多
くが 、 「
変 化 の州 間差異 」 に着 目 した もの だか らであ る。 とはい え、 各 論
文 が着 目 した コン トラス トが真 に ラ ンダムだ った か とい うこ とに関 して は、
留 保 が必 要 で あ ろ う[Rosenzweig
and Wolpin
2000]。 言 い換 え る と、
自然実 験 ア プロー チが説 得力 を持 つ ため には 、注 目す る政 策や制 度面 で の
「変化 の 地域 間差 異 」が 、注 目す る経 済パ フ ォーマ ンス とは無 関係 に生 じ
た こ とを、 さ まざま な方 法 で示す こ とが必 要 だ とい う ことに なる。
計 量分 析 的 に この こ とを どう示せ ば よい かの 好例 と して、Chakrabarti
and Roy[2007]を
州 が2000年11月
挙 げ てお きた い。 この論 文 は、マ デ ィヤ ・プ ラデ ー シュ
にマ デ ィヤ ・プラ デー シ ュ州 とチ ャテ ィー ス ガル州 とに
分 割 され た こ とを 自然実 験 とみ な し、 よ り小 さ な政 治単 位 にお いて 、そ う
で ない場合 よ りも、有権 者 の真 の政治 意 向が投 票 に反 映 させ る こ とを実 証
的 に示 した研 究 で あ る。投票 行動 の変 化 を もた ら し得 る他 の要 因の効 果 を、
州 の分 割 ダ ミーが拾 ってい る可 能性 につ いて 、丁寧 につ ぶ して い く作 業 を
徹 底 的 に行 なって い る点が参 考 に なる論文 で あ る。一般 的 に、南 アジ ア地
域 研 究者 であ れば 、あ る経済 学者 が 「自然 実験 」 とみ な した現象 が 、実 は
他 の要 因 の効果 を拾 ってい る可 能 性が あ る とい う批 判 を、 さま ざまなか た
ちで提 示す るこ とがで きる と思 われ る。
168
南アジア経済に関する実証分析展望―制度 ・経済政策の効果に焦点を当てて―
3-3 「実験 ブーム 」を超 え て
以上 、 開発 経 済学 にお け る 「実験 ブー ム」 につ いて概 観 した が9、そ こ
で気づ く第1の ポ イ ン トは、 このブ ー ムの核 心 に南 アジ ア経済 の分 析 が あ
る こ とで あ る。 イ ン ドにお いて 「ラ ンダム化 され た政策 介入 実験 」が 多 い
理 由 としては、 実施 費用 が安 い(人 件 費が 安 い、人 口密 度が 高 い、教 育水
準 の 高 い人材 が得 や す い な ど)こ と と、ITを 通 じて 国際社 会 と情 報 が共
有 しや すい ことな どが挙 げ られ よ う。 イ ン ドを題 材 と した 「自然 実験 」 の
研 究が多 い理 由 につ いて はす で に説 明 した 。
第2の ポ イ ン トは、外生 的 な情報 、純粋 な嗜好 に関す る情 報 を実 験 に よっ
て得 よ うとす るがあ ま り、分析 され る経 済 問題 が倭小 化 し、実 験 の手法 や
識別 条件 の吟 味 ばか りが高 度化 す る傾 向で あ る。最近 の 開発経 済学 が テ ク
ニ カ ル にな りす ぎて退 屈 で あ る こ とを絵 所[2007]は
嘆 い て い るが、 そ
れが 特 に当 ては ま るのが、 実験 ブーム であ る よ うに感 じ られ る。
この よ うな実証 開発 経済 学 の傾 向 に対 し、 開発 経済 学 の理論 面 を代 表 す
る イ ン ド人経 済 学者 か らの批 判 も多 く出 され てい る。例 えばEconomic and
Political
Weekly誌 の特 集号 にお けるP・K・ バ ル ダ ン、D・ ム ケル ジー 、K・
バス な どに よる批 判 と、バ ネル ジー に よる反論 とを参照 された い[Bardhan
2005;Mookherjee
2005; Basu 2005;Banerjee
2005]。 政 策介 入 実 験 に
よって イ ンパ ク トの推 計値 を得 る こ とにのみ腐 心 す る こ と、言 い換 え る と、
背 後 にあ る人 間の経 済行 動 を ブ ラ ック ボ ックス に入 れ た実験 アプ ローチ に
よる政策効 果 の分析 が 、途上 国経 済 の真 の理 解 につ なが らない ことは、特
集 参加 者 の多 くが認 め る とこ ろであ った 。
この よ うな分析 を超 えて 、人 間行動 に関す る経済 学 的 な理 論仮 説 を検定
す る手段 ともな る ような工夫 を凝 ら した政 策介 入実 験 を用 いた研 究が 、 い
くつ か現 れつ つ あ る。 これ を不 破[2008]は
、 「ラ ンダ ム介 入 実 験 の 第2
段 階」 と呼 ん でい る。 イ ン ドを舞 台 に した この よ うな タイ プの実 験が 、今
後 さ らに増 え る こ とを期待 した い。
4 結 び
本 稿 は、 日本 の南 ア ジア経 済研 究 にお ける制 度 ・政策分 析 の傾 向 を振 り
返 りつ つ、 近年 の応用 経 済 学 ・計 量経 済学 の手法 を用 い た制度 ・政 策 の イ
ンパ ク トに関す る実証 研 究の流 れ につ いて簡 単 に展望 した。 この作 業 か ら
は、近 年 の手 法適 用 上 の鍵 が、 「多様 性 の 中 の統一 」 と りわけ連 邦 制 と民
169
南アジア研究第20号(2008年)
主 主 義 と い う政 治 的 な 条 件 で あ る こ とが 浮 か び 上 が っ た 。 そ し て 、 こ の 政
治 的 な条 件 が生 み 出す
〈
地 域 内 の変化 〉 の
〈
地域 間の 差異 〉 へ の着 目は、
日本 の こ れ ま で の 南 ア ジ ア経 済 研 究 に お い て も確 実 に存 在 した 。 しか しな
が ら、 日 本 の 研 究 で は こ の 点 へ の 着 目が 明 示 的 に 「自然 実 験 」(natural
experiments)あ
る い は 「差 異 の 平 均 値 の 差 」(double
difference)と
いっ
た 定 量 的 手 法 に 関 連 づ け ら れ て い な い こ とが 多 か っ た た め 、 今 日の 応 用 経
済 学 各 分 野 の 専 門 ジ ャ ー ナ ル や 、 開 発 経 済 学 の 専 門 ジ ャー ナ ル か ら取 り残
さ れ つ つ あ る よ う に 思 わ れ る 。 こ れ らの 定 量 的 手 法 を 明 示 的 に 意 識 す る こ
と に よ り、 日本 の 南 ア ジ ア経 済 研 究 の こ れ ま で の 強 み で あ っ た フ ィ ー ル ド
観 察 の 重 視 や デ ー タの 吟 味 な ど を 生 か した 研 究 を 、 国 際 社 会 に 向 け て 発 信
して い く こ とが で き る の で は な い だ ろ う か 。
も う1つ 重 要 な 日本 の 南 ア ジ ア 経 済 研 究 が な す べ き貢 献 分 野 と して は 、
現 場 を 知 ら な い 一部 の 経 済 学 者 が 安 易 に 「自 然 実 験 」 とみ な して い る もの
が 本 当 に外 生 的 か ど う か 、 地 域 研 究 の 視 点 か らの 批 判 的 再 検 討 が 挙 げ られ
る 。 本 稿 第3節 で 取 り上 げ た イ ン ド経 済 を例 に し た 「自然 実 験 」に 関 し て も 、
実 は他 の 要 因 の 効 果 を拾 っ て い た だ け で あ る 可 能 性 が 否 定 し きれ な い 。
さ ら に は 「実 験 ブ ー ム 」 の 次 に 来 る も の と し て 、 制 度 や 政 策 の 決 定 ・実
施 過 程 に 関 す る 緻 密 な理 論 ・実 証 分 析 が あ る と思 わ れ る 。 日本 の 南 ア ジ ア
経 済 研 究 の 伝 統 は 、 こ の よ う な 政 治 プ ロ セ ス を 含 ん だ経 済 分 析 に もっ と も
力 を発 す る と期 待 し た い 。
註
1 網 羅 的 では なく
、筆 者 の 手元 に あるリス トか ら作 成 した もの にす ぎない ことを断ってお く。 本 来
はそ れぞ れ の研 究 者 の代 表 的 な研 究 につ いて文 献情 報 をつ けるべ きであるが、 紙 幅 の制 約 か
ら省 く。松 本編[2006]、 絵 所 編[2002]、 柳 澤 編[2002]、 佐 藤編[1991]な
研 究 展 望 を参 照 され たい。
2 例 えば
、journalof Economic Perspectives誌2002年16巻3号
Ahluwalia[2002]、Datt
and Ravallion[2002]、Roy[2002]、
どの文献 リス ト・
の イ ン ド小 特 集 の3論 文
および その 中の引用 文 献 を参
照 され たい。
3 開発 経 済 学 にお ける主 要 アイデ アの変 遷 に関 して
、より詳 しくは、絵 所[1997]、Hayami[2003]
を参照 。 また、1990年 代 まで の開発 経 済 学 に与えたインドの経 済 思想 の インパ クトに関 して は、
絵 所[2002]が
詳 しい。
4 ハ イデ ラバ ー ド市 郊 外 に あ るICRISAT(International
Crops Research Institutefor the
Semi-Arid Tropics、 国際 半 乾 燥 熱 帯 作 物 研 究 所)が1975年
か ら84年
にか け て収 集 した
村 落調 査 の ミクロデ ータは、個 別 の世 帯 の生 産行 動 と消 費のあ らゆる面 にわたる、10年 間 にわ
170
南アジア経済に関する実証分析展望―制度 ・経済政策の効果に焦点を当てて―
たる詳細 な情 報 を集 めた貴重 なパ ネルデー タで ある。 参 与 観 察 を取 り入 れ た調査 により、畑 の
地片 ごとの投 入 ・産 出量 とそ れ らの タイミン久 世帯 員の栄 養 状 態 や信 用供 与 などに関 するきめ
細 か な情 報 など、 きわ めて詳細 なデー タが 記 録 され た。1980年 代 後 半 か ら90年 代 にか けて、
開発 の ミクロ(計 量)経 済 学 、 とりわけ不 確 実性 下の 低 所 得家 計 の動 学 分析 をはぐくんだ パネ
ルデ ータと呼 んでもよいと思 われ る[黒 崎2002:pp.70-73]。
5 「
治 験 効 果」(t
reatment effects)の 手法 とも呼 ば れ る。 途 上 国にお ける開発 政 策 の評 価 とい う
観 点 か ら、 プ ログラム評 価 ない し治験 効果 の計 量 分 析 手法 に関 する展 望 を行 な った論 文 にIto
[2007]が
ある。 また、 最 新 のHandhook
of Development Economicsに お いては、全16章
のう
ち4つ の章 が プログラム評価 に充 て られてい る[Schultz and Strauss 2008]。
6 Diff
erence in differenceとも呼 ば れ る。2時 点 間の 変 化 分 を複 数 地 点 で比 較 す るのが そ の 代
表 例 であ る。
7 PROGRESAに
つい て詳 しくはS
chultz[2004]な
どを参 照 。 メキ シコの 貧 困家 計 の母 親 に
対 し、子 供 の 学校 出席 などを条件 に、 毎月、 か なりの 額 の資金 移転 が 行 なわれ 、女 子 の中学
校 就 学 率 の改 善 に一定 の成 功 を収 めたの がPROGRESAで
あ る。 そ の成 果 を測 る上で、「ラ
ンダムな政 策 実 験 」 となるように導入 時 に制度 設 計 され たことが 重 要 であ る。約500の
貧困
地 域 が 、当初 の 対 象 地域 として客 観 的 指 標 を用 いて選 択 され た後、 この地 域 すべ てで、家 計
調 査 を行 ない、受 給 資格 のある貧 困家 計 が 識 別 され た。 ところが 、実 際 のPROGRESAは
約500の
、
対 象 地 域 か ら統 計 的 にランダムに選 出され た約3分 の2の 地 域 にお いての み、 実施
され た。3分 の2の 地 域 が 政 策 実 験 対 象 地 域 、残 りの3分 の1の 地 域 が比 較 用 コントロール
地 域 となったので ある。そ して、3年 間PROGRESAが
試 行 され る期 間 を通 じて、対 象 地域 と
コントロール地 域 の両 方 で、受 給 資 格者 の 家 計調 査 が 、継 続 的 に行 なわれ た。 こうして作 成 さ
れ たパ ネルデー タは、 開発 プ ロジェクトの 実 施 地域 と非 実 施 地 域 の選 択 が 完 全 にランダムであ
り、か つ、 プ ロジェクト実 施 前 と実 施後 の 両方 の情 報 を両 方 の地 域 に関 して提 供 するもの だっ
たので、新 薬効 果 の 試験 とほぼ 同 じ理 想 的実 験 状 況 が 作 られ た。 なお、 当初 、PROGRESA
支 給 対 象 地 域 か ら外 れた3分 の1の 村 は、3年 後 に、 この評 価 作 業 を経 て、 より効 率 的 に修
正 され たPROGRESA第2段
階 の対 象 となって、
就 学 率 の上 昇 を経 験 することとなった ことは、
付 記 してお きたい。
8 これ 以前 に も
、 インドの農村 には少 ないなが らも女性 が グ ラム ・パ ンチ ャーヤ ットの議 長で あっ
た村 は存 在 したか ら、そ のような村 と、男性 議 長 の村 とを比 較 す れ ば、 同じ議論 が で きると思
わ れ る読 者 もいるか もしれ ない。 しか し、 この社 会 実 験 以前 に女 性 が 議 長 であ った村 は、住
民 がそ のような選 択 を行 った村 であるか ら、そ うでない村 と、観 察で きないが 異 なる特 色を持 っ
て いたことが疑 われ る。 この 内生バ イアスゆえに、両 者 の単純 な比 較 で は、女性 が 議 長 になる
という制 度.政 策 の 効果 を正 しく検 出することはで きない。Chattopadhyay and Duflo[2004]
の研 究 で は、女 性 以外 は議 長 になれ ない という外 生 のルール によって女性 が 議 長 になった村 と、
そ うでない村 とを比較 してお り、そ れぞ れ の村 が ランダムに割 り振 られて いる(観 察 で きない 特
色 において異 なってい る可能 性 が無 視 で きる)の で、制 度 ・政 策 の効 果 が、 正確 に検 出 で きる
のであ る。
9 開発 経 済 学 にお けるもう1つ の実 験 ブームは
、実 験 経済 学 ないし行 動 経 済 学 の途 上 国へ の 進
出であ る[不 破2008]。
心 理学 の 実、
験 のようなゲ ームを、被 験 者 にやって もらい、そ の結 果 か
らリス ク行 動 や異 時 点間 の評 価 基 準 、協 調 や利 己 性 ・利 他性 などに関す る嗜好(preferences)
171
南アジア研究第20号(2008年)
を明 らか にするのが 実 験 経 済 学 であ り、 近 年 は途 上 国の フィール ドで も頻 繁 に行 なわれ る よう
になって きた。 途 上 国の場 合、 リスク選 好、 時 間選 好 などが 貧 困 問題 と関連 してい る可能 性 が
あること、伝 統 的 な制度 や規 範 に関 して多 様 な個人 が 共 存 していることなど、先 進 国 の大 学 生
を集 めた実 験 とは異 なった論 点が 分 析 で きるとい う利 点が あ る[不 破2008]。2000年
代 に入
り、 インドの各 地で さまざ まな実 験 経 済 学 の試 みが 進 め られてい るが 、興 味 深 いことに、現 在
のように実験 経 済 学 が 一 般 化 する以前 に、 実 験 経 済 学 の 途 上 国へ の適 用 が最 初 に試 み られ
たの も、インドであった。1970年 代 半 ばにICRISAT農
村 にお いて実 施 され た リスク選 好 に関
す る実 験 であ る。 リスク回避 度 が どれ くらいか を計 測 するため の実 験 とは、 当選 額 と当選 確率
の組 み合 わせ が 異 なる各 種 の 「くじ」 を被 験 者 に選 択 させ る実 験 で ある。 したが って先 進 国
の大学 生 が 相 手だ と、その 「くじ」 に参 加 することに対 して支 払 われ る報 酬 は、研 究 予算 上 あ
まり大 きなもの にな らず
被 験 者 が 選択 した 「くじ」 のパ ター ンは、経 済 行動 で問 題 になるリス
ク回避 度(例 えば投 資行 動 へ の リスク回避 度 の影 響 な ど)を 示 してい るので はな くて、少 額 の
ギャンブルを純 粋 な娯 楽 として楽 しむ ときの嗜 好 を示 している可 能性 が 高 くなる との 批 判が あっ
た。1970年 代 のインドでは まだ物 価 が 安か ったこともあ り、農 民 の数 週 間の稼 ぎに相 当するか
な りの金 額 を 「くじ」の 報 酬 として被 験 者 に提 示 し、「くじ」 の当た り外 れ を天候 変 動 に基 づ く
経 済 変 動 に結 びつ けて被 験 者 に説 明 したことなどにより、 実 際 の経 済行 動 で 問題 になるリス ク
回避 度 を引 き出そ うとした点で、 ユニー クな実 験 であ った[Binswanger
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173
南アジア研究第20号(2008年)
要旨
キーワー ド
経 済 制度 、経 済政策 、 イ ンパ ク ト評価 、 多様性 の 中の統 一
本稿 は、南 ア ジア にお ける経 済制 度 ・政策 の イ ンパ ク トに 関す る実証 分析 を題 材
に、 日本 の研 究動 向 と、応用 経 済学 ・計 量経 済学 の手 法 を駆 使 した近年 の研 究 につ
い て、簡 単 に展 望 した。 この作 業 か らは、近 年 の手 法適 用 上 の鍵 が、 「多 様性 の 中
の統 一」 と りわ け連邦制 と民 主 主義 とい う政 治的 な条件 にあ る こ とが浮 か び上が っ
た。 この政 治 的条件 が生 み 出す 「地域 内 の変化 」 の 「地域 間の差 異 」 に明示 的 に着
目す る こ とに よ り、 日本 の研 究成 果 を国 際社会 に よ り効 果 的 に発 信 す る こ とが可 能
に なる と思 わ れ る。 また、 日本 の南 ア ジア経済研 究 が貢 献 で きる分 野 と して は他 に、
現 場 を知 らない一部 の経 済学 者が 安易 に 「自然 実験 」 とみ な してい る現象 が本 当に
そ うみ なせ るか ど うか を地域研 究 の視 点 か ら批 判 的に再 検討 す る こ と、制 度 や政 策
の決定 ・実 施過 程 を緻密 に分 析す る こ とな どが挙 げ られ る。 フ ィー ル ド調 査 を重視
す る 日本 の研 究 の伝統 は、 この よ うな分析 に力 を発揮 で きるで あ ろ う。
Summary
Empirical
Research
on the Impact of Economic
Institutions
South Asia: A Survey
Takashi
and Policies
in
Kurosaki
Key words: economic
institutions,
economic
policies,
impact evaluation,
Unity in Diversity
This article reviews empirical research on the impact of economic institutions and
policies in South Asia. This is a topic which has been intensively analyzed by Japanese
social scientists since the early 1960s,based on detailed field surveys and careful examination of various data. These studies in Japan are contrasted with studies published in recently emerging literature in development economics, which use program evaluation
methodologies in microeconometrics. In recent literature, due attention is paid to the
endogeneity of institutions and policies in order to derive causal inference (e.g.,the inference that policy A causes economic outcome B to increase/decrease, not the observation
that policy A is correlated with outcome B). To control for the endogeneity bias, a useful
methodology is the "difference in difference" (DID), which can be especially effective in
the Indian context of "Unity in Diversity". Because of their federal political system and
rich regional histories, individual regions within India experienced heterogeneous im174
南アジア経済に関する実証分析展望―制度 ・経済政策の効果に焦点を当てて―
pacts when a policy was changed at the national level. We can therefore find several interesting examples of natural experiments. Although the Japanese social scientists shared
this perspective, they rarely presented it in a rigorous way using key words such as DID
or natural experiments. By explicitly employing these key words and paying more attention to causal inference, studies by Japanese social scientists could contribute more to the
emerging empirical literature on South Asian economies.Another area in which Japanese
studies have a potential advantage is the careful investigation of whether a seemingly
"natural" experiment in South Asia was indeed associated with exogenous variations in
policies or institutions. Using the detailed knowledge based on fieldwork that characterizes the Japanese studies, we may be able to show that some of the natural experiments
analyzed in the existing literature were not so good as to be regarded as "exogenous".
Finally, the tradition of field-based analysis in Japan could contribute to the analysis of
the endogenous formation of economic policiesand institutions. Existing recent literature
on the causal impact of policies/institutions has a tendency to control the endogeneity of
policies and institutions by throwing the endogenous process into a black box. This is a
serious problem which should be overcome through future studies.
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