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地域医療 IT 化の実際と問題点

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地域医療 IT 化の実際と問題点
IT ヘルスケア 第 2 巻 1 号,May 27, 2007: 22-25
A-5
地域医療 IT 化の実際と問題点
The Actual Status and Problems of the Development of IT in Community Medicine.
松本武浩,本多正幸
長崎大学医学部・歯学部附属病院医療情報部
【地域医療 IT 化の必要性と実運用の難しさ】
地域医療の中で複数の医療施設がリアルタイムに診療情報を共有できれば,過去の診療結果に基づいた
医療が可能となり,重複薬剤投与の防止や禁忌,アレルギー情報の正確な把握により医療の質と安全性およ
び経済性は向上すると考えられる. 日々専門化,高度化する医療の中では,症状,病態に応じて適切に専門
施設や総合病院に紹介し,しかるべき診断・治療を受け,今後の治療方針決定の後,再び診療所側で継続治
療を続けることが理想と考えられるが,その情報伝達手段として利用される診療情報提供書と退院サマリーだ
けでは試行錯誤の結果得られた診断と治療を行った過程の詳細を知ることはできず,情報量が足りないことを
しばしば経験する. 紙文書による情報共有には限界がある. しかしながら IT(高速インターネット回線)を利
用することで,距離に関係なく瞬時に大量な情報共有が可能となり,あらゆる診療情報を利用することが可能
となる.
専門病院や中核病院には多くの多様化した専門分野スタッフがおり,多種の最新医療機器を所有しており,そ
こで発生した診療情報や検査結果を診療所より利用することができれば,診療所側が,紹介病院の担当医を
煩わせることなく,より詳細な診療情報を知ることができ継続治療の質は向上すると思われるし,診療所が所
有していない過去の検査データ,画像所見,心電図所見等を利用すれば,仮に初診であったとしても過去の診
療情報との比較が重要な臨床上,短時間でより適切な診断と治療開始に寄与するものと思われる. 一方,IT
を使った診療情報の地域での共有は全国各地で進められているものの,うまくいかないケースが多いとされて
いる. 2000 年の経済産業省の事業である「先進的情報技術活用型医療機関等ネットワーク化推進事業(電
子カルテの共有モデル事業)」では全国 26 ケ所に総予算 56 億円をもって地域の電子カルテ医療連携システム
が構築されたが,既にその多くは休止されていると報道されており(2006 年 8 月 13 日 読売新聞)誰もが有用
であると考えているのもかかわらず実際に実運用は極めて困難であることが指摘されている.
【あじさいネットの運用方法】
IT ヘルスケア 第 2 巻 1 号,May 27, 2007: 22-25
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2004 年 10 月 15 日 国立病院機構長崎医療セン
あるかかりつけ医がよりわかりやすい言葉で詳細な
ター,大村市立病院,大村市医師会,諫早医師会,
説明が可能となり,患者の診療内容についての理解
離島医療圏組合の代表者で構成される「長崎地域
とかかりつけ医ならびに紹介先病院に対する信頼が
医療連携ネットワークシステム協議会」が立ち上がり,
さらに深まるのである.
通称「あじさいネット」の運用が開始された. このシ
【あじさいネットのコンセプト】
ステムは中核病院の診療情報を診療所や病院にて
あじさいネットは 2003 年 5 月に大村市医師会,諫
早医師会,離島医療圏組合,大村市立病院と長崎
医療センターの代表者が集まり,ITを使ってこれまで
以上に医療連携を活性化させることで地域医療の質
向上を目指そうと企画された「地域医療IT化検討委
員会」の発足がきっかけである. 我々は,全国の同
様な取り組みを調査した結果,過去の失敗例の原因
を以下の 3 点に結論付けた. ①「地域医療現場で
の診療ニーズが反映されていない点.」 これは多く
の事業が中核病院中心で企画され,病院の視点で
構築されていた点と十分なニーズ調査がなされなか
ったである. ②「1 地域1電子カルテを前提とし,診
閲覧し診療に利用するもので,当初,長崎医療セン
ターの診療情報を対象にスタートし,翌年には大村
市立病院のサービスが開始した. 運用方法は,診
療所や病院のかかりつけ医が患者へ趣旨を説明し
同意取得後,同意書を中核病院へ FAX 送信するこ
とで(図1)その患者のカルテが暗号化されたインタ
ーネットを経由して閲覧可能となる.(図2) 通常,
退院後,診療情報提供書や退院サマリーを読んで
始めて経過や結果を知り得るが,このシステムを利
用することで,紹介先病院を受診し,検査を受け診
断に至る過程ならびに日々の記録と経過表等により
詳細な経過を把握することができる. しかも検査結
果や画像所見はすべて院内と同等の精度・解像度・
スピードで閲覧することが可能である. 診療情報提
供書や退院サマリーでは知りえない,治療の正確な
途中経過や最終的な処方内容に至った経緯を知る
ことが可能となるため,退院後の継続治療も,より適
切になり得る. また患者が入院中に主治医に対し
て聞き足りなかったことがあれば,かかりつけ医は
病院主治医に直接尋ねるよう助言するしかないが,
あじさいネットを利用することで,患者に近い立場で
療所側からも診療情報を提供する双方向通信にこ
だわるあまり診療所側の負担増となった点.」 多く
がWEB型(インターネットホームページに書き込む
方式)の地域共通電子カルテを導入する形をとって
おり,紙カルテ運用の多い診療所側では連携(共有)
している患者だけをWEB電子カルテで運用すること
は日常の多忙な外来中困難である. また,電子カ
ルテを導入している病院側でも電子カルテ内容をW
EB電子カルテ用に変換するためのシステムが必要
であり,これに多額の費用を要する. ③ 参加コス
トならびに運営コストが高いため維持できない点.
経済産業省の事業では 1 地域約 2 億円の費用が発
生している.導入コストが高ければ維持費やシステ
ム更新費用も高額となるため,事業ベースに移行し
た場合ある地域では診療所側の負担が月額 2 万円
と高額だったと報告された.(朝日新聞
2004.10.17) 以上をふまえ,基本的方針を以下の
2点とした. 地域医療の主役はかかりつけ医である
ことの認識を前提に① 診療所側(かかりつけ医)の
視点で構築し診療所側の診療の質向上のためのサ
ポートを主事業とすること. ② 費用負担をできる
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だけ軽減するため導入コストを抑えること. ①を実
会」は診療所の先生方が自診療所の診療の質向上
現するために 2004 年 12 月大村市医師会の中でIT
のために御自身の判断で利用しているのであり,ま
を使った診療情報の閲覧に関するニーズ調査を行っ
さに必要とされている情報と考えられる.
た. 67 施設中 61 施設の回答が得られ,検査結果
アクセスログから利用時間帯を調べてみると最も利
は82.0%,画像所見は78.7%,処方や注射,処
用頻度の多い時間帯は午前 9 時から 12 時までであ
置などの治療内容は67.2%の先生方が閲覧希望
り,診療時間内に利用されていることを示していた.
していることが判明した. 一方,費用面では双方向
利用可能施設は現在52施設であり,登録施設は今
通信導入がコスト高である点と診療所の診療情報の
も徐々に増えている. またあじさいネット運用開始
閲覧を希望する声は稀であったため,一方向通信,
後,長崎県内では新たに 3 か所の同様なサービスが
すなわち診療所側から閲覧利用するだけのシステム
スタートし長崎県全体に広がろうとしている.
とした. 個人情報を守る上では,信頼性と費用対効
果 に 優 れ た イ ン タ ー ネ ッ ト VPN(virtual private
network)を採用した. 以上により診療所側では初
期投資として暗号化装置を 6.6 万円で購入する必要
があるが,その他には年間のウイルス対策費が3千
円,月額使用料が2千円とし極力コストを抑えた.
【あじさいネットの運用実績】
以上のような方法で運用され,2007 年 5 月 14 日
時点で,3416 名が連携されている. その間の経過
は,運用開始 9 ヶ月目に 1000 名を超え,その 10 カ
月後に 2000 名を超え,さらにその9カ月後に 3000
名を超えており,(表1)この2年半の間コンスタント
【考察】
に利用され続けている. 一方,管理運営は「長崎地
地域医療の IT 化は理想的であるが,実運用は
域医療連携ネットワーク協議会」の実行部隊である
容易でない. また,双方向医療情報通信による
「運営委員会」にて行っており,診療所側の様々なニ
地域連携システムは理想であるが,多くの診療所
ーズに対応してきた. 数あるニーズの中で最も重
医師にとっては,業務負担と経済的負担が大であ
要と思われたのは「紹介する患者だけでなく,過去に
る. 将来,双方向通信が定着するとすれば多く
中核病院の受診歴や入院歴があり,本人の同意が
の診療所に電子カルテが導入され,診療所の診
得られれば,紹介はしなくても診療情報だけを利用さ
療情報が自動で中央の診療情報サーバに蓄積で
せてほしい.」という希望だった. 長崎医療センター
きるシステムが安価に構築される必要があると思
にはすでに過去 2 年分の診療情報が蓄積されており,
われるが,そもそも診療所側と病院側では医療情
この診療情報はその病院を受診しない限り全く役に
報の量と質に大きな差があり,利用価値と費用対
立たないが,連携して利用すれば診療所での診断
効果を考慮すると,診療所側から病院の情報を閲
や治療への多大な貢献が期待される. 当初,紹介
覧するという一方向性通信は現時点で妥当である
のインセンティブとしてサービスを考えていたが,地
ものと考えている. ただし,昨今診療所間連携も
域医療の質向上への有効性を考慮し,「紹介」に対
盛んになってきており,複数の専門性が異なる診
する「照会」としてサービスを始めた. 運用開始して
療所間の医療情報連携を求める声はある. これ
みると連携している約50%が「照会」であった. 「照
に対して簡単に必要な情報のみを登録および共
IT ヘルスケア 第 2 巻 1 号,May 27, 2007: 22-25
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有ができる仕組みは必要かもしれない. また,最
これらの機能も一方向性通信の基本の上に,ニー
近注目されている在宅医療においては他職種の
ズに応じて,機能を追加していく形が,最も現実的
医療従事者が時間差で従事するため診療情報の
と考えられる.
IT 連携は特に有効と思われる. いずれにしても,
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