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心拍変動ノミイオフィードバック法の臨床応用

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心拍変動ノミイオフィードバック法の臨床応用
(
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2
)
愛知学院大学心身科学部紀要第 8 号 (59-72)
心拍変動ノミイオフィードバック法の臨床応用
一一一治療的効果と理論的基礎について一一
原
榊
す在
本論文は,心拍変動ノ T イオフィード、パック法(以下,
人*
HRV-BF 法)の臨床応用例を示し,その治療
的効果と理論的な作用機序を解説した .具体的に,大うつ病,繊維筋痛症,心的外傷後ストレス障害,
不安状態,睡眠障害に対する治療的介入研究を示し, HRV-BF 法はこれらの心身医学的問題において
典型的ともいえる抑うつ,不安,不眠などに対して効果を発揮していることを指摘した .次 に
HRV-BF 法の理論的な作用機序について考察するために,心拍変動の特徴,休息機能と心拍変動の関
連などについて触れた後, HRV-BF 法の手続きを解説した.これらのことから, HRV-BF 法は血圧の
調節機能(圧受容体反射)の特徴を巧みに利用した技法であり,自律神経機能(交感神経および副交
感神経)を刺激しながら,休息機能やホメオスタシス機能を促進させることが示唆された.さらに,
HRV-BF 法は情動の統制にも影響を及ぼしていることが示された
統制が重要な役割を担っており,
HRV-BF 法ではある特徴的な呼吸
この点を踏まえた今後の基礎的検討課題のあり方を指摘した.
キーワード・心拍変動,バイオフィードパック,呼吸統制,
うつ病,繊維筋痛症,心的外傷後ストレ
ス障害,不安,睡眠障害
al., 2007) ,大うつ病 (Karavidas e
tal., 2007) ,心的外
1.はじめに
傷後ストレス障害 (Zucker e
tal., 2009) などにおける
症状の改善に成果を上げている.具体的に,端息では
心臓の拍動リズムは通常は不整にゆらいでおり,こ
のゆらぎを心拍変動 (heart r
a
t
ev
a
r
i
a
b
i
l
i
t
y
:HRV)
と呼
肺機能の改善と投薬量の減少,心疾患は発作後の致死
O .l 5"'-'0 .4Hz の
率の低下,繊維筋痛症では痛みの低下や症状に伴うう
周波数帯域に存在する高周波 (high f
r
e
q
u
e
n
c
y
:HF) 成
つ状態と睡眠の改善,大うつ病で、はうっ尺度によって
分と 0.04"'-'0.1 5Hz 帯域に存在する低周波(low f
r
e
q
u
e
n
c
y
:
評価されたレベルの顕著な低減,心的外傷後ストレス
ぶ.心拍変動を引き起こす要因には,
LF) 成分が知られている.前者は,息、を吸ったとき
障害ではこれに伴ううつ症状の低下と薬物使用への衝
に心拍数が増加し息を吐いたときに心拍数が低下する
動の低下などが報告されている
呼吸性不整脈 (respiratory s
i
n
u
sa
r
r
h
y
t
y
m
i
a:RSA)
を反
このように,
(Zucker e
tal., 2
0
0
9
)
.
HRV-BF 法が応用されるさまざまな問題
映し,後者は血圧の上昇に対して心拍数を減少させ,
はストレス要因に大きく影響を受けながら生じる病的
血圧下降に対して心拍数を増加させることで血圧を一
状態であり,従来,身体的側面に働きかける心理療法
定に保とうとする圧受容体反射 (barorecepter r
e
f
l
e
x
)
(自律訓練法など)の対象となり得たものである(佐々
の働きに関連した成分である.また,心拍変動をコン
木,
ビュータ画面に提示しながら,これらのゆらぎを増大
射機能に着目した行動的処置法であり ,効果発現の機
させる方向へ訓練する手続きを心拍変動ノ f イオフィー
序についてはいくつかの基礎的検討を経た理論的な説
ド、パック
明がなされている .
(heart r
a
t
ev
a
r
i
a
b
i
l
i
t
ybiofeedback:以下, HRVュ
BF) 法と呼ぶ.
近年,
198 1).ただし, HK平BF 法は自律神経機能の反
BF 法の臨床応用や基礎的研究の報告は少なく,当該
HRV-BF 法は,哨息 (Lehrer e
tal., 2004) ,心
疾患 (Del P
ozoe
ta l., 2004) ,繊維筋痛症 (Hassett e
t
学問領域である心身医学や生理心理学の分野において
*愛知学院大学心身科学部心理学科
(連絡先)干 470-0195 愛知県日進市岩崎町阿良池 12
しかしながら,自律訓練法などに
比較して新しい技法であるため,本邦における HRV­
Em
a
i
l
:msakaki@dpc符u.ac.JP
5
9
榊原雅人
を見せるようになるが,そのひとつの現れが心拍変動
もあまり詳しく知られていない.
そこで,本稿ははじめに最近の HRV-BF 法の応用例
LF 成分の増加である
これは HK平BF 法で指導する
(治療的介入研究)を紹介し,次に, HRV-BF 法の基礎
緩徐な呼吸統制を行った際に現れる現象であり,
的検討から導き出された理論的作用機序について解説
K
a
r
a
v
i
d
a
se
ta
.
l (2007) が報告した LF 成分増加の結果
することを目的とした.また,これらを通じ, HRV-BF
は HRV-BF 法の実施手続きが正しく行われ,かっ心拍
法における今後の検討課題や臨床応用の展開可能性に
や血圧調節に関連した自律神経活動に効果を及ぼした
ことを示している(このような心拍変動の特徴的変化
ついて考察した.
については後に詳しく述べる). K
a
r
a
v
i
d
a
s (2008) は,
11. 心拍変動バイオフィードパック法の臨床応用
さらに,
HRV-BF 法において実施される約 6 回/分の
頻度の呼吸統制に対し,
の実際
制条件を比較し,
12 回/分 "-'15 回/分の呼吸統
6 回/分の呼吸統制が有意に抑うつ
HRV-BF 法の介入効果を検討した近年の研究は,大
症状を低下させることを示した.以上のような結果か
うつ病,繊維筋痛症,心的外傷後ストレス障害,不安
ら, HK平BF 法はうつ病治療において有用な治療的介
状態,睡眠障害に対するものである.いずれも発症や
入法のひとつとなる可能性が示唆されている.
増悪因子にストレスが関連すると考えられる臨床的問
題である .
また,
2. 繊維筋痛症への応用
これらに共通する特徴として,抑う
H
a
s
s
e
t
te
ta
.
l (2007)
つ,不眠,不安などの精神的症状を含み,自律神経機
能の不全を示すことが知られている
は繊維筋痛症 (fibromyalgia)
HRV-BF 法はそ
に対する HRV-BF 法の効果を検討している.繊維筋痛
の方法的特徴から,心血管系の自律神経反射機能に影
症は全身の終痛やだるさ,抑うつ,睡眠障害を引き起
響することが期待され,上記のような疾病に応用され
こす , 原因がはっきりと特定されていない障害である.
ている .
彼らはこのような症候の背景に自律神経障害があるこ
以下に臨床的応用研究の例を紹介する
とを示唆する研究をもとに
1.うつ病への応用
た
HRV-BF 法の応用を試み
18 歳 "-'60 歳までの 12 名の繊維筋痛症患者に週に
は抑う
1 回ずつ 10 回の HRV-BF 法を実施し,訓練期間中は
つ気分や興味・喜びの喪失を特徴とした気分障害であ
HRV-BF 法で用いられる緩徐な呼吸統制を 1 日に 2 回
る.これまで行われてきた多くの研究から,
うつ病患
ずつ行うよう指示した.治療導入時(第 1 週) ,第 10
者では圧受容体反射(血圧調節に関わる反射)や心拍
週およびその 3 ヶ月後(フォローアップ)においてい
変動の低下など自律神経機能の不全が指摘されてき
くつかの質問紙(繊維筋痛症インパクト尺度,ベック
大うつ病性障害 (m勾 or d
e
p
r
e
s
s
i
v
edisorder)
抑うつ尺度,マツギル痛み尺度,ピッツパーグ睡眠尺
た
K
a
r
a
v
i
d
a
se
ta
.
l (2007) は
うつ病への HRV-BF 法
の応用可能性を検討するために,大うつ病と診断され
度)および生理学的データ(心拍変動,血圧変動)を
記録した .
その結果,抑うっと痛みに関わる臨床所見はフォロ
た 11 人に対して週に l 度の訓練を 4 週に渡って実施
し,その後に 2 回のフォローアッフ。測定を行った .
治
ーアップにかけて顕著に低下した.繊維筋痛症インパ
療効果の評価のために,ハミルトン抑うつ尺度とベツ
クト尺度は身体機能や痛み,だるさ,睡眠の質,不安,
ク抑うつ尺度を実施し,心拍変動のいくつかの指標を
抑うつなどに関して評価する尺度であるが,第 10 週
測定した .その結果,ハミル ト ン 抑うつ尺度とベック
の時点で有意な低下傾向を見せ,その 3 ヶ月後のフォ
抑うつ尺度の得点は第 4 週までに有意に低下し,それ
ローアップでは有意に低下していた.ベック抑うつ尺
と同時に心拍の標準偏差(心電図 RR 間隔の標準偏差
度は第 10 週,フォローアップのいずれの時点、におい
で心拍変動の程度を反映する指標)が増加した.治療
ても有意に低下した
マッギル痛み尺度は第 10 週で
の最終セッション(第 4 週)とフォローアップ測定で
は有意でなかったものの,フォローアップでは有意に
は,心拍の標準偏差は治療導入時のレベルに戻ったも
減少した.ピッツパーグ睡眠尺度の得点は訓練期間お
のの,抑うつの臨床的な印象は顕著な改善を示した .
よびフォローアップにおいて変化はみられなかった.
訓練セッションが進むにつれて,心拍変動 LF 成分は
一方,血圧の変動は第 l 週からフォローアップにかけ
有意に増加した.
て減少したが,心拍変動の総変動量と心拍変動 HF 成
HRV-BF 法の手続きによって心拍変動は顕著な変也
分は第 l 週から 10 週にかけて有意に増加した.これ
-60 一
心拍変動ノ f イオフィードバック法の臨床応用
らの結果から,彼らは HRV-BF 法は心拍変動に関わる
置 (StressEraser⑧)を用いて左手人差し指から脈拍を
自律神経機能に影響を及ぼし
導出し,その変動(心拍変動)がなるべく大きくなる
繊維筋痛症に対して有
用な処置法のひとつになることを示唆した.
ように訓練した.
この機器は,適切な大きさの心拍変
動が現れるとマ ー クが表示されるかたちでフィードパ
3. 心的外傷後ストレス障害への応用
ック信号を与えるよう設計されており,
心的外傷後ストレス障害 (Posttraumatic s
t
r
e
s
sd
i
s
o
r
d
e
r
PTSD) は,外傷(トラウマ)体験への暴露に関わる強
日常の生活に
おいて HRV-BF 法の訓練ができるよう工夫されてい
る
烈な不安,恐怖,または絶望感などの精神的障害であ
一人の学生 (22 歳,女性)は特性不安尺度の得点(標
り,時に慢性化する障害として広く知られている.そ
準得点)が 57 で,比較的高い不安レベルを示していた.
の症状はトラウマの原因となったものごとへの回避行
実験室にて週に 1 回の HRV-BF 法訓練を合計 6 回実施
動や追体験を含んでいる. Z
uckere
ta
.
l (2009) は,ハ
し( 1 回あたりの訓練は 10 分間として 2 回実施) ,こ
タヨガ (van d
e
rKo1k, 2006) ,フルオキセチン(選択
の間の日常生活では l 日あたり合計で 20 分間の練習
(Cohene
tal., 2000) ,
を継続的に実施するよう教示した.その結果,特性不
的セロトニン再取り込み阻害薬)
眼球運動による脱感作と再処理 (Eye Movement
安得点は 49 に低下し,予め測定した精神健康調査票
D
e
s
e
n
s
i
t
i
z
a
t
i
o
nandR
e
p
r
o
c
e
s
s
i
n
g:EMDR) (Sacke
ta l.,
(GHQ) の「身体的症状」および「不安と不眠」は“問
2
0
0
3
),認知行動療法 (Nishith e
tal., 2003) などによ
題あり"とされるレベルから“軽度レベル"へ低下し
る PTSD の治療において,症状の軽快とともに心拍の
た.
さらに,気分プロフィール検査 (POMS) の「怒
変動が増加していくことを指摘し,それまで PTSD に
り一敵意 J '疲労 J '混乱」は練習後に平均的レベルへ
対する HRV-BF 法の臨床応用例がみられなかったこと
低下し(怒り一敵意は 67 から 54 へ,疲労は 61 から 48
から,
へ;混乱は 62 から 48 へそれぞれ低下し) , '1舌気」は
この方法の有効性を検討するために対照群を設
標準得点 39 から 51 へ増加した .
けた治療的介入研究を実施した.
この研究では, 38 名の PTSD 患者が HRV-BF 法を実
もう 一 名の学生 (22 歳,女性)の特性不安得点は
施する群 (N= 19) と漸進的筋弛緩法を実施する群 (N
73 でかなり高いレベルの不安を示していた .
=19)
の面談により ,
に配置された.
これらの治療的介入は,実験参
学生と
実験室での訓練指導は行わず 2 週間の
加者 (PTSD 患者)が物質使用障害(アルコールや薬
HRV-BF 訓練を自宅中心に実施することとした.携帯
物などの乱用および依存)の指導を家庭で受ける際に
型 HRV-BF 装置を用いて昼間に約 15 分以上,就寝前
同時に行われ
4 週間にわたって実施された.介入期
間の前後で PTS-T 尺度(外傷後ストレス障害におけ
に約 15 分以上 HRV-BF 法を継続的に実施した .
その
結果,特性不安の得点は 58 に低下し, GHQ は「不安
るストレス度得点)と PTSD チェックリスト尺度によ
と不眠 」 が 7 から 3 へ低下し, POMS の「混乱」が
るアセスメントが行われた.
65 から 57 へ低下した.さらに,起床時に毎回,状態
結果として, PTSD における抑うつ症状と心拍変動
不安を測定したところ,訓練初期では状態不安尺度の
について群と介入期間の交互作用が有意となり,
得点、が 55 点前後のレベルであったが,訓練 7 日目を
HRV-BF 法を受けた群では抑うつ症状が低下し心拍変
過ぎたところから 45 点前後のレベルで、推移した
動が増加した.また,両群とも PTSD チェックリスト
れは起床時の不安レベルが低下し,安定的になること
の得点が減少し不眠症状が軽減した .
を示していた .
さらに, HRVュ
これらの結果から ,
BF 法では物質使用への衝動の低下傾向が観察された.
心拍変動の増加は PTSD 症状の低下と有意な相関関係
にあることが見出された.
こ
HRV-BF 法を日常生活において
継続的に練習することで,不安レベルが低下し,同時
このような結果は PTSD に
に,疲労や混乱,不眠症状などについても改善する傾
悩まされている人の心理生理的な改善において HRV­
向のあることが示唆された.なお, HRV-BF 法の不安
BF 法が有効な処置法のひとつとなることを支持して
軽減効果については,今後,さらに実験的な検討が必
いる
要である.
睡眠障害に対して HRV-BF 法を応用した例は Mclay
4.
andS
p
i
r
a (2009) によって報告されている.イラクの
不安状態および睡眠障害に対する効果
榊原ら
(2010) は高い特性不安レベルを示す学生 2
軍事救急医療施設に勤務するある患者は不安,抑うつ,
例において HRV-BF 法を実施した.携帯型 HRV-BF 装
不眠を訴え,当初,一般的な心理治療を受けた.一定
- 61 一一
榊原雅人
期間の面接によって,抑うつ症状および不安症状は
の間隔を順次測定し(上部) ,それらを時間軸上に置
徐々に低減したものの,不眠症状は持続したため,上
き換えることで(下部) ,心拍変動を視覚的にとらえ
述の携帯型装置による HRV-BF 法を実施した約 1 週
ることカf できる.
間訓練した結果,顕著な不眠の軽減がみられた.
心拍変動を周波数の観点から捉えたものが図 2 であ
る.
III.
心拍変動のデータに高速フーリエ変換 (Fast
F
o
u
r
i
e
rT
r
a
n
s
f
o
r
m
:FFT) を施してスペクトル分析する
心拍変動バイオフィードパック法の理論的作
用機序
と,
ある周波数領域に特有のピークを観察 することが
できる
これまでみてきたように ,
存在する成分を LF 成分
HRV-BF 法が応用されて
きた疾病はうつ病,繊維筋痛症,
本稿冒頭にも述べたが,
心的外傷後ストレス
O.04'""O.15Hz 帯域に
O . 15'""0 .4Hz の帯域に存在
する成分を HF 成分という .
これらの他,心拍変動に
障害,不安状態などの問題であり,これらの背景には
はさらに低帯域の成分(例えば, v
e
r
y10wf
r
e
q
u
e
n
c
y:
多かれ少なかれ自律神経機能の不全がみられた.また,
VLF) が知られている (Bemtson e
tal., 1
9
9
7
;T
a
s
kForce ,
病型はさまざまであれ ,
1
9
9
6
).
HRV-BF 法はそれぞれの疾病
HF 成分は先に述べたように呼吸性不整脈 (RSA)
にみられる典型的な問題,つまり,抑うつ,不安,不
眠などに対して効果を発揮しているように思われる .
を反映している
HF 成分の発生のしくみとして,
1)脳
ここでは HRV-BF 法の治療的効果の発現に関わるメ
幹におけ る 呼吸中枢から心臓血管中枢への干渉, 2) 肺
カニズムを説明するために,はじめに心拍変動の特徴,
の伸展受容体からの心臓血管中枢への入力があげられ
心身の適応的状態と心拍変動の関係,心肺系休息機能
ている
について解説する .
HRV-BF 法の実際的な手
の迷走神経(副交感神経)の出力が息を吸ったときに
順を示し,最後に HRV-BF 法の理論的な作用機序や情
抑制される.呼吸数を遅くするとその反射が顕著に働
動の調整に対する影響について考察する .
き心拍数の増減幅(すなわち心拍変動)は著しく増大
その後,
(Bemtson e
tal., 1993) .
することが知られている
1.心拍変動の特徴
これらにより,心臓へ
(Hirsch & Bishop , 1
9
8
1;
Hayanoe
tal., 1
9
9
4
)
. これまでの報告から, HF 成分ま
心臓の拍動のリズムはある一瞬速くなり遅 く なりし
たは呼吸性不整脈は心臓迷走神経(副交感神経)によ
て常に複雑にゆらいでいる.このゆらぎを心拍変動
って媒介されていることが示され (Pagani e
tal., 1
9
8
6;
(HRV)
Pomeranze
tal., 1985) ,その振幅は信頼性の高い迷走
と呼び,
呼吸,血圧調節 , 体温調節などの要
因に影響を受けている
(Bemtson e
ta l., 1
9
9
3
;Be
mt
s
o
n
神経活動の指標となることが報告されている (Grossman
e
tal., 1
9
9
7
;T
a
s
kForce , 1996). 図 1 は心電図と心拍変
動の関係を模式的に表したものである .
e
tal., 1
9
9
1;Hayano , Sakakibara, Yamadae
tal., 1
9
91
).
心電図 R 波
一 方,
LF 成分は動脈血圧の変動周期 (Mayer 波)
心電図
昨lsec
1
0
0
0
心拍変動
9
5
0
9
0
0
8
5
0
8
0
0
osec
1
0sec
図 l
心電図および心拍変動の関係
6
2
心拍変動ノ f イオフィード、パック法の臨床応用
9
0
0
心拍変動
U
E
3
2由亡
7
0
0
0
:
:
0
:
:
型1
5
0
0
3
2
HF成分 (0.15~0 .4
4
5
.
.
...
H
z
)
一ー..
一
r ふ I HF
f羽
ーミ
「
」ー
LF成分 (0.04~0 . 15
H
z
)
々、
て
K
.
. ・..
0
.
1
.... ..・ ・
....一一'・.可‘・ ・.・ー ・'一...ー
0
.
2
0
.
3
.
4
0
0
.
5
周波数 (Hz)
図2
心拍変動のスペクトル分析
(Penaz , 1978) が圧受容体反射 (baroreflex) を介して
心拍変動に現れたものと考えられている
Mukaie
ta l., 199 1),心筋梗塞 (Kleiger e
ta l., 1987) ,抑
(Madwed e
t
うつや不安 (Agelink e
tal., 2002;Y
e
r
a
g
a
n
ie
tal., 1
9
9
5
;
a l., 1989). 圧受容体 (baroreceptor) とは,頚動脈洞と
Y
e
r
a
g
a
n
ie
tal., 1999) ,ストレス (Grossman e
tal., 1
9
9
0
;
大動脈弓に位置する伸展受容器で血圧の調節に重要な
榊原,
役割を担っている(貴邑・根来,
例えば,この中で, A
g
e
l
i
n
ke
ta
.
l (2002)
1996). 血圧が上昇
1992)
において減少することが知られている.
はうつ病に
すると,圧受容体反射によって心拍数低下と血管緊張
心疾患を併発した患者に交感神経の充進や副交感神経
の解放が生じ血圧が低下する(血圧が低下したときは
の低下がある場合,それらの要因が心疾患による致死
それらと反対の作用が生じる).例えば,血圧の下降
に大きく関わっていることを指摘し,大うつ病と診断
によって血管運動に関わる交感神経の興奮が起こる
された 32 名の患者群と 64 名の健常な対照群の心拍変
と,約 5 秒遅れて血管の反応が生じるため,この遅れ
動の指標を検討した . 抑うつ症状の程度を評価するた
が血圧調節系に振動を起こし,血圧の変動周期は約
めにハミルトン抑うつ尺度を用い,症状の深刻な者と
10 秒(約 O . IHz) になることがシミュレーショ ンによ
中程度の者を分けたところ
って明らかにされている
らかな心拍数の克進と迷走神経性心拍変動(心拍変動
(Madwed e
tal., 1
9
8
9
)
.
これらの周波数成分に対し,心拍変動にはさらに低
帯域( 0
.
0
0
5"'-'0.05Hz)
摘されている
前者は健常者に比して明
の超低周波 (VLF) 成分が指
(Bemtson e
tal., 1
9
9
7
;T
a
s
kForce , 1
9
9
6
)
.
HF 成分)の低下を示した.一方,
うつ症状が中程度
の者では心拍変動指標は健常者との差が明確で、なかっ
た.
さらに,ハミルトン抑うつ尺度の得点と迷走神経
心拍変動 VLF 成分は主に血管運動の制御を反映し,
性心拍変動(心拍変動 HF 成分)に有意な負の相闘が
体温調節に関連することが示唆されている(Fleisher
見出され,抑うつ症状の充進が心臓副交感神経活動の
e
tal., 1
9
9
6
;T
a
y
l
o
re
ta l., 1
9
9
8
)
.
低下に関連することを示唆した .
他方,不安との関連
では Watkins e
ta
.
l (1 998) が 93 名の健常被験者につい
て状態一特性不安尺度 (state-trait a
n
x
i
e
t
yi
n
v
e
n
t
o
r
y
2. 心身の適応状態と心拍変動
これまでの報告から,心拍変動の減少は疾病やスト
STAI)によって評価した特性不安と心拍変動の呼吸
レスに対する脆弱性を反映するのに対し,その増大は
性不整脈成分 (RSA) ・圧受容体反射感度との関係を
ストレスや病的状態からの回復やリラクセーションに
報告している .
関連することが示されている .
RSA の大きさが有意に低下し,特性不安得点と RSA
具体的に,心拍変動は冠動脈硬化 (Hayano, Yamada,
高い特性不安得点を示した者では
および圧受容体反射感度との聞に負の相闘があること
-63-
榊原雅人
を見出した.
増大したことから,呼吸性不整脈が肺のガス交換効率
を改善する効果をもつことを示した.
これらの知見の一方で,心拍変動はリラ ク セーショ
ン (Sakakibara e
tal., 1994) ,睡眠 (Bonnet & Arand, 1997) ,
この事実をもとに,
Hayano& Yasuma (2003) は安
高齢者よりも若年者 (Berntson e
tal., 1997) などにお
静時の呼吸性不整脈は心肺系における能動的な休息機
いて増大することが知られている.また,
能であると主張している.安静時(端的には睡眠中)
うつ病の治
療(薬物や心理療法)では,その結果が良好なものは
は酸素需要が低下するので
心拍変動の増加を伴うことが報告されている
数を減らしてエネルギー消費を抑える方 向 へ向かう.
(Balogh
生体機能は呼吸数と心拍
e
tal., 1
9
9
3;Chambers& Allen , 2
0
0
2
;Khaykine
tal. ,
この際,呼吸性不整脈は吸気によって肺胞気量が増加
1
9
9
8
). 例えば, B
a
l
o
g
he
ta
l
. (1 999) は大うつ病と診
するときに心拍数を上昇させることで(肺血流を増加
断された 17 名の患者の薬物治療の効果を評価するた
させることで) ,ガス交換を効率化させている.一方,
めに ,
呼気相(呼吸停止期間がより延長した状態)では,ガ
ハミルトン抑うつ尺度の得点と心拍変動指標を
検討した治療によるハミルトン抑うつ尺度の得点、の
ス交換に寄与しない不必要な心拍を減らすことで能動
変化は,心拍変動の標準偏差 (standard deviation) と心
的にエネルギーの消費を節約している.
拍の偏差の連続量 (mean s
q
u
a
r
e
ds
u
c
c
e
s
s
i
v
ed
i
f
f
e
r
e
n
c
e
)
徴は安静時においてそのメリットが発揮され,睡眠を
の指標と相闘を示し,このような連聞は薬物に対して
はじめとしてリラックスした状態の呼吸性不整脈の程
高い反応を示した患者において顕著であった . ただし,
度は心肺系の休息(回復)機能を反映した指標になる
治療前の心拍変動の程度はうつ病症状の程度や治療に
と考えられている .
対する反応を予測しなかった.
このような特
このように,心身にお
以上のようなことから考えると,心拍変動の増大は
ける治療的な変化が現れる過程において実際に心拍変
身体の休息機能を高める方向へ作用し,病的状態から
動が増大する結果は,認知行動療法と薬物療法を併用
の回復過程に寄与しているのかもしれない.
したパニック障害の治療においても確かめられている
(
P
r
a
s
k
oe
tal., 2
0
1
1
). また , S
a
k
a
k
i
b
a
r
ae
ta
.
l (1 994) は
4. 心拍変動パイオフィードパック法の手続き
自律訓練法によって実験参加者をリラクセーショ ン 状
態に誘導し,心拍変動各指標を検討した
5 分間の自
これまで心拍変動が心身の適応状態を反映し,心拍
変動の増大が身体の休息(回復)機能に関連している
律訓練法を断続的に 3 回実施したところ,安静のみを
ことをみてきた.
保つコントロ ー ル条件に比較して,心拍変動 HF 成分
続きについて解説する.
の振幅は徐々に増加することを見出した
ここでは
バイオフィ ー ドパック
HRV-BF 法の具体的な手
(biofeedback)
とは,生体情
以上の例にみられるように,心拍変動の減少した状
報をコンビュータ画面などにリアルタイム表示するこ
態は疾病を含めたストレスの状態と関連すること,さ
とによって,自ら身体の状態を確かめながら望ましい
らに,心拍変動の増大は病的な状態からの回復やリラ
方向へ変化させようとする技法の総称である.皮膚温,
クセーション状態において観察される事実から ,
筋電図,脳波をはじめとしてさまざまな生理的パラメ
心拍
変動は心身の適応状態を反映する指標であると考えら
ータを利用したバイオフィードパック法が開発され,
れる
臨床的にも多くの応用がなされている
(e.g. S
c
h
w
a
r
t
z
& Andrasik, 2
0
0
3
).HR\んBF 法は心拍変動と呼吸曲線
3. 心肺系の休息機能と呼吸性不整脈(心拍変動 HF
をコンピュータ画面上に捉え
成分)
刻一刻と変化する両者
の対応関係を見ながら心拍変動を増大させる方向へ訓
心拍変動の増大は,さらに,心肺系の休息機能と関
練する技法である.具体的に , 心拍変動の振る舞い(心
連することが実験的に確かめられている. H
ayanoe
t
拍数の増加と減少)を自ら確認しながら,ゆっくりし
a
.
l (1996) は麻酔イヌを用いて人工的に呼吸性不整脈
た呼吸統制を行う.この際
を起こさせる操作を行った.吸気時に心拍が増加する
大きくなることが予想されるが,無理なく呼吸を統制
心拍変動が呼吸に応じて
呼吸性不整脈モデル,吸気時に心拍が減少する逆呼吸
できる範囲で,心拍変動の振幅が最も大きくなるポイ
性不整脈モテゃル,呼吸に伴って心拍変動が生じない対
ント(呼吸の頻度[呼吸の長さ J )
照モデルを作成して比較したところ,対照モデルに比
することになる.
を探りながら実施
べ呼吸性不整脈モデルの生理的死腔率・肺内シャント
図 3 はパーソナルコンビュータを利用した HRV-BF
率は著明に低下し,逆呼吸性不整脈モデルのそれらは
法の訓練画面を表している(安静条件) .図の上側に
-64 ー
心拍変動ノ f イオフィードパック法の臨床応用
(dot を線で結ん
図 4 は HRV-BF 法を実施した際の心拍と呼吸の変化
だもの)と呼吸曲線 (dot のないもの)が表示されて
は経時的な心拍数の変化(心拍変動)
を表している . 安静時(図 3 )と比べ緩徐で比較的大
いる.呼吸性不整脈の働きによって呼吸と心拍が同期
きな振幅を呈しているのがわかる.
している様子がわかる.また
では,心拍変動 (dot 線)の直下に呼吸の長さを統制
図の下側は刻々と表示
HRV-BF 法の訓練
される心拍変動のスペクトル分析結果を示している.
するための pacer が表示され,この上を移動していく
約 O . 25Hz 付近にスペクトルのピークがあり,約 15 回
光点に呼吸を合わせるようになっている
/分の頻度で心拍変動が生じていることを表してい
ペク トルはちょうど O.IHz のところにピークを形成し
る
ていることから,呼吸統制が 6 回/分の頻度で行われ,
.
1~書官
,
図下側のス
同 c.宿
一
日帥
畿
時町
も お …血明暗一
時四
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M・,.M 耐肉,~.
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図3
安静時の心拍変動と呼吸曲線
/
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問問 DFT 0.8
圃 VLF 0
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図4
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?" ."'OS ・ lIiIE! 口 唱簿 拍.
γ"ransition ir1恥.a letime(調。
円0-言
E削除 TI間開
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。 。
堅塁率霊翠
密liIII璽
心拍変動ノ f イオフィード、バック訓練中の心拍変動と呼吸曲線
6
5
T,ðn凶蜘 e治山旬開岬
行0-当
.
榊原雅人
それに伴う心拍変動 (RSA) の振幅が顕著になってい
くする現象をいう.例えば揺れているブランコが頂
る様子がわかる.
点、に達した際に適切なリズムで力を加えてやると,ブ
訓練マニュアル (Lehrer,
2007) では,最初の訓練
セッション(第 l 週)において,試験的に 6.5 回/分,
6 回/分,
5.5 回/分,
5 回/分,
ランコの振れ幅が大きくなり
揺れが持続する場合が
これにあたる.
4.5 回/分の頻度の呼
吸統制を pacer によって誘導し,心拍変動が最も大き
具体的に,
このようなリズムで、呼吸を行った際の心
拍,血圧の変化を考えてみよう.図 5 はこれらの関係
くなる頻度を特定する.次のセッション(第 2 週)で
を模式的に示したものである.図の上段が呼吸,
は,呼吸統制が無理なく行えるよう腹式呼吸の要領を
が心拍数,下段が血圧をそれぞれ表している.息を吸
学ぶようになっている.
うとそれに伴って心拍数は直ちに増加する(図 中 A)
この際,注意しなければなら
中段
ないのは過呼吸であり,少しでもその傾向(めまいな
これに対し,
ど)が認められた場合は呼吸を浅くすることが教示さ
血圧が上昇するまでに約 5 秒の遅れを生じる(図中
れる.
B).
これらのセッションの後,
自宅で 1 日に合計で
20 分の呼吸統制を練習するよう求められる.第 3 週
次に,
くため,
(血管収縮に関わる交感神経が働いて)
この血圧上昇に対して圧受容体反射が働
(副交感神経の働きによって)心拍数は直ち
以降のセッションでは自宅練習の過程で生じた疑問に
に低下する.さらに,この時点では息を吐く相になっ
答え,もし,参加者が誤った手続きを理解しているな
て呼吸性不整脈による心拍数低下が生じており,ちょ
らば,それを修正することになっている.基本的に,
うど圧受容体反射による心拍数低下のタイミングと一
実験室における訓練セッションでは心拍変動データの
致することになる.次に起こる血圧の低下(図中 c)
測定や心理質問紙の 実施を行う.
に圧受容体反射が働いて心拍数が増加すると,今度は
吸気に伴う心拍数増加が重なることになる.
5. 心拍変動パイオフィードパック法の理論的作用機序
このよう
なタイミングの一致によって心拍変動(心拍数の増減
これまで,心拍変動の特徴と HRV-BF 法の手順を示
の幅)がより大きなものになると考えられている.実
し , 訓練の過程では心拍変動が著しく増大する様子を
際の HRV司BF 法の訓練セッションでは,各ノ t ラメータ
みてきた.
の位相関係を確認することはないため,ゆっくりとし
ここでは,
このような手続きが自律神経機
能に及ぼす機序について具体的に考えていく.
た呼吸を行うことによって呼吸性不整脈を惹起させ,
HRV-BF 法では,はじめに参加者(あるいは患者)
その振幅が最大となる呼吸周波数において共鳴が生じ
の心拍変動の振幅が最も大きくなるような呼吸の頻度
ているものと考える.ただし,先に述べたように,共
(呼吸の長さ)が特定されると,それが当該参加者の
鳴が生じる周波数には個人差があり, 4.5 回/分 '""'6.5
訓練すべき呼吸ぺ←スとなる .
回/分の範囲で最も効率のよい(呼吸性不整脈が最大
これまでの実験的検討
では,概ね約 6 回/分(約 O.IHz) の呼吸になること
となる)リズムを探すことになる.
が多いが,厳密には身長や性によって異なることが知
られている
(Vaschillo e
tal., 2
0
0
2
)
.
このような手続きは,圧受容体反射と呼吸性不整脈
の過程を頻固に刺激することになるため,より効率的
実際に,この頻度で 呼吸を統制すると呼吸性不整脈
に反射を生じさせる訓練になると考えることができ
の働きによって心拍も同様の頻度で変動する.このと
る.実際, HR\んBF 法の定期的な訓練は健常者および
き,呼吸性の心拍変動は LF 成分と重なり合うことに
慢性心臓疾患患者の安静時の圧反射感度を高めること
なり,すなわち圧受容体反射を介した血圧調節に関わ
が見出されている
るリズムと合致する. V
a
s
c
h
i
l
l
oe
ta
l
.(2004) は,このリ
2
0
0
2
).また,先に 述べたように,呼吸性の心拍変動
ズムで呼吸をした時,それによって起こる心拍数変化
の増大はガス交換効率の向上や不必要な心拍の抑制を
(呼吸性不整脈)は O。の位相で追従する 一方,
(Lehrer e
ta l., 2
0
0
3
;Bemardie
tal.,
血圧は
もたらすことから,身体はより休息(回復)の方向へ
180 0 の位相をもって反応することから ,これらの 聞に
シフトしていくことが考えられる.事実,共鳴周波数
“共鳴 (resonance) ..が生じ
心拍変動の大きさはこの
(
r
e
s
o
n
a
n
tfrequency) において呼吸統制を行うことが
とき最大になると報告している.共鳴とは,あるシス
最も効率的にガス交換を行う可能性のあることが指摘
テムの振動 A (ここでは約 10 秒周期の血圧変動)に
されている
(Vaschillo e
tal., 2
0
0
4
).
対し,副次的なシステムの振動 B (ここでは呼吸性の
以上のような点から,日常における継続的な HRV­
心拍変動:呼吸性不整脈)が A に固有な振動数に近
BF 法の練習は,さまざまなレベルの自律神経調節機
い値で与えられると,お互いが共振して振れ幅を大き
能を刺激し,休息機能の向上に寄与していると考えら
-66 一
心拍変動ノ f イオフィードバック法の臨床応用
呼吸曲線
心拍数
』
ト/圧受容体反射
に一一一---.J '-一一一---.J\.....一一---.J
A
図 5
B
10 秒
C
心拍変動ノ t イオフィードパックにおける心拍と血圧の共鳴モデル
HRV-BF 法はこれらの過程を経て身
低下がみられたことを報告した.圧受容体反射の機構
体のホメオスタシス(身体の状態を常に一定に保とう
は血圧調節だけでなく視床下部にも投射していること
とする働き)を活性化させ,病的な状態からの回復に
から
れる.総合的に,
貢献しているのかもしれない
(Mini e
tal., 1995) , L
e
h
r
e
re
ta
l
. (1999) は, HRV回
BF 法は自律神経機能のみならず大脳辺縁系(情動制
(Lehrer, 2
0
0
7
)
.
御に関わる脳内機構)を含んだより大きな調節系に影
響を及ぼしているのではないかと推測している.
6. 情動の調整に対する影響
ところで,緩徐な呼吸の統制は中枢活動に影響を及
情動の調整に HRV-BF 法はどのように影響している
のだろうか.これまでみてきたように,
ぼしていることが指摘されている. F
umotoe
ta
.
l(
2
0
0
4
)
HRV-BF 法は
は 3"'-'4 回/分のゆっくりとした腹式呼吸を開眼で行
圧受容体反射を刺激し,その感度を高めることが指摘
された
った際,測定当初から出現していた(閉眼に伴う)脳
興味深いことに,圧受容体反射の高まった状
波 α 波(
態では,ネガティブな感情が抑えられることが報告さ
8"'-'10Hz) は徐々に減少し,それに代わる
れている. M
inie
ta
l
. (1 995) は, PRES (phas巴 related
ように,次第に速い周波数の α 波 (10"'-' 13Hz) が増
e
x
t
e
m
a
lsuction) という方法によって人為的に圧受容
加することを報告した.このような呼吸の統制の後,
体反射を引き起こしながら,実験参加者に快,不快,
気分プロフィール検査 (POMS) の「活気」が増加し「緊
中性的な感情を喚起するスライドを呈示した.スライ
張一不安」が低下することを見出した.この実験にお
ドに対する主観的な痛み評価(ネガティブな感情の評
いて,呼吸統制を行わない条件で観察された閉眼安静
価) ,体性誘発電位 (somatic e
vokedpotential),皮膚抵
時の 8 "'-'10Hz の範囲の α 波は時間経過とともに 0
抗反応 (skin c
o
n
d
u
c
t
a
n
c
eresponse) を測定したところ,
波や δ 波に移行し,この際,参加者は眠気を催した.
PRES によって圧受容体反射が高められた条件では,
これらの事実から,呼吸統制を実施した際の 10"'-'
それが低められた条件に比較して,不快な情動刺激(ス
13Hz の範囲の α 波は抗不安・活気増加に関連するこ
ライド)に対する痛み評価の低下,体性誘発電位によ
と,さらに,実験では尿中のセロトニン量が増加して
って評価された皮質活動の抑制傾向,皮膚抵抗反応の
いたことから,緩徐な呼吸統制によってセロトニン神
6
7
榊原雅人
経が活性化されることを示唆した.セロトニン神経の
変動 VLF 成分に近い特徴を有し,膜想、中,共鳴が生
活性化は抑うつの改善に関連することが知られている
じていた可能性を示唆している.今後,
が(有田, 2003) ,緩徐な呼吸統制を行う HRV-BF 法
殊な呼吸統制の条件において圧受容体感受性や体温感
が当該効果をもたらしている可能性も考えられよう.
覚の変化などを検討する必要があろう.
この点に関しては,いずれにしても,緩徐な呼吸統制
を含め,
このような特
また,先に述べたように HRV-BF 法では呼吸性の心
拍変動の増大によって休息機能が高められる可能性に
HRV咽BF 法に関する基礎的な検討がさらに必
要となるだろう.
ついても示した.特に,心拍変動は睡眠中において増
大する事実から,我々が日常のストレスに対処する上
IV.
まとめ(今後の課題)
で(ストレスから回復する上で) ,睡眠中の心拍変動
は重要な意義をもっている
本論文は,はじめに HR\んBF 法における治療的介入
(Sakakibara e
ta l., 2
0
0
8
)
.
S
a
k
a
k
i
b
a
r
ae
ta
.
l (2011)
このことから,
は就寝前に
研究および臨床的な応用例を紹介した.大うつ病,繊
HRV-BF 法を実施した際の睡眠中の休息機能(心拍変
維筋痛症,心的外傷後ストレス障害,不安・不眠など
動 HF 成分)の変化を分析している.進行中の検討で
に適用された HRV-BF 法は
多くの心身医学的問題に
はあるものの,仮に HRV-BF 法によって睡眠中の休息
おいて典型的ともいえる抑うつ,不安,不眠などに対
機能が増加するならば,
HRV-BF 法による不眠改善の
して特に効果を発揮しているように思われた.次に
機序の一端を示すことができるかもしれない.さらに,
HRV-BF 法の基礎的検討から導き出された理論的作用
睡眠中の休息機能を確実に起こさせるように HRV-BF
機序について解説するために,心拍変動の特徴,休息
法の手順を洗練することで
機能と心拍変動の関連性などについて触れた後,
らに効率的に発揮させることができるかもしれない.
抑うつや不安の軽減をさ
HR\んBF
HRV-BF 法の臨床効果を下支えするために,いずれ
法は血圧の調節機能(圧受容体反射)の特徴を巧みに
の課題についてもより多角的な検討のきれ方が重要で、
利用した方法であり,この調節機能に関わる交感神経
あると考える.今後,さまざまな基礎的検討によって
HRV-BF 法の手続きを概観した.その結果,
および副交感神経の活性化を引き起こすだけでなく,
もたらされる知見(あるいはその整理)は,将来,本
休息機能やホメオスタシス機能の促進を引き起こすこ
邦において HRV-BF 法を臨床的に適用する際に大いに
とが示唆された.さらに
HRV-BF 法は中枢神経系に
役立つだろう
なお,実際の適用にあたっては,はじ
も作用する可能性のあることが示された. HRV-BF 法
めに健常者の範曙でストレス症状を強く感じる者にお
の根幹をなす緩徐な呼吸統制を含め,今後さらなる基
いて実践し,次に臨床群で検討するといった段階的な
礎的検討の重要性が指摘された.
アプローチを踏むことも大切で、ある.
具体的に,
HRV-BF 法の作用機序において指摘され
心理学領域における伝統的な治療(心理療法)は,
た“共鳴 (resonance) "は圧受容体反射の時間的特性,
さまざまな理論モデルを通してクライエント(または
すなわち心拍変動 LF 成分の周波数特性に着目した現
患者)に認知的な安定をもたらし,環境への再適応を
象であった.心拍変動にはさらに血管運動(あるいは
促してきた.
体温の制御)に関わるとされる超低周波成分 (VLF)
な安定をもたらすように作用している
が知られており, V
a
s
c
h
i
l
l
oe
ta
.
l (2009) はこの成分の
よって症状の軽減(病的状態からの回復)をはかるこ
これに対し,
HK平BF 法はむしろ身体的
HRV-BF 法に
共鳴の可能性について議論している.例えば,バイオ
とで,心理療法過程における認知的な問題解決をいっ
フィードパックを使って呼吸を統制し,心拍変動
そう促進させることができるのではないかと考える.
VLF 成分との聞に共鳴を起こさせるようにすると,
このことはすなわち心身両面からのアプローチの重要
体温に関わるなんらかの変化がみられるかもしれな
さを表している.
い
これに関し, L
e
h
r
e
re
ta
.
l(
1999)は興味深い知見
を報告している.彼は坐禅を行った際の心拍変動を分
引用文献
析し,修行経験の長い僧ではこの成分に近い頻度(周
Agelink, M.w., Boz , C. , Ullrich, H. , & An drich, J
.(
2
0
0
2
)
.
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yResearch , 113 , 1
39
波数)で呼吸を統制していることを見出した.実験は
冬期に実施されたにも関わらず,禅堂の窓を開放した
状態で坐禅が行われ,何人かの僧は身体の温かささえ
感じたという.
このような例は,坐禅の呼吸法が心拍
1
4
9
6
8
心拍変動ノ f イオフィードパック法の臨床応用
有国秀穂 (2003) .セロトニン欠乏脳
をきたえ直す
キレる脳・穆の脳
NHK 出版(生活人新書) •
Balogh, S., Fitzpatrick, D
.F., Hendricks, S
.E., & Paige, S
.R
.
(
19
9
3
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g
yBulletin, 29 , 2
0
1
2
0
6
.
Bemardi, L., Porta, c., Spicuzza, L., Bellwon, J., Spadacini, G.,
Frey, A.W., Yeung, L
.Y., Sanderson, J
.E., Pedretti, R.,
Tramぽin, R
.(
2
0
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. Slow b
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evariability, biofeedback, b
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gcontrol , depression , fibromyalgia , post-位aumatic s
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disorder, anxiety, s
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