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民主主義の中での改革 - JBIC 国際協力銀行
新インド読み解き 民主主義の中での改革 ——モディ首相のリーダーシップ—— 国際協力銀行 ニューデリー駐在員事務所 首席駐在員 大矢 伸 改革へ向けた動きと期待 の二院制をとる。与党BJPは、下院では単独過半数を 有するが、上院では少数。改革法案のうち労働法の改 ボンベイ証券取引所のセンセックス株価指数は、1 正などいくつかは両院を通り成立したが、保険分野の 月29日に史上最高値を更新し終値は2万9681ルピー 外資規制緩和、2013年土地収用法の改正、炭鉱法の となった。これは、1年前の2万ルピーからほぼ50% 改正などは、冬季国会では下院は通過したものの上院 の上昇。為替も、2013年8月に1ドル68ルピーまで下 は通過しなかった。 落したが、現在(1月29日時点)1ドル60ルピー台前 上院は議席数が245で、現在空席が3議席あるので 半で安定している。為替の安定は金融政策の影響もあ 242。このうちBJPはわずか45議席、連立政党を含め るが、株式市場や為替相場のこうした状況は、人々が たNDA全体でも59議席にとどまる。政府は、企業が モディ政権の改革とその結果としての経済成長を強く 活動しやすい環境をつくることが国内外からの投資を 期待しているからにほかならない。 増やすためには不可欠と認識しており、何としてもこ 実際、モディ政権は改革に向けて真剣に取り組んで れらの法案を実現したいという立場。そのため、冬季 いる。昨年11月号で商工省産業政策振興局(DIPP) 国会が昨年末に会期を終えた直後に、政府は大統領の のカント次官にインタビューした際に、次官はさまざ 署名を得て公布できるOrdinance(大統領令)を活用 まな改革への取り組みに触れたが、そのなかには、保 し、これら3つの法案の内容を実現した。 険などの外資規制の緩和、2013年土地収用法の改正 Ordinanceの歴史は古く、英国植民地時代より存在 も含まれていた。保険分野の外資規制の緩和は、外資 し た。 初 代 首 相 の ネ ル ー は、 英 国 植 民 地 下 で の 出資上限を26%から49%に引き上げるもの。2013年土 Ordinanceを批判したが、独立後に自ら首相となった 地収用法の改正は、公共目的のために土地を収用する 場合に、民間プロジェクトであれば土地所有者の 際には、1947年から3年間で100近いOrdinanceを出 した注2。ただ、インド憲法はOrdinanceをあくまで緊 80%、PPPの場合には70%の同意を必要としていたと 急の場合の手段と位置づけており、モディ政権による ころを、国防、インフラ、低廉な住居、産業回廊など Ordinanceの活用に批判の声もある。またOrdinance に関してはこの例外とし、またこれらの分野について、 は国会閉会中の措置であり、会期が始まれば6週間以 2013年法で追加された複雑な社会影響評価を不要と 内に法律として成立させなければ失効する。次の国会 するものである。これ以外にも、炭鉱法の改正や労働 は2月23日に始まる予定の予算国会。同じ内容で再度 法の改正 Ordinanceを出した例はあるが、Ordinanceはあくま 注1 など、モディ政権は多くの困難な改革を進 めている。 注1:労働法は多くの細かい法律に分かれており、モディ政権としては、現 在まだ一部の改革を終えただけであり、今後さらなる改革を行う必要 があるというスタンス。 上院とOrdinance しかし、すべての改革法案が成立したわけではな い。インドは、下院(ロクサバ)と上院(ラジャサバ) 2 2015. 3 で例外的措置とした87年の最高裁の判例もある。 両院の意見が異なる場合の対処として、両院協議会 もある。これは両院を合わせた単純過半数で議決でき、 与党連合NDAは、議席数の多い下院で543議席中336 議席を占めているため、両院合わせれば過半数に届く。 しかし、上院が下院案を否決や修正をすれば両院協議 会を開けるが、野党が単に上院審議を長引かせれば6 カ月経過するまでは両院協議会は開けない。 したがって、やはり本来は上院でも多数を占めるこ アジアビジネス特集 とが望ましい。下院と異なり上院の議席は各州の州議 会選挙に基づく間接選挙。上院議員の任期は6年で、 原則としてほぼ3分の1ずつが2年ごとに交代してい く。与党連合NDAは、マハラシュトラ州、ハリヤナ州、 ジャルカンド州と最近の州議会選挙で勝利を収めてき たが、州議会選挙の結果が上院の議席に反映されるま でにはタイムラグがある。上院議員の入替えが大きい のは偶数年。概算だが、入替えは2015年には10人し 上 院(Rajya Sabha) インド国民会議派:Indian National Congress(INC) 国民民主同盟:National Democratic Alliance(NDA) 69 59 45 テルグ・デサム党:Telugu Desam Party(TDP) 6 シローマニ・アカーリー・ダル:Shiromani Akali Dal(SAD) 3 シヴ・セーナー:Shiv Sena(SS) 3 ナガランド人民戦線:Nagaland People‘s Front(NPF) 1 インド共和党:Republican Party of India(A)(RPI(A)) 1 社会主義党:Samajwadi Party(SP) 15 全インド草の根会議派:All India Trinamool Congress(AITC) 12 全インド・アンナ・ドラヴィダ進歩連盟:All India Anna Dravida Munnetra Kazhagam 11 その他 76 合 計 242 インド人民党:Bharatiya Janata Party(BJP) か予定されておらず、16年は74人、17年は10人、18年 出所:インド上院HP は68人。上院議席数が多く今後重要な州議会選挙は と定められており、大統領の同意があれば州は連邦と 15年のビハール州(上院議席16人) 、ウッタルプラデ は異なる制度を導入できる。州の権限の強さは、しば シュ州(同31人)だが、この両州を含めてBJPが好成 しばインドの問題点として語られるが、モディ首相は 績をあげても、16年までに与党連合NDAで過半数と これを逆に活用して、各州のイニシアチブによる改革 いうのは容易ではなく、早くても18年と考えられる。 を認めることで州同士が企業誘致に向けてよりよい制 こうしたなか、BJP幹部が与党連合NDAの外に位置 度を競争するよう促している。もうひとつは、州の裁 するタミルナドの有力政党AIADMK(上院議員11名 量をより大きくする方向へのかじ取り。インドではネ を有する)に接触するなど、BJPはウィングを広げる ルー首相時代につくられた計画委員会という組織があ 努力も続けている。 り、計画支出(Plan Expenditure)の各州への配分 注2:Arvind P Datar、“Ordinance Factory”、2015年1月17日 Economic Times. 民意の後押し Ordinance活用への批判の声はあるが、同時に、国 民会議派を中心とした前政権が決断力を欠いたために につき大きな力を有していたが、これを廃止したうえ で、新たにNITI Aayog(National Institution for Transforming India Aayog)という組織をつくった。 詳細は今後決まるが、基本的には資金の配分ではなく、 改革のためのシンクタンクという位置づけで、アジア 開発銀行のチーフエコノミストも経験したコロンビア 大学のアービン・パナガリヤ氏がトップに着任した。 土地収用法、労働法、外資規制といった規制改革や、 そ きゅう 経済を低成長に陥れたと考える人々は、モディ首相の GST(財サービス税)導入、税の遡 及 適用の停止と 強力リーダーシップや改革をやり遂げる姿勢を評価し いった税制改革、さらにはインフラ整備を通じて、ビ ている。2015年1月初めにモディ首相、高木経産副大 ジネス環境を改善しなければ高度成長への回帰は困難 臣、パン・ギムン国連事務総長、キム世銀総裁、ケリー という認識は多くの国民が共有している。上院の抵抗 米国務長官なども参加してグジャラート州で行われた や、組合の反発はあるものの、改革を旗印に国民の広 投資誘致会議「バイブラント・グジャラート」におい い支持を得ながら成果をあげ続けることがモディ政権 ても、全体セッションの中で外国企業家から、現政権 には求められる。民主主義の中で改革を進めるインド のOrdinanceの活用は改革への強い決意の表れで支 は、汚職や宗教対立に足元をすくわれないように注意 持したいとの発言が出た。アルン・ジャイトリー財務 しながら、改革を進めることで国民の支持を強固にし、 大臣も積極的にメディアに登場し、14年の下院選の大 強固な国民の支持により改革をさらに進めるという好 勝利や、その後の州議会選挙での好成績を引き合い 循環をつくり出す必要がある。そうした好循環に入っ に、国民は改革支持と強調している。 たとき、インドは再び他国がうらやむ高い成長の軌道 また、モディ政権は、州レベルでの改革も推進して い る。 ひ と つ は「 競 争 的・ 協 力 的 連 邦 主 義 (competitive and cooperative federalism) 」とい うコンセプト。たとえば、労働法について進んだ改革 をラジャスタン州が行ったが、それに触発されて、マッ を歩むことだろう。 (2015年1月30日、記) ※筆者略歴:1991年日本輸出入銀行入行、98 ~ 2001年世界銀 行、05 ~ 06年日本カーボンファイナンスで南アジアを担当、 06 ~ 08年国際協力銀行東南アジア地域担当課長、08 ~11年 CEO秘書、11年~石油・天然ガスセクター担当課長、12年 ディヤプラデシュ州やマハラシュトラ州も改革に動き 5月より現職。休日はインド国内旅行とサッカーを楽しむ。 出した。労働法については憲法で連邦と州の共管事項 東北大学法学部卒、ボストン大学大学院法学修士。 2015. 3 3