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費用便益分析(兒山真也)
費用便益分析 地域公共政策 経済学部 シリーズ 教授 兒山真也 1.費用便益分析とは何か 費用便益分析は公共的意思決定の効率性を評価するた めのツールです。例えば道路事業などインフラ整備を行 No. 9 う際には、利得(便益)と損失(費用)とを可能な限り 定量的に把握する必要があります。これらを金銭的に評 価し比較する手法が費用便益分析です。国や自治体は、 費用便益分析を含む事前評価に基づき事業採択の是非を 2013 年 4 ⽉ 25 ⽇ 決めたり、事後評価を通じて今後の政策の改善を図った りすることができます。 費用便益分析で算定される費用及び便益は、各経済主 体の私的な利得や損失にとどまりません。何らかの施策 によりもたらされる時間節約、環境改善、安全性向上、 余命延長といった社会的便益を計上したり、施策により 得られなくなった利益(機会費用)を計上したりするこ とも費用便益分析の特徴です。もちろん考えられるすべ ての便益と費用を正確に計測できるわけではありません が、社会全体の便益と費用を算定することから、社会的 費用便益分析とよばれることもあります。 2.政策評価と費用便益分析 費用便益分析が政策評価における公式のツールとなっ たのは比較的最近のことです。古くは 1930 年代の米国に おいて洪水管理法で費用便益分析の実施が規定されまし た。しかし本格的な活用は、1981 年のレーガンによる大 統領命令 12291 号以降です。同大統領令では、主要な規 制政策について分配や公平性を加味した費用便益分析と いえる規制影響評価(RIA; Regulatory Impact Analysis)を 兵庫県⽴⼤学⼤学院 実施することが要求されました。 日本では、1990 年代に公共事業全般の効率化が求めら れる中で、費用便益分析が導入されました。1996 年、総 経済学研究科 理府に置かれていた行政改革委員会が「行政関与の在り 方に関する基準」を策定し,公共事業の費用便益分析の 義務付けを提案しました。そして 1997 年、当時の橋本龍 地域公共政策専攻 太郎首相が公共事業の再評価システム導入と,新規事業 の採択段階における費用対効果分析の活用を指示しまし た。 〒651-2197 神戸市西区学園西町 8-2-1 ここでいう費用対効果分析とは、ほぼ費用便益分析と 兵庫県立大学神戸商科キャンパス 同義とみなせますが、やや誤解を招くおそれのある表現 電話 078-794-5209 です。本来、政策評価では物量単位で表現された政策の E-Mail [email protected] 成果を「効果」とよぶことができますが、それらを金銭 -1- 費用便益分析 換算したものが「便益」です。この便益と費用とを比較 が、純現在価値法です。また、費用便益比、すなわち粗 するのが費用便益分析です。しかし金銭換算になじみに 便益と粗費用の現在価値の比(B/C)に着目するものが、 くい効果については、あえて金銭的に評価せず、物量単 費用便益比率法です。さらに粗便益と粗費用の現在価値 位のままにしておくことも考えられます。こうした物量 の差が 0 となるような割引率に着目するものが内部収益 単位のままの効果と費用とを比較する手法は費用効果分 率法です。これら 3 つの手法による結果は、必ずしも整 析とよばれ、費用便益分析とは区別されます。ところが 合的とはなりません。日本の公共事業における費用便益 日本の政策評価では、効果と便益とを明確に区別せず、 分析では、いわゆるビー・バイ・シー(B/C)に着目す 費用対効果分析が費用便益分析を意味する場合が多いた る費用便益比率法が重視される傾向があります。ただし め注意が必要です。 この手法には分析者による恣意的な操作が入り込む余地 その後、費用便益分析は事業分野ごとにマニュアル化 があることから、定評ある費用便益分析のテキストであ が進行しました。例えば道路事業は現在、費用便益分析 る Boardman et al. (2011) では、一貫して純現在価値法の が最も精緻に行われている分野ですが、1998 年に道路事 優位性が述べられています。 業の『費用便益分析マニュアル(案)』が策定され、2003 プロジェクトの事前評価においては、費用便益分析は 年と 2008 年にはマニュアルの改定も行われました。他の 代替案間の優先順位づけに用いるのに適しています。し 1 多くの分野でも次々にマニュアルが策定されています 。 かし日本の公共事業では、B/C>1 であることを確認す 費用便益分析が適用できるのは公共事業だけではあり ることで、事業実施がほぼ決まった段階でお墨付きを与 ません。原理的には、教育・医療・福祉・環境・防災・ える道具として用いられているという面があります。日 規制など、国や自治体のあらゆる支出及び活動に対して、 本における費用便益分析をリードしてきた金本良嗣教授 さらには民間部門の支出及び活動に対しても適用可能で も、数字を出すプロセスや計測上の不確実性についての す。1997 年 12 月の行政改革会議最終報告で、政策評価 議論が不十分なまま、B/C>1 という結果だけが公表さ 制度導入が提言されました。2001 年 6 月には行政機関が れるという現状に対し課題を提起しています(大橋他, 行う政策の評価に関する法律(評価法)が成立、同年 12 2011)。 月には政策評価に関する基本方針が閣議決定され、翌 さて、毎年の便益と費用の計測について、道路事業を 2002 年 4 月に評価法が施行されています。評価法では一 例に述べておきます。国土交通省による道路事業の「費 定規模以上の研究開発、公共事業、政府開発援助につい 用便益分析マニュアル」(2008 年)によれば、事業を実 て事前評価及び事後評価が義務付けられました。その後、 施する場合(with case)と実施しない場合(without case) 規制と租税特別措置についても事前評価が義務付けられ の交通流を推計します。これらの比較により、 「走行時間 ています。これらいずれの政策分野についても費用便益 短縮便益」「走行経費減少便益」「交通事故減少便益」が 分析の適用は可能ですが、一定の条件に合致する公共事 算定されます。時間価値原単位をはじめとした重要なパ 業と規制について、費用便益分析の実施が明確化されて ラメータはマニュアルに示されていますが、それらの値 います。例えば後者では「規制の事前評価の実施に関す の正当性については、今後もさらなる精査が必要です。 るガイドライン」(2007 年)で、規制の新設又は改廃の 上記の三便益は世界的に共通に計測されている最も基 事前評価に際し、 「費用及び便益は、可能な限り定量化又 本的な便益項目です。これら以外の項目について算定す は金銭価値化して示すことが望ましい」とされています。 ることもマニュアルでは認められていますが、算定する 場合は手法を公表することが求められています。例えば 3.費用便益分析の手法と課題 費用便益分析では、粗便益の現在価値(B)と粗費用 環境改善便益の計上などが課題となります。費用につい ては「道路整備に要する事業費」 「道路維持管理に要する の現在価値(C)とが比較されます。現在価値とは、将 費用」が算定対象です。マニュアルでは、検討年数を 50 来にわたり毎年発生する便益や費用を、割引という手続 年とし、社会的割引率を 4%としています。 きにより評価時点の価値に直したものです。費用便益分 析には三つの手法がありますが、純現在価値、すなわち 【参考文献】 粗便益と粗費用の現在価値の差(B-C)に着目するもの 1) Boardman et al. (2011) Cost-Benefit Analysis, Fourth Edition, Prentice Hall, US. 1 総務省政策評価ポータルサイト「公共事業に関する評 価実施要領・費用対効果分析マニュアル等の策定状況」 http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/hyouka/seisaku_n/kouk you_jigyou.html 2) 大橋弘他 (2011) 「わが国における政策評価:この 10 年を振り返って」(パネル討論), 阿部顕三他編『現 代経済学の潮流 2011』, 東洋経済新報社, 157-196. - 2 -