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福島第一原発事故から1年、見えにくい日本の「顔」

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福島第一原発事故から1年、見えにくい日本の「顔」
福島第一原発事故から1年、見えにくい日本の「顔」
渡辺 一敏(翻訳家)
東日本大震災と福島第一原発事故の1
ても極めて切実な課題について反省を促
周年に際して、フランスのメディアもあ
してきた。フランスのメディア報道に震
らためてその被害規模の大きさと深刻さ
災と津波の死者を悼み、遺族や被災者に
を振り返り、被害者への追悼式典や黙祷
同情する気持ちが欠けているわけでは決
の映像を放送し、被災地の復興の進捗
してないが、フランス人からみた場合に
(あるいはその遅れ)について報じ、災
とりわけ射程の長い問題を提起したのは
害が提起した諸問題について専門家のコ
確かに FUKUSHIMA の原発事故に他な
メントを伝え、今も仮設住宅で暮らす被
らない。そして、避難を強制され、放射
災者らの将来に対する不安や絶望に満ち
能汚染の脅威に日々怯える原発周辺の住
た証言を現地からルポした。
民が置かれている状況に対して、自国内
そんな中で、経済紙レ・ゼコーは社説
に多数の原発を持つフランス人は他国民
で「2万人近い死者を出した震災と津波
以上に共感し、自己移入しやすい立場に
自体よりも、公式には1人も犠牲者を出
あるとも言えるだろう。
していないはずの原発事故の1周年のほ
この3月11日にはフランスでも反核団
うが注目されているのは逆説的だ」と論
体の音頭で、リヨンとアビニョンを結ぶ
じた。この社説自体は、結論としてフラ
230キ ロ メ ー ト ル に わ た る ヒ ュ ー マ ン
ンスと日本における原子力の維持は経済
チェーンが形成された。ローヌ峡谷と呼
的に不可避だとして支持する政権・財界
ばれるこの地域には14基の原発があり、
寄りの立場から書かれたもので、その切
欧州でも最大の原発密集地となっている。
り口は一面的で粗雑だし、単純化が過ぎ
ただしこうした運動とは裏腹に、福島
て、鵜呑みにはできない。しかし、少な
原発事故がもたらした不安感や恐怖感は
くとも外国から見た場合には、震災・津
次第に消失しつつあるようだ。3月の上
波の甚大な被害以上に、原発事故が政治
旬に実施された世論調査(Ifop が集計)
的・経済的・心理的に大きな衝撃をもた
によると原子力にはっきりと反対するフ
らしていることを指摘した点では、必ず
ランス人の比率は昨年7月の20%から今
しも間違っていない。
や13%にまで低下している。
こ の 1 年 間 で「FUKUSHIMA」は フ
FUKUSHIMA のインパクトが急速に
ランスでもすでに知らぬ者のない言葉と
風化しつつあるのは、日本が世界に向け
なり、日本という国の政治的・社会的な
てより明確なメッセージを発信できない
機能障害を繰り返し想起させるだけでな
ままに終わっているせいもあるのではな
く、原子力安全というフランス人にとっ
いかと思うのだが、これについては後で
−2−
また触れることにして、2月に簡単に紹
者択一的選択に直面してしまっているエ
介した原子力政策関連の2つの報告書の
ネルギー政策の現状を批判し、今後の原
内容にいったん立ち返ってみたい。
子力政策に必要な費用をより正確に割り
出す努力が必要だとしている。そのうえ
一つは1月31日に会計検査院が発表し
で、会計検査院は、原発を運営するフラ
た報告書で、原子力政策のコストを吟味
ンス電力(EDF)が提示した見積もり
し た も の で あ り、他 方 は「ENERGIES
に依拠しつつ、福島事故以後に安全基準
(エネルギー)2
050」という専門家委員
が強化されたこともあって、既存原発の
会が政府に上梓したエネルギー戦略に関
保守費用は今後2倍以上に拡大し、これ
する報告書で、2月13日に公表された。
が発電コストを1
0%ほど押し上げると予
双方の報告書は独立しているが、その分
測している。EDF によると、2008年−
析には共通の基本的前提がある。それは
2010年の保守費用は年間平均15億ユーロ
今から10年後の2022年末までに、フラン
だったが、2011年−2025年には年間3
7億
スの58基の原発のうちの22基が耐用期限
ユーロに増え、総額では5
50億ユーロに
を迎えてしまうという事実である。なお、
達するという。
フランスの現行の規定では原発の耐用年
一方、58基が耐用年数を終えた際の解
数を40年間に設定している。
体費用については、EDF は総額で1
84億
会計検査院は、原発の耐用年数をこの
ユーロと試算し、放射性廃棄物の処理と
まま40年間に限定するとして、原子力に
貯蔵の費用については284億ユーロと見
よる発電能力を現在並みの水準に維持し
積もっているが、これらの費用について
たいならば、2022年までに次世代原発
会計検査院は、そもそも本来的に不確実
(第3世代原発である EPR)を11基建設
要因が多い支出項目である上に、従来か
しなければならない計算になる、とした
ら事業者は費用を過小評価する傾向があ
上で、これは必要な投資の規模から考え
ると指摘して、極めて慎重な態度をとっ
ても、EPR の建設に要する時間や労力
ている。ただし、反核団体などが主張す
の大きさから考えても、まず実現不可能
るような「隠れ費用」はないと判断した。
であり、実質的に残された選択肢は、現
会計検査院の報告書は、原子力が従来
行の期限通りに原発の運転を停止してほ
言われてきたほどにはコストの安いエネ
かの発電手段で代替するか、原発の耐用
ルギー源ではないことを明らかにしたと
期間を延長するかの2つだけだと明確に
評価されているが、再生可能エネルギー
指摘した。
などと比較しての競争力については、原
会計検査院は、原発の耐用期間を予め
子力の支持派と反対派で受け止め方が完
考慮した将来的な投資プランが明示され
全に分かれており、真相は藪の中という
ないまま、暗黙のうちの、このような二
印象が残る。
−3−
「ENERGIES(エ ネ ル ギ ー)2
050」の
と2500万 ト ン に 留 ま る が、
(2)だ と
報告書のほうは、2050年をめどにしたエ
3000万トン以上、(3)だと4
500万トン
ネルギーミックスのあり方について、4
ないし1億2
000万トンにまで増大する、
通りのシナリオを検討している。なお、
と い う。ま た 雇 用 面 で も、シ ナ リ オ
耐用年数を現行のまま40年間に据え置い
(2)では10万人から15万人の減少に繋
た場合、2050年には58基中の24基を停止
がる、などと判断した。
してしまわなければならない。
4つのシナリオは、
(1)耐用年数を
現政権が望んでいた通りに、原子力維
40年間に据え置き、新世代原発(EPR)
持のシナリオが推奨され、サルコジ大統
によるリプレイスを加速する、
(2)既
領やベッソン産業・エネルギー相は報告
存原発2基を EPR 1基でリプレイスす
書を一般公開する前から、
「ENERGIES
る一方で、原子力の割合を現在の75%か
(エネルギー)2
050」委員会の勧告に従
ら段階的に50%まで減らし、その分を再
う方針を力強く宣言したが、委員会の客
生可能エネルギーや(化石燃料)火力発
観性や中立性には強い疑念が表明されて
電 で 補 充 す る、(3)完 全 な 脱 原 発、
いる。この委員会は昨年1
0月にベッソン
(4)原発の耐用年数を6
0年間まで延長
産業・エネルギー相が設置したものだが、
する、というもので、各々のシナリオに
モンペリエ大学のジャック・ペルスボワ
ついて、費用、電力価格、環境インパク
教 授 が 委 員 長、国 際 エ ネ ル ギ ー 機 関
ト(温室効果ガス排出量)
、雇用への影
(IEA)の事務局長をつとめたクロード・
響などの観点から検討を加えた。結論と
マンディル氏が副委員長という顔ぶれで、
しては、エネルギーの安定供給、気候変
親原発派に偏りすぎているとの批判が発
動対策、経済競争力などあらゆる点で、
足当初から強かった。エネルギー・気候
4番目の耐用年数延長がベストだと判定
変 動 の 専 門 家 で 構 成 さ れ る NGO「グ
し、まだ10年ないし20年は使用可能な原
ローバル・チャンス」のバンジャマン・
発 を4
0年 目 で 停 止 し て し ま う こ と は
ドゥシュ会長や、原子物理学者ベルナー
「1000億ユーロ(1
0兆円)以上の価値喪
ル・ラポンシュ氏などの著名専門家は委
失」に繋がると評価した。電力価格につ
員会への参加要請を拒否し、報告書の内
いては、原発の耐用年数を増やせば、1
容についても、方法論的に不適切で、ご
MWh 当たり40ないし50ユーロに維持で
都合主義的だと手厳しく批判している。
きるが、シナリオ(1)だと60ユーロ、
どうやら「原子力村」や御用学者の弊
(2)だと70ユーロ、(3)だと80ユーロ
害は日本に限ったことではないようだが、
にまで上昇すると予測。温室効果ガスの
上記のように反原発派は今のフランスで
年間排出量(二酸化炭素換算トン)は、
旗色が悪いことも事実だ。
2030年の時点で、(1)および(4)だ
−4−
さて、最後にもう一度、フランスから
答が得られそうにない。この、いわばな
みて日本の原子力事情がどのように感じ
し崩し的な脱原発という前代未聞の展開
られるかという点に立ち戻ってみたい。
の背景には、恐らく原発地元民の強い不
フランスのメディア報道で繰り返し指摘
安や不信感、警戒心や反発があるに違い
されている日本の逆説ともいうべき奇妙
ないと推察はできるものの、それならば
な事態が二つある。
なぜきちんとした政治的な意思決定手続
一つは、福島原発事故のような大事件
きを通じて脱原子力に向かおうとしない
を経た後も、反原発運動が盛り上がりを
のか?欧州ではちょっと考えがたいこの
欠き、世論の強い支持を得られぬままで
不可思議な状況からは、積極的な選択や、
あり、特に政治レベルでこれを反映する
強いメッセージといったものが全く浮か
動きが一切見られないことである。フラ
び上がってこない。原発が次々と運転を
ンスのメディアは日本の反原発活動家や
停止しているという可視的な現象の背後
原子力専門家にインタビューするたびに、
で、決定や責任の主体は不可視のままで
この点を質問しているが、歯切れのよい
あり、この重要な問題をめぐる日本人の
回答は得られないままだ。最近も経済紙
表情が読み取れない、という戸惑いをフ
ラ・トリビューンが小出裕章・京都大学
ランス人は抱いているのではないだろう
原子炉実験所助教にインタビューした際
か。
に、日本の世論はなぜかくも無気力なの
世界が注視している原発問題への対応
かと質問したが、
「原子力村」批判では
は、経済大国でありながら国際舞台で顔
小気味よい発言を連ねた小出氏も、この
が見えにくいと言われがちな日本が、曖
点については「私にとっても疑問だ」と
昧な微笑みを捨てて、世界に向けて力強
し、日本人の伝統的心性を持ち出すなど、
いメッセージを発信する好機だったので
間接的な説明に終始しており、フランス
はないか。しかし、現実には、驚くほど
人読者を納得させられたとは思われない。
急激でありながら、極度に曖昧でもある
他方でフランス人を驚かせているのは、
事態の進展を前に、日本の特殊性という
こうした状況にもかかわらず、明確な政
紋切型の理解がまたしても繰り返される
治的決定も、国民投票による意思表示も
ことで、FUKUSHIMA の本当の意味合
一切ないままに、いつの間にか日本中の
いが希釈されつつあるのではないだろう
原発がほぼ全面的に運転を停止してし
か?
まっていることだ。原発の停止状態がこ
2012年3月15日(パリ在住)
のまま続くのかどうか、石油・ガスの輸
入コストが増大しても経済的に持ちこた
えられるのか、など疑問も多いが、こう
した点についても、誰からも責任ある回
−5−
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